説明

ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ

【課題】 スパッタ付着量の低減およびアンダーカットや止端部の膨らみがない良好なビード形状が得られる黒皮鋼板の2電極高速水平すみ肉溶接に適したガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供する。
【解決手段】 鋼製外皮のC:0.03質量%以下、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックスに、Ti酸化物:TiO換算値で1.8〜2.8%、Si酸化物:SiO換算値で0.4〜1.0%、Zr酸化物:ZrO換算値で0.2〜0.5%、Fe酸化物:FeO換算値で0.1〜0.6%、さらに、鋼製外皮とフラックスの合計で、Si:0.3〜1.2%、Mn:1.5〜3.5%、Al:0.4〜1.0%、NaおよびK:NaO換算値およびKO換算値の合計で0.10〜0.25%、弗素化合物:F換算値で0.02〜0.08%を含有し、残部はFe成分からなることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟鋼および490N/mm級高張力鋼をはじめとする各種鋼構造物を製造する際に使用するガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに係わるものであり、特にショットブラスト加工がなく熱延スケールが生成したままの無塗装鋼板(以下、黒皮鋼板という。)の2電極高速水平すみ肉溶接に使用した場合でも、鋼板表面へのスパッタ付着が少なく、良好なビード形状が得られるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ(以下、フラックス入りワイヤという。)に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶、橋梁などの建造分野では、製造コスト低減のために特許文献1に記載されているようなフラックス入りワイヤを使用する2電極高速水平すみ溶接が行われている。2電極高速水平すみ肉溶接用フラックス入りワイヤとして、例えば特許文献2、特許文献3および特許文献4などが提案されている。しかし、これらに記載されたフラックス入りワイヤはショッププライマ塗装鋼板の耐気孔性向上を目的としたものであるために、黒皮鋼板の2電極高速水平すみ肉溶接に使用すると鋼板表面へのスパッタの付着やビード形状劣化が問題になる。すなわち、プライマ塗装鋼板の溶接ではワイヤ先端および溶融プールから発生したスパッタがプライマ膜に妨げられて鋼板にほとんど付着しないのに対し、黒皮鋼板の溶接ではスパッタが融着しやすく付着量も多くなる。この付着したスパッタの除去作業は大幅な能率低下となっている。また、黒皮鋼板の熱延スケールは、溶接時に溶融スラグの流動性を高めるのでビードの形成を左右するスラグによるビードの被包状態(以下、スラグ被包性という。)に悪影響をおよぼし、アンダーカットの発生や丸く凸状で止端部が膨らんだビード形状になる。このビード形状の劣化はすみ肉ビードの耐疲労強度性を著しく損なうので、さらに重厚な補修作業が必要となる。
【0003】
図1は、黒皮鋼板の2電極高速水平すみ肉溶接において問題となる鋼板表面のスパッタ付着およびビード形状の欠陥例を説明するために示した模式図である。下板1と上板2の表面には熱延スケール3があり、4は付着したスパッタ粒、5はビード上脚側に発生したアンダーカット、6はビード下脚側の止端部の膨らみで全体的に丸く凸状のビード形状になる。
【0004】
図2は2電極高速水平すみ肉溶接状況を説明するために示した模式図である。良好なすみ肉ビードを形成するためには、後退角度θ1の先行電極ワイヤ7と前進角度θ2の後行電極ワイヤ8との間に湯溜り9を形成して、後行電極ワイヤ8後方の溶融プール10を安定に保持することが基本である。しかし、黒皮鋼板の熱延スケール3の悪影響で湯溜り9が断続的に乱れる現象が起こりやすく、このとき先行電極ワイヤ7から激しく粒径の大きいスパッタが発生し鋼板表面に融着する。また、湯溜まり9の乱れに連動して後行電極ワイヤ8後方の溶融プール10が著しく不安定になり、スラグ被包性が不十分となる。ビード全体のスラグ被包性が不十分になると、アンダーカットや止端部が膨らむなどビード形状の欠陥につながる。なお、11は溶融スラグ、12は凝固スラグ、13は溶接ビードを示す。
【0005】
本出願人は先に特許文献5において、黒皮鋼板の水平すみ肉溶接の高速化要望に対応したすみ肉肉溶接用フラックス入りワイヤを提案したが、引き続き、鋼板表面へのスパッタ付着量低減および止端部形状を含めた良好なビード形状が得られるフラックス入りワイヤについて検討した。
【0006】
【特許文献1】特開昭63−235077号公報
【特許文献2】特開平6−218578号公報
【特許文献3】特開平7−314181号公報
【特許文献4】特開2000−71096号公報
【特許文献5】特開平2006−224178号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、黒皮鋼板の2電極高速水平すみ肉溶接に使用した場合に問題となる鋼板表面へのスパッタ付着量の低減およびアンダーカットや止端部の膨らみがない良好なビード形状が得られるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の要旨は、鋼製外皮内にフラックスを充填してなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、
鋼製外皮のC:0.03質量%以下、
ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックスに、
Ti酸化物:TiO換算値で1.8〜2.8%、
Si酸化物:SiO換算値で0.4〜1.0%、
Zr酸化物:ZrO換算値で0.2〜0.5%、
Fe酸化物:FeO換算値で0.1〜0.6%、
さらに、鋼製外皮とフラックスの合計で、
Si:0.3〜1.2%、
Mn:1.5〜3.5%、
Al:0.4〜1.0%、但し、
(Ti酸化物のTiO換算値+Si酸化物のSiO換算値)/Al=3.0〜7.0、
NaおよびK:NaO換算値およびKO換算値の合計で0.10〜0.25%、
弗素化合物:F換算値で0.02〜0.08%を含有し、
残部は、主に鋼製外皮のFe成分、フラックスの鉄粉、鉄合金等からのFe成分および不可避的不純物からなることを特徴とするガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにある。
【発明の効果】
【0009】
本発明のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤによれば、黒皮鋼板の2電極高速水平すみ肉溶接に使用した場合でも、鋼板表面へのスパッタ付着量が少なく、良好なビード形状が得られるので、溶接後のスパッタ除去やビード欠陥の補修作業を大幅に軽減でき、溶接の高能率化および溶接部の品質向上が図れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明のフラックス入りワイヤは、鋼製外皮のC量規制とともに、スラグ形成剤としての酸化物(Ti酸化物、Si酸化物、Zr酸化物、Fe酸化物)、溶融スラグ組成となるSi、Mn、Alおよびアーク安定剤(Na、K、F)をそれぞれ適量含有させた構成にすることにより、黒皮鋼板の2電極高速水平すみ肉溶接に使用した場合に問題となる鋼板表面へのスパッタ付着量の低減およびビード形状の改善という初期の目的を達したものである。
【0011】
すなわち、黒皮鋼板の2電極高速水平すみ肉溶接におけるスパッタ発生量の低減については、安定したアーク状態にして、かつ、両電極ワイヤ間の安定した湯溜まりを保持させることが必須である。これに対し、鋼製外皮のC量を低く抑えアークの吹き付けを弱くすること、アーク集中性のよいAlを相当量含有させること、さらに適量のアーク安定剤を添加することが有効であった。
【0012】
ビード形状の改善については、上記アーク状態の安定化とともに、湯溜まりおよび後行電極ワイヤ後方の溶融プールを安定に保持して、むらがなく均一なスラグ被包状態にすることが基本である。これにはSiおよびMnを含めた全構成が溶融スラグとなり相乗的、相加的に作用し合うので、各々の適正な含有量に調整した。
【0013】
アンダーカットおよびビード止端部の膨らみの防止には、十分なスラグ被包性の下で、溶融プールの後退を極力抑えて後行電極に近い距離で凝固させることが有効であった。本発明で、スラグ剤として含有させるTi酸化物およびSi酸化物に対するAlの割合を限定することによって、Alの脱酸生成物であるAl酸化物を溶融スラグの主要成分として作用させて、溶融スラグの凝固開始温度および粘性を高め溶融プールの後退を抑えることができる。なお、Zr酸化物はアンダーカットの防止、Fe酸化物はビード止端部形状の改善に効果的に作用する。
【0014】
図3は、本発明のフラックス入りワイヤにおける溶融プールの凝固状況を説明するために示した模式図である。(a)は後行電極ワイヤ8後方の溶融プール10の後退を抑制したことにより溶融プール10の凝固開始線14がゆるやかな円弧状になっている。(b)は同溶融プール10の後退距離が大きい場合の溶融プール形状で、凝固開始線14が長く伸びている。アンダーカットおよびビード止端部形状のいずれに対して、Alを相当量含有させて溶融プール10の後退を抑制した方が有利であることがわかる。
【0015】
以下に、本発明のフラックス入りワイヤの成分限定理由を黒皮鋼板の2電極高速水平すみ肉に使用した場合を例として述べる。
【0016】
鋼製外皮C:0.03質量%以下
鋼製外皮のCが0.03質量%(以下、%という。)以下のものを使用することにより両電極ワイヤのアークの吹きつけが弱くなり、湯溜まりおよび溶融プールが極めて安定に形成できるので、鋼板表面のスパッタ付着量が少なくなり、また、スラグ被包性も十分で良好なビード形状が得られる。一方、鋼製外皮のCが0.03%を超えるとアークの吹き付けが強くなり、湯溜まりおよび溶融プールが不安定になりやすく鋼板表面へのスパッタ付着量が増加し、スラグ被包むらも発生しやすくビード形状が劣化する。
【0017】
なお、溶接構造物に要求される溶接金属の強度、衝撃靱性を得るために、ワイヤ全体のCは鋼製外皮およびフラックスの合計で0.03〜0.08%であることが好ましい。
【0018】
Ti酸化物:TiO換算値で1.8〜2.8%
ルチール、チタンスラグなどのTi酸化物は、溶融スラグの粘性を高めスラグ被包性を向上させる作用を有する。しかし、Ti酸化物のTiO換算値の合計が1.8%未満では、スラグ生成量が不足してスラグ被包性が不十分で、アンダーカットが発生しやすくなる。一方、TiO換算値が2.8%を超えると、下脚側が厚いスラグ被包状態となり止端部が膨れたビード形状となる。したがって、Ti酸化物のTiO換算値は1.8〜2.8%とする。
【0019】
Si酸化物:SiO換算値で0.4〜1.0%
珪砂やジルコンサンドなどのSi酸化物も、溶融スラグの粘性を高めスラグ被包性を向上させる作用を有する。しかし、Si酸化物のSiO換算値が0.4%未満では、スラグ生成量が不足してスラグ被包性が不十分で、アンダ−カットが発生しやすくなる。一方、SiO換算値が1.0%を超えると、溶融スラグの生成量が過剰になり、止端部が膨れたビード形状となる。したがって、Si酸化物のSiO換算値は0.4〜1.0%とする。
【0020】
Zr酸化物:ZrO換算値で0.2〜0.5%
ジルコンサンド、酸化ジルコンなどのZr酸化物のZrO換算値が0.2%未満では、スラグ被包むらが現れてビード表面のなめらかさがなく、アンダーカットも発生しやすくなる。一方、ZrO換算値が0.5%を超えると、下板とのなじみ性が悪い丸く凸状のビード形状となる。したがって、Zr酸化物のZrO換算値は0.2〜0.5%とする。
【0021】
Fe酸化物:FeO換算値で0.1〜0.6%
酸化鉄、ミルスケールなどのFe酸化物は、溶融スラグの粘性および凝固温度を調整し、ビード止端部の膨らみをなくし、下板とのなじみ性を良好にする。しかし、Fe酸化物のFeO換算値が0.1%未満では、ビード止端部形状が不良となる。一方、FeO換算値が0.6%を超えると、凸状のビード形状となる。したがって、Fe酸化物のFeO換算値は0.1〜0.6%とする。
【0022】
Si:0.3〜1.2%
Siは、溶接金属の強度および衝撃靭性を得るための合金剤および脱酸剤として、鋼製外皮、金属Si、Fe−SiおよびFe−Si−Mnなどから含有させる。しかし、Siが鋼製外皮およびフラックスの合計で0.3%未満では、前記Si酸化物が還元されて減少するのでスラグ被包性が不十分で、アンダーカットが発生しやすくなる。一方、Siが1.2%を超えると、Siの脱酸反応により生成するSi酸化物が増加するので、止端部が膨れた丸いビード形状となる。したがって、Siは0.3〜1.2%とする。
【0023】
Mn:1.5〜3.5%
Mnも同様に溶接金属の強度および衝撃靭性を得るための合金剤および脱酸剤として作用し、鋼製外皮、金属Mn、Fe−MnおよびFe−Si−Mnなどから含有させる。しかし、Mnの脱酸反応により生成するMn酸化物は溶融スラグの主要な成分となりビード形状にも影響をおよぼす。Mnが鋼製外皮およびフラックスの合計で1.5%未満では、Mn酸化物が不足して止端部の揃いが悪く膨れたビード形状となり、また、必要な溶接金属の強度、衝撃靱性が得られない。一方、Mnが3.5%を超えると、Mn酸化物の過剰生成により丸く凸状のビード形状となる。したがって、Mnは1.5〜3.5%とする。
【0024】
Al:0.4〜1.0%
Alは、鋼製外皮、金属Al、Fe−AlおよびAl−Mgなどで含有させる。Alは強脱酸剤として作用する以外に、本発明ではスパッタ低減およびビード形状改善の両方に極めて有効に作用する。Alを0.4%以上含有させると集中性のある安定したアーク状態となり、両電極ワイヤ間の湯溜まりの乱れにより発生するスパッタが減少する。また、脱酸生成物であるAl酸化物が溶融スラグの主要な成分となるので、溶融プールの過度の後退がなくなり、良好な止端部形状が得られる。Al酸化物が0.4%未満では、溶融スラグのAl酸化物の割合が少ないので溶融プールの後退を抑えられず丸く凸状のビード形状となる。一方、Alが1.0%を超えると、溶融スラグの粘性が過剰でごつごつしたビード表面となり、止端部のなじみ性がなくなる。したがって、Alは0.4〜1.0%とする。
【0025】
(Ti酸化物のTiO換算値+Si酸化物のSiO換算値)/Al=3.0〜7.0
アンダーカットおよびビード止端部の膨らみを防止するには、図3(a)に示すように、溶融プールの後退を抑制した溶融プール形状とした方が有利である。溶融プール形状は、溶融スラグの流動性の影響を受け、溶融スラグの流動性が高い程溶融プールが後退する傾向がある。本発明では溶融プール形状に影響を与える溶融スラグの流動性を最適化すべく、溶融スラグの流動性を助長する成分であるTi酸化物およびSi酸化物と、溶融スラグの流動性を抑制する成分であるAlとの関係を最適化した。即ち、(Ti酸化物のTiO換算値+Si酸化物のSiO換算値)/Al=3.0〜7.0とすることで、溶融スラグの流動性を調整でき、止端部を含めビード形状を整えることができることを実験により見出した。
上記式において、TiO換算値とSiO換算値の合計とAlとの比が3.0未満では、溶融プールの後退は抑制できるが、下脚長が大きい不等脚で止端部が膨らんだビード形状となる。一方、同比が7.0を超えると、溶融プールが後退しすぎて凸状のビード形状となる。
【0026】
NaおよびK:NaO換算値およびKO換算値の合計で0.10〜0.25%
珪酸ソーダや珪酸カリなどの水ガラス、氷晶石、カリ長石などによるNaおよびKは、アーク安定剤として作用する。しかし、NaおよびKのNaO換算値およびKO換算値の合計が0.10%未満では、アークが不安定となりスパッタ発生量の増加やビード形状が不良となる。一方、NaO換算値およびKO換算値の合計が0.25%を超えると、溶融スラグの粘性が低下しすぎてスラグ被包性が悪くなり、ビード形状が不良となる。したがって、NaおよびKのNaO換算値およびKO換算値の合計は0.10〜0.25%とする。
【0027】
弗素化合物:F換算値で0.02〜0.08%
弗化ソーダや珪弗化カリなどの弗素化合物のFはアークに集中性を与えるとともに、溶融スラグの流動性を調整してスラグ被包性を良好にする。しかし、弗素化合物のF換算値が0.02%未満では、アークの集中性が弱く安定したアーク状態を得ることができない。一方、F換算値が0.08%を超えると、溶融スラグの流動性が過剰となりビード形状が凸状となり止端部形状が改善できない。したがって、弗素化合物のF換算値は0.02〜0.08%とする。
【0028】
以上、本発明のフラックス入りワイヤの構成要件の限定理由を述べたが、残部は、主に鋼製外皮のFe成分、フラックスの鉄粉、鉄合金等からのFe成分および不可避的不純物である。
【0029】
その他のワイヤ成分として、軟鋼、490N/mm級高張力鋼用以外にも、570〜590N/mm級高張力鋼用、低温用鋼用、耐候性鋼用などのフラックス入りワイヤの品種毎に規定されている溶着金属試験の機械的性質および化学成分を満足するためにMo、Cu、Ni、Crなどの必要な合金成分を含有させて適用鋼種を拡大することができる。
【0030】
溶接金属の衝撃靱性を向上させるためにB(0.003〜0.010%)、スラグ剥離性を向上させるためにBi(0.3%以下)、S(0.3%以下)の添加は効果的である。
【0031】
Mgは強脱酸剤として作用して溶接金属の衝撃靱性を高めるに有効であるが、本発明のフラックス入りワイヤはスラグ生成量が少ないので、脱酸生成物のMg酸化物がスラグ被包性を悪くする。
【0032】
マグネシアクリンカーや天然マグネシアによるMgO、アルミナなどのAl酸化物を含有させることもスラグ被包むらを発生しやすくする。またこれらMg、MgOおよびAl酸化物はスパッタ発生量も増加させるので、それぞれ0.2%未満に抑えることが好ましい。
【0033】
フラックス充填率は、アーク安定性および高溶着性に有効な鉄粉を多めに含有させて12〜18%程度にすることが好ましい。ワイヤ径は1.2〜2.0mm、断面構造も市販各種のフラックス入りワイヤと同じでよい。表面にCuなどのめっきを施して衝撃靭性や防錆効果を高めることも可能である。シールドガスはCOガスが一般的であるが、Ar−CO混合ガスも用いることができる。なお、本発明のフラックス入りワイヤは、黒皮鋼板に限定することなく無機ジンクプライマ塗装鋼板の1電極すみ肉溶接および2電極高速水平すみ肉溶接に使用できる。
【0034】
以下、実施例により本発明の効果をさらに詳細に説明する。
【実施例】
【0035】
表1に示す2種類の成分の軟鋼製外皮を使用し、フラックスを充填後、縮径してワイヤ径1.6mmのフラックス入りワイヤを各種試作した。表2にそれぞれの試作ワイヤを示す。
【0036】
【表1】

【0037】
【表2】

【0038】
これら試作ワイヤを各々両電極に使用して、黒皮鋼板のT字すみ肉試験体を用いて表3に示す溶接条件で2電極高速水平すみ肉溶接試験を行った。なお、シールドガスは両電極ともCOガスである。
【0039】
【表3】

【0040】
溶接試験体は、板厚16mm、試験体長さ1.0mの黒皮鋼板(490N/mm級高張力鋼用)であって、下板および立板の全面に熱延スケールが厚く付着しているものを用いた。
【0041】
各試作ワイヤについて、溶接状況(アーク安定性、湯溜りおよび溶融プールの安定性)、溶接後のスラグ被包状態、ビード形状および鋼板に融着したスパッタの付着量を評価した。なお、ビード形状は目視により判定した。
【0042】
各試験の評価基準は、溶接状況は○:アーク状態、湯溜り、溶融プールとも安定した状態、×:アーク状態、湯溜り、溶融プールのいずれかが不安定な状態を示す。スラグ被包性は○:ビード全面が十分な被包状態、×:部分的、または全線で被包むらが生じた不十分な被包状態を示す。ビード形状は○:アンダーカットがなく、ビード止端の膨らみがなく外観も良好なビード、×:アンダーカット、ビード止端の膨らみがありビードが凸状のいずれかが発生し不良なビード形状を示す。スパッタ付着量は○:上板および下板に融着したスパッタがビード長さ1m当たり5個未満の付着、×:同5個以上、または多数の付着を示す。それらの結果を表4にまとめて示す。
【0043】
【表4】

【0044】
表4中ワイヤ記号W1〜W10が本発明例、ワイヤ記号W11〜W26は比較例である。
【0045】
本発明例であるワイヤ記号W1〜W10は、鋼製外皮のC、Ti酸化物のTiO換算値、Si酸化物のSiO換算値、Zr酸化物のZrO換算値、Fe酸化物のFeO換算値、Si、Mn、Al、TiO換算値とSiO換算値の合計に対するAlの比、NaおよびKのNaO換算値およびKO換算値の合計、弗素化合物のF換算値が適正であるので、アーク状態が安定し、両電極間の湯溜り、後行電極ワイヤ後方の溶融プールの後退が抑えられて安定し、スラグ被包性が十分でビード形状も良好であった。また、鋼板のスパッタ付着量が少ないなど極めて満足な結果であった。
【0046】
比較例中ワイヤ記号W11は、鋼製外皮S2のCが高いので、アークの吹き付けが強くなり、湯溜まりおよび溶融プールが不安定で鋼板表面へのスパッタ付着量多く、スラグ被包むらも発生してビード形状も不良であった。
【0047】
ワイヤ記号W12は、Ti酸化物のTiO換算値が少ないので、スラグ被包性が不十分でアンダーカットが発生した。また、Fe酸化物のFeO換算値が多いので、ビード形状が凸となった。
【0048】
ワイヤ記号W13は、Ti酸化物のTiO換算値が多いので、止端部が膨れたビード形状となった。また、弗素化合物のF換算値が少ないので、アークが不安定であった。
【0049】
ワイヤ記号W14は、Si酸化物のSiO換算値が少ないので、スラグ被包性が不十分でアンダ−カットが発生した。また、Mnが多いのでビード形状が凸となった。
【0050】
ワイヤ記号W15は、Si酸化物のSiO換算値が多いので、ビード止端部が膨れた。
【0051】
ワイヤ記号W16は、Zr酸化物のZrO換算値が少ないので、スラグ被包むらが現れてビード表面のなめらかさがなくアンダーカットも発生した。また、弗素化合物のF換算値が多いのでビード形状が凸となった。
【0052】
ワイヤ記号W17は、Zr酸化物のZrO換算値が多いので、下板とのなじみ性が悪くビード形状が凸となった。
【0053】
ワイヤ記号W18は、Fe酸化物のFeO換算値が少ないので、ビード止端部形状が不良であった。
【0054】
ワイヤ記号W19は、Siが少ないので、スラグ被包性が不十分でアンダーカットが発生した。また、TiO換算値とSiO換算値の合計に対するAlの比が大きいのでビード形状が凸となった。
【0055】
ワイヤ記号W20は、Siが多いので、止端部が膨れた丸いビード形状となった。
【0056】
ワイヤ記号W21は、Mnが少ないので、止端部の揃いが悪く膨れたビード形状となった。
【0057】
ワイヤ記号W22は、Alが少ないので、溶融プールの後退を抑えられず丸く凸状のビード形状となった。
【0058】
ワイヤ記号W23は、Alが多いので、凹凸が大きいビード表面となった。
【0059】
ワイヤ記号W24は、TiO換算値とSiO換算値の合計に対するAlの比が小さいので、下脚長が大きい不等脚で止端部が膨らんだビード形状となった。
【0060】
ワイヤ記号W25は、NaおよびKのNaO換算値およびKO換算値の合計が少ないので、アークが不安定となりスパッタ付着量が多くビード形状も不良であった。
【0061】
ワイヤ記号W26は、NaおよびKのNaO換算値およびKO換算値の合計が多いので、スラグ被包性が悪くビード形状も不良であった。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】黒皮鋼板の水平すみ肉溶接において発生するビード形状の欠陥例を説明するために示した模式図である。
【図2】本発明の実施例に用いた2電極高速水平すみ肉溶接方法の溶接状況を説明するために示した模式図である。
【図3】本発明のフラックス入りワイヤにおける溶融プールの凝固状況を説明するために示した模式図である。
【符号の説明】
【0063】
1 下板
2 立板
3 熱延スケール
4 スパッタ粒
5 アンダーカット
6 ビード下脚側の膨らみ
7 先行電極ワイヤ
8 後行電極ワイヤ
9 湯溜り
10 溶融プール
11 溶融スラグ
12 凝固スラグ
13 溶接ビード
14 凝固開始線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮内にフラックスを充填してなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、
鋼製外皮のC:0.03質量%以下、
ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックスに、
Ti酸化物:TiO換算値で1.8〜2.8%、
Si酸化物:SiO換算値で0.4〜1.0%、
Zr酸化物:ZrO換算値で0.2〜0.5%、
Fe酸化物:FeO換算値で0.1〜0.6%、
さらに、鋼製外皮とフラックスの合計で、
Si:0.3〜1.2%、
Mn:1.5〜3.5%、
Al:0.4〜1.0%、但し、
(Ti酸化物のTiO換算値+Si酸化物のSiO換算値)/Al=3.0〜7.0、
NaおよびK:NaO換算値およびKO換算値の合計で0.10〜0.25%、
弗素化合物:F換算値で0.02〜0.08%を含有し、
残部は、主に鋼製外皮のFe成分、フラックスの鉄粉、鉄合金等からのFe成分および不可避的不純物からなることを特徴とするガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−190078(P2009−190078A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−35566(P2008−35566)
【出願日】平成20年2月18日(2008.2.18)
【出願人】(302040135)日鐵住金溶接工業株式会社 (172)
【Fターム(参考)】