説明

クエン酸エステルの製造方法

【課題】トリエステル純度が高く、人体に対して高い安全性を有しかつより環境負荷が少ないクエン酸エステルの製造方法を提供すること。
【解決手段】本発明は、(1)クエン酸とアルキルアルコールとを酸触媒の存在下で溶媒として水を用いてエステル化反応させた後に減圧によって水を分離するクエン酸エステルの製造方法であり、更に、(2)クエン酸にクエン酸が溶解する十分量の水を加え、水溶液として反応を開始するようにする前記(1)に記載のクエン酸エステルの製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワックス、離型剤あるいは可塑剤等の樹脂用添加剤として好適に使用することができる安全性の高いクエン酸エステル化合物の製造方法に関し、従来公知の方法よりも、クエン酸トリエステルの純度が高く、人体に対して高い安全性を有し、かつ、より環境負荷が少ない製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、様々な工業分野において、クエン酸エステル化合物は必要不可欠なものである。代表的なクエン酸エステル化合物の使用例として、ワックス、離型剤あるいは可塑剤が挙げられる。ワックスは工業材料として使用不可欠なものであり、これらワックスとしては植物・動物・鉱物系の天然ワックスあるいは合成ワックスがある。しかしながら天然ワックスは地形、気候条件等によって産地が限られ、一定品質のものが得にくく、供給が不安定であるという欠点があるが、クエン酸エステル化合物のような合成ワックスを用いることにより、上記の問題は解決される。
【0003】
また、ポリ塩化ビニル等のプラスチック製品用可塑剤として、内分泌撹乱物質の一種ではないかとして問題視されているフタル酸エステル類に代わり、人体に対して高い安全性を有するクエン酸エステル化合物の使用が注目されている。
【0004】
クエン酸エステル化合物に関しては、様々なものがあり、その製造方法についても従来公知の方法をはじめ、多くの報告がなされている。例えば特許文献1には、ラウリルアルコールによってクエン酸のカルボキシル基がエステル化され、次いでエタノールによって残りのカルボキシル基がエステル化された後にアシル化剤によってアセチル化されてなるクエン酸エステルが開示されており、特許文献2には、クエン酸化合物とα−モノハロゲン化酢酸アルキルとの反応を、第3級アミンの存在下で、水と共沸可能な溶媒の還流下に行い、溶媒を還流する際に溶媒に含まれる水を分離して除去する方法が開示されている。
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の技術では反応時間が長時間に渡るため、消費エネルギーが大きく、一方、特許文献2に記載の技術では反応の際に有機溶媒を用いることから、環境に対する負荷が大きい。
【特許文献1】特開2004−83589号公報
【特許文献2】特開2002−187870号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、クエン酸エステル化合物において、トリエステル純度が高く、人体に対して高い安全性を有し、有機溶媒を用いず、かつ、低い反応温度で製造ができ、ひいては従来の方法よりも省エネルギーで環境に負荷をかけないクエン酸エステル化合物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するために本発明は以下の構成をとる。
1.クエン酸と、下記一般式(1)
ROH 一般式(1)
[式中、Rは脂肪族アルキル基を示し、これは単一の化合物であってもよいし、Rが異なる基を持つ2以上の混合物であってもよい。]
で示されるアルコールと反応させ、下記一般式(2)
【0008】
【化1】

【0009】
[式中、R、R、Rは同一または異なる脂肪族アルキル基を示す。]
で示されるクエン酸エステルを製造する方法であって、これらの反応を、溶媒として水を用いて酸触媒の存在下で行い、さらにクエン酸とアルコールの反応後、減圧によって水を分離することを特徴とするクエン酸エステル化合物の製造方法。
【0010】
2.R、R、Rが同一または異なる炭素数1〜24の脂肪族アルキル基であることを特徴とする前記1に記載のクエン酸エステル化合物の製造方法。
【0011】
3.クエン酸にクエン酸が溶解する十分量の水を加え、水溶液として反応を開始するようにすることを特徴とする前記1又は2に記載のクエン酸エステル化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、従来の方法に比べ、トリエステル純度が高く、かつ、省エネルギーで環境に負荷をかけないクエン酸エステル化合物の工業的に優れた製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明のクエン酸エステル化合物の製造は、溶媒として水を用いて酸触媒の存在下で行い、クエン酸と一般式(1)で示されるアルコールとを一定の反応温度の下で攪拌し、未反応のクエン酸がなくなった時点で減圧下系内の水を除去する方法である。
【0014】
エステル化反応においては、反応系に水が存在することによって、反応したエステルが加水分解してしまうと考えられているため、本来、減圧等の方法によって生成する水を反応系から早急に除去することが望ましいとされている。しかしながら本反応においては、反応開始時から減圧によってクエン酸溶解水を早急に除去すると、未反応のクエン酸が結晶となって析出してしまうという不具合が生じる。
【0015】
また、溶媒を用いずにクエン酸、一般式(1)で示される化合物及び酸触媒のみを反応させた場合、反応系を均一にするための高い反応温度が必要とされ、クエン酸の脱水反応温度を超えることによってアコニット酸、さらに脱炭酸や転移によりイタコン酸、メサコン酸、シトラコン酸、アセトンジカルボン酸等の不純物や、脱水によるクエン酸の縮合物が生じ、目的とする化合物の純度低下が生じる。また、これら不純物の生成を抑えるために有機溶媒を用いることもできるが、工業的製法を考慮すると環境保全の面で好ましくない。
【0016】
そこで、本発明者らはクエン酸エステルの製造方法について鋭意検討し、クエン酸を水に溶解し、特定のアルコール中に分散させ、クエン酸が反応によって完全に消費されるまで水の積極的な留出を行わず、未反応のクエン酸が完全に消費されてから減圧による脱水を行いながら反応を行った。これによりクエン酸の析出をともなわず、安定した組成物を得ることに成功し、本発明を完成するに至った。
【0017】
本反応は油相と水相の界面で生じ、水相中のクエン酸は先ずモノエステルとなり油相へ移行し、さらに油相中で順次エステル化が進んでいくものと推察される。
【0018】
本発明における一般式(1)及び(2)中のR、R、R、Rは、同一または異なる脂肪族アルキル基である。脂肪族アルキル基は、炭素数1〜24であり、好ましくは炭素数12〜22である。また、直鎖状あるいは分岐を持つものでもよく、具体的にはオクチル基、ノニル基、デシル基、ドデシル基、オクタデシル基、ドコシル基等が挙げられる。
【0019】
一般式(1)で示される化合物としては、Rが全て同一の単一化合物を用いてもよく、異なるRを持つ2以上の混合物であってもよい。一般式(1)で示される化合物として、単一化合物を用いると、R、R、Rが同一の一般式(2)で示される化合物が得られ、一般式(1)で示される化合物として、混合物を用いると、R、R、Rがそれぞれ異なる、あるいはR、R、Rのうち2つが同一で1つが異なる一般式(2)で示される化合物が得られる。
【0020】
一般式(1)で示されるアルコールの使用量は特に限定されるものではないが、通常、クエン酸に対して3〜5モル当量を用いるのが好ましい。
【0021】
本発明に用いられるクエン酸は無水物であっても水和物であっても構わない。クエン酸に予めクエン酸が溶解する十分量の水を加え、完全に溶解させておき反応に供するのが好ましい。水溶液の濃度は特に限定されるものではないが、水の量が多いと水の分離に長時間を要することからクエン酸に対する水の割合は飽和水溶液の水の量を1とした場合1〜100が好ましく、より好ましくは1〜10である。
【0022】
本発明の酸触媒は、メタンスルホン酸、パラトルエンスルホン酸、硫酸、酸化スズ、ジオクチル錫ラウレート、塩化アルミニウム等が挙げられる。酸触媒の使用量は特に限定されるものではないが、通常、クエン酸仕込み量に対し、0.05〜10モル%が好ましく、より好ましくは0.1〜10モル%である。反応後における触媒の除去は、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム等の塩基で中和し、生成した中和塩を濾過あるいは遠心分離する等の方法で行うことができる。
【0023】
本発明の方法においては、クエン酸、アルコール、モノエステル、ジエステル、トリエステル等の組成を確認するため、各種分析手法が必要とされる。この分析手法については特に限定されるものではないが、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー、あるいはガスクロマトグラフィー等を用いることが好ましい。予め原料及び反応品を分析し、リテンションタイムを記録しておくことにより、本分析方法によって得られたクロマトグラムにて定性と定量を行なうことができる。
【0024】
本発明の方法において、通常、クエン酸水溶液、一般式(1)で示される化合物及び酸触媒を反応容器内に全量を加えておく。反応は、第一段階として、まず常圧で行う。反応温度は用いる原材料に応じて適宜設定すればよく80℃〜150℃程度が好ましく、より好ましくは110℃〜130℃程度である。窒素等の不活性ガスの雰囲気下で上述の反応を行い、示差屈折検出器を備えたゲルパーミエーションクロマトグラフィーによって、クロマトグラム中の遊離クエン酸によるピーク面積比が好ましくは1%未満、より好ましくは0.1%未満となったことを、確認した時点で第二段階へ移る。第一段階の反応時間は原材料の量や種類によって適宜設定することができるが、通常は3〜8時間程度である。
【0025】
反応の第二段階は、減圧による脱水を行いながら反応を行う。減圧の程度は、1.0×10Pa〜1.0×10Pa程度が好ましく、1.0×10Pa〜1.0×10Pa程度となるように調整するのがより好ましい。反応温度は第一段階と同様、80℃〜150℃程度が好ましく、110℃〜130℃程度がより好ましい。第二段階の反応時間は原材料の量や種類によって適宜設定することができるが、通常は3〜6時間程度である。反応のエンドポイントは酸価の測定で決定する。予め、酸触媒の酸価を計算によって求めておき、測定値が計算値と同じ、あるいは下回った時点をもって反応終了とする。
【0026】
反応終了後、場合に応じて酸触媒の中和及び過酸化水素脱色を行うことができる。中和を行う場合は塩基を適切量反応物と混合する。塩基を水溶液とした場合は、再び減圧を行い、系内の水を除去する。析出した金属塩を吸引濾過、遠心分離等の方法で分離することが望ましい。過酸化水素脱色を行う場合は、反応物1Lに対し、1ml程度の過酸化水素を混合する。
【実施例】
【0027】
以下、本発明を、実施例を挙げて説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものでない。
[分析方法]
[反応物定量分析]
ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)
島津製作所社製
RID−10A示差屈折検出器
SIL−10Aオートサンプラー
LC−10ASポンプ
CTO−10Aカラムオーブン
カラム:Shim−pack GPC−801
移動相:テトラヒドロフラン1.00ml/min
カラム温度:40℃
【0028】
[反応物定性分析]
ガスクロマトグラフ質量分析計(GCMS)
島津製作所社製 GCMS−QP2010
カラム:キャピラリカラムDB−10HT
移動相:He
カラム温度:INJ.280℃ COL.70℃→10℃/min→340℃15min
【0029】
実施例1
ビーカーにクエン酸1水和物491.3gをとり、蒸留水246gに加熱溶解する。四つ口フラスコに攪拌機、温度センサー、窒素管、水分離器を挟みコンデンサーを取り付け、溶解したクエン酸水溶液、ステアリルアルコール1897.4g(クエン酸:ステアリルアルコール=1モル:3モル)、メタンスルホン酸11.2g(クエン酸:メタンスルホン酸=1モル:0.05モル)を仕込み、攪拌しながら120℃まで加熱した。反応開始後7時間で、示差屈折検出器を備えた前記ゲルパーミエーションクロマトグラフィーによって、クロマトグラム中の遊離クエン酸によるピーク面積比が0.1%未満になったことを確認し、120℃のまま、5.0×10Pa程度の真空度で減圧状態にしてさらに4時間攪拌を続け、反応及び脱水を行った。反応終了後、90℃まで冷却し、水酸化ナトリウム4.68gを5mlの水に溶解して加えて中和を行い、過酸化水素3mlを加えて脱色を行った。中和・脱色後、系を90℃のまま、5.0×10Pa程度の真空度で減圧状態にし、1時間攪拌を続け、系内の水を除去した。濾過は濾紙を敷いたブフナ−ロートに珪藻土を敷き詰め、吸引濾過を行い、化合物2173.8g(収率92.6%)を得た。
【0030】
実施例2
原材料の仕込み量をクエン酸1水和物427.3g、蒸留水213g、ベヘニルアルコール1962.9g(クエン酸:ベヘニルアルコール=1モル:3モル)、メタンスルホン酸9.8g(クエン酸:メタンスルホン酸=1モル:0.05モル)、水酸化ナトリウム4.07gとした他は実施例1と同様に合成を行い、化合物2179.5g(収率92.6%)を得た。
【0031】
比較例1
クエン酸1水和物を蒸留水に溶解せず、原材料を仕込んだ他は実施例1と同様に合成を行い、化合物2172.3g(収率92.4%)を得た。
【0032】
比較例2
クエン酸1水和物を蒸留水に溶解せず、さらに触媒も加えず、中和を行なわない他は実施例1と同様に合成を行い、化合物2180.8g(収率93.0%)を得た。
【0033】
上記の実施例、比較例の配合例及び得られた化合物の分析結果を以下の表に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
【表2】

【0036】
上述の通り、上記方法により合成したクエン酸エステル化合物の示差屈折検出器を備えたゲルパーミエーションクロマトグラフィーを用いた分析によると、実施例1ではトリエステル99.5%、アルコール他0.5%、実施例2ではトリエステル99.2%、アルコール他0.8%であり、双方ともモノエステル、ジエステルは検出されなかった。比較例1では、トリエステル65.6%、ジエステル16.9%、アルコール他17.5%、比較例2では、トリエステル54.2%、ジエステル22.6%、アルコール他23.2%であった。
【0037】
また、ガスクロマトグラフ質量分析計を用いて分析を行ったところ、実施例1、2ではクエン酸は検出されずにアルコールのみが検出されたことから、すべてのクエン酸が反応し、トリエステルとなっていることが確認できた。しかし、比較例1及び2ではエステルとアルコールの他にもゲルパーミエーションクロマトグラフィーでは検出できない、数十ppmほどの微量な未反応のクエン酸や、クエン酸が脱水して生成したアコニット酸、クエン酸の縮合物といった不純物も検出された。
【0038】
以上の分析結果から示されるように、実施例1、2については、トリエステル含量の高いクエン酸エステルの製造方法として好適に用いられることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クエン酸と、下記一般式(1)
ROH 一般式(1)
[式中、Rは脂肪族アルキル基を示し、これは単一の化合物であってもよいし、Rが異なる基を持つ2以上の混合物であってもよい。]
で示されるアルコールと反応させ、下記一般式(2)
【化1】


[式中、R、R、Rは同一または異なる脂肪族アルキル基を示す。]
で示されるクエン酸エステルを製造する方法であって、これらの反応を、溶媒として水を用いて酸触媒の存在下で行い、さらにクエン酸とアルコールの反応後、減圧によって水を分離することを特徴とするクエン酸エステル化合物の製造方法。
【請求項2】
、R、Rが同一または異なる炭素数1〜24の脂肪族アルキル基であることを特徴とする請求項1に記載のクエン酸エステル化合物の製造方法。
【請求項3】
クエン酸にクエン酸が溶解する十分量の水を加え、水溶液として反応を開始するようにすることを特徴とする請求項1又は2に記載のクエン酸エステル化合物の製造方法。

【公開番号】特開2010−150149(P2010−150149A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−327262(P2008−327262)
【出願日】平成20年12月24日(2008.12.24)
【出願人】(390010674)理研ビタミン株式会社 (236)
【Fターム(参考)】