説明

スクロール式流体機械

【課題】 装着前のチップシールを予め適切な断面形状に形成しておくことにより、これをシール溝に装着したときにシール性能を向上させる。
【解決手段】 固定スクロール3と旋回スクロール8のシール溝7,12には、紐状のシール用原材料21を渦巻状に湾曲させて装着することにより、チップシール20をそれぞれ設ける。この場合、装着前の自由状態におけるシール用原材料21の断面形状は、内周面21Cの高さ寸法H1が外周面21Dの高さ寸法H2よりも短くなった台形状に形成する。これにより、シール用原材料21を湾曲させてシール溝7,12に装着したときには、湾曲動作によるチップシール20の断面形状の歪み等を補償することができ、装着後のチップシール20を長方形または正方形に近い断面形状に保持することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、空気圧縮機、真空ポンプ等に用いて好適なスクロール式流体機械にに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、スクロール式流体機械としては、例えばモータ等の駆動源によって一方のスクロールを他方のスクロールに対して旋回運動させることにより、空気等を圧縮するようにしたスクロール式圧縮機が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
【特許文献1】特開2005−23801号公報
【0004】
この種の従来技術によるスクロール式圧縮機は、鏡板の歯底面に渦巻状のラップ部が立設された固定スクロールと、該固定スクロールに対向して設けられ、鏡板の歯底面に該固定スクロールのラップ部と重なり合って複数の圧縮室を画成する渦巻状のラップ部が立設された旋回スクロールとを備えている。
【0005】
また、固定スクロールと旋回スクロールのラップ部は、鏡板の内径側から外径側に向けて渦巻状に巻回され、その歯先面には、ラップ部の長さ方向に沿って延びる渦巻状のシール溝が開口している。そして、これらのシール溝内には、各圧縮室の気密性を確保するチップシールが設けられている。
【0006】
ここで、チップシールは、耐熱性、耐摩耗性、摺動性等の条件を満たすために、例えばポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等を含む樹脂材料によって形成されている。また、チップシールの断面形状(横断面)は、例えばシール溝の溝形状よりも一回り小さな長方形状に形成されている。
【0007】
そして、チップシールの断面形状を構成する四辺のうちの一辺は、圧縮機の運転時に相手方の鏡板の歯底面に面接触するシール面となり、このシール面は、相手方の歯底面に摺接することによってシール性を発揮する構成となっている。
【0008】
また、一般に、PTFEを含む樹脂材料は、渦巻状のチップシールとして射出成形するのが難しい。このため、従来技術では、シール溝に装着する前のチップシールを、例えば可撓性を有する細長い紐状のシール用原材料として予め樹脂成形しておき、圧縮機の組立時には、このシール用原材料を渦巻状に湾曲させながら、シール溝に嵌め込む構成としている。
【0009】
一方、他の従来技術として、チップシールをシール溝に装着したときに、その断面形状が平行四辺形や台形となるように構成したものも知られている(例えば、特許文献2参照)。
【0010】
【特許文献2】特開平7−119669号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ところで、上述の特許文献1に記載された従来技術では、例えばPTFEを含む紐状のシール用原材料を湾曲させることにより、これを渦巻状のチップシールとしてシール溝に嵌め込む構成としている。この場合、シール溝の曲率は外径側で小さく、内径側に向けて徐々に大きくなるから、シール溝の外径側には、シール用原材料を緩やかに湾曲させるだけで嵌め込むことができる。
【0012】
しかし、シール溝の内径側には、シール用原材料を折曲げるように極端に湾曲させた状態で嵌め込む必要がある。このような湾曲部位では、例えばシール用原材料の断面形状が潰れることによって台形状に歪んでしまい、これによってチップシールのシール面が相手方の歯底面に対して斜めに傾斜した状態となることがある。
【0013】
このため、特許文献1の従来技術では、圧縮運転を行うときに、チップシールの先端側の一部だけが相手方の歯底面に摺接した状態(片当り状態)となることがある。この状態では、チップシールが十分に機能できずに圧縮性能が低下したり、チップシールの偏摩耗等が生じて耐久性が低下するという問題がある。
【0014】
一方、特許文献2に記載された従来技術では、チップシールをシール溝に装着したときに、その断面形状が平行四辺形や台形となるように構成している。しかし、この場合には、チップシールを渦巻状に湾曲させたときに生じる断面形状の歪み等を考慮していない。
【0015】
このため、特許文献2の従来技術でも、例えば紐状のシール用原材料を湾曲させてシール溝に嵌め込んだときに、その断面形状に想定外の歪み、変形等が生じ易い。また、チップシールの断面形状が常に平行四辺形や台形に保持されているから、その角隅部で片当り状態が生じ易くなり、特許文献1の場合と同様の問題が生じる。
【0016】
本発明は上述した従来技術の問題に鑑みなされたもので、本発明の目的は、チップシールの装着時等に生じる断面形状の歪みを補償することができ、チップシールが偏摩耗するのを確実に防止できると共に、圧縮性能や耐久性を向上できるようにしたスクロール式流体機械を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上述した課題を解決するために、本発明は、鏡板の内径側から外径側に向けて渦巻状のラップ部が立設された一方のスクロールと、該一方のスクロールに対向して設けられ鏡板に該一方のスクロールのラップ部と重なり合う渦巻状のラップ部が立設された他方のスクロールと、前記各スクロールのラップ部のうち少なくとも一方のラップ部の歯先面に開口して設けられた渦巻状のシール溝と、樹脂材料により形成され該シール溝内に装着されるチップシールとを備えてなるスクロール式流体機械に適用される。
【0018】
そして、請求項1の発明が採用する構成の特徴は、チップシールは、前記シール溝の底部側に配置される底面と、該底面と対向して前記シール溝の開口側に配置されるシール面と、前記底面とシール面との間に高さ寸法をもって配置された内周面と、該内周面と対向する位置で前記底面とシール面との間に高さ寸法をもって配置された外周面とを有し、前記チップシールの断面形状は、前記シール溝に装着する前の自由状態となっているときに、前記チップシールのシール面を前記外周面に対して内周面が低くなるように構成したことにある。
【0019】
また、請求項2の発明によると、前記シール面の傾斜角は、前記チップシールの内径側で大きな角度に設定し、前記チップシールの外径側で小さな角度に設定する構成としている。
【0020】
また、請求項3の発明によると、前記チップシールの断面形状は、前記内周面の高さ寸法が前記外周面の高さ寸法よりも短い台形状に形成し、前記チップシールのシール面は、前記内周面と外周面との寸法差に応じて傾斜させる構成としている。
【発明の効果】
【0021】
請求項1の発明によれば、シール溝に装着する前の自由状態となっているチップシール(以下、シール用原材料という)の断面形状は、外周面から内周面に向けて高さ寸法が徐々に低くなる形状に形成することができる。これにより、シール用原材料のシール面は、内周面と外周面との寸法差に応じて予め傾斜面として形成しておくことができ、このシール面の傾斜角は、例えばシール用原材料をチップシールとして装着したときの変形状態を考慮して、予め適切な角度に設定することができる。
【0022】
そして、このシール用原材料を渦巻状に湾曲させることにより、チップシールとしてシール溝に装着することができ、この状態で圧縮運転を行うことができる。このとき、例えばシール溝の曲率が大きな部位でチップシールの断面形状に歪みが生じた場合、または圧縮空気の圧力等によって断面形状が径方向に潰れるように変形した場合には、断面形状を長方形または正方形(以下、これらを総称して長方形という)となるように変形させることができ、これらの場合に生じる断面形状の不適切な変形を補償することができる。
【0023】
これにより、チップシールのシール面を、相手方となるスクロールの鏡板に対して平行に保持することができ、このシール面を相手方の鏡板に面接触した状態で安定的に摺接させることができる。このため、例えば装着時の湾曲動作や圧縮運転時の空気圧等によってチップシールの断面が不適切な形状に変形したり、チップシールのシール面が傾いた状態で相手方の鏡板に接触(片当り)するのを防止することができる。
【0024】
従って、チップシールを偏摩耗させることなく、長期間にわたって安定したシール性能を発揮することができ、その寿命を延ばすことができる。そして、シール不良等による空気漏れを抑えることができ、圧縮性能や耐久性を向上させることができる。
【0025】
また、請求項2の発明によれば、チップシールの内径側では、シール溝の曲率が大きく、またチップシールに加わる圧縮空気の圧力も高いので、断面形状が大きく変形し易い。このため、シール用原材料を形成するときに、内径側のシール面には、予め大きな傾斜角をもたせておくことができる。一方、チップシールの外径側では、シール溝の曲率や圧縮空気の圧力が比較的小さい。このため、シール用原材料の外径側のシール面には、予め小さな傾斜角をもたせておくことができる。
【0026】
このように、シール面の傾斜角を、内径側と外径側の変形状態に応じてそれぞれ適切な角度に設定しておくことができる。従って、チップシールの内径側と外径側とがそれぞれ異なる断面形状に変形したとしても、個々の部位でシール面を相手方の鏡板に対して平行な位置に保持することができ、チップシールの全長にわたってシール性能を高めることができる。
【0027】
また、請求項3の発明によれば、シール用原材料の断面形状は、内周面と外周面とが互いに平行で、外周面から内周面に向けて高さ寸法が徐々に小さく(低く)なる台形状に形成することができ、シール用原材料のシール面は、内周面と外周面との寸法差に応じて予め傾斜面として形成することができる。このため、シール用原材料をチップシールとして装着したときには、そのシール面を相手方となるスクロールの鏡板に対して平行に保持することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本発明の第1の実施の形態によるスクロール式流体機械について、添付図面を参照して詳細に説明する。
【0029】
ここで、図1ないし図7は第1の実施の形態を示し、本実施の形態では、スクロール式空気圧縮機を例に挙げて述べる。
【0030】
図中、1は圧縮機の外殻を構成するケーシングで、該ケーシング1は、軸方向一側が開口した有底筒状に形成され、その軸方向他側には、出力軸2Aを有するモータ2が取付けられている。また、本実施の形態のスクロール式空気圧縮機は、例えば自動車等の車両に空圧アクチュエータとして搭載される小型の圧縮機となっている。
【0031】
3はケーシング1の軸方向一側に設けられた固定スクロールで、該固定スクロール3は、円板状の鏡板4と、該鏡板4の歯底面4Aに軸方向に向けて立設された渦巻状のラップ部5と、鏡板4の外周側に設けられ、該ラップ部5を取囲む筒状の支持部6とによって大略構成されている。
【0032】
ここで、ラップ部5は、図2に示す如く、例えば最内径端を巻始め端として、最外径端を巻終り端としたときに、内径側から外径側に向けて例えば3巻前,後の渦巻状に巻回されている。そして、ラップ部5の歯先面5Aは、図3に示す如く、後述する旋回スクロール8のラップ部10と同様に、相手方となる鏡板9の歯底面9Aから一定の寸法だけ軸方向に離間し、この歯先面5Aには後述のシール溝7が設けられている。
【0033】
7はラップ部5の歯先面5Aに開口して設けられたシール溝で、該シール溝7は、後述のチップシール20が装着されるものである。ここで、シール溝7は、図2、図7に示す如く、旋回スクロール8のシール溝12とほぼ同様に、渦巻状の凹溝として形成され、ラップ部5の長さ方向に延びている。
【0034】
また、シール溝7の断面形状(横断面)は、図3に示す如く、例えば略コ字状または四角形状に形成されている。そして、シール溝7は、底面7Aと、該底面7Aの径方向内側に位置する内側壁面7Bと、底面7Aの径方向外側に位置する外側壁面7Cとを有している。
【0035】
8は固定スクロール3に対向してケーシング1内に旋回可能に設けられた旋回スクロールで、該旋回スクロール8は、図1に示す如く、表面側が歯底面9Aとなった円板状の鏡板9と、該鏡板9の歯底面9Aから固定スクロール3の鏡板4に向けて軸方向に立設された渦巻状のラップ部10と、鏡板9の裏面中央に突設され、後述の駆動軸13が連結されるボス部11とによって構成されている。
【0036】
ここで、ラップ部10は、図2、図3に示す如く、内径側から外径側に向けて例えば3巻前,後の渦巻状に巻回されている。そして、ラップ部10の歯先面10A側には、底面12A、内側壁面12Bおよび外側壁面12Cを有するシール溝12が設けられ、このシール溝12にはチップシール20が装着されている。
【0037】
13はケーシング1内に軸受等を介して回転可能に設けられた駆動軸で、該駆動軸13は、図1に示す如く、基端側がモータ2の出力軸2Aに取付けられ、モータ2によって回転駆動される。また、駆動軸13の先端側には、偏心ブッシュ14と旋回軸受15とを介して旋回スクロール8のボス部11が旋回可能に連結されている。この偏心ブッシュ14は、ボス部11と駆動軸13とを径方向に偏心させた状態で互いに連結するものである。
【0038】
これにより、駆動軸13が回転するときには、その軸線を中心として旋回スクロール8が一定の旋回半径で旋回運動を行う。この場合、ケーシング1と旋回スクロール8の背面側との間には、旋回スクロール8が旋回運動時に自転するのを防止する例えば3個の自転防止機構16(1個のみ図示)が設けられている。
【0039】
また、旋回スクロール8は、固定スクロール3に対し例えば180度ずらして重なり合うように配設され、両者のラップ部5,10間には、外径側から内径側(中央)にかけて複数の圧縮室17が画成されている。そして、圧縮機の運転時には、固定スクロール3に設けられた吸込口18から外径側の圧縮室17内に空気を吸込みつつ、この空気を各圧縮室17内で順次圧縮し、最後に、中央側の圧縮室17内に収容された圧縮空気を、固定スクロール3に設けられた吐出口19から外部に吐出する。
【0040】
次に、20は固定スクロール3と旋回スクロール8のシール溝7,12内にそれぞれ装着されたチップシールを示している。これらのチップシール20は、例えば耐熱性、耐摩耗性、摺動性に優れた樹脂材料として、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等を含む樹脂材料を用いて形成され、具体的には、可撓性を有する後述のシール用原材料21を渦巻状に湾曲させることによって構成されている。
【0041】
そして、まず旋回スクロール8のシール溝12に装着されたチップシール20を例に挙げて説明すると、このチップシール20は、相手方となる固定スクロール3の鏡板4との間をシールするもので、図2ないし図4に示す如く、シール溝12の長さ方向に沿って渦巻状に延び、略四角形の断面形状を有している。
【0042】
また、チップシール20は、シール溝12の底部側に配置される底面20Aと、該底面20Aと対向してシール溝12の開口側に配置されるシール面20Bと、底面20Aとシール面20Bとを内周側で接続する内周面20Cと、底面20Aとシール面20Bとを外周側で接続する外周面20Dと、これらの底面20A、シール面20B、内周面20C及び外周面20Dの間に位置する四辺の角隅部20Eとを有している。
【0043】
ここで、圧縮運転時には、シール溝12の内周側に位置する圧縮室17の方が外周側に位置する圧縮室17よりも高圧となるため、シール溝12の内周側には圧縮室17から圧縮空気が流入する。この結果、チップシール20の底面20Aには、図3に示す如く、この圧縮空気によって押圧力Aが付加される。そして、チップシール20は、この押圧力Aによってシール溝12から浮上し、シール面20Bが相手方の歯底面4Aに摺接した状態となる。
【0044】
また、チップシール20の内周面20Cには、シール溝12内に流入した圧縮空気によって押圧力Bが付加される。この結果、チップシール20は、この押圧力Bによって径方向に潰れるように変形し、外周面20Dがシール溝12の外側壁面12Cに押付けられた状態となる。これにより、チップシール20は、ラップ部10の歯先面10Aと相手方の歯底面4Aとの間をシールし、各圧縮室17の気密性を確保する構成となっている。
【0045】
一方、チップシール20は、図2に示す如く、シール溝12の内径側と外径側のうち曲率が大きな内径側に装着された内径部20Fと、曲率が小さな外径側に装着された外径部20Gとを有している。そして、内径部20Fは、後述するシール用原材料21の断面形状を予め適切に成形しておくことにより、圧縮運転時に長方形に近い断面形状をもつように構成されている。
【0046】
即ち、内径部20Fは、図3に示す如く、シール用原材料21をシール溝12の内径側に沿って大きく湾曲させることにより断面形状に歪みが生じ、かつ高圧な内径側の圧縮空気による押圧力Bを受けて変形しているときに、各角隅部20Eが直角となった長方形に近い断面形状に保持される。この場合、長方形とは、四隅が直角となった四角形を総称するものとし、正方形を含むものとする。
【0047】
このとき、内径部20Fのシール面20Bは、相手方の鏡板4の歯底面4Aに対してほぼ平行に保持され、この歯底面4Aに面接触した状態で摺接するようになるので、チップシール20は、高圧な内径側の圧縮室17に対して高いシール性を発揮することができる。
【0048】
これに対し、チップシール20の外径部20Gは、内径部20Fほど大きく湾曲していない上に、低圧な外径側の圧縮空気によって小さな押圧力Bを受けるので、図4に示す如く、内径部20Fと比較して断面形状の変形が小さくなる。このため、外径部20Gは長方形の断面形状とならず、一部の角隅部20Eだけが相手方の歯底面4Aに摺接することがある。しかし、外径側の圧縮室17は圧力が低いので、この状態でもシール性を確保することができる。
【0049】
さらに、固定スクロール3のシール溝7に装着されたチップシール20は、図3、図4に示す如く、相手方となる旋回スクロール8(鏡板9)の歯底面9Aとの間をシールするもので、このチップシール20についても、旋回スクロール8側のチップシール20と同様に構成されているものである。
【0050】
次に、図5及び図6を参照しつつ、シール溝7,12に装着する前のチップシールであるシール用原材料21について説明する。
【0051】
このシール用原材料21は、例えばPTFE等を含む樹脂材料により、可撓性を有する細長い紐状体として形成され、シール溝7,12への装着時に生じる断面形状の歪みや、圧縮空気の圧力による変形がない状態(自由状態)に保持されている。
【0052】
そして、シール用原材料21は、図5、図6に示す如く、底面21A、シール面21B、内周面21C、外周面21D及び角隅部21Eを有し、内径部21Fと外径部21Gとによって構成されている。これらの部位は、それぞれチップシール20の同じ名称の部位となるものである。
【0053】
また、シール用原材料21の内周面21Cは、底面21Aとシール面21Bとの間に高さ寸法H1をもって配置され、外周面21Dは高さ寸法H2をもって形成されている。そして、内周面21Cの高さ寸法H1は、下記数1の式に示すように、外周面21Dの高さ寸法H2よりも短い寸法値に設定されている。
【0054】
【数1】

【0055】
このため、シール用原材料21の断面形状は、内周面21Cと外周面21Dとが互いに平行で、外周面21Dから内周面21Cに向けて高さ寸法が徐々に小さく(低く)なる台形状に形成されている。そして、シール用原材料21のシール面21Bは、外周面21Dから内周面21Cに向けて延びつつ、底面21Aに近接するように斜めに傾斜している。
【0056】
この場合、シール面21Bは、例えば内周面21Cと垂直な直線に対して傾斜角θを有し、その傾斜角θは、内周面21Cと外周面21Dとの寸法差(H2−H1)に応じた角度となっている。そして、シール面21Bの傾斜角θは、例えばシール用原材料21をチップシール20として装着したときの変形状態を考慮して、予め適切な角度に設定されている。
【0057】
これにより、シール用原材料21の内径部21Fは、図6中に仮想線で示すチップシール20のように、シール溝7,12に装着されることによって径方向に潰れるように歪みを生じ、かつ内周側から押圧力Bを受けることによって変形したときに、長方形に近い断面形状をもつようになり、そのシール面20Bは相手方の鏡板4,9に対してほぼ平行に保持されるものである。
【0058】
本実施の形態によるスクロール式空気圧縮機は、上述の如き構成を有するもので、次にシール用原材料21の形成、装着作業について説明する。
【0059】
まず、シール用原材料21の形成時には、例えばPTFE等を含む樹脂材料を用いて、断面形状が四角形の紐状体を樹脂成形し、その表面に切削、研削等の加工処理を施すことにより、図6に示す紐状のシール用原材料21を形成する。
【0060】
そして、図7に示すように、このシール用原材料21の内径部21Fを大きな曲率で湾曲させ、外径部21Gを小さな曲率で湾曲させる。これにより、シール用原材料21を渦巻状に変形させつつ、これをシール溝7(またはシール溝12)に嵌め込んで装着する。
【0061】
次に、スクロール式空気圧縮機の作動について説明すると、まずモータ2によって駆動軸13を回転駆動したときには、駆動軸13の回転が偏心ブッシュ14、旋回軸受15等を介して旋回スクロール8に伝えられる。これにより、旋回スクロール8は、自転防止機構16によって自転を規制された状態で、駆動軸13を中心として旋回運動を行う。
【0062】
このとき、固定スクロール3のラップ部5と旋回スクロール8のラップ部10との間に画成された圧縮室17は、外径側から内径側に向けて連続的に縮小する。これにより、圧縮機は、吸込口18から吸込んだ外気を各圧縮室17で順次圧縮し、吐出口19から外部のタンク(図示せず)等に向けて圧縮空気を吐出する。
【0063】
また、圧縮運転時には、圧縮室17からシール溝7,12の内周側に圧縮空気が流入すると、シール溝7内のチップシール20は、圧縮空気の押圧力Aによって相手方の鏡板9の歯底面9Aに摺接しつつ、押圧力Bによってシール溝7の外側壁面7Cに押付けられた状態となる。また、シール溝12内のチップシール20も同様に、相手方の鏡板4の歯底面4Aに摺接しつつ、シール溝12の外側壁面12Cに押付けられた状態となる。
【0064】
このとき、各チップシール20の内径部20Fは、渦巻状に湾曲したことで断面形状に歪みが生じ、かつ圧縮空気の押圧力Bを受けて変形しているから、長方形に近い断面形状となっている。このため、内径部20Fのシール面20Bは、相手方の歯底面4A(または歯底面9A)と安定的に面接触した状態で摺動することができ、各圧縮室17の間を確実に遮断することができる。
【0065】
かくして、本実施の形態では、シール溝7,12に装着する前のチップシールであるシール用原材料21の断面形状を、内周面21Cの高さ寸法H1が外周面21Dの高さ寸法H2よりも短い台形状に形成し、このシール用原材料21をチップシール20としてシール溝7,12にそれぞれ装着する構成としている。
【0066】
これにより、シール用原材料21のシール面21Bを予め傾斜面(テーパ面)として形成しておくことができ、このシール面21Bの傾斜角θは、例えばシール用原材料21をチップシール20として装着したときの変形状態を考慮して、予め適切な角度に設定することができる。
【0067】
このため、例えば旋回スクロール8側のチップシール20において、曲率が大きな内径部20Fの断面形状に歪みが生じた場合、または圧縮空気の押圧力Bによって内径部20Fの断面形状が径方向に潰れるように変形した場合には、予め台形状に形成しておいた断面形状を長方形となるように変形させることができ、これらの場合に生じる断面形状の不適切な変形を補償することができる。
【0068】
これにより、チップシール20のシール面20Bを、相手方の鏡板4の歯底面4Aに対して平行に保持することができ、このシール面20Bを歯底面4Aに面接触した状態で安定的に摺接させることができる。このため、例えば装着時の湾曲動作や圧縮空気の押圧力B等によってチップシール20の断面が不適切な形状に変形したり、そのシール面20Bが傾いた状態で相手方の鏡板4に接触(片当り)するのを防止することができる。
【0069】
従って、チップシール20を偏摩耗させることなく、長期間にわたって安定したシール性能を発揮することができ、その寿命を延ばすことができる。そして、シール不良等による空気漏れを抑えることができ、圧縮性能や耐久性を向上させることができる。
【0070】
特に、本実施の形態では、例えばラップ部5,10(シール溝7,12)の内径側の曲率が極端に大きくなる小型の圧縮機に適用しているので、このような小型圧縮機においても、チップシール20の不適切な変形を抑えて高いシール性能を得ることができる。
【0071】
一方、固定スクロール3側のチップシール20についても、旋回スクロール8側と同様のシール用原材料21を用いているから、これとほぼ同様の作用効果を得ることができる。そして、これら2つのチップシール20によって各圧縮室17の気密性を向上させることができる。
【0072】
次に、図8ないし図11は本発明による第2の実施の形態を示し、本実施の形態の特徴は、シール面の傾斜角を内径側で大きく、外径側で小さく形成する構成としたことにある。なお、本実施の形態では、前記第1の実施の形態と同一の構成要素に同一の符号を付し、その説明を省略するものとする。
【0073】
30は固定スクロール3と旋回スクロール8のシール溝7,12内にそれぞれ装着された渦巻状のチップシールを示し、これらのチップシール30は、第1の実施の形態とほぼ同様に、内径部30A、外径部30B等を有している。
【0074】
31はシール溝7,12に装着する前のチップシールであるシール用原材料を示し、このシール用原材料31は、第1の実施の形態とほぼ同様に、例えばPTFE等を含む樹脂材料により、可撓性を有する細長い紐状体として形成されている。そして、シール用原材料31は、図10、図11に示す如く、底面31A、シール面31B、内周面31C、外周面31D、角隅部31E、内径部31F、外径部31G等を有している。
【0075】
しかし、シール用原材料31は、内周面31Cの高さ寸法が内径部31Fから外径部31Gに向けて徐々に大きくなるように形成されている。このため、内周面31Cは、図10、図11に示す如く、例えば内径部31Fの位置で高さ寸法Haを有し、外径部31Gの位置では、この高さ寸法Haよりも長尺な高さ寸法Hbを有している。また、これらの高さ寸法Ha,Hbは、下記数2の式に示すように、外周面31Dの高さ寸法Hcよりも短い寸法値に形成されている。
【0076】
【数2】

【0077】
これにより、シール用原材料31のシール面31Bの傾斜角は、内径部31Fから外径部31Gに向けて徐々に小さくなるように形成され、内径側と外径側とで異なる角度に設定されている。この場合、シール面31Bの傾斜角は、下記数3の式に示すように、例えば内径部31Fの位置で大なる傾斜角θaに設定され、外径部31Gの位置では、この傾斜角θaよりも小なる傾斜角θbに設定されている。
【0078】
【数3】

【0079】
従って、シール用原材料31をチップシール30としてシール溝7,12に装着したときには、図10中に仮想線で示す如く、第1の実施の形態とほぼ同様に、湾曲動作や空気圧等によって大きく変形した後の内径部30Aの断面形状をほぼ長方形に保持することができる。
【0080】
一方、シール用原材料31の外径部31Gは曲率が小さく、また外径側の圧縮空気から受ける圧力が低いので、断面形状の変形が小さい。しかし、外径部31Gは、シール面31Bが小さな傾斜角θbで傾斜しているから、これをチップシール30としてシール溝7,12に装着したときには、図11中に仮想線で示す如く、変形が小さな外径部30Bの断面形状をほぼ長方形に保持することができる。
【0081】
かくして、このように構成される本実施の形態でも、前記第1の実施の形態とほぼ同様の作用効果を得ることができる。そして、特に本実施の形態では、シール用原材料31の内径部31F側でシール面31Bの傾斜角θaを大きく形成し、外径部31G側でシール面31Bの傾斜角θbを小さくする構成としている。
【0082】
この場合、チップシール30の内径部30A側では、シール溝7,12の曲率が大きく、またチップシール30に加わる圧縮空気の圧力も高いので、断面形状が大きく変形し易い。このため、シール用原材料31を形成するときに、内径部31Fのシール面31Bには、予め大きな傾斜角θaをもたせておくことができる。
【0083】
一方、チップシール30の外径部30B側では、シール溝7,12の曲率や圧縮空気の圧力が比較的小さい。このため、シール用原材料31の外径部31G側のシール面31Bには、予め小さな傾斜角θbをもたせておくことができる。
【0084】
このように、シール面31Bの傾斜角θa,θbを、内径部31F側と外径部31G側の変形状態に応じてそれぞれ適切な角度に設定しておくことができる。従って、チップシール30の内径部30Aと外径部30Bとがそれぞれ異なる断面形状に変形したとしても、個々の部位でシール面を相手方の鏡板に対して平行な位置に保持することができ、チップシール30の全長にわたってシール性能を高めることができる。
【0085】
なお、前記各実施の形態では、シール用原材料21,31のシール面21B,31Bを斜めに傾斜させる構成とした。しかし、本発明はこれに限らず、例えば図12に示す変形例のように、シール用原材料41の底面41Aとシール面41Bの両方を傾斜させる構成としてもよい。この場合、シール用原材料41は、内周面41C、外周面41D、角隅部41E等を有している。
【0086】
また、実施の形態では、シール用原材料21,31の断面形状を、内周面21C,31Cと外周面21D,31Dとが互いに平行な台形状に構成した。しかし、本発明は台形の断面形状に限るものではなく、例えばシール用原材料のシール面と外周面とが90°未満の角度で交わるようにシール面を傾斜させる構成とすれば、シール用原材料の断面形状を台形以外の四角形に形成する構成としてもよい。
【0087】
また、第1の実施の形態では、チップシール20の内径部20Fが変形したときにほぼ長方形の断面形状をもつように、内径部20Fの変形状態を基準としてシール用原材料21の傾斜角θを設定する構成とした。しかし、本発明はこれに限らず、例えばチップシールの外径側が変形したときに長方形の断面形状をもつように、外径側の変形状態を基準としてシール用原材料のシール面の傾斜角を設定する構成としてもよい。
【0088】
また、実施の形態では、固定スクロール3と旋回スクロール8のラップ部5,10にチップシール20をそれぞれ設ける構成とした。しかし、本発明はこれに限らず、ラップ部5,10の一方だけにチップシールを設け、他方のチップシールを省略する構成としてもよい。
【0089】
さらに、実施の形態では、スクロール式流体機械としてスクロール式空気圧縮機を例に挙げて説明したが、本発明はこれに限らず、例えば真空ポンプ、冷媒圧縮機等にも広く適用できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0090】
【図1】本発明の第1の実施の形態によるスクロール式空気圧縮機を示す縦断面図である。
【図2】各スクロールのラップ部等を図1中の矢示II−II方向から拡大してみた断面図である。
【図3】シール溝に装着されたチップシールの内径側を図2中の矢示III−III方向から拡大してみた要部拡大断面図である。
【図4】シール溝に装着されたチップシールの外径側を図2中の矢示IV−IV方向から拡大してみた要部拡大断面図である。
【図5】チップシールとなるシール用原材料を示す斜視図である。
【図6】シール用原材料を図5中の矢示VI−VI方向から拡大してみた横断面図である。
【図7】シール用原材料を湾曲させることによりチップシールとしてシール溝に装着する状態を示す斜視図である。
【図8】本発明の第2の実施の形態によるスクロール式空気圧縮機を示す図2と同様の断面図である。
【図9】チップシールとなるシール用原材料を示す斜視図である。
【図10】シール用原材料の内径側を図9中の矢示X−X方向から拡大してみた横断面図である。
【図11】シール用原材料の外径側を図9中の矢示XI−XI方向から拡大してみた横断面図である。
【図12】本発明の変形例によるシール用原材料を示す横断面図である。
【符号の説明】
【0091】
1 ケーシング
2 モータ
3 固定スクロール
4,9 鏡板
4A,9A 歯底面
5,10 ラップ部
5A,10A 歯先面
7,12 シール溝
7A,12A 底面
7B,12B 内側壁面
7C,12C 外側壁面
8 旋回スクロール
13 駆動軸
16 自転防止機構
17 圧縮室
18 吸込口
19 吐出口
20,30 チップシール
21,31,41 シール用原材料(装着前のチップシール)
20A,21A,31A,41A 底面
20B,21B,31B,41B シール面
20C,21C,31C,41C 内周面
20D,21D,31D,41D 外周面
20E,21E,31E,41E 角隅部
20F,21F,30A,31F 内径部
20G,21G,30B,31G 外径部
H1,H2,Ha,Hb,Hc 高さ寸法
θ,θa,θb 傾斜角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鏡板の内径側から外径側に向けて渦巻状のラップ部が立設された一方のスクロールと、該一方のスクロールに対向して設けられ鏡板に該一方のスクロールのラップ部と重なり合う渦巻状のラップ部が立設された他方のスクロールと、前記各スクロールのラップ部のうち少なくとも一方のラップ部の歯先面に開口して設けられた渦巻状のシール溝と、樹脂材料により形成され該シール溝内に装着されるチップシールとを備えてなるスクロール式流体機械において、
前記チップシールは、前記シール溝の底部側に配置される底面と、該底面と対向して前記シール溝の開口側に配置されるシール面と、前記底面とシール面との間に高さ寸法をもって配置された内周面と、該内周面と対向する位置で前記底面とシール面との間に高さ寸法をもって配置された外周面とを有し、
前記チップシールの断面形状は、前記シール溝に装着する前の自由状態となっているときに、前記チップシールのシール面を前記外周面に対して内周面が低くなるように構成したことを特徴とするスクロール式流体機械。
【請求項2】
前記シール面の傾斜角は、前記チップシールの内径側で大きな角度に設定し、前記チップシールの外径側で小さな角度に設定する構成としてなる請求項1に記載のスクロール式流体機械。
【請求項3】
前記チップシールの断面形状は、前記内周面の高さ寸法が前記外周面の高さ寸法よりも短い台形状に形成し、前記チップシールのシール面は、前記内周面と外周面との寸法差に応じて傾斜させる構成としてなる請求項1または2に記載のスクロール式流体機械。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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