説明

セセルニン−1の使用、滑膜肉腫の予後予測方法及び検査用試薬キット

【課題】滑膜肉腫の予後を簡易かつ的確に予測できる方法を提供する。
【解決手段】
セセルニン−1(secernin-1)を滑膜肉腫の予後を予測するバイオマーカーとして使用する。セセルニン−1の発現量を測定し、セセルニン−1の発現量が上昇している場合、滑膜肉腫に対する予後が良好と予測することを特徴とする。セセルニン−1の発現量の測定は、例えばウェスタンブロット法のように、セセルニン−1特異的抗体を用いた免疫学的方法によって測定される。予後は、外科手術に限定されず、化学療法、放射線療法、温熱療法、又は免疫療法等の予後である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セセルニン−1の使用、セセルニン−1を使用する滑膜肉腫の予後予測方法、及び、滑膜肉腫を患う患者の予後を予測するための検査用試薬キットに関する。
【背景技術】
【0002】
滑膜肉腫(synovial sarcoma)は、四肢関節近傍に好発する悪性軟部腫瘍であり、組織学的には上皮性細胞と紡錘形細胞とからなる二相型biphasic typeと紡錘形細胞からなる単相型monophasictypeとに分類される。
【0003】
滑膜肉腫は、一般的には極めて悪性度が高く、軟部腫瘍の中では悪性線維性組織球腫、脂肪肉腫、横紋筋肉腫に次いで発生頻度が高い腫瘍である。5年生存率は30〜50%、10年生存率は15〜30%とする報告も有り、局所再発・転移ともに治療から時間が立ってから発生する症例も存在し、長期にわたる経過観察が必要な腫瘍である。
【0004】
滑膜肉腫は、男女間の発生率に大きな性差は見られないものの、傾向として男性に若干多く発生する。発生年代としては、10〜40歳代に多く発生し、特に比較的若年者の10〜20代の若い人に発生しやすい。発生部位としては、大腿、膝関節部を主として下肢に好発し、関節包、滑液包、腱鞘、腱等に接して発生するものが多いが、これらの組織と関係しない頸部、体幹等にも発生することもある。
【0005】
滑膜肉腫は、約半数の患者で痛みを伴い、その他は無症状であるが腫瘍はゆっくりと大きくなる。腫瘍は、比較的軟らかいものから硬いものまでまちまちである。
【0006】
治療には広範切除術(腫瘍をできるだけ広めに正常組織で包むようにして切除する手術)を施すが、大関節付近に生じた症例では切離断術が適応とされる。また、神経や血管及び重要な筋肉の腱の周囲に発生することが多いため、これらをいっしょに切除しなければならないことが多く、機能を再建する手術が同時に必要となる。
【0007】
また、遠隔転移の可能性があるため、腫瘍の手術切除の他に、補助化学療法が治療に用いられることが通例であり、一般的に3剤併用療法あるいは4剤併用療法が試みられている。
【0008】
滑膜肉腫には、悪性増殖する予後不良群と、機構は不明ながら自然退縮する予後良好群とが存在する。滑膜肉腫には、局所再発・転移とも緩徐な例がしばしばあるため、術後最低でも10年間の長期にわたる外来followが必要となることが通例であるが、予後を的確に予測できれば、より正確にfollow upの治療方針をたてることができる。
【0009】
また、予後を正確に予測できれば、不必要な放射線治療や化学療法を避けることが可能となる。特に滑膜肉腫細胞は抗がん剤に対する感受性が低く、上記の化学療法の併用療法をもってしても著効が示されるには至っていない上に、化学療法は一定の割合で奏効性を示す一方で重篤な副作用も引き起こすことが報告されている。そのため、予後良好又は予後不良となる症例を事前に見極めることができれば、不必要な化学療法を避けることが可能となる利益は大きく、また患者のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)に資する。
【0010】
滑膜肉腫では、染色体転座t(X;18)(p11.2;q11.2)が高頻度に認められることが報告されている。切断点近傍のゲノムDNAの単離から、t(X;18)が染色体18q11.2に位置するSYT遺伝子と染色体Xp11.2に位置するSSX遺伝子を融合させ、これによりキメラタンパク質SYT-SSXが発現することが明らかになっている。SYT-SSXの発現は滑膜肉腫症例のほぼ全例で観察されているため、これは腫瘍発生において中心的な役割を果たすものと考えられる。SYT-SSX1やSYT-SSX2融合と、腫瘍の形態及び5年生存率との間には、ある程度の関連性があることが特許文献1に記載されている。
【0011】
また、非特許文献1には、逆転写ポリメラーゼ連鎖反応によって、滑膜肉腫45例(単相性33人及び二相性12人)のSYT-SSX融合転写物を分析し、関連する臨床及び病理データと比較した結果、SYT-SSX1及びSYT-SSX2融合転写物はそれぞれ、腫瘍の29例(64%)及び16例(36%)に検出され、局所腫瘍を有する患者39人のKaplan-Meier法による分析では、SYT-SSX2を有する患者15人は、SYT-SSX1を有する患者24人より無転移生存率が有意に良好であることを示す(多変量解析によりP=0.03;相対危険度3.0)ことが記載されている。
【0012】
また、非特許文献2には、凍結材料サンプル33例について、SYT-SSX1/SSX2 融合遺伝子を検索したところ、SYT-SSX1は、SYT-SSX2に比し有意な予後不良因子(5年無転移生存率:SYT-SSX1 42% VS SYT-SSX2 89%)であることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2003−252802号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】The New England Journal of Medicine 1998;338:153-60,川井章
【非特許文献2】Synovial sarcoma. A Scandinavian Sarcoma Group project,Acta Orthop Scand Suppl/291巻,1-28頁/2000年,Skytting B
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上述の転座遺伝子SYT-SSXは、滑膜肉腫の90%以上で特異的に発現することが知られているが、発現しない場合もある。
【0016】
本発明は、新規で的確な滑膜肉腫の予後予測方法を提供するとともに、滑膜肉腫の予後を簡易且つ的確に予想できるセセルニン−1の使用を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の第1の観点に係るセセルニン−1の使用は、滑膜肉腫の予後を予測するバイオマーカーとしての使用である。
【0018】
前記予後は、例えば、外科手術、化学療法、放射線療法、温熱療法、及び免疫療法の少なくとも何れか一つを含む治療後である。
【0019】
本発明の第2の観点に係る滑膜肉腫の予後予測方法は、セセルニン−1の発現量を測定し、前記セセルニン−1の発現量が上昇している場合、滑膜肉腫に対する予後が良好と予測することを特徴とする。
【0020】
前記セセルニン−1の発現量の測定は、セセルニン−1特異的抗体を用いた免疫学的方法によって測定されることが好ましい。
【0021】
前記免疫学的方法は、例えば、ウエスタンブロット法、免疫沈降法、ドットブロット法、スロットブロット法、及びELISA法から選ばれるいずれかの方法である。
【0022】
前記予後は、例えば、外科手術、化学療法、放射線療法、温熱療法、及び免疫療法の少なくとも何れか一つを含む治療後である。
【0023】
本発明の第3の観点に係る検査用試薬キットは、滑膜肉腫を患う患者の予後を予測するためのキットであって、前記患者から得られた試料におけるセセルニン−1の発現量を検出又は定量する手段を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、簡易かつ的確に、滑膜肉腫の予後を予測できる。そのため、術後の治療方針を正確にたてることで、follow upの治療期間を短縮することができ、緻密で最適化された個別化医療を可能にすることができる。また、不必要な放射線治療や化学療法を避けることが可能となり、更には滑膜肉腫の新規治療法の開発に有益である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】2D-DIGE法の工程を示す。
【図2】電気泳動実験のタンパク質スポットの検出を示す。
【図3】電気泳動分離実験の再現性を示す。
【図4】タンパク質スポットとタンパク質名との対応を示す。
【図5】主成分分析の結果を示す。
【図6】生存率についてのログランクテストを示す。
【図7】無転移率についてのログランクテストを示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本実施形態においては、患者のセセルニン−1(secernin-1)の発現量を測定する。セセルニンには1〜3までのタイプがあるが、本発明では、セセルニン−1の発現量に着目する。
【0027】
そして、セセルニン−1の発現量が上昇している場合、滑膜肉腫に対する予後が良好と予測する。
【0028】
セセルニン−1の発現量の測定は、特に限定されるものではなく、単にセセルニン−1の有無を検出するものであってもよく、またセセルニン−1の発現量を相対的又は絶対的に決定するものでもよい。セセルニン−1の発現量の測定は、免疫学的手法によるのが好適であり、例えば、電気泳動法による分離と蛍光、酵素、放射性同位元素等による検出又は定量との組み合わせ(ウェスタンブロット法、蛍光二次元電気泳動法を含む)、免疫染色法(蛍光抗体法、酵素抗体法、重金属標識抗体法、放射性同位元素標識抗体法を含む)、酵素免疫測定吸着法(ELISA)、ドット・ブロッティング法等により行うことができる。本実施形態では、患者から生体組織を採取し、その生体組織内に含有されるタンパク質について電気泳動を行い、蛍光色素によりセセルニン−1の有無及び量を測定することによりなされる。
【0029】
予後を予測できる治療は、特に限定されるものではないが、例えば外科手術、化学療法、放射線療法、温熱療法、又は免疫療法である。
【0030】
滑膜肉腫の外科手術は、広範切除術が通例である。滑膜肉腫では、肉眼的に確認できる腫瘤の周囲に腫瘍細胞がしみこんでいるため、一見正常な周囲の組織を含めて大きく切除する必要があるためである。なお、広範切除術を行ったため、皮膚が大量になくなると、化学療法や放射線療法ができなくなるので、体の他の部分から血管をつけた皮膚を持って来る皮弁形成術を行う必要がある。
【0031】
滑膜肉腫の化学療法は、一般的には、3剤併用療法あるいは4剤併用療法が試みられている。3剤併用療法の代表例は、例えばMAID療法(Mesna:副作用軽減剤、Adriacin:アドリアマイシン、Ifomide:イフォスファミド、Dacarbazine:ダカルバジン)である。また、4剤併用療法の代表例は、例えばCyVADIC療法(Cyclophosphamide:シクロフォスファミド、Vincristine:ビンクリスチン、Adriacin:アドリアマイシン、dacarbazine:ダカルバジン)である。
【0032】
滑膜肉腫の放射線療法は、一般の放射線療法と同様に、照射体積の大きさにより、同じ照射線量でも生体反応(耐容線量)が全く異なり、放射線療法が単独で実施されるか、化学療法と併用されるか、手術の前か後かは治療医の判断によって調節される。腫瘍制御に必要な線量は、腫瘍の感受性により異なり、用量は例えば60〜70Gyである。用量としては、小線量を1日1回、週4〜5回照射する分割照射が多く行われ、分割照射の場合は、一回線量は例えば1.8〜2Gyである。
【0033】
温熱療法は、熱を加えることで腫瘍の内部温度を上げ、癌を死滅させることを目的とした治療である。適用される温度は例えば43℃程度であり、熱が加わった際に血管が拡張し血流が増加する正常な細胞と比べて、腫瘍細胞にはこの血管の拡張が無いため、熱を蓄積しやすい。
【0034】
免疫療法は、身体が自然に有している疾患への防御機構への働きかけを向上させる治療法であり、通常は局所あるいは全身の免疫系を賦活させることで治療する。具体的には、抗腫瘍効果を持つリンパ球を用いた免疫療法、癌ワクチン療法、癌ワクチンテーラーメード治療、DNAワクチン療法、RNAワクチン療法等である。
【0035】
本発明において予後が良好であるとは、5年以上の期間において無転移率又は生存率の統計学的有意差が存在することである。
【0036】
本実施形態に係るキットは、滑膜肉腫を患う患者の予後を予測するための検査用試薬キットであり、患者から得られた試料におけるセセルニン−1の発現量を検出又は定量する手段を含む。免疫学的手法により検査を行う場合には、少なくとも抗セセルニン−1抗体が検査用試薬に含まれる。抗セセルニン−1抗体は、セセルニン−1の発現を検出しうる抗体であればよく、特に限定されないが、例えばモノクローナル及びポリクローナル抗体、標識化抗体、キメラ抗体、ヒト化抗体並びにこれらの結合活性断片等が挙げられる。また検査用試薬キットには、上記抗体のほか検出用に用いる標識を含んでいてもよい。キットには、緩衝液、発色基質、二次抗体、ブロッキング剤等の試薬を含むことができる。
【0037】
滑膜肉腫では、病理組織診断目的に原発組織により生検を行うことが普通であり、その際に生体組織を採取すれば、患者に新たな負担を強いることにはならない。
【0038】
また、本実施形態に係る発明によれば、例えばウェスタンブロット装置の準備さえあれば、セセルニン−1の発現量の測定ができるため、簡易な手法にて滑膜肉腫の予後予測ができる。また、例えばセセルニン−1に特異的に発現する抗体を用いればウェスタンブロット以外の方法、例えば免疫染色によっても鋭敏にセセルニン−1の発現量の測定ができる。
【実施例】
【0039】
(実施例1)
〈患者及び臨床情報〉
滑膜肉腫患者から得られた、13個の凍結腫瘍組織を検査した。凍結腫瘍組織は、13の滑膜肉腫の症例にて入手し、プロテオミクス解析にて使用された。診断及び分類は、軟組織腫瘍のWHO分類システムに基づいた。また、SYT-SSX1及びSYT-SSX2発現の検査も行った。結果を下記表1に示す。
【0040】
【表1】

【0041】
表1に示すように、滑膜肉腫サンプルは2つのグループに分類された。即ち、滑膜肉腫の予後不良(P-SS)として死亡した患者から採取した5つのサンプル(サンプルナンバーは、1,2,3,4,5である。)と、滑膜肉腫の予後良好(G-SS)として術後5年以内に転移がなかった8つのサンプル(サンプルナンバーは、6,7,8,9,10,11,12,13である。)とに分類された。なお、DOD(dead of disease)は病死、AWD(alive with disease)は病気状態での生存、NED(no evidence disease)は病気確証無しでの生存、CDF(continuous disease free)は無病生存を意味する。
【0042】
〈タンパク質発現のプロファイリング〉
凍結サンプルは、液体窒素で冷却した後、クライオプレス(登録商標、マイクロテック・ニチオン,千葉,日本)で粉状に粉砕された。凍結サンプルは、urea lysis 緩衝液(6M ウレア, 2M チオウレア, 3% CHAPS, 1% Triton X-100)にて調整された。15,000rpmにて30分間遠心分離した後、上澄み液が取り出され、細胞タンパク質のソースとして使用された。
【0043】
その後、2D-DIGE(2 Dimensional Fluorescence Difference Gel Electrophoresis)により泳動分離がなされた。2D-DIGE法は、泳動前に比較したいサンプルを異なる蛍光色素でラベルし、このラベル化したサンプルを混合してから電気泳動を行う手法である。図1は、2D-DIGE法の工程を示す工程図である。コントロールサンプル(internal control sample)は、全ての生検検体の一部を混合させて作成したものであり、5μg用いた。コントロールサンプルは、図1に示すように、Cy3(登録商標、CyDye DIGE Fluor saturation dye, GE Healthcare Biosciences, Uppsala, Sweden)によりラベルされた。また、夫々の生検検体は5μg用いられ、Cy5(登録商標、CyDye DIGE Fluor saturation dye, GE Healthcare Biosciences, Uppsala, Sweden)によりラベルされた。
【0044】
第1次分離は、IPG緩衝液及びDryStripゲル(24 cm length, pI range between 4 and 7, GE Healthcare Biosciences)にて実行された。第2次分離は、大きめのゲル(38 cm length, Bio-craft, Itabashi, Tokyo, Japan)を使用し、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE:EttanDalt II GE Healthcare Biosciences)にて実行された。ゲルは、レーザー照射(Tyhoon Trio(登録商標), GE Healthcare Biosciences)によりスキャンされた。全てのスポットにおいて、Cy5の強度はCy3の強度により初期化され、ゲル間の差はDeCyderイメージソフトウェア(GE Healthcare Biosciences)により補正された。結果を図2に示す。
【0045】
図3は、電気泳動分離実験の再現性を示す。図3に示すように、同一サンプルにつき、3回の独立した電気泳動分離実験(exp1,exp2,exp3)を比較することにより、再現性が存在することが実証された。散乱プロット解析により、スポットの96%以上の標準強度が、2倍差(2 fold difference)の範囲内であった。
【0046】
〈データ分析〉
タンパク質スポットの強度は統計学的に2グループ間において有意差が認められた(Wilcoxon test P値<0.01)。階層毎のまとめ、主成分分析、相関マトリクス調査、及びスポットランキングは、発現ソフトウエア(Genedata,Bersel,Swissland)を使用して実行された。
【0047】
〈質量分析によるタンパク質同定〉
Cy3でラベルされたコントロールサンプルのイメージの少なくとも75%に表れる1663個のタンパク質スポットを選択した。質量分析によりタンパク質スポットに対応する蛋白質が同定された。2D-PAGEにて分離されたCy5でラベルされたタンパク質はゲルプラグにリカバーされ、改良トリプシン(Promega,Madison,WI)にてまとめられた。質量分析は、ナノ・エレクトロスプレイイオン供給源(AMR,東京)を有するFinnigan(登録商標) LTQ(登録商標) linear イオントラップ質量分析装置(Thermo Electron, San Jose, CA)を使用した。マスコットソフトウエア(バージョン2.1,Matrix Science,London,UK)が使用され、SWISS-PROTデータベース(Homo sapiens,12867 sequence in Sprot 47.8 fasta file)に対するペプチドイオンピークの質量調査がなされた。35又はそれ以上のマスコットスコアは、陽性タンパク質同定を示すものとみなされた。結果を図4に示す。20個のタンパク質スポットが、2グループ間(P<0.01)で重要な差異を有していた。
【0048】
〈タンパク質の分類〉
また、同定されたタンパク質の機能分類は、下記表2に示すように、遺伝子オントロジーの分類に基づいた。
【0049】
【表2】

【0050】
質量分析装置を用いたタンパク質同定の結果、表2及び図4に示すように、セセルニン−1というタンパク質に由来するタンパク質スポット(セセルニン−1・スポット)が、20個のスポット中に3個含まれていた。12個のタンパク質スポットの強度は予後不良(P-SS)では減少しており、8個のタンパク質スポットの強度は予後不良(P-SS)では増加していた。
【0051】
滑膜肉腫患者から得られた13個の凍結腫瘍組織についてセセルニン−1の発現を調べたところ、セセルニン−1・スポットの濃度は、前述の予後不良であった5症例に低発現しており、予後良好であった8症例に高発現していた。
【0052】
主成分分析により13個の滑膜肉腫サンプルを正確に予後良好(G-SS)か予後不良(P-SS)グループに分類した。主成分分析とは、多変量で表されるデータの統計から一次結合で表現される新たな変量を構成し、互いに無相関な主成分に要約する方法である。図5に示すように、13個のタンパク質スポットのプロファイルは同じグループのサンプル間では同様であったが、2つのグループ間では異なるものであった。以上より、セセルニン−1が滑膜肉腫の予後を予測するバイオマーカーとして使用できること示された。
【0053】
(実施例2)
セセルニン−1の予後予測能をさらに検証する目的で、セセルニン−1に対する特異抗体を新規に作成し、免疫染色を45症例に対して実施した。
【0054】
〈抗体の生成〉
全長セセルニン−1のペプチド長354−370に対応するペプチドを合成し、そしてウサギを免疫化した。抗血清は、抗原ペプチドを使用する親和性カラムクロマトグラフィにより精製された。セセルニン−1の特異性はウエスタンブロットにより確認された。
【0055】
45の患者から治療前に45のパラフィン標本組織を検査した。免疫組織化学で使用された患者の臨床情報は、下記表3及び表4にまとめる。
【0056】
【表3】

【0057】
【表4】

【0058】
〈セセルニン−1に対する免疫組織化学〉
セセルニン−1の発現は、パラフィン標本組織を使用して免疫組織化学的に調べられた。4μm厚の組織切片が、10mMクエン酸塩緩衝液(pH6.0)にて、121℃で30分間オートクレーブで処理され、セセルニン−1に対する抗体で培養された(1:200希釈)。免疫染色は、ダコ・エンビジョンシステム(エンビジョン・プラス標識:DAKO,CA)のビオチンフリー西洋ワサビペルオキシダーゼにて標識されて実行された。二人の認証病理学者(N.T及びD.K)が、臨床データ(年齢、性別、解剖結果)により陽性染色を決定した。抗セセルニン−1抗体に陽性である腫瘍細胞の20%以上のケースがセセルニン−1陽性であるとされ、セセルニン−1陽性の20%以下のケースがセセルニン−1陰性であるとされた。
【0059】
〈分子分析〉
45ケースのうちRNAサンプルが利用できる31のケースにおいて、SYT-SSX1とSYT-SSX2との融合遺伝子を調査した。プライマーSYT 5′CAA CAG CAA GAT GCA TAC CA3′、SSX1 5′GGT GCA GTT GTT TCC CAT CG3′、及びSSX2 5′GGC ACA GCT CTT TCC CAT CA3′を使用する逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)により、全ての31のケースが分析された。
【0060】
上記表3及び表4に示すように、45症例中、セセルニン−1陽性症例は27症例(サンプルナンバーは、3,4,9,10,11,17,20,21,22,24,25,27,29,30,32,33,34,35,36,38,39,40,41,42,43,44,45)、セセルニン−1陰性症例は18症例(サンプルナンバーは、1,2,5,6,7,8,12,13,14,15,16,18,19,23,26,28,31,37)だった。これらの症例について、治療開始後の転移とセセルニン−1の発現の相関を調べた。治療開始後の転移について臨床情報が得られたのは45症例中全症例である。45人の患者間で、15人の患者が継続的に無病で生存し(continuous disease free(CDF))、5人の患者が病気の確証無く生存し(no evidence disease (NED))、3人の患者が病気の状態で生存し(alive with disease (AWD))、22人の患者が病気のために死亡した(dead of disease (DOD))。
【0061】
下記表5に示すように、転移はセセルニン−1陽性症例において27症例中12症例(44.4%)であり、陰性症例では18症例中15症例(83.3%)であった。セセルニン−1陽性腫瘍の患者と比較してセセルニン−1陰性腫瘍の患者は、極めて高い比率で転移が観測された(15/18 vs 12/27 cases, χ:P=0.0140)。
【0062】
【表5】

【0063】
また、下記表6に示すように、死亡はセセルニン−1陽性症例において27症例中9症例(33.3%)、陰性症例では18症例中13症例(72.2%)であった。免疫組織化学により、生存した23人の患者のうち5人がセセルニン−1陰性であり、生存した23人の患者のうち18人がセセルニン−1陽性であった(χ:P=0.0170)。
【0064】
【表6】

【0065】
次に、セセルニン-1の発現と、治療開始後5年間の無転移率及び生存率との関係を調べた。
【0066】
〈統計学的解析〉
初期腫瘍の第1治療から、腫瘍特異的原因又は転移の存在に起因する死亡まで、腫瘍特異的及び転移無しで生存した期間が計算された。死亡発生ごとの生存率はKaplan-Meier法により計算された。ログランクテストを使用する単変量解析により、潜在的予後因子が同定された。独立予後因子が、Cox比例ハザードモデル及びステップワイズ法を使用して評価された。chi-squareテスト値に基づくモデルの一致に重度に貢献している場合にのみ、共分散分析がモデル中に選択された。P差<0.05が重要と判断された。統計学的分析はSPSS統計パッケージを使用して実行された(SPSS,Chicago,Illinois)。
【0067】
図6は、生存率についてのログランクテストの結果である。下記表7及び図6に示すように、セセルニン−1に対する免疫反応性が陽性である患者の5年生存率は77.6%であり、セセルニン−1に対する免疫反応性が陰性である患者の5年生存率は21.8%であった(P=0.0015)。
【0068】
図7は、無転移率についてのログランクテストの結果である。下記表7及び図7に示すように、無転移率はセセルニン−1の発現が陽性症例で62.8%、陰性症例では16.7%であった。セセルニン−1陰性腫瘍の患者と比較してセセルニン−1陽性腫瘍の患者は、極めて高い割合で5年無転移生存が観測された(62.8% vs 16.7%; P=0.0012)。
【0069】
【表7】

【0070】
以上より、セセルニン−1発現の有無は滑膜肉腫の生命予後に統計学的有意な相関を示しており、セセルニン−1は滑膜肉腫診断時における予後予測バイオマーカーとして有用であることが実証された。臨床現場では滑膜肉腫の診断時にセセルニン−1の発現を調べることで、滑膜肉腫患者の予後を正確に予測し、補助的化学療法の有無等の的確な治療法を選択することができ、緻密で最適化された個別化医療を可能にすることができる。滑膜肉腫を含めた軟部肉腫では必ず病理組織診断目的に原発組織より生検を行うため、本検査に使用する生検材料は患者に新たな負担をかけることなく採取できる。また、免疫染色はルーチンに行われている検査である。そのため、本発明による滑膜肉腫の予後予測は、臨床検査として実用化が容易であり、本発明によって多くの滑膜肉腫患者が極めて大きな恩恵を受けることが可能である。
【配列表フリーテキスト】
【0071】
配列番号1〜3:プライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
滑膜肉腫の予後を予測するバイオマーカーとしてのセセルニン−1(secernin-1)の使用。
【請求項2】
前記予後は、外科手術、化学療法、放射線療法、温熱療法、及び免疫療法の少なくとも何れか一つを含む治療後であることを特徴とする請求項1記載のセセルニン−1の使用。
【請求項3】
セセルニン−1(secernin-1)の発現量を測定し、前記セセルニン−1の発現量が上昇している場合、滑膜肉腫に対する予後が良好と予測することを特徴とする滑膜肉腫の予後予測方法。
【請求項4】
前記セセルニン−1の発現量の測定は、セセルニン−1特異的抗体を用いた免疫学的方法によって測定されることを特徴とする請求項3記載の滑膜肉腫の予後予測方法。
【請求項5】
前記免疫学的方法が、ウェスタンブロット法、蛍光二次元電気泳動法、蛍光抗体法、酵素抗体法、重金属標識抗体法、放射性同位元素標識抗体法、酵素免疫測定吸着法(ELISA)、又はドット・ブロッティング法から選ばれるいずれかの方法であることを特徴とする請求項4記載の滑膜肉腫の予後予測方法。
【請求項6】
前記予後は、外科手術、化学療法、放射線療法、温熱療法、及び免疫療法の少なくとも何れか一つを含む治療後であることを特徴とする請求項3乃至5の何れか1項に記載の滑膜肉腫の予後予測方法。
【請求項7】
滑膜肉腫を患う患者の予後を予測するためのキットであって、前記患者から得られた試料におけるセセルニン−1(secernin-1)の発現量を検出又は定量する手段を含む検査用試薬キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−127955(P2011−127955A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−285045(P2009−285045)
【出願日】平成21年12月16日(2009.12.16)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】