説明

シリコンインゴットの電磁鋳造方法

【課題】シリコンインゴットの鋳造を行ったチャンバー内を清掃する際に、粉塵爆発が発生する危険性を低減することができるシリコンインゴットの電磁鋳造方法を提供する。
【解決手段】不活性ガス雰囲気に維持されるチャンバー内に配置した導電性を有する無底冷却ルツボにシリコン原料を投入し、無底冷却ルツボを囲繞する誘導コイルからの電磁誘導加熱によりシリコン原料を融解させ、この溶融シリコンを無底冷却ルツボから引き下げながら凝固させてシリコンインゴットを鋳造する方法において、リンがドープされたシリコンインゴットの鋳造を行ったチャンバー内を清掃する際に不活性ガス雰囲気の温度を200℃以下にした状態でチャンバーを開放して清掃することを特徴とする。また、ボロンがドープされたシリコンインゴットの鋳造を行ったチャンバー内を清掃する際に不活性ガス雰囲気の温度を400℃以下にした状態でチャンバーを開放して清掃する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、太陽電池用基板の素材であるシリコンインゴットの電磁鋳造方法に関し、さらに詳しくは、シリコンインゴットの鋳造を行ったチャンバー内を清掃する際に、粉塵爆発が発生する危険性を低減することができるシリコンインゴットの電磁鋳造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
太陽電池の基板には、多結晶のシリコンウェーハを用いるのが主流である。その多結晶シリコンウェーハは、一方向凝固のシリコンインゴットを素材とし、このインゴットをスライスして製造される。
【0003】
多結晶シリコンウェーハの素材に用いられるシリコンインゴットには、ボロン(B)がドープされたp型のインゴットと、リン(P)がドープされたn型のインゴットとがある。電磁鋳造法では、シリコン原料に添加するドーパントを変更することにより、p型およびn型のいずれのシリコンインゴットも鋳造することができる。従来、太陽電池用基板の素材には、p型のシリコンインゴットを用いるのが主流であったが、光電変換効率をより高めるためにn型のシリコンインゴットを用いる試みが行われている。
【0004】
太陽電池の普及を図るには、シリコンウェーハの品質を確保するとともに、コストを低減する必要があることから、その前段階で、シリコンインゴットを高品質で安価に製造することが要求される。この要求に対応できる方法として、特許文献1に開示されるように、電磁誘導を利用した連続鋳造方法(以下、「電磁鋳造法」ともいう)が実用化されている。
【0005】
図2は、電磁鋳造法に用いられる電磁鋳造装置の構成を示す模式図である。同図に示すように、電磁鋳造装置はチャンバー1を備える。チャンバー1は、内部を外気から隔離して鋳造に適した不活性ガス雰囲気に維持する二重壁構造の水冷容器である。チャンバー1の上壁には、開閉可能なシャッター2を介し、図示しない原料供給装置が連結されている。チャンバー1は、上部の側壁に不活性ガス導入口5が設けられ、下部の側壁に排気口6が設けられている。不活性ガスとしてアルゴンやヘリウムが用いられる。
【0006】
チャンバー1内には、無底冷却ルツボ7、誘導コイル8およびアフターヒーター9が配置されている。冷却ルツボ7は、融解容器としてのみならず、鋳型としても機能し、熱伝導性および電気伝導性に優れた金属(例えば、銅)製の角筒体で、チャンバー1内に吊り下げられている。この冷却ルツボ7は、軸方向の一部が、複数の短冊状の素片により、周方向で複数に分割される。また、冷却ルツボ7は、内部を流通する冷却水によって強制冷却される。
【0007】
誘導コイル8は、冷却ルツボ7を囲繞するように、冷却ルツボ7と同芯に周設され、図示しない電源装置に接続されている。アフターヒーター9は、冷却ルツボ7と同芯に、冷却ルツボ7の下方に複数連設され、冷却ルツボ7から引き下げられるシリコンインゴット3を加熱して、その軸方向に適切な温度勾配を与えつつ、長時間かけて冷却する。
【0008】
また、チャンバー1内には、原料供給装置に連結されたシャッター2の下方に原料導入管11が取り付けられている。シャッター2の開閉に伴って、粒状や塊状のシリコン原料12が原料供給装置から原料導入管11内に供給され、冷却ルツボ7内に装入される。
【0009】
チャンバー1の底壁には、アフターヒーター9の下方に、インゴット3を抜き出すための引出し口4が設けられ、この引出し口4はシールされている。インゴット3は、引出し口4を貫通して下降する支持台15によって支えられながら引き下げられる。
【0010】
冷却ルツボ7の真上には、プラズマトーチ14が昇降可能に設けられている。プラズマトーチ14は、図示しないプラズマ電源装置の一方の極に接続され、他方の極は、インゴット3側に接続されている。このプラズマトーチ14は、下降させて冷却ルツボ7内に挿入された状態で使用される。
【0011】
このような電磁鋳造装置を用いた電磁鋳造法では、冷却ルツボ7内にシリコン原料12を装入し、誘導コイル8に交流電流を印加するとともに、下降させたプラズマトーチ14に通電を行う。このとき、冷却ルツボ7を構成する短冊状の各素片が互いに電気的に分割されていることから、誘導コイル8による電磁誘導に伴って各素片内で渦電流が発生し、冷却ルツボ7の内壁の渦電流が冷却ルツボ7内に磁界を発生させる。これにより、冷却ルツボ7内のシリコン原料は電磁誘導加熱されて融解し、溶融シリコン13が形成される。また、プラズマトーチ14とシリコン原料、さらには溶融シリコン13との間にプラズマアークが発生し、そのジュール熱によっても、シリコン原料が加熱されて融解し、電磁誘導加熱の負担を軽減して効率良く溶融シリコン13が形成される。
【0012】
溶融シリコン13は、冷却ルツボ7の内壁の渦電流に伴って生じる磁界と、溶融シリコン13の表面に発生する電流との相互作用により、溶融シリコン13の表面の内側法線方向に力(ピンチ力)を受ける。このため、冷却ルツボ7と溶融シリコン13とは、非接触の状態に維持される。
【0013】
冷却ルツボ7内でシリコン原料12を融解させながら、溶融シリコン13を支える支持台15を徐々に下降させると、誘導コイル8の下端から遠ざかるにつれて誘導磁界が小さくなることから、発熱量およびピンチ力が減少し、さらに冷却ルツボ7からの冷却により、溶融シリコン13は外周部から凝固が進行する。そして、支持台15の下降に伴ってシリコン原料12を連続的に装入し、融解および凝固を継続することにより、溶融シリコン13が一方向に凝固し、インゴット3を連続して鋳造することができる。
【0014】
このような電磁鋳造法によれば、溶融シリコン13と冷却ルツボ7との接触が軽減されるため、その接触に伴う冷却ルツボ7からの不純物の汚染が防止され、高品質のインゴット3を得ることができる。しかも、連続鋳造であることから、安価に一方向凝固されたインゴット3を製造することが可能になる。
【0015】
ここで、電磁鋳造法ではシリコンインゴットを鋳造する際、冷却ルツボに装入されたシリコン原料を加熱して融解させると、シリコン原料の一部が蒸発する。融解中のシリコン融液には微量の酸素が融けており、その酸素原子とシリコン原子が結びついてシリコン酸化物として蒸発する。これが冷却されて凝固し、粒子となる。このように発生するシリコン酸化物粒子は、チャンバー内を浮遊して落下し、チャンバーや、チャンバー内に配置された冷却ルツボといった部材の表面に堆積する。このため、電磁鋳造法によるシリコンインゴットの鋳造では、通常、清掃により堆積したシリコン酸化物粒子を除去する。
【0016】
インゴットを鋳造する際にシリコン酸化物粒子が堆積する量は、鋳造されるインゴットの寸法やシリコン原料の加熱方式といった鋳造条件によって異なる。このため、堆積するシリコン酸化物粒子は、1本のインゴットの鋳造を行う都度、または、複数のインゴットの鋳造を行った後、清掃により除去される。清掃は、例えば、鋳造されたインゴットをアフターヒーター内に保持して冷却しつつ、不活性ガス雰囲気に維持されたチャンバーを冷却した後、チャンバーを開放して外気を流入させ、その後、作業者がチャンバー内に入って清掃してシリコン酸化物粒子を除去することにより行うことができる。従来の電磁鋳造法によるインゴットの鋳造では、不活性ガス雰囲気の温度を300℃未満にした状態でチャンバーを開放して清掃していた。
【0017】
シリコン酸化物粒子を清掃して除去する際には、堆積することなく浮遊するシリコン酸化物粒子がチャンバー内に飛散した状態で、堆積したシリコン酸化物粒子が清掃で生じた雰囲気流れ等により再び浮遊して飛散する。このように清掃する際は、チャンバー内にシリコン酸化物粒子が多量に飛散することから、シリコン酸化物粒子が着火すると、粉塵爆発に至る危険性がある。粉塵爆発は、清掃するために不活性ガス雰囲気に維持されたチャンバーを解放して外気を流入させる際や、清掃作業中に発生する。
【0018】
粉塵爆発が発生する危険性の低減に関して従来から種々の提案がなされており、例えば特許文献2がある。特許文献2は、ワーク材料を切断、熔接等の加工にYAGレーザ加工機等を使用する場合に発生した粉塵が、粉塵ダクトや集塵装置内に溜まり、静電気や加熱粉塵等の火種により着火して粉塵爆発が発生する危険性を低減することを目的とする。特許文献2では、レーザービーム加工時に発生する粉塵に高濃度酸素ガスを吹き付けて粉塵を酸化させる。これにより、粉塵の酸化が促進されることから、粉塵ダクトや集塵装置内にある程度粉塵が堆積しても、着火および爆発の危険がなくなるとしている。
【0019】
電磁鋳造法によるインゴットの鋳造では、シリコン原料および鋳造されるインゴットが酸化されると、インゴットの品質が低下することから、不活性ガス雰囲気に維持されたチャンバー内で鋳造を行う。このため、電磁鋳造法によるインゴットの鋳造に高濃度酸素を吹き付ける特許文献2に記載される方法を適用するのは難しい。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0020】
【特許文献1】国際公開WO02/053496号パンフレット
【特許文献2】特開平11−245062号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
電磁鋳造法では、シリコン原料を融解する際に電磁誘導加熱とともに、プラズマアーク加熱を用いると、チャンバー内で浮遊および堆積するシリコン酸化物粒子の粒径が小さくなる。
【0022】
図3は、電磁誘導加熱とともにプラズマアーク加熱を用いて電磁鋳造法により多結晶シリコンインゴットを鋳造した際に堆積したシリコン酸化物粒子の粒度分布を示す図である。同図から、プラズマアーク加熱を用いてインゴットを鋳造した際に堆積した粒子は、粒径が約0.1〜4μmであり、平均粒径D50が1μm以下であることが確認される。
【0023】
図4は、チョクラルスキー法により単結晶シリコンインゴットを育成した際に堆積したシリコン酸化物粒子の粒度分布を示す図である。チョクラルスキー法による単結晶シリコンインゴットの育成では、チャンバー内に配置された石英ルツボにシリコン原料を充填し、シリコン原料をヒーターにより加熱して融解させて石英ルツボ内にシリコン融液を形成する。石英ルツボの上方で引き上げ軸に保持された種結晶を下降させシリコン融液に浸漬した後、種結晶および石英ルツボを所定の方向に回転させながら種結晶を徐々に上昇させることにより、種結晶の下方に単結晶シリコンが育成されて引き上げられる。同図から、ヒーターによる加熱を用いてインゴットを育成した際に堆積した粒子は、粒径が約1〜100μmであり、平均粒径D50が10μm以上であることが確認される。
【0024】
このようにプラズマアーク加熱を用いて電磁鋳造法によりインゴットを鋳造すると、発生するシリコン酸化物粒子は、粒径が小さくなる。シリコン酸化物粒子の粒径が小さくなると、着火エネルギーが低くなることから、シリコン酸化物粒子が着火して粉塵爆発する危険性が高まる。また、浮遊したシリコン酸化物粒子は堆積し難くなるとともに、堆積したシリコン酸化物粒子が再び浮遊し易くなることから、チャンバー内に飛散し易い(飛散性が高くなる)。その結果、インゴットの鋳造を行ったチャンバー内を清掃する際に、粉塵爆発が発生する危険性が高まる。
【0025】
また、電磁鋳造法によりインゴットを鋳造する際に発生するシリコン酸化物粒子には、リンまたはボロンがシリコン原料に添加されたドーパントに由来して2〜3質量%程度含まれる。太陽電池用基板の素材となるシリコンインゴットにおいて、現在、ドーパントに試みられているリンは、ドーパントとして主流であったボロンに比べて着火エネルギーが低い。このため、リンをドープしてインゴットの鋳造を行った場合、シリコン酸化物粒子に含まれるリンが着火し易いことから、チャンバー内を清掃する際に粉塵爆発が発生する危険性が高まる。
【0026】
したがって、プラズマアーク加熱を用いてリンがドープされたインゴットの鋳造を行った場合、従来のチャンバー内を清掃する際に不活性ガス雰囲気の温度を300℃未満にした状態でチャンバーを開放する方法では、粉塵爆発が発生する危険性が高い。また、前述のとおり、特許文献2に提案される粉塵爆発が発生する危険性を低減する方法は、電磁鋳造法によるインゴットの鋳造に適用するのは難しい。
【0027】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、シリコンインゴットの鋳造を行ったチャンバー内を清掃する際に、粉塵爆発が発生する危険性を低減することができるシリコンインゴットの電磁鋳造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0028】
本発明者らは、上記課題を解決するため、種々の試験を行い、鋭意検討を重ねた結果、リンがドープされたシリコンインゴットの鋳造を行ったチャンバー内を清掃する際に不活性ガス雰囲気の温度を200℃以下にした状態でチャンバーを開放して清掃することにより、粉塵爆発が発生する危険性を低減できることを知見した。また、ボロンがドープされたシリコンインゴットの鋳造を行ったチャンバー内を清掃する際に不活性ガス雰囲気の温度を400℃以下にした状態でチャンバーを開放して清掃することにより、粉塵爆発が発生する危険性を低減できることを知見した。
【0029】
本発明は、上記の知見に基づいて完成したものであり、下記(1)および(2)のシリコンインゴットの電磁鋳造方法を要旨としている。
【0030】
(1)不活性ガス雰囲気に維持されるチャンバー内に配置した導電性を有する無底冷却ルツボにシリコン原料を投入し、無底冷却ルツボを囲繞する誘導コイルからの電磁誘導加熱によりシリコン原料を融解させ、この溶融シリコンを無底冷却ルツボから引き下げながら凝固させてシリコンインゴットを鋳造する方法において、リンがドープされたシリコンインゴットの鋳造を行ったチャンバー内を清掃する際に不活性ガス雰囲気の温度を200℃以下にした状態でチャンバーを開放して清掃することを特徴とするシリコンインゴットの電磁鋳造方法。
【0031】
(2)不活性ガス雰囲気に維持されるチャンバー内に配置した導電性を有する無底冷却ルツボにシリコン原料を投入し、無底冷却ルツボを囲繞する誘導コイルからの電磁誘導加熱によりシリコン原料を融解させ、この溶融シリコンを無底冷却ルツボから引き下げながら凝固させてシリコンインゴットを鋳造する方法において、ボロンがドープされたシリコンインゴットの鋳造を行ったチャンバー内を清掃する際に不活性ガス雰囲気の温度を400℃以下にした状態でチャンバーを開放して清掃することを特徴とするシリコンインゴットの電磁鋳造方法。
【発明の効果】
【0032】
本発明のシリコンインゴットの電磁鋳造方法は、シリコンインゴットの鋳造を行ったチャンバー内を清掃する際に、リンをドープする場合は不活性ガス雰囲気の温度を200℃以下にした状態でチャンバーを開放して清掃する。また、ボロンをドープする場合は不活性ガス雰囲気の温度を400℃以下にした状態でチャンバーを開放して清掃する。これにより、本発明のシリコンインゴットの電磁鋳造方法は、清掃する際に粉塵爆発が発生する危険性を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】シリコン酸化物粒子の雰囲気温度と最小着火エネルギーの関係を示す図であり、同図(a)は20〜1050℃の雰囲気温度での関係を示す図であり、同図(b)は同図(a)に示す関係を拡大して示す図である。
【図2】電磁鋳造法に用いられる電磁鋳造装置の構成を示す模式図である。
【図3】電磁誘導加熱とともにプラズマアーク加熱を用いて電磁鋳造法により多結晶シリコンインゴットを鋳造した際に堆積したシリコン酸化物粒子の粒度分布を示す図である。
【図4】チョクラルスキー法により単結晶シリコンインゴットを育成した際に堆積したシリコン酸化物粒子の粒度分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
本発明のシリコンインゴットの電磁鋳造方法は、不活性ガス雰囲気に維持されるチャンバー内に配置した導電性を有する無底冷却ルツボにシリコン原料を投入し、無底冷却ルツボを囲繞する誘導コイルからの電磁誘導加熱によりシリコン原料を融解させ、この溶融シリコンを無底冷却ルツボから引き下げながら凝固させてシリコンインゴットを鋳造する方法において、リンがドープされたシリコンインゴットの鋳造を行ったチャンバー内を清掃する際に不活性ガス雰囲気の温度を200℃以下にした状態でチャンバーを開放して清掃することを特徴とする。また、ボロンがドープされたシリコンインゴットの鋳造を行ったチャンバー内を清掃する際に不活性ガス雰囲気の温度を400℃以下にした状態でチャンバーを開放して清掃することを特徴とする。以下に、本発明のシリコンインゴットの電磁鋳造方法を、上記のように規定した理由および好ましい範囲について説明する。
【0035】
後述する図1に示す調査結果は、シリコン酸化物粒子の雰囲気温度と最小着火エネルギーの関係を示し、同図(a)は20〜1050℃の雰囲気温度での関係を、同図(b)は同図(a)に示す関係を拡大して示す。同図は、ボロンまたはリンがドープされたインゴットを鋳造した際に堆積したシリコン酸化物粒子について、最小着火エネルギーを調査した結果である。同図から、雰囲気温度が低下するのにともない、最小着火エネルギーが上昇すること、すなわち、着火して爆発し難くなることが確認される。
【0036】
ここで、チャンバー内を清掃する際に発生するシリコン酸化物粒子の粉塵爆発は、静電気が着火源となり粉塵爆発に至る場合がほとんどであり、日常で生じる静電気が発するエネルギーは0.3〜1mJである。したがって、1mJのエネルギーを発する静電気が生じた場合でも、シリコン酸化物粒子が着火しないことが要求される。
【0037】
図1(b)から、最小着火エネルギーが1mJを超えるのは、リンを含むシリコン酸化物粒子の場合は約260℃であり、ボロンを含むシリコン酸化物粒子の場合は約470℃であることが確認される。
【0038】
このため、シリコンインゴットの鋳造を行ったチャンバー内を清掃する際、リンがドープされた場合は不活性ガス雰囲気の温度を200℃以下にした状態でチャンバーを開放して清掃する。また、ボロンがドープされた場合は不活性ガス雰囲気の温度を400℃以下にした状態でチャンバーを開放して清掃する。これにより、チャンバー内を清掃する際のシリコン酸化物粒子の最小着火エネルギーは1mJを超えることから、静電気が生じた場合でもシリコン酸化物は着火することなく、粉塵爆発が発生する危険性を低減できる。
【0039】
ボロンがドープされた場合、従来は不活性ガス雰囲気の温度を300℃未満にした状態でチャンバーを開放していたのに対し、本発明のシリコンインゴットの電磁鋳造法は不活性ガス雰囲気の温度を400℃以下にした状態でチャンバーを開放する。したがって、本発明のシリコンインゴットの電磁鋳造法により、粉塵爆発の危険性を低減しつつ、チャンバーを開放する際の不活性ガス雰囲気の温度を高めることができ、不活性ガス雰囲気の温度を低下させるのに要する時間を減少させ、インゴットの製造歩留りを向上させることができる。
【0040】
本発明のシリコンインゴットの電磁鋳造方法で、不活性ガス雰囲気の温度を200℃または400℃以下にした状態とは、チャンバー内の不活性ガス雰囲気の温度における最高温度が200℃または400℃以下であることを意味する。チャンバー内の不活性ガス雰囲気の一部が200℃または400℃を超えると、静電気が生じた場合にシリコン酸化物粒子が着火して粉塵爆発に至るおそれがあるからである。例えば、前記図2に示す電磁鋳造装置を用いてインゴットの鋳造を行った場合、鋳造されたインゴットはアフターヒーター内に保持され、インゴットの引き下げ軸方向に適切な温度勾配を与えつつ冷却される。このため、チャンバー内の不活性ガス雰囲気の温度はインゴットの上部付近で最も高くなることから、鋳造されたインゴットの上部周辺の雰囲気温度を熱電対等により測定することにより、チャンバー内の不活性ガス雰囲気の最高温度を測定できる。
【0041】
リンがドープされた場合、チャンバーを開放する際の不活性ガス雰囲気の温度は100℃以上とするのが好ましく、ボロンがドープされた場合、チャンバーを開放する際の不活性ガス雰囲気の温度は300℃以上とするのが好ましい。不活性ガス雰囲気の温度を上記の下限温度より低下させた状態でチャンバーを開放した場合、粉塵爆発の危険性がほとんど低減することがないのに対し、不活性ガス雰囲気の温度を低下させるのに要する時間が増加し、インゴットの生産性が低下するからである。
【実施例】
【0042】
本発明のシリコンインゴットの電磁鋳造方法の効果を確認するため、下記の試験を行った。
【0043】
[試験条件]
本試験では、前記図2に示す電磁鋳造装置を用い、電磁鋳造法によりリンまたはボロンがドープされたシリコンインゴットを鋳造し、この際に発生したシリコン酸化物粒子を採取して最小着火エネルギーを調査した。シリコンインゴットを鋳造する際は、電磁誘導加熱とともに、プラズマアーク加熱を用いてシリコン原料を融解した。
【0044】
採取したリンまたはボロンを含むシリコン酸化物粒子30gを、容積が1200mm3の試験容器に充填して飛散させた状態で、火花を発生させてシリコン酸化物粒子を着火した。この際、発生させる火花のエネルギーを変化させることにより最小着火エネルギーを調査し、最小着火エネルギーの調査は、試験容器内の雰囲気の温度を20〜1050℃に変更して行った。
【0045】
[試験結果]
図1は、シリコン酸化物粒子の雰囲気温度と最小着火エネルギーの関係を示す図であり、同図(a)は20〜1050℃の雰囲気温度での関係を示す図であり、同図(b)は同図(a)に示す関係を拡大して示す図である。同図から、雰囲気温度が低下するのにともない、最小着火エネルギーが上昇すること、すなわち、着火して爆発し難くなることが確認できた。また、図1(b)から、最小着火エネルギーが1mJを超えるのは、リンを含むシリコン酸化物粒子の場合は約260℃であり、ボロンを含むシリコン酸化物粒子の場合は約470℃であることが確認できた。
【0046】
したがって、シリコンインゴットの鋳造を行ったチャンバー内を清掃する際、リンがドープされた場合は不活性ガス雰囲気の温度を200℃以下にした状態でチャンバーを開放して清掃することにより、シリコン酸化物粒子の最小着火エネルギーが1mJを超えることから、粉塵爆発が発生する危険性を低減できることが明らかになった。また、ボロンがドープされた場合は不活性ガス雰囲気の温度を400℃以下にした状態でチャンバーを開放して清掃することにより、シリコン酸化物粒子の最小着火エネルギーが1mJを超えることから、粉塵爆発が発生する危険性を低減できることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明のシリコンインゴットの電磁鋳造方法は、シリコンインゴットの鋳造を行ったチャンバー内を清掃する際に、リンをドープする場合は不活性ガス雰囲気の温度を200℃以下にした状態でチャンバーを開放して清掃する。また、ボロンをドープする場合は不活性ガス雰囲気の温度を400℃以下にした状態でチャンバーを開放して清掃する。これにより、本発明のシリコンインゴットの電磁鋳造方法は、清掃する際に粉塵爆発が発生する危険性を低減できる。
【0048】
したがって、本発明のシリコンインゴットの電磁鋳造方法は、太陽電池用ウェーハの製造に有効に利用することができる。
【符号の説明】
【0049】
1:チャンバー、 2:シャッター、 3:シリコンインゴット、 4:引出し口、
5:不活性ガス導入口、 6:排気口、 7:無底冷却ルツボ、 8:誘導コイル、
9:アフターヒーター、 11:原料導入管、 12:シリコン原料、
13:溶融シリコン、 14:プラズマトーチ、 15:支持台

【特許請求の範囲】
【請求項1】
不活性ガス雰囲気に維持されるチャンバー内に配置した導電性を有する無底冷却ルツボにシリコン原料を投入し、無底冷却ルツボを囲繞する誘導コイルからの電磁誘導加熱によりシリコン原料を融解させ、この溶融シリコンを無底冷却ルツボから引き下げながら凝固させてシリコンインゴットを鋳造する方法において、
リンがドープされたシリコンインゴットの鋳造を行ったチャンバー内を清掃する際に不活性ガス雰囲気の温度を200℃以下にした状態でチャンバーを開放して清掃することを特徴とするシリコンインゴットの電磁鋳造方法。
【請求項2】
不活性ガス雰囲気に維持されるチャンバー内に配置した導電性を有する無底冷却ルツボにシリコン原料を投入し、無底冷却ルツボを囲繞する誘導コイルからの電磁誘導加熱によりシリコン原料を融解させ、この溶融シリコンを無底冷却ルツボから引き下げながら凝固させてシリコンインゴットを鋳造する方法において、
ボロンがドープされたシリコンインゴットの鋳造を行ったチャンバー内を清掃する際に不活性ガス雰囲気の温度を400℃以下にした状態でチャンバーを開放して清掃することを特徴とするシリコンインゴットの電磁鋳造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−121743(P2012−121743A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−272143(P2010−272143)
【出願日】平成22年12月7日(2010.12.7)
【出願人】(302006854)株式会社SUMCO (1,197)
【Fターム(参考)】