説明

セラミドキナーゼ阻害剤およびその利用

【課題】 マスト細胞の脱顆粒を生理的条件下で有意に抑制する化合物を見出すこと。
【解決手段】 セラミドキナーゼの活性を生理的条件下で有意に阻害し得る新規化合物およびその製造方法を提供すること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セラミドキナーゼの活性を阻害する化合物およびその製造方法、ならびにその利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
マスト細胞(肥満細胞)や好酸球の細胞内に蓄えられている顆粒が放出されることは「脱顆粒」と呼ばれ、放出される顆粒内にはアレルギー症状を発症させる分子が多く含まれていることが知られている。
【0003】
脱顆粒を引き起こす原因としては、過剰な免疫反応に起因して生じるI型アレルギー(例えば、花粉症、アトピー、気管支喘息など)が挙げられる。生体内に侵入した抗原(花粉、食品のタンパク質成分など)が異物として認識されると、その抗原に特異的に反応する抗体が体内で生産され、この抗体が皮膚や粘膜に存在するマスト細胞や好塩基球の細胞膜上にある受容体と結合する。そして再び同じ抗原が侵入した際に、抗原と抗体が結合することによって抗体の架橋が生じ、体内から抗原を除去するための免疫反応として、ヒスタミンなどの化学物質が放出され、皮膚炎や鼻炎などのアレルギー症状が引き起こされる。
【0004】
このようなアレルギー反応は脱顆粒現象を抑制することによって緩和されるので、脱顆粒抑制効果を有する抗アレルギー薬の開発が期待される。
【0005】
マスト細胞は、細胞内顆粒中に保存されている生物活性分子を放出することにより炎症および過敏症を媒介する。マスト細胞レセプターFcεRIに結合したIgEの架橋を介する刺激によって、細胞内Ca2+上昇、ならびに非レセプタータンパク質チロシンキナーゼおよびホスホリパーゼの活性化などの細胞内での生化学的事象を引き起こす。これらの事象は顆粒内容物のエキソサイトーシスを増加させる。
【0006】
マスト細胞の脱顆粒について種々の研究がなされているが、その多くはレセプター活性化に引き続く初期シグナリングについてであり、Ca2+シグナリングの下流である後期シグナリングに関しては十分に研究されているとはいえない。
【0007】
マスト細胞の脱顆粒の後期シグナリングは、Ca2+シグナリングの下流に存在するが、Ca2+依存性の酵素(例えば、ホスホリパーゼD、Ca2+/カルモジュリン依存性タンパク質キナーゼIIなど)についての阻害剤またはアンタゴニストを用いても、マスト細胞の脱顆粒は完全には阻害されない。このことは、Ca2+依存的な脱顆粒において未知のメカニズムが存在することを示唆する。
【0008】
セラミドキナーゼは、カルシウムによって活性化されてセラミドをリン酸化してC1Pを生成するが、C1Pおよびセラミドキナーゼの機能は不明である(非特許文献1を参照のこと)。本発明者らは、マスト細胞のモデル細胞としてRBL−2H3細胞を用いて、カルシウムイオノフォアによって誘起される脱顆粒に、カルシウム濃度上昇に依存したセラミドキナーゼの活性、およびこれに伴うC1P量の増加が関与することを示した(非特許文献2を参照のこと)。このことは、セラミドキナーゼの阻害剤を用いればマスト細胞の脱顆粒を抑制することができるということを示唆する。
【非特許文献1】Sugiuraら、J.Biol.Chem.277:23294−23300(2002)
【非特許文献2】Mitsutakeら、J.Biol.Chem.279:17570−17577(2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、セラミドキナーゼは、セラミドをリン酸化してセラミド1−リン酸を生成する酵素である。非特許文献1には、スフィンゴシンキナーゼ阻害剤であるN,N−dimethylsphingosineおよびF−12509Aを高濃度で用いればセラミドキナーゼに対して弱い阻害活性を示すことが記載されているが、記載されている程度の阻害活性は一般には阻害剤として適用されるべきものではない。また、非特許文献1には、別のスフィンゴシンキナーゼ阻害剤であるB−5354cはセラミドキナーゼに対する阻害活性を有さないことが記載されている。
【0010】
セラミドキナーゼに対して高い阻害効果を示す化合物としては、これまでのところC−セラミドのみが知られている。しかしながら、C−セラミドは、強い細胞毒性を有しており、培養細胞にC−セラミドを用いた際の実験結果の信頼性は低い。また、C−セラミドの強い細胞毒性から、C−セラミドの哺乳動物への投与は危険性が高いと考えられる。
【0011】
本発明者らは、非特許文献2においてカルシウムイオノフォアによって誘起される脱顆粒をC−セラミドが抑制することを示した。しかし、カルシウムイオノフォアによって誘起される脱顆粒は生理的なものではない。より生理的な条件である抗原抗体反応によるマスト細胞の脱顆粒をセラミドキナーゼ阻害剤が抑制するという知見はこれまでには存在しない。
【0012】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、細胞毒性が低く、生理的な条件下で高いセラミドキナーゼ阻害効果を示すセラミドキナーゼ阻害剤を提供し、当該セラミドキナーゼ阻害剤を使用して抗原抗体反応によるマスト細胞の脱顆粒の抑制手段を提供し、これによりマスト細胞の脱顆粒が関与する疾患を処置する手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係る化合物は、以下の化学式
【0014】
【化3】

【0015】
によって示され、
およびRはそれぞれ独立して、水素原子またはC1〜2のアルキル基であり、R3〜5はそれぞれ独立して、水素原子であるか、またはRおよびRは一緒になってC3〜6のシクロアルキル環を形成し、Rは、水素原子またはC1〜2のアルキル基であることを特徴としている。
【0016】
本発明に係る化合物の製造方法は、以下の化学式
【0017】
【化4】

【0018】
によって示され、
およびRはそれぞれ独立して、水素原子またはC1〜2のアルキル基であり、R3〜5はそれぞれ独立して、水素原子であるか、またはRおよびRは一緒になってC3〜6のシクロアルキル環を形成し、Rは、水素原子またはC1〜2のアルキル基である化合物を製造するための方法であって、
二環性β−ケトエステルからアルデヒドを得る工程;
ジヒドロキシキノンの水酸基を保護基によって保護した後に所望の部位をリチウム化する工程;
該アルデヒドとリチウム化したジヒドロキシキノンとを反応させてアルコールを得る工程;
該アルコールの水酸基を除去する工程;および
該保護基を除去する工程
を包含することを特徴としている。
【0019】
本発明に係る化合物の製造方法において、上記保護はアセタール化剤を用いて行われることが好ましい。
【0020】
本発明に係る化合物の製造方法において、上記保護基を除去する工程は、1,3−プロパンジチオール存在下でTMSOTfを用いた後にTBAFで処理されることが好ましい。
【0021】
本発明に係るセラミドキナーゼ阻害剤は、上記の化合物を含有することを特徴としている。
【0022】
本発明に係るアレルギーまたは炎症を処置するための医薬剤は、上記の化合物を含有することを特徴としている。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る化合物を用いれば、細胞に対して毒性を与えることなく、生理的な条件下でセラミドキナーゼを阻害することができる。本発明に係る化合物の製造方法を用いれば、細胞毒性が低く、生理的な条件下で高いセラミドキナーゼ阻害効果を有する化合物を効率よく製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
スフィンゴシンキナーゼ阻害剤であるF−12509A
【0025】
【化5】

【0026】
は、Trichopezizella barbata SANK 25395から単離される天然の化合物である。F−12509Aは、テルペン骨格にジヒドロキシキノンが結合した構造を有しており、スフィンゴシンキナーゼの強力な阻害剤として注目されている。しかしながら、これまでF−12509Aの合成は報告されておらず、その絶対立体配置は明らかになっていない。
【0027】
本発明者らは、スフィンゴシンキナーゼ阻害剤であるF−12509Aの合成法を確立させると同時に、その合成法の改良によってF−12509Aのオレフィン異性体を収率よく得ることができることを見出した。さらに本発明者らは、この化合物がセラミドキナーゼ阻害剤として機能することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0028】
<1:新規化合物の合成>
本発明は、以下の化学式
【0029】
【化6】

【0030】
によって示される化合物を製造するための方法を提供する。ここで、RおよびRはそれぞれ独立して、水素原子またはC1〜2のアルキル基であり、R3〜5はそれぞれ独立して、水素原子であるか、またはRおよびRは一緒になってC3〜6のシクロアルキル環を形成し、Rは、水素原子またはC1〜2のアルキル基であることが好ましい。
【0031】
本発明に係る化合物の製造方法は、二環性β−ケトエステルからアルデヒドを得る工程;ジヒドロキシキノンの水酸基を保護基によって保護した後に所望の部位をリチウム化する工程;該アルデヒドとリチウム化したジヒドロキシキノン誘導体とを反応させてアルコールを得る工程;該アルコールの水酸基を除去する工程;および、該保護基を除去する工程、を包含することを特徴としている。
【0032】
F−12509Aのテルペン骨格を得るために、二環性β−ケトエステルからアルデヒドを得た。具体的には、まず当該分野において公知の技術であるWittig反応によって二環性β−ケトエステル中のC=O結合をC=C結合に変換した。さらに、この二環性β−ケトエステルをアルコールに還元し、さらにアルコールを酸化してアルデヒドを得た。
【0033】
上記テルペン骨格と結合させるために、ジヒドロキシキノン誘導体をアニオン化した。所望のアニオン化を行うためには、ジヒドロキシキノンの水酸基などを予め保護する必要があるので、ジヒドロキシキノンを水素雰囲気下での接触還元し、隣り合う2つの2級水酸基を酸の存在下アセタール化剤で保護することによりアセトナイド体を生成した。
【0034】
アニオン化したアセトナイド体を上述のアルデヒドと反応させてテルペン骨格を有するアセトナイド体を合成した。この合成物はアルコールであり、目的の化合物を得るためにはこのアルコールの水酸基を除去する必要がある。そこで、アルコールの水酸基を除去するためにキサンテートを経る方法を採用し、キサンテートをラジカル的に首尾よく除去し得た。最終工程としてアセトナイドの脱保護を行って、F−12509Aのオレフィン異性体を得ることができた。
【0035】
一実施形態において、本発明に係る化合物の製造方法は、
・二環性β−ケトエステルをWittig反応に供した後、該エステルを還元し、さらに酸化してアルデヒドを得る工程;
・ジヒドロキシキノンを水素雰囲気下で接触還元した後、アセタール化剤で保護してアセトナイド体を得る工程;
・該アセトナイド体をリチウム化して該アルデヒドと反応させてアルコールを得る工程;
・該アルコールの水酸基をキサンテートに誘導した後、スタナンによって該キサンテートをラジカル的に除去する工程;および
・キサンテートを除去した該アセトナイド体からアセトナイドを脱保護する工程
を包含することが好ましい。
【0036】
特定の実施形態において、化合物
【0037】
【化7】

【0038】
を製造するための方法は、
・二環性β−ケトエステル
【0039】
【化8】

【0040】
をWittig反応に供して
【0041】
【化9】

【0042】
を得、該エステルを還元して
【0043】
【化10】

【0044】
を得、さらに酸化してアルデヒド
【0045】
【化11】

【0046】
を得る工程;
・ジヒドロキシキノン
【0047】
【化12】

【0048】
を接触水素添加して
【0049】
【化13】

【0050】
を得た後、アセタール化剤で保護してアセトナイド体
【0051】
【化14】

【0052】
を得る工程;
・該アセトナイド体をリチウム化して
【0053】
【化15】

【0054】
を得、該アルデヒド
【0055】
【化16】

【0056】
と反応させてアルコール
【0057】
【化17】

【0058】
を得る工程;
・該アルコール
【0059】
【化18】

【0060】
の水酸基をキサンテートに誘導して
【0061】
【化19】

【0062】
を得た後、スタナンによって該キサンテートをラジカル的に除去して
【0063】
【化20】

【0064】
を得る工程;および
・キサンテートを除去した該アセトナイド体からアセトナイドの脱保護により
【0065】
【化21】

【0066】
を得る工程
を包含することが好ましい。
【0067】
本発明に係る方法において、還元剤としては、当該分野において公知の還元剤を用いればよく、例えば、水素化リチウムアルミニウム、水素化ホウ素ナトリウムなどが挙げられる。
【0068】
本発明に係る方法において、使用されるアセタール化剤としては、ホルムアルデヒド、ベンゾフェノン、シクロヘキサノン、アセトン、2,2−ジメトキシプロパン、2−メトキシプロペンなどが挙げられる。
【0069】
また、本発明に係る方法において、アセタール化において使用される酸としては、p−トルエンスルホン酸、ピリジニウムパラトルエンスルホンネート、カンファースルホン酸などの有機酸、塩酸、硫酸、リン酸などの鉱酸、三フッ化ホウ素などのルイス酸が挙げられ、使用される溶媒としては、N,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシドなどの非プロトン性極性溶媒、テトラヒドロフラン、1,4−ジオキサン、1,2−ジメトキシエタン、ジエチルエーテル、ジグライム、トリグライム、ジエチレングリコールモノメチルエーテルなどのエーテル系溶媒、ならびにこれらの混合溶媒などが挙げられる。
【0070】
本発明に係る方法において、化合物中の所望の部位をリチウム化するためには、ジヒドロキシキノンの水酸基などを首尾よく保護した後に、アニオン化剤を用いてアセトナイド体をアニオン化する。具体的には、種々の塩基(例えば、水素化ナトリウム、水素化カリウムなどのアルカリもしくはアルカリ土類金属水素化物、n−ブチルリチウム、sec−ブチルリチウム、t−ブチルリチウムなどのアルキルリチウム、リチウムジイソプロピルアミド、リチウム2,2,6,6−テトラメチルピペリジドなどのリチウムアミド、ナトリウムヘキサメチルジシラジド、カリウムヘキサメチルジシラジド、リチウムヘキサメチルジシラジドなどのアルカリ金属ジシラジド)がアニオン化剤として用いられ、n−ブチルリチウムが最も好ましく使用される。
【0071】
アセタール化の場合と同様に、アニオン化において使用される溶媒としては、N,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシドなどの非プロトン性極性溶媒、テトラヒドロフラン、1,4−ジオキサン、1,2−ジメトキシエタン、ジエチルエーテル、ジグライム、トリグライム、ジエチレングリコールモノメチルエーテルなどのエーテル系溶媒、ならびにこれらの混合溶媒などが挙げられる。
【0072】
なお、水酸基の保護について、アセタール化剤を用いて説明したが、保護基としては、エーテル性保護基であればよく、例えば、メチルエーテル、メトキシメチルエーテル、メトキシエトキシメチルエーテル、各種シリルエーテルなどが挙げられる。
【0073】
<2:新規化合物の利用>
本発明は、新規セラミドキナーゼ阻害剤を提供する。本発明に係るセラミドキナーゼ阻害剤は、上述した本発明に係る化合物を含有することを特徴としている。好ましくは、本発明に係る化合物は、F−12509Aのオレフィン異性体である。
【0074】
セラミドキナーゼ(CERK)は、セラミドをリン酸化し、セラミド1−リン酸(C1P)を生成する酵素である。セラミドキナーゼは、PHドメインとDGK活性触媒ドメインを持ち、Ca2+の濃度に依存して活性が高くなることが知られている。これまでに、スフィンゴシンキナーゼ阻害剤として知られるDMSやF−12509Aがセラミドキナーゼに対して高濃度で一定の阻害活性を示すことが報告されている(非特許文献1を参照のこと)。しかしながら、これまでのところ特異性の高い阻害剤は報告されていない。
【0075】
上述した方法により得られた本発明に係る化合物であるF−12509Aのオレフィン異性体は、当初の目的であったF−12509Aではなかったが、セラミドキナーゼ阻害剤としての機能を有する新規化合物であることがわかった。
【0076】
本発明に係る化合物のセラミドキナーゼ阻害効果は、マウスのセラミドキナーゼを一過性に発現させた細胞の細胞抽出液を用いたセラミドキナーゼ活性を測定、およびラジオアイソトープ標識による細胞内セラミド1−リン酸量の測定により検討した。細胞抽出液を用いたセラミドキナーゼ活性の測定の結果、本発明に係る化合物の濃度依存的なセラミドキナーゼ阻害効果が観察された。ラジオアイソトープ標識による細胞内セラミド1−リン酸量は約40%まで減少した。また、本発明に係る化合物は、細胞毒性を検討した結果、100μMで24時間処理しても細胞毒性を示さなかった。これらの結果から、本発明に係る化合物は、細胞毒性が低く、かつ高いセラミドキナーゼ阻害活性を有し、培養細胞を処理した際には、細胞内のセラミド1−リン酸量を大きく減少させる効果を有することが示された。本発明に係る化合物のRBL−2H3細胞のカルシウムイオノフォアによって誘起される脱顆粒、および抗原抗体反応によって誘起される脱顆粒において、阻害剤の濃度依存的な有意な抑制が観察された。
【0077】
このように、本発明に係る化合物は、公知の天然の化合物であるF−12509Aのオレフィン異性体であり構造類似体ではあるが、F−12509Aとは全く異なる機能を有する。例えば、F−12509Aは強力なスフィンゴキナーゼ阻害剤であるが、本発明に係る化合物は、スフィンゴキナーゼ活性を阻害しない。
【0078】
本発明に係る新規化合物は、当該分野において公知の方法を用いて塩にすることができる。本発明に係る新規化合物の塩としては、アルカリ金属塩(例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩など)、アルカリ土類金属塩(例えば、カルシウム塩、マグネシウム塩など)、他の金属塩(例えば、アルミニウム塩、鉄塩、亜鉛塩、銅塩、ニッケル塩、コバルト塩など)、無機塩(例えば、アンモニウム塩)などの種々の塩が挙げられる。このように、本発明に係る新規化合物は、薬学的に受容可能な塩でもあり得る。さらに本発明に係る化合物としては、生体内において代謝されて変換される化合物、いわゆるプロドラッグもまた包含される。
【0079】
本発明に係る化合物は、セラミドキナーゼ活性を特異的に抑制させることができ、カルシウムまたは抗原刺激に伴うセラミドキナーゼ活性化を阻害してセラミド1−リン酸の生成を抑制することができる新規化合物である。本発明に係る化合物は、従来のセラミドキナーゼ阻害剤が有する細胞毒性を有しておらず、また従来のセラミドキナーゼ阻害剤ほど高濃度で使用することなくより有効な阻害効果を発揮する。また、本発明に係る化合物は、生体内での他の酵素(例えば、スフィンゴキナーゼ)を阻害することがないので、セラミドキナーゼの関与する細胞内シグナリングについての研究を推し進めるための貴重なツールになる。
【0080】
また、本発明に係る化合物は、上述したように薬学的に受容可能な塩の形態でもあり得、本発明に係る化合物は、生理的な刺激としての抗原刺激によって生じる脱顆粒を有意に抑制することができる観点からも、セラミドキナーゼが関与する疾患(例えば、アレルギー性疾患、炎症など)に対する有効な治療剤として用いられ得ることは容易に理解される。すなわち、本発明に係る新規化合物またはその薬学的に受容可能な塩は、医薬成分として種々の形態で哺乳動物(好ましくは、ヒト)に投与され得る。好ましい投与形態としては、例えば、錠剤、カプセル、顆粒、散剤、シロップなどによる経口投与、または注射(静脈内、筋肉内、皮下など)、点滴、坐剤などによる非経口投与が挙げられる。
【0081】
このように、本発明はまた、医薬、キットおよび治療方法を提供する。より詳細には、本発明に係る新規化合物がセラミドキナーゼ活性を阻害する観点から、本発明は、アレルギーまたは炎症を処置するための医薬、キットおよび方法を提供する。本発明に係るアレルギーまたは炎症を処置するための医薬は、本発明に係る化合物を含有することを特徴としている。本発明に係るアレルギーまたは炎症を処置するためのキットは、本発明に係る化合物を備えることを特徴としている。本発明に係るアレルギーまたは炎症を処置するための方法は、本発明に係る化合物を適用することを特徴としている。好ましくは、本発明に係る化合物は、F−12509Aのオレフィン異性体である。
【0082】
本明細書中で使用される場合、用語「処置」は、症状の軽減または排除が意図され、予防的(発症前)または治療的(発症後)に行われ得るもののいずれもが包含される。
【0083】
本発明に係る医薬は、薬学的に受容可能なキャリアをさらに含み得る。本明細書中において使用される場合、「薬学的に受容可能なキャリア」は、組成物を受容した個体において有害な抗体の産生をそれ自体は誘導しない任意のキャリアが意図される。適切なキャリアとしては、代表的には、タンパク質、多糖類、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリマーアミノ酸、アミノ酸コポリマーおよび不活性ウイルス粒子のような、大きな、穏やかに代謝される高分子である。このようなキャリアは当業者に周知である。また、薬学的に受容可能な賦形剤については、当該分野において公知であり、例えば、REMINGTON’S PHARMACEUTICAL SCIENCES(Merck Pub.Co., N.J.1991)に十分に記載されている。薬学的に受容可能なキャリアは、塩(例えば、無機酸塩(例えば、塩酸塩、臭化水素酸塩、リン酸塩、硫酸塩など);および有機酸塩(例えば、酢酸塩、プロピオン酸塩、マロン酸塩、安息香酸塩など))を含み得る。
【0084】
本発明に係る医薬中に使用される薬学的に受容可能なキャリアは、医薬の投与形態および剤型に応じて選択することができる。非経口剤の場合、当該分野において公知の方法に従って、本発明の有効成分を希釈剤としての注射用蒸留水、生理食塩水、ブドウ糖水溶液、注射用植物油、ゴマ油、ラッカセイ油、ダイズ油、トウモロコシ油、プロピレングリコール、ポリエチレングリコールなどに溶解または懸濁させ、所望により殺菌剤、安定剤、等張化剤、無痛化剤などを加えることにより調製することができる。
【0085】
さらに、本発明に係る医薬は、水、生理食塩水、グリセロール、またはエタノールのような1つ以上の成分をさらに含み得る。さらに、湿潤剤または乳化剤、pH緩衝化物質、安定化剤、抗酸化剤などのような補助物質が、本発明に係る医薬中に存在し得る。
【0086】
本発明に係る医薬は、製薬分野における公知の方法により製造することができる。本発明に係る医薬における本発明に係る新規化合物の含有量は、投与形態、投与方法などを考慮し、当該医薬を用いて後述の投与量範囲で本発明に係る新規化合物を投与できるような量であれば特に限定されない。
【0087】
本明細書において使用される場合、「医薬」は、本発明に係る新規化合物を単一形態中に含む組成物が意図される。なお、組成物は一般に、物質A単独を含有する組成物、物質Aと物質Bとを含有する単一の組成物、または物質A単独を含有する組成物と物質B単独を含有する組成物のいずれかであり得る。これらの組成物は、物質Aおよび物質B以外に他の成分(例えば、薬学的に受容可能なキャリア)を含有してもよい。本発明に係る組成物は、物質Aとして上述した本発明に係る新規化合物を含有することを特徴としているので、本発明に係る新規化合物を含有する組成物を他の成分(物質B)を含有する組成物と併用する場合は、これらを全体として一組成物として認識し得ないが、この場合は、後述する「キット」の範疇に入り得、組成物としてではなくキットとして提供され得ることを当業者は容易に理解する。
【0088】
本発明に係るアレルギーまたは炎症を処置するためのキットは、本発明に係る新規化合物以外に他の成分(例えば、適切な賦形剤、希釈剤など)をそれぞれ別個の容器中に収容されて備え得る。
【0089】
尚、発明を実施するための最良の形態の項においてなした具体的な実施態様および以下の実施例は、あくまでも、本発明の技術内容を明らかにするものであって、そのような具体例にのみ限定して狭義に解釈されるべきものではなく、当業者は、本発明の精神および添付の特許請求の範囲内で変更して実施することができる。
【0090】
また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【実施例】
【0091】
〔実施例1:F−12509Aの構造類似体の合成〕
F−12509Aのオレフィン異性体(K1)およびシクロヘキサン誘導体(K2)を合成した。具体的には、以下の反応
【0092】
【化22】

【0093】
に従って、化合物4を77%の収率で、化合物6を87%の収率で、そしてK1を化合物7として64%の収率で得た。具体的には、以下の〔1−1〕〜〔1−4〕に従ってK1を合成した。
【0094】
〔1−1:化合物4の合成〕
アルゴン雰囲気下にて、ビスアセトナイド3(1.388g,6.244mmol)のTHF溶液(30mL)を−10℃に冷却した後、n−ブチルリチウム(1.6Mヘキサン溶液)(5.5mL,8.742mmol)を滴下し、−10℃で30分間攪拌した。徐々に室温まで昇温し、室温で2時間攪拌した。さらに、室温でアルビカナール2(688mg、3.112mmol)のTHF溶液(15mL)を加え、室温で45分間攪拌した。飽和塩化アンモニウム水溶液を滴下し、ジエチルエーテルで抽出した。有機層を飽和食塩水で洗浄した後、硫酸マグネシウムで乾燥させて減圧濃縮した。残留物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン中、0.5%〜20%酢酸エチル)で精製し、化合物4を得た(2.128g,77%)。
IR(KBr disk,cm−1) 3594,2930,2866,1466,1211,1161,837;H NMR(CDCl,400MHz) δ6.23(s,1H),5.22(dd,J=6.4,4.6Hz,1H),4.69(s,1H),4.62(s,1H),2.70(d,J=4.6Hz,1H),2.47(d,J=6.1Hz,1H),2.37(m,1H),2.05−2.15(m,1H),1.90(m,1H),1.72(m,2H),1.61(s,12H),1.45(m,1H),1.42(m,1H),1.40(m,2H),1.30(m,1H),1.03(s,3H),1.00(s,3H),0.81(s,3H);13C NMR(CDCl,100MHz) δ147.6,140.3,137.8,117.8,108.2,91.4,66.6,59.9,42.1,39.0,38.7,33.6,25.7,25.6,25.1,24.7,22.8,22.3,21.8,19.3;ESI HRMS m/z calcd for C2738[M+Na] 465.2617,found 465.2615。
【0095】
〔1−2:キサンテート5の合成〕
アルゴン雰囲気下にて、化合物4(2.479g,5.601mmol)のTHF溶液(28mL)を−78℃に冷却した後、ナトリウムヘキサメチルジシラジド(1M THF溶液)(16.8mL,16.803mmol)を滴下し、−78℃で30分間攪拌した。次いで、二硫化炭素(2.36mL,39.207mmol)を−78℃で添加した後、1時間かけて−40℃まで昇温した。さらに、ヨウ化メチル(3.53mL,56.010mmol)を−78℃で加え、2時間かけて0℃まで昇温した。亜硫酸ナトリウム水溶液を滴下し、ジエチルエーテルで抽出した。有機層を飽和食塩水で洗浄した後、硫酸マグネシウムで乾燥させて減圧濃縮し、キサンテート5を得た。精製を行なうことなく次の工程に進めた。
【0096】
〔1−3:アセトナイド6の合成〕
アルゴン雰囲気下にて、キサンテート5のベンゼン溶液(50mL)に、室温で水素化トリブチルスズ(6.7mL,24.910mmol)と2,2’−アゾビスイソブチロニトリル(82mg,0.498mmol)を添加した。80℃まで昇温し、3時間攪拌した後、減圧濃縮した。残留物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン中、0%〜3%酢酸エチル)で精製し、アセトナイド6を得た(2.807g,87%)。
IR(KBr disk,cm−1) 2936,2866,1719,1647,1462,1211,1161,841;H NMR(CDCl,400MHz) δ6.14(s,1H),4.70(s,1H),4.69(s,1H),2.68(dd,J=13.9,2.9Hz,2H),2.51(m,1H),2.31(ddd,J=13.9,4.2,2.4Hz,1H),1.92(dt,J=12.7,4.9Hz,1H),1.72(br−d,J=14.0HZ,3.6Hz,1H),1.38(m,1H),1.30(m,1H),1.25(m,2H),1.15(dd,J=12.7,2.9Hz,1H),0.86(s,3H),0.83(s,3H),0.77(s,3H);13C NMR(CDCl,100MHz) δ148.4,139.8,139.2,117.0,108.9,106.6,90.0,55.6,54.2,42.2,38.9,38.9,38.3,33.6,27.8,26.8,25.6,24.5,21.8,19.5,17.5,14.1,13.6;ESI HRMS m/z calcd for C2738[M] 426.2770,found 426.2780。
【0097】
〔1−4:ジヒドロキシキノン7の合成〕
アルゴン雰囲気下にて、アセトナイド6(20mg,0.0469mmol)のジクロロメタン溶液(1.0mL)を0℃に冷却した後、1,3−プロパンジチオール(24μL,0.234mmol)とトリメチルシリルトリフルオロメタンスルホネート(42μL,0.234mmol)を滴下し、0℃で5分間攪拌した後、フッ化トリブチルアンモニウム(1M THF溶液)(60μL,0.0576mmol)を0℃で添加して1分間攪拌した。蒸留水を滴下し、ジエチルエーテルで抽出した。有機層を飽和食塩水で洗浄した後、硫酸マグネシウムで乾燥させて減圧濃縮した。残留物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン中、50%酢酸エチル)で精製し、ジヒドロキシキノン7を得た(14mg,64%)。
【0098】
〔実施例2:in vitroセラミドキナーゼ活性の測定〕
マウスセラミドキナーゼをpcDNA3.1ベクター(インビトロジェン社製)に組み込んだプラスミドを構築した。このプラスミドを、リポフェクトアミンプラス トランスフェクションキット(インビトロジェン社製)を用いて、Human embryonic kidney(HEK)293細胞に一過性に発現させた。
【0099】
プロテアーゼ阻害剤を含むHEPES緩衝液(10mM HEPES、2mM EGTA、1mM dithiothreitol、40mM KCl、およびCompleteTM protease inhibitor mixture(ロシュアプライドサイエンス社製))を用いて細胞を回収し、全細胞抽出液を酵素源として用いた。
【0100】
総タンパク質量5μgに相当する酵素源を、[γ−32P]ATP(10μCi/μmol、パーキンエルマーライフサイエンス社製)、20mM HEPES、80mM KCl、3mM CaCl、1mM カルジオリピン、1.5% β−オクチルグルコシド、0.2mM diethylenetriaminepentaacetic acid、および40μM セラミド(C18:0,d18:1)(アバンティポーラーリピッヅ社製)を含む反応液(50μl)に加え、エッペンドルフチューブ内にて30℃で30分間インキュベートした。
【0101】
総脂質を抽出するために、反応液に3倍容のクロロホルム:メタノール=1:1、次いで1.235倍容の1%塩化カリウム溶液を加え、ボルテックスミキサー(サイエンティフィックインダストリー社製)を用いて強く混和させた後、反応液を遠心分離した(4,000×g)。得られた上清をマイクロピペット(ニチリョー社製)を用いて除去し、下層をエバポレーターで乾固させた。乾固させた総脂質に20μlのクロロホルム:メタノール=1:1を加えて脂質を再溶解させ、マイクロピペット(ニチリョー社製)を用いてシリカゲル 60 TLCプレート(メルク社製)にスポットした。このプレートをクロロホルム/アセトン/メタノール/酢酸/水(10:4:3:2:1、v/v)の展開溶媒を用いて展開し、バイオイメージングアナライザーBAS2500(フジフィルム社製)を用いてアイソトープ標識されたセラミド1−リン酸(C1P)のバンドを定量した。
【0102】
細胞抽出液のin vitro CERK活性を、F−12509A、K1およびK2の存在下で測定した。その結果、K1は低濃度で顕著にCERK活性を阻害した。また、F−12509とK2は、高濃度において弱い阻害効果を示した(図1)。
【0103】
〔実施例3:in vitroスフィンゴシンキナーゼ活性の測定〕
F−12509Aはスフィンゴシンキナーゼ1およびスフィンゴシンキナーゼ2を阻害することが報告されている(Kono,Kら、J.Antibiot.(Tokyo)55:99−103(2002))。そこで、F−12509Aのオレフィン異性体であるK1のスフィンゴキナーゼ1(SPHK1)またはスフィンゴキナーゼ2(SPHK2)に対する影響を、in vitro スフィンゴシンキナーゼ活性測定を用いて検討した。
【0104】
スフィンゴシンキナーゼ1またはスフィンゴシンキナーゼ2をpcDNA3.1ベクタ−(インビトロジェン社製)に組み込んだプラスミドを構築した。このプラスミドを、リポフェクトアミンプラス トランスフェクションキットを用いて、Chinese hamster ovary(CHO)K−1細胞に一過性に発現させた。
【0105】
プロテアーゼ阻害剤を含むHEPES緩衝液(10mM HEPES、2mM EGTA、1mM dithiothreitol、40mM KCl、およびCompleteTM protease inhibitor mixture(ロシュアプライドサイエンス社製))を用いて細胞を回収し、全細胞抽出液を酵素源として用いた。
【0106】
スフィンゴシンキナーゼ1について、総タンパク質量1μgに相当する酵素源を、2μCi [γ−32P]ATP、0.5mM cold ATP、40μM D−erythro−スフィンゴシン(シグマ社製)、20mM Tris−HCl(pH7.5)、0.25mM EDTA、1mM 塩化マグネシウム、12mM ベーターグリセロリン酸、1mM Sodium pyrophosphate、5mM フッ化ナトリウム、5mM オルトバナジン酸ナトリウム、2mM dithiothreitol、および1×protease inhibitor cocktail(ロシュ社製)を含む反応液(200μl)に加え、エッペンドルフチューブ内にて37℃で30分間インキュベートした。スフィンゴシンキナーゼ2について、上記の反応液に200mMのKClを加えたものを用いて同様に行った。
【0107】
総脂質を抽出するために、反応液に4倍容のクロロホルム/メタノール/塩酸(200:100:1、v/v)を加えて、ボルテックスミキサー(サイエンティフィックインダストリー社製)を用いて1分間混和させた後、次いで1.3倍量のクロロホルムおよび1M塩化カリウム溶液を加え、同様に5分間混和させた。この反応液を遠心分離し(5,000×g)、得られた上清をマイクロピペット(ニチリョー社製)を用いて除去し、下層をエバポレーターで乾固させた。乾固させた総脂質に20μlのクロロホルム:メタノール=1:1を加えて脂質を再溶解させ、マイクロピペット(ニチリョー社製)を用いてシリカゲル 60 TLCプレート(メルク社製)にスポットした。このプレートを1−ブタノール/酢酸/水(3:1:1)の展開溶媒を用いて展開し、バイオイメージングアナライザーBAS2500(フジフィルム社製)を用いてアイソトープ標識されたセラミド1−リン酸(S1P)のバンドを定量した。
【0108】
その結果、K1は、CERKに対して有意な阻害効果を有するにもかかわらず、SPHK2に対する阻害効果を有さず、SPHK1に対しても高濃度で弱い阻害効果を有するにすぎないことがわかった(図2)。すなわち、K1はセラミドキナーゼに特異的な阻害効果を示す化合物であることが示された。
【0109】
〔実施例4:細胞内C1P量の変化〕
F−12509Aのオレフィン異性体(K1)がセラミドキナーゼを特異的に阻害することがわかったので、細胞をK1で処理することによって細胞内のC1P量が変化するか否かを検討した。
【0110】
マスト細胞のモデル細胞であるラット好塩基球性白血病細胞由来のRBL−2H3細胞(2×10個/ml)を、10%のウシ胎仔血清を含み、リン酸ナトリウムおよびピルビン酸ナトリウムを含まないダルベッコ改変イーグル高グルコース液体培地(ギブコ社製)を用いて、COインキュベータにて37℃で培養した。50μCiのH32P]O(パーキンエルマーライフサイエンス社製)を培地に添加し、その30分間後に阻害剤を添加した。阻害剤の存在下または非存在下にてさらに30分間または90分間にさらに培養した細胞を、4℃に冷却したリン酸緩衝化生理食塩水で一度洗浄し、700μlのクロロホルム/メタノール(1:1)を加えて反応を停止させた。
【0111】
この反応液に250μlの1M塩化カリウムを加え、5分間強く転倒混和を行った後、遠心分離(12,000×g、2分間)した。上清を除去した後の下層に、45μlの1Nの水酸化ナトリウムを含むメタノールおよび75μlのクロロホルム/メタノール(1:1)を加えて混和し、50℃で50分間静置した。続いて、この混和液に、55μlの1N HClを含むメタノールおよび75μlの1Mの塩化カリウム溶液を加え、5分間強く転倒混和を行った後、遠心分離(12,000×g、2分間)した。上清を除去した後の下層をエバポレーターで乾固させた。乾固させた総脂質に、20μlのクロロホルム:メタノール=1:1を加えて脂質を再溶解させ、シリカゲル 60 TLCプレート(メルク社製)にマイクロピペット(ニチリョー社製)を用いてスポットした。このプレートをクロロホルム/アセトン/メタノール/酢酸/水(10:4:3:2:1、v/v)の展開溶媒を用いて展開し、バイオイメージングアナライザーBAS2500(フジフィルム社製)を用いてアイソトープ標識されたセラミド1−リン酸(C1P)のバンドを定量した(図3)。
【0112】
図3に示されるように、細胞をK1で処理することによって細胞内C1P量が減少した。RBL−2H3細胞を100μMのK1で90分間処理したところ、C1Pは約40%まで減少した。この結果を、図1で示すin vitroでの測定結果(10μMで約40%までCERK活性を阻害した)と比較すると、培養細胞で細胞内C1P量を同程度減少させるには、約10倍の濃度のK1を必要とすることが明らかとなった。
【0113】
〔実施例5:RBL−2H3細胞活性化に対する影響〕
本発明者らは、CERKがマスト細胞のモデル細胞であるRBL−2H3細胞の脱顆粒に関与することを明らかにしている(非特許文献2を参照のこと)。そこで、マスト細胞のモデル細胞であるRBL−2H3細胞を用いてK1の脱顆粒に対する影響を検討した。
【0114】
まず、β−hexosaminidaseの放出を指標として、カルシウムイオノフォア(A23187)によって誘起される脱顆粒を測定した。
【0115】
Eagle’s MEM培地(シグマ社製)中で培養したRBL−2H3細胞を回収し、1mM Ca2+を含むTyrode’s緩衝液(25mM PIPES(pH7.2)、119mM NaCl、5mM KCl、0.4mM MgSO、5.6mM glucose、1mM CaCl、および0.1% bovine serum albumin(シグマ社製)を含む)中に懸濁した。懸濁液に阻害剤を添加した10分間後に、1μMのA23187を用いて脱顆粒を誘導した。その結果、K1が濃度依存的な脱顆粒抑制効果を有することが認められた(図4)。
【0116】
K1がカルシウムイオノフォアに誘起される脱顆粒に抑制効果を示したことは、CERKがカルシウムイオノフォアによって誘起される脱顆粒に関与するという本発明者らが以前に観察した知見と一致し、CERKが脱顆粒の過程のなかでもカルシウムイオン動員以降の過程に関与することが確認された。
【0117】
次いで、より生理的な刺激である抗原刺激によって誘起される脱顆粒に対するK1の効果を同様の方法で検討した。
【0118】
RBL−2H3細胞を、Anti−DNP IgE(濃度10μg/ml、北海道大学大学院薬学研究科、山下博士より供与)で室温にて30分間処理し、Tyrode’s緩衝液で二回洗浄した。細胞をTyrode’s緩衝液中に懸濁し、阻害剤を添加した10分間後に、1μg/ml DNP−BSAで細胞を感作して、37℃で40分間脱顆粒を進行させた。
【0119】
Yamashita,T.ら、J.Biochem.(Tokyo) 129:861−8(2001)に記載の方法に従って、懸濁液を遠心分離して、細胞外液と細胞液とに分離し、PNP−GlcNacを基質とするβ−hexosaminidaseの活性を指標にして、細胞外に放出された脱顆粒を測定した(図5)。図5に示すように、K1は抗原刺激による脱顆粒に対しても抑制効果を示すことが観察された。なお、図5において、細胞内のβ−hexosaminidase活性値を、細胞内および細胞外のβ−hexosaminidase活性値の和で除した結果を%で表示した。
【0120】
〔実施例6:細胞毒性の検討〕
C2セラミドおよびSPHK阻害剤として一般に使用されているN,N−dimethylsphingosineは細胞毒性が高いので、K1についても細胞毒性について検討する必要がある。そこで、マスト細胞のモデル細胞であるRBL−2H3細胞について、Cell counting kit−8(同仁化学)を用いてK1の細胞毒性を調べた。
【0121】
5×10個の細胞を96穴のプレートに播種し、37℃で24時間培養した後に阻害剤を添加した24時間後の細胞に10μlのCell counting kit−8試薬を添加し、450nmでの吸光度をミトコンドリアのデヒドロゲナーゼ活性として測定することにより、細胞の生存率を評価した。その結果、実施例4において用いた濃度(100μM)であっても、K1はRBL−2H3細胞の増殖に対して影響を与えなかった(図6)。このことより、K1は細胞毒性が有さないことが示された。
【0122】
以上の実施例において示した結果は、F−12509Aのオレフィン異性体が、セラミドキナーゼの生化学的な解析に有用であることを示すと同時に、セラミドキナーゼ阻害剤によるアレルギー性疾患治療の開発を期待させるものである。
【産業上の利用可能性】
【0123】
本発明は、医薬的治療(例えば、アレルギー性疾患の治療など)および生物化学的実験に用いられるセラミドキナーゼ阻害剤を提供するとともに、ヒトなどの哺乳類におけるセラミドキナーゼが関与する病的状態および/または病的徴候(例えば、アレルギー性疾患、神経疾患など)の治療薬の応用および製造方法を提供する。したがって、本発明は、国内外に多数存在するアレルギー性疾患患者の治療を目的とする医薬品開発に寄与するだけでなく、有機合成、脂質生化学、免疫学などにおけるセラミドキナーゼ研究の進展に大きく寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0124】
【図1】図1は、F−12509Aならびにその異性体(K1)および誘導体(K2)によるセラミドキナーゼ(CERK)に対する活性抑制効果を示すグラフである。
【図2】図2は、F−12509Aのオレフィン異性体(K1)によるセラミドキナーゼ(CERK)活性、スフィンゴキナーゼ1(SPHK1)またはスフィンゴキナーゼ2(SPHK2)に対する活性抑制効果を示すグラフである。
【図3】図3は、F−12509Aのオレフィン異性体(K1)で細胞を処理することによる細胞内C1P量の変化を示すグラフである。
【図4】図4は、カルシウムイオノフォアによる刺激に応じて生じる脱顆粒に対するF−12509Aのオレフィン異性体(K1)の抑制効果を示すグラフである。
【図5】図5は、抗原刺激に応じて生じる脱顆粒に対するF−12509Aのオレフィン異性体(K1)の抑制効果を示すグラフである。
【図6】図6は、RBL−2H3細胞に対するF−12509Aのオレフィン異性体(K1)の細胞毒性の評価を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の化学式
【化1】

によって示され、
およびRはそれぞれ独立して、水素原子またはC1〜2のアルキル基であり、R3〜5はそれぞれ独立して、水素原子であるか、またはRおよびRは一緒になってC3〜6のシクロアルキル環を形成し、Rは、水素原子またはC1〜2のアルキル基である、化合物。
【請求項2】
以下の化学式
【化2】

によって示され、
およびRはそれぞれ独立して、水素原子またはC1〜2のアルキル基であり、R3〜5はそれぞれ独立して、水素原子であるか、またはRおよびRは一緒になってC3〜6のシクロアルキル環を形成し、Rは、水素原子またはC1〜2のアルキル基である化合物を製造するための方法であって、
二環性β−ケトエステルからアルデヒドを得る工程;
ジヒドロキシキノンの水酸基を保護基によって保護した後に所望の部位をリチウム化する工程;
該アルデヒドとリチウム化したジヒドロキシキノンとを反応させてアルコールを得る工程;
該アルコールの水酸基を除去する工程;および
該保護基を除去する工程
を包含する、方法。
【請求項3】
前記保護がアセタール化剤を用いて行われることを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記保護基を除去する工程が、1,3−プロパンジチオール存在下でTMSOTfを用いた後にTBAFで処理されることを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
請求項1に記載の化合物を含有する、セラミドキナーゼ阻害剤。
【請求項6】
請求項1に記載の化合物を含有する、アレルギーまたは炎症を処置するための医薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−298849(P2006−298849A)
【公開日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−124297(P2005−124297)
【出願日】平成17年4月21日(2005.4.21)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年10月22日 梶原忠彦発行の「第48回 香料・テンペンおよび精油化学に関する討論会 講演要旨集」に発表
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【出願人】(503092180)学校法人関西学院 (71)
【Fターム(参考)】