説明

ステンレス鋼の熱化学的不動態化方法

ステンレス鋼の熱化学的不動態化方法
本発明は、新規な不動態化方法により、ステンレス鋼の耐熱性及び耐腐食性を改善する方法に関する。この方法は、錯化剤の組み合わせと少なくとも一種の酸化剤とを含む水溶液による化学処理と、それに続く水によるリンスと、それに続く酸素を含む雰囲気下における高温での処理を含む。本発明によって得られたステンレス鋼表面は、耐化学性及び熱変色に対する耐性が高められた、均質な不動態層を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼表面の不動態化の新規な方法に関し、この方法は、処理された表面の改善された耐腐食性を提供し、また、熱変色に対するその表面の耐性を向上させることもできる。本方法は、錯化剤を含む水溶液による化学処理と、リンスと、それに続く、気体状であり酸素を含む雰囲気下での熱的な処理とを含む。
【背景技術】
【0002】
しばしばステンレス鋼とも呼ばれる、錆びない鋼は、鉄とともに、クロム、ニッケル、モリブデン、銅、その他のような一連のさらなる元素を含むことができる、鉄の合金である。その処理が本発明の主題である、ステンレス鋼合金の重要な構成要素は、鋼の耐腐食性の向上を確保するために約13重量%の最小濃度で存在する元素クロムである。合金内に存在するクロムは、表面において周囲からの酸素と反応し、材料の表面上に酸化被膜を形成する。当該ワークに存在する合金の約13重量%のクロム含有量により、形成された酸化クロムが確実に緻密層を形成することができ、それにより、ワークを腐蝕から保護する。この保護層は不動態層とも呼ばれる。
【0003】
このような不動態層は、一般的には約10分子層の厚さであり、酸化クロムに加えて、10〜55重量%の濃度で酸化鉄を特に含む。不動態層の中の酸化鉄の割合が低いほど、表面の耐化学性は高くなる。他の方法で示されない限り、ここに記載する全てのパーセンテージは、ステンレス鋼や溶液等のそれぞれの組成の全重量に基づいている。
【0004】
ワークの耐腐食性は、クロムと、ニッケルやモリブデンのようなさらなる合金化元素の含有量に依存する。これらのさらなる合金化元素は、クロムだけの添加では、ワークに耐腐食性の所要の程度や他の機能を付与できない場合に、耐腐食性のさらなる改良を達成するために、ステンレス鋼合金に添加される。しかしながら、これらの耐腐食性を改善するさらなる元素は高価であり、そのため、ステンレス鋼の生産原価を度外視できない程度にまで増加させてしまう。
【0005】
これらの高価なさらなる元素の使用の一つの代替手法は、ステンレス鋼ワークの表面上への、高度に欠陥がなく稠密であり、クロムの鉄に対する比率が非常に高い不動態層の形成である。このような欠陥がなく稠密な不動態層は、同様に、ワークの耐腐食性を著しく向上させることができる。このような欠陥がなく稠密な不動態層の迅速な形成を促進するために、「不動態化方法」、すなわち、ステンレス鋼ワークの表面を酸化性の媒体によって処理することが通常使用される。また、その一般的な方法は、希硝酸又は過酸化水素又はリン酸による処理であり、それはしばしば表面の酸洗いの後に行われる。
【0006】
耐腐食性を向上させるためのさらなる公知の手段は、不動態層の中でのクロムの鉄に対する比率を高めることである。これを達成する一つの方法は、例えば、表面の鉄イオンへの高い親和性を有し、それゆえに不動態層から鉄イオンを選択的に浸出させて結合することができる物質によって、表面を処理することである。例えばクエン酸のような錯化剤及び/又はキレート剤の水溶液がしばしばこの目的のために使用され、例えば、ローラーにより平滑化されたり研磨されたりしたステンレス鋼表面のクロム/鉄比を、該処理前の0.8以上1.2以下の値から該処理後は3.0以上5.0以下の値まで増加させることができる。このような酸化クロムの含有量の増加は、それに相応して、ワークの耐腐食性の改良をもたらす。
【0007】
ここに記載した公知の手段は、組成と、処理されたステンレス鋼の表面品質と、用いられた不動態化方法との作用により、ステンレス鋼ワークの耐腐食性における改良を、ワークの孔食電位により評価した場合に、初期状態と比べて+100mVから良くて+400mVまで、達成することができる。
【0008】
耐腐食性とは別に、ステンレス鋼の耐熱性も、その使用のためにしばしば重要となる。ステンレス鋼が空気中で臨界温度を超えて加熱される場合、その表面は変色し始める。この変色は一般に、淡黄色で始まり、より高い温度で茶色や暗青色に変化しうる。焼きなまし色/焼き戻し色とも呼ばれる、この変色の原因は、厚さが増加した酸化被膜での光の干渉である。変色が始まる臨界温度は、個々の合金、微細構造、ステンレス鋼ワークの表面品質に依存する。それは、しばしば約160から180℃までの範囲にあり、また、ステンレス鋼の耐腐食性が高いほど、高い。
【0009】
このような熱的に生成された酸化被膜は、美しくないだけでなく、上記したような純粋な不動態層と比較して、大幅に低い耐化学性しか有しない。このような熱的に生成された酸化被膜は、比較的高温において、純粋な不動態層の形成を妨げたり、既存の不動態層を置換したりすることにより、ステンレス鋼の耐腐食性を大幅に弱める。
【0010】
従って、どのような熱的に生成される酸化被膜のステンレス鋼表面であっても使用前に清浄にすること、及び、作業中にそのような熱的に生成される酸化被膜が形成されることを避けることが非常に重要である。
【0011】
上記の焼きなまし色/焼き戻し色のものや、スケール等の熱的に生成された酸化被膜の除去は、実際上は、表面を粒子ブラスト、研磨、若しくはブラシがけすることにより機械的に、又は、酸洗い若しくは電解研磨により化学的に行われている。しかしながら、ステンレス鋼表面の熱変色、すなわち、上記のような熱的に生成される酸化被膜の形成に対する耐性を改善する方法は、これまで先行技術において知られていなかった。
【0012】
本発明の目的は、先行技術に従う公知の不動態化方法と比較して、DIN50900に従って測定される腐食電位の著しい増加をもたらすステンレス鋼表面の不動態化方法を提供することである。ここで記載される方法により達成できる腐食電位の増加は、初期状態と比べて、+500mV以上+850mV以下の範囲である。従って、多くの場合において、高価なモリブデン又は銅を含む材料を、本発明の方法による不動態化により所要の耐腐食性を有する、廉価なステンレス鋼の等級で置き換えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】未処理の及び化学的に処理した、等級1.4301のステンレス鋼を、各場合について30分間表示した温度で熱処理した後の孔食電位を示す図である。
【図2】未処理の及び化学的に処理した、等級1.4016のステンレス鋼を、各場合について30分間表示した温度で熱処理した後の孔食電位を示す図である。
【図3】等級1.4301のステンレス鋼の孔食電位を、140℃での熱処理時間の関数として示す図である。
【図4】等級1.4016のステンレス鋼の孔食電位を、140℃での熱処理時間の関数として示す図である。
【発明の開示】
【0014】
驚くことに、酸素を含む雰囲気下における、目標とされた表面熱処理は、フェライト構造及びオーステナイト構造の両方のステンレス鋼のワークの、ステンレス鋼表面の耐腐食性をかなり改善することができることが見出された。この酸素を含む雰囲気下における熱処理は、以下、しばしば、熱処理(heat treatment)又は熱的な処理(thermal treatment)とも呼ばれる。このステンレス鋼のワークは、この目的のために、特定の時間、80℃以上の温度で加熱される。ここで採用される温度の上限は、ステンレス鋼表面に熱的に引き起こされる変色が始まる温度により与えられ、また、用いられるステンレス鋼の等級に依存して異なる。この温度範囲の上限を超え、ステンレス鋼の熱変色が発生する温度範囲に達した場合、処理されたワークの耐腐食性は再び低下する。適切な熱処理により、DIN50900に従った孔食電位は、しばしば約+100から+150mVまで、また、約+200mV以上にさえ増加されうる。
【0015】
この熱処理に先立って、最適化された不動態化水溶液によるステンレス鋼表面の前処理により、さらなる、孔食電位の部分的に劇的な増加をもたらすことができることは、同様に驚くべきことであった。この不動態化水溶液は、以下においてしばしば化学処理とも呼ばれる。この結果、例えば、初期状態と比べて+500から+550mVまでの孔食電位の増加が、等級1.4016(クロム18%、フェライト微細構造)のステンレス鋼に対する実験と後続の熱処理の中で達成された。等級1.4301(クロム18%、ニッケル8%、オーステナイト微細構造)のステンレス鋼に対する実験と後続の熱処理の中では、初期状態と比べて孔食電位の約+850mV以上の増加の達成さえも可能であった。従って、耐腐食性の増加は、個々の処理に起因する孔食電位の増加の合計から与えられた値を超えることさえもでき、化学処理と熱的な処理の相乗効果がここで明らかに観測することができる。
【0016】
従って、本発明は、ステンレス鋼を最初に水溶液による化学処理し、続いて水によるリンスを行い、その後熱処理する、ステンレス鋼の不動態化方法を提供する。この化学処理の中で使用される水溶液は、錯化剤の組み合わせを少なくとも一つと、酸化剤とを含む。錯化剤の組み合わせは、水溶液中で鉄イオンを錯化できるとして公知である化合物を含む。本発明は、特に、錯化剤の組み合わせだけで本発明の目的を満足する不動態化効果が達成できるという観測に起因する。錯化剤は、特には、ヒドロキシカルボン酸、ホスホン酸、有機ニトロスルホン酸である。
【0017】
錯化剤として多座配位錯化剤を用いることが好ましい。これら多座配位錯化剤は、鉄イオンとキレート錯体を形成することができ、従って、不動態層中の酸化クロムの酸化鉄に対する比率のさらなる増加の効果の達成に寄与することができる。
【0018】
適切な錯化剤の例は、例えば、1つ、2つ又は3つのヒドロキシル基及び1つ、2つ又は3つのカルボキシル基を有するヒドロキシカルボン酸、並びにそれらの塩を含む。そのようなヒドロキシカルボン酸の特に適切な例はクエン酸である。さらなる適切な錯化剤は、一般構造R’−PO(OH)(ここで、R’は、一価のアルキル、ヒドロキシアルキル又はアミノアルキル基である。)を有するホスホン酸、又は、一般構造R’’[−PO(OH)(ここで、R’’は、二価のアルキル、ヒドロキシアルキル又はアミノアルキル基である。)を有するジホスホン酸である。これらのホスホン酸及び/又はジホスホン酸の代わりに又は追加して、これらのホスホン酸又はジホスホン酸の塩を一種以上用いることもできる。そのような酸の特に好ましい例は、1−ヒドロキシエタン−1,1−ジホスホン酸(HEDP)またはその塩である。さらなる適切な錯化剤は、有機ニトロスルホン酸、即ち、ニトロアルキルスルホン酸及びニトロアリールスルホン酸、並びにそれらの塩の部類に属する。特に好ましいニトロアリールスルホン酸はメタ−ニトロベンゼンスルホン酸である。これらの化合物の、ここで言及された置換若しくは非置換のアルキル若しくはアリール基、又は炭素骨格を選択する際には、その酸又は塩がその水溶液中で十分な溶解度を有することが保証されるように注意しなければならない。この理由により、炭素鎖は、直鎖状、分枝状、環状又は芳香族のいずれであろうと、約12以下の炭素原子、特には10以下の炭素原子、最も好ましくは6以下の炭素原子を有することが好ましい。
【0019】
この化学処理における水溶液のさらなる必須の構成要素は、酸化剤である。この酸化剤は、好ましくは、その溶液中において、少なくとも+300mVの標準電位を保証できるものであるべきである。適切な酸化剤は、例えば、硝酸塩、過酸化化合物、ヨウ素酸塩、セリウム(IV)化合物を、それぞれの酸又は対応する水溶性の塩の形で含む。過酸化化合物の例は、過酸化物、過硫酸塩、過ホウ酸塩、及び過酢酸塩のような過カルボン酸塩である。これらの酸化剤は、単独でも混合物の形でも用いることができる。
【0020】
ここで使用される「ステンレス鋼」の用語は、クロム含有量が少なくとも13重量%である鉄の合金を指す。耐腐食性を改善するためのさらなる元素がその合金中に存在することができる。
【0021】
本発明による化学処理は、金属のワークの表面から故意に金属を除去する従来の酸洗い(ドイツ国実用新案第9214890(U1)号明細書及び国際公開第WO88/00252(A1)号パンフレット参照)と混同されるべきではない。本特許出願の発明者らは、本発明の方法の特定の効果は、不動態層が当初形成されないことの代わりに、既存の不動態層が、本発明による方法の一連の段階によって、その組成と構造の点から変化させられることに起因すると推定する。しかしながら、これは、本方法への制限を構成するとみなすことはできない理論的な仮説である。
【0022】
前記水溶液は、水溶液の表面張力を減少させる1つ以上の界面活性剤をさらに含むことができる。適切な界面活性剤の例は、例えば、錯化剤と、一般構造H−(O−CHR−CH−OH(ここで、Rは水素又は1つ、2つ、若しくは3つの炭素原子を有するアルキル基であり、nは好ましくは1から5まで、例えば2又は3の整数である。)を有するアルキルグリコールとの存在下における、上記のニトロアルキルスルホン酸及びニトロアリールスルホン酸や、その他の界面活性剤である。
【0023】
本発明による処理の第一工程で用いることができる水溶液の特に適切な例は、以下の組成を有している。すなわち、
少なくとも一種の、1〜3個のヒドロキシル基と1〜3個のカルボキシル基とを有するヒドロキシカルボン酸又はその塩を0.5〜10重量%、特には3.0〜5.0重量%、
少なくとも一種の、一般構造R’−PO(OH)(ここで、R’は、一価のアルキル、ヒドロキシアルキル又はアミノアルキル基である。)を有し、及び/又は、一般構造R’’[−PO(OH)(ここで、R’’は、二価のアルキル、ヒドロキシアルキル又はアミノアルキル基である。)を有するホスホン酸又はその塩を0.2〜5.0重量%、特には0.5〜3.0重量%、
少なくとも一種の、ニトロアリールスルホン酸若しくはニトロアルキルスルホン酸又はその塩を0.1〜5.0重量%、特には0.5〜3.0重量%、
少なくとも一種の、一般構造H−(O−CHR−CH−OH(ここで、Rは水素又は1〜3個の炭素原子を有するアルキル基であり、nは1〜5である。)を有するアルキルグリコールを0.05〜1.0重量%、特には0.1〜0.5重量%、
少なくとも一種の、この溶液中において少なくとも+300mVの標準電位を保証することができる酸化剤を0.2〜20重量%、特には0.5〜15重量%、
の組成を有しており、この溶液の残部は水である。ここで示したパーセンテージはそれぞれの純粋な物質又はイオンに関係する。塩、又は、例えば対イオン、結晶水、溶媒等を含む、さらなる物質を含む組成を用いる場合には、それに対応して、より高い重量比率を用いなければならない。
【0024】
特に好ましい態様においては、それぞれ上記した重量比で、少なくとも一種のヒドロキシカルボン酸はクエン酸を含み、及び/又は、少なくとも一種のホスホン酸若しくはジホスホン酸はHEDPを含み、及び/又は、少なくとも一種のニトロアリールスルホン酸若しくはニトロアルキルスルホン酸はm−ニトロベンゼンスルホン酸を含み、及び/又は、少なくとも一種のアルキルグリコールはエチレングリコール及び/又はブチルグリコールを含み、並びに、酸化剤は硝酸塩、過酸化物、過硫酸塩、及び/又は、セリウム(IV)を基にしたイオンを含む。
【0025】
適切な場合には、さらなる界面活性剤を、0.02から2.0重量%、好ましくは0.05から1.0重量%の濃度で上記の組成に加えることができる。さらに、一種以上の増粘剤を、適切な場合にはこれらの組成に加えることができる。このような増粘剤(例えば珪藻土)は、溶液の粘性を増加させる役目をすることができる。ただし、前記の水溶液中での化学処理は、このような増粘剤が分配されるように、好ましくはディップ槽の中で行われる。
【0026】
この水溶液は、pH7未満とすることが好ましく、4未満のpHが特に好ましい。このことは、水溶液が少なくとも一種の酸を含むことによって達成することができる。好ましい方法の一つは、少なくとも一種の錯化剤及び/又は少なくとも一種の酸化剤を、少なくとも部分的に酸の形で溶液に加えることを含む。
【0027】
本発明による処理の最初の工程は、好ましい態様では、70℃以下の温度の水溶液中で行われる。この水溶液中での処理は、より好ましくは室温以上60℃以下の範囲の温度にて行われる。この水溶液中での化学処理は好ましくは少なくとも60分の時間行われ、例えば、この水溶液による化学処理は、1〜4時間の時間を超えて行うこともできる。
【0028】
この不動態化水溶液による処理の後、不動態化溶液を除去するため、ワークは水、好ましくは脱イオン水でリンスされ、また、必要に応じて、該ワークを熱処理する前に、乾燥される。このリンスは、スプレーによって、又は、ディップ槽の中への(適切な場合には複数回の)ディッピングによって、又は、それらのリンス方法の組み合わせによって、達成することができる。
【0029】
熱処理の工程は、酸素を含む雰囲気下にて80℃以上の温度で行われる。この熱処理は、好ましくは80℃以上280℃以下の範囲の温度、特に100℃を超えて260℃以下の温度で行われる。
【0030】
好ましい態様では、熱による処理での酸素を含む雰囲気は、空気とすることができる。本発明の他の態様では、酸素を含む雰囲気は、特には、水蒸気又は水蒸気及び空気の混合である。このような水蒸気を含む雰囲気は、100℃以上の温度にて好ましく使用される。
【0031】
この熱処理のための最適温度範囲は、処理されるステンレス鋼の種類に本質的に依存する。しかしながら、この最適範囲は、この技術分野における通常の知識を有する者が実験により容易に決定することができる。
【0032】
例えば、ステンレス鋼が、クロムが約16〜20重量%、ニッケルが約7〜10重量%の含有量であるオーステナイト鋼、例えば等級1.4301のステンレス鋼である場合には、適切な温度は100℃以上270℃以下、好ましくは150℃以上260℃以下、特には220℃以上260℃以下の範囲である(図1参照)。
【0033】
約16〜20重量%のクロム含有量を有し、その他、耐腐食性を向上させるさらなる合金構成要素(例えば、ニッケル又はモリブデン)を実質的に含まない等級1.4016のステンレス鋼では、100℃以上190℃以下、好ましくは120℃以上160℃以下、特に130℃以上150℃以下の範囲の温度での熱処理を施した場合に良い結果が得られる(図2参照)。ここでの「実質的に含まない」との表現は、合金中に、当該元素が、少しでも存在する場合には、1重量%未満の濃度で、一般的に0から0.1重量%までの範囲で存在することを意味する。
【0034】
この熱処理は、少なくとも2分の時間行われるべきである(例えば、等級1.4301のステンレス鋼のための図3参照)。この熱処理は、好ましくは15〜45分の時間、例えば約30分で行われる。ステンレス鋼の等級にも依存するが、例えば数時間より長いような長すぎる熱処理は、処理されるワークの耐腐食性を再度の低下をもたらすかもしれない。
【0035】
従って、例えば、等級1.4016のステンレス鋼は、140℃まで、すなわち、この熱処理の最適な範囲にある温度まで加熱した場合には、最初に孔食電位において約+1000mVの値にまで素早い上昇を示す(図4参照)。しかしながら、そのようなワークがこの温度に長い時間さらされる場合、孔食電位は再び約+700mVの値まで低下する。そのため、一部の種類のステンレス鋼については、熱処理を約90分よりも、好ましくは約60分よりも長く行わないことが保証されなければならない。
【0036】
ここに記載した方法のさらなる重要な利点は、DIN50900に従って孔食電位を測定した場合に、初期状態と比べて耐腐食性の著しい増加に影響を与えることに適しているだけでなく、この方法がステンレス鋼のワークの熱変色に対する耐性を向上させることにも適していることである。このような不動態化の方法によって、ステンレス鋼のワーク又はその表面の使用中の熱変色に対する耐性を向上させることは、従来記述されておらず、ここに記載した本発明のさらなる重要な利点である。
【0037】
先行技術は、とりわけ、ステンレス鋼表面の浄化と不動態化の方法を開示している。その中では、水溶液中のヒドロキシ酢酸又はクエン酸が表面に適用されている(欧州特許第0776256(B1)号明細書参照)。しかしながら、この方法でのヒドロキシカルボン酸の含有量は明らかに3.0重量%未満である。さらに、この先行技術(なお、この先行技術はワークの熱的な処理に言及していない。)は、おそらく、容易に沈殿してワーク上の酸化被膜に取り込まれる錯体を用いて、ワーク表面に不動態層を形成することに関係がある(上記欧州特許第0776256(B1)号明細書の[0032]段落参照)。また、ステンレス鋼材料の電気化学的予備研磨に続いて、酸化性の高温ガス雰囲気下での酸化加工によってその研磨された表面を処理することを開示する、ドイツ国特許3991748(C2)号明細書は言及に値する。この加工段階の温度は300℃を超える。本発明の方法は、通常300℃未満で行われる。
【0038】
本発明は、さらに、本発明に従った方法を行うための水溶液であり、錯化剤の組み合わせを含み、錯化剤の一つとして上記したヒドロキシカルボン酸を3.0〜10重量%含む水溶液を提供する。さらに、この水溶液は上記したような酸化剤を含む。この錯化剤の組み合わせは、上記で詳述したように、少なくとも一種のヒドロキシカルボン酸と、少なくとも一種のホスホン酸と、少なくとも一種のニトロアリールスルホン酸又はニトロアルキルスルホン酸とからなることが好ましい。この水溶液は、特に、アルキルグリコールをさらに含むことができる。
【0039】
本発明は、さらに、少なくとも一つのステンレス鋼表面を有する金属からなるワークを提供する。これは、ここで記載したような方法をワークに施すことによって得ることができる。
【0040】
本発明は、以下の実施例によって説明される。しかしながら、これらの実施例は、ここに記載した不動態化方法のありうる態様を提示するだけであり、決してこれらの実施例に制限されることを意味するものではない。
【実施例】
【0041】
実施例1:等級1.4301のステンレス鋼
【0042】
オーステナイト微細構造を有し、合金中にクロム18重量%、ニッケル8重量%の含有量を有する、2枚の厚さ1.5mmの等級1.4301のステンレス鋼板(A及びB)(冷間圧延され、平滑な熱処理後の表面を有している)を、最初の状態でアルカリにより脱脂し、脱イオン水により清浄にリンスし、乾燥させた。続いて、DIN50900に従って孔食電位を測定した。初期状態の孔食電位は、両鋼板ともに+550mVであった。
【0043】
鋼板Bを、以下の組成(重量%)を有する不動態化溶液に浸漬した。
【0044】
クエン酸 3.5%
m−ニトロベンゼンスルホン酸 1.9%
ヒドロキシエタンジホスホン酸(HEDP) 3.0%
ブチルグリコール 0.1%
界面活性剤 0.2%
硝酸マグネシウム六水和物 22.1%
脱イオン水 100%まで
【0045】
この化学処理を40℃で180分間行った。続いて、鋼板を脱イオン水でリンスし、空気中で乾燥した。
【0046】
その後、鋼板Bの孔食電位が、+750mV、すなわち初期状態と比べて+200mVの増加として測定された。
【0047】
続いて、2枚の鋼板(A及びB)を、オーブン内で240℃にて30分間加熱した。冷却後、不動態化溶液中で処理されていた鋼板Bは色の変化を示さなかった。一方、処理されていない鋼板Aは淡黄色になった。その後の孔食電位の測定では以下のような結果を得た。
【0048】
化学的に処理されていなかった鋼板Aについて:
+650mV、従って、その初期状態と比べて+100mVの改善であり、後の熱処理前の、化学的に処理された鋼板Bと比べて−100mV低い値である。
【0049】
化学的に処理された鋼板Bについて:
+1450mV、従って、その初期状態と比べて+900mV、不動態化溶液に浸漬した後の値と比べて+700mV、熱処理のみ行った鋼板Aと比べて+800mVの改善である。
【0050】
実施例2:等級1.4016のステンレス鋼
【0051】
フェライト微細構造を有し、合金中にクロム18重量%の含有量を有する、2枚の厚さ1.0mmの等級1.4016のステンレス鋼板(C及びD)(冷間圧延され、平滑な熱処理後の表面を有している)を、アルカリにより脱脂し、脱イオン水によりリンスし、空気中で乾燥させた。続いて、DIN50900に従って初期状態の孔食電位を測定した。それは鋼板C及びD両者ともに+370mVであった。
【0052】
続いて、鋼板Dを実施例1に記載した組成である不動態化溶液中で処理した。この処理は、2.5時間の時間で、室温(+22℃)で行った。続いて、この鋼板を清浄にリンスし、空気中で乾燥し、孔食電位が+520mV、すなわち初期状態と比べて+150mVの増加として測定された。
【0053】
続いて、鋼板C及びDともに、オーブン内で140℃にて30分の時間で加熱した。冷却後、この2枚の鋼板は色の変化を示さなかった。孔食電位の測定では以下のような結果を得た。
【0054】
化学的に処理されていなかった鋼板Cについて:
+570mV、従って、その初期状態と比べて+200mVの改善であり、不動態化溶液中で処理された後の鋼板Dと比べて+50mV高い値である。
【0055】
化学的に処理された鋼板Dについて:
+900mV、従って、その初期状態の値より+530mV高い値であり、不動態化溶液中での処理の後より+380mV高い値であり、熱処理後の鋼板Cで測定した値より+330mV高い値である。
【0056】
実施例3:等級1.4016のステンレス鋼
【0057】
等級1.4016のステンレス鋼(E及びF)を実施例2のように準備し、鋼板Fを不動態化溶液(組成については実施例1参照)中にて処理した。続いて、両鋼板をオーブン内で210℃にて30分の時間で加熱した。冷却後、不動態化溶液中で処理されていなかった鋼板Eは明確な淡黄色になった。一方、鋼板Fは色の変化を示さなかった。
【0058】
化学的に処理されていなかった鋼板E:
鋼板Eの孔食電位は+480mVであり、従って、初期状態と比べて+110mV高いが、最適な範囲の熱的な処理(実施例2参照)で得られた値よりも90mV低い値であった。
【0059】
前もって化学的に処理されていた鋼板F:
鋼板Fの孔食電位を測定は+520mVであり、従って、熱処理前に測定された値と一致した。しかしながら、鋼板Fは温度により生じる色変化を示さなかったものの、この値は、最適化された温度範囲、すなわち、約+140℃での処理後に測定された+900mVの孔食電位よりも380mV低い(実施例2、鋼板D参照)。
【0060】
従って、この実施例は、特定のステンレス鋼の等級に最適化された温度範囲を超えた場合、耐腐食性が再び低下するが、それでも不動態化処理を行う前よりも高いことを示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼の不動態化方法であって、該ステンレス鋼を、
最初に、錯化剤の組み合わせと少なくとも一種の酸化剤とを含む水溶液によって化学処理し、
続いて、水によるリンス工程を行い、
その後、酸素を含む雰囲気下にて、80℃以上の温度で熱処理する
ことを特徴とするステンレス鋼の不動態化方法。
【請求項2】
前記酸化剤は、前記溶液中において少なくとも+300mVの標準電位を保証することができるものとすることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記錯化剤の組み合わせは、ヒドロキシカルボン酸、ホスホン酸、及び、ニトロアリールスルホン酸又はニトロアルキルスルホン酸、又はこれらの塩を含むものとすることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記錯化剤の組み合わせは、
少なくとも一種の、1〜3個のヒドロキシル基と1〜3個のカルボキシル基とを有するヒドロキシカルボン酸又はその塩と、
少なくとも一種の、一般構造R’−PO(OH)(ここで、R’は、一価のアルキル、ヒドロキシアルキル又はアミノアルキル基である。)を有し、及び/又は、一般構造R’’[−PO(OH)(ここで、R’’は、二価のアルキル、ヒドロキシアルキル又はアミノアルキル基である。)を有するホスホン酸又はその塩と、
少なくとも一種の、ニトロアリールスルホン酸若しくはニトロアルキルスルホン酸又はその塩と
を含むことを特徴とする請求項1又は3に記載の方法。
【請求項5】
前記酸化剤は、それぞれ酸及び/又は塩の形での硝酸塩、過酸化物、過硫酸塩、過ホウ酸塩、過カルボン酸塩、ヨウ素酸塩、及びセリウム(IV)を基とした化合物、からなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物を含むものとすることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記水溶液は、
少なくとも一種の、1〜3個のヒドロキシル基と1〜3個のカルボキシル基とを有するヒドロキシカルボン酸又はその塩を0.5〜10重量%と、
少なくとも一種の、一般構造R’−PO(OH)(ここで、R’は、一価のアルキル、ヒドロキシアルキル又はアミノアルキル基である。)を有し、及び/又は、一般構造R’’[−PO(OH)(ここで、R’’は、二価のアルキル、ヒドロキシアルキル又はアミノアルキル基である。)を有するホスホン酸又はその塩を0.2〜5.0重量%と、
少なくとも一種の、ニトロアリールスルホン酸若しくはニトロアルキルスルホン酸又はその塩を0.1〜5.0重量%と、
少なくとも一種の、一般構造H−(O−CHR−CH−OH(ここで、Rは水素又は1〜3個の炭素原子を有するアルキル基であり、nは1〜5である。)を有するアルキルグリコールを0.05〜1.0重量%と、
少なくとも一種の、前記溶液中において少なくとも+300mVの標準電位を保証することができる酸化剤を0.2〜20重量%と
を含むものであり、前記溶液の残部が、任意に一種以上の増粘剤を加えることもできる水であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記水溶液中での化学処理を、70℃以下の温度で行うことを特徴とする請求項1乃至6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記水溶液中での化学処理を、1〜4時間の時間で行うことを特徴とする請求項1乃至7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記後続の熱処理を、空気雰囲気下、水蒸気雰囲気下、又は空気と水蒸気の混合雰囲気下にて行うことを特徴とする請求項1乃至8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記後続の熱処理を、80℃以上280℃以下の範囲の温度で行うことを特徴とする請求項1乃至9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記ステンレス鋼が、クロムの含有量が16〜20重量%であり、ニッケルの含有量が7〜10重量%であるオーステナイト鋼である場合に、前記熱処理を100℃以上270℃以下、好ましくは150℃以上260℃以下の範囲の温度で行うことを特徴とする請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記ステンレス鋼が、クロムの含有量が16〜20重量%であり、ニッケル及び/又はモリブデンを実質的に含まないフェライト鋼である場合に、前記熱処理を100℃以上190℃以下、好ましくは120℃以上160℃以下の範囲の温度で行うことを特徴とする請求項10に記載の方法。
【請求項13】
前記後続の熱処理を、少なくとも2分の時間で行うことを特徴とする請求項1乃至12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
前記後続の熱処理を、15〜45分の時間で行うことを特徴とする請求項1乃至12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
請求項1乃至14のいずれか一項に記載の方法を、ステンレス鋼表面の腐食性を高めるために使用すること。
【請求項16】
請求項1乃至14のいずれか一項に記載の方法を、ステンレス鋼表面の熱変色に対する耐性を高めるために使用すること。
【請求項17】
請求項1乃至14のいずれか一項に記載の方法を施されることによって得ることができる、少なくとも一つのステンレス鋼表面を有する金属からなるワーク。
【請求項18】
錯化剤の組み合わせを含む、請求項1乃至14のいずれか一項に記載の方法を行うための水溶液であって、前記水溶液は、錯化剤としてヒドロキシカルボン酸を3.0〜10重量%と、少なくとも一種の酸化剤とを含むことを特徴とする水溶液。
【請求項19】
前記錯化剤の組み合わせが、少なくとも一種のヒドロキシカルボン酸と、少なくとも一種のホスホン酸と、少なくとも一種のニトロアリールスルホン酸又はニトロアルキルスルホン酸とからなり、さらにアルキルグリコールを含むことを特徴とする請求項18に記載の水溶液。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2010−521581(P2010−521581A)
【公表日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−552092(P2009−552092)
【出願日】平成20年2月22日(2008.2.22)
【国際出願番号】PCT/EP2008/001419
【国際公開番号】WO2008/107082
【国際公開日】平成20年9月12日(2008.9.12)
【出願人】(507313294)ポリグラット ゲーエムベーハー (8)
【Fターム(参考)】