説明

シンチレータ用単結晶及びその製造方法

【課題】蛍光特性に十分優れたシンチレータ用セリウム付活珪酸塩化合物の単結晶、並びにその製造方法の提供。
【解決手段】YあるいはGdに加えてイオン半径がTbよりも小さいDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y及びScからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を含有し、周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素からなる群より選択される1種以上の元素の合計含有量が、当該単結晶の全質量基準で0.002質量%以下であるシンチレータ用セリウム付活珪酸塩化合物の単結晶。該単結晶の製造工程は、周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素からなる群より選択される1種以上の元素の合計含有量が、前記単結晶の全質量基準で0.002質量%以下となるように原料を準備する工程を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シンチレータ用単結晶及びその製造方法に関するものである。より詳細には、医学診断用ポジトロンCT(PET)用、宇宙線観察用、地下資源探索用などの放射線医学、物理学、生理学、化学、鉱物学、更に石油探査などの分野でガンマ線などの放射線に対する単結晶シンチレーション検知器(シンチレータ)に用いられるシンチレータ用単結晶及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
セリウムで付活したオルト珪酸ガドリニウム化合物のシンチレータは、蛍光減衰時間が短く、放射線吸収係数も大きいことから、ポジトロンCTなどの放射線検出器として実用化されている。このシンチレータの蛍光出力はBGOシンチレータのものよりは大きいが、NaI(Tl)シンチレータの蛍光出力と比較すると、その20%程度しかなく、この点で一層の改善が望まれている。
【0003】
近年、一般的にLu2(1−x)Ce2xSiOで表されるセリウム付活オルト珪酸ルテチウムの単結晶を用いたシンチレータ(特許文献1、2参照)、及び一般的にGd2−(x+y)LnCeSiO(LnはLu又は希土類元素の一種)で表される化合物の単結晶を用いたシンチレータ(特許文献3、4参照)が知られている。これらのシンチレータでは、結晶の密度が向上しているだけでなく、セリウム付活オルト珪酸塩化合物の単結晶の蛍光出力が向上し、蛍光減衰時間も短くできることが知られている。
【0004】
ところで、特定のセリウム付活珪酸塩単結晶を、酸素を含む雰囲気(例えば酸素濃度が0.2体積%以上である雰囲気)中で育成又は冷却した場合、あるいは酸素の少ない雰囲気で育成した場合、その後に、酸素を含む雰囲気中でその単結晶に対して高温の熱処理が施されると、結晶の着色、蛍光の吸収等により蛍光出力の低下を招くことが明らかになっている(特許文献5参照)。また、セリウム付活珪酸塩単結晶の育成では、単結晶の融点が高いために、Irるつぼを用いた高周波加熱によるチョクラルスキー法が一般的に行われている。しかし、Irるつぼは酸素を含む雰囲気中で高温に加熱すると蒸発してしまい、安定した結晶育成が困難になるという問題がある。
【0005】
そこで、セリウム付活オルト珪酸ガドリニウム化合物の単結晶について、蛍光出力やエネルギー分解能等のシンチレーション特性を向上させる熱処理方法として、酸素の少ない雰囲気で、高温(単結晶の融点よりも50℃〜550℃低い温度)で熱処理する方法が特許文献5に開示されている。この文献によると、シンチレーション発光の阻害要因となる4価のCeイオンを3価に還元する作用によりシンチレーション特性が向上するとされている。
【0006】
更に特許文献6には、ルテチウム(Lu)とセリウム(Ce)とを含む珪酸塩結晶をベースとするシンチレーション材料であって、酸素空格子点□を含み、その化学組成が下記一般式(A);
Lu1−yMe1−xCeSiO5−z (A)
[式(A)中、Aは、LuとGd、Sc、Y、La、Pr、Nd、Sm、Eu、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Ybからなるグループから選択された少なくとも1つの元素であり、Meは、H、Li、Be、B、C、N、Na、Mg、Al、P、S、Cl、K、Ca、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、As、Se、Rb、Sr、Zr、Nb、Mo、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Cs、Ba、Hf、Ta、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、Hg、Tl、Pb、Bi、U、Thからなるグループから選択された少なくとも1つの元素である。]で表されるものが記載されている。
【0007】
特許文献6において、Luに置換するMeとしてHからThまでの50以上の元素が記載されているが、これらはシンチレーション素子の切削及び製造中の結晶のクラッキングを防止する効果、並びに導波路素子内で導波路特性を作り出すために効果があると記載されている。また、これらの中でも、酸化度+4、+5、+6(例えば、Zr、Sn、Hf、As、V、Nb、Sb、Ta、Mo、W、Th)を有するイオンが原試薬内に存在すると、あるいは、その必要な量をシンチレーション材料に追加すると、結晶のクラック防止に有効である他に、酸素副格子内の空格子点の形成を妨げる旨も記載されている。
【0008】
酸化物シンチレータの蛍光出力を向上させる熱処理方法として、タングステン酸化合物の単結晶を、酸素を有する雰囲気において、当該結晶の融点未満でかつその融点より200℃低い温度以上の範囲の温度で加熱する方法が特許文献7に開示されている。この特許文献7には、タングステン酸化合物の単結晶は酸素空格子点が発生しやすい結晶であり、酸素を有する雰囲気において、当該結晶の融点近傍で加熱して酸素空格子点をなくすことにより蛍光出力が向上する旨、記載されている。
【0009】
また、特許文献8には、Gd(2−x)CeMeSiO(xは0.003〜0.05、yは0.00005〜0.005であり、MeはMg、Ta及びZrからなる群から選ばれる元素、またはこれらの混合物である単結晶)において、Meで示される元素がCeイオンの3価から4価への価数変化を抑制することによって、着色がなく透明性の高い単結晶が得られる旨、開示されている。
【特許文献1】特許第2852944号公報
【特許文献2】米国特許第4958080号明細書
【特許文献3】特公平7−78215号公報
【特許文献4】米国特許第5264154号明細書
【特許文献5】特許第2701577号公報
【特許文献6】特表2001−524163号公報
【特許文献7】特許第2701577号公報
【特許文献8】特開2003−300795号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1〜4に開示されたセリウム付活オルト珪酸塩化合物の単結晶は、蛍光出力のバックグラウンドが高くなりやすいため、その蛍光特性について結晶インゴット内や結晶インゴット間でのばらつき、日間差でのばらつき及び紫外線を含む自然光照射下での経時変化等が発生しやすく、安定した蛍光出力特性が得られ難いという課題がある。
【0011】
また、セリウム付活珪酸塩化合物の単結晶のうち、下記一般式(1);
2−(x+y)LnCeSiO (1)
[式(1)中、Lnは希土類元素に属する元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素を示し、xは0以上2以下の数値を示し、yは0超0.2以下の数値を示す。]、
下記一般式(2);
Gd2−(z+w)LnCeSiO (2)
[式(2)中、Lnは希土類元素に属する元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素を示し、zは0超2以下の数値を示し、wは0超0.2以下の数値を示す。]、又は
下記一般式(4);
Gd2−(r+s)LuCeSiO (4)
[式(4)中、rは0超2以下の数値を示し、sは0超0.2以下の数値を示す。]で表されるセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶、特にLnとしてイオン半径がTbよりも小さいDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y及びScからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を用いた単結晶(後述する一般式(3)で表されるセリウム付活オルト珪酸塩化合物の単結晶)の場合、酸素の少ない中性若しくは還元雰囲気又は真空中で単結晶を育成又は冷却したり、又は単結晶の育成後に酸素の少ない中性若しくは還元雰囲気又は真空中、高温で単結晶の加熱を行ったりすると、蛍光出力のバックグランドが上昇し、蛍光出力の低下や蛍光特性のばらつきが大きくなることが判明した。この要因の一つとしては、上記単結晶では、酸素が少ない雰囲気中で育成又は熱処理することにより、結晶格子内に酸素欠損が発生することが考えられる。この酸素欠損によって、エネルギートラップ準位が形成され、その準位からの熱励起作用に起因して蛍光出力のバックグラウンドが発生し、蛍光出力のばらつきも増加すると考えられる。この熱励起作用による蛍光出力バックグラウンドは、一般にアフターグロー(Afterglow)と呼ばれる。
【0012】
さらには、特許文献5に開示された熱処理方法は、Gd2(1−x)Ce2xSiO(セリウム付活オルト珪酸ガドリニウム)の単結晶を対象とする場合は良好な結果が得られるが、上記一般式(1)で表されるセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶、及び上記一般式(2)又は(4)で表されるセリウム付活珪酸ガドリニウム化合物の単結晶、特にLnとしてイオン半径がTbよりも小さいDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y及びScからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を用いた単結晶を対象とする場合に、蛍光出力のバックグラウンドが増加してしまい、蛍光出力の低下や蛍光出力のばらつきが大きくなるというマイナスの効果を招くことがわかった。
【0013】
また、本発明者らは、特許文献6における上記一般式(A)で表されたLu及びCeを含む珪酸塩単結晶は、Luを含有するオルト珪酸塩化合物単結晶であることに起因して、特に酸素欠損(酸素格子欠陥に相当)が発生しやすいことを見出した。また更にLu以外の希土類元素が、Tbよりもイオン半径の小さなDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y又はScであるオルト珪酸塩化合物単結晶の方が、Tb又はそれよりもイオン半径の大きな希土類元素を用いたオルト珪酸塩化合物単結晶よりも、酸素欠損が発生しやすいことを見出した。
【0014】
また、特許文献6において、シンチレーション素子の切削及び製造中の結晶のクラッキングを防止する効果、並びに導波路素子内で導波路特性を作り出すために効果があると記載されているHからThまでの50以上の元素の範疇であっても、有効に働くものと働かないものが存在することを見出した。
【0015】
また、セリウム付活珪酸塩単結晶を、特許文献7記載のように、その結晶の融点よりも200℃低い温度以上の温度で加熱すると、特許文献5に開示されているように、結晶の着色、蛍光の吸収等により蛍光出力が低下してしまう。よって、セリウム付活珪酸塩単結晶に対する、酸素を含む雰囲気における熱処理温度として、当該結晶の融点より200℃を超えて低い温度となる1000℃以下は、実用上不適とされている。
【0016】
更に特許文献8は、上記一般式(1)、(2)又は(4)で表される組成とは異なる組成を有する単結晶に関するものであり、酸素欠損やバックグラウンドについて一切言及されていない。
【0017】
そこで、本発明は上記事情にかんがみてなされたものであり、上記一般式(1)、(2)又は(4)で表される組成をベース組成としたセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶、特にLnとしてイオン半径がTbよりも小さいDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y及びScからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を用いた単結晶であって、蛍光特性に十分優れたシンチレータ用単結晶及びその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、上記一般式(1)、(2)若しくは(4)で表される特定のセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶では、周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素からなる群より選択される1種以上の元素の合計含有量が、当該単結晶の全質量基準で0.002質量%以下である場合に、結晶の着色が抑制され、蛍光出力特性が劣化しないことを見出した。また、上記元素の合計含有率が0.002質量%以下であると、酸素を微量含有する雰囲気中においてもオルト珪酸塩化合物単結晶のCeイオンの価数変化を抑制できるため、その単結晶の育成中、あるいは育成後の熱処理の雰囲気の調整によって、更に酸素欠損の発生を低減でき、蛍光特性を向上できるとの知見を得た。本発明者らは、かかる知見に基づき本発明を完成させた。
【0019】
即ち、本発明は、下記一般式(1)又は(2)で表されるセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶であって、周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素からなる群より選択される1種以上の元素の合計含有量が、当該単結晶の全質量基準で0.002質量%以下であるシンチレータ用単結晶を提供する。
2−(x+y)LnCeSiO (1)
ここで、式(1)中、Lnは希土類元素に属する元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素を示し、xは0以上2以下の数値を示し、yは0超0.2以下の数値を示す。
Gd2−(z+w)LnCeSiO (2)
ここで、式(2)中、Lnは希土類元素に属する元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素を示し、zは0超2以下の数値を示し、wは0超0.2以下の数値を示す。
【0020】
本発明は、下記一般式(3)で表されるセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶であって、周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素からなる群より選択される1種以上の元素の合計含有量が、当該単結晶の全質量基準で0.002質量%以下であるシンチレータ用単結晶を提供する。
Gd2−(p+q)LnCeSiO (3)
ここで、式(3)中、LnはTbよりもイオン半径の小さい希土類元素であるDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y及びScからなる群より選択される少なくとも1種の元素を示し、pは0超2以下の数値を示し、qは0超0.2以下の数値を示す。
【0021】
本発明は、下記一般式(4)で表されるセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶であって、周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素からなる群より選択される1種以上の元素の合計含有量が、当該単結晶の全質量基準で0.002質量%以下であるシンチレータ用単結晶を提供する。
Gd2−(r+s)LuCeSiO (4)
ここで、式(4)中、rは0超2以下の数値を示し、sは0超0.2以下の数値を示す。
【0022】
本発明は、周期律表4、5、6族に属する元素であるZr、Hf、Ti、Ta、V、Nb、W、Mo及びCrからなる群より選択される1種以上の元素の合計含有量が、当該単結晶の全質量基準で0.002質量%以下である上記シンチレータ用単結晶を提供する。
【0023】
本発明は、上記シンチレータ用単結晶の製造方法であって、周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素からなる群より選択される1種以上の元素の合計含有量が、製造する単結晶の全質量基準で0.002質量%以下となるように原料を準備する工程を有するシンチレータ用単結晶の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、上記一般式(1)、(2)又は(4)で表される組成をベース組成としたセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶、特にLnとしてイオン半径がTbよりも小さいDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y及びScからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を用いた単結晶であって、蛍光特性に十分優れたシンチレータ用単結晶及びその製造方法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
セリウム付活希土類オルト珪酸塩化合物の単結晶は、酸素を含有する雰囲気中で育成又は熱処理すると、発光中心である3価のセリウムイオンが4価に変化し、発光中心の減少及び結晶の着色による蛍光吸収の増加によって蛍光出力が低下することが知られている。この現象は、雰囲気中の酸素濃度が高いほど、また加熱温度が高いほど顕著になる傾向がある。
【0026】
特定のセリウム付活希土類オルト珪酸塩化合物の単結晶では、酸素の少ない中性若しくは還元雰囲気又は真空中で育成又は冷却される、あるいは酸素の少ない中性若しくは還元雰囲気又は真空中で加熱されることによって、セリウムイオンが3価の状態で存在する。これによって、結晶の着色が十分に抑制され、着色による蛍光の吸収も十分に抑制されるため、高い蛍光出力が得られると考えられている。また、セリウム付活希土類オルト珪酸塩化合物の単結晶は、酸素を含有する雰囲気中で育成又は冷却されて、あるいは酸素を含有する雰囲気中で加熱されて蛍光出力が低下しても、その後に酸素の少ない雰囲気中で熱処理することによって、4価のセリウムイオンが3価に戻り、発光中心の増加及び結晶の着色低減に繋がる。これによって、単結晶における透過率が向上するために、蛍光出力が高くなることが知られている。この現象は、雰囲気中の酸素濃度が低いほど、加えて雰囲気中の水素等の還元性ガスの濃度が高いほど、また加熱温度が高いほど顕著になる傾向がある。
【0027】
実際に、Gd2(1−x)Ce2xSiO(セリウム付活オルト珪酸ガドリニウム)の単結晶等について、上述の酸素の少ない雰囲気での結晶の育成及び高温での熱処理によって、良好な蛍光特性及び蛍光特性の改善効果が得られることが確認されている。例えば、セリウム付活オルト珪酸ガドリニウム化合物の単結晶の熱処理方法として、酸素の少ない雰囲気で、高温(単結晶の融点よりも50℃〜550℃低い温度)で熱処理する方法が特許文献5に開示されている。
【0028】
しかしながら、上記一般式(1)で表されるセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶、及び上記一般式(2)又は(4)で表されるセリウム付活珪酸ガドリニウム化合物単結晶では、特にLnとしてイオン半径がTbよりも小さいDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y及びScからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を用いた単結晶の場合、上述の酸素の少ない中性若しくは還元雰囲気又は真空中での単結晶の育成又は冷却、あるいは酸素の少ない中性若しくは還元雰囲気又は真空中での熱処理により、蛍光出力のバックグラウンドが増加してしまい、蛍光出力のばらつきも大きくなるというマイナスの作用を招くことが判明した。この作用は、雰囲気中の酸素濃度が低いほど、加えて雰囲気中の水素等の還元性ガス濃度が高いほど、また加熱温度が高いほど顕著になる傾向がある。
【0029】
この要因の一つとしては、上記単結晶では、酸素が少ない雰囲気中で育成又は熱処理することにより、結晶格子内に酸素欠損が発生することが考えられる。この酸素欠損欠陥によって、エネルギートラップ準位が形成され、その準位からの熱励起作用に起因して蛍光出力のバックグラウンドが増加し、蛍光出力のばらつきも増加すると考えられる。
【0030】
上述のセリウム付活オルト珪酸塩化合物の単結晶における酸素欠損は、酸素を多く含む雰囲気中で単結晶を育成すれば、低減される傾向がある。しかしながら、酸素を多く含む雰囲気中での単結晶の育成により、セリウムイオンの価数が3価(Ce3+)から4価(Ce4+)に変化するため、発光波長の透過率が低下し、蛍光出力の低下を招く。また、これらのオルト珪酸塩単結晶は、融点が1600℃以上と非常に高いものが多い。オルト珪酸塩の単結晶は、一般にIrるつぼを使用した高周波加熱によるチョクラルスキー法により育成されるが、Irるつぼは1500℃以上の高温で酸素を含む雰囲気に晒すと、Irの蒸発が顕著になり、結晶育成に支障が出やすくなるという問題がある。これら二点の問題があるために、セリウム付活オルト珪酸塩単結晶は、酸素の少ない中性若しくは還元性の雰囲気で育成されることが多く、その結果、結晶育成段階において酸素欠損が発生しやすいという課題がある。
【0031】
酸素欠損欠陥は、セリウム付活オルト珪酸塩において、結晶構造がC2/c構造になりやすい結晶組成において発生しやすい傾向にある。上記一般式(1)で表されるセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶、及び上記一般式(2)又は(4)で表されるセリウム付活珪酸ガドリニウム化合物単結晶では、Lnとして、イオン半径がDyよりも大きな元素であるLa、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Ga及びTbからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を用いると、結晶構造がP2/c構造になりやすい。一方、Lnとして、イオン半径がTbよりも小さいDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y及びScからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を用いると、結晶構造がC2/c構造になりやすい。このような結晶構造がC2/c構造になりやすい単結晶は、上述の蛍光出力のバックグラウンドの増加や蛍光出力のばらつきが発生しやすい。これは、付活剤であるCeのイオン半径とオルト珪酸塩化合物元素のイオン半径との差異が大きくなるほど、上記酸素欠損が発生しやすいことに起因していると考えられる。
【0032】
実際に、上記一般式(2)で表されるセリウム付活珪酸ガドリニウム化合物単結晶の場合には、イオン半径の小さなLnの組成比率が高くなるにつれて、酸素欠損が発生しやすくなる傾向が認められる。上述の結晶組成に起因して塩酸素欠損の発生しやすいセリウム付活オルト珪酸化合物単結晶では、中性雰囲気や酸素を微量に含む中性雰囲気若しくは還元雰囲気中で加熱されることによっても、又はより低い温度で加熱されることによっても、酸素欠損が発生しやすくなると考えられる。
【0033】
また、結晶構造がC2/c構造であるLu2(1−x)Ce2xSiO(セリウム付活オルト珪酸ルテチウム)単結晶においても、Ceイオンとのイオン半径差が大きいために、酸素欠損が発生しやすいと考えられる。
【0034】
上述のセリウム付活オルト珪酸塩化合物の単結晶では、構成希土類元素のイオン半径とCeのイオン半径との差異が大きくなると、チョクラルスキー法による結晶育成時に、結晶融液から結晶内に取り込まれるCeの偏析係数が著しく小さくなる。このため、結晶インゴット内でCe濃度にばらつきを生じやすいことも、結晶の蛍光出力やバックグラウンドのばらつきの原因になり得ると考えられる。
【0035】
本発明のシンチレータ用単結晶におけるCe濃度については、上記一般式(1)、(2)、(3)及び(4)において、y、w、q及びsは0よりも大きく0.2以下の値であることが好ましく、0.0001〜0.02であることがより好ましく、0.0005〜0.005であることが最も好ましい。この数値が0の場合、付活剤であるCeが存在しないために、発光準位が形成されずに蛍光が得られなくなる。またこの数値が0.2よりも大きくても、結晶中に取り込まれるCe量が飽和しCe添加による効果が薄くなる上に、Ceの偏析等によるボイドや欠陥が発生し、蛍光特性を劣化させる傾向にある。
【0036】
本発明者らは、酸素欠損の発生による蛍光出力の劣化を抑制できると共に、従来と比較して蛍光出力を向上できるセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶組成について検討したところ、周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素の合計含有量を0.002質量%以下とすることが有効であることを見出した。周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素の中でも、周期表4、5、6族に属するZr、Hf、Ti、Ta、V、Nb、W、Mo及びCrからなる群より選択される1種以上の合計元素の合計含有量を0.002質量%以下とすることが特に有効であることが分かった。
【0037】
既に述べた通り、特許文献6には、酸化度+4、+5、+6(例えば、Zr、Sn、Hf、As、V、Nb、Sb、Ta、Mo、W、Th)を有するイオンが原試薬内に存在すると、あるいは、その必要な量をシンチレーション材料に追加すると、結晶のクラック防止に有効である他に、酸素副格子内の空格子点の形成を妨げる旨も記載されている。
【0038】
これに対し、本発明者らは、特許文献6に記載されている酸化度+4、+5、+6(例えば、Zr、Sn、Hf、As、V、Nb、Sb、Ta、Mo、W、Th)を有するイオンが原料試薬内に存在すると、あるいは、シンチレーション材料に添加すると、結晶が着色し、蛍光出力が低下する傾向があることを見出した。
【0039】
これは、Ceイオンの3価から4価への変化が促進される作用によるものと考えられ、特許文献6に記載されている電荷補償作用とは逆の作用である。特に、酸素欠損の発生を抑制するために、育成中、あるいは育成後の熱処理の雰囲気に微量の酸素を混合した場合には、Ceイオンの価数変化が更に促進されるために、蛍光特性の低下が顕著になると考えられる。上記の元素がCeイオンの価数変化を促進させる性質があり、このような元素の含有量を十分に低くすることでCeイオンの価数変化が抑制され、よって、優れた蛍光特性が得られると考えられる。ただし、本発明における、特定の元素の合計含有量を低くすることによる効果についての因果関係は、上述の作用に限定されるものではない。
【0040】
本発明に係るオルト珪酸塩単結晶においては、周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素の合計含有量を0.002質量%以下とする必要があるが、0.001質量%以下であることが好ましく、0.0002質量%以下であることが最も好ましい。当該含有量が0.002質量%を超えると、特性劣化の影響が顕著になると共に、含有する元素の種類によっては、特に周期表の4族(例えば、Zr、Hf)を含有する場合には、蛍光特性の劣化の影響が無視できなくなる。なお、周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素の含有量は、GS−MS法(グロー放電質量分析法)を用いて測定することができる。
【0041】
周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素は、Gdや希土類元素のサイトを置換する可能性が高い。従って、周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素から選ばれる1種以上の元素をMで表すとすると、一般式(5)のように表記される。
Gd2−(p+q+z)LnCeSiO (5)
ここで、式(5)中、LnはTbよりもイオン半径の小さい希土類元素であるDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y及びScからなる群より選択される少なくとも1種の元素を示し、pは0超2以下の数値を示し、qは0超0.2以下の数値を示す。
【0042】
例えば、式(5)式のMがZr、希土類元素LnがLu、pが1.8である場合、当該単結晶の全質量を基準とするMの含有量の範囲0.002質量%以下は、z≦0.0001に相当し、当該範囲0.001質量%以下はz≦0.00005に相当し、当該範囲0.0002質量%以下はz≦0.00001に相当する。
【0043】
本発明に係るシンチレータ用単結晶の育成は、周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素から選ばれる1種以上の元素の合計含有量が、当該単結晶の全質量基準で0.002質量%以下となるような原料を用いる以外は、通常のオルト珪酸塩化合物単結晶の育成方法に準じて行うことができる。
【0044】
単結晶の原料を準備する際には、上述の周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素から選ばれる1種以上の元素の合計含有量が、当該単結晶の全質量基準で0.002質量%以下である原料を用いることが好ましい。周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素は、本発明に係るオルト珪酸塩化合物単結晶のベース結晶中の希土類元素とのイオン半径差が影響すると考えられる原料融液から結晶中への分散係数(偏析係数)に基づいて、その単結晶中に取り入れられる。この分散係数は1未満となるため、単結晶中に存在する上記元素の濃度は原料における添加量よりも小さくなる傾向にある。
【0045】
また、オルト珪酸塩化合物単結晶中に存在する周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素は、そのイオン半径が単結晶の着色及び蛍光特性に影響すると考えられる。なお、後述するイオン半径は、広島大学の地球資源論研究室(Earth Resources Research)のホームページ(http://home.hiroshima-u.ac.jp/er/Min_G2.html、平成17年6月8日現在)から引用した(ShannonとPrewitt(1969,70)による経験的半径で、一部はShannon(1976)によるもの、Pauling(1960)またはAhrens(1952)による推定値をそのまま流用したもの)。
【0046】
本発明に係るオルト珪酸塩化合物単結晶において周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素は、LuやGd等の希土類元素位置又は格子間位置に存在すると考えられる。特にLu、Y、Gd等の希土類元素やSiの結晶格子位置に置換して存在する場合には、ベース結晶中の元素のイオン半径(Siで40pm、Luで98pm、Yで102pm、Gdで105pm)により近いイオン半径を有する元素の方が、希土類元素の格子位置を置換しやすいので、単結晶の着色や蛍光特性に与える影響が大きいと考えられる。なお、1pm=0.01Åである。
【0047】
周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素としては、4価のイオンになりやすい4族のTi(イオン半径:61pm)、Zr(イオン半径:72pm)、Hf(イオン半径:71pm)及び14族のGe(イオン半径:54pm)、Sn(イオン半径:69pm)、Pb(イオン半径:78pm)、5価のイオンになりやすい5族のV(イオン半径:64pm)、Nb(イオン半径:64pm)、Ta(イオン半径:64pm)及び15族のP(イオン半径:17pm)、As(イオン半径:34pm)、Sb(イオン半径:61pm)、6価のイオンになりやすい6族のCr(イオン半径:30pm)、Mo(イオン半径:60pm)、W(イオン半径:60pm)及び16族のS(イオン半径:12pm)、Se(イオン半径:29pm)、Te(イオン半径:56pm)などが挙げられる。上記原は、ベース結晶中の元素の価数に近い4価、5価、6価の順に特性を悪化させる影響が大きい。上記の元素のうち、イオン半径が比較的大きいZr及びHfは、そのイオン半径がベース結晶を構成する元素のイオン半径に近く、特性を悪化させる影響が大きい。そのため、結晶中における上記両元素の含有量を十分に低減することが好ましい。
【0048】
上記の通り、本発明者らは、希土類珪酸塩単結晶において、価数4価、5価及び6価の元素は、着色を発生させ、蛍光出力を低下させることを見出した。含有される不純物元素の価数の影響につき、原料中のモル濃度が同じ場合、特性に与える影響は周期表4族に属する元素が最も大きい傾向であった。
【0049】
本発明に係るセリウム付活オルト珪酸塩単結晶は、酸素の少ない中性若しくは還元雰囲気又は真空中で結晶の育成又は冷却を施された場合、酸素欠損密度が増加しやすくなる。そこで、酸素欠損を低減するために、酸素を少量含む雰囲気中で結晶の育成又は冷却、及び熱処理を施された場合に、結晶が着色し蛍光出力が低下し易くなり、本発明の上記効果がさらに有効に奏される。
【0050】
また、一般式(1)又は(2)で表される化合物の単結晶は、セリウムのイオン半径との差が大きく、イオン半径がTbよりも小さいDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y及びScからなる群より選ばれる1種以上の元素のLnにおける比率が高く、また、C2/cの結晶構造になるものほど、本発明による効果をさらに有効に奏することができる。
【0051】
ここで、本発明の好適な実施形態に係るシンチレータ用単結晶の製造方法について説明する。このシンチレータ用単結晶の製造方法は、周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素からなる群より選択される1種以上の元素の合計含有量が、製造する単結晶の全質量基準で0.002質量%以下となるように原料を準備する原料準備工程と、準備した原料から単結晶を成長させる成長工程と、成長工程を経て得られる単結晶インゴットを所定の条件で加熱処理する加熱工程とを含む。
【0052】
原料準備工程においては、周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素の含有量が十分に少ない混合物からなる原料を準備する。ベース結晶の構成元素は、酸化物(単独酸化物若しくは複合酸化物)又は炭酸塩等の塩(単塩若しくは複塩)の状態で準備され、その形態は、例えば固体粉末状である。周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素からなる群より選択される1種以上の元素の合計含有量は、単結晶原料の全質量基準で0.002質量%以下であることが好ましい。
【0053】
成長工程は、溶融法に基づき上述の準備した原料を溶融状態とした溶融液を得る溶融工程と、溶融液を冷却固化させることにより、単結晶インゴットを得る冷却固化工程とを更に有する。
【0054】
上記溶融工程における溶融法はチョクラルスキー法であってもよい。この場合、図1に示す構成を有する引き上げ装置10を用いて溶融工程及び冷却固化工程における作業を行なうことが好ましい。
【0055】
図1は本発明に係る単結晶を育成するための育成装置の基本構成の一例を示す模式断面図である。図1に示す引き上げ装置10は、高周波誘導加熱炉14を有している。この高周波誘導加熱炉14は先に述べた溶融工程及び冷却固化工程における作業を連続的に行うためのものである。
【0056】
この高周波誘導加熱炉14は耐火性を有する側壁が筒状の有底容器であり、有底容器の形状自体は公知のチョクラルスキー法に基づく単結晶育成に使用されるものと同様である。この高周波誘導加熱炉14の底部の該側面には高周波誘導コイル15が巻回されている。そして、高周波誘導加熱炉14の内部の底面上には、るつぼ17(例えば、Ir製のるつぼ)が配置されている。このるつぼ17は、高周波誘導加熱ヒータを兼ねている。そして、るつぼ17中に、単結晶の原料を投入し、高周波誘導コイル15に高周波誘導をかけると、るつぼ17が加熱され、単結晶の構成材料からなる溶融液18(融液)が得られる。
【0057】
また、高周波誘導加熱炉14の底部中央には、高周波誘導加熱炉14の内部から外部へ貫通する開口部(図示せず)が設けられている。そして、この開口部を通じて、高周波誘導加熱炉14の外部からるつぼ支持棒16が挿入されており、るつぼ支持棒16の先端はるつぼ17の底部に接続されている。このるつぼ支持棒16を回転させることにより、高周波誘導加熱炉14中において、るつぼ17を回転させることができる。開口部とるつぼ支持棒16との間には、パッキンなどによりシールされている。
【0058】
次に、引き上げ装置10を用いたより具体的な製造方法について説明する。
【0059】
先ず、溶融工程では、るつぼ17中に、単結晶の原料を投入し、高周波誘導コイル15に高周波誘導をかけることにより、単結晶の構成材料からなる溶融液18(融液)を得る。単結晶の原料としては、例えば、単結晶を構成する金属元素の単独酸化物及び/又は複合酸化物が挙げられる。市販のものとしては、信越化学社製、スタンフォードマテリアル社製、多摩化学社製等の純度の高いものを用いると好ましい。
【0060】
次に、冷却固化工程において溶融液を冷却固化させることにより、円柱状の単結晶インゴット1を得る。より具体的には、後述する結晶育成工程と、冷却工程の2つの工程に分けて作業が進行する。
【0061】
先ず、結晶育成工程では、高周波誘導加熱炉14の上部から、種子結晶2を下部先端に固定した引き上げ棒12を溶融液18中に投入し、次いで、引き上げ棒12を引き上げながら、単結晶インゴット1を形成する。このとき、結晶育成工程では、ヒータ13の加熱出力を調節し、溶融液18から引き上げられる単結晶インゴット1を、その断面が所定の直径となるまで育成する。
【0062】
次に、冷却工程ではヒータの加熱出力を調節し、結晶育成工程後に得られる育成後の単結晶インゴット(図示せず)を冷却する。
【0063】
また、本発明に係るセリウム付活オルト珪酸塩単結晶を、酸素の少ない雰囲気(例えばアルゴン及び窒素の総濃度が80体積%以上、かつ酸素濃度が0.2体積%未満、必要に応じて水素ガスの濃度が0.5体積%以上の雰囲気)中、下記式(6);
800≦T<(T−550) (6)
[式(6)中、T(単位:℃)は単結晶の融点を示す。]で表される条件を満足する加熱温度T(単位:℃)で加熱し、更にその後に雰囲気を上述の酸素を含む雰囲気に置換して、その雰囲気中、300℃〜1500℃の加熱温度で単結晶を加熱してもよい。
【0064】
これらの加熱処理を施すことにより、単結晶中に形成された酸素欠損を更に低減可能となる。
【0065】
また、成長工程を経て得られた本発明に係るセリウム付活オルト珪酸塩単結晶のインゴットを、酸素の少ない雰囲気(例えばアルゴン及び窒素の総濃度が80体積%以上であり、かつ酸素濃度が0.2体積%未満、必要に応じて水素ガスの濃度が0.5体積%以上の雰囲気)中、下記式(7);
800≦T<(Tm3−550) (7)
[式(7)中、Tm3(単位:℃)は単結晶の融点を示す。]で表される条件を満足する温度T(単位:℃)で加熱してもよい。この加熱処理を施すことにより、結晶中の酸素欠損の増加を抑制すると同時に、Ce4+をCe3+により効率的に変化させることができる。
【0066】
なお、本発明のシンチレータ用単結晶の製造方法において、上述した加熱工程は省略してもよい。
【0067】
本発明は、上述のセリウム付活オルト珪酸塩単結晶の蛍光出力、蛍光出力のバックグラウンド、エネルギー分解能等のシンチレータ特性を改善する単結晶及びその製造方法に関するものである。セリウム付活オルト珪酸塩単結晶内のセリウムイオンの価数状態は蛍光出力に強く影響する。発光中心である3価のセリウムイオンの状態から、着色及び蛍光吸収を起こし非発光中心となる4価のセリウムイオンの状態への変化は、酸素を含む雰囲気中で加熱することにより生じる。そのため、単結晶の育成は酸素の少ない中性若しくは還元雰囲気又は真空中で行われる。しかしながら、そのような条件下での単結晶の育成により酸素欠損が単結晶中に発生する。単結晶中に発生する酸素欠損は、蛍光出力のバックグランド強度に影響を与え、蛍光の結晶インゴット内やインゴット間、日間差、更には紫外線を含む自然光照射下での経時変化等のばらつきを増大させる。この酸素欠損は、結晶の融点側に比較的近い高温での、しかも酸素の少ない雰囲気中での結晶育成及び/又は冷却により、あるいは熱処理により発生すると考えられる。
【0068】
本発明は、単結晶の育成、冷却時及び熱処理時の酸素欠損の発生を抑制するために、酸素を含有する雰囲気で単結晶の育成、冷却及び熱処理を行った場合にも、セリウムイオンの価数変化である3価から4価の価数変化を抑制することに有効である。本発明は、セリウムイオンの3価から4価への価数変化を促進する4、5、6価の不純物濃度を低減することによって、酸素を含む雰囲気中での結晶の着色を抑制し、蛍光出力特性を向上できることを見出し、それに基づいて完成されたものである。
【実施例】
【0069】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0070】
(実施例1)
単結晶は公知のチョクラルスキー法に基づいて作製した。まず、直径50mm、高さ50mm、厚み2mmのIr製るつぼの中に、Gd2−(r+s)LuCeSiO(r=1.8、s=0.003)単結晶の原料として、酸化ガドリニウム(Gd、純度99.99質量%)、酸化ルテチウム(Lu、純度99.99質量%)、二酸化珪素(SiO、純度99.9999質量%)、酸化セリウム(CeO、純度99.99質量%)を所定の量論組成になるように混合したもの500gを準備して投入した。このとき、酸化ガドリニウム、酸化ルテチウム及び二酸化珪素のそれぞれの原料中に含まれる4、5、6価の元素(不純物)は、すべて1質量ppm未満であった。
【0071】
次に、高周波誘導加熱炉で融点(約2050℃)まで加熱し融解して溶融液を得た。なお、融点は電子式光高温計(チノー製、パイロスタMODEL UR−U、商品名)により測定した。
【0072】
次に、種子結晶を先端に固定した引き上げ棒の当該先端を溶融液中に入れ種付けを行った。次に、引上げ速度1.5mm/hの速度で単結晶インゴットを引上げてネック部を形成した。その後、コーン部の引上げを行い、直径が25mmφになった時点より、引上げ速度1mm/hで直胴部の引き上げを開始した。直胴部を育成した後、単結晶インゴットを融液から切り離し、冷却を開始した。結晶の育成及び冷却中は、育成炉内に流量4L/分のNガスに加えて、流量10mL/分のOガスを流し続けた。このとき、炉内の酸素濃度は、ガルバニ電池拡散式酸素濃度表示計(泰栄電器株式会社製、型式OM−25MS10)により測定し、0.2〜0.3体積%であることを確認した。
【0073】
冷却終了後、得られた単結晶を取り出した。得られた単結晶インゴットは、結晶質量が約250g、コーン部の長さが約30mm、直胴部の長さが約70mmであった。
【0074】
得られた単結晶インゴットから4mm×6mm×20mmの矩形の結晶サンプルを複数切り出した。切り出した結晶サンプルに対し、リン酸を用いてケミカルエッチングを施し、結晶サンプルの全面を鏡面化した。
【0075】
次いで、鏡面化した結晶サンプルから任意に2個の結晶サンプルを抜き出し、4mm×6mm×20mmの矩形の結晶サンプル6つの面のうちの4mm×6mm面の大きさを有する面の1つ(以下、「放射線入射面」という。)を除く残り5つの面に、反射材としてポリテトラフルオロエチレン(PTFE)テープを被覆した。次に、得られた各サンプルのPTFEテープを被覆していない上記放射線入射面を光電子増倍管(浜松ホトニクス社R878)のフォトマル面(光電変換面)に光学グリースを用いて固定した。次に、各サンプルに対して137Csを用いた662KeVのガンマ線を照射し、各サンプルのエネルギースペクトルを測定し、各サンプルの蛍光出力、エネルギー分解能及びバックグラウンドを評価した。エネルギースペクトルは光電子増倍管に1.45kVの電圧を印加した状態で、ダイノードからの信号を前置増幅器(ORTEC社製、商品名「113」)及び波形整形増幅器(ORTEC社製、商品名「570」)で増幅し、MCA(PGT社製、商品名「Quantum MCA4000」)で測定した。また、結晶インゴットの着色は、外観の目視により評価した。結果を表1に示す。
【0076】
(実施例2)
直径50mm、高さ50mm及び厚み2mmのIr製るつぼの中に、Gd2−(r+s)LuCeSiO(r=1.8、s=0.003)単結晶の原料として、酸化ガドリニウム(Gd、純度99.99質量%)、酸化ルテチウム(Lu、純度99.99質量%)、二酸化珪素(SiO、純度99.9999質量%)、酸化セリウム(CeO、純度99.99質量%)を所定の量論組成になるように混合したもの500gに対して、更に炭酸カルシウム(CaCO、純度99.99質量%)0.0881g(Caとして0.0070質量%に相当)を投入した。このとき、酸化ガドリニウム、酸化ルテチウム及び二酸化珪素のそれぞれの原料中に含まれる4、5、6価の元素(不純物)は、すべて1質量ppm未満であった。これ以降の手順は実施例1と同様にした。
【0077】
(実施例3)
実施例1におけるGd2−(r+s)LuCeSiO(r=1.8、s=0.003)に代えて、Y2−(x+y)LuCeSiO(x=1.8、y=0.003)の単結晶を以下のようにして製造した。実施例1で用いた酸化ガドリニウム(Gd、純度99.99質量%)の代わりに酸化イットリウム(Y、純度99.99質量%)を使用し、所定の量論組成になるように混合したもの500gに対して、更に実施例2と同様に炭酸カルシウム(CaCO、純度99.99質量%)0.0804g(Caとして0.0072質量%に相当)を投入した。このとき、酸化イットリウム、酸化ルテチウム及び二酸化珪素のそれぞれの原料中に含まれる4、5、6価の元素(不純物)は、すべて1質量ppm未満であった。これ以降の手順は、実施例1と同様にした。
【0078】
(比較例1)
実施例1と同様に直径50mm、高さ50mm及び厚み2mmのIr製るつぼの中に、Gd2−(r+s)LuCeSiO(r=1.8、s=0.003)単結晶の原料として、酸化ガドリニウム(Gd、純度99.99質量%)、酸化ルテチウム(Lu、純度99.99質量%)、二酸化珪素(SiO、純度99.9999質量%)、酸化セリウム(CeO、純度99.99質量%)を所定の量論組成になるように混合したもの500gを投入した。本比較例では、更に酸化ジルコニウム(ZrO、純度99.99質量%)0.0542g(Zrとして0.0080質量%に相当)を追加投入した。このとき、酸化ガドリニウム、酸化ルテチウム及び二酸化珪素のそれぞれの原料中に含まれる4、5、6価の元素(不純物)は、すべて1質量ppm未満であった。これ以降の手順は、実施例1と同様にした。
【0079】
(比較例2)
酸化ジルコニウム(ZrO、純度99.99質量%)0.0542g(Zrとして0.0080質量%に相当)の代わりに、酸化ハフニウム(HfO、純度99.99質量%)0.0926g(Hfとして0.0157質量%の相当)を投入した以外は、比較例1と同様にした。
【0080】
(比較例3)
酸化ジルコニウム(ZrO、純度99.99質量%)0.0542g(Zrとして0.0080質量%に相当)の代わりに、酸化タンタル(Ta、純度99.99質量%)0.0972g(Taとして0.0159質量%の相当)を投入した以外は、比較例1と同様にした。
【0081】
(比較例4)
酸化ジルコニウム(ZrO、純度99.99質量%)0.0542g(Zrとして0.0080質量%に相当)の代わりに、酸化タングステン(WO、純度99.99質量%)0.1020g(Wとして0.0162質量%の相当)を投入した以外は、比較例1と同様にした。
【0082】
(比較例5)
実施例2と同様に直径50mm、高さ50mm及び厚み2mmのIr製るつぼの中に、Gd2−(r+s)LuCeSiO(r=1.8、s=0.003)単結晶の原料として、酸化ガドリニウム(Gd、純度99.99質量%)、酸化ルテチウム(Lu、純度99.99質量%)、二酸化珪素(SiO、純度99.9999質量%)、酸化セリウム(CeO、純度99.99質量%)を所定の量論組成になるように混合したもの500gに対して、炭酸カルシウム(CaCO、純度99.99質量%)0.0881g(Caとして0.0071質量%に相当)を投入した。本比較例では、更に酸化ジルコニウム(ZrO、純度99.99質量%)0.0163g(Zrとして0.0024質量%に相当)を追加投入した以外は、実施例2と同様にした。このとき、酸化ガドリニウム、酸化ルテチウム及び二酸化珪素のそれぞれの原料中に含まれる4、5、6価の元素(不純物)は、すべて1質量ppm未満であった。
【0083】
(比較例6)
実施例2と同様に直径50mm、高さ50mm及び厚み2mmのIr製るつぼの中に、Gd2−(r+s)LuCeSiO(r=1.8、s=0.003)単結晶の原料として、酸化ガドリニウム(Gd、純度99.99質量%)、酸化ルテチウム(Lu、純度99.99質量%)、二酸化珪素(SiO、純度99.9999質量%)、酸化セリウム(CeO、純度99.99質量%)を所定の量論組成になるように混合したもの500gに対して、炭酸カルシウム(CaCO、純度99.99質量%)0.0881g(Caとして0.0070質量%に相当)を投入した。本比較例では、更に酸化タンタル(Ta、純度99.99質量%)0.0486g(Taとして0.0080質量%の相当)を追加投入した以外は、実施例2と同様にした。
【0084】
(比較例7)
比較例1におけるGd2−(r+s)LuCeSiO(r=1.8、s=0.003)に代えて、Y2−(x+y)LuCeSiO(x=1.8、y=0.003)の単結晶を以下のようにして製造した。比較例1で用いた酸化ガドリニウム(Gd、純度99.99質量%)の代わりに酸化イットリウム(Y、純度99.99質量%)を使用し、所定の量論組成になるように混合したもの500gに対して、酸化ジルコニウム(ZrO、純度99.99質量%)0.0559g(Zrとして0.0083質量%に相当)を投入した。このとき、酸化イットリウム、酸化ルテチウム及び二酸化珪素のそれぞれの原料中に含まれる4、5、6価の元素(不純物)は、すべて1質量ppm未満であった。これ以降の手順は、比較例1と同様にした。
【0085】
【表1】

【0086】
表1中「測定不能」とあるのは、蛍光出力が低く、蛍光出力値及びエネルギー分解能が計測できなかったことを意味する。
【0087】
表1に示すように、実施例1〜3では、原料中の4、5、6価の元素濃度が1ppm以下であったため、酸素を含む窒素雰囲気中で育成を行っても、結晶インゴットの着色がなく、蛍光出力も比較的高い結果が得られている。特に、4、5、6価の不純物元素を含まない原料を用いて、周期表2族に属する元素であるCaを所定量添加した実施例2及び3では、蛍光出力のバックグラウンドが低下し、蛍光出力も大幅に向上している。
【0088】
これに対し、比較例1〜4では、原料中の4、5、6価の元素濃度は1ppmであったが、4価元素のZrとHf、5価元素のTa、6価元素のWをそれぞれ試験的に添加して、酸素を含む窒素雰囲気中で育成を行った結果、結晶インゴットに黄色に着色が発生した。その蛍光特性は、着色の程度に依存して、蛍光出力が大幅に低下する傾向を示した。
【0089】
また、比較例5及び6では、実施例2と同様に4、5、6価の元素濃度が1ppmである原料を用いるとともにCaを所定量添加した。実施例2で製造した単結晶では、特性が大幅に向上したが、比較例5及び6では、実施例2の組成にさらに4価のZr及び5価のTaをそれぞれ添加している。比較例5及び6においては、Zr又はTaの含有量は、比較例1におけるZr含有量及び比較例3におけるTaの含有量よりも少量であるが、インゴットが着色し、蛍光出力の低下が見られた。
【0090】
さらに、比較例7では、実施例1に対する比較例1の場合と同様に、実施例1の単結晶組成においてGdをYに置換した組成に、4価元素であるZrを添加することによって、顕著な結晶の着色及び蛍光出力の劣化が見られた。
【0091】
(実施例4)
直径50mm、高さ50mm、厚み2mmのIr製るつぼの中に、Gd2−(r+s)LuCeSiO(r=1.8、s=0.003)単結晶の原料として、酸化ガドリニウム(Gd、純度99.99質量%)、酸化ルテチウム(Lu、純度99.99質量%)、二酸化珪素(SiO、純度99.9999質量%)、酸化セリウム(CeO、純度99.99質量%)を所定の量論組成になるように混合したもの500gに対して、更に酸化ジルコニウム(ZrO、純度99.99質量%)0.00271g(Zrとして0.0004質量%に相当)を投入した。このとき、酸化ガドリニウム、酸化ルテチウム及び二酸化珪素のそれぞれの原料中に含まれる4、5、6価の元素(不純物)は、すべて1質量ppm未満であった。これ以降の手順は実施例1と同様にした。
【0092】
(実施例5)
酸化ジルコニウム(ZrO、純度99.99質量%)0.00271g(Zrとして0.0004質量%に相当)の代わりに、酸化ハフニウム(HfO、純度99.99質量%)0.00463g(Hfとして0.0008質量%の相当)を投入した以外は、実施例4と同様にして単結晶を作成した。
【0093】
(実施例6)
酸化ジルコニウム(ZrO、純度99.99質量%)0.00271g(Zrとして0.0004質量%に相当)の代わりに、酸化タンタル(Ta、純度99.99質量%)0.0097g(Taとして0.0016質量%の相当)を投入した以外は、実施例4と同様にして単結晶を作成した。
【0094】
実施例4〜6において作成した単結晶の評価結果を表2に示す。実施例4〜6におけるZr、Hf及びTaの添加量では、これらの元素を添加したことによる特性の劣化は認められず、実施例1の添加元素を含まない場合と同等の特性が得られた。
【0095】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0096】
【図1】単結晶を育成するための育成装置の基本構成の一例を示す模式断面図である。
【符号の説明】
【0097】
1…単結晶、2…種子結晶、10…引き上げ装置、12…引き上げ棒、14…高周波誘導加熱炉、15…高周波誘導コイル、16…るつぼ支持棒、17…るつぼ、18…溶融液(融液)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)又は(2)で表されるセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶であって、周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素からなる群より選択される1種以上の元素の合計含有量が、前記単結晶の全質量基準で0.002質量%以下であるシンチレータ用単結晶。
2−(x+y)LnCeSiO (1)
[式(1)中、Lnは希土類元素に属する元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素を示し、xは0以上2以下の数値を示し、yは0超0.2以下の数値を示す。]
Gd2−(z+w)LnCeSiO (2)
[式(2)中、Lnは希土類元素に属する元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素を示し、zは0超2以下の数値を示し、wは0超0.2以下の数値を示す。]
【請求項2】
下記一般式(3)で表されるセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶であって、周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素からなる群より選択される1種以上の元素の合計含有量が、前記単結晶の全質量基準で0.002質量%以下であるシンチレータ用単結晶。
Gd2−(p+q)LnCeSiO (3)
[式(3)中、LnはTbよりもイオン半径の小さい希土類元素であるDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y及びScからなる群より選択される少なくとも1種の元素を示し、pは0超2以下の数値を示し、qは0超0.2以下の数値を示す。]
【請求項3】
下記一般式(4)で表されるセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶であって、周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素からなる群より選択される1種以上の元素の合計含有量が、前記単結晶の全質量基準で0.002質量%以下であるシンチレータ用単結晶。
Gd2−(r+s)LuCeSiO (4)
[式(4)中、rは0超2以下の数値を示し、sは0超0.2以下の数値を示す。]
【請求項4】
周期律表4、5、6族に属する元素であるZr、Hf、Ti、Ta、V、Nb、W、Mo及びCrからなる群より選択される1種以上の元素の合計含有量が、前記単結晶の全質量基準で0.002質量%以下である、請求項1〜3のいずれか一項に記載のシンチレータ用単結晶。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載のシンチレータ用単結晶の製造方法であって、周期表4、5、6族及び14、15、16族に属する元素からなる群より選択される1種以上の元素の合計含有量が、前記単結晶の全質量基準で0.002質量%以下となるように原料を準備する工程を有する、シンチレータ用単結晶の製造方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2007−297584(P2007−297584A)
【公開日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−251238(P2006−251238)
【出願日】平成18年9月15日(2006.9.15)
【出願人】(000004455)日立化成工業株式会社 (4,649)
【Fターム(参考)】