説明

クラスレート化合物及びそれを用いた熱電変換素子

【課題】 優れた熱電変換特性を有するクラスレート化合物及びそれを用いた熱電変換素子の提供。
【解決手段】 下記組成式(1)乃至(3)で表されるクラスレート化合物及びそれを用いた熱電変換素子。
Ba8xSi46-x (1≦x≦6) (1)
(組成式(1)において、MはCu、Ag又はAuを表す。)
yBa8-yxSi46-x (1≦x≦6、1≦y<8) (2)
(組成式(2)において、Aは希土類元素を表し、MはCu、Ag又はAuを表す。)
yBa8-yzGe46-z (1≦y<8、1≦z≦6) (3)
(組成式(3)において、Aは希土類元素を表し、MはCu、Ag又はAuを表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クラスレート化合物及びそれを用いた熱電変換素子に関する。
【背景技術】
【0002】
ゼーベック効果を利用した熱電変換素子は、熱エネルギーを電気エネルギーに変換することを可能とする。その性質を利用し、産業・民生用プロセスや移動体から排出される排熱を有効な電力に変換することができるため、熱電変換素子は、環境問題に配慮した省エネルギー技術として注目されている。
【0003】
熱電変換素子に用いられる熱電変換材料として、従来から、ビスマス・テルル系材料、シリコン・ゲルマニウム系材料、鉛・テルル系材料などが知られている。さらに、アルミニウムをドープした酸化亜鉛粉を成形、焼成してなる熱電変換材料が知られている(例えば、特許文献1参照。)。
【特許文献1】特開2002−118296号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、熱電変換素子に好適な、新規なクラスレート化合物及びそれを用いた熱電変換素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
即ち、本発明は、
<1> 下記組成式(1)で表されるクラスレート化合物である。
Ba8xSi46-x (1≦x≦6) (1)
(組成式(1)において、MはCu、Ag又はAuを表す。)
【0006】
<2> 下記組成式(2)で表されるクラスレート化合物である。
yBa8-yxSi46-x (1≦x≦6、1≦y<8) (2)
(組成式(2)において、Aは希土類元素を表し、MはCu、Ag又はAuを表す。)
【0007】
<3> 下記組成式(3)で表されるクラスレート化合物である。
yBa8-yzGe46-z (1≦y<8、1≦z≦6) (3)
(組成式(3)において、Aは希土類元素を表し、MはCu、Ag又はAuを表す。)
【0008】
<4> 下記組成式(1)で表されるクラスレート化合物の焼結体である熱電変換素子である。
Ba8xSi46-x (1≦x≦6) (1)
(組成式(1)において、MはCu、Ag又はAuを表す。)
【0009】
<5> 下記組成式(2)で表されるクラスレート化合物の焼結体である熱電変換素子である。
yBa8-yxSi46-x (1≦x≦6、1≦y<8) (2)
(組成式(2)において、Aは希土類元素を表し、MはCu、Ag又はAuを表す。)
【0010】
<6> 下記組成式(3)で表されるクラスレート化合物の焼結体である熱電変換素子である。
yBa8-yzGe46-z (1≦y<8、1≦z≦6) (3)
(組成式(3)において、Aは希土類元素を表し、MはCu、Ag又はAuを表す。)
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、優れた熱電変換特性を有するクラスレート化合物及びそれを用いた熱電変換素子を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明のクラスレート化合物及びそれを用いた熱電変換素子について詳細に説明する。
<クラスレート化合物>
本発明のクラスレート化合物1は、下記組成式(1)で表される。
Ba8xSi46-x (1≦x≦6) (1)
(組成式(1)において、MはCu、Ag又はAuを表す。)
【0013】
組成式(1)におけるxが1未満であると、クラスレート化合物1が、熱電変換材料として十分な特性を発揮しないことがある。また、xが6よりも大きいと、熱電変換材料としての性質を有するクラスレート化合物を得ることができないことがある。
【0014】
熱電変換材料の性能の指標の一つである性能指数ZTは、下記式(A)で表される。
【0015】
ZT=α2σT/κ (A)
【0016】
ここで、α、σ、κ及びTは、それぞれ、ゼーベック係数、電気伝導度、熱伝導度及び測定温度を表す。
【0017】
熱電変換材料の性能を向上させるためには性能指数ZTを大きくする必要がある。
【0018】
式(A)におけるゼーベック係数α、電気伝導度σ及び熱伝導度κは、各々下記式(B)、(C)及び(D)で表される。
【0019】
α=kB/(e(−log(n/n0)+δ)) (B)
σ=enμ (C)
κ=κp+κe (D)
【0020】
ここで、kBはボルツマン定数を表し、eは電荷を表し、nはキャリア濃度を表し、n0は温度に依存する定数を表し、δは温度に弱く依存する無次元定数(運動項)を表し、μは移動度を表し、κpは格子成分に係る熱伝導度を表し、κeはキャリア成分に係る熱伝導度を表す。また、κpは下記式(E)で表される。
【0021】
κp=Cvl/3 (E)
【0022】
ここで、Cは比熱を表し、vは音速を表し、lはフォノンの平均自由工程を表す。
【0023】
上記式より、キャリア濃度を低下させるとゼーベック係数は向上するが、電気伝導度は低下することがわかる。また、電気伝導度を向上させると熱伝導度も大きくなる。したがって、これらの関係式をもとに性能指数ZTの向上を考えるのは難しい。
【0024】
α、σおよびκの式をもとに性能指数ZTを書き換えると下記式(F)となる。電子のエネルギーEがE=P2/2m(ここでPは運動量)で書けるとすると、
【0025】
ZT∝m3/2μ/(κp+κe) (F)
【0026】
ここで、mは有効質量を表す。
【0027】
熱電変換材料のようにキャリア濃度が1025〜1026/m3の領域では、熱伝導度はκpの方がκeより支配的であるため、κpをいかに小さくするかが課題となる。よって、式(F)はZT∝m3/2μ/κpと考えることができる。ここで、m、μ、およびκpは、それぞれ独立したパラメータと考えることができるため、性能指数ZTの向上の為には、有効質量mと移動度μとを大きくし、格子成分に係る熱伝導度κpを低下させればよいことがわかる。
【0028】
クラスレート化合物1は、組成式(1)のMとしてGaを用いたクラスレート化合物よりも有効質量を向上させることができる。そのためクラスレート化合物1は性能指数ZTの向上を図ることができる。
【0029】
クラスレート化合物1において、xの好ましい範囲は3≦x≦6であり、さらに好ましくは5≦x≦6である。
【0030】
本発明のクラスレート化合物2は、下記組成式(2)で表される。
yBa8-yxSi46-x (1≦x≦6、1≦y<8) (2)
(組成式(2)において、Aは希土類元素を表し、MはCu、Ag又はAuを表す。)
【0031】
組成式(2)において、x<1の領域では十分な熱電性能が得られないことがあり、x>6の領域では未反応物や副生成物が生じてしまう。
【0032】
組成式(2)におけるxの好ましい範囲は、3≦x≦6であり、さらに好ましくは5≦x≦6である。
【0033】
組成式(2)において、y<1の領域では結晶性が低下し、y>8の領域では異なる結晶構造となり十分な熱電特性が得られない。
【0034】
組成式(2)におけるyの好ましい範囲は、1≦y≦3である。
【0035】
クラスレート化合物2において、Aで表される希土類元素の中でも、La、Ce、Yb、Luが好ましく、特にLa、Ceが好ましい。
【0036】
クラスレート化合物2は、クラスレート化合物1のBaの一部を希土類元素に元素置換したものである。これにより、クラスレート化合物2の有効質量及びバンドギャップをクラスレート化合物1のそれよりも向上させることができる。
【0037】
一般に熱電変換材料は、バンドギャップが大きいほどゼーベック係数αがピークとなる温度が高温側に移動する性質を有する。バンドギャップが増大することで性能指数ZTが最適となるTが大きくなり、性能指数ZTの値も大きくなる。
【0038】
バンドギャップが大きくなるほどゼーベック係数のピーク温度が大きくなる理由は、下記による。まず、価電子帯から伝導帯へ熱的に多くの電子が励起される状況では、価電子帯と伝導帯からの寄与が強く打ち消し合う結果、ゼーベック係数の低下が起きる。従って、バンドギャップが大きくなるとその打ち消し合いがより高温で起きることになるのでピーク温度が大きくなる。
【0039】
本発明のクラスレート化合物3は、下記組成式(3)で表される。
yBa8-yzGe46-z (1≦y<8、1≦z≦6) (3)
(組成式(3)において、Aは希土類元素を表し、MはCu、Ag又はAuを表す。)
【0040】
組成式(3)において、y<1の領域では結晶性の低下を招き十分な熱電性能が得られないことがある。y>8の領域では、未反応物や副生成物により、クラスレート化合物が生成できないため、十分な熱電性能が得られない。
【0041】
組成式(3)におけるyの好ましい範囲は、1≦y≦3である。
【0042】
組成式(3)において、z<1の領域では結晶性の低下、z>6では未反応物や副生成物により、クラスレート化合物が生成できないため、十分な熱電性能が得られない。
【0043】
組成式(3)におけるzの好ましい範囲は、3≦z≦6であり、さらに好ましくは5≦z≦6である。
【0044】
クラスレート化合物3において、Aで表される希土類元素の中でも、La、Ce、Yb、Luが好ましく、特にLa、Ceが好ましい。
【0045】
クラスレート化合物3は、クラスレート化合物2のSiをGeに変更したものである。Ge系クラスレート化合物においても、希土類元素の添加によりバンドギャップの向上を実現できる。
【0046】
<クラスレート化合物の製造方法>
本発明のクラスレート化合物は、該クラスレート化合物を構成する構成元素を溶融させる溶融工程を経て製造することができるが、この方法に限定されるものではない。溶融温度としては、1000〜1500℃が好ましく、1000〜1400℃がさらに好ましく、1200〜1400℃が特に好ましい。また、溶融時間としては、10〜100分が好ましく10〜60分がさらに好ましく、20〜60分が特に好ましい。溶融方法としては、アーク溶解法、高周波加熱法等を用いることができる。
【0047】
本発明のクラスレート化合物の製造においては、前記溶融工程後にアニール処理を行ってもよい。アニール処理の処理時間は100時間以上が好ましく、150〜200時間がさらに好ましい。アニール処理の処理温度は、950〜1350℃が好ましく、1100〜1300℃がさらに好ましい。
【0048】
<熱電変換素子>
本発明の熱電変換素子は、本発明のクラスレート化合物の焼結体である。本発明の熱電変換素子は、本発明のクラスレート化合物を微粒子にする微粒子化工程と、前記微粒子化工程で得られた微粒子を焼結する焼結工程とを経て製造することができるが、この方法に限定されるものではない。
【0049】
前記微粒子化工程においては、ボールミルや乳鉢等を用いてクラスレート化合物を粉砕することにより微粒子を得ることができる。前記微粒子の粒径としては、150μm以下が好ましく、90μm以下がさらに好ましい。また、真空中でクラスレート化合物の蒸気を発生させ、前記蒸気を高圧の不活性ガスで吹き飛ばすことにより微粒子を得る、いわゆるフローイングガスエバポレーション法を用いることができる。フローイングガスエバポレーション法の詳細は、特公平5−9483号公報等に詳しい。前記焼結工程においては、放電プラズマ焼結法、ホットプレス焼結法、熱間等方圧加圧焼結法等を用いて微粒子を焼結することができる。
【0050】
放電プラズマ焼結法を用いる場合の焼結条件としては、温度は650〜950℃が好ましく、700〜900℃がより好ましい。焼結時間は、20〜120分が好ましく、30〜90分がより好ましい。圧力は、25〜40MPaが好ましく、30〜40MPaがより好ましい。
【0051】
本発明のクラスレート化合物の生成は、X線回折により確認することができる。具体的には、焼成後のサンプルがX線回折によりクラスレート相のみを示すものであれば、クラスレート化合物が合成されたことが確認できる。
【実施例】
【0052】
以下、本発明を、実施例を用いてさらに詳細に説明するが、本発明は下記実施例により限定されるものではない。
[実施例1]
クラスレート化合物1において、M=Cu、Ag、Au;x=6のときのバンドギャップと有効質量とを計算した。比較対象として、Ba8Ga16Si30についてもバンドギャップと有効質量とを計算した。電子構造の計算にはWIEN2kコードを用いた。このコードではAPW+local orbital法に基づくFLAPW法が用いられている。Muffin−tin半径は、Ba:1.59Å、Cu:1.26Å、Ag,Au:1.27Å、Si:1.11Å及びGa:1.22Åとした。また、交換相間相互作用はPerdew−Burke−Ernzerrofによる数式を用いた。FLAPW法についてはSolid State Comm. 114、15(2000)に、また、Perdew−Burke−Ernzerrofによる数式についてはPhys. Rev. B45、3865(1996)に詳しい。
【0053】
電子構造の計算からM点近傍で伝導電子帯が最小となるバンド構造を得た。このM点近傍でのバンドを下記式(G)で近似した。
【0054】
Ek = (p2/2m) + Eg (G)
【0055】
ここで、EkはM点近傍での電子の全エネルギーを表し、Egはバンドギャップを表し、mは有効質量を表し、pは運動量を表す。
【0056】
式(G)を用いて電子構造計算の結果が合うように有効質量とバンドギャップとを求めた。得られた計算結果を表1に示す。
【0057】
【表1】

【0058】
表1から、Gaを用いたクラスレート化合物よりもCu、Ag及びAuを用いたクラスレート化合物1のほうが有効質量が大きいことがわかる。
【0059】
[実施例2]
クラスレート化合物2であるLa2Ba6Au6Si40の有効質量を実施例1と同様の方法で計算した。この場合のLaのMuffin−tin半径は1.59Åとした。また、La2Ba6Au6Si40のバンドギャップについても計算した。バンドギャップは有効質量と同様、WIEN2kコードを用いて計算した。その結果をクラスレート化合物1であるBa8Au6Si40の結果とともに表2に示す。
【0060】
【表2】

【0061】
表2から明らかなように希土類元素を添加することにより、有効質量及びバンドギャップを向上させることができることがわかる。
【0062】
[実施例3]
クラスレート化合物3であるLa2Ba6Au6Ge40のバンドギャップを実施例2と同様の方法により計算した。比較対象として、Ba8Au6Ge40についてもバンドギャップを計算した。この場合のGeのMuffin−tin半径は1.22Åとした。その結果を表3に示す。
【0063】
【表3】

【0064】
表3から明らかなように、Ge系クラスレート化合物においても、希土類元素の添加によりバンドギャップを向上させることができることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記組成式(1)で表されるクラスレート化合物。
Ba8xSi46-x (1≦x≦6) (1)
(組成式(1)において、MはCu、Ag又はAuを表す。)
【請求項2】
下記組成式(2)で表されるクラスレート化合物。
yBa8-yxSi46-x (1≦x≦6、1≦y<8) (2)
(組成式(2)において、Aは希土類元素を表し、MはCu、Ag又はAuを表す。)
【請求項3】
下記組成式(3)で表されるクラスレート化合物。
yBa8-yzGe46-z (1≦y<8、1≦z≦6) (3)
(組成式(3)において、Aは希土類元素を表し、MはCu、Ag又はAuを表す。)
【請求項4】
下記組成式(1)で表されるクラスレート化合物の焼結体である熱電変換素子。
Ba8xSi46-x (1≦x≦6) (1)
(組成式(1)において、MはCu、Ag又はAuを表す。)
【請求項5】
下記組成式(2)で表されるクラスレート化合物の焼結体である熱電変換素子。
yBa8-yxSi46-x (1≦x≦6、1≦y<8) (2)
(組成式(2)において、Aは希土類元素を表し、MはCu、Ag又はAuを表す。)
【請求項6】
下記組成式(3)で表されるクラスレート化合物の焼結体である熱電変換素子。
yBa8-yzGe46-z (1≦y<8、1≦z≦6) (3)
(組成式(3)において、Aは希土類元素を表し、MはCu、Ag又はAuを表す。)

【公開番号】特開2006−57124(P2006−57124A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−238401(P2004−238401)
【出願日】平成16年8月18日(2004.8.18)
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】