説明

シクロヘキシルイソシアネートの精製方法、およびグリピシドの製造方法

【課題】反応試薬を添加して加熱処理したり、蒸留などの加熱処理をして精製することなく、また曝露対策や、大掛かりな装置を使用することなく、簡便な操作でシクロヘキシルイソシアネートを精製する方法を提供する。
【解決手段】シクロヘキシルイソシアネートを液相で、平均細孔径が3〜5Åの合成ゼオライトと接触させる工程を含むシクロヘキシルイソシアネートの精製方法、ならびに、当該精製方法により精製されたシクロヘキシルイソシアネートを用いる、グリピシドの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シクロヘキシルイソシアネートの精製方法、およびグリピシドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シクロヘキシルイソシアネートは医薬品の原料として有用な化合物である。たとえば、米国特許第3669966号明細書(特許文献1)、特開平6−279418号公報(特許文献2)には、糖尿病治療薬として有用なグリピシドが、下記スキームに示されるように、シクロヘキシルイソシアネートと4−(2−(5−メチルピラジンカルボキシアミノ)エチル)フェニルスルホンアミドのナトリウム塩とを縮合反応させて製造されることが開示されている。
【0003】
【化1】

【0004】
グリピシドの製造において、不純物を多く含むシクロヘキシルイソシアネートを使用した場合、この不純物に由来する副生物がグリピシドに含まれる虞がある。たとえば、工業的に入手できるシクロへキシルイソシアネートを使用してグリピシドを製造すると、シクロヘキシルイソシアネート中の不純物に由来する除去しにくい副生物が0.01%以上含まれていた。この副生物が0.01%以上グリピシドに含まれる場合は、当該副生物を単離して構造を確認したり、安全性を確認する必要があり問題となる。
【0005】
シクロヘキシルイソシアネートなどの有機イソシアネート類の精製法は、種々提案されている。たとえば、特開平5−117220号公報(特許文献3)には、有機イソシアネート類とシリル化された酸とを混合して加熱し、蒸留する方法が提案されており、たとえば特開2000−290243号公報(特許文献4)には、有機イソシアネート類にリン酸エステル化合物を添加し、蒸留する方法が提案されている。また、特開2000−327653号公報(特許文献5)には、有機イソシアネート類とアルコールまたはチオールとを混合して加熱、蒸留する方法が提案されている。
【0006】
しかしながら、上述した特許文献3〜5に開示された方法は、いずれも、有機イソシアネート類に添加剤を添加して、加熱し蒸留して精製する方法である。有機イソシアネート類の蒸気は刺激性で毒性であるため、加熱、蒸留などの蒸気が発生する操作を有機イソシアネート類に関して行う場合には、作業者への曝露を防ぐ対策が必要となり、また除害のための大掛かりな設備、装置が必要となる。また、たとえば特開2006−69941号公報(特許文献6)に記載されているように、有機イソシアネート類は、蒸留することで、尿素類、イソシアネートのオリゴマーなどの蒸留残渣が発生するという問題もある。
【特許文献1】米国特許第3669966号明細書
【特許文献2】特開平6−279418号公報
【特許文献3】特開平5−117220号公報
【特許文献4】特開2000−290243号公報
【特許文献5】特開2000−327653号公報
【特許文献6】特開2006−69941号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、その目的とするところは、反応試薬を添加して加熱処理したり、蒸留などの加熱処理をして精製することなく、また曝露対策や、大掛かりな装置を使用することなく、簡便な操作でシクロヘキシルイソシアネートを精製する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のシクロヘキシルイソシアネートの精製方法は、シクロヘキシルイソシアネートを液相で、平均細孔径が3〜5Åの合成ゼオライトと接触させる工程を含むことを特徴とする。
【0009】
また本発明のシクロヘキシルイソシアネートの精製方法において、合成ゼオライトの使用量は、シクロヘキシルイソシアネート100重量部に対し、2〜20重量部であることが、好ましい。
【0010】
本発明はまた、上述した本発明のシクロヘキシルイソシアネートの精製方法により精製されたシクロヘキシルイソシアネートを用いた、グリピシドの製造方法についても提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、反応試薬を添加して加熱処理したり、蒸留などの加熱処理をして精製することなく、また曝露対策や、大掛かりな装置を使用することなく、簡便な操作でシクロヘキシルイソシアネートを精製する方法を提供することができる。
【0012】
また本発明によれば、本発明の方法によって精製したシクロヘキシルイソシアネートを用いてグリピシドを製造することで、製造されたグリピシド中に、シクロヘキシルイソシアネート中の不純物に由来する除去しにくい副生物が0.01%以上含まれることを防止でき、当該副生物を単離して構造を確認したり、安全性を確認したりする操作を不要とすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明のシクロヘキシルイソシアネートの精製方法は、シクロヘキシルイソシアネートを液相で、平均細孔径が3〜5Åの合成ゼオライトと接触させる工程を含むことを特徴とする。このような工程を含む本発明のシクロヘキシルイソシアネートの精製方法によれば、反応試薬を添加して加熱処理したり、蒸留などの加熱処理をして精製することなく、また曝露対策や、大掛かりな装置を使用することなく、簡便な操作でシクロヘキシルイソシアネートを精製することができるようになる。
【0014】
ここで、シクロヘキシルイソシアネートに含まれる不純物としては、たとえば、シクロヘキシル尿素、シクロヘキシルアミンなどが知られている。さらに、シクロヘキシルイソシアネートには、上述した不純物以外にも、これまでに知られていない不純物が含まれてくる場合があり、たとえば実施例1において後述する条件で粗製シクロヘキシルイソシアネートをGC(ガスクロマトグラフィ)分析した場合には、RT(保持時間)が6.2分の、これまでに知られていた不純物のピークとは異なるピークが存在していた(ブチルイソシアネートであると想定される)。本発明のシクロヘキシルイソシアネートの精製方法では、後述する実施例で明らかにされるように、このようなこれまでに知られていない不純物についても0.01%未満に低減することができる。
【0015】
本発明においては、平均細孔径が3〜5Å(好ましくは3〜4Å)の合成ゼオライトを用いる。平均細孔径が3Å未満の場合、または、5Åを超える合成ゼオライトを用いた場合には、いずれもシクロヘキシルイソシアネートの不純物の除去効率が低下してしまうためである。なお、上述した合成ゼオライトの平均細孔径は、水銀圧入式ポロシメータまたは窒素吸着法によって測定された値を指す。
【0016】
このような平均細孔径を有する本発明に好適に用いられ得る合成ゼオライトの具体例としては、モレキュラーシーブス3A、4Aおよび5A(ユニオンカーバイト社製またはユニオン昭和(株)製)、ゼオラム3Aおよび4A(東ソー(株))などが挙げられる。
【0017】
本発明に用いられる合成ゼオライトの形態は、粉状、粒状、塊状または成形体のいずれであってもよい。合成ゼオライトとしては、通常は、比表面積が大きくなることから、比較的粒径の小さいものを用いることが好ましい。ただし、ハンドリングの簡便さ、カラム、塔、槽などへ充填して用いる際の圧損を考慮した場合、直径1〜10mm程度の粒状物の合成ゼオライトが実用的である。
【0018】
合成ゼオライトの使用量は、シクロヘキシルイソシアネートの不純物濃度や処理量によって異なるため特に制限されるものではないが、シクロヘキシルイソシアネート100重量部に対し2〜20重量部の範囲内であることが好ましく、5〜10重量部の範囲内であることがより好ましい。合成ゼオライトの使用量がシクロヘキシルイソシアネート100重量部に対し2重量部未満である場合には、不純物を十分に除去できない虞があるためであり、また、合成ゼオライトの使用量がシクロヘキシルイソシアネート100重量部に対し20重量部を超える場合には、使用量に見合った効果がなく、経済的でなくなる傾向にあるためである。
【0019】
合成ゼオライトを液相でシクロヘキシルイソシアネートと接触させる具体的な方法としては、たとえば、合成ゼオライト(たとえば合成ゼオライトの粒状物)を、シクロヘキシルイソシアネートが収容された容器、槽に添加し、一定時間放置した後、吸引またはろ過により合成ゼオライトを分離する、バッチ式の方法が挙げられる。また、合成ゼオライトを詰めたカラムに、液相のシクロヘキシルイソシアネートを通液する連続式の方法を採用してもよい。
【0020】
また、多量のシクロヘキシルイソシアネートを本発明の精製方法に供する場合には、合成ゼオライトを、充填塔に連続的に通液させる方法が好ましく採用される。この場合、液体基準の空間速度(LHSV)は、不純物の処理量などに応じて適宜選択すればよい。また本発明の精製方法を工業的に実施する方法として、上述した充填塔を2塔設け、2塔を切り換えて連続的に精製を行う方法を採用してもよい。
【0021】
本発明の精製方法において、シクロヘキシルイソシアネートは、液相で合成ゼオライトと接触させればよく、シクロヘキシルイソシアネートを後述するグリピシドの製造の際の反応に用いる溶媒に溶解させて精製に供するようにしてもよい。このような溶媒としては、たとえばアセトン、テトラヒドロフラン、トルエンなどが挙げられる。
【0022】
本発明の精製方法において、合成ゼオライトは、使用に先立って不活性ガスを通気しながら活性化した後、使用してもよい。また、本発明の精製方法に使用した後の合成ゼオライトは、シクロヘキシルイソシアネートの品質(またはグリピシドの品質)に問題のない限り継続使用することができる。
【0023】
本発明の精製方法において、シクロヘキシルイソシアネートを合成ゼオライトに接触させる際の温度は、特に制限されるものではないが、安全性、除去効率の観点からは、10〜50℃の範囲内であることが好ましく、20〜40℃の範囲内であることがより好ましい。また、シクロヘキシルイソシアネートを合成ゼオライトに接触させる時間についても特に制限されるものではないが、たとえば上述したバッチ式を採用する場合には、1〜50時間の範囲内が好ましく、6〜24時間の範囲内がより好ましい。
【0024】
本発明はまた、上述した本発明の精製方法によって精製されたシクロヘキシルイソシアネートを用いたグリピシドの製造方法についても提供する。本発明のグリピシドの製造方法は、たとえば、上述した本発明の精製方法によって精製されたシクロヘキシルイソシアネートと、4−(2−(5−メチルピラジンカルボキシアミノ)エチル)フェニルスルホンアミドのナトリウム塩とを反応させる下記スキームによって実現される。
【0025】
【化2】

【0026】
本発明のグリピシドの製造方法によれば、本発明の精製方法で精製されたシクロヘキシルイソシアネートを用いてグリピシドを製造することで、製造されたグリピシド中に、シクロヘキシルイソシアネート中の不純物に由来する除去しにくい副生物が0.01%以上含まれることを防止でき、当該副生物を単離して構造を確認したり、安全性を確認したりする操作を不要とすることができる。ここで、シクロヘキシルイソシアネート中の不純物として、これまで知られていた不純物と、知られていない不純物とがあり、本発明の精製方法では、これらのいずれの不純物もを低減できることは上述した。たとえば実施例2において後述する条件で、粗製シクロヘキシルイソシアネートを用いて製造されたグリピシドをHPLC分析した場合には、RT(保持時間)が22分の、粗製シクロヘキシルイソシアネート中のこれまで知られていない不純物に由来すると思われる副生物の存在を示すピークがみられた(比較例1)。本発明のグリピシドの製造方法では、シクロヘキシルイソシアネート中のこれまで知られていた不純物に由来する副生物を0.01%未満に低減することができるとともに、後述する実施例で明らかにされるように、シクロヘキシルイソシアネート中のこれまでに知られていない不純物に由来すると思われる副生物についても0.01%未満に低減することができる。
【0027】
本発明のグリピシドの製造方法は、上述した本発明の精製方法で精製されたシクロヘキシルイソシアネートを用いるのであれば、その他の反応条件などについては特に制限されるものではなく、従来公知の反応条件を適宜採用すればよい。
【0028】
以下に実施例を挙げて、本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0029】
<実施例1:シクロヘキシルイソシアネートの精製>
まず、工業品のシクロヘキシルイソシアネートについて下記条件でGC分析を行ったところ、RT(保持時間)が6.2分の、これまでに知られていない不純物に由来するピークが存在していた。
【0030】
(GC分析条件)
・検出 FID
・カラム DB−5(直径0.25mm×30m、膜厚;1μm、J&W社製)
・カラム温度:50℃(0分)→(5℃/分)→100℃(10分)→(10℃/分)→300度(20分)
・注入温度:250℃
・検出温度:300℃
・キャリアーガス:He
・流量:1.5mL/分
・不純物のRT:6.2min
このような工業品のシクロヘキシルイソシアネート100kgを、合成ゼオライト(モレキュラーシーブス5A、平均細孔径:5Å)10kgとともに、窒素置換した200Lの容器内に添加し、常温(20℃)で1時間ごとに数回の攪拌を7時間続けた。合成ゼオライトを分離したシクロヘキシルイソシアネートを同様の条件でGC分析したところ、上述した不純物に由来するピークは検出されなかった。
【0031】
<実施例2:グリピシドの製造>
反応容器にアセトン1577Lを仕込み、4−〔2−(5−メチルピラジン−2−カルボキサミド)エチル〕ベンゼンスルホンアミド79.2kgを加えて加熱還流した。これに、水酸化ナトリウム11kgを水12.3kgに溶解した液を加えて1時間還流した。別途、アセトン52.2Lに実施例1で精製した後のシクロヘキシルイソシアネート40.8kgを加えて溶解した溶液を還流下で滴下した。6時間還流下で反応した。約60℃に冷却し、水396kgを加え、溶解を確認した後、ハイフロースーパーセル(セライト社製)8.4kgを使用してろ過し、101kgの水で洗浄した。ろ液を2分割し、水198kgを加えて55℃に加熱し、10%塩酸50.4kgを同温度で滴下した。
【0032】
55〜65℃で30分攪拌後、20〜25℃に冷却し、1時間攪拌した。ろ過、50重量%アセトン138kg、次いで水138kgで結晶を洗浄し、粗製グリピシドを得た。以下の条件でのHPLC分析を行ったところ、シクロヘキシルイソシアネート中の不純物に由来する副生物は検出されなかった。
【0033】
(HPLC分析条件)
・カラム:YMC Pack Pro C18(4.6mm×25cm)
・カラム温度:30℃
・移動相:1Lの水にn−ブチルアミン4.0mLを溶解し、リン酸を加えてpH3.00±0.05に調整した緩衝液:アセトニトリル:メタノール=3:1:1
・流速:1mL/min
・検出:UV280nm
<比較例1:グリピシドの製造>
反応容器にアセトン1577Lを仕込み、4−〔2−(5−メチルピラジン−2−カルボキサミド)エチル〕ベンゼンスルホンアミド79.2kgを加えて加熱還流した。これに、水酸化ナトリウム11kgを水12.3kgに溶解した液を加えて1時間還流した。別途、アセトン52.5Lに工業品のシクロヘキシルイソシアネート40.8kgを加えて加えて溶解した溶液を還流下で滴下した。6時間還流下で反応した。約40℃に冷却し、水396kgを加え、溶解を確認した後、ハイフロースーパーセル(セライト社製)8.4kgを使用してろ過し、101kgの水で洗浄した。ろ液を2分割し、水198kgを加えて55℃に加熱し、10%塩酸50.4kgを同温度で滴下した。55〜65℃で30分攪拌後、20〜25℃に冷却し、1時間攪拌した。ろ過、50重量%アセトン138kg、次いで水138kgで結晶を洗浄し、粗製グリピシドを得た。
【0034】
実施例2と同様の条件でHPLC分析を行ったところ、シクロヘキシルイソシアネート中の不純物に由来の副生物(RT22min)が0.06%含まれていた。この粗製グリピシドを4重量倍のアセトンで精製させたが、シクロヘキシルイソシアネート中の不純物に由来する副生物は0.01%含まれていた。
【0035】
今回開示された実施の形態および実施例は、全ての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シクロヘキシルイソシアネートを液相で、平均細孔径が3〜5Åの合成ゼオライトと接触させる工程を含む、シクロヘキシルイソシアネートの精製方法。
【請求項2】
合成ゼオライトの使用量が、シクロヘキシルイソシアネート100重量部に対し、2〜20重量部である、請求項1に記載のシクロヘキシルイソシアネートの精製方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の方法により精製されたシクロヘキシルイソシアネートを用いる、グリピシドの製造方法。

【公開番号】特開2009−13121(P2009−13121A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−177294(P2007−177294)
【出願日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】