説明

ジチオカルボン酸エステル化合物、その製造方法、およびジチオカルボン酸エステル化合物を配合した液浸油

【課題】 高屈折率で安定した液浸油として有用な、ジチオカルボン酸エステル化合物を提供する。
【解決手段】 分子内にジチオカルボン酸エステル基を2個以上有するジチオカルボン酸エステル化合物およびそれを液浸油、およびそれを用いた顕微鏡、蛍光顕微鏡、生物学的材料の分析装置、光学的測定装置から選ばれる装置の光学系。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なジチオカルボン酸エステル化合物およびその製造方法に関するものである。また、ジチオカルボン酸エステル化合物を配合した液浸油、および液浸油を使用した顕微鏡、蛍光顕微鏡、顕微鏡等と同様の光学系を使用した各種の光学機器による観察あるいは計測方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
顕微鏡等の光学機器に各種の液浸油が用いられている。液浸油は、光学系において光学要素間、あるいは光学要素と対象物との間の空気等が存在する空間に充填して光学特性を改良するために用いられている物質である。例えば、顕微鏡のようなレンズに近接する標本を観察する光学装置においては、対物レンズと対象物との媒質の屈折率に影響を受けるので、対物レンズと標本との間に屈折率が大きな屈折液を液浸油として使用して分解能を高めることが行われている。
液浸油を使用した場合には、液浸油を使用しない場合とくらべて、実質的に面収差を小さくするのみではなく、対物レンズの開口数を大きくして、顕微鏡の倍率を高めることができる。
【0003】
特に近年、顕微鏡分野においては、特定の波長の光で照明した標本や対象物が発する蛍光を観察する蛍光観察が広く利用されている。蛍光観察によって、生体細胞、DNA、RNA等の生物学的材料の観察、分析、計測を行ったり、半導体製造工程中の微量な物質の検出、あるいはタンパク質・DNA解析分野などにおいて各種の蛍光色素を利用して分子蛍光測定、蛍光色素の多色化による生体機能の同時解析などが行われており、微弱な蛍光を広帯域で正確に観察あるいは計測できる技術に関する重要性が増してきている。
【0004】
また、従来の顕微鏡のように試料を観察、撮像するだけの装置から、試料を計測し、計測結果を定量化する各種の光学装置が開発されており、測定時のノイズに影響を受けない正確な定量方法が必要とされる。
また、生物学的材料のなかでも生細胞を対象とする観察、あるいは計測においては生存に好適な温度、湿度条件下で数日間から数週間連続して保持し、試料から発せられる蛍光を観察、あるいは計測することが求められている。例えば、人間をはじめとした哺乳動物の生細胞の観察、計測をする場合には、37℃、90%RH程度の温度、湿度条件下での長期間の観察が必要となる。
【0005】
また、蛍光観察あるいは計測では、微弱な蛍光を正確に測定できる開口数の大きな明るい光学系が要求されており、例えば、NA=1.3以上、好ましくはNA=1.6以上が求められており、それに対応する光学系としては、屈折率が1.7以上、好ましくは1.75−1.8程度と高く、一般的に透過率が低い青側の光に対して高透過率をもつガラスを用いると共に、光学系を構成するガラスと標本との間の光路にはそのガラスの屈折率と同等の屈折率を有する液浸油を満たすことが必要である。
屈折率が1.8を超えると砒素化合物などの毒性のある物質を添加しないと成り立たないことから、高屈折率で現実的に使用できる範囲の屈折率は1.7−1.8程度であると考えられている。
【0006】
従来、顕微鏡観察に用いられる液浸油としては、液状ポリオレフィンと芳香族化合物とかならるもの(例えば、特許文献1ないし3)などが知られている。
また、屈折率が1.75付近のものでは、ジヨードメタンに硫黄等を含有するものが提案されており、例えば、R.P.カーギルラボラトリーズ社製 標準屈折液 シリーズMなどが知られている。
しかしながら、上記液状ポリオレフィンと芳香族化合物とからなる液浸油は、屈折率がnd=1.51〜1.54と低いなどの欠点を有しており、液浸油としての役割を十分に果たせないという問題点があった。また、ジヨードメタン系のものは、ジヨードメタンの揮発、あるいはジヨードメタンの光による分解によってヨウ素を遊離し使用環境の雰囲気を汚染するという安全性にも問題点を有している。さらに、ジヨードメタンの揮発、分解によって硫黄成分が析出し透過率が低下して観察、あるいは計測ができないという問題点があった。
特に従来の室温環境で数時間程度の観察、計測を行う場合には、致命的問題点ではなかったが、長期間にわたり哺乳動物の生細胞を対象とした観察、あるいは計測を行う際には、37℃程度の高い温度に保持されているために、成分の揮発、析出が大きく観察自体ができなくなるという致命的な欠点を有している。
【0007】
また、この他にも、従来の液浸油には青などの短い波長域で吸収を起こしてしまい、蛍光ノイズが増えて微弱蛍光の検出には問題があった。一般に蛍光を発する物体などの観察に用いられる蛍光顕微鏡は、紫外線や短い波長の励起光、たとえば、青側の透過率が低くU励起やV励起、B励起を検体に照射し、検体の発する蛍光を観察するものであり、生物学などの広い分野において利用されている。
特に最近は非常に少量の蛍光を検出する蛍光顕微鏡が提案されており、強度が小さな蛍光を検出する場合に、蛍光顕微鏡等の光学系に用いられる液浸油が紫外線励起により発する自家蛍光性が大きいと、検出時のノイズとなって検出精度が低下する。この点に関して液浸油に関する改良研究が行われているものの、前述のように、昨今の液浸油に対する要求を満たすために液浸油の更なる自家蛍光性の低下が求められている。
【特許文献1】特開平11−269317号公報
【特許文献2】特開平11−218685号公報
【特許文献3】特開平11−160623号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、新規なジチオカルボン酸エステル化合物を提供することを課題とするものである。
また、高屈折率で、取り扱い易い液浸油を提供することを課題とするものである。
また、自家蛍光性が小さく、顕微鏡等や蛍光計測を利用した光学装置に使用する液浸油に要求される他の諸性質も良好である物質を提供することを課題とするものである。
また、生物学的材料の観察あるいは計測、とりわけ生細胞観察や計測に必須とされる温度、湿度条件下で揮発せずに数日から数週間の観察あるいは計測が可能な液浸油を提供することを課題とするものである。
また、微弱蛍光観察、あるいは計測が可能な高屈折率、低蛍光である液浸油を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、前記課題を解決すべく、分子内にジチオカルボン酸エステル基を二つ以上有するジチオカルボン酸エステル化合物を提供するものである。
また、化学式1で表される前記のジチオカルボン酸エステル化合物である。
【0010】
【化3】

ただし、nは0または自然数
【0011】
また、ジチオカルボン酸エステル化合物が、化学式1おいて、n=1である前記のジチオカルボン酸エステル化合物である。
【0012】
また、ジチオカルボン酸エステル化合物の製造方法において、化学式2で表されるチオールカルボン酸化合物をチオカルボニル化するジチオカルボン酸エステル化合物の製造方法である。
【0013】
【化4】

ただし、nは0または正の整数、R1、R2、R3はアルキル基
【0014】
また、分子内にジチオカルボン酸エステル基を2個以上有する液状のジチオカルボン酸エステル化合物を配合してなる液浸油である。
また、硫黄単体、ヨウ素化合物、香料から選ばれる少なくともいずれか一種を配合した前記の液浸油である。
【0015】
また、分子内にジチオカルボン酸エステル基を2個以上有する液状のジチオカルボン酸エステル化合物を配合してなる液浸油である。
また、硫黄単体、ヨウ素化合物、香料から選ばれる少なくともいずれか一種を配合した前記の液浸油である。
顕微鏡、蛍光顕微鏡、生物学的材料の分析装置、光学的測定装置から選ばれる装置の光学系に用いられることを前記の液浸油である。
【0016】
光学的観察あるいは計測方法において、分子内にジチオカルボン酸エステル基を2個以上有する液状のジチオカルボン酸エステル化合物を配合してなる液浸油を光学系に用いるとともに、照射した光によって発生する蛍光によって観察あるいは計測を行う光学的観察あるいは計測方法である。
また、開口数が1.3以上の光学系に用いる前記の光学的観察あるいは計測方法である。
生細胞の培養条件下における経時的な変化の観察あるいは計測である前記の光学的観察あるいは計測方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の化合物は、高屈折率で、自家蛍光の発生が小さく、化学的にも安定し、人体に対して安全であって光学機器用液浸油に要求される他の諸性質も良好であり、本発明化合物を成分とする組成物は顕微鏡用液浸油をはじめとする各種の光学系用の液浸油として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の化合物は、分子内にジチオカルボン酸エステル基を2個以上有するジチオカルボン酸エステル化合物である。
本発明のジチオカルボン酸エステル化合物を液浸油とする場合には、液状であると共に屈折率が大きな物質することが必要となり、ジチオカルボン酸エステル基としては、化学式1において、nが3以下である化合物、すなわちチオアセチル基を0ないし5個を有する化合物が好ましい。
本発明のジチオカルボン酸エステル化合物の製造方法の一例を挙げると、チオールカルボン酸エステルをチオカルボニル化剤と反応させることによって製造することができる。 例えばチオアセチル基を有する以下の化学式3で表される化合物とチオカルボニル化剤とをチオカルボニル剤とは反応しない溶媒中において、80℃から150℃の反応温度、好ましくは100℃から120℃の反応温度で1時間から4時間反応させることにより製造することができる。
【0019】
【化5】

ただし、nは0または自然数
【0020】
このチオカルボニル化反応に用いることができる溶媒としては、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素類、オクタン、デカン、ドデカンなど等の脂肪族炭化水素類、ジエチレングリコールジエチルエーテル、ジエチレングリコールジブチルエーテル、トリエチレングリコールジメチルエーテル、トリエチレングリコールジエチルエーテル、トリエチレングリコールジブチルエーテルなどのエーテル類などが挙げられ、好ましくは、トルエン、キシレンを挙げることができる。
【0021】
また、このチオカルボニル化反応に用いることのできるチオカルボニル化剤としては、五硫化二リン、硫化水素、2,4−ビス(4−メトキシフェニル)−1,3−ジチア−2,4−ジホスフェタン−2,4−ジスルフィド(以下、Lawesson試薬と称す)などが挙げられ、好ましくはLawesson試薬を例示することができる。
化学式3で表されるチオールカルボン酸エステル化合物は、化学式4で表されるブロモアルカン化合物をチオ酢酸塩または塩基存在下チオ酢酸と反応させることにより製造することができる。
【0022】
【化6】

ただし、nは0または自然数
【0023】
この方法は化学式4で表される化合物とチオ酢酸塩または塩基存在下、チオ酢酸とを極性溶媒中で反応温度0−60℃、好ましくは20−30℃で1−24時間反応させることにより化学式3で表される化合物を製造するものである。
【0024】
この反応にチオ酢酸と共に用いることができる塩基としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、トリエチルアミン、ピリジンなどが挙げられる。この反応に用いることができる溶媒としては、水、メタノール、エタノール、2−プロパノール、アセトン、テトラヒドロフラン、ジオキサン、N,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、などを挙げることができる。これらの溶媒は単独で用いても2種あるいはそれ以上を混合して用いてもよい。
【0025】
以上のようにして得られる本発明の化合物を液浸油として使用する際には、他成分を加えずに使用しても良いが、液浸油として要求される諸性質、とりわけ屈折率を向上する目的で、硫黄単体、ヨウ化物塩、有機ヨウ素化合物を添加しても使用できる。
添加するヨウ化物塩としては、ヨウ化ナトリウム、ヨウ化カリウム、ヨウ化アンモニウム、ヨウ化バリウムなどを挙げることができる。
また、本発明の液浸油は分子量が大きく揮発性が小さいので、不快臭をほとんど感じないが、硫黄系臭気のマスキング作用を有する香料を添加しても良い。
【0026】
本発明の液浸油は、顕微鏡、蛍光顕微鏡等をはじめとする光学系、あるいは光学測定分野において有用であって、光学要素間、あるいは光学要素と対象物との間の空気等が存在する空間に充填して使用することができる。
とくに、生物学的材料、すなわち動物、植物、微生物に関係する各種の材料、タンパク質、DNA、細胞等の観察あるいは計測等に使用する光学系に好適なものである。
とくに、哺乳動物の生細胞の観察あるいは計測では、生細胞の経時的な変化を観察、あるいは計測するために、37℃程度の温度と対象の細胞の培養に好適な雰囲気において長時間の観察、あるいは計測が必要であるが、本発明の液浸油は揮発性が小さくて安定した物質であるので、水分が多量に蒸発するような条件下でも分解、析出等のおそれがなく、開放系の装置において使用した場合にも雰囲気への悪影響も防止することができる。
【0027】
また、DNA・タンパク質解析装置においては、蛍光色素を加えて標識化した試料の所定の部分に対して、レーザ光を照射し、光学系によって試料から発せられる蛍光強度の揺らぎを解析したり、蛍光寿命を解析することが行われているが、試料と対物レンズとの間に本発明の液浸油を存在させることによって、試料から発せられる蛍光を液浸油等から発生する自己蛍光等のノイズによる悪影響を受けることなく正確に検出することができるので、高精度の分析が可能となる。
【0028】
例えば、タンパク質解析装置の一例を示すと、培養液にラット等のタンパク質と試薬をグリーン蛍光タンパク質(GFP)や蛍光色素で標識化した試料を入れたウェルプレート容器、U励起、B励起、G励起光として選択的に照射することができるレーザ装置、レーザ装置からの励起光を試料に集光する対物レンズ、試料が発する蛍光をピンホール等を通じて導光して検出する検出器、検出器による検出結果を解析し、グラフ化、画像化等をする演算手段およびそれらの結果を表示する表示手段から構成されており、対物レンズと各ウェルとの間に本発明の液浸油が充填されており、本発明の液浸油を用いることによってU励起、B励起、G励起のいずれの条件でも解析することが可能である。
以下、本発明を実施例を示して説明する。
【実施例1】
【0029】
(1,2,3−トリス(アセチルチオ)プロパンの調製)
チオ酢酸カリウム18gを80質量%エタノール10mLに溶解し、1,2,3−トリブロモプロパン12gを加え25℃で24時間攪拌した。反応液に水を加え塩化メチレンで抽出した。
有機相を水洗後、減圧蒸発を行い、得られた残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィ(溶出液:20%酢酸エチル/ヘキサン)で精製し、油状の1,2,3−トリス(アセチルチオ)プロパン8.8g(収率91%)を得た。
【0030】
生成物の分子量は226であった。また、核磁気共鳴装置(バリアン製INOVA400)によって測定したところ、1H−NMRデータ(CDCl3、δ/ppm)、3.79(1H,m)、3.25(2H,m)、3.17(2H,m)、2.37(6H,s)、2.32(3H,s)であった。
【0031】
(1,2,3−トリス(チオアセチルチオ)プロパンの調製)
先に得られた1,2,3−トリス(アセチルチオ)プロパン36gをトルエン200mLに懸濁し、Lawesson試薬116gを加え2時間加熱還流した。反応液を約2/3量になるまで減圧蒸発した後、シリカゲルカラムクロマトグラフィ(溶出液:ヘキサン)で精製し、さらにもう一度シリカゲルカラムクロマトグラフィ(溶出液:20%酢酸エチル/ヘキサン)で精製した。
【0032】
次いで、得られた油状物を50℃でエタノールに溶解し、活性炭を加えて17時間撹拌した後に、濾過し、濾液を減圧蒸発して、淡黄色油状の1,2,3−トリス(チオアセチルチオ)プロパン24.6g(収率49%)を得た。
生成物は、分子量314であった。また、核磁気共鳴装置(バリアン製INOVA400)によって測定したところ、1H−NMRデータ(CDCl3、δ/ppm)、4.47(1H,m)、3.78(2H,m)、3.63(2H,m)、2.81(6H,s)、2.80(3H,s)であった。
【0033】
得られた1,2,3−トリス(チオアセチルチオ)プロパンの屈折率を、屈折率計(カルニュー光学製 精密屈折計KPR−200)で測定した。屈折率は1.6882であった。
また、オリンパス製生物顕微鏡(BX51)に、NA1.6の対物レンズを装着し、カンガルーラットの肝臓を生細胞として、蛍光色素(モレキュラープローブス社製Alexa Fluor488)によって標識化して、プロティンキナーゼ(PTK2)をB励起光によって観察したところ、ノイズに影響を受けることなく良好に観察することができた。
【0034】
また、1,2,3−トリス(チオアセチルチオ)プロパン10gを、直径40mmのビーカーに入れて、温度38℃、相対湿90%の恒温槽中に放置して、質量変化を測定した。
初期質量に対して減少した質量の比を質量減少率として、時間を横軸に図1においてAで示す。72時間後の質量減少率は2%以下であり、72時間後にも析出物はなく透過率の変化もなかった。
【実施例2】
【0035】
(硫黄添加による屈折率の調整)
実施例1と同様に調製した1,2,3−トリス(チオアセチルチオ)プロパン3mLに細かく粉砕した硫黄粉末1.0gを加え、25℃で12時間攪拌した。得られた混合液をメンブランフィルター(0.45μm)で濾過し、液浸油を調製した。得られた液浸油の屈折率は1.7882であった。
また、得られた液浸油を使用して実施例1と同様に生細胞の蛍光観察を行ったところ、自家蛍光性による障害が生じることなく観察することができた。
【実施例3】
【0036】
(ヨウ化カリウム添加による屈折率の調整)
実施例1と同様に調製した1,2,3−トリス(チオアセチルチオ)プロパン3mLに細かく粉砕したヨウ化カリウム1.0gを加え、25℃で12時間攪拌した。得られた混合液をメンブランフィルター(0.45μm)で濾過し、液浸油を調製した。
また、得られた液浸油を使用して実施例1と同様に生細胞の蛍光観察を行ったところ、自家蛍光性による障害が生じることなく観察することができた。
【実施例4】
【0037】
(生細胞観察)
オリンパス製倒立顕微鏡(IX71)に、保湿箱、および二酸化炭素培養装置を装着して、カンガルーラットの肝臓を生細胞として使用し、グリーン蛍光タンパク質(GFP)で標識化して、プロティンキナーゼ(PTK2)をB励起光によって、温度37℃湿度90%での環境で実施例1で調製した1,2,3−トリス(チオアセチルチオ)プロパンを液浸油として対物レンズと試料容器の間を満たし、1日に1回蛍光観察を1週間連続して行ったが、液浸油が揮発することなく観察することができた。また、得られた蛍光観察画像は鮮明であり、ノイズに影響を受けることなく良好に観察することができた。
【0038】
比較例1
実施例4で使用した装置において、対物レンズに屈折率1.75のガラスを使い、液浸油に屈折率が1.52の液状ポリオレフィンと芳香族化合物を主成分とする液浸油(ニコン社製 商品名 ニコン50 TYPE NF)を使用したところ、屈折率の差による十分な見えが得られなかった。
【0039】
比較例2
実施例4で使用した装置において、対物レンズに屈折率1.75のガラスを使い、液浸油に屈折率が1.78のジヨードメタンと硫黄を主成分とする屈折液(カーギルラボラトリーズ社製 シリーズM)を使用したところ、透過率が低く十分な明るさが得られなかった。
また、実施例1と同様の条件で蒸発による減量を測定し、その結果を図1においてBで示すように、72時間後の蒸発減量は80%であった。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明のジチオカルボン酸エステル化合物は、屈折率が大きく、しかも、自家蛍光性が小さいので、顕微鏡、蛍光顕微鏡等をはじめとする光学系に使用する液浸油として有用である。とくに、生細胞観察、あるいは測定に要求される高温高湿下での長期間の観察が必要な条件においても、液浸油の交換や格別の除害設備を設けることなく安定して観察することができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明と比較例の液浸油の蒸発減量を説明する図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子内にジチオカルボン酸エステル基を2個以上有することを特徴とするジチオカルボン酸エステル化合物。
【請求項2】
化学式1で表されることを特徴とする請求項1記載のジチオカルボン酸エステル化合物。
【化1】

ただし、nは0または正の整数
【請求項3】
ジチオカルボン酸エステル化合物が、化学式1おいて、n=1であることを特徴とする請求項2記載のジチオカルボン酸エステル化合物。
【請求項4】
ジチオカルボン酸エステル化合物の製造方法において、化学式2で表されるチオールカルボン酸化合物をチオカルボニル化することを特徴とするジチオカルボン酸エステル化合物の製造方法。
【化2】

ただし、nは0または正の整数、R1、R2、R3はアルキル基
【請求項5】
分子内にジチオカルボン酸エステル基を2個以上有する液状のジチオカルボン酸エステル化合物を配合してなることを特徴とする液浸油。
【請求項6】
硫黄単体、ヨウ素化合物、香料から選ばれる少なくともいずれか一種を配合したことを特徴とする請求項5記載の液浸油。
【請求項7】
顕微鏡、蛍光顕微鏡、生物学的材料の分析装置、光学的測定装置から選ばれる装置の光学系に用いられることを特徴とする請求項5または6記載の液浸油。
【請求項8】
光学的観察あるいは計測方法において、分子内にジチオカルボン酸エステル基を2個以上有する液状のジチオカルボン酸エステル化合物を配合してなる液浸油を光学系に用いるとともに、照射した光によって発生する蛍光によって観察あるいは計測を行うことを特徴とする光学的観察あるいは計測方法。
【請求項9】
開口数が1.3以上の光学系に用いることを特徴とする請求項8記載の光学的観察あるいは計測方法。
【請求項10】
生細胞の培養条件下における経時的な変化の観察あるいは計測であることを特徴とする請求項8あるいは9記載の光学的観察あるいは計測方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2006−257002(P2006−257002A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−75382(P2005−75382)
【出願日】平成17年3月16日(2005.3.16)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】