説明

スクロール形真空ポンプ

【課題】半導体製造工程等において、反応性を有する特殊ガスを吸い込むような場合に好適なスクロール形真空ポンプを提供する。
【解決手段】固定スクロールに設けた渦巻状の固定ラップと、旋回スクロールに設けた渦巻状の旋回ラップを、ハウジングに設けた圧縮室5内において相互に嵌入させるとともに、旋回スクロールを、自転することなく固定スクロールに対して旋回させるようにし、かつ旋回スクロールの自転運動を防止するための自転防止機構部を配設したスクロール形真空ポンプにおいて、前記固自転防止機構部8a、8b、8cの周囲の空間を連通する環状溝11cを旋回スクロールに対向する筐体11の端面に設け、この環状溝11cに穿設した流入孔11dから不活性ガスを導入する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スクロール形真空ポンプに関し、特に半導体製造工程等において、反応性を有する特殊ガスを吸い込むような場合に好適なスクロール形真空ポンプに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、化学工業や半導体産業などの分野において、反応性を有する特殊ガスを真空ポンプで吸引する事例が増加している。従来の真空ポンプでは、このような特殊ガスと接触する部品に腐食や摩耗が発生し、ポンプの寿命が著しく短くなるため、種々の対策がなされている。
【0003】
例えば、半導体製造工程では、石英反応管内に半導体ウェーハを載置し、真空ポンプによって石英反応管内を真空状態に吸引し、しかる後にガス供給源から反応ガスを導入して半導体ウェーハ表面に絶縁膜や金属膜等を堆積させる方法が行われている。この工程で主に使用されるガスは、可燃性のSiH4、SiH2Cl2、爆発性のH2、NH3、CO、毒性のSiH4、NH3、CO、HCl、SiCl4、腐食性のNH3、HCl等であり、これらの反応性ガスが半導体製造装置の外部に漏洩すると重大な問題が発生することから、反応性ガスは1工程終了毎に製造ラインから排出し、無害化処理するのが基本である。
【0004】
斯かる用途を対象とした真空ポンプとしては、特許文献1に記載のものが知られている。この真空ポンプはスクロール形であって、シングルラップ形式の旋回スクロールの背面側に空間を形成し、その背面側空間に対して、反応性ガスとは別に外部から窒素ガスを導入することにより、クランク軸の軸受や旋回スクロールを冷却するものである。この場合、外部から導入した窒素ガスは、旋回スクロールの端板の連通孔から圧縮室内部に移動し、圧縮された反応性ガスと共に外部に排出される。このような構造により、ポンプ作動中に軸受周囲に存在する腐食性ガス等の反応性ガスを不活性ガスで置換ないし希釈化されるので、前述した冷却効果と相まって、軸受の耐久性向上につながり、同時に圧縮室内部の不純物等を排出することも可能となる。
【0005】
また、特許文献2、3に記載されたダブルラップ形式のスクロール形真空ポンプは、本出願人によるものである。すなわち、特許文献2に記載のスクロール形真空ポンプでは、窒素ガスを外部から駆動軸の内部に導入し、圧縮室内を通過した有害ガスを駆動軸内部で希釈し、さらにその下流側に設置した排出流体処理手段で無害化する構成である。これにより、駆動軸の摺動部分に漏洩した反応ガス、ならびに摺動部分から発生する微細な浮遊物も排出流体処理装置に送られ、同様に無害化処理されるので、可燃性、爆発性、毒性、腐食性等の反応性を有するガスが半導体製造ラインの環境内に漏洩することを防止できる。
【0006】
また、特許文献3に記載のスクロール形真空ポンプは、圧縮室の中心部付近に開口する導入孔をハウジング外面に設け、さらにこの導入孔の近くに逆止弁を設けることにより、ポンプの運転を停止した際に、圧縮室内に導入する窒素ガス等の不活性ガスが密閉容器内に流入しないように構成したものである。
【0007】
しかしながら、上記特許文献1〜3に記載の各スクロール形真空ポンプは、いずれも圧縮室の中心部付近から不活性ガスを導入する構造であるため、ハウジング外面の吸入孔から不活性ガスの導入孔までの部分については、不活性ガスによる希釈化の効果が得られにくく、また不活性ガスの消費量が多いなど、耐久性や運用コストなどの面で改善の余地が多分に残されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭63−105294号公報
【特許文献2】特開2001−298018号公報
【特許文献3】特開2001−304148号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明者らは、上記従来技術の問題点に鑑み、特に半導体製造工程等で使用される反応性の特殊ガスに適用可能なスクロール形真空ポンプについて鋭意検討を重ねた結果、本発明に想到したのである。すなわち、本発明では、反応性ガスによる影響を低減して耐久性を向上させるとともに、反応性ガスを希釈化するための不活性ガスの消費量も併せて低減可能なスクロール形真空ポンプの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るスクロール形真空ポンプでは、上記課題を解決するため、固定スクロールに設けた渦巻状の固定ラップと、旋回スクロールに設けた渦巻状の旋回ラップをハウジングの圧縮室内で相互に嵌入させるとともに、該旋回スクロールを圧縮室よりも径方向外方に配置した複数の自転防止機構部を介してハウジングに連係させ、固定スクロールに対して一定の偏心量で旋回させることにより、ハウジング外面の吸入孔から吸入した気体を、中心方向への移動に伴って圧縮して外部に排出させるスクロール形真空ポンプにおいて、前記吸入孔に連通する自転防止機構部の周囲に、外部から導入した不活性ガスの滞留部を設けた点に技術的な特徴がある。
【0011】
さらに、上記構成において、圧縮室の外側に配置された複数の自転防止機構部を連通する環状溝を滞留部とし、また外部から供給される不活性ガスの流入孔を当該環状溝に開設することも可能である。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るスクロール形真空ポンプでは、上記構成を採用したことにより、反応性ガスの吸引に適用した場合、以下のような効果が得られる。
(1)窒素ガス等の不活性ガスをハウジングの吸入孔に近い自転防止機構部付近から導入してそこに滞留させ、吸入孔から吸い込んだ反応性ガスとともに圧縮室内を移動させるので、反応性ガスが不活性ガスによって希釈化され、自転防止機構部のピンクランク軸用ベアリングや、それよりも内方に配置される、クランク軸用ベアリング、チップシール、軸シール、ポンプ部材等の各部品やグリス等の潤滑剤などを反応性ガスから効果的に保護することが可能となる。
(2)吸込孔付近で真空状態にあるピンクランク軸受の潤滑用グリスが、不活性ガスとの差圧により、ピンクランク軸受側に押し戻されることから、吸込側や圧縮室内等への拡散を防ぐことが可能となる。
(3)圧縮室の外側に配置された複数の自転防止機構部を連通する環状溝を滞留部とした場合には、ラビリンス効果により、環状溝での不活性ガスの滞留時間が延長され、不活性ガスの浪費を低減することができる。
(4)不活性ガスの流入孔を環状溝に開設すれば、吸入した反応性ガスと不活性ガスとが環状溝内で確実に混ざり合うので、その反応性がより希釈化されることになる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係るスクロール形真空ポンプの一例を示す一部縦断側面図である。
【図2】図1のA−A線断面図である。
【図3】(a)、(b)は、それぞれ図1の上部側と下部側の要部を拡大した断面図である。
【図4】図2において上部に配置された自転防止機構部付近の拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係るスクロール形真空ポンプは、ダブルラップ形式あるいはシングルラップ形式のいずれにも適用可能である。また、自転防止機構部については、ピンクランク式以外であってもよい。以下、図面に示した実施例により、本発明に係るスクロール形真空ポンプの好適な実施例を詳細に説明する。なお、この実施例により本発明が限定されるものではなく、本発明の技術思想内での種々の変更実施はもちろん可能である。
【0015】
図1は、本発明に係るスクロール形真空ポンプの一例として、ダブルラップ形式のものを示した一部縦断側面図である。すなわち、スクロール形真空ポンプの基本構造は、ハウジング1内で旋回スクロール2を一定の偏心量をもって旋回させることにより、ハウジング1の外周部から吸入した気体を、旋回スクロール2と固定スクロール3、4を組み合わせて形成した圧縮室5へ吸引させ、その中心方向を行くに従って圧縮した後、中心部より吐出させるようにしたものである。
【0016】
次に、個々の部材について、詳しく説明する。図1において、ハウジング1は、モータ側に位置する有底円筒状の筐体11と、その開口部側に配置される蓋体12とからなる。筐体11の上部には、外気をハウジング1内に吸入するための吸入孔11aが設けられるとともに、中央部には、圧縮室5内で圧縮された圧縮気体を吐出するための吐出孔11bがそれぞれ設けられている。
【0017】
上記ハウジング1を構成する筐体11および蓋体12は、それぞれ、圧縮室5の両側に対向して位置する固定側端板3a、4aを有し、それらの対向面、すなわち圧縮室5側を向く面には、それぞれ渦巻状の固定ラップ3b、4bが立設されて、固定スクロール3、4を形成している。
【0018】
一方、旋回スクロール2は、対向する筐体11の固定側端板3aと蓋体12の中間において、圧縮室5の軸線まわりに旋回しうるように設けられている。斯かる旋回スクロール2は、旋回側端板2aの両面に、前記固定スクロール3、4に対して180°ずれた関係で嵌入して噛み合う旋回ラップ2b、2bを立設したもので、ハウジング1の中心部にベアリング6a、6bを介して嵌設した駆動軸7の偏心軸部7aに、ベアリング6cを介して枢支されている。
【0019】
さらに、旋回スクロール2は、自転防止機構部として、互いに等間隔をもって同一円周上に配設された3個のピンクランク機構8を介してハウジング1の筐体11側に係止されている。そして、モータ9をもって駆動軸7を回転させると、圧縮室5内において、それに枢支されている旋回スクロール2は固定スクロール3、4と噛合したまま、一定の偏心量で旋回運動を行い、互いに噛み合う固定ラップ3b、4bと旋回ラップ2b、2bとの間の空間の径方向における間隔が変化する。これに伴い、吸入孔11aより吸入された外気は、圧縮室5の径方向の中心部に行くに従って加圧され、中心部付近に設けられた吐出孔11bから吐出させることにより、密閉容器内を減圧して、所望の真空度とするようになっている。
【0020】
次に、本発明の要部である不活性ガスの滞留部について、図2ないし図4も参照しながら詳しく説明する。
【0021】
すなわち、図1のA−A線断面である図2に示したように、3個のピンクランク機構8(8a、8b、8c)は、筐体11において、圧縮室5よりも径方向外方に周方向に等間隔で配置されている。さらに、旋回スクロール2の旋回側端板2aに対向する筐体11の端面には、これらピンクランク機構8a、8b、8cの周囲の空間を連通する環状溝11cが、圧縮室5の外側に隣接して同心円上に形成されている。
【0022】
図3(a)は、上部側に配置されたピンクランク機構8aを拡大して示したものである。ピンクランク機構8自体は、公知の機構であって、固定スクロール3が形成された筐体11と旋回スクロール2とが、互いの回転軸をずらした状態で連結する役割を担っている。また、蓋体12側には、ピンクランク機構8aに対向する凹部12aが形成され、この凹部12aはハウジング1の上部に設けられた吸入孔11aと連通している。さらに、この凹部12aは、旋回スクロール2を介在させた状態で筐体11側のピンクランク機構8aの周囲に存在する空間とも連通し、旋回スクロール2の下端部付近を拡大した図3(b)に示すように、環状溝11cが各ピンクランク機構8a、8b、8cを結びながら、圧縮室5を包囲している。
【0023】
図4は、吸入孔11aに近い上部のピンクランク機構8a付近の拡大断面図であり、環状溝11cには不活性ガスの流入孔11dが開口している。なお、流入孔11dは、筐体11に穿設された通路(図示せず)を介して外部に接続される不活性ガスの供給源(図示せず)とつながっている。流入孔11dの位置と数は、これに限定されることはないが、吸入孔11aに近い位置のほうが吸入したガスの希釈化により効果がある。
【0024】
次に、上記のように構成したスクロール形真空ポンプを反応性ガスに適用した場合の使用方法について、図1を中心に説明する。吸入孔11aから吸い込まれた反応性ガスは、ハウジング1内に入ったとき、初めに上部のピンクランク機構8aに到達する。このピンクランク機構8aの周囲の空間には、流入孔11dから導入された窒素ガス等の不活性ガスが充満し、環状溝11cを介して残りのピンクランク機構8b、8cにも充満した状態となっている。これにより反応性ガスは、圧縮室5内に流入する前に、まずピンクランク機構8aで十分に希釈され、環状溝11cを通過して圧縮室5内で圧縮され、中心部付近に設けられた吐出孔11bから吐出される。したがって、反応性ガスを吸い込んでもポンプ内の各部が腐食されにくくなり、ベアリング、チップシール、グリスなどの寿命も延びる。また、環状溝11cに充満した不活性ガスは、その形状に基づくラビリンス効果により、環状溝11cから抜けにくくなることから、不活性ガスの消費量が減少し、運転コストの低減につながる。さらに、吸入孔11a付近のピンクランク機構8aにおける軸受の潤滑用グリスを不活性ガスの差圧で軸受側に押し戻す効果があることから、ポンプ内への潤滑用グリスの拡散を防止し、これまで以上のクリーンな真空状態を実現できる。
【0025】
なお、上記実施形態では、ピンクランク機構付近にのみ不活性ガスの滞留部を設けた事例について説明したが、これに加え、例えばクランク軸部での不活性ガスの滞留部を設けることも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明のスクロール形真空ポンプによれば、ピンクランク軸等で構成される自転防止機構の接ガス部に不活性ガスの滞留部を設けたことにより、特殊ガスの吸込みに対応可能なスクロール形真空ポンプを提供することができる。
【符号の説明】
【0027】
1:ハウジング、2:旋回スクロール、2a:旋回側端板、2b:旋回ラップ、3:固定スクロール、3a:固定側端板、3b:固定ラップ、3c:固定スクロール、4:固定スクロール、4a:固定側端板、4b:固定ラップ、5:圧縮室、6a,6b,6c:ベアリング、7:駆動軸、7a:偏心軸部、8(8a、8b、8c):ピンクランク機構、9:モータ、11:筐体、11a:吸入孔、11b:吐出孔、11c:環状溝、11d:流入孔、12:蓋体


【特許請求の範囲】
【請求項1】
固定スクロールに設けた渦巻状の固定ラップと、旋回スクロールに設けた渦巻状の旋回ラップをハウジングの圧縮室内で相互に嵌入させるとともに、該旋回スクロールを圧縮室よりも径方向外方に配置した複数の自転防止機構部を介してハウジングに連係させ、固定スクロールに対して一定の偏心量で旋回させることにより、ハウジング外面の吸入孔から吸入した気体を、中心方向への移動に伴って圧縮して外部に排出させるスクロール形真空ポンプにおいて、前記吸入孔に連通する自転防止機構部の周囲に、外部から導入した不活性ガスの滞留部を設けたことを特徴とするスクロール形真空ポンプ。
【請求項2】
前記滞留部が、前記複数の自転防止機構部を連通する環状溝であることを特徴とする請求項1に記載のスクロール形真空ポンプ。
【請求項3】
前記環状溝に、不活性ガスの流入孔を開設したことを特徴とする請求項2に記載のスクロール形真空ポンプ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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