説明

グルコース誘導性不活化/分解耐性トランスポーター遺伝子及びその用途

【課題】マルトースなどのオリゴ糖の資化性を向上させた酵母を提供する。
【解決手段】グルコース誘導性不活化/分解耐性トランスポーター遺伝子及びその用途に関し、特に、オリゴ糖(マルトース、マルトトリオースなど)の資化性に優れた醸造酵母、該酵母を用いて製造した酒類、その製造方法。特に、Mal21p、変異Mal31p、変異Mal61p、変異Mtt1p、変異Agt1pなどのグルコース誘導性不活化/分解耐性トランスポーター、それをコードする遺伝子、それを利用した酒類の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グルコース誘導性不活化/分解耐性トランスポーター遺伝子及びその用途に関し、特に、オリゴ糖(マルトース、マルトトリオースなど)の資化性に優れた醸造酵母、該酵母を用いて製造した酒類、その製造方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
ビール、発泡酒、ウィスキーなどの麦芽発酵飲料の製造において、麦芽等をマッシングした麦汁に含まれる主な糖はグルコースとマルトースとマルトトリオースの3種類である。これらの麦芽由来の糖の比率はマッシングの方法で、若干変えることが可能だが、酵素剤の添加や、糖化スターチの添加などを行なわない場合は、大きく変わることはなく、1:5:1ぐらいの比であると言える。このうちグルコースは単糖で、酵母が最も好む糖として、はじめに資化される。
【0003】
酵母には、グルコース存在下では転写過程において抑制される、数々の遺伝子がある。この抑制制御はグルコースリプレッションと呼ばれる。マルトースやマルトトリオースの酵母への取り込みに必要な数種のトランスポーターはいずれもこの抑制を受ける。また、これらグルコースリプレッションを受ける遺伝子の産物は、さらに翻訳後にもグルコースの存在下で不活化されるものがあることが知られている。α−グルコシドトランスポーターもその類に属し、グルコース存在下では、速やかに分解されることが知られている。マルトースやマルトトリオースの資化の第一段階が、このトランスポーターによる酵母細胞内への取り込みであるため、トランスポーターが分解されると、これらの資化は止まってしまう。これが、トランスポーターの発現が資化の律速段階であると呼ばれる由縁である。
【非特許文献1】Brondijk, T. H., van der Rest, M. E., Pluim, D., de Vries, Y. de., Stingl, K., Poolman, B., and Konings, W. N. (1998) J Biol Chem 273(25), 15352-15357
【非特許文献2】Medintz, I., Wang, X., Hradek, T., and Michels, C. A. (2000) Biochemistry 39(15), 4518-4526
【非特許文献3】Gadura, N., and Michels, C. A. (2006) Curr Genet 50(2), 101-114
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このような状況において、グルコースによって不活化または分解されにくいオリゴ糖トランスポーターを含み、マルトースなどのオリゴ糖の資化性を向上させた酵母を提供することが望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意努力し、グルコースによる不活化や分解を受けにくいトランスポーター(以下、「グルコース誘導性不活化/分解耐性トランスポーター」という)またはそれを含有する酵母をスクリーニングする新たな方法を開発し、そのスクリーニング方法に基づいて、グルコース誘導性不活化/分解耐性トランスポーターまたはそれを含む酵母を見いだして、本発明を完成した。
【0006】
すなわち本発明は、グルコース誘導性不活化/分解耐性トランスポーターをコードする遺伝子、該遺伝子にコードされるトランスポータータンパク質、該遺伝子の発現が調節された形質転換酵母、該遺伝子の発現が調節された酵母を用いることによる酒類の製造方法などに関する。本発明は、具体的には、次に示すポリヌクレオチド、該ポリヌクレオチドを含有するベクター、該ベクターが導入された形質転換酵母、該形質転換酵母を用いる酒類の製造方法などを提供する。
【0007】
(1) 配列番号:4、6、8又は10のアミノ酸配列に変異を加えた変異配列からなり、グルコース誘導性不活化/分解耐性を有するトランスポータータンパク質をコードするポリヌクレオチドであって、
配列番号:4、6又は8のアミノ酸配列の39〜52番目のアミノ酸配列(QGKKSDFDLSHLEY 又はQGKKSDFDLSHHEY)、あるいは配列番号:10のアミノ酸配列の44〜57番目のアミノ酸配列(GKKDSAFELDHLEF)中に1〜5個のアミノ酸の欠失、置換、挿入および/または付加の変異が加えられている、ポリヌクレオチド。
(2) 前記39〜52番目のアミノ酸配列又は44〜57番目のアミノ酸配列以外の配列部分に1〜15個のアミノ酸の欠失、置換、挿入および/または付加の変異がさらに加えられた変異配列からなるトランスポーターをコードする、項目1記載のポリヌクレオチド。
(3) 配列番号:4、6又は8のアミノ酸配列の46〜51番目のアミノ酸配列(DLSHLE又はDLSHHE)、あるいは配列番号:10の51〜56番目のアミノ酸配列(ELDHLE)中に1〜5個のアミノ酸の欠失、置換、挿入および/または付加の変異が加えられている、項目1または2に記載のポリヌクレオチド。
(4) 配列番号:25、27、29、31、33、35、37、39、41、43、45、47又は49の塩基配列からなるポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド。
(5) 配列番号:29、33、35、39、41、43又は47の塩基配列からなるポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド。
(6) 配列番号:26、28、30、32、34、36、38、40、42、44、46、48又は50のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド。
(7) 配列番号:30、34、36、40、42、44又は48のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド。
(8) DNAである、項目1〜7のいずれかに記載のポリヌクレオチド。
【0008】
(9) 項目1〜8のいずれかに記載のポリヌクレオチドにコードされるタンパク質。
【0009】
(10) 項目1〜8のいずれかに記載のポリヌクレオチドを含有するベクター。
【0010】
(11) 項目10に記載のベクターが導入された形質転換酵母。
(12) 項目10に記載のベクターを導入することによって、オリゴ糖資化能が向上した項目10に記載の醸造用酵母。
(13)項目9に記載のタンパク質の発現量を増加させることによってオリゴ糖資化能が向上した項目12に記載の醸造用酵母。
【0011】
(14) 項目11〜13のいずれかに記載の酵母を用いた酒類の製造方法。
(15) 醸造する酒類が麦芽飲料である項目14に記載の酒類の製造方法。
(16) 醸造する酒類がワインである項目14に記載の酒類の製造方法。
【0012】
(17) 項目14〜16のいずれかに記載の方法で製造された酒類。
【0013】
(18) グルコース誘導性不活化/分解耐性を有するトランスポーターを含む酵母を取得する方法であって、
(1)複数の被検酵母を、2-デオキシグルコースを含むオリゴ糖培地で培養し、その生育レベルを指標として、グルコースによる不活化または分解を受けにくいトランスポータータンパク質を含む酵母を選択する工程、
(2)工程(1)において選択した酵母に含まれるトランスポータータンパク質のアミノ酸配列を、グルコースによる不活化または分解レベルが知られているトランスポータータンパク質のアミノ酸配列と比較することにより、グルコースにより不活化または分解の受けにくさに寄与するアミノ酸残基又はアミノ酸配列を同定する工程、
(3)工程(2)で得られたアミノ酸配列情報に基づいて、グルコース誘導性不活化/分解耐性を有するトランスポーターをコードするポリヌクレオチドを設計する工程、及び
(4)工程(3)で設計されたポリヌクレオチドを酵母に導入し、その酵母をオリゴ糖培地で培養し、その酵母に含まれるトランスポーターのグルコース誘導性不活化/分解耐性、その酵母のオリゴ糖資化能、増殖速度および/または麦汁での醗酵速度を測定する工程、
を含む方法。
(18a) 前記工程(1)における複数の被検酵母が、自然界に存在するもの、または自然界から得られたものに変異を加えたものである、項目18に記載の方法。
(18b) 前記工程(4)における工程(3)で設計されたポリヌクレオチドを導入した酵母が、Mal31pタンパク質のアミノ酸配列に部位特異的変異を導入した変異型Mal31pタンパク質、Mal61pタンパク質のアミノ酸配列に部位特異的変異を導入した変異型Mal61pタンパク質、Mtt1pタンパク質のアミノ酸配列に部位特異的変異を導入した変異型Mtt1pタンパク質、またはAgt1pタンパク質のアミノ酸配列に部位特異的変異を導入した変異型Agt1pタンパク質を含む、項目18に記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る酵母を使用することによって、マルトース、マルトトリオースなどのオリゴ糖を含む醪の醗酵速度を早める事ができるという利点がある。本発明に係るトランスポーター遺伝子は、どのような醸造用酵母または実験室酵母にも導入可能である。特にグルコース、フラクトースなどの単糖を沢山含むような醗酵原液に、本発明に係るトランスポーターが取り込むことのできるオリゴ糖(マルトース、マルトトリオース、ツラノース、トレハロース等)を含むような場合はより有効である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実験室酵母株の2−デオキシグルコース存在下での生育の違いを示す図である。
【図2】MAL21遺伝子の塩基配列を示す。
【図3】Mal21pのアミノ酸配列を示す。
【図4】Mal21p、Mal31pおよびMal61pのグルコース存在下での分解速度を示す図である。
【図5】変異型Mal31pのグルコース存在下での分解速度を示す図である。
【図6】Mal21/Mal31/Mal61/Mtt1/Agt1のアラインメント図を示す。
【図7】Mal21/Mal31/Mal61/Mtt1/Agt1のアラインメント図を示す(図6の続き)。
【図8】変異型Agt1pのグルコース存在下での分解速度を示す図である。
【図9】変異型MAL61遺伝子を持つ株の2−デオキシグルコース存在下での生育の違いを示す図である(分解速度に大きな影響を与えるアミノ酸残基の同定)。
【図10】変異型Mal61pのグルコース存在下での分解速度を示す図である(分解速度に大きな影響を与えるアミノ酸残基の同定)。
【図11】天然型MTT1と変異型MTT1遺伝子を持つ株の2−でオキシグルコース存在下での生育の違いを示す図である。
【図12】MAL21遺伝子を高発現させた実験室株のマルトース培地での生育を示す図である。
【図13】MAL21遺伝子を高発現させた下面ビール酵母株の発泡酒あるいは発泡酒(グルコースリッチ)麦汁におけるマルトース発酵速度を示す図である。
【図14】グルコースによる分解を受けにくいトランスポーターを高発現した上面ビール酵母の麦汁におけるマルトース発酵速度を示す図である。
【図15】プラスミド pJHXSBの構成を示す図である。
【図16】プラスミド pJHIXSBの構成を示す図である。
【図17】プラスミド pYCGPYの構成を示す図である。
【図18】プラスミド pUP3GLPの構成を示す図である。
【図19】プラスミド pYCp49Hの構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、翻訳後のトランスポーターのグルコースによる不活性化または分解を制御することができれば、グルコース存在下でも、より効率よくマルトース及びマルトトリオースを酵母に資化させる事ができるのではないかという着想に基づいて、鋭意努力した結果、自然界から分解されにくいα−グルコシドトランスポーターであるMal21pを発見し、Mal21pが他のトランスポーターに比べ、はるかに分解速度が遅いことを確認した。
【0017】
また、トランスポーター遺伝子にUVで変異を与え、独自の方法でグルコース誘導性の不活化または分解に耐性を有するトランスポーターのスクリーニングに成功した。より具体的には、グルコースによる不活化または分解を受けやすいα−グルコシドトランスポーターであるMal31pとAgt1pとに変異をかけ、数種の分解されにくいトランスポーターを取得した。また、これらの変異型トランスポーターのアミノ酸配列およびMal21pのアミノ酸配列から、分解されにくさに寄与しているアミノ酸残基を同定した。その結果、下面ビール酵母が持つ新規なアルファーグルコシドトランスポーターであるMtt1pも、その情報を元にアミノ酸置換を行なうことによって、グルコースによる不活化または分解を受けにくいトランスポーターに改変することに成功した。また、発見、あるいは新たに取得した、グルコースによる不活化または分解を受けにくいトランスポーターを高発現することによって、実際にマルトース培地での増殖速度を上げる事に成功した。また、ビール醸造においては、マルトースの資化速度を早める事ができた。本発明はこのような着想と研究の成果によって完成したものである。
【0018】
本発明において得られた遺伝子およびそのヌクレオチド配列と、それらの遺伝子にコードされるトランスポータータンパク質とそれらのアミノ酸配列は次のとおりである。
【0019】
[配列番号:1] MAL21ヌクレオチド配列
[配列番号:2] Mal21pα−グルコシドトランスポーターアミノ酸配列
[配列番号:3] MAL31ヌクレオチド配列
[配列番号:4] Mal31pα−グルコシドトランスポーターアミノ酸配列
[配列番号:5] MAL61ヌクレオチド配列
[配列番号:6] Mal61α−グルコシドトランスポーターアミノ酸配列
[配列番号:7] MTT1ヌクレオチド配列
[配列番号:8] Mtt1p α−グルコシドトランスポーターアミノ酸配列
[配列番号:9] AGT1ヌクレオチド配列
[配列番号:10] Agt1p α−グルコシドトランスポーターアミノ酸配列
[配列番号:25] MAL61[D46G] ヌクレオチド配列
[配列番号:26] Mal61p[Gly46] アミノ酸配列
[配列番号:27] MAL61[L50H] ヌクレオチド配列
[配列番号:28] Mal61p[His50] アミノ酸配列
[配列番号:29] MAL61[D46G,L50H] ヌクレオチド配列
[配列番号:30] Mal61p[Gly46, His50] アミノ酸配列
[配列番号:31] AGT1[E56K] ヌクレオチド配列
[配列番号:32] Agt1p[Lys56] アミノ酸配列
[配列番号:33] AGT1[E56G] ヌクレオチド配列
[配列番号:34] Agt1p[Gly56] アミノ酸配列
[配列番号:35] MTT1[D46G] ヌクレオチド配列
[配列番号:36] Mtt1p[Gly46] アミノ酸配列
[配列番号:37] MAL31[E51V] ヌクレオチド配列
[配列番号:38] Mal31p[Val51] アミノ酸配列
[配列番号:39] MAL31[S48P] ヌクレオチド配列
[配列番号:40] Mal31p[Pro48] アミノ酸配列
[配列番号:41] MAL31[H49P] ヌクレオチド配列
[配列番号:42] Mal31p[Pro49] アミノ酸配列
[配列番号:43] MAL31[L50P] ヌクレオチド配列
[配列番号:44] Mal31p[Pro50] アミノ酸配列
[配列番号:45] MAL31[E51K] ヌクレオチド配列
[配列番号:46] Mal31p[Lys51] アミノ酸配列
[配列番号:47] MAL31[L50F,E51K] ヌクレオチド配列
[配列番号:48] Mal31p[Phe50,Lys51] アミノ酸配列
[配列番号:49] MAL31[H49R] ヌクレオチド配列
[配列番号:50] Mal31p[Arg49] アミノ酸配列
【0020】
本明細書中で使用される「α−グルコシドトランスポーター」とは、α−グルコシドの膜横断輸送に関するタンパク質であり、このようなα−グルコシドトランスポーターとしては、マルトーストランスポーター、マルトトリオーストランスポーターなどが含まれる。
【0021】
1.本発明のポリヌクレオチド
まず、本発明は、配列番号:4、6、8又は10のアミノ酸配列に変異を加えた変異配列からなり、グルコース誘導性不活化/分解耐性を有するトランスポータータンパク質をコードするポリヌクレオチドであって、配列番号:4、6又は8のアミノ酸配列の39〜52番目のアミノ酸配列(QGKKSDFDLSHLEY 又はQGKKSDFDLSHHEY)、あるいは配列番号:10のアミノ酸配列の44〜57番目のアミノ酸配列(GKKDSAFELDHLEF)中に1〜5個(好ましくは、1〜4個、1〜3個、1〜2個又は1個)のアミノ酸の欠失、置換、挿入および/または付加の変異が加えられているポリヌクレオチド(具体的には、DNA、以下、これらを単に「DNA」とも称する)を提供する。本発明は、上記アミノ酸配列の39〜52番目又は44〜57番目のアミノ酸配列のアミノ酸配列以外の配列部分に、さらに1〜15個(好ましくは、1〜14個、1〜13個、1〜12個、1〜11個、1〜10個、1〜9個、1〜8個、1〜7個、1〜6個、1〜5個、1〜4個、1〜3個、1〜2個又は1個)のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加の変異がさらに加えられた変異配列からなる上記のトランスポータータンパク質も含む。
【0022】
さらに、本発明の好ましいタンパク質は、上記配列番号:4、6又は8のアミノ酸配列の46〜51番目のアミノ酸配列(DLSHLE又はDLSHHE)、あるいは配列番号:10の51〜56番目のアミノ酸配列(ELDHLE)中に1〜5個(好ましくは、1〜4個、1〜3個、1〜2個又は1個)のアミノ酸の欠失、置換、挿入および/または付加の変異が加えられている上記のトランスポータータンパク質を含む。本発明の好ましいトランスポータータンパク質は、配列番号:26、28、30、32、34、36、38、40、42、44、46、48又は50のアミノ酸配列からなるタンパク質を含み、より好ましくは、配列番号:30、34、36、40、42、44又は48のアミノ酸配列からなるタンパク質を含む。
【0023】
また、本発明のトランスポータータンパク質としては、配列番号:26、28、30、32、34、36、38、40、42、44、46、48又は50のアミノ酸配列において、例えば、1〜15個、1〜10個、1〜9個、1〜8個、1〜7個、1〜6個(1〜数個)、1〜5個、1〜4個、1〜3個、1〜2個、1個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつグルコース誘導性不活化/分解耐性を有するトランスポータータンパク質が挙げられる。上記アミノ酸残基の欠失、置換、挿入および/または付加の数は、一般的には小さい程好ましい。
【0024】
また、このようなタンパク質としては、配列番号:26、28、30、32、34、36、38、40、42、44、46、48又は50のアミノ酸配列と約90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.1%以上、99.2%以上、99.3%以上、99.4%以上、99.5%以上、99.6%以上、99.7%以上、99.8%以上、99.9%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつグルコース誘導性不活化/分解耐性を有するトランスポータータンパク質が挙げられる。上記相同性の数値は一般的に大きい程好ましい。
【0025】
<グルコース誘導性不活化/分解耐性の評価>
本発明において、グルコース誘導性不活化/分解耐性は、例えば次のようにして評価することができる。最初に、各トランスポータータンパクを発現する株が、0〜2 mMの2−デオキシグルコースを含有するマルトース等の最少培地(Yeast Nitrogen Base w/o amino acids 6.7 g/L、 マルトースなど 20 g/L、ただし、栄養要求性のある形質転換株については、その栄養素を含む)、あるいは0〜8.0mMの2-デオキシグルコースを含むマルトース完全合成培地(SCM) (Yeast Nitrogen Base w/o amino acids 6.7 g/L、 マルトース20 g/L、アデニン硫酸 20 mg/ml、ウラシル20 mg/ml、L-トリプトファン20 mg/ml、L-ヒスチジン塩酸塩 20 mg/ml、L-アルギニン塩酸塩20 mg/ml、L-メチオニン20 mg/ml、L-チロシン30 mg/ml、L-ロイシン30 mg/ml、L-イソロイシン30 mg/ml、L-リジン塩酸塩30 mg/ml、L-フェニルアラニン50 mg/ml、L-グルタミン酸 100 mg/ml、L-アスパラギン酸 100 mg/ml、L-バリン150 mg/ml、L-トレオニン200 mg/ml、L-セリン400 mg/ml)で生育することを確認し、グルコース誘導性の不活化/分解シグナルが生じている状態の酵母においても、そのトランスポーターがマルトース取り込み活性を持ち機能している株を選択する。次に、この株をYPD(イーストエキストラクト 10 g/L,ポリペプトン 20 g/L, グルコース 20 g/L)に植菌して、30 ℃にて一晩震盪培養する。培養液を、OD660=1.0になるようにYPM培地(イーストエキストラクト 10 g/L,ポリペプトン 20 g/L, マルトース 5 g/L)に植菌し、30 ℃にて2.5時間、震盪培養し、集菌する。60 OD660unitの細胞を測り取り、あらかじめ30 ℃にてインキュベートしておいた分解速度測定用培地(Yeast Nitrogen Base w/o amino acids and ammonia 1.7 g/L、 グルコース 20 g/L、シクロヘキシミド 25 μg/L)30mlに懸濁し、30 ℃でインキュベートする。細胞懸濁液は適当な時間(0、10、20、30および40 分あるいは、0、30、60、90および120 分)5mlサンプリングし、速やかに遠心して上澄みを捨て、細胞をエタノールドライアイスで凍結する。凍結した細胞から常法にしたがってトランスポータータンパク質を検出し、タンパクバンドのインテンシティーを測定し、その減少速度から半減期を求める。本発明において好ましいトランスポータータンパク質は、例えば、Mal31pと比較して、2倍以上、3倍以上、4倍以上、5倍以上、6倍以上または8倍以上の半減期を有する。
【0026】
また、本発明は、配列番号:4、6、8又は10のアミノ酸配列に変異を加えた変異配列からなり、グルコース誘導性不活化/分解耐性を有するトランスポータータンパク質をコードするポリヌクレオチドであって、配列番号:4、6又は8のアミノ酸配列の39〜52番目のアミノ酸配列(QGKKSDFDLSHLEY 又はQGKKSDFDLSHHEY)、あるいは配列番号:10のアミノ酸配列の44〜57番目のアミノ酸配列(GKKDSAFELDHLEF)中に1〜5個(好ましくは、1〜4個、1〜3個、1〜2個又は1個)のアミノ酸の欠失、置換、挿入および/または付加の変異が加えられているポリヌクレオチドなど、本発明のポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつグルコース誘導性不活化/分解耐性を有するトランスポータータンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチドも包含する。
【0027】
本発明において好ましいポリヌクレオチドは、上記で特定されたポリヌクレオチド、具体的には配列番号:25、27、29、31、33、35、37、39、41、43、45、47又は49の塩基配列からなるポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチドであり、さらにより好ましいポリヌクレオチドは、配列番号:29、33、35、39、41、43又は47の塩基配列からなるポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチドである。後述する実施例において、Mal21p、変異Mal31p、変異Mal61p及び変異Mtt1pでは、配列番号:4、6または8の46〜51番目のアミノ酸配列が、Agt1では、配列番号:10の51〜56番目のアミノ酸配列がグルコース誘導性不活化/分解耐性に関与していることを確認したので、変異を加える際にはこの配列情報を考慮することが望ましい。
【0028】
ここで、「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド(DNA)」とは、配列番号:25、27、29、31、33、35、37、39、41、43、45、47又は49の塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNA又は配列番号:26、28、30、32、34、36、38、40、42、44、46、48又は50のアミノ酸配列をコードするDNAの全部または一部をプローブとして、コロニーハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法またはサザンハイブリダイゼーション法などを用いることにより得られるDNAをいう。ハイブリダイゼーションの方法としては、例えばMolecular Cloning 3rd Ed.、Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons 1987-1997などに記載されている方法を利用することができる。
【0029】
本明細書でいう「ストリンジェントな条件」は、低ストリンジェントな条件、中ストリンジェントな条件及び高ストリンジェントな条件のいずれでもよい。「低ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、32℃の条件である。また、「中ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、42℃の条件である。「高ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、50℃の条件である。これらの条件において、温度を上げるほど高い相同性を有するDNAが効率的に得られることが期待できる。ただし、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響する要素としては温度、プローブ濃度、プローブの長さ、イオン強度、時間、塩濃度など複数の要素が考えられ、当業者であればこれら要素を適宜選択することで同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。
【0030】
なお、ハイブリダイゼーションに市販のキットを用いる場合は、例えばAlkphos Direct Labelling Reagents(アマシャムファルマシア社製)を用いることができる。この場合は、キットに添付のプロトコルにしたがい、標識したプローブとのインキュベーションを一晩行った後、メンブレンを55℃の条件下で0.1% (w/v) SDSを含む1次洗浄バッファーで洗浄後、ハイブリダイズしたDNAを検出することができる。
【0031】
これ以外にハイブリダイズ可能なDNAとしては、FASTA、BLASTなどの相同性検索ソフトウェアにより、デフォルトのパラメータを用いて計算したときに、配列番号:26、28、30、32、34、36、38、40、42、44、46、48又は50のアミノ酸配列をコードするDNAと約90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.1%以上、99.2%以上、99.3%以上、99.4%以上、99.5%以上、99.6%以上、99.7%以上、99.8%以上、99.9%以上の同一性を有するDNAをあげることができる。
【0032】
なお、アミノ酸配列や塩基配列の同一性は、カーリンおよびアルチュールによるアルゴリズムBLAST(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 872264-2268, 1990; Proc Natl Acad Sci USA 90: 5873, 1993)を用いて決定できる。BLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTNやBLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul SF, et al: J Mol Biol 215: 403, 1990)。BLASTNを用いて塩基配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=100、wordlength=12とする。また、BLASTXを用いてアミノ酸配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=50、wordlength=3とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合は、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。
【0033】
2.本発明のタンパク質
本発明は、上記ポリヌクレオチドのいずれかにコードされるタンパク質も提供する。本発明の好ましいタンパク質は、配列番号:4、6、8又は10のアミノ酸配列において、1〜15個(好ましくは、1〜14個、1〜13個、1〜12個、1〜11個、1〜10個、1〜9個、1〜8個、1〜7個、1〜6個、1〜5個、1〜4個、1〜3個、1〜2個又は1個)のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加したアミノ酸配列からなり、かつグルコース誘導性不活化/分解耐性を有するトランスポータータンパク質である。
【0034】
このようなタンパク質としては、配列番号:4、6、8又は10のアミノ酸配列において、上記したような数のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつグルコース誘導性不活化/分解耐性を有するトランスポータータンパク質が挙げられる。
【0035】
このようなトランスポータータンパク質としては、好ましくは配列番号:26、28、30、32、34、36、38、40、42、44、46、48又は50のアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられ、より好ましくは、配列番号:30、34、36、40、42、44又は48のアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。また、このようなタンパク質としては、配列番号:26、28、30、32、34、36、38、40、42、44、46、48又は50のアミノ酸配列と上記したような相同性を有するアミノ酸配列を有し、かつグルコース誘導性不活化/分解耐性を有するトランスポータータンパク質が挙げられる。このようなタンパク質は、「モレキュラークローニング第3版」、「カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジー」、“Nuc. Acids. Res., 10, 6487 (1982)”、“Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 79, 6409 (1982)”、“Gene, 34, 315 (1985)”、“Nuc. Acids. Res., 13, 4431 (1985)”、“Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 82, 488 (1985)”等に記載の部位特異的変異導入法を用いて、取得することができる。
【0036】
本発明のタンパク質のアミノ酸配列において1〜15個(好ましくは、1〜14個、1〜13個、1〜12個、1〜11個、1〜10個、1〜9個、1〜8個、1〜7個、1〜6個、1〜5個、1〜4個、1〜3個、1〜2個又は1個)のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入および/または付加されたとは、同一配列中の任意かつ1〜15個のアミノ酸配列中の位置において、1〜15個(好ましくは、1〜14個、1〜13個、1〜12個、1〜11個、1〜10個、1〜9個、1〜8個、1〜7個、1〜6個、1〜5個、1〜4個、1〜3個、1〜2個又は1個)のアミノ酸残基の欠失、置換、挿入及び/又は付加があることを意味し、欠失、置換、挿入及び付加のうち2種以上が同時に生じてもよい。
【0037】
以下に、相互に置換可能なアミノ酸残基の例を示す。同一群に含まれるアミノ酸残基は相互に置換可能である。A群:ロイシン、イソロイシン、ノルロイシン、バリン、ノルバリン、アラニン、2-アミノブタン酸、メチオニン、o-メチルセリン、t-ブチルグリシン、t-ブチルアラニン、シクロヘキシルアラニン; B群:アスパラギン酸、グルタミン酸、イソアスパラギン酸、イソグルタミン酸、2-アミノアジピン酸、2-アミノスベリン酸; C群:アスパラギン、グルタミン; D群:リジン、アルギニン、オルニチン、2,4-ジアミノブタン酸、2,3-ジアミノプロピオン酸; E群:プロリン、3-ヒドロキシプロリン、4-ヒドロキシプロリン; F群:セリン、スレオニン、ホモセリン; G群:フェニルアラニン、チロシン。
【0038】
また、本発明のタンパク質は、Fmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)、tBoc法(t-ブチルオキシカルボニル法)等の化学合成法によっても製造することができる。また、アドバンスドケムテック社製、パーキンエルマー社製、ファルマシア社製、プロテインテクノロジーインストゥルメント社製、シンセセルーベガ社製、パーセプティブ社製、島津製作所等のペプチド合成機を利用して化学合成することもできる。
【0039】
3.本発明のベクター及びこれを導入した形質転換酵母
次に、本発明は、上記したポリヌクレオチドを含有するベクターを提供する。本発明のベクターは、上記のいずれかに記載のポリヌクレオチド(DNA)を含有する。また、本発明のベクターは、通常、(x)酵母細胞内で転写可能なプロモーター;(y)該プロモーターにセンス方向またはアンチセンス方向で結合した、上記のいずれかに記載のポリヌクレオチド(DNA);及び(z)RNA分子の転写終結およびポリアデニル化に関し、酵母で機能するシグナルを構成要素として含む発現カセットを含むように構成される。なお、上記本発明のタンパク質を高発現させる場合は、本明細書に記載のポリヌクレオチド(DNA)の発現を促進するようにこれらのポリヌクレオチドを該プロモーターに対してセンス方向に導入するのが好ましい。
【0040】
酵母に導入する際に用いるベクターとしては、多コピー型(YEp型)、単コピー型(YCp型)、染色体組み込み型(YIp型)のいずれもが利用可能である。例えば、YEp型ベクターとしてはYEp24 (J. R. Broach et al., Experimental Manipulation of Gene Expression, Academic Press, New York, 83, 1983) 、YCp型ベクターとしてはYCp50 (M. D. Rose et al., gene, 60, 237, 1987) 、YIp型ベクターとしてはYIp5 (K. Struhl et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USP, 76, 1035, 1979) が知られており、容易に入手することができる。また、染色体組み込み型のpUP3GLP(Omura, F. et al., FEMS Microbiol. Lett., 194, 207, 2001)(図18)、pJHIXSB(図16)や、pYCGPY (Kodama, Y. et al., Appl. Environ. Microbiol., 67, 3455, 2001)(図17)、pJHXSB(図15)等の単コピー複製型のプラスミドも使用可能である。
【0041】
酵母での遺伝子発現を調節するためのプロモーター/ターミネーターとしては、醸造用酵母中で機能するとともに、もろみ中の糖やアミノ酸などの成分の濃度に影響を受けなければ、任意の組み合わせでよい。例えばグリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子(TDH3)のプロモーター、3-ホスホグリセレートキナーゼ遺伝子(PGK1)のプロモーターなどが利用可能である。これらの遺伝子はすでにクローニングされており、例えばM. F. Tuite et al., EMBO J., 1, 603 (1982) に詳細に記載されており、既知の方法により容易に入手することができる。発現ベクターにおいて、使用するプロモーターは、醗酵もろみの糖組成や糖濃度であるとか、複数のトランスポーターの組み合わせなどによって、適当な転写活性を持つものに、変えることが有効である。
【0042】
形質転換の際に用いる選択マーカーとしては、醸造用酵母の場合は栄養要求性マーカーが利用できないので、ジェネチシン耐性遺伝子(G418r)、銅耐性遺伝子(CUP1)(Marin et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 81, 337 1984)、セルレニン耐性遺伝子(fas2m, PDR4)(それぞれ猪腰淳嗣ら, 生化学, 64, 660, 1992; Hussain et et al., gene, 101, 149, 1991)などが利用可能である。上記のように構築されるベクターは、宿主酵母に導入される。宿主酵母としては、醸造用に使用可能な任意の酵母、例えばビール,ワイン、清酒等の醸造用酵母等が挙げられる。具体的には、サッカロマイセス(Saccharomyces)属等の酵母が挙げられるが、本発明においては、ビール酵母、例えばサッカロマイセス パストリアヌス(Saccharomyces pastorianus)W34/70等、サッカロマイセス カールスベルゲンシス(Saccharomyces carlsbergensis)NCYC453、NCYC456等、サッカロマイセス セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)NBRC1951、NBRC1952、NBRC1953、NBRC1954等が使用できる。さらにウイスキー酵母、例えばサッカロマイセス セレビシエNCYC90等、ワイン酵母、例えば協会ぶどう酒用1号、同3号、同4号等、清酒酵母、例えば協会酵母 清酒用7号、同9号等も用いることができるが、これに限定されない。本発明においては、ビール酵母、例えばサッカロマイセス パストリアヌスが好ましく用いられる。
【0043】
本明細書中に記載される各トランスポーター遺伝子の調製に用いる染色体DNAは、サッカロミセス・セレビジエー ATCC20598、ATCC96955などの株に限定するものではなく、各遺伝子を有するサッカロミセス・セレビジエーに属する酵母であれば何れの酵母から調製されたものであってもよい。
【0044】
酵母の形質転換方法としては一般に用いられる公知の方法が利用できる。例えば、エレクトロポレーション法“Meth. Enzym., 194, p182 (1990)”、スフェロプラスト法“Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 75 p1929(1978)”、酢酸リチウム法“J.Bacteriology, 153, p163(1983)”、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 75 p1929 (1978)、Methods in yeast genetics, 2000 Edition : A Cold Spring Harbor Laboratory Course Manualなどに記載の方法で実施可能であるが、これに限定されない。
【0045】
また、形質転換株は、宿主の栄養要求性を相補する遺伝子、例えばURA3を発現プラスミドに組み込むことにより、ウラシルを含まない寒天培地で選択することができる。あるいは、発現プラスミドに薬剤耐性遺伝子、例えばシクロヘキシミドに対する薬剤耐性遺伝子、YAP1、あるいはジェネティシン耐性遺伝子、G418Rを組込むことにより、シクロヘキシミド(例えば0.3μg/ml)、あるいはジェネティシン(例えば300μg/ml)を含む寒天培地で選択することができる。
【0046】
より具体的には、宿主酵母を標準酵母栄養培地(例えばYEPD培地“Genetic Engineering. Vo1.1, Plenum Press, New York, 117(1979)”等)で、OD600nmの値が1〜6となるように培養する。この培養酵母を遠心分離して集め、洗浄し、濃度約1〜2Mのアルカリイオン金属イオン、好ましくはリチウムイオンで前処理する。この細胞を約30℃で、約60分間静置した後、導入するDNA(約1〜20μg)とともに約30℃で、約60分間静置する。ポリエチレングリコール、好ましくは約4,000ダルトンのポリエチレングリコールを、最終濃度が約20%〜50%となるように加える。約30℃で、約30分間静置した後、この細胞を約42℃で約5分間加熱処理する。好ましくは、この細胞懸濁液を標準酵母栄養培地で洗浄し、所定量の新鮮な標準酵母栄養培地に入れて、約30℃で約60分間静置する。その後、選択マーカーとして用いる抗生物質等を含む標準寒天培地上に植えつけ、形質転換体を取得する。
【0047】
その他、一般的なクローニング技術に関しては、「モレキュラークローニング第3版」、“Methods in Yeast Genitics、A laboratory manual (Cold Spring Harbor Laboratory Press、Cold Spring Harbor, NY)”等を参照することができる。
【0048】
4.本発明の酒類の製法及びその製法によって得られる酒類
上述した本発明のベクターを製造対象となる酒類の醸造に適した酵母に導入し、その酵母を用いることによってアミノ酸の組成に特徴のある酒類を製造することができる。対象となる酒類としては、これらに限定されないが、例えば、ビール、ワイン、ウイスキー、清酒などが挙げられる。これらの酒類を製造する場合は、親株の代わりに本発明において得られた醸造酵母を用いる以外は公知の手法を利用することができる。したがって、原料、製造設備、製造管理等は従来法と全く同一でよく、発酵期間の短縮された酒類を製造するためのコストの増加はない。つまり、本発明によれば、既存の施設を用い、コストを増加させることなく製造することができる。
【0049】
5.本発明の酵母の取得方法
本発明のグルコース誘導性不活化/分解耐性を有するトランスポーターを含む酵母を取得する方法は、次の工程(1)〜(4)を含む。
〔工程(1)〕
工程(1)においては、まず、複数の被検酵母を、2-デオキシグルコースを含むマルトース培地で培養し、その生育レベルを指標として、グルコースによる不活化を受けにくいトランスポータータンパク質を含む酵母を選択する。
【0050】
被検酵母としては、自然界に存在するものを用いてもよいし、自然界から得られたものに変異を加えたものを用いてもよい。被検酵母としては、例えば、醸造用に使用可能な任意の酵母、例えばビール、ワイン、清酒等の醸造用酵母などが挙げられる。具体的には、サッカロマイセス(Saccharomyces)属等の酵母が挙げられるが、本発明においては、ビール酵母、例えばサッカロマイセス パストリアヌス(Saccharomyces pastorianus)W34/70等、サッカロマイセス カールスベルゲンシス(Saccharomyces carlsbergensis)NCYC453、NCYC456等、サッカロマイセス セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)NBRC1951、NBRC1952、NBRC1953、NBRC1954等が使用できる。さらにウイスキー酵母、例えばサッカロマイセス セレビシエNCYC90等、ワイン酵母、例えば協会ぶどう酒用1号、同3号、同4号等、清酒酵母、例えば協会酵母 清酒用7号、同9号等も用いることができるが、これに限定されない。本発明においては、ビール酵母、例えばサッカロマイセス パストリアヌスが好ましく用いられる。また、被検酵母として、後述の実施例で用いた酵母も好ましく用いることができる。
【0051】
本発明においては、好ましくは、被検酵母として部位特異的変異を導入したものを用いることができる。
部位特異的変異の導入は、当業者に周知の方法で行うことができる。部位特異的変異の導入には、制限的でない例として(1)Oligonucleotide-directed Dual Amber法(ODA法)/Takara Biomedicals、(2)LA PCR in vitro mutagenesis /Takara Biomedicalsおよび(3)ExSite TMPCR-Based Site-Directed Mutagenesis Kit /STRATAGENEを利用することができる。以下、各方法について簡単に説明する。
【0052】
(1)Oligonucleotide-directed Dual Amber法(ODA法)/Takara Biomedicals
カナマイシン耐性遺伝子(Km)上にアンバー変異を持つようなプラスミド(pKF 18k-2/19k-2等)に目的遺伝子を挿入する。得られたDNAを熱変性によって一本鎖DNAにした後に、Kmのアンバー変異を修復する合成オリゴヌクレオチドと目的遺伝子中に目的変異を導入するための変異用合成オリゴヌクレオチドとを同時にハイブリダイズさせる。このDNAを導入された変異を維持しつつ複製させ、最終的にはKmのアンバー変異が完全に修復されたDNAのみを選ぶ。選ばれたDNAには高い確率で目的遺伝子中に目的とする変異が導入される。
【0053】
(2)LA PCR in vitro mutagenesis /Takara Biomedicals
変異を導入したいDNA断片を任意のプラスミドのマルチクローニングサイトに挿入する。目的遺伝子の目的とする変異を導入するようなプライマーとマルチクローニングサイト近辺のプライマーとでPCR(I)を行う。一方で、目的遺伝子の変異導入と逆の向きでマルチクローニングサイトのうちひとつのサイト(A)を消失させるようなプライマーで挿入したDNA断片全体をカバーするようなPCR(II)を行う。PCR(I)及び(II)の産物を混合し、導入した変異を含み、挿入したDNA断片全体が増幅するようなPCRを行う。ここで得られるDNA断片のうち、目的とする変異を有するものは、クローニングサイト(A)が消失しているので、PCR産物を制限酵素(A)で消化後、サイト(A)を利用したサブクローニングの操作を行えば、そこにリクローニングされてくるものは理論上すべて目的とする変異が導入されているものである。
【0054】
(3)ExSite TM PCR-Based Site-Directed Mutagenesis Kit /STRATAGENE
変異を導入したいDNA断片を適当なプラスミドへ挿入する。得られたDNAをdam+(DNAメチラーゼ活性あり)の大腸菌で増やすことによってGATCの配列中のAがメチル化された状態にする。このプラスミドを鋳型とし、目的とする変異を導入するための合成オリゴヌクレオチドをセンス、アンチセンス両向きで合成し、これらをプライマーとしてPCRを行う。PCR後、得られたDNA断片をメチル化されたDNAだけを消化する制限酵素DpnIで消化し、目的とする変異を含むDNAフラグメントのみを残す。これをT4DNAリガーゼで連結し、環状DNAの形にすると目的の遺伝子に目的の変異が導入されたプラスミドが回収される。
【0055】
本発明では、MAL21トランスポーターのグルコース誘導性分解耐性に関与する残基を同定するため、あるいは、MTT1トランスポーターにグルコース誘導性分解に対する耐性を持たせるために、MAL61あるいはMTT1トランスポーターのN末部の細胞質側にある領域に位置する46番目あるいは50番目のアミノ酸残基を各々、グリシンあるいはヒスチジンに変換した。すなわち、アスパラギン酸をコードするコドンであるGATを、グリシンをコードするコドンであるGGTに、ロイシンをコードするコドンであるCTTを、ヒスチジンをコードするコドンであるCATに置換する。変異導入処理の確認は、変異操作を終了したDNAを当業者に周知の方法で塩基配列を解析することにより行うことができる。
【0056】
なお、被検酵母としては、突然変異処理が施された酵母を使用することもできる。突然変異処理は、例えば、紫外線照射や放射線照射などの物理的方法、EMS(エチルメタンスルホネート)、N-メチル-N-ニトロソグアニジンなどの薬剤処理による化学的方法など、いかなる方法を用いてもよい(例えば大嶋泰治編著、生物化学実験法39 酵母分子遺伝学実験法、p67-75、学会出版センターなど参照)。
好ましい前記被検酵母として、MAL31又はAGT1タンパク質のアミノ酸配列に部位特異的変異を導入した変異型MAL31又は変異型AGT1タンパク質を含む被検酵母が用いられる。
【0057】
オリゴ糖培地(例えば、マルトース培地)での培養は、公知の手法を利用することができる。このような培養における、その酵母の生育レベルを指標として、グルコースによる不活化または分解を受けにくいトランスポータータンパク質を含む酵母を選択する。
形質転換株(α-グルコシドトランスポーター遺伝子を持たない株を宿主とする)における、導入したトランスポーター遺伝子が発現し、機能していることは、例えば、0.5 %のマルトースあるいはマルトトリオースを唯一の炭素源とし、アンチマイシン 3 mg/Lを含む最少培地(Yeast Nitrogen Base w/o amino acids 6.7 g/L、 マルトースあるいはマルトトリオース 5 g/L、アンチマイシン 3 mg/L)での生育の有無により調べることができる。α−グルコシドトランスポーターが機能していない株でも、マルトースあるいはマルトトリオースを唯一の炭素源とした最少培地において、わずかながらに増殖する。しかし、呼吸阻害剤であるアンチマイシンを加えると、マルトースあるいはマルトトリオースを唯一の炭素源とした最少培地には、その株は生育できなくなるため、はっきりとα−グルコシドトランスポーターの機能を確認する事ができる。例えば、供試菌株をYPDプレート(イーストエキストラクト 10 g/L,ポリペプトン 20 g/L, グルコース 20 g/L)から一白金耳とって、1 mlの滅菌水にOD660=0.2になるように懸濁する。これを集菌して、もう一度1 mlの滅菌水に懸濁した後、さらに10倍、100倍の希釈を行なう。これら、細胞懸濁液の希釈系列を試験培地に各々3μlスポットし、30 ℃にて2-3日培養する。生育した株は、発現ベクターが組み込まれており、導入したα−グルコシドトランスポーターが発現し、機能していることを意味する。次に、0-2.0 mMの2-デオキシグルコースを含むマルトース最少培地(Yeast Nitrogen Base w/o amino acids 6.7 g/L、 マルトース 20 g/L、0-2.0 mM 2-デオキシグルコース)あるいは、0-8.0mMの2-デオキシグルコースを含むマルトース完全合成培地(SCM) (Yeast Nitrogen Base w/o amino acids 6.7 g/L、 マルトース20 g/L、アデニン硫酸 20 mg/ml、ウラシル20 mg/ml、L-トリプトファン20 mg/ml、L-ヒスチジン塩酸塩 20 mg/ml、L-アルギニン塩酸塩20 mg/ml、L-メチオニン20 mg/ml、L-チロシン30 mg/ml、L-ロイシン30 mg/ml、L-イソロイシン30 mg/ml、L-リジン塩酸塩30 mg/ml、L-フェニルアラニン50 mg/ml、L-グルタミン酸 100 mg/ml、L-アスパラギン酸 100 mg/ml、L-バリン150 mg/ml、L-トレオニン200 mg/ml、L-セリン400 mg/ml)に同様にスポットし、2-デオキシグルコース存在下でも生育できる株を選択する。2-デオキシグルコース存在下で生育する株は、グルコース誘導性不活化/分解耐性を有するトランスポーターが発現して活性を持っていると判断できる。
【0058】
〔工程(2)〕
次に工程(1)において選択した酵母に含まれるトランスポータータンパク質のアミノ酸配列を、グルコースによる不活化レベルが知られているトランスポータータンパク質のアミノ酸配列と比較することにより、グルコースによる不活化または分解の受けにくさに寄与するアミノ酸残基又はアミノ酸配列を同定する。
この工程においては、選択された酵母から、常法にしたがってトランスポータータンパク質をコードする遺伝子を単離し、その遺伝子のDNA配列を定法に従って決定し、DNA配列からアミノ酸配列に翻訳する。このようにして同定されたアミノ酸配列を、グルコースによる分解レベルが知られているトランスポータータンパク質のアミノ酸配列と比較する。グルコースによる分解レベルが知られているトランスポータータンパク質としては、例えば、α−グルコシドトランスポーターであるMal31p、Mal61p、Mtt1p、Agt1pおよびこれらの変異型タンパク質などが知られている(それぞれのヌクレオチド配列について、例えばSaccharomyces Genome Databaseの YBR298C(MAL31)およびYGR289C(AGT1)、ならびにGenBankのX17391(MAL61)およびDQ010171(MTT1)を参照のこと)。後述する実施例に記載のように、この手法に基づいてグルコース誘導性不活化/分解耐性の特徴を有する物と有さない物とのアミノ酸配列の解析を行った結果、Mal21p、Mal31p、Mal61p及びMtt1pでは、配列番号:2、4、6または8の46〜51番目のアミノ酸配列が、Agt1では、配列番号:10の51〜56番目のアミノ酸配列がグルコース誘導性不活化/分解耐性に関与していることが確認された。それぞれのアミノ酸の位置については、図6および図7を参照のこと。
【0059】
〔工程(3)〕
この工程では、工程(2)で得られたアミノ酸配列情報に基づいて、グルコース誘導性不活化/分解耐性を有するトランスポーターをコードするポリヌクレオチドを設計する。例えば、上記したように、Mal21p、Mal31p、Mal61p及びMtt1pでは、配列番号:2、4、6または8の46〜51番目のアミノ酸配列が、Agt1では、配列番号:10の51〜56番目のアミノ酸配列がグルコース誘導性不活化/分解耐性に関与していることが確認されたので、変異を加える際にはこの配列情報を考慮し、例えば、この部分のアミノ酸を他のアミノ酸に置換した配列をコードするポリヌクレオチドを設計する。また、前述のように、置換可能なアミノ酸の種類はある程度特定することができるので、そのような置換可能なアミノ酸同士を置換したアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド配列を設計することができる。基本となるアミノ酸配列としては、たとえば、自然界から得られたMal21p(配列番号:2)、後述の実施例で得られた変異Mal31p(配列番号:38、40、42、44、46又は48)、変異Mal61p(配列番号:26又は28)、変異Mtt1p(配列番号:34)、変異Agt1p(配列番号:32、34)などの配列が挙げられる。
【0060】
〔工程4〕
この工程では、工程(3)で設計されたポリヌクレオチドを含有する発現ベクターを構築し、それを定法に基づいて酵母に導入し、その酵母をオリゴ糖培地(例えば、マルトース培地)で培養する。好ましくは、この工程(3)で設計されたポリヌクレオチドを導入した酵母は、Mal31pタンパク質のアミノ酸配列に部位特異的変異を導入した変異型Mal31pタンパク質、Mal61pタンパク質のアミノ酸配列に部位特異的変異を導入した変異型Mal61pタンパク質、Mtt1pタンパク質のアミノ酸配列に部位特異的変異を導入した変異型Mtt1pタンパク質、またはAgt1pタンパク質のアミノ酸配列に部位特異的変異を導入した変異型Agt1pタンパク質を含む。その培養の際、その酵母に含まれるトランスポーターのグルコース誘導性不活化/分解耐性、その酵母のオリゴ糖資化能、増殖速度、麦汁での醗酵速度などを測定することによって、その酵母の適性を評価することができる。グルコース誘導性不活化/分解耐性、オリゴ糖資化能、増殖速度、麦汁での醗酵速度などは、後述の実施例において用いられた方法によって評価することができる。
【実施例】
【0061】
以下に、本発明を実施例により、さらに詳しく説明する。ただし、本発明はこれら実施例に限定されない。
〔試験方法〕
本実施例で用いた試験項目および試験方法を以下に示す。特に断りのない限り、本実施例における試験方法はこれに準じた。
【0062】
<MAL61, MAL31, MAL21及びAGT1遺伝子の取得>
酵母サッカロミセス・セレビジエーのMAL61, MAL31, AGT1遺伝子は既にクローニングされており、その塩基配列が報告されている。本明細書中で使用したMAL31(配列番号:3)はSaccharomyces Genome Database登録番号:YBR298Cより、MAL61(配列番号:5)はGenBank登録番号:X17391より、およびAGT1(配列番号:9)はSaccharomyces Genome Database 登録番号:YGR289Cより入手した。従って、MAL61, MAL31及び AGT1遺伝子は、その塩基配列情報をもとに、それぞれの遺伝子を持つ、酵母サッカロミセス・セレビジエーから調製した染色体DNAをPCRの鋳型に使用して、MAL61, MAL31及びAGT1遺伝子をPCRによって増幅、単離することにより取得した。
また、MAL21については、染色体III番にコードされていることが知られていたが、DNA配列は知られていなかった。しかし、染色体II番にコードされるMAL31, 染色体VIII番にコードされるMAL61遺伝子が99 %以上のアイデンティティーを持つことから考えて、MAL21もかなり高いアイデンティティーを持つことが予想された。
実際に本実施例ではMAL21, MAL31及び MAL61遺伝子の全てを、それぞれのα−グルコシドトランスポーターのみを持つ酵母の染色体DNAを鋳型として、同じプライマー(5’AGAGCTCAGCATATAAAGAGACA 3’(配列番号:11)と5’TGGATCCGTATCTACCTACTGG 3’ (配列番号:12))を用いて取得することができた。AGT1はプライマー(5’TGAGCTCACATAGAAGAACATCAAA 3’ (配列番号:13)と5’ATGGATCCATATGAAAAATATCATT 3’ (配列番号:14))を用いて取得した。具体的にはMAL31とAGT1はサッカロミセス・セレビジエー S288C (ATCC204508 (Rose, M.D., Winston, F. and Hieter, P. (1990): Methods in Yeast Genetics: A Laboratory Course Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, NY))、MAL61はサッカロミセス・セレビジエー ATCC96955、MAL21はサッカロミセス・セレビジエー ATCC20598からPCRによって取得とした。
取得したDNA断片は、Invitrogen社のTOPO TA cloning kitを用いて、ベクター、pCR(登録商標)2.1-TOPOに挿入した後、DNAシークエンスにより挿入した遺伝子配列を確認した。MAL31, MAL61, AGT1については、データバンクに登録されている配列(それぞれ登録番号YBR298C、X17391およびYGR289C)と同様であることを確認した。MAL21については、独立に10クローン以上をシークエンスして、配列を確定した(配列番号:1)。
なお、使用したプライマーには開始コドンの上流にXbaIあるいはSacIサイト、終始コドンの下流にBamHIサイトがあり、発現ベクターに組み込めるようになっている。染色体DNAを用いたPCRによる目的遺伝子の増幅およびその後の単離は、PCRプライマーの調製を含め、当業者に周知な方法で行うことができる。
【0063】
<MTT1遺伝子の取得>
下面ビール酵母Weihenstephan 34/70のゲノムDNAを調製し、プラスミドYCp49H(図19)をベクターとして、DNAライブラリーを構築した。このライブラリーをサッカロマイセス・セレビシエーHH150 (CB11Δagt1::G418R)に形質転換し、300 μg/mlのハイグロマイシンと0.5 %のマルトトリオースを含む最少培地に塗布した。CB11株は、ade1株であるため、アデニンの前駆体である、5-アミノイミダゾールリボシドが蓄積し、それがさらに重合してコロニーは赤色を呈する。AGT1を破壊したHH150 (CB11Δagt1::G418R)株は、マルトトリオースを唯一の炭素源とする培地に塗布すると、生育が非常に遅く、かつコロニーが白色であった。培地にアンチマイシンを添加すると、マルトトリオースを唯一の炭素源とする培地での生育を完全に止める事が可能である。しかし、アンチマイシンは毒性が高いので、これを使わず、赤色のコロニーを選ぶことで、マルトトリオーストランスポーターの取得を試みた。30℃で3日間培養して、生育してきた赤色のコロニーを同培地にストリークして、同培地で生育することを確認した。よく生育した赤色の21個のコロニーからプラスミドを調製し、そのプラスミドを大腸菌DH5αに形質転換して、大腸菌にてプラスミドを大量調製した。再びHH150に形質転換し、同培地に塗布した。よく生育した赤い色のコロニー18個より、プラスミドを抽出した。
挿入した断片のDNAシークエンスをしたところ、17個にMAL61と90 %の同一性を持つトラスンスポーターと思われる同じ配列が見つかった。この遺伝子はJ. Dietvorst et.al. Yeast 2005; 22:775-788に報告されたMTT1(GenBank登録番号:DQ010171)と全く同じ配列を持っていたため、本遺伝子をMTT1と呼ぶ(ヌクレオチド配列を配列番号:7に、アミノ酸配列を配列番号:8に示す)。MTT1遺伝子はプライマー(5’TCTAGAATTACATCCAAGACTATTAATTAACTATG 3’(配列番号:15)と5’TGGATCCGTATCTACCTACTGG 3’ (配列番号:16))を用いて、PCRによって開始コドンの上流にXbaIサイト、終始コドンの下流にBamHIサイトを導入し、発現ベクターに組み込んだ。
【0064】
<発現プラスミド・ライブラリー構築プラスミド>
本発明においては(1)〜(4)の4つの発現ベクターを用い、ライブラリー構築用のプラスミドには(5)を用いた。
(1)pJHXSB(図15)
(2)pJHIXSB(図16)
(3)pYCGPY(図17)
(4)pUP3GLP(図18)
(5)YCp49H(図19)
【0065】
<酵母株>
本発明においては、トランスポーター遺伝子の取得と株間比較には株(1)〜(6)を、トランスポーターを高発現した株で、生育速度、醗酵速度を確認するのには、(7)〜(10)を、変異型遺伝子の取得には株(11)を用いた。
(1) S.cerevisiae S288C (ATCC204508) (MATalpha SUC2 mal mel gal2 CUP1)
(2) S.cerevisiae ATCC96955(MATa MAL61 MAL62 MAL63 mal64 mal11 MAL12 mal13 ura3-52 leu2-3 leu2-112 trp1 his)
(3)S.cerevisiae ATCC20598(MATa suc MAL2 MEL1 his4 leu2)
(4)S.cerevisiae CB11 (Berkley Stock Center)(MATa ade1 MAL61 MAL62 MAL63 AGT1 MAL12 MAL31 MAL32)
(5)下面ビール酵母 Weihenstephan 34/70
(6)S.cerevisiae HH150=(CB11 Δagt1::G418R) (MATa ade1 MAL61 MAL62 MAL63 Δagt1::G418R MAL12 MAL31 MAL32)
(7)S.cerevisiae HH1001 (MATa SUC2 mal mel gal2 CUP1 TPI1::TPI1pr-MAL32-G418R ura3)
(8)S.cerevisiae Δ152MS (MATa mal61::TRP1 MAL62 MAL63 mal64 mal11 MAL12 mal13 leu2-3 leu2-112 hisURA3::TDH3p::MAL62)
(9)上面ビール酵母 AH135
(10)下面ビール酵母 Weihenstephan 194
(11)S.cerevisiae HH1002 (MATa SUC2 mal mel gal2 CUP1 TPI1::TPI1pr-MAL32-G418R ura3 dog1 dog2)
【0066】
<部位特異的変異の導入>
本実施例では、取得したトランスポーター遺伝子を発現ベクターpJHIXSBに導入した後、プライマー(表1)を用いて、ExSiteTM PCR-Based Site-Directed Mutagenesis Kit /STRATAGENEによって、変異を導入した。変異導入方法の詳細については、STRATAGENE社のマニュアルに従った。
【表1】

【0067】
<トランスポータータンパクの2-デオキシグルコース耐性の評価>
2-デオキシグルコース(2-DOG)は 2-DOG-6リン酸以上に代謝されないため、炭素源にはなり得ない糖アナログであるが、グルコースと同じレベルにグルコースリプレッション、あるいはグルコースによる不活化を起こすことが知られている。従って、このプレートで生育する株は、グルコースによる不活化を受けにくいα−グルコシドトランスポーターを持つ可能性が高い。2-DOGに対する耐性を調べるためには、以下の2種類の培地を用いた。[1]0−2.0 mMの2-デオキシグルコースを含むマルトース完全合成培地(SCM) (Yeast Nitrogen Base w/o amino acids 6.7 g/L、 マルトース20 g/L、アデニン硫酸 20 mg/ml、ウラシル20 mg/ml、L-トリプトファン20 mg/ml、L-ヒスチジン塩酸塩 20 mg/ml、L-アルギニン塩酸塩20 mg/ml、L-メチオニン20 mg/ml、L-チロシン30 mg/ml、L-ロイシン30 mg/ml、L-イソロイシン30 mg/ml、L-リジン塩酸塩30 mg/ml、L-フェニルアラニン50 mg/ml、L-グルタミン酸 100 mg/ml、L-アスパラギン酸 100 mg/ml、L-バリン150 mg/ml、L-トレオニン200 mg/ml、L-セリン400 mg/ml) あるいは、[2]0−2.0 mMの2-デオキシグルコースを含むマルトース最少培地(Yeast Nitrogen Base w/o amino acids 6.7 g/L、 マルトース20 g/L)いずれのプレートにも、各トランスポーター発現株の細胞懸濁液の希釈系列を試験培地に各々3μlスポットし、30 ℃にて2〜3日培養することによって調べた。
【0068】
<トランスポータータンパクの菌体内蓄積量の測定>
トランスポータータンパクの菌体内蓄積量は、例えばウエスタンブロッティングにより調べることができる。例えば、供試菌株を10 mlの培養液から対数増殖期で回収し、溶解バッファー(8 M 尿素、5 % (w/v) SDS、40 mM Tris-HCl (pH6.8)、0.1 mM EDTA、1 % β-メルカプトエタノール)中でグラスビーズによる撹拌によって破壊し、細胞抽出液を得る。総タンパク60 μgのサンプルをSDS-ゲル電気泳動で展開し、ニトロセルロース膜に転写した後にウサギポリクローナル抗Mal61p抗体を用いてウエスタンブロッティングを行った。
ウサギポリクローナル抗Mal61p抗体は以下のようにして取得した。Mal61pのN末領域 (Met1-Leu181) をコードするDNAをpET Expression vector(Novagen社)のGST tagの下流につなぎ、大腸菌BL21(DE3)に形質転換し、その形質転換体の細胞破砕液をGST bind resin columnにアプライして、カラムに結合したタンパクを溶出する事によって調製した。詳しくは、Novagen 社のpET Expression System, GST・BindTM Affinity Resins(Novagen社)に添付されたマニュアルのとおりである。調製した融合タンパクは、SDS-PAGEにて純度を確認した後、これを抗原としてウサギを免疫し、ポリクローナル抗体を得た。抗体の有効性については、α−グルコシドトランスポーター遺伝子(MAL61,MAL31,MAL21)を発現させた酵母株と、当遺伝子を持たないその宿主株とをYPM培地(イーストエキストラクト 10 g/L,ポリペプトン 20 g/L, マルトース 5.0 g/L)で培養し、その細胞破砕液を、本抗体を用いて上記方法にてウエスターンブロッティングを行なうことにより確認した。本抗体により、α−グルコシドトランスポーター遺伝子を発現させた酵母株破砕液だけに、68 kDaのα−グルコシドトランスポーター(MAL61,MAL31,MAL21)の分子量に一致するポジティブバンドを検出した。
Agt1pの菌体内蓄積量は、Agt1pのC末端部に、ヘマトアグルチニン(HA)タグをタンデムに2個つないだ融合タンパクをコードする遺伝子を構築し、上述の方法にてそれを発現する株を取得して用いた。抗体は、マウスモノクローナル抗ヘマトアグルチニン抗体(Covance, Research, Products, Inc.社)を用いた。
【0069】
<トランスポータータンパクの分解速度の測定>
各トランスポータータンパクを発現する株をYPDに植菌して、30 ℃にて一晩震盪培養した。培養液を、OD660=1.0になるようにYPM培地に植菌し、30 ℃にて2.5時間、震盪培養し、集菌した。60 OD660unitの細胞を測り取り、あらかじめ30 ℃にてインキュベートしておいた分解速度測定用培地(Yeast Nitrogen Base w/o amino acids and ammonia 1.7 g/L、 グルコース 20 g/L、シクロヘキシミド 25 mg/L)30mlに懸濁し、30 ℃でインキュベートした。 細胞懸濁液は適当な時間(0、10、20、30及び40分あるいは、0、30、60、90及び120 分)5mlサンプリングし、速やかに遠心して上澄みを捨て、細胞をエタノールドライアイスで凍結した。凍結した細胞は、上記の方法にてトランスポータータンパクを検出し、タンパクバンドのインテンシティーを測定し、その減少速度から半減期を求めた。
【0070】
<変異型Mal61p/変異型Agt1p/変異型Mtt1p/変異型Mal31p>
本発明の変異型Mal61p/変異型Agt1p/変異型Mtt1p/変異型Map31pとは、それぞれ、表2、3、4及び5に示した、13のトランスポータータンパク質である。
【表2】

【表3】

【表4】

【表5】

ここにはそれぞれの天然型トランスポーターと異なるアミノ酸残基を含む領域のみを示した。UVによる変異処理、あるいは部位特異的変異操作により置換されたアミノ酸残基は太字で表記している。発明の変異型トランスポータータンパクは、酵母内でグルコース存在下でも安定性が高いという特徴を有する。なお、表には天然型トランスポーターの配列も記載した。天然型のトランスポーターのうちでMal21pだけが酵母内でグルコース存在下でも安定性が高いという特徴を有する。Mal21pについては、Mal31pあるいはMal61pと異なるアミノ酸を太字で表した。
なお、文中で変異型トランスポーターのタンパクについての記載は次のとおりである。 例えば、Mal61p[Gly46, His50](配列番号:30)は、46番目のアスパラギン酸がグリシンに、50番目のロイシンがヒスチジンに置換した変異型Mal61pを表す。また、この変異型トランスポーターの遺伝子については、MAL61[D46G, L50H](配列番号:29)と表す。
【0071】
<マルトース資化能の評価>
変異型トランスポーターを構成的に発現している酵母によるマルトースの資化は、当該酵母に適した条件下にて酵母を好気培養あるいは醗酵させ、培地中のマルトース量を測定することにより評価することができる。糖の測定は、当業者に周知の方法、例えばIR検出器を用いた液体クロマトグラフィーにより測定することができる。後述の本発明に係る酵母では、マルトースの取り込み能が改善された。
【0072】
実施例1:グルコース誘導性不活化/分解耐性を有するα−グルコシドトランスポーターのスクリーニング
2 %のマルトースを含む完全合成培地(SCM)に2-デオキシグルコース(2-DOG)を0 mM〜2 mM加えたプレートを作成した。2-DOGは2-DOG-6リン酸以上に代謝されないため、炭素源にはなり得ない糖アナログであるが、グルコースと同じレベルにグルコースリプレッション、あるいはグルコースによる不活化を起こすことが知られている。従って、このプレートで生育する株は、グルコースによる不活化を受けにくいα−グルコシドトランスポーターを持つ可能性が高い。数々の酵母株について、細胞懸濁液をスポットし、30 ℃でインキュベートした。その結果、MAL21を持つ酵母株ATCC20598が他の株とは異なり、1 mMの2-DOGを含むプレートでも生育し、MAL21がグルコースによる分解を受けにくいトランスポーターであると予測可能であった (図1)。そこで、MAL61の5’上流と3’下流の塩基配列情報からプライマー(表1;前掲)を設計し、MAL21遺伝子をATCC20598のゲノムDNAを鋳型としてPCRにて増幅し、Invitrogen社のpCR2.1-TOPOにクローニングし、DNAシークエンスを行なった。塩基配列(配列番号:1)を図2にアミノ酸配列(配列番号:2)を図3に示す。
このMAL21遺伝子をプラスミドpJHIXSB(図16)のSacI-BamHIサイトに組込んだ。このプラスミドpJHIMAL21をURA3遺伝子上にあるEcoRVで切断後、TPI1プロモーターによって構成的に転写される発現ユニットとして、酵母HH1001に組み込み、HH206株とした。HH1001はmal-株であるX2180-1Aのura3-のシブリングであり、TPI1p::MAL32(マルターゼ遺伝子をコードしている)が組み込まれているので、マルターゼが構成的に発現している。HH206株を0 mM〜2 mMの2-DOGを含むマルトースの最少培地プレートにて生育を調べたところ、MAL61、MAL31及びAGT1遺伝子を持つ、HH108、HH227及びHH228株が1.0 mMの2-DOGプレートではいずれも生育できないのに対し、HH206株は2.0 mMの2-DOGプレートで生育した。
さらに、抗Mal61p抗体を用いて、Mal21pのグルコース誘導分解速度をウエスターンブロッティングにて調べたところ、半減期が約2時間であった。それに対し、Mal31pとMal61pの半減期は約20分であり、Mal21pは他のトランスポーターに比べて、はるかに長い半減期を持つことを確認した(図4)。
【0073】
実施例2:グルコース誘導性不活化/分解耐性を有する変異型Mal31pと変異型Agt1pのスクリーニング
S.cerevisiae S288C株より、実施例1と同様にPCRにてMAL31とAGT1遺伝子を取得した。これらの遺伝子をpJHXSB(図15)のTPI1プロモーターの下流に挿入して、プラスミドpJHMAL31とpJHAGT1を構築し、HH1002に形質転換した。HH1002はHH1001の2-デオキシグルコースフォスフェート脱燐酸酵素をコードしている、DOG1とDOG2を破壊した株である。2-デオキシグルコースフォスフェート脱燐酸酵素が高発現すると、2-DOGの酵母に対する毒性が無くなるため、トランスポーターがグルコース誘導性の不活化・分解に対する耐性を獲得していなくても、これら2つの遺伝子が高発現するような変異が入った株は2-DOGを含むSCM培地上で生育すると考えられる。そこで、変異型トランスポーター遺伝子を取得するにあたり、DOG1とDOG2を欠失させたHH1002株を用いた。HH1002(pJHMAL31)とHH1002(pJHAGT1)を8.0 mMの2-DOGを添加したSCMプレートに109 cells/plateになるように塗布した。
このプレートを80 %の致死率になるように紫外線を照射した。8日間30℃にてインキュベートしたところ、HH1002(pJHMAL31)では180のコロニー、HH1002(pJHAGT1)では92のコロニーが生育した。これらをもう一度2.0 mMの2-DOGを添加したSCMプレートにストリークしたところ、HH1002(pJHMAL31)では169のコロニー、HH1002(pJHAGT1)では6のコロニーが生育した。
これらのうちのいくつかの株からプラスミドを抽出してE.coli DH5αに形質転換した後、形質転換体よりプラスミドを調製して、HH1002株に再形質転換した。その形質転換体について、2.0 mMの2-DOGを添加したSCMプレートでの生育を確かめることにより、変異型トランスポーターが2-DOG耐性形質を付与していることを確認した。
42のMAL31変異遺伝子、20のAGT1変異遺伝子をシークエンスしたところ、7つの異なるMAL31変異遺伝子と2つの異なるAGT1変異遺伝子が得られた。MAL31変異遺伝子配列をアミノ酸配列に翻訳すると、全てのMAL31変異遺伝子には48番目のセリンから51番目のグルタミン酸からなる、4つのアミノ酸残基−SHLEをコードする領域に変異が起こっていることがわかった(表5)。これらの変異体のうち、Mal31p[Val51](配列番号:38)、Mal31p[Pro48] (配列番号:40)、Mal31p[Pro49] (配列番号:42)、Mal31p[Pro50] (配列番号:44)、Mal31p[Lys51] (配列番号:46)、Mal31p[Phe50,Lys51] (配列番号:48)の6つの変異型Mal31pのグルコース誘導分解速度を、ウエスターンブロッティングにて調べたところ、図5に示したように、全ての変異型トランスポーターが、野生型よりはるかに長い半減期を持つことがわかった。
また、AGT1変異遺伝子配列をアミノ酸配列に翻訳すると、2つのAGT1変異遺伝子は56番目のグルタミン酸のコドンに変異が起こっていることがわかった(表4)。変異型Agt1pであるAgt1p[Gly56](配列番号:34)のC末端にHA-tag(配列番号:52)を融合させたAgt1-HAp[Gly56]と野生型Agt1pに同じくHA-tagを融合させたAgt1-HApについて、グルコース誘導分解速度をウエスターンブロッティングにて調べたところ、図8に示したように、Agt1-HAp[Gly56]は、Agt1-HApよりはるかに長い半減期を持つことがわかった。
Agt1pにおいて、56番目のグルタミン酸は、Mal31pとAgt1pのアミノ酸配列のアライメントから考えると、Mal31pの51番目のグルタミン酸に対応する。従って両トランスポーターにおいて、対応する4つのアミノ酸残基(Mal31pではSHLE、Agt1pではDHLE)にアミノ酸置換を導入することにより、グルコース誘導分解に対する耐性を持たせられることがわかった。
また、変異株では、プロリン、リジン、バリン、ファニルアラニン、アルギニン、グリシンなどへの置換が起こっており、側鎖や主鎖が大きいアミノ酸や、プロリン、グリシンなどアルファーへリックスを破壊する傾向のあるアミノ酸残基が含まれていることなどから、この領域近傍の二次構造が変わることによって、2-デオキシグルコース耐性−すなわちグルコースによって誘導される不活化、あるいは分解がされにくいと言う形質を獲得したものと類推される。
【0074】
実施例3:Mal21pにおけるグルコース誘導性不活化/分解に対する耐性に関与するアミノ酸残基の同定
Mal21pとMal61p、あるいはMal21pとMal31pのアミノ酸配列を比較すると、両者において共通に異なるアミノ酸残基は、Gly46, His50, Leu167, Leu174, Val175, Thr328の6つである。実施例2にて得られた情報より、これらの異なるアミノ酸残基のうち、Mal61pのAsp46をGly46に, Leu50をHis50に置換したトランスポーターをコードする遺伝子、MAL61[D46G, L50H](配列番号:29)を作製してプラスミドpJHIXSBに導入した。
プラスミドpJHIMAL61[D46G, L50H]をURA3遺伝子上にあるEcoRVで切断後、TPI1プロモーターによって構成的に転写される発現ユニットとして、酵母HH1001に組み込みHH207株とした。2-DOGを添加したSCMプレートでのHH207株の生育を調べたところ、Mal21pを持つHH206株と同様に、HH207株は2 mMの2-DOGを含むマルトース最少培地で生育し、Mal21pと同等のグルコース耐性を持つことが期待された。
次にこれらの2残基のうち、各1残基の置換を持つトランスポーターをコードする遺伝子、MAL61[D46G] (配列番号:25)とMAL61[L50H] (配列番号:27)を作成し、その発現株HH210とHH209を上記と同様に作成した。これらの2-DOGを含むマルトース最少培地で生育を調べたところ、これらの株はMal61pを持つHH108株よりは、2-DOGに対する耐性が高いものの、HH206株よりは耐性が低く、Mal21pと同等の耐性をMal61pに与えるためにはAsp46→Gly46とLeu50→His50の両者の置換が必要なことがわかった(図9)。
これら、Mal61p[Gly46, His50] (配列番号:30), Mal61p[Gly46] (配列番号:26)とMal61p[His50] (配列番号:28)の3つの変異型トランスポーターについて、グルコース誘導性分解速度をウエスターンブロッティングにて調べたところ、2-DOG耐性から類推されるとおり、Mal61p[Gly46, His50]だけが、Mal21pとほぼ同じ半減期を示した(図9)。
すなわち、実施例2に示した、Mal31pにおける48番目のセリンから、51番目のグルタミン酸の4つのアミノ酸に加えて、46番目のアスパラギン酸もグルコース誘導性不活化/分解に対する耐性を与えるためのアミノ酸置換を行なうにふさわしい残基である。また、実施例3において、46番目のアスパラギン酸をグリシンに置換したが、グリシンはアルファーへリックスを壊す傾向を持つアミノ酸である。
また、50番目のロイシンをヒスチジンに置換しており、ヒスチジンもアルファーへリックスを壊す傾向を持つアミノ酸である。Chou-Fasmanによる二次構造予測を行なうと、Mal61pの44-54番目アミノ酸領域はアルファーへリックスであると予測され、Asp46→Gly46およびLeu50→Hsp50のどちらの置換を行なっても、予測されるこの領域の構造はアルファーへリックスからランダムコイルに変化する。これら実施例2と3の結果から考えて、を含む領域の二次構造が変化するようなアミノ酸置換を導入することで、α−グルコシドトランスポーターとアルファーグルコシドトランスポーターにグルコース誘導性不活化/分解に対する耐性を付与することができる。
【0075】
実施例4:グルコース誘導性不活化/分解に対する耐性を持ったアルファーグルコシドトランスポーターMTT1の作製
下面ビール酵母は、Saccharomyces cerevisiaeの実験室株が持たない種類のアルファーグルコシドトランスポーター遺伝子、MTT1を持っており、α−グルコシドトランスポーター遺伝子であるMAL61とアミノ酸レベルで約90%の同一性を持つ(DNA配列およびアミノ酸配列は、それぞれ配列番号:7配列番号:8に示す)。Mal12p/Mal31p/Mal61p/Mtt1p/Agt1pのアミノ酸配列のアラインメント図を図6および図7に示す。このトランスポーターMtt1pについて調べたところ、Mtt1pは低温でも活性が高く、Agt1pよりもマルトトリオースを取り込む速度が速いなど、優れた性質を持つが、Mtt1pはMal21pと異なり、2-DOGに対する耐性が低いことがわかった。
そこで、実施例2と3に基づき46-51番目のアミノ酸に注目した。Mtt1pの46-51番目のアミノ酸はDLSHHEであり、Mal21pと比較すると、46番目の残基だけがMal21pとは異なっており、Mal61pと同様にアスパラギン酸(1文字アミノ酸表記のD)であった。
そこで、この残基をグリシンに置換した変異型MTT1[D46G]遺伝子(配列番号:35)を作成し、プラスミドpJHIXSBに導入した。プラスミドpJHIMTT1[D46G]をURA3遺伝子上にあるEcoRVで切断後、TPI1プロモーターによって構成的に転写される発現ユニットとして、酵母HH1001に組み込みHH212株とした。
pJHIMTT1を組み込んだHH211株が0.5 mMの2-DOGを含むマルトース最少培地でほとんど生育できないのに対し、HH212株は、1 mMの2-DOGを含むマルトース最少培地でわずかながら生育し、天然型Mtt1pより強いグルコース耐性を持たせることができた(図11)。
【0076】
実施例5:MAL61高発現株とMAL21株高発現株のマルトース培地での生育
MAL61とMAL21をプラスミドpYCGPYのTDH3プロモーターの下流SacI-BamHIサイトに組み込み、各々のプラスミドをpYCGPYMAL61およびpYCGPYMAL21とした。プラスミドpYCGPYはCEN-ARSを持つYCp型プラスミドであり、G418耐性遺伝子、Ap耐性遺伝子などを持つ(図17)。pYCGPYMAL61およびpYCGPYMAL21をΔ152MS株に形質転換した。Δ152株はATCC96955 が持つMAL61をTRP1マーカーで破壊し、TDH3プロモーター制御下にあるMAL62(マルターゼ遺伝子)を導入した株である。Δ152MS(pYCGPYMAL61)とΔ152MS(pYCGPYMAL21)をYPM(イーストエキストラクト 10 g/L,ポリペプトン 20 g/L, マルトース 5.0 g/L)にOD660=になるように、植菌し、30℃で振とう培養した。OD660を1.5時間ごとに測定した(図12)。Δ152MS(pYCGPYMAL21)はΔ152MS(pYCGPYMAL61)よりも早く、マルトースで生育し、実験室株において、グルコース誘導性分解に対する耐性を持つトランスポーターの効果を確認した。
【0077】
実施例6:MAL21を高発現させた下面ビール酵母による、発泡酒麦汁醗酵試験
グルコース誘導性分解に対する耐性を持つトランスポーター、MAL21をプラスミドpUP3GLPのXbaI(あるいはSacI)-BamHIサイトに組み込んだ。pUP3GLPを図18に示す。pUP3GLP はYIp型プラスミドであり、トランスポーター遺伝子はグリセルアルデヒド三リン酸デヒドロゲナーゼプロモーター(TDH3p)によって発現する。各プラスミドをURA3の中にあるEcoRVサイトで切断後、下面ビール酵母(Weihenstephan 194)に形質転換し、0.3μg/mlのシクロヘキシミドを含むYPGプレート((イーストエキストラクト 10 g/L,ポリペプトン 20 g/L, ガラクトース 20 g/L)に塗布した。目的の発現カセットがWeihenstephan 194の染色体上のURA3遺伝子に挿入されたことはPCRによって確認した。
Weihenstephan 194 (URA3::TDH3p::MAL21)と親株Weihenstephan 194 を2種類の発泡酒麦汁に植菌した。発泡酒麦汁は水を除く原料中の麦芽の使用比率が25%未満で、糖化スターチ、ホップなどを用いた麦汁である。発泡酒用麦汁のうちの1つは初期エキス濃度が14.0 %で、グルコース 1.2 %、マルトース 6.6 %、マルトトリオース 2.2 %の組成比で糖が含まれている。もう一つのグルコースリッチ発泡酒麦汁は、初期エキス濃度が15.6 %で、グルコース 4.7 %、マルトース 5.4 %、マルトトリオース 1.7 %の組成比で糖が含まれている。それぞれ、同じ量の麦汁(終濃度、麦芽比率25 %未満)に対して、糖組成の異なる糖化スターチを加えることにより調製した。各発泡酒麦汁に湿菌体を7.5 g/Lになるようにピッチングし、15 ℃にて醗酵を行い、醗酵中のもろみのマルトース濃度を測定した。その結果を図13に示す。
どちらの発泡酒麦汁においても、MAL21高発現株のマルトースの資化速度は、親株のWeihenstephan 194よりも著しく早くなった。特にグルコースリッチ発泡酒麦汁の場合、その効果は顕著であった。初期エキス濃度が高いということは、グルコース濃度が高いことを意味しており、グルコース誘導性分解に対する耐性を持つトランスポーターの効果が十分見られた。
【0078】
実施例7:MAL21あるいは、AGT1[E56G]を高発現させた上面ビール酵母による、麦汁醗酵試験
グルコース誘導性分解に対する耐性を持つトランスポーター、MAL21あるいは、AGT1[E56G]をプラスミドpUP3GLPのXbaI(あるいはSacI)-BamHIサイトに組み込んだ。pUP3GLPを図18に示す。pUP3GLP はYIp型プラスミドであり、トランスポーター遺伝子はグリセルアルデヒド三リン酸デヒドロゲナーゼプロモーター(TDH3p)によって発現する。各プラスミドをURA3の中にあるEcoRVサイトで切断後、上面ビール酵母AH135に形質転換し、0.3μg/mlのシクロヘキシミドを含むYPGプレート((イーストエキストラクト 10 g/L,ポリペプトン 20 g/L, ガラクトース 20 g/L)に塗布した。目的の発現カセットがAH135の染色体上のURA3遺伝子に挿入されたことはPCRによって確認した。AH135(URA3::TDH3p::MAL21)とAH135(URA3::TDH3p:: AGT1[E56G])を初期エキス濃度が13 %あるいは20 %の100 %麦芽麦汁に湿菌体を5 g/Lになるようにピッチングし、15 ℃にて醗酵を行い、醗酵中のもろみのマルトース濃度を測定した。その結果を図14に示す。
どちらの株を用いてもマルトースの資化速度は、親株のAH135よりも早くなった。特に初期エキス濃度が20 %の場合、その効果は顕著であった。初期エキス濃度が高いということは、グルコース濃度が高いことを意味しており、グルコース誘導性分解に対する耐性を持つトランスポーターの効果が見られたと言える。グルコース誘導性分解に対する耐性を持つトランスポーターの高発現は下面ビール酵母だけでなく、上面ビール酵母でも有効であることを確認した。
【0079】
(まとめ)
以上記載のように、いくつかの酵母に元来存在するMal21pが、他のα−グルコシドトランスポーターとは異なり、グルコースによって分解されにくいことを発見した。また、本来グルコースによって速やかに分解されてしまうα−グルコシドトランスポーターの分解速度に大きく影響を与えるアミノ酸領域を同定し、その領域のアミノ酸残基を置換する事によって、グルコース誘導性分解に対する耐性をトランスポーターに与える事が出来るようになった。また、その変異型トランスポーターを発現する酵母(実験室株、醸造用酵母を問わない)を用いると、もろみ中のマルトースなど、そのトランスポーターが取り込むことのできる糖の資化を早めることができることを確認した。特にグルコースなど単糖の濃度が高い時にはより有効である。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明に係るグルコース誘導性不活化/分解耐性を有するトランスポーターを含む酵母は、オリゴ糖資化能が向上しており、マルトースなどのオリゴ糖を資化する能力がすぐれている。このような酵母は、ビールやワインの醸造に有効に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号:4、6、8又は10のアミノ酸配列に変異を加えた変異配列からなり、グルコース誘導性不活化/分解耐性を有するトランスポータータンパク質をコードするポリヌクレオチドであって、
配列番号:4、6又は8のアミノ酸配列の39〜52番目のアミノ酸配列(QGKKSDFDLSHLEY又はQGKKSDFDLSHHEY)、あるいは配列番号:10のアミノ酸配列の44〜57番目のアミノ酸配列(GKKDSAFELDHLEF)中に1〜5個のアミノ酸の欠失、置換、挿入および/または付加の変異が加えられている、ポリヌクレオチド。
【請求項2】
前記39〜52番目のアミノ酸配列又は44〜57番目のアミノ酸配列以外の配列部分に1〜15個のアミノ酸の欠失、置換、挿入および/または付加の変異がさらに加えられた変異配列からなるトランスポーターをコードする、請求項1記載のポリヌクレオチド。
【請求項3】
配列番号:4、6又は8のアミノ酸配列の46〜51番目のアミノ酸配列(DLSHLE又はDLSHHE)、あるいは配列番号:10の51〜56番目のアミノ酸配列(ELDHLE)中に1〜5個のアミノ酸の欠失、置換、挿入および/または付加の変異が加えられている、請求項1または2に記載のポリヌクレオチド。
【請求項4】
配列番号:25、27、29、31、33、35、37、39、41、43、45、47又は49の塩基配列からなるポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド。
【請求項5】
配列番号:29、33、35、39、41、43又は47の塩基配列からなるポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド。
【請求項6】
配列番号:26、28、30、32、34、36、38、40、42、44、46、48又は50のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド。
【請求項7】
配列番号:30、34、36、40、42、44又は48のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド。
【請求項8】
DNAである、請求項1〜7のいずれかに記載のポリヌクレオチド。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載のポリヌクレオチドにコードされるタンパク質。
【請求項10】
請求項1〜8のいずれかに記載のポリヌクレオチドを含有するベクター。
【請求項11】
請求項10に記載のベクターが導入された形質転換酵母。
【請求項12】
請求項10に記載のベクターを導入することによって、オリゴ糖資化能が向上した請求項11に記載の醸造用酵母。
【請求項13】
請求項9に記載のタンパク質の発現量を増加させることによってオリゴ糖資化能が向上した請求項12に記載の醸造用酵母。
【請求項14】
請求項11〜13のいずれかに記載の酵母を用いた酒類の製造方法。
【請求項15】
醸造する酒類が麦芽飲料である請求項14に記載の酒類の製造方法。
【請求項16】
醸造する酒類がワインである請求項14に記載の酒類の製造方法。
【請求項17】
請求項14〜16のいずれかに記載の方法で製造された酒類。
【請求項18】
グルコース誘導性不活化/分解耐性を有するトランスポーターを含む酵母を取得する方法であって、
(1)複数の被検酵母を、2-デオキシグルコースを含むオリゴ糖培地で培養し、その生育レベルを指標として、グルコースによる不活化または分解を受けにくいトランスポータータンパク質を含む酵母を選択する工程、
(2)工程(1)において選択した酵母に含まれるトランスポータータンパク質のアミノ酸配列を、グルコースによる不活化または分解レベルが知られているトランスポータータンパク質のアミノ酸配列と比較することにより、グルコースにより不活化または分解の受けにくさに寄与するアミノ酸残基又はアミノ酸配列を同定する工程、
(3)工程(2)で得られたアミノ酸配列情報に基づいて、グルコース誘導性不活化/分解耐性を有するトランスポーターをコードするポリヌクレオチドを設計する工程、及び
(4)工程(3)で設計されたポリヌクレオチドを酵母に導入し、その酵母をオリゴ糖培地で培養し、その酵母に含まれるトランスポーターのグルコース誘導性不活化/分解耐性、その酵母のオリゴ糖資化能、増殖速度および/または麦汁での醗酵速度を測定する工程、
を含む方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【公開番号】特開2010−220625(P2010−220625A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−131218(P2010−131218)
【出願日】平成22年6月8日(2010.6.8)
【分割の表示】特願2009−512347(P2009−512347)の分割
【原出願日】平成20年9月9日(2008.9.9)
【出願人】(309007911)サントリーホールディングス株式会社 (307)
【Fターム(参考)】