説明

クラスリン結合性ペプチド誘導体

【課題】単独で細胞内に内在化し、GRP78のクラスリンへの結合を競合的に阻害することで、抗癌剤と共に投与されたときに優れた抗癌作用を奏し、安全であって、抗癌剤と併用しても副作用が少なく、低分子であって、安価に歩留まりよく大量生産可能なクラスリン結合性ペプチド誘導体、及びそれを含有する薬物輸送材料を提供する。
【解決手段】Thr−Pro−Val−Leu−Glu−Thr−Pro−Lys−Leu−Leu−Leu−Trpのアミノ酸配列を含む、クラスリン結合性ペプチド誘導体。クラスリン結合性ペプチド誘導体、又はそれがファージのコートタンパク質の末端に化学的結合によって延長されているペプチド組込みファージが、コロイド粒子に含有されており、その表面に前記クラスリン結合性ペプチド誘導体が露出した薬物輸送材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単独で細胞内に内在化することができ、細胞に存在しているタンパク質であるクラスリンへその細胞内で結合でき、クラスリンへ結合しているタンパク質でとりわけ癌細胞に多数存在しているタンパク質であるGRP78との結合を競合的に阻害することによって、癌の治療や診断に用いることができるクラスリン結合性ペプチド誘導体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
死亡率の高い死因の一つに、癌疾患がある。癌疾患の治療方法として、癌組織のみならずその周辺組織を摘出するという患者への侵襲性が高い外科療法、癌組織へのX線やγ線や電子線の照射のような放射線療法、抗癌剤の経口投与や静脈注射により癌組織の癌細胞を損傷するが正常細胞も損傷してしまうため悪心、嘔吐、脱毛、白血球・血小板減少、肝機能・腎機能障害などの副作用を誘発してしまう化学療法などがある。
【0003】
癌疾患のうち胆管癌疾患は、胆管支樹の管上皮から発症するものである。その胆管癌は、解剖組織学的に肝内胆管癌と肝外胆管癌とに分類される悪性腫瘍である。胆管癌、特に肝内胆管癌の発症率や死亡率は、人種や地域を問わず増加傾向にある。
【0004】
肝外胆管等の大胆管で発症した胆管癌は臨床的に見付け易いので早期発見され易いものであるが、肝内胆管等の小胆管で発症した胆管癌は臨床的に見付け難く転移性病変が胆管閉塞となって症状が現れるまで発見され難いものである。
【0005】
様々な癌の化学療法に用いられる薬剤として、例えば特許文献1に、制癌剤が封入されたリポソーム製剤が開示されている。その中で制癌剤として挙げられているシスプラチン等の抗癌剤は、胆管癌が発見されてから投与したとしてもその胆管癌細胞に対する抗癌効果が弱い。また、管腔を拡張させるステント術を併用した放射線療法は、胆管閉塞が発見された後の胆管癌の対処療法として効果的であるが、胆管癌を完治させるものではない。時に肝内胆管癌は肝内転移や遠隔転移を引き起こし易く、通常の癌疾患に有効な化学療法や放射線療法によっても十分な延命効果が無い。
【0006】
今のところ胆管癌原発巣やその周辺組織の完全な摘出が、最も有効な胆管癌の治療方法である。しかし、胆管癌原発巣を摘出した場合でさえ、予後が非常に悪く、5年後の生存率は、高々40%である。
【0007】
最近、癌治療医薬として、癌細胞を標的にする抗体断片、抗体の可変領域であるFv分子からなる一本鎖抗体、成長因子等が開発されるようになっている。例えば、非特許文献1に、乳癌の増殖を抑制するものとして、癌細胞表面のタンパク質であるHE2に特異的に結合する抗体であるトラスツズマブが開示され、非特許文献2に、胆管癌を治療するために、上皮成長因子受容体に結合する抗体であるセツキシマブと低分子抗癌剤である含フッ素ヌクレオシドであるゲムシタビンとの併用医薬が開示されている。トラスツズマブやセツキシマブのような抗体は、高分子のタンパク質なので、患者の体内で非自己の異物タンパク質と認識されて患者自身の抗体によって中和されてしまい、持続して抗癌効果を奏しない恐れがある。しかもこのような抗体は、大量生産に向かず、面倒な製造工程を必要とするため高価である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2006−248978号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】ジ オンコロジスト(The Oncologist)、2006年、第8巻、p.857−867
【非特許文献2】ビーエムシー キャンサー(BMC Cancer)、2006年、第6巻、p.190−195
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は前記の課題を解決するためになされたもので、単独で細胞内に内在化し、GRP78のクラスリンへの結合を競合的に阻害することで、抗癌剤と共に投与されたときに優れた抗癌作用を奏し、安全であって、抗癌剤と併用しても副作用が少なく、低分子であって、安価に歩留まりよく大量生産可能なクラスリン結合性ペプチド誘導体、及びそれを含有する薬物輸送材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記の目的を達成するためになされた、特許請求の範囲の請求項1に記載されたクラスリン結合性ペプチド誘導体は、Thr−Pro−Val−Leu−Glu−Thr−Pro−Lys−Leu−Leu−Leu−Trpのアミノ酸配列を含むことを特徴とする。
【0012】
請求項2に記載のクラスリン結合性ペプチド誘導体は、請求項1に記載されたもので、前記アミノ酸配列のみからなることを特徴とする。
【0013】
請求項3に記載のクラスリン結合性ペプチド誘導体は、請求項1に記載されたもので、前記アミノ酸配列に、ビオチン含有化合物、及び/又は蛍光色素が結合されている標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体であることを特徴とする。
【0014】
請求項4に記載のペプチド組込みファージは、Thr−Pro−Val−Leu−Glu−Thr−Pro−Lys−Leu−Leu−Leu−Trpのアミノ酸配列を含むクラスリン結合性ペプチド誘導体が、ファージのコートタンパク質の末端に、化学的結合によって延長されていることを特徴とする。
【0015】
請求項5に記載の薬物輸送材料は、Thr−Pro−Val−Leu−Glu−Thr−Pro−Lys−Leu−Leu−Leu−Trpのアミノ酸配列を含むクラスリン結合性ペプチド誘導体、又はそれがファージのコートタンパク質の末端に化学的結合によって延長されているペプチド組込みファージが、含有されていることを特徴とする。
【0016】
請求項6に記載の薬物輸送材料は、請求項5に記載されたもので、前記クラスリン結合性ペプチド誘導体又は前記ペプチド組込みファージが、コロイド粒子、造影材料及び/又は磁性粒子に、含有、結合又は共存され、その表面に前記クラスリン結合性ペプチド誘導体が露出していることを特徴とする。
【0017】
請求項7に記載の薬物輸送材料は、請求項6に記載されたもので、前記コロイド粒子、造影材料及び/又は磁性粒子が、癌治療剤、又は癌診断剤を含んでいることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明のクラスリン結合性ペプチド誘導体は、クラスリンに結合するGRP78を多く有する癌組織の細胞、中でも特に胆管癌細胞に大量に集積し、正常細胞に僅かしか集積しないものであるから、細胞選択的なものである。その特性により、このクラスリン結合性ペプチド誘導体は、癌細胞へ優先的に競合して結合し、正常細胞の細胞分裂促進のような有害事象を発現せず、安全性が高いものである。
【0019】
このクラスリン結合性ペプチド誘導体は、別な抗癌剤と併用されて相乗的に特に優れた抗癌作用を奏するので、別な抗癌剤の所為による重篤な副作用を軽減して、患者の肉体的・精神的負担を大幅に軽減することができるものである。
【0020】
このクラスリン結合性ペプチド誘導体は、簡易な構造であり、安価に歩留まり良く、大量生産可能であるから、汎用性に優れている。
【0021】
このクラスリン結合性ペプチド誘導体は、癌の治療剤や診断薬やそれらの簡便で汎用性の高い原材料として、癌、特に胆管癌の診療のために、用いられる。
【0022】
ビオチン含有化合物や蛍光色素が結合されたクラスリン結合性ペプチド誘導体は、術前に経皮的胆管ドレナージにより採取した胆汁中の胆管癌細胞の有無を医師や臨床検査技師が組織染色のような方法で簡易かつ迅速に判断することができる診断薬の有効成分として、用いることができるものである。
【0023】
蛍光色素が結合されたクラスリン結合性ペプチド誘導体は、胆管ドレナージチューブが挿入された胆管癌患者のそのドレナージチューブから胆管内に投与されて、胆管癌に選択的に結合されることにより、従来、癌摘出前に診断が不可能であった胆管癌の進展範囲を、切除前に判定することが可能となるので、手術術式の決定に役立つ診断薬の有効成分として、用いることができるものである。
【0024】
本発明のペプチド組込みファージは、コートタンパク質のN末端がクラスリン結合性ペプチド誘導体で修飾されているので、GRP78を多量に有する癌組織の細胞への集積性に優れているものである。
【0025】
本発明の薬物輸送材料は、クラスリン結合性ペプチド誘導体やそれを組み込んだファージを含有しているので、クラスリンと結合するGRP78を多量に有する癌組織の癌細胞、特に胆管癌細胞へ有意に集積するものである。
【0026】
癌抑制遺伝子を組み込んだベクターや抗癌剤のような癌治療剤が含まれた薬物輸送材料、又は蛍光剤や造影剤のような癌診断剤が含まれた薬物輸送材料は、クラスリン結合ペプチド誘導体と含有、結合又は共存させることにより、正常細胞へ到達することなく、癌組織へ高濃度に迅速に到達する。
【0027】
この癌治療剤が含まれた薬物輸送材料によれば、癌治療剤を癌細胞に優先的に取り込ませて、癌治療効果を高めることができる。しかも、この薬物輸送材料によれば、正常組織の細胞への抗癌剤による損傷を最小限に抑えることができるので、癌患者の副作用を大幅に軽減することができる。
【0028】
また、核磁気共鳴診断(MRI)用やX線診断用の癌診断剤が含まれた薬物輸送材料によれば、癌、とりわけ胆管癌の癌原発巣に癌診断剤を集積させることができるので、画像診断の際に、癌原発巣を特異的に可視化することができ、診断の迅速化、正確化に資する。特にこの薬物輸送材料によれば、早期発見の困難な小胆管での発症初期段階の胆管癌を、特定することができる。また、この薬物輸送材料によれば、癌原発巣が多数出現する胆管癌原発巣全体を可視化したり、遠隔組織に転移した癌組織を特定したりすることができるものである。
【0029】
薬物輸送材料は、クラスリン結合性ペプチド誘導体やペプチド組込みファージが、コロイド粒子や造影材料や磁性粒子に含有、結合又は共存されていると、薬物輸送に資する。造影材料例えば微小気泡造影剤に含有、結合又は共存されたクラスリン結合性ペプチド誘導体は、胆管ドレナージチューブが挿入された胆管癌患者のドレナージチューブから胆管内に投与されて、胆管癌に選択的に結合された後、体外から収束超音波を照射することにより、胆管癌細胞を選択的に加熱・殺傷することが可能となるので、このクラスリン結合性ペプチド誘導体は、新しい胆管癌の治療法開発のために用いることができるものである。
【0030】
磁性粒子例えば磁性ナノ粒子に含有、結合又は共存されているクラスリン結合性ペプチド誘導体は、胆管ドレナージチューブが挿入された胆管癌患者のドレナージチューブから胆管内に投与されて、胆管癌に選択的に結合された後、体外から磁場を与えることにより、胆管癌細胞を選択的に加熱・殺傷することが可能となるので、このクラスリン結合性ペプチド誘導体は、新しい胆管癌の治療法開発のために用いることができるものである。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明を適用するクラスリン結合性ペプチド誘導体をファージディスプレイ法により特定して同定するためにバイオパンニング及びファージの増幅を繰返したときの繰返し回数と、ファージの回収数との相関を示す図である。
【図2】本発明を適用するクラスリン結合性ペプチド誘導体を有するファージが、各種癌細胞株へ結合して集積したときの集積数を示す図である。
【図3】本発明を適用する蛍光標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体と本発明を適用外の蛍光標識化ペプチド誘導体とをヒト胆管癌細胞株(RBE細胞)と正常ヒト胆管上皮細胞株(MMNK−1)とに夫々添加したときの蛍光顕微鏡写真である。
【図4】本発明を適用する蛍光標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体と本発明を適用外の蛍光標識化ペプチド誘導体とを、ヒト肝内胆管癌組織とヒト肝外胆管癌組織とヒト正常肝臓組織とに夫々添加したときの蛍光顕微鏡写真である。
【図5】本発明を適用するクラスリン結合性ペプチド誘導体と本発明を適用外のペプチド誘導体とを、RBE細胞に添加したときの細胞分裂促進性について測定した結果を示す図である。
【図6】本発明を適用する蛍光標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体と本発明を適用外の蛍光標識化ペプチド誘導体とを、RBE細胞にトランスフェクションし、又はトランスフェクションしなかったときの蛍光顕微鏡写真である。
【図7】本発明を適用するクラスリン結合性ペプチド誘導体と本発明を適用外のペプチド誘導体とを、RBE細胞にトランスフェクションして、5−FUを添加したときの細胞毒性について測定した結果を示す図である。
【図8】本発明を適用するペプチド組込みファージと本発明を適用外のインサートレスファージとを、RBE細胞に添加したときの蛍光顕微鏡写真である。
【図9】本発明を適用するペプチド組込みファージと本発明を適用外のインサートレスファージとを、ヒト胆管癌組織体に添加したときの光学顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明を実施するための形態を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの形態に限定されるものではない。
【0033】
本発明のクラスリン結合性ペプチド誘導体は、Thr−Pro−Val−Leu−Glu−Thr−Pro−Lys−Leu−Leu−Leu−Trp(1文字表記;TPVLETPKLLLW)で示される12残基のアミノ酸配列からなるポリペプチドである。
【0034】
このポリペプチドからなるクラスリン結合性ペプチド誘導体は、固相・液相合成により得られるものである。例えば市販のペプチドシンセサイザーを用い、必要に応じ導入・除去する9−フルオレニルメチルオキシカルボニル(Fmoc)基やtert−ブトキシカルボニル(Boc)基のような適当な保護基を用いペプチドカルボキシル末端から順次アミノ酸の縮合を行うことにより調製される。このアミノ酸配列をコードしたDNA断片が組込まれたベクターを細胞に取り込ませ、その細胞を増幅させて、このタンパク質を産生させ、必要に応じて単離して調製してもよい。
【0035】
このようなクラスリン結合性ペプチド誘導体は、ランダムな配列を有するペプチドをバクテリオファージにディスプレイしたペプチド提示ファージライブラリーを用い、バイオパンニングを繰返すことにより、標的となる細胞に選択的に結合し得るリガンドを選択するという分子生物学的手法である所謂ファージディスプレイ法により特定されて同定されたものである。このファージディスプレイ法は、細胞表面抗原のような細胞表面マーカーの特定や精製にも用いられるものである。
【0036】
クラスリン結合性ペプチド誘導体の同定に用いたペプチド提示ファージライブラリーは、M13ファージのマイナーコートタンパク質(pIII)に融合した任意の12残基のアミノ酸の組み合わせを基にしたもので、約2.7×10通りの異なるアミノ酸配列を含んでいる。癌細胞のような標的細胞に選択的に結合するファージだけを回収、増幅させるバイオパンニングを連続して行うことで、標的細胞に対し結合するリガントとなる12残基アミノ酸配列を有するペプチドを特定した。
【0037】
この特定されたペプチドと結合する細胞のタンパク質をナノ流量高速液体クロマトグラフ−エレクトロスプレーイオン源−四重極−飛行時間型
タンデム質量分析計(nano LC−ESI−Q−TOF MS/MS)で分析した結果、このペプチドは細胞内物質輸送に関わるクラスリンと結合することが判明した。
【0038】
このようなクラスリンは、輸送小胞として機能する細胞質ゾル中のタンパク質であり、上皮成長因子受容体(EGF−R)を包含する様々なリガンド誘導受容体の応答低下や栄養分の取り込みに必要であり、タンパク質分泌間にトランスゴルジネットワークのタンパク質での振り分けに必要なものである。また、クラスリンは、細胞分裂に不可欠なものである。さらに、クラスリンはタンパク質を正常な形に形成させる分子シャペロンである78kDaのグルコース制御性タンパク質78(GRP78)と結合するものである。GRP78は、ポリペプチドやタンパク質の折り畳み、成熟、輸送に重要なシャペロンとして機能する熱ショックタンパク質70の一種である。GRP78はまた、エストロゲンレセプターを維持したり細胞死から保護したりすると共に、グルコース飢餓、低酸素のようなストレス状態を回復する折り畳み不全タンパク質応答に、重要なものである。
【0039】
このクラスリン結合性ペプチド誘導体が主に癌細胞に結合する理由は、その詳細が必ずしも明らかでないが、癌細胞は、正常細胞よりもGRP78を多く発現しており、正常細胞よりもこのクラスリン結合性ペプチド誘導体を取り込む作用、即ち細胞質への移行作用が強いからであると推察される。また、癌細胞の増殖が抑制されるメカニズムは、その詳細が必ずしも明らかではないが、小胞体(ER)ストレスが負荷された際に特異的に発現が誘導される分子シャペロンであるGRP78が、種々の固形癌細胞で、ERストレス応答の亢進に応じて多く認められているものの、クラスリン結合性ペプチド誘導体がGRP78のクラスリン結合を競合阻害することによって、抗癌作用を発現しているものと推察される。
【0040】
このクラスリン結合性ペプチド誘導体は、12残基のアミノ酸配列のみからなる例を示したが、それを一部に含むポリペプチドであってもよく、アミノ酸配列のアミノ酸残基上のアミノ基、カルボキシル基、及びその他の活性水素の少なくとも1つの基に、直接的に、又はスペーサー基を介して間接的に、ビオチン含有化合物及び/又は蛍光色素が結合された標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体であってもよい。
【0041】
この標識化されたクラスリン結合性ペプチド誘導体は、以下のようにして合成される。具体的に、12残基のアミノ酸配列のアミノ酸残基中のアミノ基にビオチンが結合したビオチン標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体を例に説明する。ジメチルスルホキシドやジメチルホルムアミドのような有機溶媒に溶かしたN−ヒドロキシスクシンイミドビオチン(NHS−ビオチン)を、12残基のアミノ酸配列のみからなるクラスリン結合性ペプチド誘導体である原料ポリペプチドが溶解したリン酸緩衝生理食塩水(PBS)に加えて、反応させる。NHS−ビオチンのNHS基を介して、この原料ポリペプチドのアミノ酸配列中のアミノ酸残基のアミノ基とビオチンとが結合して、ビオチン標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体が得られる。
【0042】
また、12残基のアミノ酸配列のアミノ酸残基中のアミノ基に蛍光色素、例えばフルオロセインイソチオシアネート(FITC)が結合した蛍光標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体を例に説明する。ジメチルスルホキシドやジメチルホルムアミドのような有機溶媒に溶かしたFITCを、12残基のアミノ酸配列のみからなるクラスリン結合性ペプチド誘導体である原料ポリペプチドが溶解した炭酸ナトリウム溶液に加えて反応させる。FITCのイソチオシアネート基を介して、この原料ポリペプチドのアミノ酸配列中のアミノ基とFITCとが結合して、FITC標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体が形成される。
【0043】
ビオチン誘導体はビオチンの他に、ビーズにビオチンを固定したビオチンビーズが挙げられる。
【0044】
蛍光色素はFITCの他に、フィコエリスリン、テトラメチルローダミンイソチオシアネート、7−アミノ−4−メチルクマリン−3−酢酸、Alexa Fluor 350、405、430、488、532、546、555、568、594、633、647、680、700、750、790(インビトロジェン株式会社の製品;Alexa Fluorは登録商標)、インドシアニングリーン(第一三共株式会社製)が挙げられる。
【0045】
本発明のペプチド組込みファージは、例えば、コートタンパク質のN末端部分にクラスリン結合性ペプチド誘導体が結合されているものである。ファージは、例えば、M13ファージが挙げられる。
【0046】
本発明の薬物輸送材料は、クラスリン結合性ペプチド誘導体、又はそれを組み込んだペプチド組込みファージがコロイド粒子に包含されることにより、コロイド粒子の表面に、癌細胞と結合するリガンドであるクラスリン結合性ペプチド誘導体が露出されているものである。コロイド粒子が、癌治療剤や癌診断剤を内包していてもよい。
【0047】
薬物輸送材料は、例えば以下のようにして、調製される。クラスリン結合性ペプチド誘導体や組込みファージと、リポソームを形成するリン脂質と、必要に応じて、リポソームに内包される癌治療剤や癌診断剤とを分散させると、リポソームの表面にオリゴペプチドが露出した薬物輸送材料が得られる。薬物輸送材料は、クラスリン結合性ペプチド誘導体、又はそれを組み込んだペプチド組込みファージが、溶解又は懸濁した液であってもよい。
【0048】
コロイド粒子は、例えば、リポソーム、金属含有コロイド粒子、生体分解性樹脂コロイド粒子、フチン酸含有コロイド粒子、硫黄コロイド粒子、タンパク質コロイド粒子が挙げられる。中でも、リポソームであることが好ましい。リポソームは、例えば、脂肪やリン脂質でできたコロイド粒子が挙げられ、より具体的には、SUVリポソーム(small unilamellar vesicle liposome:小さな1枚膜リポソーム)、REVリポソーム(reversephase evaporation vesicle liposome:逆相蒸発法リポソーム)、またはMLVリポソーム(multilamellar vesicle liposome:多重層リポソーム)が挙げられる。
【0049】
このコロイド粒子に内包される癌治療剤として、癌抑制遺伝子を組み込んだベクターや抗癌剤が挙げられる。抗癌剤は、例えば、5−フルオロウラシル(5−FU)、塩酸ドキソルビシンであるアドリアシン(アドリアシンは登録商標)、パクリタキセルであるタキソール(タキソールは登録商標)が挙げられる。
【0050】
このコロイド粒子に内包される癌診断剤として、例えば、[1α,2α(n)−3H]コレステロール オレオイル エーテル、ガドリニウム含有造影剤が挙げられる。
【0051】
造影材料として、例えば、超音波診断用や核磁気共鳴(MRI)診断用などの微小気泡造影剤(マイクロバブル)、より具体的には、レボビスト(シェーリング社製、Levovist:レボビストは登録商標)、オプティソン(アマシャム社製、Optison:オプティソンは登録商標)、ソナゾイド(GEヘルスケア社製、製品名)が挙げられる。
【0052】
磁性粒子として、例えば1〜1000nmナノ粒子である磁性ナノ粒子、より具体的には、デキストランマグネタイトであるFerucarbotranのようなリゾビスト(バイエル薬品株式会社製、リゾビストは登録商標)が挙げられる。
【実施例】
【0053】
以下、本発明の実施例を詳細に説明する。
【0054】
ファージライブラリーを、Ph.D.−12 Phage Display Peptide Library Kit(ニュー・イングランド・バイオラボ社の製品名)で作製し、ヒト胆管癌細胞に対して結合する12残基のアミノ酸配列を提示するファージを調製した。以下の実験で使用する細胞は全て、4日毎に継代されたものである。
【0055】
(調製例1.クラスリン結合性ペプチド誘導体の調製及び同定)
〔1.1 サブトラクション〕
正常細胞株に結合するファージを吸着させるため、以下のようにしてサブトラクションを行った。ファージ吸着細胞として、正常ヒト胆管上皮細胞株であるMMNK−1細胞を用いた。5%の二酸化炭素含有加湿大気下、37℃で、6穴細胞培養プレートを用いて、10%のウシ胎児血清(FBS)、100unit/mlのペニシリン、100mg/mlのストレプトマイシンが含有されているダルベッコ改変イーグル培地(DMEM;インビトロジェン株式会社製)中で、MMNK−1細胞を、コンフルエントになるまで培養した後、このプレートを4℃で30分静置し、培養MMNK−1細胞を得た。この培地を吸引し、ウシ血清アルブミン(BSA;シグマアルドリッチジャパン株式会社製)を1%含有するPBS(大日本住友製薬株式会社製)でこのMMNK−1細胞を2回洗浄した。1%BSA含有DMEMを1穴につき1ml、このプレートに加え、4℃で30分間、このプレートを毎分50回で振盪させ、このMMNK−1細胞を培養した。この細胞に、1穴につき2×1011プラーク形成単位(plaque-forming unit;pfu)にPBSで希釈したファージライブラリーのファージの100μlを加えた。このプレートを、マイクロインキュベーターで4℃、60分間振盪させ、その後、MMNK−1未結合ファージが含有された上清を回収し、次のバイオパンニング工程に用いた。
【0056】
〔1.2 バイオパンニング〕
ヒト胆管癌細胞のみに結合するファージを得るため、以下のようにしてバイオパンニングを行った。バイオパンニングに用いた細胞は、ヒト胆管癌細胞株のRBE細胞である。RBE細胞の培地は、10%のウシ胎児血清(FBS)、100unit/mlのペニシリン、100mg/mlのストレプトマイシンが含有されているRPMI−1640培地(インビトロジェン株式会社製)である。この培地を用いたこと以外は、前記のサブトラクションの工程で培養MMNK−1細胞を得たのと同様にして、6穴細胞培養プレート中に、培養RBE細胞を得た。その6穴細胞培養プレートに、前記のサブトラクションの工程で回収したMMNK−1未結合ファージ含有上清の1mlを加え、マイクロインキュベーターで4℃、60分間このプレートを振盪させた後、その培地をRBE未結合ファージごと除去した。このファージが結合したRBE細胞を洗浄するため、1%BSA含有PBSをこのプレートに加え、除去する操作を4回繰返した。氷上にこのプレートを置き、この細胞とファージとの非特異的相互作用を解離させるため、0.2Mのグリシン塩酸塩水溶液(pH2.2)を1穴あたり1mlずつ加え、5分間プレートを静置した。1Mのトリスヒドロキシメチルアミノメタン(トリス:Tris)塩酸塩(pH9.1)を1穴あたり150μlずつ加え、プレート中の内容液を中和した。このプレートの内容液を吸引し、1%BSA含有PBSを1穴あたり1mlずつ加え、このファージ結合細胞を洗浄した。1%トリス−エチレンジアミン四酢酸(Tris−EDTA)を1穴あたり1mlずつ加え、マイクロインキュベーターで4℃、60分間このプレートを振盪させ、RBE細胞を溶解させスクレーパーで剥がして攪拌した後、RBE細胞結合性の遊離ファージを1%Tris−EDTAごと回収した。
【0057】
〔1.3 RBE細胞結合性のファージの増幅〕
滅菌済みの三角フラスコに、大腸菌の増殖や培養に用いられるLB培地20mlを加え、その後大腸菌株ER2738を白金スパーテルでかきとって加え、37℃で1.5〜2時間振盪培養した。その早期対数増殖期の大腸菌株ER2738含有LB培地に、前記のバイオパンニングの工程で得たRBE細胞結合性の遊離ファージを含む1%Tris−EDTA液の100μlを加え、37℃、5時間、150rpmで攪拌して増幅させた。その後、それを滅菌済みであるコニカルチューブに移して、10000rpm、4℃で10分間このコニカルチューブを遠心した。このコニカルチューブ内の上清を別なコニカルチューブに移し、再度同じ条件でこのコニカルチューブを遠心した。このコニカルチューブ内の上清の15mlを別なコニカルチューブに移し、2.5mlのポリエチレングリコール/塩化ナトリウムを加えた。4℃で一晩このコニカルチューブを静置した後、このコニカルチューブの内容液を別なコニカルチューブに移し、10000rpm、4℃で15分間このコニカルチューブを遠心した。上清を除去し、10000rpm、4℃で5分間このペレットのみのコニカルチューブを再遠心した。ピペットを用いて、遠心したこのコニカルチューブ内のペレット状RBE細胞結合性ファージ以外の水分を除去した。1mlのトリス緩衝生理食塩水液(TBS)をこのコニカルチューブに加え、RBE細胞結合性ファージを懸濁して、13000rpm、4℃で5分間このコニカルチューブを遠心した。上清の1000μlを別なマイクロチューブに移し、そのチューブにポリエチレングリコール/塩化ナトリウムの170μlを加えた。このマイクロチューブを氷上で60分静置して、13000rpm、4℃で5分間遠心した。上清を除去し、13000rpm、4℃で1分間このマイクロチューブを再遠心した。ピペットを用いて、このマイクロチューブ内のペレット状RBE細胞結合性ファージ以外の水分を除去し、PBSを1ml加え、RBE細胞結合性ファージを懸濁したPBS液を得た。
【0058】
〔1.4 ファージ数の測定〕
ファージ数を、プラークインフェクションアッセイにて、以下のようにして測定した。コニカルチューブにLB培地の10mlを加え、その後大腸菌株ER2738を白金スパーテルでかきとって加え、37℃で2時間振盪培養した。この大腸菌含有LB培地の185μlを、前記のRBE細胞結合性のファージの増幅の工程で得たRBE細胞結合性ファージを懸濁したPBS液の10μlに加え、その混合液を5分間静置した。予め温めて溶かしておいたアガローストップの40mlを、別なコニカルチューブに移し、アガローストップが冷えてきたら、5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−ガラクトピラノシド(X−gal;和光純薬工業株式会製)含有液の濃度0.05g/mLの480μlと、イソプロピル−β−チオガラクトピラノシド(IPTG;和光純薬工業株式会社製)含有液の濃度0.2383g/mLの120μlとを加え、それを、予め温めておいた別なコニカルチューブに3〜4mlずつ取り分けた。このコニカルチューブに、前記の大腸菌含有LB培地とRBE細胞結合性ファージ懸濁PBS液との混合液を加え、攪拌した。これらを、ファージが感染した大腸菌のみを増殖させる培地であるテトラサイクリン含有LBプレートに撒き、このプレートを裏返して一晩、37℃で培養した。このプレートにできたプラークを数えた。1個のプラークは1個のファージ粒子に由来するため、プラーク数をファージ数と見做した。その結果を図1中に、第1回のデータとして示す。
【0059】
〔1.5 バイオパンニングとファージ増幅との繰返し〕
前記のRBE細胞結合性のファージの増幅の工程で得たファージを更に精製して、正常細胞株であるMMNK−1細胞に結合するファージを取り除くため、その増幅したファージを、前記のサブトラクションの工程と同様にして、MMNK−1細胞に結合したファージを除去し、MMNK−1細胞に結合しないファージを回収するというサブトラクション操作と、前記のバイオパンニングの工程と同様にして、RBE細胞結合性のファージを回収するというバイオパンニング操作と、前記RBE細胞結合性のファージの増幅の工程と同様にして、そのファージを増幅する操作との繰返し工程を、計3回繰返した。
【0060】
図1に、サブトラクション操作とバイオパンニング操作とファージの増幅操作との繰返し工程を、3回繰返したときに、この繰返し工程毎に、前記のファージ数の測定の工程と同様にして測定したきの結果を、第2回、第3回のデータとして示す。図1から明らかな通り、ファージの回収数は、繰返し回数と共に増加し、ファージの純度が、順次向上していることが、分かった。
【0061】
(調製例2 ファージクローンの調製)
次に、同一の遺伝子を持つファージクローンを調製した。
【0062】
〔2.1 ファージの選択とファージクローンの調製〕
先ずコニカルチューブにLB培地の10mlを加え、その後大腸菌株ER2738を白金スパーテルでかきとって加え、37℃で一晩振盪培養させて大腸菌含有LB培地を作製した。LB培地の49.5mlが入っているコニカルチューブに、大腸菌含有LB培地の0.5mlを加え、攪拌した。これの2mlずつを別なコニカルチューブ40本に夫々移した。ファージクローンの調製に供するため、前記の調製例1中のバイオパンニングとファージ増幅との繰返し工程での第3回におけるファージ数の測定をした残余のテトラサイクリン含有LBプレート中から任意に40個のプラークを選択し、他のプラークと混ざらないようにピペットで取り出した。それらプラークの夫々を、各々このコニカルチューブに加え、大腸菌とこのファージとを5時間振盪培養させた。これの1mlをマイクロチューブ2本に分注し、1本はファージクローン保存用に、もう1本はDNAの調製用に保存した。室温下、13000rpmで1分間、ファージクローン保存用のマイクロチューブを遠心した。上清の500μlを別なマイクロチューブに移し、500μlのグリセリン(和光純薬工業株式会社製)を加え撹拌した。その操作を繰返し、40種のファージ毎に、ファージクローン含有溶液を調製し、癌細胞株への結合・集積能力の評価に用いるため、複数のマイクロチューブで保存した。
【0063】
(調製例3 40種のファージクローンの癌細胞株への結合・集積能力の評価)
次に、調製例2で得た40種のファージクローンの中で、最もヒト胆管癌細胞に結合するクローンを特定し、そのファージクローンを用いたヒト癌細胞株への集積能力について、以下のようにして調べた。
【0064】
〔3.1 RBE細胞を用いたCell−ELISAでのファージ結合測定〕
RBE細胞に対するファージクローンの結合能力を確認するために、調製例2で得た40種のファージクローンについて、RBE細胞を用いた酵素結合免疫吸着検定法(enzyme-linked immunosorbent assay;ELISA)で試験を行った。5%の二酸化炭素含有加湿大気下、37℃で、96穴プレートに1穴あたり1×10個に希釈したRBE細胞を、10%FBS含有RPMI−1640培地で24時間培養した。このRBE細胞を1%BSA含有PBSの100μlで洗浄し、無血清RPMI−1640培地の100μl中で、37℃で1時間培養した。4%のパラホルムアルデヒドを含むPBSの100μlをこのプレートに添加し、20分間パラホルムアルデヒド中のRBE細胞を固定した。0.05%のTween20(関東化学株式会社製;Tweenは登録商標)を含有するPBS(PBST−05)で固定後のRBE細胞を5分間、3回ゆっくり洗浄し、ブロッキングバッファー(3%BSA含有PBST−05)の100μlをこのプレートに添加し、37℃で1時間、ブロッキングバッファー中のRBE細胞をブロッキングした。調製例2で得た40種のファージクローン含有溶液を用い、調製例1中の1.3及び1.4の手順に従って、ファージクローンを含む溶液を調製した。その溶液を、それの中のファージの数が1穴あたり1×1010pfuとなるように希釈してブロッキングしたRBE細胞に添加し、37℃で1時間、このファージとブロッキングしたRBE細胞とを結合させた。PBST−05で3回ファージが結合したRBE細胞を洗浄して、RBE細胞未結合ファージを除去した。一次抗体として、ブロッキングバッファーで1200倍に希釈したウサギ由来抗M13ファージ抗体であるB7786(シグマアルドリッチジャパン株式会社製)を1穴あたり100μlずつこのプレートに添加し、室温で60分間静置し、RBE細胞に結合したファージとこの一次抗体とを結合させた。PBST−05で一次抗体が結合したRBE細胞を3回洗浄して後、二次抗体として、ブロッキングバッファーで8000倍に希釈したペルオキシダーゼ標識ヤギ抗ウサギIgG抗体であるA0545(シグマアルドリッチジャパン株式会社製)を1穴あたり100μlずつこのプレートに添加し、室温で60分間静置し、RBE細胞に結合した一次抗体と二次抗体とを結合させた。0.05%のTween20含有PBSで3回この二次抗体が結合したRBE細胞を洗浄した後、ペルオキシダーゼの発色基質として、3,3’,5’,5−テトラメチルベンジジン(TMB) Liqid Substrate System(シグマアルドリッチジャパン株式会社の製品名)を1穴あたり100μlずつこのプレートに添加し、室温で20分間ペルオキシダーゼとTMBとを反応させた。ペルオキシダーゼとTMBとの反応停止液として、0.5Mの硫酸を1穴あたり100μlずつこのプレートに添加し、490nmの吸光度をマイクロプレートリーダーのSpectra Max Plus384(日本モレキュラーデバイス株式会社の製品名)で測定した。40種類のファージクローンについて同様に測定を繰返した結果から、その中で最もRBE細胞に結合するファージクローンの1種に、絞り込んだ。
【0065】
〔3.2 ヒト癌細胞株を用いたファージの集積〕
ヒト癌細胞株への1種に絞り込まれたファージクローンの集積について、以下のようにして調べた。5%の二酸化炭素含有加湿大気下、37℃で6穴細胞培養プレートにRPMI−1640培地でRBE細胞を培養した。このRBE細胞がコンフルエントになったら、氷上に30分間このプレートを静置した。この培地を捨て、1%BSA含有PBSの1mlでこのRBE細胞を2回手短に洗浄した。1%BSA含有RPMI−1640培地の1mlを、1%BSA含有PBSで洗浄したRBE細胞に添加し、このプレートを氷上に置き、30分間、毎分50回で振盪培養させた。調製例2で得た内の当該1種類のファージクローン含有上清を、ファージ数が1mlあたり5×1010pfuとなるように希釈して、振盪培養させたRBE細胞に添加し、4℃で60分間、このプレートをマイクロインキュベーターに入れて振盪させ、ファージをRBE細胞に結合させた。RBE細胞未結合ファージを含む培地を捨て、1%BSA含有PBSの1mlで、得られたファージ結合RBE細胞を4回洗浄した。このプレートを氷上に置き、1穴あたり0.2Mのグリシン塩酸塩水溶液(pH2.2)の1mlをこのファージ結合RBE細胞に添加して、5分間このプレートを静置して、結合相互作用の非特異的解離をさせた後、1穴あたり1Mのトリス塩酸塩(pH9.1)を150μlずつ加え、このプレート中の溶液を中和した。1%BSA含有PBSでこのファージ集積RBE細胞を洗浄し、剥がして、RBE細胞に集積したファージクローンを得た。このRBE細胞に集積したファージクローンと大腸菌とを、X−galとIPTGとを含む寒天培地プレートで、37℃で1晩増殖させた。この大腸菌から溶出したこのファージを多段階希釈し、プラークインフェクションアッセイにてこのファージクローンの集積数を求めた。この寒天培地プレート上のプラークを15時間後に数えた。RBE細胞の他に、胆管癌細胞株のHuH−28をMEM Earle’s(インビトロジェン株式会社製)で、同じくTFK−1をRPMI−1640培地で、同じくIHGGKをRPMI−1640で、肝癌細胞株のHep3BをDMEMで、胃癌細胞株のAZ521をDMEMで、大腸癌細胞株のDLD−1をRPMI−1640で、MMNK−1をDMEMで夫々培養して、同様にしてファージクローンの集積数を求めた。
【0066】
その結果を図2に示す。ファージ集積数は、胆管癌細胞株であるHuH−28細胞株及びTFK−1細胞株と、RBE細胞株とで、略同じであった。一方、胆管癌細胞でない細胞株(Hep3B、DLD−1、AZ521)からのファージの集積数は、RBE細胞の集積数よりも有意に低かった。なお、同図中のアスタリスクは、RBE細胞へのファージクローンの集積数とそれ以外の細胞株のファージクローンの集積数とを比較した場合に、P値が0.05以下であって、統計学的有意差が認められるものを、示している。
【0067】
(調製例4 ファージクローンDNAの調製とシークエンス)
【0068】
〔4.1 ファージクローンのDNAの調製〕
調製例2で得たDNA調製用の溶液から、以下のようにして、DNAを調製した。この溶液の1000μlが入っているマイクロチューブを13000rpmで1分間遠心した。上清500μlを新しいマイクロチューブへ移し、ポリエチレングリコール/塩化ナトリウムの200μlを加え、室温で10分間このマイクロチューブを静置した。室温下、13000rpmで10分間このマイクロチューブを遠心した後、上清を捨て、室温下、13000rpmで1分間このマイクロチューブを再遠心した。このマイクロチューブから、直ぐに上清を完全に除去し、ヨウ素緩衝液(Iodine buffer)の100μlをこのマイクロチューブに加え、沈殿物を完全に溶かした後、100%エタノールの250μlをこのマイクロチューブに加え、攪拌した。10分間このマイクロチューブを静置した後、室温下、13000rpmで10分間このマイクロチューブを遠心した。上清を除去し、70%エタノールの250μlをこのマイクロチューブに加え、室温下、13000rpmで1分間このマイクロチューブを遠心した。上清を完全に除去し、このマイクロチューブを恒温器にて60℃で乾燥させた後、Tris−EDTA(TE)bufferの30μlをこのマイクロチューブに加え、絞り込まれたファージクローンのDNAを調製した。
【0069】
〔4.2 絞り込まれたファージクローンDNAのシークエンス〕
このファージクローンのDNAと、BigDye Terminator v3.1/1.1 Cycle Sequencing Kit(アプライドバイオシステムズ株式会社の製品名;BigDyeは登録商標)と、−96プライマーとを用いて、そのキットの標準手順に従い、絞り込まれたファージクローンのシークエンス用のDNAを調製した。このシークエンス用のDNAを、ABI PRISM sequencer 3100 Genetic Analyzer(アプライドバイオシステムズ株式会社の製品名;PRISMは登録商標)を用いて解析した。
【0070】
(調製例5 ペプチド誘導体の同定)
〔5.1 RBE細胞に結合するアミノ酸配列のみからなるペプチド誘導体の同定〕
前記のDNAのシークエンスの結果をもとに、Thr−Pro−Val−Leu−Glu−Thr−Pro−Lys−Leu−Leu−Leu−Trpの12アミノ酸配列(1文字表記;TPVLETPKLLLW)からなるペプチド誘導体であると同定した。このアミノ酸配列のペプチド誘導体は、極めて強く、RBE細胞に結合するというものである。
【0071】
本発明を適用するこの12アミノ酸配列のみからなるペプチド誘導体と、それの標識化ペプチド誘導体とを、以下のようにして、合成し、理化学評価、及び生物学的評価に用いた。また、生物学的評価の際の対照群とするため、本発明を適用外の12アミノ酸配列のみからなるペプチド誘導体と、それの標識化ペプチド誘導体とを、合成した。
【0072】
(合成例1 本発明の12アミノ酸配列のみからなるペプチド誘導体の合成)
12アミノ酸配列(TPVLETPKLLLW)のみからなるペプチド誘導体を、
シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社のAbacus SynthesizerやHighThrough-put Synthesizer(同社製)により、合成した。
【0073】
(合成例2 本発明のビオチン標識化ペプチド誘導体の合成)
合成例1で得たペプチド誘導体をビオチンで標識したビオチン標識化ペプチド誘導体を、シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社による通常のビオチン標識化方法で合成した。
【0074】
(合成例3 本発明のNHS-Fluorescein蛍光標識化ペプチド誘導体の合成)
合成例1で得たペプチド誘導体を、NHS-Fluoresceinで標識したNHS-Fluorescein蛍光標識化ペプチド誘導体を、シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社による通常の蛍光標識化で合成した。
【0075】
(比較合成例1 本発明を適用外の12アミノ酸配列のみからなるペプチド誘導体の合成)
RBE細胞に結合しないHis−Ala−Lys−Ser−Pro−Glu−His−Thr−Thr−Phe−His−Glyの12アミノ酸配列(一文字表記;HAKSPEHTTFHG)のみからなるペプチド誘導体を、シグマ
アルドリッチ ジャパン株式会社によるペプチドシンセサイザーで、合成例1と同様な手法により、合成した。
【0076】
(比較合成例2 本発明を適用外のビオチン標識化ペプチド誘導体の合成)
比較合成例1で得たペプチド誘導体を合成例2と同様にして、ビオチンで標識することにより、ビオチン標識化ペプチド誘導体を、合成した。
【0077】
(比較合成例3 本発明を適用外のNHS-Fluorescein蛍光標識化ペプチド誘導体の合成)
比較合成例1で得たペプチド誘導体を合成例3と同様にして、NHS-Fluoresceinで標識することにより、NHS-Fluorescein蛍光標識化ペプチド誘導体を、合成した。
【0078】
合成例1〜3、及び比較合成例1〜3で得たペプチド誘導体を、以下の調製、各評価及び実施例に供した。
【0079】
(調製例6 ペプチド誘導体への結合性物質の同定)
ペプチド誘導体への結合性物質の同定のために、合成例2のビオチン標識ペプチド誘導体を用いて、以下のようにしてPull downを行った。
〔6.1 ペプチド誘導体と結合する物質の特定〕
組成が0.25%又は1%のNonidet P−40、142.5mMの塩化カリウム、5mMの塩化マグネシウム・6水和物、10mMでpH7.6の4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジンエタンスルフォン酸(HEPES)、0.2mMのフェニルメチルスルフォニルフルオリド(PMSF)、1mMのEDTA、プロテアーゼインヒビターのComplete,Mini,EDTA−free(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社の製品名)の1T/mLからなる細胞溶解液の1mlを用いて、プレート中のRBE細胞を溶解した。残っているRBE細胞の残骸を、コロニー操作用具のラバーポリスマンでプレート表面から完全に除去した後、溶解液をこのプレートから回収したRBE細胞溶解物を、マイクロチューブに移し、氷上でインキュベートして、超音波破砕して、13000rpmで15分間このマイクロチューブを遠心して、このRBE細胞溶解物を清澄した。合成例1のビオチン標識化ペプチド誘導体の20μlで抱合されたストレプトアビジン−アガロース(インビトロジェン株式会社製)の40μlで、遠心して得られた上清をPull downし、4℃で1時間インキュベートした。インキュベートの後、ストレプトアビジンとビオチンとの結合複合体を、前記の細胞溶解液で4回洗浄し、1分間遠心して上清を捨てた。Pull downされたタンパク質を9%のドデシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)にて、電気泳動した。クマシーブリリアントブルーでゲルを染色し、190kDa付近に現れたタンパク質のバンド部分をゲルから切り出し、このゲル中のタンパク質をトリプシンで消化した。質量分析計のnano LC−ESI−Q−TOF MS/MSを用いて、トリプシンで消化したタンパク質を解析し、タンパク質特定ソフトのMASCOTアルゴリズム(マトリックスサイエンス株式会社の製品;MASCOTは登録商標)を用いて、タンパク質データベースのNCBInrでタンデムマススペクトルを検索し、トリプシンで消化したタンパク質と一致するタンパク質を特定した。その結果、この190kDaのヒトタンパク質は、クラスリン重鎖であった。このことから、合成例1のペプチド誘導体は、クラスリン結合性であることが分かった。
【0080】
〔6.2 クラスリンと結合する物質の特定〕
合成例1のビオチン標識化ペプチド誘導体の量を20μmol、4μmol、2μmol、0.4μmol、0.2μmolにして、上記と同様の方法でRBE細胞内のタンパク質を電気泳動して、ゲルを染色した。その結果、このビオチン標識化ペプチド誘導体の量が少ない場合、78kDa付近にバンドが現れた。この部分をゲルから切除して、nano LC−ESI−Q−TOF MS/MS、及びMASCOTを用いて、このゲル中のタンパク質を解析した結果、このタンパク質は分子シャペロンであるGRP78であった。
【0081】
以下、本発明を適用するペプチド誘導体と、本発明を適用外のペプチド誘導体とを用いて、in vitroで生物学的評価をするため、以下のように実施した。
【0082】
(実施例1)
5%の二酸化炭素含有加湿大気下、37℃で、8穴チャンバースライドにRPMI−1640培地でRBE細胞を培養した。チャンバースライド内で80%程度コンフルエントになったらこの培地を捨て、1%BSA含有PBSで2回このRBE細胞を洗浄した。1%BSA含有RPMI−1640培地をこのチャンバースライドに加え、30分、37℃でこのRBE細胞を培養した。合成例3のNHS-Fluorescein蛍光標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体1000μMを、このRBE細胞に添加し、このチャンバースライドを遮光して、37℃、2時間このRBE細胞を培養した。1%BSA含有RPMI−1640培地を吸引し、1%BSA含有PBSで、FITC蛍光標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体が結合したRBE細胞を3回洗浄した。1:1のメタノール/アセトン溶液の400μlを、このチャンバースライドに加え、−20℃で3分間、このRBE細胞を固定した後、このメタノール/アセトン溶液を吸引し、固定したRBE細胞を10分間乾燥させた。このチャンバースライドのチャンバーを外し、スライドガラスだけにして、乾燥させたRBE細胞への非特異的結合を防ぐため、10%ヤギ血清100μlを乾燥させたRBE細胞に添加して、湿潤条件下で20分間、室温でRBE細胞をブロッキングした。対比染色をするため、4’,6−ジアミノ−2−フェニルインドール(DAPI;インビトロジェン株式会社製)を100μlずつブロッキングしたRBE細胞に添加し、ブロッキングしたRBE細胞を室温で1〜3分間、DAPI染色した。DAPI染色したRBE細胞を3分間、3回PBSで洗浄し、蛍光退色防止剤であるSlow Fade Antifade Kit(インビトロジェン株式会社の製品名)の100μlを洗浄したRBE細胞に添加し、10分間静置した。蛍光退色防止剤で処理したRBE細胞を水性の封入剤であるAqua Poly/Mount(ポリサイエンス社の製品名)で包埋し、蛍光顕微鏡Biozero BZ−8000(株式会社キーエンスの製品名)で観察した。
【0083】
(比較例1)
実施例1中のRBE細胞をMMNK−1細胞に、RPMI−1640培地をDMEMに変更した以外は実施例1と同様の方法で、MMNK−1細胞を蛍光顕微鏡で観察した。
【0084】
(比較例2)
実施例1中の合成例3のNHS-Fluorescein蛍光標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体を、本発明を適用外の比較合成例3のNHS-Fluorescein蛍光標識化ペプチド誘導体に変更した以外は実施例1と同様の方法で、RBE細胞を蛍光顕微鏡で観察した。
【0085】
(比較例3)
実施例1中の合成例3のNHS-Fluorescein蛍光標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体を、本発明を適用外の比較合成例3のNHS-Fluorescein蛍光標識化ペプチド誘導体に、RBE細胞をMMNK−1細胞に、またRPMI−1640培地をDMEMに、夫々変更した以外は実施例1と同様の方法で、MMNK−1細胞を蛍光顕微鏡で観察した。
【0086】
実施例1及び比較例1〜3での蛍光顕微鏡写真を纏めて図3に示す。実施例1のように本発明を適用するNHS-Fluorescein蛍光標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体をRBE細胞に添加した場合、NHS-Fluorescein特有の緑色の蛍光が、RBE細胞の細胞膜と核周囲の細胞質の辺りに、観察されたが、比較例1のようにMMNK−1細胞上には、観察されなかった。一方、比較例2〜3のように本発明適用外のNHS-Fluorescein蛍光標識ペプチド誘導体を用いた場合も、蛍光が観察されなかった。このことからクラスリン結合性ペプチド誘導体は、RBE細胞に選択的に集積し易いことが分かった。
【0087】
(実施例2)
胆管癌患者の病巣及び転移可能性のある胆管・肝臓等の周辺組織を郭清する外科手術により得られたヒト癌肝臓組織を検体として用いた。この検体は18人の患者から得られたもので、13人の患者は肝内胆管癌であり、5人の患者は肝外胆管癌であった。患者の平均年齢は64.7歳(55〜71歳)で、10人は男性であり、8人は女性であった。
【0088】
この内で病理検査した肝内胆管癌組織の2検体と、肝内胆管癌組織の2検体とを、厚さ4μmの切片にし、スライドガラスに載せた。各切片に、合成例3のNHS-Fluorescein蛍光標識化ペプチド誘導体の100μMを100μl添加し、室温で2時間このペプチド誘導体とこの切片とを結合させた。2時間後の切片を10%FBS含有PBSで3回洗浄し、PBSで洗浄した切片を1:1のメタノール/アセトン溶液で−20℃、3分間、固定した。その後、固定した切片を10分間乾燥させた。切片に10%ヤギ血清100μlを添加して、湿潤条件下で20分間、室温でブロッキングした。対比染色をするため、DAPIを100μlずつブロッキングした切片に添加し、ブロッキングした切片を室温で1〜3分間、DAPI染色した。DAPI染色した切片を3分間、3回PBSで洗浄し、蛍光退色防止剤であるSlow Fade Antifade Kitの100μlを洗浄した切片に添加し、10分間静置した。蛍光退色防止剤で処理した切片を水性の封入剤のAqua Poly/Mountで包埋し、蛍光顕微鏡Biozero BZ−8000(株式会社キーエンスの製品名)で観察した。
【0089】
(比較例4)
実施例2中で用いたヒト癌肝臓組織を、転移可能性があったが癌組織が見付からなかったヒト正常肝臓組織に変更した以外は実施例2と同様の方法で、ヒト正常胆管組織を顕微鏡で観察した。
【0090】
(比較例5)
実施例2中で用いた合成例3のNHS-Fluorescein蛍光標識化ペプチド誘導体を、比較合成例3のNHS-Fluorescein蛍光標識化ペプチド誘導体に変更した以外は実施例2と同様の方法で、ヒト癌肝臓組織を顕微鏡で観察した。
【0091】
(比較例6)
実施例2中で用いたヒト癌肝臓組織をヒト正常胆管組織に、合成例3のNHS-Fluorescein蛍光標識化ペプチド誘導体を、比較合成例3のNHS-Fluorescein蛍光標識化ペプチド誘導体に変更した以外は実施例2と同様の方法で、ヒト正常肝臓組織を顕微鏡で観察した。
【0092】
実施例2及び比較例4〜6での蛍光顕微鏡写真を纏めて図4に示す。実施例2のように本発明を適用する合成例3のNHS-Fluorescein蛍光標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体を、ヒト肝内胆管癌組織とヒト肝外胆管癌組織とに添加した場合、夫々の組織中の細胞の細胞膜上と核周囲の細胞質内とに蛍光が観察された。対照的に、比較例5のように本発明を適用外の比較合成例3のNHS-Fluorescein蛍光標識化ペプチド誘導体を添加した場合、夫々の組織に蛍光は観察されなかった。また比較例4,6のようにヒト正常肝臓組織上では、蛍光は観察されなかった。このことからクラスリン結合性ペプチド誘導体は、胆管癌細胞に選択的に集積し易いことが分かった。
【0093】
(実施例3)
5%の二酸化炭素大気下、37℃で、96穴プレートに1穴あたり5×10個となるように希釈したRBE細胞を、10%FBS含有RPMI−1640培地で培養した。合成例1のクラスリン結合性ペプチド誘導体の1000μMをこのRBE細胞に添加して、24時間、このRBE細胞を培養した。生細胞がテトラゾリウム塩を発色物質のホルマザンへ変換することができる性質を利用して、生細胞数を比色定量できるCellTiter96 AQueous One Solution reagent(プロメガ株式会社の製品名;CellTiter96は登録商標)の20μlを含む無血清RPMI−1640培地の120μlに培地を交換して、このペプチド誘導体添加後のRBE細胞を37℃で2時間培養した。この培地を新しい96穴プレートに100μlずつ移し替え、マイクロプレートオートリーダー(日本モレキュラーデバイス株式会社製)を用いて、吸光度490nmで培地中のホルマザンを測定し、このRBE細胞の分裂促進性を評価した。
【0094】
(比較例7:参考例)
実施例3中の合成例1のクラスリン結合性ペプチド誘導体の添加濃度を、100μMに変更した以外は実施例3と同様の方法で、RBE細胞の分裂促進性を評価した。
【0095】
(比較例8)
実施例3中の合成例1のクラスリン結合性ペプチド誘導体を、比較合成例1のペプチド誘導体に変更した以外は、実施例3と同様の方法でRBE細胞の分裂促進性を評価した。
【0096】
(比較例9)
実施例3中の合成例1のクラスリン結合性ペプチド誘導体を、比較合成例1のペプチド誘導体に変更してその添加濃度を100μMにした以外は、実施例3と同様の方法でRBE細胞の分裂促進性を評価した。
【0097】
(比較例10)
実施例3中の合成例1のクラスリン結合性ペプチド誘導体を添加しないこと以外は、実施例3と同様の方法でRBE細胞の分裂促進性を評価した。
【0098】
実施例3及び比較例7〜9の結果を纏めて図5に示す。図5から明らかなとおり、本発明を適用するクラスリン結合性ペプチド誘導体、又は本発明を適用外のペプチド誘導体は、RBE細胞の細胞成長において有意な差を生じなかった。
【0099】
(実施例4)
5%の二酸化炭素含有加湿大気下、37℃で8穴チャンバースライドに1穴あたり80%コンフルエントになるように、24時間RBE細胞を培養した。トランスフェクション試薬のProfect−2(TARGETING SYSTEMS社の製品名)の1μlと、合成例3のNHS-Fluorescein蛍光標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体の1.3μgとを、無血清RPMI−1640培地の20μlに混合させて混合物を調製した。この混合物を室温に20分間静置してこのペプチド誘導体とトランスフェクション試薬との複合体を形成させて、無血清RPMI−1640培地の200μlで希釈した。希釈した混合物をこのRBE細胞の培地中に添加して、37℃で2時間、このRBE細胞を培養した。RPMI−1640培地で2回、トランスフェクションしたRBE細胞を洗浄した後、無血清RPMI−1640培地をこのチャンバースライドに加え、RBE細胞を、蛍光顕微鏡のBiozero BZ−8000で観察した。
【0100】
(比較例11)
実施例4中のトランスフェクション試薬を用いないこと以外は、実施例4と同様の方法でRBE細胞を蛍光顕微鏡で観察した。
【0101】
(比較例12)
実施例4中で、合成例3のNHS-Fluorescein蛍光標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体を、比較合成例3のNHS-Fluorescein蛍光標識化ペプチド誘導体に変更した以外は、実施例4と同様の方法でRBE細胞を蛍光顕微鏡で観察した。
【0102】
(比較例13)
実施例4中のトランスフェクション試薬を用いないこと、及び合成例3のNHS-Fluorescein蛍光標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体を、比較合成例3のNHS-Fluorescein蛍光標識化ペプチド誘導体に変更した以外は、実施例4と同様の方法でRBE細胞を蛍光顕微鏡で観察した。
【0103】
実施例4及び比較例11〜13での蛍光顕微鏡写真を纏めて図6に示す。実施例4のように本発明を適用する本発明を適用する合成例3のNHS-Fluorescein蛍光標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体をトランスフェクションしたRBE細胞は、その細胞の細胞膜上と核周囲の細胞質中とにNHS-Fluorescein特有の緑色の蛍光色素が観察され、このペプチド誘導体がRBE細胞内に取り込まれていた。一方、比較例11〜13のようにNHS-Fluorescein蛍光標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体を用いるがトランスフェクション試薬を用いない場合と、本発明を適用外のNHS-Fluorescein蛍光標識化ペプチド誘導体を用いてトランスフェクション試薬を用い又は用いなかった場合とは、RBE細胞内の蛍光色素強度が弱く、トランスフェクション試薬を用いた場合の方が、クラスリン結合性ペプチド誘導体は、胆管癌細胞内部に選択的に導入され易いことが分かった。
【0104】
(実施例5)
細胞が死滅して溶解したときに放出されるラクトースデヒドロゲナーゼ(LDH)を測定できるキットであるCytoTox96 Non−Radioactive Cytotoxicity Assay(プロメガ株式会社の製品名;CytoTox96は登録商標)を用いて、5−FU添加後のRBE細胞における細胞毒性を評価した。5%の二酸化炭素含有加湿大気下、37℃で96穴プレートに1穴あたり6×10個に希釈して、10%FBS含有RPMI−1640培地でRBE細胞を培養した。トランスフェクション試薬のProfect Protein Delivery System(TARGETING SYSTEMS社の製品名)の0.5μlを用いて、合成例1のクラスリン結合性ペプチド誘導体の0.65μgをこのRBE細胞にトランスフェクションした。5−FUの10mg/ml、1mg/mlを夫々100μlずつ、トランスフェクション後のRBE細胞に添加した。36時間後、5−FU添加後の培地を回収して、その50μlを新しい96穴プレートに移し、このキットのSubstrate MixをこのキットのAssay Bufferで溶解したものの50μlを、夫々5−FU添加後の培地に加えた。室温で30分間、新しいプレートを静置し、マイクロプレートオートリーダーで490nmの吸光度を測定した。
【0105】
(比較例14)
実施例5中の合成例1のクラスリン結合性ペプチド誘導体を、比較合成例1のペプチド誘導体に変更した以外は、実施例5と同様の方法で、細胞毒性を評価した。
【0106】
(比較例15)
実施例5中の合成例1のクラスリン結合性ペプチド誘導体を、使用しないこと以外は、実施例5と同様の方法で、細胞毒性を評価した。
【0107】
実施例5及び比較例14〜15での結果を図7に示す。図7から明らかなとおり、実施例5のように本発明を適用する蛍光標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体をトランスフェクションした場合でのRBE細胞における5-FUによる細胞毒性即ち抗癌効果は、比較例14〜15のように本発明を適用外の蛍光標識化ペプチド誘導体を使用した場合、又は本発明のペプチド誘導体を使用しない場合と比較して、高かった。このことから、本発明を適用するクラスリン結合性ペプチド誘導体は、抗癌剤との相乗効果により、高い抗癌作用を奏することが分かった。
【0108】
次に、本発明のペプチド組込みファージと、本発明のペプチド誘導体を持たない本発明を適用外のファージとのRBE細胞、及び胆管癌組織の結合を評価するため、以下の実験を行った。
【0109】
(作製例1 本発明のクラスリン結合性ペプチド誘導体が結合したファージの作製)
調製例3中の3.1の手順で選んだ最もRBE細胞に結合するファージクローンを、調製例1中の1.3及び1.4の手順に従って調製して、本発明を適用するペプチド組込みファージを作製した。
【0110】
(比較作製例1 本発明を適用外のファージの作製)
アミノ酸配列がコードされていないファージであるインサートレスファージを、本発明を適用外のファージとした。
【0111】
(実施例6)
5%の二酸化炭素含有加湿大気下、37℃で8穴チャンバースライドにRPMI−1640培地でRBE細胞を培養した。このRBE細胞が80%程度コンフルエントになったら、1%BSA含有PBSでこのRBE細胞を2回洗浄した。1%BSA含有RPMI−1640培地をこのチャンバースライドに加えた後、作製例1のクラスリン結合性のペプチド組込みファージの数を1×1010pfuとなるように希釈して、洗浄後のRBE細胞に加え、1時間4℃で洗浄後のRBE細胞を培養した。このチャンバースライド中の内容液を吸引し、1%BSA含有PBSで2回、このファージが結合したRBE細胞を洗浄して、固定液として1:1のメタノール/アセトン溶液の400μ1を洗浄後のRBE細胞に添加し、−20℃で3分間、洗浄後のRBE細胞を固定した。この固定液を吸引し、固定したRBE細胞を10分間乾燥させた。このチャンバースライドのチャンバーをはずし、スライドガラスだけにして、ブロッキング剤として10%ヤギ血清の100μlを乾燥させたRBE細胞に添加して、湿潤条件下で20分間、室温で10%ヤギ血清添加RBE細胞をブロッキングした。一次抗体として、PBSで希釈した2%ヤギ血清を用いて、600倍に希釈したウサギ由来坑M13ファージ抗体の100μlを、ブロッキング処理後のRBE細胞に添加し、1時間室温でブロッキング処理後のRBE細胞と一次抗体とを結合させた。一次抗体が結合したRBE細胞をPBSで3分間、3回洗浄した後、二次抗体として、2%ヤギ血清で100倍に希釈した標識ヤギ由来抗ウサギIgG抗体の100μlを、洗浄したRBE細胞に添加し、遮光して1時間室温で一次抗体と二次抗体とを結合させた。二次抗体が結合したRBE細胞をPBSで3分間、3回洗浄した後、DAPIの100μlを洗浄したRBE細胞に添加し、1〜3分間室温でDAPI添加RBE細胞を染色した。DAPI染色後のRBE細胞をPBSで3分間、3回洗浄して、蛍光退色防止剤の100μlを洗浄したRBE細胞に添加し、10分間静置した。水性封入剤で蛍光退色防止処理後のRBE細胞を包埋して、水性封入剤で封入したRBE細胞を、蛍光顕微鏡のBiozero BZ−8000で観察した。
【0112】
(比較例16)
実施例6中の作製例1のクラスリン結合性のペプチド組込みファージを、比較作製例1のインサートレスファージに変更した以外は実施例6と同じ方法でRBE細胞を観察した。
【0113】
実施例6及び比較例16での蛍光顕微鏡写真を纏めて図8に示す。実施例6のように本発明を適用するペプチド組込みファージは、RBE細胞に選択的に集積し易いものであることから、RBE細胞の細胞膜上に特有の緑色の蛍光が観察された。一方、比較例16のように本発明を適用外のインサートレスファージを用いた場合、RBE細胞に緑色の蛍光は観察されなかった。このことから本発明を適用するペプチド組込みファージは、胆管癌病巣への薬物輸送材料の有効成分として、有用であることが分かった。
【0114】
(実施例7)
ヒト胆管癌組織を、凍結組織切片作製用包埋剤のOCTコンパウンド(サクラファインテックジャパン株式会社の製品名)で冷凍保存した後、凍結切片作製装置のクライオスタットで薄切して、切片を作製した。この切片をスライドガラスに載せ、適量の1%BSA含有TBSで5分間、2回洗浄した。作製例1のペプチド組込みファージの数を2×10pfuとなるように希釈して、1%BSA含有TBSで洗浄した切片に添加し、1時間室温でこの組織とこのファージとを結合させた。このファージが結合した切片を適量の1%BSA含有TBSで3回洗浄した後に、無水エタノールで5分固定した。この切片の内因性ペルオキシダーゼをブロッキングするため、3%過酸化水素水をこの切片に添加し、室温下、10分間3%過酸化水素水中で切片を静置した。ブロッキング後の切片を適量の1%BSA含有TBSで5分間、3回洗浄し、一次抗体として、600倍に希釈したウサギ由来坑M13ファージ抗体の100μlを洗浄した切片に添加し、1時間室温で切片に結合したファージと一次抗体とを結合させた。一次抗体が結合した切片を適量の1%BSA含有TBSで5分間、3回洗浄し、二次抗体として、Envision+System Labelled Polymer−HRP anti−Rabbit(ダコ・ジャパン株式会社の製品名)の120μlを、1%BSA含有TBSで洗浄した。一次抗体結合切片に添加し、1時間室温で切片に結合した一次抗体と二次抗体とを結合させた。二次抗体が結合した切片を適量の1%BSA含有TBSで5分間、3回洗浄し、Trisの6.05g/Lと、塩酸の37.5ml/L(共に和光純薬工業株式会社製)と、超純水1LとからなるTris working solutionの125mlと、3,3’−ジアミノベンジジン四塩酸塩(DAB;株式会社同仁化学研究所製)の1gと、エチレングリコールモノメチルエーテルの50mlと、アジ化ナトリウムの1gとからなるDAB溶液の1.25mlと、30%過酸化水素水の6.5μlとからなるペルオキシダーゼ発色基質を調製して、1%BSA含有TBSで洗浄した二次抗体結合切片に添加した。水で2分間、発色基質で処理した切片を洗浄した後、ヘマトキシリン液を洗浄した切片に添加して、1分間ヘマトキシリン液中の切片の細胞の核を染色した。ヘマトキシリン染色後の切片を流水中で2分間洗浄した後、流水中で洗浄した切片をTBSで10秒間洗浄して、TBS洗浄した切片を発色させた。発色した切片を流水中で5分間洗浄し、アルコールで脱水した。アルコールで脱水した切片を透徹し、封入して、光学顕微鏡で観察した。
【0115】
(比較例17)
実施例7中のペプチド組込みファージを比較作製例1のインサートレスファージに変更した以外は、実施例7と同じ方法でヒト胆管癌組織切片を観察した。
【0116】
実施例7及び比較例17での光学顕微鏡写真を纏めて図9に示す。実施例7のように本発明を適用するクラスリン結合性のペプチド組込みファージは、胆管癌組織に集積し易いものであることから、ヒト胆管癌組織の細胞膜上にペルオキシダーゼとDABとの反応による褐色の色素が観察された。一方、比較例17のように本発明を適用外のインサートレスファージを用いた場合、褐色の色素が観察されなかった。このことから、本発明を適用するクラスリン結合性のペプチド組込みファージは、胆管癌病巣への選択的な薬物輸送材料やその有効成分として、有用であることが分かった。
【0117】
なお、実施例及び比較例で用いた組織の使用にあたり信州大学医学部倫理委員会の承認と全患者からの承諾とが得られている。統計学的データは、何れもn=3であり、平均値、標準偏差及びスチューデントのt検定による有意差を表示してある。
【産業上の利用可能性】
【0118】
本発明のクラスリン結合性ペプチド誘導体は、癌、特に胆管癌の診療のために、用いられる。このクラスリン結合性ペプチド誘導体は、癌の治療剤として、またその薬効成分として、有用であり、さらに、採取した胆汁中の癌細胞の有無を診断するような診断薬の有効成分として有用であり、胆管ドレナージチューブからの投与により胆管癌の進展範囲の診断に有効である。本発明のファージは、胆管癌組織へ特異的に集積させて、癌を治療したり、診断したりする薬物輸送材料を調製するために用いられる。本発明の薬物輸送材料は、癌治療剤や癌診断剤を包含させて癌病巣へ輸送し、癌を治療したり、診断したりするのに用いられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Thr−Pro−Val−Leu−Glu−Thr−Pro−Lys−Leu−Leu−Leu−Trpのアミノ酸配列を含むことを特徴とするクラスリン結合性ペプチド誘導体。
【請求項2】
前記アミノ酸配列のみからなることを特徴とする請求項1に記載のクラスリン結合性ペプチド誘導体。
【請求項3】
前記アミノ酸配列に、ビオチン含有化合物、及び/又は蛍光色素が結合されている標識化クラスリン結合性ペプチド誘導体であることを特徴とする請求項1に記載のクラスリン結合性ペプチド誘導体。
【請求項4】
Thr−Pro−Val−Leu−Glu−Thr−Pro−Lys−Leu−Leu−Leu−Trpのアミノ酸配列を含むクラスリン結合性ペプチド誘導体が、ファージのコートタンパク質の末端に、化学的結合によって延長されていることを特徴とするペプチド組込みファージ。
【請求項5】
Thr−Pro−Val−Leu−Glu−Thr−Pro−Lys−Leu−Leu−Leu−Trpのアミノ酸配列を含むクラスリン結合性ペプチド誘導体、又はそれがファージのコートタンパク質の末端に化学的結合によって延長されているペプチド組込みファージが、含有されていることを特徴とする薬物輸送材料。
【請求項6】
前記クラスリン結合性ペプチド誘導体又は前記ペプチド組込みファージが、コロイド粒子、造影材料及び/又は磁性粒子に、含有、結合又は共存され、その表面に前記クラスリン結合性ペプチド誘導体が露出していることを特徴とする請求項5に記載の薬物輸送材料。
【請求項7】
前記コロイド粒子、造影材料及び/又は磁性粒子が、癌治療剤、又は癌診断剤を含んでいることを特徴とする請求項6に記載の薬物輸送材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−93852(P2011−93852A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−250552(P2009−250552)
【出願日】平成21年10月30日(2009.10.30)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】