説明

シールドガス、これを用いた溶接方法および被溶接物

【課題】 適正な溶接条件を設定することで、溶接品質を低下させることなく溶接金属部の溶け込みを深くするようにした。
【解決手段】 ヘリウムガスに酸素ガスを添加してその濃度を0.2vol.%以上(好ましくは0.4vol.%以上)としたシールドガスを使用し、溶接金属中の酸素濃度を70〜700ppmとすることで溶接金属部の溶け込み深さを深くし、溶接金属部の寸法比D/W値を大きくした。また、溶接電流、溶接速度、アーク長の適正な範囲をなす溶接条件のうち少なくとも一つを満たして溶接することで、溶接品質を低下させることなく、さらなる深溶け込みを実現させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばTIG溶接などの非消耗電極式ガスシールド溶接用のシールドガス、これを用いた溶接方法および被溶接物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、炭素鋼、ステンレス鋼などの鉄鋼系材料を母材として用いた構造物を溶接する方法としては、MAG溶接(Metal−arc Active Gas Welding)、MIG溶接(Metal−arc Inert Gas Welding)、プラズマ溶接などがある。これらの溶接は、溶接金属部が深く、かつ効率が高い溶接施工が要求される場合に採用されている。
しかしながら、MAG溶接やMIG溶接では、溶接品質が劣化したり、溶接欠陥が発生し易いなどの欠点がある。また、プラズマ溶接では、開先精度その他の施工条件の許容範囲が小さく、現場などで利用しにくいという欠点があった。
また、上記以外の溶接方法として、TIG(Tungsten Inert Gas Welding)溶接がある。TIG溶接は、比較的容易に溶接施工が可能で、かつ高品質な溶接金属部が得られることから、高い信頼性が要求される構造物の溶接方法として広く利用されている。
しかしながら、TIG溶接は、溶接金属への溶け込み深さが浅く、溶接金属部を深くするためにはパス数を多くする必要があり、手間がかかる問題があった。とくに汎用性が高いオーステナイト系ステンレス鋼では、その材質の特性上、過大な入熱は、材料の特徴でもある耐食性を劣化させ、溶接歪も大きくなり、溶接施工上の問題も多い。また、近年用いられているステンレス鋼などでは、材料中の不純物成分であるS(硫黄)成分が少ない場合が多く、TIG溶接においては、溶接金属部がさらに幅広かつ浅い溶け込み形状となって、溶接が不十分となりやすい問題がある。
これらの問題に対し、ワンパスあたりの溶け込み深さを深くするため、シールドガスとして使用されている不活性ガスに微量な酸化性ガスを添加した混合ガスを用いることが検討されている(例えば、特許文献1参照)。
特許文献1は、アルゴンガスなどの不活性ガスに微量の酸素ガスを添加したシールドガスであり、そのシールドガス中の酸素ガス濃度を例えば、0.1〜0.4vol.%の範囲とすることで溶け込み深さを深くでき、そのときの溶接金属部の寸法比「溶け込み深さD/ビード幅W」(D/W値)は0.7程度となった。
【特許文献1】特開2003−19561号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、特許文献1で開示されているアルゴンガスに0.1〜0.4vol.%の酸素ガスを混入させたシールドガスを使用するといった条件だけでは、必ずしも溶接金属部の溶け込み深さが深くなるとは限らず、また溶接品質を確実に確保できるといったものではないという問題があった。つまり、その他の適正な溶接条件が不明、不十分であることから、上述したD/W値を0.7よりさらに大きな値で深溶け込みとなる溶接を実現することが困難であった。
【0004】
本発明は、上述する問題点に鑑みてなされたもので、適正な溶接条件を設定することで、溶接品質を低下させることなく溶接金属部の溶け込みを深くするようにしたシールドガス、これを用いた溶接方法および被溶接物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するため、本発明に係るシールドガスでは、電極と被溶接物との間にアークを発生させることにより溶接する非消耗電極式ガスシールド溶接用のシールドガスであって、ヘリウムガスに0.2vol.%以上(好ましくは0.4vol.%以上)の酸化性ガスを添加したことを特徴としている。
本発明では、主ガスをヘリウムガスとすることで、プラズマ気流の影響によって溶接金属中の溶融池の対流方向が内側から外側に作用する力(引きずり力)を抑えることが可能となり、これに0.2vol.%以上(好ましくは0.4vol.%以上)の酸化性ガスを添加することで、温度の上昇に伴い表面張力は外周部より表面中央部が大きくなり、溶融池の対流も内向きの方向に作用する。したがって、アーク直下の高温の溶湯が深さ方向に流れて深溶け込みとなり、このときの溶接金属部の寸法比D/W値を0.8以上(好ましくは1.0以上)にすることができる。
【0006】
また、本発明に係るシールドガスを用いた溶接方法では、上述したシールドガスを使用し、被溶接物を溶接するようにしたことを特徴としている。
溶接電流は、100A以上であることが好ましい。
溶接速度は、秒速3.5mm以下であることが好ましい。
アーク長は、2.5mm以下であることが好ましい。
本発明では、ヘリウムガスに0.2vol.%以上(好ましくは0.4vol.%以上)の酸化性ガスを添加したシールドガスを用いて溶接することで、D/W値を大きくでき、深溶け込みを大きくすることができる。
【0007】
また、本発明に係る被溶接物では、上述したシールドガスを用いた溶接方法により溶接された被溶接物であって、ビード幅に対する溶け込み深さは0.8以上(好ましくは1.0以上)であることを特徴としている。
本発明では、溶接金属部の溶接形状が深溶け込みとなり、ビード幅に対して溶け込み深さが大きな形状となるため、高い溶接品質を確保することができる。
【0008】
また、本発明に係る被溶接物では、上述したシールドガスを用いた溶接方法により溶接された被溶接物であって、溶接金属中の酸素濃度は70〜700ppmであることを特徴としている。
本発明では、溶接金属中の酸素濃度が70〜700ppmの範囲となるときに、溶融池の対流の方向が溶接金属の表面中央部から深さ方向となることから、深溶け込みを実現することができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明のシールドガスによれば、溶け込み深さが従来改善されたものよりさらに深くすることができ、溶接金属部の寸法比D/W値を大きくすることができる。また、このように深溶け込みとなることで、肉厚の被溶接物であっても、ワンパスでの溶接が可能となり、あるいはパス数を減少できることから、トータルの入熱量を少なくすることができる。
また、本発明のシールドガスを用いた溶接方法によれば、ヘリウムガスに0.2vol.%以上(好ましくは0.4vol.%以上)の酸化性ガスを添加したシールドガスを用いて溶接することで、D/W値を大きくでき、深溶け込みを大きくすることができる。また、シールドガスに含まれる酸化性ガス濃度の適正な条件に加え、例えば、適正な範囲をなす溶接電流値、溶接速度、アーク長のうち少なくとも1つを満たして溶接することで、さらに深溶け込みを大きくすることができる。
また、本発明の被溶接物によれば、溶接金属部の溶接形状が深溶け込みとなり、ビード幅に対して溶け込み深さが大きな形状となるため、高い溶接品質を確保することができる。そして、溶接金属中の酸素濃度を70〜700ppmの範囲で、深溶け込みを実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明のシールドガス、これを用いた溶接方法および被溶接物の実施の形態について、図1乃至図10に基づいて説明する。
本実施の形態によるシールドガスおよびこれを用いた溶接方法では、電極と被溶接物との間にアークを発生させることにより溶接する非消耗電極式ガスシールド溶接用のシールドガスであり、ヘリウムガスに0.2vol.%以上(好ましくは0.4vol.%以上)の酸化性ガスを添加したシールドガスを使用する。
ここで、酸化性ガスとは、高温のアーク中で解離し酸化性を示すガスであり、人体への影響などを考慮し、酸素ガス、炭酸ガスなどが用いられる。
【0011】
このように主ガスをヘリウムガスとすることで、プラズマ気流の影響によって溶接金属中の溶融池の対流方向が内側から外側に作用する力(引きずり力)を抑えることが可能となり、これに0.2vol.%以上(好ましくは0.4vol.%以上)の酸化性ガスを添加することで、温度の上昇に伴い表面張力は外周部より表面中央部が大きくなり、溶融池の対流(マランゴニー対流)も内向きの方向に作用する。
したがって、アーク直下の高温の溶湯が深さ方向に流れて深溶け込みとなり、このときの溶接金属部の寸法比D/W値を従来開示(詳細は実施例で説明する)されている0.7よりさらに改善して0.8以上(好ましくは1.0以上)にすることができる。
また、このように深溶け込みとなることで、肉厚の被溶接物であっても、ワンパスでの溶接が可能となり、あるいはパス数を減少できることから、トータルの入熱量を少なくすることができる。
【0012】
なお、シールドガス中の酸化性ガス濃度において、0.2vol.%未満の場合は、D/W値は0.8未満になる。また、シールドガス中の酸化性ガス濃度は、8〜10vol.%の間でD/W値が一定する。酸化性ガスが増えると共に酸化の度合いが増加するため、酸化性ガス濃度の上限値については、10vol.%程度が限度である。
【0013】
また、上述した適正の酸化性ガス濃度をなすシールドガスに、溶接電流100A以上(好ましくは120A以上)、溶接速度3.5mm/秒以下(好ましくは2mm/秒以下)、アーク長2.5mm以下(好ましくは1mm以下)の適正な範囲をなす溶接条件のうち少なくとも一つを満たして溶接することで、溶接品質を低下させることなく溶接効率を向上させ、さらに深溶け込みを大きくすることができる。
なお、溶接電流100A未満、溶接速度3.5mm/秒超、アーク長2.5mm超の場合には、D/W値は0.8未満になる。
【0014】
本実施の形態による被溶接物は、上述した適正の酸化性ガス濃度をなすシールドガスを用いた溶接方法により溶接された被溶接物であり、ビード幅に対する溶け込み深さが0.8以上(好ましくは1.0以上)である。このときの溶接金属中の酸素濃度は、70〜700ppmの範囲であり、この範囲とすることにより深溶け込みを実現することができ、高い溶接品質を確保することができる。
【0015】
このように、本実施の形態によるシールドガス、これを用いた溶接方法および被溶接物を裏付けるため、実施例(試験1〜4)について以下説明する。
【実施例】
【0016】
先ず、各試験1〜4における共通条件について説明する。被溶接物は、低硫黄濃度(硫黄分5ppm、酸素分10ppm)で板厚10mmのステンレス鋼であるSUS304を供試材(母材)として用いた。このステンレス鋼の成分を表1に示す。
【0017】
【表1】

【0018】
そして、溶接方法は、電極タイプにDCEN、W−2%ThO(2%トリウム入りタングステン電極)、その電極直径2.4mm、電極先端角度60°を使用したTIG溶接法とする。シールドガスは、非消耗電極式ガスシールド溶接用のシールドガスであって、不活性ガスであるヘリウムガス(He)に、酸化性ガスである酸素(O)を添加した混合ガスとし、その流量は10L/分とした。なお、試験1〜4で使用したノズルは、電極の周りにシールドガスを流すシングルノズルとした。
【0019】
これらの共通条件を基にして、試験1でシールドガス中の酸素ガス濃度(vol.%)、試験2で溶接電流(A)、試験3で溶接速度(mm/秒)、試験4でアーク長(mm)を各試験1〜4毎に変化させ、得られる溶け込み性を表す指標、即ち溶接金属部の寸法比「溶け込み深さD/ビード幅W」(以下、「D/W値」と記す。)の値を確認する。なお、本実施例では、試験1〜4により得られるD/W値は、例えば特開2003−19561号公報に開示され、従来より溶け込み深さを改善したD/W値(ビード幅5mm、溶け込み深さ3.5mm)の0.7よりさらに10%以上の改善値をなす0.8を第1判断基準の指標として、評価する。さらに、同じくD/W値の0.7より40%以上の改善値をなす1.0を第2判断基準とする。
以下、各試験1〜4の詳細について説明する。
【0020】
(試験1)
本試験1では、シールドガスとして、ヘリウムガスに酸素ガスを添加し、そのシールドガス中の酸素濃度を0〜10vol.%までの範囲で変化させてD/W値を測定し、溶接金属部の断面を観察した。溶接電流160A、溶接速度は2mm/秒、アーク長を1.0mmとし、その他の試験条件は、上述の共通条件に準じた。
図1は試験1の結果によるシールドガス中の酸素濃度とD/W値との関係を示すグラフであって、図2は図1におけるシールドガス中の酸素濃度1.0vol.%までの詳細を示したグラフ、図3は試験1の結果による溶接金属部の断面を示す写真である。なお、図1および図2には、シールドガス中の酸素濃度と溶接金属中の酸素濃度の関係を併せて示す。表2に試験1の測定結果を示す。
【0021】
【表2】

【0022】
これらの図1〜図3および表2に示すように、D/W値は、シールドガス中の酸素濃度が約0.1〜0.2vol.%の間で急激に大きくなっている。また、シールドガス中の酸素濃度が0.2vol.%以上である場合には、D/W値が第1判断基準の0.8以上を満足することがわかる。とくに、0.4vol.%以上である場合には、D/W値が0.4〜1.2vol.%の間で一部第2判断基準の1.0を多少下回っているものの、1.0付近で安定してきており、ほぼ1.0以上を満足しているといえる。
そして、図1に示すように、全般的にシールドガス中の酸素濃度が多いほど、D/W値が大きくなり、図3でわかるように溶接金属部はビード幅Wが狭く、かつ溶け込み深さDが深く形成される傾向にあることが確認できる。
したがって、シールドガス中の酸素濃度を0.2vol.%以上(好ましくは0.4vol.%以上)とするのが好適である。
【0023】
また、シールドガス中の酸素濃度が溶接金属に及ぼす作用については、次の推測が可能である。
通常、溶接金属部における溶け込みを深くするためには、溶融池の対流の向きを内向き(溶接金属部の表面中央部から深度方向に流れ、被溶接金属部に沿って表面へ戻る流れ方向)にする必要がある。
一般的に表面張力は小さな方から大きな方へ流れが生じ、また、物質は温度が上がると表面張力は小さくなる。このため、アーク直下の溶接金属部の表面中央部は高温となり、その外周部の低温部より表面張力が小さくなることから、溶融池の対流は外向きに作用する。そして、本供試材で使用されるステンレス鋼に所定量の酸素ガス(炭酸ガスも同様)を添加させることで、温度の上昇に伴い表面張力は外周部より表面中央部が大きくなり、溶融池の対流も内向きの方向に作用することになる。したがって、アーク直下の高温の溶湯が深さ方向に流れて深溶け込みとなる。
【0024】
本試験1の結果では、D/W値が大きくなって深溶け込みが確認できたシールドガス中の酸素濃度0.2vol.%以上のときの溶接金属中の酸素濃度は70ppm以上となっている。そして、8〜10vol.%の間でほぼ一定値(約700ppm)となっていることがわかる。このことから、溶接金属中の酸素濃度は、70〜700ppmの範囲で上述した対流の方向が外向きから内向きに逆転したものと推測でき、この範囲とすることにより深溶け込みを実現することができる。
【0025】
(試験2)
本試験2では、ヘリウムガスに酸素ガスを添加してシールドガス中の酸素濃度を0.4vol.%とし、溶接速度を2mm/秒、アーク長を1.0mmとし、溶接電流を80〜250Aの範囲で変化させてD/W値を確認し、溶接金属部の断面を観察した。なお、その他の試験条件は、上述の共通条件に準じた。
図4は試験2の結果による溶接電流とD/W値との関係を示すグラフ、図5は試験2の結果による溶接金属部の断面を示す写真である。なお、図4には、シールドガス中の酸素濃度と溶接金属中の酸素濃度の関係を併せて示す。表3に試験2の測定結果を示す。
【0026】
【表3】

【0027】
これらの図4、図5および表3に示すように、溶接電流が約90Aを超えたときにD/W値のグラフの傾きが大きくなり、溶接電流が大きくなるに従ってD/W値も大きくなっている。そして、100A以上にすることによりD/W値は第1判断基準の0.8以上とすることができる。とくに120A以上とすることによりD/W値は第2判断基準の1.0以上となる。このため、溶接電流の適正値は、100A以上であり、好ましくは120A以上である。
また、D/W値の上昇率が大きくなる溶接電流90Aのときに、溶接金属中の酸素濃度は約75ppmであることから、このときに溶接金属中の対流方向が外向きから内向きに変わったことが推測できる。
【0028】
なお、図4にはシールドガスがヘリウムガス単体(pure He)の場合の結果も併せて示しており、これによると、溶接電流が80〜250Aの範囲で溶接金属中の酸素濃度は約20ppmで一定しており、さらにD/W値は80A以上で減少している。つまり、シールドガス中に酸素ガスが添加されないと、試験1で好適とされた溶接金属中の酸素濃度70〜700ppmの範囲とならないため、対流の逆転が起きずに溶け込み深さが浅くなっているものといえる。
【0029】
(試験3)
本試験3では、シールドガスを試験2と同様とし、溶接電流160A、アーク長を1.0mmとし、溶接速度を0.75〜5.0mm/秒の範囲で変化させてD/W値を確認し、溶接金属部の断面を観察した。なお、その他の試験条件は、上述の共通条件に準じた。
図6は試験3の結果による溶接速度とD/W値との関係を示すグラフ、図7は試験3の結果による溶接金属部の断面および平面を示す写真である。表4に試験3の測定結果を示す。
【0030】
【表4】

【0031】
これらの図6、図7および表4に示すように、溶接速度は3.5mm/秒以下でD/W値が第1判断基準の0.8以上となり、とくに2.0mm/秒以下でD/W値が第2判断基準の1.0以上にできることが確認できる。このことから、溶接速度を遅くするほど深溶け込みとなることがわかる。このため、溶接速度を3.5mm/秒以下(好ましくは2.0mm/秒以下)とすることが好適である。
そして、表4に示すように、このときの溶接金属中の酸素濃度は全て70ppm以上となっていることがわかる。
なお、図6には酸化性ガスに炭酸ガス(混合濃度0.6vol.%)を使用した場合のグラフも示しているが、この詳細については後述の変形例で説明する。
【0032】
(試験4)
本試験4では、シールドガスを試験2および試験3と同様とし、溶接電流160A、溶接速度を2.0mm/秒とし、アーク長を1〜7mmの範囲で変化させてD/W値を確認し、溶接金属部の断面を観察した。なお、その他の試験条件は、上述の共通条件に準じた。
図8は試験4の結果によるアーク長とD/W値との関係を示すグラフ、図9は試験4の結果による溶接金属部の断面および平面を示す写真である。表5に試験4の測定結果を示す。
【0033】
【表5】

【0034】
これらの図8に示すように、アーク長は2.5mm以下とすることにより、D/W値が第1判断基準の0.8以上にでき、とくに1.0mm以下とすることにより、D/W値が第2判断基準の1.0以上にできることが確認できた(表5参照)。すなわち、図9に示すように、アーク長が2.5mmより長くなると、アークの幅が広がるため、溶込み深さDは深くなっているもののビード幅Wも広がりD/W値が0.8を下回って小さくなっているのがわかる。このため、アーク長を2.5mm以下(好ましくは1.0mm以下)とすることが好適である。
【0035】
次に、上述した試験1〜4においてヘリウムガスを使用したことによる作用について説明する。
ヘリウムガスを添加した場合に、溶接金属の溶融池表面にかかる圧力は、アルゴンガスに比較して低下することが確認されており、このことから、ヘリウムガスのプラズマ気流がアルゴンガスに比較して小さいものと考えられる。すなわち、ヘリウムガスのプラズマ気流の影響による対流が内向きから外向きに作用する力(引きずり力と称する)もアルゴンガスに比較して小さいものと推定でき、内向きとなる対流(深溶け込み作用する向き)を阻害する力を小さくすることができる。また、アークの緊縮により溶融池表面の中央部における温度が上昇し、温度勾配が増加することにより内向きのマランゴニー対流がより強く作用する。
このように、本発明では、主ガスをヘリウムガスとすることで、引きずり力を抑えることを可能とし、さらに、溶接電流値、溶接速度、アーク長を上述した試験1〜4により確認した好適な範囲とすることで深溶け込みを大きくすることができる。
【0036】
次に、本発明のシールドガス、これを用いた溶接方法および被溶接物による変形例について図10に基づいて説明する。
図10は変形例による0.6vol.%炭酸ガスの速度変化試験の結果の特徴的な断面および平面を示す写真である。
本発明による酸化性ガスとしては、酸素ガスのほかに炭酸ガスなどを例示することでき、変形例では、実施例で使用したシールドガスの酸化性ガスを酸素ガスから炭酸ガスに代えて試験3と同様に溶接速度を変化させたときのD/W値を確認した(図6参照)。
【0037】
図10に示す炭酸ガスの試験条件は、溶接速度2mm/秒、溶接電流160Aである。このとき、0.4vol.%酸素ガスの同条件の結果(図7参照)と比較すると、若干、溶け込み深さが浅くなっていることがわかる。
また、図6に示す0.6vol.%炭酸ガスは、0.4vol.%酸素ガスよりD/W値が小さくなっている。このため、酸素ガスの方が炭酸ガスより深溶け込みの効果は大きいものといえる。したがって、炭酸ガスは酸素ガスより多めに添加する必要が推測できる。
さらに、図6に示す0.6vol.%炭酸ガスは、0.4vol.%酸素ガスとほぼ同じ傾向のグラフで推移している。このことから、炭酸ガスの場合も酸素ガスとほぼ同様の効果が得られるものと考えられるが、炭酸ガスを添加したシールドガスについても、本実施例の試験1、2、4と同様の試験を行って混入濃度、溶接電流、アーク長などの適正な溶接条件を確認することが好ましい。
【0038】
以上、本発明によるシールドガス、これを用いた溶接方法および被溶接物の実施の形態および変形例について説明したが、本発明は上記の実施の形態および変形例に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
例えば、実施の形態および変形例ではTIG溶接法としているが、これに限定されることはない。試験1〜4による結果によると、深溶け込みの効果はヘリウムガスによる効果であることが確認され、ヘリウムガスに酸化性ガスを添加することによる深溶込みは、溶接金属中の酸素による対流の変化と、溶融池表面の引きずり力の低減による効果であることが確認された。
このことから、溶接方法は、TIG溶接に限定されることはなく、MIG溶接またはMAG溶接などの他のガスシールドアーク溶接法であってもかまわない。
【0039】
また、実施の形態および変形例ではシングルノズルを使用しているが、これに限定されることはない。例えば、上記シールドガスには酸化性ガスが含まれているため、電極が酸化により焼損しやすくなる。これを防止するため、電極を中心に同心円状に二重とし、アークを発生させる電極の周囲からシールドガスを供給するインナーノズルと、このインナーノズルの外側よりシールドガスを供給するアウターノズルとから構成されるダブルノズルを使用することが好ましい。例えば、電極に近いインナーノズルからヘリウムガス単体を流し、その外周となるアウターノズルにはヘリウムガスに酸素ガスまたは炭酸ガスを添加することで電極の劣化を防止できると共にD/W値を高い値とすることが可能である。
これについては、第1追加試験でインナーノズルにヘリウムガス、アウターノズルにヘリウムガスと酸素ガスの組み合わせ、第2追加試験でインナーノズルにヘリウムガス、アウターノズルにヘリウムガスと炭酸ガスの組み合わせについて、上述した試験1〜4と同様に適正なシールドガス中の酸化性ガスの濃度、溶接電流、溶接速度、アーク長について確認することが有効である。
【0040】
また、インナーノズルから供給するシールドガスとしてヘリウムガス単体を用いるとアークのスタート性が悪いため、適当量のアルゴンガスを添加することによりこのスタート性を改善するようにしてもよい。
さらにヘリウムガスに酸化性ガスを混合しているため、高温の溶接部表面が酸化してしまう。そこで、例えば水素ガスを9%以下、好ましくは3〜7%程度入れることにより、酸化を改善することができ、外観を向上できる。このため、アウターノズルは、インナーノズルのガスに酸化性ガスを入れることで同様の効果を得ることができる。
これらについては、上記に続いて第3追加試験でインナーノズルにヘリウムガスと水素ガス、アウターノズルにヘリウムガスと炭酸ガスの組み合わせ、第4追加試験でインナーノズルにヘリウムガスとアルゴンガス、アウターノズルにヘリウムガスとアルゴンガスと炭酸ガスの組み合わせ、さらに第5追加試験でインナーノズルにヘリウムガスと水素ガスとアルゴンガス、アウターノズルにヘリウムガスと炭酸ガスの組み合わせが考えられ、これらについても試験1〜4と同様に適正なシールドガス中の酸化性ガスの濃度、溶接電流、溶接速度、アーク長について確認することが有効である。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】試験1の結果によるシールドガス中の酸素濃度とD/W値、溶接金属中の酸素濃度との関係を示すグラフである。
【図2】図1におけるシールドガス中の酸素濃度1.0vol.%までの詳細を示したグラフである。
【図3】試験1の結果による溶接金属部の断面を示す写真である。
【図4】試験2の結果による溶接電流とD/W値および溶接金属中の酸素濃度との関係を示すグラフである。
【図5】試験2の結果による溶接金属部の断面を示す写真である。
【図6】試験3の結果による溶接速度とD/W値との関係を示すグラフである。
【図7】試験3の結果による溶接金属部の断面および平面を示す写真である。
【図8】試験4の結果によるアーク長とD/W値との関係を示すグラフである。
【図9】試験4の結果による溶接金属部の断面および平面を示す写真である。
【図10】変形例による0.6vol.%炭酸ガスの速度変化試験の結果の特徴的な断面および平面を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電極と被溶接物との間にアークを発生させることにより溶接する非消耗電極式ガスシールド溶接用のシールドガスであって、
ヘリウムガスに0.2vol.%以上の酸化性ガスを添加したことを特徴とするシールドガス。
【請求項2】
電極と被溶接物との間にアークを発生させることにより溶接する非消耗電極式ガスシールド溶接用のシールドガスであって、
ヘリウムガスに0.4vol.%以上の酸化性ガスを添加したことを特徴とするシールドガス。
【請求項3】
請求項1または2に記載のシールドガスを使用し、前記被溶接物を溶接するようにしたことを特徴とするシールドガスを用いた溶接方法。
【請求項4】
溶接電流は、100A以上であることを特徴とする請求項3に記載のシールドガスを用いた溶接方法。
【請求項5】
溶接速度は、秒速3.5mm以下であることを特徴とする請求項3に記載のシールドガスを用いた溶接方法。
【請求項6】
アーク長は、2.5mm以下であることを特徴とする請求項3に記載のシールドガスを用いた溶接方法。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれかに記載のシールドガスを用いた溶接方法により溶接された被溶接物であって、ビード幅に対する溶け込み深さは0.8以上であることを特徴とする被溶接物。
【請求項8】
請求項1乃至6のいずれかに記載のシールドガスを用いた溶接方法により溶接された被溶接物であって、ビード幅に対する溶け込み深さは1.0以上であることを特徴とする被溶接物。
【請求項9】
請求項1乃至6のいずれかに記載のシールドガスを用いた溶接方法により溶接された被溶接物であって、溶接金属中の酸素濃度は70〜700ppmであることを特徴とする被溶接物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−44741(P2007−44741A)
【公開日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−233162(P2005−233162)
【出願日】平成17年8月11日(2005.8.11)
【出願人】(000231235)大陽日酸株式会社 (642)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】