説明

カプシノイドを生合成する植物の選別方法

【課題】カプシノイド類産生能を有する植物の迅速簡便な同定・選抜方法の提供。
【解決手段】カプサイシノイド生合成系を有するトウガラシ属等の植物において、バニリンからバニリルアミンへのアミノ基転移反応を触媒する酵素遺伝子の機能欠損変異を検出する、カプシノイド類産生能を有する植物の同定方法。ならびに該変異の検出用核酸を含む、カプシノイド類産生能を有する植物の同定用キット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カプシノイド類を生合成する能力を有する植物の同定・選別方法に関する。より詳細には、本発明は、カプサイシノイド生合成系を有する植物において、バニリンからバニリルアミンへのアミノ基転移反応を触媒する酵素遺伝子の機能欠損変異を検出することによる、カプシノイド類産生能を有する植物の同定・選別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
辛味の少ないトウガラシとして矢澤らにより選抜固定されたトウガラシの無辛味固定品種である「CH-19甘」(品種登録第10375号)は、辛味を呈さない新規なカプシノイド類を多量に含有することが報告されている(例えば、非特許文献1参照)。このカプシノイド類に属する化合物(バニリルアルコールの脂肪酸エステル、カプシエイト、ジヒドロカプシエイト等、以下単に「カプシノイド」または「カプシノイド類」ということがある。)は、トウガラシの辛味成分であるカプサイシノイド(カプサイシン、ジヒドロカプサイシン等)とは異なり、辛味を示さないものの、免疫の賦活化作用、エネルギー代謝の活性化作用、酸素消費量の亢進作用等が報告されており(特許文献1、2、非特許文献2参照)、今後の応用が期待されている。
【0003】
一方、カプシノイド類を含有するより良い植物体を選抜するには、植物を生育せしめ、果実を摘果し、その成分を分析する必要があるが、カプシノイド類は分子内にエステル結合を有するため、その分析は非常に困難であった。
【0004】
多くのトウガラシにおいては、フェニルアラニンを前駆体として、フェルラ酸、バニリン等を経て、バニリルアミンが形成され、分岐鎖脂肪酸とカプサイシノイドシンターゼによりカプサイシノイドが生合成される(図1(A)参照)。これに対し、CH-19甘ではカプサイシノイドがほとんど作られず、代わりにカプシノイドが生合成されるが、その理由は長年不明であった。
【0005】
カプシノイド類の生合成経路が解明されれば、分子マーカーの作成などによりカプシノイド類を含有するより良い植物体の選抜が容易になると考えられる。
【特許文献1】特開平11−246478号公報
【特許文献2】特開2001−026538号公報
【非特許文献1】矢澤ら、園芸学会雑誌、58巻、601−607頁、1989年
【非特許文献2】Biosci. Biotech. Biochem., 65(12), 2735-2740 (2001)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって、本発明の目的は、カプシノイド類の生合成能を有する植物の選別を容易にするための分子マーカー、特に植物の生長段階のより早い時期での選別を可能にする分子マーカーを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の目的を達成すべく鋭意検討を行った結果、CH-19甘では、バニリンからバニリルアミンへのアミノ基転移反応を触媒するアミノトランスフェラーゼをコードする遺伝子であるpAMT遺伝子に挿入変異が存在することを見出した。即ち、CH-19甘では、その親品種である辛味品種「CH-19辛」のpAMT遺伝子のコード領域中における一塩基挿入変異のために終止コドンが生じ、機能的なアミノトランスフェラーゼが産生されないことが明らかとなった。本発明者らは、該pAMT遺伝子の変異の結果、CH-19甘では、バニリンからバニリルアミンへのアミノ基転移反応に代わって、バニリンからバニリルアルコールへの還元反応が優位となり、さらに分岐鎖脂肪酸とのエステル化反応の結果、カプシノイド類が形成されるとの仮説を立てた(図1(B)参照)。
本発明者らは、かかる仮説を立証すべく、CH-19甘とカプサイシンを合成する辛味品種との交雑から得られたF2個体について、カプシエイトおよびカプサイシン産生能と該挿入変異の有無との関係を調べた。その結果、F2個体において、カプシエイト高産生個体とカプサイシン高産生個体は1:3に分離し、前者は該挿入変異に関してホモ接合体であることが明らかとなった。
これらの知見から、本発明者らは、カプサイシノイド生合成系を有する植物において、バニリンからバニリルアミンへのアミノ基転移反応を触媒するアミノトランスフェラーゼをコードする遺伝子の機能欠損変異のジェノタイピングを行うことにより、該植物のカプシノイド類産生能を簡便かつ高精度に判定し得ることを見出して、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1]カプサイシノイド生合成系を有する植物において、バニリンからバニリルアミンへのアミノ基転移反応を触媒する酵素遺伝子の機能欠損変異を検出することを特徴とする、カプシノイド類産生能を有する植物の同定方法。
[2]カプサイシノイド生合成系を有する植物がトウガラシ属に属する、上記[1]に記載の方法。
[3]機能欠損変異が、(a)配列番号1に示されるCH−19辛(Capsicum annuum L. var. CH-19 hot)品種由来pAMT遺伝子の塩基配列中、塩基番号1290と1291とで示される塩基、または(b)他の植物における該遺伝子オルソログにおける対応する2塩基の間への、1塩基挿入によるフレームシフト変異である、上記[2]に記載の方法。
[4]フレームシフト変異がチミンの挿入である、上記[3]に記載の方法。
[5]機能欠損変異の検出が、Taqman法、インベーダー法およびdCAPS法からなる群より選択される方法を用いて行われる、上記[1]〜[4]のいずれかに記載の方法。
[6]配列番号1に示されるCH−19辛(Capsicum annuum L. var. CH-19 hot)品種由来pAMT遺伝子の塩基配列中、塩基番号1290および1291で示される塩基、または(b)トウガラシ属に属する他の植物における該遺伝子オルソログの塩基配列における対応する塩基を含む、該遺伝子または遺伝子オルソログの約100〜約500塩基の連続した部分塩基配列を増幅し得る、約15〜約100塩基の一対の核酸を含む、カプシノイド類産生能を有する植物の同定用キット。
【発明の効果】
【0009】
本発明では、バニリンからバニリルアミンへのアミノ基転移反応を触媒するアミノトランスフェラーゼをコードする遺伝子の機能欠損変異を指標として、植物のカプシノイド類産生能を判定するので、技術的に困難を伴うカプシノイド類の定量によらず、きわめて効率的に、カプシノイド類を多量に生成しうる植物を同定することができる。また、植物から抽出した微量のDNAもしくはRNAを用いて判定が可能なため、結実を待たずに植物の生長段階の早い時期に、カプシノイド類を多量に生成しうる植物を同定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、カプサイシノイド生合成系を有する植物において、バニリンからバニリルアミンへのアミノ基転移反応を触媒する酵素遺伝子の機能欠損変異を検出することを特徴とする、カプシノイド類産生能を有する植物の同定方法を提供する。
ここで「カプサイシノイド生合成系を有する植物」とは、カプサイシノイドの生合成に必要な酵素群(例えば、フェニルアラニンアンモニアリアーゼ(PAL)、桂皮酸4−ヒドロラーゼ(Ca4H)、クマル酸3−ヒドロラーゼ(Ca3H)、カフェ酸O−メチルトランスフェラーゼ(COMT)、アミノトランスフェラーゼ(AMT)、カプサイシノイドシンターゼ(CS)等のフェニルプロパノイド経路、分岐鎖アミノ酸トランスフェラーゼ(BCAT)、脂肪酸チオエステラーゼ(FAT)、アシルキャリアー蛋白質(Acl)、ケトアシルシンターゼ(KAS)、8-メチルノナノン酸デヒドロゲナーゼ(8-MNAD)などのバリン経路)をコードする遺伝子を有し、且つ少なくともバニリンをバニリルアミンに変換するアミノトランスフェラーゼ以外の酵素群を機能的に発現する植物を意味する。
【0011】
好ましくは、カプサイシノイド生合成系を有する植物は、トウガラシ属(Capsicum)に属する植物である。トウガラシ属に属する植物としては、例えば、C. annuum(タカノツメ、CH-19辛、CH-19甘、ヤツブサ、トラノオ、フシミなど)、C. baccatum(アヒ・アマリージョなど)、C. Chinense(ハバネロ、ブート・ジョロキアなど)、C. frutescens(キダチトウガラシなど)、C. pubescens(ロコトなど)、あるいはこれらの交配品種、自然もしくは人工の突然変異体、遺伝子組換え植物などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0012】
「バニリンからバニリルアミンへのアミノ基転移反応を触媒する酵素遺伝子」は、上記カプサイシノイド生合成系を有する植物が産生するアミノトランスフェラーゼ活性を有する蛋白質であって、バニリンを基質とし得るものをコードする遺伝子であれば特に制限はないが、好ましくは、ハバネロで見出された、イネおよびトマトのGABAアミノトランスフェラーゼと高いホモロジーを有するアミノトランスフェラーゼpAMT(Putative Aminotransferase)遺伝子、あるいは他の植物品種におけるその遺伝子オルソログである。
【0013】
該酵素遺伝子における「機能欠損変異」とは、対応する野生株に比べて有意にカプシノイドの産生が増大する程度に、該酵素の活性が低下するような変異を意味し、必ずしも完全に酵素活性を消失させる変異である必要はない。また、該遺伝子からの転写や、転写産物からの翻訳を不能にするか、もしくは低下させることにより、結果として該酵素の活性が消失もしくは低下するような変異であってもよい。
【0014】
本明細書における「カプシノイド類産生能を有する植物」とは、野生株がカプシノイド類産生能を有しない場合において、上記酵素遺伝子の機能欠損変異によりカプシノイド類産生能を獲得した植物、並びに野生株がカプシノイド類産生能を有する場合において、上記酵素遺伝子の機能欠損変異によりカプシノイド類産生能が有意に向上した植物を意味する。
【0015】
本発明は、少なくとも部分的には、カプシノイド生合成系の酵素群が、バニリンからバニリルアルコールへの還元反応を触媒するものを除いて、カプサイシノイド生合成系を構成する酵素群と共通であり、生成するカプシノイドとカプサイシノイドの量比は、上記還元反応と、バニリンからバニリルアミンへのアミノ基転移反応との、いずれの反応がより支配的に進行するかに依存することの発見に基づく。従って、遺伝子変異により、バニリンからバニリルアミンへのアミノ基転移反応を触媒する酵素の発現または活性が消失もしくは低下している植物では、バニリンからバニリルアルコールへの還元反応がより支配的となり、その結果、カプシノイドの産生能が向上している。それゆえ、該酵素遺伝子の機能欠損変異を検出することにより、カプシノイド類産生能を有する、もしくは該能力の向上した植物を同定し、選抜・育種することができる。
【0016】
バニリンからバニリルアミンへのアミノ基転移反応を触媒する酵素遺伝子の機能欠損変異としては、例えば、プロモーターおよび/またはエンハンサー領域における転写活性を消失もしくは低下させる変異、5’UTRや3’UTRにおけるmRNAの不安定化を引き起こす変異、mRNAへのリボソームの結合の低下を引き起こす変異、該酵素のバニリンとの結合に関与する領域もしくは活性中心を含む領域が正しく翻訳されないナンセンス変異やフレームシフト変異、酵素蛋白質の不安定化を引き起こす変異などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0017】
より具体的には、例えばカプサイシノイド生合成系を有する植物がトウガラシ属に属し、該酵素遺伝子がpAMT遺伝子である場合、該遺伝子の機能欠損変異は、好ましくは、
(a)配列番号1に示されるCH-19辛(Capsicum annuum L. var. CH-19 hot)由来のpAMT遺伝子(cDNA)の塩基配列中、塩基番号1290と1291とで示される塩基、または
(b)他のトウガラシ属植物における該遺伝子オルソログにおける対応する2塩基
の間への1塩基挿入によるフレームシフト変異である。
他のトウガラシ属植物におけるpAMT遺伝子オルソログとしては、例えばハバネロ由来のpAMT遺伝子(Accession No. AF085149)が知られている。ハバネロオルソログにおける対応する2塩基も、cDNA配列中1290〜1291位に位置する塩基である。後記実施例に示される通り、CH-19辛とハバネロとは種が異なるが、cDNA配列内における同一性は99%を超えることから、トウガラシ属内でpAMT遺伝子は極めて高度に保存されていることが示唆される。したがって、後述の種々の変異検出法において用いられるプライマーやプローブは、トウガラシ属植物においては、種を超えて、配列番号1に示される塩基配列情報に基づいて設計できることが理解されよう。
【0018】
上記pAMT遺伝子上の位置への1塩基挿入は、該位置もしくはそのすぐ下流に終止コドンを生じさせる。特に、該位置へのチミン(t)の挿入は、pAMT遺伝子の翻訳産物の存在自体を痕跡量以下に激減させる。該チミン挿入変異を有するCH-19甘においてもpAMT遺伝子の転写産物は検出されることから、該変異はmRNAからの翻訳阻害および/または翻訳産物の不安定化に寄与することが示唆される。
【0019】
本発明における酵素遺伝子の機能欠損変異の検出は、SNP、塩基多型または塩基変異を検出するために当業者が利用可能なものであれば、公知の様々な方法を任意に使用して行うことができる(Orita et al., Proc. Natl. Acad. Sci., 86: 2766-2770等を参照)。例えば、CAPS(Cleaved Amplified Polymorphic Sequence)法〔「モデル植物の実験プロトコール」細胞工学別冊 植物細胞工学シリーズ15、2001年4月2日発行、秀潤社、p.69-76〕、dCAPS法〔Plant J., 14: 381-385 (1998)〕、PCRダイレクトシークエンス法〔Biotechniques, 11: 246-249 (1991)〕、AP-PCR(Arbitrarily Primed-PCR)法〔Nucl. Acids Res., 18: 7213-7218 (1990)〕、PCR-SSCP(一本鎖DNA高次構造多型)法〔Biotechniques, 16: 296-297 (1994); Biotechniques, 21: 510-514 (1996)〕、ASO(Allele Specific Oligonucleotide)ハイブリダイゼーション法〔Clin. Chim. Acta, 189: 153-157 (1990)〕、ARMS(Amplification Refracting Mutation System)法〔Nucleic Acids Res., 19: 3561-3567 (1991); Nucleic Acids Res., 20: 4831-4837 (1992)〕、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動(Denaturing Gradient Gel Electrophoresis; DGGE)法〔Biotechniqus, 27: 1016-1018 (1999)〕、RNaseA切断法〔DNA Cell. Biol., 14: 87-94 (1995)〕、化学切断法〔Biotechniques, 21: 216-218 (1996)〕、DOL(Dye-labeled Oligonucleotide Ligation)法〔Genome Res., 8: 549-556 (1998)〕、MALDI-TOF/MS(Matrix Assisted Laser Desorption-time of Flight/Mass Spectrometry)法〔Genome Res., 7: 378-388 (1997); Eur. J. Clin. Chem. Clin. Biochem., 35: 545-548 (1997)〕、TDI(Template-directed Dye-terminator Incorporation)法〔Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 94: 10756-10761 (1997)〕、パドロック・プローブ(Padlock Probe)法〔Nat. Genet., 3: 225-232 (1998); 遺伝子医学, 4: p.50-51 (2000)〕、モレキュラー・ビーコン(Molecular Beacons)法〔Nat. Biotechnol., 1: 49-53 (1998); 遺伝子医学, 4: p.46-48 (2000)〕、TaqMan PCR法〔Genet. Anal., 14: 143-149 (1999); J. Clin. Microbiol., 34: 2933-2936 (1996)〕、インベーダー法〔Science, 5109: 778-783(1993); J. Biol. Chem., 30: 21387-21394 (1999); Nat. Biotechnol., 17: 292-296 (1999)〕、ダイナミック・アレル−スペシフィック・ハイブリダイゼーション法(Dynamic Allele-Specific Hybridization (DASH))法〔Nat. Biotechnol., 1: 87-88 (1999); 遺伝子医学, 4, p.47-48 (2000)〕、UCAN法〔タカラ酒造株式会社ホームページ(http://www.takara.co.jp)参照〕およびDNAチップまたはDNAマイクロアレイを用いる方法〔Genomics 4, (1989), Drmanae, R., Labat, I., Brukner, I. and Crkvenjakov, R., p.114-128; Bio Industry Vol.17 No.4, 「DNAチップ技術」 p.5-11 (2000)〕等が挙げられるが、これらの方法に限定されるものではない。
【0020】
機能欠損変異の検出のために使用される植物由来の試料としては、ゲノムDNAもしくはcDNA(mRNA)を含有するものであれば特に制限されない。但し、cDNA(mRNA)含有試料を用いる場合は、該cDNA(mRNA)の採取源である細胞・組織において目的の酵素遺伝子が発現していること、並びに検出すべき変異がcDNA(mRNA)内に存在することが必要である。好ましくは、被験対象となる植物由来の試料としては、ゲノムDNA含有試料が挙げられる。ゲノムDNAは、プロモーターなどの調節領域やイントロンを含むあらゆる変異を検出対象とできるという利点に加えて、例えばトウガラシ属植物のpAMT遺伝子における変異を検出する場合には、該遺伝子は胎座・隔壁や花でのみ発現し、種子や葉では発現していないので、cDNA(mRNA)を用いるよりも植物の生長段階のより早い時期にカプシノイド類産生能を判定することができるというさらなる利点を有する。
【0021】
ゲノムDNAを抽出するための植物組織としては、例えば、葉、茎、根、花、果実(果皮、胎座・隔壁)、種子などが挙げられる。植物体から採取したこれらの組織を液体窒素で凍結した後、例えば、CTAB(Cetyl trimethyl ammonium bromide)法、フェノール−クロロホルム法などの自体公知のDNA抽出法により、ゲノムDNAを単離することができる。あるいは、用いる変異検出法が、酵素遺伝子または変異部位を含むその一部をPCRにより増幅する工程を含む場合、ゲノムDNAの抽出・単離操作を省略して、植物組織から直接目的とするDNA断片を増幅することもできる。
【0022】
検出対象である機能欠損変異の結果として、制限酵素認識部位が生じるか、あるいは消失する場合、該制限酵素を用いたRFLP(Restriction Fragment Length Polymorphism)解析により、容易に該機能欠損変異の有無を判定することができる。RFLP法とPCRを組み合わせたCAPS(PCR-RFLP)法によれば、微量のゲノムDNAから目的の変異を検出することができる。例えば、機能欠損変異の結果、ゲノムDNA上に制限酵素Aの認識部位が生じる場合、該認識部位を含む数百bp程度をPCRで増幅した後、増幅産物を制限酵素Aで消化してゲル電気泳動したときに、増幅産物よりも短い2本のバンドが検出されれば目的の変異を有すると判定することができ、増幅産物に相当する1本のバンドが検出されれば、目的の変異を有しないと判定することができる。
【0023】
上述のとおり、本発明の好ましい一実施態様においては、配列番号1に示されるCH-19辛(Capsicum annuum L. var. CH-19 hot)由来のpAMT遺伝子(cDNA)の塩基配列中、塩基番号1290と1291とで示される塩基の間へのチミン(t)挿入変異が検出対象とされる。しかしながら、該変異は制限酵素認識部位を生じさせたり、消失させたりしないので、上記CAPS法をそのまま適用することはできない。
そこで、本発明においては、CAPS法の変法であるdCAPS(derived CAPS)法が好適に使用される。dCAPS法は、変異部位が制限酵素認識部位を形成しない場合に、該変異部位において鋳型であるゲノムDNAとミスマッチを有するPCRプライマーを用いることにより、PCR増幅産物中に制限酵素認識部位を導入する方法である。
【0024】
例えば、配列番号1に示される塩基配列中塩基番号1289〜1293で示される塩基配列はttgaaであり、塩基番号1290と1291の間にチミンが挿入された結果生じる配列はtttgaaである。したがって、PCR増幅産物における該変異部位の配列をtttaaaまたはttcgaaに置換するように設計されたプライマーを用いてPCRを行うことにより、変異部位に制限酵素認識部位を導入することができる。tttaaaは、例えば制限酵素DraIもしくはAhaIIIにより、ttcgaaは、例えば制限酵素NspV、Csp45I、Nsp7542V、BstBI、AsuII、Bpu14I、BsicI、Bsp119I、BspT104IもしくはSfuIにより、それぞれ切断することができる。一方、チミン挿入変異を有しないpAMT遺伝子では、PCR増幅産物は上記制限酵素によっては切断されない。
【0025】
より具体的には、例えば、上記チミン挿入変異部位にDraIもしくはAhaIII認識配列tttaaaを導入する場合、以下の方法が挙げられる。まず、該置換(g→a)導入部位を3’末端とする、約20〜約100bp、好ましくは約30〜約80bpのリバースプライマー(3’末端配列はttt)を設計する。さらに、増幅産物が該変異部位で制限酵素により消化された場合に、該消化断片と未消化DNAとがゲル電気泳動により容易に識別できるような長さ(例えば、約50〜約1,000bp、好ましくは約100〜約500bp)のDNA断片を増幅させ得るフォーワードプライマー(約15〜50bp、好ましくは約20〜約40bpの長さを有する)を設計する。これらのプライマーを用い、被験植物から採取したDNAを鋳型としてPCRを行い、増幅産物をDraIもしくはAhaIIIで消化する。制限酵素処理終了後DNAを回収し、ゲル電気泳動に付し、エチジウムブロマイド染色してバンドを検出し、バンドサイズおよび/またはバンドの数から制限酵素認識部位の有無を判定する。その結果、制限酵素消化断片に相当するバンドのみが検出された被験植物を、チミン挿入変異に関するホモ接合体、従って、カプシノイド類産生能を有する植物として同定・選抜することができる。一方、未消化DNAに相当するバンドのみが検出された場合、あるいは消化断片に相当するバンドと未消化DNAに相当するバンドの両方が検出された場合は、それぞれチミン挿入変異を有しない植物、あるいはチミン挿入変異に関するヘテロ接合体であると判定し、カプシノイド類産生能を有する植物の候補群から排除することができる。
尚、上記リバースプライマーの3’末端に、アデニン(a)を1ないし2個付加しても、同様に変異部位にDraIもしくはAhaIII認識配列を導入することができる。
【0026】
変異部位の導入は、フォーワードプライマーを改変することによっても可能である。例えば、上記チミン挿入変異部位にNspV等の認識配列ttcgaaを導入する場合、まず、該置換(t→c)導入部位を3’末端とする、約20〜約100bp、好ましくは約30〜約80bpのフォーワードプライマー(3’末端配列はttc)を設計する。さらに、増幅産物が該変異部位で制限酵素により消化された場合に、該消化断片と未消化DNAとがゲル電気泳動により容易に識別できるような長さ(例えば、約50〜約1,000bp、好ましくは約100〜約500bp)のDNA断片を増幅させ得るリバースプライマー(約15〜50bp、好ましくは約20〜約40bpの長さを有する)を設計する。これらのプライマーを用い、被験植物から採取したDNAを鋳型としてPCRを行い、増幅産物をNspVで消化する。制限酵素処理終了後DNAを回収し、ゲル電気泳動に付し、エチジウムブロマイド染色してバンドを検出し、バンドサイズおよび/またはバンドの数から制限酵素認識部位の有無を判定する。該判定は、上記と同様に行うことができる。尚、チミン挿入変異を有しないpAMT遺伝子(配列ttgaaを有する)では、チミン(t)ではなく、グアニン(g)がシトシン(c)に置換され、PCR増幅産物中にttcaaなる配列を生じるので、該増幅産物はNspV等によっては切断されない。
【0027】
CAPSもしくはdCAPS法に比べて分析コストはかかるが、高い変異識別能を有するDNA分析法として、SNP法が挙げられる。代表的なSNP法として、例えば、ヒトなどのSNPタイピングに頻用されているTaqman法、インベーダー法などが挙げられる。
【0028】
(1)TaqMan PCR法
TaqMan PCR法は、蛍光標識したアレル特異的オリゴヌクレオチド(TaqManプローブ)とTaq DNAポリメラーゼによるPCRとを利用した方法である。TaqManプローブとしては、酵素遺伝子の部分塩基配列であって、上記機能欠損変異部位の塩基を含む約15〜約30塩基の連続した塩基配列からなるオリゴヌクレオチドが用いられる。該プローブは、その5’末端がFAMやVICなどの蛍光色素で、3’末端がTAMRAなどのクエンチャー(消光物質)でそれぞれ標識されており、そのままの状態ではクエンチャーが蛍光エネルギーを吸収するため蛍光は検出されない。プローブは双方のアレルについて調製し、一括検出のために互いに蛍光波長の異なる蛍光色素(例えば、一方のアレルをFAM、他方をVIC)で標識することが好ましい。また、TaqManプローブからのPCR伸長反応が起こらないように3’末端はリン酸化されている。TaqManプローブとハイブリダイズする領域を含むゲノムDNAの部分配列を増幅するように設計されたプライマーおよびTaq DNAポリメラーゼとともにPCRを行うと、TaqManプローブが鋳型DNAとハイブリダイズし、同時にPCRプライマーからの伸長反応が起こるが、伸長反応が進むとTaq DNAポリメラーゼの5’ヌクレア−ゼ活性によりハイブリダイズしたTaqManプローブが切断され、蛍光色素が遊離してクエンチャーの影響を受けなくなり、蛍光が検出される。鋳型の増幅により蛍光強度は指数関数的に増大する。
例えば、上記チミン挿入変異の検出において、該塩基を含むアレル特異的オリゴヌクレオチド(約15〜約30塩基長;挿入アレル(t)はFAMで、欠失アレル(-)はVICでそれぞれ5’末端標識し、3’末端はいずれもTAMRAで標識)をTaqManプローブとして用いた場合、被験植物の遺伝子型がt/t、あるいは-/-であれば、それぞれFAMあるいはVICの強い蛍光強度を認め、他方の蛍光はほとんど認められない。一方、被験植物の遺伝子型がt/-であれば、FAMおよびVIC両方の蛍光が検出される。
【0029】
(2)インベーダー法
インベーダー法では、TaqMan PCR法と異なり、アレル特異的オリゴヌクレオチド(アレルプローブ)自体は標識されず、変異部位の塩基の5’側に鋳型DNAと相補性のない配列(フラップ)を有し、3’側には鋳型に特異的な相補配列を有する。インベーダー法では、さらに鋳型の変異部位の3’側に特異的な相補配列を有するオリゴヌクレオチド(インベーダープローブ;該プローブの5’末端である変異部位に相当する塩基は任意である)と、5’側がヘアピン構造をとり得る配列を有し、ヘアピン構造を形成した際に5’末端の塩基と対をなす塩基から3’側に連続する配列がアレルプローブのフラップと相補的な配列であることを特徴とするFRET(fluorescence resonance energy transfer)プローブとが用いられる。FRETプローブの5’末端は蛍光標識(例えば、FAMやVICなど)され、その近傍にはクエンチャー(例えば、TAMRAなど)が結合しており、そのままの状態(ヘアピン構造)では蛍光は検出されない。
鋳型であるゲノムDNAにアレルプローブおよびインベーダープローブを反応させると、三者が相補結合した際に変異部位にインベーダープローブの3’末端が侵入する。この変異部位の構造を認識する酵素(cleavase)を用いてアレルプローブの一本鎖部分(即ち、変異部位の塩基から5’側のフラップ部分)を切り出すと、フラップはFRETプローブと相補的に結合し、フラップの変異部位がFRETプローブのヘアピン構造に侵入する。この構造をcleavaseが認識して切断することにより、FRETプローブの末端標識された蛍光色素が遊離してクエンチャーの影響を受けなくなって蛍光が検出される。変異部位の塩基が鋳型とマッチしないアレルプローブはcleavaseによって切断されないが、切断されないアレルプローブもFRETプローブとハイブリダイズすることができるので、同様に蛍光が検出される。但し、反応効率が異なるため、変異部位の塩基がマッチするアレルプローブでは、マッチしないアレルプローブに比べて蛍光強度が顕著に強い。
通常、3種のプローブおよびcleavaseと反応させる前に、鋳型DNAはアレルプローブおよびインベーダープローブがハイブリダイズする部分を含む領域を増幅し得るプライマーを用いてPCRにより増幅しておくことが好ましい。
【0030】
本発明はまた、上記変異検出法のためのプライマー核酸を含む、カプシノイド類産生能を有する植物の同定用キットを提供する。該キットに含まれるプライマー核酸は、検出対象となる酵素遺伝子の変異部位を含む該遺伝子の断片を増幅し得るものであれば、特に制限はないが、例えば、約100〜約500塩基の断片を増幅し得る、約15〜約100塩基の一対の核酸が挙げられる。好ましい一実施態様においては、プライマー核酸は、配列番号1に示されるCH-19辛(Capsicum annuum L. var. CH-19 hot)品種由来pAMT遺伝子の塩基配列中、塩基番号1290および1291で示される塩基、または(b)トウガラシ属に属する他の植物における該遺伝子オルソログの塩基配列における対応する塩基を含む、該遺伝子または遺伝子オルソログの約100〜約500塩基の連続した部分塩基配列を増幅し得る、約15〜約100塩基の一対の核酸である。そのような核酸は、配列番号1に示される塩基配列情報に基づいて設計することができ、市販のDNA/RNA自動合成機を用いて作製することができる。
変異検出法としてdCAPS法を用いる場合には、制限酵素認識部位を人為的に導入するために、いずれか一方のプライマー核酸は変異部位に対応する塩基配列を含むように設計される。
【0031】
プライマー核酸は、各々別個に(あるいは可能であれば混合した状態で)水もしくは適当な緩衝液(例:TEバッファーなど)中に適当な濃度(例:2×〜20×濃度で1〜50μMなど)となるように溶解し、約-20℃で保存することができる。
【0032】
カプシノイド類産生能を有する植物の同定用キットは、用いる変異検出法に応じて、該方法の実施に必要な他の成分を構成としてさらに含んでいてもよい。例えば、該キットがTaqMan PCR法による変異検出用である場合には、該キットは、Taqmanプローブ、10×PCR反応緩衝液、10×MgCl2水溶液、10×dNTPs水溶液、Taq DNAポリメラーゼ(5U/μL)等をさらに含むことができる。また、該キットがCAPSもしくはdCAPS法による変異検出用である場合には、該キットは、制限酵素、該制限酵素反応用緩衝液等をさらに含むことができる。
【実施例】
【0033】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0034】
[参考例1]
分離集団(F2)でのカプシエイトを合成する個体の分離
CH-19甘(カプシエイトを合成する系統)を、7P46(カプサイシンを合成する系統)と橙色ピーマン(カプシエイトとカプサイシンとも合成しない系統)とそれぞれ交配して、得られたF1個体をさらに自殖することによってF2個体を得た。開花後25日目の果実を採取し、HPLC分析を行い、カプシエイト含量およびカプサイシン含量の測定を行った。その結果、表1に示したように、71個のCH-19甘×7P46のF2個体中では54株がカプサイシンを生成し、17株がカプシエイトを生成し、3:1に分離していた。一方、橙色ピーマンはカプサイシン合成酵素(CS)に変異があるために辛くない形質を持つ。このため、F2個体ではカプサイシンを合成する株、カプシエイトを合成する株、さらにカプサイシンもカプシエイトも含まない株の3つの表現型に分離する。実際に調査した結果、表1に示したように、カプサイシンを合成する株、カプシエイトを合成する株、さらにカプサイシンもカプシエイトも含まない株はそれぞれ25株、13株および9株に分離した。メンデルの法則に従うと、カプシエイトを合成しない株とカプシエイトを合成する株の比は13:3になると考えられる。
以上の結果から、カプシエイト合成を支配しているのは1遺伝子であり、また、その遺伝型は劣性であることが分かった。
【0035】
【表1】

【0036】
[参考例2]
pAMT遺伝子の発現部位の解析
候補遺伝子としたpAMT遺伝子の発現特性を調べるために、辛いトウガラシ系統(277long)の葉、花、種子、果皮および胎座・隔壁よりSV Total RNA Isolation System(Promega)を用いてRNAを調製し、first strand cDNAを作製した。Habaneroの配列に基づき設計したprimer、366-u: 5’-ggtgaagatggtgtggtatt-3’(配列番号3)と712-d: 5’-aatatgttgcgggaggaagt-3’(配列番号4)を用いて、RT-PCR分析を行った。その結果、葉、種子、果皮ではpAMT遺伝子の発現は認められず、花では弱い発現が認められ、胎座・隔壁では、強く発現していた。この結果から、pAMT遺伝子は胎座・隔壁特異的に発現していることが分かった(図3)。
【0037】
[参考例3]
種々のプライマーを用いたCH-19甘におけるpAMT遺伝子の転写発現調査
CH-19甘とCH-19辛の開花後30日目の果実の胎座・隔壁から抽出したRNAを用いて、Habaneroの配列に基づき設計した様々なプライマーペアー:(1)-75-u: 5’-ctttctctttccttagcaat-3’(配列番号5)と385-d: 5’-aataccacaccatcttcacc-3’(配列番号6);(2)236-u: 5’- atcattcattttggaatcga -3’(配列番号7)と712-d (前述);(3)693-u: 5’- acttcctcccgcaacatatt -3’ (配列番号8)と1126-d: 5’-aaccagttccccttatctcc-3’ (配列番号9);さらに(4)1107-u: 5’-ggagataaggggaactggtt-3’ (配列番号10)と1540-d: 5’-tgtaaataattgtggataacaaaagctc-3’ (配列番号11)で、pAMT遺伝子のRT-PCR分析を行った。
その結果、CH-19甘はCH-19辛と同様にpAMT遺伝子の上流、真中および下流領域でもPCR増幅が認められた(図4)。この結果より、pAMT遺伝子は、mRNAへの転写が正常に行われていることが分かった。
【0038】
[参考例4]
CH-19甘のpAMT遺伝子塩基配列の多型分析
RT-PCRで増幅したフラグメントはTOPO TA-cloning Kit(Invitrogen社)を用いてクローニングし、シークエンサー(Applied Biosystems 3130)でシークエンス解析を行い、塩基配列を決定した。さらに、CH-19甘とCH-19辛のpAMT遺伝子配列のプロモーターと3’UTR領域を含むコーディング全長領域のcDNA配列を比較した。
その結果、CH-19甘とhabaneroとの間に14個のSNPs(Single Nucleotide Polymorphism、−塩基配列多型)が存在することが分かった(表2)。さらに、CH-19甘とCH-19辛の間でも、これらのSNPsの中の1つのSNPs(1291-bp)に差異が認められた。CH-19甘の塩基配列において、1291-bpに1つのTが挿入されているので、このTの後ろがGAであることからTGAのStopコドンになる。この結果から、CH-19甘ではpAMT遺伝子配列のSNPs変異で、翻訳は中断され、完全なpAMT蛋白質ができなくなったために、カプサイシンが生成できなくなり、カプシエイトを生成するようになったと考えられる。
【0039】
【表2】

【0040】
[実施例1]
pAMT遺伝子のSNPsを用いたdCAPSの作成
1291-bpの変異を利用し、CH-19甘のpAMT遺伝子配列に制限酵素Dra Iのサイトを作るためのreverse primer TTT-48d (taaaatattataacaaatgtaaagtgatattacctcatcaagttcttt)(配列番号12)を設計した(図5)。一方、forward primerとしてdCAPS f1(ggcactttctacagagtttgtgaa)(配列番号13)を設計した。CH-19甘およびCH-19辛の葉より抽出したTotal DNAをテンプレートに用いてPCRを行った。増幅した産物を制限酵素Dra Iで処理し、電気泳動で確認した。
その結果、CH-19甘のPCR産物は切断され、CH-19辛のPCR産物は切断されなかった(図6)。この結果より1291-bpでの変異を利用したdCAPSマーカーはカプシエイト生成個体とカプサイシン生成個体を識別するためのDNAマーカーになり得ると考えられた。
本実験で用いたreverse primer TTT-48dの配列は3’側のaの数を増やした場合、すなわち5’-taaaatattataacaaatgtaaagtgatattacctcatcaagttcttta-3’ (配列番号14)または5’-taaaatattataacaaatgtaaagtgatattacctcatcaagttctttaa-3’ (配列番号15)でも同様な結果が得られた。また、PCRの際の酵素はExTaq(タカラバイオ(株))よりもrTaq(タカラバイオ(株))を用いた場合の方が、バンドの切れ残りが少なくなり、明瞭な結果が得られた。
【0041】
[実施例2]
F2集団でのカプシエイト生成個体とdCAPSの分離(1)
CH-19甘(カプシエイトを合成する系統)と7P46(カプサイシンを合成する系統)のF2個体のHPLC分析の結果、71株中17株がカプシエイトを生成し、54株がカプサイシンを生成した(参考例1)。
これらの個体よりDNAを抽出し、実施例1の方法でdCAPSマーカーの分離について解析した。その結果、カプシエイト生成個体とカプサイシン生成個体の分離と制限酵素Dra Iで切れる個体と切れない個体の分離が完全に一致することが分かった(図7)。
【0042】
[実施例3]
F2集団でのカプシエイト生成個体とdCAPSの分離(2)
CH-19甘(カプシエイトを合成する系統)と橙色ピーマン(カプシエイトとカプサイシンとも合成しない系統)のF2個体のHPLC分析の結果、47株中25株がカプサイシンを合成し、13株がカプシエイトを合成した。さらに10株はカプシエイトとカプサイシンのどちらも合成しなかった(参考例1)。
これらの個体よりDNAを抽出し、実施例5の方法でdCAPSマーカーの分離について解析した。その結果、カプシエイト生成個体とカプサイシン生成個体の分離と制限酵素Dra Iで切れる個体と切れない個体の分離が完全に一致することが分かった(図8)。
【0043】
[実施例4]
種々のトウガラシ系統でのdCAPS分析
1291-bpの変異の特異性を調べるために、他の種々のトウガラシ系統を用いて、dCAPS分析を行った。辛くないトウガラシ系統としてピーマン、伏見甘長、ワンダーベル、フルーピーイエロー、甘とう美人およびししとう、さらに、辛いトウガラシ系統として鷹の爪、八つ房およびハバネロの合計9系統を用いた。
その結果、それぞれの系統より抽出したDNAをテンプレートに用いて、ゲノミックPCRを行い、得られたPCR産物を制限酵素Dra Iで処理しても、CH-19甘の様な切断は認められなかった(図9)。すなわち、これらのトウガラシ系統にはT塩基挿入の変異は存在せず、pAMT遺伝子の1291-bpでの変異がCH-19甘特異的な変異であること、また、このdCAPSはカプシエイト生成するトウガラシの判別・選抜に有効なマーカーであると考えられた。
【0044】
[参考例5]
バニリルアルコールとバニリルアミン含量の測定
pAMTは図9に記したようにバニリンにアミド基を付加し、バニリルアミンを合成する反応を触媒する酵素であると予測される。CH-19甘では、この酵素の合成が阻害されることによって、アミド基の代わりに水酸基が付加されバニリルアルコールが合成されるようになり、その結果、カプサイシンではなくカプシエイトが合成されるようになったと考えられる。このように推測した場合、カプシエイトを合成するCH-19甘とカプサイシンを合成するCH-19辛の間に、バニリルアルコール含量とバニリルアミン含量に差異が生じるものと考えられる。そこで、CH-19甘およびCH-19辛の果実を用いて、果実中のバニリルアルコール含量とバニリルアミン含量を測定した。
その結果、CH-19甘はCH-19辛に比べてバニリルアミン含量が2分の1に減少し、バニリルアルコール含量が2倍に増加していることが分かった(表3)。バニリルアミンとバニリルアルコールはそれぞれ、カプサイシンおよびカプシエイトの中間産物であることから、カプサイシンおよびカプシエイトの含量も考慮して考えることもできる。すなわち、バニリルアルコールとカプシエイトをあわせた含量はCH-19甘ではCH-19辛に比べて、約8倍増加していると考えられる。以上の結果より、CH-19甘では、バニリルアミンではなくバニリルアルコールが合成される代謝に偏っていると考えられる。
【0045】
【表3】

【0046】
[参考例6]
ウエスタンブロットによる翻訳発現解析
CH-19辛より単離したpAMT遺伝子の全長を大腸菌での発現系のベクター、(pColdIベクター、タカラバイオ(株))のマルチクローニングサイトに挿入した。得られたベクターはChaperon Competent Cell BL21(タカラバイオ(株))に形質転換した。20mg/lクロラムフェニコール、50mg/lアンピシリン、10μl/lテトラサイクリン、1g/l L-アラビノースを含むLB培地500mlで、10時間37℃で振とう培養した。培養液のOD600が0.6になったら、1mMのIPTGを添加し、15℃で24時間振とう培養を行った。
増殖した菌を遠心分離によって回収し、QIAexpress Ni-NTA Fast Start Kit (QIAGEN社)を用いて、タンパク質の抽出およびHisタグ精製を行った。精製したタンパク質はSDS-PAGEにより確認を行った。このタンパク質をウサギに注射し、ポリクローナル抗体の作製を行った。
CH-19甘とCH-19辛の胎座・隔壁よりタンパク質を抽出し、ポリクローナル抗体を用いてウエスタンプロット解析を行った。
その結果、pAMTタンパクと予測される52kDaのタンパク質の発現が認められ、CH-19甘ではCH-19辛に比べて、非常に弱い発現であることが分かった(図10)。このことは、pAMT遺伝子の変異によりpAMTタンパク質が正しく合成されなくなったことを示唆する結果である。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明によれば、カプシノイド類を生産できるトウガラシ属の植物体を極めて効率的に同定できる。したがって、カプシノイド類を生産し、且つ他の有用な形質を合わせ持つ新規のトウガラシ属植物の作出および育種を極めて効率的に、且つ低コストで行うための方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】予想されるカプサイシン(A)とカプシエイト(B)の合成を示す図である。
【図2】CH-19甘とCH-19辛、Habaneroとのアミノ酸アラインメントを示す図である。
【図3】各組織でのpAMT遺伝子の発現分析を示す図である。L;葉、F;花、S;種子、Pe;果皮、Pl;胎座・隔壁。
【図4】RT-PCRでのpAMT遺伝子の発現分析を示す図である。甘;CH-19甘、辛;CH-19辛。1、2、3および4;各プライマーペアー。
【図5】pAMT遺伝子の部分DNA配列とdCAPS分析のプライマーの設計を示す図である。*;制限酵素Dra Iのサイトを作るために1塩基GをTに変えた。AAATTT;Dra Iのサイト。
【図6】dCAPSマーカーを用いた判別を示す図である。カプシエイトを合成するCH-19甘系統より得られたPCR産物はDra Iで処理すると、DNAが切断され小さなバンドになった。辛;CH-19辛(カプシエイトを合成する系統)、甘;CH-19甘(カプシエイトを合成する系統)。
【図7】F2集団でのカプシエイト個体とdCAPSの分離を示す図である。A.CH-19甘と7P46の交雑によって得られたF2個体より採取した果実におけるカプサイシン含量とカプシエイト含量の分析。71株中17株でカプシエイトの生成が確認された(カプシエイトを生成する個体に番号を示した)。B.CH-19甘と7P46の交雑によって得られたF2個体より採取した果実よりDNAを抽出し、ゲノムPCR産物をDra Iで処理した。DNAが切断された株は、Aの結果でカプシエイトを合成する株と完全に一致した(番号で記した)。
【図8】F2集団でのカプシエイト個体とdCAPSの分離を示す図である。A.CH-19甘と橙色ピーマンの交雑によって得られたF2個体より採取した果実におけるカプサイシン含量とカプシエイト含量の分析。47株中13株でカプシエイトの生成が確認された(カプシエイトを生成する個体に番号を示した)。B.CH-19甘と橙色ピーマンの交雑によって得られたF2個体より採取した果実よりDNAを抽出し、ゲノムPCR産物をDra Iで処理した。DNAが切断された株は、Aの結果でカプシエイトを合成する株と完全に一致した(番号で記した)。
【図9】様々なトウガラシ系統でのdCAPS分析を示す図である。ピーマン、伏見甘長、ワンダーベル、フルーピーイエロー、甘とう美人およびししとうが、辛くないトウガラシ。一方、鷹の爪、八つ房およびハバネロが辛いトウガラシである。
【図10】pAMT抗体を用いたウエスタンプロット解析を示す図である。辛;CH-19辛(カプシエイトを合成する系統)、甘;CH-19甘(カプシエイトを合成する系統)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カプサイシノイド生合成系を有する植物において、バニリンからバニリルアミンへのアミノ基転移反応を触媒する酵素遺伝子の機能欠損変異を検出することを特徴とする、カプシノイド類産生能を有する植物の同定方法。
【請求項2】
カプサイシノイド生合成系を有する植物がトウガラシ属に属する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
機能欠損変異が、(a)配列番号1に示されるCH−19辛(Capsicum annuum L. var. CH-19 hot)品種由来pAMT遺伝子の塩基配列中、塩基番号1290と1291とで示される塩基、または(b)他の植物における該遺伝子オルソログにおける対応する2塩基の間への、1塩基挿入によるフレームシフト変異である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
フレームシフト変異がチミンの挿入である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
機能欠損変異の検出が、Taqman法、インベーダー法およびdCAPS法からなる群より選択される方法を用いて行われる、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
配列番号1に示されるCH−19辛(Capsicum annuum L. var. CH-19 hot)品種由来pAMT遺伝子の塩基配列中、塩基番号1290および1291で示される塩基、または(b)トウガラシ属に属する他の植物における該遺伝子オルソログの塩基配列における対応する塩基を含む、該遺伝子または遺伝子オルソログの約100〜約500塩基の連続した部分塩基配列を増幅し得る、約15〜約100塩基の一対の核酸を含む、カプシノイド類産生能を有する植物の同定用キット。


【図1】
image rotate

【図5】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2010−67(P2010−67A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−163895(P2008−163895)
【出願日】平成20年6月23日(2008.6.23)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】