説明

セルロースナノファイバー分散液の製造方法、セルロースナノファイバー分散液、セルロースナノファイバー成形体、及びセルロースナノファイバー複合体

【課題】広範な有機溶剤可溶な高分子材料との複合化にも好適に用いることができるセルロースナノファイバー分散液の製造方法を提供する。
【解決手段】カルボン酸塩型の基を有するセルロースナノファイバーを水系溶媒に分散させて第1のセルロースナノファイバー水分散液を調製する工程と、基をカルボン酸塩型から、有機基を有するアミンのカルボン酸アミン塩型に置換する工程と、カルボン酸アミン塩型の基を有するセルロースナノファイバーを、有機溶媒に分散させる工程と、を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースナノファイバー分散液の製造方法、セルロースナノファイバー分散液、セルロースナノファイバー成形体、及びセルロースナノファイバー複合体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
本発明者らは、セルロースなどの天然繊維材料をTEMPO(2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル)触媒の存在下で酸化させ、機械的な解繊処理を施すことで、直径数ナノメートルの高結晶性極細繊維(ナノファイバー)を製造する方法をすでに提案した(特許文献1参照)。この製造方法により、水中で1本1本のセルロースナノファイバーが分離され、種々の用途への応用展開が可能な新規材料であるセルロースナノファイバー分散液を得ることができた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−001728号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、セルロースナノファイバーをポリビニルアルコール(PVA)などの他の材料と複合化する際には、複合化対象の材料と同一の溶媒にセルロースナノファイバーを分散させることが望まれることがある。しかしながら、特許文献1記載の製造方法で得られるセルロースナノファイバー分散液では、分散の媒体が水であったため、複合化させる材料に制限があった。しかも、TEMPO触媒酸化により得られたセルロースナノファイバーを単に有機溶媒に投入しても、凝集−沈殿してしまい、均一に分散させることができなかった。
【0005】
本発明は、上記従来技術の問題点に鑑み成されたものであって、広範な有機溶剤可溶な高分子材料との複合化に好適に用いることができるセルロースナノファイバー分散液とその製造方法を提供することを目的の一つとする。
また本発明は、上記のセルロースナノファイバー分散液を用いたセルロースナノファイバー成形体及びセルロースナノファイバー複合体を提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するため、本発明のセルロースナノファイバー分散液の製造方法は、カルボン酸塩型の基を有するセルロースナノファイバーを水系溶媒に分散させて第1のセルロースナノファイバー水分散液を調製する工程と、前記基を前記カルボン酸塩型から、有機基を有するアミンのカルボン酸アミン塩型に置換する工程と、前記カルボン酸アミン塩型の基を有するセルロースナノファイバーを、有機溶媒に分散させる工程と、を有することを特徴とする。
この構成によれば、カルボン酸アミン塩として導入する有機基の疎水性を付加することにより、セルロースナノファイバーの疎水性を制御することができるため、幅広い溶媒にセルロースナノファイバーを分散させることができる。これにより、広範な材料との複合化にも好適に用いることができるセルロースナノファイバー分散液を容易に製造することができる。
【0007】
第1の方法として、本発明においては、前記カルボン酸アミン塩型に置換する工程は、前記第1のセルロースナノファイバー水分散液に酸を加えることで、前記基をカルボン酸塩型からカルボン酸型に置換し、前記セルロースナノファイバーをゲル化する工程と、前記セルロースナノファイバーのゲルを、弱酸性より大きい酸性度の水中で分散させて、第2のセルロースナノファイバー水分散液を調製する工程と、前記第2のセルロースナノファイバー水分散液にアミンを添加して、前記基をカルボン酸型からカルボン酸アミン塩型に置換する工程と、を有することが望ましい。
この構成によれば、アミンとカルボン酸との中和反応により、目的とするカルボン酸アミン塩型への置換を生じさせることができる。
ここで、「弱酸性より大きい酸性度の水中で分散」とは、詳しくは、「pHの値がカルボン酸型の基の酸解離定数の値よりも大きい酸性度の水の中で分散」させることを意味している。すなわち、セルロースナノファイバーのゲルを、弱酸性であるカルボン酸の解離を促進させるpH環境下で分散させることとしている。
【0008】
本発明においては、前記ゲルを弱酸性より大きい酸性度の水で洗浄した後に、前記第2のセルロースナノファイバー水分散液を調製することが望ましい。
この構成によれば、ゲルから持ち込まれる酸性の水が無くなるため、第2のセルロースナノファイバー水分散液が弱酸性より大きくなり、セルロースナノファイバーの分散を良好に起こすことができる。
【0009】
本発明においては、前記第2のセルロースナノファイバー水分散液にアルコールを添加することが望ましい。
アミンの種類によっては、水に対するアミンの溶解性・分散性が悪いため、添加するアミンが水中で凝集し、カルボン酸基との反応が進行しにくいことがある。そのような場合に、水にアルコールを添加し水−アルコール混合溶液とすると、アミンの溶解性が、水に対する溶解性よりも向上するため、アミンの溶解・分散を促進し、カルボン酸基との塩形成反応を促進することができる。また、形成されるセルロースナノファイバー/アミン塩の溶解・分散も促進する。
【0010】
また第2の方法として、本発明においては、前記カルボン酸アミン塩型に置換する工程は、前記第1のセルロースナノファイバー水分散液に酸アミン塩を添加して、前記基をカルボン酸塩型からカルボン酸アミン塩に置換する工程を有することが望ましい。
この構成によれば、酸アミン塩とカルボン酸塩とのイオン交換により、目的とするカルボン酸アミン塩型への置換を生じさせることができる。
【0011】
本発明においては、前記第1のセルロースナノファイバー水分散液にアルコールを添加することが望ましい。
酸アミン塩の種類によっては、水に対する酸アミン塩の溶解性・分散性が悪いため、添加するアミンが水中で凝集し、カルボン酸基との反応が進行しにくいことがある。そのような場合に、水にアルコールを添加し水−アルコール混合溶液とすると、酸アミン塩の溶解性が、水に対する溶解性よりも向上するため、酸アミン塩の溶解・分散を促進し、カルボン酸基との塩形成反応を促進することができる。また、形成されるセルロースナノファイバー/アミン塩の溶解・分散も促進する。
【0012】
また、本発明のセルロースナノファイバー分散液は、カルボン酸アミン塩型の基を有するセルロースナノファイバーを、有機溶媒を含む媒体に分散させたことを特徴とする。
この構成によれば、媒体が有機溶媒であることから、液体成分の除去が容易であり、広範な材料との複合化にも好適に用いることができるセルロースナノファイバー分散液を提供することができる。
前記有機溶媒としては、アルコールを含むことが望ましく、前記アルコールが、イソプロピルアルコールであることがさらに望ましい。
【0013】
本発明のセルロースナノファイバー成形体は、上述のセルロースナノファイバー分散液を所定形状に保持しつつ液体成分を除去することで得られたことを特徴とする。
この構成によれば、セルロースナノファイバーによる機能性を良好に発現でき、しかも製造性に優れたセルロースナノファイバー成形体を提供することができる。
【0014】
本発明のセルロースナノファイバー複合体は、第1の材料としてのセルロースナノファイバーを含む上述のセルロースナノファイバー分散液と、第2の材料を含む液体材料とを混合してなる複合分散液を用いて得られたことを特徴とする。
この構成によれば、セルロースナノファイバーによる機能性を良好に発現でき、しかも製造性に優れたセルロースナノファイバー複合体を提供することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、従来不可能であったセルロースナノファイバーの有機溶剤への分散を簡便な手法で行うことができる。
本発明のセルロースナノファイバー分散液は、媒体が有機溶媒であるため、広範な有機溶剤可溶な高分子材料との複合化も容易に行うことができる分散液となる。
また本発明によれば、本発明のセルロースナノファイバー分散液を用い、製造性に優れたセルロースナノファイバー成形体及びセルロースナノファイバー複合体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の第1の製造方法を示す説明図である。
【図2】本発明の第2の製造方法を示す説明図である。
【図3】第1実施例に係るセルロースナノファイバー水分散液の写真。
【図4】第1実施例に係るセルロースナノファイバーのFT−IRスペクトル。
【図5】第1実施例に係るセルロースナノファイバーのFT−IRスペクトル。
【図6】第1実施例に係るセルロースナノファイバーのX線結晶構造解析スペクトル。
【図7】第1実施例に係るセルロースナノファイバー分散液の写真。
【図8】比較例に係るセルロースナノファイバー分散液の写真。
【図9】第2実施例に係るセルロースナノファイバー分散液の写真。
【図10】第3実施例に係るセルロースナノファイバー分散液の写真。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。
【0018】
本実施形態のセルロースナノファイバー分散液の製造方法は、以下の第1または第2の製造方法を選択して用いることで、分散媒中にセルロースナノファイバーが均一に分散されたセルロースナノファイバー分散液を製造するものである。
【0019】
<第1の製造方法>
セルロースナノファイバー分散液の第1の製造方法は、以下の工程1A〜1Eを有する。図1は、第1の製造方法を示す説明図である。
(1A)カルボン酸塩型の基を有するセルロースナノファイバーを水系溶媒に分散させてセルロースナノファイバー水分散液を調製する工程
(1B)セルロースナノファイバー水分散液に酸を加え、セルロースナノファイバーのカルボン酸塩型の基をカルボン酸型の基に置換する工程
(1C)カルボン酸型に置換されたセルロースナノファイバーのゲルを洗浄して、水中に再分散させてセルロースナノファイバー水分散液を再調製する工程
(1D)カルボン酸型に置換されたセルロースナノファイバー水分散液にアミン処理する工程
(1E)アミン処理したセルロースナノファイバーを回収し、分散媒中で再分散させてセルロースナノファイバー分散液を調製する工程
【0020】
「工程1A」
まず、工程1Aについて説明する。
工程1Aは、カルボン酸塩型の基を有するセルロースナノファイバーの水分散液を作製する工程である。上記の構成を備えたセルロースナノファイバー水分散液が得られるならば、その製造方法は特に限定されないが、本発明者らによりすでに提案されているTEMPO触媒酸化によるセルロースナノファイバーの製造方法を用いることが好ましい。
すなわち、天然セルロースを原料とし、水系溶媒中においてTEMPO(2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル)などのN−オキシル化合物を酸化触媒とし、酸化剤を作用させることにより天然セルロースを酸化させる酸化処理工程と、酸化処理工程後の天然セルロースを媒体に分散させる分散工程とを含む製造方法によりセルロースナノファイバー水分散液を作製することが好ましい。
【0021】
酸化処理工程では、まず、水中に天然セルロースを分散させた分散液を調製する。天然セルロースは、植物、動物、バクテリア産生ゲル等のセルロースの生合成系から単離した精製セルロースである。具体的には、針葉樹系パルプ、広葉樹系パルプ、コットンリンターやコットンリント等の綿系パルプ、麦わらパルプやバガスパルプ等の非木材系パルプ、バクテリアセルロース、ホヤから単離されるセルロース、海草から単離されるセルロースなどを例示することができる。
【0022】
また、単離、精製された天然セルロースに対して、叩解等の表面積を拡大する処理を施してもよい。これにより反応効率を高めることができ、生産性を高めることができる。また、天然セルロースは、単離、精製の後、未乾燥状態で保存したものを用いることが好ましい。未乾燥状態で保存することで、ミクロフィブリルの集束体を膨潤しやすい状態に保持することができるので、反応効率を高めるとともに、繊維径の細いセルロースナノファイバーを得やすくなる。
【0023】
酸化処理工程において、反応溶液における天然セルロースの分散媒には典型的には水が用いられる。反応溶液中の天然セルロース濃度は、試薬(酸化剤、触媒等)の十分な溶解が可能であれば特に限定されない。通常は、反応溶液の重量に対して5%程度以下の濃度とすることが好ましい。
【0024】
反応溶液に添加される触媒としては、N−オキシル化合物が用いられている。N−オキシル化合物としては、TEMPO(2,2,6,6−テトラメチルピペリジンーN−オキシル)及びC4位に各種の官能基を有するTEMPO誘導体を用いることができる。TEMPO誘導体としては、4−アセトアミドTEMPO、4−カルボキシTEMPO、4−フォスフォノオキシTEMPOなどを挙げることができる。特に、TEMPO及び4−アセトアミドTEMPOは、反応速度において好ましい結果が得られている。
N−オキシル化合物の添加は触媒量で十分であり、具体的には、反応溶液に対して0.1〜4mmol/Lの範囲で添加すればよい。好ましくは、0.1〜2mmol/Lの添加量範囲である。
【0025】
さらに、酸化剤の種類によっては、N−オキシル化合物に、臭化物やヨウ化物を組み合わせた触媒成分を用いてもよい。例えば、アンモニウム塩(臭化アンモニウム、ヨウ化アンモニウム)、臭化又はヨウ化アルカリ金属(臭化リチウム、臭化カリウム、臭化ナトリウムなどの臭化物、ヨウ化リチウム、ヨウ化カリウム、ヨウ化ナトリウムなどのヨウ化物)、臭化又はヨウ化アルカリ土類金属(臭化カルシウム、臭化マグネシウム、臭化ストロンチウム、ヨウ化カルシウム、ヨウ化マグネシウム、ヨウ化ストロンチウムなど)を用いることができる。これらの臭化物及びヨウ化物は、単独又は2種以上の組み合わせで使用することができる。
【0026】
酸化剤としては、次亜ハロゲン酸又はその塩(次亜塩素酸又はその塩、次亜臭素酸又はその塩、次亜ヨウ素酸又はその塩など)、亜ハロゲン酸又はその塩(亜塩素酸又はその塩、亜臭素酸又はその塩、亜ヨウ素酸又はその塩など)、過ハロゲン酸又はその塩(過塩素酸又はその塩、過ヨウ素酸又はその塩など)、ハロゲン(塩素、臭素、ヨウ素など)、ハロゲン酸化物(ClO、ClO、Cl、BrO、Brなど)、窒素酸化物(NO、NO、Nなど)、過酸(過酸化水素、過酢酸、過硫酸、過安息香酸など)が含まれる。これらの酸化剤は単独又は2種以上の組み合わせで使用することができる。また、ラッカーゼなどの酸化酵素と組み合わせて用いてもよい。酸化剤の含有量は、1〜50mmol/Lの範囲とすることが好ましい。
【0027】
次亜ハロゲン酸塩としては、次亜塩素酸の場合に、次亜塩素酸リチウム、次亜塩素酸カリウム、次亜塩素酸ナトリウムなどのアルカリ金属塩や、次亜塩素酸カルシウム、次亜塩素酸マグネシウム、次亜塩素酸ストロンチウムなどのアルカリ土類金属塩、次亜塩素酸アンモニウムなどを例示することができる。また、これらに対応する次亜臭素酸塩、次亜ヨウ素酸塩を用いることもできる。
【0028】
亜ハロゲン酸塩としては、例えば亜塩素酸の場合、亜塩素酸リチウム、亜塩素酸カリウム、亜塩素酸ナトリウムなどのアルカリ金属塩や、亜塩素酸カルシウム、亜塩素酸マグネシウム、亜塩素酸ストロンチウムなどのアルカリ土類金属塩、亜塩素酸アンモニウムなどを例示することができる。また、これらに対応する亜臭素酸塩、亜ヨウ素酸塩を用いることもできる。
【0029】
過ハロゲン酸塩としては、例えば過塩素酸塩の場合、過塩素酸リチウム、過塩素酸カリウム、過塩素酸ナトリウムなどのアルカリ金属塩や、過塩素酸カルシウム、過塩素酸マグネシウム、過塩素酸ストロンチウムなどのアルカリ土類金属塩、過塩素酸アンモニウムなどを例示することができる。また、これらに対応する過臭素酸塩、過ヨウ素酸塩を用いることもできる。
【0030】
本発明における好ましい酸化剤としては、次亜ハロゲン酸アルカリ金属塩、あるいは亜ハロゲン酸アルカリ金属塩を挙げることができ、次亜塩素酸アルカリ金属塩又は亜塩素酸アルカリ金属塩を用いることがより好ましい。
先に記載の触媒については、酸化剤の種類に応じて適宜選択すればよく、例えば、次亜塩素酸アルカリ金属塩を酸化剤とする場合には、N−オキシル化合物と、臭化物又はヨウ化物とを組み合わせた触媒成分を用いることが好ましく、亜塩素酸アルカリ金属塩を酸化剤とする場合には、N−オキシル化合物を単独で触媒成分として用いることが好ましい。
【0031】
以下、代表的な酸化処理工程について2種類の具体例を呈示して説明する。
【0032】
[酸化処理工程の第1の例]
酸化処理工程の第1の例では、セルロース原料を水に懸濁したものに、N−オキシル化合物(TEMPO等)及びアルカリ金属臭化物(又はアルカリ金属ヨウ化物)と、酸化剤としての次亜塩素酸ナトリウム(次亜塩素酸塩)とを添加した反応溶液を調製し、0℃〜室温(10℃〜30℃)の温度条件下、必要に応じて攪拌しながら酸化反応を進行させる。
【0033】
反応終了後は、必要に応じて酸化剤(次亜塩素酸ナトリウムなど)を分解する処理を行い、その後、反応溶液のろ過と水洗洗浄を繰り返すことで、精製した繊維状TEMPO触媒酸化セルロース(以下、酸化セルロースと称する)を得る。
【0034】
第1の例の酸化処理工程では、反応の進行に伴ってカルボキシル基が生成するために反応溶液のpHが低下する。そこで、酸化反応を十分に進行させるためには、反応系をアルカリ性領域、例えばpH9〜12(好ましくは10〜11)の範囲に維持することが好ましい。反応系のpH調整は、アルカリ(水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ金属成分を含む水溶液など)を反応系に適宜添加することにより行うことができる。また第1の例の酸化処理工程では、酸化反応の進行に伴って反応溶液のpHが低下するため、pH低下の進行が認められなくなった時点を反応終点とすることができる。
【0035】
なお、第1の例の酸化処理工程における反応温度は室温より高くすることもでき、高温で反応させることで反応効率を高めることができる。その一方で、次亜塩素酸ナトリウムから塩素ガスが発生しやすくなるので、高温で反応させる場合には塩素ガスの処理系を用意することが好ましい。
【0036】
[酸化処理工程の第2の例]
次に、酸化反応の第2の例では、セルロース原料を水に懸濁したものに、N−オキシル化合物と、酸化剤としての亜塩素酸ナトリウム(亜塩素酸塩)とを添加した反応溶液を調製し、室温〜100℃程度の温度条件下、必要に応じて攪拌しながら酸化反応を進行させる。酸化反応終了後の酸化セルロースを抽出する処理は、上述した第1の例の場合と同様である。
【0037】
第2の例の酸化処理工程では、反応溶液のpHは中性から酸性の範囲で維持される。より具体的には、4以上7以下のpH範囲とすることが好ましい。特に、反応溶液のpHが8以上とならないように留意すべきである。これは、セルロースのC6位に一時的に生成するアルデヒド基によるベータ脱離反応が生じないようにするためである。
【0038】
さらに、反応溶液に緩衝液を添加することが好ましい。緩衝液としては、リン酸緩衝液、酢酸緩衝液、クエン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、酒石酸緩衝液、トリス緩衝液等、種々の緩衝液を用いることができる。
緩衝液を用いて反応中のpH変化を抑えるようにすることで、pHを維持するための酸やアルカリの連続的な添加が不要になり、またpHメーターの設置も不要になる。そして、酸やアルカリの添加が不要であることから、反応容器を密閉することができる。
【0039】
第2の例では、酸化剤として、水酸基の酸化によって生成するアルデヒド基も酸化することができる酸化剤を用いる。このような酸化剤としては、亜塩素酸ナトリウムなどの亜ハロゲン酸又はその塩や、過酸化水素と酸化酵素(ラッカーゼ)の混合物、過酸(過硫酸(過硫酸水素カリウムなど)、過酢酸、過安息香酸など)を例示することができる。
【0040】
アルデヒド基をカルボキシル基に酸化することができる酸化剤を用いることで、C6位のアルデヒド基の生成を防ぐことができる。N−オキシル化合物を触媒とした酸化反応では、グルコース成分の1級水酸基が選択的に酸化されてアルデヒド基を含む中間体が生成する可能性がある。しかし第2の例の酸化反応では、アルデヒド基を酸化する酸化剤を含むため、この中間体のアルデヒド基は速やかに酸化されてカルボキシル基に変換される。
したがって、アルデヒド基によって引き起こされるベータ脱離反応を防止することができ、高分子量のセルロースナノファイバーを得ることができる。
【0041】
また、上述した酸化剤を主酸化剤として用いるのを前提として、次亜ハロゲン酸又はその塩を添加することが好ましい。例えば、少量の次亜塩素酸ナトリウムを添加することで、反応速度を大きく向上させることができる。反応溶液に添加された次亜塩素酸ナトリウムは、TEMPOの酸化剤として機能し、酸化されたTEMPOがセルロースのC6位の1級水酸基を酸化してC6位にアルデヒド基を生成する。そして、生成したアルデヒド基は、主酸化剤である亜塩素酸ナトリウムによって迅速にカルボキシル基に酸化される。また、アルデヒド基の酸化の際に、亜塩素酸ナトリウムが次亜塩素酸ナトリウムに変化する。さらに、生成した次亜塩素酸ナトリウムはTEMPOの酸化剤として補充される。
このように、反応溶液に次亜塩素酸ナトリウム等を添加することで、TEMPOの酸化反応を促進することができ、反応速度を高めることができる。次亜ハロゲン酸塩等の添加量は、1mmol/L程度以下とすることが好ましい。
【0042】
以上のような酸化処理工程を経て、酸化セルロースを得ることができる。図では、酸化セルロースを符号Pで示している。
【0043】
[分散工程]
次に、分散工程では、酸化処理工程で得られた酸化セルロース又は精製工程を経た酸化セルロースを、媒体中に分散させる。
分散に用いる媒体(分散媒)としては、水系溶媒が用いられる。本実施形態における水系溶媒は、不可避的に混入する成分を除いて水のみである溶媒、若しくは20重量%未満の水と相溶性のアルコール等の有機溶媒と水との混合溶媒である。上記分散媒としては、典型的には、水が用いられる。図では水を符号Wで示している。
【0044】
分散工程により、セルロースナノファイバーが媒体に分散されたセルロースナノファイバー分散液が得られる。図では、水系溶媒にセルロースナノファイバーが分散した分散液を符号D1で示している。工程1Aで作製されるセルロースナノファイバー水分散液は、セルロースの一部のC6位の1級水酸基がカルボン酸ナトリウム塩(カルボキシル基のナトリウム塩)に酸化されたセルロースナノファイバーが水系溶媒中に均一に分散されたものである。
【0045】
本実施形態の場合、セルロースナノファイバー水分散液の濃度は、0.05重量%以上2重量%以下の範囲とすることが好ましい。さらに好ましくは0.1重量%以上0.5重量%以下である。
【0046】
このような範囲とすることで、後段の工程1Bにおける酸処理を効率的に行うことができる。例えば、0.05重量%未満となると、セルロールナノファイバーの処理量が少なく作業効率が低下する。また、2重量%より高い濃度とすると、工程1Bの酸処理において、早期にゲル化が生じてしまい、生じたゲルの内部に未処理のセルロースナノファイバーを包含してしまうおそれがあるからである。
【0047】
分散工程において用いる分散装置(解繊装置)としては、種々のものを使用することができる。例えば、家庭用ミキサー、超音波ホモジナイザー、高圧ホモジナイザー、二軸混練り装置、石臼等の解繊装置を用いることができる。これらのほかにも、家庭用や工業生産用に汎用的に用いられる解繊装置で容易にセルロースナノファイバーの分散液を得られる。また、各種ホモジナイザーや各種レファイナーのような強力で叩解能力のある解繊装置を用いると、より効率的に繊維径の細いセルロースナノファイバーが得られる。
【0048】
「工程1B」
次に、工程1Bでは、セルロースナノファイバーに含まれるナトリウムを水素に置換し、カルボン酸型の基(−COOH基)とする。
表面にカルボン酸ナトリウム塩を有するセルロースナノファイバーは、水中ではカルボン酸がイオン化し、カルボン酸イオン同士の荷電反発力によりセルロースナノファイバーを良好に分散させることができる。しかし、一般に有機溶媒は、水よりも極性が小さいものが多いため、有機溶媒中では上記のイオン化の程度が低い場合があり、セルロースナノファイバー同士が凝集してゲル化しやすい。
【0049】
そこで、本発明においては、カルボン酸塩型の基の対イオンを疎水性の対イオンと交換することにより疎水化し、極性が低い有機溶媒において分散させることとしている。
ここで、疎水性の対イオンとは、疎水性を発現する有機基を有する対イオンである。疎水性を発現する有機基としては、通常知られた種々の置換基を例示することができ、例えばアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基などを挙げることができる。
【0050】
本工程1Bにおいては、疎水性の対イオンと交換する処理の前処理として、カルボン酸塩型の基のナトリウムを水素に置換してカルボン酸型の基とするセルロースナノファイバーの改質を行い、疎水性の対イオンと交換が容易な構造に変換している。
【0051】
本実施形態の場合、セルロースナノファイバーに含まれるカルボン酸ナトリウム塩をカルボン酸型の基に置換するので、所望の置換率となるようにセルロースナノファイバーを酸性溶液(酸を加えた分散液)に保持する時間を管理する。図では、酸性溶液を符号Waで示している。
【0052】
保持時間は、加えた酸の種類や酸性溶液のpH、セルロースナノファイバーの含有量などに応じて設定する。酸性溶液のpHが一定であれば、カルボン酸型の基への置換率は、保持時間を長くするほど高くなり、保持時間の変化に対して単調に変化するので、保持時間によって管理するのが簡便である。
なお、処理後のセルロースナノファイバーにおけるカルボン酸塩型の基(カルボン酸ナトリウム塩)とカルボン酸型の基との比率は、FT−IR等の分析装置を用いて測定することができる。
【0053】
工程1Bでは、セルロースナノファイバー水分散液を酸性に維持できればよいため、酸の種類は特に限定されず、塩酸、硝酸、硫酸、リン酸、酢酸、過酸化水素などの無機酸、クエン酸、リンゴ酸、乳酸、アジピン酸、セバシン酸、セバシン酸ソーダ、ステアリン酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、フマール酸、グルコン酸などの有機酸のいずれであっても用いることができる。酸によるセルロースナノファイバーの変質や損傷を回避でき、廃液処理の容易さなどの観点から、塩酸を用いることが好ましい。
【0054】
セルロースナノファイバー水分散液に酸を加えて酸性溶液にすると、セルロースナノファイバーの分散性に寄与しているカルボン酸イオンが塩基となって水素を受け取り、カルボン酸型の基となる。その結果、カルボン酸イオン同士の荷電反発力が失われ、セルロースナノファイバーが凝集してゲル化する。図では、生じるゲルを符号Gで示している。
【0055】
「工程1C」
次に、工程1Cでは、工程1Bで得られたセルロースナノファイバーのゲルを洗浄し、水中に再分散させる。
【0056】
まず、工程1Bにおいて、所定の置換率が得られる時間が経過した時点でゲル化させたセルロースナノファイバーをろ集し、弱酸性より大きい酸性度(pH)の水(例えば蒸留水)で洗浄することで酸と反応生成物(例えば塩酸を用いた場合には塩化ナトリウム)を除去する。
その後、ゲル化させたセルロースナノファイバーを弱酸性より大きい酸性度(pH)の水(例えば蒸留水)に入れ、上述の分散工程で用いたものと同様の装置を用いることにより、水中に再分散させる。
【0057】
すなわち、工程1Bにおいては、セルロースナノファイバーが表面に有するカルボン酸塩型の基がカルボン酸型の基となることにより、酸性の環境下でカルボン酸イオン同士の荷電反発力が失われゲル化するところ、本工程1Cでは、まずこの生じたゲルを水で洗浄することにより、ゲルに含まれる酸を除去し、さらに弱酸性より大きい酸性度の水に入れることで、弱酸性より大きい酸性度の環境下で再分散させている。
【0058】
ここで、「弱酸性より大きい酸性度の水」とは、詳しくは、「pHの値がカルボン酸型の基の酸解離定数の値よりも大きい酸性度の水」である。すなわち、セルロースナノファイバーのゲルを、弱酸性であるカルボン酸の解離を促進させるpH環境下で分散させることとしている。分散させる水のpHは、取り扱いが容易になることから弱酸性から弱アルカリ性であることが好ましく、中性に近づくとより好ましい。具体的には、分散させる水のpHは4から10であることが好ましく、5から9であることがより好ましく、5から7であるとさらに好ましい。
【0059】
別途行った測定により、セロウロン酸(β−1,4−ポリグルクロン酸)が有するカルボキシル基(−COOH)の水中での酸解離定数(pKa)は、約3.6であることが判明している。そのためセロウロン酸のカルボン酸基は、下記の通常知られた酸解離定数を表す式(1)に従い、弱酸性(pH5〜6程度)より高いpHの水中においては、90%以上がカルボン酸イオンと水素イオンとに解離する。例えば、下記式(1)に従うと、酸解離定数が3.6であるセロウロン酸のカルボン酸基は、pH6([H]=10−6)の水中における解離度が99.99%以上となる。
[数1]
Ka=[H][−COO]/[−COOH] …(1)
【0060】
すると、セルロースナノファイバーの表面に有するカルボン酸基では、弱酸性より大きい酸性度の水中において、酸性の水中で失われたカルボン酸イオン同士の荷電反発力が再生する。そのため、セルロースナノファイバーのゲルに分散処理を施すことにより、セルロースナノファイバーを水中に再分散させることが可能となる。図では、水系溶媒にセルロースナノファイバーが再分散した分散液を、符号D2で示している。
【0061】
「工程1D」
次に、工程1Dでは、セルロースナノファイバー水分散液にアミンを添加し、カルボン酸基と反応させることによりカルボン酸のアミン塩を形成させる。本工程の反応は水中で行うことができるため、有機溶媒が不要となり環境負荷を低減させることができる。図では、得られるセルロースナノファイバー水分散液を符号D3で示している。
【0062】
用いられるアミンは、セルロースナノファイバーのカルボン酸基と反応して塩を形成することができるアミンであれば、第一級アミン、第二級アミン、第三級アミンのいずれも用いることができる。中でも例えば、オクチルアミン(C17NH)やドデシルアミン(C1225NH)のような長鎖モノアルキルアミンを好適に用いることができる。
アミンの添加量は、アミンの種類に応じて適宜変更することが好ましいが、例えば、セルロースナノファイバーが有するカルボン酸基量に対して、当量から10倍量の範囲である。
【0063】
なお、アミンの種類によっては、水に対するアミンの溶解性・分散性が悪いため、添加するアミンが水中で凝集し、カルボン酸基との反応が進行しにくいことがある。そのような場合は、水に少量のアルコールを添加すると良い。
【0064】
すなわち、セルロースナノファイバー/水分散液にアルコールを加えないでアミン類を添加すると、その後の処理で得られたセルロースナノファイバー/アミン塩を有機溶媒中で完全にはナノ分散することができず、ナノ分散しているセルロースナノファイバー分散液が濁ったものとして観察されることがある。これは、水媒体のみのセルロースナノファイバー分散液に長鎖アルキル基を有するアミンを添加した場合には、セルロースナノファイバーがその後の処理過程で再凝集してしまい、機械処理によってナノ分散しにくい状態となるためである。
これに対し、アルコールを添加すると、水−アルコール混合溶液に対するアミンの溶解性が、水に対する溶解性よりも向上するため、アミンの溶解・分散を促進し、カルボン酸基との塩形成反応を促進する。加えて、形成されるセルロースナノファイバー/アミン塩の溶解性も、水に対する溶解性よりも向上するため、再凝集を防ぎナノ分散させることができる。
【0065】
ここでアルコールは、常温において液体であり、水と相溶するアルコール類の全てを含み、例えば、メタノール、エタノール、i-プロパノール、n-プロパノール等を挙げることができる。
アルコールの添加量は、用いるアミンの種類に応じて適宜変更することが好ましいが、長鎖アルキル基を有するアミンをセルロースナノファイバーのカルボキシル基の対イオンとして塩として導入する場合、セルロースナノファイバー水分散液に、アルコールを全体の10〜90重量%になるように、望ましくは30〜70重量%になるように、更に望ましくは40〜60重量%になるように添加することが好ましい。
【0066】
「工程1E」
次に、工程1Eでは、工程1Dで得られたセルロースナノファイバーを回収し、目的の有機溶媒中に再分散させる。
セルロースナノファイバーの回収は、工程1Dで得られたセルロースナノファイバー水分散液に凝集剤としての有機溶媒を添加することでセルロースナノファイバーを沈殿させ、ろ集することにより行う。添加する有機溶媒は、メタノールやエタノールなどのアルコールやアセトンのような極性溶媒を用いることができる。
回収したセルロースナノファイバーを目的とする有機溶媒(例えばイソプロピルアルコール(IPA)のようなアルコール)中に入れ、上述の分散工程で用いたものと同様の装置を用いることにより、セルロースナノファイバー分散液を得ることができる。
【0067】
以上の工程1A〜1Eにより、セルロースナノファイバーを有機溶媒に分散させてなるセルロースナノファイバー分散液を作製することができる。図では、得られる有機溶媒分散液を符号D4で示している。得られるセルロースナノファイバー分散液は、1本1本のセルロースナノファイバーが有機溶媒中に均一に分散された透明な懸濁液である。
なお、工程1Aで得られるセルロースナノファイバー水分散液から液体成分の全部又は一部を除去したセルロースナノファイバーの乾燥物やゲルに有機溶媒を添加しても、セルロースナノファイバーを有機溶媒中に均一に分散させることはできない。そこで本実施形態では、工程1Aにおいてセルロースナノファイバーを水系溶媒に均一に分散させたセルロースナノファイバー水分散液をまず作製し、かかる水分散液の水系溶媒を有機溶媒に置換する手法を用いている。かかる手法を用いることで、セルロースナノファイバーの分散状態を維持したままで系に有機溶媒を加えることができ、これにより、有機溶媒中にセルロースナノファイバーが分散されたセルロースナノファイバー分散液を容易に得られるようにした。
【0068】
<第2の製造方法>
セルロースナノファイバー分散液の第2の製造方法は、以下の工程2A〜2Cを有する。
(2A)カルボン酸塩型の基を有するセルロースナノファイバーを水系溶媒に分散させてセルロースナノファイバー水分散液を調製する工程
(2B)カルボン酸塩型の基を有するセルロースナノファイバー水分散液に酸アミン塩を添加し、カルボン酸塩型の基のイオン交換を行う工程
(2C)アミン処理したセルロースナノファイバーを回収し、分散媒中で再分散させてセルロースナノファイバー分散液を調製する工程
【0069】
「工程2A」
工程2Aは、先に説明した第1の製造方法における工程1Aと同様である。かかる工程2Aにより、セルロースのC6位にカルボン酸ナトリウム塩を有するセルロースナノファイバーの水分散液を得る。
【0070】
「工程2B」
次に、工程2Bでは、カルボン酸塩型の基を有するセルロースナノファイバー水分散液に酸アミン塩を添加し、カルボン酸塩型の基のイオン交換を行うことにより、カルボン酸のアミン塩を形成させる。本工程の反応は、上述した第1の製造方法のように、セルロースナノファイバーが有するカルボン酸基の酸処理が不要となるため、少ない工程でアミン塩を形成することができ、工程負荷を低減させることができる。図では、得られるセルロースナノファイバー分散液を符号D5で示している。
【0071】
用いられる酸アミン塩は、セルロースナノファイバーのカルボン酸基と反応して対イオンのイオン交換を行うことができるアミンであれば、第一級アミンの酸アミン塩、第二級アミンの酸アミン塩、第三級アミンの酸アミン塩、第四級アミンの酸アミン塩のいずれも用いることができる。中でも例えば、オクチルアミン(C17NH)の塩酸塩やドデシルアミン(C1225NH)の塩酸塩のような長鎖モノアルキルアミンの塩を好適に用いることができる。
【0072】
なお、酸アミン塩の種類によっては、水に対する酸アミン塩の溶解性・分散性が悪いため、添加する酸アミン塩が水中で凝集し、カルボン酸基との対イオンの交換反応が進行しにくいことがある。そのような場合は、水に少量のアルコールを添加すると良い。
【0073】
すなわち、セルロースナノファイバー/水分散液にアルコールを加えないでアミン類を添加すると、その後の処理で得られたセルロースナノファイバー/アミン塩を有機溶媒中で完全にはナノ分散することができず、ナノ分散しているセルロースナノファイバー分散液が濁ったものとして観察されることがある。これは、水媒体のみのセルロースナノファイバー分散液に長鎖アルキル基を有するアミンを添加した場合には、セルロースナノファイバーがその後の処理過程で再凝集してしまい、機械処理によってナノ分散しにくい状態となるためである。
これに対し、アルコールを添加すると、水−アルコール混合溶液に対するアミンの溶解性が、水に対する溶解性よりも向上するため、アミンの溶解・分散を促進し、カルボン酸基との塩形成反応を促進する。加えて、形成されるセルロースナノファイバー/アミン塩の溶解性も、水に対する溶解性よりも向上するため、再凝集を防ぎナノ分散させることができる。
【0074】
ここでアルコールは、常温において液体であり、水と相溶するアルコール類の全てを含み、例えば、メタノール、エタノール、i-プロパノール、n-プロパノール等を挙げることができる。
アルコールの添加量は、用いるアミンの種類に応じて適宜変更することが好ましいが、長鎖アルキル基を有するアミンをセルロースナノファイバーのカルボキシル基の対イオンとして塩として導入する場合、セルロースナノファイバー水分散液に、アルコールを全体の10重量%〜90重量%になるように、望ましくは30重量%〜70重量%になるように、更に望ましくは40重量%〜60重量%になるように添加することが好ましい。
【0075】
「工程2C」
工程2Cでは、先の第1の製造方法における工程1Eと同様に、工程2Bで得られたセルロースナノファイバーを回収し、目的の有機溶媒中に再分散させる。セルロースナノファイバーの回収および有機溶媒への再分散は、工程1Eと同様の方法を用いることができる。
【0076】
以上の工程2A〜2Cにより、セルロースナノファイバーを有機溶媒に分散させてなるセルロースナノファイバー分散液を作製することができる。図では、得られる有機溶媒分散液を符号D6で示している。得られるセルロースナノファイバー分散液は、1本1本のセルロースナノファイバーが有機溶媒中に均一に分散された透明な懸濁液である。
【0077】
以上に説明したように、本実施形態のセルロースナノファイバー分散液の製造方法によれば、セルロースナノファイバーが有するカルボン酸基に対し、適宜選択したアミンまたは酸アミン塩を反応させることで、カルボン酸基を疎水化することができる。これにより、従来得られなかったセルロースナノファイバーを製造することができる。
【0078】
上記の製造方法によって得られるセルロースナノファイバー分散液は、1本1本が分離したセルロースナノファイバーを有機溶媒に分散させたものであることから、分散液から液体成分を除去してセルロースナノファイバー成形体を作製することができる。
【0079】
なお、ナノファイバー成形体は、例えば次のようにして製造することができる。ナノファイバー成形体の材料としては、上記の製造方法により得られるナノファイバー分散液を用いる。このときの分散液の粘度は10mPa・s以上5000mPa・s以下である。
そして、ガラス板等の基板上に、ナノファイバー分散液を流延塗布した後、自然乾燥、送風乾燥、真空乾燥等の乾燥法により分散液を乾燥させて膜を形成する。その後、基板から膜を剥がしてナノファイバー成形体を得る(キャスト法)。
【0080】
あるいは、他の成形物上にナノファイバー分散液を用いてナノファイバー層を形成してもよい。
この場合、成形物の表面に塗布法、噴霧法、浸漬法等の公知の方法により、好ましくは塗布法又は噴霧法によりナノファイバー分散液を付着させ、これを乾燥固化させてナノファイバー層を形成する。さらには、膜状に形成したナノファイバー成形体を、他の成形物の表面に貼り合わせる方法も採用することができる。貼り合わせる方法としては、接着剤を用いた方法や熱融着法などが採用できる。
【0081】
上記の成形物は、所望の形状及び大きさを有するフィルム、シート、織布、不織布等の箔状物、各種の形状及び大きさの箱やボトル等の立体容器等を用いることができる。これらの成形物は、紙、板紙、プラスチック、金属、及びこれらの複合体などからなるものを使用することができる。これらのうちでも、紙、板紙等の植物由来材料、生分解性プラスチック等の生分解性材料、又はバイオマス由来材料を用いることが好ましい。成形物は同一又は異なる材料を組み合わせた多層構造としてもよい。
【0082】
また、セルロースナノファイバーと他の材料との複合化を行う場合に、有機溶媒にのみ溶解ないし分散させることができる材料との複合化も容易に実施することができるため、広範な材料との複合化による繊維やフィルムへの成形に用いることができる。
例えば、ポリビニルアルコールやナイロン(登録商標)、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリエステルなどの合成高分子は有機溶媒に溶解させて紡糸(溶液紡糸)あるいはフィルムに成形できる。この点、本実施形態のセルロースナノファイバー分散液は、有機溶媒中にセルロースナノファイバーが分散されているため、これらの合成高分子の材料と混合して用いることで、容易に合成高分子とセルロースナノファイバーとが複合化された繊維状成形物あるいはフィルム状成形物を得ることができる。
また、有機溶媒中でモノマーと、ナノ分散したセルロースナノファイバーと、を混合させ、モノマーを重合させて高分子を合成することで、セルロースナノファイバーと合成高分子の複合体を形成することも可能である。
【実施例】
【0083】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0084】
(第1実施例)
第1実施例では、上記実施形態の第1の製造方法を用いてセルロースナノファイバー分散液を作製した。
まず、乾燥重量で1g相当分の針葉樹漂白クラフトパルプ、10mmolの次亜塩素酸ナトリウム、0.1g(1mmol)の臭化ナトリウム、0.16g(1mmol)のTEMPOを100mLの水に分散させ、室温で4時間穏やかに攪拌し、蒸留水で洗浄・水洗することで、TEMPO触媒酸化パルプ(酸化セルロース)を得た。
その後、未乾燥のTEMPO触媒酸化パルプに蒸留水を加え、固形分濃度0.1%の水懸濁液を調製した。そして、懸濁液に、家庭用ミキサーで1分間、超音波処理で2分間の解繊処理を施すことで、セルロースナノファイバー水分散液とした。その後、セルロースナノファイバー水分散液から、遠心分離(12000g)により未解繊成分を取り除いた。
以上により、透明な液体である濃度0.1%のセルロースナノファイバー水分散液を得た(工程1A)。
【0085】
次に、セルロースナノファイバー水分散液100mLに対して、1M塩酸を加えpHを1に調節し1mLを攪拌しながら加えた後、60分間攪拌を継続した(工程1B)。その後、ゲル化したセルロースナノファイバーを遠心分離(12000g)により回収した後、1M塩酸にて回収したセルロースナノファイバーを洗浄した。
【0086】
次に、回収したセルロースナノファイバーを多量の蒸留水で洗浄した後、100mLの蒸留水を加え、超音波処理(1分間)を行うことでセルロースナノファイバーを分散させた(工程1C)。以上の工程により、セルロース表面のカルボキシル基は、90%以上がカルボン酸型に置換されていた。
【0087】
図3は、セルロース表面のカルボキシル基をカルボン酸型に置換したセルロースナノファイバー水分散液について、偏光板を介して撮像した写真である。図に示すように、セルロースナノファイバー水分散液は、偏光板を介した観察において複屈折性を示し、水中に均一にナノ分散された分散液であることが確認された。
【0088】
次に、カルボン酸型のセルロースナノファイバー水分散液に対し、室温でオクチルアミンを添加し、攪拌を24時間保持することで、セルロースナノファイバーのカルボキシル基とオクチルアミンとの反応を行った(工程1D)。
【0089】
次に、セルロースナノファイバー水分散液にエタノールを加え、セルロースナノファイバーを沈殿させた。沈殿させたセルロースナノファイバーは、水−エタノール(1:1)混合溶液で洗浄し、遠心分離(12000g)により回収した(工程1E)。
【0090】
図3、4は、セルロースナノファイバーについてのFT−IRスペクトルである。図3は、セルロースナノファイバーが有するカルボキシル基の量に対して、添加するオクチルアミンの量を変化させた場合の比較結果であり、図4は、カルボキシル基に対して当量のオクチルアミンを添加した場合の反応時間を比較した結果である。
【0091】
まず、回収したセルロースナノファイバーをFT−IRで分析したところ、カルボキシル基の振動吸収が消失し、カルボン酸イオンの振動吸収が観察されたこと、およびオクチルアミンに由来すると思われる明確な脂肪鎖のピークが現れたことから、セルロース表面のカルボキシル基は、カルボン酸アミン塩となっていることが分かった。
【0092】
また、図3に示すように、セルロースナノファイバーが有するカルボキシル基の量に対して、添加するオクチルアミンの量を当量から10倍量まで変化させた場合、当量のアミンを添加することで反応が完結していることが分かった。
【0093】
さらに、図4に示すように、反応時間を5分から2時間まで変化させたところ、本実施例の反応条件においては、5分で反応が完了していることが分かった。
【0094】
図6は、アミン処理前とアミン処理後とのセルロースナノファイバーについてのX線結晶構造解析の結果である。図6に示すように、反応後においてもセルロースI型の結晶構造を維持していることが分かり、アミン処理後においても結晶の大きさをしめす(200)面の結晶サイズに変化がないことが分かった。
【0095】
また、(110)面および(1−10)面に現れる結晶化度が低下しているが、これは、カルボン酸基に嵩高いオクチルアミンが導入されたことによるものであると考えられる。
【0096】
次に、得られたセルロースナノファイバーに分散媒を加え、濃度を0.1%(g/mL)に調整し、その後超音波処理(1分間)を行うことでセルロースナノファイバーを分散させた(工程1E)。
【0097】
図7は、アセトン:水=1:1混合液中に再分散させたセルロースナノファイバー分散液の写真である。図7(a)に示すように、分散液は透明な懸濁液であり、また図7(b)に示すように、複屈折性を示すものであることが確かめられ、アセトン:水=1:1混合液中でナノ分散することが分かった。
【0098】
対して図8には、比較例の写真を示す。図8は、イソプロピルアルコール(IPA)に再分散させたセルロースナノファイバー分散液の写真である。図8(a)に示すように、分散液はセルロースナノファイバーが沈殿し、また図8(b)に示すように、複屈折性も示さず、IPA中ではナノ分散しないことが分かった。
【0099】
(第2実施例)
第2実施例では、加えるアミンとしてドデシルアミンを用いた。
すなわち、第1実施例と同様にして得られたカルボン酸型のセルロースナノファイバー水分散液に対し、室温でドデシルアミンを添加し、攪拌を24時間保持することで、セルロースナノファイバーのカルボキシル基とドデシルアミンとの反応を行った(工程1D)。
【0100】
次に、セルロースナノファイバー水分散液にIPAを加え、セルロースナノファイバーを沈殿させた。沈殿させたセルロースナノファイバーは、IPAで洗浄し、遠心分離(12000g)により回収した。その後、得られたセルロースナノファイバーにIPAを加え、濃度を0.1%(g/mL)に調整し、その後超音波処理(1分間)を行うことでセルロースナノファイバーを分散させた(工程1E)。
【0101】
図9は、IPAに再分散させたセルロースナノファイバー分散液の写真である。図9(a)に示すように、分散液はややにごりがある懸濁液であった。これはアミンと反応したセルロースナノファイバー/アミン塩が水中で再凝集したものである。しかし、図9(b)に示すように、分散液は複屈折性を示すものであることが確かめられ、IPA中でナノ分散することが分かった。
【0102】
(第3実施例)
第3実施例では、第2実施例と同様に加えるアミンとしてドデシルアミンを用いた。
すなわち、第1実施例と同様にして得られた、酸処理後のカルボン酸型のセルロースナノファイバーを多量の蒸留水で洗浄した後、100mLの水−IPA(1:1)混合溶液を加え、超音波処理(1分間)を行うことでセルロースナノファイバーを分散させた(工程1C)。
【0103】
次に、カルボン酸型のセルロースナノファイバー水分散液に対し、室温でドデシルアミンを添加し、攪拌を24時間保持することで、セルロースナノファイバーのカルボキシル基とドデシルアミンとの反応を行った(工程1D)。
【0104】
次に、セルロースナノファイバー水分散液にIPAを加え、セルロースナノファイバーを沈殿させた。沈殿させたセルロースナノファイバーは、IPAで洗浄し、遠心分離(12000g)により回収した。その後、得られたセルロースナノファイバーにIPAを加え、濃度を0.1%(g/mL)に調整し、その後超音波処理(1分間)を行うことでセルロースナノファイバーを分散させた(工程1E)。
【0105】
図10は、IPAに再分散させた本実施例のセルロースナノファイバー分散液の写真である。図10(a)に示すように、本実施例の分散液は透明な懸濁液であった。また図9(b)に示すように、複屈折性を示すものであることが確かめられ、IPA中で完全にナノ分散することが分かった。
また、実施例2と比べ、アルコール添加後にアミンと反応させることにより、IPA中で完全にナノ分散させることが可能であることが分かった。
【0106】
以上の結果より、分散させる分散媒の疎水性に応じて、カルボン酸アミン塩を形成するアミンが有する有機基の長さ、すなわちアミンの疎水性を変化させることにより、良好に分散させたセルロースナノファイバー分散液を作製できることが分かった。
【符号の説明】
【0107】
D1〜D6…分散液、G…ゲル、P…酸化セルロース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルボン酸塩型の基を有するセルロースナノファイバーを水系溶媒に分散させて第1のセルロースナノファイバー水分散液を調製する工程と、
前記基を前記カルボン酸塩型から、有機基を有するアミンのカルボン酸アミン塩型に置換する工程と、
前記カルボン酸アミン塩型の基を有するセルロースナノファイバーを、有機溶媒に分散させる工程と、を有することを特徴とするセルロースナノファイバー分散液の製造方法。
【請求項2】
前記カルボン酸アミン塩型に置換する工程は、
前記第1のセルロースナノファイバー水分散液に酸を加えることで、前記基をカルボン酸塩型からカルボン酸型に置換し、前記セルロースナノファイバーをゲル化する工程と、
前記セルロースナノファイバーのゲルを、弱酸性より大きい酸性度の水中で分散させて、第2のセルロースナノファイバー水分散液を調製する工程と、
前記第2のセルロースナノファイバー水分散液にアミンを添加して、前記基をカルボン酸型からカルボン酸アミン塩型に置換する工程と、を有することを特徴とする請求項1に記載のセルロースナノファイバー分散液の製造方法。
【請求項3】
前記ゲルを弱酸性より大きい酸性度の水で洗浄した後に、前記第2のセルロースナノファイバー水分散液を調製することを特徴とする請求項2に記載のセルロースナノファイバー分散液の製造方法。
【請求項4】
前記第2のセルロースナノファイバー水分散液にアルコールを添加することを特徴とする請求項2または3に記載のセルロースナノファイバー分散液の製造方法。
【請求項5】
前記カルボン酸アミン塩型に置換する工程は、前記第1のセルロースナノファイバー水分散液に酸アミン塩を添加して、前記基をカルボン酸塩型からカルボン酸アミン塩に置換する工程を有することを特徴とする請求項1に記載のセルロースナノファイバー分散液の製造方法。
【請求項6】
前記第1のセルロースナノファイバー水分散液にアルコールを添加することを特徴とする請求項5に記載のセルロースナノファイバー分散液の製造方法。
【請求項7】
カルボン酸アミン塩型の基を有するセルロースナノファイバーを、有機溶媒を含む媒体に分散させたことを特徴とするセルロースナノファイバー分散液。
【請求項8】
前記有機溶媒が、アルコールを含むことを特徴とする請求項7に記載のセルロースナノファイバー分散液。
【請求項9】
前記アルコールが、イソプロピルアルコールであることを特徴とする請求項8に記載のセルロースナノファイバー分散液。
【請求項10】
請求項7から9のいずれか1項に記載のセルロースナノファイバー分散液を所定形状に保持しつつ液体成分を除去することで得られたことを特徴とするセルロースナノファイバー成形体。
【請求項11】
第1の材料としてのセルロースナノファイバーを含む請求項7から9のいずれか1項に記載のセルロースナノファイバー分散液と、第2の材料を含む液体材料とを混合してなる複合分散液を用いて得られたことを特徴とするセルロースナノファイバー複合体。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図3】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−21081(P2012−21081A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−159853(P2010−159853)
【出願日】平成22年7月14日(2010.7.14)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】