説明

ギ酸分解用触媒、ギ酸の分解方法、水素製造方法、ギ酸製造および分解用装置、水素貯蔵および発生方法

【課題】高活性で、水素(H2)を安全に、効率良く、かつ低コストで提供することが可能なギ酸分解用触媒を提供する。
【解決手段】該ギ酸分解用触媒は、シクロペンタジエン置換体からなる配位子ならびに窒素含有複素環式化合物からなる配位子を有したロジウム単核金属錯体、その互変異性体もしくは立体異性体、またはそれらの塩を含む。該ギ酸分解用触媒を用いると、ギ酸を原料として極めて高効率で繰り返し水素の発生(製造)を行うこともできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ギ酸分解用触媒、ギ酸の分解方法、水素製造方法、ギ酸製造および分解用装置、水素貯蔵および発生方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素(H2)は、各種物質の合成、還元、石油の水素化脱硫、水素化分解等、多様な用途に用いられ、産業上のあらゆる分野で必要とされている。例えば、近年注目されている燃料電池は、外部から水素、酸素等の反応物を供給することで継続的に効率良く電力を供給することができる。実用燃料電池の燃料(反応物)としては、メタノールを用いる研究が主に行われている。しかし、メタノールを燃焼させた場合、不完全酸化物質である一酸化炭素や炭化水素類等の電極触媒表面での被毒物質の副生が問題となる。このため、クリーンな燃料である水素を燃料電池の電極に供給することが望ましい。これらのことから、水素の供給あるいは貯蔵技術は、産業上非常に重要である。しかし、水素は、室温で気体であること、反応性が高く空気中で発火等を起こしやすいことなどから、安定して供給あるいは貯蔵することは従来困難であった。
【0003】
例えば、水素の貯蔵方法としては、圧縮ガスとして貯蔵する方法が一般に用いられている。しかし、この方法は、圧縮ガス輸送時の安全性、容器材料の水素脆性等の問題を克服するために、多大なコストがかかる。また、別の方法として、水素ガスを液化し、液体水素の形で貯蔵する方法がある。しかし、この方法は、水素ガスの液化工程で大量のエネルギーを必要とすること、液化水素の貯蔵に特殊で高価な容器が必要であること等の問題がある。さらに別の方法として、水素吸蔵合金に水素を取り込ませ、貯蔵する方法がある。しかし、水素吸蔵合金は、水素貯蔵放出を繰り返すと微粉化して性能劣化が起こり易くなること、重量の大きさ等のため取り扱いが困難であること、水素を取り込む時の反応熱の出入りが大きいこと等が問題である。
【0004】
これらの問題を解決するため、水素を、H2としてでなく別の物質の形で貯蔵する方法が考えられる。例えば、ギ酸(HCOOH)は、強く加熱することにより水素(H2)と二酸化炭素(CO2)を発生することが知られている。これを利用して、水素を、安全な物質であるギ酸の形で貯蔵し、ギ酸を適宜加熱して水素を発生させることで、安定に水素を供給することができる。ギ酸は天然に豊富に存在し、生物生産も可能であるため、化石燃料を用いない環境調和型の水素源として有効であると言える。しかしながら、ギ酸を単に加熱して熱分解することは、ギ酸の沸点(101℃)や、ギ酸ナトリウムの融点(253℃)以上の高温を要するため、コスト面等で問題がある。従って、温和な条件でギ酸から水素を効率的に発生させることができる触媒の開発が望まれている。
【0005】
金属錯体を用いたギ酸分解用触媒は種々研究されているが(非特許文献1〜4等)、触媒の活性等の点で、特に燃料電池への適用には問題があった。一方、固体触媒であるギ酸分解用触媒の研究は、最近になってギ酸燃料電池の実用化を目的として盛んに行われている。例えば、モバイルコンピュータ用のギ酸燃料電池の市場供給が、BASF系列のTekion社によって2006年に始まった(非特許文献5〜6)。しかし、これら固体触媒は、高価な貴金属である白金やパラジウム、またはそれらの合金等を用いるため、コストが高い(例えば、非特許文献7参照)。
【0006】
本発明者等は、活性が高く、かつ低コストなギ酸分解用触媒を見出すために鋭意研究を重ねた。その結果、イリジウムとルテニウムを含む複核金属錯体が、それまでの触媒よりも高活性で低コストなギ酸分解用触媒として使用できることを見出した(非特許文献8〜10)。しかし、さらに高活性かつ低コストな触媒が求められている。
【0007】
【非特許文献1】Ford, P. C. et al., J. Am. Chem. Soc. 1977, 99, 252
【非特許文献2】Otsuka, S. et al., J. Am. Chem. Soc. 1978, 100, 3941
【非特許文献3】Lau, C. P. et al., Dalton 2003, 3727
【非特許文献4】Puddephatt, R. J. et al., Dalton 2000, 3212; Chem. Commun. 1998, 2365
【非特許文献5】[online]、平成18年3月13日、BASF社、[平成18年11月6日検索]、インターネット〈URL:http://www.corporate.basf.com/en/presse/mitteilungen/pm.htm?pmid=2188&id=V00-PCnAH9TaSbcp2Hn〉
【非特許文献6】[online]、平成18年、Tekion社、[平成18年11月6日検索]、インターネット〈URL:http://www.tekion.com/main.htm〉
【非特許文献7】Masel, R. I. et al., Fuel Cells 2004, 4, 337
【非特許文献8】末延 知義、小江 誠司、福住 俊一「イリジウムヒドリド複核錯体の可視光脱プロトン化反応と触媒的水素発生」、SORSTジョイントシンポジウム(5) 誘起導電材料と電子伝達制御 講演要旨集、独立行政法人科学技術振興機構、平成18年5月17日発行、第68ページ
【非特許文献9】末延 知義、小江 誠司、福住 俊一「イリジウム複核錯体触媒を用いる常温水中高効率水素発生」、第19回配位化合物の光化学討論会 講演要旨集、第19回配位化合物の光化学討論会、平成18年8月2日発行、第29〜30ページ
【非特許文献10】末延 知義、小江 誠司、福住 俊一「イリジウム複核錯体を用いる水中常温ギ酸分解による触媒的水素発生」、第56回錯体化学討論会 講演要旨集、錯体化学会、平成18年9月8日発行、第361ページ
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
したがって、本発明は、高活性で、水素(H2)を安全に、効率良く、かつ低コストで提供することが可能なギ酸分解用触媒の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究の結果、下記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体が有用であることを見出した。より具体的には、本発明のギ酸分解用触媒は、下記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体、その互変異性体もしくは立体異性体、またはそれらの塩を含むギ酸分解用触媒である。
【化7】

前記式(1)中、
Rhは、ロジウムの原子またはイオンであり、
Arは、芳香族性を有する配位子であり、置換基を有していても有していなくても良く、置換基を有する場合、前記置換基は1でも複数でも良く、
R1〜R5は、それぞれ独立に、水素原子または任意の置換基であり、
Lは、任意の配位子であるか、または存在せず、
mは、正の整数、0、または負の整数である。
【発明の効果】
【0010】
本発明のギ酸分解用触媒を用いれば、安定かつ安全性の高い物質であるギ酸の分解により、水素(H2)を安全に、かつ低コストで提供することが可能である。さらに、本発明のギ酸分解用触媒は、ギ酸分解の活性が高いことにより、水素を効率良く提供することができる。さらに、本発明のギ酸分解用触媒においては、前記式(1)で表される金属錯体は、単核錯体である。このため、本発明のギ酸分解用触媒は、複核錯体を用いた触媒よりも、貴金属使用量を低減することおよび簡便に製造することが可能であり、それらの結果、さらなる低コストが実現可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について説明する。ただし、本発明は、以下の実施形態に制限されない。
【0012】
[ロジウム単核金属錯体]
前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体において、配位子Arは、特に限定されず、どのような配位子であっても良いが、例えば、2,2’-ビピリジン、2,2’,6,6’,-ビピリミジン、2,2’,5,5’-ビピラジン、1,10-フェナントロリン等が挙げられる。その他の置換基等も、特に制限されないが、例えば以下の通りである。
【0013】
前記式(1)中、R1〜R5は、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、フェニル基、またはシクロペンタジエニル基であることが好ましい。前記アルキル基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルキル基であることが好ましく、メチル基、エチル基またはブチル基がより好ましい。R1〜R5は、全てメチル基であることが特に好ましい。その他、例えば、R1〜R5が全て水素原子であることも好ましい。
【0014】
前記式(1)中、Lが、水分子、水素原子、アルキコシドイオン、水酸化物イオン、ハロゲン化物イオン、炭酸イオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、ギ酸イオン、酢酸イオン、もしくはヒドリドイオンであるか、または存在しないことが好ましい。アルコキシドイオンとしては、特に制限されないが、炭素数1〜6の直鎖または分枝鎖状アルコールから誘導されるアルコキシドイオンが好ましく、例えば、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n-ブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、イソブチルアルコール、tert-ブチルアルコール、等から誘導されるアルコキシドイオンが挙げられる。
【0015】
なお、前記式(1)中の配位子Lは、その種類により、置換、脱離等が比較的容易な場合がある。一例として、前記配位子Lは、塩基性の水溶液中では水酸化物イオンとなり、中性、弱酸性あるいは強酸性の水溶液中では水分子となり、アルコール溶媒中ではアルコキシドイオンとなり、また、光や熱により脱離する場合があり得る。ただし、この記述は、可能な機構の例示に過ぎず、本発明を限定するものではない。
【0016】
前記式(1)中、mは、ロジウム原子またはイオンが有する電荷、および前記式(1)中の各配位子が有する電荷により決まるが、例えば0〜6であることが好ましく、0、1、2、3、4、または5であることがより好ましい。
【0017】
前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体は、下記式(2)で表されるロジウム単核金属錯体であることが好ましい。
【化8】

前記式(2)中、
R6〜R13は、それぞれ独立に、水素原子もしくは任意の置換基であり、
または、R9およびR10は、一体となって -CH=CH- を形成しても良く、前記 -CH=CH- におけるHは、それぞれ独立に、任意の置換基で置換されていても良く、
Q6〜Q13は、それぞれ独立に、CまたはN+であり、
または、同一のX(Xは、6〜13のいずれかの整数)を有するQXとRXのうち少なくとも一つが、一体となってNであっても良く、
Rh、R1〜R5、Lおよびmは、前記式(1)と同じである。
【0018】
前記式(2)中、
R6〜R13が、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、フェニル基、ベンジル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、もしくはアルコキシ基であることがより好ましい。前記アルキル基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルキル基であることが好ましく、メチル基、エチル基、またはブチル基がより好ましい。前記アルコキシ基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルコキシ基であることが好ましい。または、R9およびR10は、一体となって -CH=CH- を形成しても良く、前記 -CH=CH- におけるHは、それぞれ独立に、アルキル基、フェニル基、ベンジル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、またはアルコキシ基で置換されていても良い。前記アルキル基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルキル基であることが好ましく、メチル基、エチル基またはブチル基がより好ましい。前記アルコキシ基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルコキシ基であることが好ましい。
【0019】
前記式(2)中、R6〜R13が全て水素原子であることがより好ましい。また、前記式(2)中、Q6〜Q13が全てC(炭素原子)であることがより好ましい。
【0020】
本発明のギ酸分解用触媒において、前記式(2)で表されるロジウム単核金属錯体が、下記式(3)で表されるロジウム単核金属錯体であることがより好ましい。
【化9】

前記式(3)中、
Rh、Lおよびmは、前記式(2)と同じである。
【0021】
さらに、前記式(3)で表されるロジウム単核金属錯体が、下記式(4)〜(6)のいずれかで表されるロジウム単核金属錯体であることが特に好ましい。すなわち、前記式(3)で表されるロジウム単核金属錯体において、配位子Lが、水分子(ロジウム単核金属錯体(4))、もしくはヒドリドイオン(ロジウム単核金属錯体(5))であるか、または存在しない(ロジウム単核金属錯体(6))ことが好ましい。前記式(3)で表される錯体の配位子Lは、これらに限定されず、例えば、メトキシドイオン、または炭酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、ギ酸イオンであることも好ましく、その他、前述の各配位子等であっても良い。
【化10】

【化11】

【化12】

【0022】
前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体のうち、前記式(3)以外に好ましいものとしては、例えば、下記表1および表2中の化合物番号(7)〜(25)で表されるロジウム単核金属錯体が挙げられる。化合物(7)〜(25)の個々の構造は、前記式(1)中におけるR1〜R5、M1、M2およびArの組み合わせで表している。また、前記式(2)で表すことができる化合物については、R6〜R13およびQ6〜Q13についても表している。ロジウム単核金属錯体(7)〜(25)において、配位子Lは前記式(1)または(2)と同じであり、特に限定されないが、例えば、水分子、水素原子、メトキシドイオン、水酸化物イオン、炭酸イオン、ギ酸イオン、もしくは硝酸イオンであるか、または存在しないことが好ましい。mは、ロジウムの原子またはイオンが有する電荷、および各配位子が有する電荷により決まるが、例えば、0〜5が好ましい。また、下記表1および表2中のロジウム単核複合錯体、その互変異性体および立体異性体、ならびにそれらの塩は、全て、当業者であれば、本明細書の記載および本発明の属する技術分野の常識に基づいて過度の試行錯誤をすることなく容易に製造可能である。
【表1】

【表2】

【0023】
なお、本発明のギ酸分解用触媒において、前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体に互変異性体または立体異性体(例:幾何異性体、配座異性体および光学異性体)等の異性体が存在する場合は、いずれも本発明のギ酸分解用触媒に使用可能である。例えば、鏡像体が存在する場合は、R体およびS体のいずれも使用可能である。さらに、前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体またはその異性体の塩も本発明のギ酸分解用触媒に使用可能である。前記塩において、前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体のカウンターイオンは、特に限定されないが、陰イオンとしては、例えば、六フッ化リン酸イオン(PF6-)、テトラフルオロほう酸イオン(BF4-)、水酸化物イオン(OH-)、酢酸イオン、炭酸イオン、リン酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、ハロゲン化物イオン(例えばフッ化物イオン(F-)、塩化物イオン(Cl-)、臭化物イオン(Br-)、ヨウ化物イオン(I-)等)、次亜ハロゲン酸イオン(例えば次亜フッ素酸イオン、次亜塩素酸イオン、次亜臭素酸イオン、次亜ヨウ素酸イオン等)、亜ハロゲン酸イオン(例えば亜フッ素酸イオン、亜塩素酸イオン、亜臭素酸イオン、亜ヨウ素酸イオン等)、ハロゲン酸イオン(例えばフッ素酸イオン、塩素酸イオン、臭素酸イオン、ヨウ素酸イオン等)、過ハロゲン酸イオン(例えば過フッ素酸イオン、過塩素酸イオン、過臭素酸イオン、過ヨウ素酸イオン等)、トリフルオロメタンスルホン酸イオン(OSO2CF3-)、テトラキスペンタフルオロフェニルボレートイオン[B(C6F5)4-]等が挙げられる。陽イオンとしては、特に限定されないが、リチウムイオン、マグネシウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、バリウムイオン、ストロンチウムイオン、イットリウムイオン、スカンジウムイオン、ランタノイドイオン、等の各種金属イオン、水素イオン等が挙げられる。また、これらカウンターイオンは、一種類でも良いが、二種類以上が併存していても良い。
【0024】
なお、本発明において、アルキル基としては、特に限定されないが、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基およびtert-ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、イコシル基等が挙げられ、例えば、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルキル基が好ましい。アルキル基から誘導される基や原子団(アルコキシ基等)についても同様である。アルコールおよびアルコキシドイオンとしては、特に限定されないが、例えば、前記各アルキル基から誘導されるアルコールおよびアルキコキシドイオンが挙げられる。また、本発明において、「ハロゲン」とは、任意のハロゲン元素を指すが、例えば、フッ素、塩素、臭素およびヨウ素が挙げられる。さらに、本発明において置換基等に異性体が存在する場合は、特に制限しない限り、どの異性体でも良い。例えば、単に「プロピル基」という場合はn-プロピル基およびイソプロピル基のどちらでも良い。単に「ブチル基」という場合は、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基およびtert-ブチル基のいずれでも良い。
【0025】
[ロジウム単核金属錯体の製造方法]
前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体、その互変異性体もしくは立体異性体、またはそれらの塩(以下、単に「化合物(1)」という場合がある)の製造方法は特に限定されず、どのような方法により製造しても良い。化合物(1)は、例えば、公知の金属錯体の製造方法等を参考にして、適宜製造することができる。また、例えば、化合物(1)を市販品として入手することができる場合は、市販品をそのまま用いても良い。
【0026】
化合物(1)は、例えば、下記スキーム1にしたがって合成(製造)することができる。
【化13】

【0027】
前記スキーム1は、例えば、以下のようにして行うことができる。反応温度、反応時間、溶媒等の各種反応条件は、例示であって、これらに限定されず、適宜変更が可能である。
【0028】
(工程1)
前記スキーム1中、工程1は、例えば、Kenichi Fujita, Yoshinori Takahashi, Maki Owaki, Kazunari Yamamoto, and Ryohei Yamaguchi, Organic. Letters. 2004, 6, 2785-2788等の文献を参考に、適宜反応条件を設定して行うことができる。具体的には、例えば以下のとおりである。すなわち、まず、アルコール溶媒(メタノール、エタノール等)にRhX(化合物(101)、Xはハロゲン)を溶かし、溶液とする。RhXは、例えば、水和物等であっても良い。濃度は特に制限されないが、例えば0.01〜10mol/L、好ましくは0.01〜5mol/L、より好ましくは0.1〜1mol/Lである。この溶液に、不活性ガス(窒素、アルゴン等)雰囲気下で、Cp(化合物(102)、構造は、スキーム1中に示したとおり)を加え、反応させて、目的の錯体[CpRhX(103)を得る。Cpの物質量(モル数)は特に制限されないが、RhXの物質量(モル数)に対し、例えば1〜20倍、好ましくは1〜10倍、より好ましくは1〜5倍、である。反応温度は特に制限されないが、例えば30〜64℃、好ましくは50〜64℃、より好ましくは55〜62℃である。反応時間も特に制限されないが、例えば1〜30時間、好ましくは10〜24時間、より好ましくは15〜24時間である。反応終了後、得られた錯体(103)は、必要に応じ単離、精製等をしても良いし、支障がなければ、単離、精製等をせずにそのまま次の反応工程に用いても良い。単離、精製等の方法も特に制限されず、定法にしたがって行うことが可能であり、例えば、エバポレーション、ろ過、洗浄、カラムクロマトグラフィー、再結晶法等の方法を、単独で、または適宜組み合わせて用いることができる。
【0029】
(工程2)
前記スキーム1中、前記工程2は、例えば、Andrew Nutton, Pamela M. Bailey, and Peter M. Maitlis. Journal of the Chemical Society, Dalton Transactions. 1981, 9, 1997-2002 や Moris S. Eisen, Ariel Haskel, Hong Chen, Marilyn M. Olmstead, David P. Smith, Marcos F. Maestre, and Richard H. Fish. Organometallics, 1995, 14, 2806-2812等の文献を参考に、適宜反応条件を設定して行うことができる。具体的には、例えば以下のとおりである。すなわち、まず、銀塩(例えば、AgSO等)の水溶液を調製する。濃度は特に制限されないが、例えば0.1〜28mmol/L、好ましくは1〜27mmol/L、より好ましくは10〜27mmol/Lである。この水溶液に、不活性ガス(窒素、アルゴン等)雰囲気下、前記工程1で製造した錯体[CpRhX(103)を加え、反応させて目的の錯体[CpRh(OH2+(104)を得る。この反応は、例えば、暗下で行うことが好ましいが、これに限定されない。反応温度は特に制限されず、適宜設定可能である。反応時間も特に制限されないが、例えば0.5〜10時間、好ましくは0.5〜5時間、より好ましくは2〜5時間である。また、前記銀塩の物質量(モル数)は、特に制限されないが、錯体[CpRhX(103)の物質量(モル数)に対し、例えば1〜2倍、好ましくは1〜1.5倍、より好ましくは1〜1.05倍である。反応終了後、得られた錯体(104)は、必要に応じ単離、精製等をしても良いし、支障がなければ、単離、精製等をせずにそのまま次の反応工程に用いてもよい。単離、精製等の方法も特に制限されず、定法にしたがって行うことが可能であり、例えば、エバポレーション、ろ過、洗浄、カラムクロマトグラフィー、再結晶法、対アニオン交換沈殿法等の方法を、単独で、または適宜組み合わせて用いることができる。
【0030】
(工程3)
前記スキーム1中、前記工程3は、例えば、Seiji Ogo, Hideki Hayashi, Keiji Uehara, and Shunichi Fukuzumi, Applied Organometallic Chemistry, 2005, 19, 639-643 や H. Christine Lo, Carmen Leiva, Olivier Buriez, John B. Kerr, Marilyn M. Olmstead, and Richard H. Fish, Inorganic Chemistry, 2001, 40, 6705-6716 等の文献を参考に、適宜反応条件を設定して行うことができる。具体的には、例えば以下のとおりである。すなわち、まず、Ar(前記化学式(1)中の配位子)の水溶液を調製する。濃度は特に制限されないが、例えば0.01〜0.4mol/L、好ましくは0.1〜0.4mol/L、より好ましくは0.1〜0.3mol/Lである。この水溶液に、不活性ガス(窒素、アルゴン等)雰囲気下、前記工程2で製造した錯体[CpRh(OH2+(104)の塩(例えば、硫酸塩)を加え、反応させて目的のロジウム単核金属錯体(1A)を得る。この反応は、例えば、暗下で行うことが好ましいが、これに限定されない。反応温度は特に制限されず、適宜設定可能である。反応時間も特に制限されないが、例えば1〜30時間、好ましくは3〜25時間、より好ましくは5〜20時間である。また、前記Arの物質量(モル数)は、特に制限されないが、錯体[CpRh(OH2+(104)の物質量(モル数)に対し、例えば1〜2倍、好ましくは1〜1.5倍、より好ましくは1〜1.05倍である。
【0031】
反応終了後、生成物(1A)は、必要に応じ単離、精製等をしても良いし、支障がなければ、単離、精製等をせずにそのまま用いてもよい。単離、精製等の方法も特に制限されず、定法にしたがって行うことが可能であり、例えば、エバポレーション、ろ過、洗浄、カラムクロマトグラフィー、再結晶法、対アニオン交換沈殿法等の方法を、単独で、または適宜組み合わせて用いることができる。また、このロジウム単核金属錯体(1A)は、前記ロジウム単核金属錯体(1)のうち配位子Lが水分子である錯体である。したがって、このロジウム単核金属錯体(1A)は、そのまま本発明に用いても良いし、必要に応じ、適宜配位子交換等をして用いても良い。配位子交換の方法も特に制限されず、適宜な方法で良い。
【0032】
以上のようにして、目的の化合物(1)(または(1A))を製造することができる。
【0033】
なお、錯体[CpRRh(OH2)3]2+(104)のカウンターイオンは特に限定されないが、例えば、ロジウム単核金属錯体(1)のカウンターイオンについて前述した具体例と同様である。他のイオン性物質のカウンターイオンについても同様である。また、前記工程1〜3の各工程において、反応溶媒は上記に限定されず、例えば水でも適宜な有機溶媒でも良いし、一種類のみ用いても二種類以上併用しても良い。ただし、水を反応溶媒とすることができる場合、例えば、反応物質(原料)がいずれも水に可溶な場合は、水を用いることが、経済性、反応の簡便性等の理由から特に好ましい。同様の理由から、メタノール、エタノール等のアルコール溶媒も、反応溶媒として好ましい。なお、前記有機溶媒としては特に限定されないが、反応物質(原料)の溶解度等の観点から高極性溶媒が好ましく、例えば、アセトニトリル、プロピオニトリル、ブチロニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、n-ブチルアルコール等の第1級アルコール、イソプロピルアルコール、s-ブチルアルコール等の第2級アルコール、t-ブチルアルコール等の第3級アルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール等の多価アルコール、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジメトキシエタン、ジエチルエーテル等のエーテル、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等のアミド、ジメチルスルホキシド等のスルホキシド、酢酸エチル等のエステル等が挙げられる。
【0034】
また、ロジウム単核金属錯体(1)のうち、例えば、前記化学式(4)で表されるロジウム単核金属錯体、その互変異性体もしくは立体異性体、またはその塩は、例えば、下記スキーム2にしたがって製造することができる。下記スキーム2は、反応物質を最終目的生成物(化合物(4))の構造に合わせて選択する以外は、前記スキーム1と同様に行うことができる。
【化14】

【0035】
[本発明のギ酸分解用触媒、ギ酸の分解方法、水素製造方法、ギ酸製造および分解用装置、水素貯蔵および発生方法]
本発明のギ酸分解用触媒は、前述の通り、前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体、その互変異性体もしくは立体異性体、またはそれらの塩(化合物(1))を含むギ酸分解用触媒である。例えば、化合物(1)をそのまま本発明のギ酸分解用触媒として用いても良いし、他の成分を適宜添加して用いても良い。本発明のギ酸分解用触媒は、その作用により、ギ酸を分解して水素(H2)と二酸化炭素(CO2)を発生させる。
【0036】
本発明のギ酸の分解方法は、前記本発明のギ酸分解用触媒とギ酸を含む溶液をそのまま静置する工程、前記溶液を加熱する工程、および前記溶液に光照射する工程からなる群から選択される少なくとも一つの工程を含む。すなわち、例えば、化合物(1)の溶液にギ酸を加え、そのまま静置するか、必要に応じ加熱または光照射すれば良い。加熱する場合、温度は特に限定されないが、例えば4〜100℃、好ましくは10〜80℃、より好ましくは20〜40℃である。発生した水素を捕集する方法も特に限定されず、例えば、水上置換、上方置換等、公知の方法を適宜用いることができる。
【0037】
本発明のギ酸の分解方法において、前記溶媒は特に限定されず、例えば水でも有機溶媒でも良いし、一種類のみ用いても二種類以上併用しても良い。化合物(1)が水に可溶な場合は、水を用いることが簡便であることから好ましい。前記有機溶媒としては特に限定されないが、化合物(1)の溶解度等の観点から高極性溶媒が好ましく、アセトニトリル、プロピオニトリル、ブチロニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、n-ブチルアルコール等の第1級アルコール、イソプロピルアルコール、s-ブチルアルコール等の第2級アルコール、t-ブチルアルコール等の第3級アルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール等の多価アルコール、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジメトキシエタン、ジエチルエーテル等のエーテル、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等のアミド、ジメチルスルホキシド等のスルホキシド、酢酸エチル等のエステル等が挙げられる。さらに、原料のギ酸は、例えば、溶液、塩等の形態であっても良い。
【0038】
従来のギ酸分解用触媒は、活性が低く、例えば、有機溶媒中、強酸性もしくは強塩基性水溶液中、またはそれらの混合液中で、かつ加熱条件下でなければ触媒として機能しないという問題があった。前記非特許文献8〜10に記載されたイリジウムとルテニウムを含む複核金属錯体は、高活性で、室温の水溶液中でもギ酸分解用触媒として機能するが、予備加熱が必要である。本発明のギ酸分解用触媒の活性は、特に制限されないが、従来のギ酸分解用触媒よりもさらに活性が高いことが好ましい。例えば、本発明のギ酸分解用触媒は、室温の水溶液中で、加熱を一切しなくても触媒として機能することが特に好ましい。ただし、本発明はこれに制限されない。例えば、本発明のギ酸分解用触媒が十分に高活性な場合であっても、さらに反応効率を向上させる等の目的で、前述のように適宜加熱したり、水に代えて有機溶媒を用いたり、または水と有機溶媒を併用したりしても良い。
【0039】
本発明のギ酸の分解方法において、前記溶液中における前記ロジウム単核金属錯体(1)分子の濃度は特に限定されないが、例えば0.001〜50mmol/L、好ましくは0.005〜20mmol/L、より好ましくは0.005〜5mmol/Lである。前記ロジウム単核金属錯体(1)分子とギ酸分子の物質量比(分子数比)も特に限定されないが、例えば100:1〜1:1000、好ましくは10:1〜1:500、より好ましくは1:1〜1:500である。
【0040】
本発明の水素(H2)製造方法は、本発明のギ酸の分解方法によりギ酸を分解し、水素(H2)を発生させる工程を含む。これにより、安全な物質であるギ酸を原料として、例えば室温における温和な条件で安定して水素を供給することも可能である。また、ギ酸分解による水素(H2)発生の際は、副生成物として二酸化炭素(CO2)を生成する。したがって、本発明のギ酸の分解方法を、二酸化炭素(CO2)製造方法に利用することもできる。すなわち、この二酸化炭素(CO2)製造方法は、本発明のギ酸の分解方法によりギ酸を分解し、二酸化炭素(CO2)を発生させる工程を含む。なお、本発明の水素(H2)製造方法によれば、二酸化炭素(CO2)以外の副生成物を伴わず、有毒な副生成物なしに水素を得ることも可能である。
【0041】
次に、本発明のギ酸製造および分解用装置は、ギ酸を分解して水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を発生させるギ酸分解部と、水素(H2)および二酸化炭素(CO2)からギ酸を製造するギ酸製造部とを含み、前記ギ酸分解部は、本発明のギ酸分解用触媒を含み、前記ギ酸製造部は、水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を反応させてギ酸を製造するギ酸製造用触媒を含む。この装置の具体的な構造は特に限定されないが、例えば、前記ギ酸分解部から発生した二酸化炭素を前記ギ酸製造部に供給する二酸化炭素供給部をさらに備えていても良い。また、例えば、前記ギ酸製造部で製造したギ酸を前記ギ酸分解部に供給するギ酸供給部をさらに備えていても良い。これによれば、ギ酸分解による副生成物の二酸化炭素から再度ギ酸を製造し、二酸化炭素(CO2)を大気中に放出させることなく循環的に利用することができる。また、本発明の水素貯蔵および発生方法は、ギ酸製造用触媒により水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を反応させてギ酸を製造し、前記水素をギ酸の形態で貯蔵する水素貯蔵工程と、本発明のギ酸分解用触媒によりギ酸を分解して水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を発生させる水素発生工程を含む。前記水素貯蔵工程および前記水素発生工程の順序は特に限定されず、どちらが先でも良いし、また、各工程を1回ずつ終えた後に、再び最初の工程に戻っても良い。本発明の水素貯蔵および発生方法を使用するための装置は特に限定されないが、例えば、前記本発明のギ酸製造および分解用装置を用いて行うことができる。
【0042】
本発明の水素貯蔵および発生方法は、例えば以下のようにして行うことができる。すなわち、まず、前記本発明のギ酸製造および分解用装置を準備する。この装置は、前記ギ酸分解部から発生した二酸化炭素を前記ギ酸製造部に供給する二酸化炭素供給部、前記ギ酸製造部で製造したギ酸を前記ギ酸分解部に供給するギ酸供給部、および、前記ギ酸製造部に水素を供給する水素供給部を備える。次に、前記水素供給部から前記ギ酸製造部に水素を供給するとともに、前記ギ酸分解部から発生した二酸化炭素を、前記二酸化炭素供給部を介して前記ギ酸製造部に供給する。そして、前記ギ酸製造部において、前記ギ酸製造用触媒により水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を反応させてギ酸を製造し、前記水素をギ酸の形態で貯蔵する。このギ酸は、任意の期間貯蔵した後に用いることができるが、必要であれば直ちに用いても良い。そして、前記ギ酸を、前記ギ酸供給部を介して前記ギ酸分解部に供給し、本発明のギ酸分解用触媒によりギ酸を分解して水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を発生させる。この水素は、必要に応じ、例えば燃料電池等の任意の用途に利用することができる。そして、副生成物の二酸化炭素は、前記二酸化炭素供給部を介して前記ギ酸製造部に供給し、再びギ酸製造に利用する。前記ギ酸製造部に水素を供給する水素供給部は、特に限定されないが、例えば、公知の水素ボンベ等を備えていても良い。本発明の水素貯蔵および発生方法あるいは本発明のギ酸製造および分解用装置を用いれば、ギ酸やギ酸塩として水素を貯蔵および運搬し、必要なときに必要なだけ必要な場所で安全に用いることができる。これによれば、水素ボンベ等を運搬し、必要なときに前記水素ボンベ等から直接水素を供給するよりも、安全性等の点で有利である。
【0043】
本発明の水素貯蔵および発生方法あるいは本発明のギ酸製造および分解用装置に用いるギ酸製造用触媒は、特に限定されないが、例えば、本発明者らの発明による、下記文献(a)〜(c)に記載されたギ酸製造用触媒が好ましい。このギ酸製造用触媒は、下記式(109)または(110)で表される。下記式(109)中、X1は、H2O(水分子)またはH(水素原子)であり、X1がH2OのときはQは3であり、X1がHのときはQは2である。R100およびR200は、それぞれ独立に、水素原子またはメトキシ基である。下記式(110)中、X2は、H2O(水分子)またはH(水素原子)であり、X2がH2OのときはTは2であり、X2がHのときはTは1である。R300およびR400は、それぞれ独立に、水素原子またはメトキシ基である。ただし、下記式(109)および(110)において、X1、X2、R100、R200、R300およびR400は、ギ酸製造用触媒としての機能を損なわない限り、他の原子団で置き換えても良く、例えば、R100、R200、R300またはR400は、他のアルコキシ基またはアルキル基等であっても良い。また、式(109)におけるペンタメチルシクロペンタジエニル基あるいは式(110)におけるヘキサメチルベンゼン基において、各メチル基は、ギ酸製造用触媒としての機能を損なわない限り、他の原子団で置き換えても良く、例えば、それぞれ独立に、他のアルキル基、アルコキシ基、水素原子等であっても良い。下記式(109)および(110)で表されるギ酸製造用触媒は、それまでのギ酸製造用触媒と異なり、酸性条件下で高い活性を示すことが特徴である。これにより、製造したギ酸を、塩でなく遊離酸の形で利用できるため、操作の簡便性等の観点から好ましい。また、下記式(109)および(110)で表されるギ酸製造用触媒の製造方法も特に限定されないが、当業者であれば、本願明細書の記載および技術常識に基づいて容易に製造可能である。下記式(109)および(110)は、例えば、本発明のギ酸分解用触媒の製造方法に準じて製造しても良い。すなわち、例えば、下記式(109)のうち、アクア錯体は、[Cp*Ir(OH2)3]2+(Cp*はペンタメチルシクロペンタジエニル基)水溶液に、ビピリジン配位子を混合する方法で合成可能であり、ヒドリド錯体は、アクア錯体にギ酸またはH2を加えて生成させることができる。これらの製造方法は、下記文献(a)〜(c)等に詳細に記載されている。
【化15】

(a) Hideki Hayashi,Seiji Ogo,and Shunichi Fukuzumi,Chem. Commun. 2004, 2714−2715
(b) Seiji Ogo,Ryota Kabe,Hideki Hayashi,Ryosuke Harada and Shunichi Fukuzumi,Dalton Trans. 2006, 4657-4663
(c) Hideki Hayashi,Seiji Ogo,Tsutomu Abura,and Shunichi Fukuzumi,Journal of American Chemical Society, 2003, 125, 14266-14267
【0044】
前記式(109)または(110)で表されるギ酸製造用触媒の製造方法の例示として、前記文献(b)に記載の方法を以下に記す。
【0045】
[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]2+(前記式(110)において、X2がH2O(水分子)、R300およびR400がメトキシ基、T=2のギ酸製造用触媒)の硫酸塩[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4は、以下のようにして製造できる。すなわち、まず、4,4’-ジメトキシ-2,2’-ビピリジン(105mg, 0.486mmol)を、[(η6-C6Me6)RuII(OH2)3]SO4(200mg, 0.484mmol)の水溶液(20cm3)に加える。この溶液を室温で24時間撹拌し、淡褐色の溶液を得る。微量の不純物を濾過により除き、濾液を減圧下でエバポレーションして、目的物の[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4を得る。それを真空乾燥して用いる([(η6-C6Me6)RuII(OH2)3]SO4に基づいて計算した収率98%)。以下に、[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4の機器分析値を示す。
【0046】
[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4
1H NMR(300MHz, H2O, 25℃)δ(TSP in D2O, ppm) 2.12(s, η6-C6(CH3)6, 18H), 4.08(s, OCH3, 6H), 7.42(dd, J=6.6, 2.6Hz, bpy, 2H), 7.86(d, J=2.6Hz, bpy, 2H), 8.91(d, J=6.6Hz, bpy, 2H).
【0047】
また、この硫酸塩[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4(64.7mg, 0.10mmol)の水溶液(5cm3)にNaPF6(168mg,1.00mmol)の水溶液(1cm3)を加えると、橙色粉末状のヘキサフルオロリン酸塩[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](PF6)2が析出する。この粉末をメタノールで再結晶してヘキサフルオロリン酸塩[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](PF6)2の結晶を得る。以下に、このヘキサフルオロリン酸塩の元素分析値を示す。
【0048】
[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](PF6)2
元素分析: [(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](PF6)2・H2O:C24H34N2F12O4P2Ru:理論値:C,35.79; H,4.25; N,3.48%. 観測値: C,35.85; H,4.31; N,3.44%.
【0049】
[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]2+(前記式(109)において、X1がH2O(水分子)、R100およびR200がメトキシ基、Q=2のギ酸製造用触媒)の硫酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4は、以下のようにして製造できる。すなわち、まず、4,4’-ジメトキシ-2,2’-ビピリジン(324mg, 1.50mmol)を、[Cp*IrIII(OH2)3]SO4(717mg, 1.50mmol)の水溶液(25cm3)に加える。この溶液を室温で12時間撹拌し、黄色溶液を得る。微量の沈殿を濾過により除き、濾液を減圧下でエバポレーションして目的物の[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4を得る。それを真空乾燥して用いる([Cp*IrIII(OH2)3]SO4に基づいて計算した収率96%)。以下に、[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4の機器分析値を示す。
【0050】
[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4
1H NMR(300MHz, H2O, 25℃)δ(TSP in D2O, ppm): 1.67(s, η5-C5(CH3)5, 15H), 4.11(s, OCH3, 6H), 7.40(dd, J=6.6, 2.6Hz, bpy, 2H), 7.97(d, J=2.6Hz, bpy, 2H), 8.89(d, J=6.6Hz, bpy, 2H).
【0051】
また、この硫酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4の水溶液(1cm3)にトリフルオロメタンスルホン酸ナトリウムNaOTf(172mg, 1.5mmol)の水溶液(0.5cm3)を加えると、黄色粉末状のトリフルオロメタンスルホン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](OTf)2が析出する。この粉末を水で再結晶してトリフルオロメタンスルホン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](OTf)2の単結晶を得る。以下に、トリフルオロメタンスルホン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](OTf)2の元素分析値を示す。
【0052】
[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](OTf)2
元素分析: [Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](OTf)2:C24H29N2F6O9S2Ir:理論値: C,33.53; H,3.40; N,3.26%. 観測値: C,33.47; H,3.36; N,3.37%.
【0053】
[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]+(前記式(109)において、X1が水素原子(ヒドリド配位子)、R100およびR200がメトキシ基、Q=1のギ酸製造用触媒)のヘキサフルオロリン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]PF6は、以下のようにして製造できる。すなわち、まず、[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4(13.1mg, 20.0μmol)のクエン酸緩衝溶液(pH3.0, 20cm3, 淡黄色)にH2を吹き込みながら加圧条件(5.5MPa)に保つ。この条件下、40℃で12時間反応させ、[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]+の赤色溶液を得る。
【0054】
前記[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]+の赤色溶液(pH3.0水溶液)にNaPF6(16.7mg, 0.1mmol)を加えると、空気中で安定なヘキサフルオロリン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]PF6が、黄色粉末として析出する。これを真空乾燥して用いる([Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4に基づいて計算した収率77%)。以下に、ヘキサフルオロリン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]PF6の機器分析値を示す。
【0055】
ヘキサフルオロリン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]PF6
1H NMR(300MHz, DMSO-d6, 25℃)δ(TMS, ppm): -11.25(s, Ir-H, 1H), 1.79(s, η5-C5(CH3)5, 15H), 4.06(s, OCH3, 6H), 7.33(dd, J=6.6, 2.6Hz, bpy, 2H), 8.33(d, J=2.6Hz, bpy, 2H), 8.65(d, J=6.6Hz, bpy, 2H).
ESI-MS (in H2O), m/z 545.2 {[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]+; m/z 100-2000の範囲における相対強度(I)=100%}.
FT-IR(KBr, cm-1) 2030(Ir-H).
【0056】
さらに、前記式(109)および(110)で表されるギ酸製造用触媒の使用方法も特に限定されない。例えば、これら触媒を適宜な溶媒に溶解させ、その溶液中に水素および二酸化炭素を供給して触媒反応させ、ギ酸を製造することができる。したがって、例えば、適切な容器に前記式(109)および(110)で表されるギ酸製造用触媒の溶液を充填することで、本発明のギ酸製造および分解用装置におけるギ酸製造部を構築することもできる。前記溶媒は特に限定されず、例えば水または有機溶媒を用いることが可能であり、単独でも混合溶媒でも良い。前記溶媒は、前記式(109)および(110)で表されるギ酸製造用触媒の溶解度、反応の簡便性、水素および二酸化炭素の反応性等の観点から、水が特に好ましい。前記触媒反応における反応温度は特に限定されないが、例えば4〜100℃、好ましくは10〜80℃、特に好ましくは20〜60℃である。反応時間も特に限定されないが、例えば1〜80分、好ましくは2〜30分、特に好ましくは2〜10分である。反応系における水素(H2)の内圧は、特に限定されないが、例えば0.1〜10MPa、好ましくは0.1〜8MPa、特に好ましくは0.1〜6MPaである。二酸化炭素(CO2)の内圧も特に限定されないが、例えば0.1〜10MPa、好ましくは0.1〜8MPa、特に好ましくは0.1〜6MPaである。前記式(109)および(110)で表されるギ酸製造用触媒の使用方法については、前記文献(a)〜(c)等に詳しく記載されているが、当業者であれば、本明細書の記載および技術常識から容易に実施可能である。
【0057】
前記式(109)および(110)で表されるギ酸製造用触媒の使用方法の一例として、前記文献(b)に記載されている、酸性水溶液中におけるCO2の触媒的水素化方法を記す。すなわち、まず、反応容器(耐圧容器)として、Parr社のBenchTop Micro Reactor(商品名、シリンダー容積50cm3)を準備する。この反応容器の材質は、Hastelloy(Haynes International, Inc. の登録商標)と呼ばれる合金である。つぎに、前記式(109)または(110)で表されるギ酸製造用触媒(20.0μmol)を、pH3.0のクエン酸緩衝液(20cm3)に溶かし、前記耐圧容器中に封入する。そして、前記溶液を40℃に加熱し、CO2およびH2を適宜吹き込んで加圧し、適切な時間反応させる。容器内圧を常圧に戻した後、前記溶液を氷浴で手早く冷やす。ギ酸HCOOHの生成は、例えば、D2O中においてTSP(重水素化3-(トリメチルシリル)プロピオン酸ナトリウム、(CH3)3Si(CD2)2CO2Na)を内部標準とした1H NMR測定により確認することができる。
【0058】
本発明の触媒は、ギ酸の分解用触媒として、例えば、ギ酸燃料電池等に用いることができる。燃料電池の場合は、例えば、電池内部に本発明のギ酸分解用触媒が含まれるとともに、上記方法によりギ酸を分解して水素を発生させる機構が含まれていれば良い。具体的な構造は特に限定されず、例えば公知の燃料電池の構造等を適宜応用することができる。さらに、本発明のギ酸分解用触媒の用途は上記に限定されず、例えば、水素(H2)の供給を必要とするあらゆる技術分野に用いることができる。
【実施例】
【0059】
以下、本発明の実施例について説明する。しかし、本発明は、以下の実施例のみには限定されない。
【0060】
[測定条件等]
下記実施例において、反応の追跡は1H-NMR、13C-NMR、FAB-MSおよびGCにより行った。全ての化学物質は試薬級である。トリクロロロジウムRhCl3の3水和物は、田中貴金属工業株式会社から購入した。ペンタメチルシクロペンタジエンは、関東化学株式会社から購入した。2,2’-ビピリミジンは、和光純薬工業株式会社から購入した。ギ酸は、和光純薬工業株式会社から購入した。1H-NMR測定は、Varian社の機器 核磁気共鳴分光測定装置(商品名UNITY INOVA600、1H-NMR測定時599.9MHz)及び、日本電子(JEOL)社製の機器(商品名JNM-AL300、1H-NMR測定時300.4MHz)を用いた。13C-NMR測定は、Varian社の機器 核磁気共鳴分光測定装置(商品名UNITY INOVA600、13C-NMR測定時599.9MHz)を用いた。ケミカルシフトは百万分率(ppm)で表している。内部標準0ppmには、テトラメチルシラン(TMS)及び、重水素化3-(トリメチルシリル)プロピオン酸ナトリウム(TSP-d4)を用いた。結合定数(J)は、ヘルツで示しており、略号s、d、t、q、mおよびbrは、それぞれ、一重線(singlet)、二重線(doublet)、三重線(triplet)、四重線(quartet)、多重線(multiplet)および広幅線(broad)を表す。FAB-MSデータは、日本電子(JEOL)社製の機器(商品名JMS-DX300)を用いて測定した。GC分析には、島津製作所の機器(商品名GC-14B)を用いた。
【0061】
[錯体製造例1:ロジウム単核アクア錯体(4)の製造]
前記スキーム2に従って、ロジウム単核アクア錯体(4)を合成(製造)した。詳細は、以下の通りである。
【0062】
(工程1:[Cp*RhCl22(錯体(107))製造)
まず、メタノール(13mL)に、市販試薬であるトリクロロロジウムRhCl3の3水和物(0.510g、1.95mmol)を加えて溶液とした。これに、アルゴン雰囲気下で、ペンタメチルシクロペンタジエン(0.5mL)を添加した。そして、そのままアルゴン雰囲気下で攪拌しながら加熱し、21時間還流させた。攪拌後、室温になるまで放冷した。生じた沈殿物を、ガラスフィルター(G4)でろ別し、エーテルで洗浄して、目的の錯体(107)すなわち[Cp*RhCl22(0.430g、収率72.5%)を得た。生成物が目的化合物(107)であることは、機器分析値が文献値と一致することから確認した。なお、図3に、本工程の生成物(錯体(107))の1H-NMRスペクトル図を記す。同図の測定は、重クロロホルム(CDCl3)中で行い、基準物質は、TMSを用いた。
【0063】
(工程2:[Cp*Rh(OH2)32+(錯体(108))の硫酸(SO42-)塩の製造)
Ag2SO4(0.450g、1.50mmol)を、水(54mL)に溶かし、水溶液とした。この水溶液に、アルゴン雰囲気下で、前記工程1において製造した錯体(107)すなわち[Cp*RhCl22(0.415g、1.04mmol)を添加し、暗下において、室温(25℃)で4.5時間攪拌した。攪拌後、沈殿物(AgCl)をガラスフィルター(G4)でろ別し、ろ液をメンブランフィルター(ADVANTEC社、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)製)を通してさらにろ過し、このろ液から、エバポレーションにより水分を除去した。得られた残渣を水に溶かし、Sephadex G-10(Pharmacia社の商品名)カラムを通過させる逆相クロマトグラフィーにより精製した。前記Sephadexカラムを通過した液からエバポレーションにより水分を除去した。得られた固形物を、減圧下、25℃で10時間乾燥させて、目的とする錯体(108)すなわち[Cp*Rh(OH2)32+の硫酸(SO42-)塩(0.455g、収率87.6%)を得た。生成物が目的化合物(108)の硫酸塩であることは、機器分析値が文献値と一致することから確認した。なお、図4に、本工程の生成物(錯体(108)硫酸塩)の1H-NMRスペクトル図を記す。同図の測定は、重水素化ジメチルスルホキシド(DMSO-d6)中で行い、基準物質は、TMSを用いた。
【0064】
(工程3:[Cp*Rh(bpy)(OH2)]2+(ロジウム単核アクア錯体(4))の硫酸(SO42-)塩の製造)
2,2’-ビピリジン(0.12g、0.77mmol)を水(7.5mL)に加えて水溶液とした。この水溶液に、アルゴン雰囲気下で、前記工程2において製造した錯体(108)[Cp*Rh(OH2)32+の硫酸(SO42-)塩(0.29g、0.75mmol)を添加し、暗下において、室温(25℃)で16時間攪拌した。攪拌後、この反応液からエバポレーションにより水分を除去した。得られた残渣を水に溶かし、Sephadex G-10(Pharmacia社の商品名)カラムを通過させる逆相クロマトグラフィーにより精製した。前記Sephadexカラムを通過した液からエバポレーションにより水分を除去した。得られた固形物を、減圧下、25℃で5時間乾燥させて、目的とするロジウム単核アクア錯体(4)すなわち[Cp*Rh(bpy)(OH2)]2+の硫酸(SO42-)塩(0.32g、収率84.0%)を得た。
【0065】
なお、前記生成物が、目的とするロジウム単核アクア錯体(4)すなわち[Cp*Rh(bpy)(OH2)]2+の硫酸(SO42-)塩であることは、機器分析値が文献値と一致することから確認した。1H-NMR測定用溶媒としては、重水(D2O)を用い、TSP-d4(トリメチルシリルプロピオン酸ナトリウム)を基準物質とした。13C-NMR測定用溶媒としては、重水(D2O)を用い、TSP-d4(トリメチルシリルプロピオン酸ナトリウム)を基準物質とした。以下に、前記1H-NMR、13C-NMR、および質量分析(FAB-MS)の測定結果を示す。また、図5に、1H-NMRスペクトル図を記す。同図(A)は、1H-NMRスペクトルの全体図であり、(B)は、一部の拡大図である。
【0066】
[Cp*Rh(bpy)(OH2)]2+(ロジウム単核アクア錯体(4))の硫酸(SO42-)塩:
1H-NMR: (600MHz, in D2O, reference to TSP in D2O, 298K): δ 1.72(s, Cp*, 15H), 7.94(t, J=6.3Hz, 2H, bpy), 8.35(t, J=7.2Hz, 2H, bpy), 8.49(d, J =8.4Hz, 2H, bpy), 9.15(d, J=4.8Hz, 2H, bpy)
13C-NMR: (600MHz, in D2O, reference to TSP in D2O, 298K): δ 8.03(s, C5(CH3)5), 98.0(d, JRh-C=36Hz, C5(CH3)5), 124, 129, 142, 152, 155 (s, bpy)
FAB-MS: [Cp*Rh(bpy)(OH2)]PF6+, m/z 539.1
【0067】
次に、以下の通り、このロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩をギ酸分解用触媒として使用し、性能を評価した。
【0068】
[実施例1:ギ酸分解用触媒によるギ酸の分解および水素の製造]
前記錯体製造例1で製造したロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩(2.54mg、5μmol)を水(1.1mL)に溶かし、水溶液(4.5mM)とした。この水溶液に、脱酸素(嫌気性)条件下で、ギ酸(450mM、ロジウム単核アクア錯体(4)の100倍のモル数)を添加した。このときの水溶液の初期pH(ギ酸分解反応が起こる前のpH)を測定したところ、2.0であった。この水溶液を、暗下において、293K(20℃)で静置すると、目視で明確に確認できる気体が発生した。この気体をGC(ガスクロマトグラフィー)で分析した結果、水素と二酸化炭素の1:1混合ガスであった。すなわち、常温常圧の水溶液中で、ギ酸に対し触媒量(1mol%)のロジウム単核アクア錯体(4)によりギ酸を分解し、水素と二酸化炭素を製造することができた。また、予備加熱も不要であった。
【0069】
[実施例2:pH変化下におけるギ酸の分解および水素の製造]
ロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩の水溶液に、1.0Mギ酸水溶液と、1.0M水酸化ナトリウム水溶液とを混合して初期pH(ギ酸分解反応が起こる前のpH)の異なる種々の水溶液(初期pH2.0以上)を調製したこと以外は、実施例1と同様にしてギ酸を分解し、水素を発生させた。併せて、前記1.0M水酸化ナトリウム水溶液に代えて1.0M硝酸水溶液を用い、初期pHの異なる種々の水溶液(初期pH2.0以下)を調製したこと以外は同様にして、水素を発生させた。図1のグラフに、本実施例におけるこれら種々のpH(初期pH)での水素発生初期速度を比較した結果を示す。同図において、横軸はpH(初期pH)を示し、縦軸は、水素発生初期速度を示す。図1に示す通り、GC分析により決定した水素発生初期速度は、pHが3.6〜4.0付近で最大となることが確認された。最大の水素発生効率(水素発生初期速度)を示すpHでは、瞬間における最大の触媒回転効率(TOF)が80h-1となった。この値は、常温常圧水中でのTOFとしては、従来のギ酸分解用触媒と比較して極めて高い。
【0070】
[実施例3:触媒の繰り返し利用におけるギ酸の分解および水素の製造]
水溶液の初期pH(ギ酸分解反応が起こる前のpH)を3.7に調整した以外は実施例1および2と同様にして、ロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸の分解および水素の製造を行った。すなわち、まず、ロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩(5.08mg、10μmol)を水(2.2mL)に溶かし、水溶液(4.5mM)とした。この水溶液に、脱酸素(嫌気性)条件下で、1.0Mギ酸水溶液と1.0M水酸化ナトリウム水溶液との混合水溶液を加えてpHを3.7に調整した(ギ酸アニオン濃度は450mMで、ロジウム単核アクア錯体(4)の100倍のモル数)。これをそのまま暗下において、293K(20℃)で静置し、ギ酸を分解して水素を発生させた。このとき、ギ酸の分解により発生した気体を、1.0M水酸化ナトリウム水溶液に通して二酸化炭素を除いた。そして、残った水素のみを水上置換法でメスシリンダー内に捕集し、水素発生量を測定した。
【0071】
さらに、ギ酸が完全に消費され、水素の発生が終了したところで、再度、ロジウム単核アクア錯体(1)の約100倍の濃度になるようにギ酸を加え、前記方法で水素発生量を測定した。これを4回繰り返した。ギ酸の追加量は、それぞれ、6.7μL(1回目)、5.1μL(2回目)、8.4μL(3回目)、6.9μL(4回目)であった。
【0072】
図2のグラフに、本実施例における水素発生量の測定結果を示す。同図において、横軸は、最初にギ酸を添加した時からの経過時間であり、縦軸は、触媒(ロジウム単核アクア錯体(4))に対する発生した水素(H2)の物質量比(モル比)である。図2に示す通り、最初のギ酸添加後、経過時間(反応時間)に応じて水素発生量は増大し、約60分で、ロジウム単核アクア錯体(4)の17倍モル数の水素が発生した。すなわち、ロジウム単核アクア錯体(4)を触媒として用い、常温常圧の反応条件で、100当量のギ酸の存在下、水素発生が確認された。さらにその後、ロジウム単核アクア錯体(4)の約100倍モル量(100当量)の濃度となるようにギ酸を再度添加することを4回繰り返すと、図2に示す通り、最初のギ酸添加時とほぼ同様の触媒活性を維持して水素が効率的に発生した。このように、ロジウム単核アクア錯体(4)は、極めて低濃度(約1mol%)でギ酸分解用触媒として繰り返し利用することができた。
【0073】
また、実施例3において、水上置換法を用いて決定したギ酸添加開始時から10分間における平均の触媒回転効率(TOF)は、31h-1であった。さらに、実施例3においては、約6時間かけてギ酸を分解し、TON(ターンオーバー数、触媒1モル当たり分解したギ酸のモル数)は90を超えた。すなわち、6時間のギ酸分解における平均のTOF(1時間当たりの触媒回転数)は、15h-1を超えた。これらTOFおよびTONの数値はきわめて高く、本実施例のギ酸分解用触媒が高活性であることを示す。
【0074】
以上の通り、実施例1〜3によれば、水溶性のロジウムアクア錯体(4)硫酸塩([Cp*Rh(bpy)(OH2)]SO4)を触媒として用いることで、常温常圧の水中において、一切加熱を必要とせずにギ酸を分解し、効率の良い水素の発生(水素の製造)を行うことができた。
【0075】
[比較例]
ロジウムアクア錯体(4)における中心のRhを同じ9族元素のIrに置換したイリジウムアクア錯体([Cp*Ir(bpy)(OH2)]SO4)を用いる以外は実施例と同様にしてギ酸の分解反応を行った。その結果、イリジウムアクア錯体([Cp*Ir(bpy)(OH2)]SO4)はギ酸と反応し、水素が発生したが、1当量のギ酸と反応して金属ヒドリド錯体([Cp*Ir(bpy)H])が生成すると、そこで反応が停止し、それ以上の水素発生は起こらなかった。すなわち、イリジウムアクア錯体([Cp*Ir(bpy)(OH2)]SO4)は、ギ酸分解用触媒としては機能しなかった。
【0076】
なお、比較例の結果から、例えば、ロジウムアクア錯体(4)の場合も、ギ酸分解反応により金属ヒドリド錯体(5)が生成し、さらに、それがプロトンと即座に反応して水素発生が起こっていることが考えられる。ただし、これは、推測可能な機構の一例に過ぎず、本発明を何ら制限ないし限定しない。
【産業上の利用可能性】
【0077】
以上説明した通り、本発明によれば、高活性で、水素(H2)を安全に、効率良く、かつ低コストで提供することが可能なギ酸分解用触媒を提供することができる。すなわち、次世代エネルギー源と目されている水素を、安全な化合物であるギ酸の状態で貯蔵し、本発明のギ酸分解用触媒によりギ酸を効率良く分解して水素を得ることができる。これによれば、必要な時に必要な量の水素を適切なスピードで安定的にかつ安全に供給することができる。
【0078】
また、本発明のギ酸分解用触媒は、ギ酸分解の活性が高いことにより、環境負荷の小さい反応条件で触媒反応を行うことが可能であり、水素を効率良く提供することができる。
本発明によれば、例えば、化石燃料の水蒸気改質等による水素製造方法等、高温条件下でエネルギーを消費しながら水素を製造する方法と比較して、多大な省エネルギー効果が得られる。本発明のギ酸分解用触媒によれば、例えば、室温(常温常圧)で、外部から熱等のエネルギーを一切加えずにギ酸分解反応を行い、水素を得ることも可能である。これによれば、外部の熱源等から大気中へのCO2放出を防止できるため、例えば、世界的規模での取り組みが行われているCO2削減問題の解決にも寄与し得る。また、室温での反応のみならず、加熱により、さらに効率良くギ酸分解反応を行うことも可能である。さらに、有毒な副生成物なしに水素を得ることもできる。
【0079】
本発明のギ酸分解用触媒は、例えば有機溶媒に溶かして用いても良いが、水のみを溶媒として用いれば、環境への好ましくない影響をいっそう低減することができ、新規なエコテクノロジーとして産業用途への拡大が期待される。また、回転効率が良いため省資源にも寄与し得る。本発明の触媒は、ギ酸の分解用触媒として、例えば、ギ酸燃料電池等に用いることができる。本発明のギ酸分解用触媒は、単核金属錯体を用いるため、複核金属錯体と比較して貴金属使用量の低減が可能であり、より低コストかつ高効率な燃料電池が期待できる。さらに、本発明のギ酸分解用触媒の用途は上記に限定されず、例えば、水素(H2)の供給を必要とするあらゆる技術分野に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】図1は、実施例の触媒を用いたギ酸分解反応のpHを変えて水素(H2)発生初期速度を比較したグラフである。
【図2】図2は、実施例の触媒を用いたギ酸分解による水素発生量を示すグラフである。
【図3】図3は、ロジウムアクア錯体(4)合成中間体の1H-NMRスペクトル図である。
【図4】図4は、ロジウムアクア錯体(4)合成中間体の1H-NMRスペクトル図である。
【図5】図5は、ロジウムアクア錯体(4)の1H-NMRスペクトル図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体、その互変異性体もしくは立体異性体、またはそれらの塩を含むギ酸分解用触媒。
【化1】

前記式(1)中、
Rhは、ロジウムの原子またはイオンであり、
Arは、芳香族性を有する配位子であり、置換基を有していても有していなくても良く、置換基を有する場合、前記置換基は1でも複数でも良く、
R1〜R5は、それぞれ独立に、水素原子または任意の置換基であり、
Lは、任意の配位子であるか、または存在せず、
mは、正の整数、0、または負の整数である。
【請求項2】
前記式(1)中、
R1〜R5が、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、フェニル基、またはシクロペンタジエニル基である、請求項1記載のギ酸分解用触媒。
【請求項3】
前記式(1)中、
R1〜R5が全てメチル基である請求項1または2記載のギ酸分解用触媒。
【請求項4】
前記式(1)中、
Lが、水分子、水素原子、アルキコシドイオン、水酸化物イオン、ハロゲン化物イオン、炭酸イオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、ギ酸イオン、酢酸イオン、もしくはヒドリドイオンであるか、または存在しない請求項1から3のいずれか一項に記載のギ酸分解用触媒。
【請求項5】
前記式(1)中、
mが、0、1、2、3、4、5または6である請求項1から4のいずれか一項に記載のギ酸分解用触媒。
【請求項6】
前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体が、下記式(2)で表されるロジウム単核金属錯体である請求項1から5のいずれか一項に記載のギ酸分解用触媒。
【化2】

前記式(2)中、
R6〜R13は、それぞれ独立に、水素原子もしくは任意の置換基であり、
または、R9およびR10は、一体となって -CH=CH- を形成しても良く、前記 -CH=CH- におけるHは、それぞれ独立に、任意の置換基で置換されていても良く、
Q6〜Q13は、それぞれ独立に、CまたはN+であり、
または、同一のX(Xは、6〜13のいずれかの整数)を有するQXとRXのうち少なくとも一つが、一体となってNであっても良く、
Rh、R1〜R5、Lおよびmは、前記式(1)と同じである。
【請求項7】
前記式(2)中、
R6〜R13が、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、フェニル基、ベンジル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、もしくはアルコキシ基であるか、
または、R9およびR10は、一体となって -CH=CH- を形成しても良く、前記 -CH=CH- におけるHは、それぞれ独立に、アルキル基、フェニル基、ベンジル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、またはアルコキシ基で置換されていても良い、請求項6記載のギ酸分解用触媒。
【請求項8】
前記式(2)中、
R6〜R13が全て水素原子である請求項6または7記載のギ酸分解用触媒。
【請求項9】
前記式(2)中、
Q6〜Q13が全てC(炭素原子)である請求項6から8のいずれか一項に記載のギ酸分解用触媒。
【請求項10】
前記式(2)で表されるロジウム単核金属錯体が、下記式(3)で表されるロジウム金属錯体である請求項6記載のギ酸分解用触媒。
【化3】

前記式(3)中、
Rh、Lおよびmは、前記式(2)と同じである。
【請求項11】
前記式(3)で表されるロジウム単核金属錯体が、下記式(4)〜(6)のいずれかで表されるロジウム単核金属錯体である請求項10記載のギ酸分解用触媒。
【化4】

【化5】

【化6】

【請求項12】
ギ酸の分解方法であって、請求項1から11のいずれか一項に記載のギ酸分解用触媒とギ酸を含む溶液をそのまま静置する工程、前記溶液を加熱する工程、および前記溶液に光照射する工程からなる群から選択される少なくとも一つの工程を含む方法。
【請求項13】
前記溶液が水溶液である請求項12記載の方法。
【請求項14】
請求項12または13記載の方法によりギ酸を分解し、水素(H2)を発生させる工程を含む水素(H2)製造方法。
【請求項15】
ギ酸を分解して水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を発生させるギ酸分解部と、水素(H2)および二酸化炭素(CO2)からギ酸を製造するギ酸製造部とを含み、
前記ギ酸分解部は、請求項1から11のいずれか一項に記載のギ酸分解用触媒を含み、
前記ギ酸製造部は、水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を反応させてギ酸を製造するギ酸製造用触媒を含む、
ギ酸製造および分解用装置。
【請求項16】
ギ酸製造用触媒により水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を反応させてギ酸を製造し、前記水素をギ酸の形態で貯蔵する水素貯蔵工程と、請求項1から11のいずれか一項に記載のギ酸分解用触媒によりギ酸を分解して水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を発生させる水素発生工程を含む、水素貯蔵および発生方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−78200(P2009−78200A)
【公開日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−247549(P2007−247549)
【出願日】平成19年9月25日(2007.9.25)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】