説明

スラスト静圧軸受パッド

【課題】剛性や負荷容量を大きく且つニューマチックハンマの不安定振動を発生しにくくすることができ、剛性と安定性との両立を可能とする。
【解決手段】多孔質部材1の軸受面中央部の座ぐり5と貫通孔6とを設けて、そこにねじ部材7を挿通し、当該ねじ部材7のねじ部を本体2のねじ孔8に螺合し締め付けて多孔質部材1を本体2に取り付けると共に、本体2と多孔質部材1との間には円環状の給気キャビティ3を設けて、給気孔4から給気キャビティ3に給気された気体が多孔質部材1の軸受面から噴出するように構成した静圧軸受パッドにおいて、多孔質部材1の軸受面外径dと座ぐり径dとの比d/dを0.2以上0.6以下とすることで、動剛性と減衰係数を高くすると共に負荷容量を大きくする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作機械、精密機械、超精密機械、測定機等のスライドやスピンドル等を支持する静圧軸受ユニットに用いられる多孔質型スラスト気体軸受の静圧軸受パッドに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の多孔質絞り形式のスラスト気体軸受の静圧軸受パッドは、図6に示すように、軸受部を構成する多孔質部材1の側面や底面の一部を本体2に接着して取り付けられ固定されていた。しかしながら、このような取り付け構造では、接着不良や接着剤の劣化によって多孔質部材1が外れ、本体2から飛び出してしまう恐れがある。そこで、本出願人は先に特開平3−239810号公報に記載される静圧軸受パッドを提案した。この静圧軸受パッドは、図7に示すように、軸受部を構成する多孔質部材1の中央部の軸受面側に座ぐり5を設け、更にその座ぐり5に貫通穴6を連設し、そこにねじ部材7を挿通して、ねじ部材7のねじ部を本体2のねじ孔8に螺合し締め付けて、多孔質部材1を本体2に取り付けるようにしたものがある。そして、この静圧軸受パッドでは、多孔質部材1の裏面側に円環状の給気キャビティ3を設け、本体2の給気孔4から、この給気キャビティ3に給気した気体が、軸受部である多孔質部材1を通り、反対側の軸受面から噴出するようにしている。但し、この静圧軸受パッドは、軸受部を構成する多孔質部材1の取り付け構造に主眼を置くものであり、例えば図7aに示すように、前記図6の接着型のものに比して、中央部の気体非噴出部でも圧力分布が均一になることが定性的に分かっている程度で、剛性や負荷容量、通気流量等の性能面についてはあまり考慮されていない。なお、このように中央部で気体が噴出されないようにして圧力分布を均一化するものとしては、例えば図8に示すように、前記図6に示す従来の構造において、軸受部を構成する多孔質部材1の中央部にプラスチック製や金属製の円板体10を埋め込んでも同様に効果が得られる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、前記軸受部を構成する多孔質部材の取り付けにあたって、前記座ぐりの直径dは、性能を考慮して、軸受面の外径dとの比率で決められるべきであるが、その決定においては、これまで理論的根拠がなく、或る程度の経験則に頼っている。つまり、座ぐり径dが大き過ぎると通気流量が不足し、軸受面積も小さくなって、剛性や負荷容量も低下する。また、座ぐり径dが小さ過ぎると通気流量が多くなり、特に荷重が増えて支持部材との隙間が小さくなると、自励振動の一種であるニューマチックハンマが生じ易くなる。また、軸受部を構成する多孔質部材の中央部にねじ部材を挿通するため、そのねじ部材或いはねじ孔の回りに円環状の給気キャビティを設けているが、この給気キャビティの直径dと軸受面の直径dとの比d/dも多孔質部材内の気体圧力分布や軸受面での気体圧力分布に影響を与えるということは分かっていない。そのため、この比d/dは殆ど考慮されることがなく、本体の最も形成し易い位置に給気孔を形成し、給気キャビティ径もそれに一致させていた。
本発明は前記諸問題を解決すべく開発されたものであり、剛性や負荷容量等の軸受性能を低下させることなく、通気流量を適切に小さくすることにより、ニューマチックハンマ等の不安定振動に強いスラスト静圧軸受パッドを提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
かかる諸問題を解決するために、本発明に係るスラスト静圧軸受パッドは、本体の凹部に円柱状の非金属系多孔質部材を取付け、当該本体と多孔質部材との間には円環状の給気キャビティを設けて、この給気キャビティに給気された気体が当該給気キャビティとは反対側の多孔質部材の軸受面から噴出するように構成すると共に、前記多孔質部材には、前記軸受面の中央部の座ぐりと、当該座ぐりに連通する貫通穴とを設けて、その座ぐりと貫通穴とにねじ部材を挿通し、前記座ぐりにねじ部材の頭部を収納して気体非噴出部とすると共に、当該ねじ部材のねじ部を本体のねじ孔に螺合し締め付けて多孔質部材を本体に取り付けたスラスト静圧軸受パッドにおいて、前記多孔質部材の軸受面外径dと座ぐり径dとの比d/dが0.2以上0.6以下であることを特徴とするものである。
また、前記多孔質部材の軸受面外径dと給気キャビティ径dとの比d/dは0.5以上0.9以下にする。
【発明の効果】
【0005】
以上説明したように、本発明のスラスト静圧軸受パッドによれば、多孔質部材の軸受面外径dと座ぐり径dとの比d/dを0.2以上0.6以下としたため、剛性や負荷容量を大きく且つニューマチックハンマの不安定振動を発生しにくくすることができ、剛性と安定性との両立が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
図1は本実施形態のスラスト静圧軸受パッドの一実施形態を示す断面図である。この実施形態の静圧軸受パッドの形状そのものは、前記図7に示す従来のものと同様であり、同等の構成には同等の符号を付して詳細な説明を省略する。なお、前記軸受部を構成する多孔質部材には、グラファイトやセラミックス等の非金属系材料を主体としたものが適用される。
【0007】
この実施形態でも、前記座ぐり径dに相当する中央部の気体噴出がなくても、当該座ぐり径dが小さいときには周囲から回り込んだ気体の逃げ場がないため、軸受面内の気体圧力はさほど下がらない。しかしながら、座ぐり径dが大きくなると周辺部から吹き出す気体と大気圧との差が大きくなるため、気体が大気側に逃げて圧力が低下する。つまり、座ぐり径dが大きくなると軸受負荷容量が減少する。このため、必要な軸受負荷容量を確保するためには、座ぐり径dと軸受面外径dとの比d/dは或る値より小さくする必要がある。但し、この比d/dを小さくし過ぎると、逆にニューマチックハンマという不安定振動が発生し易くなる。即ち、軸受負荷容量や合成を大きくするには、座ぐり径dと軸受面外径dとの比d/dを小さくする必要があるが、逆にニューマチックハンマという不安定振動を避けるためには、この比d/dを或る程度大きくする必要があり、両者のバランスをとった比d/dの設定が重要となる。
【0008】
前記ニューマチックハンマは、気体軸受等の圧縮流体を潤滑流体に用いた軸受に発生する不安定振動で、負荷時の潤滑流体が、
(スクイズ効果/圧縮効果)<単位面積当たりの軸受静剛性
の状態になったときに発生し易くなる。即ち、(1)スクイズ効果が小さいと発生し易い、(2)剛性が大きくなると発生し易い、(3)圧縮効果が大きくなると発生し易い、ということになる。
【0009】
ここで、スクイズ効果とは、軸受面と対向する物体の二面間の押し合いによって生じる圧力で、二面間の接近する速度に比例する。圧縮効果は期待の圧縮状態である。即ち、負荷容量や剛性大きくする(2)ことは気体の圧縮状態を高くする(3)ことであり、圧縮度が高くなることにより、二物体の接近速度はその抵抗のため遅くなる(1)ので、上記三つの条件が全て満たされてニューマチックハンマの発生を加速する。
【0010】
この対策として、前記座ぐり径dと軸受面外径dとの比d/dをパラメータとして軸受剛性及び減衰係数を求め、高い剛性及び安定性が両立して得られる比d/dの範囲を求めた。図2は、試験装置の概略である。この試験装置は、例えば「機械のモーダル・アナリシス(大久保信行著、中央大学出版部、昭和57年初版第1刷、p8〜p12)」の振幅と周波数を用いる方法を具体化したものであり、詳細は文献を参照されたいが、この軸受端面中央部にハンマーで一定の大きさのインパルス荷重を与え、非接触変位計を用いてその自由振動波形を測定し、振動周波数、対数減衰率を実験的に求めた。なお、試験軸受及び試験条件は以下の通りである。
【0011】
軸受径d:Φ50mm
多孔質部材の厚さ:10mm
給気圧:ゲージ圧で5kgf/cm
軸重量:10kgf
気体吹き出し口の封口径である、前記座ぐり径dは、ねじ部材であるボルト頭部の外径を変化させたり、ボルト径そのものを変化させたりして対応した。
【0012】
図3は、この実験で求められた前記座ぐり径dと軸受面外径dとの比d/dと、軸受動剛性k及び減衰係数cとの関係である。軸受動剛性kは、座ぐり径dと軸受面外径dとの比d/dが0.3〜0.4で、減衰係数cは、比d/dが0.4〜0.5で夫々最大値となり、各々の最大値を1として相対比で示している。負荷容量は、座ぐりなしの座ぐり径d=0のとき、最も大きくなるのに対し、実際の負荷状態では、負荷容量が大き過ぎると、浮上量が大きくなり、剛性及び減衰係数共に小さくなる。このため、剛性及び減衰係数は座ぐり径dが或る値で最大値となり、それより座ぐり径dが小さくなると共に剛性及び減衰係数も小さくなる。そして、剛性の減少より減衰係数の減少の割合の方が大きく、このことが座ぐり径d1を小さくしたときのニューマチックハンマの不安定振動発生の原因となる。これを避けるには、座ぐり径dと軸受面外径dとの比d/dを或る程度大きくする必要があり、図からd/d≧0.2となる。
【0013】
また、座ぐり径dが大きくなり過ぎると負荷容量不足となり、剛性及び減衰係数とも小さくなる。剛性及び減衰係数を大きくするには負荷容量を大きくすることが必要で、このためには座ぐり径dを小さくすることが有効であり、図からd/d≦0.6となる。
以上より、座ぐり径dと軸受面外径dとの比d/dを0.2以上0.6以下とすることにより、剛性や負荷容量が大きく且つニューマチックハンマの不安定振動が発生しにくいスラスト静圧軸受パッドを設計することができる。なお、図3から、座ぐり径dと軸受面外径dとの比d/dは、望ましくは0.3以上0.5以下である方が、より剛性や安定性が高くなる。
【0014】
また、座ぐりを設けることは前記剛性の面だけでなく、負荷のモーメントに対しても効果がある。本発明では、前述のように軸受面中央部に圧力が発生しないので、軸受外周部の圧力分布が高くなる。このため、負荷が傾いてモーメントが発生しても、自己調心作用が働く。このことは、前記図2の試験装置を用いて確認できる。即ち、180°位相をずらした二個の非接触変位計の波形を比較することにより負荷のモーメントに対する強さを評価できる。即ち、インパルス荷重を与えるハンマーの打撃位置及び位相を変えることにより、軸端面と軸受面とに負荷のモーメントを与えることができる。測定結果では、座ぐり径dと軸受面外径dとの比d/d=0.5で最も調心作用が強くなった。理論的には、この比d/dが大きいほど負荷のモーメントに強くなるが、実際には負荷容量が小さくなるために調心作用が小さくなり、比d/d=0.5で最大値を示したと考えられる。このように、スラスト静圧軸受では、中央部に均一に荷重が負荷されればスラスト方向だけの剛性が重要であるが、負荷位置が中心からずれると傾きが発生するので、モーメント剛性を高めるには中央部から気体が噴射されないようにするとよい。
【0015】
次に、前記円環状のキャビティ径dの軸受面外径dに対する比d/dを0.2、0.5、0.8も変えて、多孔質部材の厚さ中央部で半径方向圧力分布を求めた結果を図4に示す。横軸は、軸受中心位置からの距離で、r/r=0で軸受中心、r/r=1で軸受外径端部である。縦軸の圧力分布は前記キャビティ径dと軸受面外径dとの比d/d=0.2で測定された最大圧力を1としてその相対比で表した。同図から、給気キャビティ径dが小さいときは軸受中央部圧力が高いが、給気キャビティ径dが大きいほど最大圧力値が軸受の半径方向外側に移動する。本実施形態では、軸受中央部の座ぐり部分では気体が噴出されないので、この座ぐり径dより外側で最大圧力が発生する方が負荷容量、剛性、減衰係数とも大きくなる。但し、給気キャビティ径dが大きくなり過ぎると、半径方向外側の圧力と内側の圧力との圧力差が大きく、内側の圧力が小さくなると共に、大気圧との圧力差から気体が内側に向かわずに外側に逃げる割合が多くなるので、給気キャビティ径dは或る値より小さくする必要がある。
【0016】
図5は、前記図2の試験装置を用いて、キャビティ径dと軸受面外径dとの比d/dと、負荷のモーメントによる軸受端面の傾きとの関係を求めたものである。ここでは、図2に記載される非接触変位計と同位相の軸上端面外周部にハンマーの中央部で一定の大きさのインパルス荷重を与え、対向する非接触変位計の出力から軸受端面の傾斜角を求めた。なお、試験軸受及び試験条件は以下の通りである。
【0017】
軸受径d:Φ50mm
座ぐり径d:Φ20mm(d/d=0.4)
多孔質部材の厚さ:10mm
給気圧:ゲージ圧で5kgf/cm
軸重量:10kgf
図は、最も傾きが小さくなったときの傾斜角度を1として相対比で示した。ここでは、キャビティ径dと軸受面外径dとの比d/dが0.5〜0.9の範囲で軸受端面の傾斜角度が、最小値に対して、5%以内に入っており、この範囲が最も負荷のモーメントに強い軸受仕様となっている。従って、キャビティ径dと軸受面外径dとの比d/dを0.5以上0.9以下とすることにより、剛性及び安定性に優れた軸受を設計することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明のスラスト静圧軸受パッドの一実施形態を示す断面図である。
【図2】静圧軸受パッドの試験装置の概略構成図である。
【図3】座ぐり径と軸受面外径との比と、軸受動剛性及び減衰係数との関係を示す説明図である。
【図4】軸受面中心からの半径位置と、厚さ中央部での圧力分布との関係を示す説明図である。
【図5】給気キャビティと軸受面外径との比と、軸受面の傾斜角度との関係を示す説明図である。
【図6】従来の静圧軸受パッドの一例を示す断面図である。
【図7】従来の静圧軸受パッドの他の例を示す断面図である。
【図8】従来の静圧軸受パッドの更に他の例を示す断面図である。
【符号の説明】
【0019】
1は多孔質部材
2は本体
3は給気キャビティ
4は給気孔
5は座ぐり
6は貫通孔
7はねじ部材
8はねじ孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
本体の凹部に円柱状の非金属系多孔質部材を取付け、当該本体と多孔質部材との間には円環状の給気キャビティを設けて、この給気キャビティに給気された気体が当該吸気キャビティとは反対側の多孔質部材の軸受面から噴出するように構成すると共に、前記多孔質部材には、前記軸受面の中央部の座ぐりと、当該座ぐりに連通する貫通穴とを設けて、その座ぐりと貫通穴とにねじ部材を挿通し、前記座ぐりにねじ部材の頭部を収納して気体非噴出部とすると共に、当該ねじ部材のねじ部を本体のねじ孔に螺合し締め付けて多孔質部材を本体に取り付けたスラスト静圧軸受パッドにおいて、前記多孔質部材の軸受面外径dと座ぐり径dとの比d/dが0.2以上0.6以下であることを特徴とするスラスト静圧軸受パッド。
【請求項2】
本体の凹部に円柱状の非金属系多孔質部材を取付け、当該本体と多孔質部材との間には円環状の給気キャビティを設けて、この給気キャビティに給気された気体が当該吸気キャビティとは反対側の多孔質部材の軸受面から噴出するように構成すると共に、前記多孔質部材には、前記軸受面の中央部の座ぐりと、当該座ぐりに連通する貫通穴とを設けて、その座ぐりと貫通穴とにねじ部材を挿通し、前記座ぐりにねじ部材の頭部を収納して気体非噴出部とすると共に、当該ねじ部材のねじ部を本体のねじ孔に螺合し締め付けて多孔質部材を本体に取り付けたスラスト静圧軸受パッドにおいて、前記多孔質部材の軸受面外径dと給気キャビティ径dとの比d/dが0.5以上0.9以下であることを特徴とするスラスト静圧軸受パッド。
【請求項3】
本体の凹部に円柱状の非金属系多孔質部材を取付け、当該本体と多孔質部材との間には円環状の給気キャビティを設けて、この給気キャビティに給気された気体が当該吸気キャビティとは反対側の多孔質部材の軸受面から噴出するように構成すると共に、前記多孔質部材には、前記軸受面の中央部の座ぐりと、当該座ぐりに連通する貫通穴とを設けて、その座ぐりと貫通穴とにねじ部材を挿通し、前記座ぐりにねじ部材の頭部を収納して気体非噴出部とすると共に、当該ねじ部材のねじ部を本体のねじ孔に螺合し締め付けて多孔質部材を本体に取り付けたスラスト静圧軸受パッドにおいて、前記多孔質部材の軸受面外径dと座ぐり径dとの比d/dが0.2以上0.6以下であり且つ前記多孔質部材の軸受面外径dと給気キャビティ径dとの比d/dが0.5以上0.9以下であることを特徴とするスラスト静圧軸受パッド。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−315611(P2007−315611A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−231323(P2007−231323)
【出願日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【分割の表示】特願平11−2086の分割
【原出願日】平成11年1月7日(1999.1.7)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】