説明

スチール用潤滑剤組成物およびそれを用いたゴム物品補強用スチールコードの製造方法

【課題】高強度鋼線の湿式伸線工程を改良することにより、従来よりも断線し難い優れた延性を有し、かつ、撚線等の加工を加えても延性の低下が少ないゴム物品補強用スチールコードが得られるスチール用潤滑剤組成物およびそれを用いたゴム物品補強用スチールコードの製造方法を提供する。
【解決手段】スチールワイヤの湿式伸線工程に用いられるスチール用潤滑剤組成物である。(A)有機亜鉛化合物と、(B)芳香族基を少なくとも1つ含むリン化合物と、を含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はスチール用潤滑剤組成物およびそれを用いたゴム物品補強用スチールコードの製造方法(以下、単に「潤滑剤組成物」、「コード」および「製造方法」とも称する)に関し、詳しくは、タイヤの補強用として好適なゴム物品補強用スチールコード製造時の湿式伸線工程に用いられるスチール用潤滑剤組成物、および、それを用いたゴム物品補強用スチールコードの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、ブラスめっきされたゴム物品補強用スチールコードを、スリップ型多段式伸線機と、湿式潤滑剤を用いて湿式伸線する場合には、リン酸エステルの亜鉛錯体等を極圧皮膜として利用することにより、伸線時のダイス−ワイヤ間の摩擦を低減して、ダイスやワイヤの損傷を抑制している。このことが、スチールコードを高い生産性で製造することに非常に大きな役割を果たしている。
【0003】
ところが、高強度鋼線を製造するための伸線加工においては、加工される鋼線材の変形抵抗が高いために加工に伴う発熱が大きくなり、時効硬化による鋼線の劣化や、ダイス摩耗の促進等の問題が発生し易いという問題があった。
【0004】
加工用潤滑剤に関する改良技術としては、例えば、特許文献1に、鉱油および/または合成油を基油とし、所定のジチオリン酸亜鉛化合物を所定量含有する塑性加工用潤滑油組成物が開示されており、特許文献2には、潤滑油基油と、所定のジウレア化合物と、有機モリブデン化合物とを、所定比率で含有するグリース組成物が開示されている。
【0005】
また、特許文献3には、潤滑油粘度の鉱油および/または合成油からなる基油に、a)アルケニルもしくはアルキルコハク酸イミドあるいはその誘導体である無灰性分散剤、b)金属含有清浄剤、c)ジアルキルジチオリン酸亜鉛、d)リン酸エステル、チオリン酸エステル、ジチオリン酸エステル、および亜リン酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種のリン含有エステル、および、e)フェノール化合物、アミン化合物およびモリブデン化合物からなる群より選ばれる少なくとも一種の酸化防止剤を、所定比率で含有する潤滑油組成物が開示されている。さらに、特許文献4には、特定の潤滑油基油と、極圧添加剤および固体潤滑剤からなる群から選択される1種以上とを含有する潤滑油組成物が開示されている。
【特許文献1】特開平10−245579号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献2】特開2003−321692号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献3】特開2003−336089号公報(特許請求の範囲、[0041]等)
【特許文献4】特開2007−77312号公報(特許請求の範囲等)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように、高強度鋼線の湿式伸線加工においては、種々の問題があり、さらなる改良が求められていた。
【0007】
この点、伸線加工時に用いる湿式潤滑剤に関して、潤滑剤成分としての芳香族基を含むリン(P)化合物は、優れた耐熱性と難熱性を有することから、極圧性が極めて高く、潤滑性にも優れていることが知られている。しかしながら、これまでスチールコード生産に際しては、ほとんど使用されていなかった。また一方、ジアルキルジチオリン酸亜鉛を添加した湿式潤滑剤を使用してブラスめっきしたスチールワイヤの伸線を行ったところ、高強度鋼材において高い延性値を得られることが明らかとなった。しかしながら、ジアルキルジチオリン酸亜鉛のみを添加した湿式潤滑剤を使用して伸線を行うと、伸線したスチールワイヤ表面の均一性の問題が生じるため、さらなる改良の余地があった。
【0008】
そこで本発明の目的は、上記問題を改良して、高強度鋼線の湿式伸線に際し、従来よりも断線し難い優れた延性を有し、かつ、撚線等の加工を加えても延性の低下が少ないゴム物品補強用スチールコードが得られるスチール用潤滑剤組成物、および、それを用いたゴム物品補強用スチールコードの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、スチールワイヤの湿式伸線工程に用いる潤滑剤組成物として、有機亜鉛化合物と、芳香族基を少なくとも1つ含むP化合物とを含有するものを用いることにより、従来よりも高強度でかつ延性に優れたゴム物品補強用スチールコードが得られることを見出して、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明のスチール用潤滑剤組成物は、スチールワイヤの湿式伸線工程に用いられるスチール用潤滑剤組成物において、
(A)有機亜鉛化合物と、(B)芳香族基を少なくとも1つ含むリン化合物と、を含有することを特徴とするものである。
【0011】
本発明の潤滑剤組成物においては、前記(A)有機亜鉛化合物が、炭素数4〜12のアルキル基またはアリール基を有するジチオカルバミン酸亜鉛およびジチオリン酸亜鉛からなる群から選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。また、本発明の潤滑剤組成物は、好適には、(C)直鎖状ノニオン界面活性剤を含有する。さらに、本発明においては、前記(A)有機亜鉛化合物および(B)リン化合物の総量が、0.03〜3.0質量%の範囲内であることが好ましい。
【0012】
また、本発明のゴム物品補強用スチールコードの製造方法は、上記本発明のスチール用潤滑剤組成物を用いて、ブラスめっきされたスチールワイヤを湿式伸線する工程を含むことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、上記構成としたことにより、従来よりも断線し難い優れた延性を有し、かつ、撚線等の加工を加えても延性の低下が少ないゴム物品補強用スチールコードが得られるスチール用潤滑剤組成物、および、それを用いたゴム物品補強用スチールコードの製造方法を実現することが可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の好適実施形態について、詳細に説明する。
本発明のスチール用潤滑剤組成物は、スチールワイヤの湿式伸線工程に用いられるものであって、(A)有機亜鉛化合物と、(B)芳香族基を少なくとも1つ含むリン化合物と、を同時に含有する点に特徴を有する。
【0015】
上記(A)有機亜鉛化合物および(B)芳香族基を少なくとも1つ含むリン化合物を同時に含有するものとしたことで、本発明の潤滑剤組成物をスチールワイヤの湿式伸線工程に用いた際には、これら(A)成分および(B)成分の相乗効果により、ダイス−ワイヤ間に強固な潤滑皮膜が形成されて、発熱を抑制するとともに摩擦を低減する効果を得ることができる。
【0016】
(A)有機亜鉛化合物としては、具体的には、炭素数4〜12のアルキル基またはアリール基を有するジチオカルバミン酸亜鉛およびジチオリン酸亜鉛を好適に用いることができる。より好適には、炭素数4〜12のジアルキルジチオリン酸亜鉛を用いる。
【0017】
(B)芳香族基を少なくとも1つ含むリン化合物としては、モノ−,ジ−,トリ−クレジルホスファイト、モノ−,ジ−,トリ−クレジルホスフェート、モノ−,ジ−,トリ−フェニルホスファイト、モノ−,ジ−,トリ−フェニルホスフェート等が挙げられる。
【0018】
本発明の潤滑剤組成物においては、上記(A)成分および(B)成分の総量が、0.03〜3.0質量%の範囲内であることが好ましい。(A)成分および(B)成分の総量が少なすぎると潤滑性能向上の効果に乏しく、多すぎると液安定性に問題があり、いずれも好ましくない。また、これら(A)成分と(B)成分との配合比率は、質量比で1:2〜2:1であることが好ましく、より好ましくは同比率とする。
【0019】
また、本発明の潤滑剤組成物は、上記(A)成分および(B)成分に加えて、(C)直鎖状ノニオン界面活性剤を含有することが好ましい。上記(A)成分および(B)成分を潤滑剤組成物中に分散させる際には、界面活性剤の配合が重要となる。(C)直鎖状ノニオン界面活性剤としては、具体的には例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルエステル等が挙げられる。上記(A)成分および(B)成分と(C)成分との配合比率は、質量比で2:8〜5:5であることが好ましい。
【0020】
本発明の潤滑剤組成物においては、上記(A)成分および(B)成分を含有させることのみが重要であり、それ以外の構成成分については、従来湿式伸線に使用されている潤滑剤組成物と同様のものを適宜用いることができ、特に制限されるものではない。例えば、鉱物油、リン酸、リン酸エステル、脂肪酸、アミン、界面活性剤、防錆剤、防腐剤等が挙げられる。
【0021】
また、本発明のゴム物品補強用スチールコードの製造方法は、上記本発明のスチール用潤滑剤組成物を用いて、ブラスめっきしたスチールワイヤを湿式伸線する工程を含むものであればよく、それ以外の製造の各工程や適用されるコード種等については、特に制限されるものではない。湿式伸線工程についても、ブラスめっきスチールワイヤの湿式伸線において通常使用される伸線機を用いて、常法に従い湿式伸線を行うものであればよく、伸線条件等に特に制限はない。
【0022】
伸線処理されたスチールワイヤは、モノフィラメントコードとして、または、複数本にて撚り合せてなる撚りコードとして、用いることができる。なお、撚りコードとする場合には、本発明の製造方法を適用したスチールワイヤと、適用しないスチールワイヤとを混合して用いてもよい。
【実施例】
【0023】
以下、本発明を、実施例を用いてより詳細に説明する。
直径約5.5mmの高炭素鋼線からなるスチールワイヤに、直径が約1.6mmとなるまで繰り返し乾式伸線を施した後、パテンティング処理、および、ブラスめっき処理を実施して準備した線材に対し、直径が約0.20mmとなるまで、図1に示す多段スリップ型湿式伸線機において湿式伸線を行った。なお、図中、左側が巻き出し部、右側が巻き取り部であり、符号1はスチールワイヤ、2は駆動キャプスタン、3はダイス、4は最終ダイス、10は潤滑液槽をそれぞれ示す。湿式潤滑剤としては、下記表1中に示すように添加成分を変えた潤滑剤組成物を用いた。
【0024】
各実施例および比較例の潤滑剤組成物を用いて伸線処理された線材について、延性を表す繰返し捻り試験値の測定を行った結果を、下記表1中に併せて示す。撚り線時には素線に対し捻り入力があり、これにより断線が生ずるが、撚り線時の断線は大きく生産性を低下させる。したがって繰返し捻り試験を行うことで、スチールワイヤの撚り生産性を評価することができる。試験値の測定結果は、比較例1を100とした指数にて表示した。数値が大なるほど延性が高く、良好であるといえる。
【0025】
【表1】

*1)直鎖状ノニオン界面活性剤:POE−アルキルエーテル
【0026】
上記表1の結果から、添加成分ゼロの比較例1の線材の延性値を100とした場合、ジアルキルジチオリン酸亜鉛およびトリクレジルホスファイトを添加した各実施例では、いずれも延性値が向上していることがわかる。特に、ジアルキルジチオリン酸亜鉛およびトリクレジルホスファイトの総添加量が0.03質量%以上になると、延性値が明らかに向上している。一方、ジアルキルジチオリン酸亜鉛およびトリクレジルホスファイトの総添加量が3.0質量%を超えても、それ以上延性値の改善は見られない。これらのことから、潤滑剤組成物中には、総量で0.03質量%以上のジアルキルジチオリン酸亜鉛およびトリクレジルホスファイトを添加することが好ましく、かつ、コスト低減の観点からは、添加量の上限は3.0質量%であることがわかる。
【0027】
また、下記表2,3中に示すように添加成分を変えた潤滑剤組成物を用いて伸線処理された線材について、上記と同様に繰返し捻り試験値の測定を行った。なお、下記表中の界面活性剤としては、上記表1中と同様の直鎖状ノニオン界面活性剤(POE−アルキルエーテル)を用いた。その結果を、下記表2,3中に併せて示す。下記表中の測定結果は、比較例2を100とした指数にて表示した。数値が大なるほど延性が高く、良好であるといえる。
【0028】
【表2】

【0029】
【表3】

【0030】
上記表中に示すように、トリクレジルホスファイトのみを添加した場合(比較例2)には、界面活性剤と併用しても、無添加の場合の比較例5に比して繰返し捻り試験値は向上しない。これに対し、実施例9〜16に示すようにジアルキルジチオリン酸亜鉛とトリクレジルホスファイトとを併用して、さらに界面活性剤を用いた場合には、ジアルキルジチオリン酸亜鉛のみを添加した場合(比較例3,4)と比較しても、繰返し捻り試験値が向上していることがわかる。
【0031】
以上のように、スチールワイヤを湿式伸線するに際し、伸線工程に使用する潤滑剤組成物として、有機亜鉛化合物と芳香族基を少なくとも1つ含むリン化合物とを添加したものを用いることで、高強度鋼材において高い延性値を得ることが可能となり、ダイス寿命および高速化にも効果があることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】実施例で用いた多段スリップ型湿式伸線機を示す概略図である。
【符号の説明】
【0033】
1 スチールワイヤ
2 駆動キャプスタン
3 ダイス
4 最終ダイス
10 潤滑液槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スチールワイヤの湿式伸線工程に用いられるスチール用潤滑剤組成物において、
(A)有機亜鉛化合物と、(B)芳香族基を少なくとも1つ含むリン化合物と、を含有することを特徴とするスチール用潤滑剤組成物。
【請求項2】
前記(A)有機亜鉛化合物が、炭素数4〜12のアルキル基またはアリール基を有するジチオカルバミン酸亜鉛およびジチオリン酸亜鉛からなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項1記載のスチール用潤滑剤組成物。
【請求項3】
(C)直鎖状ノニオン界面活性剤を含有する請求項1または2記載のスチール用潤滑剤組成物。
【請求項4】
前記(A)有機亜鉛化合物および(B)リン化合物の総量が、0.03〜3.0質量%の範囲内である請求項1〜3のうちいずれか一項記載のスチール用潤滑剤組成物。
【請求項5】
請求項1〜4のうちいずれか一項記載のスチール用潤滑剤組成物を用いて、ブラスめっきされたスチールワイヤを湿式伸線する工程を含むことを特徴とするゴム物品補強用スチールコードの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−298958(P2009−298958A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−156492(P2008−156492)
【出願日】平成20年6月16日(2008.6.16)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】