説明

ショートアーク型放電ランプ

【課題】発光管内の陰極が、タングステンからなる本体部と、該本体部の先端に接合されたトリエーテッドタングステンからなるエミッター部とからなるショートアーク型放電ランプにおいて、陰極先端の内部に含有されたエミッター物質の有効利用を図ることにより、陰極表面でのエミッター物質の枯渇を防いで電子放出機能を長時間維持し、ランプのフリッカー寿命の長期化を図ることのできる構造を提供する。
【解決手段】陰極の本体部に、トリウム(Th)以外の金属の酸化物を有し、この金属酸化物の上に炭化タングステン層が形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ショートアーク型放電ランプに関するものであり、特に、陰極に酸化トリウムが含有されたエミッター部が設けられているショートアーク型放電ランプに係わるものである。
【背景技術】
【0002】
従来、水銀を封入したショートアーク型放電ランプは、発光管内に対向配置された一対の電極の先端間距離が短く、点光源に近いことから、光学系と組み合わせることにより集光効率の高い露光装置の光源として利用されている。また、キセノンを封入したショートアーク型放電ランプは、映写機などにおいて可視光光源として用いられており、近年ではデジタルシネマ用光源としても重用されている。
そして、かかるショートアーク型放電ランプにおいては、陰極にエミッター材を設けて、電子放出特性を高めるようにしたものが知られている。
【0003】
ところで近時では、希少資源の節約という観点からエミッター材としてのトリウムの使用に制限が設けられるようになってきており、その大量使用を避ける要請がなされてきている。加えて該トリウムが放射性物質であり、法的規制によりその取り扱いが制限されているという事情もある。
このような事情を勘案して、陰極の先端部にのみエミッター材を含有させた構造の放電ランプが種々開発されている。
特許文献1(特開2010−33825号公報)にかかる従来のショートアーク型放電ランプの陰極構造が開示されている。
【0004】
図3にこの従来技術が示されていて、図3(A)はショートアーク型放電ランプの全体図、図3(B)はその陰極構造を示す。
図3(A)に示されるように、ショートアーク型放電ランプ1の発光管10内には、タングステンからなる陽極11と陰極12とが対向配置されている。該発光管10内には水銀やキセノン等の発光物質が封入されている。なお、同図ではショートアーク型放電ランプ1は垂直点灯される態様を示しているが、その用途によっては水平点灯されるものもある。
そして、このランプにおける陰極構造が図3(B)に示されていて、陰極12は、純度の高いタングステンからなる陰極本体部12bと、これと一体形成されたエミッター部12aとからなる。このエミッター部12aは、タングステン中に例えば酸化トリウムなどのエミッター物質を含有させたものである。
【0005】
この種のランプにおいてエミッター物質としてトリウムを用いたものでは、陰極の先端部分のトリエーテッドタングステンに含有された酸化トリウムが、陰極表面でランプ点灯中に高温になることによって還元され、トリウム原子となって陰極の外表面を拡散して温度が高い先端側へと移動する。これにより、仕事関数を小さくして電子放出特性を良好なものにするものである。
【0006】
しかしながら、上記従来技術においては、実際にランプ点灯時に電子放出特性の改善に寄与するエミッター物質は、陰極先端の外表面からごく浅い領域までに含有されたエミッター物質に限られていた。
もともと、エミッター物質は陰極先端の外表面で熱によって蒸発して消耗されるが、陰極内部からの濃度拡散によって該エミッター物質が外表面に供給されてくることを期待しているものである。
しかしながら、その温度が最も高くなる外表面での消耗量に較べて、より温度の低い陰極内部からの濃度拡散による供給が十分になされず、その供給量が上記消耗量に追いつかないという現象が生じる。
その結果、陰極内部には豊富にエミッター物質を含有していたとしても、陰極表面ではエミッター物質が枯渇するという現象が出現してしまうためである。
このように、上記従来技術では、陰極先端内部にエミッター物質を含有させても、そのエミッター物質が十分に活用されず、陰極先端表面でエミッター物質が枯渇すると、電子放出特性が低下してフリッカーが生じてしまうという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−33825号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
この発明は、上記従来技術の問題点に鑑みて、発光管の内部に、陰極と陽極とが対向配置され、前記陰極が、タングステンからなる本体部と、該本体部の先端に接合されたトリエーテッドタングステンからなるエミッター部とからなるショートアーク型放電ランプであって、陰極先端の内部に含有されたエミッター物質の有効利用を図ることにより、陰極表面でのエミッター物質の枯渇を防ぎ、エミッター材の使用量を減らしてもエミッター物質の十分な活用によりこれを補うことによって、電子放出機能を長時間維持し、ランプのフリッカー寿命の長期化を図るようにした構造を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、この発明では、陰極本体部にトリウム(Th)以外の金属の酸化物を有し、この金属酸化物の上に炭化タングステン層が形成されていることを特徴とする。
また、前記金属酸化物は、前記本体部の表面に塗布された金属酸化物層であることを特徴とする。
更には、前記金属酸化物は、前記本体部に添加されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、陰極の表面の炭化タングステンと金属酸化物との反応により、一酸化炭素(CO)等の気体が生成され、気中を介して酸化トリウムが含有されたエミッター部の先端面へ輸送されて、次いで、炭素(C)が陰極内部、即ち、エミッター部の内部に拡散するものであり、これによりエミッター部内部の酸化トリウムの還元反応が促進されて、陰極内部に含まれる酸化トリウムが有効的に利用されるものである。
その結果、陰極エミッター部の表面での酸化トリウムの枯渇といった事態が発生することがなく、エミッター物質の全体の使用量を制限しても、フリッカー寿命の長いランプを実現できるという効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明に係る放電ランプの陰極構造の全体図。
【図2】本発明の一実施例を表す図1のA−A部分断面図。
【図3】(A)従来の放電ランプの全体図、(B)その陰極構造。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図1はこの発明のショートアーク型放電ランプに用いられる陰極構造を示し、陰極2は、タングステンからなる本体部3と、その先端に接合されたトリエーテッドタングステンからなるエミッター部4とからなる。なお、前記本体部3とエミッター部4とは、拡散接合されていることが好ましい。ここで、拡散接合とは、金属同士を面で重ね合わせて、当該金属の融点未満の固相状態で塑性変形が生じない程度に加熱・加圧し、接合部の原子を拡散させる固相接合することをいう。この拡散接合では、加熱温度は2000℃程度であり、溶融接合のようにタングステンの融点(約3400℃)まで加熱する必要がないので、本体部やエミッター部の金属組織を維持することができ、陰極性能に悪影響を与えることがない。さらに、陰極の金属組織が変わらないため、本体部3とエミッター部4の接合後も切削加工することができるという利点もある。
【0013】
本発明においては、前記陰極本体部3はタングステンからなり、トリウム(Th)以外の金属、例えば、ジルコニウム(Zr)、セリウム(Ce)、ランタン(La)、イットリウム(Y)などの金属の酸化物を有していて、当該金属酸化物の上に炭化タングステン層が形成されているものである。
図2(図1のA−A部分断面図)にその一形態が示されていて、前記陰極本体部3は、例えば純度が99.99重量%以上の純タングステンより構成されており、その側表面に酸化ジルコニウム(ZrO)・酸化セリウム(CeO)・酸化ランタン(La)・酸化イットリウム(Y2)などの金属酸化物が塗布されて金属酸化物層5が形成されている。
そして、この金属酸化物層5の上に炭化タングステン層6が形成されている。
【0014】
一方、エミッター部4は、主成分であるタングステンに、エミッター物質として酸化トリウム(ThO)を含有する、いわゆるトリエーテッドタングステン(以下、トリタンということもある)で構成されていて、酸化トリウムの含有量は、例えば2wt%である。
通常、このエミッター部4を構成するトリタンに含有された酸化トリウムは、ランプ点灯中に高温になることによって還元され、トリウム原子となって陰極外表面を拡散して、温度が高い先端側へと移動する。これにより、仕事関数を小さくして電子放出特性を良好なものにするものである。
【0015】
そして、前記本体部3は、円柱状部3bの先端部において、先端側ほど径が小さくなるテーパー形状からなる縮径部3aが形成されており、その先端に、円錐台形状のエミッター部4が接合されている。これにより、陰極2の先端は、全体としてテーパー形状からなる円錐台形状とされている。
しかしながら、前記本体部3の縮径部3aの形状はこのテーパー形状に限られず、円弧形状であってもよく、また、エミッター部4もその先端が、いわゆる砲弾型の円弧形状であってもよい。
更には、エミッター部4は、本体部3の縮径部3aにおいて接合されるものを示したが、陰極全体の形状によっては、本体部3の円柱状部3bにおいて接合されるものであってもよい。
【0016】
そして、図1に示す例では、前記陰極本体部3の縮径部3aの表面に炭化タングステン層6が形成されている。また、上記したように、エミッター部4が円柱状部3bにおいて接合されるものにあっては、前記炭化タングステン層6も当然、円柱状部3bに形成される。
また、該炭化タングステン層6は、エミッター部4とは間隔を持って形成されたものを示したが、近接もしくは隣接し、更には一部が積層するものであってもよい。
【0017】
ところで、前記陰極本体部3に金属酸化物を有させる形態としては、前記図2で示す、本体部3の表面に金属酸化物層6を形成するもの以外に、該本体部3を構成するタングステン中に酸化ジルコニウム(ZrO)・酸化セリウム(CeO)・酸化ランタン(La)・酸化イットリウム(Y2)等が0.5〜2wt%程度に添加されたものであってよく、いわゆるドープドタングステンであってもよい。
【0018】
本発明による作用を説明すると、以下の通りである。
ランプの点灯中には、エミッター部4を構成するトリタン中の酸化トリウム(ThO)の表面では、タングステン(W)中に固溶した炭素原子(C)との間で還元反応が起こり、トリウム(Th)が生成されると同時に一酸化炭素(CO)が発生する。

ThO+C ⇔ Th+2CO (1)

つまり、上記還元反応を促進するためには、酸化トリウムの周囲に炭素(C)が存在することが必要である。
【0019】
ここで、陰極本体部3の側面にWCやWC(以下では、WxCと書く)といったタングステン炭化物6が形成されていると、ランプの点灯中には陰極が高温になるため、前記本体部3に塗布、または添加された金属酸化物との反応、

zWxC+MyOz ⇔ zxW+yM+zCO (2)

および、ランプの点灯中に発光管内表面から放出される水蒸気(HO)や電極から放出される酸素(O2)との反応、

WxC+HO ⇔ xW+H+CO (3)

2WxC+O ⇔ 2xW+2CO (4)

によって、一酸化炭素(CO)が発生する。ここで、Mは、ジルコニウム(Zr)・セリウム(Ce)・ランタン(La)・イットリウム(Y)等の金属元素を表す。
そして、これらのCOは、発光管内を気相状態で拡散することにより、その一部がアークの中に入る。このCOは、アークの中では高温のために分解されて、C+イオンを生成する。このC+イオンはアーク中の電界によって陰極先端面へ運ばれ、一部はそこでタングステン中に固溶し、表層部から陰極エミッター部4の内部へと拡散して、酸化トリウム表面に供給される。
こうして、本発明の陰極によれば、エミッター部4に含有された酸化トリウム表面への炭素(C)の供給量が増加することによって、上記式(1)に示す酸化トリウムの還元反応が促進されるものである。
【0020】
以下、本発明の陰極の作成方法の一例を説明する。
直径10mm、厚さ5mmのトリタン、直径10mm、厚さ20mmのジルコニアタングステン(酸化ジルコニウム0.8wt%添加タングステン)を用意する。次に、トリタンとジルコニアタングステンの接合面を合わせて、真空中で軸方向に2.5kN程度の圧縮力を印加する。そして、通電加熱により接合部の温度を約2000℃にして、5分程度トリタンとジルコニアタングステンを拡散接合させる。
拡散接合後の材料を切削加工することで、先端がエミッター部4(トリタン)、後方が本体部3(ジルコニアタングステン)の陰極2となる。
次に、陰極2の先端部を除く表面、具体的には陰極2の表面、例えば先端面から軸に沿って少なくとも2mm程度後退した位置の表面には、浸炭工程によって、厚さ約30μmの炭化タングステン層6が設けられる。
なお、上記したように、この実施例では、炭化タングステン層6はエミッター部4から離れた位置に形成されている例を示したが、一部がエミッター部4に被覆されるような位置であってもよい。その設けられる位置は、後述するように、その温度によって蒸発する炭素量がどの程度かによって決定される。
【0021】
すなわち、炭化タングステン層6を設ける位置の温度が高い(陰極の先端に近い)ほど、COの生成が活発になるためCの輸送量は増大し、多すぎる場合は、陰極先端面に大量のタングステンカーバイトが形成されてしまい、その溶融により不所望な陰極先端の変形をもたらす。
【0022】
以上のように、本発明によれば、陰極本体部における金属酸化物と炭化タングステンとの反応によってCOの生成が増大する結果、陰極のエミッター部内部の酸化トリウムへの炭素の供給量が増大し、エミッター部中での酸化トリウムの還元反応が促進されて、エミッター部の内部に存在する酸化トリウムをも有効に機能させることができる。このため、エミッター部の表面部のみの酸化トリウムが使用されてしまうということがなく、エミッター物質の枯渇による短寿命化を防止できる。
これにより、エミッター物質の使用量の制限という社会的な要請にも応えることのできる陰極構造が実現でき、その具体的な構造として陰極本体部の縮径部においてエミッター部を接合する構造としても、十分長期にわたるフリッカーの防止機能が発揮できるものである。
【符号の説明】
【0023】
1 ショートアーク型放電ランプ
2 陰極
3 陰極本体部
3a 縮径部
3b 円柱部
4 エミッター部
5 金属酸化物層
6 炭化タングステン層




【特許請求の範囲】
【請求項1】
発光管の内部に、陰極と陽極とが対向配置され、前記陰極が、タングステンからなる本体部と、該本体部の先端に接合されたトリエーテッドタングステンからなるエミッター部とからなるショートアーク型放電ランプであって、
前記陰極の本体部には、トリウム(Th)以外の金属の酸化物を有し、この金属酸化物の上に炭化タングステン層が形成されていることを特徴とするショートアーク型放電ランプ。
【請求項2】
前記金属酸化物は、前記本体部の表面に塗布された金属酸化物層であることを特徴とする請求項1のショートアーク型放電ランプ。
【請求項3】
前記金属酸化物は、前記本体部に添加されていることを特徴とする請求項1のショートアーク型放電ランプ。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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