説明

コエンザイムQ10富化麹の製造方法、および当該麹を用いたコエンザイムQ10富化食品

【課題】麹そのものに含まれるコエンザイムQ10の量を増加させる方法を提供する。具体的には、コエンザイムQ10含有量の多い麹(CoQ10富化麹菌)を製造する方法、および当該方法で得られるCoQ10富化麹を用いて製造される食品を提供する。
【解決課題】澱粉質原料に麹菌を殖菌し、フェニルアラニン、チロシン、グルタミン酸、セリンおよびアラニンからなる群から選択される少なくとも1つのアミノ酸、並びにリンゴ酸の存在下で培養する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、製麹におけるコエンザイムQ10の増加方法、言い換えればコエンザイムQ10富化麹の製造方法に関する。より詳細には、本発明は、合成や抽出等によって製造されたコエンザイムQ10を別途添加することなく、麹中に含まれるコエンザイムQ10の量を増加させる方法に関する。さらに本発明は、当該麹を利用して製造されるコエンザイムQ10富化食品に関する。
【背景技術】
【0002】
コエンザイムQ10は、生体内でのATP(アデノシン三リン酸)産生に欠かせない成分であるが、最近ではその優れた抗酸化機能から、生体内で活性酸素が関与する疾患、例えば、心筋梗塞、高血圧、狭心症、及び癌などのいわゆる生活習慣病と呼ばれる疾病に対して予防効果が期待されるようになっている。またコエンザイムQ10は、アルツハイマー、パーキンソン病、及びうつ病などの脳疾患、歯肉歯周病、並びに筋ジストロフィーなどの各種の疾病に対して予防効果を有するほか、肥満防止効果や、新陳代謝促進作用による老化防止効果を有しているとされている。
【0003】
コエンザイムQ10は体内で合成されているが、体内合成量は加齢により低下することが知られている。このため、体内合成量を補う目的で、現在では、体外から例えば食品やサプリメント等として摂取することが盛んに行なわれている。
【0004】
コエンザイムQ10は、味噌、醤油、味醂、食酢、発酵調味料、酒および麹漬けなどの各種食品の製造に使用される麹菌の体内でも産生されていることから、本発明者らはかねてより当該麹菌体内でのコエンザイムQ10の産生量を増加させることにより、上記食品へのコエンザイムQ10配合量を高め、食品価値を高める試みを行っている(特許文献1参照)。
【0005】
当該特許文献1に記載された方法は、製麹時にクエン酸、リンゴ酸、コハク酸、または燐酸塩の一種または二種以上を用いることによって、麹中のコエンザイムQ10含有量を増大させる方法である。麹の安全性は長年の食経験に基づいて立証されていることから、当該方法は、別途製造されたコエンザイムQ10を外添する方法に比べて、食の安全性という意味で極めて有用な方法である。
【特許文献1】特開2004−290066号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明も、特許文献1に引き続き、麹そのものに含まれるコエンザイムQ10の量を増加させる方法を提供することを目的とする。具体的には、本発明はコエンザイムQ10含有量の多い麹(本発明では「コエンザイムQ10富化麹」ともいう)を製造する方法、および当該コエンザイムQ10富化麹を提供することを目的とする。さらに本発明は、当該コエンザイムQ10富化麹を用いて製造される食品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねていたところ、麹菌をリンゴ酸と特定のアミノ酸との存在下で培養することによって、リンゴ酸を単独で用いるよりも有意にコエンザイムQ10の産生量が高まることを見出した。本発明はかかる知見に基づいて完成したものであり、下記の具体的な態様を有するものである。
【0008】
項1.澱粉質原料に麹菌を殖菌し、フェニルアラニン、チロシン、グルタミン酸、セリンおよびアラニンからなる群から選択される少なくとも1つのアミノ酸、並びにリンゴ酸の存在下で培養することを特徴とする、コエンザイムQ10富化麹の製造方法。
項2.麹菌を25〜35℃で培養することを特徴とする項1記載のコエンザイムQ10富化麹の製造方法。
項3.項1または2に記載する製造方法で得られるコエンザイムQ10富化麹。
項4.乾燥麹1g中にコエンザイムQ10を5.5μg以上含有するコエンザイムQ10富化麹。
項5.項3または4に記載するコエンザイムQ10富化麹を用いて製造されるコエンザイムQ10富化食品。
項6.食品が、項3または4に記載するコエンザイムQ10富化麹を用いて製造される野菜もしくは魚介類の麹漬け、または項3または4に記載するコエンザイムQ10富化麹を添加した食品である、項5記載のコエンザイムQ10富化食品。
項7.食品が、項3または4に記載するコエンザイムQ10富化麹を含むか、または項3または4に記載するコエンザイムQ10富化麹から製造される醸造食品を含む菓子またはデザートである、項5記載のコエンザイムQ10富化食品。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、前述の通り、合成や遺伝子操作などによって製造されるコエンザイムQ10を別途添加することなく、安全性の確立している麹菌を、同様に食の安全性が確立されている有機酸とアミノ酸を使用することによって、麹菌自身のコエンザイムQ10産生量を増大させる方法である。当該方法によれば、食の安全性を確保した状態で、麹菌そのもののコエンザイムQ10含有量が増大する結果、麹を利用した食品(例えば、味噌、醤油、味醂、食酢、発酵調味料、酒、または麹漬け食品など)のコエンザイムQ10量を強化することができ、これらの食品に生理学的または薬理学的に有用な機能を付与することにより、健康および安全面で付加価値の高い食品を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
(1)コエンザイムQ10富化麹の製造方法
本発明はコエンザイムQ10含有量の高い麹(コエンザイムQ10富化麹、以下「CoQ10富化麹」ともいう)の製造方法に関する。当該方法は、澱粉質原料に麹菌を添加し(殖菌)、フェニルアラニン、チロシン、グルタミン酸、セリンおよびアラニンからなる群から選択される少なくとも1つのアミノ酸、並びにリンゴ酸の存在下で培養(製麹)することによって実施することができる。
【0011】
なお、コエンザイムQ10は、2,3-ジメトキシ-5-メチル-6-ポリプレニル-1,4-ベンオキノンの側鎖のイソプレノイド鎖(n)が10であるユビキノンであり、別名、ユビデカレノン、補酵素Q10、CoQ10、補酵素UQ10とも呼ばれる脂溶性成分である。麹菌に含まれているコエンザイムQ10は、主としてイソプレノイド鎖の2箇所が水素により還元されている2水素化物であり、かかる水素化物も本発明でいうコエンザイムQ10(CoQ10)に含まれる。
【0012】
本発明で用いられる澱粉質原料としては、米(精白米、胚芽米、玄米を含む)、糠、胚芽、ふすま、麦(大麦、小麦を含む)、粟、稗、蕎麦および大豆などの穀類、およびサツマイモやジャガイモなどの芋類など、通常麹の原料として使用されるものを広く挙げることができる。好ましくは米、麦および大豆等の穀類であり、中でも好ましくは米である。なお、澱粉質原料は、麹菌の添加(殖菌)に際して、予め含水させて加熱処理をしておくことが好ましい。含水および加熱処理としては、制限されないが、蒸す、茹でる、水炊する、含水後電磁波処理または遠赤外線処理するなどの方法を挙げることができる。好ましくは蒸気で蒸すなどの方法によって澱粉をアルファー化する方法である。
【0013】
麹菌としては、麹を利用した食品(例えば、味噌、醤油、味醂、食酢、発酵調味料、酒および麹漬け食品など)に使用される菌株であり、コエンザイムQ10産生能を有するものを広く使用することができる。かかる菌株としては、例えばAspergillus(アスペルギルス)属、Penicillium(ペニシリウム)属、Mucor(ムコール)属、Rhizopus(リゾープス)属、Monascus(モナスカス)属、またはAbsidia(アプシディア)属に属する微生物を挙げることができる。好ましくはAspergillus(アスペルギルス)属に属する微生物である。また、本発明では麹菌として、紫外線や細胞融合などで変異させてコエンザイムQ10産生能を高めた変異株を用いることもできる。
【0014】
麹菌(種麹)として使用されるAspergillus(アスペルギルス)属に属する微生物として、具体的にはAspergillus oryzae(アスペルギルス オリゼー)、Aspergillus sojae(アスペルギルス ソーヤ)、Aspergillus kawachii(アスペルギルス カワチ)、Aspergillusawamori(アスペルギルス アワモリ)、Aspergillussaitoi(アスペルギルス サイトイ)を挙げることができる。好ましくはAspergillus sojae(アスペルギルス ソーヤ)およびAspergillus oryzae(アスペルギルス オリゼー)、より好ましくはAspergillus oryzae(アスペルギルス オリゼー)である。
【0015】
麹菌の培養(製麹)は、含水加熱処理した澱粉質原料に麹菌(種麹)を噴霧または撒布するなどして殖え付け、特定のアミノ酸とリンゴ酸の存在下で培養することによって行われる。なお、殖菌する菌株の種類やその使用量は、製造する食品(発酵食品または醸造食品)の種類に応じて適宜選択することができる。例えば、一般に麹漬けを製造する場合には、清酒や味噌の製造に使用される黄麹菌に由来する麹が主流であるが、その他、醤油や焼酎の製造に使用される麹など、慣用に従って適宜菌株の種類を選択することができる。その使用量は、含水加熱処理した澱粉質原料1kgに対して、通常200〜1000mg程度の割合を例示することができる。
【0016】
培養(製麹)に使用されるアミノ酸としては、フェニルアラニン、チロシン、グルタミン酸、セリンおよびアラニンを挙げることができる。これらのアミノ酸は光学異性体の別を問わないが、好ましくは食品として使用可能なアミノ酸である。具体的には、L−フェニルアラニン、L−チロシン、L−グルタミン酸、L−セリン、L−アラニンを挙げることができる。なお、培養(製麹)にはこれらアミノ酸の塩を使用することもできる。塩としては、ナトリウムやカリウムなどのアルカリ金属塩、カルシウムやマグネシウムなどのアルカリ土類金属塩など、食品として使用可能な塩を挙げることができる。かかるアミノ酸の塩としては、具体的にはL−グルタミン酸ナトリウム、L−グルタミン酸化カリウム、L−グルタミン酸カルシウム、およびL−グルタミン酸マグネシウムを挙げることができる。
【0017】
好ましくはフェニルアラニン、チロシンおよびグルタミン酸またはその塩であり、より好ましくはフェニルアラニンおよびチロシンであり、さらに好ましくはフェニルアラニンである。これらのアミノ酸またはその塩は、1種単独で使用しても、また2種以上を任意に組み合わせて使用することもできる。
【0018】
これらのアミノ酸とリンゴ酸は、培養時に培養系(培養組成物中)に含まれていればよく、添加配合する時期は特に制限されない。例えば、澱粉質原料(含水加熱処理前または後)に予め添加配合しておいてもよいし、また澱粉質原料に麹菌(種麹)を殖菌する際に添加配合してもよい。
【0019】
なお、培養(製麹)に使用されるリンゴ酸も光学異性体の別を問わないが、好ましくは食品として使用可能なL−リンゴ酸である。培養(製麹)には、リンゴ酸に代えてまたはリンゴ酸とともにリンゴ酸の塩を使用することもできる。かかる塩としてはカリウムやナトリウムなどのアルカリ金属塩またはカルシウムやマグネシウムなどのアルカリ土類金属塩を挙げることができるが、好ましくはナトリウム塩(L−リンゴ酸ナトリウム)である。
【0020】
培養系におけるアミノ酸またはその塩の濃度は、特に制限されないが、具体的には、培養系全量1kg中のアミノ酸含量として1〜50mmolの範囲を例示することができる。好ましくは5〜20mmol、より好ましくは5〜15mmol、さらに好ましくは8〜12mmolである。
【0021】
また、培養系におけるリンゴ酸またはその塩の濃度も、特に制限されないが、具体的には、培養系全量1kg中のリンゴ酸含量として1〜50mmolの範囲を例示することができる。好ましくは5〜20mmol、より好ましくは5〜15mmol、さらに好ましくは5〜10mmolである。
【0022】
なお、培養系に含まれるリンゴ酸の量に対するアミノ酸の量としては、特に制限されるものではないが、リンゴ酸100重量部に対してアミノ酸10〜1000重量部、好ましくは50〜500重量部、より好ましくは100〜200重量部を例示することができる。
【0023】
麹菌の培養には、従来の米麹や麦麹を製麹する方法を同様に用いることができ、例えば古来の麹箱を用いて培養する方法、円盤型製麹機やドラム式製麹機などの製麹機械を用いる方法などを挙げることができる。培養は、温度が通常20〜48℃、好ましくは20〜45℃、より好ましくは25〜40℃、さらに好ましくは25〜35℃、とりわけ好ましくは30℃前後で、また湿度が通常90〜50%で行われる。
【0024】
また、麹菌は好気性菌であることから、攪拌(切り返し攪拌)または振盪するか、または別の方法で通気を行いながら培養することが好ましい。培養時間は制限されないが、通常2〜4日、好ましくは2〜3日である。
【0025】
かかる培養(製麹)によって、麹菌のコエンザイムQ10産生量が増加し、コエンザイムQ10富化麹(CoQ10富化麹)を取得することができる。なお、「コエンザイムQ10富化麹(CoQ10富化麹)」とは、上記アミノ酸とリンゴ酸の非存在下で同一条件で培養(製麹)して得られた麹に比してより多くのコエンザイムQ10(水素化物を含む総量)を含有する麹を意味する。具体的には、コエンザイムQ10含有量が、上記アミノ酸とリンゴ酸の非存在下で、それ以外は同一条件で培養(製麹)して得られた麹に比して、1.1以上、好ましくは1.2以上、より好ましくは1.3以上、さらに好ましくは1.4以上多いCoQ10富化麹を挙げることができる。本発明の目的および効果から、その上限は特に問わない。上限値の一例を挙げるとすれば、3、好ましくは2.5、より好ましくは2.2を例示すことができる。
【0026】
本発明のCoQ10富化麹として好適には、前述するようにアミノ酸とリンゴ酸の非存在下で、それ以外は同一条件で培養(製麹)して得られた麹に比してより多くのコエンザイムQ10(水素化物を含む総量)を含有すると同時に、乾燥麹1g中にコエンザイムQ10を5.5μg以上、好ましくは6μg以上、より好ましくは7μg以上、更に好ましくは8μg以上、更にまた好ましくは9μg以上、特に好ましくは10μg以上、更に特に好ましくは11μg以上の割合で含むものである。本発明の目的および効果から、この上限も特に問わない。上限値の一例を挙げるとすれば、25μg、好ましくは22μg、より好ましくは18μgを例示すことができる。
【0027】
斯くして得られるCoQ10富化麹は、そのまま食品材料として用いてもよいし、また乾燥粉末化または液体化させた後に食品材料として用いることもできる。具体的には、これらのCoQ10富化麹は、例えば麹漬けや甘酒などの発酵食品や、味噌、醤油、味醂、食酢、発酵調味料および酒などの醸造食品の製造に使用することができる。また、本発明のCoQ10富化麹は、こうした発酵食品や醸造食品に限らず、菓子やデザートなどの各種の食品に用いることができる。
【0028】
(2)コエンザイムQ10富化食品
本発明は、上記方法で製造されるCoQ10富化麹を利用して製造される食品に関する。
【0029】
CoQ10富化麹を利用して製造される食品としては、麹漬けや甘酒などの発酵食品や、味噌、醤油、味醂、食酢、発酵調味料および酒などの醸造食品を挙げることができる。また、これらの醸造食品(味噌、醤油、味醂、食酢、発酵調味料、および酒など)を利用して調理された加工食品(例えば、酒饅頭などの菓子類や、アイスクリームなどの氷菓・デザート類など)や、CoQ10富化麹をそのまま含む食品(CoQ10富化麹を添加した食品)(例えば、菓子やデザート、または総菜や漬物など)も、本発明でいう食品に含まれる。
【0030】
CoQ10富化麹に含まれるコエンザイムQ10をより効果的に利用できる点から、好ましくは麹漬けや甘酒などの発酵食品であり、より好ましくは野菜、魚介類または鳥類・動物の肉の麹漬けである。麹漬けは、麹として上記本発明のCoQ10富化麹を使用する以外は、定法(慣用)の麹漬けの方法に従って製造することができる。
【0031】
例えば、野菜の麹漬けは、茄子、キュウリ、大根、かぶ、ニンジン、白菜、カボチャ、ごぼうまたは青唐辛子などの任意の野菜を水洗し、そのまままたは適当な大きさにカットし、これを0.5%程度の塩で1〜10日間下漬けし、次いで水分を切って同量程度の麹、および適宜塩や調味料を加えて漬けることによって製造することができる。
【0032】
また魚介類や鳥類・動物の肉の麹漬けは、イカ、ホタルイカ、サザエ、鮑、鮭、鰊、鱈、ほっけ、鯖、ハタハタ、えび、フナ、岩魚またはイクラなどの任意の魚介類、または鴨・猪などの任意の鳥類・動物の肉を適当な大きさにカットし、醤油、酒、味醂などで調味した同等量の麹床に混合して漬けることによって製造することができる。適宜、上記麹床にニンジン、切干大根などの野菜を加えてもよい。
【0033】
そのほか、甘酒は糯・粳米の粥に麹と水(湯)を加えて55〜60℃で5〜10時間かけて糖化させることによって製造することができ、またタラコ、豆腐またはチーズなどをガーゼに包み、麹床に漬けて麹風味を有する食品として製造することもできる。
【0034】
また醸造食品(味噌、醤油、味醂、食酢、発酵調味料、および酒など)も、麹として上記本発明のCoQ10富化麹を使用する以外は、各種醸造食品の慣用の製造方法に従って同様に製造することができる。例えば、味噌は大豆を原料として、仕込み段階において本発明のCoQ10富化麹(例えば米麹)を用いて製造することができるし、また醤油も同様に大豆を原料として、仕込み段階において本発明のCoQ10富化麹(例えば米麹)を用いて製造することができる。また酒は、米を原料として、酒母や醪仕込み段階において、本発明のCoQ10富化麹(例えば米麹)を用いて製造することができる。
【0035】
斯くして得られる発酵若しくは醸造食品およびCoQ10富化麹添加食品は、原料として使用するCoQ10富化麹に基づいて、通常の麹を使用して製造される食品に比して、より多くのCoQ10を含有している(コエンザイムQ10富化食品)。前述するように、コエンザイムQ10(CoQ10)は優れた抗酸化機能を有しており、心筋梗塞、高血圧、狭心症、及び癌などのいわゆる生活習慣病を予防する効果や肥満防止効果、および新陳代謝促進作用による老化防止効果を有しているとされている。従って、本発明の食品は、かかる各種の生理学的または薬理学的機能を有するCoQ10に基づいて、健康面において付加価値を有する食品として有用である。
【実施例】
【0036】
以下に、本発明の構成ならびに効果をより明確にするために、実験例及び実施例を記載する。但し、本発明は、これらの実施例等に何ら影響されるものではない。
【0037】
実験例1
蒸米1kgに粉末型麹菌(Aspergillus oryzae)を150mgの割合で接種した直後、各種アミノ酸(アラニン、ロイシン、イソロイシン、セリン、スレオニン、リジン、グルタミン酸、システイン、メチオニン、フェニルアラニン、チロシン、ヒスチジン)(最終濃度10.0mmol)を添加して、初期温度を30℃とし24時間後に42℃とする条件下で2日間培養(製麹)した。なお、対照実験として、各種アミノ酸を添加しないで、上記条件で培養(製麹)した(コントロール)。培養2日後に、麹を採取し、製麹によって得られた麹中の菌体量(mg/g乾燥麹)、麹中のCoQ10量(μg/g乾燥麹)、および菌体中のCoQ10量(μg/g乾燥菌体)を下記の方法に従って求めた。
【0038】
(1)麹中の菌体量(mg/g乾燥麹)
「春日正史:日本醸造協会誌,94,122(1999)」に記載の方法に従って麹中の菌体量(mg/g乾燥麹)を測定した。具体的には、米麹中の麹菌の細胞壁を溶解後、菌体量に比例していることが報告されている細胞壁の構成成分であるN−アセチルグルコサミン量を定量することで、試料中の麹菌量を測定した。なお、細胞壁から遊離したN−アセチルグルコサミンの量は、N-アセチルグルコサミンオキシダーゼを作用させて生成した過酸化水素を、パーオキシダーゼと発色剤を用いて比色定量することで測定した。
【0039】
(2)麹中のCoQ10量(μg/g乾燥麹)
「日本ビタミン学会編:ビタミン実験法I,東京化学同人,東京,302(1983)」に記載の方法に従って麹中のCoQ10量(μg/g乾燥麹)を測定した。具体的には、粉砕した麹を鹸化処理後、へキサンで抽出処理し、得られた抽出液を濃縮後、TLCや固相抽出カラムで処理して部分精製したCoQ10(H2)混合物を、HPLCに供して定量測定した。
【0040】
(3)菌体中のCoQ10量(μg/g乾燥菌体)
菌体中のCoQ10量(μg/g乾燥菌体)は、(2)で求めた麹中のCoQ10量(μg/g乾燥麹)を、(1)で求めた麹中の菌体量(mg/g乾燥麹)で除することによって求めた。
【0041】
結果を図1に示す。なお、結果は、コントロールの値〔麹中の菌体量(7.8mg/g乾燥麹)、麹中のCoQ10量(4.8μg/g乾燥麹)、菌体中のCoQ10量(617μg/g乾燥菌体)〕を1.0とした場合の各比率(倍)で示している。
【0042】
図1に示すように、アミノ酸としてフェニルアラニン、チロシン、グルタミン酸、セリンまたはアラニンを用いて、これらの存在下で麹菌を培養することによって、麹菌のCoQ10産生能が向上し、麹中のCoQ10量が増加することがわかった。好ましいアミノ酸はフェニルアラニン、チロシンまたはグルタミン酸、より好ましいアミノ酸はフェニルアラニンまたはチロシン、特に好ましいアミノ酸はフェニルアラニンであった。
【0043】
実験例2
実験例1で最も麹菌のCoQ10産生能向上効果のあったフェニルアラニン(Phe)を用いて、リンゴ酸ナトリウムとの併用による影響を調べた。具体的には、蒸米1kgに粉末型麹菌(Aspergillus oryzae)を150mgの割合で接種した直後、フェニルアラニン(Phe)(最終濃度:5mmol、10mmol、20mmolまたは50mmol)とリンゴ酸ナトリウム(Malate)(最終濃度10mmol)を添加して、初期温度を30℃とし24時間後に42℃とする条件下で2日間培養(製麹)した。なお、対照実験として、フェニルアラニンとリンゴ酸ナトリウムのいずれも添加しないで、上記条件で培養(製麹)した(コントロール)。また比較実験としてフェニルアラニンだけ(最終濃度10mmol)(比較例1)、またはリンゴ酸ナトリウムだけ(最終濃度10mmol)(比較例2)を添加して上記と同一条件で培養(製麹)した。培養2日後に、麹を採取し、製麹によって得られた麹中の菌体量(mg/g乾燥麹)、麹中のCoQ10量(μg/g乾燥麹)、および菌体中のCoQ10量(μg/g乾燥菌体)を、実験例1の方法に従って求めた。
【0044】
結果を表1に示す。またコントロールの各値を1.00として、それに対する比率を求めた結果を図2に示す。
【0045】
【表1】

【0046】
この結果から、麹菌のCoQ10産生能を向上させる効果を有するアミノ酸(フェニルアラニン)にリンゴ酸またはその塩を併用することによって、当該アミノ酸のCoQ10産生能向上作用が増強することがわかった。またこの結果から、麹菌のCoQ10産生能を向上させる効果を有する他のアミノ酸(チロシン、グルタミン酸、セリン、アラニン)についてもリンゴ酸またはその塩を併用することによって同様の効果が得られるものと考えられた。
【0047】
実験例3
蒸米1kgに麹菌(Aspergillus oryzae)を150mgの割合で接種した直後、リンゴ酸ナトリウム(最終濃度10.0mmol)と実験例1で一番効果の高かったフェニルアラニン(最終濃度10.0mmol)を添加して、初期温度を30℃とし24時間培養後、30℃と42℃で72時間培養(製麹)した。なお、対照実験として、リンゴ酸ナトリウムおよびアミノ酸のいずれも配合せず、上記条件(30℃または42℃)で培養(製麹)した(コントロール)。
【0048】
培養期間中、経時的(培養後24時間、48時間、72時間および96時間後)に培養物(麹)をサンプリングし、実験例1の方法に従って麹中のコエンザイムQ10の量(μg/g乾燥麹)を測定した。結果を図3に示す。
【0049】
この結果から、いずれの温度条件でも、麹菌(Aspergillus oryzae)をリンゴ酸ナトリウムとアミノ酸(フェニルアラニン)の存在下で培養(製麹)することによって、これらがいずれも非存在の条件で培養(製麹)する場合(コントロール)に比して、CoQ10の産生量が有意に増加することがわかった。
【0050】
また、リンゴ酸ナトリウムとアミノ酸(フェニルアラニン)の存在下で42℃で培養するよりも、30℃で培養するほうがCoQ10の産生量が多いことがわかった。具体的には、通常の培養方法であるリンゴ酸ナトリウムとアミノ酸(フェニルアラニン)の非存在下で42℃2〜3日間培養する方法に比して、リンゴ酸ナトリウムとアミノ酸(フェニルアラニン)の存在下で30℃で3〜4日間培養することによって、CoQ10の産生量が2倍以上増大することがわかった。
【0051】
以下に本発明のCoQ10富化麹を使用した代表的な食品の製造例を説明する。なお、一般に麹漬けには、麹をそのまま振り込んで漬けるものと、麹と飯米などで練った三五八床などを作って漬けたもの(三五八漬け)とがある。なお、本発明のCoQ10富化麹としては、例えば実験例3の調製方法に従って30℃で3日間培養したCoQ10富化麹を用いることができる。
【0052】
実施例1 三五八漬け
三五八床は、塩、本発明のCoQ10富化麹、および飯米を3:5:8(重量比)の配合で混合し、糖化を進めた硬めの甘酒のようもので、甘味を強くするときはさらに糯米を添加する。
【0053】
<漬け込む材料と漬け方>
白菜・カブ
2〜3%の食塩で下漬けし、次いで下漬けした野菜(白菜またはカブ)を、これと同量の三五八床に漬けかえて製造する。
【0054】
茄子
(1)茄子をひとくち大に切り、三五八床をひたひたにかけて混ぜ、2〜3時間重石を載せて製造する。
(2)一口茄子は、そのままか、大きなものはヘタをとり、縦に4つ割りにしてうす塩で一晩漬け、次いで水気を切ってアクを抜き、三五八床に重石を載せて漬けて製造する。
【0055】
キュウリ
(1)キュウリを乱切りして、三五八床をひたひたにかけて混ぜ、2〜3時間重石を載せて製造する。
(2)若いキュウリは、水洗いして、2〜3つ割りにして三五八床に重石を載せて漬けて製造する。
【0056】
大根
(1)千切りにして食塩で軽くモミ、水洗いして塩分をとり、三五八床と混ぜて製造する。
(2)大根と人参を乱切りにし2〜3日干してから、三五八床と混ぜ重石を載せて漬けて製造する。
【0057】
カブ
カブの皮をむき4つ割くらいに切り込みを入れて、食塩を少量ふり、水気が出たらふき取り、三五八床に重石を載せて漬けて製造する。
【0058】
実施例2 イカの麹漬け
イカを一夜干し、または軽く焼き線切りにする。スルメは線切りにして酒に浸しておく。これを、本発明のCoQ10富化麹を醤油、味醂、酒などで調味して作成した麹床に同等量混合して漬け込む。この時に、切干大根、人参、ジャコなどを入れてもよい。また、イカに代えて、サザエまたはアワビを用いることによりサザエの麹漬けやアワビの麹漬けを製造することもできる。
【0059】
実施例3 べったら漬け(大根の麹漬け)
柔らかめの飯米に同量の本発明のCoQ10富化麹を加え、よく混合して55〜60℃で糖化させ甘酒床を作る。この時に少量の焼酎を加えておくと防腐効果がある。大根は皮をむき、長さをそろえて、食塩水中で重石を施し3日間漬け込みアクを出す。同様にもう一度漬けた後、大根を取り出し、打ち水をして水気を切り、焼酎にくぐらせる。この大根と甘酒床とを交互に漬け込み落とし蓋と重石を載せる。
【0060】
実施例4 石狩漬け(鮭の麹漬け)
紅鮭を細切りにし、一夜塩漬けし、水洗後軽く干す。これを、本発明のCoQ10富化麹を醤油、味醂、酒などで調味して製造した麹床に同等量混合して漬け込む。この時にイクラを入れるとなおよい。または紅鮭に代えて他の魚を使用することもできる。
【0061】
実施例5 かぶら寿し(ぶりとカブの麹漬け)
炊飯米に、本発明のCoQ10富化麹と水(湯)を加え、よく混合して55〜60℃で糖化させ硬めの甘酒床を作る。カブは2センチ位に輪切りにし、中央に切れ目を入れ、食塩をふり重石をして一夜漬けておく。ブリは3枚におろし、5mm程のソギ身にして食塩中に漬け込んでおく(塩ブリ)。
【0062】
本漬けは容器の底に竹の葉を敷き、その上に上記の甘酒床を敷き、生姜、人参、および昆布を敷き唐辛子を並べ、その上に上記の塩ブリを挟み込むようにカブを並べる。これを何段にも重ね合わせて一番上に竹の葉を敷き落し蓋をして重石を乗せる。
【0063】
実施例6 甘酒
糯・粳米の粥に本発明のCoQ10富化麹と水(湯)を加えて55〜60℃で5〜10時間かけて糖化させて製造する。なお、糖化には、糯・粳米の粥:CoQ10富化麹:水(お湯)を1:1:1〜2の割合で使用する。
【0064】
実施例7 アイスクリーム
本発明のCoQ10富化麹30kgに、水45L、脱脂粉乳1.5kg、全卵3.5kg、ホイップクリーム4kg、生クリーム1kg、バニラエッセンス80mLを加え、定法にしたがってアイスクリームを製造する。
【0065】
実施例8 酒饅頭
本発明のCoQ10富化麹を使用して酒種(酒母のようなもの)をつくり、これを生地に加えて発酵させ、この生地で餡を包み、定法に従って蒸して製造する。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】実験例1において測定した、各アミノ酸による麹のCoQ10産生量に対する効果を比較した結果を示す図である。なお、各測定値はControlを1.0とした場合の比率で示している。Control麹中の菌体量:7.8mg/g乾燥麹、Control麹中のCoQ10(H2)量:4.8μg/g乾燥麹、Control菌体中のCoQ10(H2)量:617μg/g乾燥菌体。
【図2】実験例2において測定した、フェニルアラニンとリンゴ酸ナトリウムによる麹のCoQ10産生量に対する効果を示す図である。なお、各測定値はControlを1.0とした場合の比率で示している。図中、「Phe10」または「P10」はフェニルアラニン最終濃度10mmol、「P20」および「P50」はフェニルアラニン最終濃度20mmolおよび50mmolをそれぞれ意味する。また「M10」はリンゴ酸ナトリウム最終濃度10mmolを意味する。
【図3】フェニルアラニンとリンゴ酸ナトリウムの存在条件(P10+M10)および非存在条件(Control)下で、培養条件(30℃、42℃)を変えた場合の麹のCoQ10産生量に対する影響を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
澱粉質原料に麹菌を殖菌し、フェニルアラニン、チロシン、グルタミン酸、セリンおよびアラニンからなる群から選択される少なくとも1つのアミノ酸、並びにリンゴ酸の存在下で培養することを特徴とする、コエンザイムQ10富化麹の製造方法。
【請求項2】
麹菌を25〜35℃で培養することを特徴とする請求項1記載のコエンザイムQ10富化麹の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載する製造方法で得られるコエンザイムQ10富化麹。
【請求項4】
乾燥麹1g中にコエンザイムQ10を5.5μg以上含有するコエンザイムQ10富化麹。
【請求項5】
請求項3または4に記載するコエンザイムQ10富化麹を用いて製造されるコエンザイムQ10富化食品。
【請求項6】
食品が、請求項3または4に記載するコエンザイムQ10富化麹を用いて製造される野菜若しくは魚介類の麹漬け、または請求項3または4に記載するコエンザイムQ10富化麹を添加した食品である、請求項5記載のコエンザイムQ10富化食品。
【請求項7】
食品が、請求項3または4に記載するコエンザイムQ10富化麹を含むか、または請求項3または4に記載するコエンザイムQ10富化麹から製造される醸造食品を含む菓子またはデザートである、請求項5記載のコエンザイムQ10富化食品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−244379(P2007−244379A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−33840(P2007−33840)
【出願日】平成19年2月14日(2007.2.14)
【出願人】(591282205)島根県 (122)
【Fターム(参考)】