説明

カルパイン阻害のための方法、系および組成物

カルパインの阻害、特にカルパインの病的活性化に起因する組織損傷の治療に用いることのできる新規ペプチド模倣体を含む方法、系および組成物が開示されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
脳に血液を供給する大脳動脈の閉塞による脳卒中は、世界中で死および身体障害の主な原因である。ヒトなどの哺乳類の脳卒中は多くの場合、臨床的に脳その他の神経系器官への血流の途絶として現れる。機械的には、この血流の途絶は多くの場合、血流が含まれている組織または器官への損傷、死および/または他の傷害を生じ得る虚血を招く。虚血性傷害の病因は分子レベルで媒介されることもある。
【背景技術】
【0002】
その公衆衛生上の重要性にも関わらず、虚血性脳卒中の治療は、発症3時間以内に静脈内投与された組織プラスミノーゲン活性化因子による血栓溶解に限定される。脳卒中患者のごく一部(<5%)だけが、最終的にこの治療を受ける。
【0003】
カルパインは、神経細胞を含むあらゆる細胞の細胞質ゾルに局在するシステインプロテアーゼであり、虚血性損傷後の酵素事象におけるカルシウム調節カスケードの一部として細胞死に関与する。シグナル伝達、細胞遊走およびアポトーシス調節に重要な役割を果たすことが認められている重要なシステインプロテイナーゼであるカルパインの調節異常は、脳卒中、外傷性脳傷害および脊椎傷害に続く組織損傷などの様々な神経変性障害に関与している。これはまた、多発性硬化症、ならびにアルツハイマー病、ハンチントン病およびパーキンソン病などの様々な神経疾患の病因とも関連している。これら障害は、カルパインの過剰な活性化をもたらす細胞内カルシウム過負荷によって特徴付けられる。システインプロテアーゼ阻害剤(例えば、ペプチドアルデヒド、α-ケトエステルおよびアミド)を用いたカルパインのin vivo阻害は虚血に続く神経損傷(neuronal damage)の程度を軽減するが、他のシステインプロテアーゼも同様に効果的に阻害するため、これら阻害剤のうちカルパインに特異的なものはない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Emoriら、「All four repeating domains of the endogenous inhibitor for calcium-dependent protease independently retain inhibitory activity. Expression of the cDNA fragments in Escherichia coli」、J.Biol.Chem.263、2364〜2370頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
神経変性疾患および脳病変の治療は、依然として限定的である。以前のカルパイン阻害剤は脳卒中の潜在的な治療方針として研究されてきたが、これら阻害剤はカルパイン選択的ではなく、これらが他のプロテアーゼと相互作用することによる望ましくない副作用を招く可能性がある。従って、望ましくない副作用を起こさずにカルパインを選択的に阻害するための方法、系および組成物の必要性は、依然として満たされていない。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本明細書で特に開示されているこれら実施形態のみに限定することなく、またどのような実施形態も否定することなく、本発明の一部実施形態は、生物活性カルパインを選択的に阻害するための方法、系および組成物を含む。一部実施形態において、このような阻害は、患者に治療上有効量のカルパイン特異的ペプチド模倣体を投与することにより、前記患者の細胞、組織または器官損傷の治療に用いることができる。
【0007】
次に、添付の図面(図中、「B27-HYD」は、本明細書で論じる配列番号5を意味する)を参照して、他の実施形態を否定することなく、例としてのみ本発明の一部実施形態を説明する。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】処置および対照被験体における梗塞体積(infarct volume)を示すグラフである。
【図2】対照および処置被験体における神経学的検査の結果を示す図である。
【図3】対照および処置脳組織の染色組織切片の写真である。
【図4】試験および対照動物における相対的αII-スペクトリンレベルに関するデータを示す図である。
【図5】配列番号5がラット血清アルブミン(RSA)の虚血脳実質への漏出を低減することを表すデータを示す図である。
【図6】配列番号5処置が大脳微小血管系の外側におけるフィブリン沈着を低下させることを表すデータを示す図である。
【図7】配列番号5がeNOSリン酸化状態を調節することを表すデータを示す図である。
【図8】配列番号5による傷害後処置がeNOS-Thr495脱リン酸化を誘導することを表すデータを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本明細書に特に開示されているこれら実施形態のみに限定することなく、またどのような実施形態も否定することなく、本発明の一部実施形態は、生物活性カルパインを選択的に阻害するための方法、系および組成物を含む。一部実施形態において、このような阻害は、治療上有効量のカルパイン特異的ペプチド模倣体を患者に投与することにより、前記患者の細胞、組織または器官損傷の治療に用いることができる。
【0010】
本発明者らは、他の使用の中でも特に、ヒトを含むがこれに限定されない哺乳類における脳虚血の影響を軽減することのできる、選択的カルパイン阻害剤の新規構造を見出し、単離し、および/または作製した。本発明の一部実施形態は、カルパインの過剰な活性化に起因する哺乳類の組織損傷を軽減するための方法、系および/または組成物を対象とするが、これらに限定されるものではない。この目的に有用なこのような組成物は、カルパインの特異的阻害剤であるカルパスタチンに基づくペプチド模倣体を含む。
【0011】
一部実施形態は、いくつかの非ペプチド化学結合、非タンパク新生アミノ酸および/または立体構造上の制約を有する、化合物のペプチド模倣バージョンを含む。
【0012】
本発明者らは、次の通り、天然の27アミノ酸カルパスタチン由来ペプチドのヌクレオチドおよび関連アミノ酸配列を単離、合成および/または修飾して、一部実施形態のペプチド模倣カルパイン阻害剤を開発した。
acc caa tgg cta cta cct acc taa gag gaa ttg ggt aaa aga gaa gtc aca att cct cca aaa tat agg gaa cta ttg gct (配列番号1)
Asp Pro Met Ser Ser Thr Tyr Ile Glu Glu Leu Gly Lys Arg Glu Val Thr Ile Pro Pro Lys Tyr Arg Glu Leu Leu Ala (配列番号2)
【0013】
一部実施形態において、配列番号2のLys21側鎖とGlu24側鎖との間で側鎖間(side-chain to side-chain)環化が行われる。
【0014】
一部実施形態は、配列番号2における次の天然アミノ酸置換を含み、
Arg23からVal23
Glu24からAla24
Ala27からPro27
【0015】
従って、配列Asp Pro Met Ser Ser Thr Tyr Ile Glu Glu Leu Gly Lys Arg Glu Val Thr Ile Pro Pro Lys Tyr Val Ala Leu Leu Pro (配列番号3)を提供する。一部実施形態において、疎水性配列Ala Val Leu Leu Ala Leu Leu Ala Pro (配列番号4)が配列番号3のC末端に付加されて、配列Asp Pro Met Ser Ser Thr Tyr Ile Glu Glu Leu Gly Lys Arg Glu Val Thr Ile Pro Pro Lys Tyr Val Ala Leu Leu Pro Ala Val Leu Leu Ala Leu Leu Ala Pro (配列番号5)を提供する。
【0016】
一部実施形態において、配列番号2、配列番号3または配列番号5における次のアミノ酸対の間のより一般的なペプチド結合のうち1つまたは複数が、非ペプチド性還元アミド結合に置換され、in vivoのタンパク質分解酵素による切断に対するペプチド模倣耐性を付与し、その結果その薬物動態学的特性を改善する。
Ser4-Ser5
Tyr6-Ile7
Lys13-Arg14
Glu15-Val16
Lys21-Tyr22
Tyr22-Arg23
Arg23-Glu24
【0017】
さらに、一部実施形態において、配列番号2、配列番号3または配列番号5で次の天然アミノ酸から非天然アミノ酸への置換のうち1つまたは複数が行われ、
Ile18 → Nva18
Arg23 → Orn23
次の配列を提供する。
Asp Pro Met Ser Ser Thr Tyr Ile Glu Glu Leu Gly Lys Arg Glu Val Thr Nva Pro Pro Lys Tyr Orn Glu Leu Leu Ala (配列番号6)、
Asp Pro Met Ser Ser Thr Tyr Ile Glu Glu Leu Gly Lys Arg Glu Val Thr Nva Pro Pro Lys Tyr Arg Glu Leu Leu Ala (配列番号7)、
Asp Pro Met Ser Ser Thr Tyr Ile Glu Glu Leu Gly Lys Arg Glu Val Thr Ile Pro Pro Lys Tyr Orn Glu Leu Leu Ala (配列番号8);
Asp Pro Met Ser Ser Thr Tyr Ile Glu Glu Leu Gly Lys Arg Glu Val Thr Nva Pro Pro Lys Tyr Val Ala Leu Leu Pro (配列番号9)、または
Asp Pro Met Ser Ser Thr Tyr Ile Glu Glu Leu Gly Lys Arg Glu Val Thr Nva Pro Pro Lys Tyr Val Ala Leu Leu Pro Ala Val Leu Leu Ala Leu Leu Ala Pro (配列番号10)。
【0018】
一部実施形態において、化合物は、ポリエチレングリコールリンカーによりペプチド模倣阻害剤のN末端と連結した血液脳関門(「BBB」)透過性または膜透過性疎水性アミノ酸配列を含むが、これらに限定されない。膜透過性疎水性アミノ酸配列および関連ヌクレオチド配列の一例として、本発明の実施形態は以下を含むが、これに限定されない。
gcc gcg gta gcg ctg ctc ccg gcg gtc ctg ctg gcc ttg ctg gcg ccc (配列番号
NO: 11)
Ala Ala Val Ala Leu Leu Pro Ala Val Leu Leu Ala Leu Leu Ala Pro (配列番号12)。
タウリン、コレステロール、非イオン性両親媒性ジエチレングリコールメチル部分等などの非ペプチドBBB透過性構造を阻害剤に、場合により結合することもできる。
【0019】
シグナル伝達、細胞遊走およびアポトーシス調節に重要な役割を果たすことが認められているシステインプロテイナーゼであるカルパインの調節異常は、脳卒中、外傷性脳傷害および脊椎傷害に続く組織損傷などの様々な神経変性障害に関与している。これら障害は、カルパインの過剰な活性化をもたらす細胞内カルシウム過負荷によって特徴付けられる。システインプロテアーゼ阻害剤(例えば、ペプチドアルデヒド、α-ケトエステルおよびアミド)を用いたin vivoカルパイン阻害は、虚血後の神経損傷(neuronal damage)の程度を軽減する。しかし、これらシステインプロテイナーゼ阻害剤の相対的な非特異性は、カルパイン関与のための決定的な役割を妨げる。カルパスタチンは、カルパイン特異的な唯一の阻害剤であり、カルパスタチンとカルパインの相互作用は、Ca2+誘導タンパク質分解の調節を担う最も関連性のあるメカニズムであることが一般に受け入れられている。カルパスタチンの推定一次構造は、非阻害Lドメインと、それぞれが独立したカルパイン阻害活性を有し、従って機能単位を構成する4個の反復阻害ドメインからなる (Emoriら、「All four repeating domains of the endogenous inhibitor for calcium-dependent protease independently retain inhibitory activity. Expression of the cDNA fragments in Escherichia coli」、J.Biol.Chem.263、2364〜2370頁を参照)。
【0020】
本発明者らは以前、カルパスタチン分子内の2箇所の「ホットスポット」を同定した。これらのホットスポットでは、カルパスタチンの最も重要な残基の側鎖がカルパインの疎水性ポケットと相互作用する。どちらか一方のホットスポットにおける重要残基のうちいずれかの突然変異は、阻害活性の損失をもたらす。本発明者らの研究は、カルパスタチンの阻害ドメインにおける異なる領域がカルパインにおける相補部位と相互作用し、阻害剤の親和性および選択性に重要なカルパイン誘導性立体構造変化を行うことを示す。本発明者らの結果は、新規膜透過性カルパスタチンペプチドの投与によるin vivoにおけるカルパイン特異的阻害が、生体脳タンパク質の虚血後のタンパク質分解を遮断することにより梗塞体積および神経学的欠失を低減することを示す。
【実施例】
【0021】
本発明の一部実施形態における次の実施例は、本発明を本明細書に記載されているこれら実施形態のみに限定することなく、またどのような実施形態も否定することなく提供されている。
【0022】
(実施例1)
シグナル伝達、細胞遊走およびアポトーシス調節に重要な役割を果たすことが認められている重要なシステインプロテイナーゼであるカルパインの調節異常は、虚血性脳卒中後の組織損傷に関与している。本発明者らは、カルパインに特異的なカルパイン阻害剤を見出し、単離し、および/または作製した。
【0023】
本発明者らは、配列番号2の置換のアミド結合および/または側鎖官能性を合理的および系統的に化学修飾し、続いて、設計した分子をin vitroでカルパイン阻害の反応速度を測定すること、またラットにおいて局所性脳虚血後にin vivoで神経学的回復を改善するその能力を評価することによって、本発明者らのカルパインのペプチド模倣阻害剤を開発した。ペプチド模倣体を作製するために行われた構造的修飾は、化学的突然変異誘発によるアミノ酸置換、アミド結合模倣、個々のアミノ酸におけるα-炭素とカルボニル官能基との間へのメチレン基の挿入、天然のアミノ酸側鎖の非天然部分への置換およびアミノ酸側鎖の環化を含むがこれらに限定されない。精製カルパインと、天然タンパク質または合成蛍光発生ペプチド基質とを用いた定常状態およびストップドフロー酵素阻害反応速度実験により、ペプチド模倣体のカルパイン阻害活性を測定した。虚血性脳卒中後の脳梗塞、大脳内皮機能および神経学的機能回復に対するペプチド模倣体の効果を、2時間の中大脳動脈(「MCAO」)虚血のラットモデルを用いて評価した。
【0024】
本発明者らは研究に基づき、配列番号5を選択してラットにおける2時間中大脳動脈(「MCAO」)虚血後のその脳保護能力についてさらに試験した。縫合法による2時間のMCAOを雄のWistarラット21匹に誘導した。再灌流後、静脈内に生理食塩水(n=9)、配列番号5(3mg/kg;n=9)または配列番号5-βAla(3mg/kg;配列番号5の不活性型、図中B27β-Ala11、n=9)を4時間投与した。動物は7日間生存し、神経学的検査(スコア0〜3、3が最も重症である)を行った。屠殺後、脳サンプルをホルマリン固定し、標準的なコンピューター処理による画像解析を用いて梗塞体積を計算した。統計解析のために独立t-検定を用いた。
【0025】
MCA閉塞および処置の後、全ての動物は7日間生存した。図1および2(本明細書の全ての図中、「B27-HYD」は配列番号5を意味する)に示すように、配列番号5を投与した群は、生理食塩水および不活性型Leu11からβAla11バージョンの配列番号5、Asp Pro Met Ser Ser Thr Tyr Ile Glu Glu βAla Gly Lys Arg Glu Val Thr Ile Pro Pro Lys Tyr Val Ala Leu Leu Pro Ala Val Leu Leu Ala Leu Leu Ala Pro (配列番号13)であるβ-Ala11を備える配列番号5で処置したラットと比べて顕著に抑制された梗塞体積を有していた(24.9±3.8vs38.4±2.1および33.8±4.2;平均±SEM、p<0.05)。図2に示す通り、対照および処置動物の行動および観察試験から得られた神経学的スコアは、生理食塩水および配列番号13(β-Ala11処置)群と比べて7日目で配列番号5処置群において顕著に改善した(1.00±0.17vs1.78±0.22および1.44±0.18、平均±SEM、p<0.05)。
【0026】
本発明者らは、本発明者らの選択的カルパイン阻害剤が、ラットにおける一過性MCA閉塞後に脳保護性であることを見出した。配列番号5を用いて脳虚血のメカニズムを研究する一つの利点は、他の非カルパスタチン由来化合物と比べてカルパインを選択的に阻害するその能力である。脳虚血後のカルパインの選択的遮断から、虚血後の神経損傷(neuronal damage)におけるカルパインの特異的な役割と、より一層の治療上の選択肢をさらに理解可能になる。
【0027】
(実施例2)
天然に存在するタンパク質であるカルパスタチンはカルパインに特異的な唯一の阻害剤であり、カルパスタチンとカルパインの相互作用が、Ca2+誘導タンパク質分解の調節を担う最も関連性のあるメカニズムであることが一般に受け入れられている。本発明者らは、カルパインの強力かつ特異的な阻害に重要な残基を含む、配列番号2のペプチドにおける2箇所の「ホットスポット」を同定した。本発明者らが知る限りにおいて、今日までに報告されたカルパインの薬理的阻害に関する研究で、カルパスタチンの絶対的特異性に利益を得て、虚血性脳卒中後にカルパインが細胞死および神経学的機能不全に寄与することを記したものはない。従って、本発明者らは、配列番号2の新規BBB透過性アナログの一実施形態である配列番号5を、ラットにおける局所性脳虚血後の脳梗塞および神経学的機能回復へのその効果について評価した。
【0028】
材料と方法
動物モデル
施設承認の動物取扱いプロトコールに従い、雄のWistarラット(270〜290g)をCharles River Breeding Co.(ウィルミントン、マサチューセッツ州、米国)から入手した。血管内縫合法による2時間中大脳動脈閉塞(MCAO)、薬剤注入ならびに梗塞体積および神経学的欠失の測定は、前に詳述した通り行った。
【0029】
FMOC化学固相ペプチド合成により配列番号5およびその不活性型Leu11からβAla11変異体の配列番号13を調製し、カルパイン阻害活性に対して特徴付けた。2時間のMCAOに続く再灌流の直後に、配列番号5(50μM溶液をi.v.注入、15μl/分、4時間;3mg/kg)、配列番号13またはビヒクル(1%DMSO/生理食塩水)をラット97(n=6〜9)に投与した。偽手術された動物は、手術は行ったがMCA閉塞は行わなかった。神経学的スコアおよび梗塞体積を検査した動物は、7日間生存した。
【0030】
脳タンパク質抽出とウエスタンブロット解析
MCAOと薬剤注入に続いて、動物を24または48時間の生存の後、屠殺した。この段階で脳を摘出し、右脳と左脳、皮質と皮質下領域に分離し、液体窒素中で手早く凍結して使用まで-80℃で保存した。ウエスタンブロット解析のため、脳サンプルをドライアイス上に置いた小型の乳鉢と乳棒で細末に粉砕した。0.025mM E-64、2.0mM AEBSF、0.5mM PMSF、0.02mMロイペプチン、0.05mMペプスタチンおよび0.001mMアプロチニンを含む0.25Mショ糖、25mM 2-(N-モルホリノ)-エタンスルホン酸、1mM EDTA、pH6.5(ホモジナイゼーションバッファー)溶液中で、粉砕した脳組織粉末を4℃でPotter-Elvehjemホモジナイザーにおいてホモジナイズした。次にホモジネートを4℃で20分間16,000gで遠心分離した。上清のアリコートを実験に使用するまで-80℃で保存した。micro BCAタンパク質アッセイキット(Pierce、ロックフォード、イリノイ州)を用いてタンパク質濃度を決定した。レムリ(Laemmli)法に従ってSDS-PAGEを行い、Towbinらの技法に従ってイムノブロットを行った。マウスモノクローナル抗αII-スペクトリン抗体(MAB1622、1:1,000)およびホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)結合ヤギ抗マウスIgG(AP124P、1:10,000)は、Chemicon(テメクラ、カリフォルニア州)から入手した。増強化学発光(enhanced chemiluminescence)法を用いて、メーカーの取扱説明書(GE Healthcare Biosciences、ピスカタウェイ、ニュージャージー州、米国)に従って標識タンパク質を検出した。Gel-Doc2000(Bio-Rad、リッチモンド、バージニア州)およびフリーオープンソースのソフトウェアImageJ(http://rsb.info.nih.gov/ij/)を用いてデンシトメトリーによりバンドを定量化した。
【0031】
結果
梗塞体積
H&E切片から、好酸球性バックグラウンドのびまん性蒼白を有する虚血中心領域と、空胞形成すなわち海綿化(sponginess)および好中球を有する境界領域とを顕微鏡下で確認することができる。図3における代表的なH&E染色連続冠状断面A〜Gから分かるように、虚血により大部分が病変した脳領域は、MCA分布における皮質である(黒矢印)。中心薄切片CおよびDにおける皮質下領域も病変している(白矢印)。虚血性損傷(すなわち、細胞死、組織の減失または脳軟化症)は、ビヒクル処置対照と比べて配列番号5処置動物では少なかった。比較したところ、対側は肉眼による検査と組織切片の両方により損傷を受けていないように見えた。Table 1(表1)および図1に示すように、配列番号5は、それぞれ配列番号13処置(24.9±3.8%vs.33.8±4.2%、脳半球の梗塞体積パーセント±SE;#P<0.05、独立t-検定;n=9/群)およびビヒクル処置(24.9±3.8%vs.38.4±2.1%、脳半球の梗塞体積パーセント±SE;*P<0.05、独立t-検定;n=9/群)対照と比べて梗塞体積を顕著に低減させた。
【0032】
【表1】

【0033】
神経学的スコア
神経学的スコアは、以前に次の通り定義された。観察可能な欠失なし=0、前肢屈曲=1、側方の圧力に対する抵抗力の低下と前肢屈曲=2、2と同じ行動+旋回=3。行動データは、傷害後最初の4日間で全ての実験群において神経学的スコアが僅かに改善したことを示している(Table 1(表1)および図2)。しかし、配列番号5処置動物とビヒクル対照との間(1.00±0.17vs.1.78±0.22、*P<0.05、n=9/群;独立t-検定)、また配列番号13処置群との間(1.00±0.17vs.1.44±0.18、#P<0.05、n=9/群;独立t-検定)における動作の差異は、傷害後7日目では統計的に有意であった。
【0034】
αII-スペクトリン分解
カルパインの病的活性および配列番号5のin vivoにおける有効性を、MCAO後にラット脳で生じたαII-スペクトリン分解産物(SBDP)のウエスタンブロット解析により評価した。図4は、配列番号5が、MCAO後のラット脳においてカルパインによるαII-スペクトリン分解を遮断することを表すデータを示す。(A〜D)MCAO後24時間(A、B)および48時間(C、D)における、偽手術、虚血ビヒクル処置および虚血配列番号5処置動物の同側皮質(A、C)および皮質下(B、D)領域の、αII-スペクトリンの代表的なイムノブロット。完全αIIスペクトリン(280kDa)、SBDP150、SBDP145、SBDP120およびSBDP110を示す。(E) MCAO後24および48時間における同側皮質および皮質下におけるSBDP150/SBDP145レベルのデンシトメトリー解析。
【0035】
図4から分かるように、偽手術された動物由来の脳サンプルは、主に完全αII-スペクトリン(280kDa)を示すが、一方脳卒中傷害ビヒクル処置動物(ビヒクル対照)は、傷害後最初の24時間における同側半球の皮質および皮質下領域(パネルAおよびB)において高レベルの150および145kDaのSBDP(SBDP150およびSBDP145)を有した。配列番号5処置は、傷害後24時間におけるSBDP150およびSBDP145形成を基底レベルに遮断した(パネルA、BおよびE)。ビヒクル対照動物において、脳におけるSBDP145レベルは上昇し続け、傷害後48時間において主要なαII-スペクトリン分解産物となった(パネルCおよびDを参照)。傷害後最初の24時間には存在しなかった追加的な120(SBDP120)および110kDa(SBDP110)のSBDPが、傷害後48時間までに生じたことに注目すると興味深い。MCAO/再灌流直後の配列番号5処置は、傷害後48時間における脳の皮質および皮質下領域におけるSBDP145レベルを顕著に低減した(*P<0.05vs.ビヒクル;n=6;180パネルC、DおよびE)。
【0036】
本発明者らは、カルパスタチンのカルパインに対する絶対的な特異性とBBB透過性薬物送達戦略を利用した新規カルパイン阻害剤を開発し用いたが、虚血後のカルパイン阻害が梗塞体積を顕著に低減して局所性脳虚血後の神経学的機能回復を改善することを示している。一部実施形態において、新規カルパイン阻害剤である配列番号5は、ヒトカルパスタチンサブドメインBのC末端に結合したシグナル配列由来膜転座ペプチドモチーフ(VALLP AVLLA LLAP)からなるが、これに限定されない。配列番号5は、培養細胞に対して非毒性の、強力、水溶性かつ特異的なカルパイン阻害剤である。
【0037】
脳虚血の病理生物学調査により、初期虚血発作が、グルタミン酸塩レセプター関連および電位依存性カルシウムチャネルの活性化をもたらす、損傷シナプスからグルタミン酸塩の大量放出を誘導することが示されている。このような活性化は、神経細胞へのカルシウムイオンの流入と、細胞内貯蔵からカルシウムイオンの放出を誘導する。細胞内カルシウムホメオスタシスの損失は、プロテアーゼ、キナーゼ、ホスファターゼおよびホスホリパーゼなどの様々な酵素の活性化による細胞死に寄与する。カルシウム介在脳傷害のメカニズムに必要不可欠なのは、カルパインの病的活性化である。正常な生理学的条件下では、カルパインは非常に低い活性で細胞内に存在し、細胞骨格タンパク質のターンオーバーならびにキナーゼ、転写因子およびレセプターの調節に関与していることが提言されている。しかし、病的カルパイン活性化は、レセプタータンパク質、カルモジュリン結合タンパク質、シグナル伝達酵素、転写因子および細胞骨格タンパク質などの多くの細胞タンパク質のタンパク質分解による破壊をもたらす。さらに、制御されていないカルパイン活性は、虚血性および外傷性脳傷害後の再生および神経可塑性に主要な役割を果たす、成長関連タンパク質-43(GAP-43)、シナプトフィジンおよびコラプシンレセプターメディエータータンパク質(CRMP)などのいくつかの重要なタンパク質の発現増加を妨げる。従って、カルパインは、複数の分子および細胞経路を介して虚血性脳傷害の病因に寄与し得る。従って、カルパインの選択的阻害は、脳保護効果と神経細胞の可塑性/修復メカニズム増強の両方をもたらすことができる。
【0038】
本発明者らは、Bedersonらの方法による評価項目として機能成績を評価した。2時間MCAO直後の配列番号5による処置は、ビヒクル処置脳卒中対照と比べて、4日目および7日目に神経学的欠失をそれぞれ24%および44%低減した。梗塞体積は第二の成績であり、脳卒中後7日目に測定した。脳梗塞の程度は、配列番号5処置動物ではビヒクル処置動物と比べて35%減少した。本研究で用いたMCAOモデルにおける予測可能な梗塞巣領域位置および一貫した神経学的欠失の発生のため、配列番号5の神経学的成績および局所性脳虚血により生じた梗塞巣サイズにおける効果を確実に研究することができる。しかし、皮質位置における小さな病変は顕著な機能欠失を生じ得るため、梗塞体積が機能成績と相関が低くなる可能性があることに留意するべきである。逆に言えば、相対的サイレントエリアにおける大きな病変は、検出可能な機能損失をほとんど生じない。脳卒中後の神経学的欠失の減少は、虚血性傷害後の大脳皮質および皮質下構造におけるシナプスおよび機能の再編成に起因すると考えられてきた。病的カルパイン活性は、軸索輸送の途絶および構造崩壊ならびに脳傷害後に起こる神経細胞の可塑性に関与するタンパク質レベルの純減少を生じ得るため、本発明者らのデータは、配列番号5が、カルパインの介する脳卒中に関連する一連の生理学的変化を効果的に治療して機能成績を改善できることを示す。
【0039】
最もよく研究されているカルパイン標的は、軸索に局在して皮質細胞骨格マトリックス支持体で機能する280kDaの神経タンパク質であるαII-スペクトリンである。αII-スペクトリンは、虚血性および外傷性脳傷害後にカルパインによりタンパク質分解されて150および145kDaのスペクトリン分解産物(SBDP150およびSBDP145)を生成、あるいはカスパーゼ-3により150および120kDa断片(SBDP15OiおよびSBDP120)を生成する。カルパインが生成したSBDP145は、虚血性および外傷性脳傷害後の神経細胞のネクローシス性/オンコーシス性(oncotic)細胞死のサインバイオマーカーであり、一方カスパーゼ-3が生成したSBDP120は、神経細胞アポトーシスのサインバイオマーカーである。近年、急性脳傷害バイオマーカーとしてのカルパインおよびカスパーゼ-3特異的SBDPの臨床上の重要性が、ヒトにおいて示された。本発明者らのデータは、ネクローシス性/オンコーシス性およびアポトーシス性細胞死のメカニズムは重複しているが、MCAO後に異なる時間パターンで活性化されているように見えることを裏付けている。図4AおよびBに示す通り、SBDP145形成の程度は、傷害後24時間における虚血脳半球の皮質および皮質下領域の両方で類似していた。興味深いことに、SBDP145レベルは、MCAO後48時間までに皮質および皮質下でそれぞれ約3および2倍に増加したが、これは恐らく初期虚血性傷害後24時間と48時間の間に追加的なカルパイン活性の上昇をもたらしたこの脳領域における細胞内Ca2+([Ca2+]i)レベルの新たな急上昇が原因の、虚血脳半球におけるαII-スペクトリンの連続的なカルパイン媒介タンパク質分解を示唆している。配列番号5の急性虚血後投与は、傷害後24時間でSBDP145の蓄積を完全に遮断したが、処置は48時間で皮質および皮質下におけるSBDP145レベルを顕著に低下させた。神経細胞の構造分解の評価および脳卒中後の脳損傷進展に関する可能なメカニズムの評価におけるその使用に加えて、本発明者らは、カルパイン標的に基づく神経保護戦略の開発における治療決定指針の補助としてのSBDP145バイオマーカーの潜在的な有用性を示した。
【0040】
現在までに脳卒中のための抗カルパイン治療戦略に関して報告された前臨床試験は、ジペプチドまたはトリペプチドと、化学弾頭部(chemical warhead)を用いて修飾したペプチド模倣のアドレス(address)標識に基づく阻害剤設計を用いてきた。これら小分子合成阻害剤はカルパイン阻害に効果的であるが、様々な程度で脳卒中の病態生理学に関わる他のプロテアーゼと反応する。虚血性脳傷害の進行に関するいくつかのプロテアーゼを遮断する広域性阻害剤を用いた単剤治療の方が、1種類の特定のプロテアーゼを標的とする高度に選択的な阻害剤を用いた治療より効果的であろうと主張することもできる。しかし、プロテアーゼ阻害剤の特異性の欠如は多くの場合、組織毒性に関する他の問題を提起する。さらに、初期虚血性事象の後に生じる異常プロテアーゼ活性の兆候、期間および程度(量)は、プロテアーゼ標的毎に異なるように見える。本発明者らの新知見は、プロテアーゼ媒介脳傷害の特定のステップの選択阻害を目的とするプロテアーゼ-標的に基づく併用療法が、脳卒中後の相乗作用的な脳組織保護および機能成績改善をもたらすであろうことを示す。
【0041】
(実施例3)
本発明者らは、配列番号5を用いて脳卒中後の神経血管機能不全におけるカルパインの役割を調査した。
【0042】
2時間の中大脳動脈閉塞術(MCAO)を用いて、虚血性脳卒中を雄のWistarラットに誘導した。MCAO2時間に続く再灌流の直後、配列番号5をラットに静脈内投与し、一方対照動物はビヒクル溶液を注入した(n=6〜9)。神経学的スコアおよび梗塞体積を試験するための動物は7日間生存し、MCAO後1、4および7日目に神経学的検査(mNSSおよびコーナーターン(corner turn))を行った。別の実験セットにおいて、動物は48時間で屠殺し、BBB完全性(大脳微小血管系から脳実質へのアルブミンおよびフィブリン漏出)の組織学的検査を行った。内皮一酸化窒素合成酵素(eNOS)のリン酸化は、公知のeNOSリン酸化部位を提示する合成リン酸化ペプチドに対して作製した特異的抗体を用いたウエスタンブロッティングにより解析した。
【0043】
結果
配列番号5の虚血後投与は、未処置動物と比べて梗塞体積および神経学的欠失をそれぞれ35%および44%低下させた(それぞれp<0.05)。アルブミンとフィブリンの血管外漏出により評価したBBB完全性は、48時間で対照と比べて配列番号5処置後に有意な改善を示した(p<0.05)。脳卒中後の脳で高度にアップレギュレート(約3倍)されることが認められている内皮一酸化窒素合成酵素(eNOS)のスレオニン-495リン酸化は、配列番号5での処置によって顕著に抑制された。従って、本発明者らは、特異的なカルパスタチンに基づくカルパイン阻害剤を用いた一過性脳虚血の治療が、BBB完全性におけるその有益な影響から分かるように、eNOS調節および血管保護作用に関連する神経保護および機能回復をもたらすことを思いがけず見出した。
【0044】
図5は、配列番号5が虚血脳実質へのラット血清アルブミン(RSA)漏出を低減することを表すデータを示す。偽手術、虚血ビヒクル処置および虚血の同側皮質領域(A)および皮質下領域(B)におけるRSAレベルの代表的なイムノブロットが示されている。Cは、MCAO後24時間の同側皮質および皮質下(*p<0.05vsビヒクル;n=6)におけるRSAレベルのデンシトメトリー解析である。
【0045】
図6は、配列番号5処置が大脳微小血管系の外側におけるフィブリン沈着を低減させることを表すデータを示す。2時間MCA閉塞と再灌流に付して48時間生存した、未処置(MCAO、パネルA)および処置(+配列番号5、パネルB)ラットの大脳微小血管系の外側におけるフィブリン沈着の代表的な蛍光顕微鏡写真を示す。皮質および線条体におけるフィブリンの免疫化学染色の定量計測のために虚血性境界領域(IBZ)から選択された8領域を示す冠状脳断面の略図を示す(パネルC)。定量データは、脳卒中の配列番号5による処置が対照MCAOラットと比べてBBB漏出を顕著に減少させることを裏付ける(パネルD)。
【0046】
図7は、配列番号5がeNOSリン酸化状態を調節することを表すデータを示す。A〜B:上下両方のバンドは、eNOS-Ser633がリン酸化されている。C:リン酸-eNOSタンパク質バンド強度の上:下比率のグラフ表示である(n=6ラット/実験群)。
【0047】
図8は、配列番号5による傷害後処置がeNOS-Thr495脱リン酸化を誘導することを表すデータを示す。
【0048】
脳卒中は、機能成績の改善を示した決定的治療法のない、死および長期身体障害の主な原因である。積み重ねられた証拠は、複数の分子および細胞経路を介した虚血性脳傷害の病因におけるカルパインの関与を意味する。システインプロテアーゼ阻害剤(例えば、ペプチドアルデヒド、α-ケトエステルおよびアミド)を用いたカルパインのin vivo阻害は、虚血後の神経損傷(neuronal damage)の程度を軽減する。しかし、これらシステインプロテアーゼ阻害剤の相対的な非特異性は、カルパインの関与に対する決定的な役割を妨げる。従来、カルパインの介する虚血後神経学的機能不全は主に、ネクローシス性および/またはアポトーシス性細胞死をもたらす酵素による細胞骨格タンパク質の破壊的タンパク質分解によるものとされてきた。しかし、カルパインは、キナーゼおよびホスファターゼのタンパク質分解活性化を介した神経血管細胞のシグナル伝達事象に関与することもできる。一酸化窒素(NO)は、その抗凝血および抗血栓形成特性を維持することにより、内因性血管拡張因子、抗血小板薬、抗酸化剤および血管内皮の調節因子として機能する。内皮一酸化窒素合成酵素(eNOS)の構成的発現形態を欠くマウスは、より大きな脳梗塞を呈し、L-アルギニンおよびスタチンを有するeNOSのアップレギュレーションは脳卒中から保護する。さらに重要なことに、eNOS活性は、複数のキナーゼが媒介する様々なリン酸化部位における複数の協調的なリン酸化事象により調節される。現在までの文献は、ヒトeNOSのTyr81、Ser114、Thr495、Ser615、Ser633およびSer1177の6個のリン酸化特異的部位が同定されたことを示す。この部位に依存して、eNOSのリン酸化は、酵素を活性化させることもできるし、あるいは酵素活性を弱めることもできる。eNOS-Ser633のリン酸化はeNOS活性を増強し、Ca2+流量およびeNOS-Ser1177リン酸化による初期活性化後のNO合成の維持に特に重要であるように思われる。対照的に、Ca2+/カルモジュリン(CaM)結合ドメインにおけるeNOS-Thr495のリン酸化は抑制的である。本研究において、本発明者らは、薬理学的カルパイン阻害におけるカルパスタチンの絶対的な特異性から利益を得て、脳卒中後の神経血管機能不全におけるカルパインのメカニズムを調査した。
【0049】
本発明者らの新知見は、虚血後の神経学的および脳血管機能不全におけるカルパインの関与を実証し、配列番号5の保護メカニズムを示す。保護メカニズムは部分的に、大脳内皮機能の保護によるものである。興味深い新知見は、カルパインが、リン酸化事象によって神経血管機能に関与する重要な酵素である内皮一酸化窒素合成酵素の調節に関与することである。カルパインの新規BBB透過性特異的阻害剤としての配列番号5は、脳卒中治療のため、またカルパインの介する神経変性障害のメカニズム研究のための新規アプローチを提供する。本発明の実施形態は、虚血性脳卒中のための治療濃度域を拡大することができ、毎年世界中で脳卒中を患う多くの患者の大部分に適用することができる。
【0050】
従って、対象材料を限定することなく、また放棄することなく、一部実施形態は、新規カルパイン阻害剤を選択的に適用することによる、脳損傷を含むがこれに限定されない哺乳類の傷害を予防、制御または緩和するための新規組成物および方法を含む。一部実施形態に従えば、有限期間で1または複数種のこのような阻害剤を投与することにより、このような外傷を抑制し従ってこのような損傷の進行を制限することができるが、これに限定されない。
【0051】
一部実施形態に従えば、薬物治療の期間が比較的短くなり、成功の見込みが大きくなる可能性が高い。一部実施形態のカルパイン阻害剤を有効量予防的投与することにより、多くの形態の神経外傷に関連する損傷の発生を顕著に抑制することができる。
【0052】
一部実施形態に従えば、ヒトにおける一部実施形態のカルパイン阻害剤の投与経路は、経口投与による。しかし、当業者に知られているこのような阻害剤のいかなる適切な投与経路もまた本発明の実施形態を含む。
【0053】
一部実施形態のカルパイン阻害剤は、適正な医療行為に従い、個々の患者の病態、投与の部位および方法、投与スケジュール、患者の年齢、性別および体重ならびに医師に知られている他の要因を考慮して、投与、投薬することができる。従って、本明細書の目的に対して「医薬的有効量」は、本技術分野で公知のこのような検討事項により決定される。この量は、損傷もしくは傷害の低減、または症状その他の適切な基準として当業者に選択される指標の改善もしくは除去を含むがこれらに限定されない改善を達成するのに効果的でなければならない。
【0054】
一部実施形態に従えば、このようなカルパイン阻害剤は、様々な方法で投与することができる。これは、単独で、あるいは医薬的に許容可能な担体、希釈剤、佐剤およびビヒクルと組み合わせた有効成分として投与することができる。阻害剤は、経口、皮下、あるいは静脈内、動脈内、筋肉内、腹腔内および鼻腔内投与ならびにくも膜下注入技法などの非経口、あるいは局所投与もしくは疾病や病状部位への直接接種により投与することができる。化合物の埋込みも有用である。治療される患者は温血動物であり、特にヒトなどの哺乳類である。一般に、医薬的に許容可能な担体、希釈剤、佐剤およびビヒクルならびに埋込み用担体は、本発明の有効成分と反応しない、不活性かつ非毒性の固体または液体フィラー、希釈剤または封入材料を意味する。
【0055】
一部実施形態に従ったこのようなカルパイン阻害剤の使用は、特に関連病状の進展および発現を標的とするため、ヒトにおける治療のタイミングと期間は動物モデルで確立したタイミングと期間に近似するであろうことが予想される。同様に、このような化合物を用いて動物モデルで所望の効果を得るために、あるいは他の臨床応用のために確立した用量は、この場合でも同様に適用できることが予想される。配列番号5は水溶性であり、PBSに溶解する。本発明者らは、中大脳動脈の再灌流の後、大腿静脈経由で50マイクロモル濃度の溶液の配列番号5を4時間、合計用量3mg/kgで注入した。この用量は、この脳卒中モデルにおける神経学的回復の改善に効果的であった。同様の仕方でこの脳卒中モデルで別のシステインプロテアーゼ阻害剤(カテプシンBおよびLを遮断する)を試験する場合、本発明者らは、10、50および250マイクロモル濃度の4時間注入が神経学的機能障害の抑制に等しく効果的であったが、一方2マイクロモル溶液は効果的でなかったことを見出した。一般にヒトは、本明細書に例示されている実験動物よりも長く治療し、この治療は疾病プロセスの長さと薬物効果に比例する長さであることに留意されたい。用量は、単回投与であっても、期間内の複数回投与であってもよい。一般に治療は、疾病プロセスの長さと薬物効果、そして治療されている被験体の種に比例する長さである。どの実施形態にも限定することなく、あるいはどの実施形態も否定することなく、治療上有効量の本明細書に記載されている化合物は、好ましくは1日当たり体重1キログラム当たり約0.01ミリグラム(mg/kg/day)から約100mg/kg/dayの範囲である。好ましい量は、約0.5から約30mg/kg/dayで変動することが予想される。
【0056】
一部実施形態のカルパイン阻害剤を非経口で投与する場合、一般に単位用量の注射可能剤形(溶液、懸濁液、エマルジョン)に製剤することができる。注射に適した製剤処方は、滅菌水溶液または分散液、および滅菌注射可能溶液または分散液に再構成するための滅菌粉末を含む。担体は、例えば水、エタノール、ポリオール(例えば、グリセロール、プロピレングリコール、液体ポリエチレングリコール等)、それらの適切な混合物および植物油を含む、溶媒または分散媒であることができる。
【0057】
必要であれば、例えば、レシチンなどのコーティングの使用により、分散液の場合は所要の粒径維持により、界面活性剤の使用により、適切な流動性を維持することができる。綿実油、ゴマ油、オリーブ油、大豆油、トウモロコシ油、ヒマワリ油またはピーナッツ油などの非水性ビヒクル、およびミリスチン酸イソプロピルなどのエステルもまた、このようなカルパイン阻害剤組成物のための溶媒系として用いることができる。さらに、抗菌保存剤、抗酸化剤、キレート剤およびバッファーなどの組成物の安定性、滅菌性および等張性を高める様々な添加剤を加えてもよい。微生物作用の防止は、様々な抗細菌剤および抗真菌剤、例えばパラベン、クロロブタノール、フェノール、ソルビン酸等により確実にすることができる。多くの場合、等張剤、例えば糖、塩化ナトリウム等を含むことが望ましいであろう。吸収を遅らせる薬剤、例えばモノステアリン酸アルミニウムおよびゼラチンの使用により、注射可能な医薬品剤形の吸収を遅延させることができる。しかし本発明によると、用いられているどのビヒクル、希釈剤または添加剤も、カルパイン阻害剤と融和性でなければならない。
【0058】
滅菌注射可能溶液は、要求に応じて、様々な他の成分と共に本発明の実施に利用される阻害剤を所要量の適切な溶媒に取り込むことにより調製することができる。
【0059】
一部実施形態の医薬品製剤は、様々なビヒクル、佐剤、添加剤および希釈剤などの任意の適合担体を含む注射可能な製剤で患者に投与することができる。あるいは一部実施形態において利用されている阻害剤は、徐放性皮下埋込みまたはモノクローナル抗体、ベクター送達(vectored delivery)、イオン導入、ポリマーマトリックス、リポソームおよびミクロスフィアなどの標的送達系の形態で、患者に非経口で投与することができる。多くの他のこのような埋込み、送達系およびモジュールは、当業者によく知られている。
【0060】
一部実施形態において、一部実施形態のカルパイン阻害剤は、最初に静脈注射により投与して適切なレベルの血中濃度にすることができるが、これに限定されない。次に、経口投薬形態により患者におけるレベルを維持するが、患者の状態に応じて上に示した他の投薬形態を用いてもよい。投与量および投与のタイミングは、治療している患者により変動し得る。
【0061】
本願は、論文、発表および米国特許を含むがこれらに限定されない、著者、引用および/または特許番号による様々な刊行物を参照することができる。これら参考文献それぞれの開示は、これによりその全体が参照により本願に組み込まれている。
【0062】
本発明を上述の好ましい実施形態および代替実施形態に関して詳細に示し、記載してきたが、当業者であれば、本発明の実施において、特許請求の範囲で定義されている本発明の精神および範囲から逸脱することなく、本明細書に記載されている本発明の実施形態の様々な代替案を用いてよいことを理解するべきである。特許請求の範囲が本発明の範囲を定義し、また、特許請求の範囲内の方法および装置ならびにそれらの均等物がこれにより包含されることを意図する。本発明のこの記述は、本明細書に記載されている要素のあらゆる新規および非自明の組合せを含むこと、また特許請求の範囲は本願または後の出願においてこれらの要素のどの新規および非自明の組合せも示すことができると理解するべきである。上述の実施形態は例示であり、単一の特徴または要素が、本願または後の出願で請求され得るあらゆる可能な組合せに必要不可欠である訳ではない。特許請求の範囲において、その均等物の「単数の」または「第一の」要素が記載されている場合、このような特許請求の範囲は、2以上のこのような要素を要求することも除外することもなく、1つまたは複数のこのような要素の組込みを含むと理解するべきである。
【0063】
[配列表フリーテキスト]
開示される核酸配列とペプチド配列
配列番号1:
acc caa tgg cta cta cct acc taa gag gaa ttg ggt aaa aga gaa gtc aca att cct cca aaa tat agg gaa cta ttg gct
配列番号2:
Asp Pro Met Ser Ser Thr Tyr Ile Glu Glu Leu Gly Lys Arg Glu Val Thr Ile Pro Pro Lys Tyr Arg Glu Leu Leu Ala
配列番号3:
Asp Pro Met Ser Ser Thr Tyr Ile Glu Glu Leu Gly Lys Arg Glu Val Thr Ile Pro Pro Lys Tyr Val Ala Leu Leu Pro
配列番号4:
Ala Val Leu Leu Ala Leu Leu Ala Pro
配列番号5:
Asp Pro Met Ser Ser Thr Tyr Ile Glu Glu Leu Gly Lys Arg Glu Val Thr Ile Pro Pro Lys Tyr Val Ala Leu Leu Pro Ala Val Leu Leu Ala Leu Leu Ala Pro
配列番号6:
Asp Pro Met Ser Ser Thr Tyr Ile Glu Glu Leu Gly Lys Arg Glu Val Thr Nva Pro Pro Lys Tyr Orn Glu Leu Leu Ala
配列番号7:
Asp Pro Met Ser Ser Thr Tyr Ile Glu Glu Leu Gly Lys Arg Glu Val Thr Nva Pro Pro Lys Tyr Arg Glu Leu Leu Ala
配列番号8:
Asp Pro Met Ser Ser Thr Tyr Ile Glu Glu Leu Gly Lys Arg Glu Val Thr Ile Pro Pro Lys Tyr Orn Glu Leu Leu Ala
配列番号9:
Asp Pro Met Ser Ser Thr Tyr Ile Glu Glu Leu Gly Lys Arg Glu Val Thr Nva Pro Pro Lys Tyr Val Ala Leu Leu Pro
配列番号10:
Asp Pro Met Ser Ser Thr Tyr Ile Glu Glu Leu Gly Lys Arg Glu Val Thr Nva Pro Pro Lys Tyr Val Ala Leu Leu Pro Ala Val Leu Leu Ala Leu Leu Ala Pro
配列番号11:
gcc gcg gta gcg ctg ctc ccg gcg gtc ctg ctg gcc ttg ctg gcg ccc
配列番号12:
Ala Ala Val Ala Leu Leu Pro Ala Val Leu Leu Ala Leu Leu Ala Pro
配列番号13:
Asp Pro Met Ser Ser Thr Tyr Ile Glu Glu βAla Gly Lys Arg Glu Val Thr Ile Pro Pro Lys Tyr Val Ala Leu Leu Pro Ala Val Leu Leu Ala Leu Leu Ala Pro

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号5を含む合成ペプチド。
【請求項2】
配列番号5を含む組成物。
【請求項3】
請求項2に記載の組成物を提供するステップと、
医薬的有効量の前記組成物を哺乳類に投与するステップと、
を含む、虚血イベントに続く哺乳類の神経損傷を抑制する方法。
【請求項4】
哺乳類がヒトである、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
虚血イベントに続く哺乳類の神経損傷を抑制するための薬剤における、配列番号5の使用。
【請求項6】
哺乳類がヒトである、請求項5に記載の使用。
【請求項7】
配列番号3、5、6、7、8、9および10のうち1つまたは複数を含む組成物。
【請求項8】
請求項7に記載の組成物を提供するステップと、
医薬的有効量の前記組成物を哺乳類に投与するステップと、
を含む、虚血イベントに続く哺乳類の神経損傷を抑制する方法。
【請求項9】
哺乳類がヒトである、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
虚血イベントに続く哺乳類の神経損傷を抑制するための薬剤における、配列番号3、5、6、7、8、9および10のうち1つまたは複数の使用。
【請求項11】
哺乳類がヒトである、請求項11に記載の使用。
【請求項12】
配列番号2または配列番号5を含む合成ペプチドであって、前記配列における次のアミノ酸対:Ser4-Ser5、Tyr6-Ile7、Lys13-Arg14、Glu15-Val16、Lys21-Tyr22、Tyr22-Arg23のうち1つまたは複数のペプチド結合が非ペプチド性還元アミド結合で置換されている、合成ペプチド。
【請求項13】
請求項12に記載の合成ペプチドを含む組成物を提供するステップと、
医薬的有効量の前記組成物を哺乳類に投与するステップと、
を含む、虚血イベントに続く哺乳類の神経損傷を抑制する方法。
【請求項14】
哺乳類がヒトである、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
虚血イベントに続く哺乳類の神経損傷を抑制するための薬剤における、請求項12に記載の合成ペプチドの使用。
【請求項16】
哺乳類がヒトである、請求項15に記載の使用。
【請求項17】
Lys21とGlu24との間に側鎖環化が存在する、配列番号2を含む合成ペプチド。
【請求項18】
請求項17に記載の合成ペプチドを含む組成物を提供するステップと、
医薬的有効量の前記組成物を哺乳類に投与するステップと、
を含む、虚血イベントに続く哺乳類の神経損傷を抑制する方法。
【請求項19】
哺乳類がヒトである、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
虚血イベントに続く哺乳類の神経損傷を抑制するための薬剤における、請求項17に記載の合成ペプチドの使用。
【請求項21】
哺乳類がヒトである、請求項20に記載の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公表番号】特表2012−503015(P2012−503015A)
【公表日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−528034(P2011−528034)
【出願日】平成21年9月21日(2009.9.21)
【国際出願番号】PCT/US2009/057680
【国際公開番号】WO2010/033912
【国際公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【出願人】(508227189)
【氏名又は名称原語表記】HENRY FORD HEALTH SYSTEM
【住所又は居所原語表記】1 Ford Place,Detroit,Michigan 48202,United States of America
【Fターム(参考)】