説明

スチールワイヤの製造方法

【課題】安定した品質のゴム物品補強用スチールワイヤを得ることができるスチールワイヤの製造方法を提供する。
【解決手段】湿式伸線によるスチールワイヤの製造方法において、伸線前にスチールワイヤ表面に樹脂被膜層を形成する。前記樹脂被膜層の形成に用いる樹脂材料のバルクでの硬度がロックウェル硬度Mスケールで40〜90の範囲であることが好ましく、また、前記樹脂被膜層の厚みが伸線前の元スチールワイヤの線径Dに対して、D/1000以上であることが好ましく、さらに、前記樹脂被膜層は熱可塑性樹脂よりなることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スチールワイヤ(以下、単に「ワイヤ」とも称する)の製造方法に関し、詳しくは、タイヤ等のゴム物品補強用として安定した品質を有するスチールワイヤの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スチールワイヤの製造方法としてはスリップ式湿式伸線方法が広く用いられており、スチールワイヤの最終伸線工程では、多段スリップ式伸線機による湿式伸線によりスチールワイヤが製造されている。この多段スリップ式伸線機中では、スチールワイヤはスリップ式キャプスタンにより発生した駆動力により引き抜かれるが、引き抜きに必要な駆動力を得るために、スチールワイヤはキャプスタン周上に一回以上巻きつけられている。ここで、キャプスタン−ワイヤ間の動摩擦係数をμ、ワイヤ面圧をp、ワイヤの接触面積をsとすると、スリップ式キャプスタンの駆動力FはF=f(μ,p,s)で表される。キャプスタンへのワイヤの巻き締まりが発生すると、ワイヤ面圧が上昇し、ワイヤ駆動力は上昇する。一方、キャプスタンへのスチールワイヤの巻きが緩むと、ワイヤ面圧が低下しワイヤ駆動力は低下する。上記二つの現象が短時間で交互に発生することで、キャプスタン上でのスチールワイヤのスティックスリップ現象が発生すると考えられている。このスティックスリップ現象によりスチールワイヤの張力が大きく変動する。また、あるキャプスタン上で発生した張力変動は隣接するキャプスタンに伝播し、さらに複雑で大きな張力変動となり伸線状態を不安定にしている。このような伸線中のスチールワイヤ張力の大きな変動はスチールワイヤの品質に大きな影響を与え、また、消費電力が増大するという問題も生じており、スチールワイヤの張力変動を抑えることは非常に重要である。
【0003】
これら課題を解決する手段として、特許文献1には、スチールワイヤの伸線中の振動を抑制することにより、長手方向のワイヤ品質のばらつきを低減する技術が開示されている。また、特許文献2には、バネ用ステンレス鋼線の表面に水分散したアミノ酸系化合物を塗布し、被膜層を形成することにより、スティックスリップ現象を緩和する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−103813号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献2】特開平6−198372号公報(特許請求の範囲等)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1の方法は伸線装置が複雑化してしまい、作業性の面で難があり、また、特許文献2のアミノ酸系化合物を塗布することにより被膜を形成する方法はゴム物品補強用スチールワイヤの製造工程に適用しても、ゴムとの接着性の面で十分な効果を得ることができるとはいい難く、いずれにしても新たな技術が望まれていた。
【0006】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解消して、タイヤ等のゴム物品補強用として安定した品質を有するスチールワイヤを作業性良く得ることができるスチールワイヤの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は上記課題を解決するために鋭意検討した結果、伸線中にワイヤ面圧が上昇したときの駆動力上昇を抑制し、スティックスリップ現象を緩和させるには、スチールワイヤとキャプスタンの面圧上昇時の動摩擦係数μを低下させることが有効であることを見出し、この知見に基づき、さらに鋭意検討した結果、スチールワイヤ表面に樹脂被膜層を形成することにより、上記目的を達成し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明のスチールワイヤの製造方法は、湿式伸線によるスチールワイヤの製造方法において、伸線前にスチールワイヤ表面に樹脂被膜層を形成することを特徴とするものである。
【0009】
本発明においては、前記樹脂被膜層の形成に用いる樹脂材料のバルクでの硬度がロックウェル硬度Mスケールで40〜90の範囲であることが好ましく、また、前記樹脂被膜層の厚みが伸線前の元スチールワイヤの線径Dに対して、D/1000以上であることが好ましく、さらに、前記樹脂被膜層は熱可塑性樹脂よりなることが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、上記構成としたことにより、安定した品質のゴム物品補強用スチールワイヤを得ることができるスチールワイヤの製造方法を提供することができる。また、樹脂被覆による張力変動の抑制のみならず、電力消費量についても十分に低下し、製造コストを削減することができるという効果も得られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】湿式伸線によるスチールワイヤの製造方法の概略図である。
【図2】スチールワイヤ表面に形成された樹脂被膜層の厚みの説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しつつ詳細に説明する。
本発明のスチールワイヤの製造方法は、安定した品質のゴム物品補強用スチールワイヤを得ることを目的とした、湿式伸線によるスチールワイヤの製造方法の改良に係るものである。
【0013】
図1は本発明に係る湿式伸線によるスチールワイヤの製造方法の一例の概略図である。図示例のスリップ型湿式伸線機では、機体1内に、ダイス群2および一対の多段駆動キャプスタン4が設けられている。線材としてスチールワイヤWが供給装置(図示せず)から機体1内へ供給されると、スチールワイヤWはダイス群2の各ダイス3から順に引き抜かれて、段階的に縮径される。その後、最終ダイス5から引き抜かれることにより、所望の仕上げ線径となり、スプール(図示せず)に巻き取られる。
【0014】
最終ダイス5からのスチールワイヤWの引き抜き、スプールへの巻き取りにあたって、最終ダイス5とスプールとの間には、キャプスタン7が設けられており、キャプスタン7も回転駆動される。なお、ダイス3(ダイス群2)、並びに、多段駆動キャプスタン4は潤滑液中に浸漬されている。
【0015】
また、機体1においては、最終ダイス5は仕切り壁6に設けられており、潤滑液除去治具としても機能し、スチールワイヤWに付着する潤滑液を除去している。これによりスチールワイヤWが最終ダイス5を通って潤滑液から大気へ引き上げられる際に潤滑液が液切りされる。最終ダイス5により、潤滑液がスチールワイヤ表面に残留することを防止し、ゴムとの接着安定性の低下を防止している。大気へ出たスチールワイヤは、キャプスタン7を経てスプールに巻取られる。
【0016】
前述したとおり、スチールワイヤWは多段駆動キャプスタン4の各々のキャプスタンに一回以上巻きつけられているため、スチールワイヤWの張力変化により各キャプスタンへのワイヤ面圧が変化する。また、あるキャプスタン上で発生したスチールワイヤWの張力変動は隣接するキャプスタンに伝播し、さらに大きく、複雑な張力変動となり伸線状態を不安定にしている。そこで、本発明においては、伸線前にスチールワイヤWの表面に樹脂被膜層を形成することが重要である。この樹脂被膜層がスチールワイヤWの巻き締まり時に塑性流動的なズリを生じ、その結果、各キャプスタンとスチールワイヤWとの間の動摩擦係数μが低下し、ワイヤ駆動力の急激な上昇を抑制することが可能となる。上記効果により、伸線工程中でのスチールワイヤWの張力の変動を低減することが可能となり、安定した品質のスチールワイヤを得ることができる。また、スチールワイヤに樹脂被膜を形成することにより、ダイスの抗力が低下する。これにより、伸線工程における消費電力を低減させることができ、製造コスト削減という効果も得ることができる。
【0017】
本発明においては、樹脂被膜層の形成に用いる樹脂材料のバルクでの硬度がロックウェル硬度Mスケールで40〜90の範囲であることが好ましい。ロックウェル硬度を上記範囲内とすることで、樹脂被膜の塑性流動的なズリを容易に生じさせることができるようになる。その結果、スチールワイヤWの張力の変動を効果的に抑えることができ、本発明の効果を良好なものとすることができる。
【0018】
また、樹脂被膜の塑性流動的なズリが発生することにより、キャプスタン駆動力のスチールワイヤWへの伝播も低減することができるという効果も有しているため、スチールワイヤWの張力の変動を抑えることが可能となる。上記効果を良好に得るためには、樹脂被膜層の厚みTを伸線前の元スチールワイヤの線径D(mm)に対して、D/1000(mm)以上とすることが好ましい(図2参照)。
【0019】
本発明においては、樹脂被膜材質は特に制限されるものではないが、熱可塑性樹脂を用いることが好ましい。本発明に良好に用いることができる熱可塑性樹脂としては、高密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリビニルアルコール、ポリアセタール等を挙げることができる。なお、被膜層形成に用いられる樹脂中に他成分を混合させても、樹脂被膜層の硬度をロックウェル硬度Mスケールにて40〜90の範囲であれば、本発明の効果を妨げることはないため、所望により、樹脂に各種配合剤を添加してもよい。
【0020】
次に、本発明における被膜の形成方法について説明する。
本発明においては、スチールワイヤ表面に樹脂被膜層を形成する方法は特に制限されず、いかなる方法を用いてもよい。例えば、熱溶融させた樹脂中にスチールワイヤを通すことによりコーティングする方法や、溶剤中に被膜成分を溶かした溶液を塗布した後乾燥させる方法、伸線機と連続した塗布、乾燥ラインを設けて走行中にコーティングする方法等を挙げることができる。
【0021】
本発明のスチールワイヤの製造方法は、伸線前にスチールワイヤ表面に樹脂被膜層を形成することが重要であり、それ以外は常法に従い適宜設定、実施することができ、特に制限されるものではない。また、本発明のスチールワイヤの製造方法に用いるスチールワイヤのワイヤ径や材質等についても、特に制限されるものではなく、公知のものであればいずれも使用可能である。
【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例を用いてより詳細に説明する。
(実施例1〜5,比較例)
80C鋼を用い、これに下記の表1に示す条件下で各被膜成分を溶剤に溶解させた溶液を塗布することにより所定の膜厚を有する被膜層を形成した。その後、伸線速度を、最終段を除く各段の伸線パスの平均スリップ速度を5〜80m/minに設定して伸線加工を施すことにより、各供試スチールワイヤをそれぞれ作製した。
【0023】
伸線加工に際し、スチールワイヤの張力を測定して伸線加工中における張力変動幅を算出した。張力変動幅が±10%内であれば○、±10%を△、±10%外を×として評価した。実施例で用いた被膜層材質、被膜層硬度、被膜層厚、ワイヤ径等の諸条件および張力変動幅の評価を下記の表1に示す。なお、被膜硬度および元ワイヤ硬度は、それぞれロックウェル硬度(Mスケール)およびビッカース硬度による値である。また、実機にセンサーを設置し、全21個のダイスのうち伸線工程の最上流部のダイスから3個目のダイスまでのダイス抗力を測定した。これらの平均値を求め、得られた結果を、従来例を100とした指数で同表に併記した。数値が小なるほど結果が良好である。さらに、伸線工程における消費電力を測定し、得られた結果を、従来例を100とした指数で同表に併記した。数値が小なるほど結果が良好である。
【0024】
(従来例)
従来例として、80C鋼を用い、被膜層を形成しなかったこと以外は実施例と同様の手順で張力変動幅、ダイス抗力および消費電力を算出した。結果を表1に併記する。
【0025】
【表1】

※1 旭化成ケミカルズ(株)社製:サンファイン
※2 旭化成ケミカルズ(株)社製:PSSポリスチレン
【0026】
以上の結果より、本発明のスチールワイヤの製造方法を適用することにより、伸線工程におけるスチールワイヤの張力変動を抑制することができることが確認され、安定した品質のゴム物品補強用スチールワイヤを得ることが可能となった。また、ダイス抗力が低下し、消費電力も低下していることがわかる。
【符号の説明】
【0027】
1 機体
2 ダイス群
3 ダイス
4 多段駆動キャプスタン
5 最終ダイス
6 仕切り壁
7 キャプスタン
8 樹脂被膜層
9 本発明のスチールワイヤ
W スチールワイヤ
D スチールワイヤ径
T 樹脂被膜層厚み

【特許請求の範囲】
【請求項1】
湿式伸線によるスチールワイヤの製造方法において、伸線前にスチールワイヤ表面に樹脂被膜層を形成することを特徴とするスチールワイヤの製造方法。
【請求項2】
前記樹脂被膜層の形成に用いる樹脂材料のバルクでの硬度がロックウェル硬度Mスケールで40〜90の範囲である請求項1記載のスチールワイヤの製造方法。
【請求項3】
前記樹脂被膜層の厚みが伸線前の元スチールワイヤの線径Dに対して、D/1000以上である請求項1または2記載のスチールワイヤの製造方法。
【請求項4】
前記樹脂被膜層が熱可塑性樹脂よりなる請求項1〜3のうちいずれか一項記載のスチールワイヤの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−46712(P2010−46712A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−125633(P2009−125633)
【出願日】平成21年5月25日(2009.5.25)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】