説明

キャプスタン

【課題】組織の均質性に優れ、局所的な磨耗が起こり難いキャプスタンを提供する。
【解決手段】V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Mo、Wより選ばれる一つ以上の元素を、酸化物換算で0.5体積%以上、8体積%以下含み、明度L*が45以下、明度差ΔL*が10以下であり、気孔率が1%以下、結晶粒径が2μm以下のセラミックス焼結体からなることを特徴とするキャプスタン。前記セラミックス焼結体がジルコニアを主成分とし、アルミナを0.5体積%以上含む。また、非酸化物セラミックスを0.1〜2体積%含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、光ファイバーや金属線の巻取り等に使用されるキャプスタンに関する。
【背景技術】
【0002】
光ファイバーや金属線の巻取りに使用されるキャプスタンの材質として、セラミックスが用いられている。セラミックスは耐磨耗性に優れるため、キャプスタンからの発塵が少なく、金属線や光ファイバーへの汚染が小さくなるからである。セラミックスのなかでも特に耐摩耗性に優れるジルコニアがキャプスタンの材質として提案されている(特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1には、キャプスタン・ローラとしてHIP処理されたジルコニアの摺接面を有するものが示されている。これによればHIP処理によって結晶粒の緻密化が進むことによってセラミックス表面はきわめて平滑になっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−297037号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、この処理方法では、局所的に色調の異なるものが出来やすく、場合によっては、この色調の差は摩耗性の差となって現れることがあった。局所的に磨耗性の低い箇所があると、選択的にその部分で磨耗が進むため問題となっていた。
【0006】
本発明は、これらの問題に鑑みてなされたものであり、組織の均質性に優れ、局所的な磨耗が起こり難いキャプスタンを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、これらの問題を解決するため、以下の(1)〜(5)を提供する。
(1)V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Mo、Wより選ばれる一つ以上の元素を、酸化物換算で0.5体積%以上、8体積%以下含み、明度L*が45以下、明度差ΔL*が10以下であり、気孔率が1%以下、結晶粒径が2μm以下のセラミックス焼結体からなることを特徴とするキャプスタン。
(2)前記セラミックス焼結体がジルコニアを主成分とする(1)記載のキャプスタン。
(3)前記セラミックス焼結体がアルミナを0.5体積%以上含む(2)記載のキャプスタン。
(4)前記セラミックス焼結体が非酸化物セラミックスを0.1〜2体積%含む(2)または(3)記載のキャプスタン。
(5)非酸化物セラミックスが炭化珪素である(4)記載のキャプスタン。
【発明の効果】
【0008】
組織の均質性に優れ、局所的な磨耗が起こり難いキャプスタンを提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明のキャプスタンは、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Mo、Wより選ばれる一つ以上の元素を、酸化物換算で0.5体積%以上、8体積%以下含み、明度L*が45以下であるセラミックス焼結体からなることを特徴とする。
【0010】
従来は、上記のような元素を含まず、例えば特許文献1の発明のようにHIP処理したセラミックス焼結体がキャプスタンに用いられていたが、このようなセラミックス焼結体では、全体としては緻密化するものの、焼結体の粒径に差が生じ易く、それに伴って磨耗性も不均一になりやすい。
【0011】
本発明では、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Mo、Wより選ばれる一つ以上の元素を含ませることで、従来のような磨耗性の不均一を防ぐものである。
【0012】
また、上記の元素を含有することにより、焼結体の色調が均一になる。しかもL*a*b*表色系(JISZ8729)における明度L*を45以下とすることができる。明度L*は、0に近いほど黒色に近いことを示す。したがって、本発明のキャプスタンは黒に近い色調を有する。明度L*が小さく黒に近いことは、光ファイバや金属線を巻取り等した際に、明度L*が大きく白に近いときよりも光ファイバや金属線の判別がし易く、検査が容易になるという効果がある。また、従来のHIP処理したセラミックス焼結体は磨耗性の差を生じさせるような組織の不均一により色調も不均一であったことから、例えばキャプスタンに付着した磨耗屑や埃等を検査するときに、判別し難いという問題があった。本発明のキャプスタンはセラミックス焼結体の色調が均一であることから、そのような問題を解消することができる。
【0013】
本発明のキャプスタンは、明度差ΔL*が10以下である。上述のように、HIP処理に起因する色調の不均一は生じない。したがって、明度差ΔL*を10以下、さらには6以下に制御することができる。このように明度差ΔL*が小さいということは、組織が極めて均質であることを示している。したがって、部分的に耐摩耗性に劣り、その部分から選択的に磨耗する問題は解消することができる。
【0014】
本発明のキャプスタンを構成するセラミックス焼結体は、気孔率1%以下が好ましく、0.5%以下がより好ましい。気孔率が大きいと、磨耗しやすくなるため好ましくない。また、セラミックス焼結体の結晶粒径は、2μm以下が好ましく、1.5μm以下がより好ましく、0.1〜1.0μmがさらに好ましい。粒成長を抑制することによりセラミックス焼結体の色調を均一化でき、キャプスタンとして好適なものとすることができる。
【0015】
セラミックス焼結体は、アルミナ、ジルコニア、チタニア、スピネル等種々の酸化物セラミックスを適用することができるが、アルミナまたはジルコニアが好適である。なかでも最も好適なのはジルコニアである。ジルコニアは耐磨耗性に優れ、上記のようなV、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Mo、Wより選ばれる一つ以上の元素を含ませることで、明度L*を45以下の黒に近いものとすることができる。
【0016】
V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Mo、Wより選ばれる一つ以上の元素は、セラミックス焼結体において、酸化物としてジルコニアの粒界に存在する。また、ジルコニアにアルミナを含有させる場合は、これら金属とアルミニウムの複合酸化物として粒界に存在する。さらに、一部はジルコニアやアルミナに固溶する場合がある。
【0017】
これらの添加物はセラミックス、なかでもジルコニアの焼結阻害物質となるため、ジルコニアの異常粒成長を抑制し、焼結粒径が揃いやすくする。このため、局所的な磨耗性の変化が生じ難くなる。これらの含有量が多くなると、耐磨耗性が悪化する。それは、ジルコニアの粒界にこれらが多く存在することで、脱粒しやすくなるからである。そのため、その含有量は8体積%以下であることが好ましく、6体積%以下がより好ましい。
【0018】
また、色調は、添加物そのものの色と、それを添加したことによるセラミックス焼結体の粒径等組織の違いにより透光性に差が生じることが影響する。添加物を分散させて添加し、添加物の粒界における存在状態が均一であり、セラミックスとの化合物の生成、セラミックスへの固溶等が均一に起こり、結晶粒子が均一に成長すれば色調を均一にすることができる。
【0019】
ジルコニアには、イットリアが含まれていても良い。ジルコニア単独では焼結過程の1000℃近傍で単斜晶から正方晶への結晶相転移による体積変化で割れを起こすので、それを防ぐためである。イットリアの含有量は3〜8mol%とすることが好ましい。
【0020】
ジルコニアの場合、その理由は不明であるが、0.5体積%以上のアルミナを含有させるとさらに分散性が向上する。アルミナの含有量は0.5〜10体積%がより好ましく、0.5〜5体積%がさらに好ましい。上記範囲内であれば、粒成長を促進させることなく色調の均一性を高めることができる。
【0021】
さらに、本発明のキャプスタンは、非酸化物セラミックスを0.1〜2体積%含む酸化物セラミックスとすることができる。非酸化物セラミックスとしては、炭化珪素、窒化珪素等が挙げられるが、なかでも炭化珪素が好適である。上記範囲内であれば、粒成長を抑制しつつ緻密化できる。
【0022】
炭化珪素を酸化物セラミックス、特にジルコニアに含ませることで、ジルコニア焼結体の異常粒成長及び粒成長をより一層低減し、結晶粒径を均一化することができる。
【0023】
また、炭化珪素を含むことで光ファイバや金属線等を巻き取るときの空すべりが低減される。空すべりを減らすことにより磨耗も抑えられるので、相乗効果が期待できる。このような効果に対して炭化珪素がどのように作用するかは定かではないが、炭化珪素を含ませて粒成長を抑えることにより、金属線等と接触する粒子が増えるためと考えられる。
【0024】
以下、本発明のキャプスタンの製造方法について説明する。
【0025】
原料のセラミックス粉末としては、純度が高く、平均粒径が小さいものが好ましい。ジルコニア粉末としては、イットリアを所定量含み、その他不純物量を1質量%以下としたものが好ましい。その他不純物量を0.1質量%以下としたものがより好適に用いることができる。ジルコニア粉末の平均粒径は1μm以下が好ましく、0.5μm以下がより好ましく、0.1μm以下がさらに好ましい。なお、本明細書では、レーザー回折式粒度分布測定によるメディアン径D50をもって平均粒径とする。
【0026】
アルミナ粉末としては、高純度のものを用いることが好ましい。具体的には、純度99%以上が好ましく、99.9%以上のものがより望ましい。また、アルミナ粉末の平均粒径は1μm以下が好ましく、0.3μm以下とすることがより望ましい。
【0027】
V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Mo、Wより選ばれる一つ以上の元素は、これらの酸化物、炭化物、窒化物、炭酸塩、硝酸塩等、種々の化合物の形態で添加されて良い。添加量は、焼結したときに生成される酸化物換算で算出する。これらは、高純度のものを用いることが好ましい。具体的には、純度95%以上が好ましく、98%以上のものを用いることがより望ましい。また、粉末で添加する場合の平均粒径は1μm以下が好ましく、0.5μm以下とすることがより望ましい。
【0028】
炭化珪素粉末としては、高純度のものを用いることが好ましい。具体的には、純度95%以上が好ましく、97%以上のものを用いることがより望ましい。また、炭化珪素粉末の平均粒径は1μm以下が好ましく、0.5μm以下とすることがより望ましい。
【0029】
アルミナ粉末、炭化珪素及びV、Cr、Mn等の金属酸化物等の添加物を均一に分散させるには、添加物の原料粉末の粒度分布がシャープであることが望ましい。具体的には、レーザー回折式粒度分布測定によるD10及びD90の比D90/D10を10以下とすることが好ましく、8以下とすることがより好ましく、4以下とすることがさらに望ましい。
【0030】
これらの原料粉末をボールミル等の公知の方法で混合した後、CIP成形、鋳込み成形等の公知の方法で成形する。CIP成形の場合は、原料粉末に溶媒、有機バインダー等を加えてスラリー化し、スプレードライにより顆粒とした後、金型等を用いてプレス成形して得られた成形体をCIP成形する方法を採用することができる。
【0031】
バインダー等の有機物を添加した成形体の場合には、焼成前に脱脂を行う。脱脂は、500〜800℃が好ましい。
【0032】
焼成は、大気中等の酸化雰囲気中で行うことができる。成形体の表面近傍は、焼成時に添加物の揮発が生じるため、焼成雰囲気中に、添加物粉末を含むジルコニアを置くことが望ましい。焼成温度は、1350〜1500℃とすることができる。
【0033】
焼成により得られた焼結体を所望の形状に加工して、キャプスタンとする。加工は、平面研削加工、旋盤加工、マシニングセンタ等の周知の方法により行うことができる。
【0034】
以下、試験例を用いて本発明を具体的に説明する。
【0035】
平均粒径が0.05μm、イットリアを3mol%含むジルコニア粉末を用い、添加物等を表1に示すような組成で混合した。得られた混合粉末に対して成形用バインダーとしてアクリル樹脂、溶媒としてイオン交換水を添加し、スプレードライ後、篩を通して成形用顆粒を得た。なお、V、Cr、Mn、Fe及びCoについては表1記載の酸化物を添加し、Ni、Cu、Mo及びWについては金属粉末を添加した。
【0036】
得られた成形用顆粒を金型により一軸プレス成形後、CIP成形し、120×120×10mmの成形体を得た。脱脂後、焼成して得られた焼結体に加工を施し、100×100mm×5mmの焼結体とした。
【0037】
比較のため、従来のHIP処理(アルゴン雰囲気、1300℃、150MPa)によるジルコニアも作製した(試験No.25)。
【0038】
明度L*及び明度差ΔL*については、試験片を鏡面加工し、分光測色計を用いて測定した。測定は任意の5箇所について行い、平均を明度L*とし、最大値と最小値との差を明度差ΔL*とした。焼結体の気孔率は、アルキメデス法により算出した。また、焼結体の平均結晶粒径は、焼結体表面を鏡面研磨後、研磨面を熱腐食したあとにSEM観察し、線インターセプト法によって求めた。結果を表1に示す。なお、添加物、アルミナ及び炭化珪素の含有率は、ジルコニア及びイットリアを含めた化合物の理論密度及び原料組成に基づいて算出したものである。添加物の酸化物換算は表1記載の酸化物を用いた。また、それぞれの含有率は、セラミックス焼結体に占める体積%である。
【0039】
【表1】

【0040】
アルミナ及び炭化珪素を含まない試験No.1〜11では、試験No.1〜9において明度L*が45以下であり、明度差ΔL*も10以下であり、気孔率が1%以下で、結晶粒径が2μm以下であった。添加物の含有量が少ない試験No.10では、明度L*が大きく、結晶粒径も大きかった。添加物の含有量の多い試験No.11では、明度差ΔL*が大きくなり、また緻密化が不十分であった。
【0041】
アルミナを含む試験No.12〜16では、明度L*及び明度差ΔL*が小さくなる傾向が見られた。添加物と併せることにより明度L*を18以下にすることができた。また、アルミナ含有量を適切に制御すれば明度差ΔL*を4以下にできることがわかった。アルミナを多く含む試験No.16では、結晶粒径が大きくなった。
【0042】
炭化珪素を含む試験No.17〜21では、特に明度差ΔL*が小さくなる傾向が見られた。ただし炭化珪素を多く含む試験No.21では、緻密化が不十分であった。
【0043】
アルミナ及び炭化珪素を含む試験No.22〜24では、明度L*及び明度差ΔL*をそれぞれ、20以下、3以下にすることができた。
【0044】
従来のHIP処理により作製した試験No.25では、明度L*は23であったが、明度差ΔL*は15と大きくなった。
【0045】
以上の結果で示された本発明のセラミックス焼結体を適用したキャプスタンであれば、組織の均質性に優れているので、局所的な磨耗が起こり難い。また、色調も均一なので、光ファイバや金属線の判別がし易く、磨耗屑や埃等の検査を容易に行うことができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Mo、Wより選ばれる一つ以上の元素を、酸化物換算で0.5体積%以上、8体積%以下含み、
明度L*が45以下、明度差ΔL*が10以下であり、
気孔率が1%以下、結晶粒径が2μm以下のセラミックス焼結体からなることを特徴とするキャプスタン。
【請求項2】
前記セラミックス焼結体がジルコニアを主成分とする請求項1記載のキャプスタン。
【請求項3】
前記セラミックス焼結体がアルミナを0.5体積%以上含む請求項2記載のキャプスタン。
【請求項4】
前記セラミックス焼結体が非酸化物セラミックスを0.1〜2体積%含む請求項2または3記載のキャプスタン。
【請求項5】
非酸化物セラミックスが炭化珪素である請求項4記載のキャプスタン。

【公開番号】特開2010−234436(P2010−234436A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−87664(P2009−87664)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【出願人】(000000240)太平洋セメント株式会社 (1,449)
【出願人】(391005824)株式会社日本セラテック (200)
【Fターム(参考)】