説明

ケトンの製造方法、アルコールの製造方法および生体触媒

【課題】アルコールからケトンへの酸化及びケトンからアルコールへの還元を穏和な反応条件下で行なうことができ、且つ穏和な反応条件下でキラルなアルコールを生成することができるケトンの製造方法、アルコールの製造方法及び生体触媒を提供する。
【解決手段】アルコール(1-phenylethanol(rac.))を生体触媒の存在下で酸化させてケトン(acetophenone)を得る際、生体触媒として植物(リンゴ)のカルスを用いた。リンゴのカルス(酵素)が触媒するのは1-phenylethanolからacetophenoneへの酸化反応である。ケトンを生体触媒の存在下で還元させてアルコール1−フェニルエタノール(1-phenylethanol)を得る際、生体触媒として灰色カビ病菌を用いた。灰色カビ病菌が触媒するのはacetophenoneから1-phenylethanolへの還元反応である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルコールを酸化させてケトンを得るケトンの製造方法、ケトンを還元させてアルコールを得るアルコールの製造方法およびそれらの製造方法に用いる生体触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
古くから、アルコールからケトンへの酸化およびケトンからアルコールへの還元が行なわれてきた。例えば、(二級)アルコールをケトンに酸化する方法として、DMSO(ジメチルスルホキシド)−無水トリフルオロ酢酸を用いるSwern酸化があり、実用的な酸化法として広く利用されている。しかし、Swern酸化は低温条件で行わなければならない場合があり(−60℃、−60℃、−78〜25℃)、反応条件を厳しく設定しなければならなかった(各々、非特許文献1、2、3参照)。
【0003】
一方、ケトンをアルコールに還元する方法はいくつかあるが、ラセミの二級アルコールを生成してしまうことになる(非特許文献4参照)。ここで、反応温度は85℃以上である。キラルなアルコールを生成する反応もあるが、今度は反応条件が厳しくなり、−78℃となる(非特許文献5参照)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したように、アルコールからケトンへの酸化およびケトンからアルコールへの還元は古くから行なわれてきたにもかかわらず、反応条件を厳しく設定しなければならないという問題があった。純有機合成化学においても不斉合成は、シャープレス教授により報告された不斉酸化反応(シャープレス酸化)、野依先生により発見された触媒還元系による不斉水素化(還元)反応(野依不斉水素化反応)など、ノーベル化学賞級の困難さがあるという問題があった。
【0005】
そこで、本発明の目的は、上記問題を解決するためになされたものであり、アルコールからケトンへの酸化およびケトンからアルコールへの還元を穏和な反応条件下で行なうことができ、且つ穏和な反応条件下でキラルなアルコールを生成することができるケトンの製造方法、アルコールの製造方法および生体触媒を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明のケトンの製造方法は、アルコールを生体触媒の存在下で酸化させ、ケトンを得ることを特徴とする。
【0007】
ここで、この発明のケトンの製造方法において、前記生体触媒は植物のカルスとすることができる。
【0008】
ここで、この発明のケトンの製造方法において、前記植物はリンゴ(Malus pumila)又はトウゴマとすることができる。
【0009】
ここで、この発明のケトンの製造方法において、前記アルコールは1−フェニルエタノール(1-phenylethanol(rac.))とし、前記ケトンはアセトフェノン(acetophenone)とすることができる。
【0010】
この発明のアルコールの製造方法は、ケトンを生体触媒の存在下で還元させ、アルコールを得ることを特徴とする。
【0011】
ここで、この発明のアルコールの製造方法において、前記生体触媒は灰色カビ病菌(Botrytis cinerea)とすることができる。
【0012】
ここで、この発明のアルコールの製造方法において、前記ケトンはアセトフェノン(acetophenone)とし、前記アルコールは1−フェニルエタノール(1-phenylethanol)とすることができる。
【0013】
この発明の生体触媒は、1−フェニルエタノール(1-phenylethanol(rac.))を酸化してアセトフェノン(acetophenone)を得るための生体触媒であって、該生体触媒はリンゴ(Malus pumila)又はトウゴマのカルスであることを特徴とする。
【0014】
ここで、この発明の生体触媒において、該生体触媒がリンゴ(Malus pumila)のカルスの場合、カルス化させるためのMS(Murashige & Skoog)培地の成分に植物ホルモンとして2,4−ジクロロフェノキシ酢酸を10μM及びカイネチンを1μM含むことができる。
【0015】
この発明の生体触媒は、アセトフェノン(acetophenone)を還元して1−フェニルエタノール(1-phenylethanol)を得るための生体触媒であって、該生体触媒は灰色カビ病菌(Botrytis cinerea)であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明のケトンの製造方法および生体触媒によれば、アルコールを生体触媒の存在下で酸化させ、ケトンを得ることができる。生体触媒としては植物のカルス、特にリンゴのカルスを用いる。植物のカルスとしてはトウゴマのカルスを用いてもよい。ここで、アルコールは1-phenylethanol(rac.)であり、ケトンはacetophenoneである。言い換えれば、上記リンゴのカルスは1-phenylethanol(rac.)を酸化してacetophenoneを得るための生体触媒であり、リンゴのカルス(酵素)が触媒するのは1-phenylethanol(基質)からacetophenone(生成物)への酸化反応となる。以上のように、化学反応の触媒となる生物自身が持つ酵素の働きを利用することにより、生物の細胞中で水を溶媒とし常温・常圧という温和(穏和)な条件下で、アルコールからケトンへの酸化を行なうことができるケトンの製造方法および生体触媒を提供することができるという効果がある。
【0017】
本発明のアルコールの製造方法および生体触媒によれば、ケトンを生体触媒の存在下で還元させ、アルコールを得ることができる。生体触媒としては灰色カビ病菌(学名:Botrytis cinerea(B. cinerea))を用いる。ここで、ケトンはアセトフェノン(acetophenone)であり、アルコールは1−フェニルエタノール(1-phenylethanol)である。言い換えれば、上記灰色カビ病菌はacetophenoneを還元して1-phenylethanolを得るための生体触媒であり、灰色カビ病菌(酵素)が触媒するのはacetophenone(基質)から1-phenylethanol(生成物)への還元反応となる。以上のように、化学反応の触媒となる生物自身が持つ酵素の働きを利用することにより、生物の細胞中で水を溶媒とし常温・常圧という温和(穏和)な条件下で、ケトンからアルコールへの還元を行なうことができ、且つ穏和な反応条件下でキラルなアルコール(キラル化合物)を生成することができるアルコールの製造方法および生体触媒を提供することができるという効果がある。
【0018】
さらに、細菌類(バクテリア)や真菌類(カビ)を用いることで安価なキラル化合物の製造につながり、反応の速度が速いことからキラル化合物の大量生産にもつながるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】MS固体培地上で培養したリンゴのカルスの写真を示す図である。
【図2】MS液体培地中で培養させたリンゴのカルスの写真を示す図である。
【図3】MS固体培地上で培養したトウゴマのカルスの写真を示す図である。
【図4】MS液体培地中で培養したトウゴマのカルスの写真を示す図である。
【図5】PSA寒天培地上で培養させた灰色カビ病菌(B.cinerea)の写真を示す図である。
【図6】PS液体培地中で培養させた灰色カビ病菌の写真を示す図である。
【図7】acetophenoneの順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図8】acetophenoneのキラルカラムでの分析結果を示す図である。
【図9】1-phenylethanol(rac.)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図10】1-phenylethanol(rac.)のキラルカラムでの分析結果を示す図である。
【図11】1-phenylethanolの(R)−体のキラルカラムでの分析結果を示す図である。
【図12】1-phenylethanolの(S)−体のキラルカラムでの分析結果を示す図である。
【図13】MS液体培地抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図14】MS液体培地抽出物(1-phenylethanol添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図15】MS液体培地抽出物(acetophenone添加)のキラルカラムでの分析結果を示す図である。
【図16】リンゴカルス抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図17】リンゴカルス抽出物(1-phenylethanol(rac.)添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図18】リンゴカルスのみ抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図19】リンゴカルスのみ抽出物(1-phenylethanol(rac.)添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図20】3日目のリンゴカルス抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図21】3日目のリンゴカルス抽出物(1-phenylethano(rac.)添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図22】6日目のリンゴカルス抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図23】6日目のリンゴカルス抽出物(1-phenylethano(rac.)添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図24】9日目のリンゴカルス抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図25】9日目のリンゴカルス抽出物(1-phenylethano(rac.)添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図26】12日目のリンゴカルス抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示図である。
【図27】12日目のリンゴカルス抽出物(1-phenylethano(rac.)添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図28】リンゴのカルスに1-phenylethanol(rac.)を添加して得られた経時変化の抽出物のHPLCの分析結果のプロットを示す図である。
【図29】6日目のリンゴカルス抽出物(1-phenylethano(rac.)添加)と標品acetophenoneとを混ぜ、double injectionを行った結果の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図30】菌なし液体培地抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図31】菌なし液体培地抽出物(1-phenylethanol(rac.)添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図32】菌あり液体培地抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図33】菌あり液体培地抽出物(1-phenylethanol(rac.)添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図34】菌ありPS液体培地抽出物(acetophenone添加)のキラルカラムでのHPLC分析結果を示す図である。
【図35】菌体のみ抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図36】菌体のみ抽出物(1-phenylethanol(rac.)添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図37】菌体のみ抽出物(acetophenone添加)のキラルカラムでのHPLC分析結果を示す図である。
【図38】0日目の灰色カビ病菌抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図39】0日目の灰色カビ病菌抽出物(acetophenone添加)のキラルカラムでの分析結果を示す図である。
【図40】1日目の灰色カビ病菌抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図41】1日目の灰色カビ病菌抽出物(acetophenone添加)のキラルカラムでの分析結果を示す図である。
【図42】2日目の灰色カビ病菌抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す図である。
【図43】2日目の灰色カビ病菌抽出物(acetophenone添加)のキラルカラムでの分析結果を示す図である。
【図44】灰色カビ病菌にacetophenoneを添加して得られた経時変化の抽出物のHPLCの分析結果のプロットを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、各実施例について図面を参照して詳細に説明する。
【実施例1】
【0021】
1−1.発明の概要
本発明者等は、上述した従来のアルコールからケトンへの酸化およびケトンからアルコールへの還元における反応条件を厳しく設定しなければならないという課題を解決するべく鋭意研究を行なった。その結果、リンゴ(学名:Malus pumila、セイヨウリンゴ)およびトウゴマ(学名:Ricinus communis、ヒマ(蓖麻))の組織培養、またはワイン等に使用されているリンゴ灰色カビ病菌(学名:Botrytis cinerea(B. cinerea)、以下、「灰色カビ病菌」と略す。)等の生体触媒を利用して有機合成に応用できることを見出し、アセトフェノン(acetophenone)と1−フェニルエタノール(1-phenylethanol(rac.))とを用いて酸化還元反応を試みた。本発明者等とは異なるアプローチを行なった関連する文献を非特許文献6〜9に示す。本実施例1では、まず酵素の特徴について概略を述べ、次にリンゴおよびトウゴマの組織培養、灰色カビ病菌の培養について説明する。酸化還元反応に関しては実施例2以降で説明する。
【0022】
1−2.酵素の特徴
自然界には様々な生物が存在し、それらが生きていくために生物は自身の体内で様々な物質を生成する。これを“生合成”といい、一般の化学合成ではできにくい反応も、生物の細胞中で、水を溶媒として、常温・常圧という温和(穏和)な条件で必要なものだけを生成する化学反応である。このように効率的に化学反応を進めるためには、化学反応の触媒となる生物自身が持つ酵素の働きが不可欠である。
【0023】
その酵素とは、生物の生体内反応における触媒として働く物質であり、様々な種類がある。1つの化合物が生合成されるには1つだけの酵素ではなく、酸化還元酵素、転移酵素、合成酵素、加水分解酵素等の数多くの酵素が関係し、多数の反応の段階を踏むことが一般的に知られている。
【0024】
さらに酵素の特徴として反応特異性と基質特異性がある。通常酵素が触媒する反応は1つだけであり、異なった反応には別の酵素が必要である。また反応に関わる基質が酵素に応じて決まっており、異なった基質には別の酵素が用意される(非特許文献10〜14参照)。
【0025】
以下、リンゴおよびトウゴマの組織培養、灰色カビ病菌の培養について順に説明する。
【0026】
1−3−1.組織培養について
植物をカルス(callus)化させるめに、MS(Murashige&Skoog)培地を作成してカルスの誘導、液体振とう培養に用いた。表1〜4に詳しいMS培地の成分構成を示す(非特許文献15参照)。表1、3でMはモル濃度(1mol/L)である。
【0027】
< MS培地の成分構成(1L中)>
1.無機栄養素
【表1】

【0028】
2.有機栄養素
【表2】

【0029】
3.植物ホルモン
【表3】

【0030】
4.支持材料
固体培地を作成するときに用いる。全量の0.8%(g)を添加する。
【表4】

【0031】
以上の成分が含まれている。MS培地を作製するときは、実験毎に各物質を秤量して培地を作る手間を省くため、あらかじめ上記の成分を数種類溶かした高濃度の貯蔵液、MS基本液(無機栄養素)、Fe−EDTA(エチレンジアミン四酢酸)液、Vitamine液(有機栄養素)の3種を調合し、それらを添加してMS培地を作製する。作製方法を以下に示す。
【0032】
MS培地の作製.
(1)ビーカーに蒸留水100mlを入れ、マグネチックスターラーで撹拌しながら、MS基本液20ml、Fe−EDTA液1ml、Vitamine液0.2ml、植物ホルモンである2,4-ジクロロフェノキシ酢酸を10μM、カイネチンを1μMになるように添加する。
(2)pHメーターで培地のpHをNaOH、HClで5.7〜5.8に調整する。
(3)蒸留水で200mlに調整する。(固体培地では寒天を全体積量の0.8%加え、液体培地では加えずにそのまま用いる。)
(4)100ml三角フラスコに20mlずつ入れて(分注)、キャップする。
(5)100ml三角フラスコをオートクレーブ(圧力滅菌釜)にかけて滅菌し(好適には121℃、2気圧、15〜20分)、冷暗所(例えば冷蔵庫)に保存する。
【0033】
1−3−2.リンゴのカルス化について.
図1は、MS固体培地上で培養したリンゴのカルスの写真を示す。図1において、符号1は100ml三角フラスコ、5はMS寒天培地(固体培地)、10はリンゴの新芽である。エタノールおよび次亜塩素酸を用いて滅菌したリンゴの新芽10を切り分け、それをMS寒天培地5上にのせ、カルス誘導させた。
【0034】
1−3−3.リンゴのカルスの液体培養について.
図2は、MS液体培地中で培養させたリンゴのカルスの写真を示す。図2で図1と同じ符号を付した箇所は同じ要素を示すため、説明は省略する。図2において、符号6はMS液体培地である。MS固体培地5で培養させ、安定したリンゴのカルスを細かく刻み、MS液体培地6(20ml)に入れて、20℃で3日間振とう暗培養させた。
【0035】
1−3−4.トウゴマのカルス化について
図3は、MS固体培地上で培養したトウゴマのカルスの写真を示す。図3で図1と同じ符号を付した箇所は同じ要素を示すため、説明は省略する。図3において、符号11はトウゴマの根である。エタノールおよび次亜塩素酸を用いて滅菌したトウゴマの根11を切り分け、それをMS寒天培地5上にのせ、カルス誘導させた。
【0036】
1−3−5.トウゴマのカルスの液体培養について
図4は、MS液体培地中で培養したトウゴマのカルスの写真を示す。図4で図2と同じ符号を付した箇所は同じ要素を示すため、説明は省略する。MS固体培地5上で培養させ、安定したトウゴマのカルスを細かく刻み、MS液体培地6(40ml)に入れて、20℃で3日間振とう暗培養(暗室の振とう器の上で暗培養)させた。
【0037】
1−4−1.使用した植物病原菌について
<灰色カビ病菌>
灰色カビ病菌は不完全菌類という真菌類の一種である。体細胞分裂によって形成される無隔壁の分生胞子により増殖する。胞子から菌糸を伸ばして増えることから糸状菌としても分類されている。
【0038】
1−4−2.灰色カビ病菌の培養について
植物病原菌を培養するのにPSA(Potate Scrose Agar)培地を用いた。以下にPSA(液体)培地の材料および作り方を示す。
【0039】
PSA培地の材料a〜d
a.皮をむいたジャガイモ・・・400g
b.スクロース・・・・・・・・40g
c.寒天・・・・・・・・・・・40g
d.蒸留水・・・・・・・・・・2L
【0040】
PSA培地の作り方
(1)5Lの三角フラスコに2Lの蒸留水dと皮をむいたジャガイモaとを入れる。
(2)上記5Lの三角フラスコにアルミホイルで蓋をし、コッホ釜に入れて1時間蒸す。
(3)別の5Lの三角フラスコにスクロースbを入れ、さらにガーゼでろ過した(2)を入れる。
(4)上記別の5Lの三角フラスコをよく攪拌し、スクロースbを溶かす。
(5)(4)の溶液が熱いうちに寒天cを少しずつ加え、よく振り混ぜる。
(6)寒天cを溶かすために、上記別の5Lの三角フラスコをアルミホイルで蓋をし、コッホ釜に入れて30分蒸す。
(7)(6)を500mlの三角フラスコに分け、アルミホイルで蓋をし、オートクレープにかけて滅菌する。
【0041】
図5は、PSA寒天培地上で培養させた灰色カビ病菌の写真を示す。図5において、符号2はシャーレ、7はPSA寒天培地、12は灰色カビ病菌である。上記のように作製したPSA寒天培地7をクリーンベンチ(登録商標)内でシャーレ2に流し固め、そこに白金線を使って灰色カビ病菌12の菌体をのせる。菌糸および胞子を十分に成長させるまで20℃で明培養させた。
【0042】
1−4−3.灰色カビ病菌の液体培養について
植物病原菌を培養するのにPS(Potato Scrose)液体培地を用いた。以下にPS液体培地の材料および作り方を示す。
【0043】
PS液体培地の材料
a.皮をむいたジャガイモ・・・100g
b.スクロース・・・・・・・・10g
d.蒸留水・・・・・・・・・・500ml
【0044】
PS液体培地の作り方
(1)3Lの三角フラスコに500mlの蒸留水dと皮をむいたジャガイモaとを入れる。
(2)上記3Lの三角フラスコにアルミホイルで蓋をし、コッホ釜に入れて1時間蒸す。
(3)別の500mlの三角フラスコにスクロースbを入れ、さらにガーゼでろ過した(2)を入れる。
(4)上記別の500mlの三角フラスコをよく攪拌し、スクロースbを溶かす。
(5)(4)を100mlの三角フラスコに20mlずつ分け、アルミホイルで蓋をし、オートクレープにかけて滅菌する。
【0045】
図6は、PS液体培地中で培養させた灰色カビ病菌の写真を示す。図6で図1および5と同じ符号を付した箇所は同じ要素を示すため、説明は省略する。図6において、符号8はPS液体培地である。上記のように作製したPS液体培地8に、クリーンベンチ(登録商標)内で白金線を使ってPSA寒天培地7で培養させた灰色カビ病菌12をPSA寒天培地7から菌体および胞子をそぎ取り、PS液体培地8(20ml)に入れて、20℃で5日間振とう暗培養させた。
【0046】
1−5.添加した基質について
以下の実施例2以降で説明する今回の実験で用いた基質はacetophenoneと1-phenylethanol(rac.)との2つであり、以下の式1および2に示す。式1に示されるようにacetophenoneのモル質量(MW)は120g/molであり、式2に示されるように1-phenylethanol(rac.)のモル質量(MW)は122g/molである。
【0047】
【化1】

【0048】
上記2つの基質を植物カルスまたは植物病原菌に添加するときは、液体培地6等中の基質の濃度が1.0×10−4Mになるように添加した。
【0049】
HPLC(High Performance Liquid Chromatography)において使用したカラムは、順相カラム(HPLC GL-PACK LiChlosorb(登録商標)Si 60、 粒径5μm、4.0×250mm)とキラルカラム(CHIRALPAK(登録商標)AD-H、0.46cmφ×25cmL)とを用いた。HPLCにて分析する際に使用した展開溶媒(溶離液)は、順相カラムではhexane/2-propanol=40/1を用い、キラルカラムではhexane/ethanol=99/1を用いた。HPLCシステムの他の構成装置(脱気装置、ポンプ、インジェクタ、カラム恒温槽、検出器、データ処理器等)については通常用いられる装置、例えば検出器なら紫外(Ultra Violet : UV)検出器等、を使用した。
【0050】
次に、acetophenone、1-phenylethanol(rac.)および1-phenylethanolの2つのキラル化合物のHPLCの分析結果を図7〜図12に示す。図7〜図12で横軸は時間(分)、縦軸は電圧(mV)である(以下、HPLCの分析結果を示す図において同様である)。
【0051】
図7は、acetophenoneの順相カラムでの分析結果を示す。図7に示されるように、標品acetophenone(5μl)の順相カラムでの保持時間は約11分であった。図8は、acetophenoneのキラルカラムでの分析結果を示す。図8に示されるように、標品acetophenone(5μl)のキラルカラムでの保持時間は約23分であった。
【0052】
図9は、1-phenylethanol(rac.)の順相カラムでの分析結果を示す。図9に示されるように、標品1-phenylethanol(rac.)(5μl)の順相カラムでの保持時間は約23分であった。図10は、1-phenylethanol(rac.)のキラルカラムでの分析結果を示す。図10に示されるように、標品1-phenylethanol(rac.)(5μl)のキラルカラムでの保持時間は、初めのピークが約50分であり、次のピークが約55分であった。
【0053】
図11は、1-phenylethanolの(R)-体のキラルカラムでの分析結果を示す。図11に示されるように、(R)-1-phenylethanol(5μl)のキラルカラムラムでの保持時間は約50分であった。図12は、1-phenylethanolの(S)−体のキラルカラムでの分析結果を示す。図12に示されるように、(S)−1-phenylethanol(5μl)のキラルカラムでの保持時間は約55分であった。
【0054】
以上説明したように、本発明の実施例1では、まず酵素の特徴について概略を述べた。次に、リンゴおよびトウゴマの組織培養に関し、MS培地の成分構成(1L中)およびその作製について説明した。灰色カビ病菌の培養に関し、PS液体培地の材料および作製について説明した。今回の実験で用いた2つの基質、acetophenoneと1-phenylethanol(rac.)とについて示し、HPLCにおいて使用した順相カラムおよびキラルカラムについて説明した。最後に、acetophenone、1-phenylethanol(rac.)および1-phenylethanolの2つのキラル化合物のHPLCの分析結果を図7〜図12に示した。標品acetophenone(5μl)の順相カラムでの保持時間は約11分、キラルカラムでの保持時間は約23分であった。標品1-phenylethanol(rac.)(5μl)の順相カラムでの保持時間は約23分、キラルカラムでの保持時間は、初めのピークが約50分であり、次のピークが約55分であった。(R)-1-phenylethanol(5μl)のキラルカラムでの保持時間は約50分、(S)-1-phenylethanol(5μl)のキラルカラムでの保持時間は約55分であった。
【実施例2】
【0055】
実施例2では、アルコールを生体触媒の存在下で酸化させ、ケトンを得るケトンの製造方法について説明する。生体触媒としては植物のカルス、特にリンゴ(Malus pumila)のカルスを用いる。ここで、アルコールは1−フェニルエタノール(1-phenylethanol(rac.))であり、ケトンはアセトフェノン(acetophenone)である。言い換えれば、上記リンゴのカルスは1-phenylethanol(rac.)を酸化してacetophenoneを得るための生体触媒であり、リンゴのカルス(酵素)が触媒するのは1-phenylethanol(基質)からacetophenone(生成物)への酸化反応となる。実施例1(表4)で説明したように、カルス化させるためのMS培地の成分に植物ホルモンとして2,4−ジクロロフェノキシ酢酸を10μMおよびカイネチンを1μM含む。
【0056】
2−1.基質の添加について
クリーンベンチ(登録商標)内で、3日間MS液体培地中で振とう暗培養させたリンゴのカルスに、基質と反応しやすくするため界面活性剤としてTriton(登録商標)X-100を20μl添加する。次によく振り混ぜた後に、acetophenoneおよび1-phenylethanol(rac.)をそれぞれ別々のリンゴのカルスに22μl添加した。添加後、20℃で振とう暗培養させた。経時変化として、3日目、6日目、9日目、12日目に1ml抽出した。総抽出は14日目に行った。
【0057】
対称として、リンゴのカルスを入れていないMS液体培地にも界面活性剤および基質を添加し、20℃で振とう暗培養させ、経時変化を取らずに総抽出のみ行った。
【0058】
2−2.基質添加後の培養条件について
基質を添加した後、クリーンルーム内で、20℃で振とう暗培養させた。
【0059】
2−3.抽出について
3日目、6日目、9日目、12日目の経時変化では1mlだけフラスコから取り、ヘキサンを用いて抽出した。14日目の培養後の総抽出ではエーテルを用いて抽出した。細胞部はホモジナイザーを用いて、エーテルで抽出した。以下に抽出の操作を示す。
【0060】
<1ml抽出の操作>
(1)クリーンベンチ(登録商標)内で、液体培地をねじ口試験管にマイクロピペットで1ml取る。
(2)液体培地にエーテルを1ml加え、200回ボルテックスにかける(ボルテックスミキサーで撹拌する。以下同様)。
(3)遠心機にかけて有機相、水相を分離させる。
(4)パスツールピペット(以下、「パスツール」と省略)で別なねじ口試験管に有機相を移す。
(5)(2)、(3)および(4)の操作を合計で4回行う。
(6)有機相が入ったねじ口試験管に蒸留水を1ml入れ、20回ボルテックスにかける。
(7)パスツールで水相を取り除く。
(8)(6)および(7)の操作を合計で2回行う。
(9)有機相に無水硫酸マグネシウムを舞うまで入れ、2〜3時間脱水させる。
(10)脱水させた後に、セライトろ過をする。
(11)遠心エバポレーターで1mlまで濃縮する。その後、HPLCにて分析する。
【0061】
<総抽出の操作>
(1)300mlの分液ロートにロートとメッシュを設置し、カルスが入らないように液体培地のみを入れる。
(2)液体培地にエーテルを30ml入れ、10、20、20、50、100、100回と、分液ロートのコックを開けながら分液ロートを振る。
(3)分液ロートを40分静置し、静置した後に水相(液体培地)を100mlの分液ロートに落とす。
(4)液体培地にエーテルを20ml入れ、分液ロートを300回振り、30分静置する。
(5)分液ロートを静置した後に、水相を三角フラスコに落とし、有機相を300mlの分液ロートに入れる。
(6)水相を再び100mlの分液ロートに入れ、(3)、(4)および(5)の操作を合計で4回行う。
(7)有機相を溜めた300mlの分液ロートに飽和食塩水を30ml入れ、30回振り、40分静置する。
(8)分液ロートを静置した後に、水相を落とし、有機相をスリ付きの三角フラスコに入れる。
(9)有機相を入れた三角フラスコに、無水硫酸マグネシウムを舞うまで入れ、一晩脱水させる。
(10)脱水させた後に、セライトろ過をし、単蒸留で濃縮する。その後、HPLCにて分析する。
【0062】
<細胞部の抽出操作>
(1)総抽出で液体培地と分けたカルスをホモジナイザーに入れる。
(2)カルスにエーテルを5ml加えて、ホモジナイザーですり潰しながら抽出する。
(3)パスツールで溶液を100mlの分液ロートに移す。
(4)(2)、(3)の操作を合計で5回行う。
(5)溶液を溜めた分液ロートに、飽和食塩水を20ml入れ、30回振り、40分静置する。
(6)分液ロートを静置した後に、水相を落とし、有機相をスリ付きの三角フラスコに入れる。
(7)有機相を入れた三角フラスコに、無水硫酸マグネシウムを舞うまで入れ、一晩脱水させる。
(8)脱水させた後に、セライトろ過をし、単蒸留で濃縮し、HPLCにて分析する。
【0063】
2−4.結果
1.総抽出した抽出物のHPLCの結果
(1)カルスを入れていないMS液体培地に基質を添加した培地の抽出物(液体培地抽出物)のHPLCの結果
図13は、MS液体培地抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図13に示されるように、保持時間約11分のピーク(図7に示される順相カラムでの保持時間約11分のacetophenoneのピーク)はほとんど出現せず、保持時間約23分のピーク(図9に示される順相カラムでの保持時間約23分の1-phenylethanolのピーク)が出現した。これはコンタミネーションし、カビによって1-phenylethanolが生成したと考えられる。図14は、MS液体培地抽出物(1-phenylethanol添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図14に示されるように、順相カラムでの保持時間約23分の1-phenylethanolのピークが出現した。発明者らは、更に(R)-体、(S)-体の両者を生成していたことをキラルカラムで確認した。図15は、MS液体培地抽出物(acetophenone添加)のキラルカラムでの分析結果を示す。図15に示されるように、(R)-体(保持時間約50分の最初のピーク)の方が(S)-体(保持時間約55分の2つ目のピーク)より大きいことがわかる。発明者らは、MS液体培地にacetophenoneを添加する実験を再度行い、MS液体培地とacetophenoneが反応しないこと、つまりコンタミネーションを起こさなければ図13に示されるようにはならないことを確認した。
【0064】
(2)リンゴのカルスを入れたMS液体培地に基質を添加した培地の抽出物(リンゴカルス抽出物)のHPLCの結果
図16は、リンゴカルス抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図16に示されるように、順相カラムでの保持時間約11分のacetophenoneのピークが出現した。保持時間約23分の小さいピークに関しては、おそらくリンゴのカルスでは酸化反応のみが起こり、acetophenoneを添加しても反応しない筈であるため、コンタミネーションしたと思われる。図17は、リンゴカルス抽出物(1-phenylethanol(rac.)添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図17に示されるように、順相カラムでの保持時間約11分の小さいacetophenoneのピークが見られ、順調に酸化反応が起こったことがわかる。しかし、経時変化の結果より9日目から12日目ぐらいにコンタミネーションしたため、acetophenoneが1-phenylethanolに戻ったことが、経時変化で得た抽出物の分析結果よりわかった。
【0065】
(3)基質を添加したリンゴのカルスの細胞部を磨り潰し抽出した抽出物(リンゴカルスのみ抽出物)のHPLCの結果
図18は、リンゴカルスのみ抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図18に示されるように、順相カラムでの保持時間約23分の1-phenylethanolのピークが見られなかった。この結果より、リンゴのカルスとacetophenoneとが反応しないことがわかった。図19は、リンゴカルスのみ抽出物(1-phenylethano(rac.)添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図19に示されるように順相カラムでの保持時間約11分の小さいacetophenoneのピークが見られるため、MS液体培地の場合(図17)と同様に、細胞部でもacetophenoneの生成があるということがわかった。
【0066】
2.経時変化
(1)3日目の抽出物のHPLCの結果
図20は、3日目のリンゴカルス抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図20に示されるように、順相カラムでの保持時間約11分のacetophenoneのピークが出現している。図21は、3日目のリンゴカルス抽出物(1-phenylethano(rac.)添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図21に示されるように、保持時間約25分に順相カラムでの1-phenylethanolのピークが出現しており、順相カラムでの保持時間約11分のacetophenoneの小さいピーク(丸印Aで示す。)が出現しているため、acetophenoneが少し生成されていることがわかる。
【0067】
(2)6日目の抽出物のHPLCの結果
図22は、6日目のリンゴカルス抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図22に示されるように、順相カラムでの保持時間約11分のacetophenoneのピークが出現している。図23は、6日目のリンゴカルス抽出物(1-phenylethano(rac.)添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図23に示されるように、順相カラムでの保持時間約23(〜24)分の1-phenylethanolのピークが出現している。図23と図21(3日目)とを比較すると、順相カラムでの保持時間約11分のacetophenoneのピーク(丸印Aで示す。)が大きくなっていることがわかる。
【0068】
(3)9日目の抽出物のHPLCの結果
図24は、9日目のリンゴカルス抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図24に示されるように、順相カラムでの保持時間約11分のacetophenoneのピークが出現している。図25は、9日目のリンゴカルス抽出物(1-phenylethano(rac.)添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図25に示されるように、順相カラムでの保持時間約23(〜24)分の1-phenylethanolのピークが小さくなり、図25と図23(6日目)とを比較すると、順相カラムでの保持時間約11分のacetophenoneのピークがかなり大きくなっていることがわかる。以上より、1-phenylethanol(rac.)がacetophenoneに変換されたということがわかる。
【0069】
(4)12日目の抽出物のHPLCの結果
図26は、12日目のリンゴカルス抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図26に示されるように、順相カラムでの保持時間約11分のacetophenoneのピークが出現している。順相カラムでの保持時間約23分の1-phenylethanolのピークと思われるピークが少し見られるが、これはおそらくコンタミネーションが原因だと思われる。図27は、12日目のリンゴカルス抽出物(1-phenylethano(rac.)添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図27と図25(9日目)とを比較すると(scaleの相違は除く)、コンタミネーションしたため順相カラムでの保持時間約11分のacetophenoneのピークが小さくなり、順相カラムでの保持時間約23分の1-phenylethanolのピークが大きくなった。
【0070】
図28は、以上のHPLCの結果より、リンゴのカルスに1-phenylethanol(rac.)を添加して得られた経時変化の抽出物のHPLCの分析結果のプロットを示す。図28で横軸は経過時間(日)であり、縦軸はリンゴのカルスが入っていないMS液体培地に1-phenylethanol(rac.)を添加して抽出したMS液体培地抽出物のHPLCの分析結果に示される1-phenylethanolのピーク(図14参照)面積を100%として考えた場合における、各経過日のリンゴのカルスが入ったMS液体培地抽出物のHPLCの分析結果に示されるacetopheone および1-phenylethanolのピーク(図21、23、25、27等参照)面積比(%)である。表5は、図28に示されるリンゴのカルスに1-phenylethanol(rac.)を添加して得られた経時変化の抽出物のHPLCの分析結果を数値で示す。
【0071】
【表5】

【0072】
図28に示されるように、1-phenylethanolのピーク(図14参照)面積(100%)に対し、acetopheoneのピーク面積の比(%)は四角印で表し、1-phenylethanolのピーク面積の比(%)は三角印で表して、3日目から14日目までのリンゴのカルスが入ったMS液体培地抽出物のHPLCの各分析結果に基づきプロットした。図28のプロットした結果に示されるように、9日目までは順調にリンゴのカルスによって1-phenylethanol
(rac.) が酸化されてacetopheoneを生成していた。しかし9日目から12日目の間にコンタミネーションしたことで、acetophenoneの生成から1-phenylethanolの生成へと変化したことがわかった。
【0073】
3.1-phenylethanol(rac.)を添加した6日目の抽出物と標品のdouble injectionのHPLCの結果
経時変化として得た6日目のリンゴカルス抽出物(1-phenylethano(rac.)添加)(図17参照)と標品acetophenone(図7参照)とを混ぜ、double injectionを行った。図29は、6日目のリンゴカルス抽出物(1-phenylethano(rac.)添加)と標品acetophenoneとを混ぜ、double injectionを行った結果の順相カラムでの分析結果を示す。図29に示されるように、順相カラムでの保持時間約11分のacetophenoneのピークが大きくなった。標品acetophenoneを添加してピークがずれないことから、混ぜる前のピークがacetophenoneであることがわかった。double injectionによる同定である。この結果より、リンゴのカルスに1-phenylethanol(rac.)を添加するとacetophenoneが生成するということがわかった。
【0074】
2−5.考察
以上の結果より、リンゴのカルスは酸化反応を起こすということがわかった。そして、コンタミネーションの原因であるカビが還元反応を起こすということもわかった。リンゴのカルスによって起きた反応を以下の式3に示す。式3で「Jonagold」はりんごの品種である。
【0075】
【化2】

【0076】
上記式2の反応はおそらくリンゴのカルスの細胞の中で起こっていると考えられる。経時変化ではMS液体培地をできるだけリンゴのカルスを吸わないようにしてマイクロピペットで取った。MS液体培地中では常に添加した基質の濃度が一定となるはずだが、経時変化における添加した基質のピークの高さを見ると、ピークの高さが一定ではないことが見てわかる。ゆえに、リンゴのカルスは一度添加した基質を取り込み、細胞内で酸化反応を起こし、MS液体培地中に生成物をリリースしたということが言える。
【0077】
以上のように、本発明の実施例2によれば、アルコールを生体触媒の存在下で酸化させ、ケトンを得ることができる。生体触媒としては植物のカルス、特にリンゴのカルスを用いる。ここで、アルコールは1-phenylethanol(rac.)であり、ケトンはacetophenoneである。言い換えれば、上記リンゴのカルスは1-phenylethanol(rac.)を酸化してacetophenoneを得るための生体触媒であり、リンゴのカルス(酵素)が触媒するのは1-phenylethanol(基質)からacetophenone(生成物)への酸化反応となる。以上のように、化学反応の触媒となる生物自身が持つ酵素の働きを利用することにより、生物の細胞中で水を溶媒とし常温・常圧という温和(穏和)な条件下で、アルコールからケトンへの酸化を行なうことができるケトンの製造方法および生体触媒を提供することができる。
【実施例3】
【0078】
実施例3では、アルコールを生体触媒の存在下で酸化させ、ケトンを得る別のケトンの製造方法について説明する。生体触媒としては植物のカルス、特にトウゴマのカルスを用いる。ここで、アルコールは1−フェニルエタノール(1-phenylethanol(rac.))であり、ケトンはアセトフェノン(acetophenone)である。言い換えれば、上記トウゴマのカルスは1-phenylethanol(rac.)を酸化してacetophenoneを得るための生体触媒であり、トウゴマのカルス(酵素)が触媒するのは1-phenylethanol(基質)からacetophenone(生成物)への酸化反応となる。
【0079】
3−1.基質の添加について
クリーンベンチ(登録商標)内で、3日間適切な量のMS液体培地中で振とう暗培養させたトウゴマのカルスに、基質と反応しやすくするため界面活性剤としてTriton(登録商標)X-100を20μl添加する。次によく振り混ぜた後に、1-phenylethanol(rac.)をトウゴマのカルスに22μl添加した。添加後、20℃で振とう暗培養させた。経時変化として、7日目、14日目に1ml抽出した。総抽出は21日目に行った。
【0080】
3−2.基質添加後の培養条件について
基質を添加した後、クリーンルーム内で、20℃で振とう暗培養させた。
【0081】
3−3.抽出について
7日目、14日目の経時変化では1mlだけフラスコから取り、エーテルを用いて抽出した。21日目の培養後の総抽出でもエーテルを用いて抽出した。細胞部はホモジナイザーを用いて、エーテルで抽出した。以下、実施例2のリンゴのカルスと同様であるが、抽出の操作を示す。
【0082】
<1ml抽出の操作>
(1)クリーンベンチ(登録商標)内で、液体培地をねじ口試験管にマイクロピペットで1ml取る。
(2)液体培地にエーテルを1ml加え、200回ボルテックスにかける。
(3)遠心機にかけて有機相、水相を分離させる。
(4)パスツールで別なねじ口試験管に有機相を移す。
(5)(2)、(3)および(4)の操作を合計で4回行う。
(6)有機相が入ったねじ口試験管に蒸留水を1ml入れ、20回ボルテックスにかける。
(7)パスツールで水相を取り除く。
(8)(6)および(7)の操作を合計で2回行う。
(9)有機相に無水硫酸マグネシウムを舞うまで入れ、2〜3時間脱水させる。
(10)脱水させた後に、セライトろ過をする。
(11)遠心エバポレーターで1mlまで濃縮する。その後、HPLCにて分析する。
【0083】
<総抽出の操作>
(1)300mlの分液ロートにロートとメッシュを設置し、カルスが入らないように液体培地のみを入れる。
(2)液体培地にエーテルを30ml入れ、10、20、20、50、100、100回と、分液ロートのコックを開けながら分液ロートを振る。
(3)分液ロートを40分静置し、静置した後に水相(液体培地)を100mlの分液ロートに落とす。
(4)液体培地にエーテルを20ml入れ、分液ロートを300回振り、30分静置する。
(5)分液ロートを静置した後に、水相を三角フラスコに落とし、有機相を300mlの分液ロートに入れる。
(6)水相を再び100mlの分液ロートに入れ、(3)、(4)および(5)の操作を合計で4回行う。
(7)有機相を溜めた300mlの分液ロートに飽和食塩水を30ml入れ、30回振り、40分静置する。
(8)分液ロートを静置した後に、水相を落とし、有機相をスリ付きの三角フラスコに入れる。
(9)有機相を入れた三角フラスコに、無水硫酸マグネシウムを舞うまで入れ、一晩脱水させる。
(10)脱水させた後に、セライトろ過をし、単蒸留で濃縮する。その後、HPLCにて分析する。
【0084】
<細胞部の抽出操作>
(1)総抽出で液体培地と分けたカルスをホモジナイザーに入れる。
(2)カルスにエーテルを5ml加えて、ホモジナイザーですり潰しながら抽出する。
(3)パスツールで溶液を100mlの分液ロートに移す。
(4)(2)、(3)の操作を合計で5回行う。
(5)溶液を溜めた分液ロートに、飽和食塩水を20ml入れ、30回振り、40分静置する。
(6)分液ロートを静置した後に、水相を落とし、有機相をスリ付きの三角フラスコに入れる。
(7)有機相を入れた三角フラスコに、無水硫酸マグネシウムを舞うまで入れ、一晩脱水させる。
(8)脱水させた後に、セライトろ過をし、単蒸留で濃縮し、HPLCにて分析する。
【0085】
3−4.結果
総抽出した抽出物のHPLCの結果、トウゴマのカルスで行った基質転換での経時変化で得た抽出物のHPLCの結果については省略する。
【0086】
3−5.考察
トウゴマのカルスを使った基質転換の実験でわかったことは、液体培地の量に対して適切な量のトウゴマのカルスを用いると、トウゴマのカルスと基質とが反応しやすくなるということである。これは、基質とトウゴマのカルスの衝突率を低くしないために必要であると考えられる。
【0087】
以上のように、本発明の実施例3によれば、アルコールを生体触媒の存在下で酸化させ、ケトンを得ることができる。生体触媒としては植物のカルス、特にトウゴマのカルスを用いる。ここで、アルコールは1-phenylethanol(rac.)であり、ケトンはacetophenoneである。言い換えれば、上記トウゴマのカルスは1-phenylethanol(rac.)を酸化してacetophenoneを得るための生体触媒であり、トウゴマのカルス(酵素)が触媒するのは1-phenylethanol(基質)からacetophenone(生成物)への酸化反応となる。以上のように、化学反応の触媒となる生物自身が持つ酵素の働きを利用することにより、生物の細胞中で水を溶媒とし常温・常圧という温和(穏和)な条件下で、アルコールからケトンへの酸化を行なうことができる別のケトンの製造方法および生体触媒を提供することができる。
【実施例4】
【0088】
実施例4では、ケトンを生体触媒の存在下で還元させ、アルコールを得るアルコールの製造方法について説明する。生体触媒としては灰色カビ病菌(学名:Botrytis cinerea(B.
cinerea))を用いる。ここで、ケトンはアセトフェノン(acetophenone)であり、アルコールは1−フェニルエタノール(1-phenylethanol)である。言い換えれば、上記灰色カビ病菌はacetophenoneを還元して1-phenylethanolを得るための生体触媒であり、灰色カビ病菌(酵素)が触媒するのはacetophenone(基質)から1-phenylethanol(生成物)への還元反応となる。
【0089】
4−1.基質の添加について
PS寒天培地上で培養した灰色カビ病菌をPS液体培地に移し5日間培養させた灰色カビ病菌に、基質と反応しやすくするため界面活性剤としてTriton(登録商標)X-100を20μl添加する。次によく振り混ぜた後に、基質としてacetophenoneを22μl添加した。基質添加後、20℃で7日間振とう暗培養させ、抽出した。
【0090】
対称として、灰色カビ病菌を入れていないPS液体培地にも同様に界面活性剤および基質を添加し、20℃で7日間振とう暗培養させ、抽出した。
【0091】
7日間経時変化を取らずに行った実験結果より、同様に灰色カビ病菌にacetophenoneを添加する実験を再度行い、1日毎に経時変化を取った。0日目、1日目、2日目に1ml抽出し、2日目の経時変化の結果より、3日目に総抽出した。
【0092】
4−2.基質添加後の培養条件について
基質を添加した後、クリーンルーム内で、20℃で振とう暗培養させた。
【0093】
4−3.抽出について
経時変化では1mlだけフラスコから取り、エーテルを用いて抽出した。培養後の総抽出ではエーテルを用いて抽出した。菌体はホモジナイザーを用いて、エーテルで抽出した。以下に抽出の操作を示す。
【0094】
<1ml抽出の操作>
(1)クリーンベンチ(登録商標)内で、液体培地をねじ口試験管にマイクロピペットで1ml取る。
(2)液体培地にエーテルを1ml加え、200回ボルテックスにかける。
(3)遠心機にかけて有機相、水相を分離させる。
(4)パスツールで別なねじ口試験管に有機相を移す。
(5)(2)、(3)および(4)の操作を合計で4回行う。
(6)有機相が入ったねじ口試験管に蒸留水を1ml入れ、20回ボルテックスにかける。
(7)パスツールで水相を取り除く。
(8)(6)および(7)の操作を合計で2回行う。
(9)有機相に無水硫酸マグネシウムを舞うまで入れ、2〜3時間脱水させる。
(10)脱水させた後に、セライトろ過をする。
(11)遠心エバポレーターで1mlまで濃縮する。その後、HPLCにて分析する。
【0095】
<総抽出の操作>
(1)300mlの分液ロートにロートとメッシュを設置し、菌体が入らないように液体培地のみを入れる。
(2)液体培地にエーテルを30ml入れ、10、20、20、50、100、100回と、分液ロートのコックを開けながら分液ロートを振る。
(3)分液ロートを40分静置し、静置した後に水相(液体培地)を100mlの分液ロートに落とす。
(4)液体培地にエーテルを20ml入れ、分液ロートを300回振り、30分静置する。
(5)分液ロートを静置した後に、水相を三角フラスコに落とし、有機相を300mlの分液ロートに入れる。
(6)水相を再び100mlの分液ロートに入れ、(3)、(4)および(5)の操作を合計で4回行う。
(7)有機相を溜めた300mlの分液ロートに飽和食塩水を30ml入れ、30回振り、40分静置する。
(8)分液ロートを静置した後に、水相を落とし、有機相をスリ付きの三角フラスコに入れる。
(9)有機相を入れた三角フラスコに、無水硫酸マグネシウムを舞うまで入れ、一晩脱水させる。
(10)脱水させた後に、セライトろ過をし、単蒸留で濃縮する。その後、HPLCにて分析する。
【0096】
<菌体の抽出操作>
(1)総抽出で液体培地と分けた菌体をホモジナイザーに入れる。
(2)菌体にエーテルを5ml加えて、ホモジナイザーですり潰しながら抽出する。
(3)パスツールで溶液を100mlの分液ロートに移す。
(4)(2)、(3)の操作を合計で5回行う。
(5)溶液を溜めた分液ロートに、飽和食塩水を20ml入れ、30回振り、40分静置する。
(6)分液ロートを静置した後に、水相を落とし、有機相をスリ付きの三角フラスコに入れる。
(7)有機相を入れた三角フラスコに、無水硫酸マグネシウムを舞うまで入れ、一晩脱水させる。
(8)脱水させた後に、セライトろ過をし、単蒸留で濃縮し、HPLCにて分析する。
【0097】
4−4.結果
1.総抽出で得た抽出物のHPLCの結果
(1)基質を添加した菌を入れていないPS液体培地(菌なし液体培地抽出物)のHPLCの結果
図30は、菌なし液体培地抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図30に示されるように、順相カラムでの保持時間約11分のacetophenoneのピークが出現した。図30では、多少保持時間20分台に小さなピークが見られるが、これはおそらくコンタミネーションが原因だと考えられる。図31は、菌なし液体培地抽出物(1-phenylethanol(rac.)添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図31に示されるように、順相カラムでの保持時間約23分の1-phenylethanolのピークが出現した。
【0098】
(2)基質を添加した菌入りのPS液体培地(菌あり液体培地抽出物)のHPLCの結果
図32は、菌あり液体培地抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図32に示されるように、順相カラムでの保持時間約11分のacetophenoneのピークがほとんど見られず、順相カラムでの保持時間約23分の1-phenylethanol のピークが見られた。これは、1-phenylethanolが生成したものと考えられる。図33は、菌あり液体培地抽出物(1-phenylethanol(rac.)添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図33に示されるように、順相カラムでの保持時間約23分の1-phenylethanolのピークが出現した。図34は、菌ありPS液体培地抽出物(acetophenone添加)のキラルカラムでのHPLC分析結果を示す。図34に示されるように、先に出ている(保持時間約9分の)小さなピークが(R)-1-phenylethanolであり、2つ目の(保持時間約56分の)大きなピークが(S)-1-phenylethanolのピークである。(R)-体と(S)-体とのピーク面積の比率はおよそ7:93であった。
【0099】
(3)基質を添加し、菌体を磨り潰して抽出した抽出物(菌体のみ抽出物)のHPLCの結果
図35は、菌体のみ抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図35に示されるように、順相カラムでの保持時間約23分の1-phenylethanol のピークが見られた。図36は、菌体のみ抽出物(1-phenylethanol(rac.)添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図36に示されるように、順相カラムでの保持時間約23分の1-phenylethanolのピークが出現した。以上のように、菌体のみ抽出物の場合も菌あり液体培地の場合と同様なピークが見られた。図35および36に示される保持時間約7分の辺りのピークは、抽出に用いたエーテル、PS液体培地に入っている微量成分が無保持のまま出てきたものである。図37は、菌体のみ抽出物(acetophenone添加)のキラルカラムでのHPLC分析結果を示す。図37に示されるように、先に出ている(保持時間約9分の)ピークが(R)-1-phenylethanolであり、2つ目の(保持時間約56分の)ピークが(S)-1-phenylethanolのピークである。菌ありPS液体培地抽出物の場合(図34)と同様に、菌体のみ抽出物で生成した1-phenylethanolの(R)-体、(S)-体の比率もおよそ7:93であった。
【0100】
2.経時変化で得た抽出物のHPLCの結果
(1)0日目の抽出物のHPLCの結果およびキラルカラムでのHPLCの分析結果
基質を添加した直後にPS液体培地を1ml取り、抽出した抽出物のHPLCの結果を示す。図38は、0日目の灰色カビ病菌抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図38に示されるように、順相カラムでの保持時間約11分のacetophenoneのピークが出現している。図39は、0日目の灰色カビ病菌抽出物(acetophenone添加)のキラルカラムでの分析結果を示す。図39に示されるように、保持時間約25分にキラルカラムでのacetophenoneのピーク(図8参照)が出現している。図38および39に示されるように、acetopheoneのピークのみが見られ、acetophenoneは灰色カビ病菌と反応していないことがわかった。
【0101】
(2)1日目の抽出物のHPLCの結果およびキラルカラムでのHPLCの分析結果
図40は、1日目の灰色カビ病菌抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図40に示されるように、保持時間約23分に順相カラムでの小さい1-phenylethanolのピークが出現している。図41は、1日目の灰色カビ病菌抽出物(acetophenone添加)のキラルカラムでの分析結果を示す。図41に示されるように、保持時間約50分および55分にキラルカラムでの小さい1-phenylethanolのピーク(図10参照)が出現している。図40および41に示されるように、1日目で1-phenylethanolが生成していることがわかった。生成した1-phenylethanolの(R)-体、(S)-体の比率は3:20であった。
【0102】
(3)2日目の抽出物のHPLCの結果およびキラルカラムでのHPLCの分析結果
図42は、2日目の灰色カビ病菌抽出物(acetophenone添加)の順相カラムでの分析結果を示す。図42に示されるように、順相カラムでの保持時間約11分のacetopheoneのピークはほとんど見られず、順相カラムでの保持時間約23分の1-phenylethanolのピークのみが出現している。図43は、2日目の灰色カビ病菌抽出物(acetophenone添加)のキラルカラムでの分析結果を示す。図43に示されるように、キラルカラムでのacetopheoneのピーク(保持時間約23分)はほとんど見られず、保持時間約50分および55分にキラルカラムでの1-phenylethanolのピーク(図10参照)が出現している。図42および43に示されるように、2日目でacetophenoneがほとんど全て反応したことがわかった。生成した1-phenylethanolの(R)-体、(S)-体の比率は3:97であった。式4、5に生成した1-phenylethanolの(R)-体、(S)-体を各々示す。
【0103】
【化3】

【0104】
多少ではあるが、キラルカラムでのacetophenoneのピークが残っていたので、3日目にて抽出作業を行った。
【0105】
図44は、以上のHPLCの結果より、灰色カビ病菌にacetophenoneを添加して得られた経時変化の抽出物のHPLCの分析結果のプロットを示す。図44で横軸は経過時間(日)であり、縦軸は基質を添加した菌を入れていないPS液体培地にacetopheoneを添加して抽出した菌なし液体培地抽出物のHPLCの分析結果に示されるacetopheone のピーク(図30参照)面積を100%として考えた場合における、各経過日の灰色カビ病菌が入った灰色カビ病菌抽出物のHPLCの分析結果に示されるacetopheone および1-phenylethanolのピーク(図38、40、42等参照)面積比(%)である。表6は、図44に示される灰色カビ病菌にacetophenoneを添加して得られた経時変化の抽出物のHPLCの分析結果を数値で示す。
【0106】
【表6】

【0107】
図44に示されるように、acetopheone のピーク(図30参照)面積(100%)に対し、acetopheoneのピーク面積の比(%)は四角印で表し、1-phenylethanolのピーク面積の比(%)は三角印で表して、0日目から3日目までの灰色カビ病菌が入った灰色カビ病菌抽出物のHPLCの各分析結果に基づきプロットした。図44のプロットした経時変化の結果に示されるように、灰色カビ病菌によってacetophenoneが3日でほぼ100%1-phenylethanolに還元されるということがわかった。
【0108】
さらに、1-phenylethanolの(R)-体、(S)-体の比率は、1日目では(R):(S)=13:87、2日目では(R):(S)=2.7:97.3、3日目では(R):(S)=2.6:97.4であり、最終的に(S)-体を94%eeで生成したことがわかった。
【0109】
4−5.考察
上記の結果より、灰色カビ病菌を用いた基質転換ではacetophenoneが還元されて1-phenylethanolを生成することがわかった。さらに光学活性体を生成することがわかり、(R)-体よりも(S)-体を多く生成したことがわかった。(R)-体と(S)-体との比率は7:93であった。
【0110】
経時変化の結果より、灰色カビ病菌を用いた基質転換で起こった還元反応は、3日で原料であるacetophenoneがほぼ100%還元され、1-phenylethanolを生成したということがわかった。さらに、(R)-体、(S)-体が3:97の比率で生成するということもわかった。灰色カビ病菌によって起きた反応を以下のスキーム(式6)に示す。
【0111】
【化4】

【0112】
以上のように、本発明の実施例4によれば、ケトンを生体触媒の存在下で還元させ、アルコールを得ることができる。生体触媒としては灰色カビ病菌(学名:Botrytis cinerea(B. cinerea))を用いる。ここで、ケトンはアセトフェノン(acetophenone)であり、アルコールは1−フェニルエタノール(1-phenylethanol)である。言い換えれば、上記灰色カビ病菌はacetophenoneを還元して1-phenylethanolを得るための生体触媒であり、灰色カビ病菌(酵素)が触媒するのはacetophenone(基質)から1-phenylethanol(生成物)への還元反応となる。以上のように、化学反応の触媒となる生物自身が持つ酵素の働きを利用することにより、生物の細胞中で水を溶媒とし常温・常圧という温和(穏和)な条件下で、ケトンからアルコールへの還元を行なうことができ、且つ穏和な反応条件下でキラルなアルコール(キラル化合物)を生成することができるアルコールの製造方法および生体触媒を提供することができる。
【0113】
総括.
リンゴの組織培養およびトウゴマの組織培養を用いた場合、1-phenylethanolからacetophenoneを生成するという酸化反応を起こすことがわかった。液体培地の量に対して適切な量のトウゴマのカルスを用いると、トウゴマのカルスと基質とが反応しやすくなるということも判明した。
【0114】
さらに、光学活性体である1-phenylethanolの(R)-体、(S)-体のどちらも、カルスによって酸化されてacetophenoneを生成した。(R)-体、(S)-体の反応率はほぼ1:1であった。
【0115】
灰色カビ病菌を用いた場合、acetophenoneが還元されて1-phenylethanolを生成することがわかった。さらに光学活性体を生成し、(R)-体、(S)-体の比率を見ると(R)-体よりも(S)-体を多く生成したことがわかった。その鏡像体過剰率は94%eeであった。式7、8に生成した1-phenylethanolの(R)-体、(S)-体を各々示す。
【0116】
【化5】

【0117】
リンゴのカルスを用いた実験で、カルスを入れていないMS液体培地がコンタミネーションして1-phenylethanolを生成したが(図13参照)、それらでは(S)-体よりも(R)-体のほうが多く生成されていた(図15参照)。MS液体培地の方では、おそらくバクテリア(細菌類)が生えたのではないかと見た目から判断した。これらの結果より、真菌類(カビ)は(S)-体を多く生成することがわかり、細菌類(バクテリア)は(R)-体を多く生成するのではないかと考えられる。
【0118】
今後の展望として、細菌類(バクテリア)や真菌類(カビ)を用いることで安価なキラル化合物の製造につながること、実験結果より反応の速度が速いことからキラル化合物の大量生産にもつながること等が考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0119】
本発明の活用例として、アルコールからケトンへの酸化およびケトンからアルコールへの還元を穏和な反応条件下で行ない、且つ穏和な反応条件下でキラルなアルコールを生成するケトンの製造方法、アルコールの製造方法に適用することができる。特に、細菌類(バクテリア)や真菌類(カビ)を用いることによる安価なキラル化合物の製造、反応の速度が速いことによるキラル化合物の大量生産に適用することができる。
【符号の説明】
【0120】
1 100ml三角フラスコ、 2 シャーレ、 5 MS寒天培地(固体培地)、 6 MS液体培地、 7 PSA寒天培地、 8 PS液体培地、 10 リンゴの新芽、 11 トウゴマの根、 12 灰色カビ病菌
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0121】
【非特許文献1】A. K. Sharma and D. Swern, TetrahedronLett., 1503, (1974) .
【非特許文献2】A. J. Mancuso and D. Swern, Synthesis,70, (1971).
【非特許文献3】S. Takano, T. Yamane, M. Takahashi and K. Ogasawara, Synlett., 410, (1992).
【非特許文献4】J. G. de Vries and R. M.Kellogg, J. Org. Chem., 45, 4126, (1980).
【非特許文献5】E. L. Eliel, J. E. Lynch, F.Kume and S. V. Frye, Org. Synth VIII, 302,(1993).
【非特許文献6】Kaoru Nakamura , Mikio Fujii and Yoshiteru Ida,Stereoinversion of arylethanols by Geotrichum candidum Tetrahedron : Asymmetry 12 (2001) 3147-3157.
【非特許文献7】Kaoru Nakamura , Masato HIGAKI , Kazutoshi USHIO, Shinzaburo OKA and Atsuyoshi OHNO, STEREOCHEMICAL CONTROL OF MICROBIAL REDUCTION. Tetrahedron Letters , Vol. 26, No. 35 ,pp 4213-4216,1985.
【非特許文献8】Kaoru Nakamura , Mikio Fujii and Yoshiteru Ida, Asymmetric reduction of ketones by Geotrichum candidum inthe presence of Amberlite XAD,a solid organic solvent J. Chem. Soc.,Perkin Trans. 1 , 2000 , 3205-3211.
【非特許文献9】Mikio Fujii , Hiroyuki Akita , Yoshiteru Ida ,Toshiya Nakagawa and Kaoru Nakamura, Control ofchemoselectivity of microbial reaction with resin adsorbent : enhancement of Baeyer-Villiger oxidation over reduction Appl Microbial Biotechnol (2007) 77 : 45-51.
【非特許文献10】K. Ogura , T. Koyama,in : K. Ogura , U. Sankawa(Eds.) , Dynamic Aspects of Natural Products Chemistry, Molecular Approaches ,Kondansha , Tokyo , 1997.
【非特許文献11】T. Koyama , K. Ogura , Comprehensive Natural Product Chemistry , vol. 2 ,Pergamon , Oxford , 1999,p69.
【非特許文献12】K. Ogura , T. Koyama , Chem. Rev. 98 (1998) 1263.
【非特許文献13】M. Nagaki , M. Nakada , T. Musashi , J. Kawakami, N. Ohya , M. Kurihara , Y. Maki , T. Nishino, T. Koyama , Biosci.Biotechnol. Biochem. 71 (2007) 1657.
【非特許文献14】M. Nagaki , H. Yamamoto , A. Takahashi , Y. Maki, J. Ishibashi , T. Nishino , T. Koyama , J. Mol. Catal. B : Enzym. 17 (2002) 81.
【非特許文献15】Second Revised Edition PLANT TISSUE CULTURE METHODS National Research Council of Canada, Prairie Resional Laboratory.

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルコールを生体触媒の存在下で酸化させ、ケトンを得ることを特徴とするケトンの製造方法。
【請求項2】
請求項1記載のケトンの製造方法において、前記生体触媒は植物のカルスであることを特徴とするケトンの製造方法。
【請求項3】
請求項2記載のケトンの製造方法において、前記植物はリンゴ(Malus pumila)又はトウゴマであることを特徴とするケトンの製造方法。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載のケトンの製造方法において、前記アルコールは1−フェニルエタノール(1-phenylethanol(rac.))であり、前記ケトンはアセトフェノン(acetophenone)あることを特徴とするケトンの製造方法。
【請求項5】
ケトンを生体触媒の存在下で還元させ、アルコールを得ることを特徴とするアルコールの製造方法。
【請求項6】
請求項5記載のアルコールの製造方法において、前記生体触媒は灰色カビ病菌(Botrytis cinerea)であることを特徴とするアルコールの製造方法。
【請求項7】
請求項5又は6記載のアルコールの製造方法において、前記ケトンはアセトフェノン(acetophenone)であり、前記アルコールは1−フェニルエタノール(1-phenylethanol)であることを特徴とするアルコールの製造方法。
【請求項8】
1−フェニルエタノール(1-phenylethanol(rac.))を酸化してアセトフェノン(acetophenone)を得るための生体触媒であって、該生体触媒はリンゴ(Malus pumila)又はトウゴマのカルスであることを特徴とする生体触媒。
【請求項9】
請求項8記載の生体触媒において、該生体触媒がリンゴ(Malus pumila)のカルスの場合、カルス化させるためのMS(Murashige & Skoog)培地の成分に植物ホルモンとして2,4−ジクロロフェノキシ酢酸を10μM及びカイネチンを1μM含むことを特徴とする生体触媒。
【請求項10】
アセトフェノン(acetophenone)を還元して1−フェニルエタノール(1-phenylethanol)を得るための生体触媒であって、該生体触媒は灰色カビ病菌(Botrytis cinerea)であることを特徴とする生体触媒。






【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【図35】
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【図36】
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【図37】
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【図38】
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【図39】
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【図40】
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【図41】
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【図42】
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【図43】
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【図44】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−109992(P2011−109992A)
【公開日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−270887(P2009−270887)
【出願日】平成21年11月28日(2009.11.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年9月19日 日本化学会東北支部発行の「平成21年度化学系学協会東北大会プログラムおよび講演予稿集」に発表
【出願人】(504229284)国立大学法人弘前大学 (162)
【Fターム(参考)】