説明

コンドロイチン分解用またはコンドロイチン硫酸分解用の酵素、試薬、分解方法、高硫酸化オリゴ糖の製造方法、ならびに組成物

【課題】コンドロイチン硫酸に対する反応の特異性が高いコンドロイチン硫酸分解用酵素を提供する。
【解決手段】コンドロイチン分解用またはコンドロイチン硫酸分解用の酵素は、下記の(a)、(b)または(c)のアミノ酸配列を有する。
アクセッション番号AAA81587のアミノ酸配列(a);
前記アミノ酸配列(a)の部分アミノ酸配列(b);
前記アミノ酸配列(a)または前記部分アミノ酸配列(b)をコードするDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによってコードされるアミノ酸配列(c)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンドロイチンおよびコンドロイチン硫酸の分解技術に関する。
【背景技術】
【0002】
コンドロイチン(chondroitin:CH)は、アミノ糖誘導体とヘキソース誘導体の繰り返し構造を有する直鎖状の多糖体であるグリコサミノグリカン(glycosaminoglycan)の1つであり、N−アセチルコンドロシンのポリマーである(図1)。また、コンドロイチン硫酸(chondroitin sulfate:CS)は、コンドロイチンが硫酸化されたグリコサミノグリカンの1つである。コンドロイチン硫酸は、コアタンパク質に結合したプロテオグリカンとして動物組織に広く分布しており、動物の発生、分化、成長および再生に重要な役割を担っている。コンドロイチン硫酸は、たとえば軟骨中の主要成分として、水和力や弾性に寄与して軟骨組織形成に役立っている。また、コンドロイチン硫酸は、多様な生理活性分子との結合性を示し、生理活性分子の貯留、安定化あるいはマスキングの役割を持ち、細胞膜受容体と協働して、シグナル伝達機構を制御している。また、コンドロイチン硫酸は、神経系においては神経細胞の軸索の伸展促進や阻害効果を示し、免疫系細胞においては顆粒に存在し、免疫物質の蓄積や放出を制御している。マラリヤ原虫やウイルスなどの感染においては、コンドロイチン硫酸は、受容体となるとともに、感染阻害効果を示すことが知られている。
【0003】
コンドロイチン硫酸は、分子量数万(糖鎖数20〜400個)の直鎖多糖体構造を有する。この構造は、グルクロン酸(GlcA)とN−アセチルガラクトサミン(GalNAc)とがβ1−3およびβ1−4で交互に結合した二糖の繰り返しを基本構造とする。コンドロイチン硫酸は、コンドロイチンが、たとえば図1に示すような多様な硫酸基修飾を受けた物質である。
【0004】
具体的には、コンドロイチン硫酸は、上記GlcA−GalNAcのコンドロイチン二糖単位(0S構造ともいう)を基本とし、GalNAc残基4位が硫酸化(4S)されたA構造(4S構造ともいう)、GalNAc残基6位が硫酸化(6S)されたC構造(6S構造ともいう)、GlcA残基2位とGalNAc残基6位の二糖単位のうち2カ所が硫酸化(2S,6S)されたD構造(SD構造ともいう)、GalNAc残基の4位と6位の2カ所が硫酸化(4S,6S)されたE構造(SE構造ともいう)、GlcA残基2位、GalNAc残基4位および6位の計3カ所が硫酸化(2S,4S,6S)されたtriS構造など、様々な修飾二糖単位を含む。コンドロイチン硫酸は、図1に示した硫酸基修飾構造が組み合わさった、きわめて複雑な多糖体構造を有する。
【0005】
グリコサミノグリカンには、コンドロイチン硫酸(CS)に加え、デルマタン硫酸(Dermatan sulfate:DS)、ヒアルロン酸(hyaluronic acid:HA)、ヘパラン硫酸、ヘパリン、およびケラタン硫酸(Keratan sulfate:KS)が含まれる。デルマタン硫酸は、GalNAcの4位が硫酸基修飾されGlcAの5位がエピメリ化してイデュロン酸(IdoA)になった構造(B構造)を含む、コンドロイチン硫酸と類似の糖鎖である(図1)。ヒアルロン酸(HA)は、コンドロイチンと類似の糖鎖結合を有するが、GalNAcに代えてN−アセチルグルコサミン(GlcNAc)残基を有する(図1)。ヒアルロン酸は、非常に長い直鎖多糖体構造(分子量80〜200万)を有する、硫酸化されていない多糖体である。ヘパラン硫酸(およびヘパリン)は、GlcAとGlcNAcの繰り返し構造を基本とするが、結合様式がβ1−4およびα1−4であり、GlcN残基の2位アミノ基、6位および3位水酸基、GlcAの2位水酸基が硫酸化され、GlcAがIdoAにエピメリ化された複雑な構造を有する。ケラタン硫酸は、他のグリコサミノグリカンとは異なり、ウロン酸に代えてD−ガラクトースを有する。
【0006】
コンドロイチン硫酸分解用酵素は、コンドロイチナーゼとも呼ばれている。コンドロイチン硫酸分解用酵素には、主に動物細胞由来の加水分解酵素と、主に微生物由来の切断糖鎖の非還元末端が不飽和グルクロン酸残基となるリアーゼ(lyase)とがある。これらのコンドロイチン硫酸分解用酵素は、コンドロイチン硫酸構造解析用途や組織微細構造解析用途の試薬として市販されており、椎間板ヘルニアや脊椎損傷治療薬として臨床開発も展開されている。
【0007】
リアーゼ活性を示すコンドロイチン硫酸分解用酵素として、Proteus vulgaris由来のコンドロイチナーゼABC、Flavobacterium heparinum由来のコンドロイチナーゼACIやコンドロイチナーゼB、およびArthrobacter aurescens由来のコンドロイチナーゼACIIなど、原核生物である真正細菌(バクテリア)由来の酵素が知られている。なお、ウイルス由来の酵素は知られていなかった。
【0008】
コンドロイチン硫酸分解用酵素のリアーゼ活性には、基質特異性があることが知られている。つまり、コンドロイチナーゼABCは、A構造(4硫酸)およびC構造(6硫酸)をはじめ、ほとんどのコンドロイチン硫酸とB構造のデルマタン硫酸を切断する(特許文献1)。一方、コンドロイチナーゼACIおよびACIIは、A構造(4硫酸)およびC構造(6硫酸)のコンドロイチン硫酸を切断するが、イデュロン酸を持つデルマタン硫酸は切断しない。なお、Streptomyses hyalurolyticus由来のヒアルロニダーゼは、ヒアルロン酸を切断するが、コンドロイチン硫酸は切断しない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平06−098769号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、従来のコンドロイチン硫酸分解酵素は、基質特異性が低いという問題があった。
【0011】
たとえば、特許文献1のコンドロイチナーゼABCや、コンドロイチナーゼACIおよびACIIは、コンドロイチン硫酸だけでなく、ヒアルロン酸も切断してしまうという問題があった。また、従来のコンドロイチナーゼは、pHや温度の至適範囲が狭い場合もあった。そのため、産業上の利用可能性が制限されていた。コンドロイチンの分解に関しても同様の問題があった。
【0012】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、コンドロイチン硫酸類に対する分解反応の特異性が高く、pHや温度の至適範囲が広いコンドロイチン分解用およびコンドロイチン硫酸分解用酵素を提供することにある。
【0013】
なお、本明細書中で「コンドロイチン硫酸類」というときには、コンドロイチンおよびコンドロイチン硫酸を意味するものとする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するために、本発明のある態様のコンドロイチン分解用またはコンドロイチン硫酸分解用の酵素は、下記の(a)、(b)または(c)のアミノ酸配列を有することを特徴とする。
アクセッション番号AAA81587のアミノ酸配列(a);
アミノ酸配列(a)の部分アミノ酸配列(b);
アミノ酸配列(a)または部分アミノ酸配列(b)をコードするDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによってコードされるアミノ酸配列(c)
【0015】
この態様によると、コンドロイチンまたはコンドロイチン硫酸に対する分解反応の特異性が高い酵素を提供することができる。
【0016】
本発明の別の態様は、コンドロイチン分解用またはコンドロイチン硫酸分解用の酵素を含む試薬である。この試薬は、本発明のある態様の酵素を含むことを特徴とする。
【0017】
この態様によると、コンドロイチンまたはコンドロイチン硫酸に対する分解反応の特異性が高い試薬を提供することができる。
【0018】
本発明の別の態様は、コンドロイチンまたはコンドロイチン硫酸を分解する分解方法である。この分解方法は、本発明のある態様の酵素を用いてコンドロイチンまたはコンドロイチン硫酸の分解を行うことを特徴とする。
【0019】
この態様によると、コンドロイチンまたはコンドロイチン硫酸に対する分解反応の特異性が高い分解方法を提供することができる。
【0020】
本発明の別の態様は、高硫酸化オリゴ糖の製造方法である。この高硫酸化オリゴ糖の製造方法は、本発明のある態様の分解方法にてコンドロイチン硫酸を分解してオリゴ糖を生成することを特徴とする。
【0021】
この態様によると、高硫酸化されたオリゴ糖を製造することができる。なお、本明細書中で「高硫酸化」とは、分解反応の後における二糖あたりの硫酸基の数が、分解反応の前よりも増加することを意味する。
【0022】
本発明の別の態様は、高硫酸化オリゴ糖を含む組成物である。この高硫酸化オリゴ糖を含む組成物は、本発明のある態様の製造方法によって得られる。
【0023】
この態様によると、高硫酸化されたオリゴ糖を含む組成物を提供することができる。
【0024】
本発明の別の態様は、コンドロイチン分解用またはコンドロイチン硫酸分解用の酵素である。この酵素は、下記の(a)、(b)または(d)のアミノ酸配列を有することを特徴とする。
アクセッション番号AAA81587のアミノ酸配列(a);
アミノ酸配列(a)の部分アミノ酸配列(b);
アミノ酸配列(a)との相同性が30%以上であるアミノ酸配列(d)
【0025】
この態様によっても、コンドロイチンまたはコンドロイチン硫酸に対する分解反応の特異性が高い酵素を提供することができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、コンドロイチンまたはコンドロイチン硫酸の少なくとも一方に対する分解反応の特異性が高い酵素を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】コンドロイチン硫酸類の主な二糖単位構造を示す図である。
【図2】図2(A)は、ODV−E66のアミノ酸配列を示す図であり、図2(B)は、発現精製タンパク質E66−67のアミノ酸配列を示す図である。
【図3】各pH溶液における発現精製タンパク質E66−67の相対活性値を示すグラフである。
【図4】各温度における発現精製タンパク質E66−67の相対活性値を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本実施の形態に係るコンドロイチン分解用またはコンドロイチン硫酸分解用の酵素について詳細に説明する。
【0029】
本酵素は、下記の(a)、(b)または(c)のアミノ酸配列を有することを特徴とする。
・アクセッション番号AAA81587のアミノ酸配列(a);
・アミノ酸配列(a)の部分アミノ酸配列(b);
・アミノ酸配列(a)または部分アミノ酸配列(b)をコードするDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによってコードされるアミノ酸配列(c)
また、本酵素は、アミノ酸配列(c)に代えて、アミノ酸配列(a)との相同性が30%以上であるアミノ酸配列(d)を有してもよい。以下、アミノ酸配列(a)〜(d)を順に説明する。
【0030】
[アミノ酸配列(a)を有する酵素]
本酵素は、たとえば昆虫細胞に感染するバキュロウイルスの核多角体病ウイルス(Nuclear Polyhedrosis Virus:NPV)から得られる。NPVとしては、Autographa californica(AcMNPV)、Galleria mellonella(GmNPV)、Rachiplusia ou(RoNPV)、Plutella xylostella(PlxyNPV)、Bombyx mori(BmNPV)、Helicoverpa armigera NPV(HearSNPV)などが知られている。これらは、主にチョウ目の幼虫に感染するウイルスである。多角体中に包埋される包埋型ウイルス(occlusion−derived virus:ODV)は、幼虫の中腸で可溶化遊離され、中腸上皮細胞に感染する。
【0031】
コンドロイチン分解用またはコンドロイチン硫酸分解用の酵素は、ウイルス由来の酵素またはウイルス由来の酵素とアミノ酸レベルで所定の相同性を有する酵素であれば限定されないが、以下、本酵素として、バキュロウイルス(AcMNPV)由来のエンベロープタンパク質であるODV−E66(塩基配列のアクセッション番号:M96360、アミノ酸配列のアクセッション番号:AAA81587)を用いて説明する。
【0032】
AcMNPVのODV−E66(以下、AcE66ともいう)は、従来よりエンベロープタンパク質の1つとして知られていた。このタンパク質とそれをコードする遺伝子配列とを、T.Hongらが報告している(T.Hong, S.C.Braunagel, M.D.Summers, Virology 204(1994)210−222)。図2(A)は、ODV−E66のアミノ酸配列(アクセッション番号:AAA81587)を示す図であり、図2(B)は、発現精製タンパク質E66−67のアミノ酸配列を示す図である。発現精製タンパク質E66−67は、ODV−E66のアミノ酸配列の第1〜66残基を人工的に削除したタンパク質である。
【0033】
また、V.Vigdorovichらは、AcMNPVのODV−E66がヒアルロン酸の分解活性を有すると報告している(V.Vigdorovich, A.D.Miller, R.K.Strong, J.Virol. 81(2007)3124−3129)。しかし、ODV−E66のヒアルロン酸に対する分解活性の程度、およびそれ以外のグリコサミノグリカンに対する活性の有無は不明であった。
【0034】
まず、予備的な実験により、バキュロウイルス由来のタンパク質の粗抽出液が、コンドロイチン硫酸の分解活性を有することを発見した。そこで、コンドロイチン硫酸の分解活性を有するタンパク質の同定を試みた。
【0035】
具体的には、バキュロウイルス(AcMNPV)に感染した昆虫細胞(sf9)を、SF900II無血清培地(インビトロゲン社製)100ml中にて、27℃で6日間培養した。その培養上清を集め、限外濾過膜(PM10、アミコン社製)により10mlにまで濃縮した。濃縮液を、DEAE Sepharoseカラム(1.6×12cm)に通過させ、50mM Tris−HCl,pH8.0,50mM NaCl含有緩衝液で洗除後、50〜500mMのNaCl含有緩衝液で、NaCl濃度勾配溶出を行った。コンドロイチン分解活性画分を集め、限外ろ過で約200μlにまで濃縮し、Superdex 75カラム(10×300mm、GEヘルスケア社製)でゲルろ過を行った。溶出緩衝液として、50mM Tris−HCl,pH7.2, 0.15M NaCl含有緩衝液を用いた。
【0036】
溶出酵素活性画分に100%トリクロロ酢酸溶液を加え、析出沈殿を遠心分離により集め、アセトンで洗除後、10%ポリアクリルアミド−SDSゲル電気泳動を行った。タンパク質染色により得られた61kDa付近のタンパク質バンドを切り出し、一部をトリプシン消化後、MALDI−TOF MS(AutoFLEX、ブルカー社製)を用いて解析し、Mascot searchをした。その結果、61kDa付近のタンパク質バンドは、バキュロウイルス由来のエンベロープタンパク質の一つであるODV−E66と一致した。ゲル電気泳動で得られたタンパク質バンドの残りを気相エドマン分解法によるN末端アミノ酸配列決定システム(Protein Sequencer Procise LC−492、アプライドバイオシステムズ社製)で解析したところ、ODV−E66タンパク質の第67〜76番目のアミノ酸配列(AFRQNNIQEL)と一致した。
【0037】
(ODV−E66タンパク質の発現と酵素活性)
そこで次に、バキュロウイルス(AcMNPV)のDNAを鋳型として、ODV−E66のORF領域のDNAフラグメントをPCR法にて取得した。具体的には、Xba1制限酵素切断サイト(TCTAGA)およびBamH1制限酵素切断サイト(GGATCC)を含むODV−E66のORFの5’末端および3’末端配列を持つオリゴヌクレオチド(5’−GCGTCTAGATGTCTATCGTATTGATTATTGTCATAG−3’および5’−CGCGGATCCTTACACAATTTCAAAAATAAATTGTAAATC−3’)をプライマーとして、DH10Bac大腸菌株から得たバキュロウイルス(AcMNPV)のBacmid DNAを鋳型にして、PCR反応を行った。
【0038】
得られたDNAフラグメントをpBluescript KS(−)cloning vector(ストラタジーン社(アジレント・テクノロジー社)製)を用いてクローニングし、ODV−E66をコードするDNA全配列(アクセッション番号M96360の配列に相当)を含むpBS−E66プラスミドを得た。
【0039】
完全長ODV−E66(E66−1)を発現させるために、それぞれNde1制限酵素切断サイト(CATATG)およびBamH1制限酵素切断サイト(GGATCC)を含む2つのプライマー(5’−CGGCCGCCATATGTCTATCGTATTGATTATTGTCATAG−3’と5’−CGCGGATCCTTACACAATTTCAAAAATAAATTGTAAATC−3’)を用いて、pBS−E66を鋳型としてPCR反応を行った。得られたDNAフラグメントと、N末端にHis6−タグを持つ発現ベクターpET15bとをライゲーションして、発現用プラスミド(pET−E66−1)を得た。
【0040】
この発現ベクターをBL21(DE3)大腸菌株に形質転換(トランスフォーメーション)し、その形質転換株を50μg/mlのアンピシリン含有2×TY培地(200ml)中にて、37℃で3.5時間培養した。次に、イソプロピルチオ−β−D−ガラクトシド(IPTG)を最終濃度1mMになるように添加後、28℃でさらに3時間培養した。培養液を遠心分離し、菌体を集め、50mMのTris−HCl,pH7.2,50mM NaCl緩衝液10mlに懸濁し、40mg/mlのリゾチーム溶液100μlを添加し、氷冷下にて30分間静置した後、超音波処理により菌体を破砕した。遠心上清をDEAE Sepharoseカラム(1.6×12cm)にアプライし、50〜500mMのNaCl含有50mM Tris−HCl(pH7.2)緩衝液を用いた食塩濃度勾配により溶出させた。溶出画分のコンドロイチン分解酵素活性を、後述のコンドロイチン分解酵素活性測定方法により測定した。
【0041】
次に、コンドロイチン分解酵素活性測定方法によって同定された活性画分を集め、Ni Sepharoseカラム(1ml)にアプライし、20mMイミダゾール、0.5M NaCl含有20mMリン酸緩衝液(pH7.4)5mlで洗除後、500mMイミダゾール、0.5M NaCl含有20mMリン酸緩衝液(pH7.4)で溶出し、1mlごとに分画し、溶出液の酵素活性とタンパク質濃度を測定した。
【0042】
(コンドロイチン分解酵素活性測定方法)
食塩濃度勾配の溶出画分のコンドロイチン分解酵素活性は、以下のコンドロイチン分解酵素活性測定方法により測定する。他のグリコサミノグリカン(コンドロイチン硫酸やヒアルロン酸等)の分解酵素活性の測定も同様である。
【0043】
酵素検体1〜10μlと、化学的に脱硫酸化したコンドロイチン(生化学工業社製)100μgとを、50mMリン酸緩衝溶液(pH6.8)50μl中にて、37℃で30分間反応させた後、100℃で1分間加熱処理し、室温まで冷却する。あらかじめ加熱処理して失活させた酵素検体を用いた反応液をブランクとして、波長232nmの紫外吸収値を測定する。不飽和グルクロン酸のモル吸光係数を5500として、分解により生成した不飽和グルクロン酸残基量を算出して、コンドロイチン分解酵素活性とする。
【0044】
その結果、アミノ酸配列(a)を有する酵素のコンドロイチンに対する分解活性は、比活性が0.031μmol/min/mg proteinであった。
【0045】
[アミノ酸配列(b)を有する酵素]
(E66−67:アミノ酸配列(b1)を有する酵素)
さらに解析を行った結果、アミノ酸配列(a)の第1〜66残基のアミノ酸を欠失させたアミノ酸配列(b1)を有する酵素であるE66−67の方が、アミノ酸配列(a)を有する酵素に比べて、コンドロイチン分解酵素活性がさらに高いことが明らかとなった。
【0046】
E66−67を発現させるために、それぞれNde1制限酵素切断サイト(CATATG)およびBamH1制限酵素切断サイト(GGATCC)を含む2つのプライマー(5’−CGGTTGGCATATGGCCTTTCGGCAAAACAACATTCAAG−3’と5’−CGCGGATCCTTACACAATTTCAAAAATAAATTGTAAATC−3’)を用いて、pBS−E66を鋳型としてPCR反応を行った。得られたDNAフラグメントと、N末端にHis6−タグを持つ発現ベクターpET15bとをライゲーションして、発現用プラスミド(pET−E66−67)を得た。以降の手順は、E66−1と同様である。
【0047】
発現および精製により得られた画分は、SDS−PAGEゲル電気泳動で分子量約61kDaの単一バンドを示し(アミノ酸組成からの算出分子量は74.3kDa)、比活性67.21±2.12μmol/min/mg proteinのコンドロイチン分解酵素活性を持つタンパク質であった。この場合、E66−67のコンドロイチン分解酵素活性は、ヒアルロン酸分解酵素活性に比べて、約600倍以上高かった。
【0048】
(E66−24:アミノ酸配列(b2)を有する酵素)
また、アミノ酸配列(a)のシグナルペプチド領域(1−23)を欠失させ第24〜704残基のアミノ酸のみを使用したアミノ酸配列(b2)を有する酵素であるE66−24でも、E66−67と同様の一連の手順で酵素活性とタンパク質濃度を測定した。
【0049】
E66−24を発現させるために、それぞれNde1制限酵素切断サイト(CATATG)およびBamH1制限酵素切断サイト(GGATCC)を含む2つのプライマー(5’−CCTGTCGCATATGAATAATAAAAATGATGCCAATAAAAAC−3’と5’−CGCGGATCCTTACACAATTTCAAAAATAAATTGTAAATC−3’)を用いて、pBS−E66を鋳型としてPCR反応を行った。得られたDNAフラグメントと、N末端にHis6−タグを持つ発現ベクターpET15bとをライゲーションして、発現用プラスミド(pET−E66−24)を得た。以降の手順は、E66−1と同様である。
【0050】
発現および精製により得られた画分は、SDS−PAGEゲル電気泳動で分子量約70kDaの単一バンドを示し(アミノ酸組成からの算出分子量は78.7kDa)、比活性8.91±0.18μmol/min/mg proteinのコンドロイチン分解酵素活性を持つタンパク質であった。この場合、E66−24のコンドロイチン分解酵素活性は、ヒアルロン酸分解酵素活性に比べて、約400倍以上高かった。
【0051】
(E66−70:アミノ酸配列(b3)を有する酵素)
また、アミノ酸配列(a)の第1〜69残基のアミノ酸を欠失させ第70〜704残基のアミノ酸のみを使用したアミノ酸配列(b3)を有する酵素であるE66−70でも同様の解析を行った。
【0052】
E66−70を発現させるために、それぞれNde1制限酵素切断サイト(CATATG)およびBamH1制限酵素切断サイト(GGATCC)を含む2つのプライマー(5’−GGTGGCCCATATGCAAAACAACATTCAAGAACTACAAAAC−3’と5’−CGCGGATCCTTACACAATTTCAAAAATAAATTGTAAATC−3’)を用いて、pBS−E66を鋳型としてPCR反応を行った。得られたDNAフラグメントと、N末端にHis6−タグを持つ発現ベクターpET15bとをライゲーションして、発現用プラスミド(pET−E66−70)を得た。以降の手順は、E66−1と同様である。
【0053】
発現および精製により得られた画分は、SDS−PAGEゲル電気泳動で分子量約60kDaの単一バンドを示し(アミノ酸組成からの算出分子量は73.9kDa)、比活性61.76±3.82μmol/min/mg proteinのコンドロイチン分解酵素活性を持つタンパク質であった。この場合、E66−70のコンドロイチン分解酵素活性は、ヒアルロン酸分解酵素活性に比べて、約500倍以上高かった。
【0054】
なお、第1〜99残基のアミノ酸を欠失させ第100〜704残基のアミノ酸のみを使用したE66−100では、コンドロイチン分解活性を検出することができなかった。また、E66−67のC末端51残基を欠失させ、第67〜653残基のアミノ酸のみを使用した場合にも、コンドロイチン分解活性を検出することができなかった。
【0055】
[アミノ酸配列(c)を有する酵素]
本酵素に関し、AcMNPVのODV−E66を用いて説明を行うが、AcMNPVのODV−E66と類似の機能を有するウイルス由来のタンパク質であれば、これに限られない。
【0056】
コンドロイチン硫酸分解活性を有するコンドロイチン硫酸分解用酵素は、ODV−E66遺伝子またはODV−E66遺伝子とアミノ酸配列のレベルで所定の相同性がある遺伝子をコードするDNAと、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによってコードされるタンパク質であってもよい。この相同性は、約60%以上であることが好ましく、約70%以上であることがより好ましく、約80%以上であることがさらに好ましい。
【0057】
ここで、「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA」とは、アクセッション番号M96360の塩基配列と相補的な塩基配列を有するDNA、またはアクセッション番号AAA81587のアミノ酸配列をコードするDNAの全部または一部をプローブとして、コロニーハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法またはサザンハイブリダイゼーション法などを用いることにより得られるDNAをいう。ハイブリダイゼーションの方法としては、例えばMolecular Cloning 3rd Ed.やCurrent Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons 1987−1997などに記載されている方法を利用することができる。
【0058】
本明細書でいう「ストリンジェントな条件」は、低ストリンジェントな条件、中ストリンジェントな条件及び高ストリンジェントな条件のいずれであってもよい。「低ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、32℃の条件である。また、「中ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、42℃の条件である。「高ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、50℃の条件である。これらの条件では、温度を上げるほど高い相同性を有するDNAが効率的に得られることが期待できる。
【0059】
ただし、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響する要素としては、温度、プローブ濃度、プローブの長さ、イオン強度、時間、塩濃度など複数の要素が考えられる。当業者であれば、これら要素を適宜選択することで、同様のストリンジェンシーを実現することができる。
【0060】
アミノ酸配列(c)を有する酵素として、たとえば上述したBmNPVのODV−E66(以下、BmE66ともいう)が挙げられる。BmE66とAcE66とのアミノ酸レベルの相同性は、約92.7%である。
【0061】
なお、ODV−E66の発現精製タンパク質は、一部が人工的に置換されていてもよい。また、ここではアミノ酸配列(a)または部分アミノ酸配列(b)をコードするDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによってコードされるアミノ酸配列を、アミノ酸配列(c)とした。変形例としては、BmE66のアミノ酸配列(アクセッション番号NP_047452)またはHearSNPVのODV−E66(以下、HaE66ともいう)のアミノ酸配列(アクセッション番号NP_203651)をアミノ酸配列(a)とし、これらの部分アミノ酸配列を部分アミノ酸配列(b)とする。この場合に、これらのアミノ酸配列(a)または部分アミノ酸配列(b)をコードするDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによってコードされるアミノ酸配列を、アミノ酸配列(c)としてもよい。
【0062】
[その他のアミノ酸配列(d)を有する酵素]
本実施の形態に係るコンドロイチン分解用またはコンドロイチン硫酸分解用の酵素は、アミノ酸配列(a)を有する酵素、アミノ酸配列(b)を有する酵素、アミノ酸配列(c)を有する酵素に加え、アミノ酸配列(d)を有する酵素であってもよい。
【0063】
NCBIのCDD(Marchler−Bauer A et al.,“CDD:specific functional annotation with the Conserved Domain Database.”, Nucleic Acids Res.37(D)(2009)205−210. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/Structure/cdd/cdd.shtml)によると、ODV−E66は、第87〜702残基のアミノ酸が、odv−e66 Superfamilyに属するとされる。このodv−e66 Superfamilyに属する遺伝子によってコードされるアミノ酸配列(d)を有する酵素であれば、AcMNPVのODV−E66と同様に、コンドロイチンおよびコンドロイチン硫酸の分解活性を有する可能性がある。
【0064】
たとえば、AcMNPVのODV−E66と、同じodv−e66 Superfamilyに属するSpodoptera exigua MNPVのORF114 odv−e66(アクセッション番号:NP_037874)との相同性は、比較的相同性の高いODV−E66の第106〜643残基において、約30%である。AcMNPVのODV−E66とアミノ酸レベルで少なくとも約30%の相同性を有するアミノ酸配列(d)を有する酵素であれば、コンドロイチンおよびコンドロイチン硫酸の分解活性を有する可能性がある。
【0065】
AcE66とのアミノ酸レベルでの相同性は、約35%以上であることがより好ましく、約40%以上であることがさらに好ましい。この条件を満たすアミノ酸配列(d)として、たとえば上述したHaE66が挙げられる。HaE66とAcE66とのアミノ酸レベルの相同性は、約41.9%である。なお、HaE66とある程度の相同性を有するアミノ酸配列を有する酵素であれば、AcE66との相同性が約30%未満であっても、コンドロイチンおよびコンドロイチン硫酸の分解活性を有する可能性がある。このようなHaE66との相同性は、約50%以上であることが好ましく、約60%以上であることがより好ましい。
【0066】
本発明者は、本実施の形態に係るアミノ酸配列(a)、アミノ酸配列(b)またはアミノ酸配列(c)を有するコンドロイチン分解用またはコンドロイチン硫酸分解用の酵素が、特に以下の(1)〜(3)の性質を有することを見いだした。
(1)ウイルスのエンベロープタンパク質である本酵素は、コンドロイチンおよびコンドロイチン硫酸に対して高い分解活性を有する。
(2)本酵素は、N末端側の一部を削除すると、コンドロイチンおよびコンドロイチン硫酸に対する分解活性がさらに高くなる場合がある。
(3)本酵素は、コンドロイチンおよびコンドロイチン硫酸に対する反応の特異性が高い。つまり、本酵素のコンドロイチンおよびコンドロイチン硫酸に対する分解活性は、本酵素のヒアルロン酸に対する分解活性に比べ、著しく高い(ヒアルロン酸に対する分解活性の約600倍)。
【0067】
本酵素は、さらに以下の性質も有する。
(4)本酵素は、デルマタン硫酸(DS)、ヘパリン(Hep)、ヘパラン硫酸(HS)、N−アセチルヘパロサン(HPR)に対する分解活性を有さない。
(5)本酵素は、pH4〜9の広い範囲で、80%以上の高い相対活性を示す。
(6)本酵素は、30〜60℃の広い範囲で、80%以上の高い相対活性を示す。
(7)本酵素は、二価金属塩やキレート剤が存在しても、活性に影響を受けにくい。また、
低濃度(150mM)のNaCl存在下では、酵素活性が低下しないが、高濃度(500mM)のNaCl存在下では、酵素活性が低下する。
(8)本酵素は、その分解特性により、高硫酸化オリゴ糖を特異的に産生する。
【0068】
(アミノ酸配列(a)、アミノ酸配列(b)またはアミノ酸配列(c)を有するコンドロイチン分解用またはコンドロイチン硫酸分解用の酵素の用途)
本実施の形態に係る酵素には、用途として、研究用試薬、医薬、農薬、オリゴ糖製造用酵素が挙げられる。以下、これらを順に説明する。
【0069】
本実施の形態に係る酵素は、各種の研究用試薬として利用できる。たとえば、本酵素は、きわめて高い基質特異性を持つことから、コンドロイチン硫酸の構造解析に利用できる。また、本酵素は、コンドロイチン硫酸の0Sおよび6S構造のみを切断することから、0Sおよび6S構造のみを切断することによる細胞や組織への影響を調べる研究用試薬としても有用である。また、本酵素は、ヒアルロン酸に対する分解活性がコンドロイチンに対する分解活性に比べて著しく低い(約600分の1)ことから、ヒアルロン酸を分解せずコンドロイチン硫酸を選択的に分解する酵素試薬としても利用できる。
【0070】
椎間板ヘルニアや脊椎損傷治療薬として微生物由来のコンドロイチナーゼABCが臨床治験されている。本実施の形態に係る酵素は、コンドロイチン硫酸に対する分解活性の特異性が高く、椎体軟骨のコンドロイチン硫酸を分解するが、関節膜などの周囲組織のヒアルロン酸はほとんど分解しない。そのため、本酵素を医薬として用いることにより、目的外の組織破壊や投与箇所からの漏出を防ぐことができる。また、本酵素のコンドロイチン硫酸に対する分解活性は、広いpH活性範囲を持ち、高温でも活性が維持されるなど安定性が高い。そのため、本酵素をコンドロイチン硫酸分解用の医薬として用いることにより、治療効果を高めることができる。
【0071】
バキュロウイルス核多角体は、昆虫(主に蛾の幼虫)の食物(草木葉)とともに採取される。バキュロウイルス核多角体は、塩基性のため昆虫の中腸に達すると多核体が解離し、溶出された包埋ウイルスが中腸上皮細胞に感染すると考えられている。本実施の形態に係る酵素は、包埋ウイルスのエンベロープタンパク質の1つである。昆虫消化管がコンドロイチン硫酸で防御されているとすると、その消化管膜のコンドロイチン硫酸を分解することにより、本酵素がウイルス感染を助けている可能性が高い。したがって、本酵素を単独で、または既知農薬と混合して散布すれば、昆虫の腸管膜透過性を亢進して、薬物浸透性を高めることができる。そのため、本酵素を含む有用な農薬(防虫剤)を開発できる。
【0072】
本実施の形態に係る酵素をコンドロイチン硫酸に作用させると、その分解特性から、高硫酸化オリゴ糖を特異的に産生する。高硫酸化オリゴ糖は、神経作用・免疫作用などの生理活性が期待されている。そのため、本酵素は、医薬として有用なオリゴ糖製造用酵素として利用可能である。
【0073】
[評価試験]
【0074】
(評価試験1:pHと酵素活性との関係)
pHを変化させて、発現精製タンパク質E66−67の酵素活性を測定した。酵素活性は上述のコンドロイチン分解酵素活性測定方法に準じて測定した。緩衝液として、Glycine−HCl(グリシン−塩酸:pH3〜5)、NaOAc−AcOH(酢酸−酢酸ナトリウム:pH5〜7)、NaK−PO(リン酸ナトリウム・カリウム:pH6〜7)、Tris−HCl(トリス−塩酸:pH7〜9)、CAPS−NaOH(pH9〜11)を用いた。緩衝液は、すべて最終濃度が50mMとなるように調製した。反応液には酵素水溶液と基質(コンドロイチン)溶液を加えるため、最終pHは緩衝液のpHとは異なると予想された。そのため、混合・反応後のpHを測定し、反応液のpHとした。232nmの紫外線吸収を測定し、ブランク値との吸光度差から分解活性を求め、最大活性(pH7付近)を100としたときの各pH溶液における相対活性値を算出した。
【0075】
図3は、各pH溶液における発現精製タンパク質E66−67の相対活性値を示すグラフである。発現精製タンパク質E66−67は、pH約4〜約9の範囲で、相対活性80%以上の高い酵素活性を示した。また、pH約3〜約10の範囲で、相対活性40%以上の酵素活性を示した。
【0076】
(評価試験2:反応温度と酵素活性との関係)
反応温度を変化させて、発現精製タンパク質E66−67の酵素活性を測定した。酵素活性はコンドロイチン分解酵素活性測定方法に準じて測定した。反応温度をそれぞれ4℃、16℃、25℃、30℃、37℃、45℃、52℃、60℃、65℃、70℃、および75℃にして30分間反応させ、232nmの紫外線吸収の吸光度変化を測定した。最大の活性を示した37℃における活性値を100としたときの各温度における相対活性(%)を算出した。
【0077】
図4は、各温度における発現精製タンパク質E66−67の相対活性(%)を示すグラフである。発現精製タンパク質E66−67の相対活性は、37℃で最高値を示したが、約30〜約60℃までの広い範囲で、80%以上の高い相対活性を示した。また、約14〜65℃までの範囲で、40%以上の相対活性を示した。
【0078】
(評価試験3:酵素活性における金属塩の影響)
発現精製タンパク質E66−67の反応液に金属塩等を添加して、酵素活性を測定した。酵素活性はコンドロイチン分解酵素活性測定方法に準じて測定したが、CaCl、MgCl、MnCl、CoCl、EDTA(最終濃度20mM)、NaCl(最終濃度150mMまたは500mM)のいずれか1つの金属塩等を追加して酵素反応を行った点が、コンドロイチン分解酵素活性測定方法と異なる。測定結果を表1に示す。表1に記載の相対活性(%)は、金属塩などを添加していない標準溶液(50mMリン酸緩衝液、pH6.8)の活性(100.0%)に対する比率である。
【0079】
【表1】

【0080】
二価金属塩(CaCl、MgCl、MnCl、CoCl)およびキレート剤(EDTA)の添加による酵素活性への影響は比較的小さかったが、CaClを添加した場合には7%以上、EDTAを添加した場合には約6%、それぞれ相対活性が上昇した。
【0081】
一方、NaClを添加した場合には、低濃度(150mM)では酵素活性が約7%上昇したが、高濃度(500mM)では酵素活性が40%近く低下した。
【0082】
(評価試験4:基質特異性)
発現精製タンパク質E66−67の酵素活性の基質特異性を、各種グリコサミノグリカン標品を用いて測定した。酵素活性はコンドロイチン分解酵素活性測定方法に準じて測定した。グリコサミノグリカン基質として、化学的脱硫酸化コンドロイチン(CH)、クジラ軟骨由来コンドロイチン硫酸(CSA)、サメ軟骨由来コンドロイチン硫酸(CSC)、ウシ鼻軟骨由来コンドロイチン硫酸(CST)、サメヒレ軟骨由来コンドロイチン硫酸(CSD)、イカ軟骨由来コンドロイチン硫酸(CSE)、ブタ皮膚由来デルマタン硫酸(DS)、ニワトリ鶏冠由来ヒアルロン酸(HA)、ブタ小腸由来ヘパリン(Hep)、ブタ腎臓由来ヘパラン硫酸(HS)、大腸菌K5由来N−アセチルヘパロサン(HPR)をそれぞれ100μg用い、分解活性を測定した。CHを基質にしたときの活性を100.0%とした場合の、それぞれの基質に対する相対活性(%)を表2に示す。
【0083】
【表2】

【0084】
発現精製タンパク質E66−67は、コンドロイチンに対して最も高い分解活性を示した。また、各種コンドロイチン硫酸(CSA、CSC、CST、CSD、CSE)に対しても、16〜30%程度の高い分解活性を示した。
【0085】
一方、発現精製タンパク質E66−67は、ヒアルロン酸(HA)に対してはコンドロイチンの約600分の1以下の分解活性(0.16%)しか示さなかった。上述のとおり、AcMNPVのODV−E66がヒアルロン酸の分解活性を有するとの報告がある(V.Vigdorovich, A.D.Miller, R.K.Strong, J. Virol.81(2007)3124−3129)。しかし、本評価試験により、発現精製タンパク質E66−67は、ヒアルロン酸(HA)に対してはわずかな分解活性しか有さず、コンドロイチンおよびコンドロイチン硫酸に対してはヒアルロン酸よりも著しく高い分解活性を有することが明らかとなった。
【0086】
表2の通り、E66−67はコンドロイチンに対する分解活性を100とした場合、ヒアルロン酸に対する活性は0.16%に過ぎなかった。E66−24もコンドロイチンに対する分解活性を100とした場合、ヒアルロン酸に対する活性は0.24%に過ぎず、E66−70もコンドロイチンに対する分解活性を100とした場合、ヒアルロン酸に対する活性は0.18%に過ぎなかった。
【0087】
また、発現精製タンパク質E66−67は、デルマタン硫酸(DS)、ヘパリン(Hep)、ヘパラン硫酸(HS)、N−アセチルヘパロサン(HPR)に対しては、全く分解活性を示さなかった。
【0088】
(評価試験5:分解産物の分析)
発現精製タンパク質E66−67を用いて、コンドロイチン(CH)およびコンドロイチン硫酸(CSA、CSC、CST、CSD、CSE)を基質(原料)として、一晩反応させた。反応生成物をSuperdex Peptideカラム(10×300mm、GEヘルスケア社製)でゲルろ過して、二糖画分、四糖画分、および多糖画分に分離した。四糖画分および多糖画分はさらにコンドロイチナーゼABCで完全に不飽和二糖に分解した。次に、二糖画分およびコンドロイチナーゼABCにより分解された四糖画分および多糖画分の二糖組成を、ポストカラム微量蛍光二糖分析HPLCシステム(Toypda H.et al.,J.Biol.Chem.275(2000)2269−2275)を使用して定量し、原料の二糖組成値と比較した。その結果を表3に示す。
【0089】
【表3】

【0090】
表3は、コンドロイチンおよびコンドロイチン硫酸それぞれにおける二糖組成を、原料および各画分ごとに百分率(%)で算出した結果である。表3に示すように、コンドロイチン(CH)の分解産物の二糖および四糖画分の二糖組成は、ほぼ完全に未硫酸化不飽和二糖(0S)であった。つまり、発現精製タンパク質E66−67は、コンドロイチン(CH)を、非還元末端が不飽和の二糖と四糖まで完全に分解した。
【0091】
一方、コンドロイチン硫酸(CSA、CSC、CST、CSD、CSE)の場合、二糖画分、四糖画分、多糖画分のいずれも検出された。つまり、二糖から不完全分解多糖体まで多様な分解産物が生成されることが確認された。
【0092】
それぞれのコンドロイチン硫酸の不飽和二糖画分を分析すると、実質的には未硫酸化二糖(0S)とGalNAc残基6位硫酸化二糖(6S)だけしか検出されなかった。また、四糖画分の二糖組成を解析すると、いずれのコンドロイチン硫酸においても、少なくとも50%は0Sと6Sが占めていた。逆に分解が不完全な多糖画分の二糖組成は、原料のコンドロイチン硫酸の二糖組成に比べ、GalNAc残基4位硫酸化二糖(4S)および多硫酸化二糖(SE、SD、triS)の割合が増加していた。つまり、ODV−E66は、その分解特性により、高硫酸化オリゴ糖を特異的に産生することが明らかとなった。
【0093】
(評価試験6:BmE66およびHaE66のコンドロイチン/コンドロイチン硫酸分解酵素活性)
カイコ(Bombyx mori)のバキュロウイルス(BmNPV)およびオオタバコガ(Helicoverpa armigera)のNPV(HearSNPV)のDNAを鋳型として使用した。AcMNPVの発現精製タンパク質E66−67に対応するように、ODV−E66のORFのうちそれぞれN末端のアミノ酸残基の一部を欠くDNAフラグメントをPCR法にて取得した(BmE66は、アクセッション番号NP_047452のアミノ酸配列の第65残基〜第702残基、HaE66は、アクセッション番号NP_203651のアミノ酸配列の第37残基〜第672残基)。BmNPVでは、ORFの第65残基〜第702残基に相当する5’末端および3’末端配列を持つオリゴヌクレオチド(5’−CGTGTGCCATATGGCTTTTCAGCAAAACAACATTCAAG−3’と5’−CGCGGATCCTTACACAATTTCAAAAATAAATTGTAAATC−3’)をプライマーとした。HearSNPVでは、ORFの第37残基〜第672残基に相当する5’末端および3’末端配列を持つオリゴヌクレオチド(5’−GGAATTCCATATGGTGCTGCCTGCGCCCCCACAAGATG−3’および5’−CGCGGATCCTTATATTTTAAATTTAAACTGATTAGCG−3’)をプライマーとした。得られたDNAフラグメントと、N末端にHis6−タグを持つ発現ベクターpET15bとをライゲーション後、In−Fusion クローニングキット(クロンテック社)を用いてクローニングを行い、各ウイルス由来の発現用プラスミド(pET−BmE66およびpET−HaE66)を得た。
【0094】
これらの発現ベクターをBL21(DE3)大腸菌株に形質転換(トランスフォーメーション)し、その形質転換株を50μg/mlのアンピシリン含有2×TY培地(200ml)中にて、37℃で3〜4時間培養した。次に、イソプロピルチオ−β−D−ガラクトシド(IPTG)を最終濃度1mMになるように添加後、26℃でさらに16時間培養した。培養液を遠心分離し、菌体を集め、1mM MgCl、1mM ジチオスレイトール、0.4mM PMSF、0.5%Triton X100、および0.15M NaCl含有20mMリン酸緩衝液(pH7.4)に懸濁し、40mg/mlのリゾチーム溶液100μlを添加し、氷冷下にて30分間静置した後、超音波処理により菌体を破砕した。遠心上清をNi Sepharose(GEヘルスケア社)カラム(1ml)にアプライし、20mMイミダゾール、0.5M NaCl含有20mMリン酸緩衝液(pH7.4)5mlで洗除後、500mMイミダゾール、0.5M NaCl含有20mMリン酸緩衝液(pH7.4)で溶出した。
【0095】
AcE66と同様にして溶出酵素液中の発現タンパク質濃度を測定し、各発現タンパク質濃度を調整した。各発現タンパク質0.2μgと、化学的に脱硫酸化したコンドロイチン、クジラ軟骨由来CSA、またはサメ軟骨由来CSC(いずれも生化学工業社製)100μgとを、50mMのリン酸緩衝溶液(pH6.8)50μl中にて、37℃で1時間反応させた後、100℃にて1分間加熱処理し、室温まで冷却した。あらかじめ加熱処理して失活させた酵素検体を用いた反応液をブランクとして、波長232nmの紫外吸収値を測定した。不飽和グルクロン酸のモル吸光係数を5500として、分解により生成した不飽和グルクロン酸残基量を算出して、コンドロイチン分解酵素活性とした。
【0096】
その結果、表2に示したAcE66のCHに対する活性を100とした場合、それぞれの相対活性は、BmE66では、CHで約73.2、CSAで約13.0、CSCで約25.6であった。また、HaE66では、CHで約69.7、CSAで約5.3、CSCで約22.5であった。つまり、AcE66と約92.7%の相同性を有するBmE66だけではなく、相同性が約41.9%と比較的低いHaE66でも、コンドロイチンおよびコンドロイチン硫酸に対して高い活性を有することが明らかとなった。
【0097】
以上、本発明を上述の実施の形態や各評価試験を参照して説明したが、本発明は上述の実施の形態や各評価試験に限定されるものではなく、実施の形態や各評価試験の構成を適宜組み合わせたものや置換したものについても本発明に含まれるものである。また、当業者の知識に基づいて実施の形態や各評価試験における組合せや工程の順番を適宜組み替えることや各種の設計変更等の変形を実施の形態に対して加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施の形態や各評価試験も本発明の範囲に含まれうる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の(a)、(b)または(c)のアミノ酸配列を有するコンドロイチン分解用またはコンドロイチン硫酸分解用の酵素。
アクセッション番号AAA81587のアミノ酸配列(a);
前記アミノ酸配列(a)の部分アミノ酸配列(b);
前記アミノ酸配列(a)または前記部分アミノ酸配列(b)をコードするDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによってコードされるアミノ酸配列(c)
【請求項2】
前記部分アミノ酸配列(b)が、前記アミノ酸配列(a)の少なくとも第1〜第23残基までを欠失させた配列である請求項1に記載の酵素。
【請求項3】
コンドロイチンまたはコンドロイチン硫酸に対する分解活性が、ヒアルロン酸に対する分解活性よりも高い請求項1または2に記載の酵素。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の酵素を含む試薬。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の酵素を用いてコンドロイチンまたはコンドロイチン硫酸を分解する分解方法。
【請求項6】
分解時のpHが4〜9である請求項5に記載の分解方法。
【請求項7】
分解時の温度が30〜60℃である請求項5または6に記載の分解方法。
【請求項8】
500mM未満のNaCl濃度にて分解する請求項5〜7のいずれか1項に記載の分解方法。
【請求項9】
請求項5〜8のいずれか1項に記載の分解方法にてコンドロイチン硫酸を分解してオリゴ糖を生成する高硫酸化オリゴ糖の製造方法。
【請求項10】
請求項9に記載の製造方法によって得られる高硫酸化オリゴ糖を含む組成物。
【請求項11】
下記の(a)、(b)または(d)のアミノ酸配列を有するコンドロイチン分解用またはコンドロイチン硫酸分解用の酵素。
アクセッション番号AAA81587のアミノ酸配列(a);
前記アミノ酸配列(a)の部分アミノ酸配列(b);
前記アミノ酸配列(a)との相同性が30%以上であるアミノ酸配列(d)
【請求項12】
前記アミノ酸配列(d)の前記アミノ酸配列(a)との相同性が40%以上である請求項11に記載の酵素。
【請求項13】
請求項11または12に記載の酵素を含む試薬。
【請求項14】
請求項11または12に記載の酵素を用いてコンドロイチンまたはコンドロイチン硫酸を分解する分解方法。
【請求項15】
請求項14に記載の分解方法にてコンドロイチン硫酸を分解してオリゴ糖を生成する高硫酸化オリゴ糖の製造方法。
【請求項16】
請求項15に記載の製造方法によって得られる高硫酸化オリゴ糖を含む組成物。

【図2】
image rotate

【図1】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2012−175969(P2012−175969A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−6544(P2012−6544)
【出願日】平成24年1月16日(2012.1.16)
【出願人】(506111240)学校法人 愛知医科大学 (6)
【Fターム(参考)】