説明

ジアントラセンのアモルファスポリマーおよびそのポリマーを用いた光情報記録薄膜材料

【課題】液晶性を示さないジアントラセンのアモルファスポリマー、該アモルファスポリマーの製造方法及び該アモルファスポリマーを用いた情報記録材料の提供。
【解決手段】一般式


で示されるモノマーの光重合により合成されるジアントラセンのアモルファスポリマー、その製造方法及びこれを用いた情報記録材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表示・記録材料などに用いることができるジアントラセンのアモルファスポリマー及びそのポリマーを用いた光情報記録薄膜材料に関する。

【背景技術】
【0002】
基板となるポリマーそのものの形状変化(ポリマーに添加した色素などの化学変化ではなく)を利用して情報を記録する例として液晶ポリマーを用いた情報記録が報告されている。例えば、均一で透明なホメオトロピック配向の液晶ポリマー薄膜にレーザー光を照射して一部分を熱により等方相に転移させ、その後急冷すると、光照射部分がポリドメインの液晶相となり白濁する(非特許文献1参照)。あるいは、アゾベンゼンを有する液晶ポリマーに紫外光を照射すると照射部分のアゾベンゼンが異性化して液晶→等方相転移が誘起され、その後同様に白濁する(非特許文献2参照)。しかし、この場合いずれも、透明な初期状態であるホメオトロピック配向を実現するために、加熱と電場印加(あるいは磁場印加)という操作が必要であり、さらに書き込んだ記録を消去する場合もこの操作を毎回必要とする。
またアントラセンのように光化学反応の前後で蛍光を出したり、出さなかったりする分子を用いて光記録材料とする試みもされている。この場合記録の読み出しは、ある特定の波長の励起光を照射して出てくる蛍光を測定しなければならない。しかし、読み出しの励起光はしばしば書き込み光と近い波長を有するので記録を破壊してしまうという問題を抱えている。これを解決するために2種類の光反応性部位を1分子中に組み込むことにより、書き込み光と読み出し光の波長を大きく変える方法も提示されている(非特許文献3参照)。
さらに、一般式
【化4】

(式中、Rは、−(CHO−,−(CHCHO)O−,−(CHCO−O−,nは1〜20の整数、MesogenicUnitはメソゲン基であり、メソゲン基は、一般式
【化5】

で示される化合物から選ばれる1つである。)
で示される光反応性液晶性モノマーを、開始剤や増感剤を用いることなく、波長365nmの光のみで重合させることを特徴とする主鎖型液晶ポリマーは本発明者によりすでに出願されている(特許文献1参照)。さらに研究を重ね、本発明者は、この主鎖型液晶ポリマーを解析していると、当該ポリマーの一部には液晶性を示さないジアントラセンのアモルファスポリマーが存在していることを見出した。
【特許文献1】特願2007-104629
【非特許文献1】V. P. Shibaev, et al., Polymer Commun. 1983, 24, 364.
【非特許文献2】T. Ikeda and O. Tsutsumi, Nature 1995, 268, 1873.
【非特許文献3】M. Irie, et al., Science2002, 420, 759.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、液晶性を示さないジアントラセンのアモルファスポリマーに関し、当該アモルファスポリマーの特性を生かして、透明なポリマーの薄膜において、加熱すればアモルファスポリマーの解重合が生じ、モノマーは元々結晶性あるいは液晶性が良いので解重合が起こった部分のみ結晶相あるいは液晶相となり白濁することになる。 一方、紫外光を当てればアモルファスポリマーの重合が起こるので、熱をかけながら紫外光照射しなかった部分のみを白濁せることにより情報を記録することができる情報記録材料を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0004】
すなわち、本発明は、一般式
【化6】

(式中、nは1〜20の整数である)で示されるジアントラセンモノマーの光重合により合成されるジアントラセンのアモルファスポリマーである。
また、本発明は、
一般式
【化7】

(式中、nは1〜20の整数である)で示されるジアントラセンモノマーを、溶剤に溶解し、凍結脱気した後、紫外線照射し、光重合により合成されるジアントラセンのアモルファスポリマーの製造方法である。
【0005】
さらに、本発明は、一般式
【化8】

(式中、nは1〜20の整数である)で示されるジアントラセンモノマーの光重合により合成されるジアントラセンのアモルファスポリマーを用いた情報記録材料である。
また、本発明の情報記録材料においては、150℃〜280℃の温度で、情報の書き込みを光により行うことができる。
さらに、本発明の情報記録材料においては、ジアントラセンのアモルファスポリマーを用いた情報記録材料を薄膜として用いることが望ましい。
【発明の効果】
【0006】
本発明のジアントラセンのアモルファスポリマーは、作製するときに色素のような光反応性化合物の添加を必要としない。また、透明な初期状態を作り出すのに電場や磁場の印加を必要としない。情報の書き込みには波長365 nmの紫外光やレーザー光の熱を要するが、情報の読み取りに用いる光の波長は特定されておらず、その透過率や反射率を測定すればよい。

【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明におけるジアントラセンのアモルファスポリマーの光・熱記録の原理は、ポリマーのアモルファス相を初期状態として、液晶相あるいは結晶相を書き込み部分として用いる。これは今まで提案されてきた液晶性ポリマーを用いた光記録の原理に対して全く逆の発想である。この方法であれば、光記録用のポリマーの初期状態を透明にするために、何ら前処理を必要としない。一方、アントラセンはある紫外光(例えば波長365nm)を照射すると二量化し、逆にこの二量体に別の紫外光(例えば波長254nm)を照射するかまたは加熱することによりアントラセン単量体に戻ることが知られている。本発明では、まず分子の両末端にアントラセンを有する結晶性の良いモノマーを合成した。このモノマーを溶かした溶液に365nmの紫外光を照射するとモノマーの両末端でアントラセンの二量化が起こり、結果として分子量の高い主鎖型のポリマーが得られる。このとき分子設計を適切に行えば、得られるポリマーは室温において結晶性を示さずにアモルファスとなる。このようにして得られたポリマーの成膜性・透明性は良好である。
【0008】
このポリマーから作製された薄膜に光を使って情報を書き込む方法として以下の2つが考えられる。
まず、レーザー光を使って薄膜の一部を約200℃程度に加熱する。加熱された部分でのみアントラセン二量体の逆反応が起こり、それに伴ってポリマー→モノマーの解重合が起こる。モノマーは元々結晶性あるいは液晶性が良いので解重合が起こった部分のみ結晶相あるいは液晶相となり白濁することになる。もう1つの方法は、フォトマスクを通して365nmの紫外光を照射しながら薄膜全体を約200℃に加熱する方法である。このとき光照射部分は逆反応が抑えられ透明のままであるが、非照射部分は上と同じ理由で白濁する。このように書き込み部分は白濁した結晶相(あるいは液晶相)、それ以外の部分は透明なアモルファス相であるので、読み出し光の波長は限定されることなく、それを入射したときの反射率や屈折率の変化を測定すれば良いことになる。
【実施例1】
【0009】
(モノマーの合成)
分子の両末端にアントラセン部位を有し、結晶性の良いモノマーとし1,4-Bis(4-(anthracene-2-carbonyloxyhexyloxy)benzoyloxy)benzene(A)を図1に示した合成スキームにより合成した。Aの融点は195 ℃であった。
(ポリマーの合成)
磁気攪拌子の入ったシュレンク管にAの10 wt%−1,1,2,2-テトラクロロエタン溶液を5ml入れた。溶液中の溶存酸素を除くために液体窒素と真空ポンプを使って凍結脱気操作を3回行い、最後にシュレンク管内をアルゴンガスで置換した。次にこの溶液の入ったシュレンク管を100℃のシリコンオイルバス中に入れ、マグネチックスターラーで溶液を攪拌しながら紫外光(365 nm、5 mW/cm2)を12時間照射した。12時間照射後に反応溶液をメタノール中に注ぎ、ポリマーを沈殿させた。さらにクロロホルムとヘキサンを用いた再沈操作を2度行い、その後得られた沈殿を70
℃で5時間乾燥させることにより目的のポリマーとした。この重合装置の模式図を図2に示す。ここで得られたポリマーの1H−NMR測定を行ったところ、アントラセンに由来するピークは極端に減少し、新たにアントラセン二量体のピークが現れていた。またポリマーのGPC測定を行ったところ、ポリスチレン換算で重量平均分子量:44000(重合度46)、数平均分子量:18000(重合度19)と見積もられた。このことより図3に示したようなアントラセンの光二量化に基づく重合反応が進行したことがわかった。
【実施例2】
【0010】
(ポリマー薄膜の作製)
ポリマーの1 wt%−1,1,2,2-テトラクロロエタン溶液を調整した。この溶液60 mlをカバーガラス上にキャストし、その後室温で風燥して溶媒を蒸発させた。このようにして得られたポリマー薄膜は無色透明であった。その写真を図4に示す。
(光と熱を利用したイメージ(情報)の書き込み方法)
図5に示したようにポリマー薄膜上にフォトマスクを載せ、紫外光(365 nm、200 mW/cm2)を照射しながらホットステージ上で200℃以上に加熱する。例えばフォトマスクとして金属製のしおりを用いた場合は紫外光を照射しながら250℃で5分間加熱した。加熱後は室温に急冷した。図6にここで得られたポリマー薄膜上のイメージと用いたしおりの写真をあわせて示した。光照射されていた部分は透明のままであるが、照射されていない部分は白くなっているのがわかる。
さらに微細なパターンを記録するために凸版印刷社製のフォトマスクを使用して、上記と同様に紫外光を照射しながら230℃、2分間加熱した。ここで得られた薄膜上のイメージの偏光顕微鏡写真を図7に示した。光照射部分が暗部に、未照射部分が明部になっており、数十μm程度の解像度が得られている。偏光顕微鏡において明部になっているということはその部分が結晶相あるいは液晶相であることを示している。
【0011】
ポリマーを加熱することによりアントラセンの逆反応が起こってアモルファス相から結晶相(あるいは液晶相)に変化することを確認するために、ポリマーのDSC測定を行った。昇温・降温(速度は5℃/min)を繰り返し行ったときのポリマーのDSC曲線を図8に示す。1st heatingでは結晶が融解するピークは全く現れなかったが、1st coolingでは結晶化に基づくピークが約130℃に現れた。その後2nd,
3rd heating では結晶の融解ピークが現れ、その温度は高温側にシフトし、融解熱も徐々に大きくなっているのが分かる。また2nd, 3rd cooling では等方相から液晶相へ転移するピークと結晶化するピークが確認された。
また、モノマーA、ポリマーおよびポリマーを190℃で20分加熱したサンプルの1H-NMRスペクトルを比較すると(図9)、ポリマーでは極端に小さくなっていたアントラセンのピーク(8.81, 8.57, 8.45 ppm等)が加熱したサンプルにおいてはモノマーAと同じように大きく現れているのが分かる。
これらのことからアモルファス(透明)のポリマーを約200℃に加熱すると、アントラセン二量体部位が熱逆反応を起こしてモノマーAへと戻り、再び結晶相あるいは液晶相(白濁)を形成するということが明らかになった(図10)。
【0012】
結晶性モノマーとしては以下に示すような構造のものがある。
【化9】

【産業上の利用可能性】
【0013】
本発明のジアントラセンのアモルファスポリマーは、情報記録材料として有望であり、アントラセン二量体→アントラセン単量体の逆反応を誘起する波長の短い(254 nmなど)紫外光を書き込み光として利用できる可能性がある。本発明の情報記録材料においては光により記録を読み出すが、ある特定の波長を照射したときに出てくる蛍光強度の変化を読み取るのではなく、波長に依存しない入射光の屈折率や反射率の変化を読み取るようにすることもでき、産業上の利用可能性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】結晶性モノマーAの合成スキーム
【図2】Aの光重合装置図
【図3】モノマーAの光二量化による重合反応
【図4】ガラス基板上に作製したポリマーフィルム
【図5】光と熱を利用したポリマー薄膜上へのイメージ書き込みの装置図
【図6】フォトマスクに使用した金属性のしおり(左)とポリマー上に形成したイメージ(右)
【図7】凸版印刷社製のフォトマスクを使用してポリマーフィルム上に書き込んだイメージの偏光顕微鏡写真
【図8】昇温・降温を繰り返したときのポリマーのDSC曲線
【図9】モノマーA、ポリマー、およびポリマーを190℃で20分加熱したサンプルの1H-NMRスペクトル
【図10】ポリマーからモノマーへの熱反応

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式
【化1】

(式中、nは1〜20の整数である)で示されるジアントラセンモノマーの光重合により合成されるジアントラセンのアモルファスポリマー。
【請求項2】
一般式
【化2】

(式中、nは1〜20の整数である)で示されるジアントラセンモノマーを、溶剤に溶解し、凍結脱気した後、紫外線照射し、光重合により合成されるジアントラセンのアモルファスポリマーの製造方法。
【請求項3】
一般式
【化3】

(式中、nは1〜20の整数である)で示されるジアントラセンモノマーの光重合により合成されるジアントラセンのアモルファスポリマーを用いた情報記録材料。
【請求項4】
150℃〜280℃の温度で、情報の書き込みを光により行うことを特徴とする請求項2に記載したジアントラセンのアモルファスポリマーを用いた情報記録材料。
【請求項5】
ジアントラセンのアモルファスポリマーを用いた情報記録材料を薄膜として用いる請求項3に記載したジアントラセンのアモルファスポリマーを用いた情報記録材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−256485(P2009−256485A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−108072(P2008−108072)
【出願日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】