説明

クロムめっき樹脂製品の製造方法

【課題】クロムめっき層の腐食を抑制することができるクロムめっき樹脂製品の製造方法を提供する。
【解決手段】樹脂基材1の表面に、電解めっきにより、銅層(S12),半光沢ニッケル層(S16),光沢ニッケル層(S18)、マイクロポーラスニッケル層(S20)及びクロム層(S23)を形成する工程と、クロム層をオゾン含有水に接触させる工程(S25)とを行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂基材上にクロムめっき層を形成する、クロムめっき樹脂製品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
耐食性が要求される車両外装樹脂部品には、クロムめっきが施されている。クロムめっき樹脂製品を製造するに当たっては、特許文献1(特開2007−39772号公報),特許文献2(特開2007−39770号公報),特許文献3(特開2003―138396号公報)に示されているように、樹脂基材の表面に微細な多数の孔をもつマイクロポーラスニッケルめっき層を形成し、最後にクロムめっき層を形成する。
【0003】
クロムめっき樹脂製品を融雪塩存在下の特定使用環境において長期間使用すると、最表面のクロムめっき層が溶解する場合がある。この原因は、以下のように考えられる。
【0004】
第1に、融雪塩との塩基置換による塩酸の生成と、融雪塩の潮解性による塩酸の濃縮によって、クロムめっき層の溶解が進行するためである。即ち、CaClなどの融雪塩の塩基置換によりHが土壌中に放出され、塩酸が生成して、土壌が酸性化する。また、CaClは、他の融雪塩と比べて潮解性が高いため、樹脂製品の表面で長時間湿った状態を保持する。その結果、塩酸が、クロムめっき樹脂製品表面で長時間存在し、その間に濃縮される。濃縮された塩酸は、最表面のクロムめっき層の溶解を進行させ、内部のニッケルめっき層が析出する。
【0005】
また、第2に、クロムめっき層形成時に発生する水素の吸蔵によって、安定な不動態皮膜の形成が阻害されるためである。即ち、クロムめっき層を電気分解法で形成するとき、多量の水素が発生し、この水素がプロトンとしてめっき皮膜内に取り込まれる。取り込まれた水素は、時間経過に伴って徐々に放出されるが、その際にめっき層表面の酸化皮膜(CrOOH)等に還元的に作用する。このため、酸化皮膜(CrOOH)からなる安定な不動態皮膜の形成が阻害されて、溶解錆に対する十分な耐腐食性を得るまで時間がかかる。自然放置状態では、安定な不動態皮膜が形成されるまで、約10ヶ月という長期間を要する。新車の場合には、クロムめっき層表面の不動態皮膜形成が不十分であるため、クロムめっき層が腐食しやすい。
【0006】
一方、特許文献4(特開平8−92752号公報)には、樹脂基材の表面にめっき層を形成する前に、オゾン水溶液を接触させて、基材表面を改質させてめっき層を確実に形成することが開示されている。
【0007】
また、特許文献5(特開2001−220658号公報)には、クロムを含む合金の表面に対してオゾン処理を行うことで、トリチウムの浸透を防止する緻密な酸化クロム膜を形成することが開示されている。
【0008】
発明者は、オゾン水処理によってクロムめっき層の腐食を抑制することができないか鋭意探求を重ねた。
【特許文献1】特開2007−39772号公報
【特許文献2】特開2007−39770号公報
【特許文献3】特開2003―138396号公報
【特許文献4】特開平8−92752号公報
【特許文献5】特開2001−220658号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであり、クロムめっき層の腐食を抑制することができるクロムめっき樹脂製品の製造方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するため、請求項1に係る発明は、樹脂基材の上にクロムめっき層を形成する工程と、前記クロムめっき層をオゾン含有水に接触させる工程と、をもつことを特徴とするクロムめっき樹脂製品の製造方法である。
【0011】
請求項2に係る発明は、前記クロムめっき層を形成する前に、マイクロポーラスニッケルめっき層を形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
前記請求項1に係る発明によれば、クロムめっき層を形成した樹脂基材をオゾン含有水に接触させている。このため、クロムめっき層表面がオゾンによって積極的に酸化される。ゆえに、自然放置による空気酸化の場合に比べて、酸化クロム皮膜からなる安定な不動態皮膜が、格段に速く形成される。したがって、クロムめっき層は、安定な不動態皮膜により被覆されて、クロムめっき層の溶解を抑制することができる。
【0013】
前記請求項2に係る発明によれば、クロムめっき層を形成する前に、マイクロポーラスニッケルめっき(以下、「MPニッケルめっき」という。)層を形成している。MPニッケルめっき層には、多数の微細な孔が分散していることから、その上にクロムめっき層を形成すると、MPニッケルめっき層の微細な孔を基にクロムめっき層にも微細な孔が形成される。ゆえに、長期間使用すると、この微細な孔を通じて内部のMPニッケルめっき層が腐食して溶出してくる場合がある。しかし、多数分散している微細な孔の周縁に腐食跡が生成するため、1つ1つの腐食跡は非常に小さく、腐食跡は外観から目立たない。したがって、腐食跡が目立たないクロムめっき層を形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明において、クロムめっき層を形成するに当たっては、装飾クロムめっき、工業用クロムめっきなど、公知の方法を採用することができる。
【0015】
装飾クロムめっきで形成されるクロムめっき層は、厚みが薄く、例えば、0.1〜10μmである。装飾クロムめっきを行う前には、予め、樹脂基材の表面に、下地めっきが施される。下地めっきは、例えば、銅めっき、半光沢ニッケルめっき、光沢ニッケルめっき及びMPニッケルめっきからなる。また、下地めっきは、例えば、半光沢ニッケルめっき、光沢ニッケルめっき及びMPニッケルめっきからなる。
【0016】
工業用クロムめっきで形成されるクロムめっき層は、樹脂基材表面に、直接にクロムめっきを施したものであり、厚みは 装飾クロムめっきで形成されるクロムめっき層の厚みよりも大きく、例えば、5〜500μmである。
【0017】
クロムめっき層には、多数の微細な孔がめっき表面全体に分散して形成されていることが好ましい。多数の微細な孔の直径は、0.02μm以下であり、1cm当たりの孔の数は10,000〜400,000であるとよい。この場合には、孔から錆が発生するが、各錆部の面積が小さい。このため、クロムめっき層全体からみると、錆部が分散されていて、目立たない。
【0018】
このような多数の孔を有するクロムめっき層を形成する前には、予め、下地めっきとして、MPニッケルめっきを行うとよい。クロムめっき層及びMPニッケルめっき層の形成方法は、公知の方法を適用できる。
【0019】
クロムめっき層は、オゾン含有水に接触される。オゾン含有水の中のオゾンの濃度が高いとクロムめっき層にオゾン含有水を接触させるオゾン接触時間を短縮化でき、オゾン濃度が低い場合にはオゾン接触時間を長くするとよい。オゾン含有水の中のオゾンの濃度は10〜100ppmであるとよい。この場合には、クロムめっき層表面に安定な酸化クロム皮膜を確実に形成することができる。オゾン含有水の温度は、高いほどオゾンが溶解しにくくなる反面、酸化クロム皮膜の成膜反応が速くなる。かかる観点から、オゾン含有水の温度は、0〜40℃がよい。また、クロムめっき層をオゾン水に接触させる好適な時間は、オゾン水の濃度及び温度にもよるが、2〜160分である。2分未満の場合には、クロムめっき層表面に酸化クロム被膜を形成しにくくなり、160分を越える場合には、それに見合う効果が得られず、めっき樹脂製品の製造工程に要する時間が不要に長くなる場合がある。
【0020】
オゾン含有水をクロムめっき層に接触させるにあたっては、クロムめっき層を形成した樹脂基材を、オゾン含有水の中に浸す、オゾン含有水をスプレーかけする、霧状のオゾン水の中を樹脂基材を通過させる、水をかけた樹脂基材にオゾンガスを吹き付けるなどの方法を採用することができる。
【0021】
クロムめっき層が形成される樹脂基材は、例えば、ABS(アクリロニトリル・ブタジエンスチレン共重合体)、PC−ABS(ポリカーボネート−アクリロニトリル・ブタジエンスチレン共重合体複合体)がある。
【0022】
クロムめっき樹脂製品は、例えば、自動車外装部品に用いられる。
【実施例】
【0023】
本発明について実施例を用いて具体的に説明する。
【0024】
(実施例1)
本例のクロムめっき樹脂製品は、樹脂基材1の表面に装飾クロムめっき膜2を形成したものである。装飾クロムめっき膜2は、樹脂基材1の表面から順に、銅(Cu)層21、半光沢ニッケル(Ni)層22、光沢ニッケル(Ni)層23、MPニッケル(MP−Ni)層24及びクロム(Cr)層25を形成したものである。クロム層25の表面には、酸化皮膜からなる不動態皮膜26が形成されている。以下、クロムめっき樹脂製品の製造方法について説明する。
【0025】
まず、樹脂基材として、ABS基材を準備した。図2に示すように、樹脂基材に前処理として、以下のS1〜S11の工程を行った。即ち、まず、樹脂基材をエッチング溶液に浸漬して、樹脂基材の表面をエッチングした(S1)。エッチング溶液は、400g/Lのクロム酸及び400g/Lの硫酸を含む水溶液である。
【0026】
次に、樹脂基材を水洗(S2)し、中和処理液を用いて樹脂基材表面を中和した(S3)。水洗では、水で樹脂基材を洗浄した。以下の水洗工程も同様である。また、中和処理液は、50ml/Lの塩酸を含む水溶液である。
【0027】
次に、樹脂基材を水洗(S4)し、樹脂基材を触媒液に浸漬して、樹脂基材表面に、触媒を付与した(S5)。触媒液は、0.2g/Lの塩化パラジウム及び10g/Lの塩化すずを含む水溶液である。触媒であるパラジウムは、エッチングにより形成された樹脂基材表面の凹部に付着した。
【0028】
次に、樹脂基材を水洗し(S6)、促進剤溶液に樹脂基材を浸漬した(S7)。促進剤溶液は、10g/Lの塩化すず及び3ml/Lの塩酸を含む水溶液である。促進剤溶液に浸漬した樹脂基材表面に触媒核が形成された。
【0029】
次に、樹脂基材を水洗し(S8)、化学ニッケルめっき溶液に浸漬した(S9)。化学ニッケルめっき溶液は、25g/Lの硫酸ニッケル、20g/Lの次亜りん酸ナトリウム、10g/Lの酢酸ナトリウム及び10g/Lのクエン酸ナトリウムを含む水溶液であり、温度は40℃であり、浸漬時間は10分である。これにより、樹脂基材表面に化学ニッケルめっき層が形成された。
【0030】
次に、樹脂基材を水洗し(S10)、ストライクめっき溶液に浸漬した(S11)。ストライクめっき溶液は、250g/Lの硫酸ニッケル、30g/Lの硼酸及び30g/Lの塩化ニッケルを含む水溶液である。これにより、化学ニッケルめっき層の表面にストライクめっき層が形成された。
【0031】
次に、めっき工程として樹脂基材に以下のS12〜S25の工程を行った。即ち、上記の前処理を行った樹脂基材を、硫酸銅めっき溶液に浸漬した(S12)。硫酸銅めっき溶液は、200g/Lの硫酸銅及び50g/Lの硫酸を含む水溶液である。樹脂基材表面のめっき層には、6A/dmの電流を通電した。この工程により、ストライクめっき層の表面に、銅層21が形成された。
【0032】
次に、樹脂基材を水洗し(S13)、酸溶液に浸漬した(S14)。
【0033】
次に、樹脂基材を水洗し(S15)、半光沢ニッケル溶液に浸漬した(S16)。半光沢ニッケル溶液は、280g/Lの硫酸ニッケル、45g/Lの塩化ニッケル、40g/Lの硼酸及び光沢剤を含む水溶液である。樹脂基材表面のめっき層には、3A/dmの電流を通電した。この工程により、銅層21の表面に、半光沢ニッケル層22が形成された。
【0034】
次に、樹脂基材を水洗し(S17)、光沢ニッケル溶液に浸漬した(S18)。光沢ニッケル溶液は、240g/Lの硫酸ニッケル、45g/Lの塩化ニッケル、30g/Lの硼酸を含む水溶液である。樹脂基材表面のめっき層には、4A/dmの電流を通電した。この工程により、半光沢ニッケル層22の表面に、光沢ニッケル層23が形成された。
【0035】
次に、樹脂基材を水洗し(S19)、MPニッケル溶液に浸漬した(S20)。MPニッケル溶液は、280g/Lの硫酸ニッケル、70g/Lの塩化ニッケル、40g/Lの硼酸を含む水溶液であり、温度は55℃である。樹脂基材表面のめっき層には、3A/dmの電流を通電した。この工程により、光沢ニッケル層23の表面に、多数の微細な孔5をもつMPニッケル層24が形成された。この孔の径は約0.02μm以下であり、クロム層1cm当たり約100,000個均一に分散している。
【0036】
次に、樹脂基材を水洗し(S21)、クロム酸溶液に浸漬した(S22)。クロム酸溶液は、10g/Lの無水クロム酸を含む水溶液である。
【0037】
次に、樹脂基材をクロムめっき溶液に浸漬し(S23)、水洗した(S24)。クロムめっき溶液は、320g/Lの無水クロム酸、1ml/Lの硫酸を含む水溶液であり、温度は50℃である。樹脂基材表面のめっき層には、20A/dmの電流を通電した。この工程により、ジュールニッケル層24の表面に、クロム層25が形成された。クロム層25の膜厚は、0.15μmであった。
【0038】
上記のめっき工程の後には、クロム層をオゾン水に接触させた(S25)。オゾン水は、40ppmのオゾンを含む水溶液であり、温度は20〜25℃(常温)であり、接触時間は16分であった。クロム層にオゾン水を接触させるにあたっては、樹脂基材をオゾン水に浸漬した。以上により、樹脂基材1に装飾クロムめっき膜2が形成された。
【0039】
(比較例1)
本比較例のクロムめっき樹脂製品は、S25のオゾン水に接触していない点が、実施例1と相違する。その他は、実施例1と同様である。
【0040】
<実験例>
実施例1及び比較例1で製造したクロムめっき樹脂製品について、耐腐食試験を行った。融雪塩を含んだ泥を模擬した試験泥を作製した。試験泥は、粘土(カオリン)30gと融雪塩である塩化カルシウム(CaCl)10gと水50mlとを混練したものである。この試験泥を樹脂製品表面に塗布し、自然乾燥を1時間、−20℃下で15時間放置、35℃、湿度60%下で5時間放置した後、試験泥を洗浄した。もう一度、試験泥の塗布、自然乾燥1時間、−20℃で15時間放置、35℃、湿度60%で5時間放置した後に、試験泥を洗浄した。この耐腐食試験は、JISH8502に基づくコロードコート試験を若干変更して行ったものである。この耐腐食試験を2回行うと、融雪塩が存在する使用環境下で3年経過したときに相当することがわかっている。
【0041】
上記耐腐食試験を行った樹脂製品について、装飾クロムめっき膜2の腐食発生の有無を目視にて検査した。実施例1の製品では、図3に示すように、装飾クロムめっき膜2のクロム層25に腐食穴は認められなかった。一方、比較例1の製品では、図4に示すように、装飾クロムめっき2のクロム層25が溶解して、クロム層25に直径10μm以上の腐食穴9が認められた。
【0042】
以上の結果より、実施例1の製品では、図3に示すように、クロム層25は耐腐食試験で腐食しなかったことがわかる。このことは、オゾン水接触により、クロム層25の表面に、酸化皮膜(CrOOH)からなる安定な不動態皮膜26が生成して、クロム層25の腐食が抑制されたものと考えられる。
【0043】
また、装飾クロムめっき膜2表面に多量のNiが検出され、クロム層25及びジュールニッケル層24には約100,000個/1cmの微細な孔5が分散していることから、この孔5を基点として内部のジュールニッケル層22及び光沢ニッケル層23に腐食孔8が形成されたことがわかる。また、耐腐食試験の前の実施例1のH量が耐腐食試験の前の比較例1のH量よりも少なかった。これは、電解クロムめっき時(S23)に生成し装飾めっき層内部に滞留していた水素が、実施例1で行ったオゾン水接触(S25)で、外部に放出されたものと考えられる。実施例1の製品に生成した腐食孔8は、装飾クロムめっき膜2内部に形成されており、外部からは観察されず、製品の見栄えには影響していない。
【0044】
一方、比較例1では、クロム層25が腐食したこと、内部のMPニッケル層24及び光沢ニッケル層23は腐食していないことがわかる。比較例1のクロム層25に形成された腐食穴9は、外部から観察され、製品の見栄えを悪くしていた。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明の実施例1のクロムめっき樹脂製品の断面図である。
【図2】実施例1のクロムめっき樹脂製品の製造方法を示す説明図である。
【図3】耐腐食試験後の実施例1のクロムめっき樹脂製品の断面図である。
【図4】耐腐食試験後の比較例1のクロムめっき樹脂製品の断面図である。
【符号の説明】
【0046】
1:樹脂基材、2:装飾クロムめっき膜、21:銅層、22:半光沢ニッケル層、23:光沢ニッケル層、24:ジュールニッケル層、25:クロム層、26:不動態皮膜。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂基材の上にクロムめっき層を形成する工程と、
前記クロムめっき層をオゾン含有水に接触させる工程と、をもつことを特徴とするクロムめっき樹脂製品の製造方法。
【請求項2】
前記クロムめっき層を形成する前に、マイクロポーラスニッケルめっき層を形成することを特徴とする請求項1記載のクロムめっき樹脂製品の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−256732(P2009−256732A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−107814(P2008−107814)
【出願日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】