説明

タイヤ性能シミュレーション方法、タイヤ性能シミュレーション装置、及びタイヤ性能シミュレーションプログラム

【課題】タイヤと路面との間に発生する力等を精度良くシミュレーションすることができる。
【解決手段】タイヤ性能シミュレーション方法は、タイヤを複数の要素に要素分割したタイヤモデルの変形計算を実行するステップ(ステップ106)と、記憶手段に予め記憶された摩擦係数テーブルであって、前記タイヤの接地面における接地圧、滑り速度、及び前記タイヤと路面との間の摩擦係数との対応関係を示す摩擦係数テーブルから、前記変形計算により得られた前記接地圧及び前記滑り速度に対応する前記摩擦係数を取得するステップ(ステップ108、110)と、取得した前記摩擦係数に基づいて前記接地面において発生する力を算出するステップ(ステップ112)と、を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タイヤ性能シミュレーション方法、タイヤ性能シミュレーション装置、及びタイヤ性能シミュレーションプログラムに係り、より詳しくは、有限要素法等の数値解析法によりタイヤの性能を解析するためのタイヤ性能シミュレーション方法、タイヤ性能シミュレーション装置、及びタイヤ性能シミュレーションプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、タイヤの性能をシミュレーションする方法として、評価しようとするタイヤを有限個の多数の要素に分割したタイヤ有限要素モデルで近似するとともに、各有限要素に密度や弾性率などの特性を与え、上記モデルに内圧、荷重などの境界条件を与えて上記各要素の変形状態を計算してタイヤの変形や転がり抵抗などのタイヤの動特性を数値解析する有限要素法(Finite Element Method)が多く用いられている。
【0003】
従来では、タイヤのトレッドゴムと路面との間の摩擦係数を一定と定義してタイヤ性能をシミュレーションしていたが、実際のトレッドゴムと路面との間の摩擦に関する摩擦係数は、タイヤを押し付ける荷重により非線形に変化するものである。また、滑り速度(タイヤの周方向速度と路面速度との相対速度)に対しても非線形に摩擦係数が変化することが知られている。
【0004】
そして、タイヤの接地面で発生する力は、力=荷重×摩擦係数で算出されるため、従来のように摩擦係数を一定としたのでは、接地面がどのような状態であっても荷重が同じであれば接地面で発生する力も一定となってしまい、正確にシミュレーションすることができない。
【0005】
また、実際には、タイヤ接地面が均一な接地圧分布となるわけではない。例えばタイヤ制動時(タイヤホイールにブレーキをかけた状態)には、タイヤ接地面内では滑り速度分布が均一ではなく、接地面で発生する力は、あるスリップ率までは上昇し(一般的にはピークμという)、その後低下するといったように、複雑な踏面挙動を示すことが知られている。
【0006】
特許文献1には、タイヤモデルと路面モデルとの間に、タイヤモデルの接地圧の増加に伴って徐々に減少する動摩擦係数を定義してタイヤ性能をシミュレーションする方法が記載されている。また、特許文献1には、接地圧及びスリップ率を考慮して動摩擦係数を求める点も記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−294586号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記特許文献1に記載された方法は、接地圧及びスリップ率から単純な計算式により摩擦係数を求めるものであり、精度良くタイヤ性能をシミュレーションできるとは限らない。
【0009】
本発明は、上記問題を解決すべく成されたものであり、タイヤと路面との間に発生する力等を精度良くシミュレーションすることができるタイヤ性能シミュレーション方法、タイヤ性能シミュレーション装置、及びタイヤ性能シミュレーションプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、請求項1記載の発明のタイヤ性能シミュレーション方法は、タイヤを複数の要素に要素分割したタイヤモデルの変形計算を実行するステップと、記憶手段に予め記憶された摩擦係数テーブルであって、前記タイヤの接地面における接地圧、滑り速度、及び前記タイヤと路面との間の摩擦係数との対応関係を示す摩擦係数テーブルから、前記変形計算により得られた前記接地圧及び前記滑り速度に対応する前記摩擦係数を取得するステップと、取得した前記摩擦係数に基づいて前記接地面において発生する力を算出するステップと、を含むことを特徴とする。
【0011】
この発明によれば、タイヤの接地面における接地圧及び滑り速度に応じて変化する摩擦係数が定義された摩擦係数テーブルから、変形計算により得られた接地圧及び滑り速度に対応する摩擦係数を取得し、取得した摩擦係数に基づいて接地面において発生する力を計算するので、制動力や駆動力等のタイヤ性能を精度良くシミュレーションすることができる。
【0012】
なお、請求項2に記載したように、前記変形計算により得られた前記接地圧及び前記滑り速度の少なくとも一方が前記摩擦係数テーブルに存在しない場合、前記摩擦係数テーブルに存在する最も近い値から線形補間することにより前記摩擦係数を算出するようにしてもよい。
【0013】
請求項3記載の発明のタイヤ性能シミュレーション装置は、タイヤを複数の要素に要素分割したタイヤモデルの変形計算を実行する変形計算実行手段と、前記タイヤの接地面における接地圧、滑り速度、及び前記タイヤと路面との間の摩擦係数との対応関係を示す摩擦係数テーブルが予め記憶された記憶手段と、前記摩擦係数テーブルから、前記変形計算により得られた前記接地圧及び前記滑り速度に対応する前記摩擦係数を取得する摩擦係数取得手段と、取得した前記摩擦係数に基づいて前記タイヤの接地面において発生する力を算出する算出手段と、を備えたことを特徴とする。
【0014】
請求項4記載の発明のタイヤ性能シミュレーションプログラムは、タイヤを複数の要素に要素分割したタイヤモデルの変形計算を実行するステップと、記憶手段に予め記憶された摩擦係数テーブルであって、前記タイヤの接地面における接地圧、滑り速度、及び前記タイヤと路面との間の摩擦係数との対応関係を示す摩擦係数テーブルから、前記変形計算により得られた前記接地圧及び前記滑り速度に対応する前記摩擦係数を取得するステップと、取得した前記摩擦係数に基づいて前記タイヤの接地面において発生する力を算出するステップと、を含む処理をコンピュータに実行させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、タイヤと路面との間に発生する力等を精度良くシミュレーションすることができる、という効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】タイヤの性能予測を実施するためのパーソナルコンピュータの概略図である。
【図2】コンピュータの概略ブロック図である。
【図3】タイヤ性能シミュレーションプログラムのフローチャートである。
【図4】摩擦係数テーブルの一例を示す図である。
【図5】摩擦係数テーブルをグラフ化した図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照して本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0018】
図1には一例として空気入りタイヤのタイヤモデルの作成や性能予測を実施するためのタイヤ性能シミュレーション装置としてのパーソナルコンピュータの概略が示されている。このパーソナルコンピュータは、データ等を入力するためのキーボード10、予め記憶された処理プログラムに従ってタイヤの3次元モデルを作成したり性能を予測したりするコンピュータ12、コンピュータ12による演算結果や各種画面等を表示するディスプレイ14、及びディスプレイ14に表示されたカーソルを所望の位置に移動させたり、カーソル位置のメニュー項目やオブジェクト等を選択したり選択解除したりドラッグしたりする操作を行うためのマウス16を含んで構成されている。
【0019】
コンピュータ12は、図2に示すように、CPU(Central Processing Unit)12A、ROM(Read Only Memory)12B、RAM(Random Access Memory)12C、不揮発性メモリ12D、及び入出力インターフェース(I/O)12Eがバス12Fを介して各々接続された構成となっている。
【0020】
I/O12Eには、キーボード10、ディスプレイ14、マウス16、ハードディスク18、及び記録媒体としてのCD−ROM20が挿抜可能なCD−ROMドライブ22が接続されている。
【0021】
ハードディスク18には、後述するタイヤ性能シミュレーションプログラムや、これらの実行に必要な各種パラメータやデータ等が記憶されている。CPU12Aは、ハードディスク18に記憶されたタイヤ性能シミュレーションプログラムを読み込んで実行する。
【0022】
なお、後述するタイヤ性能シミュレーションプログラム等は、例えばCD−ROMドライブ22を用いてCD−ROM20に対して読み書き可能とすることもできるので、後述するタイヤ性能シミュレーションプログラムは、予めCD−ROM22に記録しておき、CD−ROMドライブ22を介してCD−ROM22に記録されたタイヤ性能シミュレーションプログラムを読み込んで実行してもよい。また、記録媒体としては、CD−ROMに限らず、DVD−ROM等の光ディスクや、MD,MO等の光磁気ディスクがあり、これらを用いるときには、上記CD−ROMドライブ22に代えて、またはさらにDVD−ROMドライブ、MDドライブ、MOドライブ等を用いればよい。
【0023】
次に、本実施の形態の作用として、コンピュータ12で実行されるタイヤ性能シミュレーションプログラムの処理ルーチンについて図3に示すフローチャートを参照して説明する。
【0024】
まず、ステップ100では、挙動解析の対象となるタイヤの設計案(タイヤ形状、構造、材料など)を定める。例えば、コンピュータ12のハードディスクに、予め複数種類のタイヤのCADデータ(タイヤ形状、構造、材料等の設計データ)等の設計データを記憶しておき、挙動解析の対象となるタイヤの設計データを選択して読み込むことにより、挙動解析の対象となるタイヤを設定することができる。
【0025】
なお、ステップ100における設定はタイヤ設計案に限定されるものではなく、現存するタイヤを解析する場合を含む。すなわち、現存するタイヤそのものを対象のモデルとして設定してもよい。
【0026】
次のステップ102では、タイヤ設計案を数値解析上のモデルに落とし込むためのタイヤモデルを作成する。このタイヤモデルの作成は、用いる数値解析手法により若干異なる。本実施の形態では数値解析手法として有限要素法(FEM)を用いるものとする。
【0027】
従って、上記ステップ102で作成するタイヤモデルは、有限要素法(FEM)に対応した要素分割、例えば、メッシュ分割によって複数の要素に分割され、タイヤを数値的・解析的手法に基づいて作成されたコンピュータプログラムヘのインプットデータ形式に数値化したものをいう。この要素分割とはタイヤ、及び路面(後述)等の対象物を小さな幾つかの(有限の)小部分、すなわち要素に分割することをいう。この要素ごとに計算を行い全ての要素について計算した後、全部の要素を足し合わせることにより全体の応答を得ることができる。
【0028】
ステップ104では、境界条件の設定がなされる。この境界条件とは、タイヤモデルに解析上すなわちタイヤの挙動をシミュレートする上で必要なものであり、タイヤモデルに付与する各種条件である。このステップ104の境界条件の設定では、まず、タイヤモデルには内圧を与えて、タイヤモデルに回転変位及び直進変位(変位は力、速度でも良い)の少なくとも一方と、予め定めた負荷荷重と、の少なくとも1つを与える。
【0029】
ステップ106では、タイヤ接地面における挙動を計算する。すなわち、タイヤモデルの変形計算を行う。このステップ106では、タイヤモデル及びステップ104で設定した境界条件より、有限要素法に基づいてタイヤモデルの変形計算を行う。この変形計算では、例えば公知の転動解析手法を用いて解析することができる。
【0030】
ステップ108では、ステップ106のタイヤの変形計算の結果に基づいて、タイヤ接地面における接地圧及び滑り速度(タイヤの周方向速度と路面速度との相対速度)を算出する。
【0031】
ステップ110では、ステップ108で求めた接地圧及び滑り速度に対応する摩擦係数を求める。ハードディスク18には、例えば図4に示すような摩擦係数テーブル30が予め記憶されている。図4に示すように、摩擦係数テーブル30は、一例として接地圧が1.0〜8.0(kgf/cm)、滑り速度が0〜20(km/h)の場合の摩擦係数が定義されたテーブルである。表中の数値が摩擦係数を示している。この摩擦係数テーブル30は、予め実験等により得られたものであり、図4の摩擦係数テーブルをグラフ化したものを図5に示す。同図に示すように、接地圧が高く、滑り速度が低い場合に摩擦係数が高くなっているが、接地圧及び滑り速度によって摩擦係数が複雑に変化している様子が分かる。
【0032】
ステップ110では、図4に示した摩擦係数テーブル30を参照し、ステップ108で求めた接地圧及び滑り速度に対応する摩擦係数を取得する。なお、摩擦係数テーブル30に存在しない接地圧や滑り速度については、摩擦係数テーブル30に存在する最も近い値から線形補間する等して求めればよい。
【0033】
ステップ112では、ステップ110で求めた摩擦係数及びステップ104で設定した荷重に基づいて、タイヤ接地面で発生する力の三分力を算出する。
【0034】
ステップ114では、上記の計算結果、例えば、ステップ112で算出した接地面で発生する力や、ステップ106におけるタイヤの変形計算により得られたタイヤの接地形状、接地圧分布等をディスプレイ14等に出力する。
【0035】
このように、本実施形態では、タイヤの変形計算により接地圧及び滑り速度を取得し、これに対応する摩擦係数を予め実験等により求めた摩擦係数テーブルから取得し、取得した摩擦係数を用いて、タイヤ接地面において発生する力等を計算する。
【0036】
これにより、タイヤと路面との間に発生する力、例えば制動力や駆動力等を精度良くシミュレーションすることができる。
【0037】
(実施例)
【0038】
次に、本発明の実施例について説明する。
【0039】
タイヤサイズが195/65R15の乗用車用タイヤのタイヤモデルを作成し、従来技術例におけるシミュレーション及び本発明に係る図3に示す処理によるシミュレーションを行った。なお、摩擦係数については、「従来技術例」においては一定とし、「本発明」においては図4に示す摩擦係数テーブルを用いた。また、タイヤモデルに境界条件として設定する荷重は4.41(kN)とし、タイヤのホイール速度を80(km/h)から0(km/h)まで減速させた場合に摩擦が最大となるピークμ及びホイールがロックするときのロックμを算出した。
【0040】
【表1】

なお、表中のピークμ及びロックμの値は、(シミュレーションによる計算値/実験による測定値)×100で表わした。すなわち、100に近いほど実測値に近く、精度が良いことを示す。
【0041】
上記表1に示すように、ピークμ及びロックμの何れにおいても本発明の方が実測値に近く、従来技術例と比較して精度よくシミュレーションできることが判った。
【符号の説明】
【0042】
10 キーボード
12 コンピュータ
14 ディスプレイ
16 マウス
18 ハードディスク
22 ドライブ
30 摩擦係数テーブル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タイヤを複数の要素に要素分割したタイヤモデルの変形計算を実行するステップと、
記憶手段に予め記憶された摩擦係数テーブルであって、前記タイヤの接地面における接地圧、滑り速度、及び前記タイヤと路面との間の摩擦係数との対応関係を示す摩擦係数テーブルから、前記変形計算により得られた前記接地圧及び前記滑り速度に対応する前記摩擦係数を取得するステップと、
取得した前記摩擦係数に基づいて前記接地面において発生する力を算出するステップと、
を含むタイヤ性能シミュレーション方法。
【請求項2】
前記変形計算により得られた前記接地圧及び前記滑り速度の少なくとも一方が前記摩擦係数テーブルに存在しない場合、前記摩擦係数テーブルに存在する最も近い値から線形補間することにより前記摩擦係数を算出する
請求項1記載のタイヤ性能シミュレーション方法。
【請求項3】
タイヤを複数の要素に要素分割したタイヤモデルの変形計算を実行する変形計算実行手段と、
前記タイヤの接地面における接地圧、滑り速度、及び前記タイヤと路面との間の摩擦係数との対応関係を示す摩擦係数テーブルが予め記憶された記憶手段と、
前記摩擦係数テーブルから、前記変形計算により得られた前記接地圧及び前記滑り速度に対応する前記摩擦係数を取得する摩擦係数取得手段と、
取得した前記摩擦係数に基づいて前記タイヤの接地面において発生する力を算出する算出手段と、
を備えたタイヤ性能シミュレーション装置。
【請求項4】
タイヤを複数の要素に要素分割したタイヤモデルの変形計算を実行するステップと、
記憶手段に予め記憶された摩擦係数テーブルであって、前記タイヤの接地面における接地圧、滑り速度、及び前記タイヤと路面との間の摩擦係数との対応関係を示す摩擦係数テーブルから、前記変形計算により得られた前記接地圧及び前記滑り速度に対応する前記摩擦係数を取得するステップと、
取得した前記摩擦係数に基づいて前記タイヤの接地面において発生する力を算出するステップと、
を含む処理をコンピュータに実行させるためのタイヤ性能シミュレーションプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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