グルコース脱水素酵素及びそれをコードする遺伝子
【課題】耐塩性、並びに幅広いpH安定性と固有の基質特異性及び固有の補酵素依存性を有するグルコース脱水素酵素、当該酵素をコードする遺伝子を単離して目的とする理化学的性質を備えた当該酵素を組換え体として取得し、遺伝子工学的手法による当該酵素の大量生産技術、更に、当該酵素の性質を利用した糖類センサーの提供。
【解決手段】下記(a)又は(b)のタンパク質。(a)特定な配列からなるアミノ酸配列を含むタンパク質。(b)特定な配列からなるアミノ酸配列において、1又は複数のアミノ酸の欠失、置換、挿入および付加から選択される少なくとも1の改変が生じたアミノ酸配列を含むタンパク質。
【解決手段】下記(a)又は(b)のタンパク質。(a)特定な配列からなるアミノ酸配列を含むタンパク質。(b)特定な配列からなるアミノ酸配列において、1又は複数のアミノ酸の欠失、置換、挿入および付加から選択される少なくとも1の改変が生じたアミノ酸配列を含むタンパク質。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グルコース脱水素酵素及びその遺伝子に関する。より詳細には、本発明は、耐塩性、並びに幅広いpH安定性と固有の基質特異性を有し、かつNADP+に特異的に依存するグルコース脱水素酵素、及び当該酵素をコードする遺伝子、及び当該酵素を含む糖類センサーに関する。
【背景技術】
【0002】
グルコース脱水素酵素は、グルコースを酸化してグルコノラクトンを生成する反応を触媒する。かかる触媒活性によりグルコース脱水素酵素は、糖類の検出、バイオ燃料電池の構成資材等に利用されており、食品化学、臨床化学、生化学等の多岐にわたる分野において利用価値に高い酵素である。そして、これらグルコース脱水素酵素は、細菌、酵母から、哺乳類に至るまで広く存在していることが知られており、多様な生物由来のグルコース脱水素酵素が報告されている(例えば、特許文献1、非特許文献1〜4を参照。)。
【0003】
ところが、グルコース脱水素酵素に限らず酵素は、触媒作用を選択する性質が非常に強いことが知られている。例えば、酵素は、生体が生存可能な緩和な条件下で触媒活性を発揮するものであることから、酵素を構成するタンパク質構造に変化を与えるような因子の存在により酵素の活性は影響を受ける。つまり、酵素活性は、温度等の物理的条件、及びpH、塩濃度等の化学的条件の影響を受けることが知られており、これらに対する安定性が低いため用途が限定されるという問題点があった。
【0004】
そこで、近年、熱や広範のpH、及び塩濃度に対して安定性を示すグルコース脱水素酵素がいくつか報告されている。例えば、好熱好酸性古細菌であるサーモプラズマ・アシドフィラム(Thermoplasma acidophilum)由来のグルコース脱水素酵素(例えば、非特許文献1を参照。)、好塩性古細菌であるハロフェラックス・メディテラネイ(Haloferax mediterranei)由来のグルコース脱水素酵素(例えば、非特許文献2を参照。)、好熱好酸性古細菌であるスルフォロバス・ソルファタリカス(Sulfolobus solfataricus)由来のグルコース脱水素酵素(例えば、非特許文献3を参照。)等が挙げられる。サーモプラズマ・アシドフィラム(Thermoplasma acidophilum)由来のグルコース脱水素酵素は、熱安定性及び有機溶媒及び尿素に対して安定であることが報告されている。また、ハロフェラックス・メディテラネイ由来のグルコース脱水素酵素は、塩及び熱安定性を示す共に、塩基性pH領域(pH 8.8)に対しても耐性を有する。そして、その熱安定性は、塩濃度に依存するものであることが報告されている。そして、スルフォロバス・ソルファタリカス由来のグルコース脱水素酵素も、塩及び熱安定性を示すと共に、塩基性pH領域に対しても耐性を有する。特に、pH 9.0、77 ℃、20 mMのマグネシウムイオン、マンガンイオン又はカルシウムイオン下で最も高い活性を示すことが報告されている。
【0005】
また、前述したように酵素は触媒作用を選択する性質が非常に強いことから、その基質特異性についても非常に厳密である。酵素は、その反応部位と基質が相補的に結合することによってその触媒作用を示すことから、一般的に、特定の化合物にのみ作用する。そのため、多成分中の特定の分子のみを選択的に識別し特定の反応のみを触媒できることから産業上有用ではあるが、その反面、酵素の持つ固有の基質特異性や補酵素依存性等によっても、その用途が限定される。
【0006】
例えば、グルコース脱水素酵素の多くは、酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(以下「NAD+」と略する。)及び酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(以下「NADP+」)と略する。)を補酵素として要求する。前述した酵素も、NAD+及びNADP+の双方を補酵素として触媒活性を発揮する。しかしながら、クリプトコッカス(Cryptococcus)属細菌由来のグルコース脱水素酵素(例えば、特許文献1を参照。)、及びサッカロミセス・ブルデリ(Saccharomyces bulderi)由来のグルコース脱水素酵素(例えば、非特許文献4を参照。)のようにNADP+のみを補酵素として要求する産業上特に有用なものも報告されている。しかしながら、クリプトコッカス属細菌由来のグルコース脱水素酵素の安定なpH範囲は、6.0〜7.5と狭く、耐熱性も低いものであり、グルコース以外の基質特異性についての報告はなく、広範な用途に使用できるものではなかった。更に、サッカロミセス・ブルデリ由来のグルコース脱水素酵素は、NADP+に対する特異性がNAD+に対して10倍と比較的低いという問題点があった。
【0007】
また、酵素利用技術の多様化に伴い、その用途に合致させるべく、一層、市場が要求する酵素選択肢の幅が広がっているのが現状である。しかしながら、既知のグルコース脱水素酵素では、市場の要望に十分に対応できるものではなかった。したがって、pH、塩濃度等の化学的因子に対して安定性が高く、かつ既知のグルコース脱水素酵素とは異なる固有の基質特異性、及び補酵素依存性を有する新規なグルコース脱水素酵素の開発が望まれていた。
【0008】
【特許文献1】特公昭63-109773号公報
【非特許文献1】Leon D. Smith他著、“Purification and characterization of glucose dehydrogenase from the thermoacidophilic archaebacterium Thermoplasma acidophilum(好熱好酸性古細菌サーモプラズマ・アシドフィラム由来のグルコース脱水素酵素の精製と特徴付け)”、The Biochemical Journal、1989年8月、第 261巻、第3号、第973〜977頁
【非特許文献2】Maria-Jose Bonete他著、“Glucose dehydrogenase from the halophilic Archaeon Haloferax mediterranei : enzyme purification, characterisation and N-terminal sequence(好塩性古細菌ハロフェラックス・メディテラネイ由来のグルコース脱水素酵素:酵素精製、特徴付け及びN末端配列)”、FEBS Letters、1996年、第383巻、第227〜229頁
【非特許文献3】Paola Giardina他著、“Glucose dehydrogenase from the thermoacidophilic archaebacterium Sulfolobus solfataricus(好熱好酸性古細菌スルフォロバス・ソルファタリカス由来のグルコース脱水素酵素)”、The Biochemical Journal 、1986年11月、第239巻、第3号、第517〜522頁
【非特許文献4】Johannes P. van Dijken他著、“Novel pathway for alcoholic fermentation of delta-gluconolactone in the yeast Saccharomyces bulderi(酵母Saccharomyces bulderiにおけるδ-グルコノラクトンのアルコール発酵の新規経路)”、Journal of Bacteriology、2002年2月、第184巻、第3号、第672〜678頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、耐塩性、並びに幅広いpH安定性と固有の基質特異性及び固有の補酵素依存性を有するグルコース脱水素酵素の提供を目的とする。また、本発明は、当該酵素をコードする遺伝子を単離し、目的とする理化学的性質を備えた当該酵素を組換え体として取得し、遺伝子工学的手法による当該酵素の大量生産技術の提供をも目的とする。更に、本発明は、当該酵素の性質を利用した糖類センサーの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく研究を重ねた結果、増殖に高い塩濃度を要求する好塩性古細菌に着目し、かかる好塩性古細菌の一種であるハロバクテリム・バリスモルティス(Halobacterium vallismortis)より、グルコース脱水素酵素をコードすると思われる核酸分子を見出した。更に、遺伝子工学的手法を用いて組換え体を産生させたところグルコース脱水素反応を触媒するグルコース脱水素酵素であることを見出した。更に、かかる酵素が、耐塩性、並びに幅広いpH安定性を有し、かつグルコース以外の特定の糖類にも反応性を示すという固有の基質特異性及び補酵素依存性を有することをも見出した。本発明者らはこれらの知見に基づき本発明を完成するに至った。
【0011】
即ち、上記目的を達成するため、以下の[1]〜[10]に示す発明を提供する。
[1]下記(a)又は(b)のタンパク質。
(a)配列番号2に示すアミノ酸配列を含むタンパク質
(b)配列番号2に示すアミノ酸配列において、1又は複数のアミノ酸の欠失、置換、挿入および付加から選択される少なくとも1の改変が生じたアミノ酸配列を含むタンパク質であって、下記(1)〜(3)の理化学的性質を有するタンパク質、
(1)酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸を特異的に補酵素として要求し、グルコースからグルコノラクトンを生成する脱水素反応を触媒する
(2)リボースの脱水素反応を触媒する
(3)pH耐性が、pH 7.0〜8.8で安定であり、至適pHが8.8である
[2]下記(4)〜(7)から選択される1以上の理化学的性質を有する上記[1]のタンパク質。
(4)塩耐性が、塩濃度0〜2.0 Mで安定であり、至適塩濃度が1.0 Mである
(5)スクロースの脱水素反応を触媒する
(6)キシロースの脱水素反応を触媒する
(7)フコースの脱水素反応を触媒する
[3]組換え体である上記[1]又は[2]のタンパク質。
[4]上記[1]〜[3]のいずれかのタンパク質をコードする核酸分子。
[5]下記(c)又は(d)のポリヌクレオチドからなる上記[1]の核酸分子。
(c)配列番号1に示す塩基配列を含むポリヌクレオチド、
(d)配列番号1に示す塩基配列を含むポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ下記(1)〜(3)の理化学的性質を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
(1)酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸を特異的に補酵素として要求し、グルコースからグルコノラクトンを生成する脱水素反応を触媒する
(2)リボースの脱水素反応を触媒する
(3)pH耐性が、pH 7.0〜8.8で安定であり、至適pHが8.8である
[6]前記タンパク質が、下記(4)〜(7)から選択される1以上の理化学的性質を有する上記[5]の核酸分子。
(4)塩耐性が、塩濃度0〜2.0 Mで安定であり、至適塩濃度が1.0 Mである
(5)スクロースの脱水素反応を触媒する
(6)キシロースの脱水素反応を触媒する
(7)フコースの脱水素反応を触媒する
[7]上記[4]〜[6]のいずれかの核酸分子を含有する組換えベクター。
[8]上記[7]の組換えベクターを含有する形質転換体。
[9]上記[8]の形質転換体を培養し、得られた培養物からグルコースの脱水素反応を触媒する能力を有するタンパク質を採取するグルコース脱水素酵素の製造方法。
【0012】
上記[1]〜[9]の構成によれば、新規なNADP+依存型グルコース脱水素酵素の提供が可能となる。本発明によって提供されるNADP+依存型グルコース脱水素酵素は、微量糖類に対しても基質選択性高く反応できる固有の基質特異性と、補酵素としてNADP+に特異的に依存する固有の補酵素特異性を示す。そして、広いpH領域、特には塩基性領域における安定性と、耐塩性を示す。したがって、医療、食品、環境分野等の様々な産業分野における糖類の脱水素反応を要する技術に適用できる。更に、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素のアミノ酸配列、並びに塩基配列が明確になったことから、遺伝子工学的手法を組換え体として低コストかつ工業的に大量生産することが可能となった。
【0013】
[10]上記[1]〜[3]いずれかに記載のタンパク質を、電極上に固定化した糖類検出用のバイオセンサー。
[11]前記糖類が、グルコース及びリボースから選択される1以上の糖類である上記[10]の糖類検出用バイオセンサー。
【0014】
上記[10]〜[11]の構成によれば、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の触媒能力を利用した糖類検出用のバイオセンサーが提供でき、医療、食品、環境分野等、様々な分野に利用することができる。本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素は、グルコース以外の微量糖類に対しても基質特異性を示し、かつ基質選択性も高いことから、これら微量糖類の検出のために好適に利用できる。特には、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素は耐塩性を有する点からも、食塩濃度の高い醸造食品中の糖類の検出に好適に利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0016】
(本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の性質)
本発明のNADP+グルコース脱水素酵素の理化学的性質は以下の通りである。
【0017】
(1)作用
以下に示すように、グルコースを基質として、NADP+依存的にグルコノラクトンを生成する反応を触媒する。
D-グルコース + NADP+ → D-グルコノ-δ-ラクトン + NADPH + H+
【0018】
本発明のNADP+グルコース脱水素酵素の特徴は、NADP+を特異的に補酵素として要求してその触媒活性を発揮することである。ここで、「NADP+を特異的に補酵素として要求する」とは、補酵素として同濃度のNAD+及びNADP+を反応溶液中に含む同一条件下でグルコース脱水素活性を測定した際に、NADP+を補酵素として測定した場合の活性が、NAD+を補酵素として測定した場合の活性よりも3倍より大きいこと、好ましくは5倍以上、更に好ましくは10倍以上であることを示す。
【0019】
そして、本発明のNADP+グルコース脱水素酵素は、既知のグルコース脱水素酵素とは異なる固有の基質特異性を示す。グルコースに加え、グルコース以外の5炭糖及び6炭糖を含む単糖類、二糖類にも反応性を示し、特には、デオキシ糖に反応性を示すことが好ましい。具体的には、グルコース以外に、リボースに対しても反応性を示す。更に、スクロース、キシロース、フコースの少なくとも1つに対して反応性を示すことが好ましい。これらに対する活性は、グルコースに対する活性を100とした場合の相対活性において、40以上、更には60以上、特には80以上であることが好ましい。ただし、マンノースに対する触媒活性は、グルコースに対する活性を100とした場合の相対活性において、10以下であることが好ましい。
【0020】
(2)pH安定性
本発明のNADP+グルコース脱水素酵素は、pH 7.0〜8.8の範囲で安定した活性を示し、至適pHは、pH 8.8である。更に、pH 5.0程度までの酸性領域でも活性を保持できることが好ましい。そして、pH 10〜11程度まで塩基性領域においても活性を保持できることが好ましく、特には、pH 4.0〜12程度まで範囲で活性を保持できることが好ましいが、これに限定されるわけではない。
【0021】
(3)耐塩性
本発明のNADP+グルコース脱水素酵素は、耐塩性を示す。耐塩性を示す塩の種類について特に限定はないが、好ましくは一価の陽イオンを含む塩であり、NaCl、KCl等が挙げられる。例えば、NaClに対する耐塩性は、1.0 〜 2.0 Mの範囲で安定した活性を示し、至適塩濃度は1.0 Mである。更に、塩類の非存在下でも活性を示すことができ、0 〜 2.0 Mと広い塩濃度範囲で活性である。
【0022】
(4)分子量
本発明のグルコース脱水素酵素は、そのアミノ酸組成の違いにより異なる分子量を有していてもよいが、好ましくは、約40kDaの分子量を有する。
【0023】
本発明のNADP+グルコース脱水素酵素の由来は、本発明のグルコース脱水素酵素の理化学的性質を具備できる限り限定はない。例えば、前述の理化学的性質を有するグルコース脱水素酵素を生産する能力を有する生物体由来であり、典型的には細菌である。そして、好ましくは古細菌、更に好ましくは極限環境(例えば、塩田、イスラエルの死海等)で生育し得る細菌、例えば好塩菌である。ここで、好塩菌とは、至適増殖に比較的高濃度の塩の存在を要求する細菌である。好塩菌は、至適増殖塩濃度の相違によって、低度好塩菌、中度好塩菌及び高度好塩菌に分類される。本発明においては、これらのいずれであってもよいが、特には高度好塩菌由来であることが好ましい。具体的には、Halobacterium属細菌、等が例示され、特に好ましくは、Halobacterium vallismortis である。
【0024】
本発明のNADP+グルコース脱水素酵素は、前述の通り、好塩菌由来のタンパク質であることが好ましい。そして、好塩菌由来のタンパク質は、概して耐塩性を示すことから不溶性になりにくいという性質を有する。さらに、酸性アミノ酸の構成比が高いことから凝集しにくい、また、一旦、変性したとしても天然構造に巻き戻ることができ安定性が高いという性質をも有することが好ましい。
【0025】
(本発明のNADP+グルコース脱水素酵素のアミノ酸配列)
また、本発明のNADP+グルコース脱水素酵素として、これに限定されるものではないが、配列番号2のアミノ酸配列を含むものが好適に例示される。更に、前述のNADP+グルコース脱水素酵素の性質を保持している限り、配列番号2のアミノ酸配列において、特定のアミノ酸に改変が生じている改変部位を有するアミノ酸配列を含むものであってもよい。改変とは、改変の基礎となるタンパク質のアミノ酸配列のうち、1又は複数のアミノ酸が欠失、置換、挿入および付加の少なくとも1つからなる改変が生じていることを意味する。そして、「1又は複数のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び付加の少なくとも1つからなる改変」とは、改変の基礎となるタンパク質をコードする遺伝子に対する既知のDNA組換え技術、点変異導入方法等によって、欠失、置換、挿入又は付加することができる程度の数のアミノ酸が、欠失、置換、挿入又は付加されることを意味し、これらの組み合わせをも含む。例えば、このような改変体は、配列番号2で示すアミノ酸配列に対して、アミノ酸レベルで70 %以上、好ましくは80 % 以上、更に好ましくは90 %以上の相同性を保持するものとすることができる。
【0026】
このような改変体は自然又は人工の突然変異により生じた突然変異体の中から前述の理化学的性質を有するタンパク質をスクリーニングすることにより取得できる。或いは、下記で説明する本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を用いて改変を施すことによっても取得できる。核酸分子に改変を施す方法としては、特に制限はなく、当業者に既知の改変タンパク質作製のための変異導入技術を利用することができる。例えば、部位特異的突然変異誘発法、PCR等を利用して点変異を導入するPCR突然誘発法、あるいは、トランスポゾン挿入突然変異誘発法などの既知の変異導入技術を利用することができる。市販の変異導入用キット(例えば、QuikChange(登録商標) Site-directed Mutagenesis Kit(Stratagene社製)等を利用してもよい。また、常法のホスホルアミダイト法等のDNA合成法を利用して、所望の改変を施した核酸分子を構築することによっても調製することができる。
【0027】
当業者はアミノ酸配列の改変に際して本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の酵素活性を保持する改変を容易に予測することができる、具体的には、例えばアミノ酸置換の場合には、タンパク質構造保持の観点から極性、電荷、親水性、若しくは疎水性等の点で置換前のアミノ酸と類似した性質を有するアミノ酸に置換することができる。このような置換は保守的置換として当業者には周知である。具体例を挙げると、例えば、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファンは、共に非極性アミノ酸に分類されるため、互いに似た性質を有する。また、非荷電性アミノ酸としては、グリシン、セリン、スレオニン、システイン、チロシン、アスパラギン、グルタミンが挙げられる。また、酸性アミノ酸としては、アスパラギン酸およびグルタミン酸が挙げられる。また、塩基性アミノ酸としては、リジン、アルギニン、ヒスチジンが挙げられる。これらの各グループ内のアミノ酸置換は、タンパク質の機能が維持されるとして許容される。また、その後の精製、固相への固定化等の便宜のため、アミノ酸配列のN、又はC末端にHis-tag、FLAG-tag等を付加したものも好適に例示される。このようなTagペプチドの導入は常法により行なうことができる。また、本発明の酵素活性の喪失を引き起こさない範囲内で、C末端側若しくはN末端側のアミノ酸残基を切断した切断型でもよい。更に、グルコシル化等の化学修飾を付加してもよい。
【0028】
本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素のアミノ酸配列が明確になったことから、かかる配列情報に基づいて、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素を製造することができる。例えば、配列番号2に示すアミノ酸配列の一部又は全部をコードする塩基配列を基にして作成したDNAをプローブとして用いるハイブリダイゼーション法により、前述の理化学的性質を保持し得るグルコース脱水素酵素を発現し得る細菌のゲノムDNAから本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を調製することができる。また、配列番号2のアミノ酸配列をコードする塩基配列の一部をプライマーとして用いるPCRによっても同様に、前述の理化学的性質を保持し得るグルコース脱水素酵素を発現し得る細菌のゲノムDNAを鋳型として本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を調製することができる。更に、常法のホスホルアミダイト法等のDNA合成法を利用して、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を化学的に合成することができる。そして、得られた核酸分子を下記で詳細に説明する遺伝子組換え技術により本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素を製造することができる。
【0029】
ここで、ハイブリダイゼーション及びPCRの鋳型となるゲノムDNAは、前述の理化学的性質を保持し得るグルコース脱水素酵素を発現し得る細菌由来のゲノムDNAである。好ましくは古細菌、更に好ましくは極限環境で生育し得る細菌、例えば好塩菌、特には、高度好塩菌由来のゲノムDNAである。例えば、ハロバクテリム(Halobacterium)属細菌、特にはハロバクテリム・バリスモルティス(Halobacterium vallismortis)由来のゲノムDNAが好ましい。しかしながら、これに限定されるものではない。本明細書において全長のアミノ酸配列が明確になったことから、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素に対して、より特異的なプローブやプライマーを構築することが可能となる。これにより、ハイブリダイゼーション精度及びPCRの増幅精度が向上する。したがって、前述の理化学的性質を保持し得るグルコース脱水素酵素を発現し得ることを条件として、下記の検討例2においてPCR増幅産物が得られなかったハロバクテリム・バリスモルティス(Halobacterium vallismortis)、ハロバクテリウム・ファラオニス(Halobacterium pharaonis)、ハロバクテリウム・ソドメンセ(Halobacterium sodomense)、ハロバクテリウム・サッカルボルム(Halobacterium saccharovorum)、ハロバクテリウム・ボルカニ(Halobacterium volcanii)、ハロバクテリウム・サリナーラム(Halobacterium salinarium)、ハロバクテリウム・ハロビウム(Halobacterium halobium)、ハロバクテリウム・クチルブルム(Halobacterium cutirubrum)等からのゲノムDNAを対象としてもよい。
【0030】
そして、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の製造において、ハイブリダイゼーションを利用する場合に用いられるプローブは、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素と相補的な配列を含むオリゴヌクレオチドであり、常法に基づいて調製することができる。例えば、ホスホアミダイト法等に基づく化学合成法、既に標的となる核酸が取得されている場合にはその制限酵素断片等が利用可能である。このようなプローブとしては、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子の塩基配列に基づき、この塩基配列の連続する10以上、好ましくは15以上、更に好ましくは約20〜50の塩基からなるオリゴヌクレオチドが例示される。そして、プローブは必要に応じて適当な標識が付されていてよく、このような標識として放射線同位体、蛍光色素等が例示される。
【0031】
また、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の調製において、PCRを利用する場合に用いられるプライマーは、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素と相補的な配列を含むオリゴヌクレオチドであり、常法に基づいて調製することができる。例えば、ホスホアミダイト法等に基づく化学合成法、既に標的となる核酸が取得されている場合にはその制限酵素断片等が利用可能である。化学合成法に基づきプライマーを調製する場合には、合成に先立って標的核酸の配列情報に基づいて設計される。プライマーの設計は、所望の領域を増幅するように、例えばプライマー設計支援ソフト等を利用して設計することができる。プライマーは合成後、HPLC等の手段により精製される。また、化学合成を行う場合には市販の自動合成装置を利用することも可能である。このようなプライマーとしては、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子の塩基配列に基づき、所望の増幅領域を挟んで設計され、10以上、好ましくは15以上、更に好ましくは約20〜50の塩基からなるオリゴヌクレオチドが例示される。
【0032】
ここで、相補的とは、プローブ又はプライマーと標的核酸分子とが塩基対合則に従って特異的に結合し安定な二重鎖構造を形成できることを意味する。ここで、完全な相補性のみならず、プローブ又はプライマーと標的核酸分子が互いに安定な二重鎖構造を形成し得るのに十分である限り、いくつかの核酸塩基のみが塩基対合則に沿って適合する部分的な相補性であっても許容される。その塩基数は、標的核酸分子を特異的に認識するために十分に長くなければならないが、長すぎると逆に非特異的反応を誘発するので好ましくない。したがって、適当な長さはGC含量等の標的核酸の配列情報、並びに、反応温度、反応液中の塩濃度等のハイブリダイゼーション反応条件など多くの因子に依存して決定される。
【0033】
更には、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素は、化学的合成技術によっても製造することができる。例えば、配列番号2に示されるアミノ酸配列の全部、又は一部を、ペプチド合成機を用いて合成し、得られるポリペプチドを適当な条件の下で、再構築することにより調製することができる。
【0034】
(本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子)
本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子は、前述の理化学的性質を有するすべてのNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードするものを包含する。例えば、配列番号2に記載されるアミノ酸配列を含むタンパク質をコードするポリヌクレオチドであり、一具体例としては、配列番号1に示す塩基配列を含むポリヌクレオチドが挙げられる。ここで、本発明におけるポリヌクレオチドにはDNA及びRNAの双方が含まれ、DNAである場合には、1本鎖であると、二本鎖であるとは問わない。
【0035】
更に、前述の本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の性質を保持している限り、配列番号1に示す塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドを含むものも本発明に含まれる。このようなポリヌクレオチドは、公知の変異導入技術を利用することにより作製できる。例えば、部位特異的突然変異誘発法、PCR等を利用して点変異を導入するPCR突然誘発法、あるいは、トランスポゾン挿入突然変異誘発法などの公知の変異導入技術を利用することができる。市販の変異導入用キット(例えば、QuikChange(登録商標)Site-directed Mutagenesis Kit(Stratagene社製)等を利用してもよい。また、常法のホスホルアミダイト法等のDNA合成法を利用して、所望の改変を施したNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を構築することによって行なうことができる。もしくは、配列番号1の塩基配列を有するポリヌクレオチドに対してエキソヌクレアーゼを作用させることによって取得することができる。このようなポリヌクレオチドとしては、配列番号1の塩基配列において1又は複数の塩基が欠失、置換、付加もしくは挿入されたものも含まれる。したがって、配列番号1の塩基配列の3'、又は5'末端にHis-Tag配列をコードする塩基配列が付加したものも好適に例示される。
【0036】
ここで、ストリンジェントな条件とは、塩基配列において、60 %以上、好ましくは70 %、より好ましくは80 %以上、特に好ましくは90 %以上の同一性を有するDNA同士が優先的にハイブリダイズし得る条件をいう。ストリンジェンシーは、ハイブリダイゼーションの反応や洗浄の際の塩濃度及び温度を適宜変化させることによって調製することができる。例えば、Sambrook他著、Molecular Cloning:A Laboratory Manual、第2版、(1989) Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor、New York等に記載のサザンハイブリダイゼーションのための条件等が挙げられる。
【0037】
より具体的には、50 %(v/v) ホルムアミド、5×SSC中で、42 ℃にて16時間のハイブリダイゼーションが例示される。ここで、1×SSCは、0.15 M NaCl、0.015 M クエン酸ナトリウム、pH 7.0である。また、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を0.1〜1.0 %(v/v)、変性非特異的DNAを0〜200 μl含んでいてよい。そして、洗浄条件としては、2×SSC、0.1 % SDS中の5℃にて5分間の洗浄、及び0.1×SSC、0.1 % SDS中の65℃にて30分間〜4時間の洗浄が例示される。また、これらと同等の条件も当業者は容易に理解できるであろう。
【0038】
本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子は、本発明の核酸分子の塩基配列が明確になったことから、かかる配列情報に基づいて作成することができる。例えば、配列番号1に示す塩基配列の一部又は全部を基にして作成したDNAプローブとして用いるハイブリダイゼーション法により、前述の理化学的性質を保持し得るグルコース脱水素酵素を発現し得る細菌のゲノムDNAから本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を調製することができる。また、配列番号1の塩基配列の一部をプライマーとして用いるPCRによっても同様に、前述の理化学的性質を保持し得るグルコース脱水素酵素を発現し得る細菌のゲノムDNAを鋳型として本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を調製することができる。更に、常法のホスホルアミダイト法等のDNA合成法を利用して、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を化学的に合成することができる。なお、詳細については前述した。
【0039】
(本発明の組換えベクター)
そして、本発明の組換えベクターは、適当なベクターに本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を組み込ことによって構築することができる。利用可能なベクターとしては、外来DNAを組み込め、かつ宿主細胞中で自律的に複製可能なものであれば特に制限はない。したがって、ベクターは、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を挿入できる少なくとも1つの制限酵素部位の配列を含むものである。例えば、プラスミドベクター(pEX系、pUC系、及びpBR系等)、ファージベクター(λgt10、λgt11、及びλZAP等)、コスミドベクター、ウイルスベクター(ワクシニアウイルス、及びバキュロウイルス等)等が包含される。
【0040】
そして、本発明の組換えベクターは、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子がその機能を発現できるように組み込まれている。したがって、核酸分子の機能発現に必要な他の既知の塩基配列が含まれていてもよい。例えば、プロモータ配列、リーダー配列、シグナル配列、並びにリボソーム結合配列等が挙げられる。プロモータ配列としては、例えば、宿主が大腸菌の場合にはlacプロモータ、trpプロモータ等が好適に例示される。しかしながら、これに限定するものではなく既知のプロモータ配列を利用できる。更に、本発明の組換えベクターには、宿主において表現型選択を付与することが可能なマーキング配列等をも含ませることができる。このようなマーキング配列としては、薬剤耐性、栄養要求性などの遺伝子をコードする配列等が例示される。具体的には、カナマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子等が例示される。
【0041】
ベクターへの本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子等の挿入は、例えば、適当な制限酵素で本発明の遺伝子を切断し、適当なベクターの制限酵素部位、又はマルチクローニング部位に挿入して連結する方法などを用いることができるが、これに限定されない。連結に際しては、DNAリガーゼを用いる方法等、既知の方法を利用できる。また、DNA Ligation Kit(タカラバイオ社)等の市販のライゲーションキットを利用することもできる。
【0042】
(本発明の形質転換体)
本発明の形質転換体は、適当な細胞を本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を含む組換えベクターで形質転換することによって構築することができる。ここで、宿主となる細胞としては、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素を効率的に発現できる宿主細胞であれば、特に制限はない。原核生物を好適に利用でき、特には大腸菌を利用することができる。その他、枯草菌、バシラス属細菌、シュードモナス属細菌等をも利用できる。大腸菌としては、例えば、E.coli DH5α、E.coli BL21、E.coli JM109等を利用できる。更に、原核生物に限定されず真核生物細胞を利用することが可能である。例えば、サッカロマイセス・セルビシエ(Saccharomyces cerevisiae)等の酵母、Sf9細胞等の昆虫細胞、CHO細胞、COS-7細胞等の動物細胞等を利用することも可能である。形質転換法としては、塩化カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポソームフェクション法、マイクロインジェクション法等を既知の方法を利用することができる。
【0043】
(本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の製造方法)
本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の製造方法は、前述の本発明の形質転換体を培養し、得られた培養物から糖の脱水素反応を触媒する活性を有するタンパク質を採取することにより行なう。即ち、前述の本発明の形質転換体を培養する培養工程と、前記培養工程で発現した前記タンパク質を回収する回収工程とを備える。このように、適当な宿主で発現させることによって、低コストで本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の大量生産が可能となる。
【0044】
培養工程は、本発明の形質転換体を適当な培地に接種し、常法に準じて培養することにより行なわれる。本発明の形質転換体の培養は、宿主細胞の栄養生理学的性質を勘案して、培養条件を選択すればよい。使用される培地としては、宿主細胞が資化し得る栄養素を含み、形質転換体におけるタンパク質の発現を効率的に行えるものであれば特に制限はない。したがって、宿主細胞の生育に必要な炭素源、窒素源その他必須の栄養素を含む培地であることが好ましく、天然培地、合成培地の別を問わない。例えば、炭素源として、グルコース、デキストラン、デンプン等が、また、窒素源としては、アンモニウム塩類、硝酸塩類、アミノ酸、ペプトン、カゼイン等が挙げられる。他の栄養素としては、所望により、無機塩類、ビタミン類、抗生物質等とを含ませることができる。宿主細胞が大腸菌の場合には、LB培地、M9培地等が好適利用できる。また、培養形態についても特に制限はないが、大量培養の観点から液体培地が好適に利用できる。
【0045】
本発明の組換えベクターを保持する宿主細胞の選別は、例えば、マーキング配列の発現の有無により行なうことができる。例えば、マーキング配列として薬剤耐性遺伝子を利用する場合には、薬剤耐性遺伝子に対応する薬剤含有培地で培養することによって行うことができる。
【0046】
精製工程は、前述の培養工程において得られた形質転換体の培養物からの本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素を回収、即ち、単離精製することによって行えばよい。本発明の酵素の存在する画分に応じて、一般的なタンパク質の単離精製方法に準じた手法を適用すればよい。具体的には、本発明のグルコース脱水素酵素が宿主細胞外に生産される場合には、培養液をそのまま使用するか、遠心分離、濾過等の手段により宿主細胞を除去して培養上清を得る。続いて、培養上清に、既知のタンパク質精製方法を適宜選択することにより、本発明の酵素を単離精製することができる。例えば、硫酸アンモニウム沈殿、透析、SDS-PAGE電気泳動、ゲル濾過、疎水、陰イオン、陽イオン、アフィニティークロマトグラフィ等の各種クロマトグラフィ等の既知の単離精製技術を単独、又は適宜組み合わせて適用することができる。特にアフィニティークロマトグラフィを利用する場合、本発明の酵素をHis Tag等のタグペプチドとの融合タンパク質として発現させて、かかるタグペプチドに対する親和性を利用することが好ましい。また、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素が宿主細胞内で産生される場合には、培養物を遠心分離、濾過等の手段により宿主細胞を回収する。続いて、リゾチーム処理などの酵素的破砕方法、又は超音波処理、凍結融解、浸透圧ショック等の物理的破砕方法等により、宿主細胞を破砕する。破砕後、遠心分離、濾過等の手段により可溶化画分を収集する。得られた可溶化画分を、前述の細胞外に生産できる場合と同様に処理することにより単離精製することができる。ここで、本発明で得られるNADP+依存型グルコース脱水素酵素は、広範なpH安定性を有することから、前述の単離、精製工程においてpH処理を併用することが有用かつ便利である。培養物から得られた宿主細胞及び培養上清には、当該宿主細胞由来の様々なタンパク質を含有する。しかし、pH処理を行なうことにより、宿主細胞由来の夾雑タンパク質は変性し凝縮沈殿する。これに対して、本発明の酵素は、広範なpHに対して耐性を有するため変性を生じないことから、遠心分離等により宿主由来の夾雑タンパク質と容易に分離できる。また、培養液をそのまま、若しくは粗抽出液を使用する場合においても、pH処理、特には塩基性pHでの処理を行なうことにより、他のタンパク質が失活することから、実質的に本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素のみの酵素液として使用することができる。したがって、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素を遺伝子工学的手法により製造する場合においても、宿主由来のその他のタンパク質を容易に除去することができる。したがって、精製度を向上させることができ、信頼性の高い酵素を製造できるという利点がある。そして、単離精製されたタンパク質の性能確認は、その理化学的性質や配列の分析によって行うことができ、例えば、実施例4〜7に記載の方法等で行うことができる。
【0047】
(糖類の検出方法)
本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素は、試料中の糖類の検出のために利用することができる。糖類の検出は、糖基質に対してNADP+依存的に脱水素反応を触媒する当該酵素の活性を測定することにより行うことができる。酵素の活性は、NADP+依存的に糖類の脱水素反応を触媒する酵素の活性測定法として知られる方法をいずれをも利用して行うことができる。例えば、NADP+の存在下で、本発明の酵素を測定対象となる試料と反応させ、当該酵素の触媒反応で生成するNADPH量の変化を340 nmの吸光度変化もって検出する。かかる吸光度変化をもって当該酵素の活性とすることができ、ひいてはNADPH量の変化により糖類の存在を検出することができる。例えば、グルコース脱水素酵素活性は、グルコース及びNADP+から、グルコノラクトン及びNADPHを生成する触媒反応において、生成したNADPHを直接定量することによって測定できる。反応液としては、例えば、グルコース等の糖基質、2 mM のNAD+又はNADP+、25 mM のMgCl2、1MのNaCl及び本発明の酵素溶液を、50 mMリン酸緩衝液(pH 8.8)中にて混合して200μlとすることにより調製することができる。しかしながら、これは標準条件であり、適宜変更することができる。この反応液を、37 ℃で波長340 nmにおける吸光度を測定し、吸光度の増加を求めることにより活性評価試験を行うことができ、吸光度の測定は、既知のマイクロプレートリーダー(モレキュラーデバイス社製)を用いることができる。そして、適当な試験条件が選択されていれば、この変化は、測定しようとする酵素活性に直線的に比例する。このとき、あらかじめ目的濃度範囲内における標準濃度の糖基質溶液により作製した標準曲線を作成することにより、得られた吸光度変化値に基づいて糖基質濃度を求めることができる。
【0048】
ここで、試料としては、糖類、特には本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の基質となり得る糖の存在が予想されるすべての試料を対象とすることができる。例えば、血液、尿、唾液等の生物体由来の生物試料、味噌や醤油、酒等の醸造、発酵食品等の食品試料、環境試料等が例示されるがこれに限定されるものではない。また、必要に応じてこれらの試料に適当な処理を行った試料をも含み得る。ここで、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素は、グルコース以外の微量糖類に対しても基質特異性を示し、かつ基質選択性も高いことから、これら微量糖類の検出に好適に利用される。特には、醤油等の醸造食品中の微量糖類、特には、リボースの検出に好適に利用され得る。一般的に、食品分野では糖類の検出は示差屈折率法を利用して行われているが、醤油等の醸造食品の場合、グルコースの検出は可能であるもののグルコース以外の微量糖類(例えば、リボース、フコース、スクロース、キシロース等)の検出は困難であった。また、電気化学的な検出法によっても、醸造食品中に含まれる多量のアミノ酸により検出が妨害されるため検出が困難であった。更に、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素は耐塩性を有する点からも、食塩濃度の高い試料、例えば醸造食品中の糖類の検出に好適に利用できる。
【0049】
(糖類検出用のバイオセンサー)
本発明は、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素を利用する糖類検出用のバイオセンサーを提供する。糖類センサーは、電極材上にグルコース脱水素酵素が固定化した作用電極、及びその対極を設けて構成される。必要に応じて、参照電極を設けて三電極方式として構成してもよい。電極としては、カーボン、金、白金等を用いることができる。電極材上への酵素の固定化は、既知の方法によって行うことができる。例えば、物理的吸着、イオン結合,共有結合を介して固定化する担体結合法を利用することができる。また、グルタルアルデヒドなどの二価性官能基をもつ試薬で架橋固定する架橋法をも利用でき、更には、アルギン酸,カラギーナン等の多糖類、ポリアクリルアミド等の網目構造をもつゲルや、半透性膜の中に閉じて固定化する包括法等をも利用することができる。そして、本発明のグルコース脱水素酵素の触媒活性に際して要求される補酵素NADP+、NADP+の還元体であるNADPHを酸化する能力を有する酸化酵素(ジアホラーゼ等)、電子メディエーター(フェロセン、ジクロロインドフェノール等)も、必要に応じて電極材上に固定化して構成される。
【0050】
糖類の測定は、例えば、測定対象となる試料を接触させると試料中の糖基質が作用極上に固定された本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素と反応し、続いて電子メディエーターが還元される。そして、電極系に電圧を印加して電子受容体の還元体を酸化し、得られる酸化電流値の変化により試料中の糖基質を検出することができる。このとき、あらかじめ目的濃度範囲内における標準濃度の糖基質溶液により作製した標準曲線を作成することにより、得られた酸化電流値に基づいて糖基質濃度を求めることができる。
【0051】
ここで、試料としては、糖類、特には本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の基質となり得る糖の存在が予想されるすべての試料を対象とすることができる。例えば、血液、尿、唾液等の生物体由来の生物試料、味噌や醤油、酒等の醸造、発酵食品等の食品試料、環境試料等が例示されるがこれに限定されるものではない。また、必要に応じてこれらの試料に適当な処理を行った試料をも含み得る。特には、前述の通り、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素は、醤油等の醸造食品中の糖類の検出に好適であることから、醤油等の醸造食品中の糖類検出用のバイオセンサーとして特に好適に利用される。
【実施例】
【0052】
〔検討例1〕グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子のクローニングの検討
高度好塩菌からグルコース脱水素酵素をコードする核酸分子(以下、「グルコース脱水素酵素遺伝子」と称する。)のクローニングの検討を行った。ここでは、PCRを利用して遺伝子クローニングするに当たってのPCR条件と縮重プライマーの検討を行った。
【0053】
まず、遺伝子クローニングのための縮重プライマーを、既知の2種のグルコース脱水素酵素のアミノ酸配列に基づいて設計した。具体的には、ハロバクテリウム・メディテラネイ(Halobacterium mediterranei)由来のグルコース脱水素酵素のアミノ酸配列(配列番号3)と、サーモプラズマ・アシドフィラム(Thermoplasma acidophilum)由来のグルコース脱水素酵素のアミノ酸配列(配列番号4)との間における相同領域を選択し、かかるアミノ酸配列を基に設計した。このとき、選択する相同領域の相違により2種類のプライマーセット(第1プライマーセット、第2プライマーセット)を合成した。なお、選択した相同領域を図1の矢印により示す。なお、図1中、ハロバクテリウム・メディテラネイ由来のグルコース脱水素酵素「Hme GDH」と略し、そして、これは上述の〔背景技術〕の項に記載したハロフェラックス・メディテラネイ(Haloferax mediterranei)由来のグルコース脱水素酵素と同一のものである。また。サーモプラズマ・アシドフィラム由来のグルコース脱水素酵素を「Tac GDH」と略する。
【0054】
プライマーの配列情報は以下の通りである。
<第1プライマーセット>
プライマー1 : 5'- TTNGTNTTNGGNCAYGARGC -3' (配列番号5)
プライマー2 : 5'- CCNARNARNRYNMCNACNCCRTT -3' (配列番号6)
<第2プライマーセット>
プライマー1b : 5'- GTNGTNCCNHYNGTNMGNMGNCC-3' (配列番号7)
プライマー2 : 5'- CCNARNARNRYNMCNACNCCRTT -3' (配列番号6)
【0055】
鋳型DNAとしては、前述のプライマーセット設計の基礎としたサーモプラズマ・アシドフィラム、及びハロバクテリウム・メディテラネイから抽出及び精製したゲノムDNAを用いた。
【0056】
PCR反応液は、前述の3種類のPCR試薬により調製した。つまり、前述のプライマーを各50pmol、鋳型DNAを200ng含んで、Multiplex-PCR Kit(タカラバイオ社製)にて製造業者の指示に従って調製したもの、LA-Taq PCR Kit(タカラバイオ社製)にて調製したもの、PrimeStar PCR Kit(タカラバイオ社製)にて調製したものの3種類について検討した。PCR温度プログラムは、94℃にて30秒間の熱変性、55℃にて30秒間のアニーリング、72℃にて2分間の伸長反応を1サイクルとした、35サイクルの増幅反応を行った。
【0057】
PCR増幅反応後の反応液を、アガロースゲル電気泳動に供した後、増幅産物のバンドをゲルの臭化エチジウム染色により可視化することにより、グルコース脱水素酵素遺伝子のクローニングの成否を確認した。
【0058】
結果を図2に示す。
図2中、レーン1〜4は、Multiplex-PCR KitによるPCR増幅を利用した遺伝子クローニングの結果である。そして、レーン1〜2は、鋳型としてハロバクテリウム・メディテラネイのゲノムDNAを使用した結果であって、レーン1は第1プライマーセット、レーン2は第2プライマーセットでの結果を示す。レーン3〜4は、鋳型としてサーモプラズマ・アシドフィラムのゲノムDNAを使用した結果であって、レーン3は第1プライマーセット、レーン4は第2プライマーセットでの結果を示す。
図2中、レーン5〜8は、LA-Taq PCR Kit によるPCR増幅を利用した遺伝子クローニングの結果である。そして、そして、レーン5〜6は、鋳型としてハロバクテリウム・メディテラネイのゲノムDNAを使用した結果であって、レーン5は第1プライマーセット、レーン6は第2プライマーセットでの結果を示す。レーン7〜8は、鋳型としてサーモプラズマ・アシドフィラムのゲノムDNAを使用した結果であって、レーン7は第1プライマーセット、レーン8は第2プライマーセットでの結果を示す。
図2中、レーン9〜12は、PrimeStar PCR Kit によるPCR増幅を利用した遺伝子クローニングの結果である。そして、そして、レーン9〜10は、鋳型としてハロバクテリウム・メディテラネイのゲノムDNAを使用した結果であって、レーン9は第1プライマーセット、レーン10は第2プライマーセットでの結果を示す。レーン11〜12は、鋳型としてサーモプラズマ・アシドフィラムのゲノムDNAを使用した結果であって、レーン11は第1プライマーセット、レーン12は第2プライマーセットでの結果を示す。
なお、図2中、レーンMは、分子量マーカーである。
【0059】
図2の結果から、縮重プライマーとして第1プライマーセットを、PCR試薬としてMultiplex-PCR Kitを用いた場合に、目的とする遺伝子に由来する単一増幅産物が得られることが確認された(レーン1、及び3)。したがって、かかるプライマーとPCRの組み合わせにより、グルコース脱水素酵素遺伝子のクローニングできることが確認された。一方、第2プライマーセットを用いた場合には、グルコース脱水素酵素遺伝子のクローニングを有意に行うことができなかった(レーン2、4)ことから、クローニングの成否はプライマー設計時の相同領域の選択に左右されることが判明した。また、PCR試薬によっても、クローニングの成否が左右されることが判明した。特に、Multiplex-PCR Kitは、非特異的反応産物の低減効果を有することから、かかる効果の低減のための試薬成分によって、有意なグルコース脱水素酵素遺伝子のクローニングが達成されていることが理解される。
【0060】
〔検討例2〕グルコース脱水素酵素遺伝子のクローニングの検討
高度好塩菌からグルコース脱水素酵素遺伝子のクローニングの検討を行った。ここでは、PCRを利用して遺伝子クローニングするに当たって、クローニングの対象とする高度好塩菌の検討を行った。
【0061】
本実施例では、高度好塩性古細菌であるハロバクテリウム(Halobacterium)属細菌からのグルコース脱水素酵素遺伝子のクローニングを試みた。具体的には、ハロバクテリム・バリスモルティス(Halobacterium vallismortis:NBRC 14741、NBRC 14955)、ハロバクテリウム・ファラオニス(Halobacterium pharaonis:NBRC 14720)、ハロバクテリウム・ソドメンセ(Halobacterium sodomense:NRBC 14740)、ハロバクテリウム・サッカルボルム(Halobacterium saccharovorum:NRBC 14717)、ハロバクテリウム・ボルカニ(Halobacterium volcanii:NRBC 14742)、ハロバクテリウム・サリナーラム(Halobacterium salinarium:NRBC 14718)、ハロバクテリウム・ハロビウム(Halobacterium halobium:NRBC 14716)、ハロバクテリウム・クチルブルム(Halobacterium cutirubrum:NRBC 14715)について検討した。これらの微生物は、すべて独立行政法人製品評価技術基盤機構から分譲を受けた。
【0062】
プライマーは、検討例1にて好適なグルコース脱水素酵素遺伝子クローニング用プライマーとして確認された第1プライマーセットを使用した。
【0063】
鋳型DNAとしては、前述の細菌から抽出及び精製したゲノムDNAを用いた。また、なお、プライマー作製のための基礎としたハロバクテリウム・メディテラネイ(NRBC 14739)、サーモプラズマ・アシドフィラムからのゲノムDNAについても鋳型とし、ポジティブコントロールとした。
【0064】
PCR反応液は、前述のプライマーを各50pmol、鋳型DNAを200ng含んで、Multiplex-PCR Kit(タカラバイオ社製)にて製造業者の指示に従って調製した。PCR温度プログラムは、94℃にて30秒間の熱変性、55℃にて30秒間のアニーリング、72℃にて2分間の伸長反応を1サイクルとした、35サイクルの増幅反応を行った。
【0065】
PCR増幅反応後の反応液を、アガロースゲル電気泳動に供して増幅産物バンドの確認により、グルコース脱水素酵素遺伝子クローニングの有無を確認した。
【0066】
結果を図3に示す。
図3中、レーン1はハロバクテリム・バリスモルティス、レーン2はハロバクテリウム・ファラオニス、レーン3はハロバクテリウム・ソドメンセ、レーン4はハロバクテリウム・サッカルボルム、レーン5はハロバクテリウム・ボルカニ、レーン6はハロバクテリウム・サリナーラム、レーン7はハロバクテリウム・ハロビウム、レーン8はハロバクテリウム・クチルブルム由来のゲノムDNAからの結果を示す。
図3中、レーン9及び10はポジティブコントロールであり、レーン9はサーモプラズマ・アシドフィラム、レーン10はハロバクテリウム・メディテラネイ由来のゲノムDNAからの結果を示す。
なお、図3中、レーンMは、分子量マーカーである。
【0067】
図3の結果から、ハロバクテリム・バリスモルティスからグルコース脱水素酵素遺伝子と思われる増幅産物を取得できることが確認された(レーン1)。ここで、レーン2、4〜8においてもバンドが確認されたが、これらはすべてジャンクであった。したがって、グルコース脱水素酵素遺伝子由来と思われる増幅産物は、ハロバクテリム・バリスモルティスにおいてのみ確認され、これが唯一の成功例であった。また、プライマー設計の基としたサーモプラズマ・アシドフィラム、及びハロバクテリウム・メディテラネイのゲノムDNAからは、グルコース脱水素酵素遺伝子の増幅が確認されたことから、PCR増幅工程に問題はないと考える。
【0068】
〔実施例1〕ハロバクテリム・バリスモルティスからのグルコース脱水素酵素遺伝子のクローニング及び配列決定
検討例1、2の結果に基づいて、ハロバクテリム・バリスモルティスのゲノムDNAからグルコース脱水素酵素遺伝子のクローニングを行う共に、その配列決定を行った。
【0069】
遺伝子クローニングはPCRを利用して行った。プライマーは、検討例1にてグルコース脱水素酵素遺伝子クローニング用プライマーとして確認された第1プライマーセットを使用した。そして、鋳型DNAとしては、検討例2にて、第1プライマーセットでのPCRによって増幅産物が確認されたハロバクテリム・バリスモルティスから抽出及び精製したゲノムDNAを用いた。
【0070】
PCR反応液は、前述のプライマーを各50pmol、鋳型DNAを200ng含んで、Multiplex-PCR Kit(タカラバイオ社製)にて製造業者の指示に従って調製した。PCR温度プログラムは、94℃にて30秒間の熱変性、55℃にて30秒間のアニーリング、72℃にて2分間の伸長反応を1サイクルとした、35サイクルの増幅反応を行った。
【0071】
PCR増幅反応後の反応液を、アガロースゲル電気泳動に供して増幅産物バンドの確認により、グルコース脱水素酵素遺伝子クローニングの有無を確認した。
【0072】
アガロースゲル電気泳動の結果を図4(A)に示す。
図4(A)中、レーン1はハロバクテリム・バリスモルティス由来のゲノムDNAからの結果を示す。レーン2はネガティブコントロールであり、鋳型DNAを入れずに同様にPCRを行った結果を示し、レーンMは、分子量マーカーである。
図4(A)の結果から、約700bp付近にハロバクテリム・バリスモルティスからグルコース脱水素酵素遺伝子と思われる増幅産物が確認された(レーン1)。
【0073】
続いて、電気泳動後のゲルからの、増幅断片のバンドの切り出しと精製を、Gel purification Kit(GEヘルスケア社)を用いて製造業者の指示に従って行った。精製した約700bpの増幅断片をCloning kit(タカラバイオ社製)を用いてpUC18にサブクローニングし、その塩基配列を決定した。得られた部分配列情報につき、配列表の配列番号8として示す。
【0074】
次に、未増幅領域をクローニングするため、インバースPCRを行い、グルコース脱水素酵素遺伝子の全塩基配列を決定した。まず、インバースPCR用の2種のプライマー(プライマー3、4)を合成した。プライマーの設計は、上記で得られた約700bpの増幅領域の塩基配列に基づき行った。詳細には、前記増幅領域の両端部分には相補的だが、通常のPCRとは逆に前記増幅領域から未増幅領域の配列の方にDNA 鎖が伸長するように設計した。ここで、プライマー設計に際して選択した遺伝子上の領域を図5中の矢印で示す。
【0075】
プライマーの配列情報は以下の通りである。
プライマー3 : 5'-GTCCCGTTTGGAGACTCGACGACACCGACG-3' (配列番号9)
プライマー4 : 5'-GCGTTCTCAACAATAGAGGCACTCGATGCA-3' (配列番号10)
【0076】
インバースPCR用の鋳型DNAを以下の通り調製した。まず、ハロバクテリム・バリスモルティスのゲノムDNAを制限酵素AluIで切断した後、DNA断片をGel purification Kit(GEヘルスケア社)を用いて製造業者の指示に従って精製した。精製後のDNA断片を、Ligation Kit(タカラバイオ社製)を用いて分子内ライゲーションを行った後、Gel purification Kit(GEヘルスケア社製)を用いて製造業者の指示に従って精製を行うことによりインバースPCR用の鋳型DNAを調製した。
【0077】
PCR反応液は、前述のプライマー3、4を各50pmol、鋳型DNAを200ng含んで、Multiplex-PCR Kit(タカラバイオ社製)にて製造業者の指示に従って調製した。PCR温度プログラムは、94℃にて30秒間の熱変性、60℃にて30秒間のアニーリング、72℃にて90秒間の伸長反応を1サイクルとした、35サイクルの増幅反応を行った。
【0078】
PCR増幅反応後の反応液を、アガロースゲル電気泳動に供して増幅産物バンドの確認により、グルコース脱水素酵素遺伝子の未増幅領域の増幅を確認した。
【0079】
アガロースゲル電気泳動の結果を図4(B)に示す。
図4(B)中、レーン1はハロバクテリム・バリスモルティス由来のゲノムDNAをインバースPCR用に調製したものを鋳型とした場合の結果を示す。レーン2はネガティブコントロールであり、ハロバクテリム・バリスモルティス由来のゲノムDNAを制限酵素AluIに切断せずに鋳型として同様にPCRを行った結果を示す。なお、レーンMは、分子量マーカーである。
【0080】
続いて、電気泳動後のゲルからの、増幅断片のバンドの切り出しと精製を、Gel purification Kit(GEヘルスケア社)を用いて製造業者の指示に従って行った。精製した増幅断片をCloning kit(タカラバイオ社製)を用いてpUC18にサブクローニングし、その塩基配列を決定した。そして、決定された塩基配列を連結して、全塩基配列を決定し、その推定アミノ酸配列を得た。ハロバクテリム・バリスモルティス由来の全長グルコース脱水素酵素遺伝子の塩基配列及びその推定アミノ酸配列を配列表の配列番号1及び2として、また図5に示す。以下、本実施例で得られたハロバクテリム・バリスモルティス由来のグルコース脱水素酵素遺伝子を「hva dgh遺伝子」と、また、それによってコードされるグルコース脱水素酵素を「Hva GDH」と称するものとする。
【0081】
更に、既知の好塩菌由来のグルコース脱水素酵素とのアミノ酸配列アライメントを図6に示す。なお、図6中、Haloarcula marismortuiのグルコース脱水素酵素(配列番号11)を「Hma GDH」と、ハロバクテリウム・メディテラネイ(Halobacterium mediterranei)由来のグルコース脱水素酵素(配列番号3)を「Hme GDH」と、Haloquadratum walsbyi由来のグルコース脱水素酵素(配列番号12)を「Hwa GDH」と略する。
【0082】
〔実施例2〕組換えベクターの作製
実施例1で得られたhva dgh遺伝子を大腸菌細胞内で発現させるために、形質転換に用いる組換えベクターを構築した。
【0083】
ベクターに挿入するhva dgh遺伝子を、PCRを利用して以下のように調製した。まず、PCRプライマーを、実施例2で決定した全長hva dgh遺伝子の塩基配列に基づき設計し、このときベクターへの挿入のための付加配列を含んだ形態でhva dgh遺伝子を増幅できるように設計した。詳細には、hva dgh遺伝子の構造遺伝子の開始コドン部分にNdeI部位を付加するように設計したプライマー(プライマー5)、及び終止コドン直後にHindIII部位を付加するように設計したプライマー(プライマー6)を合成した。
【0084】
プライマーの配列情報は以下の通りである。
プライマー5 : 5'-AGATATACATATGCATGCAATCGCCGTCAA-3' (配列番号13)
プライマー6 : 5'-CTAAAGCTTATACCCTGAAATCTACGT-3' (配列番号14)
【0085】
鋳型DNAとしては、実施例1と同様、ハロバクテリム・バリスモルティスから抽出及び精製したゲノムDNAを用いた。
【0086】
PCR反応液は、前述のプライマー1、2を各50pmol、鋳型DNAを200ng含んで、Multiplex-PCR Kit(タカラバイオ社製)にて製造業者の指示に従って調製した。PCR温度プログラムは、94℃にて30秒間の熱変性の後、94℃にて30秒間の熱変性、55℃にて15秒間のアニーリング、及び72℃にて60秒間の伸長反応を1サイクルとした35サイクルの増幅反応、及び72℃にて10分間の最終伸長反応により行った。
【0087】
PCR増幅反応後の増幅断片を、NdeI及びHindIIIで消化し、タンパク質発現ベクターであるpET22b及びpET23bの夫々のlacプロモーター下流のNdeI及びHindIII部位に挿入した。得られたプラスミドを、夫々hva dgh / pET22bとhva dgh / pET23bと命名した。
【0088】
また、宿主細胞内で、ヒスチジンタグが融合したグルコース脱水素酵素を発現させるための組換えベクターをも作製した。まず、ベクターに挿入するhva dgh遺伝子を、PCRを利用して以下のように調製した。PCRプライマーは、実施例2で決定した全長hva dgh遺伝子の塩基配列に基づいて、更にベクターへの挿入及びヒスチジンタグ挿入のための付加配列を含んで増幅できるように設計された。詳細には、hva dgh遺伝子の開始コドン部分にNdeI部位を付加するように設計したプライマー(プライマー5)、および終止コドンを欠失させて、かつ、その直後にHindIII部位を付加するように設計したプライマー(プライマー7)を合成した。
【0089】
プライマーの配列情報は以下の通りである。
プライマー5 : 5'- AGATATACATATGCATGCAATCGCCGTCAA -3' (配列番号13)
プライマー7 : 5'-CCGCAAGCTTTACCCTGAAATCTACGTACG- 3' (配列番号15)
【0090】
PCR反応液は、前述のプライマー5、7を各50 pmol、鋳型DNAを200 ng含んで、Multiplex-PCR Kit(タカラバイオ社製)にて製造業者の指示に従って調製した。PCR温度プログラムは、94℃にて30秒間の熱変性の後、94℃にて30秒間の熱変性、55℃にて15秒間のアニーリング及び72℃にて60秒間の伸長反応を1サイクルとした35サイクルの増幅反応、及び72℃にて10分間の最終伸長反応により行った。
【0091】
PCR増幅反応後の増幅断片を、NdeI及びHindIIIで消化し、タンパク質発現ベクターであるpET22bのlacプロモーター下流のNdeI及びHindIII部位に挿入した。得られたプラスミドを、hva dgh-his tag / pET22bと命名した。
【0092】
〔実施例3〕組換えHva GDHの発現
実施例2で得られたhva dgh遺伝子を大腸菌細胞内で発現させ、組換えHva GDHを製造した。
【0093】
(プラスミドhva dgh / pET22b−大腸菌細胞内での合成)
実施例2で得られたプラスミドhva dgh / pET22bにより、大腸菌BL21(DE3)株の形質転換を行った。得られた形質転換体をアンピシリン50 μg/mlを含むLB培地(和光純薬社製)でOD600=0.6に達するまで培養した。次に、発現量を高めるため終濃度1mM のIPTGを添加して更に4時間培養した。培養後、遠心分離により集菌し、50 mMのリン酸緩衝液(pH 7.0)に懸濁した。続いて、超音波破砕処理により菌体を破砕した後、菌体残渣を除去し無細胞抽出液を得た。この無細胞抽出液をSDSで処理した後、12.5 % SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動に供した。電気泳動後、クマシーブリリアントブルー(以下、「CBB」と略する。)染色(クイックCBB Kit、和光純薬社製)によりタンパク質を可視化することにより組換えタンパク質の発現を確認した(図7(A)、レーン1)。また、培養液にIPTGを添加しないで培養したこと以外は同様の手順によって組換えタンパク質の発現を確認した(図7(A)、レーン2)。
【0094】
図7(A)の結果から、推定分子量(約40 kDa)の位置にHva GDH由来のタンパク質のバンドを確認することができた(レーン1)。また、IPTG不在下での電気泳動の結果は、タンパク質の発現を確認できず(レーン2)、レーン1において確認されたタンパク質のバンドは発現産物に由来するものであることが確認できた。
【0095】
(プラスミドhva dgh-his tag / pET22b−アフィニティーカラムクロマトグラフィー)
大腸菌細胞内で発現させた組換えHva GDHを、アフィニティーカラムを用いて分離、精製した。まず、前述の実施例2で得られたプラスミドhva dgh-his tag / pET22bを、上記と同様の手順により大腸菌の形質転換を行った後、形質転換体を培養し、N末側に6個のHis Tagが融合したHva GDHを発現させた。培養後、遠心分離により集菌し、リン酸緩衝液 (20 mM リン酸ナトリム緩衝液、0.5 M NaCl、pH 7.4)に懸濁した。続いて、菌体を超音波破砕処理(超音波処理30秒、氷冷 30秒を10セット)し、アフィニティーカラムクロマトグラフィーによりタンパク質の精製を行った。
【0096】
カラムクロマトグラフィーの詳細は以下の通りである。
1.カラム(Ni Sepharose 6 Fast Flow:GE ヘルスケア社製)を25 mlの純水で洗浄。
2.2.5 mlの0.1 M NiSO4をシリンジで注入 。
3.25 mlの純水で洗浄。
4.50 mlの開始バッファー(10 mM イミダゾールを含むリン酸バッファー)でカラムを平衡化。
5.サンプルの添加。
6.50 mlの開始バッファーで洗浄。
7.リン酸緩衝液(20 mM リン酸ナトリウム緩衝液、0.5M NaCl、pH 7.4)に100〜500 mMのイミダゾールを添加した溶出バッファーを30 ml注入し、タンパク質を溶出。
8.脱塩カラムで脱塩し、セントリコンで濃縮。
【0097】
精製後のタンパク質溶液に、2倍量の可溶化液(2×SDS サンプルバッファー:125 mM Tris-HCl、pH6.8、4% SDS、5% 2-メルカプトエタノール、20 % グリセロール、0.01 % ブロモフェノールブルー)を添加し、85 ℃で3分間保温した。続いて、その一部をポリアクリルアミドゲル(アトー社製)電気泳動に供し、CBB染色によりタンパク質を可視化した(図7(B)、レーン2)。また、前述のプラスミドhva dgh / pET22bを大腸菌で発現させたタンパク質についても、同様に電気泳動に供した(図7(B)、レーン1)。これは、図7(A)のレーン1に相当する。なお、レーンMは、タンパク質のサイズマーカーを示す。
【0098】
図7(B)の結果から、アフィニテイーカラムクロマトグラフィーにより、Hva GDHの分離、精製が確認された(レーン2)。
【0099】
(プラスミドhva gdh / pET23b−無細胞タンパク質合成)
前述の実施例2で得られたプラスミドhva gdh / pET23bを鋳型DNAとして、無細胞タンパク質合成システム(ラピッドトランスレーションシステム(RTS)、ロシュ・ダイアグノスティックス社製)を用いてタンパク質を試験内で合成した。続いて、合成されたタンパク質を、翻訳タンパク質標識システム(FluoroTect(登録商標)GreenLys in vitro Translation Labeling System、プロメガ社製)を用いて蛍光標識した。続いて、蛍光標識後のタンパク質溶液に、2倍量の可溶化液(2×SDS サンプルバッファー:125 mM Tris-HCl、pH 6.8、4% SDS、5% 2-メルカプトエタノール、20 % グリセロール、0.01 % ブロモフェノールブルー)を加え、85℃で3分間保温した。保温後の溶液の一部を分取し、ポリアクリルアミドゲル(アトー社製)電気泳動に供した。蛍光イメージアナライザー(FluorImager 595:GEヘルスケア社)により、電気泳動後のゲル上の蛍光シグナルを検出した(図7(C))。
【0100】
図7(C)の結果から、無細胞タンパク質合成系においても、推定分子量(約40 kDa)の位置にHva GDH由来のタンパク質のバンドを確認することができた。
【0101】
〔実施例4〕組換えHva GDHの活性測定−1
組換えHva GDHのグルコース脱水素酵素活性を測定した。本実施例においては、補酵素依存性について確認した。
【0102】
グルコース脱水素酵素活性は、グルコース脱水素酵素の触媒反応で生成するNADH及びNADPHを、波長340 nmの吸光度を測定することに定量し、グルコース脱水素酵素活性とすることによって測定した。つまり、グルコース脱水素酵素活性は、グルコース及びNAD +又はNADP+から、グルコノラクトン及びNADH又はNADPHを生成する触媒反応において、生成したNADH又はNADPHを直接定量することによって測定できる。
【0103】
ここで、活性測定の対象として、実施例3でアフィニティーカラムクロマトグラフィーにより精製したHva GDHの酵素溶液を用いた。反応液は、25 mMのグルコース、2 mMのNAD+又はNADP+、25mMのMgCl2、1M のNaCl、及び酵素溶液(酵素量:1ng)を、50 mMのリン酸緩衝液(pH 8.8)中で混合して200 μlとすることにより調製した。続いて、この反応液を、37 ℃で波長340 nmにおける吸光度を測定し、吸光度の増加を求めることにより活性評価試験を行った。なお、吸光度の測定は、マイクロプレートリーダー(モレキュラーデバイス社製)を用い、340 nmでの吸光度の30秒毎の経時変化を測定した。このとき、コントロールとして、基質を添加せずにNADP+のみを添加して反応をさせた場合の活性についても測定した。
【0104】
結果を図8に示す。図8は、吸光度を縦軸に、時間を横軸にとったグラフである。
【0105】
図8の結果から、Hva GDHは、補酵素としてNADP+特異的に依存し、かつグルコースを基質とするNADP+依存型の脱水素酵素であることが確認された。
【0106】
〔実施例5〕組換えHva GDHの活性測定−2
組換えHva GDHのグルコース脱水素酵素活性を測定した。本実施例においては、塩濃度が活性に与える影響を確認した。
【0107】
本実施例においても、実施例4と同様、実施例3でアフィニティーカラムクロマトグラフィーにより精製したHva GDHの酵素溶液を測定対象とした。そして、塩濃度がグルコース脱水素酵素活性に与える影響を確認するため、酵素反応液のNaCl濃度を変化させた場合のHva GDHのグルコース脱水素酵素活性を測定した。詳細には、実施例4の反応液のNaCl濃度を終濃度0、1.0、2.0 Mの範囲で変化させ、それ以外は実施例4と同様にして補酵素NADP+存在下でのグルコース脱水素酵素活性を測定した。このとき、コントロールとして、基質を添加せずにNaCl濃度を1.0 Mとして反応をさせた場合の活性についても測定した。
【0108】
結果を図9に示す。図9は、吸光度を縦軸に、時間を横軸にとったグラフである。図9の結果から、Hva GDHの、NaClでの反応至適濃度は終濃度1.0 Mであった。
【0109】
〔実施例6〕組換えHva GDHの活性測定−3
組換えHva GDHのグルコース脱水素酵素活性を測定した。本実施例においては、pHが活性に与える影響を確認した。
【0110】
本実施例においても、実施例4と同様、実施例3でアフィニティーカラムクロマトグラフィーにより精製したHva GDHの酵素溶液を測定対象とした。そして、pHが酵素活性に与える影響を確認するため、酵素反応液のpH を変化させた場合のHva GDHのグルコース脱水素酵素活性を測定した。詳細には、実施例4の反応液のpHをpH 5.0、7.0、8.8の範囲で変化させ、それ以外は実施例4と同様にして補酵素NADP+存在下でのグルコース脱水素酵素活性を測定した。このとき、コントロールとして、基質を添加せずにpH8.8として反応をさせた場合の活性についても測定した。
【0111】
結果を図10に示す。図10は、吸光度を縦軸に、時間を横軸にとったグラフである。図10の結果から、Hva GDHは、pH 7.0から8.8の範囲で活性を示すことが判明した。
【0112】
〔実施例7〕組換えHva GDHの活性測定−4
組換えHva GDHのグルコース脱水素酵素活性を測定した。本実施例においては、Hva GDHの基質特異性について確認した。
【0113】
本実施例においても、実施例4と同様、実施例3でアフィニティーカラムクロマトグラフィーにより精製したHva GDHの酵素溶液を測定対象とした。そして、Hva GDHの基質特異性を確認するため、種々の糖類に対する反応性を検討した。ここでは、6種類の単糖類(グルコース、フコース、スクロース、リボース、キシロース、マンノース)に対する反応性を、実施例4と同様にして補酵素NADP+存在下でのグルコース脱水素酵素活性を測定した。このとき、コントロールとして、基質を添加せずに反応をさせた場合の活性についても測定した。
【0114】
結果を図11(A)、及び図11(C)に示す。図11(A)は、吸光度を縦軸に、時間(分)を横軸にとったグラフである。図11(A)の結果から、Hva GDHは、本実施例で確認した糖類の中では、グルコース、フコース、スクロース、及びリボースを基質として認識し、その触媒活性を発揮することが確認された。また、キシロースに対しても、前述の4つの糖類に対する活性よりは低いが、基質として認識することが確認された。一方、マンノースについては、ほとんど基質として認識しないことが確認された。
【0115】
また、図11(C)は、グルコースに対する活性を100とした場合の各糖基質に対する相対活性を示すグラフである。基質のサンプル番号を横軸に、相対活性を縦軸にとり、Hva GDHの活性につき、白抜き棒グラフで表している。サンプル番号1はマンノース、サンプル番号2はキシロース、サンプル番号3はリボース、サンプル番号4はフコース、サンプル番号5はスクロース、そして、サンプル番号6はグルコースを示す。
【0116】
〔比較例1〕既知のThermoplasma acidophilum由来のグルコース脱水素酵素の基質特異性
既知のグルコース脱水素酵素であるThermoplasma acidophilum由来のグルコース脱水素酵素「Tac GDH」と称する)の基質特異性を確認した。
【0117】
既知のグルコース脱水素酵素であるTac GDH(シグマアルドリッチ社、カタログNo.G5909)の基質特異性を確認した。実施例6と同様にして、補酵素NADP+存在下でのグルコース脱水素酵素活性を測定した。
【0118】
結果を図11(B)、及び図11(C)に示す。図11(B)は、図11(A)と同様に、吸光度を縦軸に、時間(分)を横軸にとったグラフである。図11(B)の結果から、Tac GDHは、本実施例で確認した糖類の中では、グルコース、及びフコースを基質として認識し、その触媒活性を発揮することが確認された。また、キシロースに対しても、前述の2つの糖類に対する活性よりは低いが、基質として認識することが確認された。一方、リボース、スクロース、及びマンノースについては、ほとんど基質として認識しないことが確認された。
【0119】
また、図11(C)は、グルコースに対する活性を100とした場合の各糖基質に対する相対活性を示すグラフである。サンプル番号を横軸に、相対活性を縦軸にとり、Tac GDHの活性につき、影付き棒グラフで表している。サンプル番号1はマンノース、サンプル番号2はキシロース、サンプル番号3はリボース、サンプル番号4はフコース、サンプル番号5はスクロース、そして、サンプル番号6はグルコースを示す。
【0120】
実施例7、及び比較例1の結果から、本発明のHva GDHが、リボースとスクロースを基質として反応できる点で、既知の酵素であるTac GDHとは異なる基質選択性を有することが判明した。また、他の既知の酵素についての基質選択性について、グルコースに加えて、リボースに対して反応性を有するグルコース脱水素酵素は知られていない。例えば、ハロバクテリム・バリスモルティスと同様に好熱好塩性古細菌であるハロバクテリウム・メディテラネイ由来のグルコース脱水素酵素(Maria-Jose Bonete他著、FEBS Letters、1996年、第383巻、第227〜229頁)、及びSulfolobus solfataricus由来のグルコース脱水素酵素 (Paola Giardina他著、The Biochemical journal 、1986年、第239巻、第3号、第517〜522頁)等がリボースと反応性がないことが知られている。したがって、本発明のHva GDHは、既知のグルコース脱水素酵素とは異なる理化学的特性を有する新規な酵素であることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0121】
本発明は、NADP+依存型グルコース脱水素酵素及びその利用方法に関し、医療、食品、環境分野等の様々な産業分野において利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0122】
【図1】Hva GDHクローニング用の縮重プライマーの設計のために選択された既知のグルコース脱水素酵素のアミノ酸配列間の相同領域を示す図
【図2】Hva GDH のクローニング(プライマー、PCR試薬の選択)について検討した検討例1の結果を示す図
【図3】Hva GDHのクローニング(対象高度好熱好塩菌の選択)について検討した検討例2の結果を示す図
【図4】(A)は、ハロバクテリム・バリスモルティスゲノムDNAからHva GDHをクローニングした実施例1の結果(部分増幅)を示す図であり、(B)は、ハロバクテリム・バリスモルティスゲノムDNAからHva GDHをクローニングした実施例1の結果(未増幅領域の増幅)を示す図
【図5】本発明のhva gdh遺伝子の全長塩基配列及び推定アミノ酸配列を示す図
【図6】既知のグルコース脱水素酵素とのアミノ酸配列アライメントを示す図
【図7】(A)は、本発明のHva GDHの合成(大腸菌による組換えタンパク質発現系)を確認した実施例3の結果を示す図であり、(B)は、本発明のHva GDHの合成(His Tag融合タンパク質としての発現及び精製)を確認した実施例3の結果を示す図であり、(C)は、本発明のHva GDHの合成(無細胞タンパク質合成系)を確認した実施例3の結果を示す図
【図8】組換えHva GDHの活性(補酵素依存性)を確認した実施例4の結果を示す図
【図9】組換えHva GDHの活性(耐塩性)を確認した実施例5の結果を示す図
【図10】組換えHva GDHの活性(pH安定性)を確認した実施例6の結果を示す図
【図11】(A)は、組換えHva GDHの活性(基質特異性)を確認した実施例7の結果を示す図であり、(B)は、既知のグルコース脱水素酵素の活性を確認した比較例1の結果を示す図であり、(C)は、組換えHva GDHの活性を確認した実施例7と、既知のグルコース脱水素酵素の活性を確認した比較例1の結果を示す図
【技術分野】
【0001】
本発明は、グルコース脱水素酵素及びその遺伝子に関する。より詳細には、本発明は、耐塩性、並びに幅広いpH安定性と固有の基質特異性を有し、かつNADP+に特異的に依存するグルコース脱水素酵素、及び当該酵素をコードする遺伝子、及び当該酵素を含む糖類センサーに関する。
【背景技術】
【0002】
グルコース脱水素酵素は、グルコースを酸化してグルコノラクトンを生成する反応を触媒する。かかる触媒活性によりグルコース脱水素酵素は、糖類の検出、バイオ燃料電池の構成資材等に利用されており、食品化学、臨床化学、生化学等の多岐にわたる分野において利用価値に高い酵素である。そして、これらグルコース脱水素酵素は、細菌、酵母から、哺乳類に至るまで広く存在していることが知られており、多様な生物由来のグルコース脱水素酵素が報告されている(例えば、特許文献1、非特許文献1〜4を参照。)。
【0003】
ところが、グルコース脱水素酵素に限らず酵素は、触媒作用を選択する性質が非常に強いことが知られている。例えば、酵素は、生体が生存可能な緩和な条件下で触媒活性を発揮するものであることから、酵素を構成するタンパク質構造に変化を与えるような因子の存在により酵素の活性は影響を受ける。つまり、酵素活性は、温度等の物理的条件、及びpH、塩濃度等の化学的条件の影響を受けることが知られており、これらに対する安定性が低いため用途が限定されるという問題点があった。
【0004】
そこで、近年、熱や広範のpH、及び塩濃度に対して安定性を示すグルコース脱水素酵素がいくつか報告されている。例えば、好熱好酸性古細菌であるサーモプラズマ・アシドフィラム(Thermoplasma acidophilum)由来のグルコース脱水素酵素(例えば、非特許文献1を参照。)、好塩性古細菌であるハロフェラックス・メディテラネイ(Haloferax mediterranei)由来のグルコース脱水素酵素(例えば、非特許文献2を参照。)、好熱好酸性古細菌であるスルフォロバス・ソルファタリカス(Sulfolobus solfataricus)由来のグルコース脱水素酵素(例えば、非特許文献3を参照。)等が挙げられる。サーモプラズマ・アシドフィラム(Thermoplasma acidophilum)由来のグルコース脱水素酵素は、熱安定性及び有機溶媒及び尿素に対して安定であることが報告されている。また、ハロフェラックス・メディテラネイ由来のグルコース脱水素酵素は、塩及び熱安定性を示す共に、塩基性pH領域(pH 8.8)に対しても耐性を有する。そして、その熱安定性は、塩濃度に依存するものであることが報告されている。そして、スルフォロバス・ソルファタリカス由来のグルコース脱水素酵素も、塩及び熱安定性を示すと共に、塩基性pH領域に対しても耐性を有する。特に、pH 9.0、77 ℃、20 mMのマグネシウムイオン、マンガンイオン又はカルシウムイオン下で最も高い活性を示すことが報告されている。
【0005】
また、前述したように酵素は触媒作用を選択する性質が非常に強いことから、その基質特異性についても非常に厳密である。酵素は、その反応部位と基質が相補的に結合することによってその触媒作用を示すことから、一般的に、特定の化合物にのみ作用する。そのため、多成分中の特定の分子のみを選択的に識別し特定の反応のみを触媒できることから産業上有用ではあるが、その反面、酵素の持つ固有の基質特異性や補酵素依存性等によっても、その用途が限定される。
【0006】
例えば、グルコース脱水素酵素の多くは、酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(以下「NAD+」と略する。)及び酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(以下「NADP+」)と略する。)を補酵素として要求する。前述した酵素も、NAD+及びNADP+の双方を補酵素として触媒活性を発揮する。しかしながら、クリプトコッカス(Cryptococcus)属細菌由来のグルコース脱水素酵素(例えば、特許文献1を参照。)、及びサッカロミセス・ブルデリ(Saccharomyces bulderi)由来のグルコース脱水素酵素(例えば、非特許文献4を参照。)のようにNADP+のみを補酵素として要求する産業上特に有用なものも報告されている。しかしながら、クリプトコッカス属細菌由来のグルコース脱水素酵素の安定なpH範囲は、6.0〜7.5と狭く、耐熱性も低いものであり、グルコース以外の基質特異性についての報告はなく、広範な用途に使用できるものではなかった。更に、サッカロミセス・ブルデリ由来のグルコース脱水素酵素は、NADP+に対する特異性がNAD+に対して10倍と比較的低いという問題点があった。
【0007】
また、酵素利用技術の多様化に伴い、その用途に合致させるべく、一層、市場が要求する酵素選択肢の幅が広がっているのが現状である。しかしながら、既知のグルコース脱水素酵素では、市場の要望に十分に対応できるものではなかった。したがって、pH、塩濃度等の化学的因子に対して安定性が高く、かつ既知のグルコース脱水素酵素とは異なる固有の基質特異性、及び補酵素依存性を有する新規なグルコース脱水素酵素の開発が望まれていた。
【0008】
【特許文献1】特公昭63-109773号公報
【非特許文献1】Leon D. Smith他著、“Purification and characterization of glucose dehydrogenase from the thermoacidophilic archaebacterium Thermoplasma acidophilum(好熱好酸性古細菌サーモプラズマ・アシドフィラム由来のグルコース脱水素酵素の精製と特徴付け)”、The Biochemical Journal、1989年8月、第 261巻、第3号、第973〜977頁
【非特許文献2】Maria-Jose Bonete他著、“Glucose dehydrogenase from the halophilic Archaeon Haloferax mediterranei : enzyme purification, characterisation and N-terminal sequence(好塩性古細菌ハロフェラックス・メディテラネイ由来のグルコース脱水素酵素:酵素精製、特徴付け及びN末端配列)”、FEBS Letters、1996年、第383巻、第227〜229頁
【非特許文献3】Paola Giardina他著、“Glucose dehydrogenase from the thermoacidophilic archaebacterium Sulfolobus solfataricus(好熱好酸性古細菌スルフォロバス・ソルファタリカス由来のグルコース脱水素酵素)”、The Biochemical Journal 、1986年11月、第239巻、第3号、第517〜522頁
【非特許文献4】Johannes P. van Dijken他著、“Novel pathway for alcoholic fermentation of delta-gluconolactone in the yeast Saccharomyces bulderi(酵母Saccharomyces bulderiにおけるδ-グルコノラクトンのアルコール発酵の新規経路)”、Journal of Bacteriology、2002年2月、第184巻、第3号、第672〜678頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、耐塩性、並びに幅広いpH安定性と固有の基質特異性及び固有の補酵素依存性を有するグルコース脱水素酵素の提供を目的とする。また、本発明は、当該酵素をコードする遺伝子を単離し、目的とする理化学的性質を備えた当該酵素を組換え体として取得し、遺伝子工学的手法による当該酵素の大量生産技術の提供をも目的とする。更に、本発明は、当該酵素の性質を利用した糖類センサーの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく研究を重ねた結果、増殖に高い塩濃度を要求する好塩性古細菌に着目し、かかる好塩性古細菌の一種であるハロバクテリム・バリスモルティス(Halobacterium vallismortis)より、グルコース脱水素酵素をコードすると思われる核酸分子を見出した。更に、遺伝子工学的手法を用いて組換え体を産生させたところグルコース脱水素反応を触媒するグルコース脱水素酵素であることを見出した。更に、かかる酵素が、耐塩性、並びに幅広いpH安定性を有し、かつグルコース以外の特定の糖類にも反応性を示すという固有の基質特異性及び補酵素依存性を有することをも見出した。本発明者らはこれらの知見に基づき本発明を完成するに至った。
【0011】
即ち、上記目的を達成するため、以下の[1]〜[10]に示す発明を提供する。
[1]下記(a)又は(b)のタンパク質。
(a)配列番号2に示すアミノ酸配列を含むタンパク質
(b)配列番号2に示すアミノ酸配列において、1又は複数のアミノ酸の欠失、置換、挿入および付加から選択される少なくとも1の改変が生じたアミノ酸配列を含むタンパク質であって、下記(1)〜(3)の理化学的性質を有するタンパク質、
(1)酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸を特異的に補酵素として要求し、グルコースからグルコノラクトンを生成する脱水素反応を触媒する
(2)リボースの脱水素反応を触媒する
(3)pH耐性が、pH 7.0〜8.8で安定であり、至適pHが8.8である
[2]下記(4)〜(7)から選択される1以上の理化学的性質を有する上記[1]のタンパク質。
(4)塩耐性が、塩濃度0〜2.0 Mで安定であり、至適塩濃度が1.0 Mである
(5)スクロースの脱水素反応を触媒する
(6)キシロースの脱水素反応を触媒する
(7)フコースの脱水素反応を触媒する
[3]組換え体である上記[1]又は[2]のタンパク質。
[4]上記[1]〜[3]のいずれかのタンパク質をコードする核酸分子。
[5]下記(c)又は(d)のポリヌクレオチドからなる上記[1]の核酸分子。
(c)配列番号1に示す塩基配列を含むポリヌクレオチド、
(d)配列番号1に示す塩基配列を含むポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ下記(1)〜(3)の理化学的性質を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
(1)酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸を特異的に補酵素として要求し、グルコースからグルコノラクトンを生成する脱水素反応を触媒する
(2)リボースの脱水素反応を触媒する
(3)pH耐性が、pH 7.0〜8.8で安定であり、至適pHが8.8である
[6]前記タンパク質が、下記(4)〜(7)から選択される1以上の理化学的性質を有する上記[5]の核酸分子。
(4)塩耐性が、塩濃度0〜2.0 Mで安定であり、至適塩濃度が1.0 Mである
(5)スクロースの脱水素反応を触媒する
(6)キシロースの脱水素反応を触媒する
(7)フコースの脱水素反応を触媒する
[7]上記[4]〜[6]のいずれかの核酸分子を含有する組換えベクター。
[8]上記[7]の組換えベクターを含有する形質転換体。
[9]上記[8]の形質転換体を培養し、得られた培養物からグルコースの脱水素反応を触媒する能力を有するタンパク質を採取するグルコース脱水素酵素の製造方法。
【0012】
上記[1]〜[9]の構成によれば、新規なNADP+依存型グルコース脱水素酵素の提供が可能となる。本発明によって提供されるNADP+依存型グルコース脱水素酵素は、微量糖類に対しても基質選択性高く反応できる固有の基質特異性と、補酵素としてNADP+に特異的に依存する固有の補酵素特異性を示す。そして、広いpH領域、特には塩基性領域における安定性と、耐塩性を示す。したがって、医療、食品、環境分野等の様々な産業分野における糖類の脱水素反応を要する技術に適用できる。更に、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素のアミノ酸配列、並びに塩基配列が明確になったことから、遺伝子工学的手法を組換え体として低コストかつ工業的に大量生産することが可能となった。
【0013】
[10]上記[1]〜[3]いずれかに記載のタンパク質を、電極上に固定化した糖類検出用のバイオセンサー。
[11]前記糖類が、グルコース及びリボースから選択される1以上の糖類である上記[10]の糖類検出用バイオセンサー。
【0014】
上記[10]〜[11]の構成によれば、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の触媒能力を利用した糖類検出用のバイオセンサーが提供でき、医療、食品、環境分野等、様々な分野に利用することができる。本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素は、グルコース以外の微量糖類に対しても基質特異性を示し、かつ基質選択性も高いことから、これら微量糖類の検出のために好適に利用できる。特には、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素は耐塩性を有する点からも、食塩濃度の高い醸造食品中の糖類の検出に好適に利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0016】
(本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の性質)
本発明のNADP+グルコース脱水素酵素の理化学的性質は以下の通りである。
【0017】
(1)作用
以下に示すように、グルコースを基質として、NADP+依存的にグルコノラクトンを生成する反応を触媒する。
D-グルコース + NADP+ → D-グルコノ-δ-ラクトン + NADPH + H+
【0018】
本発明のNADP+グルコース脱水素酵素の特徴は、NADP+を特異的に補酵素として要求してその触媒活性を発揮することである。ここで、「NADP+を特異的に補酵素として要求する」とは、補酵素として同濃度のNAD+及びNADP+を反応溶液中に含む同一条件下でグルコース脱水素活性を測定した際に、NADP+を補酵素として測定した場合の活性が、NAD+を補酵素として測定した場合の活性よりも3倍より大きいこと、好ましくは5倍以上、更に好ましくは10倍以上であることを示す。
【0019】
そして、本発明のNADP+グルコース脱水素酵素は、既知のグルコース脱水素酵素とは異なる固有の基質特異性を示す。グルコースに加え、グルコース以外の5炭糖及び6炭糖を含む単糖類、二糖類にも反応性を示し、特には、デオキシ糖に反応性を示すことが好ましい。具体的には、グルコース以外に、リボースに対しても反応性を示す。更に、スクロース、キシロース、フコースの少なくとも1つに対して反応性を示すことが好ましい。これらに対する活性は、グルコースに対する活性を100とした場合の相対活性において、40以上、更には60以上、特には80以上であることが好ましい。ただし、マンノースに対する触媒活性は、グルコースに対する活性を100とした場合の相対活性において、10以下であることが好ましい。
【0020】
(2)pH安定性
本発明のNADP+グルコース脱水素酵素は、pH 7.0〜8.8の範囲で安定した活性を示し、至適pHは、pH 8.8である。更に、pH 5.0程度までの酸性領域でも活性を保持できることが好ましい。そして、pH 10〜11程度まで塩基性領域においても活性を保持できることが好ましく、特には、pH 4.0〜12程度まで範囲で活性を保持できることが好ましいが、これに限定されるわけではない。
【0021】
(3)耐塩性
本発明のNADP+グルコース脱水素酵素は、耐塩性を示す。耐塩性を示す塩の種類について特に限定はないが、好ましくは一価の陽イオンを含む塩であり、NaCl、KCl等が挙げられる。例えば、NaClに対する耐塩性は、1.0 〜 2.0 Mの範囲で安定した活性を示し、至適塩濃度は1.0 Mである。更に、塩類の非存在下でも活性を示すことができ、0 〜 2.0 Mと広い塩濃度範囲で活性である。
【0022】
(4)分子量
本発明のグルコース脱水素酵素は、そのアミノ酸組成の違いにより異なる分子量を有していてもよいが、好ましくは、約40kDaの分子量を有する。
【0023】
本発明のNADP+グルコース脱水素酵素の由来は、本発明のグルコース脱水素酵素の理化学的性質を具備できる限り限定はない。例えば、前述の理化学的性質を有するグルコース脱水素酵素を生産する能力を有する生物体由来であり、典型的には細菌である。そして、好ましくは古細菌、更に好ましくは極限環境(例えば、塩田、イスラエルの死海等)で生育し得る細菌、例えば好塩菌である。ここで、好塩菌とは、至適増殖に比較的高濃度の塩の存在を要求する細菌である。好塩菌は、至適増殖塩濃度の相違によって、低度好塩菌、中度好塩菌及び高度好塩菌に分類される。本発明においては、これらのいずれであってもよいが、特には高度好塩菌由来であることが好ましい。具体的には、Halobacterium属細菌、等が例示され、特に好ましくは、Halobacterium vallismortis である。
【0024】
本発明のNADP+グルコース脱水素酵素は、前述の通り、好塩菌由来のタンパク質であることが好ましい。そして、好塩菌由来のタンパク質は、概して耐塩性を示すことから不溶性になりにくいという性質を有する。さらに、酸性アミノ酸の構成比が高いことから凝集しにくい、また、一旦、変性したとしても天然構造に巻き戻ることができ安定性が高いという性質をも有することが好ましい。
【0025】
(本発明のNADP+グルコース脱水素酵素のアミノ酸配列)
また、本発明のNADP+グルコース脱水素酵素として、これに限定されるものではないが、配列番号2のアミノ酸配列を含むものが好適に例示される。更に、前述のNADP+グルコース脱水素酵素の性質を保持している限り、配列番号2のアミノ酸配列において、特定のアミノ酸に改変が生じている改変部位を有するアミノ酸配列を含むものであってもよい。改変とは、改変の基礎となるタンパク質のアミノ酸配列のうち、1又は複数のアミノ酸が欠失、置換、挿入および付加の少なくとも1つからなる改変が生じていることを意味する。そして、「1又は複数のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び付加の少なくとも1つからなる改変」とは、改変の基礎となるタンパク質をコードする遺伝子に対する既知のDNA組換え技術、点変異導入方法等によって、欠失、置換、挿入又は付加することができる程度の数のアミノ酸が、欠失、置換、挿入又は付加されることを意味し、これらの組み合わせをも含む。例えば、このような改変体は、配列番号2で示すアミノ酸配列に対して、アミノ酸レベルで70 %以上、好ましくは80 % 以上、更に好ましくは90 %以上の相同性を保持するものとすることができる。
【0026】
このような改変体は自然又は人工の突然変異により生じた突然変異体の中から前述の理化学的性質を有するタンパク質をスクリーニングすることにより取得できる。或いは、下記で説明する本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を用いて改変を施すことによっても取得できる。核酸分子に改変を施す方法としては、特に制限はなく、当業者に既知の改変タンパク質作製のための変異導入技術を利用することができる。例えば、部位特異的突然変異誘発法、PCR等を利用して点変異を導入するPCR突然誘発法、あるいは、トランスポゾン挿入突然変異誘発法などの既知の変異導入技術を利用することができる。市販の変異導入用キット(例えば、QuikChange(登録商標) Site-directed Mutagenesis Kit(Stratagene社製)等を利用してもよい。また、常法のホスホルアミダイト法等のDNA合成法を利用して、所望の改変を施した核酸分子を構築することによっても調製することができる。
【0027】
当業者はアミノ酸配列の改変に際して本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の酵素活性を保持する改変を容易に予測することができる、具体的には、例えばアミノ酸置換の場合には、タンパク質構造保持の観点から極性、電荷、親水性、若しくは疎水性等の点で置換前のアミノ酸と類似した性質を有するアミノ酸に置換することができる。このような置換は保守的置換として当業者には周知である。具体例を挙げると、例えば、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファンは、共に非極性アミノ酸に分類されるため、互いに似た性質を有する。また、非荷電性アミノ酸としては、グリシン、セリン、スレオニン、システイン、チロシン、アスパラギン、グルタミンが挙げられる。また、酸性アミノ酸としては、アスパラギン酸およびグルタミン酸が挙げられる。また、塩基性アミノ酸としては、リジン、アルギニン、ヒスチジンが挙げられる。これらの各グループ内のアミノ酸置換は、タンパク質の機能が維持されるとして許容される。また、その後の精製、固相への固定化等の便宜のため、アミノ酸配列のN、又はC末端にHis-tag、FLAG-tag等を付加したものも好適に例示される。このようなTagペプチドの導入は常法により行なうことができる。また、本発明の酵素活性の喪失を引き起こさない範囲内で、C末端側若しくはN末端側のアミノ酸残基を切断した切断型でもよい。更に、グルコシル化等の化学修飾を付加してもよい。
【0028】
本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素のアミノ酸配列が明確になったことから、かかる配列情報に基づいて、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素を製造することができる。例えば、配列番号2に示すアミノ酸配列の一部又は全部をコードする塩基配列を基にして作成したDNAをプローブとして用いるハイブリダイゼーション法により、前述の理化学的性質を保持し得るグルコース脱水素酵素を発現し得る細菌のゲノムDNAから本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を調製することができる。また、配列番号2のアミノ酸配列をコードする塩基配列の一部をプライマーとして用いるPCRによっても同様に、前述の理化学的性質を保持し得るグルコース脱水素酵素を発現し得る細菌のゲノムDNAを鋳型として本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を調製することができる。更に、常法のホスホルアミダイト法等のDNA合成法を利用して、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を化学的に合成することができる。そして、得られた核酸分子を下記で詳細に説明する遺伝子組換え技術により本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素を製造することができる。
【0029】
ここで、ハイブリダイゼーション及びPCRの鋳型となるゲノムDNAは、前述の理化学的性質を保持し得るグルコース脱水素酵素を発現し得る細菌由来のゲノムDNAである。好ましくは古細菌、更に好ましくは極限環境で生育し得る細菌、例えば好塩菌、特には、高度好塩菌由来のゲノムDNAである。例えば、ハロバクテリム(Halobacterium)属細菌、特にはハロバクテリム・バリスモルティス(Halobacterium vallismortis)由来のゲノムDNAが好ましい。しかしながら、これに限定されるものではない。本明細書において全長のアミノ酸配列が明確になったことから、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素に対して、より特異的なプローブやプライマーを構築することが可能となる。これにより、ハイブリダイゼーション精度及びPCRの増幅精度が向上する。したがって、前述の理化学的性質を保持し得るグルコース脱水素酵素を発現し得ることを条件として、下記の検討例2においてPCR増幅産物が得られなかったハロバクテリム・バリスモルティス(Halobacterium vallismortis)、ハロバクテリウム・ファラオニス(Halobacterium pharaonis)、ハロバクテリウム・ソドメンセ(Halobacterium sodomense)、ハロバクテリウム・サッカルボルム(Halobacterium saccharovorum)、ハロバクテリウム・ボルカニ(Halobacterium volcanii)、ハロバクテリウム・サリナーラム(Halobacterium salinarium)、ハロバクテリウム・ハロビウム(Halobacterium halobium)、ハロバクテリウム・クチルブルム(Halobacterium cutirubrum)等からのゲノムDNAを対象としてもよい。
【0030】
そして、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の製造において、ハイブリダイゼーションを利用する場合に用いられるプローブは、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素と相補的な配列を含むオリゴヌクレオチドであり、常法に基づいて調製することができる。例えば、ホスホアミダイト法等に基づく化学合成法、既に標的となる核酸が取得されている場合にはその制限酵素断片等が利用可能である。このようなプローブとしては、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子の塩基配列に基づき、この塩基配列の連続する10以上、好ましくは15以上、更に好ましくは約20〜50の塩基からなるオリゴヌクレオチドが例示される。そして、プローブは必要に応じて適当な標識が付されていてよく、このような標識として放射線同位体、蛍光色素等が例示される。
【0031】
また、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の調製において、PCRを利用する場合に用いられるプライマーは、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素と相補的な配列を含むオリゴヌクレオチドであり、常法に基づいて調製することができる。例えば、ホスホアミダイト法等に基づく化学合成法、既に標的となる核酸が取得されている場合にはその制限酵素断片等が利用可能である。化学合成法に基づきプライマーを調製する場合には、合成に先立って標的核酸の配列情報に基づいて設計される。プライマーの設計は、所望の領域を増幅するように、例えばプライマー設計支援ソフト等を利用して設計することができる。プライマーは合成後、HPLC等の手段により精製される。また、化学合成を行う場合には市販の自動合成装置を利用することも可能である。このようなプライマーとしては、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子の塩基配列に基づき、所望の増幅領域を挟んで設計され、10以上、好ましくは15以上、更に好ましくは約20〜50の塩基からなるオリゴヌクレオチドが例示される。
【0032】
ここで、相補的とは、プローブ又はプライマーと標的核酸分子とが塩基対合則に従って特異的に結合し安定な二重鎖構造を形成できることを意味する。ここで、完全な相補性のみならず、プローブ又はプライマーと標的核酸分子が互いに安定な二重鎖構造を形成し得るのに十分である限り、いくつかの核酸塩基のみが塩基対合則に沿って適合する部分的な相補性であっても許容される。その塩基数は、標的核酸分子を特異的に認識するために十分に長くなければならないが、長すぎると逆に非特異的反応を誘発するので好ましくない。したがって、適当な長さはGC含量等の標的核酸の配列情報、並びに、反応温度、反応液中の塩濃度等のハイブリダイゼーション反応条件など多くの因子に依存して決定される。
【0033】
更には、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素は、化学的合成技術によっても製造することができる。例えば、配列番号2に示されるアミノ酸配列の全部、又は一部を、ペプチド合成機を用いて合成し、得られるポリペプチドを適当な条件の下で、再構築することにより調製することができる。
【0034】
(本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子)
本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子は、前述の理化学的性質を有するすべてのNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードするものを包含する。例えば、配列番号2に記載されるアミノ酸配列を含むタンパク質をコードするポリヌクレオチドであり、一具体例としては、配列番号1に示す塩基配列を含むポリヌクレオチドが挙げられる。ここで、本発明におけるポリヌクレオチドにはDNA及びRNAの双方が含まれ、DNAである場合には、1本鎖であると、二本鎖であるとは問わない。
【0035】
更に、前述の本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の性質を保持している限り、配列番号1に示す塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドを含むものも本発明に含まれる。このようなポリヌクレオチドは、公知の変異導入技術を利用することにより作製できる。例えば、部位特異的突然変異誘発法、PCR等を利用して点変異を導入するPCR突然誘発法、あるいは、トランスポゾン挿入突然変異誘発法などの公知の変異導入技術を利用することができる。市販の変異導入用キット(例えば、QuikChange(登録商標)Site-directed Mutagenesis Kit(Stratagene社製)等を利用してもよい。また、常法のホスホルアミダイト法等のDNA合成法を利用して、所望の改変を施したNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を構築することによって行なうことができる。もしくは、配列番号1の塩基配列を有するポリヌクレオチドに対してエキソヌクレアーゼを作用させることによって取得することができる。このようなポリヌクレオチドとしては、配列番号1の塩基配列において1又は複数の塩基が欠失、置換、付加もしくは挿入されたものも含まれる。したがって、配列番号1の塩基配列の3'、又は5'末端にHis-Tag配列をコードする塩基配列が付加したものも好適に例示される。
【0036】
ここで、ストリンジェントな条件とは、塩基配列において、60 %以上、好ましくは70 %、より好ましくは80 %以上、特に好ましくは90 %以上の同一性を有するDNA同士が優先的にハイブリダイズし得る条件をいう。ストリンジェンシーは、ハイブリダイゼーションの反応や洗浄の際の塩濃度及び温度を適宜変化させることによって調製することができる。例えば、Sambrook他著、Molecular Cloning:A Laboratory Manual、第2版、(1989) Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor、New York等に記載のサザンハイブリダイゼーションのための条件等が挙げられる。
【0037】
より具体的には、50 %(v/v) ホルムアミド、5×SSC中で、42 ℃にて16時間のハイブリダイゼーションが例示される。ここで、1×SSCは、0.15 M NaCl、0.015 M クエン酸ナトリウム、pH 7.0である。また、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を0.1〜1.0 %(v/v)、変性非特異的DNAを0〜200 μl含んでいてよい。そして、洗浄条件としては、2×SSC、0.1 % SDS中の5℃にて5分間の洗浄、及び0.1×SSC、0.1 % SDS中の65℃にて30分間〜4時間の洗浄が例示される。また、これらと同等の条件も当業者は容易に理解できるであろう。
【0038】
本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子は、本発明の核酸分子の塩基配列が明確になったことから、かかる配列情報に基づいて作成することができる。例えば、配列番号1に示す塩基配列の一部又は全部を基にして作成したDNAプローブとして用いるハイブリダイゼーション法により、前述の理化学的性質を保持し得るグルコース脱水素酵素を発現し得る細菌のゲノムDNAから本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を調製することができる。また、配列番号1の塩基配列の一部をプライマーとして用いるPCRによっても同様に、前述の理化学的性質を保持し得るグルコース脱水素酵素を発現し得る細菌のゲノムDNAを鋳型として本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を調製することができる。更に、常法のホスホルアミダイト法等のDNA合成法を利用して、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を化学的に合成することができる。なお、詳細については前述した。
【0039】
(本発明の組換えベクター)
そして、本発明の組換えベクターは、適当なベクターに本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を組み込ことによって構築することができる。利用可能なベクターとしては、外来DNAを組み込め、かつ宿主細胞中で自律的に複製可能なものであれば特に制限はない。したがって、ベクターは、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を挿入できる少なくとも1つの制限酵素部位の配列を含むものである。例えば、プラスミドベクター(pEX系、pUC系、及びpBR系等)、ファージベクター(λgt10、λgt11、及びλZAP等)、コスミドベクター、ウイルスベクター(ワクシニアウイルス、及びバキュロウイルス等)等が包含される。
【0040】
そして、本発明の組換えベクターは、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子がその機能を発現できるように組み込まれている。したがって、核酸分子の機能発現に必要な他の既知の塩基配列が含まれていてもよい。例えば、プロモータ配列、リーダー配列、シグナル配列、並びにリボソーム結合配列等が挙げられる。プロモータ配列としては、例えば、宿主が大腸菌の場合にはlacプロモータ、trpプロモータ等が好適に例示される。しかしながら、これに限定するものではなく既知のプロモータ配列を利用できる。更に、本発明の組換えベクターには、宿主において表現型選択を付与することが可能なマーキング配列等をも含ませることができる。このようなマーキング配列としては、薬剤耐性、栄養要求性などの遺伝子をコードする配列等が例示される。具体的には、カナマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子等が例示される。
【0041】
ベクターへの本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子等の挿入は、例えば、適当な制限酵素で本発明の遺伝子を切断し、適当なベクターの制限酵素部位、又はマルチクローニング部位に挿入して連結する方法などを用いることができるが、これに限定されない。連結に際しては、DNAリガーゼを用いる方法等、既知の方法を利用できる。また、DNA Ligation Kit(タカラバイオ社)等の市販のライゲーションキットを利用することもできる。
【0042】
(本発明の形質転換体)
本発明の形質転換体は、適当な細胞を本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子を含む組換えベクターで形質転換することによって構築することができる。ここで、宿主となる細胞としては、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素を効率的に発現できる宿主細胞であれば、特に制限はない。原核生物を好適に利用でき、特には大腸菌を利用することができる。その他、枯草菌、バシラス属細菌、シュードモナス属細菌等をも利用できる。大腸菌としては、例えば、E.coli DH5α、E.coli BL21、E.coli JM109等を利用できる。更に、原核生物に限定されず真核生物細胞を利用することが可能である。例えば、サッカロマイセス・セルビシエ(Saccharomyces cerevisiae)等の酵母、Sf9細胞等の昆虫細胞、CHO細胞、COS-7細胞等の動物細胞等を利用することも可能である。形質転換法としては、塩化カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポソームフェクション法、マイクロインジェクション法等を既知の方法を利用することができる。
【0043】
(本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の製造方法)
本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の製造方法は、前述の本発明の形質転換体を培養し、得られた培養物から糖の脱水素反応を触媒する活性を有するタンパク質を採取することにより行なう。即ち、前述の本発明の形質転換体を培養する培養工程と、前記培養工程で発現した前記タンパク質を回収する回収工程とを備える。このように、適当な宿主で発現させることによって、低コストで本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の大量生産が可能となる。
【0044】
培養工程は、本発明の形質転換体を適当な培地に接種し、常法に準じて培養することにより行なわれる。本発明の形質転換体の培養は、宿主細胞の栄養生理学的性質を勘案して、培養条件を選択すればよい。使用される培地としては、宿主細胞が資化し得る栄養素を含み、形質転換体におけるタンパク質の発現を効率的に行えるものであれば特に制限はない。したがって、宿主細胞の生育に必要な炭素源、窒素源その他必須の栄養素を含む培地であることが好ましく、天然培地、合成培地の別を問わない。例えば、炭素源として、グルコース、デキストラン、デンプン等が、また、窒素源としては、アンモニウム塩類、硝酸塩類、アミノ酸、ペプトン、カゼイン等が挙げられる。他の栄養素としては、所望により、無機塩類、ビタミン類、抗生物質等とを含ませることができる。宿主細胞が大腸菌の場合には、LB培地、M9培地等が好適利用できる。また、培養形態についても特に制限はないが、大量培養の観点から液体培地が好適に利用できる。
【0045】
本発明の組換えベクターを保持する宿主細胞の選別は、例えば、マーキング配列の発現の有無により行なうことができる。例えば、マーキング配列として薬剤耐性遺伝子を利用する場合には、薬剤耐性遺伝子に対応する薬剤含有培地で培養することによって行うことができる。
【0046】
精製工程は、前述の培養工程において得られた形質転換体の培養物からの本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素を回収、即ち、単離精製することによって行えばよい。本発明の酵素の存在する画分に応じて、一般的なタンパク質の単離精製方法に準じた手法を適用すればよい。具体的には、本発明のグルコース脱水素酵素が宿主細胞外に生産される場合には、培養液をそのまま使用するか、遠心分離、濾過等の手段により宿主細胞を除去して培養上清を得る。続いて、培養上清に、既知のタンパク質精製方法を適宜選択することにより、本発明の酵素を単離精製することができる。例えば、硫酸アンモニウム沈殿、透析、SDS-PAGE電気泳動、ゲル濾過、疎水、陰イオン、陽イオン、アフィニティークロマトグラフィ等の各種クロマトグラフィ等の既知の単離精製技術を単独、又は適宜組み合わせて適用することができる。特にアフィニティークロマトグラフィを利用する場合、本発明の酵素をHis Tag等のタグペプチドとの融合タンパク質として発現させて、かかるタグペプチドに対する親和性を利用することが好ましい。また、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素が宿主細胞内で産生される場合には、培養物を遠心分離、濾過等の手段により宿主細胞を回収する。続いて、リゾチーム処理などの酵素的破砕方法、又は超音波処理、凍結融解、浸透圧ショック等の物理的破砕方法等により、宿主細胞を破砕する。破砕後、遠心分離、濾過等の手段により可溶化画分を収集する。得られた可溶化画分を、前述の細胞外に生産できる場合と同様に処理することにより単離精製することができる。ここで、本発明で得られるNADP+依存型グルコース脱水素酵素は、広範なpH安定性を有することから、前述の単離、精製工程においてpH処理を併用することが有用かつ便利である。培養物から得られた宿主細胞及び培養上清には、当該宿主細胞由来の様々なタンパク質を含有する。しかし、pH処理を行なうことにより、宿主細胞由来の夾雑タンパク質は変性し凝縮沈殿する。これに対して、本発明の酵素は、広範なpHに対して耐性を有するため変性を生じないことから、遠心分離等により宿主由来の夾雑タンパク質と容易に分離できる。また、培養液をそのまま、若しくは粗抽出液を使用する場合においても、pH処理、特には塩基性pHでの処理を行なうことにより、他のタンパク質が失活することから、実質的に本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素のみの酵素液として使用することができる。したがって、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素を遺伝子工学的手法により製造する場合においても、宿主由来のその他のタンパク質を容易に除去することができる。したがって、精製度を向上させることができ、信頼性の高い酵素を製造できるという利点がある。そして、単離精製されたタンパク質の性能確認は、その理化学的性質や配列の分析によって行うことができ、例えば、実施例4〜7に記載の方法等で行うことができる。
【0047】
(糖類の検出方法)
本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素は、試料中の糖類の検出のために利用することができる。糖類の検出は、糖基質に対してNADP+依存的に脱水素反応を触媒する当該酵素の活性を測定することにより行うことができる。酵素の活性は、NADP+依存的に糖類の脱水素反応を触媒する酵素の活性測定法として知られる方法をいずれをも利用して行うことができる。例えば、NADP+の存在下で、本発明の酵素を測定対象となる試料と反応させ、当該酵素の触媒反応で生成するNADPH量の変化を340 nmの吸光度変化もって検出する。かかる吸光度変化をもって当該酵素の活性とすることができ、ひいてはNADPH量の変化により糖類の存在を検出することができる。例えば、グルコース脱水素酵素活性は、グルコース及びNADP+から、グルコノラクトン及びNADPHを生成する触媒反応において、生成したNADPHを直接定量することによって測定できる。反応液としては、例えば、グルコース等の糖基質、2 mM のNAD+又はNADP+、25 mM のMgCl2、1MのNaCl及び本発明の酵素溶液を、50 mMリン酸緩衝液(pH 8.8)中にて混合して200μlとすることにより調製することができる。しかしながら、これは標準条件であり、適宜変更することができる。この反応液を、37 ℃で波長340 nmにおける吸光度を測定し、吸光度の増加を求めることにより活性評価試験を行うことができ、吸光度の測定は、既知のマイクロプレートリーダー(モレキュラーデバイス社製)を用いることができる。そして、適当な試験条件が選択されていれば、この変化は、測定しようとする酵素活性に直線的に比例する。このとき、あらかじめ目的濃度範囲内における標準濃度の糖基質溶液により作製した標準曲線を作成することにより、得られた吸光度変化値に基づいて糖基質濃度を求めることができる。
【0048】
ここで、試料としては、糖類、特には本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の基質となり得る糖の存在が予想されるすべての試料を対象とすることができる。例えば、血液、尿、唾液等の生物体由来の生物試料、味噌や醤油、酒等の醸造、発酵食品等の食品試料、環境試料等が例示されるがこれに限定されるものではない。また、必要に応じてこれらの試料に適当な処理を行った試料をも含み得る。ここで、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素は、グルコース以外の微量糖類に対しても基質特異性を示し、かつ基質選択性も高いことから、これら微量糖類の検出に好適に利用される。特には、醤油等の醸造食品中の微量糖類、特には、リボースの検出に好適に利用され得る。一般的に、食品分野では糖類の検出は示差屈折率法を利用して行われているが、醤油等の醸造食品の場合、グルコースの検出は可能であるもののグルコース以外の微量糖類(例えば、リボース、フコース、スクロース、キシロース等)の検出は困難であった。また、電気化学的な検出法によっても、醸造食品中に含まれる多量のアミノ酸により検出が妨害されるため検出が困難であった。更に、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素は耐塩性を有する点からも、食塩濃度の高い試料、例えば醸造食品中の糖類の検出に好適に利用できる。
【0049】
(糖類検出用のバイオセンサー)
本発明は、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素を利用する糖類検出用のバイオセンサーを提供する。糖類センサーは、電極材上にグルコース脱水素酵素が固定化した作用電極、及びその対極を設けて構成される。必要に応じて、参照電極を設けて三電極方式として構成してもよい。電極としては、カーボン、金、白金等を用いることができる。電極材上への酵素の固定化は、既知の方法によって行うことができる。例えば、物理的吸着、イオン結合,共有結合を介して固定化する担体結合法を利用することができる。また、グルタルアルデヒドなどの二価性官能基をもつ試薬で架橋固定する架橋法をも利用でき、更には、アルギン酸,カラギーナン等の多糖類、ポリアクリルアミド等の網目構造をもつゲルや、半透性膜の中に閉じて固定化する包括法等をも利用することができる。そして、本発明のグルコース脱水素酵素の触媒活性に際して要求される補酵素NADP+、NADP+の還元体であるNADPHを酸化する能力を有する酸化酵素(ジアホラーゼ等)、電子メディエーター(フェロセン、ジクロロインドフェノール等)も、必要に応じて電極材上に固定化して構成される。
【0050】
糖類の測定は、例えば、測定対象となる試料を接触させると試料中の糖基質が作用極上に固定された本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素と反応し、続いて電子メディエーターが還元される。そして、電極系に電圧を印加して電子受容体の還元体を酸化し、得られる酸化電流値の変化により試料中の糖基質を検出することができる。このとき、あらかじめ目的濃度範囲内における標準濃度の糖基質溶液により作製した標準曲線を作成することにより、得られた酸化電流値に基づいて糖基質濃度を求めることができる。
【0051】
ここで、試料としては、糖類、特には本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素の基質となり得る糖の存在が予想されるすべての試料を対象とすることができる。例えば、血液、尿、唾液等の生物体由来の生物試料、味噌や醤油、酒等の醸造、発酵食品等の食品試料、環境試料等が例示されるがこれに限定されるものではない。また、必要に応じてこれらの試料に適当な処理を行った試料をも含み得る。特には、前述の通り、本発明のNADP+依存型グルコース脱水素酵素は、醤油等の醸造食品中の糖類の検出に好適であることから、醤油等の醸造食品中の糖類検出用のバイオセンサーとして特に好適に利用される。
【実施例】
【0052】
〔検討例1〕グルコース脱水素酵素をコードする核酸分子のクローニングの検討
高度好塩菌からグルコース脱水素酵素をコードする核酸分子(以下、「グルコース脱水素酵素遺伝子」と称する。)のクローニングの検討を行った。ここでは、PCRを利用して遺伝子クローニングするに当たってのPCR条件と縮重プライマーの検討を行った。
【0053】
まず、遺伝子クローニングのための縮重プライマーを、既知の2種のグルコース脱水素酵素のアミノ酸配列に基づいて設計した。具体的には、ハロバクテリウム・メディテラネイ(Halobacterium mediterranei)由来のグルコース脱水素酵素のアミノ酸配列(配列番号3)と、サーモプラズマ・アシドフィラム(Thermoplasma acidophilum)由来のグルコース脱水素酵素のアミノ酸配列(配列番号4)との間における相同領域を選択し、かかるアミノ酸配列を基に設計した。このとき、選択する相同領域の相違により2種類のプライマーセット(第1プライマーセット、第2プライマーセット)を合成した。なお、選択した相同領域を図1の矢印により示す。なお、図1中、ハロバクテリウム・メディテラネイ由来のグルコース脱水素酵素「Hme GDH」と略し、そして、これは上述の〔背景技術〕の項に記載したハロフェラックス・メディテラネイ(Haloferax mediterranei)由来のグルコース脱水素酵素と同一のものである。また。サーモプラズマ・アシドフィラム由来のグルコース脱水素酵素を「Tac GDH」と略する。
【0054】
プライマーの配列情報は以下の通りである。
<第1プライマーセット>
プライマー1 : 5'- TTNGTNTTNGGNCAYGARGC -3' (配列番号5)
プライマー2 : 5'- CCNARNARNRYNMCNACNCCRTT -3' (配列番号6)
<第2プライマーセット>
プライマー1b : 5'- GTNGTNCCNHYNGTNMGNMGNCC-3' (配列番号7)
プライマー2 : 5'- CCNARNARNRYNMCNACNCCRTT -3' (配列番号6)
【0055】
鋳型DNAとしては、前述のプライマーセット設計の基礎としたサーモプラズマ・アシドフィラム、及びハロバクテリウム・メディテラネイから抽出及び精製したゲノムDNAを用いた。
【0056】
PCR反応液は、前述の3種類のPCR試薬により調製した。つまり、前述のプライマーを各50pmol、鋳型DNAを200ng含んで、Multiplex-PCR Kit(タカラバイオ社製)にて製造業者の指示に従って調製したもの、LA-Taq PCR Kit(タカラバイオ社製)にて調製したもの、PrimeStar PCR Kit(タカラバイオ社製)にて調製したものの3種類について検討した。PCR温度プログラムは、94℃にて30秒間の熱変性、55℃にて30秒間のアニーリング、72℃にて2分間の伸長反応を1サイクルとした、35サイクルの増幅反応を行った。
【0057】
PCR増幅反応後の反応液を、アガロースゲル電気泳動に供した後、増幅産物のバンドをゲルの臭化エチジウム染色により可視化することにより、グルコース脱水素酵素遺伝子のクローニングの成否を確認した。
【0058】
結果を図2に示す。
図2中、レーン1〜4は、Multiplex-PCR KitによるPCR増幅を利用した遺伝子クローニングの結果である。そして、レーン1〜2は、鋳型としてハロバクテリウム・メディテラネイのゲノムDNAを使用した結果であって、レーン1は第1プライマーセット、レーン2は第2プライマーセットでの結果を示す。レーン3〜4は、鋳型としてサーモプラズマ・アシドフィラムのゲノムDNAを使用した結果であって、レーン3は第1プライマーセット、レーン4は第2プライマーセットでの結果を示す。
図2中、レーン5〜8は、LA-Taq PCR Kit によるPCR増幅を利用した遺伝子クローニングの結果である。そして、そして、レーン5〜6は、鋳型としてハロバクテリウム・メディテラネイのゲノムDNAを使用した結果であって、レーン5は第1プライマーセット、レーン6は第2プライマーセットでの結果を示す。レーン7〜8は、鋳型としてサーモプラズマ・アシドフィラムのゲノムDNAを使用した結果であって、レーン7は第1プライマーセット、レーン8は第2プライマーセットでの結果を示す。
図2中、レーン9〜12は、PrimeStar PCR Kit によるPCR増幅を利用した遺伝子クローニングの結果である。そして、そして、レーン9〜10は、鋳型としてハロバクテリウム・メディテラネイのゲノムDNAを使用した結果であって、レーン9は第1プライマーセット、レーン10は第2プライマーセットでの結果を示す。レーン11〜12は、鋳型としてサーモプラズマ・アシドフィラムのゲノムDNAを使用した結果であって、レーン11は第1プライマーセット、レーン12は第2プライマーセットでの結果を示す。
なお、図2中、レーンMは、分子量マーカーである。
【0059】
図2の結果から、縮重プライマーとして第1プライマーセットを、PCR試薬としてMultiplex-PCR Kitを用いた場合に、目的とする遺伝子に由来する単一増幅産物が得られることが確認された(レーン1、及び3)。したがって、かかるプライマーとPCRの組み合わせにより、グルコース脱水素酵素遺伝子のクローニングできることが確認された。一方、第2プライマーセットを用いた場合には、グルコース脱水素酵素遺伝子のクローニングを有意に行うことができなかった(レーン2、4)ことから、クローニングの成否はプライマー設計時の相同領域の選択に左右されることが判明した。また、PCR試薬によっても、クローニングの成否が左右されることが判明した。特に、Multiplex-PCR Kitは、非特異的反応産物の低減効果を有することから、かかる効果の低減のための試薬成分によって、有意なグルコース脱水素酵素遺伝子のクローニングが達成されていることが理解される。
【0060】
〔検討例2〕グルコース脱水素酵素遺伝子のクローニングの検討
高度好塩菌からグルコース脱水素酵素遺伝子のクローニングの検討を行った。ここでは、PCRを利用して遺伝子クローニングするに当たって、クローニングの対象とする高度好塩菌の検討を行った。
【0061】
本実施例では、高度好塩性古細菌であるハロバクテリウム(Halobacterium)属細菌からのグルコース脱水素酵素遺伝子のクローニングを試みた。具体的には、ハロバクテリム・バリスモルティス(Halobacterium vallismortis:NBRC 14741、NBRC 14955)、ハロバクテリウム・ファラオニス(Halobacterium pharaonis:NBRC 14720)、ハロバクテリウム・ソドメンセ(Halobacterium sodomense:NRBC 14740)、ハロバクテリウム・サッカルボルム(Halobacterium saccharovorum:NRBC 14717)、ハロバクテリウム・ボルカニ(Halobacterium volcanii:NRBC 14742)、ハロバクテリウム・サリナーラム(Halobacterium salinarium:NRBC 14718)、ハロバクテリウム・ハロビウム(Halobacterium halobium:NRBC 14716)、ハロバクテリウム・クチルブルム(Halobacterium cutirubrum:NRBC 14715)について検討した。これらの微生物は、すべて独立行政法人製品評価技術基盤機構から分譲を受けた。
【0062】
プライマーは、検討例1にて好適なグルコース脱水素酵素遺伝子クローニング用プライマーとして確認された第1プライマーセットを使用した。
【0063】
鋳型DNAとしては、前述の細菌から抽出及び精製したゲノムDNAを用いた。また、なお、プライマー作製のための基礎としたハロバクテリウム・メディテラネイ(NRBC 14739)、サーモプラズマ・アシドフィラムからのゲノムDNAについても鋳型とし、ポジティブコントロールとした。
【0064】
PCR反応液は、前述のプライマーを各50pmol、鋳型DNAを200ng含んで、Multiplex-PCR Kit(タカラバイオ社製)にて製造業者の指示に従って調製した。PCR温度プログラムは、94℃にて30秒間の熱変性、55℃にて30秒間のアニーリング、72℃にて2分間の伸長反応を1サイクルとした、35サイクルの増幅反応を行った。
【0065】
PCR増幅反応後の反応液を、アガロースゲル電気泳動に供して増幅産物バンドの確認により、グルコース脱水素酵素遺伝子クローニングの有無を確認した。
【0066】
結果を図3に示す。
図3中、レーン1はハロバクテリム・バリスモルティス、レーン2はハロバクテリウム・ファラオニス、レーン3はハロバクテリウム・ソドメンセ、レーン4はハロバクテリウム・サッカルボルム、レーン5はハロバクテリウム・ボルカニ、レーン6はハロバクテリウム・サリナーラム、レーン7はハロバクテリウム・ハロビウム、レーン8はハロバクテリウム・クチルブルム由来のゲノムDNAからの結果を示す。
図3中、レーン9及び10はポジティブコントロールであり、レーン9はサーモプラズマ・アシドフィラム、レーン10はハロバクテリウム・メディテラネイ由来のゲノムDNAからの結果を示す。
なお、図3中、レーンMは、分子量マーカーである。
【0067】
図3の結果から、ハロバクテリム・バリスモルティスからグルコース脱水素酵素遺伝子と思われる増幅産物を取得できることが確認された(レーン1)。ここで、レーン2、4〜8においてもバンドが確認されたが、これらはすべてジャンクであった。したがって、グルコース脱水素酵素遺伝子由来と思われる増幅産物は、ハロバクテリム・バリスモルティスにおいてのみ確認され、これが唯一の成功例であった。また、プライマー設計の基としたサーモプラズマ・アシドフィラム、及びハロバクテリウム・メディテラネイのゲノムDNAからは、グルコース脱水素酵素遺伝子の増幅が確認されたことから、PCR増幅工程に問題はないと考える。
【0068】
〔実施例1〕ハロバクテリム・バリスモルティスからのグルコース脱水素酵素遺伝子のクローニング及び配列決定
検討例1、2の結果に基づいて、ハロバクテリム・バリスモルティスのゲノムDNAからグルコース脱水素酵素遺伝子のクローニングを行う共に、その配列決定を行った。
【0069】
遺伝子クローニングはPCRを利用して行った。プライマーは、検討例1にてグルコース脱水素酵素遺伝子クローニング用プライマーとして確認された第1プライマーセットを使用した。そして、鋳型DNAとしては、検討例2にて、第1プライマーセットでのPCRによって増幅産物が確認されたハロバクテリム・バリスモルティスから抽出及び精製したゲノムDNAを用いた。
【0070】
PCR反応液は、前述のプライマーを各50pmol、鋳型DNAを200ng含んで、Multiplex-PCR Kit(タカラバイオ社製)にて製造業者の指示に従って調製した。PCR温度プログラムは、94℃にて30秒間の熱変性、55℃にて30秒間のアニーリング、72℃にて2分間の伸長反応を1サイクルとした、35サイクルの増幅反応を行った。
【0071】
PCR増幅反応後の反応液を、アガロースゲル電気泳動に供して増幅産物バンドの確認により、グルコース脱水素酵素遺伝子クローニングの有無を確認した。
【0072】
アガロースゲル電気泳動の結果を図4(A)に示す。
図4(A)中、レーン1はハロバクテリム・バリスモルティス由来のゲノムDNAからの結果を示す。レーン2はネガティブコントロールであり、鋳型DNAを入れずに同様にPCRを行った結果を示し、レーンMは、分子量マーカーである。
図4(A)の結果から、約700bp付近にハロバクテリム・バリスモルティスからグルコース脱水素酵素遺伝子と思われる増幅産物が確認された(レーン1)。
【0073】
続いて、電気泳動後のゲルからの、増幅断片のバンドの切り出しと精製を、Gel purification Kit(GEヘルスケア社)を用いて製造業者の指示に従って行った。精製した約700bpの増幅断片をCloning kit(タカラバイオ社製)を用いてpUC18にサブクローニングし、その塩基配列を決定した。得られた部分配列情報につき、配列表の配列番号8として示す。
【0074】
次に、未増幅領域をクローニングするため、インバースPCRを行い、グルコース脱水素酵素遺伝子の全塩基配列を決定した。まず、インバースPCR用の2種のプライマー(プライマー3、4)を合成した。プライマーの設計は、上記で得られた約700bpの増幅領域の塩基配列に基づき行った。詳細には、前記増幅領域の両端部分には相補的だが、通常のPCRとは逆に前記増幅領域から未増幅領域の配列の方にDNA 鎖が伸長するように設計した。ここで、プライマー設計に際して選択した遺伝子上の領域を図5中の矢印で示す。
【0075】
プライマーの配列情報は以下の通りである。
プライマー3 : 5'-GTCCCGTTTGGAGACTCGACGACACCGACG-3' (配列番号9)
プライマー4 : 5'-GCGTTCTCAACAATAGAGGCACTCGATGCA-3' (配列番号10)
【0076】
インバースPCR用の鋳型DNAを以下の通り調製した。まず、ハロバクテリム・バリスモルティスのゲノムDNAを制限酵素AluIで切断した後、DNA断片をGel purification Kit(GEヘルスケア社)を用いて製造業者の指示に従って精製した。精製後のDNA断片を、Ligation Kit(タカラバイオ社製)を用いて分子内ライゲーションを行った後、Gel purification Kit(GEヘルスケア社製)を用いて製造業者の指示に従って精製を行うことによりインバースPCR用の鋳型DNAを調製した。
【0077】
PCR反応液は、前述のプライマー3、4を各50pmol、鋳型DNAを200ng含んで、Multiplex-PCR Kit(タカラバイオ社製)にて製造業者の指示に従って調製した。PCR温度プログラムは、94℃にて30秒間の熱変性、60℃にて30秒間のアニーリング、72℃にて90秒間の伸長反応を1サイクルとした、35サイクルの増幅反応を行った。
【0078】
PCR増幅反応後の反応液を、アガロースゲル電気泳動に供して増幅産物バンドの確認により、グルコース脱水素酵素遺伝子の未増幅領域の増幅を確認した。
【0079】
アガロースゲル電気泳動の結果を図4(B)に示す。
図4(B)中、レーン1はハロバクテリム・バリスモルティス由来のゲノムDNAをインバースPCR用に調製したものを鋳型とした場合の結果を示す。レーン2はネガティブコントロールであり、ハロバクテリム・バリスモルティス由来のゲノムDNAを制限酵素AluIに切断せずに鋳型として同様にPCRを行った結果を示す。なお、レーンMは、分子量マーカーである。
【0080】
続いて、電気泳動後のゲルからの、増幅断片のバンドの切り出しと精製を、Gel purification Kit(GEヘルスケア社)を用いて製造業者の指示に従って行った。精製した増幅断片をCloning kit(タカラバイオ社製)を用いてpUC18にサブクローニングし、その塩基配列を決定した。そして、決定された塩基配列を連結して、全塩基配列を決定し、その推定アミノ酸配列を得た。ハロバクテリム・バリスモルティス由来の全長グルコース脱水素酵素遺伝子の塩基配列及びその推定アミノ酸配列を配列表の配列番号1及び2として、また図5に示す。以下、本実施例で得られたハロバクテリム・バリスモルティス由来のグルコース脱水素酵素遺伝子を「hva dgh遺伝子」と、また、それによってコードされるグルコース脱水素酵素を「Hva GDH」と称するものとする。
【0081】
更に、既知の好塩菌由来のグルコース脱水素酵素とのアミノ酸配列アライメントを図6に示す。なお、図6中、Haloarcula marismortuiのグルコース脱水素酵素(配列番号11)を「Hma GDH」と、ハロバクテリウム・メディテラネイ(Halobacterium mediterranei)由来のグルコース脱水素酵素(配列番号3)を「Hme GDH」と、Haloquadratum walsbyi由来のグルコース脱水素酵素(配列番号12)を「Hwa GDH」と略する。
【0082】
〔実施例2〕組換えベクターの作製
実施例1で得られたhva dgh遺伝子を大腸菌細胞内で発現させるために、形質転換に用いる組換えベクターを構築した。
【0083】
ベクターに挿入するhva dgh遺伝子を、PCRを利用して以下のように調製した。まず、PCRプライマーを、実施例2で決定した全長hva dgh遺伝子の塩基配列に基づき設計し、このときベクターへの挿入のための付加配列を含んだ形態でhva dgh遺伝子を増幅できるように設計した。詳細には、hva dgh遺伝子の構造遺伝子の開始コドン部分にNdeI部位を付加するように設計したプライマー(プライマー5)、及び終止コドン直後にHindIII部位を付加するように設計したプライマー(プライマー6)を合成した。
【0084】
プライマーの配列情報は以下の通りである。
プライマー5 : 5'-AGATATACATATGCATGCAATCGCCGTCAA-3' (配列番号13)
プライマー6 : 5'-CTAAAGCTTATACCCTGAAATCTACGT-3' (配列番号14)
【0085】
鋳型DNAとしては、実施例1と同様、ハロバクテリム・バリスモルティスから抽出及び精製したゲノムDNAを用いた。
【0086】
PCR反応液は、前述のプライマー1、2を各50pmol、鋳型DNAを200ng含んで、Multiplex-PCR Kit(タカラバイオ社製)にて製造業者の指示に従って調製した。PCR温度プログラムは、94℃にて30秒間の熱変性の後、94℃にて30秒間の熱変性、55℃にて15秒間のアニーリング、及び72℃にて60秒間の伸長反応を1サイクルとした35サイクルの増幅反応、及び72℃にて10分間の最終伸長反応により行った。
【0087】
PCR増幅反応後の増幅断片を、NdeI及びHindIIIで消化し、タンパク質発現ベクターであるpET22b及びpET23bの夫々のlacプロモーター下流のNdeI及びHindIII部位に挿入した。得られたプラスミドを、夫々hva dgh / pET22bとhva dgh / pET23bと命名した。
【0088】
また、宿主細胞内で、ヒスチジンタグが融合したグルコース脱水素酵素を発現させるための組換えベクターをも作製した。まず、ベクターに挿入するhva dgh遺伝子を、PCRを利用して以下のように調製した。PCRプライマーは、実施例2で決定した全長hva dgh遺伝子の塩基配列に基づいて、更にベクターへの挿入及びヒスチジンタグ挿入のための付加配列を含んで増幅できるように設計された。詳細には、hva dgh遺伝子の開始コドン部分にNdeI部位を付加するように設計したプライマー(プライマー5)、および終止コドンを欠失させて、かつ、その直後にHindIII部位を付加するように設計したプライマー(プライマー7)を合成した。
【0089】
プライマーの配列情報は以下の通りである。
プライマー5 : 5'- AGATATACATATGCATGCAATCGCCGTCAA -3' (配列番号13)
プライマー7 : 5'-CCGCAAGCTTTACCCTGAAATCTACGTACG- 3' (配列番号15)
【0090】
PCR反応液は、前述のプライマー5、7を各50 pmol、鋳型DNAを200 ng含んで、Multiplex-PCR Kit(タカラバイオ社製)にて製造業者の指示に従って調製した。PCR温度プログラムは、94℃にて30秒間の熱変性の後、94℃にて30秒間の熱変性、55℃にて15秒間のアニーリング及び72℃にて60秒間の伸長反応を1サイクルとした35サイクルの増幅反応、及び72℃にて10分間の最終伸長反応により行った。
【0091】
PCR増幅反応後の増幅断片を、NdeI及びHindIIIで消化し、タンパク質発現ベクターであるpET22bのlacプロモーター下流のNdeI及びHindIII部位に挿入した。得られたプラスミドを、hva dgh-his tag / pET22bと命名した。
【0092】
〔実施例3〕組換えHva GDHの発現
実施例2で得られたhva dgh遺伝子を大腸菌細胞内で発現させ、組換えHva GDHを製造した。
【0093】
(プラスミドhva dgh / pET22b−大腸菌細胞内での合成)
実施例2で得られたプラスミドhva dgh / pET22bにより、大腸菌BL21(DE3)株の形質転換を行った。得られた形質転換体をアンピシリン50 μg/mlを含むLB培地(和光純薬社製)でOD600=0.6に達するまで培養した。次に、発現量を高めるため終濃度1mM のIPTGを添加して更に4時間培養した。培養後、遠心分離により集菌し、50 mMのリン酸緩衝液(pH 7.0)に懸濁した。続いて、超音波破砕処理により菌体を破砕した後、菌体残渣を除去し無細胞抽出液を得た。この無細胞抽出液をSDSで処理した後、12.5 % SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動に供した。電気泳動後、クマシーブリリアントブルー(以下、「CBB」と略する。)染色(クイックCBB Kit、和光純薬社製)によりタンパク質を可視化することにより組換えタンパク質の発現を確認した(図7(A)、レーン1)。また、培養液にIPTGを添加しないで培養したこと以外は同様の手順によって組換えタンパク質の発現を確認した(図7(A)、レーン2)。
【0094】
図7(A)の結果から、推定分子量(約40 kDa)の位置にHva GDH由来のタンパク質のバンドを確認することができた(レーン1)。また、IPTG不在下での電気泳動の結果は、タンパク質の発現を確認できず(レーン2)、レーン1において確認されたタンパク質のバンドは発現産物に由来するものであることが確認できた。
【0095】
(プラスミドhva dgh-his tag / pET22b−アフィニティーカラムクロマトグラフィー)
大腸菌細胞内で発現させた組換えHva GDHを、アフィニティーカラムを用いて分離、精製した。まず、前述の実施例2で得られたプラスミドhva dgh-his tag / pET22bを、上記と同様の手順により大腸菌の形質転換を行った後、形質転換体を培養し、N末側に6個のHis Tagが融合したHva GDHを発現させた。培養後、遠心分離により集菌し、リン酸緩衝液 (20 mM リン酸ナトリム緩衝液、0.5 M NaCl、pH 7.4)に懸濁した。続いて、菌体を超音波破砕処理(超音波処理30秒、氷冷 30秒を10セット)し、アフィニティーカラムクロマトグラフィーによりタンパク質の精製を行った。
【0096】
カラムクロマトグラフィーの詳細は以下の通りである。
1.カラム(Ni Sepharose 6 Fast Flow:GE ヘルスケア社製)を25 mlの純水で洗浄。
2.2.5 mlの0.1 M NiSO4をシリンジで注入 。
3.25 mlの純水で洗浄。
4.50 mlの開始バッファー(10 mM イミダゾールを含むリン酸バッファー)でカラムを平衡化。
5.サンプルの添加。
6.50 mlの開始バッファーで洗浄。
7.リン酸緩衝液(20 mM リン酸ナトリウム緩衝液、0.5M NaCl、pH 7.4)に100〜500 mMのイミダゾールを添加した溶出バッファーを30 ml注入し、タンパク質を溶出。
8.脱塩カラムで脱塩し、セントリコンで濃縮。
【0097】
精製後のタンパク質溶液に、2倍量の可溶化液(2×SDS サンプルバッファー:125 mM Tris-HCl、pH6.8、4% SDS、5% 2-メルカプトエタノール、20 % グリセロール、0.01 % ブロモフェノールブルー)を添加し、85 ℃で3分間保温した。続いて、その一部をポリアクリルアミドゲル(アトー社製)電気泳動に供し、CBB染色によりタンパク質を可視化した(図7(B)、レーン2)。また、前述のプラスミドhva dgh / pET22bを大腸菌で発現させたタンパク質についても、同様に電気泳動に供した(図7(B)、レーン1)。これは、図7(A)のレーン1に相当する。なお、レーンMは、タンパク質のサイズマーカーを示す。
【0098】
図7(B)の結果から、アフィニテイーカラムクロマトグラフィーにより、Hva GDHの分離、精製が確認された(レーン2)。
【0099】
(プラスミドhva gdh / pET23b−無細胞タンパク質合成)
前述の実施例2で得られたプラスミドhva gdh / pET23bを鋳型DNAとして、無細胞タンパク質合成システム(ラピッドトランスレーションシステム(RTS)、ロシュ・ダイアグノスティックス社製)を用いてタンパク質を試験内で合成した。続いて、合成されたタンパク質を、翻訳タンパク質標識システム(FluoroTect(登録商標)GreenLys in vitro Translation Labeling System、プロメガ社製)を用いて蛍光標識した。続いて、蛍光標識後のタンパク質溶液に、2倍量の可溶化液(2×SDS サンプルバッファー:125 mM Tris-HCl、pH 6.8、4% SDS、5% 2-メルカプトエタノール、20 % グリセロール、0.01 % ブロモフェノールブルー)を加え、85℃で3分間保温した。保温後の溶液の一部を分取し、ポリアクリルアミドゲル(アトー社製)電気泳動に供した。蛍光イメージアナライザー(FluorImager 595:GEヘルスケア社)により、電気泳動後のゲル上の蛍光シグナルを検出した(図7(C))。
【0100】
図7(C)の結果から、無細胞タンパク質合成系においても、推定分子量(約40 kDa)の位置にHva GDH由来のタンパク質のバンドを確認することができた。
【0101】
〔実施例4〕組換えHva GDHの活性測定−1
組換えHva GDHのグルコース脱水素酵素活性を測定した。本実施例においては、補酵素依存性について確認した。
【0102】
グルコース脱水素酵素活性は、グルコース脱水素酵素の触媒反応で生成するNADH及びNADPHを、波長340 nmの吸光度を測定することに定量し、グルコース脱水素酵素活性とすることによって測定した。つまり、グルコース脱水素酵素活性は、グルコース及びNAD +又はNADP+から、グルコノラクトン及びNADH又はNADPHを生成する触媒反応において、生成したNADH又はNADPHを直接定量することによって測定できる。
【0103】
ここで、活性測定の対象として、実施例3でアフィニティーカラムクロマトグラフィーにより精製したHva GDHの酵素溶液を用いた。反応液は、25 mMのグルコース、2 mMのNAD+又はNADP+、25mMのMgCl2、1M のNaCl、及び酵素溶液(酵素量:1ng)を、50 mMのリン酸緩衝液(pH 8.8)中で混合して200 μlとすることにより調製した。続いて、この反応液を、37 ℃で波長340 nmにおける吸光度を測定し、吸光度の増加を求めることにより活性評価試験を行った。なお、吸光度の測定は、マイクロプレートリーダー(モレキュラーデバイス社製)を用い、340 nmでの吸光度の30秒毎の経時変化を測定した。このとき、コントロールとして、基質を添加せずにNADP+のみを添加して反応をさせた場合の活性についても測定した。
【0104】
結果を図8に示す。図8は、吸光度を縦軸に、時間を横軸にとったグラフである。
【0105】
図8の結果から、Hva GDHは、補酵素としてNADP+特異的に依存し、かつグルコースを基質とするNADP+依存型の脱水素酵素であることが確認された。
【0106】
〔実施例5〕組換えHva GDHの活性測定−2
組換えHva GDHのグルコース脱水素酵素活性を測定した。本実施例においては、塩濃度が活性に与える影響を確認した。
【0107】
本実施例においても、実施例4と同様、実施例3でアフィニティーカラムクロマトグラフィーにより精製したHva GDHの酵素溶液を測定対象とした。そして、塩濃度がグルコース脱水素酵素活性に与える影響を確認するため、酵素反応液のNaCl濃度を変化させた場合のHva GDHのグルコース脱水素酵素活性を測定した。詳細には、実施例4の反応液のNaCl濃度を終濃度0、1.0、2.0 Mの範囲で変化させ、それ以外は実施例4と同様にして補酵素NADP+存在下でのグルコース脱水素酵素活性を測定した。このとき、コントロールとして、基質を添加せずにNaCl濃度を1.0 Mとして反応をさせた場合の活性についても測定した。
【0108】
結果を図9に示す。図9は、吸光度を縦軸に、時間を横軸にとったグラフである。図9の結果から、Hva GDHの、NaClでの反応至適濃度は終濃度1.0 Mであった。
【0109】
〔実施例6〕組換えHva GDHの活性測定−3
組換えHva GDHのグルコース脱水素酵素活性を測定した。本実施例においては、pHが活性に与える影響を確認した。
【0110】
本実施例においても、実施例4と同様、実施例3でアフィニティーカラムクロマトグラフィーにより精製したHva GDHの酵素溶液を測定対象とした。そして、pHが酵素活性に与える影響を確認するため、酵素反応液のpH を変化させた場合のHva GDHのグルコース脱水素酵素活性を測定した。詳細には、実施例4の反応液のpHをpH 5.0、7.0、8.8の範囲で変化させ、それ以外は実施例4と同様にして補酵素NADP+存在下でのグルコース脱水素酵素活性を測定した。このとき、コントロールとして、基質を添加せずにpH8.8として反応をさせた場合の活性についても測定した。
【0111】
結果を図10に示す。図10は、吸光度を縦軸に、時間を横軸にとったグラフである。図10の結果から、Hva GDHは、pH 7.0から8.8の範囲で活性を示すことが判明した。
【0112】
〔実施例7〕組換えHva GDHの活性測定−4
組換えHva GDHのグルコース脱水素酵素活性を測定した。本実施例においては、Hva GDHの基質特異性について確認した。
【0113】
本実施例においても、実施例4と同様、実施例3でアフィニティーカラムクロマトグラフィーにより精製したHva GDHの酵素溶液を測定対象とした。そして、Hva GDHの基質特異性を確認するため、種々の糖類に対する反応性を検討した。ここでは、6種類の単糖類(グルコース、フコース、スクロース、リボース、キシロース、マンノース)に対する反応性を、実施例4と同様にして補酵素NADP+存在下でのグルコース脱水素酵素活性を測定した。このとき、コントロールとして、基質を添加せずに反応をさせた場合の活性についても測定した。
【0114】
結果を図11(A)、及び図11(C)に示す。図11(A)は、吸光度を縦軸に、時間(分)を横軸にとったグラフである。図11(A)の結果から、Hva GDHは、本実施例で確認した糖類の中では、グルコース、フコース、スクロース、及びリボースを基質として認識し、その触媒活性を発揮することが確認された。また、キシロースに対しても、前述の4つの糖類に対する活性よりは低いが、基質として認識することが確認された。一方、マンノースについては、ほとんど基質として認識しないことが確認された。
【0115】
また、図11(C)は、グルコースに対する活性を100とした場合の各糖基質に対する相対活性を示すグラフである。基質のサンプル番号を横軸に、相対活性を縦軸にとり、Hva GDHの活性につき、白抜き棒グラフで表している。サンプル番号1はマンノース、サンプル番号2はキシロース、サンプル番号3はリボース、サンプル番号4はフコース、サンプル番号5はスクロース、そして、サンプル番号6はグルコースを示す。
【0116】
〔比較例1〕既知のThermoplasma acidophilum由来のグルコース脱水素酵素の基質特異性
既知のグルコース脱水素酵素であるThermoplasma acidophilum由来のグルコース脱水素酵素「Tac GDH」と称する)の基質特異性を確認した。
【0117】
既知のグルコース脱水素酵素であるTac GDH(シグマアルドリッチ社、カタログNo.G5909)の基質特異性を確認した。実施例6と同様にして、補酵素NADP+存在下でのグルコース脱水素酵素活性を測定した。
【0118】
結果を図11(B)、及び図11(C)に示す。図11(B)は、図11(A)と同様に、吸光度を縦軸に、時間(分)を横軸にとったグラフである。図11(B)の結果から、Tac GDHは、本実施例で確認した糖類の中では、グルコース、及びフコースを基質として認識し、その触媒活性を発揮することが確認された。また、キシロースに対しても、前述の2つの糖類に対する活性よりは低いが、基質として認識することが確認された。一方、リボース、スクロース、及びマンノースについては、ほとんど基質として認識しないことが確認された。
【0119】
また、図11(C)は、グルコースに対する活性を100とした場合の各糖基質に対する相対活性を示すグラフである。サンプル番号を横軸に、相対活性を縦軸にとり、Tac GDHの活性につき、影付き棒グラフで表している。サンプル番号1はマンノース、サンプル番号2はキシロース、サンプル番号3はリボース、サンプル番号4はフコース、サンプル番号5はスクロース、そして、サンプル番号6はグルコースを示す。
【0120】
実施例7、及び比較例1の結果から、本発明のHva GDHが、リボースとスクロースを基質として反応できる点で、既知の酵素であるTac GDHとは異なる基質選択性を有することが判明した。また、他の既知の酵素についての基質選択性について、グルコースに加えて、リボースに対して反応性を有するグルコース脱水素酵素は知られていない。例えば、ハロバクテリム・バリスモルティスと同様に好熱好塩性古細菌であるハロバクテリウム・メディテラネイ由来のグルコース脱水素酵素(Maria-Jose Bonete他著、FEBS Letters、1996年、第383巻、第227〜229頁)、及びSulfolobus solfataricus由来のグルコース脱水素酵素 (Paola Giardina他著、The Biochemical journal 、1986年、第239巻、第3号、第517〜522頁)等がリボースと反応性がないことが知られている。したがって、本発明のHva GDHは、既知のグルコース脱水素酵素とは異なる理化学的特性を有する新規な酵素であることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0121】
本発明は、NADP+依存型グルコース脱水素酵素及びその利用方法に関し、医療、食品、環境分野等の様々な産業分野において利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0122】
【図1】Hva GDHクローニング用の縮重プライマーの設計のために選択された既知のグルコース脱水素酵素のアミノ酸配列間の相同領域を示す図
【図2】Hva GDH のクローニング(プライマー、PCR試薬の選択)について検討した検討例1の結果を示す図
【図3】Hva GDHのクローニング(対象高度好熱好塩菌の選択)について検討した検討例2の結果を示す図
【図4】(A)は、ハロバクテリム・バリスモルティスゲノムDNAからHva GDHをクローニングした実施例1の結果(部分増幅)を示す図であり、(B)は、ハロバクテリム・バリスモルティスゲノムDNAからHva GDHをクローニングした実施例1の結果(未増幅領域の増幅)を示す図
【図5】本発明のhva gdh遺伝子の全長塩基配列及び推定アミノ酸配列を示す図
【図6】既知のグルコース脱水素酵素とのアミノ酸配列アライメントを示す図
【図7】(A)は、本発明のHva GDHの合成(大腸菌による組換えタンパク質発現系)を確認した実施例3の結果を示す図であり、(B)は、本発明のHva GDHの合成(His Tag融合タンパク質としての発現及び精製)を確認した実施例3の結果を示す図であり、(C)は、本発明のHva GDHの合成(無細胞タンパク質合成系)を確認した実施例3の結果を示す図
【図8】組換えHva GDHの活性(補酵素依存性)を確認した実施例4の結果を示す図
【図9】組換えHva GDHの活性(耐塩性)を確認した実施例5の結果を示す図
【図10】組換えHva GDHの活性(pH安定性)を確認した実施例6の結果を示す図
【図11】(A)は、組換えHva GDHの活性(基質特異性)を確認した実施例7の結果を示す図であり、(B)は、既知のグルコース脱水素酵素の活性を確認した比較例1の結果を示す図であり、(C)は、組換えHva GDHの活性を確認した実施例7と、既知のグルコース脱水素酵素の活性を確認した比較例1の結果を示す図
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)又は(b)のタンパク質。
(a)配列番号2に示すアミノ酸配列を含むタンパク質
(b)配列番号2に示すアミノ酸配列において、1又は複数のアミノ酸の欠失、置換、挿入および付加から選択される少なくとも1の改変が生じたアミノ酸配列を含むタンパク質であって、下記(1)〜(3)の理化学的性質を有するタンパク質、
(1)酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸を特異的に補酵素として要求し、グルコースからグルコノラクトンを生成する脱水素反応を触媒する
(2)リボースの脱水素反応を触媒する
(3)pH耐性が、pH 7.0〜8.8で安定であり、至適pHが8.8である
【請求項2】
下記(4)〜(7)から選択される1以上の理化学的性質を有する請求項1に記載のタンパク質。
(4)塩耐性が、塩濃度0〜2.0 Mで安定であり、至適塩濃度が1.0 Mである
(5)スクロースの脱水素反応を触媒する
(6)キシロースの脱水素反応を触媒する
(7)フコースの脱水素反応を触媒する
【請求項3】
組換え体である請求項1又は2に記載のタンパク質。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載のタンパク質をコードする核酸分子。
【請求項5】
下記(c)又は(d)のポリヌクレオチドからなる核酸分子。
(c)配列番号1に示す塩基配列を含むポリヌクレオチド、
(d)配列番号1に示す塩基配列を含むポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ下記(1)〜(3)の理化学的性質を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
(1)酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸を特異的に補酵素として要求し、グルコースを酸化してグルコノラクトン生成する反応を触媒する
(2)リボースの脱水素反応を触媒する
(3)pH耐性が、pH 7.0〜8.8で安定であり、至適pHが8.8である
【請求項6】
前記タンパク質が、下記(4)〜(7)から選択される1以上の理化学的性質を有する請求項5に記載の核酸分子。
(4)塩濃度耐性が、塩濃度0〜2.0 Mで安定であり、至適塩濃度が1.0 Mである
(5)スクロースの脱水素反応を触媒する
(6)キシロースの脱水素反応を触媒する
(7)フコースの脱水素反応を触媒する
【請求項7】
請求項4〜6のいずれか一項に記載の核酸分子を含有する組換えベクター。
【請求項8】
請求項7に記載の組換えベクターを含有する形質転換体。
【請求項9】
請求項8に記載の形質転換体を培養し、得られた培養物からグルコースの脱水素反応を触媒する能力を有するタンパク質を採取するグルコース脱水素酵素の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜3のいずれか一項に記載のタンパク質を、電極上に固定化した糖類検出用のバイオセンサー。
【請求項11】
前記糖類が、グルコース及びリボースから選択される1以上の糖類である請求項10に記載の糖類検出用バイオセンサー。
【請求項1】
下記(a)又は(b)のタンパク質。
(a)配列番号2に示すアミノ酸配列を含むタンパク質
(b)配列番号2に示すアミノ酸配列において、1又は複数のアミノ酸の欠失、置換、挿入および付加から選択される少なくとも1の改変が生じたアミノ酸配列を含むタンパク質であって、下記(1)〜(3)の理化学的性質を有するタンパク質、
(1)酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸を特異的に補酵素として要求し、グルコースからグルコノラクトンを生成する脱水素反応を触媒する
(2)リボースの脱水素反応を触媒する
(3)pH耐性が、pH 7.0〜8.8で安定であり、至適pHが8.8である
【請求項2】
下記(4)〜(7)から選択される1以上の理化学的性質を有する請求項1に記載のタンパク質。
(4)塩耐性が、塩濃度0〜2.0 Mで安定であり、至適塩濃度が1.0 Mである
(5)スクロースの脱水素反応を触媒する
(6)キシロースの脱水素反応を触媒する
(7)フコースの脱水素反応を触媒する
【請求項3】
組換え体である請求項1又は2に記載のタンパク質。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載のタンパク質をコードする核酸分子。
【請求項5】
下記(c)又は(d)のポリヌクレオチドからなる核酸分子。
(c)配列番号1に示す塩基配列を含むポリヌクレオチド、
(d)配列番号1に示す塩基配列を含むポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ下記(1)〜(3)の理化学的性質を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
(1)酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸を特異的に補酵素として要求し、グルコースを酸化してグルコノラクトン生成する反応を触媒する
(2)リボースの脱水素反応を触媒する
(3)pH耐性が、pH 7.0〜8.8で安定であり、至適pHが8.8である
【請求項6】
前記タンパク質が、下記(4)〜(7)から選択される1以上の理化学的性質を有する請求項5に記載の核酸分子。
(4)塩濃度耐性が、塩濃度0〜2.0 Mで安定であり、至適塩濃度が1.0 Mである
(5)スクロースの脱水素反応を触媒する
(6)キシロースの脱水素反応を触媒する
(7)フコースの脱水素反応を触媒する
【請求項7】
請求項4〜6のいずれか一項に記載の核酸分子を含有する組換えベクター。
【請求項8】
請求項7に記載の組換えベクターを含有する形質転換体。
【請求項9】
請求項8に記載の形質転換体を培養し、得られた培養物からグルコースの脱水素反応を触媒する能力を有するタンパク質を採取するグルコース脱水素酵素の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜3のいずれか一項に記載のタンパク質を、電極上に固定化した糖類検出用のバイオセンサー。
【請求項11】
前記糖類が、グルコース及びリボースから選択される1以上の糖類である請求項10に記載の糖類検出用バイオセンサー。
【図1】
【図5】
【図6】
【図2】
【図3】
【図4】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図5】
【図6】
【図2】
【図3】
【図4】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2009−207441(P2009−207441A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−55255(P2008−55255)
【出願日】平成20年3月5日(2008.3.5)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【出願人】(596175810)財団法人かずさディー・エヌ・エー研究所 (40)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年3月5日(2008.3.5)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【出願人】(596175810)財団法人かずさディー・エヌ・エー研究所 (40)
【Fターム(参考)】
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