説明

ゲル紡糸によるヒアルロン酸繊維およびその製造方法

【課題】 ヒアルロン酸のゲルを用いて、医用材料として充分な安全性と強度を備え、単一極細繊維として連続調製可能な、ヒアルロン酸繊維を提供すること。
【解決手段】 ヒアルロン酸1に架橋剤2を加えて溶解してヒアルロン酸ゲル3とする工程P1、ヒアルロン酸ゲル3を押し出しにより紡糸してゲル状未延伸繊維4を得る工程P2、ゲル状未延伸繊維4を加熱処理する工程P3および延伸処理する工程P4を経て、ヒアルロン酸繊維5を得る。加熱処理工程P3と延伸処理工程P4は同時に行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はヒアルロン酸繊維およびその製造方法に係り、特に、医用分野にも適合する安全性と強度を備え、単一極細繊維として連続調製可能な、ヒアルロン酸繊維およびその製造方法に関し、また本発明は高強度繊維の製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒアルロン酸は皮膚、関節液、眼球などの人体のあらゆる部分に存在する天然由来の高分子であり、そのために生体適合性がある。そして、保湿剤として使用されていることからもわかるように保湿性があり、また、ヒアルロン酸水溶液は比較的低濃度でゲルを形成することができる。このようなヒアルロン酸の性質を利用して、医用材料を得る試みが、従来からなされている。
【0003】
たとえば特許文献1には、ヒアルロン酸ナトリウムを蒸留水に溶解して濃度、pHを調整し、凍結−解凍処理を繰り返すことによって繊維状のヒアルロン酸ゲルを得、これを回収し、リン酸緩衝生理的食塩水の浸漬、洗浄、凍結乾燥を経て医用材料を得る技術が開示されている。
【0004】
また特許文献2には、 ヒアルロン酸単独で形成された難水溶性ヒアルロン酸ゲルにガンマー線、電子線、プラズマ、または光パルスを照射して得られるヒアルロン酸ゲルを含有する医用材料が提案されており、その一例として、ヒアルロン酸酸性水溶液の120時間の凍結処理により得られる繊維状のヒアルロン酸ゲルを挙げている。
【0005】
【特許文献1】WO99/10385「ヒアルロン酸ゲルとその製造方法及びそれを含有する医用材料」
【特許文献2】特開2000−237294「ヒアルロン酸ゲルを含有する医用材料」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
さて、生体適合性を有するヒアルロン酸を用いては、従来、ヒアルロン酸単独による膜状化した医用材料や、塩基性高分子表面に被覆するハイブリッド繊維(特開2002−128958)が提供されている他、上述各特許文献のように繊維状化する試みもなされている。しかしながらこれらの技術は長繊維ではなく、あくまで繊維状の形状に形成することができたことにとどまるものである。つまり、実際に単一繊維を連続的に調製できるというものではなく、紡糸の試みは未だなされていないのが現状である。もしヒアルロン酸の単一繊維の連続的製造、しかも極細繊維の連続的製造が可能となれば、医療分野への応用は従来以上に拡大することができる。具体的にはヒアルロン酸繊維による医療用ガーゼ等の実現や、コラーゲン繊維と共に使用することによる人体の部分ごとの皮膚成分に適したガーゼの調製も可能となる。
【0007】
ヒアルロン酸の構造は直線状であり、繊維にするには適した構造を有している。しかしその反面、上述した高い保湿性という特性によって生じるヒアルロン酸ゲルによる繊維の調製を困難にしてしまうという問題がある。つまり、延伸が困難になる等の不都合である。なお、一般的に繊維調製には高分子溶融物あるいは高分子溶液を用いており、繊維化のためには不溶化していない状態が通常必要とされる。
【0008】
しかし一方、超高分子量ポリエチレン(PE)では、ゲル紡糸が行われている。PEのゲル紡糸工程は、PE試料をデカリンに溶解して準希薄溶液とし、これを120℃水中にて湿式紡糸してゲル状未延伸糸とし、ついで90〜150℃での加熱および延伸の過程を経て、延伸倍率20〜50倍の延伸糸を得るというものである。だが、延伸など繊維調製時のゲルの扱いの困難さから、PEの例外を除けば、ゲル紡糸は一般的な方法ではない。
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、上記従来技術の問題点を踏まえ、生体適合性素材であるヒアルロン酸のゲルを用いて、医用材料として充分な安全性と強度を備え、単一極細繊維として連続調製可能な、ヒアルロン酸繊維およびその製造方法を提供することである。また、本発明はアラミド繊維と同レベル以上の高強度を有することから、新規な高強度繊維を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者は上記課題について検討した結果、ヒアルロン酸ゲルによりゲル紡糸するための方法を見出し、本発明に至った。すなわち、上記課題を解決するための手段として本願で特許請求される発明、もしくは少なくとも開示される発明は、以下の通りである。
【0011】
(1) ヒアルロン酸に架橋剤を加えて溶解してヒアルロン酸ゲルとし、該ヒアルロン酸ゲルを押し出しにより紡糸してゲル状未延伸繊維を得、該ゲル状未延伸繊維を加熱処理および延伸処理してヒアルロン酸繊維を得ることを特徴とする、ヒアルロン酸繊維の製造方法。
(2) 前記ヒアルロン酸ゲルのゲル濃度は10wt%以上20wt%以下とすることを特徴とする、(1)に記載のヒアルロン酸繊維の製造方法。
(3) 前記溶解には水、または水と低沸点溶媒との混合溶媒を用い、前記架橋剤にはアルデヒドを用いることを特徴とする、(1)または(2)に記載のヒアルロン酸繊維の製造方法。
(4) 前記押し出しによる紡糸は、1mm/min以上20mm/min以下の速度にてなされることを特徴とする、(1)ないし(3)のいずれかに記載のヒアルロン酸繊維の製造方法。
(5) 前記加熱処理は、加熱温度50℃以上150℃以下でなされることを特徴とする、(1)ないし(4)のいずれかに記載のヒアルロン酸繊維の製造方法。
(6) 前記延伸処理は、延伸倍率1000倍以上が可能であることを特徴とする、(1)ないし(5)のいずれかに記載のヒアルロン酸繊維の製造方法。
【0012】
(7) ヒアルロン酸ゲルの押し出し紡糸によりなることを特徴とする、ヒアルロン酸繊維。
(8) ヒアルロン酸ゲルの押し出し紡糸および延伸処理によりなることを特徴とする、ヒアルロン酸繊維。
(9) 延伸倍率1000倍以上で延伸処理されてなることを特徴とする、(8)に記載のヒアルロン酸繊維。
(10) 径1μm以上30μm以下であることを特徴とする、(7)ないし(9)のいずれかに記載のヒアルロン酸繊維。
(11) 最大破断点応力1kN/mm以上であることを特徴とする、(7)ないし(10)のいずれかに記載のヒアルロン酸繊維。
【0013】
つまり本発明のヒアルロン酸繊維製造方法は、端的には、ヒアルロン酸ゲルを紡糸し、加熱、延伸して長繊維を連続製造するというものである。具体的には実施形態に詳述するように、ヒアルロン酸を水、または水と低沸点溶媒との混合溶媒に溶解させて、望ましくは10〜20wt%濃度のゲルを調製し、これを紡糸以下の工程に供するものである。混合溶媒を用いる場合、アセトンもしくはアルコール(メタノール、プロパノールなど)を最大50%混合するものとすることができる。
【0014】
またゲル紡糸は、たとえば1〜20mm/minといった比較的低速度で行うことによって、より良好な結果を得ることができる。押し出されたゲルは、高温雰囲気中で加熱、延伸されるが、加熱温度は50〜120℃の温度範囲では少なくとも良好な結果を得られることが確認された。この場合の加熱時間は数十秒〜数百秒であり、加熱温度を高く設定するほど加熱時間は短時間で済む。また延伸倍率は数千倍、あるいはさらに約1万倍まで充分可能であり、延伸繊維の引っ張り強度は、延伸比の増大とともに増大した。
【発明の効果】
【0015】
本発明のヒアルロン酸繊維およびその製造方法は上述のように構成されるため、これによれば生体適合性素材であるヒアルロン酸のゲルを用いて、また人体に害を及ぼさない溶媒や溶質を用いて、医用材料として充分な安全性と強度を備えた単一極細繊維を、連続的に得ることができる。これにより、たとえばヒアルロン酸繊維による医療用ガーゼ、コラーゲン繊維との混紡による人体の部分ごとの皮膚成分に適したガーゼの調製も可能となり、ヒアルロン酸の医用材料としての応用を大いに広げることができる。
【0016】
上述のポリエチレンで通常なされるゲル紡糸では希薄溶液からゲルを調製する工程が必要である。しかし、ヒアルロン酸は水に溶解して濃度が数%になると自然にゲル化する性質があるため、希薄溶液からのゲル調製工程が不要であり、ゲル紡糸法としては工程をより簡略化することができる。また、加熱条件も温和であり、さらに延伸倍率も格段に高い。したがって、本発明のヒアルロン酸ゲルのゲル紡糸技術は、工程の構成や効果の面からも実用化に適したものであり、ヒアルロン酸の繊維化に最適な方法である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を図面により詳細に説明する。
図1は、本発明のヒアルロン酸繊維の製造方法を示すフロー図である。図示するように本製法は、ヒアルロン酸1に架橋剤2を加えて溶解してヒアルロン酸ゲル3とする工程P1、ヒアルロン酸ゲル3を押し出しにより紡糸してゲル状未延伸繊維4を得る工程P2、ゲル状未延伸繊維4を加熱処理する工程P3および延伸処理する工程P4からなることを主たる構成とし、これらの工程を経ることによってヒアルロン酸繊維5を得ることができる。加熱処理工程P3と延伸処理工程P4は、同時に行うものとすることができる。
【0018】
つまり本製法によれば、工程P1においてまずヒアルロン酸1に架橋剤2が加えられ、水その他の溶媒による溶解がなされてヒアルロン酸ゲル3が調製され、ついで工程P2においてヒアルロン酸ゲル3が押し出し作用を受けて紡糸されてゲル状未延伸繊維4が得られ、ついで工程P3においてゲル状未延伸繊維4は加熱処理され、また工程P4においてゲル状未延伸繊維4は延伸処理がなされて、最終的にヒアルロン酸繊維5が得られる。加熱処理工程P3と延伸処理工程P4は同時に進めることができ、またそのようにすることが本発明上望ましい。
【0019】
工程P1において、ヒアルロン酸ゲル3のゲル濃度は10wt%以上20wt%以下とすることができる。ヒアルロン酸は水に溶かすと、濃度数%以上で容易にゲル化する。しかし濃度が低すぎては高延伸ができないため、紡糸により調製される最終的な繊維の強度も低くなり、望ましくない。10〜20wt%ゲルの濃度範囲は、比較的容易に延伸可能な範囲である。この範囲外では、工程P3、P4での加熱、延伸条件が限定されるものとなって、良好な繊維化に適しているとはいえない。
【0020】
具体的には、ゲル濃度が低すぎると高延伸処理に限界があるため、紡糸した繊維の強度は低いものとなる。一方、ゲル濃度が高いほど調製される繊維の強度は高くなるのだが、濃度が20wt%を超えると、加熱、延伸条件が限定されてしまい、繊維化が困難なものとなる。したがって該濃度範囲の中で、ゲル濃度をより高くすることによって、最終的に調製される繊維の強度をより高めることができる。
【0021】
また工程P1での溶解には上述のように、水、または水と低沸点溶媒との混合溶媒を好適に用いることができる。また、架橋剤2としてはアルデヒドを好適に用いることができ、たとえばグルタルアルデヒドやグリセリンアルデヒド、殊に前者の使用はヒアルロン酸ゲル3の調製において、より良好な結果を得ることができる。
【0022】
工程P2における押し出しによる紡糸は、1mm/min以上20mm/min以下という、比較的低速度にてなすものとすることが望ましい。その理由は、ヒアルロン酸ゲル3に残留する溶媒が気化可能な時間を長くすることによって溶媒を除去しやすくできるためである。溶媒の気化をさらに促進するために、アセトンやアルコールなどの低沸点溶媒を水と混合して混合溶媒とすることは、効果がある。
【0023】
また、工程P2における紡糸では、押し出し速度1mm/minの場合、約130N/mmの押し出し応力が必要である。押し出し速度を高めると押し出し応力も高まることになるので、ヒアルロン酸繊維の延伸を高めるためには、押し出し速度を適度に低く抑えることが望ましい。
【0024】
工程P3における加熱処理は、加熱温度50℃以上150℃以下で、より望ましくは50℃以上120℃以下でなすものとすることができる。加熱温度を高温にするほど、加熱時間は短縮でき、加熱炉での処理時間、稼動時間を短縮することができる。たとえば加熱温度50℃の場合は加熱時間は数百秒必要だが、100℃の場合は数十秒程度の加熱時間で充分である。
【0025】
図1のフロー図に示す本発明製法により得られるヒアルロン酸繊維5としては、その径が1μm以上30μm以下という極細のサイズのものを得ることができる。また、工程P4における延伸倍率を高めるほど高い強度の繊維を得ることができ、最大破断点応力2kN/mm以上もの、医用材料に用いる繊維として何ら問題のない充分な強度を備えたものを、容易に製造することができる。
【実施例】
【0026】
以下、本発明に至るヒアルロン酸の繊維化実験の過程を実施例として説明するが、本発明はかかる実施例に限定されるものではない。
<1 試料>
ヒアルロン酸の繊維化実験に用いた試料は、下記の通りである。
・ヒアルロン酸ナトリウム 弘前大学医学部から提供されたものをそのまま使用した。分子量は約200万である。
・グルタルアルデヒド(24〜26% in Solution) 東京化成工業株式会社製のものをそのまま使用した。
・DL−グリセリンアルデヒド 和光純薬工業株式会社製のものをそのまま使用した。
・塩酸 純正化学株式会社製のものをそのまま使用した。
・蒸留水 弘前大学理工学部物質理工学科機能素材工学講座で調製したものを使用した。
・メタノール(99% 特級)、エタノール(99.5% 特級)、1−ブタノール(99.0% 特級)、N,N−ジメチルアセトアミド(99.0% 特級)、m−クレゾール(98.0% 特級)、フェノール(98.2% 一級)、1,1,2,2−テトラクロロエタン(95.0% 一級)、グリセリン(99.0% 一級) これらは関東化学株式会社製のものをそのまま使用した。
・アセトン(99wt%、一級)、酢酸(99.0% 一級) 純正化学株式会社製のものをそのまま使用した。
・ジメチルスルホキシド(99.0% 特級) 和光純薬工業株式会社製のものをそのまま使用した。
【0027】
<2 繊維調製方法>
ヒアルロン酸ゲルからの紡糸方法としては、乾式紡糸を用いた。すなわち、凝固浴を用いないで紡糸する方法である。
図2は、乾式紡糸によるヒアルロン酸繊維調製方法を示す説明図である。この方法によれば、湿式紡糸のような貧溶媒を用いないため、溶媒の残存物の除去が比較的容易である。
【0028】
なお、ヒアルロン酸を溶解可能な溶媒(良溶媒)に溶かし、それで得たヒアルロン酸溶液をヒアルロン酸が溶解しない溶媒(貧溶媒)中に押し出すことでヒアルロン酸を凝固させてヒアルロン酸繊維を得る、いわゆる湿式紡糸も試みたが、ヒアルロン酸を良溶媒と貧溶媒、2種の溶媒にさらさなければならず、ヒアルロン酸繊維中の溶媒の残存物除去が必要となる他、凝固剤に用いるアセトン中でのヒアルロン酸の凝集には時間がかかること、アセトン中に押し出したヒアルロン酸は収縮して直線状の繊維にならないことから、結局本実施例としては湿式紡糸は採用せず、上述の乾式紡糸を採用した。
【0029】
<3 ヒアルロン酸の不溶化>
ヒアルロン酸1%水溶液を調製し、それにグルタルアルデヒドあるいはグリセリンアルデヒドを架橋剤として、また塩酸を触媒としてそれぞれ添加した。この溶液をポリプロピレン(以下、PP)基板上で溶媒を気化させ、ヒアルロン酸化学架橋膜試料1、2を調製した。
図3は、ヒアルロン酸化学架橋膜の調製手順を示すフロー図である。また、調製した各膜試料の成分を表1に示す。膜の一部を100℃、0.1atm、8時間で減圧乾燥した。得られた膜を水に投じ、溶解試験を行った。なお、表1中の略記の意味は下記の通りである(以下の説明でも同様)。
HA…ヒアルロン酸
Glu…グルタルアルデヒド25%水溶液
Gly…グリセリンアルデヒド
HCl…塩酸35%水溶液
【0030】
【表1】









【0031】
<4 延伸処理および引っ張り試験>
約1wt%ヒアルロン酸水溶液を空気中に押し出した。また、約10wt%ヒアルロン酸水溶液を調製して空気中に押し出した。押し出し物を適当時間乾燥させ、延伸した。延伸に適するまでの押し出し物の乾燥時間は温度により異なり、高温ほど延伸可能な時間に達するのが早くなる。また、延伸に適する時間帯も温度により異なる。高温ほど延伸に適する時間が短時間となる。さらに、高温ほど延伸後の繊維乾燥時間も短縮される。延伸時の乾燥温度、延伸開始までの乾燥時間、延伸可能な時間帯を延伸操作時の条件として調査した。得られたヒアルロン酸繊維の力学特性を調査するため、繊維の引っ張り試験を行った。引っ張り試験機は島津製作所、AGS−J5KNを用いた。
【0032】
<5 結果と考察〈1〉ヒアルロン酸の不溶化>
調製したヒアルロン酸化学架橋膜試料1、2を試験管中の水に投じ、溶解試験を行った。その結果、ヒアルロン酸膜は不溶であった。ゲル量を算出したところ、いずれの試料も0.4を超えた。ゲル量は下式(1)から算出した。
/W (1)
ここで、Wは溶解試験前の膜重量[g]、Wは溶解試験後の膜重量[g]である。
【0033】
表2に、ヒアルロン酸膜の溶解試験結果を示す。ここに示される通り、ヒアルロン酸はグルタルアルデヒド、グリセリンアルデヒドを用いることで不溶となることがわかった。これは、ヒアルロン酸分子中に存在するヒドロキシル基とアルデヒド基が反応して共有結合し、ヒアルロン酸が網目構造を持つようになって、ゲルを形成するためと考えられる。なお、多糖類中のヒドロキシル基とアルデヒド基との架橋は数多く報告されている。
【0034】
架橋剤の種類については、試料2で用いたグリセリンアルデヒドよりも試料1で用いたグルタルアルデヒドの方が架橋の効率がよかった。これは、架橋剤の構造や反応性の違いに由来する結果だと推測される。一方で、同一資料における熱処理しない膜(キャスト膜)と熱処理した膜のゲル量には大差がなく、架橋剤が同じである限り、熱処理の有無はゲル量にさほどの影響がないことが示された。
【0035】
【表2】

【0036】
<6 結果と考察〈2〉乾式紡糸>
ヒアルロン酸約10wt%水溶液を調製し、それを注射器で空気中に押し出して繊維化を試みた。また、得られた押し出し物を延伸して長繊維化を試みた。
図4は、未延伸処理の10wt%ヒアルロン酸押し出し物を示す写真、
図5は、延伸処理して得られたヒアルロン酸繊維を示す写真、また、
図6は、紡糸と延伸処理によるヒアルロン酸の形状変化を示す模式図である。図4に示すヒアルロン酸押し出し物の直径は、約0.23mmであった。図に示されるように、ヒアルロン酸をただ押し出しただけでは、繊維としての力学特性が期待できない状態であった。
【0037】
一方、図5に示すヒアルロン酸押し出し物(繊維)の直径は、約2〜20μmであった。図に示されるように延伸処理を行った場合は、力学特性が増大したことがうかがえる外観であった。すなわち、延伸処理によりヒアルロン酸分子に配列をもたせることで、ヒアルロン酸繊維はその力学特性を増大したものと考えられる(図6)。
【0038】
<7 結果と考察〈3〉延伸条件>
ヒアルロン酸10wt%水溶液を室温中あるいは高温雰囲気中へと押し出し、溶媒である水が適度に気化したときに延伸した。延伸可能な状態前に延伸を試みたところ、ゲル状の押し出し物が切れて不連続体となり、延伸には至らなかった。逆に、延伸可能な状態となった後に若干の時間をおいて延伸を試みたところ、ヒアルロン酸押し出し物は乾燥してしまい、延伸不可能であった。
【0039】
そこで、加熱処理と延伸処理を同時に行い、延伸時の温度を変えて(50、70、80、100、120℃について試験)、加熱温度と、延伸可能になるまでの時間ならびに延伸可能時間帯との関係を検討した。
図7は、延伸条件調査のための装置構成を示す説明図である。また、
図8は、加熱温度と、延伸可能になるまでの時間ならびに延伸可能時間帯との関係を示すグラフである。その結果、高温ほど短時間で延伸可能時間に達し、延伸可能時間帯が短くなる傾向が明らかとなった。これは、高温であるほどヒアルロン酸押し出し物中の水が気化しやすいためである。
【0040】
<8 結果と考察〈4〉引っ張り試験>
繊維は延伸処理を行うことで力学特性が増大する。延伸比は、未延伸処理繊維の長さを1としたときの、同体積の押し出し物を延伸して得られた繊維の長さとして算出した。
図9は、ヒアルロン酸繊維の延伸比と引っ張り試験時の最大破断点応力の関係を示すグラフである。濃度10wt%ゲルから調製したヒアルロン酸繊維における測定結果である。図示するように、延伸比が増大するほど最大破断点応力が増大する傾向が得られた。つまり、引っ張り強度は延伸倍率の増大とともに単調増大した。これは延伸比が増大するほど分子が配列され、分子間の相互作用が大きくなるためである。
【0041】
具体的には、図示するように、延伸比約1000倍では破断点応力約400N/mm、延伸比概ね1300倍以上では破断点応力1kN/mm以上、延伸比概ね6800倍以上では破断点応力2kN/mm以上、そして延伸比約11500倍では破断点応力約5kN/mmであった。
【0042】
<9 結論>
以上述べた通り、ヒアルロン酸の繊維化に成功した。ヒアルロン酸は高い保湿性などから比較的低濃度でゲル化する。つまり、ヒアルロン酸分子中に存在するヒドロキシ基をアルデヒド基で架橋することでヒアルロン酸は水に不溶となる。このゲル化が繊維調製、特に延伸を困難にするものの、ヒアルロン酸押し出し物中の水分を適度に気化させることで延伸が可能となった。また、延伸操作時、高温ほど延伸可能な時間帯が短時間となった。これはヒアルロン酸押し出し物中の水が高温ほど気化しやすいためである。また、力学特性については、延伸比が増大するほど力学特性が増大する傾向があった。これは延伸によりヒアルロン酸分子が配列するためである。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明のヒアルロン酸繊維およびその製造方法によれば、医用材料として充分な安全性と強度を備えた単極細繊維を、連続的に得ることができる。これにより、たとえばヒアルロン酸繊維による医療用ガーゼ、コラーゲン繊維、あるいは他の高機能多糖類繊維との混紡による人体の部分ごとの皮膚成分に適したガーゼの調製その他の医用材料も製造可能となり、ヒアルロン酸の医用材料としての応用を大いに広げることができる。また、本発明はアラミド繊維と同レベル以上の高強度を有することから、新規な高強度繊維を提供するものであるため、産業上利用価値が高い発明である。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明のヒアルロン酸繊維の製造方法を示すフロー図である。
【図2】乾式紡糸によるヒアルロン酸繊維調製方法を示す説明図である。
【図3】ヒアルロン酸化学架橋膜の調製手順を示すフロー図である。
【図4】未延伸処理の10wt%ヒアルロン酸押し出し物を示す写真である。
【図5】延伸処理して得られたヒアルロン酸繊維を示す写真である。
【図6】紡糸と延伸処理によるヒアルロン酸の形状変化を示す模式図である。
【図7】延伸条件調査のための装置構成を示す説明図である。
【図8】加熱温度と、延伸可能になるまでの時間ならびに延伸可能時間帯との関係を示すグラフである。
【図9】ヒアルロン酸繊維の延伸比と引っ張り試験時の最大破断点応力の関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0045】
1…ヒアルロン酸
2…架橋剤
3…ヒアルロン酸ゲル
4…ゲル状未延伸繊維
5…ヒアルロン酸繊維
P1…ゲル化工程
P2…押し出し工程
P3…加熱処理工程
P4…延伸処理工程


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒアルロン酸に架橋剤を加えて溶解してヒアルロン酸ゲルとし、該ヒアルロン酸ゲルを押し出しにより紡糸してゲル状未延伸繊維を得、該ゲル状未延伸繊維を加熱処理および延伸処理してヒアルロン酸繊維を得ることを特徴とする、ヒアルロン酸繊維の製造方法。
【請求項2】
前記ヒアルロン酸ゲルのゲル濃度は10wt%以上20wt%以下とすることを特徴とする、請求項1に記載のヒアルロン酸繊維の製造方法。
【請求項3】
前記溶解には水、または水と低沸点溶媒との混合溶媒を用い、前記架橋剤にはアルデヒドを用いることを特徴とする、請求項1または2に記載のヒアルロン酸繊維の製造方法。
【請求項4】
前記押し出しによる紡糸は、1mm/min以上20mm/min以下の速度にてなされることを特徴とする、請求項1ないし3のいずれかに記載のヒアルロン酸繊維の製造方法。
【請求項5】
前記加熱処理は、加熱温度50℃以上150℃以下でなされることを特徴とする、請求項1ないし4のいずれかに記載のヒアルロン酸繊維の製造方法。
【請求項6】
前記延伸処理は、延伸倍率1000倍以上が可能であることを特徴とする、請求項1ないし5のいずれかに記載のヒアルロン酸繊維の製造方法。
【請求項7】
ヒアルロン酸ゲルの押し出し紡糸によりなることを特徴とする、ヒアルロン酸繊維。
【請求項8】
ヒアルロン酸ゲルの押し出し紡糸および延伸処理によりなることを特徴とする、ヒアルロン酸繊維。
【請求項9】
延伸倍率1000倍以上で延伸処理されてなることを特徴とする、請求項8に記載のヒアルロン酸繊維。
【請求項10】
径1μm以上30μm以下であることを特徴とする、請求項7ないし9のいずれかに記載のヒアルロン酸繊維。
【請求項11】
最大破断点応力1kN/mm以上であることを特徴とする、請求項7ないし10のいずれかに記載のヒアルロン酸繊維。


【図1】
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【図3】
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【図6】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−262595(P2007−262595A)
【公開日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−86095(P2006−86095)
【出願日】平成18年3月27日(2006.3.27)
【出願人】(504229284)国立大学法人弘前大学 (162)
【Fターム(参考)】