説明

セラミックス製成形体の製造方法

【課題】 高強度で、高堆積を行うのに適した、電気泳動成形法を用いた、セラミックス製成形体、特に歯科修復物用のセラミックス製成形体を製造するのに好適な方法の提供。
【解決手段】そのセラミックス製成形体の製造方法は、セラミックス及び/又はその前駆体粒子を分散し、酸性リン酸エステル及びポリエチレンイミンを含有する有機溶媒分散液中で、成形型に導電層を形成した所望の形状の成形体用電極を用いて、電気泳動により前記電極にセラミックス及び/又はその前駆体粒子を堆積させて成形体前駆体を形成し、次いで前記前駆体を焼結させることを特徴とする。
前記電気泳動に用いる有機溶媒分散液中に、酸性リン酸エステル及びポリエチレンイミンを共存させることで、継続的に円滑にセラミックス粒子等を堆積することができ、密度の高い成形体前駆体を形成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セラミックス製成形体、好適には歯科修復物用のセラミックス製成形体の製造方法に関する。
より詳しくは、電気泳動成形法を用いた、簡便で高強度のセラミックス製成形体、好適には歯科修復物用のセラミックス製成形体を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
歯科治療においては、齲蝕等により部分的に欠損した歯の修復に使用される材料としては、コンポジットレジンと呼ばれる無機物と有機物からなる複合材料、金属或いはセラミックス等が用いられている。
特にセラミックス製の歯冠修復物は、コンポジットレジンよりも強度が高く、また色調も天然歯により近い物性の優れた材料である。
【0003】
そのセラミックス製の歯冠修復物においては、単冠修復の場合には、既にオールセラミックス製の歯冠修復物により実用的な強度が得られており種々実用化されている。
このようなオールセラミックス製の歯冠修復物を製造する方法としては、結晶化ガラス前駆体を600〜1200℃程度に加熱して軟化させつつ鋳型に流し込み、加熱により歯冠修復物の形状を有する結晶化ガラスとする方法、支台歯模型上にセラミックス粉末のペースト(スラリー)を修復物の形状に築盛し、焼成する方法などがある。
【0004】
また、近年、電気泳動成形法を用いてオールセラミックス製の歯冠修復物を製造する方法がいくつか提案されている(例えば、特許文献1、2参照)。
その電気泳動成形法による方法は、セラミックス粒子を極性溶媒中に分散、帯電させ、溶媒に電流を流すことにより、帯電したセラミックス粒子を電気泳動により電極上に堆積させる手法である。
【0005】
この方法によれば、プレッシャーフリーでも比較的緻密な厚膜が製造可能であり、通常の加圧成形に匹敵する成形密度が得られること、バインダーを使用しなくても,大面積の厚膜成形が可能であること、堆積プロセスの途中で液体中の原料粉末種を制御することによって、積層、傾斜化などの微構造制御をすることができるなどの特徴を有している。
前記のとおりであり、支台歯模型上に導電層を形成し、これを一方の電極とし、上記電気泳動成形法を利用してセラミックスを堆積させ、焼成することにより、高強度のセラミックス製の修復物を得ることが可能であり、簡便な方法でもある。
【0006】
ところで、前記提案の製造する方法においては、電気泳動成形法によるセラミックス製歯冠修復物の製造方法の基本的事項及び単冠修復物の製造技術に関しては開示されているものの、典型的な歯科用修復物であるブリッジ、すなわち欠損歯を補填する歯科用修復物の製造方法に関しては、具体的事項は何ら開示されていない。
そこで、電気泳動あるいは歯科材料の開発技術者である本発明者らは、前記特徴がある該製造技術に着目し、ブリッジの開発に着手し、その開発に成功し既に提案している(特許文献3及び4参照)。
【0007】
その特許文献3に記載の技術は、歯牙欠損部を修復するために用いるセラミックス製の修復物を、電気泳動によってセラミックス及び/又はその前駆体粒子を電極上に堆積させ、その後、得られた堆積物(修復物前駆体)を焼結させて製造する方法において、
(1)該電気泳動によるセラミックス及び/又はその前駆体粒子の堆積の際の電極として、可燃性の導電性物質で形成した0.005〜0.5mmの厚さの導電層を有する支台歯模型を用い、
(2)修復物前駆体の加熱によるセラミックス及び/又はその前駆体粒子の焼結を、該修復物前駆体を支台歯模型から取り外さずに行うことを特徴とするものである。
【0008】
また、その後開発した特許文献4に記載の技術は、ブリッジの製造に好適なセラミックス製の修復物を製造する方法を開示するものである。
それはセラミックス及び/又はその前駆体粒子を堆積させる電極として、前記修復物の外形に相当する部位に導電層を有する修復物陰型模型を用いることを特徴とするものであり、その陰型模型は図1に図示する構造を有し、その製造工程も同文献には具体的に開示されている。
なお、その陰型模型は本発明においても好適に用いることができる。
【0009】
[先行技術文献]
【特許文献1】国際公開第99/50480号パンフレット
【特許文献2】国際公開第02/30362号パンフレット
【特許文献3】特開2005−34636公報
【特許文献4】特開2005−325058公報
【非特許文献1】Electrochemical Society Proceedings Volume 2002-21 p222-229
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明者らは、その後も更なる高強度の歯科修復用のセラミックス製成形体を開発すべく、電気泳動成形法を用いたセラミックス製成形体の研究開発を継続しており、その過程において、極性溶媒中に分散させたセラミックス粒子を効率的に帯電させるために用いるpH調節用の酸として、通常使用されている硫酸、塩酸あるいは酢酸等ではなく、酸性リン酸エステルが用いられている事実を偶々見付け(非特許文献1)、それに着目して色々と検討し、各種の試みを行った。
【0011】
その結果、酸性リン酸エステルは、硫酸、塩酸又は酢酸を用いる場合に比し、電極上への堆積を円滑に行うことができ、密度の高い堆積物が得られることがわかった。
さらに、酸性リン酸エステル単独ではなく、それに加えてある種の化合物を併用することにより電極上への堆積を円滑に継続的に行うことができ、かつ高密度の堆積物が得られることがわかった。
したがって、本発明は、高強度で、高堆積を行うのに適した、電気泳動成形法を用いた、セラミックス製成形体、特に歯科修復物用のセラミックス製成形体を製造するのに好適な方法を提供することを発明の解決すべき課題、すなわち目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、前記課題を解決するところのセラミックス製成形体の製造方法及びセラミックス製歯科用修復物の製造方法を提供するものであり、前者のセラミックス製成形体の製造方法は、セラミックス及び/又はその前駆体粒子を分散し、酸性リン酸エステル及びポリエチレンイミンを含有する有機溶媒分散液中で、成形型に導電層を形成した所望の形状の成形体用電極を用いて、電気泳動により前記電極にセラミックス及び/又はその前駆体粒子を堆積させて成形体前駆体を形成し、次いで前記前駆体を焼結させることを特徴とするものである。
【0013】
また、後者のセラミックス製歯科用修復物の製造方法は、セラミックス及び/又はその前駆体粒子を分散し、酸性リン酸エステル及びポリエチレンイミンを含有する有機溶媒分散液中で、歯牙補足部及び支持部を持つ修復物用の陰型模型に導電層を形成した電極を用いて、電気泳動により前記電極にセラミックス及び/又はその前駆体粒子を堆積させて、歯牙補足部及び支持部を持つセラミックス製歯科用修復物前駆体を形成し、次いで前記前駆体を焼結させることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明のセラミックス製成形体の製造方法は、セラミックス及び/又はその前駆体粒子(以下、セラミックス粒子等ということもある)を分散した有機溶媒分散液中に、酸性リン酸エステル及びポリエチレンイミンを微量共存させることで、電気泳動により継続的に円滑にセラミックス粒子等を堆積することができ、密度の高い成形体前駆体を形成することができる。
その結果、得られた成形体前駆体を焼成することにより、高密度、高強度の各種成形体を製造することができる。
【0015】
また、本発明の製造方法では、セラミックス粒子を効率的に帯電させるために用いるpH調節用の酸として、従来一般的に使用されている硫酸、塩酸又は酢酸等を用いるのではなく、酸性リン酸エステルを用いるのであり、それにより電気泳動後、焼成する前に行う成形体前駆体の乾燥時に従前の前記した酸の場合のようにヒビ割れを生ずることがない。
さらに、それに加えてポリエチレンイミンも共存させており、これにより電気泳動により継続的にセラミックス粒子等を堆積することができ、厚く堆積した成形体前駆体を得ることができ、それを焼成することにより高密度、高強度、高堆積の各種成形体を製造することができる。
【0016】
前記したとおりであるから、本発明の製造方法は、成形型の形状を製造する成形体に適した所望の形状にすることにより各種の成形体を製造することができるが、前記したとおりセラミックス製歯科用修復物を製造する際に特に好適に採用できるので、それについて更に言及する。
本発明の製造方法を用いると支台歯模型に均一な厚みで且つ高密度でセラミックス粒子が堆積され、そのため、得られた堆積物焼成後の収縮も少なく機械的強度が高く、適合性に優れたセラミックス製の歯科用修復物を再現性良く得ることができる。
さらに、支台歯模型からの取り外しも容易であり、加えて電流、電圧、及び堆積時間等を変えることにより所望の厚みの修復物とすることも可能となる。
【0017】
また、本発明の製造方法によれば、ブリッジ用のコーピングのようなセラミックス層の厚さの異なる部位を有する修復物を、電気泳動成形法により一度に形成することが可能であり、高強度で適合性に優れた歯科用修復物を簡単な操作で用意に製造することが可能となる。
特に、高堆積量を必要とするブリッジの歯牙補足部の形成も円滑に行うことができ、微ブリッジ用のセラミックス製の歯科用修復物を製造するのに好適である。
さらに、得られた成形体前駆体型に入れたままで焼成することにより、より特性の優れたセラミックス製の歯科用修復物を得ることができ、かつ簡便な製造方法とすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下において、本発明について、発明を実施するための最良の形態を含む各種の実施の形態に関し詳述するが、本発明は、この実施の形態によって何等限定されるものではなく、特許請求の範囲によって特定されるものであることはいうまでもない。
本発明は、前記したとおりセラミックス製成形体の製造方法を提供するものであり、その製造対象としては歯科用修復物が好適であるが、それに限らず本発明では成形型の形状を選択することにより各種の成形体を製造することができ、製造対象物は何ら限定されるものではない。
【0019】
本発明により製造することができる成形体を例示すれば、各種電子部品、誘電・圧電性素子、固体電解質、あるいは成形部品の構造材等を挙げることができる。
その際の成形型の形状については、成形する対象物に適合した形状が選択することになるが特に限定されることはなく各種形状を選択することができ、立方体、直方体、球形、角柱、円柱、円錐形あるいは各種の多角錐形等を例示することができる。
【0020】
また、その材料についても、特に限定されるわけではないが焼成時に電極ごと焼成することができることが好ましく、さらに焼成後、製造された成形体から比較的簡単に除去することができるものが好ましく、このような材料としては、例えば、歯科用耐火埋没材として知られている種々の材料(例えば、石膏系埋没材、燐酸塩系埋没材)を用いることができる。
さらに、前記した以外の材料としては、ジルコニア、アルミナ等の酸化物セラミックスを成形型として用いることができ、さらには、各種の金属を用いることも可能である。
なお、金属製の成形型を用いる場合には、後述する導電層を別途設ける必要がないという利点も有する。
【0021】
歯科用修復物を製造する場合、該成形型としては、前述したような修復物の外形に相当する部位に導電層を形成する修復物陰型模型であることが好ましいが、必要に応じて修復物の内形に相当する部位に導電層を形成する陽型模型でも構わない。
この成形型には、製造したい成形体に合わせて、セラミックス粒子等を堆積させたい位置に導電層を設けることが必要となるが、その導電層を設ける方法も特に限定されるものではなく各種手法が採用でき、導電性ペーストを用いる方法、蒸着、あるいはスパッタリング等が例示できるが、簡便さからして導電性ペーストを用いて形成するのがよく、その場合には例えば導電性ペーストを筆等で塗布し、乾燥させて形成する手法が挙げられる。
また、前記のように金属製の成形型を用いた場合には、逆に、セラミックス粒子を堆積させたくない部位を非導電性の材料で被覆すればよい。
【0022】
その導電性ペーストの作製には、具体的には、人造黒鉛、天然黒鉛、グラッシーカーボン、フラーレン、カーボンナノチューブ等のカーボン類;ポリアニリンクロロアニルをドープしたポリジメチルアミノスチレン、テトラシアノエチレンをドープしたポリビニルメシチレン、テトラシアノエチレンをドープしたポリビニルナフタレン、ハロゲンをドープした、ポリビニルアントラセン、ポリビニルピレン、ポリビニルカルバゾール、テトラシアノエチレン、ポリビニルピジリン、テトラシアノエチレン、ドープしたポリジフェニルアミン、7,7,8,8−テトラシアノキノジメタンをドープしたポリビニルイミダゾール、ハロゲンをドープしたポリアセチレン、HClO4をドープしたポリチオフェン等の電子導電性高分子類等や金、白金、パラジウム、銅、銀、ニッケルなどの金属類等の導電性粒子を用いることができる。
【0023】
また、前記非導電性の材料としては、後述するセラミックス粒子分散液に溶解しない材料であれば、各種ポリマー等の有機系材料でも、無機系材料でもよく、用いる有機溶媒等に応じて適宜選択すればよく、例えば前記耐火埋没材と同じ材質のものを用いることができる。
【0024】
前記導電性ペーストの作製は、前記した導電性粒子を水、酢酸エチル、メチルエチルケトン等の溶媒に分散させて適度な塗布性を付与したペーストを形成し、該ペーストを修復物のセラミックス粒子を堆積させたい部位、即ち、陰型模型の内部に塗布、その後自然乾燥、加熱乾燥などを行って、使用した溶媒を揮発除去させる方法が好適である。
その導電層を設ける方法は、前記したとおり導電性ペーストを用いる方法に限定されるわけではなく、必要に応じて前記した蒸着やスパッタリング等の方法によって形成することもできるが、この場合には、所定の部位以外に導電層が形成されてしまわないように保護するか、あるいは蒸着後に不要な導電層部分を除去する必要がある。
【0025】
このようにして導電層が形成された成形体用電極に電気泳動形成法によりセラミックス粒子を堆積させるためには、電極に通電することが必要であり、そのためには外部電源から導電層への導通を確保する必要がある。
その際には、不必要な部位へのセラミックス粒子の堆積を防止するために、絶縁材料により被覆された金属線を形成する成形体の外形に相当する部位の導電層に電気的に結合させる手法が好ましいが、必要に応じて、成形体の外形に相当する部位から適当な位置まで導電層をさらに形成する手法でも良い。
この場合には、外部導通用の導電層上にセラミックス粒子が堆積しないように、絶縁性の材料で被覆するのがよい。
【0026】
このようにして得られる、成形体の外形又は内形に相当する部位に導電層を有する成形体用電極を一方の電極として電気泳動成形法によりセラミックス粒子の堆積を行うことにより、各種形状の成形体前駆体を得ることができる。
その際の電気泳動成形法も、特に制限されるものではなく、公知の手法に従えばよく、具体的には、上記成形体用電極と対極とを、帯電したセラミックス及び/又はその前駆体粒子が分散したイオン導電性を有する溶媒中に浸漬し、その成形体用電極と対極とを電気的に接続し通電すればよい。
【0027】
この通電により、セラミックス粒子は成形体用電極の導電層上に堆積するが、その成形体を形成する成分であるセラミックス粒子は目的とする成形体に所望される性質に合わせて適宜選択すればよい。
このようなセラミックス粒子は、一般には金属酸化物が好適に用いられるが、ガラス及びガラスセラミックス、これらの前駆体を用いても構わない。
その金属酸化物としては、ジルコニア、イットリア安定化ジルコニア、マグネシア安定化ジルコニア、カルシア安定化ジルコニア、セリア安定化ジルコニア、アルミナ、スピネル等が挙げられ、これらのなかでも高強度の焼結体(修復物)が得られる点で、ジルコニア又は安定化ジルコニアが好ましい。
また、窒化珪素等の金属酸化物以外のセラミックス粒子も挙げられる。
【0028】
これらセラミックス粒子の形状も特に制限されるものではなく、球状、不定形等公知の如何なる形状でも良く、またその粒子径も特に制限されないが、溶媒中に分散させやすく、また得られるコーピングが機械的強度に優れたものとするために、平均粒子径が10nm〜1μm程度のものであることが好ましい。
さらに、本発明において、高密度、高強度の成形体を製造するには、数種の粒径のセラミックス粒子を用いることにより高密度の成形体前駆体を作製することが特に好ましい。
【0029】
また、必要に応じて繊維状のセラミックスを少量用いることも高い機械的強度が得られる点で好適である。
さらに、セラミックス粒子の焼結や堆積層の厚みの確保を容易にするために、金属粉末、炭酸塩、水酸化物、アルコキサイド等を直接/もしくは複合して用いることが可能であり、例えば、アルミナの場合アルミ粉末との混合物を用いることにより堆積厚が確保しやすくなる。
【0030】
本発明においては、そのセラミックス粒子等を有機溶媒に分散させた液中で電気泳動を行うことにより、セラミックス粒子等を成形体用電極に堆積させることになるが、その際に用いる溶媒も特に限定されるものではないものの、セラミックス粒子等の分散性、前記導電層の脱離のしにくさ、焼成時の除去され易さ等を考慮すると揮発性の極性溶媒であることが好ましい。
具体的には、エタノール、エチルセルソルブ、イソプロピルアルコール、イソブチルアルコール、エトキシエタノール等のアルコール類;メチルエチルケトン、メチルブチルケトン等のケトン類;オクチル酸、プロピオン酸等のカルボン酸類等が挙げられる。
これら溶媒に対するセラミックス粒子等の分散量も特に限定されるものではないが、一般的には、セラミックス粒子等の濃度が1〜30g/100mlとなる程度である。
【0031】
電気泳動により、有機溶媒に分散させたセラミック粒子等を電極に堆積させるには、セラミック粒子等がイオン導電性を有することが必須であり、イオン導電性のない場合にはセラミックス粒子等の電気泳動が起こらず、その結果前記電極上にセラミックス粒子等の堆積が起きない。
そのため、セラミック粒子等の帯電をより効率的に行うために、pHを酸性又はアルカリ性に調整することが行われており、酸性に調節する際には、通常硫酸、塩酸あるいは酢酸等が使用されている。
【0032】
しかしながら、本発明においては、pH調整用に用いる酸は、このような通常使用される酸でなく、酸性リン酸エステルという極めて特殊な酸を用いるもので、それが特徴の1つである。
その酸性リン酸エステルには、各種アルコールとのエステルが特に限定されることはなく使用でき、それには例えば、エチルアシッドフォスフェート、ブチルアシッドフォスフェートあるいはブトキシエチルアシッドフォスフェート等が例示できる。
【0033】
そのエステルのアルコール部分の鎖長については、長いものとの酸性リン酸エステルを使用すると粒子の沈降しにくいサスペンションが得られやすく、炭素数4〜20のアルコールとのエステルであることが好ましく、炭素数5〜10のアルコールとのエステルであることがより好ましく、ブトキシエチルアシッドフォスフェートが特に好ましい。
なお、上記のような効果は、立体反発障害によるサスペンション安定化効果によるものと推察される。
さらに、用いる酸性リン酸エステルは、モノエステルでもジエステルでも、あるいはこれらの混合物でもよいし、ジエステルである場合には異なる2種のアルコールとのエステルでもよく、加えて必要に応じて、異なる2種又はそれ以上の種類の酸性リン酸エステルを併用しても構わない。
【0034】
また、その有機溶媒中における含有量は特に限定されるわけではないが、セラミックス粒子の堆積表面の平滑さと基材への密着性をより高くできる点で、セラミックス粒子100質量部に対して0.1〜5質量部であることが好ましく、より好ましくは0.3〜3質量部であることが特に好ましい。
上記酸性リン酸エステルを配合することにより、セラミックス粒子分散液のpHを酸性に調整する。このときのpHとしては概ね2〜5であればよい。
【0035】
本発明では、その分散溶液中に酸性リン酸エステルと共に微量のポリエチレンイミン(PEI)が共存することが最大の特徴であり、この存在により電気泳動により成形体用電極上にセラミック粒子等を継続的に堆積させることができ、厚さ数mmの比較的厚い成形前駆体(堆積体)を容易に作製することができる。
その結果、得られた堆積成形体は、乾燥後のヒビ割れもなく、密度も高いものである。
その際に用いるPEIについては、その分子量は特に限定されるものではないが、通常300〜100,000がよく、好ましくは3,000〜30,000がよい。
【0036】
そのPEIの有機分散溶媒中における含有量は、その効果が得られる範囲であれば特に限定されることはなく、通常はセラミックス粒子分散液中、0.0001質量%以上、好ましくは0.0002質量%以上であればよい。
前記のとおりではあるものの、配合量が少ない方が粒子の凝集や沈降が起こり難く、1質量%以下であることが好ましく、0.1質量%以下であることがより好ましい。
【0037】
本発明の製造方法においては、前記以外にセラミックスの焼結時のクラックの発生防止や操作性を向上させるために前記分散液中には解膠剤、結合剤等が添加されていても構わない。
その解膠剤の例としては、一般に苛性ソーダ、珪酸ソーダ、水ガラス、炭酸ソーダ、ソーダ灰、燐酸ソーダ、アルミン酸ソーダ、蓚酸ソーダ、蓚酸アンモン、水酸化リチウム、炭酸リチウム、アルミン酸リチウム、クエン酸リチウム、ジエチルアミン、ジ−n−プロピルアミン、モノアミルアミン、モノエチルアミン、モノ−iso−ブチルアミン、モノ−n−ブチルアミン、モノ−n−プロピルアミン、モノ−sec−ブチルアミン、トリエチルアミン、ピリジン、ピペリジン、エチルアミン、水酸化四メチルアンモニウム、ポリビニールアミン、ポリエタノールアミン、リン酸エステルを用いることができる。
【0038】
また、結合剤の例としては澱粉、可溶性澱粉、α化澱粉、デキストリン、アルギン酸、アルギン酸ソーダ、アラビアゴム、トラガカントゴム、ガッチゴム、カゼイン、カゼインソーダ、ブドウ糖、ゼラチン、膠(不純ゼラチン)、小麦粉、大豆蛋白、ペプトン、精蜜、Na-カルボキシルメチルセルロース、メチルセルロース、メチルエチルセルロース、酢酸セルロース、リグニンスルホン酸ソーダ、リグニンスルホン酸カルシウム、Na-カルボキシルメチル澱粉、ヒドロキシエチル澱粉、澱粉燐酸エステルソーダ、グリセリン、パルプ廃液、ポリビニルアルコール、ポリビニルメチルエーテル、ポリアクリル酸アミド、ポリアクリル酸ソーダ、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルブチラールを挙げることができる。
【0039】
さらに、結合剤として、ポリエチレングリコール、ポリエチレン酸化物、ポリビニルピロリドン、ビニールピロリドン-酢ビ共重合物、タンニン酸、尿素、シェラック、ロジン乳濁液、動植物油(大豆油、魚油、牛脂など)、流動パラフィン、ワックスエマルジョン(カルナウバろう、カルボろう、地ロウなど)、セレシン、重油、機械油、スピンドル油、エチルセルロース、アセチルセルロース、エステルガム、ポリビニルアセテート、クロマン樹脂、石油樹脂、フェノール樹脂、エチレンシリケート等を挙げることができ、それらはセラミックス粒子表面に吸着し粒子を効果的に分散させることができる。
このような解膠剤、結合剤はセラミックス100重量部に対して0.2〜20重量部添加できる。
【0040】
このようなセラミックス粒子等が分散された溶媒に対し、導電層を形成した所望の形状の成形体用電極が浸漬されるが、該電極を一方の電極として溶媒中に電流を流すために、該溶媒中には、成形体用電極における導電層と電気的に導通した対極も浸漬される。
この対極は、導電性のあるものであれば特に制限されず、各種金属や合金、あるいは炭素電極等を用いればよい。
セラミックス粒子等が正に帯電していれば成形体用電極を負極に、逆に負に帯電していれば正極にしてセラミックス粒子等を成形体用電極上に堆積させる。
【0041】
この電気泳動の際の印加電圧、電流及び印加時間は、所望の膜厚に従い調整可能であるが概ね1〜300V、1〜300mA/cm2、30秒〜6時間程度で成形体用電極に堆積できる。
このようにしてセラミックス粒子等が導電層上に堆積した成形体用電極は、溶媒中から引き上げ、乾燥させることにより、成形体前駆体が得られる。
成形体を得るためには、前記成形体前駆体を焼成してセラミックス粒子を焼結させる必要がある。
【0042】
この焼結は、前記成形体前駆体を成形型から取り外してから行っても良いが、取り出しの際の変形や、あるいは焼成・焼結時の変形を避けるために、型から外さずに行うのが好ましい。
その際の焼成温度及び時間は、用いられるセラミックス粒子等の材質によって異なり、公知の条件を適宜採用すればよいが、概ねアルミナ及びジルコニアでは1250℃〜1600℃の温度範囲で2〜8時間焼成することにより緻密化する。
【0043】
また、堆積物、すなわち成形体前駆体を1000℃〜1200℃の温度範囲で焼成し、緻密化せずに用いても良い。
この場合には、得られた焼結体に更にガラスを含浸させ、セラミックス複合体を作製することができ、例えば、含浸させるガラスとしてはLa23、SiO2、Al23、B25等を主成分とするガラスが用いられる。
その際の含浸させる温度域としては800〜1000℃でよく、使用するガラス組成の融点により最適な温度を選択すれば良い。
【0044】
さらに、ガラス含浸に際しても、成形型から取り出す前でも、取り出した後でも良いが、より適合性の良い成形体を得るためには、型から取り出す前に行うことが好ましい。
即ち、電気泳動形成法を用いて前駆体を形成しても、焼結時の収縮を完全に零(ゼロ)にすることはできず、若干の形状の誤差が生じることは不可避であるが、前記したところの手法により成形型に入れたままガラスを含浸させることによって、得られた焼結体内部及び焼結により生じた焼結体と成形型との間隙にもガラスが浸透し、この形状誤差を補正することができる。
【0045】
その堆積した粒子を焼結させるための焼成及びガラス含浸の際には主に電気炉が用いられるが、該電気炉としては最高1600℃程度の温度が得られるものであれば良い。
このようにして焼成した後、焼結体を成形型から取り出すが、取り出す手法としては、用いた成形型を破壊することが最も簡便である。
【0046】
本発明の成形体の製造方法は前記したとおりであるが、本発明の製造方法によりセラミックス製歯科用修復物を好適に作製することができ、そのセラミックス製歯科用修復物の作製においては、これまでの説明にはない独特のプロセスもあるので、それに関し以下において改めて具体的に述べることとする。
本発明によるセラミックス製歯科用修復物の製造方法においては、特許文献3及び4の何れの手法も勿論採用できる。
【0047】
すわなち、特許文献3の方法は支台歯模型に導電層を形成し、それを電極として修復物前駆体を形成するものであり、それに対し特許文献4の方法は前記修復物の外形に相当する部位に導電層を有する修復物陰型模型を作製し、それを用いて修復物前駆体するものであり、後者の方が、ブリッジと俗称される欠損歯を補填する歯科用修復物を製造する際には好ましい手法である。
そこで、本発明のセラミックス製歯科用修復物の製造方法については、後者の手法について図面2を用いて具体的に説明することとする。
【0048】
その図2において、(A)は3本ブリッジ用のコーピング(これは最終製品直前のものであり、この表面に陶材を築盛して色調や形態を調整して最終製品となる)を模式的に示す図であり、この(A)に示すように欠損歯を補填する修復物は、支台となる歯(支台歯)にかぶせる部分(リテーナー、支台装置)と、ポンティック(架工歯)と呼ばれる欠損歯を代替する部分から構成される。
このコーピングの表面に陶材を築盛して色調や形態を調整して最終的なブリッジとし、(B)に示すようにしだい支台装置部分を口腔内の支台歯に被覆して用いる。
【0049】
本発明によりセラミックス製歯科用修復物を製造するには、まず定法に従って支台歯模型(C)を作製し、さらにワックス等を用い、(D)に図示するようなワックス模型等の修復物の形状を有する模型(以下、修復物模型という)を作製する。
ついで、作製した修復物模型を用いて修復物の陰型模型(以下、単に陰型模型という)を作製するが、この作製方法としては、修復物模型をワックス模型とし、歯科用鋳型材中に埋没し、該鋳型材を硬化させた後、ワックスを焼成除去する方法が好適である(E)。
この鋳型材としては上記支台歯模型と同じ材質のものを用いることが好ましく、一般に歯科用耐火埋没材として知られている種々の材料(例えば、石膏系埋没材、燐酸塩系埋没材)を用いることができる。
【0050】
このような耐火性の材料を用いて陰型模型を形成することにより、後述するセラミックス粒子の堆積後に、この陰型模型ごと焼成することができ、より適合性に優れた修復物を作製することができる。
さらに、前記埋没に際しては、(E)に図示するように、一部修復物模型が表面に出るように行うか、あるいは全体を埋没し、埋没材が硬化した後にワックスが表面に露出するように削り出して開口部を設けることになる。
この開口部は、用いたワックスを除去する際の取り出し口、及びワックス除去後の陰型模型内部へのセラミックス粒子の堆積の際の入り口となるものであり、(E)においては、歯冠部咬合側に開口部を設けているが、必要に応じて他の部位に開口部を設けても良い。
【0051】
その後ワックスを除去することにより、(F)の左図に断面図を示すような陰型模型を得、さらにその陰型模型の前記修復物の外形に相当する部位に(F)の右図に図示するように導電層を設ける。
このようにして得られた修復物の外形に相当する部位に導電層を有する陰型模型を、一方の電極とし、その電極と対極とを、(G)に図示するようにセラミックス粒子を分散した溶媒中に浸漬し、これら陰型模型と対極とを電気的に接続し、通電して電気泳動成形法によりセラミックス粒子の堆積を行う。
【0052】
本発明においては、その際に分散液中に酸性リン酸エステル及びポリエチレンイミンを微量含有することが最大の特徴であり、それによりセラミックス粒子等を円滑に継続的に堆積することができ、高堆積量で、密度の高い成形体前駆体を形成することができ、かつ乾燥後ヒビ割れの生じない成形体前駆体を形成することができる。
その結果、得られた成形体前駆体を焼成することにより、高堆積、高密度、高強度を必要とするブリッジ用のセラミックス製の歯科用修復物を製造することができる。
【実施例1】
【0053】
以下に本発明の複数の実施例、並びにそれと対比する複数の比較例及び参考例を示すが、本発明は、これら実施例、比較例及び参考例によって何等限定されるものではなく、特許請求の範囲によって特定されるものであることはいうまでもない。
そこで、本発明の実施例1をまず示す。
【0054】
[実施例1A]
一次粒子径0.04μmのジルコニア粉末(東ソー社製TZ−3YE)を特級エタノールに投入し、攪拌、混合しながらブトキシエチルアシッドフォスフェート(JP−506H、城北化学工業)の10wt%エタノール溶液を微量ずつ添加し、約1時間攪拌した。
その後、固体状のポリビニルブチラール(PVB)及びポリエチレンイミン(PEI:分子量10000、和光純薬)の5wt%エタノール溶液を少量ずつ数回に分けて、ジルコニア粉末とエタノールとの混合液に添加し、ジルコニア濃度10g/100ml、PVB濃度2.38wt%、PEI濃度0.01wt%のスラリーを調整した。またJP−506Hの濃度は、ジルコニア粒子10gに対して、0.106gとした。
その際に得られたスラリー(分散液)のpHは3である。
【0055】
歯科用のリン酸塩系埋没材製の角柱の頂部に縦横各1cm、深さ1cmの孔を設けた陰型を形成し、その底部に導電性を付与するために、カーボンペースト(ドータイトXC−12、藤倉化成社製)を厚さ約0.5mmで塗布し、銅製のリード線を前記陰型のカーボンペースト層に銀ペースト(ドータイトD−550、藤倉化成社製)で接着し、それを電極基材とした。
その電極基材とステンレス板電極とを前記スラリー中に浸漬し、100Vの直流電圧を1、5、10及び20分印加して、電気泳動により基材表面にジルコニアを堆積させた。
【0056】
所定の時間印加後に、スラリーから取り出して目視で観察したところ、いずれの印加時間のものも、表面が平坦で均一に堆積していた。
この堆積体を陰型から取り外さず室温下で3時間風乾させ、風乾後の堆積体を目視で観察したところ、いずれの印加時間で得たものにおいてもヒビ割れはなかった。
また、堆積体の相対密度はいずれの印加時間で得たものも72%であり、各電圧印加時間と、堆積したジルコニアの量(g/cm2)を表2及び図3に示す。
【0057】
なお、前記した相対密度の測定は、以下のとおりに行う。
すなわち、重さを測定した試料をケロシン中に浸漬し、デシケーター中で2時間減圧下で保持した。
この時点でケロシン中の試料から気泡が発生しなくなっていることを確認した。
さらに、このケロシン浸漬を行った試料のケロシン中での重さ(w2)と、ケロシン中から試料を取り出して空気中での重さ(w1)を測定した。
【0058】
これらw1、w2と、浸漬前の試料の重さ(w)及びケロシンの密度ρkとから、下記式に従って密度(ρ)を求めた。
さらに、これより得られた密度を理論密度の百分率で表したものを相対密度とした。
ρ=wρk/(w1−w2)
w:浸漬前の試料の重さ
w1:ケロシン浸漬後の試料の重さ
w2:ケロシン中で試料の重さ
ρk:ケロシンの密度
【0059】
この堆積体、すなわち成形体前駆体の作成例を実施例1Aとするが、このスラリーの組成は、他の実施例1における成形体前駆体の作成例(実施例1Bないし実施例1H)の組成と共に表1に示す。
なお、この表1には、スラリー(分散液)の組成だけでなく、実施例1の各成形体前駆体を作製する際の印加電圧も記載する。
【0060】
【表1】

【0061】
[実施例1B、1C及び比較例1A、1B]
これら例についても、スラリーの組成を表1に示すものに変更した以外は、実施例1Aと同様にして、ジルコニア粒子を堆積させた。
その結果は、いずれの実施例及び比較例の場合も乾燥後ヒビ割れはなく、堆積体の相対密度は、実施例1B、1Cではいずれの印加時間で得たものも実施例1Aの場合と 同様に72%であり、比較例1Aでは69%、比較例1Bでは70%であった。
しかしながら、PEIを添加しない場合には、表2に示すように印加時間の経過と共に堆積速度が低下してしまった。
【0062】
【表2】

【0063】
[実施例1Dないし1F、及び比較例1C、1D]
これら例においては、電気泳動時の印加電圧が50Vであり、それを100Vとする実施例1Aないし1Cとは共通して異なるものであるが、使用するスラリーの組成については、表1に示すとおりであり、実施例1Dないし1Fについては、それぞれ実施例1Aないし1Cと共通するものである。
それらの結果は、いずれの場合も乾燥後ヒビ割れはなく、堆積速度は図4に示すとおりである。
【0064】
[実施例1G、1H、及び比較例1E、1F]
これら例においては、電気泳動時の印加電圧が200Vであり、それを100Vとする実施例1Aないし1Cとは共通して異なるものであるが、使用するスラリーの組成については、表1に示すとおりであり、実施例1G、1Hについては、実施例1A、1Bとそれぞれ共通するものである。
それらの結果は、いずれの場合も乾燥後ヒビ割れはなく、堆積速度は図5に示すとおりである。
【0065】
[参考例1及び比較例2]
一次粒子径0.04μmのジルコニア粉末(東ソー社製TZ−3YE)30.25gを特級エタノール95に投入し、攪拌、混合しながら表3に示す酸の10wt%エタノール溶液を添加し、pH3のスラリーを調製した(PEI及びバインダーの添加無し)。
このスラリーを用いて実施例1と同様に印加電圧100V、印加時間20分でジルコニアの堆積を行った。
【0066】
【表3】

【0067】
この堆積物を風乾し、乾燥後の状態を目視で観察した結果及び相対密度を測定した結果を表3に示す。
なお、参考例1については、pH調節用に使用した酸によって、参考例1A(塩酸)、参考例1B(濃硫酸)、参考例1C(硝酸)、参考例1D(酢酸)とした。
その参考例1A及び参考例1Bにおいては、ジルコニアスラリーに酸を添加するとジルコニア粒子が凝集した。
電圧を印加すると堆積はしたが、スラリーから引き上げると堆積物が落下してしまった。
【0068】
この表3をみて、参考例と比較例とを対比すると、酸性リン酸エステル系以外の酸を用いてスラリーのpHを調節した場合には、3時間風乾という条件下ではいずれもヒビ割れが発生しており、ヒビ割れを起こさずに乾燥できる酸は酸性リン酸エステル系以外に存在しないことがわかる。
さらに、酸性リン酸エステルを用いた場合が、形成された堆積体の相対密度が一番高いこともわかる。
【0069】
[参考例2]
参考例1Dと同じく酢酸を用い、バインダーとしてポリブチルビニラールが1又は3wt%となるように添加したスラリーを調製した以外は、実施例1Aと同様に電気泳動を行い、堆積物を形成した。
各々の濃度で5個の堆積体を作製し、これらを3時間風乾させたところ、全て(10個)が乾燥によりヒビ割れが生じた。
また、分子量500のポリエチレングリコールを用いて同様の実験を行ったが、やはり100%の割合でヒビ割れが生じた。
【実施例2】
【0070】
[実施例2Aないし2C]
ジルコニア濃度を30g/100mlとした以外は、実施例1B(PEI濃度0.02wt%、PVB濃度2.38wt%、JP−506Hがジルコニア10g当り0.106g)と同様に電気泳動を行い(印加電圧100V)、堆積体を作製、乾燥させた。
得られた堆積体にはヒビ割れは全く生じていなかった。
この堆積体の作成例を実施例2Aとし、堆積量の結果を表4及び図6に示す。
【0071】
【表4】

【0072】
また、印加電圧を50Vにした以外は、実施例2Aと同様にして堆積体を製造、乾燥させた。
得られた堆積体にはヒビ割れは全く生じていなかった。
この堆積体の作成例を実施例2Bとし、堆積量の結果を表4及び図6に示す。
さらに、印加電圧を200Vにした以外は、実施例2Aと同様にして堆積体を製造、乾燥させた。
得られた堆積体にはヒビ割れは全く生じていなかった。
この堆積体の作成例を実施例2Cとし、堆積量の結果を表4及び図6に示す。
【0073】
[比較例3]
ジルコニア濃度を30g/100mlとした以外は、比較例1B(PEI添加なし、PVB濃度2.38wt%、JP−506Hがジルコニア10g当り0.106g)と同様に電気泳動を行い(印加電圧100V)、堆積体を作製、乾燥させた。
得られた堆積体にはヒビ割れは全く生じていなかった。
この堆積体の作成例を比較例3Aとし、堆積量の結果を表4及び図6に示す。
【0074】
また、印加電圧を50Vにした以外は、比較例3Aと同様にして堆積体を製造、乾燥させた。
得られた堆積体にはヒビ割れは全く生じていなかった。
この堆積体の作成例を比較例3Bとし、堆積量の結果を表4及び図6に示す。
さらに、印加電圧を200Vにした以外は、比較例2Aと同様にして堆積体を製造、乾燥させた。
得られた堆積体にはヒビ割れは全く生じていなかった。
この堆積体の作成例を比較例3Cとし、堆積量の結果を表4及び図6に示す。
【実施例3】
【0075】
[実施例3A、3B]
スラリー組成を表5に示したものとした以外は、実施例1Aと同様にしてジルコニアを堆積させたところ、両実施例とも乾燥後ヒビ割れは生じなかった。
堆積量の結果を表6に示すと共に実施例1B、比較例1A、1Bの結果と合わせて図7に図示した。
【0076】
【表5】

【0077】
【表6】

【0078】
[比較例4]
ブトキシエチルアシッドフォスフェートの10%エタノール溶液に代えて、酢酸を加えてpHを3に調整した以外は、実施例3Aと同様にしてスラリーを調製し(PVB添加無し、PEI;0.02wt%)、ジルコニアの堆積を行わせようとしたが、印加電圧100Vの条件では堆積は起きなかった。
【実施例4】
【0079】
粒径の異なる3種類のジルコニアからなる混合粉(HSY-3.0B(一次粒子径:1.0μm、第一稀元素)、TZ-3YE(一次粒子径:0.04μm、東ソ一)、ZSL-20N(一次粒子径:4nm、第一稀元素)=95:5:2)10gを特級エタノール100mlに投入し、攪拌しながらブトキシエチルアシッドフォスフェート(JP-506H、城北化学工業)の10wt%エタノール溶液0.3gを微量ずつ加え、約1時間攪拌し混合した。
【0080】
次いで、エチルセルロース(N-7、ハーキュレス社)の1.2wt%エタノール溶液5、及びポリエチレンイミン(分子量10000、和光純薬)の2wt%エタノール溶液約0.01gを、少量ずつ数回に分けて上記スラリーに添加した。
全て混合した後のスラリーの各成分の濃度は、ジルコニアが9.5g/100ml、JP−506Hがジルコニア10g当り0.032g、エチルセルロースが0.0005wt%、ポリエチレンイミンが0.0002wt%である。
また、そのスラリーのpHは3であった。
【0081】
耐火物製の支台歯模型に、導電性を付与するためのカーボンペースト(ドータイトXC−12、藤倉化成社製)を厚さ0.5mmで塗布し、銅製のリード線を該支台歯に銀ペースト(ドータイトD−550、藤倉化成社製)で接着したものを成形体用電極とした。
前記電極とステンレス板電極とをスラリー中に浸し、それぞれを負極、正極として100Vの直流電圧を、15分間印加して、電気泳動法により基材表面にジルコニア粒子を堆積させた。
この時に堆積したジルコニア層の厚みは約2mm、均一且つ、平坦な面を形成し、3時間の風乾後にひび割れ等は発生していなかった、
その結果、得られた堆積体の相対密度は72%であった。
【0082】
なお、前記支台歯模型としては、以下のとおり作製したものを用いた。
すなわち、ニッシン社製実習用顎模型530を口腔内の4本ブリッジを想定したモデルとした。
欠損歯の小臼歯、大臼歯部に6mmΦと4mmΦ、高さ3mmの円筒状のワックスを設置し、これにGE東芝シリコーン社製シロプレンRTV−2Kを用い複印象を作製し、さらに上記複印象にエンプレス用埋没材(イボクラー社製)を用いて複模型を作製した。
これをトリミングし、支台歯模型とした。
【0083】
作製した成形体前駆体は、室温乾燥後、支台歯模型ごと電気炉(SUPER BURN,モトヤマ社製)で焼成(500℃で一時間仮焼、1350℃で3時間本焼成)し、支台歯模型の外形が転写されたジルコニア製コーピングを得た。
該コーピングは、3%イットリア添加ジルコニアの理論密度に対し97%の相対密度であった。
支台歯模型の代わりに、曲げ強度用の鋳型を上記スラリーに浸漬し、100Vの電圧を10分印加して堆積体を得た後焼成し、曲げ強度を測定したところ1200MPaであった。
【0084】
なお、前記曲げ強度の測定は以下の通り行った。
曲げ強度の測定試料はエンプレス用埋没材を用いて25mm×5mm×5mmの大きさのモールドを形成し、そのモールドの底部に導電層を形成してセラミックス粉末を電気泳動で堆積させ、乾燥させ、その後、所定の温度で焼成し試料とした。
この焼成試料を、回転研磨機(マルトー社製、ダイヤラップ)を用いて、幅4mm、厚さ1.2mm、長さが20mmの長方形になるように研削・研磨し、表面を1μmのダイヤモンドスラリーにより鏡面に仕上げた。
強度試験機(島津製作所社製、オートグラフ)によりクロスヘッド速度1mm/分、スパン距離15mmの条件で3点曲げ試験を行い曲げ強度を求めた。
【0085】
[比較例5]
ブトキシエチルアシッドフォスフェートの10wt%エタノール溶液に代えて、酢酸の10wt%エタノール溶液を用いてスラリーのpHを3に調整したものを用いた以外は、実施例4と同様の操作を行った。
15分の電圧印加後に取り出した堆積体の表面は若干攪拌時の波形を有しており、3時間の風乾後にはひび割れが発生した。また堆積体の相対密度は68%であった。
また同じスラリーを用いて実施例4と同様にして曲げ強度を測定したところ1060MPaであった。
【実施例5】
【0086】
ブトキシエチルアシッドフォスフェート代えて、他の酸性リン酸エステルを用いた以外は実施例4と同様に電気泳動を行い、堆積体を作製した。
ブチルアシッドフォスフェートを用いた場合を実施例5A、エチルアシッドフォスフェートを用いた場合を実施例5Bとした。
【0087】
[実施例5A]
ブトキシエチルアシッドフォスフェートに代えて、ブチルアシッドフォスフェート(城北化学工業製 JP-504)を用いた以外は、実施例4と同様にして堆積体を得た。
その堆積体は乾燥時にひび割れは生じず、また堆積体の相対密度は72%であった。
[実施例5B]
ブトキシエチルアシッドフォスフェートに代えて、エチルアシッドフォスフェート(城北化学工業JP-502)を用いた以外は、実施例14と同様にして堆積体を得た。
その堆積体は乾燥時にひび割れは生じず、また堆積体の相対密度は71%であった。
【実施例6】
【0088】
平均粒径0.2μmのアルミナ粉末(住友化学社製、AKP−50)10gをエタノール100mlに投入し、スラリーを混合、撹拌しながらブトキシエチルアシッドフォスフェート(JP−506H、城北化学工業)の10wt%エタノール溶液を微量ずつ加え、約2時間攪拌した。
次に、ポリエチレンイミン(PEI;平均分子量10,000)の2wt%溶液を、少量ずつ数回に分けて上記スラリーに添加し、アルミナ濃度が20g/100ml、PEI濃度が0.03wt%のスラリーを調整した。
また、その際のJP−506Hの濃度は、アルミナ粒子10gに対して、0.053gとし、スラリーのpHは4.5とした。
【0089】
歯科用のリン酸塩系埋没材製の角柱の頂部に縦横各1cm、深さ1cmの孔を設けた陰型を形成し、その底部に導電性を付与するためのカーボンペースト(ドータイトXC−12、藤倉化成社製)を厚さ約0.5mmで塗布し、銅製のリード線を該支台歯に銀ペースト(ドータイトD−550、藤倉化成社製)で接着したものを電極基材とした。
該基材とステンレス板電極を前記で調整したスラリー中に浸し、それぞれを負極、正極として100Vの直流電圧を、60分間印加して、電気泳動法により基材表面にアルミナ粒子を堆積させた。
【0090】
その電圧を所定時間印加後に、該基材をスラリーから取り出して目視で観察したところ、いずれの経過時間のものもその表面が平坦で均一に堆積していた。
この堆積体を陰型から取り外さずに室温下で一晩(約12時間)風乾させた。
乾燥後の堆積体を目視で観察したところ、いずれの時間においてもひび割れ等はなかった。
また、堆積体の相対密度は57.0%であった。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】本発明のセラミックス製歯科用修復物の製造方法に好適に用いることができる陰型模型を示す図。
【図2】本発明のセラミックス製歯科用修復物の製造方法の好適なプロセスを示す図。
【図3】本発明の実施例1(A)における電気泳動の時の電圧印加時間と、堆積したジルコニアの量の関係(堆積速度)を図示する図。
【図4】本発明の実施例1(D,E,F)及び比較例1(C,D)における電気泳動の時の電圧印加時間と、堆積したジルコニアの量の関係(堆積速度)を図示する図。
【図5】本発明の実施例1(G,H)及び比較例1(E,F)における電気泳動の時の電圧印加時間と、堆積したジルコニアの量の関係(堆積速度)を図示する図。
【図6】本発明の実施例2(A,B,C)及び比較例3(A,B,C)における電気泳動の時の電圧印加時間と、堆積したジルコニアの量の関係(堆積速度)を図示する図。
【図7】本発明の実施例3(A,B)における電気泳動の時の電圧印加時間と、堆積したジルコニアの量の関係(堆積速度)を図示する図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミックス及び/又はその前駆体粒子を分散し、酸性リン酸エステル及びポリエチレンイミンを含有する有機溶媒分散液中で、成形型に導電層を形成した所望の形状の成形体用電極を用いて、電気泳動により前記電極にセラミックス及び/又はその前駆体粒子を堆積させて成形体前駆体を形成し、次いで前記前駆体を焼結させることを特徴とするセラミックス製成形体の製造方法。
【請求項2】
セラミックス及び/又はその前駆体粒子を分散し、酸性リン酸エステル及びポリエチレンイミンを含有する有機溶媒分散液中で、歯牙補足部及び支持部を持つ修復物用の陰型模型に導電層を形成した電極を用いて、電気泳動により前記電極にセラミックス及び/又はその前駆体粒子を堆積させて、歯牙補足部及び支持部を持つセラミックス製歯科用修復物前駆体を形成し、次いで前記前駆体を焼結させることを特徴とするセラミックス製歯科用修復物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−302627(P2007−302627A)
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−134083(P2006−134083)
【出願日】平成18年5月12日(2006.5.12)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【出願人】(000003182)株式会社トクヤマ (839)
【出願人】(391003576)株式会社トクヤマデンタル (222)
【Fターム(参考)】