説明

キラル遷移金属触媒、及び該触媒を用いるキラル有機化合物の接触製造法

少なくとも2つの構造的に異なるモノホスフォラス配位子(1個のリン原子を有する配位子)が金属に結合しており、少なくとも該モノホスフォラス配位子の1つがキラルである、キラル遷移金属触媒に関する発明である。該キラル遷移金属触媒は、ただ1つの構造で定義される配位子を用いる場合よりもエナンチオ選択性が高く、不斉遷移金属触媒反応に用いる触媒に適している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、少なくとも1個のキラルなモノホスフォラス配位子(1個のリン原子を有する配位子)が金属に結合しているキラル遷移金属触媒に関する。
本発明は、2またはそれ以上のキラルなモノホスフォラス化合物(1個のリン原子を有する化合物)の混合物、又は少なくとも1つのキラルと少なくとも1つのアキラルモノホスフォラス化合物からなる混合物は、不斉遷移金属触媒において優れた配位子系を構成するという驚くべき発見を含む。これらは、公知又は新規なキラルモノホスフォラス化合物が用いられるエナンチオ選択性遷移金属触媒の分野において基本的に新規なプロセスである。尚、2個の(又はそれ以上の)異なるモノホスフォラス化合物が金属と結合していて、そのうち少なくとも1つはキラルモノホスフォラス化合物である、このようなキラル遷移金属触媒は、構造的に新規なタイプである。このような金属錯体はこれまで文献においても記述されていない。
【背景技術】
【0002】
エナンチオ選択性遷移金属触媒プロセスは、最近の20年間で工業的に著しい進歩を遂げてきた、例えば、遷移金属触媒による不斉水素付加反応が挙げられる(例えば、非特許文献1、非特許文献2、非特許文献3参照)。
この目的のために必要とされる配位子は、しばしばキラルなホスフォラス配位子(P配位子)、すなわちホスフィン(phosphines)、ホスフォナイト(phosphonites)、ホスフィナイト(phosphinites)、ホスファイト(phosphites)、又はホスフォアミディティ(phosphoramidites)であり、これらは遷移金属に結合している。典型的な例は、BINAP(例えば、非特許文献4参照)、DuPHOS(例えば、非特許文献5参照)、BICP(例えば、非特許文献6参照)、及びBPE(例えば、非特許文献7参照)のような光学活性なロジウム、ルテニウム又はイリジウム錯体を含む。キラル配位子の発展は、設計と試行錯誤からなる高価なプロセスを伴う(例えば、非特許文献2参照)。
【0003】
補助的な検索方法は組合せの不斉触媒として知られているものであり、モジュール的に形成されたキラル配位子又は触媒系のライブラリーが、作成され試験された、その結果、ヒットが見出される可能性が高まった(例えば、非特許文献8、非特許文献9参照)。これらのシステムのすべてにおける不都合は、非常に多くの配位子の調製において比較的高度の実験的な煩雑さを伴うことである、そして触媒で観察される不十分なエナンチオ選択性である。それ故、非常に簡単なルートで新規かつ安価で特に高い性能を有する配位子を調製する工業的、学術的な研究が目指されている。
【0004】
一方、殆どのキラルなホスフォラス配位子は、ジホスフィン(diphosphines) (例えば、非特許文献2、非特許文献3参照)、ジホスファイト(diphosphites) (例えば、非特許文献10参照)、ジホスフィナイト(diphosphinites) (例えば、非特許文献11参照)又はジホスフォナイト(diphosphonites) (例えば、非特許文献12参照)のようなキレートジホスフォラス化合物であり、キレート錯体のような特別の遷移金属に結合して安定化し、そして触媒中の不斉誘導の程度を決定しているので、あるキラルなモノホスフォナイト(monophosphonites) (例えば、非特許文献13、非特許文献14参照)、モノホスファイト(monophosphites) (例えば、非特許文献15参照)、およびモノホスフォアミイディティ(monophosphor amidites) (例えば、非特許文献16参照)は、例えばロジウム−触媒によるプロキラルオレフィンの不斉水素付加反応において、同様に有効な配位子となりうる。
【0005】
公知例は、バイノール(BINOL)−誘導体が代表例で、例えば下記配位子I、II及びIIIである。分光学的そして機械的な研究は、いずれの場合にも2つのモノホスフォラス配位子は触媒において金属と結合していることを示している。それ故、金属−配位子比は一般に1:2である。RPタイプのあるキラルなモノホスフィン(monophosphines)は、またそれらが一般に高価であっても、遷移金属触媒において良い配位子となりうる(例えば、非特許文献2参照)。
【0006】
【化1】

【0007】
I−IIIタイプのモノホスフォラス配位子は、特に容易に入手でき、そしてその分子構造により極めて容易に変化させることができる(例えば、非特許文献17参照)。I、II又はIIIにおけるRラジカルのバリエーションから、多くのキラル配位子を構築することができるので、その結果、これらの配位子の最適化は与えられた遷移金属−触媒反応を可能にする(例えば、プロキラルオレフィン、ケトンもしくはイミンの水素付加反応、又はプロキラルオレフィンのヒドロホルミル化反応)。
あいにく、この方法には制限が存在する、すなわち、多くの基質(substrate)は、例えば水素付加反応又はヒドロホルミル化反応において、中程度か低いエナンチオ選択率で変化する。それ故、依然として遷移金属触媒に工業的に適用するために安価で効果的なキラル配位子が必要とされている。
【0008】
【非特許文献1】B. Cornils, W.A. Herrmann, Applied Homogeneous Catalysis with Organometallic Compound, Wiley-VCH, Weinheim (1996)
【非特許文献2】W.S. Knowles, Angew. Chem., 114, 2096 (2002
【非特許文献3】R.Noyori, Angew. Chem., 114, 2108 (2002)
【非特許文献4】A.Miyashita, A. Yasuda, H. Takaya, K. Toriumi, T, Ito,T. Souchi, R. Noyori, J. Am. Chem. Soc., 102, 7932 (1980)
【非特許文献5】M.J. Burk, M.F. Gross, J.P. Martinez, J. Am. Chem. Soc., 117, 9375 (1995)
【非特許文献6】G. Zhu, P. Cao, Q. Jiang, X. Zhang, J. Am. Chem. Soc., 1799 (1997)
【非特許文献7】M.J. Burk, Y.M. Wang, J.R. Lee, J Am. Chem. Soc., 118, 5142 (1996)
【非特許文献8】M.T. Reetz, Angew. Chem. 113, 292 (2001)
【非特許文献9】S. Dahmen, S. Brase, Synthesis, 1431 (2001)
【非特許文献10】M.T. Reetz, T. Neugebauer, Angew. Chem., 111, 134 (1999)
【非特許文献11】R. Selke, J. Organomet. Chem., 370, 249 (1989)
【非特許文献12】M.T. Reetz. A. Gosberg, R. Goddard, S.-H.Kyung, Chem. Commun. (Cambridge), 2077 (1998)
【非特許文献13】M.T. Reetz, T. Sell, Tetrahedron Lett., 41, 6333 (2000)
【非特許文献14】C. Claver, E. Fernandez, A. Gillon, K. Heslop, D.J. Hyett, A.Martorell, A.G. Orpen, P.G. Pringle, Chem. Commun. (Cambridge), 961 (2000)
【非特許文献15】M.T. Reetz, G. Mehler, Angew. Chem., 112, 4047 (2000)
【非特許文献16】M. van den Berg, A.J. Minnaard, E.P. Schudde, J. van Esch, A.H.M. de Vries, J.G. de Vries, B.L. Feringa, J. Am. Chem. Soc., 122, 11539 (2000)
【非特許文献17】I.V. Komarov, A. Borner, Angew. Chem., 113, 1237 (2001)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記課題を解決して、遷移金属−触媒反応においてより高いエナンチオ選択性を有するキラル遷移金属触媒、及び該触媒用の配位子に用いられる配位子混合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、(1)少なくとも2つの構造的に異なるモノホスフォラス配位子(1つのリン原子を含む配位子)が遷移金属に結合しており、そのうちの少なくとも1つのモノホスフォラス配位子がキラルであることを特徴とするキラル遷移金属触媒に関する発明である(以下「実施態様1」ということがある)。
実施態様1においては、更に下記(2)ないし(11)の態様とすることが望ましい。
(2)上記項目(1)に記載した触媒において、1つのモノホスフォラス配位子が厳密にキラルであること、
(3)上記項目(1)に記載した触媒において、少なくとも2つのモノホスフォラス配位子がキラルであること、
【0011】
(4)上記項目(1)ないし(3)に記載した触媒において、モノホスフォラス配位子はそれぞれ独立に下記Aタイプであること、
【化2】

【0012】
ここで、X、Y及びZ原子は、その自由原子価の数に従ってそれぞれ独立して炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)、イオウ(S)、又はハロゲン(F、Cl、Br、I)からなり、更に、原子又は原子基は互いに独立して他の原子と結合しており、
ここで、X、Y及びZはまた結合原子又は原子基により他と結合されていてもよく、
X−P−Yはまた芳香族系の一部をなし、この場合XはPと二重結合で結合されていて置換基Zが存在していなくともよい。
(5)前記項目(1)ないし(3)に記載した遷移金属触媒において、モノホスフォラス配位子がホスフィン(phosphines)、ホスファイト(phosphites)、ホスフォナイト(phosphonites)、ホスフィナイト(phosphinites)、ホスフォラストリアミド(phosphorous triamides)、ホスフォラスモノエステルジアミド(phosphorous monoester diamides)、ホスフォラスジエステルアミド(phosphorous diester amides)、ホスフォナスジアミド(phosphonous diamides)、ホスフィナスアミド(phosphinous amides)、ホスフォナスモノエステルアミド(phosphonous monoester amides)、ホスフォラスハライド(phosphorous halides)、ホスフォラスジアミドハライド(phosphorous diamide halides)、チオホスファイト(thiophosphites)、チオホスフォラストリエステル(thiophosphorous triesters)、チオホスフォラスモノエステルジアミド(thiophosphorous monoester diamides)、又はチオホスフォラスジエステルアミド(thiophosphorous diesteramides)であること、
【0013】
(6)上記項目(1)ないし(5)に記載した遷移金属触媒において、キラル配位子が下式B、C又はDタイプのモノホスフォラス配位子であること、
【化3】

【0014】
ここで、Wは炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)、硫黄(S)、又はハロゲン(F、Cl、Br、I)であり、そして更に原子もしくは原子基がその自由価の数に従ってWに結合しており、
そして、ここでR、R、R、R、R、R、R、R、R1’、R2’、R3’、R4’、R5’、R6’、R7’及びR8’ラジカルは、それぞれ独立に水素、ハロゲン、飽和及び不飽和、直鎖状及び分岐状のC−C50アルキル(alkyl)、C−C50アリール(aryl)、C−C50ヘテロアリール(heteroaryl)、アルキニル(alkynyl)、シリル(silyl)、ニトロ(nitro)、ニトリル(nitrile)、エステル(ester)、カルボキシル(carboxyl)、カルボニル(carbonyl)、アミド(amide)、アミン(amine)、ヒドロキシル(hydroxyl)、アルコキシ(alkoxy)、スルフィド(sulfide)及びセレナイド(selenide)基の群からなり、
ここでR、R、R、R、R、R、R、R、R1’、R2’、R3’、R4’、R5’、R6’、R7’及びR8’は、同様に更に置換基を有していてもよく、また官能基とされていてもよい、
そしてビナフチル構造の1またはそれ以上の炭素原子はヘテロ原子Si、O、N又はSで置換することもできる。
【0015】
(7)上記項目(1)ないし(5)に記載した遷移金属触媒において、キラル配位子が下式E、F又はGタイプのモノホスフォラス配位子であること、
【化4】

【0016】
ここで、Wは炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)、硫黄(S)、又はハロゲン(F、Cl、Br、I)であり、そして更に原子もしくは原子基がその自由価の数に従ってWに結合しており、
そしてここで、R、R、R、R、R、R、R1’、R2’、R3’、R4’、R5’及びR6’ラジカルはそれぞれ独立に水素、ハロゲン、飽和及び不飽和、直鎖状及び分岐状のC−C50アルキル(alkyl)、C−C50アリール(aryl)、C−C50ヘテロアリール(heteroaryl)、アルキニル(alkynyl)、シリル(silyl)、ニトロ(nitro)、ニトリル(nitrile)、エステル(ester)、カルボキシル(carboxyl)、カルボニル(carbonyl)、アミド(amide)、アミン(amine)、ヒドロキシル(hydroxyl)、アルコキシ(alkoxy)、スルフィド(sulfide)並びにセレナイド(selenide)基の群からなり、
ここでR、R、R、R、R、R、R1’、R2’、R3’、R4’、R5’及びR6’は、同様に更に置換基を有していてもよく、また官能基とされていてもよい、
そしてここで、ビナフチル構造の1またはそれ以上の炭素原子はそれぞれ独立にヘテロ原子Si、O、N又はSで置換されていてもよい。
【0017】
(8)上記項目(1)ないし(7)に記載した遷移金属触媒において、少なくとも1つのキラル配位子が下式HからTタイプのモノホスフォラス配位子であること、
【化5】

【0018】
ここで、R、R、R及びRラジカルはそれぞれ独立に水素、ハロゲン、飽和及び不飽和、直鎖状及び分岐状のC−C50アルキル(alkyl)、C−C50アリール(aryl)、C−C50ヘテロアリール(heteroaryl)、アルキニル(alkynyl)、シリル(silyl)、ニトロ(nitro)、ニトリル(nitrile)、エステル(ester)、カルボキシル(carboxyl)、カルボニル(carbonyl)、アミド(amide)、そしてセレナイド(selenide)基の群からなり、
ここでR、R、R及びRは、同様に更に置換基を有していてもよくまた官能基とされていても架橋されていてもよい。
(9)上記項目(1)ないし(8)に記載した遷移金属触媒において、遷移金属が周期律表のIIIb、IVb、Vb、VIb、VIIb、VIII、IbもしくはIIb、又はランタニドもしくはアクチノイドであること、
(10)前記項目(9)の触媒において、遷移金属がRh、Ir、Ru、Ni、Pd又はPtであること、
【0019】
(11)前記項目(3)ないし(10)に記載した触媒において、用いるキラルモノホスフォラス配位子が少なくとも下記タイプの2つの配位子であること。
【化6】

ここで、Wは、それぞれ独立にCH3、C(CH3)3、c-C6H11又はOCH3である。
【0020】
本発明は、また(12)前記項目(1)ないし(11)に記載した遷移金属触媒の存在下にキラル有機化合物がプロキラル有機化合物から触媒作用により製造されることを特徴とするキラル有機化合物の接触製造法に関する発明である(以下、「実施態様2」ということがある)。
実施態様2においては、更に下記(13)ないし(15)の態様とすることが望ましい。
(13)前記項目(12)の製造法において、化学反応が水素付加反応(hydrogenation)であること、
(14)前記項目(12)の製造法において、化学反応がヒドロホルミル化反応(hydroformylation)であること、
(15)前記項目(12)の製造法において、化学反応がヒドロホウ素化(hydroboration)、ヒドロシリル化(hydrosilylation)、ヒドロビニル化(hydrovinylation)、ヒドロアミノ化(hydroamination)、エポキシド化(epoxidation)、ヒドロキシル化(hydroxylation)、アミノヒドロキシル化(aminohydroxylation)、置換反応(substitution)、アリル置換反応(allyl substitution)、ヘックカップリング(Heck coupling)、スチルカップリング(Stille coupling)、鈴木カップリング(Suzuki coupling)、根岸カップリング(Negishi coupling)、ミッシェル付加(Michael addition)、アルドール付加(aldol addition)、ジールス−アルダー反応(Diels-Alder reaction)、シクロプロパネーション(cyclopropanation)、CHインサート反応(CH insertion reaction)、又は1,3−双極環状付加反応(1,3-dipolar cycloaddition)であること。
【0021】
本発明の主な構成要素は、少なくとも1つがキラルである2またはそれ以上のモノホスフォラス化合物混合物が、1種類の構造的に定義されたモノホスフォラスを用いる従来の慣用的な手段よりも遷移金属−触媒反応においてより高いエナンチオ選択性の結果をもたらすことを見出したことにある。
本発明者らが用いる、少なくとも2つの異なるモノホスフォラス配位子(すなわち、1個のリン原子を有する化合物である)が金属原子に結合していて、少なくとも1個のモノホスフォラス配位子がキラルであるこれらの遷移金属触媒は、新規である。これらの触媒は、プロキラル有機化合物からキラル有機化合物を製造する際に多くの異なる反応の種類に用いることができる。光学的に豊富化された又は純粋な有機化合物は、工業的に有用な製品又は、中間製品として知られている、例えば医薬品、農作物保護薬及びフラグランス等が挙げられる。
【0022】
理論的には、少なくと2種類のモノホスフォラス配位子(L)が反応の遷移状態で活性触媒MLxの金属(M)に結合している場合には反応は常に進行する。
このような配位条件は周期律表のIIIb、IVb、Vb、VIb、VIIb、VIIIb、Ib及びIIbグループの金属で、並びにランタノイドとアクチノイドで知られている。例えば、2種類のこのような配位子LとLの混合物の場合、3つの異なる触媒が平衡状態で存在することが、特に従来の同種組合せ(以下単に「同種組合せ(homocombination)」ということがある。)MLとML、及び新規な異種組合せ(以下単に「異種組合せ(heterocombination)」ということがある。)ML(混合触媒)で可能である。文献で、同種組合せ多くの例が見いだされる、最近の例では、バイノールからモジュール的に形成される、モノホスフォナイト(monophosphonites)I、モノホスファイト(monophosphites)II、及びモノホスフォアミディティ(monophosphoramidites)IIIが知られており、これらのそれぞれはしばしば(常にではないが)Rh−触媒によるオレフィンの水素付加反応において高いエナンチオ選択性を可能にする。
一方、異種組合せMLはこれまで触媒として記述されていない。一般に迅速な配位子交換が進行するので、溶液から純粋なMLを発生させることは相当に困難である。しかし、MLが純粋な形態で用いられる触媒MLとMLより迅速で高いエナンチオ選択性を示す場合には、3種の触媒の混合物でも、高いエナンチオ選択性をもたらし、そして配位子LとLの相対量は同様に重要な役割を果たす。
【0023】
不斉遷移金属触媒の分野において、このような新しい原理を例示するために、Iから誘導されるRh−ホスフォナイト錯体で、与えられた基質のエナンチオ選択性Rh−触媒によるオレフィン水素付加反応について記述する。R=RであるIの従来の使用ではエナンチオ選択性はee値x%を与え、R=Rである類似体Iの従来の使用ではエナンチオ選択性はee値y%を与えるので、双方の配位子混合物の使用は、高いエナンチオ選択性ee値z%となり、すなわち、z>x及びz>yとなる。しかし、この法則は、すべての混合物には当てはまらない場合があるが、的確な混合物が選択されるとき又はRラジカルの的確な選択が行われたときに、増加したエナンチオ選択性が常に観察される。この観察は、例えば混合物としてタイプIの例で異なるキラルホスフォナイトの組合せはテスティングにより迅速に行うことが可能である。混合物において、例えばタイプIのように2種以上の異なるキラル配位子を用いることが可能であり、好ましいのは2種を用いる場合である。
【発明の効果】
【0024】
本発明の、少なくとも1つがキラルである2またはそれ以上のモノホスフォラス化合物混合物を使用して得られるキラル遷移金属触媒は、従来型の触媒よりも遷移金属−触媒反応においてより高いエナンチオ選択性の結果をもたらす。これらの触媒は、プロキラル有機化合物からキラル有機化合物を製造する際に多くの異なる反応の種類に用いることができる。光学的に豊富化された又は純粋な有機化合物は、工業的に有用な製品又は、中間製品として知られている、例えば医薬品、農作物保護薬及びフラグランス等が挙げられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
多くの可能性の1に相当するバイノール−誘導体の典型例Iであるキラルモノホスフォナイトの混合物に加えて、他のキラルなモノホスフォラス配位子の混合物も用いることができる。この例は、例えばタイプIIのようなキラルなモノホスファイトの混合物、又は例えばタイプIIIのようなモノホスフォアミディティである。しかしながら、例を挙げると、キラルなホスフィン(phosphines)、ホスフィラン(phosphiranes)、ホスフィナイト(phosphinites)、ホスフォラス トリス−及びビスアマイド(phosphorous tris- and bisamides)、ホスフォリック モノ−及びジアマイド(phosphoric mono- and diamides)、及びホスフォラス ジエステル フルオライド(phosphorous diester fluorides)を用いることも可能である。確かに、リン原子を有するいかなるキラル化合物も有用である。実際には、中央構造が次式IVで示される多くの有用なホスフォラス配位子がある。
【0026】
【化7】

【0027】
上式において、X、Y及びZ原子は、それぞれ独立して炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)、イオウ(S)、又はハロゲン(F、Cl、Br、I)の群からなっていてもよい。更に、原子又は原子基は、例えば例I、II及びIIIで例示したようにそれぞれ自由原子価に従って互いに独立してX、Y及びZ原子に結合している。
X、Y及びZはまた結合原子又は原子基により他と結合されていてもよく、そしてX−P−Yはまた芳香族系の一部をなしてもよい、この場合、XはPと二重結合で結合されていて置換基Zは存在しない。
【0028】
IVの置換基の組合せを、例を挙げて説明する。
a)X=Y=Z=C
b)X=Y=C;Z=N
c)X=Y=C;Z=O
d)X=Y=C;Z=S
e)X=Y=C;Z=ハロゲン(F、Cl、Br又はI)
f)X=C;Y=Z=N
g)X=C;Y=Z=O
h)X=C;Y=Z=S
i)X=C;Y=N; Z=O
j)X=Y=Z=N
k)X=Y=N; Z=O
l)X=Y=N; Z=S
m)X=Y=N; Z=ハロゲン(F、Cl、Br又はI)
n)X=N; Y=Z=O
o)X=N; Y=Z=S
p)X=N; Y=O; Z=ハロゲン(F、Cl、Br又はI)
q)X=Y=Z=O
r)X=Y=O; Z=ハロゲン(F、Cl、Br又はI)
s)X=Y=Z=S
【0029】
更なる典型例は、I、II及びIIIの類似物であり、軸方向にキラルな構成単位バイノールは、誘導体、置換ビフェノール、又は他のキラルなジオールにより置換されている。具体的な典型例は、例えば、5,5’-ジクロロ-6,6’-ジメトキシ-2,2’-ビフェノール、ヒドロベンゾイン、TADDOLそしてカルボハイドレイト(carbohydrate)から誘導されるジオールである。
しかしながら、これらは可能性のあるいものをいくつか挙げたにすぎないが、その説明が可能性の範囲を決して制限するものではない。配位子IVはモジュール的に形成されているので、このことは、特有の構成単位が例えば最も重要なものを挙げればキラルアルコール、キラルジオール、キラルアミン、キラルジアミン又はキラルアミノアルコールであることを意味する。
次に示す例において、完全にキラルなものは例示していない。しかし、どのような配位子がどのような可能な構造に用いられるかは自明である。配位子は、エナンチオメリカリー(enantiomerically)に純粋であるか、富化された形態で用いられる。好ましいのは、エナンチオメリカリーに純粋なものを利用することである。
【0030】
キラル配位子IVaの典型例は、中央と軸方向がそれぞれキラルであるVとVIである:
【化8】

【0031】
キラル配位子IVbの典型例は、VIIとVIIIである:
【化9】

【0032】
キラル配位子IVcの典型例は、IXとXである:
【化10】

【0033】
キラル配位子IVdの典型例は、IXとXのチオ類似体である:
キラル配位子IVeの典型例は、XIとXIIである。
【化11】

【0034】
キラル配位子IVfの典型例は、XIIIとXIVである:
【化12】

【0035】
キラル配位子IVgとIVhの典型例は化合物Iとそのチオ類似体である。
キラル配位子IViの典型例はXVとXVIである:
【化13】

【0036】
キラル配位子IVjの典型例はXVIIとXVIIIである:
【化14】

【0037】
キラル配位子IVkの典型例はXIXとXXである:
【化15】

【0038】
キラル配位子IVlの典型例はXIXとXXのチオ類似体である。
キラル配位子IVmの典型例はXXIとXXIIである:
【化16】

【0039】
キラル配位子IVnとIVoの典型例はそれぞれIIIとIIIのチオ類似体である。
キラル配位子IVpの典型例はXXIIIとXXIVである:
【化17】

【0040】
キラル配位子IVqとIVsの典型例はそれぞれIIとIIのチオ類似体である:
キラル配位子IVrの典型例はXXVとXXVIである:
【化18】

【0041】
本発明の基礎原理は、キラルなホスフォラス配位子が同じ物質のクラスに属する場合には適用しない。混合物がホスフォラス化合物IVの異なるクラスに属する2(またはそれ以上)のキラルなモノホスフォラス配位子である場合には、エナンチオ選択性の増加が観察される。
同様に、本発明の第2の変形例は、2つの異なるホスフォラス配位子を含み、その1つは(上記で記述したように)キラルなものを含むが他はアキラルである。
配位子IVとアキラルな類似体IVの好適な組合せの使用は、遷移金属触媒をもたらし、このような場合、適切な1つのキラル配位子のみを用いる場合よりも極めて高いエナンチオ選択性が得られる。ある場合、このような組合せは、エナンチオ選択性の方向を逆にするのに用いることができる。
【0042】
アキラルなホスフォラス配位子は、同様に一般式IVに対応させて記述することができる。これらは、例を挙げれば、例えば、アキラルなホスフィン(phosphines)、ホスフィナイト(phosphinites)、ホスフォナイト(phosphonites)、ホスフォラス トリス−及びビスアミド(phosphoric tris- and bisamides)、ホスフォリック モノ−及びジアミド(phosphoric mono- and diamides)である。代表例として、X=Y=Z=ハロゲン、すなわち、PF、PCl、PBr又はPI、及びチオホスファイト(thiophosphites)P(SR)、ホスフィン オキサイド(phosphine oxides)、ホスフィン スルフィド(phosphine sulfides)、イミノホスフォラン(iminophosphoranes)、ホスフィラン(phosphiranes)及びホスフィニン(phosphinines)がまた有用である。
【0043】
触媒又は触媒前駆体に関する限り、従来の同種組合せM(Lの製造に典型的に用いられている文献で知られた操作法は有用である。このことは、特別の配位子混合物が適当な遷移金属錯体と結合することを意味する。遷移金属錯体は、MX(X=F、Cl、Br、I、BF、ClO、RCO、RSOacac)のような通常の塩であり、例を挙げれば、例えば、[Rh(OAc)]、Rh(acac)3、Cu(CF3SO3)2、CuBF4、Ag(CF3SO3)、Au(CO)Cl、In(CF3SO3)3、Fe(ClO4)3、NiCl2(COD) (COD=1,5-シクロオクタジエン)、Pd(OAc)2、[C3H5PdCl]2、PdCl2(CH3CN)2又はLa(CF3SO3)3がある。
【0044】
しかしながら、これらはまた、(いくつかの例を挙げれば)オレフィン、ジエン、ピリジン、CO又はNOを含む配位子を有する金属錯体であってもよい。後者は、反応によりホスフォラス配位子で全部又は一部が置換されていても良い。カチオン金属錯体もまた同様に用いることができる。多くの可能性が当業者に知られている(例えば参考文献1(G. Wilkinson, Comprehensive Coordination Chemistry, Pergamon Press, Oxford (1987)); 参考文献2(B. Cornils, W.A. Herrman, Applied Homogeneous Catalysis with Organometallic Compounds, Weinheim (1996))参照)。
代表的な例をいくつか挙げれば、Rh(COD)2BF4、 [(cymene)RuCl2]2、 (pyridine)2Ir(COD)BF4、 Ni(COD)2、 (TMEDA)Pd(CH3)2 (TEMDA=N,N,N’,N’-テトラメチレンジアミン), Pt(COD)2, PtCl2(COD)又は[RuCl2(CO)3]2がある。金属は、周期律表のIIIb、IVb、Vb、VIb、VIIb、VIII、Ib、及びIIb、並びにランタノイドとアクチノイドの群を含む。
【0045】
触媒が構造的に新規であることを例示して確認すると、Rh(COD)2BF4を純粋な(R)-配置ホスフォナイトI(R=CH)及びI(R=C(CH3)3)と反応させるとそれぞれ従来型のRh錯体XXVIIとXXVIIIを形成し、双方の配位子の1:1混合物は混合錯体XXIX(錯体XXVIIとXXVIIIと同様に)を形成することを言及する。錯体XXIXのH、13C及び31P−NMRスペクトルは、“混合された”化合物の特徴を示す、すなわち、これらのスペクトルは従来型の錯体XXVII及びXXVIIIのスペクトルとは異なる。錯体XXVII、XXVIII及びXXIXの混合物が分離される場合、質量分析(マススペクトロメトリー)(ESI−MS)によりXXIXが主成分であるすべての3種の錯体を明らかに検出することが可能である。
実際の適用に関しては、“混合された錯体”XXIXは純粋な錯体XXVII及びXXVIIIから分離される必要はない、なぜなら動力学的研究に基づいて、3種の触媒の混合物は個々の同種組み合わせXXVIIとXXVIIIよりも活性が高いということが見出されるからである。同様に他の“混合された”金属触媒(異種組み合わせ)の類似のNMRとEMS−MS分析は、これらの錯体独自の構造を示し、それは新しい物質の種類であることを証明している。
【0046】
【化19】

【化20】

【化21】

【0047】
本発明の重要なファクターは、従来型の触媒、例えばXXVII及びXXVIIIの全部の触媒プロフィルが“混合”触媒、例えばXXIXのプロフィルと全く異なるという予期せぬ発見である。例えば、オレフィンの水素付加反応において、発明の触媒XXIXは、従来型の触媒XXVIIとXXVIIIを用いたときに達成されるよりも極めた高いエナンチオ選択性を与えた。同時に、高い反応率が観察された。実用的な面に関して、“混合”触媒XXIXの分離と精製は必ずしも要求されない、すなわち、XXIXの高い活性が触媒の効果を決定するので、XXIXとXXVII/XXVIIIの混合物を用いることができる。更なる典型的な例は、Rh(COD)2BF4と、Ic及びIIaの1:1の混合物との反応であり、この場合、Rh(Ic)2(COD)BF4、Rh(IIa)2(COD)BF4及びRh(Ic)(IIa)(COD)BF4を生ずる。ここでの検討結果は、異種組合せは従来型の同種組合せとは異なるスペクトル分析特性を有することを示す。
【0048】
異なるモノホスフォラス化合物の異種組合せに基づく本発明の“混合触媒”は、複数個のキラルとアキラルなホスフォラス配位子、好ましくは2個の異なるホスフォラス配位子を含むことができる。金属錯体中の互いのホスフォラスの相対比は適宜変えることが可能である。例えば、2つの異なる配位子AとBがある場合には、相対比A:Bは、1:4と4:1の間で変化させるのが望ましく、特にA:Bの比がほぼ1:1になるように選択するのが望ましい。金属と基質の比は、通常の範囲以内、すなわち1:5と1:1 000 000の範囲で変動する。
【0049】
2つのキラルなモノホスフォラス配位子の混合物又は1つのキラルとアキラルなホスフォラス配位子の混合物の文献調査は、与えられた遷移金属触媒による転化率に対して好ましい混合触媒(異種組合せ)を見出すという簡潔な方法を提供する。この手法は、簡潔で、組合せ触媒において通常用いられる最新の機器を用いて迅速に行うことができる。これらの機器には、並列反応器(parllelized reactors)及び分注ロボット(pipetting robots)を含む(例えば、参考文献3(M.T. Reetz, Angew. Chem., 113, 292 (2001))参照)。しかしながら、逐次的な手法も可能である、すなわち、1つの混合物を他の混合物の後にテストすることも可能である。2つ(もしくはそれ以上)のキラルなモノホスフォラス配位子又はキラルとアキラルなモノホスフォラス配位子の本発明の使用は、すべての遷移金属触媒反応に適用できる(例えば、参考文献4(E.N. Jacobsen, A. Pfltz, Vol. I-III, Springer, Berlin (1999))参照)、特に、不斉水素付加反応、ヒドロホルミル化、ヒドロホウ素化、ヒドロシリル化、ヒドロビニル化、ヒドロアミノ化、エポキシ化、ヒドロキシル化、アミノヒドロキシル化、置換反応(例えば、アリル置換反応)、ヘック(Heck)、スチル(Stille)、鈴木及び根岸カップリング、ミッシェル付加、アルドール付加、ジールス−アルダー反応、シクロプロパン化、CHインサート反応、並びに1,3−双極環状付加反応に適用することができる。
【実施例】
【0050】
[実施例1]
I、II及びIIIタイプの配位子を用いてメチル N−アシルアクリレートのRh−触媒による水素付加反応
【化22】

【0051】
ベークアウト(baked-out)な容積50mlのシュレンク容器(schlenk vessel)に最初にアルゴン雰囲気下に第一配位子の1.7mM溶液の0.6mlと第二配位子の1.7mM溶液の0.6mlの混合物がジクロロメタン非存在下で充填された。この溶液は、ジクロロメタン中の[Rh(COD)2]BF4の2.0mM溶液0.5mlと混合し、室温で5分間撹拌した。その後、ジクロロメタン中の基質の0.112M溶液9mlを加えた。この容器を溶媒が穏やかに沸騰するまで3度真空にし、水素を通気した。水素圧1.3バール(bar)で、混合物は反応期間中撹拌された。反応溶液を希釈した後、転化率はガスクロマトグラフィーで測定された。
鏡像体過剰率(enantiomeric excess)を測定するために、反応溶液の約1.5mlを小さなシリカゲルを通して吸着ろ過し、ガスクロマトグラフィー又は高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて分析した。実験は、20個の容器を用いて並列に行った。
比較のために、純粋な配位子が他の同様な条件下でRh触媒による水素付加反応においてテストされた。結果をテーブル1にまとめて示す。これらの結果から、実際にいくつかの混合触媒(異質組合せ)は明らかに従来型の純粋な配位子(エントリー番号1−14)から形成される類似物よりもエナンチオ選択率(例えばエントリー番号16、17、40、42、44及び45)が高い。
【0052】
【表1】

【0053】
[実施例2]
Iタイプの配位子を用いてメチルフェニル−N−アシルアクリレートのRh−触媒による水素付加反応
【化23】

【0054】
ベークアウト(baked-out)な容積50mlのシュレンク容器(schlenk vessel)に最初にアルゴン雰囲気下に第一配位子の1.7mM溶液の0.6mlと第二配位子の1.7mM溶液の0.6mlの混合物がジクロロメタン非存在下で充填された。この溶液は、ジクロロメタン中の[Rh(COD)2]BF4の2.0mM溶液0.5mlと混合し、室温で5分間撹拌した。その後、ジクロロメタン中の基質の0.112M溶液9mlを加えた。この容器を溶媒が穏やかに沸騰するまで3度真空にし、水素を通気した。水素圧1.3バール(bar)で、混合物は反応期間中撹拌された。反応溶液を希釈した後、転化率はガスクロマトグラフィーで測定された。
鏡像体過剰率を測定するために、反応溶液の約1.5mlを小さなシリカゲルを通して吸着ろ過し、ガスクロマトグラフィー又は高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて分析した。実験は、20個の容器を用いて並列に行った。
100%の転化率で測定したエナンチオ選択率は、以下の通りであった。
(R)Ia/(R)Ic: ee=96.7%(S)
(R)Ia/(R)Id: ee=99.2%(S)
(R)Ib/(R)Id: ee=94.6%(S)
比較の例
(R)Ia/(R)Ia: ee=89.9%(S)
(R)Ib/(R)Ib: ee=89.2%(S)
(R)Id/(R)Id: ee=69.1%(S)
【0055】
[実施例3]
IとIIタイプの配位子を用いて1−N−アシルアミノスチレンのRh−触媒による水素付加反応
【化24】

【0056】
実施例1に記載したと同様に、乾燥CH2Cl2ジクロロメタン中のRh(COD)2BF4の2.0mM溶液0.5ml、ホスフォナイトIの4mM溶液0.25ml及び第2のホスフォナイトIの4mM溶液0.25ml混合物をCH2Cl2中で調製した。溶液の色はオレンジから黄色に変色した。1mlのCH2Cl2中に溶解している1−N−アシルアミノスチレン(0.5mM)を添加した後、30℃、水素圧1.5バール(bar)下で22時間撹拌した。GC分析により、転化率とee値を得た。
【0057】
【表2】

【0058】
[実施例4]
1-N-アシルアミノ-1-p-クロロフェニルエチレンのRh-触媒による水素付加反応
【化25】

【0059】
実施例3に記載したと同様に水素付加反応を行った。95%以上の転化率で測定したエナンチオ選択率は以下の通りであった。
(R)Ia/(R)Id: ee=95.0%(S)
比較の例
(R)Ia/(R)Ia: ee=73.0%(S)
(R)Id/(R)Id: ee=16.2%(S)、転化率79%
【0060】
[実施例5]
Rh-触媒による1-N-アシルアミノスチレンの水素付加反応における2つのホスフォラス配位子IaとIdの比の変化
配位子IaとIdの相対比を変えて、実施例3における水素付加反応を行った。
Rh:P比を1:2、Rh:基質比を1:500で一定とした。95%以上の転化率でGC手段により測定したエナンチオ選択率をテーブル2にまとめて示す。
【0061】
【表3】

【0062】
[実施例6]
Iタイプの配位子を用いた1-N-アシルアミノ-1-ナフチルエチレンのRh-触媒による水素付加反応
【化26】

【0063】
実施例3に記載した方法と同様に水素付加反応を行った。転化率95%以上で測定したエナンチオ選択率は以下の通りである。
(R)Ia/(R)Id: ee=97.0%(S)
比較の例
(R)Ia/(R)Ia: ee=78.2%(S)
(R)Id/(R)Id: ee=<3%(S)、転化率35%
【0064】
[実施例7]
Iタイプの配位子を用いたイタコン酸ジメチルのRh-触媒による水素付加反応
【化27】

【0065】
実施例1に記載した方法と同様に水素付加反応を行った。定量的な転化率でGCにより測定されたエナンチオ選択率をテーブル3にまとめて示す。
【0066】
【表4】

【0067】
Rh/基質比を減少させ、他は同一の条件として定量的な水素付加反応を行った。
Rh:基質=1:6000でee値は95.8%(R)、同様に1:10000でee値は95.4%(R)、同様に1:20000でee値は94.6%(R)であった。
【0068】
[実施例8]
キラルホスフォナイトI、ホスファイトII、ホスフォアミディティIII及びアキラルなモノホスフォラス配位子を用いたRh-触媒によるN−アシルアミノアクリレートの水素付加反応
【化28】

【0069】
水素付加反応の条件は、キラルホスフォラス配位子(化合物I又はII)とアキラルなホスフォラス配位子(化合物XXX又はXXXI)を1:1の比で用いた以外は実施例1の条件から選択した。
【0070】
【化29】

【0071】
定量的な転化率でエナンチオ選択性の反転による水素付加反応の結果を以下の表に示す。
【表5】

【0072】
[実施例9]
触媒系Rh[Ia][Id][COD]BF4+Rh[Ia]2[COD]BF4+Rh[Id]2[COD]BF4の調製と特性
CDCl(1ml)中の(R)Ia(13.2mg;0.04mmol)及び(R)Id(14.9mg;0.04mmol)の混合物をCDCl(1ml)中のRh[COD]2BF4(16.2mg;0.04mmol)で処理した。
1H、13C及び31PのNMRスペクトルは、2つの同種組合せ Rh[(R)Ia]2[COD]BF4 (XXVII)とRh[(R)Id][COD]BF4(XXVIII)、及び異種組合せRh[(R)Ia][(R)Id]BF4 (XXIX)が約20:20:60の割合で存在していることを示す。31Pにおける特有のピークと分布は以下の通りである。
【0073】
【表6】

【0074】
[実施例10]
ESI−MSによる触媒系Rh[Ia][Id][COD]BF4+Rh[Ia]2[COD]BF4 +Rh[Id]2[COD]BF4の調製、分離及び特性
CHCl(20 ml)中の(R)Ia(32.6mg;0.1mmol)及び(R)Id(36.9mg;0.1 mmol)の混合物をCHCl(5 ml)中のRh[COD]2BF4(40.7mg;0.1mmol)と−78℃で混合した。室温まで暖めた後、溶媒を5mlまで濃縮し、黄色の固体を15mlのペンタンで沈殿させた。この結晶をペンタンで3度洗浄し、減圧下に乾燥させた。ESI−MSスペクトルで、実施例9に記載した錯体のフラグメントが検出された、これは主な成分を形成する異種組み合わせの錯体XXIXであった。CDCl溶媒内の31NMRスペクトルは、実施例9ですでに記述し決定されたのと同じシグナルを示した。
Rh[(R)Ia][COD]BF4(XXVII):
MS(ESI/pos.in CH2Cl2):m/z=763[M-BF4-COD].
Rh[(R)Id][COD]BF4(XXVIII):
MS(ESI/pos.in CH2Cl2):m/z=847[M-BF4-COD].
Rh[(R)Ia][(R)Id][COD]BF4(XXIX):
MS(ESI/pos.in CH2Cl2):m/z=805[M-BF4-COD].
【0075】
[実施例11]
Rh[Ia][COD]BF4とRh[Id]2[COD]BF4の混合物の分析
Rh[Ia][COD]BF4(3.3mg; 0.0034mmol;0.5 mlのCDCl)の溶液と
Rh[Id]2[COD]BF4(3.5mg; 0.0034mmol;0.5mlのCDCl)の溶液を混合した。この混合物を31PNMRスペクトロスコピー法で分析した。シグナル(実施例9に類似)を参照して、同じ成分Rh[(R)Ia][COD]BF4 (XXVII)、Rh[(R)Id][COD]BF4(XXVIII)及びRh[(R)Ia][(R)Id]BF4 (XXIX)が実施例9におけると同様に存在することが見出された。
【0076】
[実施例12]
ESI−MSによる触媒系Rh[Ia][Ic][COD]BF4+Rh[Ia]2[COD]BF4 +Rh[Ic]2[COD]BF4の調製、分離及び特性
CHCl(20 ml)中の(R)Ia(29.4mg;0.09mmol)及び(R)Ic(36.5mg;0.09 mmol)の混合物をCHCl(5 ml)中のRh[COD]2BF4(40.7mg;0.09mmol)と−78℃で混合した。室温まで暖めた後、溶媒を5mlまで濃縮し、黄色の固体を15mlのペンタンで沈殿させた。この結晶をペンタンで3度洗浄し、減圧下に乾燥させた。ESI−MSスペクトルで以下のフラグメントが検出された。
Rh[(R)Ia]2[COD]BF4
MS(ESI/pos.in CH2Cl2):m/z=763[M-BF4-COD].
Rh[(R)Ic]2[COD]BF4
MS(ESI/pos.in CH2Cl2):m/z=897[M-BF4-COD-2H].
Rh[(R)Ia][(R)Ic][COD]BF4
MS(ESI/pos.in CH2Cl2):m/z=831[M-BF4-COD].
【0077】
[実施例13]
ESI−MSによる触媒系Rh[IIa][Ic][COD]BF4+Rh[IIa]2[COD]BF4 +Rh[Ic]2[COD]BF4の調製、分離及び特性
CHCl(20 ml)中の(R)IIa(44.6mg;0.13mmol)及び(R)Ic(51.8mg;0.13 mmol)の混合物をCHCl(5 ml)中のRh[COD]2BF4(52.8mg;0.13mmol)と−78℃で混合した。室温まで暖めた後、溶媒を5mlまで濃縮し、黄色の固体を15mlのペンタンで沈殿させた。この結晶をペンタンで3度洗浄し、減圧下に乾燥させた。ESI−MSスペクトルで以下のフラグメントが検出された。
Rh[(R)IIa]2[COD]BF4
MS(ESI/pos.in CH2Cl2):m/z=795[M-BF4-COD].
Rh[(R)Ic]2[COD]BF4
MS(ESI/pos.in CH2Cl2):m/z=897[M-BF4-COD-2H].
Rh[(R)IIa][(R)Ic][COD]BF4
MS(ESI/pos.in CH2Cl2):m/z=845[M-BF4-COD-2H].
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明のキラル遷移金属触媒は、プロキラル有機化合物からキラル有機化合物を製造する際に多くの異なる反応の種類に用いることができる。光学的に豊富化された又は純粋な有機化合物は、工業的に有用な医薬品、農作物保護薬及びフラグランス等の製品又は、これらの中間製品として有用である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも2つの構造的に異なるモノホスフォラス配位子(1つのリン原子を含む配位子)が遷移金属に結合しており、そのうちの少なくとも1つのモノホスフォラス配位子がキラルであることを特徴とするキラル遷移金属触媒。
【請求項2】
請求項1で規定した触媒において、1つのモノホスフォラス配位子が厳密にキラルであるキラル遷移金属触媒。
【請求項3】
請求項1で規定した触媒において、少なくとも2つのモノホスフォラス配位子がキラルであるキラル遷移金属触媒。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかで規定した触媒において、モノホスフォラス配位子はそれぞれ独立に下記Aタイプであることを特徴とするキラル遷移金属触媒。
【化1】

ここで、X、Y及びZ原子は、その自由原子価の数に従ってそれぞれ独立して炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)、イオウ(S)、又はハロゲン(F、Cl、Br、I)からなり、更に、原子又は原子基は互いに独立して他の原子と結合しており、
ここで、X、Y及びZはまた結合原子又は原子基により他と結合されていてもよく、
X−P−Yはまた芳香族系の一部をなしていてもよく、この場合XはPと二重結合で結合されていて置換基Zが存在していない。
【請求項5】
請求項1ないし3のいずれかで規定した触媒において、モノホスフォラス配位子がホスフィン、ホスファイト、ホスフォナイト、ホスフィナイト、ホスフォラストリアミド、ホスフォラスモノエステルジアミド、ホスフォラスジエステルアミド、ホスフォナスジアミド、ホスフィナスアミド、ホスフォナスモノエステルアミド、ホスフォラスハライド、ホスフォラスジアミドハライド、チオホスファイト、チオホスフォラストリエステル、チオホスフォラスモノエステルジアミド、又はチオホスフォラスジエステルアミドであるキラル遷移金属触媒。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれかで規定した触媒において、キラル配位子が下式B、C又はDタイプのモノホスフォラス配位子であるキラル遷移金属触媒。
【化2】

ここで、Wは炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)、硫黄(S)、又はハロゲン(F、Cl、Br、I)であり、そして更に原子もしくは原子基がその自由価の数に従ってWに結合しており、
そして、ここでR、R、R、R、R、R、R、R、R1’、R2’、R3’、R4’、R5’、R6’、R7’及びR8’ラジカルは、それぞれ独立に水素、ハロゲン、飽和及び不飽和、直鎖状及び分岐状のC−C50アルキル、C−C50アリール、C−C50ヘテロアリール、アルキニル、シリル、ニトロ、ニトリル、エステル、カルボキシル、カルボニル、アミド、アミン、ヒドロキシル、アルコキシ、スルフィド及びセレナイド基の群からなり、
ここでR、R、R、R、R、R、R、R、R1’、R2’、R3’、R4’、R5’、R6’、R7’及びR8’は、同様に更に置換基を有していてもよく、また官能基とされていてもよい、
そしてビナフチル構造の1またはそれ以上の炭素原子はヘテロ原子Si、O、N又はSで置換することもできる。
【請求項7】
請求項1ないし5のいずれかで規定した触媒において、キラル配位子が下式E、F又はGタイプのモノホスフォラス配位子であるキラル遷移金属触媒。
【化3】

ここで、Wは炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)、硫黄(S)、又はハロゲン(F、Cl、Br、I)であり、そして更に原子もしくは原子基がその自由価の数に従ってWに結合しており、
そしてここで、R、R、R、R、R、R、R1’、R2’、R3’、R4’、R5’、及びR6’ラジカルはそれぞれ独立に水素、ハロゲン、飽和及び不飽和、直鎖状及び分岐状のC−C50アルキル、C−C50アリール、C−C50ヘテロアリール、アルキニル、シリル、ニトロ、ニトリル、エステル、カルボキシル、カルボニル、アミド、アミン、ヒドロキシル、アルコキシ、スルフィド並びにセレナイド基の群からなり、
ここでR、R、R、R、R、R、R1’、R2’、R3’、R4’、R5’、及びR6’は、同様に更に置換基を有していてもよく、また官能基とされていてもよい、
そしてここで、ビナフチル構造の1またはそれ以上の炭素原子はそれぞれ独立にヘテロ原子Si、O、N又はSで置換されていてもよい。
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれかで規定した触媒において、少なくとも1つのキラル配位子が下式HからTタイプのモノホスフォラス配位子であるキラル遷移金属触媒。
【化4】

ここで、R、R、R及びRラジカルはそれぞれ独立に水素、ハロゲン、飽和及び不飽和、直鎖状及び分岐状のC−C50アルキル、C−C50アリール、C−C50ヘテロアリール、アルキニル、シリル、ニトロ、ニトリル、エステル、カルボキシル、カルボニル、アミド、そしてセレナイド基の群からなり、
ここでR、R、R、及びRは、同様に更に置換基を有していてもよくまた官能基とされていても架橋されていてもよい。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれかで規定した触媒において、遷移金属が周期律表のIIIb、IVb、Vb、VIb、VIIb、VIII、IbもしくはIIb、又はランタニドもしくはアクチノイドであることを特徴とするキラル遷移金属触媒。
【請求項10】
請求項9で規定した触媒において、遷移金属がRh、Ir、Ru、Ni、Pd又はPtであることを特徴とするキラル遷移金属触媒。
【請求項11】
請求項3ないし10のいずれかで規定した触媒において、用いるキラルモノホスフォラス配位子が少なくとも下記タイプの2つの配位子であることを特徴とするキラル遷移金属触媒。
【化5】

ここで、Wは、それぞれ独立にCH3、C(CH3)3、c-C6H11又はOCH3である。
【請求項12】
請求項1ないし11のいずれかで規定した遷移金属触媒の存在下にキラル有機化合物がプロキラル有機化合物から触媒作用により製造されることを特徴とするキラル有機化合物の接触製造法。
【請求項13】
請求項12で規定した製造法において、化学反応が水素付加反応であることを特徴とするキラル有機化合物の接触製造法。
【請求項14】
請求項12で規定した製造法において、化学反応がヒドロホルミル化反応であることを特徴とするキラル有機化合物の接触製造法。
【請求項15】
請求項12で規定した製造法において、化学反応がヒドロホウ素化、ヒドロシリル化、ヒドロビニル化、ヒドロアミノ化、エポキシド化、ヒドロキシル化、アミノヒドロキシル化、置換反応、アリル置換反応、ヘックカップリング、スチルカップリング、鈴木カップリング、根岸カップリング、ミッシェル付加、アルドール付加、ジールス−アルダー反応、シクロプロパネーション、CHインサート反応、又は1,3−双極環状付加反応であることを特徴とするキラル有機化合物の接触製造法。



【公表番号】特表2006−502843(P2006−502843A)
【公表日】平成18年1月26日(2006.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−543948(P2004−543948)
【出願日】平成15年9月26日(2003.9.26)
【国際出願番号】PCT/DE2003/003226
【国際公開番号】WO2004/035208
【国際公開日】平成16年4月29日(2004.4.29)
【出願人】(591091515)シュトゥディエンゲゼルシャフト・コーレ・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング (18)
【氏名又は名称原語表記】STUDIENGESELLSCHAFT KOHLE MIT BESCHRANKTER HAFTUNG
【Fターム(参考)】