説明

タンパク質の表層提示用の真核微生物及びその利用

【課題】酵母などのタンパク質が糖鎖修飾される真核微生物であって、その細胞表層上に、所望のタンパク質を高い選択性を結合させることのできる真核微生物及びその利用を提供する。
【解決手段】タンパク質の表層提示用の真核微生物を、真核微生物の表層側に配置され、セルロソームのスキャホールディンタンパク質に由来し、結合選択性の異なる2以上のコヘシンドメインを備える1又は2以上のコヘシンタンパク質を備えるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質の表層提示用の真核微生物及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、有限である石油資源を代替するものとして、植物の光合成作用に由来するバイオマス資源への期待が高まってきており、バイオマスをエネルギーや各種材料に利用するための各種の試みがなされている。バイオマスを、エネルギー源やその他の原料として有効利用するためには、バイオマスを動物や微生物が容易に利用可能な炭素源に糖化することが必要である。
【0003】
典型的なバイオマスであるセルロースやヘミセルロースを利用するには、これらを糖化(分解)する優れたセルラーゼが必要である。こうしたセルラーゼ源として、一部の細菌が生産するセルロソームが着目されている。セルロソームは、細菌の細胞表層に形成されるセルラーゼとそのセルラーゼが結合する骨格タンパク質(スキャホールディンタンパク質)との複合体である。スキャホールディンタンパク質は、コヘシンという部位を有するタンパク質であり、セルロソームは、スキャホールディンタンパク質中のコヘシンに結合するコヘシン結合ドメインであるドッケリンドメインを介してセルラーゼが結合して構成されることが知られている。こうしたセルロソームによれば、細菌細胞表層に多種のセルラーゼを高密度でかつ大量に提供することができる。
【0004】
遺伝子工学的に酵母等の真核微生物の細胞表層に人工的なセルロソームを構築する試みもなされている(特許文献1)。また、コヘシンとドッケリンとの結合性を利用して、コヘシンに対してドッケリンを有するセルラーゼとの人工的なセルロソームを細胞外や細胞表層に構築しようとする試みがいくつかなされている。例えば、大腸菌で生産した各種コヘシンとドッケリンとの結合選択性の評価が報告されている(非特許文献1)。また、Clostridium thermocellum、Ruminococcus flavefaciens、Clostridium cellulolyticumの各コヘシンを連結した人工骨格タンパク質を大腸菌で生産し、この人工骨格タンパク質と、同様に大腸菌で生産させた対応するドッケリンに各種セルラーゼを連結した融合タンパク質を結合させたことが報告されている(非特許文献2)。この報告によれば、各種セルラーゼを人工骨格タンパク質に結合させることにより、結合させない場合に比べ、数倍セルラーゼ活性が向上することが証明されている。また、人工骨格タンパク質を酵母で生産させるとともに表層上に提示し、大腸菌で生産させた各ドッケリンとセルラーゼとの融合タンパク質を人工骨格タンパク質と結合させたことも報告されている(非特許文献3)。この非特許文献では、こうした酵母が、各種セルラーゼを人工骨格タンパク質に結合させることにより、結合させない場合に比べ、数倍分解活性が向上することも報告されている。さらに、C. thermocellum、C. cellulolyticumのコヘシンを連結した人工骨格タンパク質を酵母で生産させ表層上に提示するとともに、各コヘシン結合ドメインに各種セルラーゼを連結した融合タンパク質も同時に酵母で生産したところ、C. thermocellumのコヘシンに対応するドッケリンを連結したセルラーゼが結合したことが報告されている(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−142260号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Haimovitz R et al., Proteomics. 2008 Mar;8(5):968-79.
【非特許文献2】Fierobe HP et al., J Biol Chem. 2005 Apr 22;280(16):16325-34.
【非特許文献3】Tsai SL et al., Appl Environ Microbiol. 2009 Aug 14.
【特許文献4】Lilly M et al., FEMS Yeast Res. 2009 Aug 6
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
セルロースを効率的に分解するには、第一に、セルロースに対してセルラーゼを外部から供給することなく、有用物質を生産可能な真核微生物の表層に自己生産させた骨格タンパク質に同様に自己生産させた各種セルラーゼを保持させることが望まれる。第二に、本発明者らによれば、こうした要請に加えて、細胞表層においてセルロースを効率的に分解するための各種セルラーゼをその配置を制御して保持させることが望ましいと考えられる。
【0008】
しかしながら、現状のところ、上記した第1の課題を克服できるような技術は確立されていない。すなわち、上記非特許文献1、2では、コヘシンとドッケリンとの結合性を大腸菌で生産させたタンパク質で評価したのみであり、タンパク質が糖鎖修飾を受ける酵母等の真核生物には同様の結果が得られるとは到底考えられない。また、非特許文献3では、ドッケリンとセルラーゼとの融合タンパク質は、大腸菌で生産しているため、依然として真核生物の糖鎖修飾による結合性の問題が残っている。また、セルラーゼとドッケリンとの融合タンパク質を糖鎖修飾を受けない大腸菌で別途生産して、外部供給することは、効率的なセルロース分解プロセスとは言い難い。さらに、非特許文献4では、C. thermocellumにおけるコヘシン−ドッケリン間にしか言及しておらず、各種コヘシンに対して存在するドッケリンがどのような結合性を示すか、例えば、異種微生物由来のコヘシンを含む各種コヘシン間において、C. thermocellumのコヘシンに対してC. thermocellum由来のドッケリンがより高い選択性で結合するかどうかということには全く触れていない。
【0009】
また、上記第2の課題を実現する試みもなされていない。さらに、上記第1の課題と上記第2の課題とを同時に実現する試みについては、いずれの先行技術においても開示も示唆もされていない。
【0010】
そこで、本明細書の開示は、タンパク質が糖鎖修飾される酵母などの真核微生物であって、その細胞表層上に、2以上のタンパク質を高い配置選択性で結合させることのできる真核微生物及びその利用を提供することをその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
コヘシン−ドッケリン結合は、これまで、同種生物由来のコヘシン−ドッケリン間において有効であることは知られていたが、複数種の生物に由来するコヘシンに対するドッケリンの選択性については全く知られていなかった。また、酵母等の真核微生物でこれらのドメインを有するタンパク質を製造したとき、コヘシン−ドッケリン結合の結合性や選択性についてもまた全く知られていなかった。また、こうしたコヘシン−ドッケリン結合性は、これらを有するタンパク質を酵母等の真核微生物で生産したときには、大きく変化することが予想された。そこで、本発明者らは、各種セルロソーム生産微生物に由来するコヘシンドメインを有するタンパク質と対応するドッケリンドメインを有するタンパク質を酵母で生産するとともに、コヘシン−ドッケリン結合の選択性について検討してみた。その結果、意外にも、同種コヘシンと同様に異種コヘシンに対して結合するドッケリンもあるのに対し、同種コヘシンに対して高い選択性で結合し、他種コヘシンには結合性が低下するドッケリンもあることを見いだした。組み合わせて用いるのに好適なコヘシン−ドッケリン結合と好適でないコヘシン−ドッケリン結合とがあることを見いだした。本発明者らは、真核微生物上で2以上のタンパク質を表層提示するのにあたり、こうしたコヘシン−ドッケリンの結合の選択性を利用することで、その配置や量を制御できることを見いだした。すなわち、こうした選択性を発現するコヘシンドメインを所望の配列等で配置した骨格タンパク質と、対応するドッケリンドメインを連結したタンパク質とを、酵母等の真核微生物で発現させることで、提示されるタンパク質の配列等について自由度の高い設計が可能であるという知見を得た。これらの知見に基づき、本明細書は以下の手段を提供する。
【0012】
本明細書の開示によれば、タンパク質の表層提示用の真核微生物であって、前記真核微生物の表層側に配置され、セルロソームのスキャホールディンタンパク質に由来し、結合選択性の異なる2以上のコヘシンドメインを備える1又は2以上のコヘシンタンパク質を備える真核微生物が提供される。
【0013】
前記コヘシンドメインは、クロストリジウム・サーモセラム(Clostridium thermocellum)のコヘシンドメイン又はその改変体を含んでいてもよいし、ルミノコッカス・フラボファシエンス(Ruminococcus flavefaciens)のコヘシンドメイン又はその改変体を含んでいてもよいし、バクテロイデス・セルロソルベンス(Bacterioides cellulosolvens)のコヘシンドメイン又はその改変体を含んでいてもよく、アーケオグロバス・フルギダス(Archaeoglobus fulgidus)のコヘシンドメイン又はその改変体を含んでいてもよい。
【0014】
また、前記コヘシンドメインは、C. thermocellum、Ruminococcus flavefacience、B. cellulosolvens及びA. fulgidusからなる群から選択される2種以上の微生物のコヘシンドメイン又はその改変体を含んでいてもよい。この態様において、前記コヘシンドメインは、C. thermocellum及びRuminococcus flavefacienceコヘシンドメイン又はその改変体を含むことができ、さらに、B. cellulosolvensのコヘシンドメイン又はその改変体を含むことができる。
【0015】
前記コヘシンタンパク質は、セルロース結合ドメインを含むことができる。さらに、前記コヘシンタンパク質を前記真核微生物内で自己生産するための外来性DNAを保持することができる。さらにまた、前記コヘシンタンパク質を選択的に結合可能な骨格タンパク質結合ドメインを有して前記細胞の表層に配置される1又は2以上の第2の骨格タンパク質を備えることができる。
【0016】
本明細書の開示によれば、2以上のタンパク質を細胞表層に保持する真核微生物であって、上記いずれかに記載の真核微生物の前記コヘシンタンパク質上に、前記コヘシンドメインに選択的に結合するドッケリンドメインをそれぞれ有する2以上の前記タンパク質を保持する、真核微生物が提供される。また、前記タンパク質がセルラーゼ活性を有するタンパク質であってもよく、この態様において、前記タンパク質は、少なくともβ−グルコシダーゼ、エンドグルカナーゼ及びセロビオヒドロラーゼからなる群から選択される2種以上を含むことができる。さらに、前記タンパク質を前記真核微生物内で自己生産するために必要な外来性DNAを保持することができる。また、酵母とすることができる。
【0017】
本明細書の開示によれば、有用物質の生産方法であって、上記いずれかに記載の真核微生物であって、前記タンパク質がセルロースを分解する酵素群から選択される真核微生物を用いてセルロース含有材料を糖化し、発酵する工程、を備える、方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例1で作製したベクター(pAI-HOR7p-AGA1ベクター)を示す図である。
【図2】実施例2で作製したコヘシンドメインを含むベクターを示す図である。
【図3】実施例3で作製したドッケリンドメインを含むベクターを示す図である。
【図4】TZ法による各種細菌由来のコヘシン−ドッケリン結合の評価結果を示す図である。
【図5】各種細菌由来のコヘシン−ドッケリン結合の選択性の評価結果を示す図である。
【図6】複数の異種のコヘシンドメインを有するキメラ化コヘシンタンパク質の表層提示形態を示す図である。
【図7】実施例7で用いたベクターを示す図である。
【図8】キメラ化コヘシンタンパク質の表層提示酵母の評価結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本明細書の開示は、コヘシン−ドッケリン結合を利用してタンパク質を細胞表層提示するための真核微生物及びその利用に関する。本明細書に開示されるタンパク質の表層提示用の真核微生物によれば、真核微生物の表層側に配置され、セルロソームのスキャホールディンタンパク質に由来し、結合選択性の異なる2以上のコヘシンドメインを備えるコヘシンタンパク質を備える。このため、真核微生物の細胞表層において、コヘシンタンパク質上におけるこれら2以上のコヘシンドメインを所望のパターンで配置することで、これらのコヘシンドメインに選択的に結合するドッケリンドメインを有するタンパク質を、コヘシンドメインの配置パターンに応じて配置させることができる。これにより、例えば、2以上のタンパク質の配置を制御してこれらタンパク質の協動作用を発揮又は向上させることができる。例えば、2以上のタンパク質により連続的な酵素反応を効率的に行わせることができる。タンパク質として2以上のセルラーゼを用いた場合には、セルロースを効率的に分解することができる。また、本明細書に開示されるタンパク質の表層提示用の真核微生物は、こうしたコヘシン−ドッケリン結合の選択性を利用して所望のタンパク質の配置等を最適化することができる。以下、本明細書の開示についての各種実施形態について詳細に説明する。
【0020】
(タンパク質の細胞表層提示用の真核微生物)
(コヘシンタンパク質)
コヘシンタンパク質は、1又は2以上のコヘシンドメインを備えるタンパク質であって、真核微生物の細胞表層に配置されている。コヘシンタンパク質は、コヘシンドメインを有して真核微生物の細胞表層に配置されるものであればよい。コヘシンタンパク質は、真核微生物において1又は2以上備えられている。
【0021】
(コヘシンドメイン)
コヘシンタンパク質が備える、1又は2以上のコヘシンドメインは、セルロソームのスキャホールディンタンパク質が備えるコヘシンドメインに由来している。セルロソームは、すでに説明したように、細菌の細胞表層に形成されるセルラーゼとそのセルラーゼが結合する骨格タンパク質(スキャホールディンタンパク質)との複合体である。セルロソームは、以下の表1に挙げられるセルロソーム生産微生物に由来して多数知られている。
【0022】
【表1】

【0023】
コヘシンドメインは、セルロソーム生産微生物の形成するセルロソームにおけるタイプI〜III骨格タンパク質に備えられる触媒活性のあるセルラーゼ等を非共有結合で結合するドメインとして知られている(粟冠ら、蛋白質核酸酵素、Vol.44、No.10(1999)、p41-p50、Demain, A. L., et al., Microbiol Mol. Biol Rev., 69(1), 124-54(2005), Doi, R. H., et al., J. Bacterol., 185(20), 5907-5914(2003)等)。すなわち、コヘシンドメインとしては、セルロソームのタイプI骨格タンパク質上のタイプIコヘシンドメイン、同タイプII骨格タンパク質上のタイプIIコヘシンドメイン及びタイプIII骨格タンパク質上のタイプIIIコヘシンドメインが挙げられる。こうした各種タイプのコヘシンドメインとしては、各種セルロソーム生産微生物において多数その配列が決定されている。これらの各種のタイプのコヘシンのアミノ酸配列及びDNA配列は、NCBIのHP(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)等を介してアクセス可能な各種のタンパク質データベースやDNA配列のデータベースにより容易に取得することができる。
【0024】
コヘシンドメインとしては、こうしたコヘシンドメインに由来するドメインであって、ドッケリンドメインを有するタンパク質との間で互いに結合選択性の異なる2以上のコヘシンドメインである。結合選択性が異なるコヘシンドメインの組み合わせとは、組み合わせを構成する各コヘシンドメインに対して、それぞれ他のコヘシンドメインのなかで最も高い選択性で結合するドッケリンドメインが存在する、という組み合わせである。コヘシンタンパク質が、こうしたコヘシンドメインを備えることにより、それぞれのコヘシンドメインに対して、選択的に結合するドッケリンドメインを利用することで、表層提示したい所望のタンパク質にドッケリンドメインを付与すれば、当該タンパク質を所望の配置で表層提示状態を形成できる。なお、ドッケリンドメイン及び表層提示対象たるタンパク質については、後段で詳述する。
【0025】
こうしたコヘシンドメインの組み合わせは、公知のコヘシンドメインとドッケリンドメインの配列を利用し、これらのドメインを有するタンパク質を人工的に取得するなどして、結合性を評価することで取得することができる。コヘシン−ドッケリンの選択的結合の評価は、コヘシンタンパク質に結合したドッケリンドメインを有するタンパク質の特異的な活性を測定してもよい。例えば、ドッケリンタンパク質がセルラーゼ活性部位を有するものであるときは、上記のごとくの対照ドッケリンタンパク質とそのセルラーゼ活性を比較してもよい。具体的には、例えば、ドッケリンタンパク質がエンドグルカナーゼなどのセルラーゼ活性部位を有するとき、採取した培養上清又はドッケリンタンパク質を表層提示した真核微生物につき、適当なセルラーゼ基質(カルボキシメチルセルロース、リン酸セルロース、結晶性セルロース等)と反応させて反応生成物量や基質量等を測定することで酵素活性を評価できる。反応温度、pH及び時間は、酵素の種類等において適宜設定することができる。なお、酵素反応の結果生じる還元糖量の定量法としてはSomogyi法、Tauber-Kleiner法、Hanes法(滴定法)、Park-Johnson法、3,5-ジニトロサリチル酸(DNS)法、TZ法(Journal of Biochemical Methods, 11(1985)109-115)等の公知の方法を適宜採用すればよい。さらに、エンドグルカナーゼなどのセルラーゼ活性は、カルボキシルメチルセルロースなどのセルロースを含有する固相体からなる評価領域に本発明としての可能性のある被験タンパク質を供給し、当該領域の固相体中のセルロースを分解させて、固相体中でセルロースが分解されて消失した領域(ハロー:固相体においてバイオマスの分解により淡色化又は無色化する領域)の大きさで評価することもできる。選択的な結合の評価は、また、ドッケリンドメインを有するタンパク質に付した蛍光標識の蛍光強度で評価してもよい。タンパク質の活性と蛍光強度との双方において選択的結合性が肯定された組み合わせがより好ましい。
【0026】
例えば、こうしたコヘシンドメインの組み合わせとしては、C. thermocellum、Ruminococcus flavefacience、B. cellulosolvens及びA. fulgidusからなる群から選択される2種以上の微生物のコヘシンドメインの組み合わせが挙げられる。これらのコヘシンドメインから選択される2種以上、すなわち、2種、3種及び4種の組み合わせは、どの組み合わせであっても、選択的結合性を発揮できる。これらのなかでも、R. flavefacienceのコヘシンドメインは、R. flavefacienceのドッケリンドメインを有するタンパク質を結合したとき、より高い選択性又は結合量(結合力)又は活性を発現する。また、C. thermocellumのコヘシンドメインは、C. thermocellumのドッケリンドメインを有するタンパク質を結合するとき、次いで高い選択性又は結合量又は活性を発現する。さらに、B. cellulosolvensのコヘシンドメインは、B. cellulosolvensのドッケリンドメインを有するタンパク質を結合するとき、次いで高い選択性又は結合量又は活性を発現する。したがって、2以上のコヘシンドメインを用いるとき、少なくともR. flavefacienceとC. thermocellumのコヘシンドメインを用い、さらに、B. cellulosolvensのコヘシンドメインを用いることで、より高い精度の所望のタンパク質の配置制御等が可能となる。
【0027】
コヘシンドメインは、セルロソーム生産微生物に由来する天然のコヘシンドメイン又は対応するドッケリドメインに対する結合性を有する限りそのコヘシンのアミノ酸配列において1又は2以上の変異(付加、挿入、欠失及び置換)を導入した改変コヘシンドメインであってもよい。
【0028】
本明細書に開示される真核微生物では、2以上のコヘシンドメインが1又は2以上のコヘシンタンパク質上に備えられている。2以上のコヘシンドメインは、1つのコヘシンタンパク質にタンデム状に備えられていてもよいし、2又はそれ以上のコヘシンタンパク質に分散して備えられていてもよい。2以上のコヘシンドメインの1又は2以上のコヘシンタンパク質における配置パターンは、細胞表層に提示しようとするタンパク質の種類等に応じて適宜決定される。セルラーゼによるセルロースの分解など、連続的な酵素反応が効率的な分解に寄与する場合には、協動するタンパク質を近接した状態を形成するために、一つのコヘシンタンパク質上にタンデムに2以上のコヘシンドメインを配置することが好ましい。各コヘシンタンパク質上における2以上のコヘシンドメインは、ドッケリンドメインを有するタンパク質の結合を妨げない程度のインターバルを置いて配置される。コヘシンタンパク質におけるコヘシンドメイン以外のアミノ酸配列は、天然のセルロソームの骨格タンパク質のアミノ酸配列を適宜参考にして決定することができる。
【0029】
なお、所望のタンパク質をどの程度の量的比率で表層提示するかは、特定のコヘシンドメインを有するコヘシンタンパク質の発現量(プロモーターの選択やコピー数等による)の調整や一つのコヘシンタンパク質における特定コヘシンドメインのリピート数によって調整できる。さらに、コヘシン−ドッケリン結合における結合量の差を利用することもできる。
【0030】
コヘシンタンパク質は、コヘシンドメイン以外に、タイプI〜IIIから選択される骨格タンパク質のセルロース結合ドメイン(CBD)を有していることが好ましい。CBDは、各種骨格タンパク質において基質であるセルロースに結合するドメインとして知られている(前述粟冠ら)。セルロース結合ドメインは、1又は2以上有していてもよい。各種のセルロソーム生産微生物のセルロソームにおけるCBDのアミノ酸配列及びDNA配列の多くが決定されている。これらの各種のCBDのアミノ酸配列及びDNA配列は、NCBIのHP(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)等を介してアクセス可能な各種のタンパク質データベースやDNA配列のデータベースにより容易に取得することができる。
【0031】
コヘシンタンパク質は、真核微生物において細胞表層側に保持される。すなわち、細胞表層に提示される。コヘシンタンパク質に細胞表層提示性を付与するには、公知の分泌シグナルや表層提示用のシステムを用いることができる。例えば、分泌シグナルや凝集性タンパク質又はその一部のアミノ酸配列が付与される。分泌シグナルとしては、例えば、Rhizopus oryzaeやC. albicansのグルコアミラーゼ遺伝子の分泌シグナル、酵母インベルターゼリーダー、α因子リーダーなどが挙げられる。また、凝集性タンパク質としては、α−アグルチニンをコードするSAG1遺伝子の5’領域の320アミノ酸残基からなるペプチドが挙げられる。また、所望のタンパク質を細胞表層に提示するためのポリペプチドや手法は、WO01/79483号公報や、特開2003−235579号公報、WO2002/042483号パンフレット、WO2003/016525号パンフレット、特開2006−136223号公報、藤田らの文献(藤田ら,2004. Appl Environ Microbiol 70:1207-1212および藤田ら, 2002. Appl Environ Microbiol 68:5136-5141.)、村井ら, 1998. Appl Environ Microbiol 64:4857-4861.に開示されている。
【0032】
本明細書に開示される真核微生物は、表層に提示タンパク質を、典型的には外来タンパク質として生産するのに好適な宿主微生物である。こうした真核微生物としては、特に限定されないで、例えば、公知の各種酵母を利用できる。後述するエタノール発酵等を考慮すると、サッカロマイセス・セレビジエ(Saccharomyces cerevisiae)等のサッカロマイセス属の酵母、シゾサッカロマイセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)等のシゾサッカロマイセス属の酵母、キャンディダ・シェハーテ(Candida shehatae)等のキャンディダ属の酵母、ピヒア・スティピティス(Pichia stipitis)等のピヒア属の酵母、ハンセヌラ(Hansenula)属の酵母、トリコスポロン(Trichosporon)属の酵母、ブレタノマイセス(Brettanomyces)属の酵母、パチソレン(Pachysolen)属の酵母、ヤマダジマ(Yamadazyma)属の酵母、クルイベロマイセス・マーキシアヌス(Kluyveromyces marxianus)、クルイベロマイセス・ラクティス(Kluveromyces lactis)等のクルイベロマイセス属の酵母が挙げられる。なかでも、工業的利用性等の観点からサッカロマイセス属酵母が好ましい。なかでも、サッカロマイセス・セレビジエが好ましい。
【0033】
本明細書に開示される真核微生物は、こうしたコヘシンタンパク質をコードするDNAを、当該タンパク質を自己生産可能に保持している。タンパク質をコードするコード化DNAは、真核微生物内において当該タンパク質を発現可能に保持されていればよく、その保持形態は特に限定されない。例えば、宿主微生物で作動可能なプロモーターの制御下に連結されるとともに適切なターミネーターをその下流に有した状態で保持されている。プロモーターは、構成的プロモーターであっても誘導的プロモーターであってもよい。このような状態のDNAは、宿主染色体内に組み込まれた形態であってもよいし、宿主核内に保持される2μプラスミドや核外に保持されるプラスミドのような形態であってもよい。一般には、こうした外来DNAの導入に伴って、宿主において利用可能な選択マーカー遺伝子も同時に保持されている。
【0034】
以上説明した、本明細書に開示されるタンパク質の表層提示用真核微生物によれば、結合選択性の異なる2以上のコヘシンドメインを配置したコヘシンタンパク質を細胞表層に備えるため、これら2以上のコヘシンドメインに対応するドッケリンドメインを有するタンパク質を供給することで、真核微生物の細胞表層上に、ドッケリンドメインを有するタンパク質を所望の位置状態で配置できる。ドッケリンドメインを有するタンパク質は、真核微生物の外部から供給されてもよいが、真核微生物が自己生産するものであることが好ましい。
【0035】
(ドッケリンドメインを有するタンパク質を細胞表層に提示する真核微生物)
本明細書の開示によれば、2以上のタンパク質を細胞表層に保持する真核微生物であって、上記タンパク質の表層提示用真核微生物の1又は2以上のコヘシンタンパク質上に、コヘシンドメインに選択的に結合するドッケリンドメインを有するそれぞれ2以上の前記タンパク質を保持する、真核微生物が提供される。こうしたタンパク質細胞表層提示真核微生物によれば、細胞表層において、所望のパターンで2以上のタンパク質が配置されるため、これらタンパク質のもっとも有効な機能発現を期待できる。
【0036】
(ドッケリンドメインを有するタンパク質)
ドッケリドメインを有するタンパク質は、コヘシンタンパク質上にコヘシン−ドッケリン結合により結合されて真核微生物の細胞表層に提示される。ドッケリンドメインとしては、例えば、表1に挙げられるセルロソーム生産微生物に由来して多数知られているが、真核微生物の表層に保持されているコヘシンタンパク質のコヘシンドメインにコヘシン−ドッケリン結合により結合するドッケリンドメインを用いる。こうしたドッケリンドメインは、すでに説明した方法によって、コヘシンドメインとの組み合わせで決定される。好ましいドッケリンドメインとしては、すでに記載した好ましいコヘシンドメインに結合するドッケリンドメインが挙げられる。したがって、例えば、C. thermocellum、Ruminococcus flavefacience、B. cellulosolvens及びA. fulgidusからなる群から選択される微生物のドッケリンドメインが挙げられる。そして、真核微生物の細胞表層に提示されたコヘシンドメインの組み合わせに応じて適宜決定される。なお、ドッケリンドメインは、セルロソーム生産微生物に由来する天然のドッケリンドメイン又は対応するコヘシンドメインに対する結合性を有する限りそのドッケリンドメインのアミノ酸配列において1又は2以上の変異(付加、挿入、欠失及び置換)を導入した改変ドッケリンドメインであってもよい。
【0037】
ドッケリンドメインを有するタンパク質は、ドッケリンドメイン以外に活性部位を備えることができる。活性部位の種類は用途に応じて適宜決定される。ドッケリンタンパク質は、ドッケリンと活性部位とを適宜組み合わせた人工的なタンパク質であってもよい。また、例えば、セルロソームの構成タンパク質であるセルラーゼであって、ドッケリンを本来的に有するセルラーゼをそのままあるいは適宜改変して用いることもできる。
【0038】
ドッケリンタンパク質は、バイオマスに由来するセルロース含有材料の糖化利用に際しては、例えば、セルラーゼ等の各種酵素活性部位を備えることができる。こうした活性部位は、公知のセルラーゼにおける活性部位を適宜利用できる。セルラーゼとしては、エンドグルカナーゼ(EC 3.2.1.74)、セロビオヒドロラーゼ(EC 3.2.1.91)及びβ−グルコシダーゼ(EC23.2.4.1、EC 3.2.1.21)が挙げられる。なお、セルラーゼは、そのアミノ酸配列の類似性に基づきGHF(Glycoside Hydrolase family)(http://www.cazy.org/fam/acc.gh.html)の13(5,6,7,8,9,10,12,44,45,48,51,61,74)のファミリーに分類されている。異なるファミリーに分類される同種又は異種のセルラーゼを組み合わせてもよい。
【0039】
セルロースの分解を考慮すると、セルラーゼとしては、β−グルコシダーゼ、エンドグルカナーゼ及びセロビオヒドロラーゼからなる群から選択される2種以上を含むことが好ましい。また、セルラーゼとしては、特に限定しないが、それ自体活性の高いセルラーゼであることが好ましい。このようなセルラーゼとしては、例えば、ファネロケーテ(Phanerochaete)属菌、Trichoderma reeseiなどのトリコデルマ属(Trichoderma)菌、フザリウム属(Fusarium)菌、トレメテス属(Tremetes)菌、ペニシリウム属(Penicillium)菌、フミコーラ属(Humicola)菌、アクレモニウム属(Acremonium)菌、アスペルギルス属(Aspergillus)菌等の糸状菌の他に、クロストリジウム属(Clostridium)菌、シュードモナス属(Pseudomonas)菌、セルロモナス属(Cellulomonas)菌、ルミノコッカス属(Ruminococcus)菌、バチルス属(Bacillus)菌等の細菌、スルフォロバス属(Sulfolobus)菌等の始原菌、さらにストレプトマイセス属(Streptomyces)菌、サーモアクチノマイセス属(Thermoactinomyces)菌などの放射菌由来のセルラーゼが挙げられる。なお、こうしたセルラーゼ又はその活性部位は、人工的に改変されていてもよい。
【0040】
ドッケリンドメインを有するタンパク質は、バイオマスの有効利用を考慮したとき、ヘミセルラーゼ活性部位を備えていてもよい。さらに、リグニンペルオキシダーゼ、マンガンペルオキシダーゼ及びラッカーゼなどのリグニン分解酵素が挙げられる。また、例えば、セルロース緩和タンパク質であるスウォレニンやエクスパンシン、セルロソームやセルラーゼの構成部分であるセルロース結合ドメイン(タンパク質)が挙げられる。また、キシラナーゼやヘミセルラーゼ等のその他のバイオマス分解酵素も挙げられる。これらのタンパク質は、いずれもセルロースへのセルラーゼのアクセシビリティを向上させることができる。
【0041】
ドッケリンドメインを有するタンパク質は、好ましくは2以上表層提示される。本真核微生物は、その表層において2以上のタンパク質を所望の位置に配置できるからである。2以上の、ドッケリンドメインを有するタンパク質は、ドッケリンドメインの種類、活性部位の種類等において区別される。
【0042】
コヘシンタンパク質を表層提示する真核微生物は、ドッケリンドメインを有するタンパクを自己生産し、細胞外に分泌することが好ましい。すなわち、真核微生物は、ドッケリンドメインを有するタンパク質をコードするDNAを、当該タンパク質を自己生産可能でかつ細胞外に分泌可能に保持していることが好ましい。こうすることで、真核微生物は増殖と同時に、細胞表層にコヘシンタンパク質を提示し、同時に細胞表層にドッケリンドメインを有するタンパク質が提示される。セルラーゼなどの酵素は、本来的に細胞外分泌のためのシグナルを有していることが多い。ドッケリンタンパク質に細胞外分泌性を付与するには、公知の分泌シグナルを用いることができる。分泌シグナルは、すでに説明したように、用いる真核微生物の種類に応じて適宜選択される。
【0043】
なお、コヘシンタンパク質を表層提示する真核微生物に対してドッケリンドメインを有するタンパク質を供給して、コヘシン−ドッケリン結合による自己集合を利用してもドッケリンドメインを有するタンパク質を表層提示した真核微生物を作製できる。表層提示用微生物とドッケリンドメインを有するタンパク質の接触させる方法は特に限定しない。真核微生物が生存でき、タンパク質が変成しないpH、塩濃度、温度の液体中において、両者を混合等させればよい。適宜、撹拌により接触確率を向上させてもよい。
【0044】
以上説明した本明細書に開示される細胞表層提示用の真核微生物及びタンパク質を細胞表層提示した真核微生物は、いずれも、モレキュラークローニング第3版、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジー等に記載されている方法に準じて作製することができる。真核微生物の形質転換のためのベクター及びその構築方法は、当業者において周知であって、モレキュラークローニング第3版、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジー等に開示されている。また、コヘシンタンパク質やドッケリンドメインを有するタンパク質を真核微生物において発現させるためのベクター及びその構築方法も、同様に、当業者において周知である。なお、ベクターの形態は、使用形態に応じて様々な形態を採ることができる。例えば、DNA断片の形態を採ることができるほか、2マイクロプラスミドなどの適当な酵母用ベクターの形態を採ることもできる。
【0045】
このようなベクターで真核微生物を形質転換することによって本明細書に開示される真核微生物を得ることができる。形質転換にあたり、従来公知の各種方法、例えば、トランスフォーメーション法や、トランスフェクション法、接合法、プロトプラスト法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、酢酸リチウム法等を用いることができる。
【0046】
(有用物質の生産方法)
本明細書に開示される有用物質の生産方法は、ドッケリンドメインを有するタンパク質を表層提示する真核微生物であって、前記タンパク質がセルラーゼ活性を有するタンパク質である真核微生物を用いてセルロース含有材料を糖化し、発酵する工程、を備えることができる。この生産方法によれば、この真核微生物を用いてセルロース含有材料を直接分解糖化し、グルコース等として利用できることになる。前記発酵工程の実施により、用いた真核微生物が有している有用物質生産能力に応じて有用物質が生産される。
【0047】
有用物質は、真核微生物がグルコースなどを発酵することにより得る生産物であり、真核微生物の種類によっても異なるし、発酵条件によっても異なる。有用物質としては特に限定しないが、酵母やその他の真核微生物がグルコースを利用して生産可能なものであればよい。有用物質は、酵母などの真核微生物におけるグルコースからの代謝系の1種又は2種以上の酵素を遺伝子組換えにより置換、追加等して合成できるようになった本来の代謝物でない化合物であってもよい。有用物質としては、例えば、エタノールなどのほか、C3〜C5の低級アルコール、乳酸などの有機酸の他、イソプレノド合成経路の追加によるファインケミカル(コエンザイムQ10、ビタミン及びその原料等)、解糖系の改変によるグリセリン、プラスチック・化成品原料など、バイオリファイナリー技術が対象とする材料が挙げられる。有用物質の生産工程終了後、培養液から有用物質含有画分を回収する工程、さらにこれを精製又は濃縮する工程を実施することもできる。回収工程や精製等の工程は有用物質の種類等に応じて適宜選択される。
【0048】
本方法に用いるセルラーゼ活性を有するドッケリンタンパク質は、2種類以上のセルラーゼ(例えば、エンドグルカナーゼとセロビオヒドロラーゼ等)活性をそれぞれ有する2種類以上を用いることが好ましい。ドッケリンタンパク質は、単一の真核微生物において同時発現させてもよいし、それぞれ独立して2以上の真核微生物において発現させてもよい。
【0049】
なお、セルロース含有材料は、D−グルコースがβ−1,4結合でグリコシド結合したβ−グルカンであるセルロースを含有する材料である。セルロース含有材料としては、セルロースを含有していればよく、どのような由来や形態であってもよい。したがって、セルロース系材料としては、例えば、リグノセルロース系材料、結晶性セルロース材料、可溶性セルロース材料(非晶性セルロース材料)、不溶性セルロース材料などの各種セルロース系材料等が含まれる。リグノセルロース系材料としては、例えば、木本植物の木質部や葉部及び草本植物の葉、茎、根等においてリグニン等を複合した状態のリグノセルロース系材料が挙げられる。こうしたリグノセルロース系材料としては、例えば、稲ワラ、麦ワラ、トウモロコシの茎葉、バガス等の農業廃棄物、収集された木、枝、枯葉等又はこれらを解繊して得られるチップ、おがくず、チップなどの製材工場廃材、間伐材や被害木などの林地残材、建設廃材等の廃棄物であってもよい。結晶性セルロース系材料及び不溶性セルロース系材料としては、リグノセルロース系材料からリグニン等を分離後の結晶性セルロース及び不溶性セルロースを含む結晶性又は不溶性セルロース系材料が挙げられる。セルロース材料としては、また、使用済み紙製容器、古紙、使用済みの衣服などの使用済み繊維製品、パルプ廃液を由来としてもよい。
【0050】
セルロース含有材料は、セルラーゼと接触させるのに先立ってセルラーゼによる分解を容易化するために適当な前処理等がなされていてもよい。例えば、硫酸、塩酸、リン酸、硝酸などの無機酸による酸性条件下、セルロースを部分加水分解することにより、セルロースを非晶質化あるいは低分子化できる。この他、超臨界水、アルカリ、加圧熱水などの処理によってもセルロースの非晶質化又は低分子化を行うことができる。
【0051】
セルロース含有材料は、グルコースがβ-1,4-グリコシド結合により重合した重合体及びその誘導体を含んでいる。グルコースの重合度は特に限定しない。また、誘導体としては、カルボキシメチル化、アルデヒド化、若しくはエステル化などの誘導体が挙げられる。セルロース は、結晶性セルロースであってもよいし、非結晶性セルロースであってもよい。
【0052】
なお、以上の各種の実施形態を通じて、真核微生物、ドッケリン−コヘシン結合を利用するタンパク質、ドッケリンタンパク質、コヘシンタンパク質、セルラーゼ、セルロース含有材料等の用語が用いられる場合には、これらは本明細書中で定義された内容で共有して用いられる。
【実施例】
【0053】
以下、本発明を、実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、以下に述べる遺伝子組換え操作はモレキュラークローニング第3版に従い行った。
【実施例1】
【0054】
本実施例では、PCR法により常法に従い増幅後クローニングしたaga1遺伝子の上流にAAP1相同領域とHOR7プロモーター、下流にTdh3ターミネーターとHis3マーカーおよびAAP1相同領域を持つ、pAI-HOR7p-AGA1ベクター(図1)を作製した。このベクターを用いて酵母S.cerevisiae BY4741に形質転換を行い、aga1を細胞表層に大量提示する酵母BY-AGA1を取得した。
【実施例2】
【0055】
C.thermocellumのゲノムから、CipA上にあるCBD+コヘシン(配列番号1)をPCR法により常法に従い増幅後クローニングした。同様にC.cellulolyticumのゲノムから、CipC上にあるコヘシン(配列番号2)をPCR法により常法に従い増幅後クローニングした。またR. flavefaciens のScaB、B. cellulosolvensのScaA、A. fulgidus、A. cellulolyticusのScaBから、コヘシンをそれぞれ遺伝子合成により取得した(配列番号3〜6)。取得したそれぞれの遺伝子の上流にADH3相同領域とHOR7プロモーター、下流にV5-tag、aga2、Tdh3ターミネーター、Leu2マーカーおよびADH3相同領域を持つ、pDL-HOR7p-CtCohAGA2ベクター、pDL-HOR7p-CcCohAGA2ベクター、pDL-HOR7p-RfCohAGA2ベクター、pDL-HOR7p-BcCohAGA2ベクター、pDL-HOR7p-AfCohAGA2ベクター、pDL-HOR7p-AcCohAGA2ベクターをそれぞれ作製した(図2)。これら各ベクターを実施例1で取得したBY-AGA1に導入して、各種コヘシンを細胞表層に提示する酵母をそれぞれ取得した。
【実施例3】
【0056】
C. thermocellumのゲノムから、cel48Sのドッケリン(配列番号8)をPCR法により常法に従い増幅後クローニングした。同様にC. cellulolyticumのゲノムからCel5Aのドッケリン(配列番号9)をPCR法により常法に従い増幅後クローニングした。またR. flavefaciens のScaAのドッケリン、B. cellulosolvensのCel48Aのドッケリン、A. fulgidusのドッケリン、A. cellulolyticusのドッケリン(XDoc)をそれぞれ遺伝子合成により取得した(配列番号10〜13)。取得したそれぞれの遺伝子の上流にHXT3相同領域とHOR7プロモーター、His-Tag、C. thermocellum由来のCel8A(配列番号7)、下流にTdh3ターミネーター、Ura3マーカーおよびHXT3相同領域を持つ、pHU-HOR7p-Cel8A-CtDocベクター、pHU-HOR7p-Cel8A-CcDocベクター、pHU-HOR7p-Cel8A-RfDocベクター、pHU-HOR7p-Cel8A-BcDocベクター、pHU-HOR7p-Cel8A-AfDocベクター、pHU-HOR7p-Cel8A-AcDocベクターをそれぞれ作製した(図3)。
【実施例4】
【0057】
実施例3で作製したベクターを常法に従い、以下の酵母にそれぞれ導入した。
pHU-HOR7p-Cel8A-CtDoc:S.cerevisiae BY4741、実施例2で作製したpDL-HOR7p-CtCohAGA2が導入された酵母
pHU-HOR7p-Cel8A-CcDoc:S.cerevisiae BY4741、実施例2で作製したpDL-HOR7p-CcCohAGA2が導入された酵母
pHU-HOR7p-Cel8A-RfDoc:S.cerevisiae BY4741、実施例2で作製したpDL-HOR7p-RfCohAGA2が導入された酵母
pHU-HOR7p-Cel8A-BcDoc:S.cerevisiae BY4741、実施例2で作製したpDL-HOR7p-BcCohAGA2が導入された酵母
pHU-HOR7p-Cel8A-AfDoc:S.cerevisiae BY4741、実施例2で作製したpDL-HOR7p-AfCohAGA2が導入された酵母
pHU-HOR7p-Cel8A-AcDoc:S.cerevisiae BY4741、実施例2で作製したpDL-HOR7p-AcCohAGA2が導入された酵母
【実施例5】
【0058】
実施例4で作製した12種類の酵母とS.cerevisiae BY4741をYP+2%グルコース培地で30℃、24時間培養し、OD600=2.5、1ml相当量集菌し、10mM CaCl2溶液で2回洗浄後、1% CMC、50mM 酢酸緩衝液pH6.0溶液に混合し、60℃で1.5時間CMC分解反応を行った。反応後、TZアッセイにより、遊離還元糖を測定した。結果を図4に示す。
【0059】
図4に示すように、全ての組合せで、BY4741よりも各コヘシンが表層提示されている酵母のほうが高いCMC分解活性を示した。これは、表層提示したコヘシンに各ドッケリンが結合していることを証明する結果である。また、各細菌由来のコヘシン-ドッケリン間では、CMC分解活性、即ち、結合能に差が認められ、その結合強度は、R. flavefaciensのコヘシン-ドッケリン> C. thermocellumのコヘシン-ドッケリン> B. cellulosolvensのコヘシン-ドッケリン>C. cellulolyticumのコヘシン-ドッケリン= A. fulgidusのコヘシン-ドッケリン> A. cellulolyticusのコヘシン-ドッケリン であった。結合能の差の1つの要因として、酵母で生産させた時に受けるタンパク質の糖鎖修飾が考えられた。
【実施例6】
【0060】
実施例5で強い結合が認められたA. cellulolyticus 由来以外のコヘシン-ドッケリンの選択性を調べるために、表2に示す組合せの酵母20種類を新たに作製した。実施例4で作製した酵母10種類と合わせ、表2に示す計30種類の酵母をYP+2%グルコース培地で30℃、24時間培養し、実施例5に示した方法でCMC分解活性を測定した。また、同時に各酵母のCel8A-各ドッケリンの結合量をHis-Tagを指標として調べた。計30種類の酵母をYP+2%グルコース培地で30℃、24時間培養し、OD600=0.5、62.5μl相当量集菌し、PBS溶液で1回洗浄を行い、PBS + 1mg/ml BSA + anti-His-FITC溶液と混合して4℃、30分間反応し、PBS溶液で洗浄後、フローサイトメータ(ベックマン製)で酵母細胞表層上のCelA提示量を測定した。これらの結果を図5に示す。
【0061】
図5に示すように、CMC分解活性の結果から、R. flavefaciens、C. thermocellum、 B. cellulosolvens、A. fulgidus 由来のコヘシンとドッケリンの結合は、強い結合選択性を有することが明らかになった。C .cellulolyticum 由来のドッケリンは、同由来のコヘシンに対して強い選択性を示したが、C. cellulolyticum 由来のコヘシンは他由来のドッケリンとの結合も認められた。また、Hisを指標とする結合量評価からも、R. flavefaciens、C. thermocellum、 B. cellulosolvens 由来のコヘシン-ドッケリン間の強い結合選択性を支持する結果が得られた。しかし、A. fulgidus 由来のコヘシン-ドッケリン間では、選択性を支持するデータが得られなかった。CMC分解活性とフローサイトメータによる結合量測定の検出感度の違いによるものと考えられる。
【0062】
【表2】

【0063】
以上の結果より、酵母等の真核生物で細菌由来のコヘシン、ドッケリンを生産し、その選択的結合を利用して酵素等を結合させ、いろいろな用途に利用する場合、R. flavefaciens、C. thermocellum、 B. cellulosolvens、A. fulgidus 由来のコヘシンとドッケリンを用いることが最適であることを見出すことができた。
【実施例7】
【0064】
実施例6で見出したコヘシン-ドッケリンの組合せの応用例として、図6に示すようなコヘシンタンパク質をデザインして、各コヘシンを組み合わせてコヘシンドメインをキメラ化し、キメラ化コヘシンタンパク質上での酵素の配置制御を試みた。C. thermocellum 由来のCBD-コヘシンとR. flavefaciens 由来のコヘシンの融合遺伝子(配列番号14)、C. thermocellum 由来のCBD-コヘシンとB. cellulosolvens 由来のコヘシンとR. flavefaciens 由来のコヘシンの融合遺伝子(配列番号15)、C. thermocellum 由来のCBD-コヘシンとB. cellulosolvens 由来のコヘシンとR. flavefaciens 由来のコヘシンとA. fulgidus 由来のコヘシンの融合遺伝子(配列番号16)をそれぞれ構築し、実施例2で使用したベクターのBglII-XhoIサイトを利用して導入した(図7)。構築した3種類のベクター(pDL-HOR7p-Coh(Ct-Rf)AGA2、pDL-HOR7p-Coh(Ct-Bc-Rf)AGA2ベクター、pDL-HOR7p-Coh(Ct-Bc-Rf-Af)AGA2ベクター)を常法に従い、酵母BY-AGA1に導入した。各ベクターを導入した酵母と実施例4で作製した各種酵母(BY4741)をYP+2%グルコース培地で30℃、24時間培養した。キメラ化コヘシン導入酵母のOD600=10、50μl相当量集菌した。表3に示すように大過剰量の各ドッケリン生産酵母の培養上清(OD600=10以上)を集菌した酵母に添加し、4℃で約12時間ローテータにて回転しながら結合反応させた。また、10mM CaCl2溶液で洗浄後、実施例5に示した方法でCMC分解活性を調べた。また、実施例6と同様な方法でHisを指標とした細胞表層上に結合したCel8A-Docの結合量も測定した。これらの結果を図8に示す。
【0065】
【表3】

【0066】
図8に示すように、コヘシンを提示していない酵母(BY4741)に比べ、各キメラ化コヘシン表層提示酵母に各ドッケリンを含む培養上清を添加したほうが、anti-His-FITCによる蛍光強度およびCMC活性が高かったことより、作製したキメラ化コヘシンにドッケリンが結合していることが明らかとなった。また、各種培養上清を混合して添加した時に蛍光強度およびCMC活性が最も高くなったことから、作製した各種キメラ化コヘシンに対応するドッケリンが選択的に結合しているものと考えられた。以上の結果より、今回見出した各種コヘシンをキメラ化することによって、酵母表層上でセルラーゼ等の酵素をキメラ化コヘシンドメインの任意の位置に配置制御可能であることが明らかとなった。
【配列表フリーテキスト】
【0067】
配列番号14,15,16:融合タンパク質

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質の表層提示用の真核微生物であって、
前記真核微生物の表層側に配置され、セルロソームのスキャホールディンタンパク質に由来し、結合選択性の異なる2以上のコヘシンドメインを備える1又は2以上のコヘシンタンパク質を備える、真核微生物。
【請求項2】
前記コヘシンドメインは、クロストリジウム・サーモセラム(Clostridium thermocellum)のコヘシンドメイン又はその改変体を含む、請求項1に記載の真核微生物。
【請求項3】
前記コヘシンドメインは、ルミノコッカス・フラボファシエンス(Ruminococcus flavefaciens)のコヘシンドメイン又はその改変体を含む、請求項1又は2に記載の真核微生物。
【請求項4】
前記コヘシンドメインは、バクテロイデス・セルロソルベンス(Bacterioides cellulosolvens)のコヘシンドメイン又はその改変体を含む、請求項1〜3のいずれかに記載の真核微生物。
【請求項5】
前記コヘシンドメインは、アーケオグロバス・フルギダス(Archaeoglobus fulgidus)のコヘシンドメイン又はその改変体である、請求項1〜4のいずれかに記載の真核微生物。
【請求項6】
前記コヘシンドメインは、クロストリジウム・サーモセラム(Clostridium thermocellum)、ルミノコッカス・フラボファシエンス(Ruminococcus flavefaciens)、バクテロイデス・セルロソルベンス(Bacterioides cellulosolvens)及びアーケオグロバス・フルギダス(Archaeoglobus fulgidus)からなる群から選択される2種以上の微生物のコヘシンドメイン又はその改変体を含む、請求項1に記載の真核微生物。
【請求項7】
前記コヘシンドメインは、クロストリジウム・サーモセラム(Clostridium thermocellum)及びルミノコッカス・フラボファシエンス(Ruminococcus flavefaciens)のコヘシンドメイン又はその改変体を含む、請求項6に記載の真核微生物。
【請求項8】
前記コヘシンドメインは、さらに、バクテロイデス・セルロソルベンス(Bacterioides cellulosolvens)のコヘシンドメイン又はその改変体を含む、請求項7に記載の真核微生物。
【請求項9】
前記コヘシンタンパク質は、セルロース結合ドメインを含む、請求項1〜8のいずれかに記載の真核微生物。
【請求項10】
前記コヘシンタンパク質を前記真核微生物内で自己生産するための外来性DNAを保持する、請求項1〜9のいずれかに記載の真核微生物。
【請求項11】
さらに、前記コヘシンタンパク質を選択的に結合可能な骨格タンパク質結合ドメインを有して前記細胞の表層に配置される1又は2以上の第2の骨格タンパク質を備える、請求項1〜10のいずれかに記載の真核微生物。
【請求項12】
2種類以上のタンパク質を細胞表層に保持する真核微生物であって、
請求項1〜11のいずれかに記載の真核微生物の前記コヘシンタンパク質上に、2以上の前記コヘシンドメインに選択的に結合するドッケリンドメインを有する2以上のタンパク質を保持する、真核微生物。
【請求項13】
前記タンパク質は、セルロースを分解する酵素群から選択される、請求項12に記載の真核微生物。
【請求項14】
前記タンパク質は、少なくともβ−グルコシダーゼ、エンドグルカナーゼ及びセロビオヒドロラーゼからなる群から選択される2種以上を含む、請求項12又は13に記載の真核微生物。
【請求項15】
前記タンパク質を前記真核微生物内で自己生産するための外来性DNAを保持する、請求項12〜14のいずれかに記載の真核微生物。
【請求項16】
酵母である、請求項12〜15のいずれかに記載の真核微生物。
【請求項17】
有用物質の生産方法であって、
請求項12〜16のいずれかに記載の真核微生物であって、前記タンパク質がセルラーゼ活性を有するタンパク質である真核微生物を用いてセルロース含有材料を糖化し、発酵する工程、を備える、方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図7】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−160772(P2011−160772A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−30240(P2010−30240)
【出願日】平成22年2月15日(2010.2.15)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】