説明

ステント

【課題】ステント留置術によって狭窄部分に生じた物理的な損傷の修復反応を抑制するだけでなく、ステントに用いられる高分子の影響による炎症反応も抑制することが可能な薬剤量を当該ステントに隣接する冠状動脈組織中で実現させることで新生内膜の肥厚を効果的に抑制し、再狭窄率を低減可能なステントを容易に提供することである。
【解決手段】生体内で実質的に非分解性の材料をステント基材とするステントであって、前記ステントは、前記ステント基材表面の少なくとも一部に薬剤を含むコーティング層を有しており、前記ステントをブタ冠状動脈に留置した場合に、(a)留置28日後に前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に前記薬剤が存在する、ことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は血管の狭窄部分を拡張し、その状態を維持することを目的として留置されるステントに関する。
【背景技術】
【0002】
体内で血液が循環するための流路である血管に狭窄が生じ、血液の循環が滞ることにより、様々な疾患が発生することが知られている。特に血液の循環の源である心臓自身に血液を供給する冠状動脈に狭窄が生じると、狭心症、心筋梗塞等の重篤な疾病をもたらし、死に至る危険性が極めて高いことが知られている。このような血管の狭窄部分を治療する方法のひとつとして、バルーンカテーテルを用いて狭窄部分を拡張させる血管形成術(PTA、PTCA)があり、バイパス手術のような開胸術を必要としない低侵襲療法であることから広く行われている。しかし、血管形成術の場合、約40%の頻度で拡張した狭窄部分に再狭窄が生じ、大きな問題として指摘されている。再狭窄が発生する頻度(再狭窄率)を低減する治療法として、血管形成術に代わってステント留置術が広く行われている。
【0003】
ステントは、血管、胆管、尿道などの生体内管腔が狭窄した場合に、狭窄部位を拡張し、その状態を維持することを目的として留置される医療用具である。一般的に、ステントは金属や高分子、あるいはそれらの複合体から構成され、最も一般的には、SUS316鋼、Co−Cr系合金、Ni−Ti系合金などの金属から構成される。
【0004】
ステントの拡張機構は、ステント自体の形状記憶性や超弾性により拡張する自己拡張型とバルーンカテーテルにより拡張されるバルーン拡張型に大別される。冠状動脈狭窄部の治療には主にバルーン拡張型が使用される。
【0005】
バルーン拡張型ステントにより冠状動脈の狭窄部分を治療する場合、ステントはバルーンカテーテルに保持された状態で挿入され、拡張される。ステント留置術後の再狭窄率は約20%から30%程度である。バルーンカテーテルのみによる血管形成術後と比べて有意に低減されているものの、依然として再狭窄は高い頻度で生じている。
ステントの留置により狭窄部分には物理的な損傷が生じる。この損傷の修復反応として生じる過度の新生内膜の肥厚がステント留置術後の再狭窄の原因とされている。新生内膜の肥厚は、血管中膜における平滑筋細胞の増殖、増殖した平滑筋細胞の内膜への遊走、T細胞やマクロファージの内膜への遊走等により生じる。
【0006】
近年、特許文献1に示すようにステント留置術後の再狭窄率低減を目的として、各種の高分子を用いてステントに薬剤を被覆する技術が開示されている。薬剤を被覆したステントは薬剤コーティングステントと称され、抗凝固薬、抗血小板薬、抗菌薬、抗腫瘍薬、抗微生物薬、抗炎症薬、抗物質代謝薬、免疫抑制剤等の多数の適応が検討されている。免疫抑制剤に関して例を挙げると、シクロスポリン、タクロリムス(FK506)、シロリムス(ラパマイシン)、マイコフェノレートモフェチル、およびそれらのアナログ(エバロリムス、ABT−578、CCI−779、AP23573等)をステントに被覆し、再狭窄を低減する試みが提案されている。これらの薬剤コーティングステントを冠状動脈の狭窄部分に留置することで、ステントが隣接する冠状動脈組織中の薬剤量が高まり、結果として再狭窄が抑制される。
例えば特許文献2では免疫抑制剤で知られるシロリムス(ラパマイシン)を被覆したステントが開示され、例えば特許文献3では抗腫瘍薬であるタキソール(パクリタキセル)を被覆したステントが開示されている。さらに、例えばまた、特許文献4および特許文献5ではタクロリムス(FK506)を被覆したステントが開示されている。
【0007】
タクロリムス(FK506)はCAS番号104987−11−3の化合物であり、例えば特許文献6で開示されている。タクロリムス(FK506)は細胞内のFK506結合蛋白(FKBP)と複合体を形成して、主として分化・増殖因子であるIL−2やINF−γなどのサイトカインのT細胞からの産生を阻害することが示されている。従って、臓器移植時の拒絶反応や自己免疫疾患の予防薬または治療薬として使用されている。また、非特許文献1には、タクロリムス(FK506)はヒト血管平滑筋細胞に対する抗増殖活性を有することが確認されている(非特許文献1)。
【0008】
ステントに薬剤を保持する方法として、特許文献1では高分子を用いて薬剤を担持することが開示されており、生分解性高分子を用いることも開示されている。特許文献7にも生分解性高分子を用いることが開示され、ポリ乳酸等の高分子が具体的に例示されている。
【0009】
非特許文献2において、生体内で分解しない高分子を用いてシロリムスやパクリタキセルを被覆したステントをこれらの高分子に対する過敏性を有する患者に留置した場合、慢性期においてステント血栓症のような重篤な副作用が生じることが報告されている。
非特許文献3において、新生内膜の肥厚は、薬剤コーティングステントの留置後3ヶ月程度から顕著になり、6ヶ月程度までは少なくとも継続することが示唆されている。
【特許文献1】特表平5−502179号公報
【特許文献2】特開平6−009390号公報
【特許文献3】特表平9−503488号公報
【特許文献4】国際公報第WO02/065947号公報
【特許文献5】欧州特許出願公開第EP1254674号公報
【特許文献6】特開昭61−148181号公報
【特許文献7】特表2002−531183号公報
【非特許文献1】Paul J. Mohacsi MD, et al. The Journal of Heart and Lung Transplantation May 1997 Vol.16, No.5, 484-491
【非特許文献2】Jonathan R. Nebeker, et al. J Am Coll Cardiol. 2006年47巻175-181
【非特許文献3】R Virmani, et al. Heart. 2003年89巻133-138
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ステントに用いられる高分子の多くは、背景技術の項目で上述した高分子と比較して生体適合性が高く、一般的に、ステント血栓症のような重篤な副作用が生じにくいと考えられている。しかしながら、特定の高分子、特に生分解性高分子を医療用途に使用する場合、分解生成物による炎症反応が起こるとの報告もある。
【0011】
これらの状況を鑑み本発明が解決しようとするところは、ステント留置術によって狭窄部分に生じた物理的な損傷の修復反応を抑制するだけでなく、ステントに用いられる高分子の影響による炎症反応も抑制することが可能な薬剤量を当該ステントに隣接する冠状動脈組織中で実現させることで新生内膜の肥厚を効果的に抑制し、再狭窄率を低減可能なステントを容易に提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の課題の解決のために本発明者らが鋭意検討した結果、以下の複数の特徴を有する本発明を完成するに至った。
(1)本発明は、生体内で実質的に非分解性の材料をステント基材とするステントであって、前記ステントは、前記ステント基材表面の少なくとも一部に薬剤を含むコーティング層を有しており、前記ステントをブタ冠状動脈に留置した場合に、(a)留置28日後に前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に前記薬剤が存在する、ことを特徴とする。
【0013】
本発明は、上記の特徴に加えて以下の各特性を有する。
(2)本発明は、前記ステントをブタ冠状動脈に留置した場合に、(b)留置28日後に前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に存在する前記薬剤量が前記冠状動脈組織1mgあたり40ng以上である、という特性を有する。
(3)本発明は、前記ステントをブタ冠状動脈に留置した場合に、(c)留置84日後に前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に前記薬剤が存在する、という特性を有する。
(4)本発明は、前記ステントをブタ冠状動脈に留置した場合に、(c’)留置84日後に前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に存在する前記薬剤量が、留置28日後に前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に存在する前記薬剤量よりも多い、という特性を有する。
(5)本発明は、前記ステントをブタ冠状動脈に留置した場合に、(a’)留置28日後以降、少なくとも留置84日後まで前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に存在する前記薬剤量が増加する、という特性を有する。
(6)本発明は、前記ステントをブタ冠状動脈に留置した場合に、(b’)留置84日後に前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に存在する前記薬剤量が前記冠状動脈組織1mgあたり110ng以上である、という特性を有する。
(7)本発明の別な特徴は、前記コーティング層が高分子を含むことである。
(8)本発明の別な特徴は、前記高分子が生分解性高分子である。
(9)本発明の別の特徴は、前記生分解性高分子が、乳酸、グリコール酸、γ−ブチロラクトン、δ−バレロラクトン、ε−カプロラクトン、テトラメチレンカーボネート、ジオキサノンのうち、少なくとも1種類以上からなる重合体である。
(10)本発明の別の特徴は、前記共重合体が乳酸−グリコール酸共重合体である。
(11)本発明の別の特徴は、ゲル浸透クロマトグラフィーにより測定した前記乳酸−グリコール酸共重合体の標準ポリスチレン換算重量平均分子量が80,000以上、100,000以下であり、前記乳酸−グリコール酸共重合体に乳酸が85mol%、グリコール酸が15mol%含まれる。
(12)本発明の別な特徴は、前記薬剤が平滑筋細胞の増殖を抑制する特性を有する。
(13)本発明の別の特徴は、前記薬剤が免疫抑制剤である。
(14)本発明の別の特徴は、前記免疫抑制剤が、タクロリムス(FK506)、シクロスポリン、シロリムス、アザチオプリン、マイコフェノレートモフェチルもしくはこれらのアナログのいずれかである。
(15)本発明の別の特徴は、前記免疫抑制剤がタクロリムス(FK506)である。
(16)本発明の別の特徴は、前記コーティング層が単層構造である。
(17)本発明の別の特徴は、前記コーティング層が内層および外層から構成される二層構造であり、前記内層および前記外層の両方に前記薬剤を含むとともに、前記内層の薬剤/生分解性高分子重量比が、前記外層の薬剤/生分解性高分子重量比よりも高い。
【0014】
本発明の各特徴およびそれらの利点は、以下の実施形態の記載によって明らかにされる。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係るステントにより、狭窄部分に生じる物理的な損傷の修復反応を抑制するだけでなく、ステントに用いられる高分子の影響による炎症反応を抑制することが可能な薬剤量が当該ステントに隣接する冠状動脈組織中で実現され、再狭窄率を低減可能なステントが容易に提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明に係る「ステント」を、実施形態に基づいて説明する。実施形態の「ステント」は、ほぼ管状体に形成され、その管状体の半径方向外方に伸長可能である。
1.冠状動脈組織中の薬剤濃度
実施形態としてのステントは、そのステントをブタ冠状動脈に留置した場合に、留置28日後(好ましくは留置84日後)に前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に前記薬剤が存在することを特徴とする。留置28日後(好ましくは留置84日後)に前記冠状動脈組織中に前記薬剤が存在しない場合は、狭窄部分に生じる物理的な損傷の修復反応やステントに用いられる高分子の影響による炎症反応を抑制することが著しく困難となり、狭窄率が向上し好ましくない。
【0017】
また実施形態としてのステントは、留置28日後に前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に存在する前記薬剤量が前記冠状動脈組織1mgあたり40ng以上であることを特徴とする。40ngを下回る場合、狭窄部分に生じる物理的な損傷の修復反応やステントに用いられる高分子の影響による炎症反応を抑制することが困難となり、狭窄率の際立った低下は認められず好ましくない。
【0018】
さらに実施形態としてのステントは、留置84日後に前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に存在する前記薬剤量が、留置28日後に前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に存在する前記薬剤量よりも多いことを特徴とする。好適な実施形態では、留置28日後以降、少なくとも留置84日後まで前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に存在する前記薬剤量が増加することを特徴とする。留置28日後以降に前記薬剤量が顕著に減少する場合、ステントに用いられる高分子の影響による炎症反応の抑制が困難となり、留置28日後と比較して留置84日後で狭窄率の上昇が見られ好ましくない。
【0019】
加えて実施形態としてのステントは、留置84日後に前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に存在する前記薬剤量が前記冠状動脈組織1mgあたり110ng以上であることを特徴とする。110ngを下回る場合、ステントに用いられる高分子の影響による炎症反応の抑制が困難となり、留置28日後と比較して留置84日後で狭窄率の上昇が見られ好ましくない。
【0020】
前記冠状動脈組織中に存在する前記薬剤量を定量する方法は本発明の効果を何ら制限しない。一例を以下に示す。ステントを留置後所定の期間飼育したブタを麻酔下で屠殺する。心臓を摘出し、ステントが留置された冠状動脈を切り出す。当該冠状動脈を長手方向に切開して展開し、ステントが隣接する冠状動脈組織とステントに分離する。前記冠状動脈組織の湿重量を秤量後、当該ステントに使用されている薬剤の特性に応じた溶媒および条件を用いて前記冠状動脈組織を抽出する。抽出液中に含まれる薬剤を任意の方法で定量することで、前記冠状動脈組織1mg中に存在する薬剤量が算出される。薬剤を定量する方法として様々な分析方法が使用可能である。一例を挙げると、酵素免疫測定法(ELISA法)、高速液体クロマトグラフィー法(HPLC法)等で測定される。
2.ステント基材
本発明の実施形態としての「ステント基材」は、例えば、筒状の材料チューブをレーザーカット等によりステントデザインにカットすることで作製可能である。
本発明における「ステント基材」は生体内で実質的に非分解性の材料から構成される。本発明で用いる「生体内で実質的に非分解性の材料」とは生分解性がないことを意味するが、生体内で全く分解しないことを要求するものではない。すなわち、5年から10年程度の長期間にわたり形状と機能を維持することが可能であれば足りるものであり、これらを含めて「生体内で実質的に非分解性の材料」と呼ぶ。
【0021】
実施形態における「生体内で実質的に非分解性の材料」としては、ステンレススチール、Ni−Ti合金、Cu−Al−Mn合金、タンタリウム、Co−Cr合金、イリジウム、イリジウムオキサイド、ニオブ等の金属材料、セラミックス、ハイドロキシアパタイト等の無機材料が好適に使用される。
ステント基材の作製は、当業者が通常作製する方法が採用可能であり、例えば、前述したとおり、筒状の材料チューブをレーザーカット等によりステントデザインにカットすることで作製できる。レーザーカット後に電解研磨を施しても良い。また、実施形態における「生体で実質的に非分解性の材料」は、金属材料あるいは無機材料に限定されず、ポリオレフィン、ポリオレフィンエラストマー、ポリアミド、ポリアミドエラストマー、ポリウレタン、ポリウレタンエラストマー、ポリエステル、ポリエステルエラストマー、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエーテルエーテルケトン等の高分子材料も使用され得る。これらの高分子材料を用いたステント基材の作製方法は、本発明の効果を制限するものではなく、それぞれの材料に適した加工方法を任意に選択することができる。尚、本願発明のステント基材は生体内で実質的に非分解性の材料から構成されるため、ステント基材が生分解性の材料から構成されるステントと比較した場合、十分なステント強度が長期間にわたって維持され、狭窄部分の拡張維持効果は極めて高いものとなる。
3.コーティング層
実施形態のステントは、前記ステント基材表面の少なくとも一部に薬剤を含むコーティング層を有していればよいが、前記ステント基材の外表面、内表面および側表面のほぼ全面に前記コーティング層を有することが好ましい。このようにステント基材のほぼ全ての表面にコーティング層を有する場合には、ステント留置術後に前記ステントの表面に血小板が付着しにくくなる。このような血小板の付着の抑制により、ステント留置術後の急性期における過度の血栓形成や血管の閉塞が生じる危険性を著しく低減させることができる。
実施形態のコーティング層は高分子を含むことが好ましい。高分子の特性やコーティング層中の高分子重量と薬剤重量の比率を変化させることで、コーティング層からの薬剤の放出挙動を当該ステントが目的とする治療部位の性状に合わせて容易に調整できる。ここで前記高分子は生分解性高分子であることが好ましい。生分解性高分子を用いることでステント留置後の慢性期には前記高分子はすべて生分解により消失し、ステント基材のみが体内に残留することになる。ステント基材として実績のある金属材料、例えばSUS316Lを使用することにより、慢性期においても安全性や信頼性の高いステントを容易に実現可能である。
4.生分解性高分子
生分解性を示す高分子(生分解性高分子)の種類は多岐にわたるが、本発明にかかる生分解性高分子は、生分解性高分子自体の生体適合性、分解産物の安全性を考慮すると、乳酸、グリコール酸、γ−ブチロラクトン、δ−バレロラクトン、ε−カプロラクトン、テトラメチレンカーボネート、ジオキサノンの少なくとも1種類以上からなる重合体であることが好ましい。
ステントを拡張した際のコーティング層の割れや剥がれを防止する観点を考慮すると、前記重合体は乳酸−グリコール酸共重合体であることが好ましい。前記乳酸−グリコール酸共重合体に含まれる乳酸は、D−体の乳酸のみの場合、L−体の乳酸のみの場合、D−体の乳酸とL−体の乳酸の両方を含む場合があるが、本発明の目的を達成するにはいずれの乳酸を含む共重合体であってもよい。
一般的に高分子の分子量は単分散ではなく分布があるため、分子量を表す指標として数平均分子量、重量平均分子量、Z−平均分子量、粘度平均分子量など複数の指標が存在し、複数の測定法が存在する。一例を挙げると、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)で測定される分子量分布から標準ポリマー換算値として数平均分子量、重量平均分子量、Z−平均分子量が求められる。希薄溶液の粘度測定からは粘度平均分子量が求められる。また、光散乱法、沈降速度法(超遠心法)では重量平均分子量が求められる。
【0022】
前記乳酸−グリコール酸共重合体の重量平均分子量はゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)で測定する場合、標準ポリスチレン換算値として80,000以上、100,000以下、好適には80,000以上、90,000以下であることが好ましく、且つ、前記乳酸−グリコール酸共重合体に乳酸が85mol%、グリコール酸が15mol%含まれることが好ましい。このような乳酸−グリコール酸共重合体を使用することで、ブタ冠状動脈に留置した場合に前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に存在する前記薬剤量が本発明の上記各特性となるように調整可能である。
【0023】
乳酸−グリコール酸共重合体の生分解挙動は、重量平均分子量と乳酸及びグリコール酸のモル比率によって決定される。重量平均分子量が一定の場合、乳酸が50mol%、グリコール酸が50mol%含まれる場合に最も分解速度が速くなり、乳酸が増加するほど、あるいはグリコール酸が増加するほど分解速度は遅くなる。また、乳酸及びグリコール酸のモル比が一定の場合、重量平均分子量が大きいほど分解速度は遅くなる。
【0024】
乳酸−グリコール酸共重合体の重量平均分子量がゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)で測定する場合、標準ポリスチレン換算値として80,000以上、100,000以下であっても、乳酸が85mol%よりも多く、グリコール酸が15mol%より少ない場合には、分解速度が比較的遅いため分解に伴う薬剤の放出量が極めて少なくなる。結果として留置28日後または84日後に冠状動脈組織中に存在する薬剤量は上記特性として例示したように上昇せず好ましくない。さらに、乳酸が85mol%より少なく、グリコール酸が15mol%より多い場合には、分解速度が比較的速いため分解に伴う薬剤の放出量が多くなり、留置28日後または84日後までには大半の薬剤の放出が完了する。結果として留置28日後または84日後に冠状動脈組織中に存在する薬剤量は上記特性として例示したように上昇せず好ましくない。
【0025】
また、乳酸−グリコール酸共重合体に含まれる乳酸が85mol%、グリコール酸が15mol%であっても、重量平均分子量がゲル浸透クロマトグラフィーで測定する場合、標準ポリスチレン換算値として80,000未満の場合には、分解速度が比較的速いため分解に伴う薬剤の放出量が多くなり、留置28日後または84日後までには大半の薬剤の放出が完了する。結果として留置28日後または84日後に冠状動脈組織中に存在する薬剤量は上記特性として例示したように上昇せず好ましくない。
【0026】
さらに、100,000を超える場合には、分解速度が比較的遅いため分解に伴う薬剤の放出量が極めて少なくなる。結果として留置28日後または84日後に冠状動脈組織中に存在する薬剤量は上記特性として例示したように上昇せず好ましくない。
5.薬剤
前記薬剤は平滑筋細胞の増殖を抑制する特性を有することが好ましい。さらに、免疫抑制剤であることが好ましく、タクロリムス(FK506)、シクロスポリン、シロリムス(ラパマイシン)、アザチオプリン、マイコフェノレートモフェチルもしくはこれらのアナログであることがより好ましく、タクロリムス(FK506)であることが特に好ましい。
6.コーティング層(単層構造の例)
前記コーティング層は単層構造であってよい。単層構造の場合、前記コーティング層に含まれる薬剤の重量を前記コーティング層に含まれる生分解性高分子の重量で割った値として定義される薬剤/生分解性高分子重量比は0.10以上、0.40以下であることが好ましい。0.10を下回る場合、ステントへの薬剤保持量を高くするために必要なコーティング層の厚さが厚くなり、ステントの柔軟性が大きく低下するため好ましくない。また、0.40を超える場合、ステント拡張時にコーティング層の割れや剥がれが生じやすくなるため好ましくない。
7.コーティング層(多層構造の例)
前記コーティング層は内層および外層から構成される二層構造であってよく、前記内層および前記外層の両方に薬剤を含むとともに、前記内層および前記外層のそれぞれにおいて定義される薬剤/生分解性高分子重量比が前記内層の方が高いことが好ましい。薬剤/生分解性高分子重量比の低い外層のはたらきにより、ステント拡張時のコーティング層の割れや剥がれの発生は効果的に低減される。前記内層と比較して前記外層の薬剤/生分解性高分子重量比が低いため、ステント留置初期には薬剤の溶出が徐放化される。外層の薬剤が溶出し終わった後に内層の薬剤が溶出するため、外層に含まれる生分解性高分子がバリア層の役割を果たし、薬剤/生分解性高分子重量比が比較的高い内層の薬剤に関しても溶出の徐放化が実現される。また、内層の薬剤/生分解性高分子重量比が高いため、ステント全体としての薬剤保持量を高くすることが可能である。
前記内層と前記外層の重量比は目的とするステントの仕様に応じて任意に決定される。例えば、薬剤保持量を高くすることに主眼を置いた仕様の場合は、前記内層の重量を前記外層に比べて高めに設定することが好ましく、薬剤溶出の徐放性付与に主眼を置いた仕様の場合は、前記外層の重量を前記内層に比べて高めに設定することが好ましい。
【0027】
前記内層における薬剤/生分解性高分子重量比は0.50以上1.60以下であることが好ましい。0.50未満の場合、薬剤保持量を効率よく高めることが困難であり好ましくない。一方、1.60より大きい場合、ステントの拡張に伴う前記内層および前記外層の割れや剥離を生じる可能性が高くなるため好ましくない。
【0028】
前記外層における薬剤/高分子重量比は0.10以上0.40以下であることが好ましい。0.10未満の場合、前記外層における薬剤保持量が低く、再狭窄の予防に有効な薬剤溶出量を実現することが困難となり好ましくない。一方、0.40より大きい場合、ステントの拡張に伴う前記外層の割れや剥離を生じる可能性が高くなるばかりか、薬剤の溶出徐放性が十分に獲得できないため好ましくない。より好ましい実施形態としては、前記内層における薬剤/高分子重量比が0.50以上1.60以下であり、かつ前記外層における薬剤/高分子重量比が0.10以上0.40以下である生体留置用ステントが挙げられる。
さらなる薬剤保持量の増加、薬剤溶出の徐放性付与、ステント拡張時のコーティング層の割れや剥がれの抑制等を目的として、前記内層および前記外層以外の層を設けてもよい。一例をあげると、ステント拡張時のコーティング層の割れや剥がれを抑制するために前記内層とステント表面の間に中間層を設けてもよい。
8.コーティング層の形成方法
前記コーティング層が単層構造である場合、および前記コーティング層が内層および外層から構成される二層構造である場合のいずれであっても、各層を形成する方法は特に制限されない。
以下、前記コーティング層が内層および外層をから構成される二層構造の場合を例示して詳細に説明する。
コーティング層を形成する方法の好適な例として、前記内層を構成する薬剤および生分解性高分子を任意の溶媒に溶解し、溶液状態で前記ステント基材表面に付着させ溶媒を除去した後、前記外層を構成する薬剤および生分解性高分子を任意の溶媒に溶解し、溶液状態で前記内層の外面に付着させ溶媒を除去する方法が挙げられる。
また、前記内層を構成する薬剤および生分解性高分子からなるフィルムを別途作製しステント基材に貼り付けた後、前記外層を構成する薬剤および生分解性高分子からなるフィルムを別途作製し前記内層の外面に貼り付けてもよい。
もちろん、前記内層を構成する薬剤および生分解性高分子を任意の溶媒に溶解し、溶液状態で前記ステント基材表面に付着させ溶媒を除去した後、前記外層を構成する薬剤および生分解性高分子からなるフィルムを別途作製し前記内層の外面に貼り付けることで形成してもよく、前記内層を構成する薬剤および生分解性高分子からなるフィルムを別途作製しステント基材に貼り付けた後、前記外層を構成する薬剤および生分解性高分子を任意の溶媒に溶解し、溶液状態で前記内層の外面に付着させ溶媒を除去することで形成してもよい。前記内層および前記外層を形成する方法によって本発明の効果は制限されるものではなく、各種の方法が好適に使用できる。
【0029】
前記内層および前記外層を構成する生分解性高分子および薬剤を任意の溶媒に溶解し溶液状態で付着させる場合、その方法は本発明の効果を制限するものではない。つまり、各溶液にステント基材をディッピングする方法、各溶液をスプレーによりステント基材に噴霧する方法等の各種の方法が使用可能である。使用する溶媒の種類は特に限定されない。所望の溶解度を有する溶媒が好適に使用可能であり、揮発性等を調整するために2種類以上の溶媒を用いた混合溶媒としてもよい。また、溶質である薬剤や生分解性高分子の濃度も特に制限を受けず、前記内層および前記外層の表面性等を勘案して任意の濃度とすることができる。前記表面性を調整するために、前記内層を構成する薬剤および生分解性高分子を任意の溶媒に溶解し溶液状態で付着させる途中または/および付着させた後、あるいは前記外層を構成する薬剤および生分解性高分子を任意の溶媒に溶解し溶液状態で付着させる途中または/および付着させた後に余剰な溶液を除去してもよい。除去する手段としては、振動、回転、減圧等が挙げられ、これらを複数組み合わせてもよい。
【実施例】
【0030】
以下の各実施例および各比較例では、薬剤としてタクロリムスを例示して説明する。ただし、タクロリムス以外の上述の薬剤、または免疫抑制剤を使用してもよい。
【0031】
(実施例1)
(生分解性高分子:乳酸−グリコール酸共重合体(製品番号:85DG065、標準ポリスチレン換算重量平均分子量85,000)、コーティング層:多層)
ステント基材は、当業者が通常作製する方法と同様に、ステンレス鋼(SUS316L)の内径1.50mm、外径1.80mmの筒状チューブをレーザーカットによりステントデザインにカットし、電解研磨を施すことで作製した。ステント長さが13mm、厚みが120μm、拡張後の公称径が3.5mmとなるデザインとした。ステント基材の内表面、外表面、側表面を合わせた全表面積は88.5mm2である。
【0032】
生分解性高分子として乳酸−グリコール酸共重合体(製品番号:85DG065、Absorbable Polymers International社、乳酸/グリコール酸=85mol%/15mol%、標準ポリスチレン換算重量平均分子量85,000)、薬剤としてタクロリムス(アステラス製薬株式会社)をクロロホルム(和光純薬株式会社)に溶解させ、薬剤濃度/生分解性高分子濃度=0.50wt%/0.50wt%である溶液を作製した。直径100μmのステンレス製ワイヤをステントの一端に固定し、他端を直径2mmのステンレス棒に固定した。ステントを接続していない側のステンレス棒端部をモーター攪拌機に接続することでステントを長さ方向に鉛直に保持した。モーター攪拌機を用いてステントを100rpmで回転させながら、ノズル径0.3mmのスプレーガンを用いて作製した溶液をステントに吹き付け、溶液をステントに付着させた。スプレーガンのノズルからステントまでの距離は75mm、吹き付け時のエアー圧力は0.15MPaとした。吹き付け後に室温で1時間真空乾燥した。スプレー時間を調整し、ステント1個あたりの生分解性高分子の重量が160μg、薬剤の重量が160μgの内層(薬剤/生分解性高分子重量比=1.00)を形成させた。
【0033】
生分解性高分子として乳酸−グリコール酸共重合体(製品番号:85DG065、Absorbable Polymers International社、乳酸/グリコール酸=85mol%/15mol%、標準ポリスチレン換算重量平均分子量85,000)、薬剤としてタクロリムス(アステラス製薬株式会社)をクロロホルム(和光純薬株式会社)に溶解させ、薬剤濃度/高分子濃度=0.13wt%/0.50wt%である溶液を作製した。内層を形成させたステントの一端に直径100μmのステンレス製ワイヤを固定し、他端を直径2mmのステンレス棒に固定した。ステントを接続していない側のステンレス棒端部をモーター攪拌機に接続することでステントを長さ方向に鉛直に保持した。モーター攪拌機を用いてステントを100rpmで回転させながら、ノズル径0.3mmのスプレーガンを用いて作製した溶液をステントに吹き付け、溶液をステントに付着させた。スプレーガンのノズルからステントまでの距離は75mm、吹き付け時のエアー圧力は0.15MPaとした。吹き付け後に室温で1時間真空乾燥した。スプレー時間を調整し、ステント1個あたりの生分解性高分子の重量が139μg、薬剤の重量が36μgの外層(薬剤/生分解性高分子重量比=0.26)を形成させた。
【0034】
得られたステント1個あたりの内層と外層を合わせた全体の生分解性高分子の重量は299μg、薬剤の重量は196μg(薬剤/生分解性高分子重量比=0.66)である。ステントは計6個作製した。
【0035】
(実施例2)
(生分解性高分子:乳酸−グリコール酸共重合体(製品番号:85DG065、標準ポリスチレン換算重量平均分子量85,000)、コーティング層:単層)
ステント基材は、実施例1と同様に作製した。
【0036】
生分解性高分子として乳酸−グリコール酸共重合体(製品番号:85DG065、Absorbable Polymers International社、乳酸/グリコール酸=85mol%/15mol%、標準ポリスチレン換算重量平均分子量85,000)、薬剤としてタクロリムス(アステラス製薬株式会社)をクロロホルム(和光純薬株式会社)に溶解させ、薬剤濃度/生分解性高分子濃度=0.13wt%/0.50wt%である溶液を作製した。直径100μmのステンレス製ワイヤをステントの一端に固定し、他端を直径2mmのステンレス棒に固定した。ステントを接続していない側のステンレス棒端部をモーター攪拌機に接続することでステントを長さ方向に鉛直に保持した。モーター攪拌機を用いてステントを100rpmで回転させながら、ノズル径0.3mmのスプレーガンを用いて作製した溶液をステントに吹き付け、溶液をステントに付着させた。スプレーガンのノズルからステントまでの距離は75mm、吹き付け時のエアー圧力は0.15MPaとした。吹き付け後に室温で1時間真空乾燥した。スプレー時間を調整し、ステント1個あたりの生分解性高分子の重量が325μg、薬剤の重量が85μgのコーティング層(薬剤/生分解性高分子重量比=0.26)を形成させた。ステントは計6個作製した。
【0037】
(比較例1)
(生分解性高分子:乳酸−グリコール酸共重合体(製品番号:RG502H、標準ポリスチレン換算重量平均分子量11,000)、コーティング層:単層)
生分解性高分子として乳酸−グリコール酸共重合体(製品番号:RG502H、Boehringer Ingelheim社、乳酸/グリコール酸=50mol%/50mol%、標準ポリスチレン換算重量平均分子量11,000)を使用した以外は実施例2と同様に作製し、ステント1個あたりの生分解性高分子の重量が313μg、薬剤の重量が82μgのコーティング層(薬剤/生分解性高分子重量比=0.26)を形成させた。ステントは計6個作製した。
【0038】
(比較例2)
(生分解性高分子:乳酸−グリコール酸共重合体(製品番号:PLGA7520、標準ポリスチレン換算重量平均分子量18,000)、コーティング層:単層)
生分解性高分子として乳酸−グリコール酸共重合体(製品番号:PLGA7520、和光純薬株式会社、乳酸/グリコール酸=75mol%/25mol%、標準ポリスチレン換算重量平均分子量18,000)を使用した以外は実施例2と同様に作製し、ステント1個あたりの生分解性高分子の重量が321μg、薬剤の重量が84μgのコーティング層(薬剤/生分解性高分子重量比=0.26)を形成させた。ステントは計6個作製した。
(ミニブタへの留置実験1)
実施例1から実施例2および比較例1から比較例2の各ステントを3個ずつ用いて、6頭のミニブタ(クラウン、雌、月齢8から12ヶ月)へのステント留置実験を実施し、評価を行った。なお、評価期間は留置1日後、3日後、7日後、14日後、28日後、56日後、84日後とし、評価期間ごとに6頭のミニブタ(合計42頭)を使用した。全てのステントはあらかじめバルーンサイズが3.5×15mmのバルーンカテーテルのバルーン部分に保持させた状態でEOG(エチレンオキサイドガス)滅菌を行った。
麻酔下でミニブタの右大腿動脈に6Frのシースイントロデューサーを挿入し、シースから挿入した6Frのガイディングカテーテルの先端を左冠状動脈入口部にエンゲージさせた。ガイディングカテーテル経由で左冠状動脈前下行枝および左冠状動脈回旋枝へとステントをデリバリーした後、拡張・留置した。ガイディングカテーテルおよびシースを抜去した後、右大腿動脈を結紮し止血した。ステントを留置する部分は血管径が約2.80mmの部位とし、ステント拡張径を3.50mmとすることで留置部分におけるステント径/血管径の比を約1.25とした。血管径2.80mmの部位が選定できない場合には、ステントを拡張・留置する際のバルーンの拡張圧力を変化させ、ステント径/血管径の比を約1.25とするように調整した。本実験においては、ステントの内径をステント拡張径と定義した。血管径および血管走行上の問題により、左冠状動脈前下行枝あるいは左冠状動脈回旋枝にステントの拡張・留置が困難と判断された場合にはその部分へのステント留置を取りやめ、追加的に右冠状動脈に留置した。1頭あたりの最大ステント留置数は2個とし、左冠状動脈前下降枝、左冠状動脈回旋枝、右冠状動脈のそれぞれに対する最大ステント留置数は1個とした。
【0039】
留置実験を実施する前日より剖検日まで、アスピリン330mg/day、チクロピジン250mg/dayを混餌投与した。留置3ヶ月後にミニブタを安楽死させ心臓を摘出後、ステントが留置された冠状動脈を心臓から取り出した。取り出した冠状動脈を長手方向に切開して展開し、ステントが隣接する冠状動脈組織とステントを分離した。得られた冠状動脈組織のうちの約20mgを正確に秤量後、0.02%EDTAを含むリン酸緩衝液2mL中でホモジナイズした。ここに抽出溶媒(ヘキサンと酢酸エチルを体積比で7:3で混合)10mLを加え、15分間室温で振盪抽出した。4℃・760×gで10分間遠心分離して得られた上層を分取し、さらに上記抽出溶媒10mLを加え、15分間室温で振盪抽出した。4℃・760×gで10分間遠心分離して得られた上層を分取後、濃縮遠心器にて乾固させた。乾固後、1%ウシ血清アルブミン、0.05%Tween20を含むリン酸緩衝液2mLで再溶解後、300倍に希釈したものを検体とした。得られた検体中のタクロリムス濃度を市販のELISAキットを用いて測定した。得られた濃度値から冠状動脈組織1mgあたりに含まれるタクロリムス量を算出し、測定値とした。
実施例および比較例のいずれも3つのステントから得られたデータの平均値を測定値とした。表1には平均値±標準偏差の値を示した。
【0040】
【表1】


表1に示すように実施例1および実施例2では、留置28日後にタクロリムスが存在しており、実施例1ではステントに隣接する冠状動脈組織1mgあたりタクロリムスが41ng、実施例2では43ng含まれていた。また、いずれにおいても隣接する冠状動脈組織中のタクロリムス量は留置28日後以降、84日後まで増加する傾向が見られた。留置84日後において、実施例1ではステントに隣接する冠状動脈組織1mgあたりタクロリムスが276ng、実施例2では110ng含まれていた。
一方、比較例1および比較例2では、留置28日後以降はステントに隣接する組織にタクロリムスは検出されなかった。
(ミニブタへの留置実験2)
実施例1から実施例2および比較例1から比較例2の各ステントを3個ずつ用いて、6頭のミニブタ(クラウン、雌、月齢8から12ヶ月)へのステント留置実験を実施し、評価を行った。全てのステントはあらかじめバルーンサイズが3.5×15mmのバルーンカテーテルのバルーン部分に保持させた状態でEOG(エチレンオキサイドガス)滅菌を行った。
ミニブタへのステント留置は(ミニブタへの留置実験1)と同様に実施した。留置3ヶ月後にミニブタを安楽死させ心臓を摘出した。ステントを留置した冠状動脈を心臓より摘出し、10%中性緩衝ホルマリン溶液中で浸漬固定した。樹脂包埋後、各ステントの中央部の切片を作製し、H.E.染色(ヘマトキシリン・エオジン染色)、およびE.V.G.染色(エラスチカ・ワン・ギーソン染色)を行い、拡大観察を実施した。評価項目として、各ステント断面の血管内腔面積(LA:Lumen Area)、血管内弾性板内側面積(IELA:Area within the Internal Elastic Lamina)を測定した。血管内腔面積(LA)および血管内弾性板内側面積(IELA)を用いて各サンプルの血管閉塞率を次式に従い算出した。
【0041】
血管閉塞率(%)=[1−(LA/IELA)]×100
実施例および比較例のいずれも3つのステントから得られたデータの平均値を測定値とした。表2には平均値±標準偏差の値を示した。
【0042】
【表2】


表2に示すように本発明に係る実施例1および実施例2では、血管閉塞率が40%を下回っており、ステント留置後の狭窄の発現は明確に認められなかった。染色切片を詳細に検討した結果、生分解性高分子の分解に起因すると判断される炎症を示唆する所見は認められなかった。
【0043】
一方、比較例1および比較例2では血管閉塞率が高く、狭窄が生じていると判断された。肥厚した新生内膜中に炎症性細胞の浸潤が顕著に認められており、タクロリムスにより生分解性高分子の分解による影響(炎症反応)を完全には抑制できていないと判断された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体内で実質的に非分解性の材料をステント基材とするステントであって、
前記ステントは、
前記ステント基材表面の少なくとも一部に薬剤を含むコーティング層を有しており、前記ステントをブタ冠状動脈に留置した場合に、
(a)留置28日後に前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に前記薬剤が存在する、
という特性を有することを特徴とするステント。
【請求項2】
前記ステントをブタ冠状動脈に留置した場合に、
(b)留置28日後に前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に存在する前記薬剤量が前記冠状動脈組織1mgあたり40ng以上である、
という特性を有することを特徴とする請求項1記載のステント。
【請求項3】
前記ステントをブタ冠状動脈に留置した場合に、
(c)留置84日後に前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に前記薬剤が存在する、
という特性を有することを特徴とする請求項1または2に記載のステント。
【請求項4】
前記ステントをブタ冠状動脈に留置した場合に、
(c’)留置84日後に前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に存在する前記薬剤量が、留置28日後に前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に存在する前記薬剤量よりも多い、
という特性を有することを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のステント。
【請求項5】
前記ステントをブタ冠状動脈に留置した場合に、
(a’)留置28日後以降、少なくとも留置84日後まで前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に存在する前記薬剤量が増加する、
という特性を有することを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載のステント。
【請求項6】
前記ステントをブタ冠状動脈に留置した場合に、
(b’)留置84日後に前記ステントに隣接する前記冠状動脈組織中に存在する前記薬剤量が前記冠状動脈組織1mgあたり110ng以上である、
という特性を有することを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載のステント。
【請求項7】
前記コーティング層が高分子を含むことを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載のステント。
【請求項8】
前記高分子が生分解性高分子であることを特徴とする請求項7記載のステント。
【請求項9】
前記生分解性高分子が、乳酸、グリコール酸、γ−ブチロラクトン、δ−バレロラクトン、ε−カプロラクトン、テトラメチレンカーボネート、ジオキサノンのうち、少なくとも1種類以上からなる重合体であることを特徴とする請求項8記載のステント。
【請求項10】
前記生分解性高分子が乳酸−グリコール酸共重合体であることを特徴とする請求項9記載のステント。
【請求項11】
ゲル浸透クロマトグラフィーにより測定した前記乳酸−グリコール酸共重合体の標準ポリスチレン換算重量平均分子量が80,000以上、100,000以下であり、前記乳酸−グリコール酸共重合体に乳酸が85mol%、グリコール酸が15mol%含まれることを特徴とする請求項10記載のステント。
【請求項12】
前記薬剤が平滑筋細胞の増殖を抑制する特性を有することを特徴とする請求項1から11のいずれかに記載のステント。
【請求項13】
前記薬剤が免疫抑制剤であることを特徴とする請求項12に記載のステント。
【請求項14】
前記免疫抑制剤が、タクロリムス(FK506)、シクロスポリン、シロリムス、アザチオプリン、マイコフェノレートモフェチルもしくはこれらのアナログのいずれかであることを特徴とする請求項13記載のステント。
【請求項15】
前記免疫抑制剤がタクロリムス(FK506)であることを特徴とする請求項14記載のステント。
【請求項16】
前記コーティング層が単層構造であることを特徴とする請求項1から15のいずれかに記載のステント。
【請求項17】
前記コーティング層が内層および外層から構成される二層構造であり、前記内層および前記外層の両方に前記薬剤を含むとともに、前記内層の薬剤/生分解性高分子重量比が、前記外層の薬剤/生分解性高分子重量比よりも高いことを特徴とする請求項1から15のいずれかに記載のステント。

【公開番号】特開2010−166935(P2010−166935A)
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−127218(P2007−127218)
【出願日】平成19年5月11日(2007.5.11)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】