説明

サラウンド・サウンド・システムおよびそのための方法

サラウンド・サウンド・システムが、少なくとも一つのサラウンド・チャンネルを含むマルチチャンネル空間信号を受領する受領器(301)を有する。表面の反射を介して聴取位置(111)に達するよう該表面に向けて超音波を放出する指向性超音波トランスデューサ(305)が使用される。超音波信号は特に、名目上の聴取者の横、上または背後から聴取位置に到達してもよい。第一の駆動ユニット(303)が、前記サラウンド・チャンネルから、前記指向性超音波トランスデューサ(301)のための駆動信号を生成する。サラウンド・サウンド信号を提供するために超音波トランスデューサを使うことによって、スピーカーがたとえばユーザーの前方に位置されることを許容しつつ、改善された空間的経験が提供できる。特に、超音波ビームは、通常のオーディオ・ビームよりずっと狭く、よく定義されているので、それだけ所望される反射を与えるようよりよく方向付けることができる。いくつかのシナリオでは、超音波トランスデューサ(305)は可聴範囲ラウドスピーカー(30)によって補足されてもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はサラウンド・サウンド・システムに、より詳細には、これに限られないが、ホーム・シネマ・サラウンド・サウンド・システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、二つより多くのチャンネルからの空間的なサウンドの提供がますます普及してきている。さまざまなサラウンド・サウンド・システムの幅広い人気がその証左となっている。たとえば、ホーム・シネマ・システムの人気が高まったため、多くの個人家庭において、サラウンド・サウンド・システムが普通のものとなる結果となった。しかしながら、従来のサラウンド・サウンド・システムでの問題は、好適な位置に位置される多数の別個のスピーカーを必要とするということである。
【0003】
たとえば、従来のドルビー5.1サラウンド・サウンド・システムは、前方の中央、右、左のスピーカーのほか右および左後方のスピーカーを必要とする。さらに、低周波数サブウーファーも使用されうる。
【0004】
スピーカーの数の多さはコストを増すばかりでなく、ユーザーにとって、実用性が低下し、不便さが増すことにつながる。特に、聴取者の前方および後方のさまざまな位置にあるラウドスピーカーが必要とされることは一般には欠点であると考えられる。後方のラウドスピーカーは、必要とされる配線および部屋の内部に課される物理的な影響のため、特に問題である。
【0005】
この問題を緩和するため、サラウンド・サウンド・システムを再現またはエミュレートするのに好適だが、より少数のスピーカー位置を使うスピーカー・セットを生成するための研究がなされてきた。そのようなスピーカー・セットは、サウンド環境内のオブジェクトからの反射を介してユーザーに到達することになる方向に音を方向付けるよう指向性の音放射を使う。たとえば、可聴信号は、側壁の反射を介して聴取者に達し、それにより聴取者の横(またさらには背後)で音が発しているような印象をユーザーに提供するよう、方向付けられることができる。
【0006】
しかしながら、仮想音源を提供するそのようなアプローチは、聴取者の背後に位置される本物の源ほど堅牢ではない傾向があり、低下した音質および低下した空間的体験を与える傾向がある。実際、所望される仮想音源位置を達成する所望される反射を提供するために可聴信号を正確に方向付けることは、しばしば困難である。さらに、ユーザーの背後から受け取られるよう意図された可聴信号はまた、直接経路または代替的な意図されない経路を介してもユーザーに達する傾向があり、それにより空間的な体感を劣化させる。
【0007】
よって、改善されたサラウンド・サウンド・システム有利であろう。特に、実装を容易にし、セットアップを容易にし、スピーカーの数を減らし、空間的経験を改善し、音質を改善し、および/またはパフォーマンスを改善することを許容するシステムが有利であろう。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】F. Joseph Pompei, "Sound from Ultrasound: The Parametric Array as an Audible Sound Source", Massachusetts Institute of Technology、2002、博士論文
【非特許文献2】Berktay, H. O. (1965)、Possible exploitation of non-linear acoustics in underwater transmitting applications、 J. Sound Vib.、(2)、435-461
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
よって、本発明は、上述した欠点の一つまたは複数を単独でまたは任意の組み合わせにおいて好ましくは緩和、軽減または解消しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のある側面によれば、サラウンド・サウンド・システムであって:少なくとも一つのサラウンド・チャンネルを含むマルチチャンネル空間信号(spatial signal)を受領する回路と;表面の反射を介して聴取位置に達するよう該表面に向けて超音波を放出する指向性超音波トランスデューサと;前記サラウンド・チャンネルのサラウンド信号から、前記指向性超音波トランスデューサのための第一の駆動信号を生成するための第一の駆動回路とを有するシステムが提供される。
【0011】
本発明は、改善されたサラウンド・サウンド・システムを提供しうる。特に、本システムは、スピーカーが聴取者の背後や横に位置されることを要求することなく、仮想サラウンド音源を提供でき、システムにおけるスピーカーまたはスピーカー位置の数を減らすことができる。改善された仮想サラウンド音源が提供されうる。従来の可聴帯域信号ではなく高度に指向性の超音波信号が使われる。従来の可聴帯域信号では同じ度合いまで制御することはできない。このアプローチは、指向性超音波トランスデューサから聴取者までの意図されない信号経路に起因する空間的劣化を軽減することを許容しうる。たとえば、指向性超音波トランスデューサは、聴取者の前方だが、反射のための壁に向かって聴取者から離れるよう角度をもって位置されてもよい。そのようなシナリオにおいて、指向性超音波トランスデューサの実際の位置から発するよう知覚される音の量は、ずっと低下し、しばしば取るに足りないほどになる。特に、仮想サラウンド・サウンドを生成するためのずっと狭い、よく定義されたオーディオ・ビームが達成されることができ、それにより改善された制御および改善された空間的体験が生成できる。
【0012】
本発明は、多くの実施形態において、容易な操作および実装を許容しうる。多くのシナリオにおいて、低コストのサラウンド・サウンド・システムが達成されうる。
【0013】
サラウンド・チャンネルとは、前方チャンネルではない任意の空間的チャンネルであってよい。特に、前方左チャンネル、前方右チャンネルまたは前方中央チャンネルではない任意のチャンネルであってもよい。サラウンド・チャンネルは具体的には、聴取者の横または背後の音源によるレンダリングのためのチャンネル、特に前方中央方向への方向(たとえば、聴取位置から前方中央チャンネル・スピーカー位置への方向に対応)に対して45°を超える角度でのレンダリングのために意図されたチャンネルであってもよい。
【0014】
指向性超音波トランスデューサは、聴取者の前方に位置されていてもよい。特に、指向性超音波トランスデューサは、前方中央方向への方向(たとえば、聴取位置から前方中央チャンネル・スピーカー位置への方向に対応)に対して45°より小さい角度に位置されていてもよい。指向性超音波トランスデューサの位置は、たとえば左前方スピーカー位置および右前方スピーカー位置より外側ではなくてもよい。
【0015】
本発明の任意的な特徴によれば、サラウンド・サウンド・システムはさらに、可聴範囲ラウドスピーカー(audio range loudspeaker)と;前記サラウンド信号から前記可聴範囲ラウドスピーカーのための第二の駆動信号を生成するための第二の駆動回路とを有する。
【0016】
これは、多くの実施形態において改善されたパフォーマンスを提供することができ、特に、多くのシナリオにおいて改善された音質を提供できる。指向性超音波トランスデューサおよび可聴範囲ラウドスピーカーは協働して、たとえばよりよい品質の音および/または増大したサウンド・レベルを提供しうる。可聴範囲ラウドスピーカーは多くのアプリケーションにおいて、改善された低周波数音質を提供しうる。指向性超音波トランスデューサおよび可聴範囲ラウドスピーカーは、サラウンド・サウンド・チャンネルのための、改善された組み合わされた指向性および音質を提供するよう協働しうる。
【0017】
指向性超音波トランスデューサからのサウンド信号は、ユーザーに主たる空間的手がかりを提供しうる。一方、可聴範囲ラウドスピーカーは、指向性超音波トランスデューサから典型的に得られるより、特に低周波数において高い品質の音を提供することによって、改善された音質を提供しうる。
【0018】
指向性超音波トランスデューサおよび可聴範囲ラウドスピーカーは、特に、共位置であってもよい。たとえば、指向性超音波トランスデューサおよび可聴範囲ラウドスピーカーの中心は、互いから1メートルまたはたとえば50cm以内であってもよい。指向性超音波トランスデューサおよび可聴範囲ラウドスピーカーは、単一のラウドスピーカー・キャビネットに組み合わされてもよい。いくつかの実施形態では、指向性超音波トランスデューサおよび可聴範囲ラウドスピーカーのための軸上(on-axis)方向は、互いに対して角度をなしていてもよい(たとえば10°を超える角度)。これは、可聴範囲ラウドスピーカーからの信号についてはより直接的な経路を提供しつつ、たとえば横方向または後ろ方向から聴取者に到達するよう、超音波信号のある表面に向けた改善された方向付けを許容しうる。
【0019】
可聴範囲ラウドスピーカーは特に、電気力学的な(典型的には正面放射の)ラウドスピーカーのような従来のオーディオ・スピーカーであってもよい。可聴範囲ラウドスピーカーは特に、10kHzより低い動作周波数範囲を有していてもよい。これは、可聴範囲ラウドスピーカーが、サラウンド信号を呈示するときに指向性超音波トランスデューサを補完するためだけに使われるシナリオについて成り立ちうる。しかしながら、可聴範囲ラウドスピーカーが他の目的(たとえば前方サイド・チャンネルを呈示するなど)にも使用されるようなシナリオでは、動作周波数はより高い周波数に広がってもよい。
【0020】
本発明のある任意的な特徴によれば、サラウンド・サウンド・システムはさらに、前記サラウンド信号に由来する前記第二の駆動信号の第二の信号成分の、前記サラウンド信号に由来する前記第一の駆動信号の第一の信号成分に対する遅延を導入する遅延回路を有する。
【0021】
これは、改善されたパフォーマンスを提供することができ、前記サラウンド信号がより明瞭に超音波信号の方向から、すなわち典型的には聴取者の横、後または上でありうる反射される方向から発するよう知覚されることを達成することによって、改善された空間的知覚を許容しうる。遅延は、特に、指向性超音波トランスデューサからの信号が、可聴範囲ラウドスピーカーからの信号より前に受領されるようなものであってもよい。それにより、より多くの空間的手がかりが提供される。
【0022】
本アプローチは、高いオーディオ品質を維持しつつ改善された空間的経験および改善されたサラウンド・サウンド方向性知覚を提供するために先着効果またはハース効果を使用してもよい。遅延は、特に、1ミリ秒から100ミリ秒の区間内であってもよい。
【0023】
本発明のある任意的な特徴によれば、遅延は、指向性超音波トランスデューサから聴取位置までの伝送経路と、可聴範囲ラウドスピーカーから聴取位置までの直接経路との間の伝送経路遅延差より、高々40ミリ秒大きいだけである。
【0024】
これは、改善されたパフォーマンスを提供でき、特に、受領される超音波信号の方向にある単一源であると知覚されるサラウンド信号を提供しうる。このように、指向性超音波トランスデューサおよび可聴範囲ラウドスピーカーが、超音波信号が受け取られる方向に位置される単一のラウドスピーカーのように感じられることを許容しうる。いくつかの実施形態では、改善されたパフォーマンスは、16ミリ秒未満、あるいはさらに5ミリ秒未満の対応する相対遅延について達成されうる。
【0025】
本発明のある任意的な特徴によれば、遅延回路は、伝送経路遅延値に応答して遅延を変化させるよう構成される。伝送経路遅延値は、指向性超音波トランスデューサから聴取位置までの伝送経路の遅延を示す。
【0026】
これは、改善されたパフォーマンスを提供でき、特に、受領される超音波信号の方向にある単一の源であると知覚されるサラウンド信号を提供しうる。このように、指向性超音波トランスデューサおよび可聴範囲ラウドスピーカーが、超音波信号が受け取られる方向に位置される単一のラウドスピーカーのように感じられることを許容しうる。伝送経路遅延値に特に合うよう遅延を変えることにより、改善された空間的かつ単一の源知覚が達成されうる。
【0027】
伝送経路遅延値はたとえば、測定(たとえば聴取位置におけるマイクロホンを使う測定)によって決定されてもよいし、あるいは、たとえばユーザーが可聴範囲ラウドスピーカーから聴取位置までの距離を示すことによって、たとえば手動で較正されてもよい。
【0028】
本発明のある任意的な特徴によれば、遅延回路は、音源位置値に応答して遅延を変化させるよう構成される。
【0029】
遅延は、可聴範囲ラウドスピーカーおよび指向性超音波トランスデューサの両方からの信号によって決定される空間的知覚を調整するために変更されてもよい。特に、両信号によって提供される空間手がかりが組み合わされて、可聴範囲ラウドスピーカーの方向と反射された超音波信号の到着方向との中間の音源方向の空間的知覚を提供してもよい。
【0030】
本発明のある任意的な特徴によれば、前記サラウンド信号から前記第一の駆動信号を生成するための第一の通過帯域周波数区間は、前記サラウンド信号から前記第二の駆動信号を生成するための第二の通過帯域周波数区間とは異なる。
【0031】
これは、多くのシナリオにおいてオーディオ品質を改善でき、特に、改善され、より均質な組み合わされた信号を聴取者に提供するために使用されうる。
【0032】
本発明のある任意的な特徴によれば、前記第一の通過帯域周波数区間についての上(upper)カットオフ周波数は、前記第二の通過帯域周波数区間についての上(upper)カットオフ周波数より高い。
【0033】
これは、多くのシナリオにおいてオーディオ品質を改善しうる。
【0034】
本発明のある任意的な特徴によれば、前記第二の駆動回路は低域通過フィルタを有する。
【0035】
これは、多くのシナリオにおいてオーディオ品質を改善しうる。多くのシナリオにおいて、低域通過フィルタは有利には、600Hzから1kHzの区間内に、あるいは特に750Hzから850Hzまでの区間内に、上(たとえば6dB)カットオフ周波数をもちうる。
【0036】
本発明のある任意的な特徴によれば、前記第二の駆動回路はさらに、前記マルチチャンネル空間信号のある前方チャンネルから前記第二の駆動信号を生成するよう構成される。
【0037】
これは、多くの実施形態において、改善されたおよび/または低下した複雑さのサラウンド・サウンド・システムを提供しうる。特に、前方チャンネルのためと、サラウンド・チャンネルを提供するときに指向性超音波トランスデューサを補完するための両方に同じスピーカーが使用されうるので、スピーカー数を減らすことを許容しうる。この前方チャンネルは特に、前方左チャンネル、前方右チャンネルまたは前方中央チャンネルであってもよい。
【0038】
本発明のある任意的な特徴によれば、サラウンド・サウンド・システムはさらに、指向性超音波トランスデューサの軸上(on-axis)方向を、可聴範囲ラウドスピーカーの軸上方向に対して、変える手段を有する。
【0039】
これは、多くのシナリオにおいて改善されたパフォーマンスを提供でき、特に、可聴範囲ラウドスピーカーがたとえば直接経路によって聴取者に到達するのを許容しながら、最善の反射された経路を提供するよう超音波信号の方向を最適化することを許容することによって、改善された空間的経験を許容しうる。軸上方向を変える前記手段は、軸上方向を変える回路であってもよい。
【0040】
本発明のある任意的な特徴によれば、サラウンド・サウンド・システムはさらに、マイクロホンから測定信号を受領する回路と;前記測定信号に応答して、前記サラウンド信号に由来する前記第二の駆動信号の第二の信号成分のレベルを、前記サラウンド信号に由来する前記第一の駆動信号の第一の信号成分に比して、適応させる回路とを有する。
【0041】
これは、多くのシナリオにおいて改善されたパフォーマンスを提供でき、特に、改善されたオーディオ品質を許容しうる。特に、可聴範囲ラウドスピーカーによって主としてサポートされる周波数範囲と指向性超音波トランスデューサによって主としてサポートされる周波数範囲との間のよりなめらかなクロスオーバーを許容しうる。
【0042】
本発明のある任意的な特徴によれば、前記サラウンド信号に由来する前記第二の駆動信号の第二の信号成分と、前記サラウンド信号に由来する前記第一の駆動信号の第一の可聴信号成分との、規格化された遅延補償された相関は、0.50以上である。
【0043】
これは、いくつかの実施形態において、改善されたパフォーマンスおよび/または低下した複雑さを提供しうる。いくつかのシナリオでは、第一および第二の信号成分は実質的に同一であってもよい。遅延補償は、特に、前記第一の信号成分に対する前記第二の信号成分の意図的な遅延を補償しうる。遅延補償は、(遅延を変化させたときに)最も高い遅延補償された相関を見出すことに対応しうる。前記相関は、前記第一および/または第二の信号成分の前記振幅、パワーおよび/またはエネルギーに対して規格化されてもよい。
【0044】
本発明のある任意的な特徴によれば、サラウンド・サウンド・システムはさらに、マイクロホンから測定信号を受領する回路と;前記測定信号に応答して指向性超音波トランスデューサの軸上方向を適応させる回路とを有する。
【0045】
これは、多くのシナリオにおいて改善されたパフォーマンスを提供でき、特に、最善の反射された経路を聴取者に提供するよう超音波信号の方向を最適化することを許容することによって、改善された空間的経験を許容しうる。
【0046】
本発明のある側面によれば、表面の反射を介して聴取位置に達するよう該表面に向けて超音波を放出する指向性超音波トランスデューサを有するサラウンド・サウンド・システムの動作方法であって:少なくとも一つのサラウンド・チャンネルを有するマルチチャンネル空間信号を受領する段階と;前記サラウンド・チャンネルのサラウンド信号から、前記指向性超音波トランスデューサのための第一の駆動信号を生成する段階とを含む方法が提供される。
【0047】
本発明のこれらおよび他の側面、特徴および利点は、以下に記載される実施形態を参照することから明白となり、明快にされるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0048】
本発明の実施形態について、単に例として、図面を参照しつつ述べる。
【図1】通常のサラウンド・サウンド・システムのためのスピーカー・システム・セットアップの図解である。
【図2】本発明に基づくサラウンド・サウンド・システムのためのスピーカー・システム・セットアップの例の図解である。
【図3】本発明に基づくサラウンド・サウンド・システムの要素の例の図解である。
【図4】本発明に基づくサラウンド・サウンド・システムの駆動回路の要素の例の図解である。
【図5】本発明に基づくサラウンド・サウンド・システムの駆動回路の要素の例の図解である。
【図6】本発明に基づくサラウンド・サウンド・システムのためのスピーカー・システム・セットアップの例の図解である。
【図7】Aは、動的利得関数の周波数領域の図の例を示す図である。小さな振幅ではクロスオーバー周波数ができるだけ低くなるよう選ばれる。Bは、より高い出力のSPLを許容するようクロスオーバー周波数が高められる動的利得関数の周波数領域の図の例を示す図である。
【図8】Aは、低振幅のセッティングについて、音響心理学的に最適な動的利得を生成する例示的な方法の周波数領域表現を示す図である。Bは、高振幅のセッティングについて、音響心理学的に最適なダイナミック利得を生成する例示的な方法の周波数領域表現を示す図である。
【図9】本発明に基づく動的利得関数をもつサラウンド・サウンド・システムの要素の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0049】
以下の記述は、5空間チャンネルのサラウンド・サウンド・システムに適用可能な本発明の諸実施形態に焦点を当てている。しかしながら、本発明はこの応用に限定されるものではなく、たとえば7つまたさらにはそれ以上の空間チャンネルを含む、他の多くのサラウンド・サウンド・システムに適用されうることは理解されるであろう。
【0050】
図1は、ホーム・シネマ・システムのような通常の5チャンネル・サラウンド・サウンド・システムにおけるスピーカー・システム・セットアップを示している。このシステムは、中央前方チャンネルを与える中央スピーカー101と、左前方チャンネルを与える左前方スピーカー103と、右前方チャンネルを与える右前方スピーカー105と、左後方チャンネルを与える左後方スピーカー107と、右後方チャンネルを与える右後方スピーカー109とを有する。5つのスピーカー101〜109は一緒になって、聴取位置111における空間的サウンド体験を提供し、この位置にいる聴取者が、取り囲むような(surrounding)没入的な(immersive)サウンド体験をできるようにする。多くのホーム・シネマ・システムでは、システムはさらに、低周波数効果(LFE: Low Frequency Effect)チャンネルのためのサブウーファーを含んでいてもよい。
【0051】
ラウドスピーカーが聴取位置の横または背後に位置される必要は、典型的には、きわめて不都合であると考えられる。それは、追加的なラウドスピーカーが不便な位置に位置されることを要求するのみならず、それらのラウドスピーカーが、典型的にはホーム・シネマ電力増幅器〔パワー・アンプ〕のような駆動源と接続されることも要求するからである。典型的なシステム・セットアップでは、サラウンド・ラウドスピーカー位置107、109から、典型的には前方スピーカー101、103、105近くに位置される増幅器ユニットまで線を走らせることが要求される。これは、サウンド経験のために最適化されたりサウンド経験専用にされたりしていない環境における幅広いアピール力および応用をもつことが意図されるホーム・シネマ・システムのような製品にとっては特に不都合である。
【0052】
図2は、本発明のいくつかの実施形態に基づくスピーカー・システム・セットアップの例を示している。この例では、前方ラウドスピーカー、つまり左前方ラウドスピーカー103、中央ラウドスピーカー101および右前方ラウドスピーカー105が聴取位置111の前方に音像を提供する。しかしながら、図2のシステムでは、サラウンド・サウンド信号は、ユーザーの後方に位置される別個のラウドスピーカーによって提供されるのではなく、聴取位置111の前方に位置されるラウドスピーカー201、203によって提供される。この特定の例では、左サラウンド・スピーカー201は左前方スピーカー103の隣に位置され、右サラウンド・スピーカー203は右前方スピーカー105の隣に位置される。
【0053】
この例では、サラウンド・スピーカー201、203が放射するサウンド信号205、207は横の壁209、211および後方の壁213によって反射されて、聴取者の後方の方向から聴取位置111に到達する。このように、後方サラウンド・スピーカー201、203が提供するサラウンド信号205、207は、背後から発しているように聴取者には感じられる。この効果は、後方サウンド信号205、207を、壁209、211、213によって反射されるように放射することによって達成される。この特定の例では、サラウンド・サウンド信号205、207は聴取位置に、主として二つの、つまり側壁209、211および後方の壁213の壁反射を介して、到達する。しかしながら、他の実施形態およびシナリオはより少数またはより多数の反射を含んでいてもよいことは理解されるであろう。たとえば、サラウンド信号205、207は、側壁209、211の単一の反射によって聴取位置111に到達し、それによりユーザーの横にある知覚される仮想音源を提供するよう放射されてもよい。
【0054】
しかしながら、図2のシステムでは、サラウンド・サウンド信号205、207は通常のオーディオ・サウンド信号ではなく、超音波信号として放射される。よって、本システムは、超音波サラウンド・サウンド信号205、207を放射する超音波ラウドスピーカーを用いる。
【0055】
そのような超音波トランスデューサは高度に指向性の音波ビームをもつ。一般に、ラウドスピーカーの指向性(狭さ)は、波長に比べたラウドスピーカーの大きさに依存する。可聴音は、数インチないし数フィートの範囲の波長をもち、これらの波長はたいていのラウドスピーカーの大きさに匹敵するので、音は一般に全方向的に伝搬する。しかしながら、超音波トランスデューサについては、波長はずっと短く、よって放射される波長よりずっと大きな音源を創り出すことが可能であり、その結果、非常に狭く、高度に指向性のビームが形成される。
【0056】
そのような高度に指向性のビームはずっとよく制御でき、図2のシステムでは、部屋の壁209〜213のよく定義された反射を介して聴取位置111に向けられることができる。反射音は耳に届き、聴取者に部屋の背後に位置した音源があるという知覚を与える。同様に、超音波ビームを側壁または天井に向けることにより、それぞれ聴取者の横および上にある知覚される音源を生成することができる。
【0057】
このように、図2のシステムは、聴取位置の前方に位置するサラウンド・スピーカー201、203またはその一部として、非常に指向性の音波ビームをもつ超音波トランスデューサを使う。この超音波ビームは簡単に部屋の横または後の壁209〜213に向けることができ、それにより反射音が聴取者の耳に届いて部屋の後に位置される音源があるという知覚を提供する。
【0058】
超音波信号205、207は特に、サラウンド・チャンネルのオーディオ信号によって超音波搬送波信号を振幅変調することによって生成される。次いでこの変調された信号がサラウンド・スピーカー201、203から放射される。超音波信号は人間の聴取者によって直接知覚可能ではないが、変調オーディオ信号は、何ら特定の機能、受信機または聴取装置を必要とすることなく自動的に可聴になる。具体的には、トランスデューサから聴取者へのオーディオ経路におけるいかなる非線形性も、復調器の作用をすることができ、それにより超音波搬送波信号を変調するために使われたもとのオーディオ信号を再生成することができる。そのような非線形性は、伝送経路において自動的に生じうる。具体的には、伝送媒体としての空気は本来的に非線形な特性を示し、その結果、超音波が可聴になる。このように、今の例では、空気自身の非線形な性質により、高強度超音波信号からのオーディオ復調が引き起こされる。このように、超音波信号は自動的に復調されて、聴取者にオーディオ・サウンドを提供できる。代替的または追加的に、非線形性は追加的手段によって提供されてもよい。たとえば、聴取位置に(たとえば比較的制約された聴取ゾーンを提供するために上から)トーン超音波信号も放射されてもよい。すると、二つの超音波信号の混合の結果、オーディオ信号の復調および再生成が起こることができる。
【0059】
オーディオ放射のための超音波トランスデューサの使用の例およびさらなる説明は、たとえば非特許文献1に見出されうる。
【0060】
サラウンド・チャンネルの超音波放射の使用は、非常に狭いビームを提供する。これにより、反射がよりよく定義され、制御され、特に聴取位置に到着する角度のより正確な制御を提供できる。このように、本アプローチは、サラウンド音源の仮想的な知覚される位置が、ずっとよく定義され、制御されることを許容しうる。さらに、超音波信号の使用は、そのような位置が、点源により近い、すなわち広がりがより少ないと知覚されることを許容しうる。また、超音波トランスデューサの狭いビームは、他の経路に沿った音波の放射を減らし、特に、直接経路を通じて聴取位置に到達するいかなる音のサウンド・レベルも低下させる。
【0061】
したがって、記載されるアプローチは、実質的によりよく定義された仮想サラウンド・サウンド位置がユーザーによって知覚されることを提供する。特に、聴取者に与えられる空間的方向手がかりは実質的により正確であり、より均質であり、背後の(または聴取者の側方の)音源位置と整合する。
【0062】
今の個別例では、サラウンド・ラウドスピーカー201、203は単に超音波トランスデューサを含む、あるいは超音波信号だけを放射するのではない。むしろ、各サラウンド・ラウドスピーカー201、203は、壁のほうに超音波205、207を放出する指向性超音波トランスデューサと可聴周波数範囲(たとえば5〜10kHz未満)の音を放射する可聴範囲ラウドスピーカーの両方を含むスピーカー装置を有する。
【0063】
具体的には、そのような超音波アプローチを使うことから帰結するオーディオ音質は、いくつかの実施形態およびシナリオでは、最適ではない。超音波搬送波が復調されて変調オーディオ信号を可聴にするプロセスは非効率的である傾向があり、本来的に非線形だからである。したがって、超音波ラウドスピーカーは、典型的には最適に満たない音質を生じる傾向があり、また、パワー・ハンドリング・キャパシティー(power handling capacity)が低い傾向もあり、それにより高いサウンド・レベルを生じることが難しくなる。
【0064】
図2のシステムでは、超音波トランスデューサが、サラウンド・チャンネルからの音の一部をさらに放射する前方放射の電気力学式ラウドスピーカーによって補足されることによって、この効果が緩和される。この可聴帯域信号放射は、直接経路を介して聴取位置111に到達しうる。こうして、反射された超音波信号205、207に加え、サラウンド・ラウドスピーカー201、203は、特に、直接経路によって聴取者に到達しうる可聴帯域信号215、217をも生成しうる。
【0065】
このように、本システムでは、聴取位置111にいる聴取者によって知覚される左サラウンド・チャンネルの音は、復調された超音波信号205と直接の可聴帯域信号215の組み合わせである。同様に、前記聴取位置にいる聴取者によって知覚される右サラウンド・チャンネルの音は、復調された超音波信号207と直接の可聴帯域信号217の組み合わせである。
【0066】
指向性超音波トランスデューサを補足するために可聴範囲ラウドスピーカーを使うことは、多くの実施形態において改善された音質を提供する。特に、より低い周波数において改善された音質を提供しうる。そのような低めの周波数は典型的には、より高い周波数ほど多くの空間的手がかりを提供しないことがあり、よって聴取者は相変わらず、サラウンド・サウンドが背後から到着するよう知覚しうる。すなわち、相変わらず後方に仮想音源があると知覚しうる。
【0067】
しかしながら、図2の個別的な実施形態では、可聴範囲ラウドスピーカーから放射されたサラウンド・サウンド信号はさらに、指向性超音波トランスデューサから放射されたサラウンド・サウンド信号に対して遅延される。このように、今の例では、音が反射された超音波ビームの方向からのみ到着しているという知覚が維持できることを保証するために、超音波信号に対する可聴範囲ラウドスピーカーの音の遅延が導入される。
【0068】
このアプローチは、いわゆる「先着効果(precedence effect)」(「ハース効果」(Haas effect)または「第一波面の法則(law of the first wavefront)」ともいう)として知られる音響心理学的な現象に基づく。この現象は、同じサウンド信号が異なる位置にある二つの源から受領され、遅延が十分小さいとき、その音は、先にくる音源の方向から、すなわち最初に到着する信号からのみきていると知覚されることを示す。このように、この音響心理学的現象は、人間の脳が大半の空間的手がかりを最初の受領される信号成分から導出するという事実をいう。
【0069】
よって、指向性超音波トランスデューサを協働する可聴範囲ラウドスピーカーによって補足する結果、反射の位置にある音源の、説得力にある、堅牢な知覚が達成され、同時に、従来式のラウドスピーカーに典型的に結び付けられる高い品質のサウンドが提供される。
【0070】
いくつかの実施形態では、指向性超音波トランスデューサおよび古典的なラウドスピーカーは、放射される信号の同一のオーディオ成分を再生してもよい。すなわち、(可聴範囲ラウドスピーカーに適用される遅延のほかは)処理されていないサラウンド・サウンド入力信号が両方の源から放射されてもよい。他の実施形態では、指向性超音波トランスデューサおよび可聴範囲ラウドスピーカーは、たとえば、入力信号の周波数範囲のうちの異なる、可能性としては重なり合う部分を再生し、それにより空間的印象の堅牢性をさらに改善してもよい。
【0071】
図3は、本発明のいくつかの実施形態に基づくサラウンド・スピーカー構成および付随する駆動機能の例を示している。簡明のため、この例は、図3の例の左サラウンド・チャンネルを参照して記述するが、この例および原理は、右サラウンド・チャンネルにも、また実際はいかなるサラウンド・チャンネルにも等しく適用可能であることは理解されるであろう。
【0072】
図3は、5.1サラウンド信号のようなマルチチャンネル空間信号を受領する受領器301を示している。マルチチャンネル空間信号はたとえば、各チャンネルについて一つのオーディオ信号があるアナログ信号の集まりであってもよいし、あるいはデジタル式にエンコードされたマルチチャンネル空間信号であってもよい。後者の場合、マルチチャンネル空間信号はエンコードされていてもよく、受領器301はその信号を復号するよう構成されていてもよい。
【0073】
マルチチャンネル空間信号が、外部源または内部源のようないかなる好適な源から受領されてもよいことは理解されるであろう。
【0074】
マルチチャンネル空間信号は少なくとも一つのサラウンド・チャンネルを含む。特に、マルチチャンネル空間信号は、前方向から聴取者に呈示されるよう意図されている一つまたは複数の前方チャンネルを含む(今の個別の例では三つの前方チャンネル)。さらに、聴取者の横または後方にある音源位置に関連付けられる少なくとも一つのサラウンド・チャンネルが含められる。このように、サラウンド・チャンネルは、前方位置ではない、特に左(左端)および右(右端)前方スピーカーによって与えられる角度の範囲外にある音源位置に関連付けられる。今の個別の例では、マルチチャンネル空間信号は二つのサラウンド・チャンネル、つまり左後方チャンネルおよび右後方チャンネルを含む。
【0075】
図3はさらに、サラウンド・チャンネルの一つの処理を示している。特に、図3は、左後方スピーカー位置に関連付けられた機能の要素を示している。
【0076】
受領器301は、指向性超音波トランスデューサ305に結合されそのための駆動信号を生成できる第一の駆動ユニット303に結合されている。さらに、受領器301は、可聴範囲ラウドスピーカー309に結合されそのための駆動信号を生成できる第二の駆動ユニット307に結合されている。このように、今の例では、受領された左後方サラウンド・チャンネル信号は第一の駆動回路303および第二の駆動回路307に入力される。駆動回路303、307は、左後方サラウンド・チャンネルが指向性超音波トランスデューサ305および可聴範囲ラウドスピーカー309の両方から放射されるよう、すなわち超音波信号および可聴信号の両方として放射されるよう、それぞれ指向性超音波トランスデューサ305および可聴範囲ラウドスピーカー309を駆動する。
【0077】
いくつかの実施形態では、第一の駆動回路303は単に、左後方オーディオ信号を超音波搬送波周波数上に変調する超音波変調器およびそれに続く電力増幅器を有していてもよい。電力増幅器は、適切な音出力レベルを生成するよう、指向性超音波トランスデューサ305のための好適なレベルに信号を増幅する。典型的な応用では、超音波搬送波周波数は20kHzより上(たとえば約40kHz)であり、音圧レベルは110dBより上(しばしば約130〜140dB)である。
【0078】
第二の駆動回路307は単に、可聴範囲ラウドスピーカー309を直接駆動する好適な電力増幅器を有していてもよい。
【0079】
このように、本質的には同じオーディオ信号が指向性超音波トランスデューサ305および可聴範囲ラウドスピーカー309に入力されうる。特に、第一の駆動回路303および可聴範囲ラウドスピーカー309の出力信号のオーディオ信号成分の間の相関は、きわめて高いことがあり、特に、エネルギー規格化した相関は0.5を超えることがありうる。二つの駆動回路303、307からのオーディオ信号が互いに対して遅延させられるシナリオでは、相関は、そのような遅延について補償したあとに決定されうる。相関は、特に、二つの駆動回路303、307からの駆動信号のオーディオ信号の間の最大相関として決定されてもよい。
【0080】
しかしながら、他の実施形態では、第一の駆動回路303および/または第二の駆動回路307は、オーディオ信号成分が両経路において異なる仕方で処理されることになるような処理を含んでいてもよい。特に、先述したように、可聴範囲ラウドスピーカー309のためのオーディオ信号は遅延および/またはフィルタ処理されてもよい。
【0081】
図4は、特に、遅延およびフィルタ処理動作の両方を含む第二の駆動回路307の例を示している。この例では、サラウンド信号はまず遅延401において遅延させられ、次いで低域通過フィルタ403においてフィルタ処理される。遅延され、低域通過フィルタ処理されたオーディオ信号は次いで、信号を可聴範囲ラウドスピーカー309のために好適なレベルに増幅する電力増幅器405に入力される。
【0082】
このように、この例では、遅延は、聴取者が音の全部または大半が、可聴範囲ラウドスピーカー309からのオーディオ信号215の方向からではなく、反射された音波ビーム205の方向から発していると知覚することを保証するために、可聴範囲ラウドスピーカー309のための信号に加えられる。その結果は、後方の壁213からの反射の位置にある音源の説得力のある、堅牢な知覚であるが、可聴範囲ラウドスピーカー309の改善された音質をもつ。
【0083】
この先着効果(またはハース効果)は、二つのラウドスピーカーが同じ信号を、一方の信号が他方に対して短い遅延をもって受領されるように放射するときに生じる。この効果は一般に、約1msから典型的には5〜40msの上限までの範囲にある相対遅延について生じる。そのような状況では、音は、遅延されていないラウドスピーカーの方向から到着していると知覚される。上限は、信号の型に強く依存する。約5msの最低値は、非常に短い、クリック様またはパルス様の音について有効であり、40msまでの高い値は発話について生じる。遅延が上限を超えて長くされると、両音源が遅延されていない源の位置において知覚上融合することはもはや起こらず、二つの源は別個に知覚される(エコー)。他方、遅延が先着効果の下限(約1ms)より小さい場合、「合計局在化(summing localization)」が起こり、単一音源が両方の源の間の位置にあると知覚される。
【0084】
今の例では、遅延は、指向性超音波トランスデューサ305からの信号が、可聴範囲ラウドスピーカー309からの信号よりわずかに前に受領されるよう、設定される。
【0085】
最適な先着効果を達成するために、遅延は非常に注意深く設定される必要がある。特に、二つの成分をもつ遅延τが第二の駆動回路307において適用される必要がある。第一の遅延成分τt1は、指向性超音波トランスデューサ305および可聴範囲ラウドスピーカー309から発する音波にとっての聴取者の耳までの異なる経路長に起因する伝搬時間の差を補償する。図2から明らかなように、伝送経路遅延は、指向性超音波トランスデューサ305から側壁209上の反射点までの距離(DU1)に、後方壁213上の反射点から側壁209上の反射点までの距離(DU2)を加え、後方壁213上の反射点から聴取位置111までの距離(DU3)を加えたものに対応する。すると、距離の差は、可聴範囲ラウドスピーカー309から聴取位置111までの経路長(DC)を引くことによって見出せる。この距離差は、よって、DU1+DU2+DU3−DCであり、これを補償するためには、τt1=(DU1+DU2+DU3−DC)/c秒の遅延が必要とされる(cは音速)。
【0086】
この遅延を適用することは、指向性超音波トランスデューサ305からの反射された音および可聴範囲ラウドスピーカー309からの直接音が聴取者の耳に同時に到着することにつながる。この補償用の遅延に加えて、先着効果が達成されるために追加的な遅延成分τt2が必要とされる。よって、可聴範囲ラウドスピーカー309の信号に加えられる全遅延は、τ=τt1+τt2となる。
【0087】
先述したように、τt2の値は、1msから信号種別に依存する先着効果の上限までの間にある限り、それほど決定的ではない。
【0088】
最も臨界的な型の信号である短いクリック音について、τt2についての上限は5msであり、したがって、いくつかのシナリオでは、遅延τt2を1ないし5msの範囲において選ぶことが有利でありうる。そのような遅延はたとえば、伝送経路遅延がよくわかっていて、静的であり、構成を注意深く設定することが可能であるシナリオにおいて使用されうる。
【0089】
しかしながら、補償用の遅延τt1(伝送経路遅延)のための要求される値は、部屋の幾何学的なレイアウト、ラウドスピーカー配置および聴取位置に強く依存し、典型的な構成では数ミリ秒から数十ミリ秒の範囲である(たとえば3〜30ms)。これは、1〜5msの間のτt2の小さい値では、必要とされる全遅延τは、τt1の厳密な値によって大部分決定され、τt1の値を、実際の幾何学的構成に対応するよう注意深く設定することが必要であるということを意味する。
【0090】
いくつかの実施形態では、したがって、遅延401は、指向性超音波トランスデューサ305から聴取位置111への伝送経路についての伝送経路遅延値に応答して変えることができる遅延であってもよい。指向性超音波トランスデューサ305についての伝送経路遅延値は、可聴範囲ラウドスピーカー309から聴取位置111までの伝送経路についての伝送経路遅延値だけ減じられ、それにより経路変化を相殺するために使われる伝送経路遅延差を生じてもよい。
【0091】
伝送経路遅延補償は、ユーザーがたとえば相対伝送経路遅延τt1を手動で設定することによって手動で実行されてもよい。この設定は、たとえば、ユーザーによる二つの物理的経路長の測定に基づいていてもよいし、あるいは所望される効果が知覚されるまでユーザーに手動で遅延コントロールを調整させることによってであってもよい。
【0092】
もう一つの例として、マイクロホンが聴取位置111に位置され、駆動機能に結合されてもよい。すると、マイクロホンからの測定信号は、遅延401が伝送経路遅延差を補償するとともに所望される先着効果を提供するよう遅延401を適応させるために使用されてもよい。たとえば、レンジング距離測定プロセスは、指向性超音波トランスデューサ305および可聴範囲ラウドスピーカー309から較正信号を放射することによって実行されてもよい。
【0093】
このように、記載された例では、システムは、指向性超音波トランスデューサ305から聴取位置111までの伝送経路と、可聴範囲ラウドスピーカー309から聴取位置111までの経路との間の伝送経路遅延差より高々40msec高い遅延を導入するよう構成される。実際、多くの実施形態では、遅延は有利には、この伝送経路遅延差より高々15msec高い、またさらには高々5msec高いだけである。実際、これは、伝送経路遅延差の決定に基づくシステムの較正および適応によって達成されてもよいし、および/または特定の部屋の特性についてスピーカーの位置を制御することによって達成されてもよい。
【0094】
システムが実際の幾何学的な構成にそれほど敏感でないようにし、広い範囲の使用事例において指向性超音波トランスデューサ305の反射音の方向における堅牢な定位を保証するため、いくつかの実施形態では、τt2の値を比較的高く設定することが好ましいことがありうる。多くのシナリオにおけるこのアプローチの利点は、たいていの場合、特定の構成に応じて遅延τt1を設定する必要がなくなるということである。すなわち、伝送経路遅延差において比較的大きな変動があっても同じ遅延が好適となるのである。しかしながら、τt2が5msより高く設定されることがありうるので、打楽器音楽における過渡音のような非常に短い信号については、先着効果は完璧には機能しないことがありうる。
【0095】
しかしながら、今の例では、第二の駆動回路307は、可聴帯域信号を、可聴範囲ラウドスピーカー309に入力される前に低域通過フィルタ処理する低域通過フィルタ403をも有する。このように、今の例では、可聴範囲ラウドスピーカー309は主として、サラウンド信号の周波数スペクトルの下の部分を再生するために使われ、一方、同スペクトルの過渡音を含む高周波数部分は主として指向性超音波トランスデューサ306によって再生される。
【0096】
このように、今の例では、第一の駆動回路303および第二の駆動回路305についての通過帯域は異なっている。
【0097】
低域通過フィルタ403のカットオフ周波数は、可聴範囲ラウドスピーカー309から放射される音から過渡成分を効果的にフィルタ除去し、それにより先着効果についての遅延要件を緩和するよう十分低く設定されてもよい。しかしながら、同カットオフ周波数は、可聴範囲ラウドスピーカー309によって効果的に再生される最高周波数と、指向性超音波トランスデューサ305によって効果的に再生される最低周波数との間にギャップができないことを保証するよう十分高く設定されてもよい。実際、超音波トランスデューサはしばしば、貧弱な低周波数応答をもつので、カットオフ周波数は、なめらかなクロスオーバーを保証するよう効果的に設定されてもよい。
【0098】
実際上の実験により、典型的な居間の配位において、さまざまな種類の音楽を入力信号として用いると、τt2の値10ms、低域通過カットオフ周波数800Hzで非常に満足のいく結果が達成されうることが実証されている。
【0099】
いくつかの実施形態では、指向性超音波トランスデューサ305と可聴範囲ラウドスピーカー309の間のクロスオーバーは、指向性超音波トランスデューサ305および可聴範囲ラウドスピーカー309の既知の特性に基づく、低域通過フィルタの適切な設計によって制御されうる。すなわち、静的なクロスオーバー・パフォーマンスが設計されてもよい。
【0100】
しかしながら、聴取位置において知覚されるクロスオーバーはこれらの特性のほか特定の環境の特性の変動にも依存しうるので、いくつかの実施形態では、クロスオーバーは、フィードバック機構に基づいて適応されてもよい。
【0101】
たとえば、聴取位置111に位置されるマイクロホンからの測定信号が、クロスオーバーを適応させるために使用されてもよい。具体的には、可聴範囲ラウドスピーカー309に比しての指向性超音波トランスデューサ305の信号レベルが、マイクロホン信号に基づいて調整されてもよい。代替的または追加的に、低域通過フィルタ403のカットオフ周波数が調整されてもよい。
【0102】
一例として、第二の駆動ユニット307がマイクロホン信号を受領してもよい。第二の駆動ユニット307はこれを解析して、カットオフ周波数より下の周波数区間(たとえば500Hz〜700Hz)における信号レベルおよびカットオフ周波数より上の周波数区間(たとえば900Hz〜1100Hz)における信号レベルを決定してもよい。下のほうの周波数区間における前記信号レベルが、上のほうの周波数区間における前記信号レベルより低い場合、電力増幅器405の増幅および/または低域通過フィルタ403のカットオフを増して、可聴範囲ラウドスピーカー309からの信号レベルを増加させてもよい。逆に、下の周波数区間における前記信号レベルが、上の周波数区間における前記信号レベルより高い場合、電力増幅器405の増幅および/または低域通過フィルタ403のカットオフを低下させて、可聴範囲ラウドスピーカー309からの信号レベルを低下させてもよい。
【0103】
いくつかの実施形態では、遅延401によって与えられる遅延は、反射された信号の到着方向に対応するのではなく、この位置と可聴範囲ラウドスピーカー309の位置の間の位置に対応する知覚される空間音源位置を与えるよう、設定されてもよい。具体的には、これらの点の間の所望される位置を示す音源位置値が提供されてもよく、第二の駆動ユニット307はその遅延をしかるべく設定することに進んでもよい。
【0104】
これは、具体的には、遅延τt2を0ないし1msの間の値に設定することによって達成されることができる。この場合、先着効果ではなく、「合計局在化」知覚が生じる。これは、源が、反射された超音波ビームと可聴範囲ラウドスピーカー309の方向の間に知覚される結果を与える。したがって、遅延を制御することによって、知覚される仮想源の位置が、通常のステレオ再生と同様の仕方で制御できる。そのような実施形態は好ましくは、遅延の正しい設定を保証するために、伝送経路遅延差の正確な推定または決定を伴う。
【0105】
注意しておくべきは、現在の知識からは、遅延されたラウドスピーカーおよび遅延されていないラウドスピーカーが信号の周波数スペクトルの異なる部分を再生する状況においては、先着効果が機能することは自明ではないということである。むしろ、先着効果の音響心理学上の教示は、同じ信号が二つの源から放射される状況に限られる。しかしながら、実際的な実験は、指向性超音波トランスデューサ305および可聴範囲ラウドスピーカー309によって再生される周波数区間の間にほとんど重なりがない状況で実行されてきた。これらの実験により、二つの源が異なる周波数内容をもつが同じ包絡線変調または似通った全体的な時間的信号特性を共有する信号を再生する場合にも、先着効果が機能することが実証されている。
【0106】
今の例では、可聴範囲ラウドスピーカー309および指向性超音波トランスデューサ305は互いに対して角度をもって配置されている。すなわち、両者の軸上方向または主放射方向は互いに対して角度をなしている。これは、多くのシナリオにおいて改善されたパフォーマンスを提供しうるとともに、特に、指向性超音波トランスデューサ305が信号を側壁に直接放射することを許容し、一方で可聴範囲ラウドスピーカー309が聴取位置111に直接向けられることを許容しうる。このように、サラウンド・スピーカー201は、種々の音響環境における最適な音再生のために較正されることができ、それにより改善されたオーディオ品質および/または改善された空間的経験が提供される。
【0107】
いくつかの実施形態では、指向性超音波トランスデューサ305の軸上方向は、可聴範囲ラウドスピーカー309の軸上方向に対して変化させられてもよい。いくつかの実施形態では、そのような変動は、手動で与えられてもよい。たとえば、聴取者は、超音波ビームが、聴取位置に到達するための最適な反射を与える側壁反射点に向けられることができるよう、指向性超音波トランスデューサ305の角度を方向付けるための手段を与えられてもよい。
【0108】
いくつかの実施形態では、指向性超音波トランスデューサ305および可聴範囲ラウドスピーカー309の少なくとも一方の方向は、フィードバック較正ループによって設定されてもよい。たとえば、駆動ユニットは、聴取一致111においてマイクロホンに結合されていてもよく、該マイクロホンから測定信号を受領してもよい。これは、指向性超音波トランスデューサ305の角度を、よって壁209、213上の反射点を調整するために使用されてもよい。その際、(他のすべてのスピーカーは無音であるとして)較正信号が指向性超音波トランスデューサ305に入力されてもよく、超音波ビームの方向は、マイクロホンによって測定される最高の信号レベルが与えられるまで調整されることができる。
【0109】
超音波ビームの方向は、電子的に(たとえばビーム形成(beam forming)技術を使って)、あるいは指向性超音波トランスデューサ305を、手動で調整できるまたはサーボ・モーターによって駆動できる蝶番機構に取り付けることによって、変更することができる。
【0110】
図2の例では、各空間的チャンネルはそれ自身の個々のスピーカーによって放射される。しかしながら、図2に示されるように、記載されるアプローチは、サラウンド・スピーカー201、203がユーザーの前方に、特に前方スピーカー101、103、105の一つと共位置にまたは隣接して位置されることを許容しつつ、効果的なサラウンド経験を許容する。しかしながら、これはさらに、同じスピーカーが空間的チャンネルのうちの二つ以上をレンダリングするために使用されることを許容する。このように、多くの実施形態において、サラウンド・スピーカー201、203は前方チャンネルの一つをレンダリングするためにも使用されてもよい。
【0111】
個別的な例では、左サラウンド・スピーカー201は左前方チャンネルをもレンダリングしてもよく、右サラウンド・スピーカー203は右前方チャンネルをもレンダリングしてもよい。しかしながら、左および右の前方チャンネルは、前方から、すなわちスピーカー位置から直接きているように感じられるために、聴取位置に直接(直接経路を介して)与えられるべきであるので、前方チャンネルは可聴範囲ラウドスピーカー309からのみレンダリングされ、指向性超音波トランスデューサ305からはレンダリングされない。
【0112】
これは、可聴範囲ラウドスピーカー309のための駆動信号が左サラウンド・チャンネルの信号からのみ生成されるのではなく、左前方チャンネルからも生成されることによって達成されうる。図5は、図4の第二の駆動ユニット307が、遅延され、低域通過フィルタ処理された左サラウンド信号を左前方信号と組み合わせる組み合わせ器501を含むようどのように修正されうるかを具体的に示している。この例では、組み合わせ器501は低域通過フィルタ403と電力増幅器405の間に挿入される。
【0113】
このように、左前方スピーカー103および右前方スピーカー105は除去されることができ、代わりに左サラウンド・スピーカー201の可聴範囲ラウドスピーカー309および右サラウンド・スピーカー203の可聴範囲ラウドスピーカー309を使うことができ、その結果、図6のシステムとなる。
【0114】
このように、記載されるアプローチの非常に著しい利点は、サラウンド・サウンドが前方に位置されたスピーカーによって生成されることを許容するのみならず、必要とされるスピーカーの総数の削減をも許容するということである。
【0115】
代替的または追加的に、サラウンド・スピーカー203、205は中央チャンネルについて使用されてもよい。たとえば、左前方チャンネルが組み合わせ器501に入力される代わりに(あるいはいくつかのシナリオではそれに加えて)、中央チャネルが組み合わせ器501に入力されてもよい。このように、左サラウンド・スピーカー203の可聴範囲ラウドスピーカー309は、中央チャンネルを放射するためにも使用されうる。中央チャンネルは同様に、右サラウンド・スピーカー205のための組み合わせ器501に入力されてもよい。左右のサラウンド・スピーカー203、205によって放射される、中央チャンネル信号のための中央に知覚される音源を提供するためである。
【0116】
実際、いくつかの実施形態では、システムはサラウンド・スピーカー203、205だけを使って空間的なサラウンド・サウンドを提供してもよく、特に、サラウンド・スピーカー203、205は、左右のサラウンド・チャンネル両方、左右の前方チャンネルおよび中央チャンネルを再現するために使用されてもよい。
【0117】
いくつかの実施形態では、第一の駆動ユニット301は、前記マルチチャンネル空間信号のうち、指向性超音波トランスデューサ305によってレンダリングされる前記少なくとも一つのサラウンド・チャンネル以外の少なくとも一つのチャンネルの信号の特性に応じて前記駆動信号を生成するよう構成されていてもよい。具体的には、駆動信号は、これら他のチャンネルの一つまたは複数の信号レベルに応じて生成されてもよい。
【0118】
実際、多くのシナリオにおいて、超音波ラウドスピーカーを使って非常に高いサウンド・レベルを生成することは可能でも望ましくもない。これはたとえば、超音波被曝に対する規制によって、あるいは実際上の実装制約によって制限されることがある。また、超音波の主観的な効果は、暴露の総時間に依存することがあり、よって暴露の総時間は限定されるのが有利でありうる。したがって、いくつかの実施形態では、第一の駆動信号は、マルチチャンネル空間的信号の他のオーディオ・チャンネルによって生成される音圧レベルを考慮するよう生成されてもよい。したがって、指向性超音波トランスデューサによって生成される超音波は、他のチャンネルの一つまたは複数における信号レベルがある基準を満たす時間に限定されてもよい。具体的には、指向性超音波トランスデューサは、全体的なオーディオ・レベルが低い時間にのみ使用されてもよく、それにより指向性超音波トランスデューサが、聴取者に安全な曝露レベルを提供するよう制約されることが保証される。特に、全体的な音圧レベルが低く、明確なサラウンド・オーディオ効果のあるシーケンスは映画のオーディオで一般的であり、記載されるアプローチは、たとえばホーム・シネマ・システムに特に好適となりうる。
【0119】
指向性超音波トランスデューサ305は本来的に低効率であり、貧弱な低周波数応答をもつ。音が生成される支配的な非線形プロセスはバークテイ(非特許文献2)の遠距離場近似によって近似できる。この近似は、可聴音は変調包絡線の二乗の二階微分に比例することを述べたものである。
【0120】
【数1】

ここで、y(t)はオーディオ信号であり、E(t)は変調包絡線である。E(t)は再生されるべきオーディオ信号の関数である。二階微分の項は、f2に比例する周波数依存性の利得関数を導入する。ここで、fは周波数である。この利得関数は、周波数を2倍にするごとに、超音波ラウドスピーカーの効率が12dB上昇することを意味している。
【0121】
指向性超音波トランスデューサ305から高品質のオーディオを提供するために、均衡した周波数応答を提供するよう等化関数が適用される必要がある。本来的なf2依存性を等化するためには、1/f2関係をもつフィルタが入力信号に適用されることができる。このフィルタは、12dBの傾きをもつ低域通過フィルタと等価である。
【0122】
この低域通過等化フィルタについての−3dB点(カットオフ周波数)の選択は、指向性超音波トランスデューサについての最大達成可能なオーディオ出力音圧レベル(SPL: Sound Pressure Level)を決定する。すべての事情が同じなら、2000Hzのところにカットオフ周波数がある指向性超音波トランスデューサは、1000Hzのところにカットオフ周波数がある指向性超音波トランスデューサより12dB大きい音を再生できる。
【0123】
本発明において記載されているように、可聴範囲ラウドスピーカー309は、このカットオフ周波数より下の中/低域の周波数を提供するために使用される。理想的には、低周波数カットオフ点はできるだけ低い周波数に選ばれる。これは、指向性超音波トランスデューサが、定位目的のためにより多くのオーディオ手がかりを提供し、可聴範囲ラウドスピーカーによって生成される定位手がかりは最小化されるということを意味する。他方、低周波数では、指向性超音波トランスデューサのオーディオ出力は低く、システムの最大出力SPLを制限する。
【0124】
典型的な指向性超音波トランスデューサは、1000Hzのところで70dB程度の最大オーディオ出力ができてもよい。ホーム・シネマ音再生のためには、70dBは、没入的で包み込むような効果を創り出すには十分ではないことがありうる。ホーム・シネマ音再生のために有用となるためには、最大振幅を上げる必要があることがありうる。
【0125】
指向性超音波トランスデューサのSPLを単に上げることはできない。そんなことをすれば、すぐトランスデューサおよび電子系の動作限界を超え、深刻な歪みや可能性としては危険なレベルの超音波の送出につながるるであろう。より高い主観的な振幅を達成するために、動的利得関数を使うことができる。動的利得関数は、指向性超音波トランスデューサ等化フィルタの低周波数カットオフおよび可聴範囲ラウドスピーカーに適用される低域通過フィルタ403のカットオフ周波数を、瞬間的なオーディオSPL要求に基づいて自動的に変化させる。こうして、はいってくるオーディオ信号に基づいて、必要なSPLに到達するよう、両フィルタの−3dB点が自動的に調整される。たいていの基本的実装では、指向性超音波トランスデューサの低周波数カットオフおよび可聴範囲ラウドスピーカーのための低域通過フィルタ403の−3dB周波数は同じであり、クロスオーバー周波数と称することができる。
【0126】
たとえば、レンダリングされるべき信号が低振幅であるとき、クロスオーバー周波数は、できるだけ低く選ぶことができる。図7A参照。この選択は、指向性超音波トランスデューサ反射点からのオーディオ手がかりを最大化し、強い聴覚印象(auditory illusion)を提供する。レンダリングされるべき信号の振幅が、所与のクロスオーバー周波数において指向性超音波トランスデューサの最大SPL容量を超える場合には、クロスオーバー周波数は、より高い周波数における指向性超音波トランスデューサの改善された効率の利点を得るために、上げることができる。図7B参照。この選択は、より高いオーディオSPL出力およびより低い歪みを可能にするが、聴覚印象の強さをやや低下させる。このように、動的利得関数は、最大システムSPLに対して、聴覚印象の強さをトレードオフする。
【0127】
図7のAおよびBのレジェンドにおいて使用される「超音波スピーカー」および「通常のスピーカー」は、それぞれ指向性超音波トランスデューサおよび可聴範囲ラウドスピーカーであることを注意しておくべきである。同じことは図8のAおよびBについても当てはまる。
【0128】
瞬間的なクロスオーバー周波数およびシステムSPLを定義する関係は、バークテイの公式におけるf2依存性から構築できる。P1000が超音波ラウドスピーカーが1000Hzにおいて達成できる最大の歪みなしオーディオSPL(単位はパスカル)であり、Psigは要求される瞬時SPL(単位はパスカル)であるとすると、クロスオーバー点fcは次のようになる。
【0129】
fc=1000√(Psig/P1000)
上記の実施形態では、クロスオーバー周波数が上げられるにつれて、指向性超音波トランスデューサから投射される方向オーディオ手がかりの相対的な強さは減少し、一方、可聴範囲ラウドスピーカーからの望まれない方向手がかりが増す。結果は、より弱いオーディオ印象である。パフォーマンスを最大にするため、指向性超音波トランスデューサ等化フィルタの低周波数カットオフおよび可聴範囲ラウドスピーカーのための低域通過フィルタのカットオフ周波数が、音響心理学的に最適化されたシステムに基づいて独立に制御されることができる。このサラウンド・サウンド・システムは、周波数の臨界範囲、たとえば800Hzから2000Hzにわって低周波数ラウドスピーカーによって送出されるエネルギーを制限する。このようにして、平坦な周波数応答を犠牲にして、指向性超音波トランスデューサによって投射される方向オーディオ手がかりの相対的な強さは、この臨界周波数帯域にわたって維持される。図8のAおよびB参照。今、動的利得関数は、平坦な周波数応答に対して最大振幅をトレードオフすることができ、聴覚印象の強さはほとんど影響されない。その際、動的利得関数の厳密な性質は、すべてのオーディオ出力レベルにおいて印象の強さを最大化するよう最適化された音響心理学的な重み付け関数によって決定される。
【0130】
動的利得関数の選択はアプリケーション依存でもよい。たとえば、HiFi〔ハイファイ〕アプリケーションのためには、平坦な周波数応答が最も重要な因子と考えられることがあり、基本的な動的利得方式を用いることができる。ホーム・シネマ・アプリケーションについては、後方からの強い定位手がかりを達成することが最も重要な因子であると考えられることがある。この場合、音響心理学的に最適化された動的利得関数が最も好適となる。
【0131】
図9は、本発明に基づく動的利得関数をもつサラウンド・サウンド・システムの例示的な構造を示している。この構造は図2の構造でさらに動的利得制御ユニット900を有するものである。該ユニット900は、上で論じたように、最大SPLに基づいてクロスオーバー周波数を調整する。クロスオーバー周波数は、第一の駆動回路303および第二の駆動回路307に渡される。
【0132】
上記の記述は、明確のため、種々の機能回路、ユニットおよび処理器に言及しつつ本発明の実施形態を記載してきたことは理解されるであろう。しかしながら、異なる機能回路、ユニットまたは処理器の間の機能のいかなる好適な分配も、本発明を損なうことなく、使用されうることは明白であろう。たとえば、別個の処理器またはプロセッサによって実行されるよう示されている機能が同じ処理器またはコントローラによって実行されてもよい。よって、個々の機能ユニットまたは回路への言及は、単に記載される機能を提供する好適な手段に言及したものと見るべきであって、厳密な論理的または物理的な構造または編成を示すものではない。
【0133】
本発明は、ハードウェア、ソフトウェア、ファームウェアまたはこれらの任意の組み合わせを含むいかなる好適な形で実装されることもできる。本発明は任意的に、少なくとも部分的に、一つまたは複数のデータ・プロセッサおよび/またはデジタル信号プロセッサ上で走るコンピュータ・ソフトウェアとして実装されてもよい。本発明の実施形態の要素およびコンポーネントは物理的、機能的および論理的に、いかなる好適な仕方で実装されてもよい。実際、機能性は単一のユニットにおいて、複数のユニットにおいて、あるいは他の機能ユニットの一部として実装されてもよい。よって、本発明は、単一のユニットにおいて実装されてもよいし、あるいは物理的および機能的に異なるユニット、回路および処理器の間で分散されていてもよい。
【0134】
本発明についていくつかの実施形態との関連で記載してきたが、本稿に記載される特定の形に限定されることは意図されていない。むしろ、本発明の範囲は、付属の請求項によってのみ限定される。さらに、ある特徴が特定の実施形態との関連で記述されているように見えたとしても、当業者は、記載される諸実施形態のさまざまな特徴が本発明に従って組み合わされてもよいことを認識するであろう。請求項において、有する、含むの語は他の要素やステップの存在を排除しない。
【0135】
さらに、個々に挙げられていても、複数の手段、要素、回路または方法ステップは、たとえば単一の回路、ユニットまたは処理器によって実装されてもよい。さらに、個々の特徴が異なる請求項に含められていたとしても、それらは可能性としては有利に組み合わされうるのであって、異なる請求項に含まれることは、特徴の組み合わせが実現可能でないおよび/または有利でないことを含意するものではない。また、ある特徴があるカテゴリーの請求項に含まれることは、このカテゴリーへの限定を含意するものではなく、むしろ、その特徴が適宜他の請求項カテゴリーにも等しく適用可能であることを示すものである。さらに、請求項における特徴の順序は、それらの特徴が機能させられねばならないいかなる特定の順序も含意しない。特に、方法請求項における個々のステップの順序は、それらのステップがこの順序で実行されねばならないことは含意しない。むしろ、それらのステップはいかなる好適な順序で実行されてもよい。さらに、単数形の言及が複数を排除するものではない。よって、「ある」「第一の」「第二の」などの言及は複数を排除するものではない。請求項に参照符号があったとしても、単に明確にする例として与えられているのであって、いかなる仕方であれ特許請求の範囲を限定するものと解釈してはならない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サラウンド・サウンド・システムであって:
少なくとも一つのサラウンド・チャンネルを含むマルチチャンネル空間信号を受領する回路と;
表面の反射を介して聴取位置に達するよう該表面に向けて超音波を放出する指向性超音波トランスデューサと;
前記サラウンド・チャンネルのサラウンド信号から、前記指向性超音波トランスデューサのための第一の駆動信号を生成する第一の駆動回路とを有する、
サラウンド・サウンド・システム。
【請求項2】
可聴範囲ラウドスピーカーと;
前記サラウンド信号から前記可聴範囲ラウドスピーカーのための第二の駆動信号を生成するための第二の駆動回路とをさらに有する、
請求項1記載のサラウンド・サウンド・システム。
【請求項3】
前記サラウンド信号に由来する前記第二の駆動信号の第二の信号成分の、前記サラウンド信号に由来する前記第一の駆動信号の第一の信号成分に対する遅延を導入する遅延回路を有する、請求項2記載のサラウンド・サウンド・システム。
【請求項4】
前記遅延が、前記指向性超音波トランスデューサから前記聴取位置までの伝送経路と、前記可聴範囲ラウドスピーカーから前記聴取位置までの直接経路との間の伝送経路遅延差より、高々40ミリ秒大きいだけである、請求項3記載のサラウンド・サウンド・システム。
【請求項5】
前記遅延回路は、伝送経路遅延値に応答して前記遅延を変化させるよう構成されており、前記伝送経路遅延値は、前記指向性超音波トランスデューサから前記聴取位置までの伝送経路の遅延を示す、請求項3記載のサラウンド・サウンド・システム。
【請求項6】
前記遅延回路は、音源位置値に応答して前記遅延を変化させるよう構成される、請求項3記載のサラウンド・サウンド・システム。
【請求項7】
前記サラウンド信号から前記第一の駆動信号を生成するための第一の通過帯域周波数区間は、前記サラウンド信号から前記第二の駆動信号を生成するための第二の通過帯域周波数区間とは異なる、請求項2記載のサラウンド・サウンド・システム。
【請求項8】
前記第一の通過帯域周波数区間についての上カットオフ周波数は、前記第二の通過帯域周波数区間についての上カットオフ周波数より高い、請求項7記載のサラウンド・サウンド・システム。
【請求項9】
前記第二の駆動回路が低域通過フィルタを有する、請求項2記載のサラウンド・サウンド・システム。
【請求項10】
前記第二の駆動回路がさらに、前記マルチチャンネル空間信号のある前方チャンネルから前記第二の駆動信号を生成するよう構成される、請求項2記載のサラウンド・サウンド・システム。
【請求項11】
前記指向性超音波トランスデューサの軸上方向を、前記可聴範囲ラウドスピーカーの軸上方向に対して変える手段をさらに有する、請求項2記載のサラウンド・サウンド・システム。
【請求項12】
マイクロホンから測定信号を受領する回路と;前記測定信号に応答して、前記サラウンド信号に由来する前記第二の駆動信号の第二の信号成分のレベルを、前記サラウンド信号に由来する前記第一の駆動信号の第一の信号成分に比して、適応させる回路とを有する、請求項2記載のサラウンド・サウンド・システム。
【請求項13】
前記サラウンド信号に由来する前記第二の駆動信号の第二の信号成分と、前記サラウンド信号に由来する前記第一の駆動信号の第一の可聴信号成分との、規格化された遅延補償された相関は、0.50以上である、請求項2記載のサラウンド・サウンド・システム。
【請求項14】
マイクロホンから測定信号を受領する回路と;前記測定信号に応答して前記指向性超音波トランスデューサの軸上方向を適応させる回路とをさらに有する、請求項1記載のサラウンド・サウンド・システム。
【請求項15】
表面の反射を介して聴取位置に達するよう該表面に向けて超音波を放出する指向性超音波トランスデューサを有するサラウンド・サウンド・システムの動作方法であって:
少なくとも一つのサラウンド・チャンネルを有するマルチチャンネル空間信号を受領する段階と;
前記サラウンド・チャンネルのサラウンド信号から、前記指向性超音波トランスデューサのための第一の駆動信号を生成する段階とを含む、
方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公表番号】特表2012−529215(P2012−529215A)
【公表日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−513711(P2012−513711)
【出願日】平成22年5月31日(2010.5.31)
【国際出願番号】PCT/IB2010/052410
【国際公開番号】WO2010/140104
【国際公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【出願人】(590000248)コーニンクレッカ フィリップス エレクトロニクス エヌ ヴィ (12,071)
【Fターム(参考)】