説明

グリース組成物及び工作機械用転がり軸受

【課題】dmN100万を超えるような高速高荷重下でも良好な回転を維持し、メンテナンスフリーとした工作機械用転がり軸受、並びに前記工作機械用転がり軸受に好適なグリース組成物を提供する。
【解決手段】芳香族ウレア化合物及び脂環式ウレア化合物の少なくとも一方を増ちょう剤とし、かつ、ちょう度がNLGIちょう度番号3〜4であるグリース組成物、並びに前記グリース組成物が封入され、かつ、dmN100万を超える用途に使用される工作機械用転がり軸受。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、dmN(球回転直径と回転数との積)100万を超える用途に使用される工作機械用転がり軸受、並びに前記転がり軸受の潤滑に好適なグリース組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
工作機械の高性能化に伴い、主軸は高速で回転されており、中にはdmN100万を超えるような高速高荷重工作機械も使用されている。
【0003】
高速回転する主軸の潤滑には、オイルミスト潤滑、オイルエア潤滑、ジェット潤滑等が採用されているが、これらの潤滑方式では圧縮空気を用いた吹付け装置や給油装置等の付帯設備が必要になり、初期投資及びランニングコストが高くなっている。
【0004】
また、高速高荷重工作機械用の転がり軸受には、耐荷重性に優れることからアンギュラ玉軸受や円錐ころ軸受が広く使用されており、低粘度の合成油を基油としたグリース組成欝や、バリウム石けんで増ちょうしたグリース組成物が封入されることが多い。グリース封入による潤滑は、オイルミスト潤滑やオイルエア潤滑、ジェット潤滑に比べてメンテナンスが少なくてすみ、初期投資及びランニングコストの面で有利である。しかしながら、これらのグリース組成物は、dmN100万を超えるような高速高荷重下では、早期に潤滑不良に陥るようになる。
【0005】
また、低粘度の合成油や合成油を基油としたグリースや、バリウム石けんで増ちょうしたグリース(例えば、特許文献1参照)等も知られている。しかしながら、これらの工作機械用グリースもまた、dmN100万以上で、接触面圧が1GPaを超えるような高速高荷重下では、耐熱性や耐摩耗性が十分ではなく、潤滑不良に陥るようになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−328083号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、dmN100万以上を超えるような高速高荷重下でも良好に回転を維持し、メンテナンスフリーとした工作機械用転がり軸受、並びに前記工作機械用転がり軸受に好適なグリース組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために本発明は、下記を提供する。
(1)芳香族ウレア化合物及び脂環式ウレア化合物の少なくとも一方を増ちょう剤とし、かつ、ちょう度がNLGIちょう度番号3〜4であることを特徴とするグリース組成物。
(2)基油が鉱油及び合成油から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする上記(1)記載のグリース組成物。
(3)アルキルジチオカルバミン酸亜鉛を含有することを特徴とする上記(1)または(2)記載のグリース組成物。
(4)上記(1)〜(3)の何れか1項に記載のグリース組成物が封入され、かつ、dmN100万を超える用途に使用されることを特徴とする工作機械用転がり軸受。
【発明の効果】
【0009】
本発明のグリース組成物は、特定の増ちょう剤を含むとともに、高速高荷重用途に使用される従来のグリース組成物に比べて硬質である。高速高荷重下では、転動体の遠心力が大きくなるため、流動性の無いグリース組成物は、一度接触域から弾かれると、戻ることが期待できない場合が殆どであるが、グリース組成物を硬質にすることで、グリース組成物が接触域近傍に留まるようになり、グリース組成物の巻き込みや油の供給を期待することができる。
【0010】
また、高速高荷重下では、転動体と軌道面との間の滑りが非常に大きくなり、せん断による増ちょう剤繊維の破壊が加速度的に進み、グリース組成物が軟化するようになる。しかし、本発明のように硬質のグリース組成物を用いることにより、せん断による増ちょう剤繊維の破壊を防ぎ、グリース組成物の硬さの変化を抑えて安定した潤滑を長期間維持できる。しかも、増ちょう剤に用いる芳香族ウレア化合物及び脂環式ウレア化合物は、高速の非常に厳しいせん断に対する耐性に優れるため、このような効果がより顕著に現れる。
【0011】
更には、本発明の工作機械用転がり軸受は、低トルクで発熱量も少なく、dmN100万を超える高速高荷重下でも長期にわたり潤滑が良好に維持され、長寿命となる。また、グリース組成物を封入した潤滑様式であるため、メンテナンスフリーにもなる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】工作機械用転がり軸受の一例であるアンギュラ玉軸受を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に関して図面を参照して詳細に説明する。
【0014】
(グリース組成物)
グリース組成物の基油は制限はないが、工作機械では冷却して異常な温度上昇を防いでいるが、局所的には非常に大きな摩擦熱が発生していることが想定されるため、耐熱性に優れ、化学的に非常に安定なアルキルジフェニルエーテル、アルキルナフタレン、ポリールエステル、またはこれらの混合油を用いることが好ましい。中でも、アルキルジフェニルエーテルが好ましい。
【0015】
また、高速での異音発生やトルク上昇を抑えるために、基油の動粘度を10〜200mm/s(40℃)とすることが好ましい。基油の動粘度が10mm/s(40℃)未満では、基油の流動性が低すぎて油膜を形成し難くなり、200mm/s(40℃)を超えると撹拌抵抗が大きく、発熱も多くなり好ましくない。このような不具合をより確実に防ぐためには、基油の動粘度は10〜80mm/s(40℃)がより好ましい。
【0016】
増ちょう剤には、耐熱性に優れ、非常に大きなせん断に耐え得るように、芳香族ウレア化合物及び脂環式ウレア化合物をそれぞれ単独で、または混合して使用する。混合物の場合は、脂環式ウレア化合物:芳香族ウレア化合物=10:90〜50:50とすることが好ましい。
【0017】
また、増ちょう剤量は通常の範囲で構わないが、グリース全量の10〜40質量%とすることが好ましい。
【0018】
グリース組成物は、ちょう度がNLGIちょう度番号3〜4となるように調整される。高速高荷重下では、転動体の遠心力が大きくなるため、流動性の無いグリース組成物は、一度接触域から弾かれると、戻ることが期待できない場合が殆どである。しかし、ちょう度がNLGIちょう度番号3〜4の硬質のグリース組成物を用いることにより、グリース組成物が接触域近傍に留まるようになり、グリース組成物の巻き込みや油の供給を期待できるようにする。
【0019】
また、高速高荷重下では、転動体と軌道面との間の滑りが非常に大きくなり、せん断による増ちょう剤繊維の破壊が加速度的に進み、グリース組成物が軟化するようになる。しかし、ちょう度がNLGIちょう度番号3〜4の硬質のグリース組成物を用いることにより、せん断による増ちょう剤繊維の破壊を防ぎ、グリース組成物の硬さの変化を抑えて安定した潤滑を長期間維持できるようになる。
【0020】
従来では、NLGIちょう度番号2程度の柔らかめのグリース組成物が使用されているが、上記したような不具合が起こりやすい。
【0021】
尚、NLGIとはNational Lubricating Grease Institute(国際グリース協会)の略称であり、NLGIではグリース硬さを混和ちょう度で規定しており、これは油の粘度に相当するものである。この混和ちょう度はちょう度番号として000号、00号、0号、1号、2号、3号、4号、5号、6号に分類される。また、日本のJIS K 2220のグリースちょう度分類においてもこの数値を採用し、ちょう度番号として規定している。
【0022】
グリース組成物には、性能を更に高めるために種々の添加剤を添加することができるが、中でもアルキルジチオカルバミン酸亜鉛を添加することが好ましい。アルキルジチオカルバミン酸亜鉛は耐荷重性を有するため、高速高荷重下のような油膜切れが避けられない状況下でも、転動体や内外輪軌道面の表面を保護することができる。
【0023】
その他にも、熱に対する耐性を高めるために酸化防止剤を添加したり、工作機械は水との接触が多いことから防錆剤を添加することが好ましい。酸化防止剤や防錆剤は、共に公知のもので構わず、添加量も通常の範囲で構わない。
【0024】
尚、グリース組成物を調製するには、上記した基油及び増ちょう剤、必要に応じてアルキルジチオカルバミン酸亜鉛、酸化防止剤、防錆剤等を混練してちょう度がNLGIちょう度番号3〜4となるように調整すればよい。添加剤は、基油に添加しておくことが好ましい。
【0025】
(転がり軸受)
本発明の工作機械用転がり軸受は、上記のグリース組成物を封入したものであり、dmNが100万を超える高速高荷重での使用においても良好な回転を長期間保持できる。また、グリース封入であるため、メンテナンスフリーにもなる。また、グリースの封入量は、軸受空間の5〜40%が適当である。
【0026】
尚、軸受の種類には制限はなく、通常の工作機械に使用されるようなアンギュラ玉軸受や円錐ころ軸受等を例示することができる。例えば、図1はアンギュラ玉軸受10の一例を示す断面図であるが、カウンターボア11が内周面に形成された外輪12と内輪13との間に複数の玉14が保持器15を介して周方向に転動可能に介装されており、これら玉14と外輪12及び内輪13の各軌道面とは、所定の接触角をもって接触するようになっている。そして、上記のグリース組成物が充填され、シール16a,16bで封止される。
【実施例】
【0027】
以下に実施例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれにより何ら制限されるものではない。
【0028】
(実施例1〜6、比較例1〜8)
表1に示すように、基油、増ちょう剤、添加剤を混練し、ちょう度を調整して試験グリースとした。そして、各試験グリースについて、下記の(1)耐摩耗試験、(2)トルク試験、(3)軸受耐久試験を行い、評価した。
【0029】
(1)耐摩耗試験
シェル式の滑り四球試験機を用いた。下部固定試験球に3/8インチの鋼球を使用し、上部の回転試験球に3/8インチのセラミック球を用い、試験球が隠れるように試験グリースを満たし、垂直荷重40kg、回転数7000回転、常温にて試験を行った。試験後の下部固定球3個の摩耗痕径を平均し、表1に併記した。
【0030】
(2)トルク試験
単列深溝玉軸受(内径25mm、外径62mm、幅17mm)に試験グリースを0.6g封入し、回転数12000min−1、荷重Fr=3kg、Fa=30kg、室温にてトルクを測定した。結果を表1に併記するが、回転開始30分後のトルクを示した。
【0031】
(3)軸受耐久試験
アンギュラ玉軸受(内径80mm)に試験グリースを軸受空間の10%となるように封入し、定圧のアキシアル荷重4000Nを負荷し、内輪回転数15000min−1で回転させた。外輪は、冷却水により冷却した。そして、温度上昇とモータ電流値(トルク)上昇を起こした時点を焼付き寿命とし、実施例1の焼付き寿命を1とする相対値を表1に併記した。
【0032】
【表1】

【0033】
ADE:アルキルジフェニルエーテル
AN:アルキルナフタレン
POE:ポリオールエステル
PAO:ポリαオレフィン
ジウレアA:芳香族ジウレア(p−トルイジンとMDIとの反応生成物)
ジウレアB:脂環式ジウレアと芳香族ジウレアとの混合物
ジウレアC:芳香族ジウレア(4−フェノキシアニリンとMDIとの反応生成物)
ジウレアD:脂肪族ジウレア(n−オクタデシルアミンとMDIとの反応生成物)
Li石けん:12ヒドロキシリチウムステアレート
【0034】
表1に示すように、実施例1の試験グリースは、せん断安定性に優れる芳香族ウレアを増ちょう剤とし、ジアルキルジチオカルバミン酸亜鉛を添加し、更にちょう度をNLGIちょう度4に調整したため、4球試験における摩耗も小さく、軸受のトルクや耐久性も良好である。また、実施例2の試験グリースは、芳香族ウレア化合物と脂環式ウレア化合物との混合物に変えたものであるが、耐久性が向上している。また、実施例3、4、5の試験グリースは、実施例1,2の試験グリースにおいて基油を代えたものであるが、若干の摩耗増は見られるものの、良好なグリース性能を示している。また、実施例6の試験グリースは、芳香族ウレア化合物のアミンを変えたものであるが、増ちょう剤が芳香族アミン化合物であればグリース性能に差が無いことがわかる。
【0035】
比較例の試験グリースは、何れもちょう度をNLGIで1〜2に調整している。そのため、比較例1の試験グリースのように芳香族ウレア化合物を増ちょう剤に用いても、特に耐摩耗性や耐久性が大きく劣っている。また、比較例2〜6の試験グリースは、増ちょう剤も脂環式ウレア化合物や芳香族ウレア化合物ではないことから、耐摩耗性が更に低下しており、耐久性も劣っている。
【符号の説明】
【0036】
10 アンギュラ玉軸受
11 カウンターボア
12 外輪
13 内輪
14 玉
15 保持器
16a,16b シール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族ウレア化合物及び脂環式ウレア化合物の少なくとも一方を増ちょう剤とし、かつ、ちょう度がNLGIちょう度番号3〜4であることを特徴とするグリース組成物。
【請求項2】
基油が鉱油及び合成油から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1記載のグリース組成物。
【請求項3】
アルキルジチオカルバミン酸亜鉛を含有することを特徴とする請求項1または2記載のグリース組成物。
【請求項4】
請求項1〜3の何れか1項に記載のグリース組成物が封入され、かつ、dmN100万を超える用途に使用されることを特徴とする工作機械用転がり軸受。

【図1】
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【公開番号】特開2013−35916(P2013−35916A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−171786(P2011−171786)
【出願日】平成23年8月5日(2011.8.5)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】