説明

グラフェン及びグラファイト薄膜の作製方法、並びにグラフェン及びグラファイト薄膜基板の作製方法

【課題】大きさ、質のバラツキが少ないグラフェン及びグラファイト薄膜をより簡便な方法によって量産する方法を提供する。
【解決手段】基板上に触媒金属を塗布して均一な膜厚の触媒金属膜を形成する。続いて、所定の温度まで基板を加熱して、炭素供給源ガスを供給する。加熱によって触媒金属の膜が凝集して形成された複数の島状の凝集体の上に、グラフェン及びグラファイト薄膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラフェン及びグラファイト薄膜の作製方法、並びにグラフェン及びグラファイト薄膜基板の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
グラフェンは、炭素原子のsp2結合により形成された六員環構造が二次元的に連続して結合したハニカムシート構造として表わされる一原子層シートである。なお、グラフェンが複数積層されたものを、ここではグラファイト薄膜と呼ぶこととする。
【0003】
近年、グラフェンやグラファイト薄膜は、その電子・正孔移動度やスピン輸送特性等の特徴的な性質から、デバイス等への応用が期待されている。
【0004】
グラフェンやグラファイト薄膜を用いてデバイス等を作製する方法としては、グラフェンシートが多数積層して厚い膜構造を形成している高配向熱分解黒鉛(Highly oriented pyrolytic graphite: HOPG)を、機械的に剥離し、基板に転写するなどして用いる方法が知られている(たとえば、非特許文献1参照)。この方法により得られるグラフェンやグラファイト薄膜は、複数の剥片となる。これらの剥片の各々の大きさは様々であり(たとえば、非特許文献2参照)、また、一つの剥片の中でもグラフェンの層数の部分的な違いによる厚さの分布がある(たとえば、非特許文献3参照)。したがって、複数の剥片の中からデバイスの作製に適するものを選択し、さらにその剥片中の適当な層数の部分を選択し、微細加工技術により、その選択した部分のみを利用してデバイス等を作製する必要がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】"Electric field effect in atomically thin carbon films"K. S. Novoselov, et.al. Science (2004) vol.306 pp.666-669.
【非特許文献2】"Transferring and identification of single- and few-layer graphene on arbitrary substrates"A. Reina, et.al. The Journal of Physical Chemistry C (2008) vol.112 pp.17741-17744.
【非特許文献3】"The optical visibility of graphene: interference colors of ultrathin graphite on SiO2"S. Roddaro, et.al. Nano Letters (2007) vol.7 pp.2707-2710.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述した従来の方法では、HOPGからグラフェン及びグラファイト剥片を剥離して確実にグラフェン及びグラファイト薄膜が得られる反面、その得られた剥片は、大きさや形が様々であり、しかも、図10に示すように、一つの剥片の中でも部分によって層数にかなりの分布を持つ。よって、デバイス等へ使用するのに最適なグラフェン及びグラファイト薄膜の部分を入手するには、偶発的要素が大きく関係し、剥片の中から利用できるグラフェン及びグラファイト薄膜を有するものを選り分けることや、その最適部分を見つけたとしても、それに合わせた加工処理が必要になることなど、多大な労力を必要としていた。さらに、大きさや形、層数などが略揃ったグラフェン及びグラファイト薄膜を複数見つけるのは、かなり困難であるため、デバイス等の量産には不都合であった。また仮に、最適部分が広い範囲で得られ、それを分割して使用するとしても、その分割のための別途工程、処理が必要となり、手間がかかる。したがって、剥離と選択による従来技術の方法では、歩留まりが悪く、量産には適さなかった。
【0007】
本発明は、上述した問題を解決するためになされたものであり、大きさ、質のバラツキが少ないグラフェン及びグラファイト薄膜をより簡便な方法によって量産し、デバイス等の材料として利用しやすくする方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係るグラフェン及びグラファイト薄膜の作製方法は、基板の上に触媒金属の膜を形成する工程と、前記基板を加熱する工程と、前記基板を加熱した状態で炭素供給源ガスを供給する工程とを備え、前記基板を加熱することにより前記触媒金属の膜が凝集して形成された複数の島状の凝集体の上にグラフェン及びグラファイト薄膜を形成することを特徴とする。
触媒金属を、複数の島状の凝集体とすることで、グラフェンが形成される土台となる触媒金属表面の範囲を、別々に分離、限定し、多数のグラフェン及びグラファイト薄膜を同時に作ることができる。
ここで、前記触媒金属から成る複数の凝集体の各々が、結晶化して結晶島を形成し、前記結晶島の上に前記グラフェン及びグラファイト薄膜を形成するものとしてもよい。
土台となる触媒金属が結晶化して、原子配列が揃うことにより、その上に形成されるグラフェンの原子配列も揃いやすくなり、欠陥が少なく、質の揃った良質なグラフェン及びグラファイト薄膜を形成できる。
また、膜状の触媒金属を加熱、凝集することで形成される前記結晶島は、それぞれ同じ大きさに形成され、かつ互いに等間隔で前記基板上に配置させる。これにより、規則正しく配置され、かつ大きさの揃ったグラフェン及びグラファイト薄膜を量産することができる。
さらに、前記結晶島は、前記基板とほぼ平行な結晶面を有し、前記グラフェン及びグラファイト薄膜は、少なくとも前記結晶面上に形成する。これにより、利用の際の転写や加工を容易にできる。
【0009】
本発明に係るグラフェン及びグラファイト薄膜基板の作製方法の一つは、上述したグラフェン及びグラファイト薄膜の作製方法により第1の基板の上にグラフェン及びグラファイト薄膜を作製する工程と、このグラフェン及びグラファイト薄膜を第2の基板に転写する工程とを備えるグラフェン及びグラファイト薄膜基板の作製方法であって、前記グラフェン及びグラファイト薄膜を第2の基板に転写する工程は、前記グラフェン及びグラファイト薄膜を前記第2の基板に当接して圧力を加えることにより実現することを特徴とする。
【0010】
また、本発明に係るグラフェン及びグラファイト薄膜基板の作製方法の一つは、上述したグラフェン及びグラファイト薄膜の作製方法により第1の基板の上にグラフェン及びグラファイト薄膜を作製する工程と、このグラフェン及びグラファイト薄膜を高分子材料に回収する工程と、前記グラフェン及びグラファイト薄膜を回収した前記高分子材料を第2の基板に展開してこのグラフェン及びグラファイト薄膜を前記第2の基板に転写する工程とを備えることを特徴とする。
【0011】
さらに、本発明に係るグラフェン及びグラファイト薄膜基板の作製方法の一つは、上述したグラフェン及びグラファイト薄膜の作製方法により第1の基板の上にグラフェン及びグラファイト薄膜を作製する工程と、このグラフェン及びグラファイト薄膜を高分子材料に回収する工程と、前記高分子材料を溶媒に溶かして除去することにより、前記グラフェン及びグラファイト薄膜を溶液中に回収する工程と、前記グラフェン及びグラファイト薄膜が回収された溶液を、第2の基板の上に展開してこのグラフェン及びグラファイト薄膜を前記第2の基板に転写する工程とを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るグラフェン及びグラファイト薄膜の作製方法によれば、基板の上に触媒金属の膜を形成する工程と、基板を加熱する工程と、基板を加熱した状態で炭素供給源ガスを供給する工程とによって、基板を加熱することにより触媒金属の膜が凝集して形成された複数の島状の凝集体の上にグラフェン及びグラファイト薄膜を形成することができる。したがって、簡便な方法によって大きさ、形状、及び質の揃ったグラフェン及びグラファイト薄膜を量産し、利用しやすくできる。
【0013】
また、このようにして作製したグラフェン及びグラファイト薄膜は、基板の表面から突出した凝集体の上に形成されるので、転写用基板に当接して容易に回収できるという利点もある。特に、凝集体の各々が結晶化して結晶島を形成した場合、結晶島は、基板の原子配列からの影響を受け、基板の表面と平行な結晶面を形成し、このような基板の表面と平行な結晶面の上に形成されるグラフェン及びグラファイト薄膜も基板の表面と平行なものとなるので、より回収しやすくなる。
【0014】
さらに、触媒金属の膜の膜厚を均一にすることによって、結晶島の大きさをほぼ等しく、かつ等間隔で配置することができるため、結晶島の上に形成されるグラフェン及びグラファイト薄膜の大きさや形状もほぼ等しくでき、かつ等間隔に配置させることができる。しかも、その結晶島の大きさは、触媒金属の膜の膜厚、加熱温度および加熱時間、触媒金属と基板材料との親和性・付着性から影響を受けるため、これらの条件を制御することにより、結晶島ならびにその上に形成されるグラフェン及びグラファイト薄膜の大きさを制御し、所望の大きさのグラフェン及びグラファイト薄膜を量産することができる。
【0015】
また、このように複数の結晶島の上に形成されたグラフェン及びグラファイト薄膜は、それぞれ同一の条件下で形成されるため、その質のバラツキも小さく、デバイスの量産にも好適である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施に形態に係るグラフェン及びグラファイト薄膜の作製方法を示す工程図である。
【図2】本発明の実施の形態に係るグラフェン及びグラファイト薄膜の作製方法を示すフローチャートである。
【図3】本発明の実施の形態に係るグラフェン及びグラファイト薄膜の作製方法において基板表面のステップ、テラス構造を示した模式図である。
【図4】本発明の実施の形態に係るグラフェン及びグラファイト薄膜の回収方法を示す工程図である。
【図5】本発明の実施の形態に係るグラフェン及びグラファイト薄膜の回収方法を示す工程図である。
【図6】本発明の実施の形態に係るグラフェン及びグラファイト薄膜の回収方法を示す工程図である。
【図7】本発明の実施例において酸化マグネシウム基板上に形成され、表面にグラフェン及びグラファイト薄膜が形成されたニッケル結晶島の光学顕微鏡像である。
【図8】本発明の実施例において酸化マグネシウム基板上に形成され、表面にグラフェン及びグラファイト薄膜が形成されたニッケル結晶島の1つを観察した走査プローブ顕微鏡像である。
【図9】本発明の実施例において酸化マグネシウム基板上に形成され、表面にグラフェン及びグラファイト薄膜が形成されたニッケル結晶島の所定の領域をラマン分光法により測定した結果を示す図である。(c)、(d)のスペクトル測定点を矢印で示した。
【図10】HOPGをスコッチテープで剥離し、SiO2基板上に当接させて転写した光学顕微鏡像である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[実施の形態]
図面を使って、本発明の実施の形態を説明する。
【0018】
図1は、本発明のグラフェン及びグラファイト薄膜の作製工程を模式的に表したものである。
平滑な基板10を用い、あらかじめ加熱処理を行って表面の原子配列を整えておく。基板材料は酸化マグネシウム(MgO)やサファイア(Al23)などの単結晶基板、または、研磨した単結晶のシリコンを熱酸化して表面に二酸化ケイ素(SiO2)を形成した平滑基板などを使用する。
図1(a)に示すように、上記基板10上に、グラフェン及びグラファイト薄膜の合成触媒として作用する触媒金属20を塗布し、触媒金属基板100を作製する。触媒金属20はニッケル(Ni)、コバルト(Co)、鉄(Fe)など、グラフェンの合成場として作用しうる金属種が使用可能で、使用する基板材料との非反応性を考慮して適宜選択する。触媒金属20の塗布法は、触媒金属を融解、蒸発させて塗布する方法(蒸着)や、高速粒子によって触媒金属から成るターゲットから触媒金属原子を弾き飛ばして塗布する方法(スパッタリング)など、基板10上に触媒金属20の薄膜を形成できる塗布法であれば良い。触媒金属20の塗布膜厚は、後の工程の加熱昇温により凝集して、金属の凝集体が基板上に多数点在する状態を実現できる膜厚とするため、加熱の到達温度、保持時間、触媒金属種、触媒金属と基板との親和性、付着性を考慮して任意に選択する。
【0019】
上記触媒金属基板100を、加熱とガス置換が可能な密閉容器に配置する。密閉容器内の空気を排気し、不活性ガスと水素ガスを一定量流れるようにして、触媒金属基板100を加熱、昇温する。密閉容器内の圧力は、大気圧程度になるよう、ガスの流量と排気量を調節する。密閉容器内の圧力は、使用する密閉容器の性能や、設定するガスの流量によって変わる。よって、大気圧と同程度に限らず、大気圧より低く、または高くなるようにしても良い。水素ガスは、触媒金属の酸化物を還元するため導入する。
【0020】
所定の温度まで昇温し、その到達温度で所定の時間保持する。到達温度は、選択した触媒金属20の沸点または融点より低く、かつ表面の金属原子が移動して再配置可能になる温度であれば良い。到達温度が高いほど、より短い加熱時間で、表面からより深い金属原子の再配置が可能になる。そのため、到達温度は触媒金属種、触媒金属20の塗布膜厚、加熱時間、装置の加熱性能などを考慮して任意に選択可能である。昇温速度は、到達温度まで速やかに到達する速度とする。
【0021】
所定の到達温度で所定の時間保持する。この保持時間の間、グラフェン及びグラファイト薄膜を形成するための炭素供給源ガスを導入する。炭素供給源ガスは、メタン(CH3)などの炭化水素ガス、エチレン(C24)などの不飽和炭化水素ガス、エタノール(C25OH)などアルコールの気化ガスが使用可能である。また、保持する温度は炭素供給源となるガス分子が分解し、触媒金属の触媒作用により炭素原子からグラフェンが形成される反応が進む温度であれば良い。従って、使用するガス種や触媒金属種によって適宜選択可能である。炭素供給源ガスを流す時間や流量は、少なくとも、グラフェンの形成が可能な量の炭素が触媒金属20に供給されうる時間以上であれば良く、任意に選択可能である。一般的に、炭素源の供給量を増やせば、グラフェン、グラファイト薄膜の形成がより進行し、層数等に影響すると考えられるため、所望のグラフェン及びグラファイト薄膜の形態を鑑みて任意に選択する。また、保持時間を長くすると、初期に形成された凝集体が互いに動いて合体し、より大きな凝集体を形成しやすくなるため、凝集体の大きさの分布が大きくなる。よって、触媒金属量(塗布膜厚)、触媒金属と基板との親和性、保持温度等も考慮して、適当な保持時間を任意に選択する。
【0022】
次に加熱手段をオフして降温を開始する。その際、密閉容器内を満たす不活性ガス、水素ガス、炭素供給源ガスを一旦すべて排気し、不活性ガス、水素ガスを一定量流した状態で降温する。加熱手段をオフする以外に、一定の降温速度になるよう制御して冷ましても良い。
以上の工程の概略を示したフロー図を図2に示す。
【0023】
なお、凝集体を形成する昇温及び降温の工程を初めに行い、再び昇温して炭素供給源ガスを導入してグラフェン及びグラファイト薄膜を合成する工程を行うというように、別個独立した工程で行っても良い。
【0024】
以上のようにして、図1(b)に示すように、触媒金属20が凝集した多数の結晶島の表面に、形状および質の略等しいグラフェン及びグラファイト薄膜を多量に得ることができる。
【0025】
上記では、均質な基板10上に、均一な厚さの触媒金属20を塗布しているため、凝集する触媒金属20の範囲や量が略等しくなり、略同じ大きさの結晶島が、略等間隔でランダムに分布しているが、結晶島の位置を制御することも可能である。その場合を以下に説明する。
【0026】
基板10をあらかじめ加熱処理し、表面の原子配列を整えると、表面には図3(a)に示すような、様々な形をしたテラスとステップの構造が形成される。このような表面上で触媒金属原子が互いに移動し、凝集体を形成するが、その際に形成される凝集体は、基板上のより安定な部位に配置されやすい。つまり、触媒金属と基板との親和性、付着力が、凝集体が形成される程度弱い場合、凝集体はより接触角が大きくなる、テラスとテラスの境目のステップの位置に配置されることでより安定になる。この性質を利用して、基板10上のステップの位置を制御することで、各結晶島の位置を制御し、作製されるグラフェン及びグラファイト薄膜の位置を制御できる。
【0027】
ステップの位置を制御するには、単結晶の結晶方位面に対して、微小にずらした面でカットした単結晶基板を用いて加熱処理する。このようにすることで、図3(b)に模式的に示すように、ステップをバンチングさせて、ある程度段差のあるステップ位置を直線的に平行に並べるよう制御することができる。テラスの幅が狭いほど、ステップ位置までの触媒金属原子の移動距離が小さくなるため、配列しやすくなる。他にも、あらかじめ単結晶基板の表面に、周期的な穴を微細加工により作製し、加熱処理することで、基板表面の原子が移動して再配列する流れを制御し、ステップの配列を制御する方法が知られているが、そのような方法も利用できる。これらステップ位置の制御に関する手法を利用することにより、結晶島の配列を制御し、グラフェン及びグラファイト薄膜を所望の配列にして作製することもできる。
【0028】
図4は、本発明で作製したグラフェン及びグラファイト薄膜の回収方法を示した図である。グラフェン及びグラファイト薄膜は、図4(a)の22に示すように、基板10から凸状に突き出た触媒金属の結晶島上に作製されている。また、結晶島は、触媒金属原子が、単結晶の基板の規則的な原子配列に影響を受けて配列した場合、または、平滑基板10上で触媒金属原子が規則的に配列した場合、基板面と平行な結晶面を形成する。そのため、基板面に平行な結晶面上に、グラフェン及びグラファイト薄膜が形成され、図4(b)に示すように、他の基板40に当接させ、圧力を加えることで、図4(c)に示すように転写することが可能である。より転写しやすくするため、他の所定の基板40の表面が粘着質であっても良いし、また、表面が活性化された基板、例えば、表面に酸素プラズマをあてて活性化した二酸化ケイ素(SiO2)基板のようなものであっても良い。このようにすることで、他の所定の基板40上に、グラフェン及びグラファイト薄膜30を、略等間隔で並べたり、配列して並べたりすることができる。デバイス作製プロセスを施すことで、多数のデバイスを一度に作製することにも利用できる。
【0029】
図5および図6は、別の回収方法を示した図である。グラフェン及びグラファイト薄膜は、図5(a)および図6(a)に示すように、基板10から凸状に突き出た触媒金属の結晶島上に作製されている。図5(b)および図6(b)に示すように、この結晶島が存在する側の面に、高分子材料50を塗布する。高分子材料50は、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)やポリジメチルシロキサン(PDMS)などが使用可能である。次に塗布した高分子材料50を基板10から分離する。高分子材料50側には、グラフェン及びグラファイト薄膜30のみ、または、グラフェン及びグラファイト薄膜30と触媒金属が付着している。触媒金属は、酸との溶液反応で容易に除去できるため、作製されたグラフェン及びグラファイト薄膜30を容易にすべて回収することができる。
この高分子材料50を、図5(c)に示すように、所定の基板40に展開し、有機溶剤(PMMAの場合はアセトンなど)で高分子材料50を溶かすことで、図5(d)に示すように、もとの配置を維持して他の所定の基板40上にグラフェン及びグラファイト薄膜30を回収することができる。
または、この高分子材料50を、図6(c)に示すように、有機溶剤60中に溶かして、グラフェン及びグラファイト薄膜30の分散溶液を作る。分散しやすくするため、界面活性剤の添加や、超音波照射を行って、互いに付着しにくくしても良い。この分散溶液を他の所定の基板40上に展開し、溶媒を乾燥除去することで、図6(d)に示すように、他の所定の基板40上にグラフェン及びグラファイト薄膜30を回収することができる。展開する分散溶液の濃度を変えることで、所望の密度で、グラフェン及びグラファイト薄膜30を得ることもできる。
【0030】
このようにして、所定の基板40上に回収したグラフェン及びグラファイト薄膜30は、基板40上に配列して存在しており、微細加工プロセスにより電極等を設置し、集積デバイスを作製することもできる。
【0031】
[実施例]
次に、本発明におけるグラフェン及びグラファイト薄膜の作製方法の実施例について、具体的に説明する。
【0032】
グラフェンを合成する基板を準備した。平滑な単結晶基板として、酸化マグネシウム(MgO)の研磨基板を用いた。この酸化マグネシウム基板を、酸素雰囲気下で高温加熱し、表面の結晶配列を整えた。
【0033】
上記加熱後の酸化マグネシウム基板上に、触媒金属となるニッケル(Ni)を30nmの厚さでスパッタリング又は蒸着により塗布して触媒金属基板を作製した。
【0034】
上記触媒金属基板を、加熱とガス置換可能な密閉容器内に配置した。当該密閉容器内の空気をロータリーポンプにより、1×10-2Torr程度まで排気した後、アルゴンガス(Ar)と水素ガス(H2)の混合ガスで満たした。密閉容器内の圧力が400Torr程度に維持されるよう、アルゴンガス180sccmと水素ガス20sccmを触媒金属基板に対して上流から流しながら、下流でロータリーポンプにより排気し続けた。
水素ガスは、触媒金属表面の酸化物を還元するため導入した。
密閉容器内の圧力は、実施上、安全かつ簡便で、高真空・耐圧など高性能な容器を使用する必要のない圧力で実施した。
触媒金属基板を900℃まで60℃/分程度の速度で昇温した。
昇温到達温度は触媒金属であるニッケル(Ni)の沸点または融点より低く、かつ表面の金属原子が再配置可能になる温度であれば良い。
【0035】
900℃で5分間保持し、その5分間にメタンガス10sccmをアルゴンガスと水素ガスに追加して流すことで、グラフェンの構成材料となる炭素原子を供給した。
【0036】
次に、ヒーターをオフして冷ました。ヒーターをオフする際に、密閉容器内のメタンガス、アルゴンガス、水素ガスを一旦すべて排気して炭素供給源となるガスを排除した。降温中は、再びアルゴンガス180sccmと水素ガス20sccmを400Torrの圧力下で流す状態にした。900℃から室温付近まで冷ます過程で、上記のようにヒーターをオフする以外に、一定の降温速度になるよう制御して冷ましても良い。例えば、900℃から150℃まで1時間で降温させる等。
【0037】
100℃程度まで冷ました後、密閉容器から触媒金属基板を取り出した。取り出した触媒金属基板には、図7の光学顕微鏡像に示すように、ニッケルの結晶島が多数形成されていた。そして、その結晶島にのみ、グラフェン及びグラファイト薄膜が形成されていた。
【0038】
凝集したニッケル島が結晶化している根拠は、走査プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscopy: SPM)により観察できる結晶島のファセットで明確に確認できるとともに、反射高速電子線回折(Reflection High Energy Electron Diffraction: RHEED)による観測でも確認できる。SPMで結晶島を観察すると、図8に示すように、結晶化によるファセットが明確に見られた。また、RHEEDでは、加熱処理を行う前は、回折像はハロー状になり、ニッケルはアモルファス状態であるが、900℃で5分間加熱処理を行った後では、回折像はリング状になり、多結晶状態になることが観測された。これは、多数の凝集体が結晶化したことに起因する。これらの実験結果から、凝集したニッケル島は結晶化していると言える。
【0039】
凝集体中のニッケル原子は、冷ます過程で、より安定な結晶構造に再配列され、個々の凝集体はそれぞれ結晶化されてゆくと考えられる。結晶化される際、基板が単結晶材料で、その基板の原子配列の影響を受けた場合、各単結晶島のニッケル原子配列は、同じ原子配列の基板からの影響で等しくなるものと考えられ、基板と平行な同様の結晶面が形成されやすくなる。図8の結晶島の断面形状像から、基板に平行な結晶面が形成されている様子が見られた。また、この結晶面上にグラフェン及びグラファイト薄膜のシワらしき線状の突起も見られた。
【0040】
また、この結晶島にのみグラフェン及びグラファイト薄膜が形成されるという根拠は、ラマン分光法による測定結果から確認できた。図9に、結晶島が分布する所定の領域を測定したラマン分光測定結果を示す。グラフェンシートの二次元構造に由来する1600cm-1付近と2700cm-1付近のラマンシフトのピークは、結晶島に対応して点在している様子が観測できた。図9(a)および図9(b)は、1600cm-1付近(1585cm-1)と2700cm-1のピークが現れる部分を、明暗でそれぞれマッピングしたもので、ピークの現れる位置は一致している。図9(c)および図9(d)は、明るい部分と暗い部分(矢印で示した部分)のラマンシフトスペクトルをそれぞれ示している。この結果から、グラフェンシートの二次元構造は、結晶島に対応して存在する様子が分かる。
【0041】
結晶島の大きさは、触媒金属の塗布量、到達温度、保持時間、触媒金属と基板材料との親和性、付着性に影響されると考えられ、それらの条件を制御することで結晶島の大きさを制御し、利用に最適な大きさのグラフェン及びグラファイト薄膜を得ることができる。
【0042】
以上のようにすることで、略同じ大きさで、略等間隔に配置された触媒金属の結晶島上に、グラフェン及びグラファイト薄膜を作製することができる。大きさの略等しい結晶島が自己組織的に形成できるため、大きさや形がそろったグラフェン及びグラファイト薄膜を大量に、しかも簡便に作製することができる。また、各結晶島の平滑な一つのファセットにグラフェン及びグラファイト薄膜が合成され、合成条件は各結晶島ともに等しいため、得られる大量のグラフェン及びグラファイトの質のばらつきは小さく、実用上利用しやすい。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明は、グラフェン及びグラファイト薄膜、並びにグラフェン及びグラファイト薄膜基板の製造業に利用可能である。
【符号の説明】
【0044】
10…基板、20…触媒金属、22…表面にグラフェン及びグラファイト薄膜が形成された結晶島、30…グラフェン及びグラファイト薄膜、40…所定の基板、50…高分子材料、60…有機溶剤、100…触媒金属基板。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板の上に触媒金属の膜を形成する工程と、
前記基板を加熱する工程と、
前記基板を加熱した状態で炭素供給源ガスを供給する工程と
を備え、
前記基板を加熱することにより前記触媒金属の膜が凝集して形成された複数の島状の凝集体の上にグラフェン及びグラファイト薄膜を形成する
ことを特徴とするグラフェン及びグラファイト薄膜の作製方法。
【請求項2】
請求項1に記載のグラフェン及びグラファイト薄膜の作製方法において、
前記触媒金属から成る複数の凝集体の各々が、結晶化して結晶島を形成し、
前記結晶島の上に前記グラフェン及びグラファイト薄膜を形成する
ことを特徴とするグラフェン及びグラファイト薄膜の作製方法。
【請求項3】
前記結晶島は、それぞれ同じ大きさに形成され、かつ互いに等間隔で前記基板上に配置される
ことを特徴とする請求項2に記載のグラフェン及びグラファイト薄膜の作製方法。
【請求項4】
請求項2または3に記載のグラフェン及びグラファイト薄膜の作製方法において、
前記結晶島は、前記基板とほぼ平行な結晶面を有し、
前記グラフェン及びグラファイト薄膜は、少なくとも前記結晶面上に形成される
ことを特徴とするグラフェン及びグラファイト薄膜の作製方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のグラフェン及びグラファイト薄膜の作製方法により第1の基板の上にグラフェン及びグラファイト薄膜を作製する工程と、
このグラフェン及びグラファイト薄膜を第2の基板に転写する工程と
を備えるグラフェン及びグラファイト薄膜基板の作製方法であって、
前記グラフェン及びグラファイト薄膜を第2の基板に転写する工程は、前記グラフェン及びグラファイト薄膜を前記第2の基板に当接して圧力を加えることにより実現する
ことを特徴とするグラフェン及びグラファイト薄膜基板の作製方法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかに記載のグラフェン及びグラファイト薄膜の作製方法により第1の基板の上にグラフェン及びグラファイト薄膜を作製する工程と、
このグラフェン及びグラファイト薄膜を高分子材料に回収する工程と、
前記グラフェン及びグラファイト薄膜を回収した前記高分子材料を第2の基板に展開してこのグラフェン及びグラファイト薄膜を前記第2の基板に転写する工程と
を備えることを特徴とするグラフェン及びグラファイト薄膜基板の作製方法。
【請求項7】
請求項1〜4のいずれかに記載のグラフェン及びグラファイト薄膜の作製方法により第1の基板の上にグラフェン及びグラファイト薄膜を作製する工程と、
このグラフェン及びグラファイト薄膜を高分子材料に回収する工程と、
前記高分子材料を溶媒に溶かして除去することにより、前記グラフェン及びグラファイト薄膜を溶液中に回収する工程と、
前記グラフェン及びグラファイト薄膜が回収された溶液を、第2の基板の上に展開して、このグラフェン及びグラファイト薄膜を前記第2の基板に転写する工程と
を備えることを特徴とするグラフェン及びグラファイト薄膜基板の作製方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−20903(P2012−20903A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−160405(P2010−160405)
【出願日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】