説明

シアン化合物の無害化方法

【課題】 効率的かつ簡便な低コストのシアン化合物の無害化方法及びそのための手段の提供。
【解決手段】 ロダナーゼ生産細菌の菌体若しくはその培養物又はロダナーゼ酵素とチオ硫酸塩を用いてシアン化合物を無害化することを特徴とするシアン化合物の無害化方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シアン化合物の無害化方法及びシアン化合物無害化剤に関する。
【背景技術】
【0002】
シアン化合物は、吸入や皮膚呼吸によって動物に取り込まれ、呼吸中枢の麻痺などの症状のシアン中毒を引き起こす毒性化合物である。シアン化合物は、殺虫剤、電気メッキ、医薬の原料などに用いられ、工業排水などに含まれる。
【0003】
シアン化合物で汚染された土壌、地下水、工業排水の浄化には、酸化分解法、不溶錯体法、煮詰法、熱水反応法、微生物処理法などが利用されている。例えば、シアン汚染土壌の浄化には、土壌に薬剤と水を添加して、化学的又は生物学的にシアンを分解する土壌スラリー法があるが、土壌スラリー法では、浄化後のスラリーの処分(脱水等)が必要であり、またスラリー攪拌施設に多大なコストが必要となる(特許文献1〜6参照)。土壌に薬剤を混合して化学的にシアンを分解する土壌混合処理法は、シアンを直接無害化できる安価な薬剤が存在せず、また薬剤として使用する高アルカリ剤及び酸化剤は環境への負荷が大きい(特許文献7参照)。さらに、土壌に薬剤を混合してシアンを分離する洗浄法も知られているが、この方法は、分級を行った後にシアン含有土壌の処理が必要であり、また洗浄施設に多大なコストが必要である(特許文献8〜10参照)。土壌に薬剤を混入して200〜500℃で加熱する加熱処理法もまた加熱施設に多大なコストが必要である(特許文献11〜13参照)。
【0004】
また例えば、シアン汚染地下水の浄化には、シアン汚染地下水を揚水し、薬剤等により凝集沈殿又は化学分的に解する揚水処理法が知られているが、シアン含有汚泥等を処理する必要があり、また地上処理施設には多大なコストが必要である(特許文献14参照)。シアン汚染地下水に酸化・分解剤を注入し、化学的に分解するスパージング法も提唱されているが、使用する酸化・分解剤が土壌環境中の生態系を破壊するおそれがあり、懸念されている(特許文献15参照)。さらにシアン汚染地下水に栄養剤を注入し、シアンを分解する微生物を利用する微生物原位置浄化法が利用されているが、この方法では、シアンを効率的に分解することができる微生物が存在しない場合には有効ではなく、またシアン分解後に生成されるアンモニアを処理する必要がある(特許文献16参照)。
【0005】
さらに、微生物処理法においては、シアン化合物分解微生物を汚染土壌や汚染水に導入してシアン化合物を分解するが、分解反応が迅速ではないことが多く、またシアン分解後に生成されるアンモニアを処理する必要がある(特許文献17及び18など)。
従って、シアン化合物に汚染された土壌や水を浄化するための改良法が望まれている。
【0006】
【特許文献1】特開2004−97962号公報
【特許文献2】特開2004−66195号公報
【特許文献3】特開2004−66193号公報
【特許文献4】特開2003−320366号公報
【特許文献5】特開2003−126838号公報
【特許文献6】特開平10−34124号公報
【特許文献7】特開2004−58011号公報
【特許文献8】特開2004−57992号公報
【特許文献9】特開2003−88847号公報
【特許文献10】特開2000−157964号公報
【特許文献11】特開2003−181438号公報
【特許文献12】特開2000−157961号公報
【特許文献13】特開2000−157964号公報
【特許文献14】特開2004−81979号公報
【特許文献15】特開2002−254061号公報
【特許文献16】特開2002−273408号公報
【特許文献17】特開2001−245655号公報
【特許文献18】特開2000−312582号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明は、上述した実状に鑑み、効率的かつ簡便な低コストのシアン化合物の無害化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、シアン化合物無害化菌(ロダナーゼ生産細菌)を用いるシアン化合物の無害化方法において、チオ硫酸塩を用いることにより、当該細菌の増殖が促進され、またシアン化合物の無害化も促進されるという知見を得、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、以下を包含する。
(a)ロダナーゼ生産細菌の菌体若しくはその培養物又はロダナーゼ酵素とチオ硫酸塩を用いてシアン化合物を無害化することを特徴とするシアン化合物の無害化方法。
上記シアン化合物の無害化方法においては、さらに窒素及びリンから選択される栄養塩を供給して無害化を行うことが好ましい。また、該シアン化合物の無害化方法においては、無害化を空気の供給の下で行うことが好ましい。さらに、無害化は、pH6〜10において温度15〜35℃で行うことが好ましい。
【0010】
(b)ロダナーゼ生産細菌の菌体若しくはその培養物又はロダナーゼ酵素と、チオ硫酸塩を含むことを特徴とするシアン化合物無害化剤。
上記シアン化合物無害化剤は、さらに窒素及びリンから選択される栄養塩を含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るシアン化合物の無害化方法及びシアン化合物無害化剤により、シアン化合物を効率的に、簡便にかつ低コストで無害化することができる。また、本発明に係るシアン化合物の無害化方法及びシアン化合物無害化剤により、シアン化合物に汚染した土壌・水を浄化することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
1.シアン化合物の無害化方法
本発明に係るシアン化合物の無害化方法(以下、「本方法」ともいう)は、ロダナーゼ生産細菌若しくはその培養物又はロダナーゼ酵素を用いるシアン化合物の無害化において、チオ硫酸塩を使用することを特徴とするものである。すなわち、チオ硫酸塩は、ロダナーゼ生産細菌の増殖を促進し、またロダナーゼ酵素を生成するために不可欠な電子受容体である。さらに、ロダナーゼ生産細菌により生成されるロダナーゼ酵素は、下記式に示すように、シアンとチオ硫酸塩からチオシアンと亜硫酸塩を生成することによって、シアン化合物を無害化することができる。またこの反応により生じるチオシアンはシアン化合物として検出されない安定した化合物であるため、環境中に安定した物質として固定されることとなる。
【0013】
【化1】

【0014】
そのため、ロダナーゼ生産細菌やロダナーゼ酵素とチオ硫酸塩を併用ことによって、効率的かつ短時間でシアン化合物を無害化することが可能となる。
【0015】
本方法においては、ロダナーゼ生産細菌の菌体若しくはその培養物又はロダナーゼ酵素を使用する。本明細書中、「ロダナーゼ生産細菌」とは、チオ硫酸塩を利用して呼吸し、シアン化合物を無害化するロダナーゼ酵素を産生する細菌を意味する。かかる細菌は当技術分野で公知であり、多数の細菌が文献に記載され、報告されている。例えば、チオバチルス属、アゾトバクター属、フェロバチルス属、アシネトバクター属、エシェリヒア属、シゲラ属、シトロバクター属、クレブシエラ属、エンテロバクター属、ハフニア属、シュードモナス属、アシディチオバチルス属、ウォリネラ属に属する細菌が報告されている。より具体的な細菌株としては、限定されるものではないが、チオバチルス・フェロオキシダンス(Thiobacillus ferrooxidans)、チオバチルス・チオオキシダンス(Thiobacillus thiooxidans)、チオバチルス・カルダス(Thiobacillus caldus)、チオバチルス・ノベルス(Thiobacillus novellus)、アゾトバクター・ビネランディ(Azotobacter vinelandii)、フェロバチルス・フェロオキシダンス(Ferrobacillus ferrooxidans)、アシネトバクター・カルコアセティカス(Acinetobacter calcoaceticus)、大腸菌(Escherichia coli)、シゲラ・フレクスネリ・セロバルス(Shigella flexneri serovars)、シトロバクター・フレウンディ(Citrobacter freundi)、ハフニア・アルベイ(Hafnia alvei)、シュードモナス・エスピー(Pseudomonas spp)、アシディチオバチルス・フェロオキシダンス(Acidithiobacillus ferrooxidans)、ウォリネラ・スクシノゲネス(Wolinella succinogenes)が挙げられる(Gardner, M.N. and Rawlings, D.E., Journal of Applied Microbilogy 2000, 89:185-190;Fukumori, Y. et al., FEMS Microbiology Letter 1989, 53:159-163;Cicero, D.O. et al., Int. J. Biol. Macromol. 2003, 33:193-201;Tabita, R., M. Silver, et al. (1969). Can J Biochem 47(12): 1141-5;Yoch, D. C. and E. S. Lindstrom (1971). J Bacteriol 106(2): 700-1;Westley, J. (1973). Adv Enzymol Relat Areas Mol Biol 39: 327-68;Silver, M. and D. P. Kelly (1976). J Gen Microbiol 97(2): 277-84;Vandenbergh, P. A. and R. S. Berk (1980). Can J Microbiol 26(3): 281-6;Lanyi, B. (1982). J Med Microbiol 15(2): 263-6;Vennesland, B., P. A. Castric, et al. (1982). Fed Proc 41(10): 2639-48;Aird, B. A., R. L. Heinrikson, et al. (1987). J Biol Chem 262(36): 17327-35;Alexander, K. and M. Volini (1987). J Biol Chem 262(14): 6595-604;Fukumori, Y., K. Hoshiko, et al. (1989). FEMS Microbiol Lett 53(1-2): 159-63;Aird, B. A. and P. M. Horowitz (1990). Biochim Biophys Acta 1038(1): 10-7;Pagani, S., G. Sessa, et al. (1993). Biochem Mol Biol Int 29(4): 595-604;Colnaghi, R., S. Pagani, et al. (1996). Eur J Biochem 236(1): 240-8;Bordo, D., R. Colnaghi, et al. (1999). Acta Crystallogr D Biol Crystallogr 55 ( Pt 8): 1471-3;Bordo, D., T. J. Larson, et al. (2000). Acta Crystallogr D Biol Crystallogr 56 Pt 12: 1691-3;Bordo, D., D. Deriu, et al. (2000). Mol Biol 298(4): 691-704;Pagani, S., F. Forlani, et al. (2000). FEBS Lett 472(2-3): 307-11;Ray, W. K., G. Zeng, et al. (2000). J Bacteriol 182(8): 2277-84;Bordo, D., F. Forlani, et al. (2001). Biol Chem 382(8): 1245-52;Bouchal, P., Z. Glatz, et al. (2001). Folia Microbiol (Praha) 46(5): 385-9;Colnaghi, R., G. Cassinelli, et al. (2001). FEBS Lett 500(3): 153-6;Adams, H., W. Teertstra, et al. (2002). FEBS Lett 518(1-3): 173-6;Lin, Y. J., F. Dancea, et al. (2004). Biochemistry 43(6): 1418-24など参照)。
【0016】
また、本発明に係るシアン化合物の無毒化方法においては、後述する実施例2において単離された新規なリゾビアレス属(Rhizobiales)TC−2株を使用することも可能である。これらの菌株は、硫黄やチオ硫酸塩を利用して増殖することができ、またシアンに対して耐性がある(最大20mg/lのCNの存在下で生育可能)ため、本方法において使用するのに好ましい。TC−2株は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に、受託番号FERM P−20354として平成17年(2005年)1月12日付で寄託されている。
【0017】
本方法においては、上記ロダナーゼ生産細菌のうち少なくとも1種を用いる限り、複数種を組み合わせて使用することも可能である。例えば、ロダナーゼ生産細菌の2種以上の組み合わせを用いることができる。
【0018】
また本方法においては、上記ロダナーゼ生産細菌の培養物を使用することもできる。ここでロダナーゼ生産細菌の培養物を使用する場合には、培養物は、ロダナーゼ生産細菌を培養することにより調製することができ、その培養条件としては、後述するような培養条件を用いればよい。
【0019】
また、本方法においては、チオ硫酸塩の存在下にて培養したロダナーゼ生産細菌の培養物を用いてシアン化合物を無害化してもよいし、あるいは、ロダナーゼ生産細菌の培養物とチオ硫酸塩を一緒に用いてシアン化合物を無害化してもよい。
【0020】
培養物は、その培養物のまま使用してもよいし、培養物を濾過、遠心分離若しくは抽出等の精製処理を行って使用してもよいし、又は培養物を水等で希釈して使用してもよい。
【0021】
さらに本方法においては、ロダナーゼ酵素を使用することもできる。ロダナーゼ(rhodanese)は、チオ硫酸塩とシアン化水素からチオシアン塩と亜硫酸への反応を触媒する周知の酵素であり、上記ロダナーゼ生産細菌の他、動物(例えば、ウシ、マウス、ヒツジ、、ヤギ、ブタ、ニワトリ)などのあらゆる生物に存在することが知られている(Aminlari, M. et al., Comp. Biochem. Physiol. B. Biochem. Mol. Biol. 2002, 132:309-313;Miller, D. M., R. Delgado, et al. (1991). J Biol Chem 266(8): 4686-91;Pallini, R., G. C. Guazzi, et al. (1991). Biochem Biophys Res Commun 180(2): 887-93;Miller, D. M., G. P. Kurzban, et al. (1992). Biochim Biophys Acta 1121(3): 286-92;Dooley, T. P., S. K. Nair, et al. (1995). Biochem Biophys Res Commun 216(3): 1101-9;Aita, N., K. Ishii, et al. (1997). Biochem Biophys Res Commun 231(1): 56-60;Aminlari, M., S. Gholami, et al. (2000). Comp Biochem Physiol B Biochem Mol Biol 127(3): 369-74;Nandi, D. L., P. M. Horowitz, et al. (2000). Int J Biochem Cell Biol 32(4): 465-73;Nazifi, S., M. Aminlari, et al. (2003). Comp Biochem Physiol B Biochem Mol Biol 134(3): 515-8)。従って、ロダナーゼは、生物(例えばロダナーゼ生産細菌)から単離することができる。また、ロダナーゼは、例えばSIGMA社から市販品を入手することができる。
【0022】
また、本方法においては、チオ硫酸塩の存在下にて培養したロダナーゼ生産細菌の培養物から得られるロダナーゼ酵素を用いてシアン化合物を無害化させることができる。チオ硫酸塩は、ロダナーゼ生産細菌の増殖を促進し、かつロダナーゼ酵素の生成に必須な電子受容体であるため、ロダナーゼ生産細菌の培養時に添加することによって、ロダナーゼ酵素の産生が増大すると考えられる。あるいは、ロダナーゼ酵素とチオ硫酸塩を一緒に用いてシアン化合物を無害化してもよい。
【0023】
また本方法においては、チオ硫酸塩を使用する。チオ硫酸塩とは、一般式MI又はMIIで表される化合物であり、アルカリ金属塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、バリウム塩などが含まれる。
【0024】
本方法においては、シアン化合物を含むものであればいかなるものも無害化の対象とすることができる。例えば、シアン化合物で汚染された土壌、地下水、廃水、河川水などが挙げられる。
【0025】
本方法では、シアン化合物に、上述したロダナーゼ生産細菌の菌体若しくはその培養物又はロダナーゼ酵素とチオ硫酸塩を適用することで、シアン化合物を無害化することができる。ここで、本方法は、チオ硫酸塩の存在下でシアン化合物と共にロダナーゼ生産細菌の菌体を培養すること、シアン化合物とロダナーゼ生産細菌の菌体若しくはその培養物又はロダナーゼ酵素とチオ硫酸塩を混合すること、シアン化合物に、ロダナーゼ生産細菌の菌体若しくはその培養物とチオ硫酸塩を散布すること、ロダナーゼ生産細菌の菌体若しくはその培養物又はロダナーゼ酵素とチオ硫酸塩を不織布等に接種したものをシアン化合物に静置することなどにより行うことができる。あるいは、無害化の対象となる土壌や水中に既にロダナーゼ生産細菌が存在すると考えられる場合には、単に当該無害化対象にチオ硫酸塩を投入するのみで本方法を実施することができる。
【0026】
チオ硫酸塩の存在下でシアン化合物と共にロダナーゼ生産細菌を培養する場合、及びロダナーゼ生産細菌の培養物を調製する場合には、チオ硫酸塩を添加すること以外は通常の培養条件を用いればよい。例えば、培地として、グルコース、デンプン、スクロース等の炭素源、硝酸カリウム、硝酸アンモニウム、酵母エキス、ペプトン等の窒素源を含有し、好ましくは、リン酸カリウム、硝酸マグネシウム、塩化カルシウム等の無機塩類や微量金属類、アミノ酸類、ビタミン類等の微量成分を含有する培地を用いることができる。本方法においては、例えば、ロダナーゼ生産細菌の増殖に必要であり、かつシアン化合物の無害化処理対象となる土壌、地下水などに不足している栄養塩(一般的には窒素及びリン)を添加することが好ましい。栄養塩の添加量は、無害化処理対象物に対して、窒素約0〜500mg/kg、リン約0〜100mg/kgの範囲内とすることができる。また培地は、固体培地及び液体培地のいずれも使用することが好ましい。
【0027】
添加するチオ硫酸塩の種類及び量は、使用するロダナーゼ生産細菌の種類及び存在量、シアン化合物の存在量、無害化処理対象物(土壌、水)等に応じて異なるが、対象物である土壌及び水に対して、約0.01〜約1mg/kgの範囲となるように添加することが好ましい。
【0028】
本方法におけるロダナーゼ生産細菌の培養においては、静置培養、振盪培養、通気培養、通気撹拌培養等の各種培養条件を用いて培養を行うことができる。ここで、培養の最適条件に関しては、用いる細菌の種類により異なるため、上記培地及び培養方法は用いる細菌に適するものに適宜選択及び調整され、また、温度、pH、培養期間等のその他の培養条件も適宜選択されて培養が行われることが好ましい。
【0029】
例えば、培養温度は、細菌の活性を維持するために処理槽の温度を約15〜35℃に維持することが好ましい。また、培養時のpHは、ロダナーゼ生産細菌によるチオ硫酸塩から硫酸塩の生成のためにpHが低下するため、無害化反応中はpH調整剤を使用して、pHが約6〜10の範囲に維持されるように調整することが好ましい。
【0030】
さらに、ロダナーゼ生産細菌は、空気中の炭酸ガスを炭素源として増殖するものである。従って、無害化処理対象の土壌又は水を掘削操作を行わずに本方法を実施する場合には、土壌吸引法又はエアスパージング法により空気(炭酸ガス)を供給することが好ましい。また、掘削した土壌又は水に対して本方法を適用する場合にも、通気管の使用又は攪拌処理により、土壌又は水に空気(炭酸ガス)を供給することが好ましい。さらに生物処理槽において無害化反応を行う場合には、曝気処理を行うことが好ましい。空気(炭酸ガス)の供給量は、対象土壌及び水1kgに対して、約0.01〜1L/分の範囲となるようにする。
【0031】
上記のような培養条件を用いて、ロダナーゼ生産細菌の培養物を調製することができる。また、ロダナーゼ酵素については、ロダナーゼ生産細菌由来の酵素を用いる場合には、上記の培養方法に従って調製される培養物から、当技術分野で公知のタンパク質精製法(例えば、硫酸アンモニウム沈殿、ゲルクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等)を使用して、純粋な又は部分的に純粋な酵素を単離することができる。
【0032】
使用するロダナーゼ生産細菌の菌体若しくはその培養物又はロダナーゼ酵素の量は、使用する細菌の種類、シアン化合物の存在量などを考慮して、望ましい結果が得られるように決定しうる。例えば、シアン化合物汚染水の処理におけるシアン化合物の無害化においては、生物処理槽においてロダナーゼ生産細菌が10細胞/ml以上存在することが好ましい。
【0033】
また、本方法をシアン化合物汚染の浄化に適用することができ、ロダナーゼ生産細菌の菌体若しくはその培養物又はロダナーゼ酵素とチオ硫酸塩を用いてシアン化合物汚染土壌又は水に含まれるシアン化合物を無害化し、浄化することができる。
【0034】
ロダナーゼ生産細菌の菌体若しくはその培養物又はロダナーゼ酵素によるシアン化合物の無害化の終了後は、処理済の土壌又は水を適切な分離装置、例えば振動篩、膜、ベルトプレス又は遠心分離装置等を用いて、ロダナーゼ生産細菌の菌体若しくはその培養物又は酵素を分離することができる。細菌及び酵素は、事前に動物試験等により安全性を確認されたものを用いるか、あるいは安全性を徹底するために使用後に殺菌処理を行うことが好ましい。
【0035】
2.シアン化合物無害化剤
本発明に係るシアン化合物無害化剤(以下、「本無害化剤」ともいう)は、ロダナーゼ生産細菌の菌体若しくはその培養物又はロダナーゼ酵素と、チオ硫酸塩を含むものである。本無害化剤は、ロダナーゼ生産細菌のうちの1種を単独で、又は複数種を組み合わせて含有することができ、また1種又は複数種のロダナーゼ生産細菌から調製された培養物、又は1種以上の生物に由来するロダナーゼ酵素を含有してもよい。ロダナーゼ生産細菌、その培養物及びロダナーゼ酵素は、前項「1.シアン化合物の無害化方法」に記載のように調製することができる。
【0036】
本無害化剤の形態は特に限定されず、ロダナーゼ生産細菌の菌体若しくはその培養物のそのままの形態、ロダナーゼ生産細菌の菌体若しくはその培養物又はロダナーゼ酵素を適当な溶媒中に溶解若しくは懸濁した形態、あるいはロダナーゼ生産細菌の菌体若しくはその培養物又はロダナーゼ酵素を保存可能なように凍結又は乾燥した形態など、任意の形態をとることができる。このような形態は、当技術分野で公知の方法に従って適宜調製することができる。
【0037】
また、本無害化剤は、他の成分を含んでもよい。他の成分は、菌体又はロダナーゼ酵素のシアン化合物無害化活性を損なわないものであれば特に限定されるものではなく、例えば、ロダナーゼ生産細菌の増殖に必要な栄養塩(窒素及びリン)等が挙げられる。
【0038】
本無害化剤は、シアン化合物に適用することにより使用することができる。例えば、シアン化合物と混合する、シアン化合物に散布する、などにより使用することができる。また、使用量は、使用する細菌の種類、シアン化合物の存在量などを考慮して、望ましい結果が得られるように決定しうる。また、本無害化剤は、シアン化合物汚染の浄化剤として用いることも可能である。
【0039】
本方法及び本無害化剤を用いることにより、浄化が望まれているシアン化合物を効率的にかつ低コストで無害化することができる。すなわち、シアン化合物に汚染された土壌又は水に対して、本無害化剤(あるいは、ロダナーゼ生産細菌の菌体若しくはその培養物又はロダナーゼ酵素と、チオ硫酸塩)と、場合によっては空気を供給するのみでシアン化合物を無害化することができる。また、本方法又は本無害化剤により、有害なシアン化合物が酵素反応において無害化されるため、微生物、酵素又は化学物質を単独で使用する場合よりも浄化期間が短く、また環境に対して安全である。
【0040】
以下、実施例を用いて本方法をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0041】
本実施例においては、エアスパージング工法によるシアン汚染地下水の浄化を行い、シアン化合物を無害化する微生物が存在するか否かを確認した。
【0042】
約7mg/lのシアンで汚染された地下水(工場跡地のベンゼン及びシアン汚染地下水)にエアスパージングを行った結果、シアン濃度は漸減し、150日間後に約97%のシアンが除去された(図1)。曝気した回収ガス中にはシアンが検出されなかったため、これらのシアンは地盤内で微生物により無害化されたと考えられた。
【実施例2】
【0043】
本実施例においては、シアン化合物無害化細菌(ロダナーゼ生産細菌)の単離を行った。
【0044】
実施例1で使用した汚染サイトの地下水から、シアンを唯一の炭素源とする培地(表1に示す培地成分(250mlの微量元素溶液、10mlのWolfe微量元素溶液及び1mlのビタミン混合溶液)を、1Lの蒸留水でメスアップ後、pHを6N塩酸を用いて7に調整する。それを培養瓶に分注し、121℃にて15分間滅菌する。)を用いて微生物のスクリーニングを行った。その結果、本培地でシアンを低減しながら増殖する楕円状の桿菌(TC−2株)を単離した。TC−2株の形態を図2に示す。また、この菌株の特性決定(以下参照)を行ったところ、16S rRNA解析により、TC−2株はRhizobiales属に属するStarkeya sp.(旧名Thiobacillus novellus)と99.0%の相同性を有したが、明らかな近縁種は存在しないことが判明し、この菌株が新規細菌種であることがわかった。なお、TC−2株は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に、受託番号FERM P−20354として平成17年(2005年)1月12日付で寄託されている。
【0045】
TC−2株(FERM P−20354)
(1)形態的性質
a.1〜3μmの短桿菌
b.鞭毛なし
(2)生理学的性質
a.至適生育温度 30℃
b.至適生育pH 7.0
c.シアン資化性あり
(3)化学物理学的性質
a.16S rRNA配列 配列番号1
【0046】
【表1】

【実施例3】
【0047】
本実施例においては、チオ硫酸塩のシアン無害化作用について確認した。
チオ硫酸塩にはシアンの無害化作用があることが知られているため、シアン模擬汚染地下水を用いてチオ硫酸塩の無害化作用を調べた。シアン模擬汚染地下水にチオ硫酸を添加し、1時間静置後に全シアン濃度を測定した結果、チオ硫酸塩の添加によりシアンが若干低減したが、チオ硫酸塩の添加濃度を増加させてもシアンの無害化効果は一定範囲にとどまることが確認された(図3)。
【実施例4】
【0048】
本実施例においては、チオ硫酸塩添加によるシアン化合物無害化細菌の増殖促進効果を確認した。
チオ硫酸塩添加によるシアン化合物無害化細菌の増殖促進効果を確認するため、シアンを含むミネラル培地(チオ硫酸塩無添加;表2に示す培地成分(250mlの微量元素溶液、10mlのWolfe微量元素溶液及び1mlのビタミン混合溶液)を、1Lの蒸留水でメスアップ後、pHを6N塩酸を用いて7に調整する。それを培養瓶に分注し、121℃にて15分間滅菌する。)と同一の培地にチオ硫酸塩を最終濃度で1g/lになるように添加した培地を用いて、実施例2で単離したシアン化合物無害化細菌TC−2株を培養した。その結果、チオ硫酸を添加することによりTC−2株は10倍以上多く増加することが確認された。9日間の培養後、チオ硫酸塩が存在しない培地での全シアン濃度の除去率は約30%であったのに対して、チオ硫酸を添加した培地では大部分のシアンが除去された(図4)。
【0049】
従って、チオ硫酸塩は、シアン化合物無害化細菌(ロダナーゼ生産細菌)の増殖を促進し、またシアン化合物の無害化を促進することがわかった。
【0050】
【表2】

【実施例5】
【0051】
本実施例においては、チオ硫酸塩の適正供給範囲について調べた。
チオ硫酸塩の適正供給範囲を把握するため、チオ硫酸塩の添加濃度を段階的に変えてTC−2株を12日間、30℃で培養した。その結果、チオ硫酸塩によるTC−2株の増殖促進効果は、0.01〜1mg/Lの範囲内で確認された(図5)。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明に係るシアン化合物の無害化方法及びシアン化合物無害化剤により、シアン化合物を効率的に、簡便にかつ低コストで無害化することができる。また、本発明に係るシアン化合物の無害化方法及びシアン化合物無害化剤により、シアン化合物に汚染した土壌・水を浄化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】スパージング実施中の地盤中のシアン濃度の推移を示す図である。
【図2】TC−2株の電子顕微鏡写真である。
【図3】チオ硫酸塩添加によるシアン濃度変化を示す図である。
【図4】チオ硫酸塩添加によるシアン化合物無害化細菌(ロダナーゼ生産細菌)のシアン無害化促進効果を示す図である。
【図5】チオ硫酸塩濃度を変化させて添加した場合のTC−2株の増殖促進効果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロダナーゼ生産細菌の菌体若しくはその培養物又はロダナーゼ酵素とチオ硫酸塩を用いてシアン化合物を無害化することを特徴とするシアン化合物の無害化方法。
【請求項2】
さらに窒素及びリンから選択される栄養塩を供給して無害化を行う、請求項1記載の無害化方法。
【請求項3】
空気を供給して無害化を行う、請求項1又は2記載の無害化方法。
【請求項4】
pH6〜10において無害化を行う、請求項1〜3のいずれか1項に記載の無害化方法。
【請求項5】
温度15〜35℃において無害化を行う、請求項1〜4のいずれか1項に記載の無害化方法。
【請求項6】
ロダナーゼ生産細菌の菌体若しくはその培養物又はロダナーゼ酵素と、チオ硫酸塩を含むことを特徴とするシアン化合物無害化剤。
【請求項7】
さらに窒素及びリンから選択される栄養塩を含む、請求項6記載のシアン化合物無害化剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−281053(P2006−281053A)
【公開日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−102671(P2005−102671)
【出願日】平成17年3月31日(2005.3.31)
【出願人】(000206211)大成建設株式会社 (1,602)
【Fターム(参考)】