説明

グリコール酸の製造方法

【課題】本発明は、廃棄物を大量に副生することなく、経済性があり、グリコリド経由でポリグリコール酸を製造する場合の原料としても十分な品質を有するポリグリコール酸の製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、グリコール酸アンモニウム塩にカルシウム源を添加してグリコール酸カルシウムを製造する工程と、前記グリコール酸カルシウムに硫酸を添加する工程と、を含むグリコール酸の製造方法を提供するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリコール酸アンモニウム塩からグリコール酸を製造する実用的な工業的方法に関する。当該方法で得られるグリコール酸は、これを原料として、グリコール酸オリゴマー及びグリコリドを経由してポリグリコール酸を製造する場合に好適な品質を有するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリグリコール酸は、生分解性ポリマーであって、生体内で加水分解され、自然環境下では微生物によって水と炭酸ガスに代謝・分解される。このため、ポリグリコール酸は、医療用材料や汎用樹脂に代替する環境に優しいポリマー材料として、また、その大きな特性であるガスバリヤー性からガスバリヤー用途のポリマー材料として注目されている。しかし、グリコール酸の脱水縮合により直接、高分子量のポリグリコール酸を得ることは困難であり、その解決法としてグリコール酸の環状二量体エステルであるグリコリドを合成し、このグリコリドを触媒の存在下に開環重合する方法が知られている。但し、このグリコリドの開環重合で高分子量のポリグリコール酸を得るには、高純度のグリコリドを用いることが必要である。
そこで、グリコール酸から高純度グリコリドを得る方法として、一旦グリコール酸オリゴマーを合成し、高沸点の極性有機溶媒中で解重合することで高純度のグリコリドを得る方法が開示されている(特許文献1)。更に、グリコール酸オリゴマーを解重合してグリコリドを製造する方法において、該オリゴマーに含まれている微量アルカリ金属イオンが該解重合反応系を不安定にする原因となるが、この反応系に二価以上のカチオンの硫酸塩もしくは有機酸塩を添加することで、該アルカリ金属イオンが存在していても解重合反応の長期安定性が得られることが開示されている(特許文献2)。つまり、このような用途に使用する原料グリコール酸には、二価以上のカチオンの硫酸塩が含有されることが有利に働くことを意味する。
【0003】
このようにポリグリコール酸の原料となるグリコール酸は、グリコール酸アンモニウム塩をグリコール酸に変換することによって得ることができる。
カルボン酸アンモニウム塩をカルボン酸に変換するための最も一般的な方法として、硫酸等の強酸を添加して、副生硫安と共に遊離酸を得る方法が考えられるが、昨今の環境問題を考えると硫安のような大量な廃棄物を生成するプロセスは望ましくない。
【0004】
また、カルボン酸アンモニウム塩をカルボン酸に変換する方法として、アンモニウム塩の加熱加水分解を行い、イナートガスと共に生成物であるアンモニアをガスとして系外へ抜くことで、加熱加水分解反応生成物側へ平衡をずらし、α−ヒドロキシカルボン酸を製造する方法(特許文献3)、或いは加圧加熱することで加熱加水分解反応生成物側へ平衡のずれを助長し、アンモニアを水と共に蒸発させることで2−ヒドロキシ−4−メチルチオブタン酸アンモニウムから2−ヒドロキシ−4−メチルチオブタン酸を製造する方法(特許文献4)等が開示されているが、カルボン酸アンモニウムの加熱加水分解には多大なエネルギーを要し、しかも100%遊離酸に転化するためには時間もかかるため、実用的な方法とは言えない。そもそも、カルボン酸アンモニウムから、加熱加水分解のみでアンモニアを取り除こうとすると、カルボン酸アニオンとアンモニウムカチオンの結合を引き離すだけのエネルギーを必要とし、アンモニウムカチオンが不足すればするほど、そのエネルギーは大きくなるのでますます困難となる。さらに、カルボン酸アンモニウムを加熱処理すると、カルボン酸アミドが生成するという問題があり、最終製品の品質上、大きな問題となる。
【0005】
そこで、単なる加熱加水分解ではなく、何らかの反応物を使用する方法が提案されている。例えば、コハク酸アンモニウムをアルコール又は水と反応させてアンモニアを脱離させコハク酸又はその誘導体を得るとともに脱離したアンモニアを回収する方法(特許文献5)が開示されているが、アルコールと反応した場合、コハク酸のエステルが生成するため、再び加水分解を行う必要があるので工程が複雑となる。また、水に不混和性である有機アミンの存在下で乳酸アンモニウムを加熱して該塩を分解させ、該乳酸と該有機アミンを含む反応生成物を生成させる方法(特許文献6)が開示されており、確かにアンモニウム塩からアンモニアを除去することはできるが、得られた有機アミンとの混合物から遊離酸を高純度で取得するには、更なる精製が必要であり、やはり工程が複雑になることが容易に予想される。また、α−ヒドロキシ−4−メチルチオブチロニトリルを生物学的加水分解後濃縮して得たα−ヒドロキシ−4−メチルチオ酪酸アンモニウム塩にエーテル結合を2つ以上有するエーテル溶媒中で加熱し、アンモニアを遊離させて留出除去することで、α−ヒドロキシ−4−メチルチオ酪酸を製造する方法(特許文献7)が開示されており、アンモニアの残存率が0.12%程度となるまでアンモニウム塩からアンモニアを除去されているが、カルボン酸アミドが生成するという問題があり、最終製品の品質上、大きな問題となる。
【0006】
その他にも、外来の反応物を添加することなく、ヒドロキカルボン酸自身の脱水縮合反応を利用してアンモニアを除去する方法が提案されている。例えば、第1工程でα−ヒドロキシ−4−メチルチオ酪酸アンモニウム塩を加熱することにより低分子量ポリα−ヒドロキシ−4−メチルチオ酪酸とさせつつ水とアンモニアを除去し、第2工程で水を添加して加熱することにより低分子量ポリマーを加水分解して遊離酸を得る方法(特許文献8)が開示されているが、第1工程におけるアミドの副生は避けようがなく、第2工程における加水分解でその一部は再びα−ヒドロキシ−4−メチルチオ酪酸アンモニウム塩となり、結局のところ純度よくアンモニアを除去することはできない。事実、特許文献8においても、純度は80%程度で、更に純度の高いα−ヒドロキシ酸を得るには、抽出等の精製が必要との記述がある。
【0007】
更に別法として、イオン交換樹脂を利用する方法が提案されている。例えば、メタクリル酸アンモニウム水溶液から陽イオン交換樹脂を用いてアンモニウムカチオンを吸着させ,次いで有機溶媒を用いて吸着したアンモニウムカチオンをアンモニアとして回収しカルボン酸を得る方法(特許文献9)が開示されているが、アンモニア分解率は満足できるレベルではなく、とても実用的な方法とは言えない。
【0008】
更に別法として、バイポーラ膜−アニオン膜−バイポーラ膜のシステムを用いた電気透析法によるカルボン酸アンモニウムからのカルボン酸とアンモニアの回収方法(特許文献10)が開示されているが、電気透析はバイポーラ膜及び電気代が高く、経済的に成り立つのは高付加価値品に限定され、とても汎用的、実用的な方法とは言えない。
【0009】
その他、ジカルボン酸、トリカルボン酸又はアミノ酸等のカルボン酸のアンモニウム塩をそれらの酸より酸電離指数の低い揮発性のカルボン酸を使用する反応晶析で目的の遊離酸を得て、母液に含まれる揮発性酸のアンモニウム塩から該揮発性酸を回収することを含む方法(特許文献11)等が開示されているが、 得られる遊離酸の結晶中のアンモニアを完全に除去することは困難で、2〜3%程度は残存してしまうことが品質上問題である。
【0010】
一方、グリコール酸アンモニウム塩は、例えば、ニトリル化合物から合成することができる。様々なニトリル化合物からのカルボン酸化合物の合成は、ニトリル加水分解活性を有する生体触媒を利用して行うことができ、反応条件が穏和であるため反応プロセスが簡略化できること、あるいは副生成物が少なく高純度の反応生成物を取得できること等の利点があるため、近年、様々なカルボン酸化合物の製造への適用が検討されている。
【0011】
ニトリル加水分解活性を有し、ニトリル化合物をカルボン酸化合物に変換できる生体触媒の例としては、ニトリラーゼもしくはニトリルヒドラターゼとアミダーゼの組み合わせを挙げることができるが、いずれにおいても反応生成物はカルボン酸アンモニウム塩として得られるため、最終製品としてカルボン酸が必要な場合、該カルボン酸アンモニウム塩をカルボン酸に変換する必要がある。
【0012】
α−ヒドロキシニトリルから生体触媒を用いて調製されたα−ヒドロキシカルボン酸アンモニウム塩からα−ヒドロキシカルボン酸カルシウムを製造する方法が提案されている。例えば、2−ヒドロキシ−4−メチルチオブチロニトリルを生物学的に加水分解して得られる2−ヒドロキシ−4−メチルチオブタン酸アンモニウム塩にカルシウム源を接触させることで2−ヒドロキシ−4−メチルチオブタン酸カルシウム塩を製造する方法(特許文献12)が開示されている。
【特許文献1】特開平9−328481号公報
【特許文献2】特開2004−519485号公報
【特許文献3】WO200059847 A1
【特許文献4】特開2000−119214号公報
【特許文献5】特開2005−132836号公報
【特許文献6】特開2004−532855号公報
【特許文献7】WO199900350 A1
【特許文献8】WO199730962 A1
【特許文献9】特開昭62−23823号公報
【特許文献10】US581449 A1
【特許文献11】特開2004−196768号公報
【特許文献12】特開平11−75885号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の課題は、上記の事情に鑑みて、廃棄物を大量に副生することなく、経済性があり、グリコリド経由でポリグリコール酸を製造する場合の原料としても十分な品質を有するグリコール酸の製造方法を提供することである。より具体的には、グリコール酸アンモニウムを原料としてグリコール酸を製造する方法であって、残存アンモニアが非常に少なく、副生グリコロアミドを極限的に低減できる工業的な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、鋭意検討を行ったところ、驚くべきことにグリコール酸アンモニウム塩に対しカルシウム源を添加することで、グリコール酸カルシウムの固体結晶が容易に析出し、生成するアンモニアを効率的に気相部へ回収できること、しかも通常加熱時に副生するグリコロアミドの生成が抑制できるだけでなく、該グリコール酸アンモニウム塩中に元々、不純物として含まれるグリコロアミドでさえもアルカリ加水分解の結果、グリコール酸アンモニウムに変換し、引き続きグリコール酸カルシウムに変換すると同時にアンモニアを気相部へ回収できることを見出した。更に、グリコール酸カルシウムに硫酸を添加してグリコール酸カルシウムをグリコール酸に変換し、硫酸カルシウムを析出させることで、高純度、高品質のグリコール酸が得られること、また、得られたグリコール酸水溶液中に含有される溶解度分のカルシウムカチオンと硫酸アニオンが、該グリコール酸水溶液を原料としてグリコール酸オリゴマー及びグリコリドを経由してポリグリコール酸を製造する場合に、グリコール酸オリゴマーからグリコリドを合成する解重合反応を安定化する働きがあって好都合であること、等を見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
即ち、本発明は以下に記載する通りの構成を有する。
〔1〕グリコール酸アンモニウム塩にカルシウム源を添加してグリコール酸カルシウムを製造する工程と、前記グリコール酸カルシウムに硫酸を添加する工程と、を含むグリコール酸の製造方法;
〔2〕前記グリコール酸カルシウムを製造する工程の後、固液分離により固体のグリコール酸カルシウムを回収し、前記硫酸を添加する工程において、該固体のグリコール酸カルシウム又はこれに水を加えたグリコール酸カルシウムスラリーに硫酸を添加する、上記〔1〕に記載のグリコール酸の製造方法;
〔3〕前記グリコール酸カルシウムを製造する工程において、発生したアンモニアを気相部に回収する、上記〔1〕又は〔2〕に記載のグリコール酸の製造方法;
〔4〕前記アンモニアを気相部に回収するときの温度を50℃以上とする、上記〔1〕から〔3〕のいずれか1項に記載のグリコール酸の製造方法;
〔5〕前記カルシウム源が、水酸化カルシウム、酸化カルシウム及び炭酸カルシウムからなる群から選択される一種以上である、上記〔1〕から〔4〕のいずれか1項に記載のグリコール酸の製造方法;
〔6〕前記グリコール酸アンモニウム塩が、グリコロニトリルを、ニトリラーゼ、及び/又はニトリルヒドラターゼとアミダーゼの組合せによって酵素的に加水分解して得られたものである、上記〔1〕から〔5〕のいずれか1項に記載のグリコール酸の製造方法;
〔7〕前記加水分解が、ニトリラーゼによって行われる、上記〔6〕に記載のグリコール酸の製造方法;
〔8〕前記ニトリラーゼが、Acinetobacter属由来である、上記〔7〕記載のグリコール酸の製造方法;
〔9〕前記ニトリラーゼが、Acinetobacter sp.AK226由来である、上記〔8〕記載のグリコール酸の製造方法;
〔10〕上記〔1〕〜〔9〕のいずれか1項に記載の方法で得られたグリコール酸の水溶液を原料としてグリコール酸オリゴマーを合成する工程と、前記グリコール酸オリゴマーを解重合させてグリコリドを得る工程と、該グリコリドを開環重合してポリグリコール酸を得る工程と、を含む、ポリグリコール酸の製造方法;
〔11〕グリコール酸アンモニウム塩にカルシウム源を添加してグリコール酸カルシウムを製造する工程と、前記グリコール酸カルシウムに硫酸を添加し、固体の硫酸カルシウムを分離する工程と、を含む、グリコール酸と硫酸カルシウムを同時に製造する方法、に関する。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係るグリコール酸の製造方法は、グリコール酸アンモニウム塩を原料としてグリコール酸を製造する場合に、生成したアンモニアを気相部へ回収できること、グリコロアミドの生成を抑制できることから、廃棄物が大量に生じるのを防ぐことができるので、経済性に優れる。
また、仮に、グリコール酸アンモニウム塩に最初から不純物としてグリコロアミドが含まれていても、本発明に係るグリコール酸製造方法によれば、アルカリ加水分解の結果、該グリコロアミドをグリコール酸アンモニウムに変換し、引き続きグリコール酸カルシウムに変換すると同時にアンモニアを気相部へ回収することができる。
また、グリコール酸カルシウムに硫酸を加えると硫酸カルシウムが析出するため、高品質かつ高純度のグリコール酸を得ることができるとともに、固体の硫酸カルシウムに付着したグリコール酸は水で洗浄することによって回収できるので、高収率でグリコール酸を得ることができる。また、硫酸を加える前に、固液分離により固体のグリコール酸カルシウムを回収することによって、グリコール酸カルシウムを容易に精製することができるので、最終的に得られるグリコール酸の品質や純度をさらに向上させることができる。
さらに、得られたグリコール酸水溶液には、溶解度分の硫酸カルシウムが溶解しているので、当該水溶液からグリコール酸オリゴマー及びグリコリドを経由してポリグリコール酸を製造する際、グリコール酸オリゴマーからグリコリドを合成する解重合反応を安定に行うことができるという効果も得られる。
また、本発明に係る方法によれば、硫酸カルシウムも純度の高い高品質のものを得ることができるので、通常廃棄物として扱われる硫酸カルシウムを石膏ボードやセメント材料等の製品原料として利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明について、特にその好ましい態様を具体的に説明する。
本発明に係るグリコール酸の製造方法では、まずグリコール酸アンモニウム塩にカルシウム源を添加して、グリコール酸カルシウムを製造する。
本発明に係るグリコール酸の製造方法に用いられるグリコール酸アンモニウム塩は、如何なる製法によって得られたものでも構わないが、特に有用なのは青酸とホルマリンから合成されたグリコロニトリルを酵素的に加水分解して製造されたものである。
【0018】
グリコロニトリルの加水分解に使用する酵素触媒は、ニトリルを加水分解する能力を持っていれば如何なる形態ものでも構わないが、ニトリラーゼ、ニトリルヒドラターゼ/アミダーゼの組み合わせ、またはニトリラーゼとニトリルヒドラターゼ/アミダーゼの組合せの両方によって、酵素的に加水分解され変換されたものが好ましい。
【0019】
ニトリラーゼ、ニトリルヒドラターゼ、またはアミダーゼ酵素の由来生体としては、微生物・動植物細胞等が挙げられるが、重量当たりの酵素発現量や取り扱いの容易性から、微生物菌体を使用することが好ましい。
微生物種としては、多くのものが知られているが、例えばニトリラーゼ高活性を有するものとして、Rhodococcus属、Acinetobacter属、Alcaligenes属、Pseudomonas属、Corynebacterium属等が挙げられる。また、ニトリルヒドラターゼ及びアミダーゼ高活性を有するものとして、Rhodococcus属、Pseudomonas属等が挙げられる。本発明に用いられるグリコール酸アンモニウム塩の製造には、特にニトリラーゼ高活性を有するものが好ましく、特にグラム陰性菌であるAcinetobacter属、Alcaligenes属が好ましく、更に好ましくはAcinetobacter属が好ましい。
具体的には、Acinetobacter sp.AK226 (FERM BP-08590)、Acinetobacter sp.AK227(FERM BP-08591)である。これらの菌株は特開2001−299378、特開平11−180971、特開平06−303991、特開昭63−209592、特公昭63−2596号公報等に記載されている。
【0020】
また例えば、天然の或いは人為的に改良したニトリラーゼ遺伝子を遺伝子工学的手法によって組み込んだ微生物、あるいはそこから取り出したニトリラーゼ酵素であっても構わないが、ニトリラーゼの発現量が少ない微生物或いはニトリル化合物からカルボン酸(アンモニウム)への変換活性の低いニトリラーゼを発現した微生物を少量用いてカルボン酸(アンモニウム)を製造するには、より多くの反応時間を要するため、可能な限りニトリラーゼを高発現した微生物、及び又は変換活性の高いニトリラーゼを発現した微生物、或いはそこから取り出したニトリラーゼ酵素を用いることが望ましい。
【0021】
酵素触媒の形態としては、微生物・動植物細胞等をそのまま用いても構わないし、或いは該微生物・動植物細胞等そのもの、又は破砕等の処理をしたもの、又は該微生物・動植物細胞等から必要なニトリラーゼ酵素を取り出したものを一般的な包括法、架橋法、担体結合法等で固定化したものを用いても良い。尚、固定化する際の固定化担体の例としては、ガラスビーズ、シリカゲル、ポリウレタン、ポリアクリルアミド、ポリビニルアルコール、カラギーナン、アルギン酸、光架橋樹脂等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0022】
微生物・動植物細胞等をそのまま用いる場合、水(蒸留水及び又はイオン交換水)のみに懸濁させても構わないが、通常、浸透圧の関係から無機塩のバッファー液に懸濁させて使用する。また、固定化したものを用いる場合にも、通常、浸透圧の関係からバッファー液に懸濁させて使用する。この時のバッファー液濃度は、反応液中の不純物低減の観点からは低ければ低いほど良いが、酵素の安定性、活性の維持という観点からは、通常0.1M未満であり、好ましくは0.01〜0.08M、より好ましくは0.02〜0.06Mである。
【0023】
グリコロニトリルの加水分解反応の条件は、pHは6〜8がよく、好ましくは6.5〜7がよい。原料であるグリコロニトリルは非常に不安定な物質であるため、通常、安定剤として硫酸やリン酸或いは酢酸といった酸成分を含む。よって、反応系中のpHを調整するには反応系へのアルカリの添加が必須となる。その場合使用するアルカリは反応に影響を及ぼさなければ特に限定されないが、生成物の一つであるアンモニアを使用するのが望ましい。アンモニアの形態はガスであっても、アンモニア水であってもよいが、通常、扱いの容易さからアンモニア水が望ましい。反応温度については、反応温度が低すぎると反応活性が低くなり、高濃度のグリコール酸アンモニウム塩を製造する場合、より多くの反応時間を要する。一方、反応温度が高すぎると酵素の熱劣化で、目的とするグリコール酸アンモニウム塩の濃度が高い場合、該濃度まで到達させることが困難となり、結果として新たな酵素の追添等の処置が必要となり触媒コストが高くなる。また、温度が高すぎると、基質グリコロニトリルの青酸とホルムアルデヒドへの分解促進にも繋がり、それらによる反応阻害や失活等、ますますの反応活性低下を引き起こす。よって、通常、反応温度は30〜60℃がよく、好ましくは40〜50℃である。
【0024】
グリコール酸アンモニウム塩を製造する反応方法は、固定床、移動層、流動層、撹拌槽等、いずれでもよく、また連続反応でも半回分反応でもよいが、特に固定化されていない微生物菌体を用いる場合、反応の容易性から攪拌槽を用いた半回分反応がよい。その場合、反応効率の観点から、適切な攪拌を行うのがよい。また、半回分反応を行う場合、酵素触媒は1バッチ使い捨てでもよいし、繰り返し反応を行ってもよい。但し、繰り返し反応を行う場合、該酵素触媒をグリコール酸アンモニウム高濃度から低濃度へ急激に変化させるため、浸透圧の影響等で比活性が低下する場合があるので注意を要する。
【0025】
反応基質であるグリコロニトリルの定常濃度については、2重量%以下が好ましく、より好ましくは0.1〜1.5重量%、更に好ましくは0.1〜1.0重量%、最も好ましくは0.2〜0.5重量%にコントロールするのがよい。グリコロニトリルの濃度が高すぎると、生成物阻害及び又は失活、或いは高生成物蓄積濃度で初めて顕著となる基質阻害及び又は失活の影響が急激に大きくなり、それまで進行していた反応が停止してしまう場合がある。また、グリコロニトリルの濃度が低すぎると反応速度を低下させることとなり、効率的にグリコール酸アンモニウム塩を製造できないので不利である。以上の理由から、反応中のグリコロニトリル定常濃度を管理することは非常に重要である。
【0026】
製造されるグリコール酸アンモニウム塩に対する使用乾燥酵素触媒重量は1/100以下がよく、好ましくは1/100〜1/200、より好ましくは1/200〜1/300、更に好ましくは1/300〜1/500である。製造されるグリコール酸アンモニウム塩に対する使用乾燥酵素触媒重量が多すぎると該酵素触媒懸濁液由来の不純物が反応液中に多く同伴されるため精製コストが上がり、製品品質が低下するので好ましくない。逆に、製造されるグリコール酸アンモニウム塩に対する使用乾燥酵素触媒重量が少なすぎるとリアクターボリューム当たりの生産性が低下し、大きなリアクターサイズが必要となり経済的に不利となる。
【0027】
以上のような方法で調製されたグリコール酸アンモニウム塩は、菌体或いはその処理物を濾過、遠心分離、MF処理等の方法で除去し、グリコール酸アンモニウム塩水溶液を得る。更に、着色物質及び/又は着色原因物質を除去する目的で適時活性炭処理を行っても良い。使用する活性炭は一般的な椰子殻活性炭或いは合成活性炭或いはその他でも構わない。活性炭使用量は、着色物質及び/又は着色原因物質を目的スペックまで低減できる量であればよい。
【0028】
次に、上述の方法で得られたグリコール酸アンモニウム塩にカルシウム源を添加してグリコール酸カルシウムを製造する工程について説明する。
グリコール酸アンモニウム塩水溶液に対し、カルシウム源を固体のまま或いは水と混ぜたスラリー状態で混合することができる。スラリー状態で使用する場合は、その流動性或いは攪拌しながら均一な状態で扱えることから、固形分重量濃度を10〜50重量%にするのがよく、好ましくは20〜40重量%、更に好ましくは25〜35重量%がよい。添加されたカルシウム源は、グリコール酸アンモニウムに対し反応を起こし、グリコール酸カルシウムとアンモニアを生成する。使用するカルシウム源はグリコール酸アンモニウム塩水溶液と接触させたときに、効率よく、好ましくない副生成物を生じることなくグリコール酸カルシウムが得られ、また加熱処理によりアンモニアを気相部に除くことができるものであれば如何なるものでも構わないが、カルシウム源の中でも、水酸化カルシウム、酸化カルシウム、炭酸カルシウムが好ましく、特に水酸化カルシウムと酸化カルシウムが望ましい。
【0029】
カルシウム源の添加量はグリコール酸アンモニウム塩1molに対して0.3〜0.6molの範囲から任意に選択され、好ましくは0.5〜0.6molの範囲である。本発明においては製品品質上、生成するアンモニアを出来る限り除くことが望まれるが、アンモニアの水に対する溶解度が高いため、アンモニアを除くための工夫が必要となる。その場合、反応液のpHをアルカリ領域に持っていった方がアンモニアの溶解度が下がるため、カルシウム源の添加量をグリコール酸アンモニウムと当量よりも多く使用したほうがよい。しかしながら、カルシウム源を過剰に添加すると得られるグリコール酸カルシウム結晶にカルシウム源自身の結晶が混入することとなり、不純物の多いグリコール酸カルシウムしか得られない。これらの観点からもカルシウム源の添加量の適正値は決まってくる。その他にも、アンモニアの溶解度を下げるために反応液の温度を上げることも有効である。また、開放系において反応液の温度を上げていくと、やがて水の蒸発も起こり、蒸発する水に同伴されてアンモニアも抜けやすくなる。つまり、グリコール酸アンモニウム塩にカルシウム源を添加する時、あるいは添加した後に反応液の温度を50〜100℃の範囲として水と共にアンモニアを気相部に回収することができるが、好ましくは70〜100℃、より好ましくは80〜100℃である。アンモニア除去に掛かる時間の短縮化の観点から100℃程度が望ましい。本発明で言うアンモニアを気相部に回収するときの温度とは前記の温度を指す。また、本操作は大気圧で行うこともできるし、減圧条件下で行うこともできる。減圧条件下で行う場合は、各設定減圧度における水の沸騰温度で行うことが望ましい。このようにして、品質上問題の無い程度までアンモニアが除去されたグリコール酸カルシウムのスラリーを得ることができる。
【0030】
この後、該グリコール酸カルシウムのスラリーに直接硫酸を添加してグリコール酸を製造することもできるし、一旦、該グリコール酸カルシウムを遠心分離等の方法で固液分離した後、水或いはグリコール酸カルシウム飽和水溶液を用いて、該グリコール酸カルシウム結晶の洗浄を行って、不純物の除去を行った上で硫酸を添加することもできる。こうすることによって、製品への混入が懸念される様々な不純物を低減することができ、グリコール酸の品質を向上させることができる。本操作に使用する硫酸の濃度は任意の範囲でよいが、得られるグリコール酸水溶液の濃度を低くしないという観点から50重量%以上がよい。また、該硫酸が接液する部分の腐食を防止するという観点から、希硫酸よりも濃硫酸の方が望ましく、一般的に市販されている濃硫酸の濃度である98重量%程度が望ましい。また、該硫酸を添加する時の温度は任意の温度で行うことが出来るが、通常グリコール酸カルシウムと硫酸との反応を効率よく行う温度を下限とし、また該反応による反応熱によって突沸現象がおこらない温度を上限と考えると、50℃〜80℃程度が望ましい。また、硫酸の添加量はグリコール酸カルシウム1molに対し0.8〜1.2molの範囲から任意に選択され好ましくは0.9〜1.1mol、より好ましくは限りなく1molに近いほどよい。
【0031】
硫酸添加で得られるのは、硫酸カルシウムのグリコール酸水溶液への溶解度が低いことから、固体の硫酸カルシウムとグリコール酸水溶液である。本操作で得られる主固体生成物は硫酸カルシウムの2水和物、つまり所謂石膏、及びまたは硫酸カルシウムの半水和物であるが、無水結晶である硫酸カルシウムが含まれていても構わない。
【0032】
このようにして得られたグリコール酸水溶液と硫酸カルシウムの混合物から、遠心分離等の固液分離を行うことでグリコール酸水溶液を得ることができる。グリコール酸の一部は硫酸カルシウム結晶中に付着水の形で存在するが、硫酸カルシウム結晶を洗浄することによって、このグリコール酸を回収することができる。硫酸カルシウムの洗浄には水もしくはグリコール酸水溶液を用いることができる。洗浄方法は、遠心分離機中でのノズル洗浄や、別途スラリーの向流接触洗浄等が挙げられるが、得られるグリコール酸水溶液濃度を低下させないためには、より少ない洗浄水量で効率よく洗浄するのがよい。
【0033】
本発明に係るグリコール酸の製造方法によれば、グリコール酸は水溶液として得ることができ、当該グリコール酸水溶液中には、硫酸カルシウムの溶解度分のカルシウムカチオンと硫酸アニオンが含まれる。カルシウムカチオンが溶液中に存在すると、グリコール酸オリゴマー及びグリコリド経由でポリグリコール酸を製造する場合に、グリコール酸オリゴマーからグリコリドを合成する反応を安定に行うことができるので好ましい。
溶液中のカルシウムカチオンまたは硫酸アニオンの濃度を低減させたり、溶液中からカルシウムカチオンまたは硫酸アニオンを除去したりする必要がある場合は、それぞれ一般的なカチオン交換法、またはアニオン交換法等の操作によって行うことができる。
【0034】
本発明はまた、上述した本発明に係るグリコール酸の製造方法によって得られたグリコール酸の水溶液を原料としてグリコール酸オリゴマーを合成する工程と、グリコール酸オリゴマーを解重合させてグリコリドを得る工程と、グリコリドを開環重合してポリグリコール酸を得る工程と、を含むポリグリコール酸の製造方法をも含む。
【0035】
グリコール酸オリゴマーを合成する工程では、原料グリコール酸を必要に応じて縮合触媒の存在下に、減圧もしくは加圧下、通常100〜250℃、好ましくは140〜230℃の温度に加熱し、水の留出が実質的に無くなるまで縮合反応を行う。縮合反応終了後、生成したグリコール酸オリゴマーは、そのまま次工程の原料として使用することができる。また、得られたグリコール酸オリゴマーを反応系から取り出して、ベンゼンやトルエンなどの非水溶媒で洗浄して、未反応物や低重合物または触媒などを除去してから使用することもできる。グリコール酸オリゴマーは、環状でも直鎖状でもよい。重合度は、特に限定されないが、解重合反応を行う際のグリコリドの収率の点から、融点(Tm)が通常140℃以上、好ましくは160℃以上、より好ましくは180℃以上のものであることが望ましい。ここで、Tmは、示差走査熱量計(DSC)を用いて、不活性ガス雰囲気下、10℃/分の速度で昇温して検出される融点である。
【0036】
グリコール酸オリゴマーを解重合させてグリコリドを得る工程では、解重合方法は、特に限定されず、一般的な溶融解重合法や固相解重合法などを採用することができる。その場合の解重合反応系は、採用する解重合法に対応して、実質的にグリコール酸オリゴマーのみからなる系とグリコール酸オリゴマーと極性有機溶媒とを含有する系の二つに大別される。実質的にグリコール酸オリゴマーのみからなる解重合反応系を常圧下または減圧下において加熱すると、解重合反応により生成したグリコリドが昇華または蒸発する。よって、不活性ガスを吹き込む等の方法により、該グリコリドを解重合反応系外に排出することによりグリコリドを得ることが出来る。また、グリコール酸オリゴマーと極性有機溶媒とを含有する混合物からなる解重合反応系を加熱すると、解重合反応により生成したグリコリドが極性有機溶媒と共留出する。留出物からグリコリドを晶析等の方法により分離することにより、グリコリドを回収することができる。この場合も、常圧下または減圧下に解重合反応系を加熱して解重合反応を行なう。解重合法としては、原料として使用するグリコール酸オリゴマーの重質物化防止やグリコリドの生成効率の観点から、グリコール酸オリゴマーを溶液相の状態で解重合させる溶液解重合法が好ましい。
【0037】
さらに、本発明は、グリコール酸アンモニウム塩にカルシウム源を添加してグリコール酸カルシウムを製造する工程と、グリコール酸カルシウムに硫酸を添加し、固体の硫酸カルシウムを分離する工程と、を含むグリコール酸と硫酸カルシウムとを同時に製造する方法も含む。このような方法は、上述のように廃棄物の生成を抑制できる経済性の高いものであり、得られるグリコール酸も高品質かつ高純度である。また、ポリグリコール酸合成反応に有利なカルシウムカチオンを含むグリコール酸水溶液を得ることもできる。一方、本方法によれば、グリコール酸と同時に純度の高い高品質な硫酸カルシウムも得ることができる。従って、通常廃棄物として扱われる硫酸カルシウムを石膏ボードやセメント材料等の製品原料としても利用することができて好ましい。硫酸カルシウムの純度を上げるためには、硫酸カルシウムを水で洗浄することが好ましく、洗浄方法は、例えば、遠心分離機中でのノズル洗浄や、スラリーの向流接触洗浄が挙げられる。
【実施例】
【0038】
以下実施例を挙げて本発明をより詳細に説明する。尚、本発明はこれらの実施例により必ずしも限定されるものではなく、その要旨を超えない限り、様々な変更、修飾が可能である。
【0039】
菌体懸濁液中の乾燥菌体触媒重量の測定法は、以下のごとく実施した。まず、適当な濃度の菌体触媒懸濁液を適量取り、-80℃まで冷却した後、凍結乾燥機を用いて完全に乾燥し、その重量値から前記菌体触媒懸濁液の濃度を算出した。既知濃度となった菌体触媒懸濁液を適当な複数の濃度に希釈し、分光光度計を用いて室温において透過光度(600nm)を測定し、該分光光度計での該菌体触媒の検量線を作成した。以後、該分光光度計の指示値から任意の該菌体触媒懸濁液の乾燥菌体触媒濃度を算出した。
【0040】
反応液及び処理液の分析は、以下のごとく実施した。基質であるグリコロニトリル及び生成物であるグリコール酸(アンモニウム)及び副生成物であるグリコロアミドは、高速液体クロマトグラフィーで測定した。カラムはイオン排除カラム(島津Shim-pack SCR-101H)、カラム温度は40℃、移動相はリン酸水溶液(pH=2.3)、検出器はUV(島津SPD-10AV vp、210nm)及びRI(島津RID-6A)で実施した。
また、反応液及び処理液中のカルシウムイオン及びアンモニウムイオンの分析はイオンクロマトグラフィーで実施した。カラムはカチオン交換カラム(東ソー Tsk gel IC-Cation )、カラム温度は40℃、移動相は2mM硝酸水溶液、流速は0.5cc/min、検出器は電導度計(東ソーCM-8020)で実施した。
さらに、反応液及び処理液中の硫酸イオンの分析はイオンクロマトグラフィーで実施した。カラムはアニオン交換カラム(東ソー Tsk gel IC-AnionSW )、カラム温度は40℃、移動相はアニオン分析用溶離液(東ソー製)、流速は1.2cc/min、検出器は電導度計(東ソーCM-8020)で実施した。
【0041】
[酵素触媒の調製]
塩化ナトリウム0.1重量%、リン酸二水素カリウム0.1重量%、硫酸マグネシウム七水和物0.05重量%、硫酸第一鉄七水和物0.005重量%、硫酸アンモニウム0.1重量%、硝酸カリウム0.1重量%硫酸マンガン五水和物0.005重量%を含む培養液250mlを三角フラスコに仕込み、pHが7になるように水酸化ナトリウムで調整し、121℃で20分間滅菌した後、アセトニトリル0.5重量%を添加した。これにAcinetobacter sp.AK226を接種して30℃で振とう培養した(前培養)。ミーストパウダー0.3重量%、グルタミン酸ナトリウム0.5重量%、硫酸アンモニウム0.5重量%、リン酸水素二カリウム0.2重量%、リン酸ニ水素カリウム0.15重量%、塩化ナトリウム0.1重量%、硫酸マグネシウム七水和物0.18重量%、塩化マンガン4水和物0.02重量%、塩化カルシウム二水和物0.01重量%、硫酸鉄7水和物0.003重量%、硫酸亜鉛7水和物0.002重量%、硫酸銅5水和物0.002重量%、大豆油2重量%を含む培養液3Lを5Lジャーファーメンターに仕込み、121℃で20分間滅菌した後、前記の前培養液を接種して30℃で通気攪拌を行った。培養開始10時間後から大豆油のフィードを開始した。PHは7になるようにリン酸及びアンモニア水でコントロールし、最終的に約5重量%のAcinetobacter sp.AK226懸濁液を得た。更に0.06Mリン酸バッファーを用いて2回洗浄を行い、最終的にリン酸バッファーに懸濁されたAcinetobacter sp.AK226懸濁液(乾燥菌体濃度5重量%)を得た。
【0042】
[グリコール酸アンモニウム塩水溶液の調製]
前記のように得られたAcinetobacter sp.AK226懸濁液(5.1重量%)1.8gと蒸留水225gを1L四ツ口フラスコに仕込み懸濁させた。該フラスコにpH計と温度計を設置し反応液のpHと温度をモニタリングできるようにして、50℃恒温水槽に入れてスターラー攪拌を実施し、内温が50℃になるまでしばらく保持した。次に原料の55重量%グリコロニトリル水溶液(東京化成製)を、液体クロマトグラフィー用ポンプを用いて0.33g/minでフィードした。原料グリコロニトリル中に安定剤として含まれる硫酸を中和するため、チューブポンプで1.5重量%アンモニア水をフィードした。尚、アンモニア水フィードポンプはpH計による制御で内液pHが6.9±0.1になるようにセットした。反応中は定期的にサンプリングを行い、高速液体クロマトグラフィーでグリコロニトリルとグリコール酸アンモニウム濃度を測定し、定常グリコロニトリル濃度が2重量%以下になるように原料の添加量を調節した。最終的なグリコール酸アンモニウム蓄積濃度は52重量%であった。次に得られたグリコール酸アンモニウム塩水溶液を遠心分離機(クボタ製:高速遠心機7700)を用いて、回転数:10000pm、処理時間:20min、処理温度:4℃で処理し、上澄みを回収後、MF(旭化成ケミカルズ製:PSP-003)を用いて、流速2ml/min、処理温度:30℃で処理して52重量%のグリコール酸アンモニウム塩水溶液を1065g得た。反応液には副生成物としてグリコロアミドが0.33重量%含まれていた。
【0043】
[実施例1〜4]
前記のように調製した52重量%グリコール酸アンモニウム塩水溶液50gを100mL四ツ口フラスコに仕込み、側管に温度計と還流器を取り付け、中央にスリーワンモーターの撹拌羽根を取り付け、恒温水槽に全体を漬けて、内液を所望の温度に昇温し、30重量%の水酸化カルシウムスラリー37.9gを15minかけて滴下した。(因みにグリコール酸アンモニウム塩1molに対して0.55molの水酸化カルシウムを用いたことになる。) 所望の時間まで処理した後、得られたグリコール酸カルシウムスラリーをサンプリングし、適当な濃度まで蒸留水で希釈し、高速液体クロマトグラフィーでグリコール酸濃度及びグリコロアミド濃度を、イオンクロマトグラフィーでアンモニア濃度を測定し、グリコール酸重量当たりのアンモニア重量%とグリコロアミド濃度を求めた。結果については表1及び図1に示す。
【0044】
【表1】

【0045】
[実施例5]
実施例1で得られたグリコール酸カルシウムスラリーをガラスフィルター付漏斗で濾過し、グリコール酸カルシウムの湿潤結晶32.4gを得た。この結晶の一部を採り、適当な濃度まで水に希釈して、液体高速クロマトグラフィーでグリコール酸濃度を、イオンクロマトグラフィーでアンモニア濃度を測定して、本サンプルを洗浄前サンプルとした。次に残ったグリコール酸カルシウム湿潤結晶に対し、同重量の50℃に加温した蒸留水を加えてスパチラで撹拌した後、ガラスフィルター付漏斗で濾過し、グリコール酸カルシウムの湿潤結晶を得た(1回目洗浄)。該結晶の一部を洗浄前サンプルと同様に分析した後、該結晶の一部を前出と同様の洗浄操作と分析を行った(2回目洗浄)。更に同様にして3回目洗浄操作と分析を行った。結果は表2に示す。
【0046】
【表2】

【0047】
[比較例1]
比較例として、カルボン酸アンモニウムの加熱加水分解により、アンモニアを除去した。
[グリコール酸アンモニウム塩水溶液の調製]で調製した52重量%グリコール酸アンモニウム塩水溶液50gを100mL四ツ口フラスコに仕込み、側管に内液温測定用の温度計とトップ温度測定用の温度計を付けたトの字管を挟んでリービッヒ冷却管を取り付け、中央にスリーワンモーターの撹拌羽根を取り付け、オイルバスに全体を漬けて、内液を所望の温度に昇温して水と共にアンモニアを除去した。最終的な留去重量は23.3gであった。所望時間での分析値を基に初期グリコール酸アンモニウムに対する、脱アンモニア率(気相部へアンモニアとして除去された率)とグリコロアミド生成率を求めた。本操作ではグリコール酸アンモニウムのアンモニウムイオンを約20%しかアンモニアとして除去することができない上に、約20%は副生物であるグリコロアミドに転換された。処理条件については表3に、及び結果については図2に示す。
【0048】
【表3】

【0049】
[実施例6]
実施例4で得られたグリコール酸カルシウムスラリーの一部を実施例6と同様に、ガラスフィルター付漏斗で濾過した後、得られたグリコール酸カルシウムの湿潤結晶に対し、同重量の50℃に加温した蒸留水を加えてスパチラで撹拌した後、ガラスフィルター付漏斗で濾過する操作を3回繰り返し、得られたグリコール酸カルシウムの湿潤結晶の一部に対し、グリコール酸カルシウム1molに対し1.03molのモル比になるように、50重量%硫酸を60℃の温度を保ちながら添加して1時間程熟成した後、得られた硫酸カルシウムの結晶をガラスフィルター付漏斗で濾過分離した濾液として、54.1重量%のグリコール酸水溶液を得た。該グリコール酸水溶液中のその他不純物濃度を測定したところ、カルシウムカチオンが3400重量ppm/GA、硫酸アニオンが6500重ppm/GA、アンモニアが2重量ppm/GA以下、グリコロアミドは検出されなかった。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】グリコール酸アンモニウム塩に水酸化カルシウムを加えてグリコール酸カルシウムを得る反応の反応時間と、グリコロアミド濃度との関係を示す。
【図2】従来の方法でグリコール酸アンモニウムからアンモニアを除去した場合の脱アンモニア率とグリコロアミド生成率を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリコール酸アンモニウム塩にカルシウム源を添加してグリコール酸カルシウムを製造する工程と、
前記グリコール酸カルシウムに硫酸を添加する工程と、を含むグリコール酸の製造方法。
【請求項2】
前記グリコール酸カルシウムを製造する工程の後、固液分離により固体のグリコール酸カルシウムを回収し、前記硫酸を添加する工程において、該固体のグリコール酸カルシウム又はこれに水を加えたグリコール酸カルシウムスラリーに硫酸を添加する、請求項1に記載のグリコール酸の製造方法。
【請求項3】
前記グリコール酸カルシウムを製造する工程において、発生したアンモニアを気相部に回収する、請求項1又は2に記載のグリコール酸の製造方法。
【請求項4】
前記アンモニアを気相部に回収するときの温度を50℃以上とする、請求項1から3のいずれか1項に記載のグリコール酸の製造方法。
【請求項5】
前記カルシウム源が、水酸化カルシウム、酸化カルシウム及び炭酸カルシウムからなる群から選択される一種以上である、請求項1から4のいずれか1項に記載のグリコール酸の製造方法。
【請求項6】
前記グリコール酸アンモニウム塩が、グリコロニトリルを、ニトリラーゼ、及び/又はニトリルヒドラターゼとアミダーゼの組合せによって酵素的に加水分解して得られたものである、請求項1から5のいずれか1項に記載のグリコール酸の製造方法。
【請求項7】
前記加水分解が、ニトリラーゼによって行われる、請求項6に記載のグリコール酸の製造方法。
【請求項8】
前記ニトリラーゼが、Acinetobacter属由来である、請求項7記載のグリコール酸の製造方法。
【請求項9】
前記ニトリラーゼが、Acinetobacter sp.AK226由来である、請求項8記載のグリコール酸の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法で得られたグリコール酸の水溶液を原料としてグリコール酸オリゴマーを合成する工程と、
前記グリコール酸オリゴマーを解重合させてグリコリドを得る工程と、
該グリコリドを開環重合してポリグリコール酸を得る工程と、を含む、ポリグリコール酸の製造方法。
【請求項11】
グリコール酸アンモニウム塩にカルシウム源を添加してグリコール酸カルシウムを製造する工程と、
前記グリコール酸カルシウムに硫酸を添加し、固体の硫酸カルシウムを分離する工程と、を含む、グリコール酸と硫酸カルシウムを同時に製造する方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2008−156300(P2008−156300A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−348270(P2006−348270)
【出願日】平成18年12月25日(2006.12.25)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】