説明

グリア細胞の活性化抑制組成物

【課題】本発明は、グリア細胞の過剰な活性化を抑制することができ、かつ、実用的であるグリア細胞の活性化抑制組成物等を提供することを目的とする。
【解決手段】修治ブシを含有するグリア細胞の活性化抑制組成物を利用する。かかるグリア細胞としては、ミクログリア又はアストロサイトを好適に例示することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリア細胞の活性化抑制組成物等に関する。
【背景技術】
【0002】
ブシ(附子;aconiti tuber)は、キンポウゲ科トリカブト属(Aconitium)に属する植物の塊根から抽出した生薬であり、強心作用、鎮痛作用を有することが知られる。しかし、ブシはそのままでは毒性が強いため、弱毒化するために修治(加熱・加圧)という処理が通常行われる。ブシに含まれるアコニチンやメサコニチン等の毒性物質は、修治処理を経るとそれぞれベンゾイルアコニン、ベンゾイルメサコニンに変化して毒性が著しく低下する。
【0003】
グリア細胞(神経膠細胞)とは、中枢神経系を構成する細胞のうち、神経細胞ではない細胞の総称であり、アストロサイト、ミクログリア、オリゴデンドロサイト、上衣細胞、シュワン細胞、衛星細胞等を含む。これまではグリア細胞はシグナル伝達に関与していないと考えられていたため、中枢神経系の研究では、神経細胞のメカニズムを解明することに主眼が置かれ、グリア細胞の役割等についてはほとんど研究が進んでいなかった。しかし、近年ではグリア細胞に関する研究が徐々に進み、グリア細胞の様々な役割が明らかとなってきている。グリア細胞の役割として、例えば、神経細胞の位置を固定したり、神経栄養因子の合成及び分泌をしたり、ミエリンの構成要素となったり、過剰に放出されたカリウム等のイオンの再取り込みをしたり、神経伝達物質を細胞内に回収することで伝達時間を限定させたり、血管内皮と共に血液脳関門を形成し、フィルタの役割を果たすといった、神経細胞の周辺組織の恒常性を維持する機能を果たす他、多様な神経伝達物質の受容体を発現して、より積極的なシグナル伝達にも寄与することが知られてきている。
【0004】
グリア細胞が関与するシグナル伝達のシグナル物質の例として、ATPが挙げられる。神経細胞が傷害を受けると、神経細胞から大量のATPが放出され、このATPを感知したミクログリアは傷害部位へと遊走し、様々な液性因子を産生して神経機能の修復へ寄与する。ただし、修復不可能な場合は、ミクログリアは貪食作用を発揮して死細胞を除去する。
【0005】
一方で、グリア細胞は、例えば、脊髄の外傷、脳卒中による神経障害、てんかん、神経障害性疼痛、血管閉塞性の眼疾患、神経変性疾患等において、過剰に活性化していることも知られている。グリア細胞が過剰に活性化されると、グルタミン酸、一酸化窒素、炎症性サイトカインといった各種の傷害因子を産生し、神経細胞の機能が障害される(非特許文献1〜3)。そのため、グリア細胞の過剰な活性化は、前述の外傷や疾患の原因や増悪の要因と考えられている。
【0006】
しかし、グリア細胞の過剰な活性化を抑制し得る実用的な薬剤はこれまで知られていなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Benvenisite, Am J Physiology, 1992, 263, 1-16
【非特許文献2】Fields, et al., Science, 2002, 298, 556-562
【非特許文献3】Suzumura et al., Ann. N.Y. Acad. Sci., 2006, 1088, 219-229
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、グリア細胞の過剰な活性化を抑制することができ、かつ、実用的であるグリア細胞の活性化抑制組成物等を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を重ね、修治ブシが、痛み形成期においてはグリア細胞の活性化を抑制せず、鎮痛効果も発揮しなかったのに対し、痛み維持期においてグリア細胞の活性化を抑制し、鎮痛効果を発揮したことを見出し、この知見に基づいて本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は、(1)修治ブシを含有するグリア細胞の活性化抑制組成物や、(2)グリア細胞が、ミクログリア又はアストロサイトであることを特徴とする上記(1)に記載のグリア細胞の活性化抑制組成物や、(3)アストロサイトの活性化が、pERK発現量増加を伴った活性化であることを特徴とする上記(2)に記載のグリア細胞の活性化抑制組成物や、(4)ミクログリアの活性化抑制が、アストロサイトの脱活性化による二次的な変化であることを特徴とする上記(2)に記載のグリア細胞の活性化抑制組成物や、(5)修治ブシの、グリア細胞の活性化抑制剤の調製における使用に関する。
【0011】
また、本発明は、(6)修治ブシを含有する、グリア細胞の活性化が関与する疾患の治療薬や、(7)グリア細胞の活性化が関与する疾患が、脊髄の外傷、脳卒中による神経障害、てんかん、神経障害性疼痛、血管閉塞性の眼疾患、神経変性疾患からなる群から選択される疾患である上記(6)に記載の治療薬や、(8)神経変性疾患が、アルツハイマー病又は筋萎縮性側索硬化症(ALS)である上記(7)に記載の治療薬に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、グリア細胞の過剰な活性化を効果的に抑制することができる。したがって、本発明におけるグリア細胞の活性化抑制組成物は、グリア細胞の過剰な活性化により引き起こされる疾患の予防や治療にも利用することができる。また、本発明における修治ブシは、漢方として既に用いられているので、本発明におけるグリア細胞の活性化抑制組成物は人体への安全性も高い。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】神経障害性疼痛マウスを用いた鎮痛効果試験1の結果を示す図である。左図は熱痛覚過敏(Thermal hyperalgesia)反応試験の結果を示し、右図はvon Frey試験の結果を示す。なお、左図、右図共に、各時期のグラフは、左からSham-Water群、Ligation-Water群、Ligation-Bushimatsu群のグラフを表す。
【図2】神経障害性疼痛マウスを用いた鎮痛効果試験2の結果を示す図である。左図は熱痛覚過敏(Thermal hyperalgesia)反応試験の結果を示し、右図はvon Frey試験の結果を示す。なお、左図、右図共に、各時期のグラフは、左からSham-Water群、Ligation-Water群、Ligation-Bushimatsu群のグラフを表す。
【図3】脊髄内ミクログリアの形態観察1の結果を示す図である。
【図4】脊髄内アストロサイトの形態観察の結果を示す図である。
【図5】脊髄内ミクログリアの形態観察2の結果を示す図である。
【図6】脊髄内アストロサイトにおけるpERKの発現アッセイの結果を示す図である。
【図7】脊髄由来培養アストロサイトにおけるpERKの解析の結果を示す図である。左図はERK1、ERK2、pERK1、pERK2に対するウエスタンブロットの結果を示す図であり、右図はpERKの局在を、PI(propidium iodide)及び抗pERK抗体を用いて免疫蛍光染色した結果を示す図である。
【図8】神経障害性疼痛マウスにアストロサイト特異的代謝阻害薬を投与した場合の試験結果を示す図である。左図は鎮痛効果試験(von Frey試験)の結果を示し、右図はGFAP染色の結果を示す図である。なお、左図における各時期のグラフは、左からSham-Veh群、Ligation-Veh群、Ligation-FC群のグラフを表す。
【図9】神経障害性疼痛マウスにアストロサイト特異的代謝阻害薬を投与した場合の試験結果を示す図である。左図は鎮痛効果試験(von Frey試験)の結果を示し、右図はGFAP染色及びpERK染色の結果を示す図である。なお、左図における各時期のグラフは、左からSham-Veh群、Ligation-Veh群、Ligation-FC群のグラフを表す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のグリア細胞の活性化抑制組成物は、修治ブシを含有するものであれば特に制限されない。本明細書における修治ブシとは、キンポウゲ科トリカブト属に属する植物の塊根を弱毒処理したものを意味し、具体的には、乾燥物1gに対し、アコニチンが55μg以下、ジェサコニチンが40μg以下、ヒパコニチンが55μg以下、及び、メサコニチンが120μg以下であり、さらに、これら4種類の毒性成分の総重量が230μg以下であるブシ(2004年12月第14改正日本薬局方第二追補を参照)を好適に含む。前述の弱毒処理としては、その弱毒処理によって、ブシに含まれる前述の4種類の毒性成分が前述の基準以下にまで低下する限り特に制限されないが、例えば、ブシを高圧蒸気で処理する方法や、ブシを食塩水に浸してから高圧蒸気で処理する方法や、ブシを食塩水に浸してから石灰を塗布する方法を例示することができる。
【0015】
前述のキンポウゲ科トリカブト属に属する植物としては、ハナトリカブト、オクトリカブト、ウスキトリカブト、アズミトリカブト、カラトリカブト、チイサントリカブト、キバナトリカブト、イブキトリカブト、ツクバトリカブト、ミヤマトリカブト等を例示することができ、中でも、ハナトリカブト、オクトリカブトを好適に例示することができる。
【0016】
本発明に用いる修治ブシは、前述したように、キンポウゲ科トリカブト属に属する植物の塊根を弱毒処理して作製してもよいし、市販の修治ブシ(「加工ブシ」とも呼ばれる)を用いてもよい。修治ブシは、粉末状の加工ブシ末として広く市販されている。
【0017】
また、本発明のグリア細胞の活性化抑制組成物におけるグリア細胞とは、中枢神経系を構成する細胞のうち、神経細胞ではない細胞を意味し、例えば、アストロサイト、ミクログリア、オリゴデンドロサイト、上衣細胞、シュワン細胞、衛星細胞等を例示することができ、中でも、ミクログリア、アストロサイトを好適に例示することができる。
【0018】
本発明のグリア細胞の活性化抑制組成物が有するグリア細胞の活性化抑制効果とは、グリア細胞の過剰な活性化を抑制する効果を意味し、例えば、アストロサイトのpERK発現量増加を伴った過剰な活性化を抑制する効果や、アストロサイトの脱活性化による二次的な変化であるミクログリアの活性化を抑制する効果を好適に含む。グリア細胞が過剰な活性化を生じているか、グリア細胞のその過剰な活性化を抑制する効果があるかどうかは、非ヒト動物等から脊髄組織を採取して組織切片を作製し、特定のグリア細胞に特異的に結合する抗体を用いて前述の組織切片を免疫蛍光染色すること等により確認することができる。例えば、ある非ヒト動物におけるそのグリア細胞のシグナルが、正常な状態の非ヒト動物におけるそのグリア細胞のシグナルに比べて強い場合は、その非ヒト動物においてグリア細胞が過剰な活性化を生じていると評価することができる。また、グリア細胞が過剰な活性化状態にある非ヒト動物に、ある物質を投与することにより、そのグリア細胞のシグナルが低下した場合は、その物質にはグリア細胞の過剰な活性化を抑制する効果を有していると評価することができる。なお、本発明のグリア細胞の活性化抑制組成物は食品・サプリメントに添加・配合することができる。
【0019】
本発明のグリア細胞の活性化抑制組成物は、修治ブシのみを含有していてもよいが、その他に賦形剤、抗酸化剤、安定剤、他の鎮痛剤などを含有していてもよい。本発明のグリア細胞の活性化抑制組成物に含有される修治ブシの含有量は特に制限されないが、組成物の全量に対して例えば0.01質量%〜100質量%、好ましくは10質量%〜100質量%、より好ましくは50質量%〜100質量%とすることができる。
【0020】
本発明のグリア細胞の活性化抑制組成物の剤型としては、特に制限はないが、散剤、顆粒剤、細粒剤、錠剤、カプセル剤等の固形剤の他、液剤、シロップ剤を例示することができ、保存性の観点から、固形剤を好適に例示することができる。
【0021】
本発明のグリア細胞の活性化抑制組成物は、修治ブシをそのまま用いて調製してもよいし、修治ブシに加え、上記の剤型等に応じた成分を混合するなどして調製してもよい。
【0022】
本発明のグリア細胞の活性化抑制組成物の投与形態としては、経口投与を好適に例示することができる。投与量としては、本発明のグリア細胞の活性化抑制効果が得られる限り特に制限されないが、1日当たり、10mg/kg〜5000mg/kgの範囲内を例示することができ、1日当たり、50mg/kg〜1000mg/kgの範囲内を好適に例示することができる。
【0023】
本発明における使用としては、修治ブシの、pERKの抑制剤、pERKの核内移行阻害剤、又は、グリア細胞の活性化抑制剤の調製における使用を例示することができる。pERKの抑制剤とは、ERKのリン酸化を抑制する剤を意味し、pERKの核内移行阻害剤とは、pERKが細胞の核内へ移行するのを阻害する剤を意味する。
【0024】
本発明のグリア細胞の活性化が関与する疾患の治療薬は、修治ブシを含有するものであれば特に制限されない。グリア細胞の活性化が関与する疾患とは、グリア細胞の過剰な活性化に起因する疾患、又は、グリア細胞の過剰な活性化により症状が悪化する疾患である限り特に制限されないが、脊髄の外傷、脳卒中による神経障害、てんかん、神経障害性疼痛、血管閉塞性の眼疾患、神経変性疾患からなる群から選択される疾患を好適に例示することができ、上記の神経変性疾患としては、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)をより好適に例示することができる。修治ブシは、グリア細胞の過剰な活性化を抑制することができるため、修治ブシを含有する本発明の治療薬は、これらのグリア細胞の活性化が関与する疾患に対して予防効果又は治療効果を発揮することができる。本発明の治療薬における修治ブシの含有量、剤型、調製法、投与形態、投与量等は、前述のグリア細胞の活性化抑制組成物と同様とすることができる。
【実施例1】
【0025】
[神経障害性疼痛モデルマウスの作製]
神経障害性疼痛モデルマウスとして、Seltzerモデルマウスの作製を試みた。具体的には、マウスの片足の坐骨神経を露出させ、その坐骨神経の30〜50%を6−0絹糸で結紮することによって作製した。このモデルマウスでは、結紮手術後1週間〜10日目にかけて痛みが徐々に進行し(痛み形成期)、その後は慢性化した痛みが持続する(痛み維持期)。
【実施例2】
【0026】
[鎮痛効果試験1]
実施例1で作製した神経障害性疼痛マウスを用いて、以下のような鎮痛効果試験を行った。まず、鎮痛効果試験のスケジュールを図1の「スケジュール」に示す。坐骨神経結紮手術した直後を0dayとし、該手術直前(Pre)、該手術から1日間経過後(D1)、3日間経過後(D3)、7日間経過後(D7)、14日間経過後(D14)、21日経過後(D21)に、熱痛覚過敏(Thermal hyperalgesia)反応試験とvon Frey試験(von Frey test)の2種類の鎮痛効果試験を行った。その際、(a)〜(c)の3群のマウスを用いた。すなわち、(a)非結紮マウスに水を経口投与した群(Sham-Water群)、(b)実施例1で作製した神経障害性疼痛マウスに水を経口投与した群(Ligation-Water群)、(c)実施例1で作製した神経障害性疼痛マウスに、300mg/kgで修治ブシを1日1回、結紮手術直後から慢性経口投与した群(Ligation-Bushimatsu群)の3群である。なお、以降のすべての実験における修治ブシは、株式会社ツムラから購入したものを用いた。
【0027】
(1)熱痛覚過敏反応試験
熱痛覚過敏反応試験は常法にしたがって行った。すなわち、マウスの足底に投射熱刺激を加え、逃避反射の潜時(withdrawal latency (sec.))を測定した。withdrawal latencyの値が小さいほど、熱に対する感受性が高まっていることを示す。
【0028】
(2)von Frey試験
von Frey試験は常法にしたがって行った。すなわち、網の上にマウスを置き、網の下からマウスの足底に対して垂直にフィラメント(0.166g)が曲がるまで押しつけ、マウスが足をあげる機械刺激の閾値を測定した。“% of max score”の値が大きいほど、痛みに対する感受性が高まっていることを示す。
【0029】
上記の熱痛覚過敏反応試験及びvon Frey試験の結果をそれぞれ図1の“Thermal hyperalgesia”のグラフ及び“von Frey test(0.166g)”のグラフに示す。両グラフにおける各時期のグラフは、左からSham-Water群、Ligation-Water群、Ligation-Bushimatsu群のグラフを表す。図1の“Thermal hyperalgesia”のグラフから分かるように、D7までの痛み形成期においては、Ligation-Water群とLigation-Bushimatsu群との間の“withdrawal latency”には有意差は見られなかったが、D14やD21等の痛み維持期においては、Ligation-Bushimatsu群の“withdrawal latency”はLigation-Water群の“withdrawal latency”に比べて有意に高かった。また、図1の“von Frey test(0.166g)”のグラフから分かるように、D3までは、Ligation-Water群とLigation-Bushimatsu群との間の“% of max score”には有意差は見られなかったが、D7、D14及びD21では、Ligation-Bushimatsu群の“% of max score”はLigation-Water群の“% of max score”に比べて有意に低かった。これらのことから、修治ブシは、D7くらいまでの痛み形成期の痛みに対しては鎮痛効果をあまり発揮せず、それより後の痛み維持期の痛みに対して顕著な鎮痛効果を発揮することが示された。
【実施例3】
【0030】
[鎮痛効果試験2]
実施例1で作製した神経障害性疼痛マウスを用いて、以下のような鎮痛効果試験を行った。まず、鎮痛効果試験のスケジュールを図2の「スケジュール」に示す。今回の鎮痛効果試験は、Ligation-Bushimatsu群における修治ブシの投与時期を、坐骨神経結紮手術直後から毎日ではなく、坐骨神経結紮手術から7〜21日目の期間に限定したこと以外は、実施例2の鎮痛効果試験1と同様に行った。
【0031】
今回の熱痛覚過敏反応試験及びvon Frey試験の結果をそれぞれ図2の“Thermal hyperalgesia”のグラフ及び“von Frey test(0.166g)”のグラフに示す。両グラフにおける各時期のグラフは、左からSham-Water群、Ligation-Water群、Ligation-Bushimatsu群のグラフを表す。図2の“Thermal hyperalgesia”のグラフから分かるように、D7までの痛み形成期においては、Ligation-Water群とLigation-Bushimatsu群との間の“withdrawal latency”には有意差は見られなかったが、それ以降の痛み維持期においては、Ligation-Bushimatsu群の“withdrawal latency”はLigation-Water群の“withdrawal latency”に比べてほとんど有意に高かった。また、図2の“von Frey test(0.166g)”のグラフから分かるように、D7までは、Ligation-Water群とLigation-Bushimatsu群との間の“% of max score”には有意差は見られなかったが、それ以降では、Ligation-Bushimatsu群の“% of max score”はLigation-Water群の“% of max score”に比べて有意に低かった。これらのことから、修治ブシは、痛みが形成されてしまった後(D7以降)に慢性投与した場合も、顕著な鎮痛効果を発揮することが示された。
【実施例4】
【0032】
[脊髄内ミクログリアの形態観察1]
修治ブシの脊髄内グリア細胞に対する作用を調べるために、以下のように、脊髄内ミクログリアの形態観察を行った。まず、今回の脊髄内ミクログリアの形態観察のスケジュールを図3の「スケジュール」に示す。今回の形態観察におけるLigation-Bushimatsu群では、修治ブシの慢性投与をD7からD21まで行った。
【0033】
Sham-Water群、Ligation-Water群、Ligation-Bushimatsu群の3群についてそれぞれD10、D14、D21において脊髄を採取し、脊髄後角についてパラフィン包埋組織切片を作製した。ミクログリア特異的カルシウム結合タンパク質Iba1(Ionized calcium binding adaptor molecule 1)に特異的に結合する抗Iba1抗体を用いて各組織切片を免疫蛍光染色した。その結果を図3に示す。Ligation-Water群の結果から分かるように、D10からD21にかけて、Iba1シグナルの亢進が継続しており、ミクログリアの活性化が継続している。それに対して、Ligation-Bushimatsu群では、D10からD21にかけて、Iba1シグナルが次第に低下しており、修治ブシによって、痛み維持期におけるミクログリアの活性化が抑制されること(活性化ミクログリアから静止型ミクログリアへ変化すること)が示された。
【実施例5】
【0034】
[脊髄内アストロサイトの形態観察]
修治ブシの脊髄内グリア細胞に対する作用を調べるために、以下のように、脊髄内アストロサイトの形態観察を行った。まず、今回の脊髄内アストロサイトの形態観察のスケジュールを図4の「スケジュール」に示す。今回の形態観察におけるLigation-Bushimatsu群では、実施例4の実験と同様に、修治ブシの慢性投与をD7からD21まで行った。
【0035】
Sham-Water群、Ligation-Water群、Ligation-Bushimatsu群の3群についてそれぞれD10、D14、D21において脊髄を採取し、脊髄後角についてパラフィン包埋組織切片を作製した。グリア繊維酸性蛋白質glial fibrillaryacidic protein(GFAP)に特異的に結合する抗GFAP抗体を用いて各組織切片を免疫蛍光染色した。その結果を図4に示す。Ligation-Water群の結果から分かるように、D10からD21にかけて、GFAPシグナルの亢進が継続しており、アストロサイトの活性化が継続している。それに対して、Ligation-Bushimatsu群では、D10からD21にかけて、GFAPシグナルが次第に低下しており、修治ブシによって、痛み維持期における脊髄後角のアストロサイトの活性化が抑制されることが示された。
【実施例6】
【0036】
[脊髄内ミクログリアの形態観察2]
前述の実施例4において、痛み維持期におけるミクログリアの活性化が、修治ブシによって抑制されることが示された。このミクログリアの活性化抑制が、痛み形成期においても見られるかを確認するために、以下のように、脊髄内ミクログリアの形態観察を行った。今回の脊髄内ミクログリアの形態観察のスケジュールを図5の「スケジュール」に示す。今回の形態観察におけるLigation-Bushimatsu群では、修治ブシの慢性投与をD1からD7まで行った。
【0037】
Sham-Water群、Ligation-Water群、Ligation-Bushimatsu群の3群についてそれぞれD7において脊髄を採取し、脊髄後角についてパラフィン包埋組織切片を作製した。ミクログリア特異的カルシウム結合タンパク質Iba1(Ionized calcium binding adaptor molecule 1)に特異的に結合する抗Iba1抗体を用いて各組織切片を免疫蛍光染色した。その結果を図5に示す。図5から分かるように、痛み形成期であるD7時点では、修治ブシ投与によって、脊髄後角のミクログリアの活性化は抑制されなかった。すなわち、坐骨神経結紮により惹起されるミクログリアの活性化は、修治ブシを慢性投与しても抑制されないことが示された。
【実施例7】
【0038】
[脊髄内アストロサイトにおけるpERKの発現アッセイ]
坐骨神経結紮によって脊髄後角で活性化したアストロサイトでは、MAPKinase(ERK)のリン酸化が増加すること、すなわち、pERKの発現量が増加することが知られている(Kawasaki et al., Nature medicine, 2008, 14, p331-336)。そこで、修治ブシの投与によって、脊髄内アストロサイトにおけるpERKの発現にどのような影響が見られるかを調べることとした。pERKの発現アッセイにおけるLigation-Bushimatsu群では、修治ブシの慢性投与をD7からD21まで継続した。
【0039】
Sham-Water群、Ligation-Water群、Ligation-Bushimatsu群の3群についてそれぞれD21において脊髄を採取し、脊髄後角についてパラフィン包埋組織切片を作製した。抗GFAP抗体(緑色蛍光で標識)及び抗pERK抗体(赤色蛍光で標識)を用いて各組織切片を免疫蛍光染色した。その結果を図6に示す。図6から分かるように、Ligation-Bushimatsu群では、Ligation-Water群と比較して、GFAPシグナル及びpERKシグナルのいずれも顕著に抑制されている。これらのことから、pERK発現量の増加を伴ったアストロサイトの活性化は、修治ブシに慢性投与によって、顕著に抑制されることが示された。
【実施例8】
【0040】
[脊髄由来培養アストロサイトにおけるpERKの解析]
修治ブシが発揮するERKのリン酸化抑制作用が、修治ブシのアストロサイトに対する直接的な作用であるかどうかを調べるために、脊髄由来の培養アストロサイトを用いて修治ブシの影響を確認することとした。今回の試験のスケジュールを図7の「スケジュール」に示す。マウスの脊髄から細胞を採取して入手した初代培養アストロサイトを24時間飢餓状態にした後、100μg/mLとなるように修治ブシを添加したDMEMにて1時間45分間インキュベートし、次いで、IL−1βを10ng/mLとなるように添加したDMEMにて15分間インキュベートした後、アストロサイトをサンプリングした(Bushimatsu-IL-1β群)。コントロールとして、前述の方法においてIL−1βのみを添加しなかったもの(Busimatsu-DMEM群)、前述の方法において修治ブシのみを添加しなかったもの(IL-1β群)、前述の方法において修治ブシもIL−1βも添加しなかったもの(DMEM群)についてもサンプリングを行った。なお、IL−1βはアストロサイトの活性化剤として知られている。
【0041】
サンプリングした各アストロサイトから抽出したタンパク質に対して、ウエスタンブロットを行い、ERK1、ERK2、pERK1、pERK2の発現量をそれぞれ検出した。その結果を図7の左図に示す。各群におけるグラフの左の棒グラフは、DMEM群におけるpERK1の発現量を100%としたときの割合(%)を示しており、右の棒グラフは、DMEM群におけるpERK2の発現量を100%としたときの割合(%)を示している。図7の左図の結果から、培養アストロサイトをIL−1βで活性化した際に増加するpERKは、修治ブシによって抑制されることが示された。
【0042】
また、IL−1βはアストロサイトにおいてpERKの核内移行を亢進することが知られている。そこで、修治ブシがpERKの核内移行についてどのような影響を及ぼすかを調べるために、図7記載のスケジュールでサンプリングした培養アストロサイトにおけるpERKの局在を、PI(propidium iodide)及び抗pERK抗体を用いて確認した。前述の4つの各群(DMEM群、IL-1β群、Busimatsu-DMEM群、Bushimatsu-IL-1β群)のアストロサイトにおいて、核内でpERKの局在を確認できたアストロサイトの割合を測定した結果を図7の右図に示す。図7の右図の結果から、IL−1βによって活性化したpERKの核内移行は、修治ブシによって抑制されることが示された。
【実施例9】
【0043】
[アストロサイト特異的代謝阻害薬を投与した場合の鎮痛効果試験及び脊髄内アストロサイトの形態観察]
修治ブシ投与による鎮痛効果等が、脊髄後角のアストロサイトの活性化抑制によるものであることを確認するために、以下の補足実験を行った。今回の鎮痛効果試験のスケジュールを図8の「スケジュール」に示す。アストロサイト特異的代謝阻害薬として知られるフルオロクエン酸(Fluorocitrate;FC)を、実施例1で作製した神経障害性疼痛モデルマウスに、結紮手術後14日目から28日目まで、1日当たり100fmol/5μLを脊髄内慢性投与した。そのモデルマウスについてのvon Frey試験の結果を図8の左図に示す。この図のグラフにおける各時期のグラフは、左からSham-Veh群、Ligation-Veh群、Ligation-FC群のグラフを表す。また、21日目(D21)における脊髄内アストロサイトの形態観察(GFAP染色)の結果を図8の右図に示す。これらの図から分かるように、FCによって、痛み維持期において顕著な鎮痛効果が得られ、また、そのとき(D21)の脊髄後角において、アストロサイトの活性化は顕著に抑制されていた。
【0044】
さらに、上記の3群(Sham-Veh群、Ligation-Veh群、Ligation-FC群)のマウスについて、脊髄後角のパラフィン包埋組織切片を作製し、抗GFAP抗体(緑色蛍光で標識)及び抗pERK抗体(赤色蛍光で標識)を用いて免疫蛍光染色した結果を図9に示す。図9から分かるように、Ligation-FC群(SNL-Fluorocitrate群)では、Ligation-Veh群(SNL-Vehicle群)と比較して、GFAPシグナル及びpERKシグナルのいずれも顕著に抑制されている。これらのことから、pERK発現量の増加を伴ったアストロサイトの活性化は、FCの脊髄内慢性投与によって、顕著に抑制されることが示された。このように、FCの投与は修治ブシの投与と同様の結果となったことから、修治ブシによる神経障害性疼痛の軽減及び治療効果は、脊髄後角のアストロサイトの活性化を抑制(脱活性化)することによって生じることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明は、グリア細胞の活性化抑制組成物に関する分野等に好適に利用することができる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
修治ブシを含有するグリア細胞の活性化抑制組成物。
【請求項2】
グリア細胞が、ミクログリア又はアストロサイトであることを特徴とする請求項1に記載のグリア細胞の活性化抑制組成物。
【請求項3】
アストロサイトの活性化が、pERK発現量増加を伴った活性化であることを特徴とする請求項2に記載のグリア細胞の活性化抑制組成物。
【請求項4】
ミクログリアの活性化抑制が、アストロサイトの脱活性化による二次的な変化であることを特徴とする請求項2に記載のグリア細胞の活性化抑制組成物。
【請求項5】
修治ブシの、グリア細胞の活性化抑制剤の調製における使用。
【請求項6】
修治ブシを含有する、グリア細胞の活性化が関与する疾患の治療薬。
【請求項7】
グリア細胞の活性化が関与する疾患が、脊髄の外傷、脳卒中による神経障害、てんかん、神経障害性疼痛、血管閉塞性の眼疾患、神経変性疾患からなる群から選択される疾患である請求項6に記載の治療薬。
【請求項8】
神経変性疾患が、アルツハイマー病又は筋萎縮性側索硬化症(ALS)である請求項7に記載の治療薬。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−111405(P2011−111405A)
【公開日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−267902(P2009−267902)
【出願日】平成21年11月25日(2009.11.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 日本神経化学会、2009年6月1日発行「神経化学48巻 第2,3合併号(第52回日本神経化学会大会抄録号)」
【出願人】(304023994)国立大学法人山梨大学 (223)
【Fターム(参考)】