説明

シリコーンポリマーの製造方法

【課題】温石綿または温石綿含有物質を化学的に分解して安全で高品質のシリコーンポリマーを高効率で合成する方法を提供すること。
【解決手段】温石綿または温石綿含有物質を第一の酸性水溶液により分解する分解工程と、第一の酸性水溶液に溶解しないシリカを主とする酸不溶物を回収する回収工程と、回収した酸不溶物を苛性アルカリ水溶液に溶解する溶解工程と、混合後に得られる液が酸性となるような水素イオン濃度を有する第二の酸性水溶液に酸不溶物を溶解した苛性アルカリ水溶液を添加して混合する混合工程と、上記混合後に得られる酸性液にシリカ抽出溶媒を添加することによって該抽出溶媒でシリカを抽出するシリカ抽出工程と、シリカを抽出したシリカ抽出溶媒にシリル化剤を添加してシリル化反応を行うシリル化工程とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温石綿または温石綿含有物質を酸により分解して生体に対する有害な影響を除去した後、この温石綿または温石綿含有物質に含まれるシリカに対してシリル化反応を施すことにより得られる、シロキサン結合(Si−OーSi)を骨格とし、その骨格構造や重合度や側鎖の有機基を変えることにより、無色透明なオイル状物、弾性を有するゴム状物質または加熱により硬化する樹脂として、各種溶剤や充填剤や複合物として有用なシリコーンポリマーの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
石綿の中でも温石綿は、耐熱性と柔軟性に優れ、抗張力の高い天然鉱物繊維として建築関係を初めとして様々な工業製品に使用されていた。しかし、温石綿は450℃くらいまではほとんど物理的性質や化学的性質が変わらず、しかも非常に微細な結晶であるため、微細な鉱物繊維が生体内に入ることにより体内の免疫機構と反応してフリーラジカル(酸化作用を促進する原子や分子)が発生し、遺伝子構造に影響を与えたり、細胞の機能低下や組織の変性をもたらし、呼吸器への吸入により30年前後の潜伏期間を経て、肺ガンや中皮腫といった重大な疾病をもたらすので、全世界的に使用が禁止されつつある。ところが、温石綿を補強材とした建築材料を初めとする工業製品は膨大な量が存在しており、今後、それらが廃棄物となった場合の安全な処理方法の確立が課題となっている。現状では、これら石綿を含有する廃棄物は埋め立てるか、高温で溶融する以外に処理方法はない。しかし、地中に石綿含有廃棄物を埋設する方法では潜在的な危険性が残るという不都合がある。また、石綿含有廃棄物を溶融処理する方法は多大な処理コストを要するという欠点があり、現実的でなく、産業廃棄物処理場の処理可能容量も減少の一途をたどっている。このように、将来的に安全且つ確実に石綿含有廃棄物を処理する方法が確立されていないというのが現状である。
【0003】
ところで、温石綿の母岩である蛇紋岩は自然界に広く分布し、鉱物資源として利用されてきたが、温石綿を全く含有しない蛇紋岩は皆無であると言ってよく、蛇紋岩の産地によって温石綿の含有量に差違があるとしても、基本的に蛇紋岩は温石綿を含有している。そのため、蛇紋岩の利用は制限されており、砕石や製鉄用の造滓材やモルタルや樹脂等の混和材として利用されてきた。これら温石綿含有製品や蛇紋岩中の温石綿の無害化を図り、再生利用を行えるようにすることは、今後の環境対策上ならびに資源の有効利用の面からも極めて重要な問題であると言える。
【0004】
例えば、特許文献1には、シリコーンポリマーの原料として利用可能なシリカが蛇紋岩、石綿などの鉱物に多く含有されているということを利用して、蛇紋岩、石綿などの粘度鉱物を酸分解して未分解物を回収する工程と、得られた酸分解未分解物をアルカリ分解して不溶部を除去する工程と、さらに中和する工程と、得られた中和物を下式(1)で表されるシリル化物にてシリル化反応を行う工程とからなるシリコン含有レジスト材料の製造方法が開示されている。
【0005】
【化1】

【0006】
式(1)中のR1、R2、R3の中の少なくとも一つがビニル基、アリル基等の不飽和結合を有する基、残余がアルキル基、アルコキシル基、ハロゲンの中のいずれかである。
【0007】
しかし、特許文献1に記載されたように、酸分解未分解物をアルカリに溶解し、このアルカリに酸を添加して中和しようとすると、中和に至るまでのpH上昇過程でシリカがゲル化を起こし、シリコーンポリマーの収率が著しく低下することがある。また、特許文献1には、蛇紋岩、石綿などの粘度鉱物に含まれていたシリカを含有する中和液をシリカ抽出溶媒(テトラヒドロフラン)とシリル化剤(ジメチルビニルクロロシラン)の混合液に滴下することが記載されているので、シリル化剤が中和液中に存在する多量の水により急速に加水分解され、シリル化剤同士の反応が優先して起こり、シリル化剤とシリカとの反応性が低下することがある。さらに、特許文献1には、ハロゲン基が2個以上存在する2官能性や3官能性のシリル化剤を使用できることが記載されており、2官能性以上のシリル化剤はシリル化剤同士の反応が優先して起こり、シリコーンポリマーの収率が低下することがある。
【0008】
このように、温石綿や温石綿含有製品の再生利用においては、一般的に処理コストに見合うだけの経済的価値が得られないことが多いので、その再生利用の普及が妨げられているというのが現実である。
【0009】
これまで、温石綿または温石綿含有製品を無害化しうることについて提案された事例はあるが、本当に無害化できることを明示した提案はなく、温石綿を安全に再生利用することについて検証された先行技術はない。このように、膨大な処理需要に応えることのできる温石綿含有製品の安全で効率的な再生方法は提案されていないというのが実情である。
【0010】
なお、シリコーンポリマーの製造方法としては、珪石(SiO2)を炭材とともに電気炉で高温還元して製造される金属珪素と炭化水素塩化物とを銅触媒下、250〜500℃で反応させてシランを得、そのシランを加水分解することにより製造する方法が工業的に確立されているが、金属珪素を得る過程で大量の電力が消費されるため、環境負荷が大きいという欠点がある。
【特許文献1】特許第2688680号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、温石綿または温石綿含有物質を化学的に分解してシリコーンポリマーを合成することは環境対策に資するとともに資源の有効利用の面からも非常に重要なことであるにも関わらず、温石綿からシリコーンポリマーを合成することができる工業的な方法が確立されていないという現状に鑑みてなされたものであって、その目的は、温石綿または温石綿含有物質を化学的に分解して、安全で高品質のシリコーンポリマーを高効率で合成する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために本発明のシリコーンポリマーの製造方法は、温石綿または温石綿含有物質を第一の酸性水溶液により分解する分解工程と、第一の酸性水溶液に溶解しないシリカを主として含む酸不溶物を回収する回収工程と、回収した酸不溶物を苛性アルカリ水溶液に溶解する溶解工程と、混合後に得られる液が酸性となるような水素イオン濃度を有する第二の酸性水溶液に酸不溶物を溶解した苛性アルカリ水溶液を添加して混合する混合工程と、上記混合後に得られる酸性液にシリカ抽出溶媒を添加することによって該抽出溶媒でシリカを抽出するシリカ抽出工程と、シリカを抽出したシリカ抽出溶媒にシリル化剤を添加してシリル化反応を行うシリル化工程とを有することを特徴としている。
【0013】
混合工程において、第二の酸性水溶液に酸不溶物を溶解した苛性アルカリ水溶液を添加して混合することによって得られる液のpHが0.1以上3.0以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、かかる特徴ある工程を有するので、温石綿または温石綿含有物質を化学的に分解して安全で高品質のシリコーンポリマーを高効率で合成することができる。
【0015】
特に、温石綿または温石綿含有物質を酸性水溶液により分解するので、温石綿の粉塵を空気中に飛散させることなく分解することができる。
【0016】
特に、酸による分解後に残渣(不溶物)として回収される非晶質のシリカは体液への溶解性が高いことから、呼吸器への吸入による生体への影響が大幅に低減され、石綿肺の発生に至ることがない。
【0017】
特に、シリカのゲル化を抑制するように、非晶質のシリカを含有する苛性アルカリ水溶液を十分に高い水素イオン濃度を有する酸性水溶液に添加して混合することにより、シリカのゲル化を招くことなく抽出溶媒でシリカを抽出し、そのシリカを抽出した溶媒とシリル化剤とを反応させて、シリコーンポリマーを高収率で合成することができる。
【0018】
このようにして、本発明によれば、温石綿または温石綿含有物質を無害化して各種工業製品として有用なシリコーンポリマーを合成し、温石綿の安全な再生利用の途を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下に本発明の好ましい実施の形態について説明する。
【0020】
まず、温石綿(Mg3Si25(OH)4、クリソタイル)が耐酸性に劣ることを利用して酸性水溶液により分解する。この酸処理により、温石綿の主成分であるマグネシア(MgO)は酸に溶解し、シリカ(SiO2)は不溶物として残存するので、このシリカを主として含む酸不溶物(酸に溶解しない物質)を回収する。また、温石綿を含有する物質(蛇紋岩や建材等)は乾式または湿式で粉砕・分級して、酸分解工程に供する。
【0021】
シリカは苛性アルカリに容易に溶けるので、シリカを主として含む酸不溶物を苛性アルカリ水溶液に溶解させ、さらに、シラノール(Si−OH)の縮合が進まないように、シリカを溶解した苛性アルカリ水溶液を十分に高い水素イオン濃度を有する酸性水溶液に添加して酸性液を得、シリカをその酸性液中に保持する。
【0022】
次に、シリカを含有する酸性液にシリカ抽出溶媒を添加し、シリカ抽出溶媒でシリカを抽出した後、さらに、そのシリカを抽出したシリカ抽出溶媒にシリル化剤を添加してシリル化反応を行わせる。シリル化反応は、常温・常圧下、短時間で進行し、その反応生成物を有機溶媒中に回収した後、その有機溶媒を蒸発除去することにより目的とするシリコーンポリマーを得ることができる。一般的に、樹脂の耐熱性は、空気中の加熱による5%重量減少温度が300℃を超えると耐熱性に優れていると評価されるが、本発明により得られるシリコーンポリマーはSi含有量が高いため耐熱性に優れ(上記5%重量減少温度が約380℃以上)、有機溶媒に可溶であることから、半導体コーティング剤や耐熱塗料等の付加価値の高い分野に使用することができる。以下、さらに詳細に本発明の実施の形態について説明する。
(1)温石綿または温石綿を含有する物質の酸による分解
a.酸分解のための前処理(粉砕と分級)
温石綿そのものの場合には、そのまま酸分解に供することができる。蛇紋岩の場合、分解に要する時間を短縮するために、22メッシュ以上の細かいメッシュを通過しうるような粒度に粉砕することが好ましい。温石綿含有建材の場合、その建材を適切な手段で粉砕後、空気分級したものを用いることもできるが、温石綿の粉塵の空気中への飛散を防止するために、温石綿含有建材を水中で湿式分解し、水中に浮遊する温石綿を回収して酸分解工程に供することが好ましい。
b.酸の種類
温石綿または温石綿含有物質の酸分解に用いる酸の種類としては、限定されるものではないが、塩酸、硫酸、硝酸等の鉱酸を使用することができる。使用する酸の量は、温石綿または温石綿含有物質を完全に分解するためには、温石綿または温石綿含有物質に含まれるMgOに対して化学当量比で2.0倍以上、好ましくは2.3倍以上とする。
【0023】
酸による分解操作は耐酸性の撹拌槽中で、酸が系外に漏れないようにして液全体を撹拌しながら行う。その撹拌槽の回転数は液全体が十分に混合されるような回転数であればよく、実際の状況に応じて適宜選択することができる。
【0024】
酸による分解時の温度は、60℃以上で行うことが好ましく、最適には100℃で行う。
【0025】
酸による分解に要する時間は、酸の種類や温度や分解物質に応じて適宜選択することができるが、鉱酸を使用して100℃で分解する場合は、1〜2時間で完全に分解することが可能である。ただし、蛇紋岩の場合、温石綿以外にアンチゴライトやリザルダイトを構成成分として含有するのが一般的であり、耐酸性に優れたアンチゴライトの含有比率が高くなると、分解に要する時間が長くなる。
(2)シリカを主として含む酸不溶物の回収
酸による分解後、その酸溶液を濾過して、酸に溶解しないシリカを主として含む酸不溶物を回収する。その濾過手段は、限定されるものではなく、例えば、遠心分離機を用いることができる。
(3)シリカを主として含む酸不溶物の苛性アルカリ水溶液による溶解
シリカを主として含む酸不溶物を苛性アルカリ水溶液に溶解させる。苛性アルカリとしては、苛性ソーダや苛性カリを使用することができる。苛性アルカリ水溶液の濃度や溶解させるシリカの量は限定されるものではないが、0.4モル/リットル〜0.8モル/リットルの範囲の苛性アルカリ水溶液に対して50〜80g/リットル程度のシリカを溶解させるようにするのが好ましい。その苛性アルカリ水溶液を室温で1時間以上撹拌することによりシリカを溶解させることができる。シリカ溶解後は苛性アルカリ水溶液を濾過して不純物を除去する。
(4)シリカの酸性条件下保持(シリカのゲル化防止)
混合後の液が酸性となるような水素イオン濃度を有する酸性水溶液に、シリカを溶解した苛性アルカリ水溶液を添加・混合してシリカのゲル化を防止する。というのは、シリカの表面には水酸基と結合したシラノール(Si−OH)が存在し、このシラノールの水素は電子を酸素に引っ張られて静電的にややプラスになっており、液中に存在する孤立電子対(静電的にややマイナス)の部位と水素結合を作る性質があり、水素結合は塩基性成分を吸着してテーリングを起こす。塩基性成分が強く吸着していると有機溶媒でシリカを洗浄すること(シリカを抽出すること)が困難になる。そこで、混合後の液が酸性となるような水素イオン濃度を有する酸性水溶液にシリカを溶解した苛性アルカリ水溶液を添加することで、静電的にややマイナスの孤立電子対に水素を配位して(プロトン化)して水素結合を抑制することができる。そのためには、混合後の液のpHは3以下であるのが好ましい。一方、pHが低すぎるということは、不必要に酸を使用することにつながるので、混合後の液のpHは0.1以上であることが好ましい。
【0026】
この場合、必ず酸性水溶液に対してシリカを溶解した苛性アルカリ水溶液を添加する操作を行うことが重要である。いかに水素イオン濃度が高い(pHが低い)酸性水溶液であっても、シリカを溶解した苛性アルカリ水溶液にその酸性水溶液を添加すると、上記した反応によりシリカがゲル化することがあるからである。
(5)シリカの抽出
シリカを溶解した苛性アルカリ水溶液を酸性水溶液に添加・混合することによって得た酸性液に直ちにシリカ抽出溶媒を添加してシリカを抽出する。添加する抽出溶媒は、酸性液の容積に対して同容積以上の量を使用するのが好ましい。その抽出溶媒としては、アルコール類、エーテル類を使用することができるが、その中でもテトラヒドロフランや2−プロパノールの使用が好ましい。その際に塩化ナトリウムを加えて塩析を行うと、シリカの抽出を効率的に行うことができる。さらに、シリカ抽出後、硫酸ソーダや硫酸マグネシウムなどを加えて脱水し、水分を除去した後に、シリル化反応を行うことが好ましい。シリカ抽出溶媒を放置すると、経時的にシラノールの縮合が進み、シリカがゲル化することがあるので、酸性液にシリカ抽出溶媒を添加後24時間以内に、好ましくは、酸性液にシリカ抽出溶媒を添加後、直ちにシリル化反応を行うことが好ましい。
(6)シリル化反応
シリカを抽出したシリカ抽出溶媒を撹拌しながら、シリル化剤を添加する。有機溶媒に可溶なシリコンポリマーを得るには、溶媒中に存在するSiO2のモル数比で0.6当量以上に相当するシリル化剤を添加して室温で1時間以上反応させることが好ましい。シリル化剤は所定量を一度に添加せずに、複数回に分けて添加することもできる。
【0027】
用いるシリル化剤としては限定されるものではないが、シリカとの反応性を高めるために、1官能性のシランが好ましく、トリメチルクロロシラン、トリエチルクロロシラン、ジメチルビニルクロロシラン、ジメチルフェニルクロロシラン、メチルフェニルビニルクロロシラン、ジフェニルメチルクロロシラン、ジフェニルビニルクロロシラン、トリフェニルクロロシランなどを用いることができる。
【0028】
シリル化反応後、有機溶媒と水を添加して適当な時間(10ないし20分程度)撹拌する。シリル化反応生成物は有機溶媒中に移行するので、その有機分を回収し、硫酸ソーダや硫酸マグネシウムなどを加えて脱水し、水分を除去した後に有機溶媒を蒸発させてシリコンポリマーを得る。
【実施例1】
【0029】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的範囲を逸脱しない範囲において、適宜変更と修正が可能である。
【0030】
この実施例では、回収シリカの基本特性と生体への影響を調査した。
(1)素材
a.北海道富良野市産出の蛇紋岩を20メッシュ以下に粉砕したもの
b.カナダ産の温石綿(グレード:4クラス)
c.石綿を回収することができる粉砕・分級設備に石綿製のスレート波板(施工後20年経過したもの)を投入して粉砕・分級することにより得た回収石綿
(2)酸による分解とシリカの回収
以上の各素材110kgのそれぞれを水220kgと98%硫酸130kgの酸性水溶液に投入し、100℃に昇温後、2時間撹拌して酸による分解を行った。分解後のスラリーを加圧濾過機で濾過し、残渣を洗浄液が中性となるまで水で洗浄し、次いで、100℃の熱風乾燥機で24時間乾燥後、200メッシュの篩いを通過することができるようにボールミルで粉砕し、シリカを主として含む酸不溶物を回収した。この酸不溶物について、以下に説明する基本特性調査と生体への影響調査を行った。なお、比較例1のカナダ産温石綿については、上記酸処理を含むすべての処理は全く行わなかった。
【0031】
基本特性としては、酸不溶物中のSiO2の重量比率(%)とそのSiO2のX線回折による結晶性を調査した。また、生体への影響調査としては、細胞毒性試験とラット気管内注入試験と体液溶解性試験を実施した。これらの試験の詳細は下記のとおりであり、基本特性調査と生体への影響調査試験結果を表1に示す。
〔細胞毒性試験(コロニー形成法)〕
チャイニーズハムスター新生仔肺由来の株細胞(CHL/IU)に対する細胞毒性をコロニー形成能を指標として調査した(この株細胞は化学物質に対する感受性が高く、試験データも豊富であることから選択した)。具体的には、直径60mmのシャーレに100個の遊離単細胞を播種し、被験物質の投与量を変えて7日間培養後、生成したコロニーを計測し、細胞生存率(コロニー形成率)を計算した。なお、このコロニー数に基づいて次式に示すように算出される細胞生存率(コロニー形成率)が50%を下回ると思われる程度の被験物質を投与した。
【0032】
細胞生存率(コロニー形成率)=(A/B)×100(%)
Aは被験物質の各処理濃度の生成コロニー数であり、Bは培養液のみの生成コロニー数である。
【0033】
細胞生存率を低下させるために要する被験物質の投与量が少ないほど細胞毒性が強いと評価できる。表1には、同一細胞生存率(50%)に対する被験物質の投与量(10-6g/ml)を示す。
〔ラット気管内注入試験〕
ラットの気管内に被験物質を1mg/匹投与し、3、7、14、30、90、180日後にラットを屠殺剖検し、呼吸器の病変の有無を観察した。具体的には、繊維状物質の吸入による発ガンに関連すると言われている組織の線維化の有無を観察した。表1にはその観察結果を示す。
〔体液溶解性試験(ギャンブル氏液)〕
ギャンブル(Gamble)によって開発された生体液近似溶液の37℃、1000ミリリットル(ml)に被験物質500mgを分散させ、24時間後に濾過分離し、溶解量を測定した。繊維状物質の発ガン性を評価する因子の一つとして生体内での耐久性が挙げられており、耐久性が低い(体液に溶解しやすい)ほど、生体への影響が軽微であると評価される。表1には、被験物質のギャンブル氏液への溶解率(ギャンブル氏液に溶解した被験物質の重量を当初の被験物質の重量500mgで除した数値)を示す。
【0034】
【表1】

【0035】
表1に示すように、本発明の実施例1−1ないし実施例1−3の細胞毒性(被験物質投与量)の数値は比較例1に比べてはるかに大きく、細胞毒性が無機繊維状物質の中で最も低いレベルとされているウォラストナイトと同程度である(ウォラストナイトの細胞毒性は、50%細胞生存率における被験物質投与量が50×10-6g/ml超である)。
【0036】
表1に示すように、本発明の実施例1−1ないし実施例1−3は、全期間を通じて組織の線維化は確認されなかったが、比較例1では投与14日後に顕著な線維化を確認した。
【0037】
表1に示すように、比較例1は体液溶解性が全くなかったが、本発明の実施例1−1ないし実施例1−3の体液溶解性は、最も体液溶解性が高く安全性が認められている硫酸マグネシウムウィスカーのギャンブル氏液へ溶解率(26%)より勝っている。
【実施例2】
【0038】
この実施例では、実施例1−1、実施例1−2および実施例1−3によって得たシリカを主として含む酸不溶物に対して、以下に説明する処理プロセスを施すことによりシリコーンポリマーに変換し、その収量・収率と耐熱性を調査した。
(1)シリカを主として含む酸不溶物22gを0.4モル/リットルの苛性ソーダ水溶液400mlに投入し、室温で2時間撹拌して溶解した。
(2)2時間後、濾過することにより、シリカを溶解した苛性ソーダ水溶液から不純物を除去した。
(3)混合後のpHが0.5になるように予め試算した水素イオン濃度を有する塩酸水溶液(初期のpH=0.1)400mlを撹拌しながら、その塩酸水溶液に不純物を除去した苛性ソーダ水溶液400mlを徐々に添加した。
(4)混合後にpHが0.5になった酸性液を撹拌しながら、テトラヒドロフラン800mlと塩化ナトリウム240gをその酸性液に添加し、室温で1時間撹拌した。
(5)1時間後、酸性液の上部に貯留する有機分を回収し、回収した有機分に硫酸マグネシウムを加えて遠心脱水法で脱水した。
(6)さらに、脱水後の有機分を加熱して4倍程度の濃度に濃縮した。
(7)このようにして得たシリカを抽出したテトラヒドロフラン100ml(SiO2を0.12モル含有)を撹拌しながら、シリル化剤(トリメチルクロロシランまたはビニルジメチルクロロシラン)をシリカのモル数比率で0.6当量投入し、室温で1時間シリル化反応を実行した。
(8)シリル化反応後の液に、クロロホルム50mlに引き続いて水50mlを加えて10分間撹拌した。
(9)10分後、シリル化液の上部に貯留する有機分を回収し、回収した有機分に硫酸マグネシウムを加えて遠心脱水法で脱水した。
(10)脱水後の有機分を加熱して溶媒を蒸発除去し、60℃で24時間真空雰囲気下で乾燥してシリコーンポリマーを得た。
【0039】
以下の表2には、シリル化剤としてトリメチルクロロシランを使用したものを実施例2−1、実施例2−2、実施例2−3とし、シリル化剤としてビニルジメチルクロロシランを使用したものを実施例2−4、実施例2−5、実施例2−6とし、それぞれについて、シリル化反応の収量・収率と耐熱性を示す。
【0040】
表2および後記する表3、表5、表6におけるシリル化反応の収率は、(生成物収量/理論収量)×100(%)で求められ、理論収量は、以下の反応式においてシリル化剤がすべて反応した場合に得られる生成物量をいう。
【0041】
【化2】

【0042】
上式において、トリメチルクロロシランの場合、R1、R2、R3は−CH3を表し、ビニルジメチルクロロシランの場合、R1は−CH3を表し、R2とR3は−CH=CH2を表す。
【0043】
また、耐熱性は、熱重量分析法により測定した5%重量減少温度(空気中)を表す。
【0044】
【表2】

【0045】
表2に示すように、本発明の実施例2−1〜実施例2−6のすべては、生成物(シリコーンポリマー)の収率が高く、優れた耐熱性を示している。
【実施例3】
【0046】
この実施例では、実施例1−1の蛇紋岩より得たシリカを主として含む酸不溶物を用いて、シリル化剤としてトリメチルクロロシランを使用し、実施例2の処理プロセスの(3)において、塩酸水溶液に苛性ソーダ水溶液を添加することによって得られる混合後の酸性液のpHを変更した以外は実施例2と同じ処理プロセスでシリル化反応を実行した。以下の表3には、塩酸水溶液に苛性ソーダ水溶液を添加したときのゲル生成の有無と、シリル化反応の生成物の収量・収率を示す。
【0047】
【表3】

【0048】
表3に示すように、酸性液のpHが6.0になるとゲルの生成が認められ、pHが3.0を超えて大きくなればなるほど、生成物(シリコーンポリマー)の収率が大幅に低下した。
【実施例4】
【0049】
この実施例では、実施例1−1の蛇紋岩より得たシリカを主として含む酸不溶物を用いて、シリル化剤としてビニルジメチルクロロシランを使用し、実施例2の処理プロセスの(6)のシリカを抽出したテトラヒドロフランの濃縮操作後の放置時間を変更した以外は実施例2と同じ処理プロセスでシリル化反応を実行した。以下の表4には、生成物(シリコーンポリマー)の分子量とテトラヒドロフランの可溶部の比率(重量%)を示す。
【0050】
【表4】

【0051】
表4に示すように、シリカ抽出後の抽出溶媒の放置時間が長くなると生成物の分子量が大きくなり、24時間を超えると、テトラヒドロフランの可溶部の比率が顕著に低下した。
【実施例5】
【0052】
この実施例では、実施例1−1の蛇紋岩より得たシリカを主として含む酸不溶物を用いて、シリル化剤としてトリメチルクロロシランを使用し、実施例2の処理プロセスにおいてシリル化剤の使用量を変更した以外は実施例2と同じ処理プロセスでシリル反応を実行した。以下の表5には、生成物(シリコーンポリマー)の収量・収率と、テトラヒドロフランの可溶部の比率(重量%)を示す。
【0053】
【表5】

【0054】
表5に示すように、シリル化剤のシリカに対するモル数比を0.6当量より下げると、テトラヒドロフランの可溶部の比率が低下し、生成物(シリコーンポリマー)の収率が低下することが分かる。
【実施例6】
【0055】
この実施例では、実施例1−1の蛇紋岩より得たシリカを主として含む酸不溶物を用いて、シリル化剤としてビニルジメチルクロロシランを使用し、実施例2の処理プロセスにおいてシリル化剤の使用量を変更した以外は実施例2と同じ処理プロセスでシリル反応を実行した。以下の表6には、生成物(シリコーンポリマー)の収量・収率と、テトラヒドロフランの可溶部の比率(重量%)を示す。
【0056】
【表6】

【0057】
表6に示すように、シリル化剤のシリカに対するモル数比を0.6当量より下げると、テトラヒドロフランの可溶部の比率が低下し、生成物(シリコーンポリマー)の収率が低下することが分かる。
【実施例7】
【0058】
この実施例では、実施例1−1の蛇紋岩より得たシリカを主として含む酸不溶物を用いて、本発明の方法と、特許文献1に記載された内容に準じた方法でシリコーンポリマーを合成し、その収量の比較を行った。すなわち、実施例1−1で得たシリカを主として含む酸不溶物8gを0.8モル/リットルのNaOH100mlに注入し、室温で5時間撹拌した後、不純物を除去し、シリカを溶解した苛性ソーダ水溶液を得、この苛性ソーダ水溶液に対して本発明の方法と、特許文献1に記載された内容に準じた方法を実行した。
(1)本発明の方法
a.混合後のpHが0.5になるように予め試算した水素イオン濃度を有する塩酸水溶液(初期のpH=0.1)100mlを撹拌しながら、その塩酸水溶液に不純物を除去した苛性ソーダ100mlを徐々に添加した。
b.混合後にpHが0.5になった酸性液を撹拌しながら、テトラヒドロフラン200mlと塩化ナトリウム60gをその酸性液に添加し、室温で1時間撹拌した。
c.1時間後、酸性液の上部に貯留する有機分を回収し、回収した有機分に硫酸マグネシウムを加えて遠心脱水法で脱水した。
d.脱水後の有機分を加熱して4倍程度の濃度に濃縮した。
e.このようにして得たシリカを抽出したテトラヒドロフラン25ml(SiO2を0.123モル含有)に、シリル化剤(ジメチルビニルクロロシラン)をシリカのモル数比率で0.6当量投入し、室温で1時間シリル化反応を実行した。
f.シリル化反応後の液に、クロロホルム12.5mlに引き続いて水12.5mlを加えて10分間撹拌した。
g.10分後、シリル化液の上部に貯留する有機分を回収し、回収した有機分に硫酸マグネシウムを加えて遠心脱水法で脱水した。
h.脱水後の有機分を加熱して溶媒を蒸発除去し、60℃で24時間真空雰囲気下で乾燥して13.5gのシリコーンポリマーを得た。
(2)特許文献1文献に記載された内容に準じた方法
混合後のpHが7.0になるように予め試算した水素イオン濃度を有する塩酸水溶液(初期のpH=0.33)100mlを撹拌しながら、その塩酸水溶液に不純物を除去した苛性ソーダ水溶液100mlを徐々に添加してpHが7.0の中性液を得るという点のみが本発明の方法と異なり、その中性液に対して同上シリカ抽出工程とシリル化工程を実行した。その結果、8.5gのシリコーンポリマーを得た。
(3)本発明の方法によれば、特許文献1に記載された内容に準じた方法に比べて、シリコーンポリマーの収量を大幅に向上することができる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明によれば、建築用シーリング用や電気絶縁用や潤滑用や化粧品原料や離型用や消泡用や撥水用や半導体封止用や半導体表面処理用や塗料添加剤等として有用である、耐熱性と耐候性と離型性と泡消し作用と撥水性と電気絶縁性と難燃性に優れている安全なシリコーンポリマーを提供することができる。














【特許請求の範囲】
【請求項1】
温石綿または温石綿含有物質を第一の酸性水溶液により分解する分解工程と、
第一の酸性水溶液に溶解しないシリカを主として含む酸不溶物を回収する回収工程と、 回収した酸不溶物を苛性アルカリ水溶液に溶解する溶解工程と、
混合後に得られる液が酸性となるような水素イオン濃度を有する第二の酸性水溶液に酸不溶物を溶解した苛性アルカリ水溶液を添加して混合する混合工程と、
上記混合後に得られる酸性液にシリカ抽出溶媒を添加することによって該抽出溶媒でシリカを抽出するシリカ抽出工程と、
シリカを抽出したシリカ抽出溶媒にシリル化剤を添加してシリル化反応を行うシリル化工程とを有することを特徴とするシリコーンポリマーの製造方法。
【請求項2】
混合工程において、第二の酸性水溶液に酸不溶物を溶解した苛性アルカリ水溶液を添加して混合することによって得られる液のpHが0.1以上3.0以下であることを特徴とする請求項1記載のシリコーンポリマーの製造方法。











【公開番号】特開2007−297524(P2007−297524A)
【公開日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−127241(P2006−127241)
【出願日】平成18年5月1日(2006.5.1)
【出願人】(000135335)株式会社ノザワ (52)
【Fターム(参考)】