説明

グリセリド及びその製造方法

【課題】 破棄されていたパルミトレイン酸を有効利用することができるグリセリドの製造方法を提供する。
【解決手段】 パルミトレイン酸を構成脂肪酸として60重量%以上含有するグリセリドを製造する方法に関する。原料油脂を酵素により加水分解する工程と、加水分解工程により得られる加水分解生成物からパルミトレイン酸を含有する画分を分離回収する工程と、分離回収工程により得られるパルミトレイン酸含有画分にグリセリンと酵素とを配合してグリセリンとパルミトレイン酸とを反応させる工程とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬品、医薬部外品、食品及び食品素材、飼料及び飼料素材などとして好適に用いることができるグリセリド及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
パルミトレイン酸はヒトの皮膚に多く含まれている脂肪酸と同一または類似していることが知られており、皮膚の炎症や老化などを抑えたりスキンケアをしたりする目的で、パルミトレイン酸を主な構成脂肪酸とするトリグリセリドを石鹸や化粧品などの油脂成分として用いている。従来より、パルミトレイン酸の含有量が多い油性成分としてはマカダミアナッツ油が知られているが、そのパルミトレイン酸の含有量はせいぜい22重量%程度であり、効率よくパルミトレイン酸を配合したり摂取したりするために、もっと高濃度のパルミトレイン酸を含有するグリセリドが望まれていた。
【0003】
一方、本出願人は、アザラシ油脂やサケ油脂を原料油脂としてドコサペンタエン酸(DPA)を高濃度で含有するグリセリドの製造方法を提案しているが(特許文献1参照)、この製造方法の加水分解工程で生じる加水分解生成物には遊離脂肪酸としてパルミトレイン酸が多く含まれており、このパルミトレイン酸を破棄せずに有効に利用することが望まれていた。
【特許文献1】特開2004−285182号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は上記の点に鑑みてなされたものであり、効率よくパルミトレイン酸を配合したり摂取したりすることができるグリセリドを提供することを目的とするものである。
【0005】
また、本発明は、破棄されていたパルミトレイン酸を有効利用することができるグリセリドの製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のグリセリドは、パルミトレイン酸を構成脂肪酸として60重量%以上含有することを特徴とするものである。
【0007】
本発明のグリセリドの製造方法は、請求項1に記載のグリセリドを製造する方法であって、原料油脂を酵素により加水分解する工程と、加水分解工程により得られる加水分解生成物からパルミトレイン酸を含有する画分を分離回収する工程と、分離回収工程により得られるパルミトレイン酸含有画分にグリセリンと酵素とを配合してグリセリンとパルミトレイン酸とを反応させる工程とを有することを特徴とするものである。
【0008】
本発明にあっては、原料油脂としてアザラシ油脂、マカデミアナッツ油、ヘーゼルナッツ油から選ばれる少なくとも一つを用いることができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、パルミトレイン酸を構成脂肪酸として60重量%以上含有するので、これを医薬品等に配合したり人体に摂取したりすることにより、マカダミアナッツ油よりも効率よくパルミトレイン酸を配合したり摂取したりすることができるものである。
【0010】
また、原料油脂を酵素により加水分解する工程と、加水分解工程により得られる加水分解生成物からパルミトレイン酸を含有する画分を分離回収する工程と、分離回収工程により得られるパルミトレイン酸含有画分にグリセリンと酵素とを配合してグリセリンとパルミトレイン酸とを反応させる工程とを有するので、原料油脂を酵素により加水分解して得られる加水分解生成物に含まれているパルミトレイン酸を用いて、パルミトレイン酸を高濃度で含有するグリセリドを製造することができ、パルミトレイン酸を含む加水分解生成物を破棄せずに有効利用することができるものである。
【0011】
また、原料油脂としてアザラシ油脂、マカデミアナッツ油、ヘーゼルナッツ油から選ばれる少なくとも一つを用いることにより、パルミトレイン酸を多く含む加水分解生成物を得ることができ、パルミトレイン酸を高濃度で含有するグリセリドを効率よく製造することができるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための最良の形態を説明する。
【0013】
本発明において、原料油脂としてはパルミトレイン酸を含有するものであれば特に限定されず、水棲動物(例えば、アザラシなどの海洋哺乳類)やマカデミアナッツ及びヘーゼルナッツなどに由来する油脂をそれぞれ単独であるいは併用して用いることができるが、これらの中でも、パルミトレイン酸を多く含む油脂であるアザラシ油脂を好適に用いることができる。このようにアザラシ油脂を原料油脂として用いると、特許文献1に記載されたドコサペンタエン酸を高濃度で含有するグリセリドの製造方法と本発明との原料油脂及び加水分解工程を共通化することができ、原料油脂を無駄なく利用することができるものである。
【0014】
そして、本発明のグリセリドは上記の原料油脂を使用し、以下のような加水分解工程、分離回収工程、濃縮工程、反応工程などを経て製造されるものである。
【0015】
(加水分解工程)
本発明のグリセリドの製造方法では、まず、上記原料油脂を酵素により加水分解する。この加水分解工程では、原料油脂から、できるだけパルミトレイン酸を多く遊離させることが好ましい。そのために、パルミトレイン酸を、他の構成脂肪酸よりも優先的に、グリセリドから遊離させる酵素を用いて原料油脂を加水分解するのが好ましい。このような酵素としては、原料油脂のエステル結合を加水分解するリパーゼの使用が好ましい。従って、この加水分解工程では、グリセリド中のパルミトレイン酸を他の構成脂肪酸よりも優先的に遊離させるリパーゼを用いて、原料油脂を加水分解することが好ましい。尚、酵素としては、パルミトレイン酸を最も優先的に遊離させることが好ましいが、その他の構成脂肪酸を原料油脂から遊離する酵素であれば、特に制限なく使用できる。
【0016】
このようなリパーゼとしては、起源を問わず、微生物、動・植物などいずれの起源のリパーゼであってもよい。例えば、キャンディダ(Candida)属、ゲオトリカム(Geotrichum)属、リゾプス(Rhizopus)属、リゾムコール(Rhizomucor)属、ペニシリウム(Penicillium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、テルモミセス(Thermomyces)属、アルカリゲネス(Alcaligenes)属などの微生物に由来するリパーゼ、あるいはブタ膵臓などの動物に由来するリパーゼなどを利用することができる。好ましくは、リゾプス・オリゼ(R.oryzae)、リゾムコール・ミーハイ(R.miehei)、テルモミセス・ラヌギノーサ(T.lanuginosa)、キャンディダ・ルゴーサ(C.rugosa)由来のリパーゼを用いることができる。最も好ましくは、キャンディダ・ルゴーサ(C.rugosa)由来のリパーゼを用いることができる。
【0017】
尚、上記加水分解工程で用いる酵素は、遊離型の酵素であってもよいし、イオン交換樹脂、セラミックス、活性炭、炭酸カルシウムなどの担体に固定化した酵素(固定化酵素)であってもよい。具体的には、市販の遊離型の酵素としては、例えば、リパーゼOF(名糖産業製:キャンディダ・ルゴーサ由来)、リパーゼAY(天野エンザイム製:キャンディダ・ルゴーサ由来)、タリパーゼ(田辺製薬製:リゾプス・オリゼ由来)、ノボザイム(Novozym)388(ノボザイムズ製:リゾムコール・ミーハイ由来)、リポザイム(Lipozyme)TL100L(ノボザイムズ製:テルモミセス・ラヌギノーサ由来)、リパーゼQLM(名糖産業製:アルカリゲネス属由来)などを例示することができる。また、市販の固定化酵素としては、リポザイムRMIM(ノボザイムズ製:リゾムコール・ミーハイ由来)、リポザイムTLIM(ノボザイムズ製:テルモミセス・ラヌギノーサ由来)などを例示することができる。
【0018】
また、加水分解工程における加水分解反応は、分解反応液中の水分量を5〜95重量%、好ましくは20〜70重量%とし、反応温度を10〜70℃、好ましくは20〜50℃、酵素量を分解反応液1g当たり1〜5000Uが好ましく、5〜1000Uとするのがより好ましい。なお、酵素1Uとは、オリーブ油を基質として30℃で加水分解し、1分間に1μmolの脂肪酸を遊離する活性である。また、加水分解の反応時間は反応条件によって異なるが、操作性を考慮して5〜72時間に設定することが好ましい。尚、加水分解反応は、n−3系高度不飽和脂肪酸の熱や酸化に対する不安定性を考慮して、窒素気流下あるいは窒素を封入して行うことが好ましい。また、加水分解率は、約50〜95%、好ましくは約75〜95%に設定する。この加水分解率は、使用する酵素の特性などに基づいて決定することができる。
【0019】
(分離回収工程)
本発明のグリセリドの製造方法では、上記加水分解工程の後に分離回収工程を行う。分離回収工程は、加水分解工程により得られた加水分解生成物からパルミトレイン酸を遊離脂肪酸として含有する画分(パルミトレイン酸含有画分)を分離回収する工程である。この工程での分離回収は、公知の方法を用いることができ、例えば、蒸留法、溶媒分画法、各種のクロマトグラフィー、アルカリ脱酸法などを採用することができるが、操作性と経済性を考慮すると蒸留法、あるいはヘキサン抽出法が好ましい。特に、パルミトレイン酸が医薬品あるいは食品に適用されること、コストなどを考慮すると、蒸留法、溶媒分画法(低温分別法を含む)を単独で行うか、あるいはこれらを組み合わせた方法が好ましい。
【0020】
本発明においては、具体的には、加水分解工程により得られる加水分解生成物を数段階の分子蒸留に供することによって、パルミトレイン酸含有画分を得ることができる。すなわち、第1段階は、160〜230℃、26.6〜0.13Pa(0.2〜0.001mmHg)の条件で蒸留し、炭素数18以下の遊離脂肪酸を優先的に留出させる(第1留分)。第2段階は、第1段階の残渣を180〜250℃、26.6〜0.13Pa(0.2〜0.001mmHg)の条件で蒸留し、炭素数20以上の遊離脂肪酸(DPA、DHAなどの炭素数22のn−3系高度不飽和脂肪酸を含む脂肪酸)を留分(第2留分)として得る。尚、この第2留分には、炭素数18以下の脂肪酸が含まれる場合があるが、この第2留分を再度160〜230℃、26.6〜0.13Pa(0.2〜0.001mmHg)の条件で蒸留することにより、第2留分中の炭素数18以下の脂肪酸は蒸留留分として除去することができる。そして、パルミトレイン酸含有画分は上記第1留分として得ることができる。尚、上記第1留分と第2留分を除いた蒸留残渣はDPAを構成脂肪酸とするトリグリセリドを多く含む画分として回収して利用することができる(例えば、特開2002−80887号公報)。また、第2留分は上記特許文献1におけるDPA含有画分として回収して利用することができる。
【0021】
(濃縮工程)
本発明のグリセリドの製造方法では、上記分離回収工程の後に必要に応じて濃縮工程を行う。濃縮工程は、分離回収工程により得られたパルミトレイン酸含有画分のパルミトレイン酸を濃縮する工程である。この濃縮工程は精留法(精密蒸留法)などによって行うことができる。精留法の留出条件や還流比は、原料油脂の種類やパルミトレイン酸含有画分の品質や性状などに応じて適宜設定することができる。そして、この濃縮工程により、パルミトレイン酸の純度が60〜70重量%の濃縮パルミトレイン酸含有画分を得ることができる。
【0022】
(反応工程)
本発明のグリセリドの製造方法では、上記分離回収工程の後あるいは濃縮工程の後に反応工程を行う。反応工程は酵素合成工程であって、分離回収工程で得られたパルミトレイン酸含有画分あるいは濃縮工程で得られた濃縮パルミトレイン酸含有画分に、グリセリンと酵素とを配合してグリセリンとパルミトレイン酸とを反応させ(エステル化反応)、パルミトレイン酸を高濃度で含有するグリセリド(主にトリグリセリドであるが、モノグリセリドとジグリセリドも含む)を合成する反応である。尚、この反応工程で行われるエステル化反応は、化学法を使用することも考えられるが、化学法ではアルカリ条件、高温条件下で行う必要があり、高度不飽和脂肪酸の安定性が問題となるので、好ましくない。
【0023】
酵素としては、脂肪酸とグリセリンを共に基質として認識する酵素、特に、リパーゼであれば制限はない。このようなリパーゼの中でも、パルミトレイン酸を基質として優先的に認識し、パルミトレイン酸をグリセリンに転移しやすいリパーゼを用いることがより好ましい。
【0024】
このようなパルミトレイン酸を基質として優先的に認識しするリパーゼとしては、起源を問わず、微生物、動・植物などいずれの起源のリパーゼであってもよい。例えば、キャンディダ(Candida)属、ゲオトリカム(Geotrichum)属、リゾプス(Rhizopus)属、リゾムコール(Rhizomucor)属、ペニシリウム(Penicillium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、テルモミセス(Thermomyces)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、ブルクホルデリア(Burkholderia)属、アルカリゲネス(Alcaligenes)属、バシラス(Bacillus)属などの微生物に由来するリパーゼ、あるいはブタ膵臓などの動物に由来するリパーゼなどが利用できる。
【0025】
好ましくは、リゾプス属、リゾムコール属、テルモミセス属、キャンディダ属、アルカリゲネス(Alcaligenes)属の微生物に由来するリパーゼが用いられる。より好ましくは、リゾプス・オリゼ(R.oryzae)、リゾムコール・ミーハイ(R.miehei)、テルモミセス・ラヌギノーサ(T.lanuginosa)、アルカリゲネス(Alcaligenes)属の微生物に由来するリパーゼが用いられる。
【0026】
酵素は遊離型の酵素であってもよいし、イオン交換樹脂、セラミックス、活性炭、炭酸カルシウムなどの担体に固定化した酵素(固定化酵素)であってもよい。
【0027】
遊離型の酵素としては、タリパーゼ(田辺製薬製:リゾプス・オリゼ由来)、ノボザイム388(ノボザイムズ製:リゾムコール・ミーハイ由来)、リポザイムTL100L(ノボザイムズ製:テルモミセス・ラヌギノーサ由来)、リパーゼQLM(名糖産業製:アルカリゲネス属由来)などを例示することができる。遊離型酵素を用いたエステル化反応(部分グリセリド間でのエステル交換反応も含む)では、反応液中の水分ができるだけ低くなるように、できるだけ高濃度の酵素水溶液を調製して用いることが好ましい。反応液中の水分濃度は、0.1〜10重量%程度であることが好ましく、0.5〜5重量%であることがさらに好ましい。反応液中の酵素量(リパーゼ量)は、反応液1g当たり50〜20000Uであることが好ましく、50〜5000Uであることがさらに好ましい。
【0028】
固定化酵素としては、リポザイムRMIM(ノボザイムズ製:リゾムコール・ミーハイ由来)、リポザイムTLIM(ノボザイムズ製:テルモミセス・ラヌギノーサ由来)などを例示することができる。固定化酵素(固定化リパーゼ)を使用するときには、固定化酵素を、反応液1g当たり、50〜20000U、より好ましくは、50〜5000Uとなるように加えることが好ましい。市販のリパーゼを用いる場合、反応液中に固定化リパーゼが1〜30重量%、好ましくは2〜15重量%含まれるようにすることが好ましい。
【0029】
また、リパーゼには、トリグリセリドの1,3−位のエステル結合のみを認識する1,3−位特異的リパーゼと3つのエステル結合を全て認識する非特異的リパーゼとが存在する。パルミトレイン酸を効率よくグリセロール中に取りこませるためには、非特異的酵素が好ましい。しかし、酵素反応中に自発的なアシル基転移が起こるため、トリグリセリドを合成したい場合でも、1,3−位特異的酵素を利用することができる。
【0030】
反応工程のエステル化反応において、反応させる脂肪酸とグリセリンとのモル比は、以下のように決定される。パルミトレイン酸含有画分がグリセリドを含まない場合、パルミトレイン酸画分中の遊離脂肪酸と添加するグリセリンとのモル比が、エステル化反応系のモル比とされる。パルミトレイン酸含有画分がグリセリドを含む場合、遊離脂肪酸とグリセリドの構成脂肪酸とを合計した脂肪酸のモル数と、グリセリドを構成するグリセリンと添加するグリセリンとを合計したグリセリンのモル数との比率が、エステル化反応系のモル比とされる。以下、上記2つの場合を含めて、脂肪酸とグリセリンのモル比(脂肪酸/グリセリンのモル比)という。
【0031】
脂肪酸とグリセリンのモル比は、最終的に取得したいグリセリドの組成を考慮して決定すればよい。遊離脂肪酸を効率よくグリセリドに取り込ませることを主目的とし、トリグリセリドの他に部分グリセリド(モノグリセリド、ジグリセリド)が生成してもよい場合は、反応液中の脂肪酸/グリセリンのモル比は、3以下とすればよい。なお、脂肪酸/グリセリンのモル比が3以下の場合、遊離脂肪酸の90%以上がグリセリンに取りこまれるので、パルミトレイン酸画分中のパルミトレイン酸含量がそのままグリセリドを構成する脂肪酸のパルミトレイン酸含量に反映される傾向にある。従って、グリセリドの構成脂肪酸中のパルミトレイン酸含量が、パルミトレイン酸含有画分中のパルミトレイン酸含量よりも上昇することはあまり期待できない。従って、上記濃縮工程を行って、パルミトレイン酸含有画分中の遊離パルミトレイン酸を濃縮するのが好ましい。
【0032】
反応生成物中のトリグリセリドの含量をできるだけ高くする目的であれば、反応液中の脂肪酸/グリセリンのモル比は、3以上、好ましくは4以上とすればよい。この条件で、上記のパルミトレイン酸を基質として優先的に認識する酵素(リパーゼ)を用いると、パルミトレイン酸が優先的にグリセリド中に取り込まれるため、反応に用いたパルミトレイン酸含有画分中のパルミトレイン酸含有量よりも、得られるグリセリドの構成脂肪酸中のパルミトレイン酸含有量を高くすることができる。
【0033】
遊離型のリパーゼを触媒としてエステル化反応(部分グリセリド間でのエステル交換反応も含む)を行う場合、酵素を水に溶解して反応に用いる場合がある。また、遊離脂肪酸を基質として用いた場合、エステル化反応によって水が生成する。反応液に水が存在する場合には、この水を反応液から除去することにより、グリセリドの合成率を高めることができる。従って、エステル化反応は水を除去するために、減圧下、例えば、13.3〜4000Pa(0.1〜30mmHg)、好ましくは133〜2000Pa(1〜15mmHg)で、あるいは乾燥窒素を爆気し、攪拌しながら行うことが好ましい。このような条件は、パルミトレイン酸含有画分中の高度不飽和脂肪酸の酸化防止などの点からも好ましい。
【0034】
自発的アシル基転移反応は、反応系中に存在する水分量や温度などの影響を受ける。特に1,3−位特異的リパーゼを触媒とするときには、水分量と温度の影響を考慮する必要がある。また、遊離型酵素を用いる場合、脱水状態ではグリセリドの合成反応が阻害されることもある。従って、用いる酵素によって、水分量と反応温度を考慮することが好ましい。一般的な条件として、水分量は、0.1〜5重量%であることが好ましい。反応温度は20〜80℃が好ましく、30〜70℃がより好ましい。
【0035】
反応時間は、反応条件によって異なるが、操作性を考慮して10時間〜4日に設定することが好ましい。なお、反応は、高度不飽和脂肪酸の熱や酸化に対する不安定性を考慮し、窒素気流下あるいは窒素を封入して行うことが好ましい。
【0036】
そして、この反応工程によって、パルミトレイン酸を構成脂肪酸として60〜70重量%含有するパルミトレイン酸トリグリセリドを得ることができる。尚、パルミトレイン酸以外の構成脂肪酸は、例えば、ミリスチン酸、ミリストレイン酸、パルミチン酸、ステアリン酸などである。
【0037】
(精製工程)
上記反応工程では、パルミトレイン酸トリグリセリドと、反応に寄与しなかった遊離脂肪酸やグリセリンなどの不純物を含む粗パルミトレイン酸トリグリセリドが得られる。従って、反応工程後に精製工程を行って不純物を除去するのが好ましい。精製方法は、公知のもの、例えば、水洗法、蒸留法、有機溶媒(例えば、n−ヘキサンなど)による分画法、アルカリ脱酸法、イオン交換クロマトグラフィーなどの方法を単独であるいは組み合わせて用いることができる。そして、この精製工程により、不純物の少ない精製パルミトレイン酸トリグリセリドを得ることができる。精製パルミトレイン酸トリグリセリドは、経時的に酸敗や重合などの化学変化を起しやすい高度不飽和酸をほとんど含まないので、安定した品質を長期にわたって保つことができる。
【0038】
上記のようにして製造される本発明のグリセリドは、構成脂肪酸としてパルミトレイン酸を60重量%以上の高濃度で含有するために、効率よくパルミトレイン酸を配合したり摂取したりすることができ、医薬品、医薬部外品、食品及び食品素材、飼料及び飼料素材などとして好適に用いることができる。特に、パルミトレイン酸はヒトの皮膚に有用であるので、本発明のグリセリドは石鹸やスキンケア用の化粧品の基剤などの皮膚に直接適用する製品の油性成分として好適に用いることができる。
【実施例】
【0039】
以下本発明を実施例によって具体的に説明する。尚、実施例において、加水分解率、エステル化率、グリセリド、および脂肪酸組成は、以下の方法で測定した。
【0040】
加水分解率は、原料油のケン化価とアルカリ(KOH)滴定によって求めた反応液の酸価をもとに算出した。
【0041】
エステル化率は、反応前後の反応液の酸価を求め、消費された脂肪酸量から算出した。
【0042】
反応液中の脂肪酸、モノグリセリド、ジグリセリド、およびトリグリセリドは、ヘキサン/酢酸エチル/酢酸(=90/10/1:容量比)の混合溶媒を用いてTLCで展開した後、TLC/FIDアナライザー(イヤトロスキャン;ヤトロン社製)で分析した。
【0043】
脂肪酸組成は、脂肪酸をメチル化した後、DB−23キャピラリーカラム(0.25mm×30m;J&W Scientific社製)を用いたガスクロマトグラフィーにより分析した。カラム温度は、150℃で0.5分間、150〜170℃までを4℃/分、170〜195℃までを5℃/分、195〜215℃までを10℃/分で昇温し、215℃で11分間維持した。
【0044】
(加水分解工程)
アザラシ油脂(ハープシールオイル)3036kg、水3000kg、および酵素を配合して分解反応液を調製した。酵素としてはリパーゼOF(名糖産業製)を用い、その配合量は分解反応液1g当たり200Uとした。そして、分解反応液を35℃で48時間攪拌しながら加水分解した。ここで得られた加水分解生成物の加水分解率は91.5%であった。
【0045】
(分離回収工程)
加水分解工程により得られた加水分解生成物を200℃、2.7Pa(0.02mmHg)で分子蒸留し、第1段階で1860kgの第1留分を得た。また、第1段階の残渣を210℃、2.7Pa(0.02mmHg)で蒸留し(第2段階)、48.5kgの第2留分と、その残渣1043kgとを得た。尚、分子蒸留には遠心式分子蒸留器を使用した。この遠心式分子蒸留器は回転盤の直径100cmであって、回転盤の回転数500rpm、供給速度300kg/h、回転盤の端部での膜厚50〜100μmの条件で動作させた。表1に、原料油脂であるアザラシ油と第1留と第2留分及び残渣の主な脂肪酸の組成を示す。
【0046】
【表1】

【0047】
表1から明らかなように、第1留分には第2留分や残渣に比べて遊離パルミトレイン酸を多く含んでおり、第1留分をパルミトレイン酸含有画分として濃縮工程に供した。
【0048】
(濃縮工程)
分離回収工程で得られた第1留分(パルミトレイン酸含有画分)を精留器(理論段数14段)により精留した。留出条件は、釜温200〜220℃、塔頂130〜170℃、減圧度226.6Pa(2mmHg)とし、初留、中留では還流比1:5で留出させ、主留からは還流比1:3にした。このようにして純度66.5重量%の濃縮パルミトレイン酸含有画分を600kg得た。
【0049】
(反応工程)
濃縮工程で得られた濃縮パルミトレイン酸含有画分を用いて反応工程を行った。すなわち、濃縮パルミトレイン酸含有画分300kg(酸価に基づく分子量Mw≒259から求めたモル数1.16kmol)に、食添用グリセリン43.1kg(理論仕込量1.16/3=0.39kmolの1.2倍)を配合し、さらに、酵素として天野エンザイム社製のリパーゼ「F−AP15」(リゾプス・オリゼ属起源)3kg(ユニット換算で480×10U)と、イオン水10kgと、イオン交換樹脂(オルガノ社製のアンバーライトIRA904)17kg(仕込み原料の5重量%)とを配合し、酵素合成反応を行った。このときの反応条件は、釜温40〜50℃、減圧1333.2〜6666.1Pa(10〜50mmHg)、反応時間48時間で行った。尚、反応終了の見極めは酸価20以下とした。
【0050】
そして、上記酵素合成反応を2回行って、濃縮パルミトレイン酸含有画分600kgから550kgの粗パルミトレイン酸トリグリセリドを得た。
【0051】
(精製工程)
反応工程により得られた粗パルミトレイン酸トリグリセリドを160℃、0.2〜0.5Paで2〜3パスの分子蒸留した。次に、カラム精製(ヘキサン希釈倍率2〜3倍)を用いた脱色工程、水蒸気トッピング(脱臭条件:釜温80℃、減圧1333.2Pa(10mmHg)で水蒸気を吹き込む)を用いた脱臭工程を行った。これにより、粗パルミトレイン酸トリグリセリドから500kgの精製パルミトレイン酸トリグリセリドを得た。
【0052】
そして、精製パルミトレイン酸トリグリセリドは、パルミトレイン酸を構成脂肪酸として純度63.9重量%含有していた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルミトレイン酸を構成脂肪酸として60重量%以上含有することを特徴とするグリセリド。
【請求項2】
請求項1に記載のグリセリドを製造する方法であって、原料油脂を酵素により加水分解する工程と、加水分解工程により得られる加水分解生成物からパルミトレイン酸を含有する画分を分離回収する工程と、分離回収工程により得られるパルミトレイン酸含有画分にグリセリンと酵素とを配合してグリセリンとパルミトレイン酸とを反応させる工程とを有することを特徴とするグリセリドの製造方法。
【請求項3】
原料油脂としてアザラシ油脂、マカデミアナッツ油、ヘーゼルナッツ油から選ばれる少なくとも一つを用いることを特徴とする請求項2に記載のグリセリドの製造方法。

【公開番号】特開2007−70486(P2007−70486A)
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−259736(P2005−259736)
【出願日】平成17年9月7日(2005.9.7)
【出願人】(596012397)交洋ファインケミカル株式会社 (3)
【Fターム(参考)】