説明

チタン金属製耐摩耗性部材

【課題】厳しい摺動摩耗条件においても耐えられるように耐摩耗性をさらに改善したチタン金属製耐摩耗性部材とすることであり、特に炭素繊維強化プラスチック素材と摺動接触するような厳しい摺動摩耗条件でも摩耗量が少なく、チタン合金本来の機械的強度を発揮できるものとする。
【解決手段】チタン金属製部材1の素材1aにプラズマ浸炭処理による浸炭層2を設け、この浸炭層2の表面に表面粗さRa0.01〜0.80μmの研磨面2aを設け、この研磨面2aに重ねてチタン酸化物層3を設け、このチタン酸化物層3の表面に重ねて非晶質性カーボン層(GLCとも別称する。)4を設けたチタン金属製耐摩耗性部材とする。チタン酸化物層3に重ねて応力の集中を招かない平坦なGLC層4を強固に設け、また所定面粗さの研磨面2aはプラズマ浸炭の温度や浸炭ガス濃度を適当に調整することによって炭素イオンを透過可能であり、プラズマ浸炭の条件を選択して研磨面2a以深に浸炭層を設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ねじ等の締結部品や滑り軸受などの摺動部材に適用されるチタン金属製耐摩耗性部材およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、チタン合金は、純チタンよりも強度が高く、比強度、破壊靱性、耐熱性及び耐食性などに優れた特性を有しているため、航空機材料の他、海洋分野、発電分野や自動車分野などにおいても実用的価値の高いものである。
【0003】
特に、航空機材料としてのチタン合金は、航空機の高速化や大型化などに伴い、外板、フレーム、結合金具類や締結部材(ファスナー類とも称される。)などの一次構造部材に使用され、その需要も増大しつつある。
【0004】
例えば、ボルト、ナットなどのファスナー類は、熱応力を含めて繰返し応力を受ける苛酷な条件で使用されるものであり、チタン合金は、炭素繊維強化プラスチックの炭素繊維との接触電位差が小さく、腐食を引き起しにくい特性があるので、航空機の中央翼と主翼や尾翼などに用いられる炭素繊維強化プラスチック積層材を固定するボルト・ナットなどの締結部品(ファスナーとも別称される。)にも用いられている。
【0005】
このようなファスナーには、ねじ部品としての所要の耐摩耗性に加えて、設計上必要な締め付け力を確保するために摺動性も要求される。この要求に応じるため、チタン合金製締結部品の表面には耐摩耗性および摺動性を向上させるプラズマ浸炭処理が施されている。
【0006】
因みに、チタン金属に対してプラズマ浸炭処理をすると、活性炭素イオンがチタン金属の表面に衝突して付着し、その後に内部に拡散するか、または加速された活性炭素イオンが金属処理物の表面に衝突すると同時に内部に打ち込まれ、表面にTiCなどの金属炭化物の硬化層が形成される。
【0007】
浸炭処理の例として、チタン金属の表面をクリーニング処理した後、炭化水素ガスを含有する0.5〜15torr、700〜1100℃の雰囲気内でプラズマ浸炭処理することにより、チタン金属本来の強度を損なわないようにすることが知られている(特許文献1)。
【0008】
また、耐食性および耐摩耗性を向上させるために、チタン金属表面にチタン酸化物の被膜を緻密に形成し、このチタン酸化物の被膜の表面を炭化水素系ガス含有の0.1〜30torr、400〜1100℃の雰囲気内でプラズマ熱処理することにより、良質のガラス状カーボン被膜を効率よく形成する方法が知られている(特許文献2)
【0009】
因みに、ガラス状カーボンは、グラファイト系材料の基本構造である数ナノメータの六角網面を方向性なく集合させたものであり、3000℃付近の高温まで加熱処理してもグラファイト構造が発達しない非晶質性カーボン(難黒鉛化性カーボン)とも称されるものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第2909361号公報
【特許文献2】特許第3347287号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかし、上記した特許文献1に記載されているような比較的低温でのプラズマ浸炭処理によるチタン本来の強度を残した摩擦摩耗特性の改善と、特許文献2に記載されているようなガラス状カーボンの被覆によって耐食性、耐摩耗性および潤滑性を向上させる発明では、それぞれについて優れた摺動特性はあるが、それでも未だ激しい摺動摩耗条件下においては充分な耐摩耗性を発揮できるものではなく、また単純にこれら両発明を組み合わせることも以下の理由から困難であった。
【0012】
すなわち、研磨されたチタン金属表面には空気酸化によってチタン酸化物の緻密な被膜が形成され、この被膜によって活性化された炭素イオンのチタン金属内への侵入(浸炭)は阻止されるので、チタン金属の表面に非晶質性カーボン層は形成されやすくなるが、非晶質性カーボン層以深へ浸炭層を形成することは困難になるからである。
【0013】
これとは逆に、予め、チタン合金に浸炭層を形成しておくと、その後に良質の非晶質性カーボンを形成するために、浸炭層の表面を鏡面状に研磨する必要が生じるが、浸炭により硬質化し摩耗量や低摩擦係数を低減させている浸炭層を研磨することは、技術的にもコスト面からも不利であり、非効率的で損失が多く実用性が低いことであった。
【0014】
このようにチタン合金は、例えば、炭素繊維強化プラスチック素材と摺動接触する厳しい摺動摩耗条件に充分に耐える用途の耐摩耗性部材に用いることが難しく、ボルト・ナットなどの締結部材や滑り軸受などの摺動部材として、炭素繊維などの高強度な充填材との繰り返し接触による摺動摩耗用途に充分に耐えるものではなかった。
【0015】
そこで、この発明の課題は、上記した問題点を解決し、厳しい摺動摩耗条件においても耐えられるように耐摩耗性をさらに改善したチタン金属製耐摩耗性部材とすることであり、特に炭素繊維強化プラスチック素材と摺動接触するような厳しい摺動摩耗条件でも摩耗量が少なく、チタン合金本来の機械的強度を発揮できる締結部材または摺動部材になるチタン金属製耐摩耗性部材とすることである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記の課題を解決するために、この発明においては、チタン金属製部材の表面に、プラズマ浸炭処理による浸炭層を設け、この浸炭層の表面に表面粗さRa(算術表面粗さ)0.01〜0.80μmの研磨面を設け、この研磨面に重ねてチタン酸化物層を設け、このチタン酸化物層の表面に重ねて非晶質性カーボン(以下、GLCとも略称する。)層を設けたチタン金属製耐摩耗性部材としたのである。
【0017】
上記したように構成されるこの発明のチタン金属製耐摩耗性部材は、チタン金属を基材とし、その表面に所定の面粗さの研磨面を形成し、この研磨面に重ねて適当な緻密さでチタン酸化物層を形成したことにより、チタン酸化物層に重ねて応力の集中を招かない平坦なGLC層を強固に設けることができ、また所定面粗さの研磨面は、プラズマ浸炭の温度や浸炭ガス濃度を適当に調整することによって、炭素イオンを透過することができ、プラズマ浸炭の条件を調整して研磨面以深に浸炭層を設けることができる。
【0018】
前記した強固かつ凹凸なく平坦なGLC層によって、摩擦面に対して応力の集中もなく摺接することができるので、耐摩耗性部材の表面の耐摩耗性は高く、また研磨面以深の浸炭層の摺動性が補助的に作用して必要な耐摩耗性を長時間充分に確保することができる。
【0019】
上記したGLC層が、硬度640mHV以上のGLC層とすれば、前記チタン金属製耐摩耗性部材の表面の耐摩耗性は、充分に向上するので好ましい。
【0020】
また、研磨面の表面粗さRaを0.01〜0.80μmとすることにより、酸化皮膜を必要かつ充分に滑らかに形成できる。Raが低い数値であるほどGLCは緻密になり、その硬度は向上するが、Raが上記所定の数値範囲未満となるまで滑らかにしてしまうと、極度に緻密なGLC層が形成されてしまうので、活性化された炭素イオンの透過性が阻害されすぎてしまい、そのためにプラズマ浸炭条件を選択的に調整しても酸化皮膜以深の浸炭が困難になって好ましくない。また、研磨面のRaが、上記所定の数値範囲を超える粗い面であれば、その表面に形成されるGLC層も緻密でなくなり、所期した硬度のGLC層を形成できなくなって好ましくない。
【0021】
また、チタン金属製耐摩耗性部材が、炭素繊維で強化された合成樹脂(以下、CFRPと略記する。)やチタン金属との摺動部品専用の耐摩耗性部材である前記のチタン金属製耐摩耗性部材であれば、摺動状態で摩擦接触するCFRPから損傷を受け難く、しかもCFRPに損傷を与えないものになる。また、このようなチタン金属製耐摩耗性部材は、CFRPと摺接するねじなどの締結部材の素材、すなわち振動条件で確実に固定する必要がある締結部材として、極めて相性がよく耐摩耗性に優れた特性を発揮する。
【0022】
このような使用状態も想定されるこの発明のチタン金属製耐摩耗性部材は、締結部品のねじ(ボルト)として、その優れた耐摩耗特性を確実に発揮するものになる。
【0023】
また、チタン金属製耐摩耗性部材が、滑り軸受である場合にも軸受荷重を受けながら摺動状態で摩擦接触する相手材に対し、耐摩耗性に優れた特性を発揮する。
【0024】
このように優れたチタン金属製耐摩耗性部材は、特に高い安全性を要求される航空機用耐摩耗性部品に採用することができ、特に前述したように振動するCFRP製部品を固定する際に、摩擦接触するCFRPから損傷を受け難く、しかもCFRPに損傷を与えないため、この用途は極めて適切である。
【0025】
上記したようなチタン金属製耐摩耗性部材を製造するには、チタン金属製部材の表面に、表面粗さRa0.01〜0.80μmの研磨面を形成し、次いでこの研磨面に空気中でチタン酸化物層を形成し、このチタン酸化物層の表面を350〜850℃の雰囲気ガス温度範囲でプラズマ浸炭処理した後、400〜1100℃でのプラズマ熱処理により前記チタン酸化物層に重ねて非晶質性カーボン層を形成することからなるチタン金属製耐摩耗性部材の製造方法を採用することが好ましい。
【0026】
チタン酸化物層は、350〜850℃という比較的低温でのプラズマ浸炭によって炭素イオンが透過可能であるから、チタン金属の耐食性を阻害することなく、チタン酸化物層以深に浸炭層が形成され、また400〜1100℃という比較的高温のプラズマ浸炭の温度や浸炭ガス濃度の調整によりチタン酸化物層の表面に重ねて良質のGLC層を設けることができる。
【0027】
また、前記GLC層は、表面粗さRa0.01〜0.80μmの研磨面に形成されることにより、緻密にかつ強固に形成されて耐摩耗性が高いものになり、かつ応力の集中を招くような凹凸のない平坦なGLC層を形成することができる。
このようにして、厳しい摺動摩耗条件においても耐えられるように耐摩耗性をさらに改善したチタン金属製耐摩耗性部材を効率よく製造することができる。
【発明の効果】
【0028】
この発明のチタン金属製耐摩耗性部材は、プラズマ浸炭層の表面に所定表面粗さの研磨面を設け、この研磨面に重ねてチタン酸化物層、非晶質性カーボン層を順に設けたので、厳しい摺動摩耗条件においても耐えられるように耐摩耗性をさらに改善したチタン金属製耐摩耗性部材とすることができ、特に炭素繊維強化プラスチック素材と摺動接触するような厳しい摺動摩耗条件でも摩耗し難いものとなり、チタン合金本来の機械的強度を発揮できる締結部材または摺動部材とすることができるチタン金属製耐摩耗性部材となる利点がある。
【0029】
また、この発明のチタン金属製耐摩耗性部材の製造方法によれば、チタン金属製部材の表面に、所定表面粗さの研磨面を形成し、その上に形成されたチタン酸化物層の表面を比較的低温の所定温度範囲の雰囲気ガス温度範囲でプラズマ浸炭処理した後、比較的高温の定温度範囲のプラズマ熱処理により非晶質性カーボン層を形成する工程を有するので、上記したように厳しい摺動摩耗条件においても耐えられるように耐摩耗性をさらに改善したチタン金属製耐摩耗性部材を効率よく製造できる利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】この発明のチタン金属製耐摩耗性部材の胴部を拡大して示す断面図
【図2】実施形態のねじの正面図
【図3】継手引っ張り試験に用いる試験片の断面図
【発明を実施するための形態】
【0031】
この発明の実施形態のチタン金属製耐摩耗性部材を、以下に、添付図面を参照しつつ、その製造方法と併せて説明する。
図1は実施形態の「ねじ」であるチタン金属製部材1の一部表層部分を拡大して説明し、チタン金属製部材1の素材1aにプラズマ浸炭処理による浸炭層2を設け、この浸炭層2の表面に表面粗さRa0.01〜0.80μmの研磨面2aを設け、この研磨面2aに重ねてチタン酸化物層3を設け、このチタン酸化物層3の表面に重ねて非晶質性カーボン層(ガラスライクカーボンまたはGLCとも別称する。)4を設けたチタン金属製耐摩耗性部材である。
【0032】
このようなチタン金属製耐摩耗性部材1を製造するには、ねじ素材等として採用できる棒状のチタン金属製素材1aの表面に、表面粗さRa0.01〜0.80μmの研磨面2aを形成し、次いでこの研磨面2aに空気中でチタン酸化物層3を形成し、このチタン酸化物層3の表面を350〜850℃の雰囲気ガス温度範囲でプラズマ浸炭処理し、浸炭層2を形成した後、400〜1100℃でのプラズマ熱処理によりチタン酸化物層3に重ねて非晶質性カーボン層4を形成することが効率がよい。
【0033】
この発明に用いるチタン金属製素材は、純チタン、チタン合金またはチタンとその他の金属との金属間化合物のいずれであってもよく、これらに溶体化処理を施し、さらに480〜690℃で時効処理されたものを採用することがねじとしての強度を高めるために好ましい。
この発明でいう研磨は、上記したチタン金属製素材の表面に表面粗さRa(算術表面粗さ)0.01〜0.80μm、好ましくは0.01〜0.50μm、より好ましくは0.01〜0.40μmの研磨面を形成することである。
【0034】
このチタン金属製素材の所定表面粗さの研磨面には、空気酸化によってチタン酸化物層が適度に滑らかにかつ緻密に形成されるから、その被膜上に設けられる非晶質性カーボン層(ガラス状カーボン層とも別称される。)は、均質で所要の硬度(例えば640mHV以上の硬さ)で凹凸のないものになる。また、前記緻密さの程度は、プラズマ浸炭処理の際に活性化された炭素原子イオンが透過できる程度に留め、しかも研磨面に対して強固に密着するように調整している。
【0035】
チタン金属製素材の研磨方法は、金属に対する周知の研磨方法であってよく、例えばバフ(羽布)研磨その他の機械研磨や、化学的研磨を採用できる。なお、研磨の際に研磨剤として、エメリー紙およびアルミナ懸濁液や酸化クロム懸濁液を用いたバフ研磨を採用した場合にも好ましい結果を得ている。
【0036】
プラズマ浸炭処理に用いる装置(日本電子工業社製)は、加熱炉の炉殻の内周面に取り付けられた断熱材等によって囲まれて処理室が形成され、この処理室がその内部に設けたグラファイトロッドからなる発熱体によって加熱されるいわゆる真空装置である。
【0037】
そして、前記処理室内の上部の断熱材は、導電性を持って直流電源の陽極に接続されており、被処理物の載置台が前記直流電源の陰極に接続され、両極間に直流電圧を加えてグロー放電を生じさせ、処理室の要所に設けたマニホールドから導入した炭化水素系の浸炭用ガスをイオン化して活性炭素イオンを発生させ、この活性炭素イオンを被処理物の表面に衝突させて浸炭処理を行うにようになっている。また、処理室には、その内部を真空状態にするために、真空ポンプが接続されている。
【0038】
因みに、この発明に用いる炭化水素系の浸炭用ガスは、炭素と水素だけからなるガスの総称であり、鎖式炭化水素でも環式炭化水素のいずれであってもよく、メタン、エタン、プロパンなどのメタン系炭化水素の他、エチレン系、アセチレン系炭化水素が挙げられ、直鎖状であっても側鎖をもっていても環式炭化水素であってもよい。
【0039】
被処理物の時効処理を終えたチタン金属製素材は、まず、前述のように所定表面粗さになるように研磨され、さらに空気中で直ちに酸化被膜(=チタン酸化物層)が形成された状態になる。
【0040】
そして、このようなチタン金属製素材に対し、有機溶剤または超音波を用いた洗浄処理がなされ、さらに、前記処理室の載置台上に置かれたチタン金属製素材を、発熱体により浸炭処理温度と同等の350〜850℃の温度域で所定温度に加熱し、グロー放電によりプラズマ化した水素ガスを混合した不活性ガスからなるクリーニング用ガスで、前記素材表面のクリーニング処理を行う。
【0041】
この発明では、チタン酸化物層を形成する酸化皮膜は、緻密にかつ滑らかな表面を形成されており、しかもチタン金属製素材の研磨面に強固に固着しているから、クリーニング用ガスによりアルゴンや水素等のスパッタリングの作用を受けても除去されずに残存する。
次いで、処理室内に浸炭用ガスとしてのプロパンガスと希釈ガスとしてのクリーニング作用を有する水素ガスとの混合ガスが導入されるが、その際には処理室内のガス圧力が10Pa〜2000Pa程度の真空になるように流量調節される。
【0042】
また、チタン合金素材が浸炭処理温度を維持できるように、前記発熱体により、この混合ガス、即ち雰囲気ガスが、浸炭処理の際には350℃〜850℃の温度範囲の所定の温度に保持される。
【0043】
このようにして前記グロー放電によりプロパンガス中の炭素がイオン化されて、活性炭素イオンが発生し、この活性炭素イオンがチタン合金素材の表面に衝突し、拡散してTiと結合し、その表層部に浸炭層、即ちTiCの硬化層が形成される。
【0044】
前記浸炭処理温度は、350℃から850℃の比較的低温域にあるために、時効処理の温度域と同様の温度レベルとなり、浸炭処理過程では時効処理により生成した析出物が凝集、粗大化し、引張り強度、剪断強度および疲労強度の低下をもたらすなどの材質劣化のおそれがなくなる。また、TiCの硬化層の厚みを、摺動特性の改善に必要な程度に、例えば10μm程度、またはそれ以下の薄層、例えば1μm以下にも薄くコントロールしやすくなる。
【0045】
次いで、非晶質性カーボン層を形成する工程は、以下のように行なう。
プラズマ熱処理の条件における炭化水素系ガスの圧力13〜4000Paとすることが好ましい。このような炭化水素系ガスの圧力は、チタン金属表面に主に非晶質性カーボン(ガラス状カーボン)膜を効率よく形成するために好ましく、13Pa未満の低圧では成膜層の炭素量が少なく成膜が充分でなくて好ましくない。また、4000Paを越える高圧では、実用性が損なわれる可能性がある。このような傾向から、より好ましい炭化水素系ガスの圧力は13〜2666Paである。
【0046】
この発明における非晶質性カーボン層を形成するためのプラズマ熱処理の雰囲気温度は、400〜1100℃が好ましく、より好ましくは500〜1100℃、さらに好ましくは530〜1100℃である。上記所定範囲未満の低温では、チタン金属表面へのガラス状カーボンの密着性が低くなる。また、上記所定範囲を越える高温では、チタンの強度特性を確保するためにもこれ以上の処理温度は実用的でない。
【0047】
このようにしてプラズマ浸炭処理および非晶質性カーボン層の形成のためのプラズマ熱処理が施され、その後は、処理室内の浸炭性ガスが排気され、窒素ガスが処理室内に導入されて、チタン合金素材が常温まで冷却され、処理室から取り出される。
【0048】
そして、前記プラズマ浸炭処理装置に隣接して設置した加熱装置で、アルゴンなどの不活性ガスの雰囲気下で前記ボルト素材を150℃〜350℃の温度域に再加熱した後、迅速に、平ダイスまたは丸ダイス転造盤などの周知のねじ転造装置に供給され、好ましくは150℃〜350℃の温度域で所要のねじ転造加工が行われる。
その後、冷却過程での割れを防止するため、速やかに不活性ガスを充満させた円筒型容器に投入して緩速冷却を行ってチタン金属製耐摩耗性部材はねじ部品として得られる。
【0049】
また、チタン金属製耐摩耗性部材は、ねじからなる締結部品である他、ピン、リベット状部品、クリップ、座金などの締結部品やその一部の構成部品としても採用できることは勿論である。
【0050】
さらにまた、チタン金属製耐摩耗性部材は、滑り軸受などの滑り面を形成する摺動部材であってもよく、例えばピン、カラー、ローラーなどの周知の摺動部材としても採用することができる。
これらのチタン金属製耐摩耗性部材が、航空機用耐摩耗性部品であることは、特にこの発明の作用効果を充分に発揮できる対象品として推奨される。
【実施例】
【0051】
[実施例1、比較例1、2]
図2に示すように前述の実施形態に従って、Ti−6Al−4Vからなるチタン金属製部材1であるねじの素材に対し、熱間鍛造によりねじ頭部(12角ボルト用)5を形成し、ねじ全体に溶体化処理を施してから、ねじ胴部6およびねじ面7を形成するための下部を切削加工により形成した。
【0052】
次いで、その表面に、表面粗さRaが0.01〜0.80μm(0.01μmまたは0.80μmのものを含む)の研磨面を形成し、480〜690℃で時効処理を施した後、空気に曝してチタン酸化物層を形成し、このチタン酸化物層の表面を真空装置内の400〜500℃の雰囲気ガス温度範囲でプラズマ浸炭処理した後、530〜800℃のプラズマ熱処理により前記チタン酸化物層に重ねて非晶質性カーボン層を形成し、水素抜き(ベーキング処理)を同じ真空装置内で行ない、首下のフレッティング加工およびねじ転造加工を行ない、さらにセシルアルコールなどを塗布して潤滑処理を行ない、金属製耐摩耗性部材の試験品となる複数のチタン合金ボルト(実施例1)を得た。
【0053】
得られた実施例1のチタン合金ボルト、GLCを形成せず浸炭層だけ有するものとなるようにプラズマ熱処理を行なわなかったこと以外は全く同様にして製造したチタン合金ボルト(比較例1)およびプラズマ浸炭処理もプラズマ熱処理も施さなかったチタン合金ボルト(比較例2)に対し、以下の継手疲労試験を行なった。
【0054】
[継手疲労試験]
MIL−HANDBOOK−17−1Fに準拠し、航空機用の炭素繊維強化エポキシ樹脂(CFRP)板8のボルト孔8aを形成した端部同士を重ね合わせ、実施例1または比較例1、2のねじを同質の座金9およびナット10を用いて締結したボルト接合継手の試験片を作製し、これらに対して引張圧縮荷重による繰返し応力疲労試験を行った。
【0055】
試験条件は、最大引張荷重の50%の引張荷重と−20%の圧縮荷重を繰り返し与える条件で1000万回までの疲労試験を行なった。
1000万回の繰返し応力疲労を受けても破壊しなかった疲労試験後の継手を分解し、CFRPの結合部およびボルトの損傷状況を調査した。
【0056】
その結果、CFRP板のボルト穴および周辺部は、いずれもほとんど損傷を受けず健全な状態であったが、比較例1、2のボルトは胴部の円周方向に深いキズが多数存在した。
これに対し、実施例1のボルトは、非常に微小なすり傷は存在するが、ほぼ健全な状態を保っていた。
【0057】
なお、実施例1のボルトは、ボルト胴部に対するラマン分光分析結果を行ない、硬質(700mHV)の非晶質性カーボン(GLC)膜が存在し、ボルト胴部を保護したため、損傷が抑制されたと考えられた。
【0058】
また、継手疲労試験に用いた2枚のCFRP板のうち、一枚のみをTi−6Al−4Vからなるチタン金属板として、上記同様の試験を行なった場合にも、上記同様に実施例1のボルトは、非常に微小なすり傷は存在するが、ほぼ健全な状態を保っていた。一方比較例1、2のボルトは胴部の円周方向に深いキズが多数存在した。
【符号の説明】
【0059】
1 チタン金属製部材
1a 素材
2 浸炭層
2a 研磨面
3 チタン酸化物層
4 非晶質性カーボン層
5 ねじ頭部
6 ねじ胴部
7 ねじ面
8 炭素繊維強化エポキシ樹脂板
8a ボルト孔
9 座金
10 ナット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン金属製部材にプラズマ浸炭処理による浸炭層を設け、この浸炭層の表面に表面粗さRa0.01〜0.80μmの研磨面を設け、この研磨面を酸化させてチタン酸化物層を設け、このチタン酸化物層に重ねて非晶質性カーボン層を設けてなるチタン金属製耐摩耗性部材。
【請求項2】
非晶質性カーボン層が、640mHV以上の硬さの非晶質性カーボン層である請求項1に記載のチタン金属製耐摩耗性部材。
【請求項3】
チタン金属製耐摩耗性部材が、炭素繊維で強化された合成樹脂またはチタン金属と摺接する摺動部材である請求項1または2に記載のチタン金属製耐摩耗性部材。
【請求項4】
チタン金属製耐摩耗性部材が、ねじからなる締結部品である請求項1〜3のいずれかに記載のチタン金属製耐摩耗性部材。
【請求項5】
チタン金属製耐摩耗性部材が、滑り軸受である請求項1〜3のいずれかに記載のチタン金属製耐摩耗性部材。
【請求項6】
チタン金属製耐摩耗性部材が、航空機用耐摩耗性部品である請求項1〜4のいずれかに記載のチタン金属製耐摩耗性部材。
【請求項7】
チタン金属製素材の表面に、表面粗さRa0.01〜0.80μmの研磨面を形成し、次いでこの研磨面に空気中でチタン酸化物層を形成し、このチタン酸化物層の表面を350〜850℃の雰囲気ガス温度範囲でプラズマ浸炭処理した後、400〜1100℃でのプラズマ熱処理により前記チタン酸化物層に重ねて非晶質性カーボン層を形成することからなるチタン金属製耐摩耗性部材の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2012−31459(P2012−31459A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−170707(P2010−170707)
【出願日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【出願人】(593176276)株式会社田中 (6)
【Fターム(参考)】