セメント組成物、セメントキット、セメント及びセメントの製造方法
【課題】硬化性に優れ、硬化時にpH変化を伴わずに硬化し、用途に応じて固液比の調整が可能であるセメント組成物及び前記セメント組成物を調製するセメントキットを提供すること。生体適合性及び圧縮強度に優れたセメント並びにセメントの製造方法を提供すること。
【解決手段】イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料と、多糖、イノシトールリン酸及び水を含む混練液とを混練して得たことを特徴とするセメント組成物。イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料を調製するセメント用材料調製工程、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含む混練液を調製する混練液調製工程、前記セメント用材料と前記混練液とを混練するセメント組成物調製工程、並びに、前記セメント組成物を硬化させる硬化工程を含むことを特徴とするセメントの製造方法。
【解決手段】イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料と、多糖、イノシトールリン酸及び水を含む混練液とを混練して得たことを特徴とするセメント組成物。イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料を調製するセメント用材料調製工程、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含む混練液を調製する混練液調製工程、前記セメント用材料と前記混練液とを混練するセメント組成物調製工程、並びに、前記セメント組成物を硬化させる硬化工程を含むことを特徴とするセメントの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はセメント組成物、セメントキット、セメント及びセメントの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リン酸カルシウムは脊椎動物の骨や歯などの硬組織にみられる無機物質とほぼ同一の組成や構造を有し、生体適合性を示す生体活性材料群である。
中でも、ヒドロキシアパタイトは生体内に埋め込んでも生体の拒否反応や壊死を引き起こさず、生体硬組織に同化、接合しやすい性質を有するので、骨欠損部及び骨空隙部等の修復用材料として期待されている。ヒドロキシアパタイトの材料形態は緻密体、多孔体、顆粒、セメント等があるが、任意形状に成形可能なアパタイトセメントは今後の発展が期待される材料である。
【0003】
特許文献1には、アパタイトにおいて、その化学組成がCa10-x(H、Na)x(PO4)6(OH)2-x・nH2O(但し、0.05<x<0.4、n=2x)であることを特徴とする水酸アパタイトが開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、水和硬化性を有するリン酸カルシウムを主成分とし、200g以下の荷重で圧壊する顆粒を含有することを特徴とする粉剤が開示されている。リン酸カルシウム系ペーストの粘度維持、リン酸カルシウム系ペーストの形態付与性の向上、生体内での崩壊の抑制等の観点から、多糖等の水溶性高分子を含有させることができることが記載されており、多糖としてデキストランあるいはデキストラン硫酸塩が例示されている。
しかしながら、従来のアパタイトセメントでは、硬化する際に酸・塩基反応を伴うために生体内で硬化するまでの間に局所的なpH変動が起こり、炎症反応が惹起されるという問題点があった。
この問題を解決する手段として、特許文献3の方法がある。特許文献3には、イノシトールリン酸若しくはフィチン酸又はそれらの塩をカルシウム化合物の表面に吸着させた微結晶を含むことを特徴とするセメント用材料が開示されている。
【0005】
【特許文献1】特開平5−229807号公報
【特許文献2】特開2006−130122号公報
【特許文献3】特開2005−95346号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、硬化性に優れ、硬化時にpH変化を伴わずに硬化し、用途に応じて固液比の調整が可能であるセメント組成物及び前記セメント組成物を調製するセメントキットを提供することに加えて、生体適合性及び圧縮強度に優れたセメント並びにセメントの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の上記の課題は、以下の手段により達成された。
<1>イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料と、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含む混練液とを混練して得たことを特徴とするセメント組成物、
<2>前記多糖が酸性基を有する多糖である<1>に記載のセメント組成物、
<3>前記多糖がデキストラン硫酸塩である<1>に記載のセメント組成物、
<4>前記混練液に含まれるイノシトールリン酸がフィチン酸である<1>〜<3>いずれか1つに記載のセメント組成物、
<5>前記カルシウム塩がヒドロキシアパタイトである<1>〜<4>いずれか1つに記載のセメント組成物、
<6>前記イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体が、フィチン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体である<1>〜<5>いずれか1つに記載のセメント組成物、
<7>イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含むセメントキットであって、前記セメント用材料と溶媒とを別々に包装したことを特徴とするセメントキット、
<8><1>〜<6>いずれか1つに記載のセメント組成物を硬化させたことを特徴とするセメント、
<9>イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料を調製するセメント用材料調製工程、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含む混練液を調製する混練液調製工程、前記セメント用材料と前記混練液とを混練するセメント組成物調製工程、並びに、前記セメント組成物を硬化させる硬化工程を含むことを特徴とするセメントの製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、硬化性に優れ、硬化時にpH変化を伴わずに硬化し、用途に応じて流動性の調整が可能であるセメント組成物及び前記セメント組成物を調製するセメントキットを提供することができる。
本発明によれば、生体適合性及び圧縮強度に優れたセメント並びにセメントの製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
I.セメント組成物
本発明のセメント組成物は、イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料と、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含む混練液とを混練して得たことを特徴とする。
以下、本発明について詳細に説明する。
【0010】
1.セメント用材料
本発明において、セメント用材料はイノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含む。なお、本発明において「イノシトールリン酸」という場合にはその塩も含み、特に断りのない限り「イノシトールリン酸及び/又はその塩」と同義である。
(1)イノシトールリン酸
本発明に用いるイノシトールリン酸としては、イノシトール一リン酸、イノシトール二リン酸、イノシトール三リン酸、イノシトール四リン酸、イノシトール五リン酸及びフィチン酸(イノシトール六リン酸)が挙げられる。
イノシトールリン酸の塩としては、アルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩が好ましく、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩及びバリウム塩等が挙げられる。
これらの中でも、フィチン酸、フィチン酸ナトリウム塩又はフィチン酸カリウム塩を単独あるいは2以上を併用する態様が好ましい。フィチン酸を使用する場合は、水酸化ナトリウム又は水酸化カリウムでpHを6〜11に調整してフィチン酸ナトリウム塩又はフィチン酸カリウム塩として使用することが好ましい。
なお、フィチン酸ナトリウム塩には、例えばフィチン酸ナトリウム塩38水和物、フィチン酸ナトリウム塩47水和物、フィチン酸ナトリウム塩12水和物等のように、結晶水含量の異なる数種が知られているが、いずれも好ましく用いることができる。
【0011】
本発明において、フィチン酸又はフィチン酸アルカリ金属塩の製造方法には特に限定はなく、いかなる方法で製造したものであってもよい。例えば、フィチン酸ナトリウム塩は、脱脂した植物の種子粉末を希塩酸で抽出し、抽出液から不溶性の銅塩、鉄塩などにして沈澱させ精製した後、ナトリウム塩に変え、アルコールを加えて沈澱させることにより得ることができる。
【0012】
(2)カルシウム塩
<カルシウム塩>
カルシウム塩としては、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム等が好ましく用いられる。これらは1種を単独で使用しても2種を同時に使用してもよい。1種を単独で使用する場合、リン酸カルシウムを使用することが好ましい。
【0013】
リン酸カルシウムとしては、ヒドロキシアパタイト、α−リン酸三カルシウム、β−リン酸三カルシウム、リン酸四カルシウム、リン酸八カルシウム、リン酸水素カルシウム、リン酸二水素カルシウム、非晶質リン酸カルシウムが好ましく、ヒドロキシアパタイト、α−リン酸三カルシウム、β−リン酸三カルシウムがより好ましく、特にヒドロキシアパタイトが好ましい。これらは1種を単独で使用しても2種以上を同時に使用してもよい。
【0014】
<比表面積>
本発明において、イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体の比表面積は60〜150m2/gであることが好ましく、80〜130m2/gであることがより好ましく、90〜120m2/gであることがさらに好ましい。上記の数値の範囲内であるとカルシウム塩の粉体の表面に前記イノシトールリン酸が十分に吸着するため十分なキレートサイトが得られ、セメント用材料として使用した場合に十分な圧縮強度のセメントが得られる。
【0015】
粉体の比表面積(Specific Surface Area;SSA)は、マイクロメリティックス自動比表面積測定装置フローソーブIII2305((株)島津製作所製)を用いてBET法により測定することができる。冷媒には液体窒素を用いた。飽和吸着量の補正値は以下の式を用いて算出した。
S=(273.2/気温(℃))×(気圧(mmHg)/760)×((6.023×1023×16.2×10-20)/(22.414×10))×(1−(窒素の割合(%)×気圧(mmHg))/775)
試料を冷媒で冷却したときに粉体に吸着したガス量(吸着データ)と、試料を冷媒から取り出したときに粉体から放出されるガス量(脱着データ)を測定した。脱着データを実験値として採用した。
【0016】
<X線回折による半価幅>
本発明において、X線回折によるヒドロキシアパタイトの粉体の(002)面の回折線の半価幅は0.30〜0.45°であることが好ましく、0.32〜0.45°であることがより好ましく、0.35〜0.45°であることがさらに好ましい。
上記の数値の範囲内であると、十分な圧縮強度のセメントが得られる。
【0017】
X線回折法によりヒドロキシアパタイトなどの結晶子の配向性、結晶構造の決定と構成結晶成分の同定、結晶性の評価、結晶子の3次元的集合組織の評価を併せて行うことができる。
中でも結晶性の評価は各回折線の半価幅を測定することにより行う。前記ヒドロキシアパタイトの粉体の(002)面の半価幅は、Bragg角(2θ)が25.6°の回折ピークを基に算出することができる。半価幅は強度が半分となる位置の回折ピークの幅であり、単位は角度である。この半価幅が大きくなると結晶性が低いことを意味する。なお結晶性は結晶子の大きさと格子歪によって決定され、結晶子が小さく、格子歪が大きい場合に結晶性は低下する。従って本発明においては、半価幅が大きく結晶性が低いカルシウム塩の粉体であることが好ましい。
【0018】
<カルシウム塩の粉体の製造方法>
セメント用材料に用いるカルシウム塩の粉体の製造方法には特に限定はなく、いかなる方法で製造したものであってもよい。カルシウム塩の粉体の製造方法としては、例えば、乾式法、半乾式法、湿式法等が挙げられ、湿式法であることが好ましい。湿式法であると、低結晶性で比表面積が大きい高純度なカルシウム塩の粉体を効率よく量産することができる。
【0019】
(3)セメント用材料の製造方法1
<湿式法によるカルシウム塩の粉体の製造>
本発明で用いるカルシウム塩の粉体を湿式法で製造する場合について説明する。
本発明において、カルシウム塩の粉体の製造方法は、(工程1)アルカリ性に調整したカルシウムイオンを含む溶液と、リン酸イオンを含む溶液とを混合して沈澱物を得る工程、(工程2)前記沈澱物を含む系をアルカリ性に保ちながら熟成させてカルシウム塩の粉体を得る工程、(工程3)前記カルシウム塩の粉体を回収して乾燥する工程、を含む方法であることが好ましい。
【0020】
(工程1)及び(工程2)について説明する。
(工程1)アルカリ性に調整したカルシウムイオンを含む溶液と、リン酸イオンを含む溶液とを混合して沈澱物を得る工程において、混合する方法は限定されるものではなく、例えば同時混合法、片側混合法、又はそれらの組合せなどのいずれを用いてもよい。
同時混合法は、リン酸カルシウムを形成する沈澱槽に、アルカリ性に調整したカルシウムイオンを含む溶液及びリン酸イオンを含む溶液を同時に注入する方法であって、一つの例としてカルシウム塩の沈澱が生成する液相中のカルシウムイオン濃度とリン酸イオン濃度との比を一定に保つ方法、いわゆるコントロールド・ダブルジェット法が挙げられる。
片側混合法は、アルカリ性に調整したカルシウムイオン過剰(又はリン酸イオン過剰)の溶液に対してリン酸イオン(又はカルシウムイオン)を含む溶液を添加してカルシウム塩の沈澱を形成させる方法である。以下にカルシウム塩としてのヒドロキシアパタイトの合成を例に片側混合法について説明する。
予めアルカリ性に調整した水酸化カルシウム等のカルシウムイオンを含む溶液に、リン酸イオンを含む溶液を滴下し、得られた沈澱を含む系をアルカリ性に保ちながら熟成させると、ヒドロキシアパタイトの粉体が得られる。溶液のpHを調整するためのアルカリ性物質としては、アンモニアが好ましく用いられる。反応液中のpHは7〜12であることが好ましく、10〜11であることがより好ましい。
カルシウムイオンを含む溶液の濃度は、0.5〜2.0Mであることが好ましく、0.7〜1.5Mであることがより好ましく、0.9〜1.1Mであることがさらに好ましい。また、リン酸イオンを含む溶液の濃度は0.3〜1.2Mであることが好ましく、0.42〜0.9Mであることがより好ましく、0.54〜0.66Mであることがさらに好ましい。
【0021】
カルシウム塩がヒドロキシアパタイトである場合、ヒドロキシアパタイトの粉体に含まれるCa元素とP元素との比はCa元素/P元素=1.60〜1.70であることが好ましく、1.63〜1.69であることがより好ましい。Ca元素とP元素との比の調整はカルシウムイオンを含む溶液と、リン酸イオンを含む溶液の濃度比を調整することにより行う。例えばカルシウムイオンを含む溶液のモル濃度とリン酸水溶液のモル濃度との比を5:3とすることにより、溶液中のCa元素とP元素との比を約1.67とすることができる。
Ca元素とP元素との比が上記の数値の範囲内であると、効率的にヒドロキシアパタイトの粉体を得ることができる。また、上記の範囲のヒドロキシアパタイトをセメント用材料として用いた場合に圧縮強度に優れたセメントが得られる。
【0022】
(工程1)において、反応槽の温度は一般には20〜70℃、好ましくは30〜50℃、特に好ましくは30〜40℃である。上記の数値の範囲内であると、比表面積の高いアパタイト結晶を容易に調製することができる。
【0023】
空気中の炭酸ガスがカルシウム塩の粉体に取り込まれるのを防ぐために、一連の操作は窒素ガス等の不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。この方法では用いる材料の純度が得られるカルシウム塩の粉体の純度に反映される。従って高純度の材料を用いれば高純度のカルシウム塩の粉体を得ることができる。
【0024】
(工程3)前記カルシウム塩の粉体を回収して乾燥する工程について説明する。
カルシウム塩の粉体を回収して乾燥する工程は、凍結乾燥又は50〜150℃で加熱乾燥する工程であることが好ましく、凍結乾燥であることがより好ましい。凍結乾燥であると、比表面積の大きいカルシウム塩の粉体を得ることができる。
前記カルシウム塩の粉体を回収して乾燥する工程が、凍結乾燥である場合は、乾燥温度は−150〜0℃が好ましく、−80〜−10℃であることがより好ましく、−50〜−30℃であることがさらに好ましい。乾燥時間は1〜48時間であることが好ましい。
また、前記カルシウム塩の粉体を回収して乾燥する工程が、加熱乾燥である場合には、乾燥温度は50〜150℃であることが好ましく、70〜130℃であることがより好ましく、90〜120℃であることがさらに好ましい。乾燥時間は1〜48時間であることが好ましい。
従来は、適用する生体からの拒絶反応を少なくするために熱処理や酸性溶液への浸漬などによりカルシウム塩の粉体から有機成分等を除去していた。熱処理の場合、300〜700℃で1〜1,000時間熱処理することにより有機成分等の除去が可能となる。
さらに有機成分が除去されたカルシウム塩の粉体を600〜1,400℃で仮焼を行いリン酸カルシウム系物質の結晶粒径、多孔質度、配向性、力学特性を調整していた。
前記湿式法で作製したセメント用材料に用いるカルシウム塩は、生体からの拒絶反応を引き起こす物質を含まない。そのため熱処理等による有機成分等の除去を必要としない。また600〜1,400℃の仮焼を行わずに、凍結乾燥又は50〜150℃の範囲で加熱乾燥することにより低結晶性で比表面積が大きいカルシウム塩の粉体を得ることができる。
【0025】
<メジアン径>
セメント用材料に用いるカルシウム塩の粉体のメジアン径は3〜50μmの範囲であることが好ましく、5〜20μmであることがより好ましい。上記の数値の範囲内であると比表面積が大きい粉体が得られるため、圧縮強度に優れたセメントが得られる。粉体のメジアン径は、例えば、レーザー回折/散乱式粒度分布測定装置LA−300((株)堀場製作所製)を用いて算出することができる。
【0026】
<粒度分布>
カルシウム塩の粉体の粒度分布は、粒子径が3〜50μmである粉体の比率(体積%)が、全体の60%以上であることが好ましく、全体の80%以上であることがより好ましい。
この比率は、例えば、レーザー回折/散乱式粒度分布測定装置LA−300((株)堀場製作所製)を用いた測定結果から、粒子径と頻度積算の関係をプロットし、3〜50μmの範囲の頻度積算量から求めることができる。
【0027】
<粉砕機>
本発明において前記カルシウム塩の比表面積を増大させるために、カルシウム塩の粉体を機械的に粉砕する工程をさらに含むことが好ましい。機械的な粉砕により、比表面積を増大させるのみでなく、効率的に結晶性を低下させることができる。
カルシウム塩の粉体を機械的に粉砕する方法として、種々の粉砕機を用いることができる。粉砕機としては粉体の比表面積や粒子径を所望の範囲とすることができるものであれば公知のものを用いることができ、限定されるものではないが、具体的には、竪型ローラーミル、高速回転ミル、容器駆動媒体ミル、及び、媒体撹拌ミル等を挙げることができ、中でも容器駆動媒体ミルが好ましい。
容器駆動媒体ミルとは、通常円筒状のミル容器内に鋼球、陶磁器ボール、玉石、鋼製ロッド、ペブルあるいはビーズなどの粉砕媒体を充填し、ミル容器を駆動させることによって粉砕を行う微粉砕機である。ミルの運動様式によって転動ミル、振動ミル、遊星ミルのように大別され、遊星ミルを好ましく用いることができる。また粉砕媒体の種類でボールミル、ペブルミル、ロッドミルなどに分類され、ボールミルであることが好ましい。従って本発明においては、遊星ボールミルを好ましく用いることができる。
遊星ボールミルは、円筒状粉砕容器が自転しながら、自転軸と平行なミル中心軸の周りを公転する形式のものであり、具体例として遊星型ボールミルP−4、P−5、P−6及びP−7(FRITSCH社製)を挙げることができる。
【0028】
前記遊星ボールミルには粉砕媒体として従来公知のものを用いることができ限定されるものではないが、鋼球(SWRM、SUJ2、SUS440、クローム鋼)、セラミック(ハイアルミナ、ステアタイト、ジルコニア(酸化ジルコニウム)、炭化ケイ素、窒化ケイ素)、ガラス(一般ソーダガラス、無アルカリガラス、ハイビー)、超硬球(タングステンカーバイト)、天然石(フリントSiO2)、及び、プラスチックポリアミド等を例示でき、中でもジルコニア(酸化ジルコニウム)を好ましく用いることができる。
粉砕媒体のモース硬度は8.0〜9.0であることが好ましい。上記の数値範囲であると媒体の摩耗や損傷がなく繰り返し使用できる。ジルコニアのモース硬度は8.5である。粉砕媒体の直径は2〜40mmであることが好ましく、10〜20mmであることがより好ましい。
【0029】
本発明において粉砕は湿式粉砕であることが好ましい。
一般的に湿式粉砕は乾式粉砕に比べて微粉の生成に適している。これは液が粒子表面を濡らすことによって粒子の表面エネルギーを低下させる効果(Rehbinder効果)と、粒子相互の凝集作用を抑制してミル内での砕料の分散状態を保持するという、これらの相乗効果によるものと考えられる。また乾式で微粉砕を行う場合、微細な粒子は粉砕媒体をコーティングしてクッショニング現象を起こして粉砕効率を低下させる。
【0030】
<イノシトールリン酸の吸着>
イノシトールリン酸をカルシウム塩の粉体の表面に吸着させるには、イノシトールリン酸の希薄な溶液中にカルシウム塩の粉体を浸漬処理することが好ましい。イノシトールリン酸は、浸漬処理によりカルシウム塩の粉体表面に化学的に吸着すると考えられる。
【0031】
上記カルシウム塩の粉体をイノシトールリン酸の水溶液と混合して粉体表面に吸着させた後に、粉体を分離し、乾燥することにより、イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を得ることができる。
【0032】
イノシトールリン酸の水溶液を用いる場合は、前記水溶液に予めアルカリ水溶液を添加し、pH6〜11に調製しておくことが好ましく、pH6〜8に調整しておくことがより好ましい。pHの調整に用いるアルカリ水溶液は、特に限定されず、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液等が挙げられる。
【0033】
イノシトールリン酸の水溶液の濃度としては、1,000〜10,000ppmであることが好ましく、1,000〜5,000ppmであることがより好ましく1,000〜2,500ppmであることがさらに好ましい。
イノシトールリン酸とカルシウム塩のモル比としては、0.001〜0.1が好ましく、0.001〜0.05がより好ましい。
【0034】
吸着させる方法に特に限定はなく、イノシトールリン酸の水溶液にカルシウム塩の粉体を浸漬し、適宜、撹拌ないし振とうしながら吸着を完結させた後に目的の粉体を分離する方法を好ましく例示できる。
混合温度は、20〜60℃が好ましく、20〜40℃がより好ましい。また、混合時間は、2〜24時間が好ましく、2〜10時間がより好ましい。
【0035】
イノシトールリン酸を吸着させた粉体の乾燥温度は、カルシウム塩の粉体を回収して乾燥する工程と同じく、凍結乾燥又は50〜150℃で加熱乾燥することが好ましく、凍結乾燥であることがより好ましい。また、乾燥時間は、12〜48時間が好ましく、12〜24時間がより好ましい。
【0036】
上記の方法で調製したセメント用材料は、カルシウム塩の粉体の表面にイノシトールリン酸等が吸着した粉体からなる。特に、カルシウム塩の粉体へのイノシトールリン酸等の吸着は、その吸着等温線のラングミュアープロットから単分子層均一吸着に近似できる。
【0037】
(4)セメント用材料の製造方法2
セメント用材料の製造方法として以下の方法を採ることもできる。
具体的には、アルカリ性に調整したカルシウムイオンを含む溶液と、リン酸イオンを含む溶液と、イノシトールリン酸を含む溶液とを混合して沈澱物を得る工程、及び、前記沈澱物を含む系をアルカリ性に保ちながら熟成させてイノシトールリン酸を有するカルシウム塩の粉体を得る工程よりなることを特徴とするセメント用材料の製造方法を採ることができる。
即ち、前記のカルシウム塩の粉体にイノシトールリン酸を吸着させる製造方法と異なり、カルシウム塩の合成時にイノシトールリン酸を含む溶液を同時に添加することを特徴とする。溶液の混合方法は先に述べたセメント用材料の製造方法と同じく限定されるものではないが、例えば片側混合法、同時混合法又はそれらの組合せなどのいずれを用いてもよい。
【0038】
2.混練液
混練液は、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含む。
【0039】
(1)多糖
多糖は公知のものを用いることができ、限定されるものではないが、植物、動物等から抽出、単離した多糖、遺伝子工学的手法によって改変された微生物に生産させた多糖、化学的合成により入手した多糖等を使用することができる。
【0040】
本発明においては、前記多糖は水溶性の多糖であることが好ましい。
本発明に用いることができる水溶性の多糖の具体例としては、微生物由来の多糖、植物由来の多糖、海藻由来の多糖及び哺乳動物由来の多糖等が挙げられる。
より具体的には、デキストラン、カードラン、プルラン及びキサンタン等の微生物由来の多糖、ヘミセルロース、ペクチン、樹液(ゴム)、デンプン及びセルロース等の植物由来の多糖、アルギン酸、ポリウロン酸塩及び硫酸化ガラクタン(寒天、ポルフィラン、カラギーナン)等の海藻由来の多糖、並びに、グリコーゲン、キチン及びプロテオグリカン(コンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸)等の哺乳動物由来の多糖が挙げられる。上記の多糖の他にも、バクテリア多糖、複合糖質、糖タンパク質及び糖脂質等が挙げられる。
【0041】
本発明に用いることができる多糖は、酸性基を有する多糖であることが好ましい。本発明においては特に断りのない限り「酸性基を有する多糖」は「酸性基を有する多糖及び/又はその塩」と同義である。酸性基を有する多糖は水に対する溶解度が高く、本発明の効果を享受しやすい。
本発明において、酸性基を有する多糖は公知の多糖に化学的に酸性基を導入したもの、並びに、天然由来の酸性基を有する多糖及びそれらにさらに化学的に酸性基を導入したものも含む。
酸性基としては、カルボキシ基(−COOH)、硫酸基(−OSO3H)、リン酸基(−OPO3H2)等が挙げられ、中でもカルボキシ基、硫酸基が好ましい。
また、酸性基を有する多糖の塩には、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属との塩、マグネシウム塩、カルシウム塩のようなアルカリ土類金属塩等が挙げられ、中でもナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩が好ましい。
【0042】
本発明に用いることができる酸性基を有する多糖の具体例としては、デキストラン硫酸、ヘパリン、カラギーナン、コンドロイチン硫酸、硫酸化レンチナン、フコイダン、キシロフラナン硫酸、リボフラナン硫酸、セルロース硫酸、カードラン硫酸、ケラタン硫酸、デルマタン硫酸、ヘパラン硫酸、ヒアルロン酸、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルカルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルデンプン、キサンタンガム、アルギン酸、ペクチン及びこれらの塩が挙げられる。上記酸性基を有する多糖は1種または2種以上を併用して用いることができる。
本発明においては、酸性基を有する多糖は、硫酸基及び/又はカルボキシ基を有する多糖が好ましく、デキストラン硫酸、アルギン酸及びこれらの塩がより好ましく、デキストラン硫酸塩がさらに好ましい。
【0043】
本発明においては、公知の多糖に硫酸基を導入したものを用いてもよい。
多糖に硫酸基を導入する方法は公知の方法を用いることができる。例えば、原料の多糖1gに対し、氷冷した溶媒を10〜30ml用意し、これに硫酸化剤を原料多糖1gに対して2〜6倍加える。この溶媒に、原料の多糖1gを加え、0〜100℃で、1〜10時間反応させることにより、硫酸基を導入することができる。
硫酸化剤としては糖類の硫酸化に用いられるものであれば公知のものを用いることができ、限定されるものではないが、例えば、三酸化イオウ−ピリジン錯体、三酸化イオウ−トリメチルアミン錯体、クロロスルホン酸−ピリジン錯体、ジシクロヘキシルカルボジイミド−硫酸等を挙げることができる。
使用する溶媒としては、ピリジン、N,N−ジメチルホルムアルデヒド、N,N−ジアルキルアクリルアミド等が使用できる。
【0044】
生成した多糖は、各種修飾多糖の製造で常用されている精製操作により精製することができる。例えば、中和、透析による脱塩、有機溶媒添加による沈殿を回収する操作、凍結乾燥による回収操作などが挙げられる。
【0045】
多糖の分子量は特に限定なく、通常5,000〜2,000,000程度の分子量のものを好ましく使用できる。上記の数値の範囲内であると、優れた圧縮強度を保ったままセメント組成物の流動性の調整が容易であり、ハンドリング性に優れたセメント組成物を提供することができる。
【0046】
混練液に含まれる多糖の濃度は1〜40重量%が好ましく、10〜40重量%がより好ましく、20〜30重量%がさらに好ましい。上記の数値の範囲内であると、混練液の粘度が適当であるため作製したセメント組成物のハンドリング性に優れ、得られたセメントの圧縮強度に優れる。
【0047】
(2)イノシトールリン酸
本発明において、混練液はイノシトールリン酸を含む。なお、特に断りのない限り「イノシトールリン酸」と記載した場合には「イノシトールリン酸及び/又はその塩」と同義である。
本発明に用いることができるイノシトールリン酸としては、イノシトール一リン酸、イノシトール二リン酸、イノシトール三リン酸、イノシトール四リン酸、イノシトール五リン酸、フィチン酸(イノシトール六リン酸)が挙げられ、中でもフィチン酸が好ましい。
イノシトールリン酸の塩としては、アルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩が好ましく、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩及びバリウム塩等が挙げられ、中でもナトリウム塩、カリウム塩が好ましい。
フィチン酸を使用する場合は、水酸化ナトリウム又は水酸化カリウムでpHを6〜8に調整して、フィチン酸ナトリウム塩又はフィチン酸カリウム塩として使用することが好ましい。
なお、フィチン酸ナトリウム塩には、例えばフィチン酸ナトリウム塩38水和物、フィチン酸ナトリウム塩47水和物、フィチン酸ナトリウム塩12水和物等のように、結晶水含量の異なる数種が知られているが、いずれも好ましく用いることができる。
【0048】
本発明において、フィチン酸又はフィチン酸アルカリ金属塩の製造方法には特に限定はなく、いかなる方法で製造したものであってもよい。例えば、フィチン酸ナトリウム塩は、脱脂した植物の種子粉末を希塩酸で抽出し、抽出液から不溶性の銅塩、鉄塩などにして沈澱させ精製した後、ナトリウム塩に変え、アルコールを加えて沈澱させることにより得ることができる。
【0049】
本発明で使用する混練液には上記のイノシトールリン酸を複数種含んでいてもよいが、フィチン酸を単独で含むことが好ましい。
【0050】
混練液は、イノシトールリン酸を5,000〜20,000ppm含むことが好ましく、7,000〜15,000ppm含むことがより好ましく、8,000〜12,000ppm含むことがさらに好ましい。上記の数値の範囲内であるとセメント組成物はハンドリング性に優れ、得られたセメントは圧縮強度が優れる。
【0051】
(3)溶媒
混練液に含まれる溶媒としては、水、及び、水とエタノール等の水性有機溶剤との混合物等が挙げられるが、本発明においては水が好ましい。
【0052】
(4)添加剤
多糖及びイノシトールリン酸以外にも混練液には、必要に応じて添加剤を添加することができる。添加剤としては、例えば水溶性高分子が挙げられ、公知のものを用いることができ限定されるものではないが、コラーゲン、ゼラチン及びこれらの誘導体等のタンパク質等を用いることができる。
また、適用する疾患に応じて、抗リウマチ治療剤、抗炎症剤、抗生物質、抗腫瘍剤、骨誘導因子、レチノイン酸、レチノイン酸誘導体等の生理活性物質を添加してもよい。
【0053】
(5)混練液の性状
混練液のpHは、pH6.0〜8.0であることが好ましく、pH6.0〜7.5であることがより好ましい。上記の数値の範囲内であると生体適合性に優れたセメント組成物が得られる。
【0054】
3.セメント組成物
本発明のセメント組成物は前記セメント用材料と前記混練液とを混練することにより得られる。本発明のセメント組成物は、セメント用材料の単位重量に対して用いる混練液の量(体積)を表す固液比を適宜調整することにより、用途に応じて流動性を調節することが可能である。
当該セメント組成物の用途としては、例えば注射器を用いて骨の欠損部等にセメント組成物を注入する場合など、高い流動性を有するセメント組成物が好ましい場合が挙げられる。また、スパチュラ等で骨欠損部にセメント組成物を充填する場合や、骨欠損部等に適用する成形品を作製する場合など、低い流動性を有するセメント組成物が好ましい場合が挙げられる。本発明のセメント組成物は固液比の調製により流動性の調整が可能であり、いずれの場合においても圧縮強度に優れたセメントを提供することができる。
【0055】
セメント用材料の単位重量に対して用いる混練液の量(体積)を表す固液比(カルシウム塩の粉体の重量(g)/混練液の体積(ml))は1/0.30〜1/1.00が好ましく、1/0.35〜1/0.80がより好ましい。上記の数値の範囲内であると圧縮強度に優れたセメントが得られる。
骨欠損部等の充填箇所が狭い場合など、セメント組成物を注射器等で注入する場合には、固液比は1/0.70〜1/1.00であることが好ましく、1/0.70〜1/0.80であることがより好ましい。上記の数値の範囲内であると複雑な形状を有する欠損部に充填する場合でも隅々まで充填可能であり、圧縮強度に優れたセメントを提供することができる。
また、スパチュラ等で骨欠損部にセメント組成物を充填する場合や成形品を作製する場合には、固液比は1/0.30〜1/0.50が好ましく、1/0.30〜1/0.40がより好ましい。上記の数値の範囲内であると、圧縮強度に優れたセメントを得ることができる。
【0056】
セメント組成物のpHは、pH6.0〜8.0であることが好ましく、pH6.0〜7.5であることがより好ましい。上記の数値の範囲内であると生体適合性に優れたセメント組成物が得られる。
【0057】
II.セメントキット
本発明のセメントキットは、イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含むキットであって、少なくとも前記セメント用材料と溶媒とを別々に包装したことを特徴とする。本発明のセメントキットに含まれるセメント用材料、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒は、前記セメント組成物に用いることができるセメント用材料、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒と同様のものであり、好ましい態様も同様である。
さらに本発明のセメントキットは、前記セメント用材料と、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含む混練液とを別々に包装したものであることが好ましい。セメントキットに含まれる混練液は、前記セメント組成物の調製に用いられる混練液と同様のものであり、好ましい態様も同様である。以下、本発明のセメントキットについて説明する。
【0058】
本発明のセメントキットに含まれるセメント用材料、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒のうち、少なくとも相互に接触させると反応して硬化するセメント用材料と溶媒とを別々に包装することにより長期保存性に優れたセメントキットを提供することができる。本発明のセメントキットを用いることにより、必要な時に必要な場所で混練液を調製し、さらにセメント用材料と混練液とを混練することにより本発明のセメント組成物を調製することができる。
接触により反応しないもの同士は同包して保管、運搬する形態をとることが好ましく、例えば、前記セメント用材料と、あらかじめ調製された混練液とを別々に包装したキットであると、持ち運びも便利であり、使用時に混練液の調製を要しないことから素早くセメント組成物を調製できるため好ましい。
本発明のセメントキットの好ましい実施態様には、前記セメント用材料と、多糖及びイノシトールリン酸を水に溶解させた混練液とを別々に包装した前記<7>に記載のセメントキットが含まれる。前記多糖はデキストラン硫酸塩であることが好ましく、前記イノシトールリン酸はフィチン酸であることが好ましい。また、本発明のセメントキットに含まれるセメント用材料に対する混練液の使用量(固液比)の範囲は、前記セメント組成物における固液比の範囲と同様であり、好ましい範囲も同様である。
【0059】
本発明のセメントキットには、セメント組成物の使用時に目的部位へセメント組成物を送り込むための注射器等の送出器具が添付されていてもよく、さらに使用直前にセメント用材料と混練液とを混練するための容器、ゴムヘラ等の器具等が添付されていてもよい。
また、本発明のキットは前述した添加剤を含んでいてもよい。
【0060】
III.セメント及びセメントの製造方法
本発明のセメントは、本発明のセメント組成物を硬化させたことを特徴とする。
また、本発明のセメントの製造方法は、イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料を調製するセメント用材料調製工程、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含む混練液を調製する混練液調製工程、前記セメント用材料と前記混練液とを混練するセメント組成物調製工程、並びに、前記セメント組成物を硬化させる硬化工程を含むことを特徴とする。なお、セメント用材料調製工程、混練液調製工程及びセメント組成物調製工程については先に述べた通りである。
【0061】
前記セメント組成物を硬化させる硬化工程について説明する。
本発明のセメント組成物を骨欠損部等の患部に充填すると、混練後1〜5分で硬化し始め、20分以内に硬化してセメントになる。さらに混練後5〜10時間後には圧縮強度が最大となる。本発明のセメント組成物は、硬化時間が短いので、治療時間を短縮することができ、患者の苦痛を低減することができる。
【0062】
本発明のセメントは、従来のアパタイトセメントとは異なり硬化時に酸・塩基反応が起こらないので、硬化前後でpH変化がない。さらに、混練液に含まれるイノシトールリン酸による緩衝作用により、pHの変動が抑制される。したがって、本発明のセメントは炎症反応を惹起する可能性が少ない。また、新生骨の発生を容易にし、生体の硬組織と容易に一体化する。
【0063】
本発明によれば特許文献3に記載された従来のセメントと比較して、固液比が低い(混練液の量が多い)場合であっても優れた圧縮強度を有するセメントを提供することが可能であり、用途に合わせてセメント組成物の流動性を調整することが可能となった。
従って、注射器等で注入する態様にも好ましく用いることができ、骨欠損部等の充填箇所が狭い場合や、複雑な形状を有する欠損部に充填する場合でも隅々までセメント組成物の充填が可能である。
【0064】
本発明のセメントの圧縮強度は、22MPa以上であることが好ましく、25MPa以上であることがより好ましく、30MPa以上であることがさらに好ましい。本発明でこれまでに得られているセメントの圧縮強度は、22〜34MPaであり、比較的荷重のかかる腰部等の部位への適用が可能になっている。
【0065】
高齢化社会の到来により、高齢者に特有の「圧迫骨折」に関する治療はますます増加することは自明であり、本発明が提供する「高強度化キレート硬化型骨修復セメント」を注射器等で注入して、脊椎の圧迫骨折に適用することにより、臨床的に低侵襲(身体に対する負担や影響が少ない。)な治療法を構築できる。この新たなセメントによる治療法の構築は、グローバルな視点でQOL(生活の質)向上を約束する。本発明のセメントは骨折、骨粗鬆症、慢性関節リウマチ等の治療に用いることができる。
【実施例】
【0066】
以下、実施例に基づき本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
なお、以下の実施例において「ヒドロキシアパタイト」を「HAp」と、「フィチン酸」を「IP6」と、「フィチン酸を表面に吸着させたヒドロキシアパタイトの粉体」を「HAp/IP6粉体」とも表記する。
【0067】
1.湿式合成HAp粉体、及び、湿式合成HAp/IP6粉体の調製
(1)湿式合成HAp粉体の調製
0.5M水酸化カルシウム懸濁液500cm3を調製し、それに0.3Mリン酸水溶液500cm3を滴下した(滴下速度17ml/min)。水酸化カルシウムとリン酸の濃度はCa/P=1.67(モル比)となるように調整した。また、反応槽中のpHが10<pH<11となるようにpH調整剤(25%NH4OH)で調整した。リン酸水溶液滴下が終了した後、さらに1時間撹拌してから37℃に設定したインキュベーター中に24時間静置し、熟成させた。熟成後、吸引濾過にてHApスラリーを回収し、−80℃のフリーザーで一晩凍結させた。凍結させたHApスラリーは、凍結乾燥機Free Zone(商標)(LABCONCO製)を用いて24時間乾燥した。
得られたHAp粉体をP−6遊星型ボールミル(FRITSCH製)を用いて下記の条件で粉砕した。ジルコニア製ポットに、HAp粉体10.0gとφ10mmジルコニアボール50個、精製水40mlを入れ、回転数300rpmで5分間湿式粉砕した。粉砕後、精製水を用いて容器から洗い流すように試料を回収し、吸引濾過にて粉砕HApスラリーを回収した。回収したスラリーは−80℃で一晩凍結させた後、凍結乾燥機Free Zone(商標)(LABCONCO製)を用いて24時間乾燥し、湿式合成HAp粉体とした。
【0068】
(2)湿式合成HAp/IP6粉体の調製
50重量%IP6水溶液(和光純薬工業(株)製)を1.00g精秤し、精製水で300cm3程度に希釈した後、水酸化ナトリウム水溶液と塩酸とを用いてpHを7.3に調整し、メスフラスコを用いて500cm3にメスアップすることで濃度1,000ppmのIP6水溶液を調製した。
濃度1,000ppmのIP6水溶液200cm3に湿式合成HAp粉体10.0gを懸濁し、37℃、撹拌速度400rpmで5時間撹拌した。これを吸引濾過し、得られたスラリーを精製水で洗浄した後、−80℃で一晩凍結させた。凍結させたHAp/IP6スラリーは凍結乾燥機Free Zone(商標)(LABCONCO製)を用いて24時間乾燥し、湿式合成HAp/IP6粉体を得た。
得られた湿式合成HAp/IP6粉体のメジアン径は7.9μm、比表面積は98.5m2/gであった。
【0069】
2.混練液の調製
(1)多糖のスクリーニング
(実施例1)
表1に示すデキストラン硫酸Na(分子量5,000)を濃度10,000ppmのIP6水溶液(pH7.3)に表1に示す濃度で添加して混練液を調製した。
【0070】
(セメントの作製)
前記湿式合成HAp/IP6粉体0.2gに対して前記混練液を60〜160μl(固液比(粉体g/混練液ml)で1/0.30〜1/0.80)となるように加えてゴムヘラを用いて混練してセメント組成物を作製した。
セメントの試験片は前記セメント組成物をφ5mm金型成形器につめて2kNの成形圧で一軸加圧成形して作製した。成形したセメント試験片は空気中で24時間乾燥させた。セメント試験片のサイズはφ4.5〜5mm、高さ6〜8mm、重さ0.2gであった。
【0071】
(セメントの力学特性評価)
セメントの力学特性はすべて圧縮強度試験で評価した。試験機はSHIMADZU製のAUTOGRAPH AGS−Jを用いた。測定条件を以下に示す。
クロスヘッドスピード :0.5mm・s-1
設定荷重 :5kN
AUTO STOP :ON
表1に示す混練液を用いて作製したセメントの圧縮強度を測定した。
【0072】
(実施例2〜4及び比較例1〜4)
表1に示す組成の混練液を調製した以外は実施例1と同様にして実施例2〜4並びに比較例1〜4のセメントを作製し、実施例1と同様にしてセメントの力学特性を測定した。
【0073】
実施例1及び比較例1の結果を図1に、実施例2及び比較例2の結果を図2に、実施例3及び比較例3の結果を図3に、実施例4及び比較例4の結果を図4に示す。
また、表1に実施例1〜4及び比較例1〜4で得られたセメントの最大圧縮強度並びに最大圧縮強度が得られた固液比を示す。
【0074】
実施例1と比較例1とを比較すると、固液比1/0.4近傍〜1/0.6近傍の範囲でIP6を含む混練液を用いて作製したセメント(実施例1)の方が、IP6を含まない混練液を用いて作製したセメント(比較例1)と比較して高い圧縮強度を示した。特に固液比1/0.3近傍〜1/0.4近傍の範囲で優れた圧縮強度を示した。
実施例2(デキストラン硫酸Na、分子量500,000)では、実施例1と比較してより広い固液比1/0.3近傍〜1/0.8近傍の範囲で、IP6を含む混練液を用いて作製したセメントの圧縮強度が、IP6を含まない混練液を用いて作製したセメント(比較例2)の圧縮強度と比較して高い値を示した。特に固液比1/0.4近傍〜1/0.8近傍の範囲で優れた圧縮強度を示した。実施例2の混練液を用いることにより、実施例1と比較してより広い固液比の範囲で圧縮強度に優れたセメントを得ることができた。従って、分子量500,000のデキストラン硫酸NaとIP6を含む混練液を用いることにより、より流動性の調整が容易であり、ハンドリング性に優れたセメント組成物を提供することができた。
実施例3及び実施例4ではそれぞれ固液比1/0.45近傍〜1/0.8近傍及び固液比1/0.7近傍〜1/0.8近傍で、IP6を含まない混練液を用いた場合(それぞれ比較例3及び比較例4)に比べてセメントの圧縮強度が高く、IP6の添加効果が認められた(図3及び図4)。
【0075】
3.カルシウム塩の粉体の表面修飾について
(比較例5)
セメント用材料として前記湿式合成HAp粉体(IP6で表面修飾していないもの)を用いた以外は、実施例2と同様にしてセメントを作製し、実施例1と同様にして圧縮強度を測定した。結果を実施例2の結果とともに図5に示した。
図5から、IP6で表面修飾したカルシウム粉体(湿式合成HAp/IP6粉体)を用いた方が固液比1/0.40近傍〜1/0.80近傍で高い圧縮強度が得られることが分かる。
【0076】
4.多糖の濃度について
(実施例5〜7)
デキストラン硫酸Na(分子量500,000)の濃度を10重量%(実施例5)、20重量%(実施例6)及び30重量%(実施例7)とした以外は、実施例2と同様にしてセメントを作製し、実施例1と同様にして圧縮強度を測定した。結果を実施例2の結果とともに図6に示した。
【0077】
(比較例6)
デキストラン硫酸Na(分子量500,000)の濃度を0重量%とした以外は実施例2と同様にして圧縮強度を測定した。結果を図6に示した。
図6から分子量500,000のデキストラン硫酸Naの濃度が20重量%から優れた圧縮強度を示し、25〜30重量%のときに特に優れた圧縮強度を示すことがわかる。混練液がデキストラン硫酸Naを含まない比較例6では、混練液のIP6添加効果が認められないだけでなく、固液比1/0.8近傍ではセメントを成形することができなかった。
【0078】
5.混練液中のIP6の濃度について
(実施例8〜9)
混練液に含まれるIP6の濃度を5,000ppm(実施例8)、20,000ppm(実施例9)とした以外は、実施例2(IP6農濃度:10,000ppm)と同様にして圧縮強度を測定した。実施例2、実施例8及び実施例9の結果を比較例2(IP6の濃度0ppm)の結果とともに図7に示した。
IP6を混練液に加えることで圧縮強度は向上し、IP6濃度5,000〜10,000ppmで圧縮強度は大きく向上した。
【0079】
6.混錬液の組成について
(実施例2、比較例7〜9)
本発明の目的とするところは、混錬液として水に多糖とIP6とを複合添加することにより、圧縮強度とハンドリング性とを同時に向上させることにある。しかしながら、IP6には緩衝作用があるため、混錬時のpHが一定であることに起因して強度が向上するとも考えられる。
そこで、IP6に代えて緩衝作用を有する溶質(Tris−HCl;濃度:0.05M(比較例7)又はリン酸バッファー;濃度:0.5〜2.0重量%(比較例8))を添加した混練液、及び、IP6又は前記緩衝作用を有する溶質を添加しないで多糖をNaOHで中和した混練液(比較例9)を対照の混練液とし、それらを用いてセメント試料片を実施例2と同条件で作製し、実施例2のセメント試料片の圧縮強度と比較検討した。
その結果を図8に示す。実施例2のセメント試料片は固液比が低下しても(混練液量が増加しても)約34MPaの高い圧縮強度を維持したが、比較例7〜9では、固液比の低下(混練液量の増加)とともにそれらの圧縮強度は減少した。特に、混練液量の多い固液比1/0.8の場合に圧縮強度に顕著な相違があり、多糖とIP6との複合添加効果が明確であって、IP6は単なる緩衝剤として作用するだけではないことが理解できる。
【0080】
7.最大強度到達時間、及び、硬化時間(ビカー針試験)の評価
(実施例10)
セメント用材料として湿式合成HAp/IP6粉体を用い、混練液としてデキストラン硫酸Na(分子量500,000)を25重量%、IP6を10,000ppm含む水溶液を用いて、固液比1/0.7のセメント組成物を作製し、最大強度到達時間、及び、硬化時間(ビカー針試験)の評価を行った。
【0081】
(最大強度到達時間)
混練後の圧縮強度の経時変化を測定し、最大強度到達時間を測定した。
混練直後5分以内の圧縮強度を測定した後、セメントを室温で静置し、混練から30分、1時間、2時間、3時間、6時間、8時間、10時間及び24時間経過後に、実施例1と同様の方法で圧縮強度を測定した。結果を図9に示した。
【0082】
(硬化時間(ビカー針試験)の評価)
前記硬化時間は、ビカー針法により、歯科用リン酸亜鉛セメントの測定法(JIS T6602)に準じて測定した。具体的にはセメント組成物を混練し、5分経過した後に、セメント組成物を温度37℃、相対湿度約100%の恒温器中に移し、質量200gのビカー針を混練物表面に静かに落とし、針跡がつくかどうかを調べ、針跡を残さなくなった時を混練開始時から起算して硬化時間とする。
測定は、さらに10分後、30分後、60分後、120分後及び180分後に行った。ビカー針試験の結果を図10に示した。
(比較例10)
セメント用材料として湿式合成HAp粉体を用いた以外は実施例10と同様にして混練後の圧縮強度の経時変化を測定した。結果を図9に示した。
また、同様にして作製したセメントを用いてビカー針試験を行った。結果を図10に示した。
【0083】
図9から、セメント用材料として湿式合成HAp/IP6粉体を用いた本発明(実施例10)では、混練後約10時間で最大強度約32MPaとなって一定となったが、セメント用材料として湿式合成HAp粉体を用いた比較例10では混練後24時間経っても圧縮強度は約16MPaと低い値で且つ最大値とはならないことがわかる。
また、図10から実施例10では混練後約50分で硬化が完了した(ビカー針が貫入しない)のに対して、比較例10では180分経っても硬化が完了しない(ビカー針が貫入する)ことが分かる。
【0084】
【表1】
【0085】
表1に記載された多糖の製造元及び製品名は下記の通りである。
デキストラン硫酸Na(分子量5,000) ;和光純薬工業(株)製、デキストラン硫酸ナトリウム5,000
デキストラン硫酸Na(分子量500,000) ;和光純薬工業(株)製、デキストラン硫酸ナトリウム500,000
アルギン酸Na(低粘度) ;MP Biomedicals製、ALGINIC ACID SODIUM SALT
アルギン酸Na(高粘度) ;和光純薬工業(株)製、アルギン酸ナトリウム80〜120cP
【0086】
(比較例6及び比較例11)
比較例6及び比較例11は混練液に多糖を添加しない場合である。比較例6は湿式合成HAp/IP6粉体に対してIP6水溶液を加えて混練して作製したセメント試料片である。一方、比較例11は湿式合成HAp/IP6粉体に多糖もIP6も加えない純水を加えて混練して作製したセメント試験片である。これらの結果は、今回最も高い最大圧縮強度と優れたハンドリング性が得られている実施例2と比べて劣っていることが理解できる。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【図1】混練液に、デキストラン硫酸Na(分子量5,000)とIP6とが含まれる効果を示す図である。
【図2】混練液に、デキストラン硫酸Na(分子量500,000)とIP6とが含まれる効果を示す図である。
【図3】混練液に、アルギン酸Na(低粘度)とIP6とが含まれる効果を示す図である。
【図4】混練液に、アルギン酸Na(高粘度)とIP6とが含まれる効果を示す図である。
【図5】セメント用材料として湿式合成HAp/IP6粉体を用いると、湿式合成HAp粉体を用いた場合よりも圧縮強度が優れたセメントが得られることを示す図である。
【図6】セメント用材料として湿式合成HAp/IP6粉体を用い、デキストラン硫酸Na(分子量500,000)とIP6を含む混練液を用いたときのデキストラン硫酸Naの濃度とセメントの圧縮強度との関係を示す図である。
【図7】セメント用材料として湿式合成HAp/IP6粉体を用い、デキストラン硫酸Na(分子量500,000)とIP6を含む混練液を用いたときのIP6濃度と圧縮強度との関係を示す図である。
【図8】セメント用材料として湿式合成HAp/IP6粉体を用い、混練液成分としてpH安定化作用のある溶質又はNaOHを用いた場合と、IP6を用いた場合とを比較した図である。
【図9】セメントの最大圧縮強度到達時間について、セメント用材料として湿式合成HAp/IP6粉体を用いた場合と湿式合成HAp粉体を用いた場合との比較をした図である。
【図10】セメントの硬化時間(ビカー針試験)について、セメント用材料として湿式合成HAp/IP6粉体を用いた場合と湿式合成HAp粉体を用いた場合との比較をした図である。
【技術分野】
【0001】
本発明はセメント組成物、セメントキット、セメント及びセメントの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リン酸カルシウムは脊椎動物の骨や歯などの硬組織にみられる無機物質とほぼ同一の組成や構造を有し、生体適合性を示す生体活性材料群である。
中でも、ヒドロキシアパタイトは生体内に埋め込んでも生体の拒否反応や壊死を引き起こさず、生体硬組織に同化、接合しやすい性質を有するので、骨欠損部及び骨空隙部等の修復用材料として期待されている。ヒドロキシアパタイトの材料形態は緻密体、多孔体、顆粒、セメント等があるが、任意形状に成形可能なアパタイトセメントは今後の発展が期待される材料である。
【0003】
特許文献1には、アパタイトにおいて、その化学組成がCa10-x(H、Na)x(PO4)6(OH)2-x・nH2O(但し、0.05<x<0.4、n=2x)であることを特徴とする水酸アパタイトが開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、水和硬化性を有するリン酸カルシウムを主成分とし、200g以下の荷重で圧壊する顆粒を含有することを特徴とする粉剤が開示されている。リン酸カルシウム系ペーストの粘度維持、リン酸カルシウム系ペーストの形態付与性の向上、生体内での崩壊の抑制等の観点から、多糖等の水溶性高分子を含有させることができることが記載されており、多糖としてデキストランあるいはデキストラン硫酸塩が例示されている。
しかしながら、従来のアパタイトセメントでは、硬化する際に酸・塩基反応を伴うために生体内で硬化するまでの間に局所的なpH変動が起こり、炎症反応が惹起されるという問題点があった。
この問題を解決する手段として、特許文献3の方法がある。特許文献3には、イノシトールリン酸若しくはフィチン酸又はそれらの塩をカルシウム化合物の表面に吸着させた微結晶を含むことを特徴とするセメント用材料が開示されている。
【0005】
【特許文献1】特開平5−229807号公報
【特許文献2】特開2006−130122号公報
【特許文献3】特開2005−95346号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、硬化性に優れ、硬化時にpH変化を伴わずに硬化し、用途に応じて固液比の調整が可能であるセメント組成物及び前記セメント組成物を調製するセメントキットを提供することに加えて、生体適合性及び圧縮強度に優れたセメント並びにセメントの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の上記の課題は、以下の手段により達成された。
<1>イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料と、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含む混練液とを混練して得たことを特徴とするセメント組成物、
<2>前記多糖が酸性基を有する多糖である<1>に記載のセメント組成物、
<3>前記多糖がデキストラン硫酸塩である<1>に記載のセメント組成物、
<4>前記混練液に含まれるイノシトールリン酸がフィチン酸である<1>〜<3>いずれか1つに記載のセメント組成物、
<5>前記カルシウム塩がヒドロキシアパタイトである<1>〜<4>いずれか1つに記載のセメント組成物、
<6>前記イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体が、フィチン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体である<1>〜<5>いずれか1つに記載のセメント組成物、
<7>イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含むセメントキットであって、前記セメント用材料と溶媒とを別々に包装したことを特徴とするセメントキット、
<8><1>〜<6>いずれか1つに記載のセメント組成物を硬化させたことを特徴とするセメント、
<9>イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料を調製するセメント用材料調製工程、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含む混練液を調製する混練液調製工程、前記セメント用材料と前記混練液とを混練するセメント組成物調製工程、並びに、前記セメント組成物を硬化させる硬化工程を含むことを特徴とするセメントの製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、硬化性に優れ、硬化時にpH変化を伴わずに硬化し、用途に応じて流動性の調整が可能であるセメント組成物及び前記セメント組成物を調製するセメントキットを提供することができる。
本発明によれば、生体適合性及び圧縮強度に優れたセメント並びにセメントの製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
I.セメント組成物
本発明のセメント組成物は、イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料と、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含む混練液とを混練して得たことを特徴とする。
以下、本発明について詳細に説明する。
【0010】
1.セメント用材料
本発明において、セメント用材料はイノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含む。なお、本発明において「イノシトールリン酸」という場合にはその塩も含み、特に断りのない限り「イノシトールリン酸及び/又はその塩」と同義である。
(1)イノシトールリン酸
本発明に用いるイノシトールリン酸としては、イノシトール一リン酸、イノシトール二リン酸、イノシトール三リン酸、イノシトール四リン酸、イノシトール五リン酸及びフィチン酸(イノシトール六リン酸)が挙げられる。
イノシトールリン酸の塩としては、アルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩が好ましく、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩及びバリウム塩等が挙げられる。
これらの中でも、フィチン酸、フィチン酸ナトリウム塩又はフィチン酸カリウム塩を単独あるいは2以上を併用する態様が好ましい。フィチン酸を使用する場合は、水酸化ナトリウム又は水酸化カリウムでpHを6〜11に調整してフィチン酸ナトリウム塩又はフィチン酸カリウム塩として使用することが好ましい。
なお、フィチン酸ナトリウム塩には、例えばフィチン酸ナトリウム塩38水和物、フィチン酸ナトリウム塩47水和物、フィチン酸ナトリウム塩12水和物等のように、結晶水含量の異なる数種が知られているが、いずれも好ましく用いることができる。
【0011】
本発明において、フィチン酸又はフィチン酸アルカリ金属塩の製造方法には特に限定はなく、いかなる方法で製造したものであってもよい。例えば、フィチン酸ナトリウム塩は、脱脂した植物の種子粉末を希塩酸で抽出し、抽出液から不溶性の銅塩、鉄塩などにして沈澱させ精製した後、ナトリウム塩に変え、アルコールを加えて沈澱させることにより得ることができる。
【0012】
(2)カルシウム塩
<カルシウム塩>
カルシウム塩としては、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム等が好ましく用いられる。これらは1種を単独で使用しても2種を同時に使用してもよい。1種を単独で使用する場合、リン酸カルシウムを使用することが好ましい。
【0013】
リン酸カルシウムとしては、ヒドロキシアパタイト、α−リン酸三カルシウム、β−リン酸三カルシウム、リン酸四カルシウム、リン酸八カルシウム、リン酸水素カルシウム、リン酸二水素カルシウム、非晶質リン酸カルシウムが好ましく、ヒドロキシアパタイト、α−リン酸三カルシウム、β−リン酸三カルシウムがより好ましく、特にヒドロキシアパタイトが好ましい。これらは1種を単独で使用しても2種以上を同時に使用してもよい。
【0014】
<比表面積>
本発明において、イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体の比表面積は60〜150m2/gであることが好ましく、80〜130m2/gであることがより好ましく、90〜120m2/gであることがさらに好ましい。上記の数値の範囲内であるとカルシウム塩の粉体の表面に前記イノシトールリン酸が十分に吸着するため十分なキレートサイトが得られ、セメント用材料として使用した場合に十分な圧縮強度のセメントが得られる。
【0015】
粉体の比表面積(Specific Surface Area;SSA)は、マイクロメリティックス自動比表面積測定装置フローソーブIII2305((株)島津製作所製)を用いてBET法により測定することができる。冷媒には液体窒素を用いた。飽和吸着量の補正値は以下の式を用いて算出した。
S=(273.2/気温(℃))×(気圧(mmHg)/760)×((6.023×1023×16.2×10-20)/(22.414×10))×(1−(窒素の割合(%)×気圧(mmHg))/775)
試料を冷媒で冷却したときに粉体に吸着したガス量(吸着データ)と、試料を冷媒から取り出したときに粉体から放出されるガス量(脱着データ)を測定した。脱着データを実験値として採用した。
【0016】
<X線回折による半価幅>
本発明において、X線回折によるヒドロキシアパタイトの粉体の(002)面の回折線の半価幅は0.30〜0.45°であることが好ましく、0.32〜0.45°であることがより好ましく、0.35〜0.45°であることがさらに好ましい。
上記の数値の範囲内であると、十分な圧縮強度のセメントが得られる。
【0017】
X線回折法によりヒドロキシアパタイトなどの結晶子の配向性、結晶構造の決定と構成結晶成分の同定、結晶性の評価、結晶子の3次元的集合組織の評価を併せて行うことができる。
中でも結晶性の評価は各回折線の半価幅を測定することにより行う。前記ヒドロキシアパタイトの粉体の(002)面の半価幅は、Bragg角(2θ)が25.6°の回折ピークを基に算出することができる。半価幅は強度が半分となる位置の回折ピークの幅であり、単位は角度である。この半価幅が大きくなると結晶性が低いことを意味する。なお結晶性は結晶子の大きさと格子歪によって決定され、結晶子が小さく、格子歪が大きい場合に結晶性は低下する。従って本発明においては、半価幅が大きく結晶性が低いカルシウム塩の粉体であることが好ましい。
【0018】
<カルシウム塩の粉体の製造方法>
セメント用材料に用いるカルシウム塩の粉体の製造方法には特に限定はなく、いかなる方法で製造したものであってもよい。カルシウム塩の粉体の製造方法としては、例えば、乾式法、半乾式法、湿式法等が挙げられ、湿式法であることが好ましい。湿式法であると、低結晶性で比表面積が大きい高純度なカルシウム塩の粉体を効率よく量産することができる。
【0019】
(3)セメント用材料の製造方法1
<湿式法によるカルシウム塩の粉体の製造>
本発明で用いるカルシウム塩の粉体を湿式法で製造する場合について説明する。
本発明において、カルシウム塩の粉体の製造方法は、(工程1)アルカリ性に調整したカルシウムイオンを含む溶液と、リン酸イオンを含む溶液とを混合して沈澱物を得る工程、(工程2)前記沈澱物を含む系をアルカリ性に保ちながら熟成させてカルシウム塩の粉体を得る工程、(工程3)前記カルシウム塩の粉体を回収して乾燥する工程、を含む方法であることが好ましい。
【0020】
(工程1)及び(工程2)について説明する。
(工程1)アルカリ性に調整したカルシウムイオンを含む溶液と、リン酸イオンを含む溶液とを混合して沈澱物を得る工程において、混合する方法は限定されるものではなく、例えば同時混合法、片側混合法、又はそれらの組合せなどのいずれを用いてもよい。
同時混合法は、リン酸カルシウムを形成する沈澱槽に、アルカリ性に調整したカルシウムイオンを含む溶液及びリン酸イオンを含む溶液を同時に注入する方法であって、一つの例としてカルシウム塩の沈澱が生成する液相中のカルシウムイオン濃度とリン酸イオン濃度との比を一定に保つ方法、いわゆるコントロールド・ダブルジェット法が挙げられる。
片側混合法は、アルカリ性に調整したカルシウムイオン過剰(又はリン酸イオン過剰)の溶液に対してリン酸イオン(又はカルシウムイオン)を含む溶液を添加してカルシウム塩の沈澱を形成させる方法である。以下にカルシウム塩としてのヒドロキシアパタイトの合成を例に片側混合法について説明する。
予めアルカリ性に調整した水酸化カルシウム等のカルシウムイオンを含む溶液に、リン酸イオンを含む溶液を滴下し、得られた沈澱を含む系をアルカリ性に保ちながら熟成させると、ヒドロキシアパタイトの粉体が得られる。溶液のpHを調整するためのアルカリ性物質としては、アンモニアが好ましく用いられる。反応液中のpHは7〜12であることが好ましく、10〜11であることがより好ましい。
カルシウムイオンを含む溶液の濃度は、0.5〜2.0Mであることが好ましく、0.7〜1.5Mであることがより好ましく、0.9〜1.1Mであることがさらに好ましい。また、リン酸イオンを含む溶液の濃度は0.3〜1.2Mであることが好ましく、0.42〜0.9Mであることがより好ましく、0.54〜0.66Mであることがさらに好ましい。
【0021】
カルシウム塩がヒドロキシアパタイトである場合、ヒドロキシアパタイトの粉体に含まれるCa元素とP元素との比はCa元素/P元素=1.60〜1.70であることが好ましく、1.63〜1.69であることがより好ましい。Ca元素とP元素との比の調整はカルシウムイオンを含む溶液と、リン酸イオンを含む溶液の濃度比を調整することにより行う。例えばカルシウムイオンを含む溶液のモル濃度とリン酸水溶液のモル濃度との比を5:3とすることにより、溶液中のCa元素とP元素との比を約1.67とすることができる。
Ca元素とP元素との比が上記の数値の範囲内であると、効率的にヒドロキシアパタイトの粉体を得ることができる。また、上記の範囲のヒドロキシアパタイトをセメント用材料として用いた場合に圧縮強度に優れたセメントが得られる。
【0022】
(工程1)において、反応槽の温度は一般には20〜70℃、好ましくは30〜50℃、特に好ましくは30〜40℃である。上記の数値の範囲内であると、比表面積の高いアパタイト結晶を容易に調製することができる。
【0023】
空気中の炭酸ガスがカルシウム塩の粉体に取り込まれるのを防ぐために、一連の操作は窒素ガス等の不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。この方法では用いる材料の純度が得られるカルシウム塩の粉体の純度に反映される。従って高純度の材料を用いれば高純度のカルシウム塩の粉体を得ることができる。
【0024】
(工程3)前記カルシウム塩の粉体を回収して乾燥する工程について説明する。
カルシウム塩の粉体を回収して乾燥する工程は、凍結乾燥又は50〜150℃で加熱乾燥する工程であることが好ましく、凍結乾燥であることがより好ましい。凍結乾燥であると、比表面積の大きいカルシウム塩の粉体を得ることができる。
前記カルシウム塩の粉体を回収して乾燥する工程が、凍結乾燥である場合は、乾燥温度は−150〜0℃が好ましく、−80〜−10℃であることがより好ましく、−50〜−30℃であることがさらに好ましい。乾燥時間は1〜48時間であることが好ましい。
また、前記カルシウム塩の粉体を回収して乾燥する工程が、加熱乾燥である場合には、乾燥温度は50〜150℃であることが好ましく、70〜130℃であることがより好ましく、90〜120℃であることがさらに好ましい。乾燥時間は1〜48時間であることが好ましい。
従来は、適用する生体からの拒絶反応を少なくするために熱処理や酸性溶液への浸漬などによりカルシウム塩の粉体から有機成分等を除去していた。熱処理の場合、300〜700℃で1〜1,000時間熱処理することにより有機成分等の除去が可能となる。
さらに有機成分が除去されたカルシウム塩の粉体を600〜1,400℃で仮焼を行いリン酸カルシウム系物質の結晶粒径、多孔質度、配向性、力学特性を調整していた。
前記湿式法で作製したセメント用材料に用いるカルシウム塩は、生体からの拒絶反応を引き起こす物質を含まない。そのため熱処理等による有機成分等の除去を必要としない。また600〜1,400℃の仮焼を行わずに、凍結乾燥又は50〜150℃の範囲で加熱乾燥することにより低結晶性で比表面積が大きいカルシウム塩の粉体を得ることができる。
【0025】
<メジアン径>
セメント用材料に用いるカルシウム塩の粉体のメジアン径は3〜50μmの範囲であることが好ましく、5〜20μmであることがより好ましい。上記の数値の範囲内であると比表面積が大きい粉体が得られるため、圧縮強度に優れたセメントが得られる。粉体のメジアン径は、例えば、レーザー回折/散乱式粒度分布測定装置LA−300((株)堀場製作所製)を用いて算出することができる。
【0026】
<粒度分布>
カルシウム塩の粉体の粒度分布は、粒子径が3〜50μmである粉体の比率(体積%)が、全体の60%以上であることが好ましく、全体の80%以上であることがより好ましい。
この比率は、例えば、レーザー回折/散乱式粒度分布測定装置LA−300((株)堀場製作所製)を用いた測定結果から、粒子径と頻度積算の関係をプロットし、3〜50μmの範囲の頻度積算量から求めることができる。
【0027】
<粉砕機>
本発明において前記カルシウム塩の比表面積を増大させるために、カルシウム塩の粉体を機械的に粉砕する工程をさらに含むことが好ましい。機械的な粉砕により、比表面積を増大させるのみでなく、効率的に結晶性を低下させることができる。
カルシウム塩の粉体を機械的に粉砕する方法として、種々の粉砕機を用いることができる。粉砕機としては粉体の比表面積や粒子径を所望の範囲とすることができるものであれば公知のものを用いることができ、限定されるものではないが、具体的には、竪型ローラーミル、高速回転ミル、容器駆動媒体ミル、及び、媒体撹拌ミル等を挙げることができ、中でも容器駆動媒体ミルが好ましい。
容器駆動媒体ミルとは、通常円筒状のミル容器内に鋼球、陶磁器ボール、玉石、鋼製ロッド、ペブルあるいはビーズなどの粉砕媒体を充填し、ミル容器を駆動させることによって粉砕を行う微粉砕機である。ミルの運動様式によって転動ミル、振動ミル、遊星ミルのように大別され、遊星ミルを好ましく用いることができる。また粉砕媒体の種類でボールミル、ペブルミル、ロッドミルなどに分類され、ボールミルであることが好ましい。従って本発明においては、遊星ボールミルを好ましく用いることができる。
遊星ボールミルは、円筒状粉砕容器が自転しながら、自転軸と平行なミル中心軸の周りを公転する形式のものであり、具体例として遊星型ボールミルP−4、P−5、P−6及びP−7(FRITSCH社製)を挙げることができる。
【0028】
前記遊星ボールミルには粉砕媒体として従来公知のものを用いることができ限定されるものではないが、鋼球(SWRM、SUJ2、SUS440、クローム鋼)、セラミック(ハイアルミナ、ステアタイト、ジルコニア(酸化ジルコニウム)、炭化ケイ素、窒化ケイ素)、ガラス(一般ソーダガラス、無アルカリガラス、ハイビー)、超硬球(タングステンカーバイト)、天然石(フリントSiO2)、及び、プラスチックポリアミド等を例示でき、中でもジルコニア(酸化ジルコニウム)を好ましく用いることができる。
粉砕媒体のモース硬度は8.0〜9.0であることが好ましい。上記の数値範囲であると媒体の摩耗や損傷がなく繰り返し使用できる。ジルコニアのモース硬度は8.5である。粉砕媒体の直径は2〜40mmであることが好ましく、10〜20mmであることがより好ましい。
【0029】
本発明において粉砕は湿式粉砕であることが好ましい。
一般的に湿式粉砕は乾式粉砕に比べて微粉の生成に適している。これは液が粒子表面を濡らすことによって粒子の表面エネルギーを低下させる効果(Rehbinder効果)と、粒子相互の凝集作用を抑制してミル内での砕料の分散状態を保持するという、これらの相乗効果によるものと考えられる。また乾式で微粉砕を行う場合、微細な粒子は粉砕媒体をコーティングしてクッショニング現象を起こして粉砕効率を低下させる。
【0030】
<イノシトールリン酸の吸着>
イノシトールリン酸をカルシウム塩の粉体の表面に吸着させるには、イノシトールリン酸の希薄な溶液中にカルシウム塩の粉体を浸漬処理することが好ましい。イノシトールリン酸は、浸漬処理によりカルシウム塩の粉体表面に化学的に吸着すると考えられる。
【0031】
上記カルシウム塩の粉体をイノシトールリン酸の水溶液と混合して粉体表面に吸着させた後に、粉体を分離し、乾燥することにより、イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を得ることができる。
【0032】
イノシトールリン酸の水溶液を用いる場合は、前記水溶液に予めアルカリ水溶液を添加し、pH6〜11に調製しておくことが好ましく、pH6〜8に調整しておくことがより好ましい。pHの調整に用いるアルカリ水溶液は、特に限定されず、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液等が挙げられる。
【0033】
イノシトールリン酸の水溶液の濃度としては、1,000〜10,000ppmであることが好ましく、1,000〜5,000ppmであることがより好ましく1,000〜2,500ppmであることがさらに好ましい。
イノシトールリン酸とカルシウム塩のモル比としては、0.001〜0.1が好ましく、0.001〜0.05がより好ましい。
【0034】
吸着させる方法に特に限定はなく、イノシトールリン酸の水溶液にカルシウム塩の粉体を浸漬し、適宜、撹拌ないし振とうしながら吸着を完結させた後に目的の粉体を分離する方法を好ましく例示できる。
混合温度は、20〜60℃が好ましく、20〜40℃がより好ましい。また、混合時間は、2〜24時間が好ましく、2〜10時間がより好ましい。
【0035】
イノシトールリン酸を吸着させた粉体の乾燥温度は、カルシウム塩の粉体を回収して乾燥する工程と同じく、凍結乾燥又は50〜150℃で加熱乾燥することが好ましく、凍結乾燥であることがより好ましい。また、乾燥時間は、12〜48時間が好ましく、12〜24時間がより好ましい。
【0036】
上記の方法で調製したセメント用材料は、カルシウム塩の粉体の表面にイノシトールリン酸等が吸着した粉体からなる。特に、カルシウム塩の粉体へのイノシトールリン酸等の吸着は、その吸着等温線のラングミュアープロットから単分子層均一吸着に近似できる。
【0037】
(4)セメント用材料の製造方法2
セメント用材料の製造方法として以下の方法を採ることもできる。
具体的には、アルカリ性に調整したカルシウムイオンを含む溶液と、リン酸イオンを含む溶液と、イノシトールリン酸を含む溶液とを混合して沈澱物を得る工程、及び、前記沈澱物を含む系をアルカリ性に保ちながら熟成させてイノシトールリン酸を有するカルシウム塩の粉体を得る工程よりなることを特徴とするセメント用材料の製造方法を採ることができる。
即ち、前記のカルシウム塩の粉体にイノシトールリン酸を吸着させる製造方法と異なり、カルシウム塩の合成時にイノシトールリン酸を含む溶液を同時に添加することを特徴とする。溶液の混合方法は先に述べたセメント用材料の製造方法と同じく限定されるものではないが、例えば片側混合法、同時混合法又はそれらの組合せなどのいずれを用いてもよい。
【0038】
2.混練液
混練液は、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含む。
【0039】
(1)多糖
多糖は公知のものを用いることができ、限定されるものではないが、植物、動物等から抽出、単離した多糖、遺伝子工学的手法によって改変された微生物に生産させた多糖、化学的合成により入手した多糖等を使用することができる。
【0040】
本発明においては、前記多糖は水溶性の多糖であることが好ましい。
本発明に用いることができる水溶性の多糖の具体例としては、微生物由来の多糖、植物由来の多糖、海藻由来の多糖及び哺乳動物由来の多糖等が挙げられる。
より具体的には、デキストラン、カードラン、プルラン及びキサンタン等の微生物由来の多糖、ヘミセルロース、ペクチン、樹液(ゴム)、デンプン及びセルロース等の植物由来の多糖、アルギン酸、ポリウロン酸塩及び硫酸化ガラクタン(寒天、ポルフィラン、カラギーナン)等の海藻由来の多糖、並びに、グリコーゲン、キチン及びプロテオグリカン(コンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸)等の哺乳動物由来の多糖が挙げられる。上記の多糖の他にも、バクテリア多糖、複合糖質、糖タンパク質及び糖脂質等が挙げられる。
【0041】
本発明に用いることができる多糖は、酸性基を有する多糖であることが好ましい。本発明においては特に断りのない限り「酸性基を有する多糖」は「酸性基を有する多糖及び/又はその塩」と同義である。酸性基を有する多糖は水に対する溶解度が高く、本発明の効果を享受しやすい。
本発明において、酸性基を有する多糖は公知の多糖に化学的に酸性基を導入したもの、並びに、天然由来の酸性基を有する多糖及びそれらにさらに化学的に酸性基を導入したものも含む。
酸性基としては、カルボキシ基(−COOH)、硫酸基(−OSO3H)、リン酸基(−OPO3H2)等が挙げられ、中でもカルボキシ基、硫酸基が好ましい。
また、酸性基を有する多糖の塩には、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属との塩、マグネシウム塩、カルシウム塩のようなアルカリ土類金属塩等が挙げられ、中でもナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩が好ましい。
【0042】
本発明に用いることができる酸性基を有する多糖の具体例としては、デキストラン硫酸、ヘパリン、カラギーナン、コンドロイチン硫酸、硫酸化レンチナン、フコイダン、キシロフラナン硫酸、リボフラナン硫酸、セルロース硫酸、カードラン硫酸、ケラタン硫酸、デルマタン硫酸、ヘパラン硫酸、ヒアルロン酸、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルカルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルデンプン、キサンタンガム、アルギン酸、ペクチン及びこれらの塩が挙げられる。上記酸性基を有する多糖は1種または2種以上を併用して用いることができる。
本発明においては、酸性基を有する多糖は、硫酸基及び/又はカルボキシ基を有する多糖が好ましく、デキストラン硫酸、アルギン酸及びこれらの塩がより好ましく、デキストラン硫酸塩がさらに好ましい。
【0043】
本発明においては、公知の多糖に硫酸基を導入したものを用いてもよい。
多糖に硫酸基を導入する方法は公知の方法を用いることができる。例えば、原料の多糖1gに対し、氷冷した溶媒を10〜30ml用意し、これに硫酸化剤を原料多糖1gに対して2〜6倍加える。この溶媒に、原料の多糖1gを加え、0〜100℃で、1〜10時間反応させることにより、硫酸基を導入することができる。
硫酸化剤としては糖類の硫酸化に用いられるものであれば公知のものを用いることができ、限定されるものではないが、例えば、三酸化イオウ−ピリジン錯体、三酸化イオウ−トリメチルアミン錯体、クロロスルホン酸−ピリジン錯体、ジシクロヘキシルカルボジイミド−硫酸等を挙げることができる。
使用する溶媒としては、ピリジン、N,N−ジメチルホルムアルデヒド、N,N−ジアルキルアクリルアミド等が使用できる。
【0044】
生成した多糖は、各種修飾多糖の製造で常用されている精製操作により精製することができる。例えば、中和、透析による脱塩、有機溶媒添加による沈殿を回収する操作、凍結乾燥による回収操作などが挙げられる。
【0045】
多糖の分子量は特に限定なく、通常5,000〜2,000,000程度の分子量のものを好ましく使用できる。上記の数値の範囲内であると、優れた圧縮強度を保ったままセメント組成物の流動性の調整が容易であり、ハンドリング性に優れたセメント組成物を提供することができる。
【0046】
混練液に含まれる多糖の濃度は1〜40重量%が好ましく、10〜40重量%がより好ましく、20〜30重量%がさらに好ましい。上記の数値の範囲内であると、混練液の粘度が適当であるため作製したセメント組成物のハンドリング性に優れ、得られたセメントの圧縮強度に優れる。
【0047】
(2)イノシトールリン酸
本発明において、混練液はイノシトールリン酸を含む。なお、特に断りのない限り「イノシトールリン酸」と記載した場合には「イノシトールリン酸及び/又はその塩」と同義である。
本発明に用いることができるイノシトールリン酸としては、イノシトール一リン酸、イノシトール二リン酸、イノシトール三リン酸、イノシトール四リン酸、イノシトール五リン酸、フィチン酸(イノシトール六リン酸)が挙げられ、中でもフィチン酸が好ましい。
イノシトールリン酸の塩としては、アルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩が好ましく、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩及びバリウム塩等が挙げられ、中でもナトリウム塩、カリウム塩が好ましい。
フィチン酸を使用する場合は、水酸化ナトリウム又は水酸化カリウムでpHを6〜8に調整して、フィチン酸ナトリウム塩又はフィチン酸カリウム塩として使用することが好ましい。
なお、フィチン酸ナトリウム塩には、例えばフィチン酸ナトリウム塩38水和物、フィチン酸ナトリウム塩47水和物、フィチン酸ナトリウム塩12水和物等のように、結晶水含量の異なる数種が知られているが、いずれも好ましく用いることができる。
【0048】
本発明において、フィチン酸又はフィチン酸アルカリ金属塩の製造方法には特に限定はなく、いかなる方法で製造したものであってもよい。例えば、フィチン酸ナトリウム塩は、脱脂した植物の種子粉末を希塩酸で抽出し、抽出液から不溶性の銅塩、鉄塩などにして沈澱させ精製した後、ナトリウム塩に変え、アルコールを加えて沈澱させることにより得ることができる。
【0049】
本発明で使用する混練液には上記のイノシトールリン酸を複数種含んでいてもよいが、フィチン酸を単独で含むことが好ましい。
【0050】
混練液は、イノシトールリン酸を5,000〜20,000ppm含むことが好ましく、7,000〜15,000ppm含むことがより好ましく、8,000〜12,000ppm含むことがさらに好ましい。上記の数値の範囲内であるとセメント組成物はハンドリング性に優れ、得られたセメントは圧縮強度が優れる。
【0051】
(3)溶媒
混練液に含まれる溶媒としては、水、及び、水とエタノール等の水性有機溶剤との混合物等が挙げられるが、本発明においては水が好ましい。
【0052】
(4)添加剤
多糖及びイノシトールリン酸以外にも混練液には、必要に応じて添加剤を添加することができる。添加剤としては、例えば水溶性高分子が挙げられ、公知のものを用いることができ限定されるものではないが、コラーゲン、ゼラチン及びこれらの誘導体等のタンパク質等を用いることができる。
また、適用する疾患に応じて、抗リウマチ治療剤、抗炎症剤、抗生物質、抗腫瘍剤、骨誘導因子、レチノイン酸、レチノイン酸誘導体等の生理活性物質を添加してもよい。
【0053】
(5)混練液の性状
混練液のpHは、pH6.0〜8.0であることが好ましく、pH6.0〜7.5であることがより好ましい。上記の数値の範囲内であると生体適合性に優れたセメント組成物が得られる。
【0054】
3.セメント組成物
本発明のセメント組成物は前記セメント用材料と前記混練液とを混練することにより得られる。本発明のセメント組成物は、セメント用材料の単位重量に対して用いる混練液の量(体積)を表す固液比を適宜調整することにより、用途に応じて流動性を調節することが可能である。
当該セメント組成物の用途としては、例えば注射器を用いて骨の欠損部等にセメント組成物を注入する場合など、高い流動性を有するセメント組成物が好ましい場合が挙げられる。また、スパチュラ等で骨欠損部にセメント組成物を充填する場合や、骨欠損部等に適用する成形品を作製する場合など、低い流動性を有するセメント組成物が好ましい場合が挙げられる。本発明のセメント組成物は固液比の調製により流動性の調整が可能であり、いずれの場合においても圧縮強度に優れたセメントを提供することができる。
【0055】
セメント用材料の単位重量に対して用いる混練液の量(体積)を表す固液比(カルシウム塩の粉体の重量(g)/混練液の体積(ml))は1/0.30〜1/1.00が好ましく、1/0.35〜1/0.80がより好ましい。上記の数値の範囲内であると圧縮強度に優れたセメントが得られる。
骨欠損部等の充填箇所が狭い場合など、セメント組成物を注射器等で注入する場合には、固液比は1/0.70〜1/1.00であることが好ましく、1/0.70〜1/0.80であることがより好ましい。上記の数値の範囲内であると複雑な形状を有する欠損部に充填する場合でも隅々まで充填可能であり、圧縮強度に優れたセメントを提供することができる。
また、スパチュラ等で骨欠損部にセメント組成物を充填する場合や成形品を作製する場合には、固液比は1/0.30〜1/0.50が好ましく、1/0.30〜1/0.40がより好ましい。上記の数値の範囲内であると、圧縮強度に優れたセメントを得ることができる。
【0056】
セメント組成物のpHは、pH6.0〜8.0であることが好ましく、pH6.0〜7.5であることがより好ましい。上記の数値の範囲内であると生体適合性に優れたセメント組成物が得られる。
【0057】
II.セメントキット
本発明のセメントキットは、イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含むキットであって、少なくとも前記セメント用材料と溶媒とを別々に包装したことを特徴とする。本発明のセメントキットに含まれるセメント用材料、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒は、前記セメント組成物に用いることができるセメント用材料、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒と同様のものであり、好ましい態様も同様である。
さらに本発明のセメントキットは、前記セメント用材料と、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含む混練液とを別々に包装したものであることが好ましい。セメントキットに含まれる混練液は、前記セメント組成物の調製に用いられる混練液と同様のものであり、好ましい態様も同様である。以下、本発明のセメントキットについて説明する。
【0058】
本発明のセメントキットに含まれるセメント用材料、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒のうち、少なくとも相互に接触させると反応して硬化するセメント用材料と溶媒とを別々に包装することにより長期保存性に優れたセメントキットを提供することができる。本発明のセメントキットを用いることにより、必要な時に必要な場所で混練液を調製し、さらにセメント用材料と混練液とを混練することにより本発明のセメント組成物を調製することができる。
接触により反応しないもの同士は同包して保管、運搬する形態をとることが好ましく、例えば、前記セメント用材料と、あらかじめ調製された混練液とを別々に包装したキットであると、持ち運びも便利であり、使用時に混練液の調製を要しないことから素早くセメント組成物を調製できるため好ましい。
本発明のセメントキットの好ましい実施態様には、前記セメント用材料と、多糖及びイノシトールリン酸を水に溶解させた混練液とを別々に包装した前記<7>に記載のセメントキットが含まれる。前記多糖はデキストラン硫酸塩であることが好ましく、前記イノシトールリン酸はフィチン酸であることが好ましい。また、本発明のセメントキットに含まれるセメント用材料に対する混練液の使用量(固液比)の範囲は、前記セメント組成物における固液比の範囲と同様であり、好ましい範囲も同様である。
【0059】
本発明のセメントキットには、セメント組成物の使用時に目的部位へセメント組成物を送り込むための注射器等の送出器具が添付されていてもよく、さらに使用直前にセメント用材料と混練液とを混練するための容器、ゴムヘラ等の器具等が添付されていてもよい。
また、本発明のキットは前述した添加剤を含んでいてもよい。
【0060】
III.セメント及びセメントの製造方法
本発明のセメントは、本発明のセメント組成物を硬化させたことを特徴とする。
また、本発明のセメントの製造方法は、イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料を調製するセメント用材料調製工程、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含む混練液を調製する混練液調製工程、前記セメント用材料と前記混練液とを混練するセメント組成物調製工程、並びに、前記セメント組成物を硬化させる硬化工程を含むことを特徴とする。なお、セメント用材料調製工程、混練液調製工程及びセメント組成物調製工程については先に述べた通りである。
【0061】
前記セメント組成物を硬化させる硬化工程について説明する。
本発明のセメント組成物を骨欠損部等の患部に充填すると、混練後1〜5分で硬化し始め、20分以内に硬化してセメントになる。さらに混練後5〜10時間後には圧縮強度が最大となる。本発明のセメント組成物は、硬化時間が短いので、治療時間を短縮することができ、患者の苦痛を低減することができる。
【0062】
本発明のセメントは、従来のアパタイトセメントとは異なり硬化時に酸・塩基反応が起こらないので、硬化前後でpH変化がない。さらに、混練液に含まれるイノシトールリン酸による緩衝作用により、pHの変動が抑制される。したがって、本発明のセメントは炎症反応を惹起する可能性が少ない。また、新生骨の発生を容易にし、生体の硬組織と容易に一体化する。
【0063】
本発明によれば特許文献3に記載された従来のセメントと比較して、固液比が低い(混練液の量が多い)場合であっても優れた圧縮強度を有するセメントを提供することが可能であり、用途に合わせてセメント組成物の流動性を調整することが可能となった。
従って、注射器等で注入する態様にも好ましく用いることができ、骨欠損部等の充填箇所が狭い場合や、複雑な形状を有する欠損部に充填する場合でも隅々までセメント組成物の充填が可能である。
【0064】
本発明のセメントの圧縮強度は、22MPa以上であることが好ましく、25MPa以上であることがより好ましく、30MPa以上であることがさらに好ましい。本発明でこれまでに得られているセメントの圧縮強度は、22〜34MPaであり、比較的荷重のかかる腰部等の部位への適用が可能になっている。
【0065】
高齢化社会の到来により、高齢者に特有の「圧迫骨折」に関する治療はますます増加することは自明であり、本発明が提供する「高強度化キレート硬化型骨修復セメント」を注射器等で注入して、脊椎の圧迫骨折に適用することにより、臨床的に低侵襲(身体に対する負担や影響が少ない。)な治療法を構築できる。この新たなセメントによる治療法の構築は、グローバルな視点でQOL(生活の質)向上を約束する。本発明のセメントは骨折、骨粗鬆症、慢性関節リウマチ等の治療に用いることができる。
【実施例】
【0066】
以下、実施例に基づき本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
なお、以下の実施例において「ヒドロキシアパタイト」を「HAp」と、「フィチン酸」を「IP6」と、「フィチン酸を表面に吸着させたヒドロキシアパタイトの粉体」を「HAp/IP6粉体」とも表記する。
【0067】
1.湿式合成HAp粉体、及び、湿式合成HAp/IP6粉体の調製
(1)湿式合成HAp粉体の調製
0.5M水酸化カルシウム懸濁液500cm3を調製し、それに0.3Mリン酸水溶液500cm3を滴下した(滴下速度17ml/min)。水酸化カルシウムとリン酸の濃度はCa/P=1.67(モル比)となるように調整した。また、反応槽中のpHが10<pH<11となるようにpH調整剤(25%NH4OH)で調整した。リン酸水溶液滴下が終了した後、さらに1時間撹拌してから37℃に設定したインキュベーター中に24時間静置し、熟成させた。熟成後、吸引濾過にてHApスラリーを回収し、−80℃のフリーザーで一晩凍結させた。凍結させたHApスラリーは、凍結乾燥機Free Zone(商標)(LABCONCO製)を用いて24時間乾燥した。
得られたHAp粉体をP−6遊星型ボールミル(FRITSCH製)を用いて下記の条件で粉砕した。ジルコニア製ポットに、HAp粉体10.0gとφ10mmジルコニアボール50個、精製水40mlを入れ、回転数300rpmで5分間湿式粉砕した。粉砕後、精製水を用いて容器から洗い流すように試料を回収し、吸引濾過にて粉砕HApスラリーを回収した。回収したスラリーは−80℃で一晩凍結させた後、凍結乾燥機Free Zone(商標)(LABCONCO製)を用いて24時間乾燥し、湿式合成HAp粉体とした。
【0068】
(2)湿式合成HAp/IP6粉体の調製
50重量%IP6水溶液(和光純薬工業(株)製)を1.00g精秤し、精製水で300cm3程度に希釈した後、水酸化ナトリウム水溶液と塩酸とを用いてpHを7.3に調整し、メスフラスコを用いて500cm3にメスアップすることで濃度1,000ppmのIP6水溶液を調製した。
濃度1,000ppmのIP6水溶液200cm3に湿式合成HAp粉体10.0gを懸濁し、37℃、撹拌速度400rpmで5時間撹拌した。これを吸引濾過し、得られたスラリーを精製水で洗浄した後、−80℃で一晩凍結させた。凍結させたHAp/IP6スラリーは凍結乾燥機Free Zone(商標)(LABCONCO製)を用いて24時間乾燥し、湿式合成HAp/IP6粉体を得た。
得られた湿式合成HAp/IP6粉体のメジアン径は7.9μm、比表面積は98.5m2/gであった。
【0069】
2.混練液の調製
(1)多糖のスクリーニング
(実施例1)
表1に示すデキストラン硫酸Na(分子量5,000)を濃度10,000ppmのIP6水溶液(pH7.3)に表1に示す濃度で添加して混練液を調製した。
【0070】
(セメントの作製)
前記湿式合成HAp/IP6粉体0.2gに対して前記混練液を60〜160μl(固液比(粉体g/混練液ml)で1/0.30〜1/0.80)となるように加えてゴムヘラを用いて混練してセメント組成物を作製した。
セメントの試験片は前記セメント組成物をφ5mm金型成形器につめて2kNの成形圧で一軸加圧成形して作製した。成形したセメント試験片は空気中で24時間乾燥させた。セメント試験片のサイズはφ4.5〜5mm、高さ6〜8mm、重さ0.2gであった。
【0071】
(セメントの力学特性評価)
セメントの力学特性はすべて圧縮強度試験で評価した。試験機はSHIMADZU製のAUTOGRAPH AGS−Jを用いた。測定条件を以下に示す。
クロスヘッドスピード :0.5mm・s-1
設定荷重 :5kN
AUTO STOP :ON
表1に示す混練液を用いて作製したセメントの圧縮強度を測定した。
【0072】
(実施例2〜4及び比較例1〜4)
表1に示す組成の混練液を調製した以外は実施例1と同様にして実施例2〜4並びに比較例1〜4のセメントを作製し、実施例1と同様にしてセメントの力学特性を測定した。
【0073】
実施例1及び比較例1の結果を図1に、実施例2及び比較例2の結果を図2に、実施例3及び比較例3の結果を図3に、実施例4及び比較例4の結果を図4に示す。
また、表1に実施例1〜4及び比較例1〜4で得られたセメントの最大圧縮強度並びに最大圧縮強度が得られた固液比を示す。
【0074】
実施例1と比較例1とを比較すると、固液比1/0.4近傍〜1/0.6近傍の範囲でIP6を含む混練液を用いて作製したセメント(実施例1)の方が、IP6を含まない混練液を用いて作製したセメント(比較例1)と比較して高い圧縮強度を示した。特に固液比1/0.3近傍〜1/0.4近傍の範囲で優れた圧縮強度を示した。
実施例2(デキストラン硫酸Na、分子量500,000)では、実施例1と比較してより広い固液比1/0.3近傍〜1/0.8近傍の範囲で、IP6を含む混練液を用いて作製したセメントの圧縮強度が、IP6を含まない混練液を用いて作製したセメント(比較例2)の圧縮強度と比較して高い値を示した。特に固液比1/0.4近傍〜1/0.8近傍の範囲で優れた圧縮強度を示した。実施例2の混練液を用いることにより、実施例1と比較してより広い固液比の範囲で圧縮強度に優れたセメントを得ることができた。従って、分子量500,000のデキストラン硫酸NaとIP6を含む混練液を用いることにより、より流動性の調整が容易であり、ハンドリング性に優れたセメント組成物を提供することができた。
実施例3及び実施例4ではそれぞれ固液比1/0.45近傍〜1/0.8近傍及び固液比1/0.7近傍〜1/0.8近傍で、IP6を含まない混練液を用いた場合(それぞれ比較例3及び比較例4)に比べてセメントの圧縮強度が高く、IP6の添加効果が認められた(図3及び図4)。
【0075】
3.カルシウム塩の粉体の表面修飾について
(比較例5)
セメント用材料として前記湿式合成HAp粉体(IP6で表面修飾していないもの)を用いた以外は、実施例2と同様にしてセメントを作製し、実施例1と同様にして圧縮強度を測定した。結果を実施例2の結果とともに図5に示した。
図5から、IP6で表面修飾したカルシウム粉体(湿式合成HAp/IP6粉体)を用いた方が固液比1/0.40近傍〜1/0.80近傍で高い圧縮強度が得られることが分かる。
【0076】
4.多糖の濃度について
(実施例5〜7)
デキストラン硫酸Na(分子量500,000)の濃度を10重量%(実施例5)、20重量%(実施例6)及び30重量%(実施例7)とした以外は、実施例2と同様にしてセメントを作製し、実施例1と同様にして圧縮強度を測定した。結果を実施例2の結果とともに図6に示した。
【0077】
(比較例6)
デキストラン硫酸Na(分子量500,000)の濃度を0重量%とした以外は実施例2と同様にして圧縮強度を測定した。結果を図6に示した。
図6から分子量500,000のデキストラン硫酸Naの濃度が20重量%から優れた圧縮強度を示し、25〜30重量%のときに特に優れた圧縮強度を示すことがわかる。混練液がデキストラン硫酸Naを含まない比較例6では、混練液のIP6添加効果が認められないだけでなく、固液比1/0.8近傍ではセメントを成形することができなかった。
【0078】
5.混練液中のIP6の濃度について
(実施例8〜9)
混練液に含まれるIP6の濃度を5,000ppm(実施例8)、20,000ppm(実施例9)とした以外は、実施例2(IP6農濃度:10,000ppm)と同様にして圧縮強度を測定した。実施例2、実施例8及び実施例9の結果を比較例2(IP6の濃度0ppm)の結果とともに図7に示した。
IP6を混練液に加えることで圧縮強度は向上し、IP6濃度5,000〜10,000ppmで圧縮強度は大きく向上した。
【0079】
6.混錬液の組成について
(実施例2、比較例7〜9)
本発明の目的とするところは、混錬液として水に多糖とIP6とを複合添加することにより、圧縮強度とハンドリング性とを同時に向上させることにある。しかしながら、IP6には緩衝作用があるため、混錬時のpHが一定であることに起因して強度が向上するとも考えられる。
そこで、IP6に代えて緩衝作用を有する溶質(Tris−HCl;濃度:0.05M(比較例7)又はリン酸バッファー;濃度:0.5〜2.0重量%(比較例8))を添加した混練液、及び、IP6又は前記緩衝作用を有する溶質を添加しないで多糖をNaOHで中和した混練液(比較例9)を対照の混練液とし、それらを用いてセメント試料片を実施例2と同条件で作製し、実施例2のセメント試料片の圧縮強度と比較検討した。
その結果を図8に示す。実施例2のセメント試料片は固液比が低下しても(混練液量が増加しても)約34MPaの高い圧縮強度を維持したが、比較例7〜9では、固液比の低下(混練液量の増加)とともにそれらの圧縮強度は減少した。特に、混練液量の多い固液比1/0.8の場合に圧縮強度に顕著な相違があり、多糖とIP6との複合添加効果が明確であって、IP6は単なる緩衝剤として作用するだけではないことが理解できる。
【0080】
7.最大強度到達時間、及び、硬化時間(ビカー針試験)の評価
(実施例10)
セメント用材料として湿式合成HAp/IP6粉体を用い、混練液としてデキストラン硫酸Na(分子量500,000)を25重量%、IP6を10,000ppm含む水溶液を用いて、固液比1/0.7のセメント組成物を作製し、最大強度到達時間、及び、硬化時間(ビカー針試験)の評価を行った。
【0081】
(最大強度到達時間)
混練後の圧縮強度の経時変化を測定し、最大強度到達時間を測定した。
混練直後5分以内の圧縮強度を測定した後、セメントを室温で静置し、混練から30分、1時間、2時間、3時間、6時間、8時間、10時間及び24時間経過後に、実施例1と同様の方法で圧縮強度を測定した。結果を図9に示した。
【0082】
(硬化時間(ビカー針試験)の評価)
前記硬化時間は、ビカー針法により、歯科用リン酸亜鉛セメントの測定法(JIS T6602)に準じて測定した。具体的にはセメント組成物を混練し、5分経過した後に、セメント組成物を温度37℃、相対湿度約100%の恒温器中に移し、質量200gのビカー針を混練物表面に静かに落とし、針跡がつくかどうかを調べ、針跡を残さなくなった時を混練開始時から起算して硬化時間とする。
測定は、さらに10分後、30分後、60分後、120分後及び180分後に行った。ビカー針試験の結果を図10に示した。
(比較例10)
セメント用材料として湿式合成HAp粉体を用いた以外は実施例10と同様にして混練後の圧縮強度の経時変化を測定した。結果を図9に示した。
また、同様にして作製したセメントを用いてビカー針試験を行った。結果を図10に示した。
【0083】
図9から、セメント用材料として湿式合成HAp/IP6粉体を用いた本発明(実施例10)では、混練後約10時間で最大強度約32MPaとなって一定となったが、セメント用材料として湿式合成HAp粉体を用いた比較例10では混練後24時間経っても圧縮強度は約16MPaと低い値で且つ最大値とはならないことがわかる。
また、図10から実施例10では混練後約50分で硬化が完了した(ビカー針が貫入しない)のに対して、比較例10では180分経っても硬化が完了しない(ビカー針が貫入する)ことが分かる。
【0084】
【表1】
【0085】
表1に記載された多糖の製造元及び製品名は下記の通りである。
デキストラン硫酸Na(分子量5,000) ;和光純薬工業(株)製、デキストラン硫酸ナトリウム5,000
デキストラン硫酸Na(分子量500,000) ;和光純薬工業(株)製、デキストラン硫酸ナトリウム500,000
アルギン酸Na(低粘度) ;MP Biomedicals製、ALGINIC ACID SODIUM SALT
アルギン酸Na(高粘度) ;和光純薬工業(株)製、アルギン酸ナトリウム80〜120cP
【0086】
(比較例6及び比較例11)
比較例6及び比較例11は混練液に多糖を添加しない場合である。比較例6は湿式合成HAp/IP6粉体に対してIP6水溶液を加えて混練して作製したセメント試料片である。一方、比較例11は湿式合成HAp/IP6粉体に多糖もIP6も加えない純水を加えて混練して作製したセメント試験片である。これらの結果は、今回最も高い最大圧縮強度と優れたハンドリング性が得られている実施例2と比べて劣っていることが理解できる。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【図1】混練液に、デキストラン硫酸Na(分子量5,000)とIP6とが含まれる効果を示す図である。
【図2】混練液に、デキストラン硫酸Na(分子量500,000)とIP6とが含まれる効果を示す図である。
【図3】混練液に、アルギン酸Na(低粘度)とIP6とが含まれる効果を示す図である。
【図4】混練液に、アルギン酸Na(高粘度)とIP6とが含まれる効果を示す図である。
【図5】セメント用材料として湿式合成HAp/IP6粉体を用いると、湿式合成HAp粉体を用いた場合よりも圧縮強度が優れたセメントが得られることを示す図である。
【図6】セメント用材料として湿式合成HAp/IP6粉体を用い、デキストラン硫酸Na(分子量500,000)とIP6を含む混練液を用いたときのデキストラン硫酸Naの濃度とセメントの圧縮強度との関係を示す図である。
【図7】セメント用材料として湿式合成HAp/IP6粉体を用い、デキストラン硫酸Na(分子量500,000)とIP6を含む混練液を用いたときのIP6濃度と圧縮強度との関係を示す図である。
【図8】セメント用材料として湿式合成HAp/IP6粉体を用い、混練液成分としてpH安定化作用のある溶質又はNaOHを用いた場合と、IP6を用いた場合とを比較した図である。
【図9】セメントの最大圧縮強度到達時間について、セメント用材料として湿式合成HAp/IP6粉体を用いた場合と湿式合成HAp粉体を用いた場合との比較をした図である。
【図10】セメントの硬化時間(ビカー針試験)について、セメント用材料として湿式合成HAp/IP6粉体を用いた場合と湿式合成HAp粉体を用いた場合との比較をした図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料と、
多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含む混練液とを混練して得たことを特徴とする
セメント組成物。
【請求項2】
前記多糖が酸性基を有する多糖である請求項1に記載のセメント組成物。
【請求項3】
前記多糖がデキストラン硫酸塩である請求項1に記載のセメント組成物。
【請求項4】
前記混練液に含まれるイノシトールリン酸がフィチン酸である請求項1〜3いずれか1つに記載のセメント組成物。
【請求項5】
前記カルシウム塩がヒドロキシアパタイトである請求項1〜4いずれか1つに記載のセメント組成物。
【請求項6】
前記イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体が、フィチン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体である請求項1〜5いずれか1つに記載のセメント組成物。
【請求項7】
イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含むセメントキットであって、
前記セメント用材料と溶媒とを別々に包装したことを特徴とする
セメントキット。
【請求項8】
請求項1〜6いずれか1つに記載のセメント組成物を硬化させたことを特徴とする
セメント。
【請求項9】
イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料を調製するセメント用材料調製工程、
多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含む混練液を調製する混練液調製工程、
前記セメント用材料と前記混練液とを混練するセメント組成物調製工程、並びに、
前記セメント組成物を硬化させる硬化工程を含むことを特徴とする
セメントの製造方法。
【請求項1】
イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料と、
多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含む混練液とを混練して得たことを特徴とする
セメント組成物。
【請求項2】
前記多糖が酸性基を有する多糖である請求項1に記載のセメント組成物。
【請求項3】
前記多糖がデキストラン硫酸塩である請求項1に記載のセメント組成物。
【請求項4】
前記混練液に含まれるイノシトールリン酸がフィチン酸である請求項1〜3いずれか1つに記載のセメント組成物。
【請求項5】
前記カルシウム塩がヒドロキシアパタイトである請求項1〜4いずれか1つに記載のセメント組成物。
【請求項6】
前記イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体が、フィチン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体である請求項1〜5いずれか1つに記載のセメント組成物。
【請求項7】
イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料、多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含むセメントキットであって、
前記セメント用材料と溶媒とを別々に包装したことを特徴とする
セメントキット。
【請求項8】
請求項1〜6いずれか1つに記載のセメント組成物を硬化させたことを特徴とする
セメント。
【請求項9】
イノシトールリン酸を表面に吸着させたカルシウム塩の粉体を含むセメント用材料を調製するセメント用材料調製工程、
多糖、イノシトールリン酸及び溶媒を含む混練液を調製する混練液調製工程、
前記セメント用材料と前記混練液とを混練するセメント組成物調製工程、並びに、
前記セメント組成物を硬化させる硬化工程を含むことを特徴とする
セメントの製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【公開番号】特開2009−178225(P2009−178225A)
【公開日】平成21年8月13日(2009.8.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−17521(P2008−17521)
【出願日】平成20年1月29日(2008.1.29)
【出願人】(801000027)学校法人明治大学 (161)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年8月13日(2009.8.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年1月29日(2008.1.29)
【出願人】(801000027)学校法人明治大学 (161)
【Fターム(参考)】
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