説明

ステロール類の製造方法

【課題】特別な装置を使用せずに簡単な操作で、かつ廃棄物の発生を抑制したステロール類の製造方法を提供することである。
【解決手段】トールピッチからステロール類を製造する方法であって、(I)トールピッチを非極性溶剤に溶解した溶液を無機系吸着剤が充填された第1の吸着カラムに通液させ、前記極性物質を無機系吸着剤に吸着除去する工程、(II)前記極性物質を除去したトールピッチに低級アルコールを添加しトールピッチに含まれるステロールエステルを触媒の存在下で反応させ、極性物質であるステロール類を遊離させる工程、(III)前記低級アルコールを留去した後、遊離したステロール類を非極性溶剤に加え、これを無機系吸着剤が充填された第2の吸着カラムに通液させ、遊離したステロール類を無機系吸着剤に吸着させる工程、(IV)極性溶剤で記無機系吸着剤からステロール類を溶出させる工程を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トールピッチに含有され、医薬品、食品、飼料、化粧品、その他の工業原料として有用なステロール類の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
粗トール油は、松材を代表とする針葉樹を原料とし、クラフト法により製紙用パルプを製造する際に排出される黒液を酸分解して得られる工業原料である。粗トール油には、脂肪酸および樹脂酸と、ステロイド、ジテルペン、トリテルペン、ワックスアルコール、プレノール、ポリフェノール、スチルベンなどの中性物質と、黒色液状の高分子物質(いわゆる黒色物質)とが含まれている。さらに、粗トール油には、医薬品等に有用なステロール類(遊離および脂肪酸または樹脂酸エステル)が含まれている。ステロール類は、ステロイド系アルコール化合物であり、針葉樹を原料とした粗トール油に特有のステロール類としては、例えばβ−シトステロールとスチグマスタノール等が挙げられる。
【0003】
粗トール油を精留に付すと、トール脂肪酸(以下、「脂肪酸」という)およびトールロジン(以下、「樹脂酸」という)が得られるが、その残留分として高沸点のトールピッチが得られる。また、この精留において、粗トール油に含まれるステロール類は、トールピッチ同様に高沸点なのでトールピッチに蓄積されるが、精留時に高温に曝されているので、エステル化されて大半はステロールエステルとしてトールピッチ中に存在する。
【0004】
トールピッチ中のステロール類を得る方法として、従来から種々の方法が提案されている。そして、それらは、特定の組成範囲の溶剤を用いてトール油ピッチおよび石けんからステロール類を抽出する方法(特許文献1〜6)と、真空蒸留によりステロール類を分離する方法(特許文献7〜10)と、特定の化学種とステロールの反応により分離する方法(特許文献11)とに分類される。
【0005】
具体的には、特許文献1には、粗トール油スキミング石けんからステロールを抽出するためのヘキサン抽出方法が記載されている。特許文献2には、粗トール油石けんからステロール類を抽出する溶剤としてヘキサン、アセトン、メタノールおよび水からなる混合溶剤を使用する抽出方法が記載されている。特許文献3には、粗トール油石けんからステロール類を抽出する溶剤が水、ケトン、炭化水素を含み、アルコールを含まない混合溶剤を使用する抽出方法が記載されている。特許文献4には、ピッチ中の脂肪酸および樹脂酸をケン化するアルカリ量とステロールエステルを加水分解するためのアルカリ量とを規定し、得られた有機層に熱水を加えた後に冷却することでステロールを沈殿分離させる精製方法が記載されている。特許文献5には、水/アルコール/炭化水素系混合溶剤でトールピッチよりステロール類混合物を抽出し、ケン化および精製工程によりステロールを調整する精製方法が記載されている。特許文献6には、トール油中性成分にメタノールなどの溶媒をその沸点以上の温度で接触させてステロール類を抽出する精製方法が記載されている。
【0006】
特許文献7には、粗トール油をアルカリで中和し、2段階のショートパス蒸留器で蒸留することで石けんおよび中性物質を含まない残留物を回収する精製方法が記載されている。特許文献8には、ピッチをアルカリ金属と低級アルコールを用いてケン化し、混合物から薄膜蒸発器により水、アルコールおよび低沸成分を除去した後、薄膜蒸留器の底部フラクションから第二の薄膜蒸留器でステロール類を含む不ケン化物を軽留分として回収する精製方法が記載されている。特許文献9には、トール油スキミング石けんをアルカリケン化してステロールまたは他のアルコールと脂肪酸または樹脂酸のエステルを加水分解させて得られるケン化生成物を複数回薄膜蒸留器で処理することで、低沸成分および高沸成分を除去する精製方法が記載されている。特許文献10には、トールピッチ中の遊離脂肪酸および樹脂酸をアルカリ金属で中和除去して不ケン化物を分離し、これを数回蒸留することによりステロール類およびフィトスタノールを精製する方法が記載されている。
【0007】
特許文献11には、木材および植物より抽出されたステロール類を含む炭化水素混合物に対して特定の金属塩を接触させることで、ステロール類/金属塩を形成させ、炭化水素混合液から分離させる精製方法が記載されている。
【0008】
しかしながら、上記特許文献1〜11のいずれの方法においても、蒸留装置自体が大型化し付属設備が重厚になる問題や、プロセス操作の煩雑さ、ならびに廃棄物が発生するという問題がある。すなわち、ステロール類はその沸点が非常に高いため(約200℃以上/133Pa)、真空蒸留においてステロール類を軽質成分として留去させるには高温を必要とし、この際、加熱による脱水反応などの劣化を防ぐには、高い真空度を達成すること、あるいは蒸発速度を速めることなどの対策が必要となる。その結果、蒸留装置自体が大型化し付属設備も重厚になる。
【0009】
また、トールピッチより中性成分を抽出する精製工程において、トールピッチに含有される脂肪酸および樹脂酸をアルカリ金属塩で中和して除去する際、あるいはステロールエステルを加水分解する際に水溶性の有機金属塩が発生する。これら水溶性有機金属塩は強酸により還酸することで有機物として回収されるが、これを工業原料として利用することは困難であり、事実上回収する価値はない。したがって、有機金属塩水溶液を廃棄物として処理する必要が生じ、相応の処理コストが発生する。さらに、トールピッチ中性成分よりステロール類を溶剤で抽出する工程においては、種々の溶剤が混合使用され、抽出操作が数段階に及ぶなど、プロセスとして煩雑となっている。
【0010】
【特許文献1】米国特許第4,044,031号明細書
【特許文献2】米国特許第3,965,085号明細書
【特許文献3】米国特許第5,770,749号明細書
【特許文献4】米国特許第2,715,638号明細書
【特許文献5】米国特許第3,840,570号明細書
【特許文献6】特開平11−228593号公報
【特許文献7】米国特許第6,297,353号明細書
【特許文献8】米国特許第3,887,537号明細書
【特許文献9】米国特許第4,076,700号明細書
【特許文献10】特表2005−516069号公報
【特許文献11】特表2002−543088号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は、特別な装置を使用せずに簡単な操作で、かつ廃棄物の発生を抑制したステロール類の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、トールピッチに含まれるステロールエステルと、遊離のステロール類との極性の違いに着目し、この極性を利用する場合には、特別な装置を使用せずに簡単な操作で、かつ廃棄物の発生を抑制してステロール類を製造することができるという新たな事実を見出した。
【0013】
すなわち、本発明のステロール類の製造方法は、以下の構成からなる。
(1)トールピッチからステロール類を製造する方法であって、(I)トールピッチを非極性溶剤に溶解し、この溶液を無機系吸着剤が充填された第1の吸着カラムに通液させることによって、トールピッチに含まれる極性物質を無機系吸着剤に吸着させて除去する工程と、(II)前記極性物質を除去したトールピッチに低級アルコールを添加してトールピッチに含まれるステロールエステルを触媒の存在下で反応させ、極性物質であるステロール類を遊離させる工程と、(III)前記低級アルコールを留去した後、遊離したステロール類を非極性溶剤に加え、これを無機系吸着剤が充填された第2の吸着カラムに通液させることによって、遊離したステロール類を無機系吸着剤に吸着させる工程と、(IV)前記第2の吸着カラムに極性溶剤を通液させることによって、前記無機系吸着剤からステロール類を溶出させてステロール類を得る工程とを含むことを特徴とするステロール類の製造方法。
【0014】
(2)前記(I)の工程において、トールピッチを非極性溶剤に溶解する工程は、該トールピッチに非極性溶剤をトールピッチ総量に対して100質量部以上の割合で添加して溶解する工程であり、さらに該非極性溶剤に不溶な物質を濾過して除去する工程を含む前記(1)記載のステロール類の製造方法。
(3)前記(I)の工程は、トールピッチを無機系吸着剤総量に対して50質量部以下の割合で、かつ0.01〜1.00ml/cm2・分の溶出速度で通液させる工程である前記(1)または(2)記載のステロール類の製造方法。
(4)前記(II)の工程における触媒が、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物である前記(1)〜(3)のいずれかに記載のステロール類の製造方法。
(5)前記(II)の工程における触媒が、固体触媒である前記(1)〜(3)のいずれかに記載のステロール類の製造方法。
【0015】
(6)前記(III)の工程は、前記低級アルコールを留去した遊離したステロール類を含む固形分を無機系吸着剤総量に対して60質量部以下の割合で、かつ0.01〜1.00ml/cm2・分の溶出速度で通液させる工程である前記(1)〜(5)のいずれかに記載のステロール類の製造方法。
(7)前記(IV)の工程は、極性溶剤を0.01〜1.00ml/cm2・分の溶出速度で通液させる工程である前記(1)〜(6)のいずれかに記載のステロール類の製造方法。
(8)前記無機系吸着剤は、活性炭、ゼオライト、活性アルミナ、活性白土およびシリカゲルからなる群より選ばれる少なくとも1種である前記(1)〜(7)のいずれかに記載のステロール類の製造方法。
(9)前記(IV)の工程の後、得られたステロール類を晶析する前記(1)〜(8)のいずれかに記載のステロール類の製造方法。
(10)前記(IV)の工程において、得られるステロール類が、β−シトステロールおよびスチグマスタノールの少なくともいずれか一方である前記(1)〜(9)のいずれかに記載のステロール類の製造方法。
【0016】
(11)トールピッチからステロール類を製造する方法であって、(I)トールピッチを非極性溶剤に溶解し、トールピッチに含まれる極性物質を無機系吸着剤に吸着させて除去する工程と、(II)前記極性物質を除去したトールピッチに低級アルコールを添加してトールピッチに含まれるステロールエステルを触媒の存在下で反応させ、極性物質であるステロール類を遊離させる工程と、(III)前記低級アルコールを留去した後、遊離したステロール類を非極性溶剤に加え、遊離したステロール類を無機系吸着剤に吸着させる工程と、(IV)極性溶剤で前記無機系吸着剤からステロール類を分離させてステロール類を得る工程とを含むことを特徴とするステロール類の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、極性物質を所定の方法で除去したトールピッチに含まれるステロールエステルを触媒の存在下で反応させ、極性物質であるステロール類を遊離させると共に、この遊離したステロール類を無機系吸着剤に吸着させた後、極性溶剤で該無機系吸着剤からステロール類を分離する。すなわち、ステロールエステルと遊離したステロール類との極性の違いを利用しているので、特別な装置を使用せずに簡単な操作で、ステロール類を製造することができるという効果がある。しかも、ステロールエステルを触媒の存在下で反応させてステロール類を遊離させる工程において、水を使用すると加水分解が生じるので廃棄物が発生するが、本発明では低級アルコールを使用するので、加水分解が生じることによる廃棄物の発生を抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明のステロール類の製造方法は、トールピッチからステロール類を製造する方法であり、所定の工程を含んでいる。以下、本発明にかかるステロール類の製造方法の一実施形態について図面を参照して詳細に説明する。図1は、本実施形態のステロール類の製造方法を説明するための概略フローチャートである。
【0019】
<(I)の工程>
図1に示すように、(I)の工程として、まず、トールピッチを非極性溶剤に溶解する。トールピッチは、粗トール油を精留に付した際の残留分として得られるものであり、具体的には、粗トール油を蒸留精製して脂肪酸および樹脂酸を製造した際に、蒸留塔の底部留出分として得られる。トールピッチは、酸価(中和価)が40程度であり、ステロールエステルの他、脂肪酸、樹脂酸およびいわゆる黒色物質等の極性化合物も含んでいる。なお、粗トール油に含まれる脂肪酸および樹脂酸を真空蒸留により分離し、それぞれを工業原料に利用する分野はネーバルストアーズと呼ばれる。
【0020】
トールピッチを溶解するための前記非極性溶剤は、トールピッチに含まれている極性化合物(脂肪酸・樹脂酸・黒色物質等)を後述する無機系吸着剤に吸着させて除去するための溶媒であり、例えばヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン等の炭素数4〜10程度の飽和炭化水素溶剤が挙げられる。
【0021】
トールピッチを非極性溶剤に溶解する工程は、トールピッチに非極性溶剤をトールピッチ総量に対して100質量部以上、好ましくは100〜1100質量部の割合で添加して溶解するのが好ましい。これにより、非極性溶剤に不溶な物質(無機塩類、高極性物質など)を濾過などにより除去することができる。これに対し、非極性溶剤が100質量部より少ないと、非極性溶剤に不溶な物質が析出しにくくなり、次工程において無機系吸着剤に付着して吸着効果を阻害することになる。また、非極性溶剤が1100質量部を超えると、必要以上に非極性溶剤を添加することになるので、溶液処理が煩雑になり好ましくない。
【0022】
上記のようにしてトールピッチを非極性溶剤に溶解した後、さらに非極性溶剤に不溶な物質を濾過して除去するのが好ましい。これにより、これ以降の工程の作業性や得られるステロール類の収率が向上する。なお、濾過方法は、前記不溶物質を除去することができる方法であればよく、特に限定されるものではない。
【0023】
ついで、トールピッチに含まれる前記極性物質を無機系吸着剤に吸着させて除去する。前記無機系吸着剤としては、極性物質を吸着することができる無機系吸着剤であればよく、特に限定されるものではないが、本実施形態では、活性炭、ゼオライト、活性アルミナ、活性白土およびシリカゲルからなる群より選ばれる少なくとも1種であるのが好ましく、特に、ステロール類に対する分離性能および収率の上で、多孔質なシリカゲルが好ましい。シリカゲルの物性としては、例えば細孔径5〜10nm、細孔容積0.1〜2.0ml/g、比表面積300〜600m2/g、粒度:45〜75μmが65〜85%以上、75μm残分が1〜10%以下程度であるのが好ましい。このような物性を有する多孔質なシリカゲルとしては、例えば和光純薬工業社製の商品名「ワコーゲルC300」等が挙げられる。
【0024】
ここで、本実施形態では、前記無機系吸着剤は第1の吸着カラム内に充填されている。したがって、前記(I)の工程は、無機系吸着剤が充填された第1の吸着カラムに非極性溶剤に溶解したトールピッチを通液させることによって、トールピッチに含まれる極性物質を無機系吸着剤に吸着させて除去する工程である。具体的には、トールピッチ(すなわち溶液中の固形分)を無機系吸着剤総量に対して50質量部以下、好ましくは10〜50質量部の割合で、かつ0.01〜1.00ml/cm2・分の溶出速度で通液させるのが好ましい。これにより、トールピッチに含まれる極性物質を無機系吸着剤に吸着させることができる。
【0025】
一方、トールピッチの量が50質量部を超えると、極性物質が無機系吸着剤に吸着されないおそれがある。また、溶出速度が0.01ml/cm2・分よりも遅いと、作業効率が低下し、1.00ml/cm2・分より速いと、極性物質が無機系吸着剤に吸着されにくくなるので好ましくない。
【0026】
なお、無機系吸着剤が充填された第1の吸着カラムに非極性溶剤に溶解したトールピッチを通液させた後、さらに所定量の非極性溶剤を通液するのが好ましい。これにより、第1の吸着カラム内に残存しているトールピッチを、第1の吸着カラムから溶出させることができる。通液させる非極性溶剤の量は、残存しているトールピッチを溶出させることができる量であればよく、特に限定されるものではない。
【0027】
<(II)の工程>
第1の吸着カラムから溶出するトールピッチ(トールピッチ抽出物)には、ステロールエステルおよびその他の非極性物質が含まれているが、図1に示す(II)の工程として、このトールピッチ抽出物、すなわち前記極性物質を除去したトールピッチに低級アルコールを添加し、トールピッチ抽出物に含まれるステロールエステルを触媒の存在下で反応させ、極性物質であるステロール類を遊離させる。この際、低級アルコールを溶媒としても使用するので、加水分解が生じることによる廃棄物の発生を抑制することができる。これに対し、低級アルコールに代えて水を使用すると、加水分解が生じるので廃棄物が発生する。
【0028】
ここで、本実施形態における触媒の存在下でステロール類を遊離させる反応は、非極性溶剤と低級アルコールとの混合溶剤下で行ってもよい。すなわち、第1の吸着カラムより溶出するトールピッチ(トールピッチ抽出物)は、非極性溶剤の溶液として溶出するが、この極性溶剤を蒸留操作で留去してトールピッチ抽出物の固形分を得た後、該固形分に低級アルコールを添加して所定の反応を行ってもよいし、該極性溶剤を留去せずに低級アルコールを添加して反応を行ってもよい。該反応時の温度は、通常、50〜150℃程度であり、低級アルコールの還流下で行うのが好ましい。
【0029】
前記低級アルコールとしては、例えばメタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール等の炭素数1〜10程度の直鎖または分岐したアルコールが挙げられる。低級アルコールの添加量は、特に限定されるものではなく、通常、トールピッチ抽出物の固形分総量に対して30〜300質量部程度であるのが好ましい。
【0030】
前記触媒としては、例えばアルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物(金属水酸化物・アルカリ触媒)、固体触媒等が挙げられ、金属水酸化物としては、例えば酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム等が挙げられ、固体触媒としては、例えば陰イオン交換樹脂等が挙げられ、これらは1種または2種以上を混合して用いてもよい。特に、固体触媒を用いると、反応後にアルカリ触媒を中和除去するための工程を省略することができるので好ましい。触媒の添加量も、低級アルコールの添加量と同様に、特に限定されるものではないが、通常、トールピッチ抽出物の固形分総量に対して1〜10質量部程度であるのが好ましい。
【0031】
<(III)の工程>
ついで、図1に示す(III)の工程として、前記(II)の工程における反応後、前記低級アルコールを蒸留操作で留去した後、遊離したステロール類に非極性溶剤を加える。遊離したステロール類に非極性溶剤を加えるとは、前記反応後に前記低級アルコールを留去した反応抽出物の固形分、すなわち遊離したステロール類を含む反応抽出物の固形分に非極性溶剤を加えることを意味する。この固形分には、遊離したステロール類の他、非極性物質が含まれている。
【0032】
前記非極性溶剤としては、前記(I)の工程における非極性溶剤で例示した溶剤と同じ溶剤を例示することができる。また、該非極性溶剤を反応抽出物の固形分総量に対して90質量部以上、好ましくは90〜1000質量部の割合で加えるのが好ましい。これにより、溶液粘度が、遊離したステロール類を下記で説明する無機系吸着剤に吸着させやすくなる粘度になる。これに対し、非極性溶剤が90質量部より少ないと、溶液粘度が所定粘度よりも高いおそれがあり、1000質量部を超えると、前記(I)の工程と同様に、必要以上に非極性溶剤を添加することになるので、溶液処理が煩雑になり好ましくない。
【0033】
ついで、遊離したステロール類を無機系吸着剤に吸着させる。本実施形態では、この無機系吸着剤は第2の吸着カラム内に充填されている。したがって、前記(III)の工程は、前記低級アルコールを留去した後、無機系吸着剤が充填された第2の吸着カラムに、遊離したステロール類を加えた非極性溶剤を通液させることによって、遊離したステロール類を無機系吸着剤に吸着させる工程である。これにより、反応抽出物の固形分に含まれていた遊離したステロール類および非極性物質は、互いに分離される。すなわち、遊離したステロール類は無機系吸着剤に吸着し、非極性物質は非極性溶剤に溶解されて第2の吸着カラムから溶出する。
【0034】
特に、本実施形態では、前記低級アルコールを留去した遊離したステロール類を含む固形分(すなわち反応抽出物の固形分)を無機系吸着剤総量に対して60質量部以下、好ましくは60〜10質量部の割合で、かつ0.01〜1.00ml/cm2・分の溶出速度で通液させるのが好ましい。これにより、遊離したステロール類を無機系吸着剤に吸着させることができる。
【0035】
一方、反応抽出物の固形分の量が60質量部を超えると、遊離したステロール類が無機系吸着剤に吸着されないおそれがある。また、溶出速度が0.01ml/cm2・分よりも遅いと、作業効率が低下し、1.00ml/cm2・分より速いと、遊離したステロール類が無機系吸着剤に吸着されにくくなるので好ましくない。
【0036】
なお、前記(I)の工程と同様、無機系吸着剤が充填された第2の吸着カラムに、非極性溶剤を加えた遊離したステロール類を通液させた後、さらに所定量の非極性溶剤を通液するのが好ましい。これにより、第2の吸着カラム内に残存している非極性物質を、第2の吸着カラムから溶出させることができる。通液させる非極性溶剤の量は、前記(I)の工程と同様、残存している非極性物質を溶出させることができる量であればよく、特に限定されるものではない。
【0037】
<(IV)の工程>
ついで、図1に示す(IV)の工程として、極性溶剤で無機系吸着剤からステロール類を分離させ、溶出液から極性溶剤を蒸留操作で留去することによりステロール類を得る。具体的には、遊離したステロール類が吸着した無機系吸着剤が充填されている第2の吸着カラムに極性溶剤を通液させることによって、前記無機系吸着剤からステロール類を溶出させてステロール類を得る。このように、本実施形態によれば、ステロールエステルと遊離したステロール類との極性の違いを利用しているので、特別な装置を使用せずに、吸着カラムを使用した簡単な操作で、かつ廃棄物の発生を抑制してステロール類を製造することができる。上記(I)〜(IV)の工程は、各原料を連続して供給することにより連続式で行ってもよい。
【0038】
前記極性溶剤としては、例えばエタノール、メタノール、アセトン等が挙げられる。これらの溶剤は、分離させるステロール類の極性値から任意に選定すればよく、極性溶剤の極性値と、分離させるステロール類の極性値とは、その値が近似するほど分離させやすい。
【0039】
特に、本実施形態では、極性溶剤を0.01〜1.00ml/cm2・分の溶出速度で通液させるのが好ましい。これにより、前記無機系吸着剤からステロール類を溶出させることができる。これに対し、溶出速度が0.01ml/cm2・分よりも遅いと、作業効率が低下し、1.00ml/cm2・分より速いと、ステロール類が無機系吸着剤から溶出しにくくなるので好ましくない。
なお、この極性溶剤を所定速度で通液する工程は、前記無機系吸着剤から確実にステロール類を溶出させる上で、複数回(通常、2〜4回程度)行うのが好ましい。
【0040】
前記(IV)の工程の後、得られたステロール類を晶析するのが好ましい。上記のようにして得られるステロール類は、ステロール類の混合物として得られるが、晶析することにより、例えば該混合物に含まれるβ−シトステロール等の純度を向上させることができる。晶析は、一般的な溶剤を使用した晶析操作を採用することができる。
【0041】
特に、本実施形態では、前記(IV)の工程において、得られるステロール類が、β−シトステロールおよびスチグマスタノールの少なくともいずれか一方であるのが好ましい。これらのステロール類は、結晶性が高いので高純度で晶析しやすく、医薬品、食品、飼料、化粧品、その他の工業原料として特に有用である。
【0042】
次に、本発明の他のステロール類の製造方法にかかる一実施形態について説明する。本実施形態の製造方法は、無機系吸着剤が吸着カラムに充填されていなくてもよい点で、上記で説明した製造方法と異なる。すなわち、本実施形態にかかるステロール類の製造方法は、(I)トールピッチを非極性溶剤に溶解し、トールピッチに含まれる極性物質を無機系吸着剤に吸着させて除去する工程と、(II)前記極性物質を除去したトールピッチに低級アルコールを添加してトールピッチに含まれるステロールエステルを触媒の存在下で反応させ、極性物質であるステロール類を遊離させる工程と、(III)前記低級アルコールを留去した後、遊離したステロール類を非極性溶剤に加え、遊離したステロール類を無機系吸着剤に吸着させる工程と、(IV)極性溶剤で前記無機系吸着剤からステロール類を分離させてステロール類を得る工程とを含む。
【0043】
これら(I)〜(IV)の工程を含むことにより、上記で説明した製造方法と同様に、ステロールエステルと遊離したステロール類との極性の違いを利用するので、特別な装置を使用せずに、簡単な操作で、かつ廃棄物の発生を抑制してステロール類を製造することができる。具体的には、例えば吸着カラムに代えて、反応器に無機系吸着剤、トールピッチおよび非極性溶剤を入れて攪拌する、いわゆる回分式(バッチ式)等が挙げられる。
【0044】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、実施例で用いた各原料およびステロール類の定量分析方法は以下の通りである。
【0045】
(原料)
・トールピッチ:実機のトール油精留プラントより生産されるトールピッチ(ハリマ化成社製の商品名「ハートールTP」)を使用した。
・無機系吸着剤:シリカゲル(和光純薬工業社製の商品名「ワコーゲルC300」)を用いた。該シリカゲルの物性は、細孔径7nm、細孔容積0.8ml/g、比表面積450m2/g、粒度:45〜75μmが75%以上、75μm残分が5%以下である。
・(I),(III)の工程における非極性溶剤:ヘキサン
・(II)の工程における低級アルコール:エタノール
・(II)の工程における触媒:水酸化ナトリウム
・(IV)の工程における極性溶剤:エタノール
【0046】
(ステロール類の定量分析方法)
ステロール類の定量分析は、ガスクロマトグラフィ(キャピラリーカラム仕様:DB−1,0.25mm・25m)を使用して行った。具体的には、内部標準としてn−ドトリアコンタンを使用し、市販のβ−シトステロール試薬(β−シトステロールの純度75%、スチグマスタノールの純度25%)を基準とした検量線により含有量を算定した。
【0047】
前記トールピッチを分析したところ、酸価40であり、加水分解後の組成は、β−シトステロール5.6%、スチグマスタノール2.9%の他にβ−シトステロール脱水物(スチグマスタン−3,5−ジエン)7.3%を含んでいた。これにより、蒸留塔内部での熱履歴を受けて遊離ステロール類およびステロールエステルの一部が劣化していることが判った。
【実施例】
【0048】
<(I)の工程>
まず、前記トールピッチ400.0gと、ヘキサン4,000.0gを室温にて混合、すなわちトールピッチに非極性溶剤をトールピッチ総量に対して1,000質量部の割合で添加して溶解した。ついで、この溶液において、ヘキサンに溶解しない不溶物34.8gを濾過により除去した。除去した不溶物(不純物)には、β−シトステロールおよびスチグマスタノールは、いずれも含まれていなかった。
【0049】
ついで、第1の吸着カラムである直径100mmのガラス製の吸着カラムにシリカゲル1000.0gをヘキサン湿式充填法により充填した。この吸着カラムに上記で得たトールピッチのヘキサン溶液全量を、トールピッチ(すなわち溶液中の固形分)がシリカゲル総量に対して37質量部の割合で、かつ0.127ml/cm2・分の溶出速度で通液して、吸着カラム底部より溶出する溶離液を回収した。さらに、ヘキサン5,000.0gを前記と同様の溶出速度で通液して、吸着カラム底部より溶出する溶離液を回収し、先に回収した溶離液と混合した。得られた溶離液からヘキサンを蒸留操作により留去して、トールピッチ抽出物の固形分153.6gを得た。この固形分について、極性物質の有無を酸価測定により確認したところ、極性物質は検出されなかった。
【0050】
<(II)の工程>
ついで、攪拌装置、温度計、窒素ガス導入管およびリービッヒ冷却器を備えたガラス製4口フラスコに、上記で得たトールピッチ抽出物の固形分153.6gと、エタノール225.0gおよび水酸化ナトリウム7.5gとを仕込み、エタノール還流下で2時間攪拌を継続して反応を行った。反応終了後に硫酸9.1gを加えてからエタノールと水を蒸留操作により留去した後、ヘキサン150.0gを加えて混合し、水酸化ナトリウムと硫酸の中和で生じる硫酸ナトリウムをろ過により除去した。回収された反応抽出物の固形分150.0gには、極性物質であり遊離したステロール類であるβ−シトステロール13.8%と、スチグマスタノール7.8%とが含まれていた。また、加水分解により生じるヘキサン不溶物(多糖類)などの廃棄物は発生しなかった。
【0051】
<(III)の工程>
ついで、第2の吸着カラムである直径50mmのガラス製の吸着カラムにシリカゲル300.0gをヘキサン湿式充填法により充填した。この吸着カラムに上記で得た反応抽出物の固形分150.0gをヘキサン150.0gに溶解した溶液を、前記固形分がシリカゲル総量に対して50質量部の割合で、かつ0.102ml/cm2・分の溶出速度で通液した後、さらにヘキサン300.0gを前記と同様の溶出速度で通液して、吸着カラム底部から溶出する溶離液を回収した。回収した溶離液からヘキサンを蒸留操作で留去して、不純物である非極性物質113.5gを回収した。この非極性物質には、β−シトステロールおよびスチグマスタノールは、いずれも含まれていなかった。この結果から、遊離したステロール類であるβ−シトステロールおよびスチグマスタノールは、シリカゲルに吸着されているのがわかる。
【0052】
<(IV)の工程>
第2の吸着カラムにエタノール300.0gを0.102ml/cm2・分の溶出速度で通液させて、シリカゲルに吸着したステロール類を溶出させた。この溶出液からエタノールを蒸留操作により留去して、粗製ステロール36.5gを得た。この粗製ステロールには、β−シトステロールが29.3%とスチグマスタノールが21.8%含まれていた。
【0053】
ついで、上記粗製ステロール36.5gをエタノール146.0gに加熱溶解して室温で静置冷却し、ステロール類の結晶を析出させた(晶析)。この結晶を濾過して回収し、エタノールで洗浄した後、乾燥した。得られたステロール類の結晶は、収量が24.5gであり、純度は87.4%(β−シトステロール42.9%およびスチグマスタノール44.5%)であった。
【0054】
ついで、さらにステロール類の純度を高める目的で、再度晶析を行った。すなわち、上記のステロール24.5gをエタノール196.0gに加熱溶解し、室温で静置冷却してステロールの結晶を析出させた。ろ過により結晶を回収しエタノールで洗浄しその後乾燥させた。ステロール結晶は17.2g回収され、ステロール純度は96.3%(β−シトステロールが47.1%およびスチグマスタノールが49.2%)であった。またトールピッチに含まれるステロールに対する回収率は48.7%であった。
【0055】
以上の結果から、ステロールエステルと遊離したステロール類との極性の違いを利用すると、特別な装置を使用せずに、吸着カラムを使用した簡単な操作で、かつ廃棄物の発生を抑制してステロール類を製造することができるのがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明の一実施形態にかかるステロール類の製造方法を説明するための概略フローチャートである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トールピッチからステロール類を製造する方法であって、以下の(I)〜(IV)の工程を含むことを特徴とするステロール類の製造方法。
(I)トールピッチを非極性溶剤に溶解し、この溶液を無機系吸着剤が充填された第1の吸着カラムに通液させることによって、トールピッチに含まれる極性物質を無機系吸着剤に吸着させて除去する工程
(II)前記極性物質を除去したトールピッチに低級アルコールを添加してトールピッチに含まれるステロールエステルを触媒の存在下で反応させ、極性物質であるステロール類を遊離させる工程
(III)前記低級アルコールを留去した後、遊離したステロール類を非極性溶剤に加え、これを無機系吸着剤が充填された第2の吸着カラムに通液させることによって、遊離したステロール類を無機系吸着剤に吸着させる工程
(IV)前記第2の吸着カラムに極性溶剤を通液させることによって、前記無機系吸着剤からステロール類を溶出させてステロール類を得る工程
【請求項2】
前記(I)の工程において、トールピッチを非極性溶剤に溶解する工程は、該トールピッチに非極性溶剤をトールピッチ総量に対して100質量部以上の割合で添加して溶解する工程であり、さらに該非極性溶剤に不溶な物質を濾過して除去する工程を含む請求項1記載のステロール類の製造方法。
【請求項3】
前記(I)の工程は、トールピッチを無機系吸着剤総量に対して50質量部以下の割合で、かつ0.01〜1.00ml/cm2・分の溶出速度で通液させる工程である請求項1または2記載のステロール類の製造方法。
【請求項4】
前記(II)の工程における触媒が、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物である請求項1〜3のいずれかに記載のステロール類の製造方法。
【請求項5】
前記(II)の工程における触媒が、固体触媒である請求項1〜3のいずれかに記載のステロール類の製造方法。
【請求項6】
前記(III)の工程は、前記低級アルコールを留去した遊離したステロール類を含む固形分を無機系吸着剤総量に対して60質量部以下の割合で、かつ0.01〜1.00ml/cm2・分の溶出速度で通液させる工程である請求項1〜5のいずれかに記載のステロール類の製造方法。
【請求項7】
前記(IV)の工程は、極性溶剤を0.01〜1.00ml/cm2・分の溶出速度で通液させる工程である請求項1〜6のいずれかに記載のステロール類の製造方法。
【請求項8】
前記無機系吸着剤は、活性炭、ゼオライト、活性アルミナ、活性白土およびシリカゲルからなる群より選ばれる少なくとも1種である請求項1〜7のいずれかに記載のステロール類の製造方法。
【請求項9】
前記(IV)の工程の後、得られたステロール類を晶析する請求項1〜8のいずれかに記載のステロール類の製造方法。
【請求項10】
前記(IV)の工程において、得られるステロール類が、β−シトステロールおよびスチグマスタノールの少なくともいずれか一方である請求項1〜9のいずれかに記載のステロール類の製造方法。
【請求項11】
トールピッチからステロール類を製造する方法であって、以下の(I)〜(IV)の工程を含むことを特徴とするステロール類の製造方法。
(I)トールピッチを非極性溶剤に溶解し、トールピッチに含まれる極性物質を無機系吸着剤に吸着させて除去する工程
(II)前記極性物質を除去したトールピッチに低級アルコールを添加してトールピッチに含まれるステロールエステルを触媒の存在下で反応させ、極性物質であるステロール類を遊離させる工程
(III)前記低級アルコールを留去した後、遊離したステロール類を非極性溶剤に加え、遊離したステロール類を無機系吸着剤に吸着させる工程
(IV)極性溶剤で前記無機系吸着剤からステロール類を分離させてステロール類を得る工程

【図1】
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