説明

ディファレンシャル装置の潤滑構造

【課題】円すいころ軸受の焼き付きを無くしたディファレンシャル装置の潤滑構造を提供する。
【解決手段】ディファレンシャルケース11の下部の第1の油溜まり12の貯留された潤滑油をリングギヤ50によって掻き揚げ、この掻き揚げられた潤滑油をディファレンシャルケース11に形成された給油通路13、軸受ケース60に形成された導入口68、油導入空間63を経て一対の円すいころ軸受20、30へ供給するようにしたディファレンシャル装置の潤滑構造であって、油導入空間63内でピニオン軸40の外周に、ピニオン41と反対側の円すいころ軸受20に向けて径が拡大するテーパ部53を設けた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リングギヤで掻き揚げられた潤滑油を、一対の円すいころ軸受へ供給するようにしたディファレンシャル装置の潤滑構造に関する。
【背景技術】
【0002】
図4に示すように、自動車のディファレンシャル装置100は、ディファレンシャルケース101の下部に設けられた油溜まり102の潤滑油を、リングギヤ110で掻き揚げ、掻き揚げられた潤滑油をディファレンシャルケース101の給油通路103へ導き、さらに、軸受ケース120の導入口121、油導入空間122を経て一対の円すいころ軸受130、131に導いている。
【0003】
前記ディファレンシャル装置100は、ピニオン軸140の入力側の一端141が、出力側の一端142よりも持ち上がるような形で、車両に取り付けられる。この結果、重力作用により、出力側の円すいころ軸受131へ潤滑油が供給されやすくなり、入力側の円すいころ軸受130に供給される潤滑油が不足して焼き付きが発生しやすい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−115971号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この問題を解決すべく、供給通路103の潤滑油を入力側の円すいころ軸受130へ導く舌片123を軸受ケース120に設けた。近年、自動車の燃費改善の取り組みを受けて、油溜まり102の潤滑油を減らし、リングギヤ110で掻き揚げられる潤滑油を減らす動きが進んでおり、この影響で、前記舌片123を設けても入力側の円すいころ軸受130が焼き付きやすい。
【0006】
本発明は上述した問題点を解決するためになされたもので、その目的は、円すいころ軸受の焼き付きを無くしたディファレンシャル装置の潤滑構造を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1に記載の発明は、一端にピニオンを有するピニオン軸と、このピニオン軸を回転可能に軸承する一対の円すいころ軸受と、前記ピニオンに噛合し前記ピニオン軸と交差する軸線回りに回転するリングギヤと、前記一対の円すいころ軸受を保持する軸受ケースと、この軸受ケースを有するとともに前記リングギヤを回転可能に支持するディファレンシャルケースとを有するディファレンシャル装置において、前記リングギヤの一部が浸漬する程度の潤滑油を貯留する油溜まりを前記ディファレンシャルケースに設け、前記軸受ケースに前記一対の円すいころ軸受間でかつ前記ピニオン軸の外周側で環状の油導入空間を設け、前記リングギヤによって掻き揚げられた潤滑油を前記油導入空間へ導く給油通路を前記ディファレンシャルケースに設け、前記給油通路および前記油導入空間を繋ぐ導入口を前記軸受ケースに設け、前記油溜まりの潤滑油を前記リングギヤによって掻き揚げ、この掻き揚げられた潤滑油を前記給油通路、前記導入口、前記油導入空間を経て前記一対の円すいころ軸受へ供給するようにしたディファレンシャル装置の潤滑構造であって、前記油導入空間内で前記ピニオン軸の外周に、前記ピニオンと反対側の円すいころ軸受に向けて径が拡大するテーパ部を設けたものである。
【0008】
この構成によれば、ピニオン軸とともに回転するテーパ部により、テーパ部に付着した潤滑油が、テーパ部に沿って前記ピニオンと反対側の円すいころ軸受へ移動する。この結果、ピニオンと反対側の円すいころ軸受の焼き付きが抑えられる。
【0009】
請求項2に記載の発明は、前記テーパ部の外周に、前記ピニオンと反対側の円すいころ軸受に向けて延びる誘導溝を円周方向に複数形成したものである。
【0010】
この構成によれば、誘導溝によって潤滑油と接触する面積が増え、しかも、誘導溝によって潤滑油がピニオンと反対側の円すいころ軸受へ確実に導かれるので、ピニオンと反対側の円すいころ軸受へ供給される潤滑油が増え、ピニオンと反対側の円すいころ軸受の焼き付きが一層抑えられる。
【0011】
請求項3に記載の発明は、前記円すいころ軸受は、外輪と、内輪と、外輪および内輪間で転動する円すいころとを有し、前記テーパ部の一端は、前記ピニオンと反対側の円すいころ軸受の内輪の内周と同一径とし、前記誘導溝は、前記ピニオンと反対側の円すいころ軸受に向けて溝深さが徐々に浅くなるように形成したものである。
【0012】
この構成によれば、ピニオンと反対側の円すいころ軸受の内輪の内外周差をできるだけ、テーパ部の傾きに振り分けることができ、テーパ部の誘導溝および内輪間の段差を無くすことにより、ピニオンと反対側の円すいころ軸受へ供給される潤滑油が一層増え、ピニオンと反対側の円すいころ軸受の焼き付きがより一層抑えられる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、ピニオン軸とともに回転するテーパ部により、テーパ部に付着した潤滑油が、テーパ部に沿って前記ピニオンと反対側の円すいころ軸受へ移動する。この結果、ピニオンと反対側の円すいころ軸受の焼き付きが抑えられる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の実施形態におけるディファレンシャル装置の縦断面図
【図2】本発明の実施形態における図1の要部拡大断面図
【図3】本発明の実施形態における図1のA−A線拡大断面図
【図4】従来のディファレンシャル装置の縦断面図
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の一例である実施形態を、図1乃至図3にもとづいて説明する。図1は、自動車のディファレンシャル装置の縦断面図、図2は、図1の要部拡大断面図、図3は、図1のA−A線拡大断面図である。
【0016】
図1において、自動車のディファレンシャル装置10は、ディファレンシャルケース11と、このディファレンシャルケース11に回転可能に軸支されたリングギヤ50と、ディファレンシャルケース11に一体的に設けられた略円筒状の軸受ケース60と、この軸受ケース60に保持された一対の円すいころ軸受20、30と、一対の円すいころ軸受20、30に回転可能に軸支されたピニオン軸40とを有している。前記リングギヤ50の回転軸線とピニオン軸40の回転軸線は、互いに立体的に交差している。
【0017】
前記軸受ケース60にはピニオン軸40の軸線方向に貫通した貫通穴61が形成され、この貫通穴61は、リングギヤ50側から順に、第2の保持穴62、油導入空間63、第1の保持穴64、シール穴65を有する。第2の保持穴62および油導入空間63間には第2の段部66を有し、第1の保持穴64および油導入空間63間には第1の段部67を有する。
【0018】
第1の円すいころ軸受20は、第1の段部67に当接する位置まで第1の保持穴64に嵌合保持され、第1の円すいころ軸受20は、外輪21、内輪22、円すいころ23を有する。第2の円すいころ軸受30は、第2の段部66に当接する位置まで第2の保持穴62に嵌合保持され、第2の円すいころ軸受30は、外輪31、内輪32、円すいころ33を有する。第1の円すいころ軸受20は、内輪22の小径側が油導入空間63側となるように配置され、第2の円すいころ軸受30は、内輪32の小径側が油導入空間63側となるように配置されている。
【0019】
ピニオン軸40のリングギヤ50側の一端には、リングギヤ50と噛合うピニオン41が形成され、ピニオン軸40の他端には、フランジ継手42がナット43を介して固定されている。ピニオン軸40の外周には、内輪22および内輪32間で間座51が嵌装されている。内輪32のリングギヤ50側の端面にはピニオン軸40の段部44が当接し、内輪22、32の油導入空間63側の端面には間座51が当接し、内輪22のリングギヤ50と反対側の端面には、フランジ継手42が当接し、前記ナット43の締め付け加減で、一対の円すいころ軸受20、30にかかる予圧が調整できるようになっている。前記シール穴65には、オイルシール52が嵌合固定され、オイルシール52のリップがフランジ継手42の外周を摺接するようになっている。
【0020】
前記ディファレンシャルケース11の内部空間の下部には、潤滑油を貯留する第1の油溜まり12が設けられ、ディファレンシャルケース11には、リングギヤ50で掻き揚げられた潤滑油を、油導入空間63へ導く給油通路13が形成されている。前記軸受ケース60には、給油通路13および油導入空間63間を繋ぐ導入口68が形成され、油導入空間63の下部には、潤滑油を貯留する第2の油溜まり69が設けられている。軸受ケース60には、導入口68より油導入空間63へ給油通路13と略平行に延びる舌片59が一体形成され、給油通路13からの潤滑油を舌片59によってできるだけ沢山、第1の円すいころ軸受20へ導くことができる。舌片59は、リングギヤ50の軸線方向において、給油通路13と略同一幅を有する。
【0021】
図1および図2に示すように、前記間座51の外周には、軸方向の中間から第1の円すいころ軸受20に向かって径が拡大する第1のテーパ部53と、軸方向の中間から第2の円すいころ軸受30に向かって径が拡大する第2のテーパ部56が形成されている。第1のテーパ部53の第1の円すいころ軸受20側の一端は、内輪22の外周と略同一の径を有する。第2のテーパ部56の第2の円すいころ軸受30側の一端は、内輪32の外周と略同一の径を有する。
【0022】
図2および図3に示すように、前記第1のテーパ部53の外周には、第1の円すいころ軸受20に向かって真っ直ぐ延びる第1の誘導溝54が円周方向に複数形成され、第1の誘導溝54は第1の円すいころ軸受20に向かって溝深さが除々に浅くなり、内輪22側の一端では溝が無くなるように形成されている。前記第2のテーパ部56の外周には、第2の円すいころ軸受30に向かって真っ直ぐ延びる第2の誘導溝57が円周方向に複数形成され、第2の誘導溝57は第2の円すいころ軸受30に向かって溝深さが除々に浅くなり、内輪32側の一端では溝が無くなるように形成されている。このようにすることにより、内輪22、32の内外周差をできるだけ、テーパ部53、56のテーパの傾きに振り向けることができ、テーパ部53、56に付着した潤滑油を円すいころ軸受20、30へ送り出す力が強くなる。テーパ部53、56の一端は、円すいころ軸受20、30の保持器に干渉する関係上、径を大きくできない制約がある。
【0023】
前記間座51は、鉄からなり、切削によって一体形成される。他の実施形態として、間座51を、鉄板からプレスによって第1のテーパ部53、第2のテーパ部56、第1の誘導溝54および第2の誘導溝57を成形し、鉄板を円筒状に丸め、鉄板の両端を溶接で接続しても良い。
【0024】
次に上述した構成にもとづいて、動作を説明する。
【0025】
ピニオン軸40が回転すると、これに噛合するリングギヤ50が図1の矢印B方向に回転する。リングギヤ50の一部が第1の油溜まり12の潤滑油に浸かっており、リングギヤ50の回転によってこの潤滑油が掻き揚げられ、矢印Cに示すような形で給油通路13に導かれる。さらに、矢印Dに示すような形で導入口68を経由して油導入空間63に導かれ、一対の円すいころ軸受20、30に潤滑油が供給される。第2の円すいころ軸受30に導かれた潤滑油は、第1の油溜まり12へ戻される。第1の円すいころ軸受20に導かれた潤滑油は、シール穴65へ導かれ、さらに、第1の円すいころ軸受20、第2の油溜まり69、第2の円すいころ軸受30を経由して第1の油溜まり12へ戻される。
【0026】
リングギヤ50によって掻き揚げられる潤滑油は、リングギヤ50の回転速度に応じて変化する。リングギヤ50の回転速度が速いときは、リングギヤ50によって掻き揚げられる潤滑油が多くなり、リングギヤ50の回転速度が遅いときは、リングギヤ50によって掻き揚げられる潤滑油が少なくなる。リングギヤ50の回転速度が速いときは、一対の円すいころ軸受20、30に十分な潤滑油が供給される。リングギヤ50の回転速度が遅いときは、ピニオン軸40のピニオン41側の一端よりピニオン軸40のフランジ継手42側の他端が持ち上がるように、ディファレンシャル装置10を傾けた状態で車両に取付けられる関係上、重力作用により第2の円すいころ軸受30に流れる潤滑油が多くなり、第1の円すいころ軸受20に供給される潤滑油が不足しやすい。この不足分を、図3にも示すように、第1のテーパ部53がピニオン軸40と共に矢印E方向に回転し、第1のテーパ部53に付着した潤滑油を、第1のテーパ部53に沿って第1の円すいころ軸受20へ供給することによって補える。こうして、リングギヤ50の低速回転時の第1の円すいころ軸受20の焼き付きが抑えられる。
【0027】
前記潤滑油の移動の原理を説明する。第1のテーパ部53に付着した潤滑油は、分子間力によって離脱することなく保持される。この状態で遠心力が働くと、前記潤滑油は第1のテーパ部53に沿って移動する。第1の誘導溝54によって、潤滑油が付着する面積が増え、より多くの潤滑油を第1の円すいころ軸受20へ供給できる。第1の誘導溝54の持つガイド機能によって、確実に潤滑油を第1の円すいころ軸受20へ導くことができる。
【0028】
第2のテーパ部56、第2の誘導溝57も第1のテーパ部53、第1の誘導溝54と同様な働きをし、第2の円すいころ軸受30へ潤滑油を供給する役目を持つ。
【0029】
本発明はこうした実施形態に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々なる態様で実施し得ることは勿論である。
【0030】
上述した実施形態は、間座51に第1のテーパ部53および第2のテーパ部56を形成した。他の実施形態として、ピニオン軸40とピニオン41を別部材で構成すれば、間座51とピニオン軸40を一体で構成することも可能となる。つまり、ピニオン軸40に第1のテーパ部53および第2のテーパ部56を形成することが可能となる。
【符号の説明】
【0031】
11:ディファレンシャルケース、12:第1の油溜まり(油溜まり)、13:給油通路、20:第1の円すいころ軸受(円すいころ軸受)、30:第2の円すいころ軸受(円すいころ軸受)、50:リングギヤ、40:ピニオン軸、41:ピニオン、53:第1のテーパ部(テーパ部)、54:第1の誘導溝(誘導溝)、60:軸受ケース、63:油導入空間、68:導入口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一端にピニオンを有するピニオン軸と、このピニオン軸を回転可能に軸承する一対の円すいころ軸受と、前記ピニオンに噛合し前記ピニオン軸と交差する軸線回りに回転するリングギヤと、前記一対の円すいころ軸受を保持する軸受ケースと、この軸受ケースを有するとともに前記リングギヤを回転可能に支持するディファレンシャルケースとを有するディファレンシャル装置において、前記リングギヤの一部が浸漬する程度の潤滑油を貯留する油溜まりを前記ディファレンシャルケースに設け、前記軸受ケースに前記一対の円すいころ軸受間でかつ前記ピニオン軸の外周側で環状の油導入空間を設け、前記リングギヤによって掻き揚げられた潤滑油を前記油導入空間へ導く給油通路を前記ディファレンシャルケースに設け、前記給油通路および前記油導入空間を繋ぐ導入口を前記軸受ケースに設け、前記油溜まりの潤滑油を前記リングギヤによって掻き揚げ、この掻き揚げられた潤滑油を前記給油通路、前記導入口、前記油導入空間を経て前記一対の円すいころ軸受へ供給するようにしたディファレンシャル装置の潤滑構造であって、
前記油導入空間内で前記ピニオン軸の外周に、前記ピニオンと反対側の円すいころ軸受に向けて径が拡大するテーパ部を設けたことを特徴とするディファレンシャル装置の潤滑構造。
【請求項2】
前記テーパ部の外周に、前記ピニオンと反対側の円すいころ軸受に向けて延びる誘導溝を円周方向に複数形成したことを特徴とする請求項1に記載のディファレンシャル装置の潤滑構造。
【請求項3】
前記円すいころ軸受は、外輪と、内輪と、外輪および内輪間で転動する円すいころとを有し、前記テーパ部の一端は、前記ピニオンと反対側の円すいころ軸受の内輪の内周と同一径とし、前記誘導溝は、前記ピニオンと反対側の円すいころ軸受に向けて溝深さが徐々に浅くなるように形成したことを特徴とする請求項2に記載のディファレンシャル装置の潤滑構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−202533(P2012−202533A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−70119(P2011−70119)
【出願日】平成23年3月28日(2011.3.28)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】