説明

トリパノソーマ症の予防・治療薬

【課題】 アフリカ睡眠病(African sleeping sickness、African trypanosomiasis)等のトリパノソーマ症に対して、安全かつ有効に作用する新規な予防・治療薬を提供すること。
【解決手段】 トリパノソーマ症に用いられる予防・治療薬であって、インドロカルバゾール骨格を有し、プロテインキナーゼCを阻害するカルフォスチンC(UCN−01)、及びその薬理上許容される塩からなるトリパノソーマ症の予防・治療薬である。
この予防・治療薬は、ヒト肺癌株A549に対する殺細胞効果が認められないIC50値以下の低濃度で使用しても、十分な抗トリパノソーマ作用を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アフリカ睡眠病、シャーガス病等の、トリパノソーマ原虫の感染によって起こるトリパノソーマ症(trypanosomiasis)の予防、治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
トリパノソーマ症は、トリパノソーマという鞭毛を持った原虫の感染で起こる寄生虫病であり、一般には、アフリカトリパノソーマ症(いわゆるアフリカ睡眠病)とアメリカトリパノソーマ症(シャーガス病)とに区別される。
アフリカ睡眠病には、さらに2つの型が知られており、ガンビアトリパノソーマを原因とする西アフリカのタイプと、より進行の早いローデシアトリパノソーマを原因とする東アフリカのタイプとがある。いずれも、この地域に分布するツェツェバエによって媒介される病気であり、現在はアフリカ36ヶ国で流行し、五千万人が感染の危険に曝されている。
【0003】
一方、シャーガス病は、クルーズトリパノソーマ原虫がサシガメという吸血性のカメムシ類によって媒介されて起こる人畜共通の感染症である。この病気はラテンアメリカのみに存在し、現在1−2千万人の患者がいるとされ、公衆衛生上深刻な問題となっている。
【0004】
上記のトリパノソーマ症の症状は、例えばガンビアトリパノソーマ原虫の場合、経過は比較的慢性であるが、中枢神経が侵されると予後不良である。ツェツェバエの吸血により感染し、通常5〜20日の潜伏期を経た後、原虫が血中、次いでリンパ節に入り増殖する。ツェツェバエ刺咬部は有痛性の丘疹を生じ、その他、リンパ節腫脹、発熱、肝脾腫大などを示す。原虫が中枢神経系に侵入する時期になると、頭痛、意識混濁、嗜眠、貧血などを起こし、全身衰弱で死亡する。
診断は、血液、リンパ節穿刺液、脳脊髄液などから原虫を検出することにより行う。しかし虫体が少ない時は見出しにくく、実験動物に接種しても感染しにくい。また、免疫学的診断法としてはELISA法がよく用いられる。さらに、Winterbottom徴候(頸部の無痛性リンパ節腫脹)やKerandel徴候(尺骨を圧迫すると数分後に強い痛みを訴える)なども初期診断上の助けとなる。
【0005】
このようなトリパノソーマ症の治療法としては、感染初−中期(血液、リンパ節寄生期)では、スラミン(suramin)、イセチオン酸ペンタミジン(pentamidine isethionate)等が投与され、また、感染中−末期(中枢神経期)では、血液脳関門を通過する薬剤、例えば、メラルソプロール(melarsoprol, Mel B)、メラルソニルカリウム(melarsonyl potassium, Mel W)、ニトロフラゾン(nitrofurazone, Furacin)、トリパサマイド(商品名)等が用いられている。
【0006】
また、従来の特許としては、(特許文献1)に、3−(N−ホルミル−N−ヒドロキシアミノ)プロピルホスホン酸からなるトリパノソーマ症の予防・治療剤が開示されている。さらに、(特許文献2)には、2−ニトロイミダゾール−1−イル−N−プロパルギルアセトアミドを有効成分とする抗トリパノソーマ原虫剤が開示されている。
これらの治療薬は、一定の予防・治療効果が得られるものであるが、より安全かつ有効な新薬の開発が望まれていた。
【0007】
【特許文献1】特開2001−19641号公報
【特許文献2】特開平6−345739号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで本発明は、上記従来の状況に鑑み、アフリカ睡眠病等のトリパノソーマ症に対して安全かつ有効に作用する新規な予防・治療薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本発明は、インドロカルバゾール骨格を有し、プロテインキナーゼCを阻害する下記(化3)の化学構造、及びその薬理上許容される塩からなることを特徴とするトリパノソーマ症の予防又は治療薬を提供する。
ただし、化3中、〔X=X=X=H〕、〔X=OH、X=X=H〕、〔X=X=H、X=OH〕、又は〔X=X=H、X=CO-Ph〕である。
【化3】

【0010】
上記構成によれば、トリパノソーマ原虫の細胞内で、主にタンパク質のリン酸化が阻害される(PKC阻害作用)。その結果、トリパノソーマ原虫の生育が抑制され、あるいは細胞死が誘導される。
【0011】
また、本発明は、インドロカルバゾール骨格を有し、プロテインキナーゼCを阻害する下記(化4)の化学構造、及びその薬理上許容される塩からなることを特徴とするトリパノソーマ症に用いられる予防又は治療薬を提供する。
【化4】

【0012】
上記構成によれば、上記請求項1の化合物の中でも、プロテインキナーゼC(PKC)に対する選択性が高く、トリパノソーマ原虫の生育阻害作用の大きい化合物が選択される。なお、上記(化4)に示す化合物は、カルフォスチンC(Calphostin C、UCN-01)と呼ばれ、膵癌、大腸癌、腎臓癌等に有効な抗癌剤として知られている(特開昭62−220196号)。
【0013】
さらに、本発明は、本発明のトリパノソーマ症予防又は治療薬が、ヒト肺癌株A549に対する殺細胞効果が認められないIC50値以下の濃度で使用されることを特徴とする。
【0014】
本発明のトリパノソーマ症予防又は治療薬は、単独では殺癌効果が認められない低濃度で、有効な抗トリパノソーマ作用が発揮される。したがって、人体に対する安全性が高い薬剤となる。
【0015】
さらに、本発明のトリパノソーマ症予防又は治療薬は、対象とするトリパノソーマ症が、アフリカ睡眠病(African sleeping sickness、African trypanosomiasis)であることが好ましい。
【0016】
上記構成によれば、本治療薬が特に対象とするトリパノソーマ症が特定される。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、アフリカ睡眠病等のトリパノソーマ症に対して有効かつ安全な予防・治療薬が提供される。
特に、上記(化4)に係る化合物(カルフォスチンC)は抗トリパノソーマ作用に優れ、また、ヒト癌細胞に対して効果がないような低濃度であっても十分な治療効果を得ることができるため、安全性が非常に高い薬剤となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を実施するための最良の形態について詳細に説明する。
本発明のトリパノソーマ症予防・治療薬は、インドロカルバゾール骨格を有し、プロテインキナーゼCを阻害する上記(化3)の構造を有するものである。ここで、(化3)中、〔X=X=X=H〕、〔X=OH、X=X=H〕、〔X=X=H、X=OH〕、又は〔X=X=H、X=CO-Ph〕である。すなわち、本発明に包含される化合物は、次の(化5)〜(化8)で表される。
【化5】

【化6】

【化7】

【化8】

【0019】
上記(化5)に示す化合物は、スタウロスポリン(Staurosporine)と呼ばれ、強い細胞障害作用を有している。また、(化6)〜(化8)はスタウロスポリンの誘導体であり、それぞれUCN−01(Calphostin C)、UCN−02、CGP41251と呼ばれている。いずれも細胞内の情報伝達の重要な因子であるタンパク質リン酸化酵素(プロテインキナーゼC、PKC)の阻害作用を有し、トリパノソーマ原虫の生育を効果的に抑制することができる。
【0020】
特に、上記(化6)に示す化合物は、インドロ[2,3-a]カルバゾール骨格を有するスタウロスポリンの7位に水酸基が結合した構造を有し、プロテインキナーゼCに対して高い選択性を持つ(IC50=50nM)。すなわち、細胞周期のG1期からS期への進行を制御するタンパク質リン酸化酵素であるCyclin依存性キナーゼに直接的、あるいは間接的に作用して、Rbタンパク質のリン酸化を細胞内で阻害し、細胞周期のG1期集積作用を示す。本発明者は、この(化6)に係るカルフォスチンCをトリパノソーマ原虫に作用させることにより、極めて有効な治療効果が得られることを見出した。
【0021】
また、上記カルフォスチンCは、各種動物実験では膵癌、大腸癌、腎臓癌などに有効性を示す抗癌剤として知られているが、本発明が対象とするトリパノソーマ症に対しては、単独では殺癌効果が得られないような低濃度で使用しても十分な抗トリパノソーマ作用が得られることが判明した。例えば、ヒト肺癌株A549に対して殺細胞効果が認められないIC50値以下、具体的には40nM付近の濃度で用いても有効な治療効果を得ることができる。したがって、人体に対して非常に高い安全性を確保することができる。
なお、低濃度で作用する理由は定かではないが、後述の比較例で述べる通り、他のPKC阻害剤では抗トリパノソーマ作用が得られないことから、PKC阻害作用以外の、例えば脂質性シグナル分子を産生する細胞内シグナル伝達酵素の一つであるフォスホリパーゼD(PLD)の阻害などが関わっていると考えられる。
【0022】
上記(化5)〜(化8)に係る化合物を製造するに際しては、従来知られた方法を用いて適宜行うことができる。
例えば、ストレプトマイセス属に属する微生物を用いて発酵により上記(化6)及び(化7)のUCN−01、UCN−02を製造する方法(特開昭62−220196号)、スタウロスポリンに対しアミノ基の保護基としてベンジルオキシカルボニルクロライドを反応させ、得られた化合物を酢酸中、四酢酸鉛を用いて酸化し、ついで接触還元により脱保護を行いUCN−01を得る方法(WO/07105)、スタウロスポリンをジメチルスルホキシド及びアルカリ水溶液からなる溶液中で酸化してUCN−01とUCN−02とのラセミ混合液を製造し、シリカゲル等の担体を用いたカラムクロマトグラフィーによりUCN−01を得る方法(特開平6−9645)等を挙げることができる。また、上記のラセミ混合液を酸性にすることによりUCN−02を異性化させてUCN−01を製造することもできる(特開2000−186092号)。さらに(化8)に示す化合物は、スタウロスポリンに無水安息香酸を反応させる方法等により得ることができる。
【0023】
上記の方法により得られた生成物は、例えば抽出、結晶化、各種クロマトグラフィー等の適宜手段により単離、精製を行うことができる。
【0024】
また、上記(化5)〜(化8)に係る化合物は、薬理的に許容される塩として用いても良い。例えば、ナトリウム塩、リチウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、アンモニウム塩、シクロヘキシルアミン塩、ジエタノールアミン塩、アミノ酸塩等を挙げることができるがこれに限定されるものではない。
【0025】
以上のトリパノソーマ症治療薬は、医薬上許容される種々の賦形剤又は担体と混合し、注射剤、カプセル剤、錠剤、懸濁剤、坐剤等の種々の剤型にして使用することができる。通常は、生理食塩水、ブドウ糖、ラクトース、マンニトール等の担体に混合、分散、乳化させて注射液とし、静脈内投与することが好ましい。さらに、抗生物質等の他の薬剤との合剤として使用しても良い。
静脈内投与する場合、その投与量は年令、性別、体重、症状等によって適宜設定することができる。また、本発明は、主にトリパノソーマ症の発病後に投与されるが、予防薬として用いることもできる。
【実施例】
【0026】
以下、実施例及び比較例により本発明をさらに詳細に説明する。
(実施例1)
まず、上記(化6)で表されるカルフォスチンCを段階的に希釈した1×10cells/mlのトリパノソーマ・ブルーセイ原虫培養液を調製した。この培養液を、トリプリケートで一昼夜培養を行った。その後、Cell−Titer Glo(プロメガ社)を用いて、細胞の中のATP含量、つまり生細胞数を測定した。その結果を図1に示す。
図1において、横軸はカルフォスチンCの濃度、縦軸はルシフェラーゼの活性すなわちATP含量を示している。図1から明らかなように、40nM付近の低濃度から抗トリパノソーマ作用を示すことが明らかとなった。
なお、40nM付近の濃度では、カルフォスチンCはヒト癌細胞(ヒト肺癌株A549)に対する殺細胞効果が認められないことが知られている。
【0027】
(実施例2)
次に、実際の感染型であるローデシアトリパノソーマIL1501株で、上記実施例1と同様の実験を行い、Relative Luciferase activityを同様にトリプリケートで測定した。測定に用いたキットは、Cell−Titer Gloであるが、測定した機械がフルオロスキャンアセントFL(サーモエレクトロン社製)であるためRelative Luciferase activityの値は前回のトリパノソーマTbb221株を用いたものと異なっている。測定結果を図2に示す。
ここでは、実験系株であるTbb221とは異なる実際にトリパノソーマ症を引き起こすローデシアトリパノソーマIL1501株を使っているために、カルフォスチンC感受性も若干異なるが、図2に示すように、カルフォスチンCは極めて低濃度で有効であることが分かった。ちなみに生体のマクロファージは500nMのカルフォスチンCでも影響がない。
【0028】
(比較例1)
カルフォスチンCのトリパノソーマ抑制効果が、トリパノソーマのPKC様酵素の阻害によるものかどうかを他のPKC阻害剤であるGF109203X、Myristoylated PK1で調べた。実験は上記実施例2と同様に行った。測定結果を図3及び図4に示す。
図に示すように、PKC阻害剤GF109203X、Myristoylated PK1では、2μMの高濃度でも抗トリパノソーマ作用を示さなかったことから、カルフォスチンCの作用機序は他のPKC阻害剤のそれとは異なることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】実施例1における測定結果を示すグラフである。
【図2】実施例2における測定結果を示すグラフである。
【図3】比較例1における測定結果を示すグラフである。
【図4】比較例1における測定結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トリパノソーマ症に用いられる予防・治療薬であって、インドロカルバゾール骨格を有し、プロテインキナーゼCを阻害する下記(化1)の構造、及びその薬理上許容される塩からなるトリパノソーマ症の予防・治療薬。
(ただし、化1中、〔X=X=X=H〕、〔X=OH、X=X=H〕、〔X=X=H、X=OH〕、又は〔X=X=H、X=CO-Ph〕である。
【化1】

【請求項2】
トリパノソーマ症に用いられる予防・治療薬であって、インドロカルバゾール骨格を有し、プロテインキナーゼCを阻害する下記(化2)の構造、及びその薬理上許容される塩からなるトリパノソーマ症の予防・治療薬。
【化2】

【請求項3】
請求項2記載のトリパノソーマ症の予防・治療薬が、ヒト肺癌株A549に対する殺細胞効果が認められないIC50値以下の濃度で使用されることを特徴とするトリパノソーマ症の予防・治療薬。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか記載の予防・治療薬において、対象とするトリパノソーマ症が、アフリカ睡眠病(African sleeping sickness、African trypanosomiasis)であることを特徴とするトリパノソーマ症の予防・治療薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−297280(P2007−297280A)
【公開日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−200142(P2004−200142)
【出願日】平成16年7月7日(2004.7.7)
【出願人】(599045903)学校法人 久留米大学 (72)
【Fターム(参考)】