説明

カプセル化細胞の移植による神経疾患治療

【課題】本発明は、既存の神経細胞との間に新たな神経細胞ネットワークを構築するための神経細胞移植治療を可能にする方法であって、(1)免疫拒絶反応、(2)移植細胞の腫瘍化の懸念と共に、(3)移植神経細胞とホストの神経細胞とのコネクション形成を解決する方法を提供する。
【解決手段】移植用神経細胞と共に、軸索を引き寄せる活性を持つ生理活性物質が封入されたカプセルであって、当該カプセル表面には0.4μm〜5μmの大きさの孔が複数個設けられていることを特徴とする、神経細胞移植用カプセルを用いる神経細胞の移植治療方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経細胞移植治療において、移植に伴う、(1)免疫拒絶反応、(2)移植神経細胞とホストの神経細胞とのコネクション形成、(3)移植細胞の腫瘍化の懸念、の問題を回避する低リスクな細胞移植治療法に関する。
【背景技術】
【0002】
神経組織は再生や修復能力が乏しく、一度損傷を受けると深刻な脳神経疾患に繋がることもある。このような脳神経疾患患者に対して、損傷を受けて欠落した神経細胞を新たに移植して補うことで本来の神経機能を回復させ、脳神経疾患の治療を目指す細胞移植治療が次世代の治療方法として大きな注目を集めている。パーキンソン病は、神経細胞移植治療において最も活発に研究が行われている疾患である。パーキンソン病は、脳内のドーパミン産生神経細胞が欠落したために引き起こされるということが分かっており、中絶胎児脳のドーパミン産生神経細胞を移植することで欠落した神経細胞を補い治療する試みがいくつかの国において既に実施されている。しかし、1人の患者を治療するのに5〜10体の中絶胎児が必要な事からドナー不足の問題や、中絶胎児脳を用いる倫理的な問題が存在している。他の脳神経疾患に対する細胞移植治療においても移植する神経細胞の確保は重要な課題である。近年、新たな移植細胞源として、ヒト神経幹細胞、ヒト胚性幹細胞(ES細胞)、ヒトiPS細胞などの幹細胞から目的の神経細胞へと分化誘導した細胞を利用することが提唱され、世界規模で活発な研究が展開されている(非特許文献1、非特許文献2)。体外での培養系が確立している幹細胞を利用すれば、無制限に移植細胞を得ることができることから、有望な移植細胞源として今後益々その重要性が高まるものと思われるが、幹細胞を用いた場合には、移植後、移植した細胞が腫瘍を形成する懸念がある。
また、移植に伴う免疫拒絶反応も非常に大きな問題である。副作用が問題となる免疫抑制剤を服用することなく、移植に伴う免疫拒絶反応を回避する有効な方法として、移植細胞のカプセルへの封入がある。封入に用いるカプセルには微細な孔が多数あり、細胞の生存に必要な分子量が小さい酸素や栄養と、移植細胞から分泌される低分子の物質はこの孔を自由に通過できるが、移植細胞に障害を与える免疫担当細胞や抗体は、そのサイズが大きいために孔を通過する事ができず、移植細胞をカプセルに封入することで免疫拒絶反応から移植細胞を守ることができる。インスリンを分泌する細胞が死滅することにより発症する糖尿病の治療にカプセル化したインスリン分泌細胞を移植することが提案され、様々なタイプのカプセルが開発されて動物を用いた移植実験において良好な結果が得られている(特許文献1、特許文献2、特許文献3)。この手法は免疫学的拒絶反応を回避できるメリットの他、カプセルの素材によっては一定の硬度があるため、中の移植細胞が腫瘍化しても周囲の組織への浸潤が防げるというメリットがある。
この方法は、神経疾患の治療のためにも応用され、欠落した脳の部分に、中空糸などの高分子半透膜のカプセルに封入された神経伝達物質や神経栄養因子などを産生する細胞株を移植して、半透膜を通して移植細胞から産生される神経伝達物質や神経栄養因子などを脳組織などに供給しようというものである(非特許文献3)。しかし、従来のカプセル化細胞移植法は、あくまで移植細胞の生産物質の長期間に亘った供給を目的とする薬物送達システムの域を出ないものであり、その治療効果には限界があった(特許文献4)。一般的な細胞移植の場合、例えば膵臓のインスリン産生β細胞などの臓器中の物質産生細胞の場合は、カプセルで包まれた状態であっても、特に周辺細胞とのコネクション形成は必要とせず、グルコースのカプセル内への流入とそれに応じたインスリンのカプセル外への放出という液性の低分子化合物のやり取りができれば、治療効果が発揮される。一方、神経細胞の場合は、その細胞体から軸索を伸ばして他の神経細胞とコネクションを形成し、ネットワークを形成することで互いに情報を受け渡ししながら働いており、移植した神経細胞が、正常かつ効果的に機能するためには移植神経細胞とホストの神経細胞とのコネクション形成が非常に重要である。そのため、脳組織などで欠落した神経細胞の代替となる神経細胞自体を移植して、既存の神経細胞との間に新たな神経細胞ネットワークを構築させる技術が必須である。移植に伴う免疫拒絶反応を回避するためには移植神経細胞をカプセルで包むことは有利であるが、移植神経細胞にとってはカプセルが障壁となり移植先のホストの神経細胞とのコネション形成ができないカプセル化細胞移植法は、神経細胞ネットワークを再構築するという本来の神経細胞移植治療においては、全く検討もされない技術であった。
このように、神経細胞移植による神経疾患治療においては、(1)免疫拒絶反応、(2)移植細胞の腫瘍化の懸念と共に、(3)移植神経細胞とホストの神経細胞とのコネクション形成という大きな問題があり、細胞移植治療が効果的な治療方法として定着する上で大きな障害である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11-253555
【特許文献2】特開2003-190259
【特許文献3】特開平7-252157
【特許文献4】特公表2008-539996
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Journal of Neuroscience Research, 76, 184-192, 2004.
【非特許文献2】Neuron, 61, 337-339, 2009.
【非特許文献3】伊藤勲ら、脳外誌 11巻5号、p.326-332 (2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、欠落した神経細胞の代替となる神経細胞を移植して既存の神経細胞との間に新たな神経細胞ネットワークを構築するための神経細胞移植治療を可能にする方法であって、神経細胞の移植の際に問題となる、(1)免疫拒絶反応、(2)移植細胞の腫瘍化の懸念と共に、(3)移植神経細胞とホストの神経細胞とのコネクション形成を解決する方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明者らは、従来のカプセル化細胞による移植技術が、移植神経細胞と免疫担当細胞との接触を防ぐため免疫拒絶反応を回避することができ、更に、仮に移植細胞が腫瘍化した場合においても周囲の組織への浸潤が防げる技術である点に着目し、神経細胞の移植治療に適用できないかと着想した。そして、まず多孔性高分子膜の孔の径を、ホストの神経細胞の軸索は通過できるが、免疫担当細胞は通過できないような適度な大きさに調整できないかと検討を重ねた。それが可能であることを確認した上で、カプセル内部の移植神経細胞の軸索とホストの神経細胞の軸索との間にコネクションを積極的に形成させる手法を検討した結果、カプセル内に移植神経細胞と共に、ホストの神経細胞の軸索を引き寄せる活性を持つ生理活性物質を封入して移植することで、ホストの神経細胞の軸索が積極的にカプセル内部へと伸張されることを見出した。
以上の知見を得たことで、ホストの神経細胞の軸索は通過できるが、免疫担当細胞は通過できないような適度な大きさに調整された孔を有する多孔性の膜から成るカプセルに、移植神経細胞と共に、ホストの神経細胞の軸索を引き寄せる活性を持つ生理活性物質を封入したカプセル化細胞を提供できた。当該カプセル化細胞を移植に用いることで、移植神経細胞と免疫担当細胞との接触をカプセルが防ぐため、免疫拒絶反応が回避でき、カプセルから徐放される生理活性物質の効果で、ホストの神経細胞の軸索が積極的にカプセル内部へと伸張し、カプセル内部の移植神経細胞との間にコネクションを形成することができる。また、仮に移植細胞が腫瘍化した場合においてもカプセルがバリアとなり、ホストの組織への浸潤を防ぐことができる。
【0007】
本発明は、これらの知見に基づいて完成に至ったものであり、以下のとおりのものである。
〔1〕 移植用神経細胞と共に、軸索を引き寄せる活性を持つ生理活性物質が封入されたカプセルであって、当該カプセル表面には0.4μm〜5μmの大きさの孔が複数個設けられていることを特徴とする、神経細胞移植用カプセル。
〔2〕 前記カプセル内には、さらに、細胞の足場となる細胞外マトリックス又は合成高分子化合物が封入されていることを特徴とする、前記〔1〕に記載の神経細胞移植用カプセル。
〔3〕 前記カプセル内には、さらに、前記生理活性物質と相互作用しその放出挙動を制御する成分が封入されることを特徴とする、前記〔1〕又は〔2〕に記載の神経細胞移植用カプセル。
〔4〕 前記カプセルの表面が、細胞外マトリックス成分、又は正もしくは負の電荷を有する高分子化合物で被覆されていることを特徴とする、前記〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の神経細胞移植用カプセル。
〔5〕 前記〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の神経細胞移植用カプセルを含むことを特徴とする、神経細胞移植用キット。
【発明の効果】
【0008】
本発明の結果、移植細胞をカプセルに封入して免疫拒絶反応から保護しながらも、ホストの神経細胞と移植神経細胞のコネクション形成が可能となることから、細胞移植により神経細胞ネットワーク再生治療の効果が期待でき、移植神経細胞がホストの神経細胞からの刺激に応答することが求められる種々の神経疾患への適用が考えられる。適用が考えられる疾患として、(1)脳内のドーパミンが減少するために様々な運動障害を生じるパーキンソン病の治療に対するドーパミン産生神経細胞の移植、(2)脳内のアセチルコリン系の細胞の異常が関連しているといわれ、記憶障害を伴う痴呆性の脳障害であるアルツハイマー病やアルコール中毒性脳症治療に対するアセチルコリン産生神経細胞の移植、(3)抗利尿ホルモンであるバゾプレッシンが脳内で枯渇するために大量の尿が出る病気である尿崩症の治療に対するパゾプレッシン分泌神経細胞の移植などがある。アルツハイマー病とパーキンソン病は特に発症頻度が高く、国内での患者数はそれぞれ160万人と12万人であり、高齢化社会に伴い今後も益々その患者数が増加していくのは間違いない。この神経細胞移植治療により、服用が大量また長期になると種々の副作用に悩まされる事も多い治療薬の服用が不要となり、患者の生活の質の向上に大きく寄与すると考えられる。
本発明における移植細胞のカプセルへの封入は、免疫拒絶反応の問題だけでなく、幹細胞から分化誘導した細胞を移植する際に問題となる移植細胞の腫瘍化の問題も同時に回避することができる。また、移植した細胞を一定期間後に容易に取り出すことも可能である。これらの点においてiPS細胞のように免疫拒絶の問題が無い細胞を移植に使用する場合においても移植細胞のカプセル化は有効な手段である。このように本発明は、幹細胞から分化誘導した神経細胞も含めた神経細胞移植療法を効果的、かつ、低リスクで安全に行う上で大きな貢献をする。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】膜に固定化する物質の検討:(実施例1)膜に固定化する物質が神経突起の膜の孔の通過に大きく影響することを示す。
【図2】膜に固定化する物質の検討:(実施例1)膜に固定化する物質が神経突起の膜の孔の通過に大きく影響することを示す。
【図3】膜の孔の大きさの検討:(実施例2)膜の孔の大きさが神経突起の膜の孔の通過に大きく影響することを示す。
【図4】膜の孔の大きさの検討:(実施例2)膜の孔の大きさが神経突起の膜の孔の通過に大きく影響することを示す。
【図5】軸索誘引因子による軸索の伸張方向制御と膜の孔の通過:(実施例3)(a)底板の組織片(左側)と脊髄背側部の組織片(右側)の共培養 (b) aの拡大図 (c)膜を介した底板の組織片(左側)と脊髄背側部の組織片(右側)の共培養 (d) cの拡大図 スケールバー:200 μm
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.移植のための神経細胞
本発明において、移植するために用いる神経細胞としては、移植によりホストの神経細胞とコネクション形成可能で治療効果が期待できる神経細胞であればどのような細胞でもよく、株化細胞、幹細胞から分化誘導した細胞、遺伝子操作された細胞、成人、新生児、及び、胎児から採取した細胞、などが考えられる。完全に神経細胞に分化していない、神経前駆細胞や神経幹細胞の状態で用いてもよい。移植対象の動物種と同一起源のものが好ましいが、それには限定されない。例えばヒトの治療のために、ブタなどの他の動物種由来神経細胞を用いることもできる。
【0011】
2.移植用神経細胞の調整
移植用の神経細胞は、細胞の種類によって、トリプシンやパパインなどの酵素処理やピペッティングなどの物理的な力で細胞1個1個にまでバラバラにした状態、または、ある程度の数の細胞が集まった塊の状態でカプセルに封入し、移植することが考えられる。
【0012】
3.導入する生理活性物質
本発明においては、カプセル内に、移植用の神経細胞と共に「軸索を引き寄せる活性を持つ生理活性物質」を共存させるが、その際の「軸索を引き寄せる活性を持つ生理活性物質」とは、カプセル孔から放出されて、標的の神経細胞に対して効果を発揮し、その軸索を生理活性物質が放出されている源の方向に向かって引き寄せるように作用し得る物質を意味する。軸索を引き寄せる活性を持つ生理活性物質としては、ネトリン、分泌型セマフォリン、肝細胞増殖因子、ソニックヘッジホッグ(Shh)、ウイント(Wnt)、神経成長因子(NGF)などが知られている。
これらの生理活性物質をカプセル内の移植用神経細胞と共存させるというとき、移植用神経細胞と共に当該生理活性物質溶液を導入してもよいが、当該生理活性物質を天然に産生する細胞や組織、または、産生するように遺伝子操作を加えた細胞を用いてもよく、移植用神経細胞に対して、あらかじめ当該生理活性物質遺伝子導入しておくことも可能である。
【0013】
4.本発明で用いるカプセル
本発明で用いるカプセルの材質としては、生体適合性材料として従来から用いられている高分子材料が用いられ、ポリビニリデン、ポリカーボネート、ポリウレタン、ポリアミド、酢酸セルロース、ニトロセルロース、ポリアクリレート、ポリエステル、ポリスルホン、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、シリコン樹脂、ポリオレフィン、ポリメタクリル酸エステルなどが挙げられるがそれに限定されない。なお、従来膵臓細胞移植用に用いられていたアルギン酸カプセル、アガロースカプセルなどの半透膜カプセルや中空糸などは孔のサイズが小さすぎるため、本発明にそのまま用いることはできない。
カプセルの形態としては、円筒状、球状、デスク形状などが挙げられるがそれに限定されない。
これらカプセル膜表面を、ラミニン、コラーゲン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、エラスチン、テネイシンなどの細胞外マトリックス成分やポリオルニチン、ポリエチレンイミン、ポリリジンなどの正電荷を有する高分子化合物、ヘパリン、ポリアクリル酸などの負電荷を有する高分子化合物で被覆することで、軸索のカプセルの孔の通過を促進させることができる。これら高分子化合物は、細胞の良好な接着を促進する物質として細胞培養用の基材表面にコーティングすることが周知の高分子化合物であり、いずれの化合物も好適に用いることができるが、特に、ラミニン、コラーゲン、ポリオルニチンが多種類の細胞に対して有効であると考えられる。そして、これらの細胞外マトリックス成分、又は正もしくは負の電荷を有する高分子化合物は、単独で用いても併用してもよい。併用する場合には、カプセル表面に混合した状態でコーティングしても、複数層状に順次コーティングしてもよい。
【0014】
5.カプセル表面の孔の大きさ及び分布について
本発明において用いられるカプセルは、膜表面に均一な大きさの孔を、少なくとも1カプセルあたり2個以上、好ましくは1cm2あたり1×104〜1×1010個、特に好ましくは1cm2あたり1×106〜1×1010個有するように成形される。その際の膜表面の孔の大きさとしては、酸素、栄養、移植細胞から分泌される物質などの低分子化合物や神経細胞の軸索(直径:0.1〜3μm)は通過できるが、免疫担当細胞(直径:5〜15μm)は通過できないような適度な大きさの孔、具体的には0.4μm〜5μmの大きさ、好ましくは0.4〜3μm、さらに好ましくは0.4〜1μmの範囲内の大きさである。
なお、同種移植の場合には、細胞性免疫が免疫拒絶反応の中心であるので、同種の細胞を移植する場合においては、カプセルによる抗体の通過阻止を考慮に入れなくてもよいと考えられる。
【0015】
6.カプセル表面の孔の形成方法
カプセル表面に均一な孔を複数個形成し、多孔性膜を作製する方法としては、膜、または、筒状に成形した膜にエキシマレーザーや高エネルギーの重イオンを照射して微細な孔を開けた後、膜を溶かす作用がある液(エッチング液)に浸漬し、膜を溶かすことで孔の大きさを広げることができる。浸漬時間を長くすれば、より大きな孔となることから、浸漬時間を制御することで所望の孔の大きさを有する膜を作製することができる。このようにして作製した筒状の多孔性膜の両端を光硬化性デンタルセメントなどでシールすることにより、カプセルを作製できる。また、市販の多孔性膜、例えばポリカーボネート製多孔性膜(野村マイクロ・サイエンス社製)などのうちで、0.4μm〜5μmの範囲内の孔径を有する多孔性膜を利用して、筒状体などに成形し、移植用神経細胞及び生理活性物質を導入後、密封してカプセルとしてもよい。
【0016】
7.カプセル内への移植用神経細胞及び生理活性物質の導入方法
カプセル内への移植用神経細胞及び生理活性物質(NGF等)の導入方法としては、移植細胞の懸濁液と生理活性物質溶液をそのまま導入する方法、コラーゲンなどの細胞外マトリックス成分や温度変化、光照射、酸化還元反応によりゲル化する合成高分子化合物[例えばpoly(acrylamide-co-N-acrylcysteamine)、N-イソプロピルアクリロアミド]、及び、その誘導体の溶液と共に導入した後、カプセル内でコラーゲンなどの細胞外マトリックス成分や合成高分子化合物をゲル化させる方法などがある。ゲル化したコラーゲンなどの細胞外マトリックス成分や、N-イソプロピルアクリロアミドなどの合成高分子化合物は、カプセル内で移植細胞の良い足場になるので移植用神経細胞及び生理活性物質と共に導入することが好ましい。さらに、NGFなどの生理活性物質と相互作用する物質、例えば、ヘパリン、ヘパラン硫酸、コラーゲン、ゼラチン、電荷を有する高分子化合物などを一緒にカプセルに封入することにより、生理活性物質がカプセルから一気に放出されず、徐々に放出されるようにする等放出時期を制御できるので、より好ましい。
【0017】
8.カプセルの移植方法
カプセルの移植方法としては、神経細胞が欠落している箇所に直接カプセルを移植することもあれば、移植しようとする部分に前もってスペースを作り一定期間経た後、そのスペースへカプセルを移植する方法が考えられる。また、カプセルの外表面に、生体にとって異物性の少ない材質の糸、例えば手術縫合糸を設けておくことで、仮にカプセル内の細胞が悪性腫瘍化した場合に、カプセルごと速やかに取り除くことができる。

以下、実施例を挙げて説明するが、本発明はこれに限定されない。
なお、本発明で引用した先行文献の記載内容は、本明細書の記載内容として参照されるものとする。
【実施例】
【0018】
(実施例1)
本発明においては、神経細胞の軸索が膜の孔を通過することが大きなポイントになるが、軸索が膜の孔を通過する際に大きな影響を及ぼすと考えられる膜に固定化する高分子化合物やタンパク質の検討を行なった。
孔の直径が5 μmのポリカーボネート製多孔性膜(野村マイクロ・サイエンス社製)を0.005% ポリオルニチン溶液、10 μg/ml ラミニン溶液、10 μg/ml フィブロネクチン溶液、10 μg/mlタイプIコラーゲン溶液、または、5% 牛血清アルブミン溶液に一晩浸漬し、これらの高分子化合物やタンパク質を膜に吸着させることで固定化した。その後、各成分が固定化された膜の表側に神経成長因子(NGF)の刺激により神経細胞に分化することが知られているラット副腎褐色細胞腫PC12細胞を播種し、NGFの存在下において6日間培養を行った。培養6日後にパラホルムアルデヒドで固定して神経細胞マーカーであるTuJ1(β-チューブリンタイプIII)で免疫染色を行ない、神経細胞を可視化した。図1に各成分が固定化された膜の裏側部分の顕微鏡像を示す。膜の裏側部分に見られる神経の突起は、膜の孔を通過した突起であり、コラーゲン、ラミニン、ポリオルニチンを固定化した膜では、より多くの突起が見られ、これらの成分は突起が膜の孔を通過するのをサポートしていると考えられる。一方、フィブロネクチンやアルブミンを固定化した膜や何も固定化しなかった膜では、膜の裏側部分に全く神経突起が見られず、神経突起は膜の孔を通過しなかった。膜の裏側部分の神経突起の占有面積を画像解析により算出し、各膜固定化成分における神経突起の膜の孔の通過の程度を定量化した結果を図2に示す(コラーゲンを固定化した膜を1として結果を表示)。図2に示されるようにコラーゲンを固定化した場合において最も神経突起が膜の孔を通過することが分かった。神経細胞の種類によってどのような成分を膜に固定化するのが神経突起の良好な膜の孔通過に有効であるかは、変わると考えられるが、同様の検討を行うことにより、それぞれの神経細胞に最適な固定化成分を決定できる。
【0019】
(実施例2)
膜に固定化する成分に加えて神経細胞の軸索が膜の孔を通過する際に大きな影響を及ぼすと考えられる膜の孔の大きさの検討を行った。
孔の直径が0.1、0.4、0.8、1、3、5 μmのポリカーボネート製多孔性膜(野村マイクロ・サイエンス社製)を10 μg/mlタイプIコラーゲン溶液に一晩浸漬し、コラーゲンを膜に吸着させることで固定化した。その後、実施例1と同様に膜の表側にPC12細胞を播種し、NGFの存在下において6日間培養を行った。培養6日後にパラホルムアルデヒドで固定して神経細胞マーカーであるTuJ1で免疫染色を行ない、神経細胞を可視化した。図3に各サイズの孔を有する膜の裏側部分の顕微鏡像を示す。また、図4に膜の裏側部分の神経突起の占有面積を画像解析により算出し、各サイズの孔を有する膜における神経突起の膜の孔の通過の程度を定量化した結果を示す(5 μmの孔を有する膜を1として結果を表示)。0.8 μm以上の孔を有する膜においては、より多くの突起が見られ、良好に突起が膜を通過していた。一方、0.4 μmの孔を有する膜においては、通過する突起の量が減少し、0.1 μmの孔を有する膜では、全く突起が通過しなかった。神経細胞の種類によって神経突起が通過するために最低限必要な膜の孔の大きさは変わると考えられるが、同様の検討を行うことにより、それぞれの神経細胞における膜の孔の大きさを決定できる。
【0020】
(実施例3)
発生過程において、脊髄背側部に存在する交連性神経細胞の軸索は、腹側部に存在する底板から分泌されるネトリンに引き寄せられて腹側方向へ伸張することが知られている。この生体におけるネトリンによる交連性神経細胞の軸索の誘引は、in vitroにおいても再現することができ、ラット胎児(Wistar E13)から底板と交連性神経細胞を含む脊髄背側部の組織片を採取し、コラーゲンゲル内において共培養を行った場合、図5(a),(b)に示すように交連性神経細胞の軸索は、ネトリンが分泌されている底板の組織片に向かって盛んに伸張する。この底板の組織片と交連性神経細胞を含む脊髄背側部の組織片の間に孔の直径が60 μmの多孔性膜(ミリポア社製)を挟んで同様に共培養を行ったところ、図5(c),(d)に示すように、交連性神経細胞の軸索は、ネトリンを分泌している底板の組織片の方向に引き寄せられ、膜の孔を通過して伸張した。このように、軸索を誘引する因子を利用することで、軸索の伸張方向を自在に制御することができ、より積極的に膜の孔を通過させることが可能であることが分かった。神経細胞の種類によって軸索を誘引する因子は異なるが、種々の誘引因子を目的に応じて使い分けることにより様々な種類の神経細胞の軸索を引き寄せて膜の孔を通過させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明は、幹細胞から分化誘導した神経細胞も含めた神経細胞の移植治療を効果的、かつ、低リスクで安全に行うために利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
移植用神経細胞と共に、軸索を引き寄せる活性を持つ生理活性物質が封入されたカプセルであって、当該カプセル表面には0.4μm〜5μmの大きさの孔が複数個設けられていることを特徴とする、神経細胞移植用カプセル。
【請求項2】
前記カプセル内には、さらに、細胞の足場となる細胞外マトリックス又は合成高分子化合物が封入されていることを特徴とする、請求項1に記載の神経細胞移植用カプセル。
【請求項3】
前記カプセル内には、さらに、前記生理活性物質と相互作用しその放出挙動を制御する成分が封入されることを特徴とする、請求項1又は2に記載の神経細胞移植用カプセル。
【請求項4】
前記カプセルの表面が、細胞外マトリックス成分、又は正もしくは負の電荷を有する高分子化合物で被覆されていることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の神経細胞移植用カプセル。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の神経細胞移植用カプセルを含むことを特徴とする、神経細胞移植用キット。

【図2】
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【図4】
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【図1】
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【図3】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−5222(P2011−5222A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−196185(P2009−196185)
【出願日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】